連載小説
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序章
 秘密基地、という言葉の響きはどうにも子供の遊び心をくすぐるらしい。秘密と言っても実は大人達に知られていたり、そうでなくてもクラスの中では公然の秘密であることも多かった。作った秘密基地に新たな遊び仲間を呼んだ場合、「絶対誰にも言うなよ」方式で次から次へと他の奴へ存在が伝わってしまうこともある。それがきっかけで遊び仲間が増えることもあれば、ガキ大将同士の縄張り争いに発展することもあった。

 もう十年前になるか。俺はあの頃、雑木林の中で見つけた秘密基地を誰にも教えなかった。その入り口を木の枝や草で覆い隠し、念入りにカムフラージュした。以前友達と水辺に秘密基地を作って遊んでいたとき、場所が危険だからという理由で大人たちから退去を命じられてしまったのだ。俺が新たに見つけた秘密基地も、中にある物を見られれば大人たちに奪われたことだろう。絶対に誰にも渡したくない、俺の宝物が。

 その日も小学校からの帰りに、ぶらりと秘密基地に寄った。スパイになった気分で、尾行されていないか警戒しつつ、いつものようにそこへ向かう。しかし入り口まで辿りついたとき、いつもと違うハプニングに遭遇したのだ。

「……こんにちは」

 その人は俺の方を見て、そう言った。女の人を見て胸が高鳴ったのはあのときが初めてだろう。隠された秘密基地の入り口に、彼女は膝を抱えて座り込んでいた。白い肌、整った顔立ちで、柔らかな笑顔。長めの巻き毛。どれも印象に残っているが、雑木林という場所にそぐわない服装が今でも頭に焼き付いている。
 彼女はパジャマ姿だったのだ。

「君、小学生?」

 奇麗な声で尋ねられ、俺はどもりながらそうだと答えた。そんな様子が面白かったのか、彼女は楽しそうに笑っていた。

「私はね、高校三年生。サチっていうの」

 そう言われて、俺も咄嗟に名前を言った。小学三年生であるとも。

「シンペイくん? いい名前だね。何処へ行くところだったの?」

 どうしようか少し迷った後、彼女の後ろ……木の枝で隠した入り口を指差した。サチさんは背後を振り返り、ようやくそこに洞窟があることに気づき、とても驚いていた。そしてその後、興奮したように俺に尋ねてきた。

「中に何があるの?」

 あのときの、サチさんのワクワクした表情は今でも忘れられない。小学生からすれば高校生はもう大人と変わらなかった。実際彼女は大人っぽい顔立ちをしていたのに、一瞬で子供のように、好奇心旺盛な表情に変わったのだ。
 俺は誰にも言わないと約束してほしいと、サチさんに頼んだ。サチさんは指切りして約束してくれた。女の子の「誰にも言わない」は信用するな、と親父から言われていたが、不思議とこの人なら大丈夫だと思えた。「宝物」を誰かに見せたいという気持ちも少なからずあった気がする。

 サチさんはゆっくりと立ち上がり、パジャマのお尻についた土を払った。何故パジャマ姿だったのかも尋ねたが、教えてくれなかった。あのとき俺がもっと利口だったら違う結末になっていたかもしれない。
 入り口を覆っていた木の枝をどけて、持ってきた懐中電灯を手に穴の中へ。サチさんは俺の手を握ってついてきた。少し傾斜になった洞窟の中を、彼女に併せてゆっくり歩き……

 奥に眠る、「宝物」の所までたどり着いた。

「すごっ……!」

 懐中電灯で照らしたそれを見て、サチさんは息を飲んだ。大きさは軽自動車くらいの、エンジン付きの乗り物としては小さめの物。だがリベットで止められた装甲板、古びたキャタピラ、そして車体の上に乗る小さな砲塔を見れば、普段町を走っている自動車とは全く違う衝撃を受ける。

「これ、動くのかな?」

 興奮気味に尋ねてくるサチさんに、俺は胸を張って答えた。多分動かないけど、俺が大人になったら修理してやるんだ……と。

「そっか! シンペイくんならきっと直せるよ!」

 子供の願望を、サチさんは応援してくれた。彼女は高校生なのに、大人なのに。それが嬉しかったから、俺は彼女に頼んだ。修理できたら一緒に乗って欲しいと。
 するとサチさんは楽しそうに笑って、こう言った。

「いいよ。じゃあ今日から私が隊長で、シンペイくんは私の部下。決まり!」


 ……その後、二人で兵隊ごっこをして遊んだ。サチさんが洞窟の入り口で「花が欲しい」「木の実が欲しい」などと命令して、俺は雑木林の中からそれを探してきたり。輪ゴムで銃撃戦をしたり。彼女が疲れて、息が荒くなった頃、丁度日が傾いてきた。
 もう帰らないといけないことを伝えると、彼女は突然俺を抱きしめた。最初から奇麗な人だと思っていただけに、あれは子供だてらに心臓が爆発しそうになった。

「……シンペイくんに会えてよかった。私は幸せ者だね」

 あの言葉が、十年経ってもずっと耳に残っている。録音されたように、何度でも頭の中で流すことができる。
 その声とパジャマ越しに感じたサチさんの温もりを最後に、その日の記憶は途切れている。多分一人で家に帰ったのだと思う。

 そしてサチさんがあの後どうなったのか、翌日知ることとなった。親父が新聞記事の一部を読み上げたのだ。



 病院から抜け出した高校生が、雑木林で死んでいた……と。

13/12/25 21:54更新 / 空き缶号
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