連載小説
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殺るか殺られるかのディナータイム
 夜の十二時。オレはあてがわれたベッドから抜け出した。

 オレの着ていた服は昼間の奇怪なセックスで(奇怪にしたのは半分オレだが)汚れてしまったので、洗濯に出して代わりの服を貸してもらった。コートの裏側に隠してあったナイフは見つからずに済んだので、鞘に入れて腰に帯びる。
 シュリーは交わりを終えて正気に戻った後、笑ってオレを許してくれた。恥ずかしがりながら小声で「またシてほしいな……」と言っている姿はめちゃくちゃ可愛かった。この教会にいる他の魔物もみんな気の良い奴らで、シュリーは本当に幸せそうだ。

 だが。
 これ以上、オレがここにいるのは許されないみたいだ。町が何となく慌ただしくなり、魔術が使われている気配もする。これは戦場の匂いだ。オレの目的がはっきりとバレた、と考えるのが妥当だろう。捕り手が来る前に、この教会を離れ、領主邸に向かう。ここに長居していてはシュリー達に迷惑がかかるし、第一捕まったらどんな目に遭うか想像は付く。仮に捕虜の虐待を禁じている軍隊であっても、傭兵相手にはそういった軍規が適用されないことも多い。その傭兵が人肉を好んで食う男、となればなおさらだ。
 シュリーとは、これでお別れだ。胸が張り裂けそうになるくらい寂しいが、ああいういい娘はオレみたいな戦争の犬と一緒にいてはいけない。例え傭兵のオレをシュリーが受け入れてくれても、殺し合いをしに行くオレを見送る彼女はきっと哀しい顔をするだろう。そんな暮らしは耐えられない。

 そして領主の暗殺は……まずは領主に会ってみようと思う。この平和で美しく、奇妙な町を作った物好きのヴァンパイアに。
 はるか大昔、ある国の賢臣が同僚によって暗殺された。その賢臣は周囲の国々との争いを、平和的に集結させようとしていたが、己の権益のために戦争を望んだ別の家臣が殺し屋を送り込んだらしい。彼が死ななければ、その後の戦争で死んだ数千人の人間が助かったと言われている。賢臣を殺した殺し屋は、晩年にそのことを後悔して過ごしたという。
 オレは人殺しだ。だがもし、この町の領主が本当に傑物なら……昔話の殺し屋と同じ結末にはなりたくない。

「……さようなら、シュリー。元気でな」

 隣室で寝ているはずの彼女にそう告げ、オレは窓から外に出た。溢れてくる涙を無理矢理せき止め、夜の街を走る。置き手紙くらいのこしてくればよかった。けれどもう遅い。兵士の気配が町中に蠢いている。昼間平和だった町が、狩るか狩られるかのキリングフィールドになっていく。
 オレは腰に下げたククリナイフを抜いた。先太、前のめりに湾曲した刀身を持つ短刀で、刀身の重みが一点に集中する作りになっている。元は草木を切り払うナイフだが、殺傷力が高いため戦闘にも用いられるのだ。普段はグレイブを主に使うが、あんな長柄の武器では暗殺だの屋内戦闘だのは無理だ。
 そして、一人のオーガがオレの目の前に躍り出た。

「さすがだな、ヅギ。気配に気づいたか」
「こうなると思っていたからね、セシリアさん」

 周囲の路地から盾や槍を尋ねた兵士たちが続々を現れ、オレを包囲していく。今すぐ突破したいところだが、セシリア相手に隙は見せられない。ナイフの利点を活かすため構えはとらず、両手をだらりと下げた状態で対峙する。

「お前の目的はもう分かってるが、大人しく捕まるとは思ってねぇ。勝負といこうや」
「そうするか。ところであんた、シュリーと付き合いあるらしいな?」
「あの娘とその仲間をこの町に連れてきたのは、あたしだからな」

 なるほど、セシリアがいろいろ世話をしてくれていたわけか。意外と面倒見がいいんだよな。

「……なあ、もうあの娘とは会わないつもりか?」

 ふいに、セシリアはそんなことを言った。すでに構えをとって臨戦態勢でありながら、何かオレを思いやったような口調だ。ジパングには鬼の目にも涙という言葉があるらしいが、彼女はオーガにしては思いやりが強いと前々から思っていた。

「ああ、寂しいけどな。オレが戦争の犬である以上、シュリーを幸せにはしてやれない」
「あたしは人間のそういうところが嫌いだ。結局『逃げ』じゃないか」
「多分そうだろうな。だがオレはこれが最善だと思う」
「チッ、分からず屋。やっぱり戦闘屋の会話は……」
「戦いのみ、だな」

 オレ達の間に緊張が走る。オーガは魔術を除いた戦闘能力では最高レベルの魔物であり、特にセシリアは百戦錬磨の猛者だ。
 だが負ける気はない。今の時代、傭兵も大抵は親魔物派と反魔物派に別れるが、オレは金さえ貰えば人間にも魔物にも味方する。そんな無節操なオレを雇う奴がいる理由はただ一つ。

 そのくらい、オレが強いからだ。

 オレとセシリアは同時に駆けだした。セシリアが拳を突き出してくる。金属製の籠手を装着しており、大木を一撃で吹き飛ばす威力だ。
 オレ上半身を横に九十度曲げてかわす。そして全身をバネに、ククリナイフで斬り上げた。
 直撃すれば、セシリアの上腕を深く斬り裂いていただろう。しかしセシリアは紙一重で避け、後ろ回し蹴りに繋げてきた。

「おっと!」

 オレは上半身を反らす。顔の上をセシリアの脚が通り過ぎ、オレは左手の指先から火球の魔法を放った。セシリアは咄嗟に籠手で払いのけるが、その一瞬の隙にオレは彼女の懐へ飛びこむ。もう少しで体が密着する至近距離、オレはククリナイフで彼女の頸動脈を斬……

「せいっ!」
「ぐあっ!?」

 突如額を襲う、衝撃と痛み。頭突きを喰らったらしい。頭蓋は割れずに済んだが、オレの攻撃はセシリアの首筋に微かな傷をつけただけだった。すぐさま、セシリアから距離をとる。

「痛ぇ〜、相変わらず石頭だな」
「お前こそ、前にも増して妙な動きしやがって。あたしも今のは冷や汗もんだったぞ」

 オレの強みといえば、瞬発力に体の柔軟さ、そして熱を操る魔法だ。これらを組み合わせた戦闘術を完全に見切れた相手はほとんどいない。剛の技を使うセシリアとは対極の動きだろう。

 掌から炎をばらまき、火の子に紛れて接近。斬りつける。セシリアが避け、殴り返す。
 攻防が続いた。時折彼女の拳がオレの脇を掠め、オレのククリナイフが彼女の肌に傷をつける。
 しかし、周りを囲む兵士たちが手を出すようすは無い。皆盾を構え、オレたちの戦いを見守っていた。おそらくセシリアは自分の部下がオレには勝てないと見て、一騎打ちで疲労困憊したところを一気に捕らえさせるつもりだろう。脳筋のくせに頭がいい奴ってのはタチが悪い。

 とすれば、さっさとこの囲みを脱出してしまおう。この後にもヴァンパイアが待っているわけだし。

「よっ!」

 オレは距離を取りつつ、ククリナイフを納刀した。そして両手を胸の前でかざし、呪文を詠唱しはじめる。

「させるかっ!」

 狙い通り、セシリアが詠唱を阻止しようと突っ込んでくる。強力な魔法を撃たれると思ったのだろうが、オレは詠唱を中止して『受け』の姿勢をとった。

「てやァッ!」

 繰り出されたボディブローを、オレは両手で受けた。同時に両足で地面を蹴り、後方に跳躍する!

 セシリアの驚愕の表情が、勢いよく遠ざかる。自分の跳躍に彼女のパンチの威力を上乗せし、宙を高く舞い……背後を包囲していた盾兵たちの背後に着地した。
一般兵たちがどよめく中、オレは彼らに背を向けて走り出す。盾を構えて道を塞ぐ『栓』となっていた兵士たちは、即座に方向転換することができない。後ろの方から「てめええええ!!」というセシリアの声が聞こえてきたが、勿論無視して逃げる。
 自然と笑いがこみあげてきた。相手に一杯食わせたときの、この爽快感。
 たまらない。



「何がそんなに可笑しいかの?」

 突如降ってきた声とともに、足元に閃光が走った。即座に飛び退くと、その場でオレンジ色の稲妻が爆ぜる。新手か。

「さすがに良い反応じゃの。ヅギ=アスター」

 声の主は前方に浮遊している、小柄な魔物だった。人間なら十二歳くらいのあどけない子供で、山羊のような角に獣の手足を持ち、強大な魔力を漂わせている。手に握るのは彼女の身の丈ほどの、緋色の大鎌だ。

「……バフォメットまでいるのか、この町は」

 魔界に住む魔物の中でも特に高い魔力を持つ、バフォメット。魔王軍の重鎮を務める者もいるくらいで、他にも各地でサバトと呼ばれる宗教勢力を築いている大物種族だ。ヴァンパイアに加えそんな奴までいるとは、教団ももう少し情報をくれてもいいと思うんだが。
 加えて、周囲から足音が迫る。背後から追ってきている雑兵やセシリアだけでなく、相当な手練が複数集まってきていた。やがてそいつらが姿を現し、バフォメットの周囲に陣取る。武装した人間・魔物が6名、加えてバフォメットがオレの前に立ちはだかる形だ。そして後ろから、セシリアが追いついてきた。

「加勢に来たぞ、セシリア」
「チッ、面目ねぇ!」

 セシリアとバフォメットはそれだけ言葉を交わすと、前後からオレを睨みつけてきた。雑兵たちはセシリアのさらに後方で、事の成り行きを見守っている。

「【悪食】ヅギ=アスター、一筋縄でいく男ではないようじゃの」
「今更お気づきかい?」
「まあ聞け、傭兵。わしが連れてきたこの六人は私設軍教導科の、戦闘技能に優れた面々……分かりやすく言うなら、セシリアと同列の者たちじゃな」

 マジか。確かにどいつもこいつも、相当な修羅場をくぐってきた奴らにしか見えない。目のつけ方、構え方、あらゆる仕草からそれが読みとれる。それに加えバフォメットまで相手にしなければならないというのは……キツい。

「のう、傭兵。我らが領主・リライアはヌシに興味を持ち、会って話がしたいと言っておる。どうじゃ、大人しくついてくるなら客人として迎えるがの?」
「……なめられているようにしか思えないんだけど」

 信用できるわけがない。傭兵に対する扱いなんて想像がつくし、そもそも相手のペースに合わせた時点で負けだ。

「不満か? ならばサバト局の客人として迎えてもよいぞ。可愛い魔女たちを頭撫で放題、肩も揉まれ放題じゃ」
「オレ、宗教集団の言うことは信じない主義だから」

 オレの言葉に、バフォメットの引き連れている連中が何人か吹き出した。バフォメットはため息をつく。

「どうしても、応じないと?」
「ああ。どんな目に遭わされるか分からない道より、ここを血の風呂にする道を選ぶさ」
「やむをえんのう、手足の一、二本は覚悟してもらうぞ」
「手足が欲しい? あんたも人肉嗜好の人?」
「違うわい! 魔王が代替わりしてからは食っておらん!」

 それは残念だ。しかし結構長生きしてるんだな、さすがバフォメット。

「一般兵は百歩下がれ! 後はわしらがやる!」

 バフォメットが高らかに叫び、周囲の六人がオレを包囲しにかかる。同時にバフォメットが先陣を切り、鎌を振り上げ跳躍した。あんな大鎌は武器としての実用性はゼロで、大抵は呪具の一種だ。

「小手調べじゃ、くらえ!」

 バフォメットが鎌を振り下ろす。魔力が渦を巻くのを察知し、身を引く。
 次の瞬間、轟々と音を立て、旋風が巻き起こった。下手をすれば人間一人は簡単に吹っ飛ぶであろう風圧に、オレも動きを止めざるをえない。

「うりゃああァッ!」
「せぇい!!」

 叫び声とともに、左右から敵が斬りかかってくる。右は手槍と盾を装備した人間、左は長剣を持ったリザードマンだ。
 同時に繰り出された斬撃。オレは即座に石畳の上に倒れこんでかわし、リザードマンにブレイクダンスの要領で回し蹴りを叩き込んだ。不意打ちが成功し、リザードマンは吹っ飛ぶ。

「よっと!」

 オレが反動を利用して起き上がったところへ、人間の方が突っ込んでくる。間合いを詰められたのは一瞬のことだった。続いて盾で視界を奪われる。オレはその盾を両手で掴み、相手の脚めがけて思い切りスライディングした。

「なっ!?」

 相手が驚きの声を上げた。脚を蹴られ、腕を引っ張られたことで、彼の体はオレと一緒に倒れこんだ。ナイフを抜く暇は無い、歯で頸動脈を食いちぎってとどめを……






「ヅギ!」




 ふいに聞こえた、あいつの声。気を取られた一瞬の隙に、オレは鳩尾を手槍の柄で突かれた。

「ぐゥッ!」

 続いて、近づいてきたセシリアの鉄拳が、腹に食い込む。胃の中身が逆流しそうになり、衝撃が体全身に伝わる。

 痛い。視界に霞がかかり始める。そんなオレに駆け寄ってくる、金髪の少女。

 彼女はしきりに、オレの名前を呼ぶ。


 まったく、なんでこんなときに出てくるんだよ……


 この【悪食】ヅギ=アスターが……



 こんなくだらない……負け方……を……
11/01/21 23:11更新 / 空き缶号
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■作者メッセージ
こんなグダグダな戦闘シーン、需要あるのだろうか。

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