前編
煙突の中。もう慣れっことはいえ、とても狭苦しくて暗い空間だ。子供の頃でさえ辛かったのに、十八歳の今では余計に狭く感じる。溜まった煤をブラシでこそげ落としながらふと上を見上げてみれば、煙の出口から青空が見える。その突き抜けるような青を見上げるたび、この煙突の中が俺の人生そのもののように思えた。
そしていつも願ったものだ。ここから煙が立ち昇ように、俺も這い上がって空を飛んでみたい……と。
俺は実際に這い上がり、自分の新境地を求めてこの町へ来たはずだった。それなのに結局まだ煙突掃除をやっている。
もう俺の体は全身煤まみれだ。鼻と口を布で覆っているため体内には入ってこないだろうが、目の周りなどは真っ黒だろう。それでも汚れの落ちた煙突を見ればそれなりの満足感は得られる。何よりも俺を取り巻く環境自体が、以前に比べ格段によくなっているのだ。
「……よし!」
煙突の上を通り過ぎて行く鳥を見て、俺は改めて頑張ろうという気持ちになった。前の国で嫌々働かされていた頃とは違う。この町のためなら、俺は煤まみれでも頑張る気になれるのだ。例え好きでなったわけでなくても、良い思い出のない仕事であっても頑張ろうと。
そう思えるのだ。
………
……
…
掃除がようやく終わり、俺はしばし開放的な気分に浸った。暗い世界から出てくると太陽の光がつくづく眩しい。
今しがた奇麗にした教会の煙突を眺めながら、井戸に釣瓶を投げ込む。水の入ったそれを力一杯引っ張り上げ、澄んだ水で顔を洗った。額に着いた煤を落とし、頭からかぶって洗い流す。水は冷たいが、このときのすっきりした気分がたまらない。もっとも煤は細かいから、顔だけでなく服の内側にも入り込んでいるだろう。一日の終わりにはよく洗っておかないと病気の原因になる。
「お疲れ様、ニカノル」
シスター・シュリーが言った。この教会を取り仕切っている人で、とても優しくて奇麗な女性だ。普通の女性と違うのは体から触手が生えていることだが、このルージュ・シティでは取り立てて珍しい存在ではない。町を出歩けば下半身が蛇や蜘蛛だったり、体が粘液だったりする魔物がワラワラいる。流れ者の煙突掃除夫である俺が間借りしているこの教会でも、人間と魔物が和気あいあいと暮らしている。
「煙突掃除も大変でしょ。ありがとね」
「慣れてますんで。それに焼きたてのパンのことを考えればやる気も増すってもんですよ!」
そう言って、直後に猛烈に後悔した。俺が掃除していたのはパン焼き窯の煙突。そこで毎朝焼かれるパンの美味さを思い出してしまうと、急激に腹が減るのだ。
「ふふっ。これ、手間賃ね。何か美味しいものを食べてきなよ」
俺の心を読んだかのように、シュリーさんは硬貨を包んだ紙を渡してくれた。思っていたより重い。
「ちょっと多くないですか? 俺、食費は自分で稼いでるけど居候の身だし……」
ここは教会と言っても特定の神を崇めているわけではなく、冠婚葬祭を行ったり、孤児を引き取って育てたりする施設だ。この町は職人が多いだけに、教会でも子供に手芸などの仕事を教え、作ったものを売って運営資金に充てている。俺が掃除していたパン焼き窯の煙突もそのためのものだ。
間借りさせてくれている上、文盲の俺に読み書きを教えてくれているだけでもありがたいのに、賃金を多くもらっては申し訳ない。
「いいのいいの。いつも力仕事とか手伝ってもらってるし。これ、ヅギがニカノルに用意したお金だから」
「……分かりました。ありがとうございます」
素直に受け取っておくことにした。煙突掃除夫という仕事がどのようなものか分かっているからか、シュリーさんたちは何かと俺を気にかけてくれている。好きでなったわけでもないし、いずれ辞めたい仕事ではあるが、今はできることを頑張るり恩を返していこう。
硬貨を懐へ押し込みつつ、使い道を考える。シュリーさんの言うように美味いものでも食べてくるか、それとも本でも買おうかなどと思っていると、後ろから落ち葉を踏む音が聞こえた。
「ニカノル」
呼びかけられて振り向くと、顔見知りの男が立っていた。近所に住んでいる仕立屋の旦那で、俺より五歳年上だ。やたらと印象に残る顔をしている。目つきが鋭くいかにも『切れ者』という風格で、美形と言っても差し支えないだろう。顔の右半面を覆う痣さえなければ。
「ああ、オーギュさん」
「海へ行くが、一緒にどうだ?」
ぶっきらぼうに言い、彼は右手に持つ釣り竿を掲げた。魚籠も持っている。
「いいですね! 道具を取ってきます」
今日はもう仕事の予定もない。釣った魚をその場で焼いて昼飯にして、仕事代は本を買うのに使おう。少しは字が読めるようになったのだし、読書をしなければもったいない。
「気をつけてね」
「はい、行ってきます!」
シュリーさんに一礼し、俺は教会の物置へ向かった。
物置にあるのは椅子や薪割り用の斧、そして自衛用の武器などだ。釣り竿も自室に置いてあると邪魔なのでこちらに置かせてもらっている。俺の釣り竿は昔世話になっていた親方がくれたもので、この前子供たち釣り方を教えるのに使ったばかりだ。埃をかぶってはいない。近くに置かれた槍を倒さないよう気をつけながら、一緒に置いてある魚籠などを身につけ、竿を担いだ。
教会は町の東地区・北地区の境にあり、海に面しているのは南地区だ。俺はオーギュさんと、その奥さんの三人でしばらく歩くことになった。ジパングという国の魔物である奥さんはエキゾチックな民族衣装を着ており、ふさふさとしたキツネの尻尾を五本生やしている。
「ニカノルはんも大変やねぇ。いつも真っ黒になって」
「まあ、そういう仕事ですから」
足を前に運びつつ、奥さんと談笑する。二人とは釣りをしているときに偶然出会い、そのときオーギュさんの工房の煙突掃除を頼まれたことから仲良くなった。最も普段煤まみれの俺の方は、粋な服を作るオーギュさんの仕事とはあまり関わりがない。服の善し悪しなんて分からないが、彼を訪ねて遠くの国からお客が来るほどの腕だそうだ。
「ニカノル。お前も商工会へ入ったらどうだ?」
「商工会、ですか……」
オーギュさんの言葉に、俺は思わず頭を掻いた。この町には他にも調香師や理髪師、料理人など、腕に覚えのある職人が多数住んでいる。それらが互いに助け合い、技を磨いて行くために結成されたのがルージュ・シティ商工会だ。煙突掃除夫が入会するのはどうも場違いな気がする。前の町では同業者の組合に入っていたが、あれは生き延びるために結成した非合法な組織だった。オーギュさんたちは貴族さえ満足させる超一流の職人だし、とても俺が肩を並べることはできない。
「最近、煤を出さない魔法火を出す道具が売り出されている」
オーギュさんは俺の言葉を遮った。
「今はまだ高値だが、少なくともこの町ではいずれ庶民にも普及するだろう……煙突掃除屋も用済みだ」
「ちょっと、オーギュはん。そないな言い方はあんまりやろ」
「いえ、いいんです」
奥さんは俺に気を遣ってオーギュさんを諌めるが、正直言ってオーギュさんの言う通りだ。煙突にこびりついた煤がやがて大きな塊となり、詰まって煙の出が悪くなるし、火事の原因にもなる。だから定期的なメンテナンスは不可欠なのだが、それを必要としなくなる魔法があるのなら、皆そちらに金を使うだろう。
「……どの道、いずれ辞めるつもりだろう」
「オーギュさんには分かっちゃいますか……」
この人は怖い。他人の考えていることを表情から読み取ってしまうのだ。そのくせオーギュさん本人はいつも仏頂面のことが多く、考えていることがよく分からない。大きな痣も表情を分かりにくくしている。
傍らにいる奥さんがくすくすと笑っていた。
「商工会に入っておけば、仕事辞めはった後に身の振り方を決めるにも都合ええやろ。みんな相談に乗ってくれはるし。オーギュはんはそう言いたいんや」
「ああ、なるほど」
商工会の職人たちと付き合いがあれば、何か新しい仕事を紹介してもらえるかもしれない。何なら彼らのうちの誰かに弟子入りして、一から技術を学ぶという手もある。煙突掃除と釣りとケンカ以外はやったことのない俺だが、根性だけなら誰にも負けないつもりだ。転職のヒントを得るためと思えば、確かに入会して損はない。
後は俺が、一流と呼ばれる職人たちの中に溶け込めるか……。
「……考えておけ」
「はい。ありがとうございます」
オーギュさんは寡黙でストイックな仕事人間だが、奥さんや友達と話しているときは稀に優しげな一面を見せる。本当は手先の器用さに反して、頭の中が不器用なだけかもしれない。だが俺には彼が羨ましかった。俺同様に苦しい人生を歩んできたのだろうが、それでもオーギュさんは自分の仕事を愛し、心から楽しんでいるのだ。
俺は仕事に誇りは持っている。だがその一方で、仕事を愛することはできない。できるはずもないのだ。
「もし入るときには服を注文してみようかな」
「うんうん、安ぅしとくで。な、オーギュはん」
「……ああ」
……談笑しつつ、俺たちは海岸に到着した。港からは離れた場所で、『船の吹きだまり』と呼ばれる暗礁地帯だ。大小様々な難破船が朽ちた姿をさらしており、さながら墓場のような光景が広がっている。
海流の関係で漂流物が集まりやすく、単に遭難した船、海の魔物に追われて当てもなく逃げた船などが迷い込んでは座礁する。しかし今の時代となっては、親魔物派の船はポセイドンの加護とやらで難をかわせるらしいし、教団の船が座礁しても近隣の魔物が連れ去って行くだけ。正直な話、今や船乗りというのは煙突掃除夫より安全な仕事だという。命がけで航海するのは軍船か捕鯨船、そんなところだ。
この町の住民にとって、『船の吹きだまり』はむしろ魚の住処としての価値が高い。浅い場所でも住める魚は浸水した難破船を隠れ家に選ぶのだ。
「昨日の強風で難破船が一部崩れたそうだ。あまり近づくな」
オーギュさんはそう言って、港から借りてきたボートで吹きだまりの中へ漕ぎ出した。奥さんも一緒だ。喫水の浅い小舟は座礁せずに動けるらしい。俺は船酔いしやすいので、いつも岸から釣る。
改めて船の残骸を見てみると、なるほど、折れたばかりと思われるマストが浮いていた。船自体が大きく傾いているものもある。新しい難破船はまだ奇麗だったが、大砲や使えるものが持ち去られ、この上なく寂しげに見えた。
感傷に浸っていても仕方ない、釣りの準備に入ろう。足下の砂から残骸らしき木材が顔を出していたので、それに腰掛けた。ポケットから手製の毛針を取り出し、それを釣り糸につける。釣り針の作り方も煙突掃除の親方に教わった。あの親方がいい人だったことが、今までの人生で一番の幸運だろう。
糸に下がった毛針を見つめ、ぼんやりと腰を上げた。
そして、思わず目を見開いた。
「……えっ!?」
真正面に見える、難破船の腐った船腹。そのすぐ側に何かが浮いていた。
生き物、いや、生きていた物か。真っ白なそれは確かに、人の肌だった。血の気の全くない、雪のような色の肌だ。髪も同じように白く、纏っている服はボロボロに破れて、ただ水面に漂っている。
水死体。それが二つ。
「おいおい……」
今まで見たことがないわけではない。だがこのルージュ・シティでまで見ることはないと思っていた。平和な昼下がりの釣りの一時に水死体に遭遇するなんてあんまりじゃないか。しかも死体をよく見れば華奢な体で、二人とも女のようだ。うつ伏せの姿勢で浮いており、昔見た水死体より奇麗な状態に見えるが、水に浸かっている側はどうなっているか分かったものじゃない。
沢山魚を釣って教会の子供たちを驚かせてやろうとか、帰りに本を買っていこうとかいう思いが吹っ飛んでしまう。まったく迷惑極まりない。とはいえ。
「……放っておくのもなぁ」
『船の吹きだまり』であるこの暗礁地帯は漂流物が流れ着くことはあっても、外へ出て行くことはないという。このままこの辺りを漂い続けるのは気の毒すぎる。せめて浜に引き揚げて、シュリーさんなりシー・ビショップなりに弔ってもらおう。
俺は意を決して釣り竿を振りかぶった。鋭く、素早くキャスティング。毛針が宙を舞い、釣り糸が伸び、二つの死体の向こう側へ針が落ちた。
そのままくいっと竿を引く。毛針は狙い通り、片方の水死体の服に引っかかった。糸が切れないよう慎重に、ゆっくりと糸をたぐり寄せていく。水の浮力のおかげで楽に引き寄せることができそうだ。それに針をかけた死体に引きずられて、もう一方の死体もついてきた。死体の手が縄で繋がれているらしい。心中か、それとも誰かに海へ落とされたのか……嫌な死に方をしたのは間違いない。
「可哀想に……」
体格などからして俺と同じ十八歳くらいか、それより若い年頃だろう。せめて人並みの墓くらいには入れてあげたい。
どうにか浜辺まで引き寄せ、覚悟を決めて水死体の肩を掴んだ。腐敗しているのではと思っていたが思っていたより新しいようで、嫌な臭いもしない。力を込めて砂浜の上に引き揚げた瞬間、それまで耐えていたかのように死体同士を繋いでいた縄が千切れた。二体とも砂浜の上に仰向けに寝かせると、死顔が露わになった。
「う……!」
俺は思わず声を出した。その顔は腐敗してなどいなかったし、醜くもなかった。逆に、奇麗すぎたのである。
どちらの死体も溺れて死んだにしては苦しんだ表情をしていない。血の気の一切無い白さは不気味なものの、眠っているような安らかな、美しい表情だ。二人とも気品のある整った顔立ちで、背格好を含めてとてもよく似ている。おそらくは双子で、生前はさぞかし魅力的な女の子だったことだろう。
手首には互いの体を繋いでいた縄の後がくっきりと残っていた。二人揃って海を漂ってきたのだろうか。片割れと離ればなれにならなかったことが唯一の救いかもしれない。
念のため、海水に濡れたその手を握ってみるが、脈はなかった。死んでいるのは間違いないが、何か得体の知れないものを感じる。今にも動き出しそうな気配だ。
ふと、彼女たちの唇に目がいく。口の端に至るまでよく似ており、死んでいるはずなのに可愛らしい。王子様のキスでお姫様が生き返る、というよくあるパターンが頭をよぎった。
「……いやいやいや」
さすがにそれをやるのは不味い。そもそも王子様ってガラじゃないだろう、俺は。
だがそのとき、俺はあることに気づいた。閉ざされていた二人の目が、うっすらと開いている。自分の心臓が大きく脈打つのを感じた。血のように赤い瞳が四つ、俺を見つめている。ぞっとするような色合いなのに、とても美しい。
見とれてしまったその瞬間。彼女たちの手が、俺の体を掴んだ。
「うわああっ!?」
一瞬、何が起きたのか分からなかった。こちらにかざされた二人の白い手から、半透明の鉤爪のような物が生えていたのだ。それが俺をがっしりと掴み、もの凄い力で引きずり倒される。
「ま、魔物……!」
砂の上に仰向けに押さえつけられた直後、双子の死体が覆い被さってきた。赤い瞳で俺を見下ろし、微笑みを浮かべながら。
冷たい肌が俺に重なる。左右から挟み込むようにして、俺の顔に体を押し付けてきた。服が破れて剥き出しになった、ふっくらした胸を。
「ああ……温かい……」
「気持ちいいよ……お願い、逃げないで……」
うっとりした声で囁きながら、双子はさらに強く胸を押当ててくる。冷たいが、柔らかい。半透明の鉤爪がふわりと消えて、白くすらりとした腕が俺の顔を左右から抱きしめ、谷間に導いてきた。優しく、愛おしそうに。真っ白な谷間は海水で濡れていたが腐臭などは一切なく、むしろ微かに甘い匂いがする。
「む、ぐ……」
「姉様……この方の体……温かい……♥」
右側の子がうっとりと呟く。
「そうね……とても温かくて、気持ちいい……♥」
左側の子も俺の後頭部に胸を押し付けながら、優しく頭を撫でてきた。
次第に頭がぼーっとしてくる。気持ちいい。
ずっとこうしていたい。彼女たちの熱い声を聞きながら、冷たい胸に身を任せていたい。
「もっと頂戴……温かさを……もっと……♥」
「私にも……私にもください……くださぁい……♥」
蕩けるような声が耳をくすぐる。ああ、そうか。この感覚は射精したときの気持ちよさに似ている。
彼女たちは俺の力を吸い取っているのだ。それがたまらなく気持ちいい。このまま抱かれて、吸い尽くされてもいいとさえ思えてしまう。
「あぁ……」
だが幸いにして、吸い尽くされるようなこともなく、彼女たちはゆっくりと俺を放した。今の魔物は人間を必要としており、決して殺そうとはしない。今更そのことを思い出した自分が少し恥ずかしかった。
双子の赤い瞳が俺の顔を覗き込んでくる。ふんわりとした髪、くりくりした目の、とても美しいアンデッドたちが。
「……私はミーヌリア。マドゥラ王国の王女よ」
「私はスーヌリア、お姉様の双子の妹です」
可愛らしい笑顔で見下ろしてくる二人。笑い方も瓜二つだった。しばらくそれに見とれていたが、はっと我に返り体を起こす。
「お、俺はニカノル。ニカノル・チューロフ。……煙突掃除をやってる」
「煙突……あら、ほんと」
屈託なく笑いながら、スーヌリアが俺の首筋を指で撫でた。すると彼女の白い指には黒い煤が付いた。
「あ、よ、汚れちゃうから、俺から離れた方が……」
「そんなこと気にしないわ」
ミーヌリアが体をすり寄せてくる。胸がたぷんと目の前で揺れ、そこに視線が釘付けになってしまう。
「立派な働き者だから汚れるんでしょ。それに貴方が私たちを助けてくれたのよね?」
「え、えっと……」
立派。働き者。こんな奇麗な女の子が、俺を褒めてくれるなんて。しかも彼女は確か王女だと言った。
シュリーさんから聞いた魔物の知識を思い出した。王侯貴族や勇者など、特別な人間がアンデッドとなった魔物……ワイト。気品漂う美しさを持つ、アンデッドの女王だ。
「ニカノル様、ここは何というところなのですか?」
「る、ルージュ・シティ、です……」
同じように俺にすり寄るスーヌリアに、どもりながら答える。
「ルージュ・シティ……聞いたことのない町……もしかして」
「私たち、自由になったのよ!」
ミーヌリアが嬉しそうに叫んだ。スーヌリアもとても幸せそうな笑顔を浮かべる。
「もう私たちを追う人はいないのですね……!」
「そう、これからは二人で、平和に暮らせるのよ!」
何が起きているのか分からない俺を他所に、互いに喜びを露わにする二人。だがその直後、彼女たちははっと顔を見合わせた。
「お姉様、お洋服が破れて……」
「スー、貴女も……」
ちらりと俺を見て、二人は露出している大きな胸、そして見えかけている股の辺りをおずおずと隠した。血の気がなかった頬が、不思議なことに赤みがさしている。先ほどまで何の躊躇いもなく俺に抱きついていたのに、理性が戻ったからか途端に恥ずかしそうなそぶりをしていた。
可愛い。胸が高鳴りっぱなしだ。恥ずかしがりながら隠しているそぶりがますます扇情的に見えてしまう。
「ご、ごめんなさい、こんなはしたない格好で……」
「い、いえ……」
謝られても、彼女たちのその姿から目を離すことができない。たゆんとした胸だけでなく、白い美脚も十分すぎるほど美しい。死者とは思えないほどに。
「……あら?」
スーヌリアがふと、俺の下半身に目をやった。その瞬間、今度は俺の方に羞恥心が湧き上がって来る。彼女が見ているのは、ズボンを押し上げている股間のその部分だったのだ。
「何かしら、これ」
「ちょ、それは……!」
ズボン越しに感じる手の感触。女の子に勃起した股間を触られるなんて初めてのことだ。好奇心に満ちた目でそこをなで回してくるスーヌリアと、顔を近づけてにおいを嗅いでくるミーヌリア。くすぐったい感触に体が震える。
「お姉様、何か硬い物がありますわ……」
「ええ。それに何だか……いい匂いがするわ」
少し興奮したような口調で、ミーヌリアは俺のズボンに手をかけ、脱がせていく。止めろという声がこみ上げてきたが、思わず飲み込んでしまった。この町に住むに当たって、魔物の本能は一通り学んだ。一番大事なのは彼女達にとって、性欲と愛情が全ての行動の中心ということだ。こんなに奇麗な女の子二人と触れ合い、淫らなことをされる……そう思うと……。
「きゃっ……」
「わ……」
飛び出したそれを見て、二人は小さく声を上げた。目をまん丸に見開き、極限まで勃起した俺のペニスをじっと見つめている。その視線さえもくすぐったく感じてしまう。しかもその表情が次第に、うっとりとしたものに変わっていった。
「ああ……コレ、何だか素敵……♥」
「見ていると心が……躍ります……♥」
左側からミーヌリア、右側からスーヌリアの息がペニスをくすぐる。匂いを嗅ぐ小鼻の動きにさえ欲情する。先ほど抱きしめられて精を吸われただけで、あんなにも気持ちよかったのだ。この吐息が漏れてくる口に咥えられたら、しゃぶられたら。
俺の願いを叶えるかのように、二人の唇がペニスに近づいてきた。ぷるぷるの、柔らかそうな唇が。可愛い唇が。
「ちゅ……♥」
「あむ……♥」
「――!」
ミーヌリアに亀頭を、スーヌリアに竿部分を咥えられ、体がびくんと震えた。二人は少し驚いたように俺を見たが、クスッと笑ってまたペニスに口をつけた。二人の口の中はねっとりと唾液が絡んで、くすぐったい舌がねっとりとペニスを味わう。スーヌリアは夢中で竿を舐めていたが、ミーヌリアは俺の目を見て反応を伺いながら亀頭をしゃぶってくる。
「んちゅぅぅ……みゅぅ……♥」
「ん……おいし、い……♥」
「う、き、気持ちいい……」
生前は本物のお姫様だった二人が、先走りの汁を美味しそうにすすり、とても楽しそうにフェラをしてくれていた。仕草の節々に高貴な身分の生まれだという雰囲気を纏い、瓜二つ顔立ちはいつまで見ていても飽きないほど美しい。それが煤のついた俺を嫌うことなく、しかも二人掛かりで俺のペニスをしゃぶっているだなんて……。
「ぷはっ♥ ねぇ、ニカノル。貴方も気持ちいいの?」
ペニスから口を離し、ミーヌリアが尋ねてきた。興奮したような笑顔を浮かべ、唇と鈴口が粘液の糸で繋がっている。
「は、はい……凄く……」
「そうなんだ……♥ 私もね……コレが、とっても美味しいの♥」
「ん……もっと、もっと舐めちゃいますね……♥ ココはどうかしら……♥」
スーヌリアが、今度は玉袋を舐め始めた。独特のくすぐったさが気持ちいい。無邪気で好奇心旺盛そうな表情が余計に淫らに見えた。
それに合わせて、ミーヌリアはペニスを根元まで口に頬張ってきた。
「ううっ!」
口の中がぬめって、うねっている。したがねっとりと舐めて、刺激してくる。じゅるじゅる、ちゅぱちゅぱといやらしい音を立てながら、ミーヌリアは一心不乱に俺のペニスをしゃぶり続けた。もう俺の顔を見る余裕もなくなったのか、ペニスに集中している。その一生懸命さと貪るような吸引が、俺を限界に追いつめた。
出てしまう。射精してしまう。そう思った瞬間、俺はミーヌリアの頭を掴んで、ペニスから引きはがした。
彼女の口内に射精するのが嫌だったのではない。彼女の顔を汚してみたかった。気品と愛くるしさ、少しの怖さが漂う、死霊姫の顔が俺の精液でベトベトになるのを見たかったのだ。
「だ、出しますぅ……っ!」
「え……ひゃぁぁん♥」
ミーヌリアの奇麗な顔に。目も鼻も、白い粘液で塞いでしまうくらい。思い切り、気持ちよくぶっかけた。
玉袋を舐めるスーヌリアの舌が精液を押し出しているようだった。望み通りに射精し、満腹感に似た喜びと達成感さえ湧いてくる。
「はぅ、何これぇ……♥ 凄く、ベトベトで……じゅるっ……美味しい……♥」
うっとりとした表情で俺の精液を舐め、顔を蕩けさせる死者の王女。精液が何なのかも、フェラチオという行為の意味すら知らず、魔物の本能のみで行っていたのだろう。ドロドロの液体を手で救いとって、好奇心に目を輝かせていた。スーヌリアも姉の顔から精液を舐めとって味わい、蕩けた笑みを浮かべる。
そんな光景を前にして、ペニスは萎えるどころかますますいきり立った。満腹感が一瞬にして飢餓感に変わる。もっと出したい、もっと二人を汚したい。
その欲望はすぐに叶った。彼女たちは貪欲にペニスを、そして俺を見つめ、淫らに微笑む。
「ふふっ……これ、とても甘くて、美味しい……♥」
「ニカノル様ぁ……今度は私にも……かけて……♥」
スーヌリアが亀頭に口をつけ、ミーヌリアと一緒に先端を舌先でチロチロと舐めてくれた。しかもわざとやっているのかは分からないが、豊満なバストが両側からペニスに押し付けられている。精を吸ったからか微かに温もりを帯びた胸が、柔らかな感触を刻み付けてきた。
「あ、あの……おっぱい、触っても、いい、ですか?」
夢見心地で口にした質問に、彼女達は言葉ではなく行動で答えてくれた。可愛らしくクスリと笑い、俺の両手をそれぞれの胸に導いてくれた。
触った瞬間、自分の手だけが天国へ行ったのかと思った。掌からはみ出て、指が食い込みそうな大きな胸。死者のものとは思えないほど、蕩けるような柔らかさと弾力を持ち合わせていた。揉めば揉むほど気持ちよく、自在に形が変わる。
「んちゅっ♥ はぅ♥ ひゃぁ♥ ちゅぅぅ♥」
「んはぁ♥ おいしっ、ふぁ♥ んっ♥」
艶かしい声、熱い吐息、よだれ、歓喜の涙……様々なものを垂れ流しつつ、二人は一心不乱にペニスをしゃぶっている。互いの体を抱き寄せるような仕草が可愛くて、俺はますます高まった。ぷるぷるの唇が何度も敏感なところにキスをしては離れ、舌先が亀頭を転がす。その快感に、俺はまたもやこみ上げてきた。
「ああっ、出る、出します……顔に、射精しますっ……!」
再び、噴水のように吹き出す白濁。だが双子のワイトはそれを喜んで舐めとっても、まだ物欲しそうに二人掛かりの奉仕をやめなかった。俺もまたペニスを勃起させたまま、二人の口を、胸を味わう。
大して時間もかからずに、三度目の射精。生臭さが漂い初め、二人は頭から精液を浴びたようにベトベトだった。それでもまだまだ口での吸精は終わらず、俺も心置きなく玉袋の中身を提供し続けた。
煙突の中とは違う、心地よい暗闇。
俺の意識が、そこへ吸い込まれて行くのを感じた。
そしていつも願ったものだ。ここから煙が立ち昇ように、俺も這い上がって空を飛んでみたい……と。
俺は実際に這い上がり、自分の新境地を求めてこの町へ来たはずだった。それなのに結局まだ煙突掃除をやっている。
もう俺の体は全身煤まみれだ。鼻と口を布で覆っているため体内には入ってこないだろうが、目の周りなどは真っ黒だろう。それでも汚れの落ちた煙突を見ればそれなりの満足感は得られる。何よりも俺を取り巻く環境自体が、以前に比べ格段によくなっているのだ。
「……よし!」
煙突の上を通り過ぎて行く鳥を見て、俺は改めて頑張ろうという気持ちになった。前の国で嫌々働かされていた頃とは違う。この町のためなら、俺は煤まみれでも頑張る気になれるのだ。例え好きでなったわけでなくても、良い思い出のない仕事であっても頑張ろうと。
そう思えるのだ。
………
……
…
掃除がようやく終わり、俺はしばし開放的な気分に浸った。暗い世界から出てくると太陽の光がつくづく眩しい。
今しがた奇麗にした教会の煙突を眺めながら、井戸に釣瓶を投げ込む。水の入ったそれを力一杯引っ張り上げ、澄んだ水で顔を洗った。額に着いた煤を落とし、頭からかぶって洗い流す。水は冷たいが、このときのすっきりした気分がたまらない。もっとも煤は細かいから、顔だけでなく服の内側にも入り込んでいるだろう。一日の終わりにはよく洗っておかないと病気の原因になる。
「お疲れ様、ニカノル」
シスター・シュリーが言った。この教会を取り仕切っている人で、とても優しくて奇麗な女性だ。普通の女性と違うのは体から触手が生えていることだが、このルージュ・シティでは取り立てて珍しい存在ではない。町を出歩けば下半身が蛇や蜘蛛だったり、体が粘液だったりする魔物がワラワラいる。流れ者の煙突掃除夫である俺が間借りしているこの教会でも、人間と魔物が和気あいあいと暮らしている。
「煙突掃除も大変でしょ。ありがとね」
「慣れてますんで。それに焼きたてのパンのことを考えればやる気も増すってもんですよ!」
そう言って、直後に猛烈に後悔した。俺が掃除していたのはパン焼き窯の煙突。そこで毎朝焼かれるパンの美味さを思い出してしまうと、急激に腹が減るのだ。
「ふふっ。これ、手間賃ね。何か美味しいものを食べてきなよ」
俺の心を読んだかのように、シュリーさんは硬貨を包んだ紙を渡してくれた。思っていたより重い。
「ちょっと多くないですか? 俺、食費は自分で稼いでるけど居候の身だし……」
ここは教会と言っても特定の神を崇めているわけではなく、冠婚葬祭を行ったり、孤児を引き取って育てたりする施設だ。この町は職人が多いだけに、教会でも子供に手芸などの仕事を教え、作ったものを売って運営資金に充てている。俺が掃除していたパン焼き窯の煙突もそのためのものだ。
間借りさせてくれている上、文盲の俺に読み書きを教えてくれているだけでもありがたいのに、賃金を多くもらっては申し訳ない。
「いいのいいの。いつも力仕事とか手伝ってもらってるし。これ、ヅギがニカノルに用意したお金だから」
「……分かりました。ありがとうございます」
素直に受け取っておくことにした。煙突掃除夫という仕事がどのようなものか分かっているからか、シュリーさんたちは何かと俺を気にかけてくれている。好きでなったわけでもないし、いずれ辞めたい仕事ではあるが、今はできることを頑張るり恩を返していこう。
硬貨を懐へ押し込みつつ、使い道を考える。シュリーさんの言うように美味いものでも食べてくるか、それとも本でも買おうかなどと思っていると、後ろから落ち葉を踏む音が聞こえた。
「ニカノル」
呼びかけられて振り向くと、顔見知りの男が立っていた。近所に住んでいる仕立屋の旦那で、俺より五歳年上だ。やたらと印象に残る顔をしている。目つきが鋭くいかにも『切れ者』という風格で、美形と言っても差し支えないだろう。顔の右半面を覆う痣さえなければ。
「ああ、オーギュさん」
「海へ行くが、一緒にどうだ?」
ぶっきらぼうに言い、彼は右手に持つ釣り竿を掲げた。魚籠も持っている。
「いいですね! 道具を取ってきます」
今日はもう仕事の予定もない。釣った魚をその場で焼いて昼飯にして、仕事代は本を買うのに使おう。少しは字が読めるようになったのだし、読書をしなければもったいない。
「気をつけてね」
「はい、行ってきます!」
シュリーさんに一礼し、俺は教会の物置へ向かった。
物置にあるのは椅子や薪割り用の斧、そして自衛用の武器などだ。釣り竿も自室に置いてあると邪魔なのでこちらに置かせてもらっている。俺の釣り竿は昔世話になっていた親方がくれたもので、この前子供たち釣り方を教えるのに使ったばかりだ。埃をかぶってはいない。近くに置かれた槍を倒さないよう気をつけながら、一緒に置いてある魚籠などを身につけ、竿を担いだ。
教会は町の東地区・北地区の境にあり、海に面しているのは南地区だ。俺はオーギュさんと、その奥さんの三人でしばらく歩くことになった。ジパングという国の魔物である奥さんはエキゾチックな民族衣装を着ており、ふさふさとしたキツネの尻尾を五本生やしている。
「ニカノルはんも大変やねぇ。いつも真っ黒になって」
「まあ、そういう仕事ですから」
足を前に運びつつ、奥さんと談笑する。二人とは釣りをしているときに偶然出会い、そのときオーギュさんの工房の煙突掃除を頼まれたことから仲良くなった。最も普段煤まみれの俺の方は、粋な服を作るオーギュさんの仕事とはあまり関わりがない。服の善し悪しなんて分からないが、彼を訪ねて遠くの国からお客が来るほどの腕だそうだ。
「ニカノル。お前も商工会へ入ったらどうだ?」
「商工会、ですか……」
オーギュさんの言葉に、俺は思わず頭を掻いた。この町には他にも調香師や理髪師、料理人など、腕に覚えのある職人が多数住んでいる。それらが互いに助け合い、技を磨いて行くために結成されたのがルージュ・シティ商工会だ。煙突掃除夫が入会するのはどうも場違いな気がする。前の町では同業者の組合に入っていたが、あれは生き延びるために結成した非合法な組織だった。オーギュさんたちは貴族さえ満足させる超一流の職人だし、とても俺が肩を並べることはできない。
「最近、煤を出さない魔法火を出す道具が売り出されている」
オーギュさんは俺の言葉を遮った。
「今はまだ高値だが、少なくともこの町ではいずれ庶民にも普及するだろう……煙突掃除屋も用済みだ」
「ちょっと、オーギュはん。そないな言い方はあんまりやろ」
「いえ、いいんです」
奥さんは俺に気を遣ってオーギュさんを諌めるが、正直言ってオーギュさんの言う通りだ。煙突にこびりついた煤がやがて大きな塊となり、詰まって煙の出が悪くなるし、火事の原因にもなる。だから定期的なメンテナンスは不可欠なのだが、それを必要としなくなる魔法があるのなら、皆そちらに金を使うだろう。
「……どの道、いずれ辞めるつもりだろう」
「オーギュさんには分かっちゃいますか……」
この人は怖い。他人の考えていることを表情から読み取ってしまうのだ。そのくせオーギュさん本人はいつも仏頂面のことが多く、考えていることがよく分からない。大きな痣も表情を分かりにくくしている。
傍らにいる奥さんがくすくすと笑っていた。
「商工会に入っておけば、仕事辞めはった後に身の振り方を決めるにも都合ええやろ。みんな相談に乗ってくれはるし。オーギュはんはそう言いたいんや」
「ああ、なるほど」
商工会の職人たちと付き合いがあれば、何か新しい仕事を紹介してもらえるかもしれない。何なら彼らのうちの誰かに弟子入りして、一から技術を学ぶという手もある。煙突掃除と釣りとケンカ以外はやったことのない俺だが、根性だけなら誰にも負けないつもりだ。転職のヒントを得るためと思えば、確かに入会して損はない。
後は俺が、一流と呼ばれる職人たちの中に溶け込めるか……。
「……考えておけ」
「はい。ありがとうございます」
オーギュさんは寡黙でストイックな仕事人間だが、奥さんや友達と話しているときは稀に優しげな一面を見せる。本当は手先の器用さに反して、頭の中が不器用なだけかもしれない。だが俺には彼が羨ましかった。俺同様に苦しい人生を歩んできたのだろうが、それでもオーギュさんは自分の仕事を愛し、心から楽しんでいるのだ。
俺は仕事に誇りは持っている。だがその一方で、仕事を愛することはできない。できるはずもないのだ。
「もし入るときには服を注文してみようかな」
「うんうん、安ぅしとくで。な、オーギュはん」
「……ああ」
……談笑しつつ、俺たちは海岸に到着した。港からは離れた場所で、『船の吹きだまり』と呼ばれる暗礁地帯だ。大小様々な難破船が朽ちた姿をさらしており、さながら墓場のような光景が広がっている。
海流の関係で漂流物が集まりやすく、単に遭難した船、海の魔物に追われて当てもなく逃げた船などが迷い込んでは座礁する。しかし今の時代となっては、親魔物派の船はポセイドンの加護とやらで難をかわせるらしいし、教団の船が座礁しても近隣の魔物が連れ去って行くだけ。正直な話、今や船乗りというのは煙突掃除夫より安全な仕事だという。命がけで航海するのは軍船か捕鯨船、そんなところだ。
この町の住民にとって、『船の吹きだまり』はむしろ魚の住処としての価値が高い。浅い場所でも住める魚は浸水した難破船を隠れ家に選ぶのだ。
「昨日の強風で難破船が一部崩れたそうだ。あまり近づくな」
オーギュさんはそう言って、港から借りてきたボートで吹きだまりの中へ漕ぎ出した。奥さんも一緒だ。喫水の浅い小舟は座礁せずに動けるらしい。俺は船酔いしやすいので、いつも岸から釣る。
改めて船の残骸を見てみると、なるほど、折れたばかりと思われるマストが浮いていた。船自体が大きく傾いているものもある。新しい難破船はまだ奇麗だったが、大砲や使えるものが持ち去られ、この上なく寂しげに見えた。
感傷に浸っていても仕方ない、釣りの準備に入ろう。足下の砂から残骸らしき木材が顔を出していたので、それに腰掛けた。ポケットから手製の毛針を取り出し、それを釣り糸につける。釣り針の作り方も煙突掃除の親方に教わった。あの親方がいい人だったことが、今までの人生で一番の幸運だろう。
糸に下がった毛針を見つめ、ぼんやりと腰を上げた。
そして、思わず目を見開いた。
「……えっ!?」
真正面に見える、難破船の腐った船腹。そのすぐ側に何かが浮いていた。
生き物、いや、生きていた物か。真っ白なそれは確かに、人の肌だった。血の気の全くない、雪のような色の肌だ。髪も同じように白く、纏っている服はボロボロに破れて、ただ水面に漂っている。
水死体。それが二つ。
「おいおい……」
今まで見たことがないわけではない。だがこのルージュ・シティでまで見ることはないと思っていた。平和な昼下がりの釣りの一時に水死体に遭遇するなんてあんまりじゃないか。しかも死体をよく見れば華奢な体で、二人とも女のようだ。うつ伏せの姿勢で浮いており、昔見た水死体より奇麗な状態に見えるが、水に浸かっている側はどうなっているか分かったものじゃない。
沢山魚を釣って教会の子供たちを驚かせてやろうとか、帰りに本を買っていこうとかいう思いが吹っ飛んでしまう。まったく迷惑極まりない。とはいえ。
「……放っておくのもなぁ」
『船の吹きだまり』であるこの暗礁地帯は漂流物が流れ着くことはあっても、外へ出て行くことはないという。このままこの辺りを漂い続けるのは気の毒すぎる。せめて浜に引き揚げて、シュリーさんなりシー・ビショップなりに弔ってもらおう。
俺は意を決して釣り竿を振りかぶった。鋭く、素早くキャスティング。毛針が宙を舞い、釣り糸が伸び、二つの死体の向こう側へ針が落ちた。
そのままくいっと竿を引く。毛針は狙い通り、片方の水死体の服に引っかかった。糸が切れないよう慎重に、ゆっくりと糸をたぐり寄せていく。水の浮力のおかげで楽に引き寄せることができそうだ。それに針をかけた死体に引きずられて、もう一方の死体もついてきた。死体の手が縄で繋がれているらしい。心中か、それとも誰かに海へ落とされたのか……嫌な死に方をしたのは間違いない。
「可哀想に……」
体格などからして俺と同じ十八歳くらいか、それより若い年頃だろう。せめて人並みの墓くらいには入れてあげたい。
どうにか浜辺まで引き寄せ、覚悟を決めて水死体の肩を掴んだ。腐敗しているのではと思っていたが思っていたより新しいようで、嫌な臭いもしない。力を込めて砂浜の上に引き揚げた瞬間、それまで耐えていたかのように死体同士を繋いでいた縄が千切れた。二体とも砂浜の上に仰向けに寝かせると、死顔が露わになった。
「う……!」
俺は思わず声を出した。その顔は腐敗してなどいなかったし、醜くもなかった。逆に、奇麗すぎたのである。
どちらの死体も溺れて死んだにしては苦しんだ表情をしていない。血の気の一切無い白さは不気味なものの、眠っているような安らかな、美しい表情だ。二人とも気品のある整った顔立ちで、背格好を含めてとてもよく似ている。おそらくは双子で、生前はさぞかし魅力的な女の子だったことだろう。
手首には互いの体を繋いでいた縄の後がくっきりと残っていた。二人揃って海を漂ってきたのだろうか。片割れと離ればなれにならなかったことが唯一の救いかもしれない。
念のため、海水に濡れたその手を握ってみるが、脈はなかった。死んでいるのは間違いないが、何か得体の知れないものを感じる。今にも動き出しそうな気配だ。
ふと、彼女たちの唇に目がいく。口の端に至るまでよく似ており、死んでいるはずなのに可愛らしい。王子様のキスでお姫様が生き返る、というよくあるパターンが頭をよぎった。
「……いやいやいや」
さすがにそれをやるのは不味い。そもそも王子様ってガラじゃないだろう、俺は。
だがそのとき、俺はあることに気づいた。閉ざされていた二人の目が、うっすらと開いている。自分の心臓が大きく脈打つのを感じた。血のように赤い瞳が四つ、俺を見つめている。ぞっとするような色合いなのに、とても美しい。
見とれてしまったその瞬間。彼女たちの手が、俺の体を掴んだ。
「うわああっ!?」
一瞬、何が起きたのか分からなかった。こちらにかざされた二人の白い手から、半透明の鉤爪のような物が生えていたのだ。それが俺をがっしりと掴み、もの凄い力で引きずり倒される。
「ま、魔物……!」
砂の上に仰向けに押さえつけられた直後、双子の死体が覆い被さってきた。赤い瞳で俺を見下ろし、微笑みを浮かべながら。
冷たい肌が俺に重なる。左右から挟み込むようにして、俺の顔に体を押し付けてきた。服が破れて剥き出しになった、ふっくらした胸を。
「ああ……温かい……」
「気持ちいいよ……お願い、逃げないで……」
うっとりした声で囁きながら、双子はさらに強く胸を押当ててくる。冷たいが、柔らかい。半透明の鉤爪がふわりと消えて、白くすらりとした腕が俺の顔を左右から抱きしめ、谷間に導いてきた。優しく、愛おしそうに。真っ白な谷間は海水で濡れていたが腐臭などは一切なく、むしろ微かに甘い匂いがする。
「む、ぐ……」
「姉様……この方の体……温かい……♥」
右側の子がうっとりと呟く。
「そうね……とても温かくて、気持ちいい……♥」
左側の子も俺の後頭部に胸を押し付けながら、優しく頭を撫でてきた。
次第に頭がぼーっとしてくる。気持ちいい。
ずっとこうしていたい。彼女たちの熱い声を聞きながら、冷たい胸に身を任せていたい。
「もっと頂戴……温かさを……もっと……♥」
「私にも……私にもください……くださぁい……♥」
蕩けるような声が耳をくすぐる。ああ、そうか。この感覚は射精したときの気持ちよさに似ている。
彼女たちは俺の力を吸い取っているのだ。それがたまらなく気持ちいい。このまま抱かれて、吸い尽くされてもいいとさえ思えてしまう。
「あぁ……」
だが幸いにして、吸い尽くされるようなこともなく、彼女たちはゆっくりと俺を放した。今の魔物は人間を必要としており、決して殺そうとはしない。今更そのことを思い出した自分が少し恥ずかしかった。
双子の赤い瞳が俺の顔を覗き込んでくる。ふんわりとした髪、くりくりした目の、とても美しいアンデッドたちが。
「……私はミーヌリア。マドゥラ王国の王女よ」
「私はスーヌリア、お姉様の双子の妹です」
可愛らしい笑顔で見下ろしてくる二人。笑い方も瓜二つだった。しばらくそれに見とれていたが、はっと我に返り体を起こす。
「お、俺はニカノル。ニカノル・チューロフ。……煙突掃除をやってる」
「煙突……あら、ほんと」
屈託なく笑いながら、スーヌリアが俺の首筋を指で撫でた。すると彼女の白い指には黒い煤が付いた。
「あ、よ、汚れちゃうから、俺から離れた方が……」
「そんなこと気にしないわ」
ミーヌリアが体をすり寄せてくる。胸がたぷんと目の前で揺れ、そこに視線が釘付けになってしまう。
「立派な働き者だから汚れるんでしょ。それに貴方が私たちを助けてくれたのよね?」
「え、えっと……」
立派。働き者。こんな奇麗な女の子が、俺を褒めてくれるなんて。しかも彼女は確か王女だと言った。
シュリーさんから聞いた魔物の知識を思い出した。王侯貴族や勇者など、特別な人間がアンデッドとなった魔物……ワイト。気品漂う美しさを持つ、アンデッドの女王だ。
「ニカノル様、ここは何というところなのですか?」
「る、ルージュ・シティ、です……」
同じように俺にすり寄るスーヌリアに、どもりながら答える。
「ルージュ・シティ……聞いたことのない町……もしかして」
「私たち、自由になったのよ!」
ミーヌリアが嬉しそうに叫んだ。スーヌリアもとても幸せそうな笑顔を浮かべる。
「もう私たちを追う人はいないのですね……!」
「そう、これからは二人で、平和に暮らせるのよ!」
何が起きているのか分からない俺を他所に、互いに喜びを露わにする二人。だがその直後、彼女たちははっと顔を見合わせた。
「お姉様、お洋服が破れて……」
「スー、貴女も……」
ちらりと俺を見て、二人は露出している大きな胸、そして見えかけている股の辺りをおずおずと隠した。血の気がなかった頬が、不思議なことに赤みがさしている。先ほどまで何の躊躇いもなく俺に抱きついていたのに、理性が戻ったからか途端に恥ずかしそうなそぶりをしていた。
可愛い。胸が高鳴りっぱなしだ。恥ずかしがりながら隠しているそぶりがますます扇情的に見えてしまう。
「ご、ごめんなさい、こんなはしたない格好で……」
「い、いえ……」
謝られても、彼女たちのその姿から目を離すことができない。たゆんとした胸だけでなく、白い美脚も十分すぎるほど美しい。死者とは思えないほどに。
「……あら?」
スーヌリアがふと、俺の下半身に目をやった。その瞬間、今度は俺の方に羞恥心が湧き上がって来る。彼女が見ているのは、ズボンを押し上げている股間のその部分だったのだ。
「何かしら、これ」
「ちょ、それは……!」
ズボン越しに感じる手の感触。女の子に勃起した股間を触られるなんて初めてのことだ。好奇心に満ちた目でそこをなで回してくるスーヌリアと、顔を近づけてにおいを嗅いでくるミーヌリア。くすぐったい感触に体が震える。
「お姉様、何か硬い物がありますわ……」
「ええ。それに何だか……いい匂いがするわ」
少し興奮したような口調で、ミーヌリアは俺のズボンに手をかけ、脱がせていく。止めろという声がこみ上げてきたが、思わず飲み込んでしまった。この町に住むに当たって、魔物の本能は一通り学んだ。一番大事なのは彼女達にとって、性欲と愛情が全ての行動の中心ということだ。こんなに奇麗な女の子二人と触れ合い、淫らなことをされる……そう思うと……。
「きゃっ……」
「わ……」
飛び出したそれを見て、二人は小さく声を上げた。目をまん丸に見開き、極限まで勃起した俺のペニスをじっと見つめている。その視線さえもくすぐったく感じてしまう。しかもその表情が次第に、うっとりとしたものに変わっていった。
「ああ……コレ、何だか素敵……♥」
「見ていると心が……躍ります……♥」
左側からミーヌリア、右側からスーヌリアの息がペニスをくすぐる。匂いを嗅ぐ小鼻の動きにさえ欲情する。先ほど抱きしめられて精を吸われただけで、あんなにも気持ちよかったのだ。この吐息が漏れてくる口に咥えられたら、しゃぶられたら。
俺の願いを叶えるかのように、二人の唇がペニスに近づいてきた。ぷるぷるの、柔らかそうな唇が。可愛い唇が。
「ちゅ……♥」
「あむ……♥」
「――!」
ミーヌリアに亀頭を、スーヌリアに竿部分を咥えられ、体がびくんと震えた。二人は少し驚いたように俺を見たが、クスッと笑ってまたペニスに口をつけた。二人の口の中はねっとりと唾液が絡んで、くすぐったい舌がねっとりとペニスを味わう。スーヌリアは夢中で竿を舐めていたが、ミーヌリアは俺の目を見て反応を伺いながら亀頭をしゃぶってくる。
「んちゅぅぅ……みゅぅ……♥」
「ん……おいし、い……♥」
「う、き、気持ちいい……」
生前は本物のお姫様だった二人が、先走りの汁を美味しそうにすすり、とても楽しそうにフェラをしてくれていた。仕草の節々に高貴な身分の生まれだという雰囲気を纏い、瓜二つ顔立ちはいつまで見ていても飽きないほど美しい。それが煤のついた俺を嫌うことなく、しかも二人掛かりで俺のペニスをしゃぶっているだなんて……。
「ぷはっ♥ ねぇ、ニカノル。貴方も気持ちいいの?」
ペニスから口を離し、ミーヌリアが尋ねてきた。興奮したような笑顔を浮かべ、唇と鈴口が粘液の糸で繋がっている。
「は、はい……凄く……」
「そうなんだ……♥ 私もね……コレが、とっても美味しいの♥」
「ん……もっと、もっと舐めちゃいますね……♥ ココはどうかしら……♥」
スーヌリアが、今度は玉袋を舐め始めた。独特のくすぐったさが気持ちいい。無邪気で好奇心旺盛そうな表情が余計に淫らに見えた。
それに合わせて、ミーヌリアはペニスを根元まで口に頬張ってきた。
「ううっ!」
口の中がぬめって、うねっている。したがねっとりと舐めて、刺激してくる。じゅるじゅる、ちゅぱちゅぱといやらしい音を立てながら、ミーヌリアは一心不乱に俺のペニスをしゃぶり続けた。もう俺の顔を見る余裕もなくなったのか、ペニスに集中している。その一生懸命さと貪るような吸引が、俺を限界に追いつめた。
出てしまう。射精してしまう。そう思った瞬間、俺はミーヌリアの頭を掴んで、ペニスから引きはがした。
彼女の口内に射精するのが嫌だったのではない。彼女の顔を汚してみたかった。気品と愛くるしさ、少しの怖さが漂う、死霊姫の顔が俺の精液でベトベトになるのを見たかったのだ。
「だ、出しますぅ……っ!」
「え……ひゃぁぁん♥」
ミーヌリアの奇麗な顔に。目も鼻も、白い粘液で塞いでしまうくらい。思い切り、気持ちよくぶっかけた。
玉袋を舐めるスーヌリアの舌が精液を押し出しているようだった。望み通りに射精し、満腹感に似た喜びと達成感さえ湧いてくる。
「はぅ、何これぇ……♥ 凄く、ベトベトで……じゅるっ……美味しい……♥」
うっとりとした表情で俺の精液を舐め、顔を蕩けさせる死者の王女。精液が何なのかも、フェラチオという行為の意味すら知らず、魔物の本能のみで行っていたのだろう。ドロドロの液体を手で救いとって、好奇心に目を輝かせていた。スーヌリアも姉の顔から精液を舐めとって味わい、蕩けた笑みを浮かべる。
そんな光景を前にして、ペニスは萎えるどころかますますいきり立った。満腹感が一瞬にして飢餓感に変わる。もっと出したい、もっと二人を汚したい。
その欲望はすぐに叶った。彼女たちは貪欲にペニスを、そして俺を見つめ、淫らに微笑む。
「ふふっ……これ、とても甘くて、美味しい……♥」
「ニカノル様ぁ……今度は私にも……かけて……♥」
スーヌリアが亀頭に口をつけ、ミーヌリアと一緒に先端を舌先でチロチロと舐めてくれた。しかもわざとやっているのかは分からないが、豊満なバストが両側からペニスに押し付けられている。精を吸ったからか微かに温もりを帯びた胸が、柔らかな感触を刻み付けてきた。
「あ、あの……おっぱい、触っても、いい、ですか?」
夢見心地で口にした質問に、彼女達は言葉ではなく行動で答えてくれた。可愛らしくクスリと笑い、俺の両手をそれぞれの胸に導いてくれた。
触った瞬間、自分の手だけが天国へ行ったのかと思った。掌からはみ出て、指が食い込みそうな大きな胸。死者のものとは思えないほど、蕩けるような柔らかさと弾力を持ち合わせていた。揉めば揉むほど気持ちよく、自在に形が変わる。
「んちゅっ♥ はぅ♥ ひゃぁ♥ ちゅぅぅ♥」
「んはぁ♥ おいしっ、ふぁ♥ んっ♥」
艶かしい声、熱い吐息、よだれ、歓喜の涙……様々なものを垂れ流しつつ、二人は一心不乱にペニスをしゃぶっている。互いの体を抱き寄せるような仕草が可愛くて、俺はますます高まった。ぷるぷるの唇が何度も敏感なところにキスをしては離れ、舌先が亀頭を転がす。その快感に、俺はまたもやこみ上げてきた。
「ああっ、出る、出します……顔に、射精しますっ……!」
再び、噴水のように吹き出す白濁。だが双子のワイトはそれを喜んで舐めとっても、まだ物欲しそうに二人掛かりの奉仕をやめなかった。俺もまたペニスを勃起させたまま、二人の口を、胸を味わう。
大して時間もかからずに、三度目の射精。生臭さが漂い初め、二人は頭から精液を浴びたようにベトベトだった。それでもまだまだ口での吸精は終わらず、俺も心置きなく玉袋の中身を提供し続けた。
煙突の中とは違う、心地よい暗闇。
俺の意識が、そこへ吸い込まれて行くのを感じた。
14/01/07 20:13更新 / 空き缶号
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