第四話・そういうわけで俺にもいろいろあった
「馬防柵が突破された！」
「く、来るな！ 来るなぁぁぁ！」
「隊列を崩すな！ 間断なく射かけろ！」
ああくそっ。最悪だ。ちょっと腕がいいからってこんな戦場に来るんじゃなかった。
赤い目の魔物どもが柵をぶち壊し、陣地になだれ込んできやがる。何て数だ、こいつらはレスカティエ軍か。つまりこの魔物の大半がレスカティエ人の成れの果てってことかよ。魔物の軍隊ってのは女の声だらけで頭がおかしくなりそうだ。同時に殺意が沸いてきた。どうしてこう、女の声って奴は耳障りなんだ。
俺は荷車の影に隠れ、仲間達が蹂躙されていく様子を見ていた。自分でもぞっとするくらい冷めた目でだ。矢を射ようとした姿勢のまま固まり、薙ぎ倒されていく奴らもいる。魔物の美しい姿のせいで攻撃できなくなるのは珍しくないって話だが、まあ気持ちは分かる。分かるが、俺はクロスボウに矢をつがえた。ハンドルで弦を引くタイプの強力な代物で、祝福を受けた鏃の力で魔物の鎧も貫通できる……らしい。
こいつを撃つだけ撃ったらさっさと逃げよう。魔王軍の要塞攻略だから報酬も良いだろうし、もし手柄を立てれば出世できると思って志願したんだが、予想と違いすぎる。出征前に前金はなく、効くか怪しい魔除けのペンダントが配られただけだった。俺は即座に売っぱらって飲み代にしちまったが、今身につけてる奴らにもご利益はなさそうだ。
こんなときにヅギがいればな。あの化け物と一緒なら逃げるのも簡単だろうが、奴のいる傭兵部隊は別のところで囮やってるらしい。要塞を守ってる魔王軍は囮に食いついたらしいが、俺たち本隊にはレスカティエからの増援が奇襲してきたと……どうにもならねぇな、こりゃ。
「さて……やるか」
つがえたクロスボウを手に、荷車の影から少しだけ顔を出す。もう味方は総崩れ、馬に乗ってスタコラ逃げる将軍の背中に小隊長が罵声を浴びせている。あの腰抜け司令官を射抜いてやろうか本気で考えた。
だがもっとでかい的があった。半人半馬の魔物……ケンタウロスの類いだ。黒毛の下半身に対し、上半身は白い肌が露出していて目立つ。手にランスを握り猛突進の最中、狙いはあのクソ将軍のようだ。
ここで少しでも魔物を倒して実績を作りゃ、別の所で高値で雇ってもらえるかもしれねぇ。奴の赤い目は獲物だけを見つめているし、意識が一点に集中している今こそ狙うチャンスだ。
「当たってくれよ……」
心は落ち着いたもんだった。風向き、相手の速度、重力による矢の落下を瞬時に計算し、素早く狙いを定める。
静かに引き金を引き、弓の弦音が耳に響く。次の瞬間、三つのことが同時に起きた。
魔物の持つランスが将軍の背を貫き、
俺の矢が魔物の左肩に命中し、
魔物の赤い目が俺を睨んだ。
「くそっ！」
仕留め損なった上にこっちの位置がバレた。人間なら手綱を手放して落馬したかもしれねぇが、下半身自体が馬じゃ無理だ。
次の矢をつがえる余裕もねぇ。切り替えの早い俺は重いクロスボウを迷わず捨てた。背を向けて全力で逃げ出す。だが俺は普通の人間、足は二本だし魔法が使えるわけでもねぇ。たちまち背後から蹄の音が迫り、脳裏に魔物の瞳がちらつく。
背を向けていてもその気配は伝わってくる。ランスの鋭い穂先が今にも突き刺さってきそうだ。畜生め、あの将軍と同じ死に方なんてごめんだ。
俺は振り向かずにひたすら走った。勝てる相手じゃねぇし、一瞬でも逃げる以外のことに気を向けたら死ぬ。俺の闘争本能ならぬ逃走本能がそう言っている。というかそういうバカなこと考えている間にも追いつかれちまった。
すぐ後ろに蹄の音が……！
やられる……！
終わっちまう、俺の一生が……ショボい人生のままで……！
「クソッタラァァァァ！」
腹の底から奇声を張り上げた瞬間、俺は袖に仕込んだ隠しナイフを無意識のうちに引き抜いていた。細く短めの刃が光る。振り向き様にブレードグリップで投擲。昔奇術師の助手をしていた頃に習った技だ。
魔物は首を横へ傾け、俺のナイフをあっさり避ける。だがその拍子に、奴のランスの穂先が俺から微妙にずれた。
自分でも何だか分からないような雄叫びを上げ、紙一重で切っ先を避ける。
身体が勝手に動いた。
ランスを右手で掴み、そのまま抱きつくようにして抱え込む。身体に衝撃が伝わったが、すぐに何の抵抗もなくなった。
続いて感じたのは地面に叩き付けられた衝撃。土の上を転げ回るハメになった。
荒く息を吐いて呼吸を整え……顔を上げると、魔物と目が合った。見つめ合っていると狂いそうな赤い瞳が、信じられない物を見るような表情をしてやがる。愕然とした様子で、ただ俺をじっと見ていた。
「あ……！」
俺はようやく、奴のランスが自分の腕の中にあることに気づいた。信じられねぇ。突っ込んでくる騎兵の槍を素手で奪い取るなんざ、俺ごときにできる芸当じゃねぇだろ。
だがそんなことはどうでもいい、武器を手に入れたんだ。黒く禍々しいランスの柄を掴み、重みを我慢して構える。
「やってやる……やってやるさ……！」
完全に自棄だ、自分でも分かる。武器を奪ったところで俺は神様の加護なんざない人間、相手は魔物だ。そもそも徒歩の俺が馬上槍を持ったところで役には立たねぇ。優位なのはまだ相手の方だ。ついでに言うとスローイングナイフはもう無い。
さっきまで驚愕の表情だった魔物も気を引き締めたかのように俺と相対する。だが槍を奪われたってのに、腰に帯びている剣を抜く気配はねぇ。一兵卒くらい素手で倒せるってか。実際そのくらいの実力差はあるんだろう。
俺たちは見合ったまま動かない。そうしている間に、長いランスを徒歩で構える俺はどんどん疲労してくる。こっちが不利になる一方だが、相手も素手だってのに隙がねぇ。どこを突いたらいいのかさっぱり分からん。
周りの喧噪は鬨の声から嬌声に変わってきやがった。死んだお袋を思い出す。毎晩違う男と寝るのが仕事で、ガキだった俺が一人で寝ていると隣からこんな声が聞こえてきたもんだ。お袋の言ったことで覚えてるのはあの甲高い叫びと、イカれた客に殺されたときの断末魔。あとは俺へ向けて口癖のように言っていた一言……「堕ろしておけばよかった」くらいだな。
ろくでもねぇ記憶ばかりが浮かんできて、気の触れたような女の声が辺りを包む。苛立つ一方だ。
だがそのとき。
目の前にいる魔物が、ふいにニコリと微笑んだ。蹄が地を蹴る
「――！」
咄嗟に突き出した槍の切っ先が、空しく空を切る。その一瞬で魔物の姿はそこから消えていた。
「……つかまえた♥」
足下から声が聞こえ、俺はランスを取り落とした。次の瞬間には股間にヌメヌメした感触を覚える。
視線を落とすとそこには魔物の白い髪と、二本の角が。彼女は四つの脚を折りたたみ、俺の足下に跪いていた。しかもいつの間にか俺のズボンを降ろし、ムスコと向かい合ってやがる。
お袋が男にしていたことが、頭の中に蘇ってきた。
「止め――！」
制止が受け入れられるはずもなく……
魔物はそれを口に咥え込んだ。
………
……
…
今になってあの頃の夢を見るとは、分からねぇもんだ。目を開けると見慣れた天井がそこにあった。崩れそうで崩れない我が家のボロ天井、あの戦いから三年経って手に入れた俺の、俺たちの家だ。今日も相変わらず嫁どもに囲まれて迎える朝。左右にはメリカとニッセが張り付き、胸の上ではチルルが大の字で寝ている。一つ変わったことといえば枕がいらなくなたことか。こうしている今でもルルのおっぱい枕が後頭部を支えている。めっちゃ柔らけぇ。
で、下半身に目をやればアレットが夢の続きをしていた。
「んちゅ……じゅる……ん、もあよ♥」
可愛い上目遣いで、肉棒を咥えたままアレットは微笑む。めっちゃ可愛い。でもって本当に美味しそうに肉棒をしゃぶりやがる。あめ玉を入れたみたいに頬を膨らませて、亀頭を舌で転がして味わってくる。
「うおお……寝起きにこいつはキくぜ……！」
「んふ♥」
俺の反応にアレットはご満悦のようだ。舌先で鈴口辺りをくすぐられ、じわじわと射精感がこみ上げてくる。するとアレットは焦らしにかかってきた。ぷるぷるの唇で亀頭だけを咥え、舌を使わずにもぐもぐと圧迫してきやがる。胸で挟まれるのとはまた違ってなんかこう、くすぐったいぷるぷる感がたまらねぇ。
そうかと思えばちゅぽんと音を立てて口を離し、指先で肉棒を弄ぶ。
「えへへ。気持ちいい？」
「ああ、夜遅かったってのにすっきり目が覚める」
……昨日警官隊にしょっぴかれて説教された後、俺たちは一先ず家で作戦を立て直した。そして新兵器として新たなクロスボウを考案し、夜遅くまでそれを作っていた。それを使って今日こそはあの爆走サンドイッチ野郎を取っ捕まえるわけだが、その前に一先ずこのままアレットにイかせてもらわないとな。
今アレットにされていることは、娼婦だったお袋が客にやっていたのと同じことだ。自分の母親が毎晩違う男にそれをするのを見て育ち、いつしかそういうことに激しい嫌悪感を覚えるようになった。だからアレットの愛情もすぐには受け入れられなかったし、こいつに辛く当たることも多かった。
それでもアレットは俺の側にいてくれて、あくまでも俺に尽くしてくれた。本人曰く一目惚れだったそうだ。レスカティエでも名うての腕前だったこいつの槍を、雑兵の俺が奪い取っちまったんだからな。そのときの俺は多分凄まじい形相をしてたんだろうが、アレットはその死に物狂いで諦めないところに惹かれたという。
――『ボクらがあのくらい必死になっていれば、国を変えられたのかもしれない』
そう言うアレットの寂しげな笑顔が、妙に胸に沁みた。
魔物ってのは大したもんで、俺もしばらくすればすっかりアレット中毒になっていて、やがて二人で旅をするようになった。こいつと一緒なら何でもできるような気がしたからだ。ショボい人生はもう懲り懲りだ。そしていつの間にかメリカが加わって、ニッセが加わり、チルルも加わり、そしてこの前ルルが加わった。
こいつらがいれば、俺は何でもできる。
「デロイ、どうやってイきたい？」
俺が射精しない程度に亀頭をくすぐりつつ、アレットが尋ねてくる。
丁度寝ているルルがもぞもぞ動き、俺の頭を支えるおっぱいがむにむにと揺れる。メリカとニッセも寝息を立てながらより一層おっぱいを押し付けてきやがった。ちっぱいのチルルを除いておっぱいだらけの家だ。だがまあ今回はフェラから始まったんだし、フェラに終わってもらうか。
「口でやってくれ。思いっきりな」
「任せて！ 美味しく一気飲みしてあげるっ♥」
ウィンクしながらそう答え、アレットは再び肉棒を咥え込んだ。そして……
「じゅるるるるるるっ♥」
「うおおおぅ!?」
唾液をまとわりつかせての、容赦ない吸引。玉袋が空になるまで吸い出されそうな勢いだ。唇で焦らされてきた俺が、これに耐えられるわけもなく……
「う……出るぜ、アレット！」
言い終わるか終わらないかというタイミングで、俺の肉棒は激しく脈打った。アレットはうっとりした表情で迸りを受け止めて、ゴクゴクと喉を鳴らして飲み込んで行く。俺はアレットの角を掴んで恍惚に浸った。
口の中に射精を続けているうちに、胸の上でチルルが起き上がった。メリカやニッセも目を開け、ルルも身体をくねらせている。
そして起床した嫁どもはいつも通りの行動をとり始める。チルルは真っ直ぐ俺の股間へ向かい、メリカとニッセは俺の頬を舐めてくれる。そしてルルはおっぱいを寄せて俺の顔をむにむに攻撃だ。
今日もこうして嫁どもを愛して愛される朝。ろくでもない生まれ方をしてショボい人生を歩んで来た俺だが、今はアレットが作ってくれたこのハーレムがある。もう何だってできるさ。神行法だか何だか知らねぇが、変な魔法で走るサンドイッチ屋くらい取っ捕まえてみせる。
「今日は逃がさねぇ」
「……うん！」
俺の宣言に、精液を飲み干したアレットが力強く頷いた。
………
……
…
「うおおおおおお！ 待ちやがれ！」
アレットの背に乗り、石畳の上を駆ける俺。肩にはチルルが乗り、背中には昨晩作った新型クロスボウを背負っている。あのムカつくサンドイッチ屋は遥か先で荷車を引いて爆走中だ。やっぱりまともに追いかけたんじゃ捕まえられそうにない。
「う〜、やっぱり早いなぁ……」
走りながら額の汗を拭い、アレットがぼやく。東方の魔法はよく知らんが、奴の会得している神行法ってのは大した術だ。ケンタウロス属の魔物が全力疾走しても追いつけないんだからな。だが今日は昨日の失敗を元に綿密な作戦を立ててある。俺とアレットがひたすら後ろから追いかけ、ニッセは空から先回り。ブンブンとけたたましい羽音が上空から聞こえる。
そして……
「覚悟ーッ！」
サンドイッチ屋が角を曲がろうとした瞬間、その行く手にメリカが『降ってきた』。ニッセにメリカを抱きかかえさせ、空から相手の進路に降下して攻撃するのだ。さすがのサンドイッチ野郎もすぐ目の前に着地したメリカを急に飛び越すことはできなかったようで、軌道修正し直進を続ける。
「よし……！」
ニッセが再びメリカを抱き上げて空へ連れ去り、俺は上手くいっていることを確信した。この程度の奇襲で奴を捕まえられるとは思っちゃいねぇ。こいつは追い込みだ。行く手に空から降下させることで相手の進路変更を封じたり、逆に変更させたりする。この町の地理に詳しいという点じゃ俺たちの方が有利、だから都合のいい場所へ奴らを追い込もうという作戦だ。無論、切り札は追い込んでから出すがな。
「メリカ、行け！」
今度はメリカを奴らの正面へ降下させ、ニッセに頭上を守らせる。飛び越えさせないようにするためだ。狙い通りサンドイッチ屋は方向転換し、脇道へ入った。南地区へ続く道だ。
俺たちも後を追い、南地区へ向かう。大通りにいた連中が声援を上げていた。昨日の騒ぎが評判になってたみたいだな。
「頑張れよ、俺の雌馬！」
「うん！」
アレットもまた、俺の励ましに明るく応えた。こいつが必死で走ってくれているお陰で、なんとか距離を大きくあけられずに済んでいる。このまましばらく食い下がれば勝機はある。
サンドイッチ屋の荷車に乗った三毛猫は俺たちをじっと見ていたが、やがて飽きたかのように身体を丸めて眠りはじめた。余裕かましやがって。だがそれも今のうちだ！
「デロイ、南地区に入るよ！」
「よし！」
ルージュ・シティの南地区は緑豊かな農業地区。石畳が途切れ、サンドイッチ屋は土の地面を走りはじめた。建物も少なく開けた地区であり、捕り物をするなら追う方が不利だろうな。
だが、今こそ切り札の出番だ！
「ルル！ やれーッ！」
そう叫んだ直後、地面が揺れた。
地殻変動ってやつじゃない、地中にいる巨大な生き物の仕業だ。地鳴りとともに土埃が巻き上がり、そいつが姿を現す。短剣のような牙の並んだ凶悪な顎、爛々と輝く捕食者の瞳。全身堅い鱗で覆われ、手足の無い巨体がうねりながら地上に出てくる。大蛇なんてものとはスケールが違う。足も翼もなくても間違いなくドラゴンの一種であり、それに相応しい貫禄を持つ姿だった。
俺も初めて見たが、正直めっちゃ怖い。小便ちびりそうだ。昔の英雄はこんなのと戦っていたのか。とても今朝、俺に極上のおっぱい枕を提供してくれた嫁だとは思えん。
「オオオオォォォォォォゥ!!」
長い、耳を劈くような雄叫びを上げ。
ルルはその巨体で、サンドイッチ屋の前に立ちはだかった。
「く、来るな！ 来るなぁぁぁ！」
「隊列を崩すな！ 間断なく射かけろ！」
ああくそっ。最悪だ。ちょっと腕がいいからってこんな戦場に来るんじゃなかった。
赤い目の魔物どもが柵をぶち壊し、陣地になだれ込んできやがる。何て数だ、こいつらはレスカティエ軍か。つまりこの魔物の大半がレスカティエ人の成れの果てってことかよ。魔物の軍隊ってのは女の声だらけで頭がおかしくなりそうだ。同時に殺意が沸いてきた。どうしてこう、女の声って奴は耳障りなんだ。
俺は荷車の影に隠れ、仲間達が蹂躙されていく様子を見ていた。自分でもぞっとするくらい冷めた目でだ。矢を射ようとした姿勢のまま固まり、薙ぎ倒されていく奴らもいる。魔物の美しい姿のせいで攻撃できなくなるのは珍しくないって話だが、まあ気持ちは分かる。分かるが、俺はクロスボウに矢をつがえた。ハンドルで弦を引くタイプの強力な代物で、祝福を受けた鏃の力で魔物の鎧も貫通できる……らしい。
こいつを撃つだけ撃ったらさっさと逃げよう。魔王軍の要塞攻略だから報酬も良いだろうし、もし手柄を立てれば出世できると思って志願したんだが、予想と違いすぎる。出征前に前金はなく、効くか怪しい魔除けのペンダントが配られただけだった。俺は即座に売っぱらって飲み代にしちまったが、今身につけてる奴らにもご利益はなさそうだ。
こんなときにヅギがいればな。あの化け物と一緒なら逃げるのも簡単だろうが、奴のいる傭兵部隊は別のところで囮やってるらしい。要塞を守ってる魔王軍は囮に食いついたらしいが、俺たち本隊にはレスカティエからの増援が奇襲してきたと……どうにもならねぇな、こりゃ。
「さて……やるか」
つがえたクロスボウを手に、荷車の影から少しだけ顔を出す。もう味方は総崩れ、馬に乗ってスタコラ逃げる将軍の背中に小隊長が罵声を浴びせている。あの腰抜け司令官を射抜いてやろうか本気で考えた。
だがもっとでかい的があった。半人半馬の魔物……ケンタウロスの類いだ。黒毛の下半身に対し、上半身は白い肌が露出していて目立つ。手にランスを握り猛突進の最中、狙いはあのクソ将軍のようだ。
ここで少しでも魔物を倒して実績を作りゃ、別の所で高値で雇ってもらえるかもしれねぇ。奴の赤い目は獲物だけを見つめているし、意識が一点に集中している今こそ狙うチャンスだ。
「当たってくれよ……」
心は落ち着いたもんだった。風向き、相手の速度、重力による矢の落下を瞬時に計算し、素早く狙いを定める。
静かに引き金を引き、弓の弦音が耳に響く。次の瞬間、三つのことが同時に起きた。
魔物の持つランスが将軍の背を貫き、
俺の矢が魔物の左肩に命中し、
魔物の赤い目が俺を睨んだ。
「くそっ！」
仕留め損なった上にこっちの位置がバレた。人間なら手綱を手放して落馬したかもしれねぇが、下半身自体が馬じゃ無理だ。
次の矢をつがえる余裕もねぇ。切り替えの早い俺は重いクロスボウを迷わず捨てた。背を向けて全力で逃げ出す。だが俺は普通の人間、足は二本だし魔法が使えるわけでもねぇ。たちまち背後から蹄の音が迫り、脳裏に魔物の瞳がちらつく。
背を向けていてもその気配は伝わってくる。ランスの鋭い穂先が今にも突き刺さってきそうだ。畜生め、あの将軍と同じ死に方なんてごめんだ。
俺は振り向かずにひたすら走った。勝てる相手じゃねぇし、一瞬でも逃げる以外のことに気を向けたら死ぬ。俺の闘争本能ならぬ逃走本能がそう言っている。というかそういうバカなこと考えている間にも追いつかれちまった。
すぐ後ろに蹄の音が……！
やられる……！
終わっちまう、俺の一生が……ショボい人生のままで……！
「クソッタラァァァァ！」
腹の底から奇声を張り上げた瞬間、俺は袖に仕込んだ隠しナイフを無意識のうちに引き抜いていた。細く短めの刃が光る。振り向き様にブレードグリップで投擲。昔奇術師の助手をしていた頃に習った技だ。
魔物は首を横へ傾け、俺のナイフをあっさり避ける。だがその拍子に、奴のランスの穂先が俺から微妙にずれた。
自分でも何だか分からないような雄叫びを上げ、紙一重で切っ先を避ける。
身体が勝手に動いた。
ランスを右手で掴み、そのまま抱きつくようにして抱え込む。身体に衝撃が伝わったが、すぐに何の抵抗もなくなった。
続いて感じたのは地面に叩き付けられた衝撃。土の上を転げ回るハメになった。
荒く息を吐いて呼吸を整え……顔を上げると、魔物と目が合った。見つめ合っていると狂いそうな赤い瞳が、信じられない物を見るような表情をしてやがる。愕然とした様子で、ただ俺をじっと見ていた。
「あ……！」
俺はようやく、奴のランスが自分の腕の中にあることに気づいた。信じられねぇ。突っ込んでくる騎兵の槍を素手で奪い取るなんざ、俺ごときにできる芸当じゃねぇだろ。
だがそんなことはどうでもいい、武器を手に入れたんだ。黒く禍々しいランスの柄を掴み、重みを我慢して構える。
「やってやる……やってやるさ……！」
完全に自棄だ、自分でも分かる。武器を奪ったところで俺は神様の加護なんざない人間、相手は魔物だ。そもそも徒歩の俺が馬上槍を持ったところで役には立たねぇ。優位なのはまだ相手の方だ。ついでに言うとスローイングナイフはもう無い。
さっきまで驚愕の表情だった魔物も気を引き締めたかのように俺と相対する。だが槍を奪われたってのに、腰に帯びている剣を抜く気配はねぇ。一兵卒くらい素手で倒せるってか。実際そのくらいの実力差はあるんだろう。
俺たちは見合ったまま動かない。そうしている間に、長いランスを徒歩で構える俺はどんどん疲労してくる。こっちが不利になる一方だが、相手も素手だってのに隙がねぇ。どこを突いたらいいのかさっぱり分からん。
周りの喧噪は鬨の声から嬌声に変わってきやがった。死んだお袋を思い出す。毎晩違う男と寝るのが仕事で、ガキだった俺が一人で寝ていると隣からこんな声が聞こえてきたもんだ。お袋の言ったことで覚えてるのはあの甲高い叫びと、イカれた客に殺されたときの断末魔。あとは俺へ向けて口癖のように言っていた一言……「堕ろしておけばよかった」くらいだな。
ろくでもねぇ記憶ばかりが浮かんできて、気の触れたような女の声が辺りを包む。苛立つ一方だ。
だがそのとき。
目の前にいる魔物が、ふいにニコリと微笑んだ。蹄が地を蹴る
「――！」
咄嗟に突き出した槍の切っ先が、空しく空を切る。その一瞬で魔物の姿はそこから消えていた。
「……つかまえた♥」
足下から声が聞こえ、俺はランスを取り落とした。次の瞬間には股間にヌメヌメした感触を覚える。
視線を落とすとそこには魔物の白い髪と、二本の角が。彼女は四つの脚を折りたたみ、俺の足下に跪いていた。しかもいつの間にか俺のズボンを降ろし、ムスコと向かい合ってやがる。
お袋が男にしていたことが、頭の中に蘇ってきた。
「止め――！」
制止が受け入れられるはずもなく……
魔物はそれを口に咥え込んだ。
………
……
…
今になってあの頃の夢を見るとは、分からねぇもんだ。目を開けると見慣れた天井がそこにあった。崩れそうで崩れない我が家のボロ天井、あの戦いから三年経って手に入れた俺の、俺たちの家だ。今日も相変わらず嫁どもに囲まれて迎える朝。左右にはメリカとニッセが張り付き、胸の上ではチルルが大の字で寝ている。一つ変わったことといえば枕がいらなくなたことか。こうしている今でもルルのおっぱい枕が後頭部を支えている。めっちゃ柔らけぇ。
で、下半身に目をやればアレットが夢の続きをしていた。
「んちゅ……じゅる……ん、もあよ♥」
可愛い上目遣いで、肉棒を咥えたままアレットは微笑む。めっちゃ可愛い。でもって本当に美味しそうに肉棒をしゃぶりやがる。あめ玉を入れたみたいに頬を膨らませて、亀頭を舌で転がして味わってくる。
「うおお……寝起きにこいつはキくぜ……！」
「んふ♥」
俺の反応にアレットはご満悦のようだ。舌先で鈴口辺りをくすぐられ、じわじわと射精感がこみ上げてくる。するとアレットは焦らしにかかってきた。ぷるぷるの唇で亀頭だけを咥え、舌を使わずにもぐもぐと圧迫してきやがる。胸で挟まれるのとはまた違ってなんかこう、くすぐったいぷるぷる感がたまらねぇ。
そうかと思えばちゅぽんと音を立てて口を離し、指先で肉棒を弄ぶ。
「えへへ。気持ちいい？」
「ああ、夜遅かったってのにすっきり目が覚める」
……昨日警官隊にしょっぴかれて説教された後、俺たちは一先ず家で作戦を立て直した。そして新兵器として新たなクロスボウを考案し、夜遅くまでそれを作っていた。それを使って今日こそはあの爆走サンドイッチ野郎を取っ捕まえるわけだが、その前に一先ずこのままアレットにイかせてもらわないとな。
今アレットにされていることは、娼婦だったお袋が客にやっていたのと同じことだ。自分の母親が毎晩違う男にそれをするのを見て育ち、いつしかそういうことに激しい嫌悪感を覚えるようになった。だからアレットの愛情もすぐには受け入れられなかったし、こいつに辛く当たることも多かった。
それでもアレットは俺の側にいてくれて、あくまでも俺に尽くしてくれた。本人曰く一目惚れだったそうだ。レスカティエでも名うての腕前だったこいつの槍を、雑兵の俺が奪い取っちまったんだからな。そのときの俺は多分凄まじい形相をしてたんだろうが、アレットはその死に物狂いで諦めないところに惹かれたという。
――『ボクらがあのくらい必死になっていれば、国を変えられたのかもしれない』
そう言うアレットの寂しげな笑顔が、妙に胸に沁みた。
魔物ってのは大したもんで、俺もしばらくすればすっかりアレット中毒になっていて、やがて二人で旅をするようになった。こいつと一緒なら何でもできるような気がしたからだ。ショボい人生はもう懲り懲りだ。そしていつの間にかメリカが加わって、ニッセが加わり、チルルも加わり、そしてこの前ルルが加わった。
こいつらがいれば、俺は何でもできる。
「デロイ、どうやってイきたい？」
俺が射精しない程度に亀頭をくすぐりつつ、アレットが尋ねてくる。
丁度寝ているルルがもぞもぞ動き、俺の頭を支えるおっぱいがむにむにと揺れる。メリカとニッセも寝息を立てながらより一層おっぱいを押し付けてきやがった。ちっぱいのチルルを除いておっぱいだらけの家だ。だがまあ今回はフェラから始まったんだし、フェラに終わってもらうか。
「口でやってくれ。思いっきりな」
「任せて！ 美味しく一気飲みしてあげるっ♥」
ウィンクしながらそう答え、アレットは再び肉棒を咥え込んだ。そして……
「じゅるるるるるるっ♥」
「うおおおぅ!?」
唾液をまとわりつかせての、容赦ない吸引。玉袋が空になるまで吸い出されそうな勢いだ。唇で焦らされてきた俺が、これに耐えられるわけもなく……
「う……出るぜ、アレット！」
言い終わるか終わらないかというタイミングで、俺の肉棒は激しく脈打った。アレットはうっとりした表情で迸りを受け止めて、ゴクゴクと喉を鳴らして飲み込んで行く。俺はアレットの角を掴んで恍惚に浸った。
口の中に射精を続けているうちに、胸の上でチルルが起き上がった。メリカやニッセも目を開け、ルルも身体をくねらせている。
そして起床した嫁どもはいつも通りの行動をとり始める。チルルは真っ直ぐ俺の股間へ向かい、メリカとニッセは俺の頬を舐めてくれる。そしてルルはおっぱいを寄せて俺の顔をむにむに攻撃だ。
今日もこうして嫁どもを愛して愛される朝。ろくでもない生まれ方をしてショボい人生を歩んで来た俺だが、今はアレットが作ってくれたこのハーレムがある。もう何だってできるさ。神行法だか何だか知らねぇが、変な魔法で走るサンドイッチ屋くらい取っ捕まえてみせる。
「今日は逃がさねぇ」
「……うん！」
俺の宣言に、精液を飲み干したアレットが力強く頷いた。
………
……
…
「うおおおおおお！ 待ちやがれ！」
アレットの背に乗り、石畳の上を駆ける俺。肩にはチルルが乗り、背中には昨晩作った新型クロスボウを背負っている。あのムカつくサンドイッチ屋は遥か先で荷車を引いて爆走中だ。やっぱりまともに追いかけたんじゃ捕まえられそうにない。
「う〜、やっぱり早いなぁ……」
走りながら額の汗を拭い、アレットがぼやく。東方の魔法はよく知らんが、奴の会得している神行法ってのは大した術だ。ケンタウロス属の魔物が全力疾走しても追いつけないんだからな。だが今日は昨日の失敗を元に綿密な作戦を立ててある。俺とアレットがひたすら後ろから追いかけ、ニッセは空から先回り。ブンブンとけたたましい羽音が上空から聞こえる。
そして……
「覚悟ーッ！」
サンドイッチ屋が角を曲がろうとした瞬間、その行く手にメリカが『降ってきた』。ニッセにメリカを抱きかかえさせ、空から相手の進路に降下して攻撃するのだ。さすがのサンドイッチ野郎もすぐ目の前に着地したメリカを急に飛び越すことはできなかったようで、軌道修正し直進を続ける。
「よし……！」
ニッセが再びメリカを抱き上げて空へ連れ去り、俺は上手くいっていることを確信した。この程度の奇襲で奴を捕まえられるとは思っちゃいねぇ。こいつは追い込みだ。行く手に空から降下させることで相手の進路変更を封じたり、逆に変更させたりする。この町の地理に詳しいという点じゃ俺たちの方が有利、だから都合のいい場所へ奴らを追い込もうという作戦だ。無論、切り札は追い込んでから出すがな。
「メリカ、行け！」
今度はメリカを奴らの正面へ降下させ、ニッセに頭上を守らせる。飛び越えさせないようにするためだ。狙い通りサンドイッチ屋は方向転換し、脇道へ入った。南地区へ続く道だ。
俺たちも後を追い、南地区へ向かう。大通りにいた連中が声援を上げていた。昨日の騒ぎが評判になってたみたいだな。
「頑張れよ、俺の雌馬！」
「うん！」
アレットもまた、俺の励ましに明るく応えた。こいつが必死で走ってくれているお陰で、なんとか距離を大きくあけられずに済んでいる。このまましばらく食い下がれば勝機はある。
サンドイッチ屋の荷車に乗った三毛猫は俺たちをじっと見ていたが、やがて飽きたかのように身体を丸めて眠りはじめた。余裕かましやがって。だがそれも今のうちだ！
「デロイ、南地区に入るよ！」
「よし！」
ルージュ・シティの南地区は緑豊かな農業地区。石畳が途切れ、サンドイッチ屋は土の地面を走りはじめた。建物も少なく開けた地区であり、捕り物をするなら追う方が不利だろうな。
だが、今こそ切り札の出番だ！
「ルル！ やれーッ！」
そう叫んだ直後、地面が揺れた。
地殻変動ってやつじゃない、地中にいる巨大な生き物の仕業だ。地鳴りとともに土埃が巻き上がり、そいつが姿を現す。短剣のような牙の並んだ凶悪な顎、爛々と輝く捕食者の瞳。全身堅い鱗で覆われ、手足の無い巨体がうねりながら地上に出てくる。大蛇なんてものとはスケールが違う。足も翼もなくても間違いなくドラゴンの一種であり、それに相応しい貫禄を持つ姿だった。
俺も初めて見たが、正直めっちゃ怖い。小便ちびりそうだ。昔の英雄はこんなのと戦っていたのか。とても今朝、俺に極上のおっぱい枕を提供してくれた嫁だとは思えん。
「オオオオォォォォォォゥ!!」
長い、耳を劈くような雄叫びを上げ。
ルルはその巨体で、サンドイッチ屋の前に立ちはだかった。
13/05/28 20:08更新 / 空き缶号
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