優しき影の少女
「〜♪〜〜♪」
良く晴れた日のこと、ミカはグラウンドの隅に作られた花壇に水をあげていた。
「あら、ご機嫌ですわねミカさん。花壇のお手入れですか?」
「あ、セシルちゃん。うん、お花さんたちにお水を上げてるの」
「そうですの。ならわたくしもお手伝いしますわ」
「ほんと?ありがとうセシルちゃん」
そう言うとセシルはじょうろを取りに行く。この短い時間に小さな事件が起きた。
「ふえぇぇぇーーん!!」
「今の声はミカさん!?」
突如聞こえてきた泣き声に驚いたセシルは急いでミカの元へと戻る。
「ふえ〜ん…!ぐすっ、いたいよ〜…!」
地面にうずくまるミカを見て慌てて駆け寄る。
「ミカさん大丈夫ですの!?何かありまして!?」
「ふぇ〜セシルちゃ〜ん、ハチさんが指刺した〜…!」
ミカがセシルに指先を見せる。そこには小さな針が刺さっていた。
「これは…」
「何だ?どうした?」
声を聞きつけたコウマが駆け寄ってくる。
「先生、ミカさんの指に針が…」
「せんせ〜いたいよ〜…!」
「蜂に刺されたか…。とりあえずミカは俺が連れて行くから、すまねぇがセシルは片付けておいてくれねぇか?」
「わかりましたわ」
「よし、良い子だ。ミカ、すぐ手当てしてやるからな」
コウマはセシルの頭を撫でると、ミカを抱きかかえてすぐに自室へ向かった。
「よし、薬出すからもうちょっと我慢してココに座ってろ」
コウマは薬箱からピンセットと消毒液、ガーゼ、絆創膏を取り出す。
「ほら、手ェ出せ」
ミカは目に涙を溜めながら針の刺さった手を差し出す。コウマは彼女の手首を軽く掴み、ピンセットで針を挟む。
「ちょっと痛ぇだろうがガマンしろよ?」
彼女がこくんと頷いたのを確認すると、針を引き抜いた。そして指をくわえて毒を吸い出す。何度か繰り返した後、消毒液を含ませたガーゼで拭き取り、すぐさま絆創膏を貼り付けた。
「これでよし。しばらくは痛ぇだろうが治るまで我慢しろよ?絆創膏剥がれかけたらまた新しいのに替えるからな」
「うん、先生。ありがとう」
「んじゃ、セシルのとこに戻れ。心配してるだろうからな」
「うん。……あの、先生」
「ん、何だ?」
「どうしてハチさんは私を刺したの?」
ミカの質問にコウマは少し考え、そして伝える。
「攻撃された、と思ったんだろうな」
「私お花さんにお水をあげてただけだよ?」
「その水が原因だな」
「お水が?」
ミカは理由が解らず首を傾げる。
「そうだ。例えばだ、ミカ。リックウォーターの滝を思い浮かべろ。凄い水の量だろ?」
コウマはミスティアの北にある大きな滝を例にあげた。
「うん」
「その水をミカ、お前の頭に降ってきたらどう思う?」
「…怖い。溺れちゃうよ」
「今そう思った事を蜂も思ったんだ。そしてその水が降る原因を見つけた。それがミカ、お前だ。蜂は水をかけられて攻撃されてると思ったんだろうな。だから自分の身を守る為に攻撃したんだ」
「そうなんだ…」
「けどな、その蜂…多分ミツバチだろうな。ミツバチは針で相手を攻撃するときは、死ぬ覚悟を決めた時だ」
「なんで?」
「ミツバチは針を尻から抜こうとすると、腹が千切れて死んじまうんだよ」
「そうなんだ…かわいそう」
「そう思えるなら、その痛みに耐えてやれ。後水をやるときは注意してやろうな」
「うん。わかった」
「にしても、優しいなミカは」
コウマはミカの頭を優しく撫でた。
「えへへ…///」
「俺も昔刺されたことがあるが、俺の場合は巣をホースの水で撃ち落とそうとしてたのが原因だけどな」
コウマは昔ミカと同じく蜂に刺された時の事を話し始めた。
「ええっ!?」
彼の過去の行いにミカはビックリする。コウマが悪戯している姿を想像出来ないのだろう。
「ガキの頃、家の屋根の下に巣が出来てな。危ねーから処理する理由に悪ふざけで巣を的にして遊んでたんだわ。んで、ついに蜂の巣が地面に落ちたーって時に中から蜂がブワッと出て来てな、散々追いかけられた挙げ句体中を滅多刺しされたんだよ」
「ひえぇ〜…」
その時の様子を想像したミカは恐ろしいといわんばかりに身震いする。自分は指一ヶ所だが、コウマは体のあちこちだというのだ。
「流石の俺もあの時は泣いたな。大群に追われた恐怖と刺された痛みに。だから俺も蜂は嫌いだ」
コウマが蜂を嫌う理由を知ったミカは思わずクスクスと笑ってしまった。
「ふふふ、でもそれは先生が悪いよ〜」
「そうかぁ?あんなトコに巣を作る蜂が悪いんだよ」
まるで悪ガキのような笑顔で蜂が悪いと面白おかしく言うコウマに、ミカは苦笑した。
「違うよ〜、やっぱり先生が悪いよ〜」
「じゃあ謝っとかなきゃな。あの時の蜂さん達、ごめんなさい、俺が悪かったですっ」
コウマはパンと手を合わせて謝るポーズをとった。
「あはははははっ!」
「くっくっく…!」
それが面白おかしくて二人してお腹を押さえて笑い転げた。
「あーおもしろかった!ありがとう先生。お話を聞かせてくれて」
「おう。んじゃ、早いとこその笑顔をセシルに見せてやんな」
「うん!」
「あー、そうそう。この話は俺とお前との二人だけの秘密な」
元気良く部屋を出ようとするミカをコウマは呼び止めてそう言った。
「どうして?」
「悪ガキ時代の恥ずかしいバカな思い出話だからな。それにエレミア王女の耳に入ったら、明日からこの学校にハニービーかホーネットの大群が押し寄せてくるぞ。それだけは避けたいからな。想像してみろ。外出たらこんなデッケェ針持った蜂が飛び回ってんだぞ?こんな恐ろしい話があるか?あんなんでケツ刺されでもしてみろ、痛いモンじゃ済まねぇぞ?おーこわ」
「あははは…」
コウマがオーバーリアクションで面白おかしく理由を述べると、ミカは苦笑した。表情が引きつっていたのをみるからに、想像してちょっと怖いなと思ったのだろう。
「だからな、この話は二人だけの秘密だ。いいな?」
「はーい。じゃあ先生、どうもありがとうございました!」
「おう、そろそろ夕飯作るから出来るまでに手をキレイに洗っとけって他の連中に伝えといてくれ」
「はーい」
ミカはぺこりとお辞儀をしてコウマの部屋を出た。
「二人だけの秘密…か。えへへ…///」
その表情はこれ以上ない幸せな表情で、とても可愛く見えた。
「ただいま、セシルちゃん」
「ミカさん、指は大丈夫ですの?」
心配するセシルにミカは絆創膏を貼られた指をみせる。
「うん、まだぴりぴり痛むけど大丈夫」
笑顔でそういうミカにセシルはホッと胸をなで下ろした。
「良かったですわ。あの時は本当にどうしようかと…」
「ありがとう。ゴメンね?心配かけて」
「大したことなくて良かったですわ」
「うん。あ、そうだ。みんな、もうすぐ先生が夕飯作るって〜。だから出来上がるまでに手を洗っておいてだって」
ミカは皆に聞こえるように声を張って伝える。すると、皆が少し驚いた様に彼女を見る。普段大きな声を出さない彼女からは考えられない事だからだ。
「ねーねーミカちぃ。センセは夕飯何作るって言ってた〜?」
ルキノがバサバサとミカの周りを飛び回る。
「あ、それは聞いてなかった…」
「うむむ…。じゃあみんなで夕飯何か予想しよー!」
いつものノリで騒ぐルキノ。他の子もそれに乗って思い思いにメニューを挙げていく。ハンバーグだのオムライスだのカレーだの、自分達の好物を言っているだけにも聞こえる。それが妙に面白くて、ミカはクスクスと笑う。
「ミカさん、何か良いことがおありになりまして?」
「ふぇっ?」
突然セシルにそう言われてミカはドキッと驚く。
「いつものミカさんならあのように皆さんにハッキリ伝えるのは苦手なのに、今日はそれが出来ていましたし。それに一段と笑顔が可愛いですわ」
「べっべべべ別にそんなこと無いよっ!?///」
可愛いと言われ真っ赤になって慌てるミカ。口では否定しているが最早バレバレである。
「フフ、本当なら聞き出したいところですが、その笑顔に免じて聞かないでおきますわ」
「あはは…、ありがとうセシルちゃん」
「おーい、テメェら。夕飯出来たからダイニングルームまで集まれー」
話が終わったところでコウマが呼びに現れた。皆元気に返事をするとダイニングルームへ歩き出した。
「しっかり目ェ瞑ってろよ?」
「うん」
夕飯が終わり、入浴タイムとなる。コウマはミカの手を案じて髪を洗うことにした。
「はい、終わりっと」
シャンプーを洗い流し、しっかりと髪を拭くと軽く頭に手を置いた。
「体はセシルに洗ってもらえ」
「うん、ありがとう先生」
「ついでなのですから体も洗ってさしあげればよろしいのに」
「他のヤツらの面倒も見なきゃならねぇからな。手ェだけ気をつけてやってくれ」
「わかりましたわ」
「ミカ、風呂上がったら絆創膏貼り替えるから部屋に来いよ」
「はーい」
「んじゃ、任せたぞ」
セシルに後を託し、コウマは他の子のところへ行ってしまった。
「本当は先生に洗って貰いたかったのでしょう?」
「ええええっ!?だだだダメダメダメ!!恥ずかしくて死んじゃうよぉ〜…!!///」
ボンッと真っ赤になるミカ。その仕草がとても可愛くてセシルはギュッと抱きついた。
「本当に可愛いですわね、ミカさんは。まさに恋する乙女ですわ」
「こここ、恋する乙女って…!あぅぅ〜…///」
「全く、わたくしも負けてられませんわね」
「えっ?」
「ウフフ」
「えっ?えっ?ま、負けないもん!」
「フフ。さ、体を洗いますわよ」
楽しそうに言うセシルに戸惑いながらもしっかりと言い返すミカであった。
「先生ー」
コンコンとドアをノックする音と共にミカの声が聞こえた。
「おう、来たか。開いてるから入れー」
「失礼しまーす」
ドアを開けてミカは部屋に入る。コウマはノートに何かを書いていた様だ。
「適当にその辺座ってくれ。今絆創膏出すから」
そう言って立ち上がると洗面台に向かい、手を洗ってから救急箱を取り出して絆創膏と消毒液を探す。ミカはコウマのベッドに腰掛けて待つことにした。
「はい、おまちどーさん。手ェ出せ」
ミカは言われた通りに手を差し出す。コウマは最初に貼った絆創膏を剥がすと傷口を見た。どうやら腫れは大きくならなかった様だ。
「大丈夫そうだな。物も持ててたみたいだし…風呂入ってた時はどうだった?痛かったか?」
「ううん、ちょっと痛かったけど、セシルちゃんが庇ってくれてたから」
「そうか。後でまたお礼言っとけよ?」
「うん」
コウマはミカの手を取り消毒液をガーゼに含んで傷口を消毒し、新しい絆創膏を貼った。
「うし、終わり。この調子なら明後日くらいには治るだろ」
「ありがとうございました。そう言えば先生、何書いてたの?」
ミカが机のノートを指差す。机の上にはノートが広げられていた。
「あぁ、今日やったこととか、飯は何食ったかーとか。そういうやつだよ。テメェらの健康管理や勉強、遊び。言ってみりゃ日記みたいなモンだ」
「へぇ〜…見てもいい?」
「別に構わんが…解らんと思うぞ?」
ミカは椅子に座ってノートを見る。そのノートにはびっしりと文字が書かれていた。難しくて読めないところを飛ばしながら読んでいくと、今までやった事やご飯、おやつの事とかが書いているのを見つける。
「先生」
「ん?何か気になるのがあったか?」
「これこれ」
後ろから覗くコウマに教えるように指差す。そこに書かれていたのは、ルキノとアイナの話だ。
「あー…コレか。あの時のアイツらには本当に苦労した」
「何があったの?」
「ん?あぁ、あの二人全く対照的なんだが、あの時はルキノとアイナが一緒になって悪ノリしたんだよ」
ミカが興味を示したので、コウマはあの時の事を思い出しながら話し始めた。
「何したの?」
「落とし穴にオレをハメようとしたんだよ。つか実際一度落ちたし」
「ええっ?」
「全く、アイツらのイタズラ好きには困ったモンだ」
「あはは…」
「まぁ、俺もガキの頃は相当な悪ガキだったからな。あの程度なら可愛いモンだ」
「ハチさんの巣を撃ち落としちゃうくらいだもんね〜」
そう言ってお互いに笑い合う。その笑顔を見ながらコウマは思った。やっぱり子供は笑顔が一番だと。こういうくだらない事を話して、笑って、元気いっぱいに育って欲しい。この平和で暢気な、それでいて幸せな日々を守っていきたいと。
「っと、もうこんな時間か…。そろそろ戻らないとセシルや皆が心配するぞ?」
時計を見ると、夜9時を回っていた。もう就寝時間だ。
「今日は、先生と一緒に寝たいな…」
いつものミカからは考えられない大胆な発言に驚くコウマ。
「おいおい、何言って…」
「今日はこのまま楽しいまま寝たいの…お願い、先生」
ミカの意思は固いようだ。コウマは頭をボリボリと掻くと、諦めたようにため息をついた。
「…わーったよ」
「ありがとう先生…!」
(あ…風呂。まだちゃんと入ってなかったな)
コウマはふとそう思ったが、ミカの喜ぶ姿を見て、諦めて明日朝にすることに決めた。
「ほら、なら寝るぞ。夜更かしは寝坊の元だ」
「はーい」
そう言って早々にベッドに入る二人。ミカは嬉しそうにコウマに抱きつく。
「先生」
「ん?」
「今日は本当にありがとう…ちゅっ」
真っ赤になりながらもコウマの頬にキスをしたミカは満面の笑みを浮かべ、しばらくして眠りについた。
「やれやれ…、今日はいつになく積極的だったな」
ふと、コウマはエレミアが言っていたことを思い出す。
「こんなガキでも…あぁいう事に関しては大人の魔物と変わらない。か」
今はこの程度でもいつか子ども達から襲われる…もしくは魅了の魔力に当てられ自ら子ども達を襲ってしまう。それがそう遠くない未来に起こるかもしれない。コウマは複雑な気持ちになった。
「えへへ、せんせー…だいすき…すぅ…すぅ…」
「……寝言か」
コウマは苦笑し、今までの悪い思考を頭を振ってカットしてそのまま眠りについた。
良く晴れた日のこと、ミカはグラウンドの隅に作られた花壇に水をあげていた。
「あら、ご機嫌ですわねミカさん。花壇のお手入れですか?」
「あ、セシルちゃん。うん、お花さんたちにお水を上げてるの」
「そうですの。ならわたくしもお手伝いしますわ」
「ほんと?ありがとうセシルちゃん」
そう言うとセシルはじょうろを取りに行く。この短い時間に小さな事件が起きた。
「ふえぇぇぇーーん!!」
「今の声はミカさん!?」
突如聞こえてきた泣き声に驚いたセシルは急いでミカの元へと戻る。
「ふえ〜ん…!ぐすっ、いたいよ〜…!」
地面にうずくまるミカを見て慌てて駆け寄る。
「ミカさん大丈夫ですの!?何かありまして!?」
「ふぇ〜セシルちゃ〜ん、ハチさんが指刺した〜…!」
ミカがセシルに指先を見せる。そこには小さな針が刺さっていた。
「これは…」
「何だ?どうした?」
声を聞きつけたコウマが駆け寄ってくる。
「先生、ミカさんの指に針が…」
「せんせ〜いたいよ〜…!」
「蜂に刺されたか…。とりあえずミカは俺が連れて行くから、すまねぇがセシルは片付けておいてくれねぇか?」
「わかりましたわ」
「よし、良い子だ。ミカ、すぐ手当てしてやるからな」
コウマはセシルの頭を撫でると、ミカを抱きかかえてすぐに自室へ向かった。
「よし、薬出すからもうちょっと我慢してココに座ってろ」
コウマは薬箱からピンセットと消毒液、ガーゼ、絆創膏を取り出す。
「ほら、手ェ出せ」
ミカは目に涙を溜めながら針の刺さった手を差し出す。コウマは彼女の手首を軽く掴み、ピンセットで針を挟む。
「ちょっと痛ぇだろうがガマンしろよ?」
彼女がこくんと頷いたのを確認すると、針を引き抜いた。そして指をくわえて毒を吸い出す。何度か繰り返した後、消毒液を含ませたガーゼで拭き取り、すぐさま絆創膏を貼り付けた。
「これでよし。しばらくは痛ぇだろうが治るまで我慢しろよ?絆創膏剥がれかけたらまた新しいのに替えるからな」
「うん、先生。ありがとう」
「んじゃ、セシルのとこに戻れ。心配してるだろうからな」
「うん。……あの、先生」
「ん、何だ?」
「どうしてハチさんは私を刺したの?」
ミカの質問にコウマは少し考え、そして伝える。
「攻撃された、と思ったんだろうな」
「私お花さんにお水をあげてただけだよ?」
「その水が原因だな」
「お水が?」
ミカは理由が解らず首を傾げる。
「そうだ。例えばだ、ミカ。リックウォーターの滝を思い浮かべろ。凄い水の量だろ?」
コウマはミスティアの北にある大きな滝を例にあげた。
「うん」
「その水をミカ、お前の頭に降ってきたらどう思う?」
「…怖い。溺れちゃうよ」
「今そう思った事を蜂も思ったんだ。そしてその水が降る原因を見つけた。それがミカ、お前だ。蜂は水をかけられて攻撃されてると思ったんだろうな。だから自分の身を守る為に攻撃したんだ」
「そうなんだ…」
「けどな、その蜂…多分ミツバチだろうな。ミツバチは針で相手を攻撃するときは、死ぬ覚悟を決めた時だ」
「なんで?」
「ミツバチは針を尻から抜こうとすると、腹が千切れて死んじまうんだよ」
「そうなんだ…かわいそう」
「そう思えるなら、その痛みに耐えてやれ。後水をやるときは注意してやろうな」
「うん。わかった」
「にしても、優しいなミカは」
コウマはミカの頭を優しく撫でた。
「えへへ…///」
「俺も昔刺されたことがあるが、俺の場合は巣をホースの水で撃ち落とそうとしてたのが原因だけどな」
コウマは昔ミカと同じく蜂に刺された時の事を話し始めた。
「ええっ!?」
彼の過去の行いにミカはビックリする。コウマが悪戯している姿を想像出来ないのだろう。
「ガキの頃、家の屋根の下に巣が出来てな。危ねーから処理する理由に悪ふざけで巣を的にして遊んでたんだわ。んで、ついに蜂の巣が地面に落ちたーって時に中から蜂がブワッと出て来てな、散々追いかけられた挙げ句体中を滅多刺しされたんだよ」
「ひえぇ〜…」
その時の様子を想像したミカは恐ろしいといわんばかりに身震いする。自分は指一ヶ所だが、コウマは体のあちこちだというのだ。
「流石の俺もあの時は泣いたな。大群に追われた恐怖と刺された痛みに。だから俺も蜂は嫌いだ」
コウマが蜂を嫌う理由を知ったミカは思わずクスクスと笑ってしまった。
「ふふふ、でもそれは先生が悪いよ〜」
「そうかぁ?あんなトコに巣を作る蜂が悪いんだよ」
まるで悪ガキのような笑顔で蜂が悪いと面白おかしく言うコウマに、ミカは苦笑した。
「違うよ〜、やっぱり先生が悪いよ〜」
「じゃあ謝っとかなきゃな。あの時の蜂さん達、ごめんなさい、俺が悪かったですっ」
コウマはパンと手を合わせて謝るポーズをとった。
「あはははははっ!」
「くっくっく…!」
それが面白おかしくて二人してお腹を押さえて笑い転げた。
「あーおもしろかった!ありがとう先生。お話を聞かせてくれて」
「おう。んじゃ、早いとこその笑顔をセシルに見せてやんな」
「うん!」
「あー、そうそう。この話は俺とお前との二人だけの秘密な」
元気良く部屋を出ようとするミカをコウマは呼び止めてそう言った。
「どうして?」
「悪ガキ時代の恥ずかしいバカな思い出話だからな。それにエレミア王女の耳に入ったら、明日からこの学校にハニービーかホーネットの大群が押し寄せてくるぞ。それだけは避けたいからな。想像してみろ。外出たらこんなデッケェ針持った蜂が飛び回ってんだぞ?こんな恐ろしい話があるか?あんなんでケツ刺されでもしてみろ、痛いモンじゃ済まねぇぞ?おーこわ」
「あははは…」
コウマがオーバーリアクションで面白おかしく理由を述べると、ミカは苦笑した。表情が引きつっていたのをみるからに、想像してちょっと怖いなと思ったのだろう。
「だからな、この話は二人だけの秘密だ。いいな?」
「はーい。じゃあ先生、どうもありがとうございました!」
「おう、そろそろ夕飯作るから出来るまでに手をキレイに洗っとけって他の連中に伝えといてくれ」
「はーい」
ミカはぺこりとお辞儀をしてコウマの部屋を出た。
「二人だけの秘密…か。えへへ…///」
その表情はこれ以上ない幸せな表情で、とても可愛く見えた。
「ただいま、セシルちゃん」
「ミカさん、指は大丈夫ですの?」
心配するセシルにミカは絆創膏を貼られた指をみせる。
「うん、まだぴりぴり痛むけど大丈夫」
笑顔でそういうミカにセシルはホッと胸をなで下ろした。
「良かったですわ。あの時は本当にどうしようかと…」
「ありがとう。ゴメンね?心配かけて」
「大したことなくて良かったですわ」
「うん。あ、そうだ。みんな、もうすぐ先生が夕飯作るって〜。だから出来上がるまでに手を洗っておいてだって」
ミカは皆に聞こえるように声を張って伝える。すると、皆が少し驚いた様に彼女を見る。普段大きな声を出さない彼女からは考えられない事だからだ。
「ねーねーミカちぃ。センセは夕飯何作るって言ってた〜?」
ルキノがバサバサとミカの周りを飛び回る。
「あ、それは聞いてなかった…」
「うむむ…。じゃあみんなで夕飯何か予想しよー!」
いつものノリで騒ぐルキノ。他の子もそれに乗って思い思いにメニューを挙げていく。ハンバーグだのオムライスだのカレーだの、自分達の好物を言っているだけにも聞こえる。それが妙に面白くて、ミカはクスクスと笑う。
「ミカさん、何か良いことがおありになりまして?」
「ふぇっ?」
突然セシルにそう言われてミカはドキッと驚く。
「いつものミカさんならあのように皆さんにハッキリ伝えるのは苦手なのに、今日はそれが出来ていましたし。それに一段と笑顔が可愛いですわ」
「べっべべべ別にそんなこと無いよっ!?///」
可愛いと言われ真っ赤になって慌てるミカ。口では否定しているが最早バレバレである。
「フフ、本当なら聞き出したいところですが、その笑顔に免じて聞かないでおきますわ」
「あはは…、ありがとうセシルちゃん」
「おーい、テメェら。夕飯出来たからダイニングルームまで集まれー」
話が終わったところでコウマが呼びに現れた。皆元気に返事をするとダイニングルームへ歩き出した。
「しっかり目ェ瞑ってろよ?」
「うん」
夕飯が終わり、入浴タイムとなる。コウマはミカの手を案じて髪を洗うことにした。
「はい、終わりっと」
シャンプーを洗い流し、しっかりと髪を拭くと軽く頭に手を置いた。
「体はセシルに洗ってもらえ」
「うん、ありがとう先生」
「ついでなのですから体も洗ってさしあげればよろしいのに」
「他のヤツらの面倒も見なきゃならねぇからな。手ェだけ気をつけてやってくれ」
「わかりましたわ」
「ミカ、風呂上がったら絆創膏貼り替えるから部屋に来いよ」
「はーい」
「んじゃ、任せたぞ」
セシルに後を託し、コウマは他の子のところへ行ってしまった。
「本当は先生に洗って貰いたかったのでしょう?」
「ええええっ!?だだだダメダメダメ!!恥ずかしくて死んじゃうよぉ〜…!!///」
ボンッと真っ赤になるミカ。その仕草がとても可愛くてセシルはギュッと抱きついた。
「本当に可愛いですわね、ミカさんは。まさに恋する乙女ですわ」
「こここ、恋する乙女って…!あぅぅ〜…///」
「全く、わたくしも負けてられませんわね」
「えっ?」
「ウフフ」
「えっ?えっ?ま、負けないもん!」
「フフ。さ、体を洗いますわよ」
楽しそうに言うセシルに戸惑いながらもしっかりと言い返すミカであった。
「先生ー」
コンコンとドアをノックする音と共にミカの声が聞こえた。
「おう、来たか。開いてるから入れー」
「失礼しまーす」
ドアを開けてミカは部屋に入る。コウマはノートに何かを書いていた様だ。
「適当にその辺座ってくれ。今絆創膏出すから」
そう言って立ち上がると洗面台に向かい、手を洗ってから救急箱を取り出して絆創膏と消毒液を探す。ミカはコウマのベッドに腰掛けて待つことにした。
「はい、おまちどーさん。手ェ出せ」
ミカは言われた通りに手を差し出す。コウマは最初に貼った絆創膏を剥がすと傷口を見た。どうやら腫れは大きくならなかった様だ。
「大丈夫そうだな。物も持ててたみたいだし…風呂入ってた時はどうだった?痛かったか?」
「ううん、ちょっと痛かったけど、セシルちゃんが庇ってくれてたから」
「そうか。後でまたお礼言っとけよ?」
「うん」
コウマはミカの手を取り消毒液をガーゼに含んで傷口を消毒し、新しい絆創膏を貼った。
「うし、終わり。この調子なら明後日くらいには治るだろ」
「ありがとうございました。そう言えば先生、何書いてたの?」
ミカが机のノートを指差す。机の上にはノートが広げられていた。
「あぁ、今日やったこととか、飯は何食ったかーとか。そういうやつだよ。テメェらの健康管理や勉強、遊び。言ってみりゃ日記みたいなモンだ」
「へぇ〜…見てもいい?」
「別に構わんが…解らんと思うぞ?」
ミカは椅子に座ってノートを見る。そのノートにはびっしりと文字が書かれていた。難しくて読めないところを飛ばしながら読んでいくと、今までやった事やご飯、おやつの事とかが書いているのを見つける。
「先生」
「ん?何か気になるのがあったか?」
「これこれ」
後ろから覗くコウマに教えるように指差す。そこに書かれていたのは、ルキノとアイナの話だ。
「あー…コレか。あの時のアイツらには本当に苦労した」
「何があったの?」
「ん?あぁ、あの二人全く対照的なんだが、あの時はルキノとアイナが一緒になって悪ノリしたんだよ」
ミカが興味を示したので、コウマはあの時の事を思い出しながら話し始めた。
「何したの?」
「落とし穴にオレをハメようとしたんだよ。つか実際一度落ちたし」
「ええっ?」
「全く、アイツらのイタズラ好きには困ったモンだ」
「あはは…」
「まぁ、俺もガキの頃は相当な悪ガキだったからな。あの程度なら可愛いモンだ」
「ハチさんの巣を撃ち落としちゃうくらいだもんね〜」
そう言ってお互いに笑い合う。その笑顔を見ながらコウマは思った。やっぱり子供は笑顔が一番だと。こういうくだらない事を話して、笑って、元気いっぱいに育って欲しい。この平和で暢気な、それでいて幸せな日々を守っていきたいと。
「っと、もうこんな時間か…。そろそろ戻らないとセシルや皆が心配するぞ?」
時計を見ると、夜9時を回っていた。もう就寝時間だ。
「今日は、先生と一緒に寝たいな…」
いつものミカからは考えられない大胆な発言に驚くコウマ。
「おいおい、何言って…」
「今日はこのまま楽しいまま寝たいの…お願い、先生」
ミカの意思は固いようだ。コウマは頭をボリボリと掻くと、諦めたようにため息をついた。
「…わーったよ」
「ありがとう先生…!」
(あ…風呂。まだちゃんと入ってなかったな)
コウマはふとそう思ったが、ミカの喜ぶ姿を見て、諦めて明日朝にすることに決めた。
「ほら、なら寝るぞ。夜更かしは寝坊の元だ」
「はーい」
そう言って早々にベッドに入る二人。ミカは嬉しそうにコウマに抱きつく。
「先生」
「ん?」
「今日は本当にありがとう…ちゅっ」
真っ赤になりながらもコウマの頬にキスをしたミカは満面の笑みを浮かべ、しばらくして眠りについた。
「やれやれ…、今日はいつになく積極的だったな」
ふと、コウマはエレミアが言っていたことを思い出す。
「こんなガキでも…あぁいう事に関しては大人の魔物と変わらない。か」
今はこの程度でもいつか子ども達から襲われる…もしくは魅了の魔力に当てられ自ら子ども達を襲ってしまう。それがそう遠くない未来に起こるかもしれない。コウマは複雑な気持ちになった。
「えへへ、せんせー…だいすき…すぅ…すぅ…」
「……寝言か」
コウマは苦笑し、今までの悪い思考を頭を振ってカットしてそのまま眠りについた。
12/01/02 00:14更新 / 夜桜かなで
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