連載小説
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のどかな日常
ここは親魔国『ミスティア』にある街の孤児院『ひまわり園』。戦争で親を亡くした子ども達があるひとりの男と共に暮らしている。

「おーら、起きろテメェら。朝飯の時間だぞー」

目つきの悪い青年がフライパンとおたまを手に部屋に入ってくる。そこには小さな子ども達が10人、一緒になって眠っていた。男はフライパンの底をおたまで叩く。

「う〜…あとごふん〜…」

「うるさ〜い…」

「あたまにひびく〜…」

子ども達は耳を押さえながらもぞもぞと毛布の中へ潜っていく。

「ほーら起きろ!早くしねーとテメェらの飯、俺が全部食っちまうぞ」

「だ、だめー!ごはん食べる〜!」

「おなかすいたー」

「今日のあさごはんなに〜?」

朝食が無くなるかもという危機に子ども達は毛布から這いだしてくる。皆それぞれ変わった姿―魔物―であった。

「今日の朝飯はジパング風に白米・焼き魚・味噌汁・漬け物だ」

「私つけものきらーい」

「好き嫌いするな。大きくなれないぞ?ちょっとずつでも良いから頑張って食え。それでも無理なら俺が食う」

「うー、わかったぁ」

駄々をこねる子を諭すと、着替えてから早く来いよと伝え、男は部屋のドアを閉めた。

先にダイニングルームへ戻ってきて子ども達を待つ。しばらくして一人目がやってきた。

「おにいちゃん、おはよーございますっ!」

元気に挨拶してきたのはアリスの少女。水色をベースとしたひらひらのエプロンドレスが特徴である。そして、男がこのひまわり園を開くきっかけとなった子である。

「はい、おはようさん。お前が一番目だなリリア。けど、おにいちゃんじゃなくて『コウマ先生』だ。わかったか?」

「はいっ、おにいちゃんせんせー!」

「いや、だから……あー、まぁいいや。とりあえず食器をトレイに乗せて持って来い。入れてやるから」

「はーい」

リリアは自分の席に置いてある食器一式をトレイに乗せて持ってくる。コウマはそれを受け取ると、手早く料理を乗せていく。

「飯の量はこのくらいか?」

ご飯をよそってその量を見せる。

「うーん、多いから少し減らして?」

「はいよ。こんなもんか?」

ご飯の量を少し減らして再び見せる。

「うん。ありがとう、おにいちゃん」

「落とさないように気をつけて戻れよ?」

「はーい」

リリアがゆっくり自分の席へと戻っていくのを確認したところで、わいわいと賑やかに他の子ども達が入ってきた。

「遅いぞテメェら。ほら、順番に食器持って来い」

『はーい』

揃って返事をする子ども達。だが、コウマは一人居ない事に気付いた。

「……ん?セシルがいねぇ。おい、誰か知らねぇか?」

「まだ寝てたよー?セシルちゃんヴァンパイアだから朝は苦手みたい」

「やれやれ。仕方ねぇ」

コウマはそう言うと床に手を当てる。すると魔法陣が展開される。ゆっくりと手を離して立ち上がると、魔法陣から青いオーラを纏った大きなシャチが顔を出した。

「スパイク、ちょっとセシルを連れてきてくれ」

スパイクと呼ばれたシャチは頭を縦に動かして頷くと、まるで海の中に居るように床を泳いでいく。

「じゃあセシルはスパイクに任せて、先に配るぞ」












全員分の配膳が済んだ頃、スパイクが戻ってきた。

「どうだ?セシルは起きたか?」

その言葉にスパイクは口をガバッと開けるとその中にセシルが居た。しかも未だ寝ている。コウマは喰われてるのに眠っているセシルの眠りの深さというか、神経の図太さに呆れつつ思った。コイツは大物になるなと。

「おーいセシル。朝飯の時間だから起きろー?」

コウマはぺちぺちと頬を叩いて起こす。

「う〜ん…。ふわぁ…あら、先生。おはようございます」

「はい、おはようさん。もう朝飯の時間だ。皆腹空かせて待ってるぞ」

「わかりましたわ…」

未だ寝ぼけまなこを擦りながら何とか自分の席につく。朝食は危なっかしいとの理由でコウマが持って行った。

「それじゃあ、いただきます」

『いただきます!』

コウマの号令に元気良く応える子ども達。そして思い思いに食べ始めた。

「残さず食えよー?まぁ、どうしても食えなくなったら俺やスパイクが食うから」

『はーい』

「ねーねーセンセっセンセっ!」

「んあ?」

セイレーンの少女が手を上げて話を聞いてくれとアピールする。

「どうしたルキノ?ってお前口元にご飯粒ついてんぞ…」

「おおう!」

ルキノと呼ばれたセイレーンの少女は慌ててご飯粒をとって食べる。

「で、何だ?」

「るーちゃん前々から気になってたんだけど、スパイ君って手がないのにどーやってご飯食べてるの?」

顔のみを外に出しているスパイクを指差して訊ねる。

「俺は人の手みたいに動くお前の翼の方が気になって仕方ねぇよ。それからルキノ、スパイ君じゃなくてスパイクだ。そろそろ覚えような」

「うんうん、すっぱい君!」

「………………。とりあえずコイツはこうやって飯を食ってる」

コウマが合図すると、スパイクはガバッと口を開ける。そこにおにぎりと魚と一緒に放り込む。すると、口を閉じてもぐもぐと食べ始めた。

「おおおーーーっ!!」

目を輝かせてはしゃぐルキノ。

「因みにスパイクは何でも食うぞ。テメェら全員ちゃんと見習えよ?」

そう言って今度は漬け物・味噌汁を口の中へ入れた。

「るーちゃんも食べさせたい!」

目を輝かせたまま、また手を上げる。

「んじゃ、早いとこ全部食え。そしたらやっても良いぞ」

そう言うや否やかき込む様にして食べ始めるルキノ。それを見た他の子ども達も心なしか食べるスピードを早めている。どうやら、皆も同じ考えの様だ。

「お前も、ずいぶん懐かれるようになったな」

食事を済ませたコウマはスパイクを見てそう呟いた。本人の表情からは解ってるのかそうでないのかは判らなかった。

「ごちそうさまでしたー!」

どうやらルキノが食べ終わったらしい。食器を持ってコウマの方へ戻ってきた。

「ん、よし。全部綺麗に食ったな。偉いぞ」

「えっへん!るーちゃんエライ!」

腰に翼を当ててぺたんこな胸をはる。

「んじゃ、約束だ。ほれ、コイツをやってみな?」

「スパイ君。はい、あーん」

コウマは残っているご飯でおにぎりを作るとルキノに手渡した。受け取ったルキノはガバッと口を開けたスパイクの口におにぎりを放り込む。口内におにぎりが入ると、スパイクは口を閉じてもぐもぐと動かした。

「おおおおーーーっ!!!」

余程感激したのか大喜びなルキノ。それを見た他の子もわぁっと声を上げた。

「テメェらも飯あげてみたかったら、ちゃんと食ってからだぞ?」

『はーい!』

元気よく返事をする子ども達。コウマは様子を見ながら残りのご飯で他の子達の分のおにぎりを作り始めた。
皆が皆しっかり食べている中、食が進んでいない子が居た。

「ん、どうしたアイナ?もう腹一杯か?」

コウマはしゃがんで目線を合わせ、アイナというサハギンの子に話しかける。彼女は普段から無口で表情もあまり変わらないため何を考えてるかよく分からないが、よく見るとうっすらと涙を溜めていた。

「どうした?腹でも痛いのか?」

コウマが訊ねるとふるふると首を振る。どうやらそうではないようだ。しばらくして彼女はボソボソと話し出した。

「つけもの…にがて。でも、先生が…作った。食べたいけど、にがて…」

どうやら頑張って食べようと努力したようだが、ダメだったようだ。

「わーったわーった。泣かなくて良い。頑張ったんだろ?」

コウマはアイナの頭をくしゃくしゃと撫でると、漬け物を指で摘んで口の中に放り込んだ。

「んじゃ、後は全部食えるな?」

「……うん」

「よし、じゃあ早いとこ食べてしまえ。んで皆と一緒にスパイクに飯食わせてやれ」

再び頭を撫で、自分の席に戻っていく。その後ろ姿にアイナは熱い視線を送るが、コウマは全く気付かなかった。
しばらくして賑やかな朝食を終え、全員で食器を洗う。泡ではしゃぐ子ども達を注意しながら洗い物を済ませると、コウマは子ども達を呼んだ。

「よーし、これから教室に戻ってお昼までお絵描きの時間だ。テーマは自由。自分の好きな絵を描いて良いぞ」

『はーい!』

「昼飯食ったら今度は外でドッジボールだ」

『やったー!』

「じゃあ俺は画用紙とかクレヨン取ってくるからテメェら先に教室に戻ってるんだぞ?」

そう子ども達に告げると、コウマはスパイクに子ども達と一緒に教室へ行くように指示する。そして自室兼職員室に戻っていった。

画材道具を詰め込んだ箱を台車に乗せ、教室に戻ってきたコウマは、子ども達に一つずつ配っていく。

「この道具達は街の文具店のリャナンシーから好意で譲ってもらったものだ。テメェら大事に使うんだぞ、良いな?」

『はーい!』

子ども達は元気良く返事をすると思い思いに絵を書き始めた。コウマは子ども達が一生懸命に描いている絵を見回っていく。

「かけたー」

そう言って画用紙を持ってコウマに駆け寄る妖狐の子。

「どれどれ…おー、上手く描けてるな。すごいぞリャオ」

リャオが描いた絵はコウマの絵だった。目がズレたり、腕がゴボウみたいに細かったりしているが、この位の子どもが描いた絵としてはなかなか立派である。コウマはしゃがんでリャオの頭を撫でる。

「でねでね、コレがリャオとコウマの新居間取り図!キャッ☆」

リャオが画用紙を裏返すと、部屋の間取り図が描かれていた。

「おい、俺の知らない間に関係がどこまで進んでんだよ」

コウマは撫でる手を止め思わずツッコミを入れる。だがそのツッコミは彼女には聞こえていなかった。ひとり妄想の世界へ旅立ちながら自分の席へ戻っていく。

「………………(大丈夫か…アイツ?)」

コウマはそれを不安げに見送った。


「私も書けたわよ」

そういってコウマの目の前に画用紙を突きつけて来たのはメデューサのルル。頭の蛇達が早く見てくれといわんばかりにシュルシュル言っている。

「ん、どれどれ…。これは花壇に咲いてるチューリップか」

彼女の絵はグラウンドの隅にある花壇に咲いているチューリップだった。赤白黄色と色鮮やかなチューリップが沢山描かれている。

「へぇ、これはすげぇな。ルル、お前絵の才能あるぞ。リャナンシーも顔負けだな」

「べ、別に褒められたからって嬉しくなんてないわよっ!」

「はいはい」

口では憎まれ口を叩いているが、頭の蛇達はとても嬉しそうにシュルシュルと騒いでいた。コウマはそのギャップに思わず苦笑した。
あの後しばらく子ども達の様子を見回っていたコウマは、ふと思い出したように時計を見る。

「そろそろ昼飯作らないとな…。スパイク、ガキ共の面倒見てやってくれ」

そう告げたコウマは教室から出ていった。













「さーて、昼飯は何にすっかなぁ…」

「………ヘールーメー」

腕組みして何にするかを考えながらキッチンへ向かう途中、コウマは後ろから妙な声と気配を感じた。そして突然頭を抱えてしゃがみ込む。

「スーってきゃあああぁぁ!?」

コウマの頭の上を何かが高速で通り過ぎる。通り過ぎたそれは叫び声を上げながら慌てて踏み留まろうとする。しかし、勢いが付きすぎていて思い切り柱に額をぶつけてしまった。

「い、いった〜い…」

額をおさえてうずくまる何か…もとい女性。コウマはため息をつきながらその女性のもとへ歩み寄った。

「大丈夫か?王女さんよ。つーかいきなり背後から飛びかかってくんな。あぶねーだろうが」

「うぅ…ヘルメスが避けるからじゃない」

「あのなぁ…仮にもテメェはこの国の王女だろうが。もう少し慎みを持てっての。…で、何の用だエレミア王女?」

コウマはエレミアの手を引き立ち上がらせる。彼女はこの国を統治する王女―リリム―である。

「何って、ヘルメスを誘惑しに来たついでにこの孤児院の様子を見に来たんじゃない。それよりも、王女いらないから名前だけで呼んでよ〜」

「どんだけフレンドリーな王女様だよ!?悪いが此処にいるガキ共が独り立ちするまで俺は誰かと一緒になる気はねぇ。後、『今の俺』はコウマだ。その名前で呼ぶな」

「えー」

「えーじゃねぇよ、ったく。テメェには恩があるから強く言えねぇけどよ…」

「フフ、やっぱりヘルメスって律儀よね」

「はいはい。とりあえず暇なら手伝え。今からガキ共の昼飯作らねぇと」

「手伝ったら、一緒に食べていいかしら?」

「あぁ。それは構わん」

「やった、ヘルメスの手料理が食べられる〜」

彼女は喜びながら手を組みクルリと回る。そんな姿を見て、コウマは苦笑した。

「…テメェみてぇなのが魔王の娘かと思うと、ホント俺達が叩き込まれて来たのは何だったんだ?って思えてくるな、全く」

「どういう事?」

「暢気で平和だなってこった」

「何それ?」

「気にすんな。ほら、早くしねぇと間に合わなくなる」

「はーい」

二人はキッチンへと到着すると、食材を集める。お昼は軽いものにするためサンドイッチだ。昼食後は外に出て体を動かす際に腹痛を起こさせない事ともうひとつ、子ども達が一番楽しみであろう時間があるからだ。

「んじゃ、作業分担だ。俺は具材作るからそれが出来たらパンに挟んで切り分けてくれ」

「はーい、あなた♪」

「ふざけた事言ってると指切るぞ?」

コウマはサラッと流すとゆでたまごを作り始める。そして茹で上がるまでにトマトやキュウリをスライスし、レタスを適度な大きさに千切る。それとパンが野菜の水分でふやけてしまわない為にスライスしたハムを用意する。次に、豚肉に小麦粉、卵、パン粉をまぶす。そしてゆでたまごを取り上げて、お湯に水を入れて温くしてから流し、今度は油を熱し始める。上げたゆでたまごの殻を割り、マヨネーズを入れながらたまごを潰して混ぜ合わせる。最後に先程準備しておいた豚肉をキツネ色になるまで揚げて、軽くウスターソースに漬ける。これで三種類完成した。

「よし、じゃあ挟んで切り分けていくから頼むぞ。野菜のは挟む前に必ずパンと野菜の間にハム挟めよ?」

「大丈夫よ、あ・な・た♪」

「……マジ指切るぞ?」

一抹の不安を抱きつつ最後の仕上げを任せ、コウマは別の物を作り始める。そう、子ども達が一番楽しみにしている『3時のおやつ』だ。今日はプリンの様だ。

「いたっ…!」

突然聞こえた短い叫び声にコウマは作業を一度止めてエレミアの元に駆け寄る。見ればエレミアの指から少し血が出ていた。

「だーもー言わんこっちゃねぇ!」

「うぅ、ヘルメス〜」

傷は浅いがやっぱり痛いものは痛い。エレミアは目に涙を浮かべていた。

「ほら、指貸せっ」

コウマは強引に彼女の手を取り血が出ている指を何の躊躇もなくくわえた。血を吸い取るとエプロンから絆創膏を取り出して傷口に貼り付ける。

「ほらよ。後でちゃんと薬か治癒魔法使っとけよ?」

コウマは愚痴をこぼしつつ作業に戻る。

「ヘルメス格好良すぎよ…。ますます惚れちゃうじゃない…///」

「何か言ったか?」

「な、何でもないわ。ごめんなさい、ちゃんと切り分けるわね」

「あぁ頼むぞ。今度は指切るなよ?」

「わかった」

エレミアも作業に戻っていく。しばらくすると、キッチンに甘い香りが広がり始めた。プリンを蒸す段階に入ったようである。

「甘くて美味しそうな香り〜♪ねぇねぇ、私のは?」

サンドイッチを作り終えたエレミアが寄ってくる。

「心配すんな。ちゃんと作ってある」

「やった〜!ヘルメスだーいすき♪」

「だあっ!よせ、抱きつくなっての!あぶねーだろうが!」

抱きつくエレミアの手を振り解き、蒸し器のプリンをひとつ取り出して出来具合を確認する為軽く竹串を刺して引き抜いてみる。竹串に何も付着しなかったのを確認してコウマは頷いた。どうやら完成したようだ。蒸し器から取り出して冷蔵庫に入れて冷やす。次にグラニュー糖を鍋に入れて温め、茶色になり始めた辺りで熱湯を少しずつ注ぎながら混ぜる。ほどなくしてカラメルソースも出来上がった。別の容器に移し替えて此方も冷蔵庫に入れた。

「うし、アイツ等のおやつも完成っと…。んじゃ、ソイツをダイニングルームに運んでおいてくれ。俺はガキ共を呼びに行く」

「はーい」

エレミアに後を託し、コウマは教室に戻った。

「あ、せんせーおかえりなさい!」

『おかえりなさーい』

「おう、ただいま。テメェら全員良い子にしてたか?」

『はーい!』

全員揃って元気良く返事をする子ども達。

「スパイクも見張りご苦労さん。…んじゃ、全員手ェ洗ってダイニングルームに来い。昼飯の時間だ。後、王女様が来てるからしっかり挨拶するんだぞ」

『はーい!』

コウマはスパイクを連れて手洗い場へ向かう。それに子ども達全員がついて行く形になった。

はーいみんな、こんにちは」

『エレミアさまこんにちはー!』

ダイニングルームへ入る子ども達をエレミアは笑顔で受け入れる。

「エレミアさま何しに来たのー?」

「コウマ先生を誘惑しに来たの」

「エレミアさませんせーとっちゃ『めっ!』だよー」

子ども達とエレミアの会話が耳に入ったコウマは鋭い目つきを更に鋭くして割って入る。

「おいコラ。ガキと何つー会話してんだよテメェは…」

「何ってコウマ先生は私のものよって」

「俺は誰のモンでもねぇ、俺自身のモンだ。おーら、くだらねぇ事言ってないで早く座れよー?」

『はーい』

全員が席に着いたのを確認すると、コウマはサンドイッチを乗せた皿を子ども達のテーブルに並べていく。

「おっと、飲み物だな。ちょっと待ってろよ」

コウマはキッチンに戻り、冷蔵庫から牛乳を取り出して戻ってきた。栄養満点ホルスタウロスの牛乳である。それを全員分のコップに注ぐと、いただきます。の号令で昼食となった。

昼食を終え、片付けと掃除をも終わらせると、体操着に着替えてこいとコウマは子ども達に告げ、倉庫から柔らかいゴムボールと、ライン引きを持ってグラウンドに向かう。そして少し大きめのコートを作り、子ども達を待った。一方、子ども達はエレミアが面倒を見ていた。着替えるのが苦手な子どもの手助けをコウマから頼まれたからだ。しばらくすると、エレミアが子ども達を連れてグラウンドに現れた。

「……って、おいコラ。何でオメーまで体操着なんだ?」

「どう、似合ってる?」

エレミアはポーズをとってアピールする。胸やお尻の形がくっきり出ているところを見ると、どうやら一回り小さめのサイズを着ている様だ。

「サイズあってねーじゃねぇか」

「そうよ?」

「そうよって…ワケわかんねぇ」

「ハリのあるこの胸とお尻を貴方にアピールするためよ♪」

「今更だな…。つか、普段の格好の方が強調されてんじゃ?」

「健康的なところもアピールしなくちゃ♪」

「あー、さいですか」

くねくねとポーズを変えるエレミアを見つつ、コウマは思った。気を引きたい相手にアピールしてるって公言するなんてマヌケな事をよくもまぁ堂々とやれるなと。

「せんせー、早くやろー?」

「あぁ、そうだな。よーし、んじゃチームを分けるぞ」

コウマは子ども達をバランスよくチーム分けしていく。

「じゃあ中に4人、外に1人出るヤツ決めろー。外のやつは誰かがやられたら交代で入れ。全員やられたらアウトな。後、外から中にいる相手チームに当てられたら中に戻って良いぞ。それから最後、顔は絶対に狙うな。こんなゴムボールでも当たったら痛いからな?時間は30分、最後まで中に居た人数が多い方が勝ちだ。わかったか?」

『はーい!』

「じゃあ、いくぞ。始めっ!」

ルールを伝えたコウマはコートの真ん中で真上にボールを投げた。

「みんな頑張れー!」

「ボール持ったらしっかり狙えよー?」

コウマとエレミアは子ども達を外から応援する。逃げる子もいれば、しっかりキャッチして投げ返す子もいる。なかなかの好勝負な様だ。

「わがこんしんの一球、うけてみよ!」

子どもとは思えない口調のリザードマンの子が力一杯ボールを投げる。

「そんなへなちょこ球、あたしにはきかないよ!」

それを受け止め投げ返すサラマンダーの子。武道派の子2人が残り、一騎打ちとなる。

「アヤメとホムラが残ったか。さて、どっちが勝つか…なかなか見物だな。二人とも頑張れよー」

コウマは手元の懐中時計で時間を見る。残り時間10分といったところだ。

「アヤメちゃんがんばれー!」

「ホムラちゃんファイトー!」

両チームから声援を受け、二人の闘志がボールを通じて熱くぶつかり合う。

「……ガキの勝負なのに何か見てるこっちまで手に汗握るな」

「子どもと言えどやっぱりリザードマンとサラマンダー…立派な戦士だもの」

そういうエレミアの慈愛に満ちた顔を見たコウマは思った。あぁ、コイツはやっぱりコイツらの王女なんだなと。

「……へっ、ぽけぽけ王女が一丁前にらしいこと言ってんじゃねーよ」

「むぅ〜、ぽけぽけ王女ってなによ〜?」

エレミアはぷくっと頬を膨らませて抗議する。

「お、どうやらケリが着いたようだな」

「こらー、ヘルメス無視するなー!」

プンスカ怒るエレミアを無視してコートに駆け寄るコウマ。この勝負はどうやらホムラが勝った様だ。

「なかなか熱い戦いだったな二人とも」

そう言って二人の頭を撫でる。二人は撫でられて恥ずかしいのか顔を赤く染め俯く。しかし別段嫌ではないようだ。その証拠に尻尾がブンブン振られ、ホムラに至っては尻尾の炎が燃え盛っていた。

「よーし、もう一回。今度はチーム変えていくぞー!」

『はーい!』

この後、二回ほどチーム変更を行いつつ子ども達はドッジボールを楽しんだ。

「よし、じゃあ今日はここまでだ。着替えて手ェ洗ったらダイニングルームに来い。運動後のデザートタイムだ」

『やったー!!』

「せんせー、今日のおやつはなぁに〜?」

「それは来てからのお楽しみだ。んじゃ、待ってるぞ」

『はーい!』

子ども達は返事をすると駆け足で教室へ戻っていった。

「慌てて転ぶんじゃねーぞー?」

「ウフフ、待ちに待ったヘルメスお手製のプリン〜♪」

此方にも子どもの様に喜びを露わにする王女がいた。

「おい、最後の工程が残ってるから手伝え」

「最後の工程って?」

「ん?あぁ、プリンだけじゃ寂しいからな。ちょっと見栄えをよくするだけだ」

「??」

「ほら、グズグズすんな。早くしねぇとガキ共が来る。オメーも食いたいんだろ?」

そういうと、コウマは駆け足でキッチンへと向かう。頭に疑問符を浮かべながらもそれを慌てて追いかけるエレミア。彼の言う最後の工程とは何なのだろうか?その答えは、キッチンに着いたらすぐにわかった。

「ほら、コイツを水に通してくれ。それから蔕(へた)を取ってくれ」

コウマがエレミアに渡した物はイチゴが入ったボウルだった。他にはバナナ、リンゴ、オレンジが用意されている。

「俺がリンゴとオレンジやるから、イチゴとバナナを頼む。イチゴは今言った通りで、バナナは皮全部剥いたら斜めに三等分にしてくれ。………またふざけたこと言って手ェ切るなよ?」

「だ、大丈夫、大丈夫よ」

「本当だろうな…?」

「ほ、ほら、早くしないと皆来ちゃうわよ?」

コウマの信用ならないという視線から、逃げるようにして作業に取りかかるエレミア。コウマもそれを見て作業に取りかかった。

「うしっと、こんなモンかな」

「こっちも出来たわよ?」

エレミアがイチゴとバナナを入れたボウルを持ってくる。しかし、バナナ一本だけ切られず残っていた。

「…おい、何で一本だけ切ってないんだ?」

「え、ええと…何でかしら?」

「正直に言ってみろ?」

コウマがエレミアを睨みつけて問い質す。鋭い目つきが更に鋭くなり怖さも倍増だ。子ども達には決して見せられないだろう。

「う…えっと…バナナ見てたら、ヘルメスのおt「はいアウトー」」

おずおずと打ち明けるエレミアの頭をコウマはスリッパで思いっ切りはたいた。スパーンと良い音がキッチンに響く。

「馬鹿なこと言ってねーで全部切る!」

「はうぅ…」

「ったくテメェは…。俺も食うんだぞ?んなこと言われたら食えなくなるっての」

そうこうするうちに子ども達の声が聞こえてきた。

「もう来たか。急ぐぞ」

「はーい…」

小さな皿とスプーンを人数分取り出し、それをダイニングルームのテーブルに置くと再びキッチンへ戻る。今度は冷蔵庫からプリンとカラメルソースを取り出して皿の上に乗せてカラメルソースをかけていく。

「はい、ヘルメス」

「よし、ちゃんと切ったな。んじゃ後はこうしてっと…完成だ」

プリンの周りにエレミアが持ってきた果物を並べて完成したのは、小さなプリン・ア・ラ・モードだった。

「わぁ〜、美味しそう♪」

エレミアは目をキラキラ輝かせている。やっぱ女ってのは人間だろうが魔物だろうが甘い物が好きなんだなとコウマは思い苦笑した。

「ん?何笑ってるの?」

「いや、『昔』を思い出しただけだ。気にするな」

「昔って『せんせー、おやつー!』」

エレミアは訊ねようとしたが子ども達の声にかき消されてしまった。

「おう、用意出来てるぞ。全員席につけー」

『はーい!』

「…んで、何か言ったか?」

「あ、ううん。気にしないで」

「…そっか。なら今はコイツを食え」

「…はーい♪」

コウマに手渡され、子ども達に混じって食べるエレミア。少し曇っていた表情はいつしか無くなっていた。

「……まぁ、気が向いたらそのうち話してやるよ」

彼女に背を向けたコウマはボソリとそう呟いた。


楽しいデザートタイムが終わり一時間ほどお昼寝の時間が訪れた。子ども達はドッジボールの疲れからか、すぐに全員寝付いてしまった。

「さて、今の内に…っと」

コウマはスパイクに子ども達の面倒を任せると、買い物に出掛けた。

「…で、いつまで一緒に居るんだ?そろそろ帰らねぇとマズいんじゃねーのか?」

腕を掴んで上機嫌に隣を歩くエレミアに半ば呆れながら訊ねる。

「いーのいーの。せっかく2人っきりになれたんだし、今新婚夫婦が一緒に買い物してるって感じだもの♪……もしこの幸せタイムを邪魔するならたとえ私の部下でも容赦しないわ」

「おい、いつ俺はオメーと結婚したんだ。つか、腕離せよ。歩きにくいだろうが」

「ダーメ♪」

「…やれやれ。とりあえず晩飯何にすっかなぁ?……めんどくせーし、カレーで良いか。ガキ共も好きだし」

「ヘルメスのカレーかぁ。いいなぁ、私も子どもになろうかしら」

エレミアのこの言葉にコウマは怒りを露わにした。

「馬鹿かテメェは。アイツ等は孤児…親が戦争で死んでるんだ。お前はアイツ等の…この先生まれてくるヤツ等の母親的存在にならなきゃならねぇ存在、この国の王女だ。だから、たとえ冗談でもそういう事を言うな」

コウマに叱られ、はっと自分の失言に気付くエレミア。

「……ごめんなさい、失言だったわ。そうよね、私…この国の王女なのよね」

「分かったなら、お前はお前の役目を果たせ」

「…うん!」

「まぁ…、辛くなったらいつでも来い。俺が死なねぇ限り、あの場所に居るからよ」

「やっぱりヘルメスは優しいから大好きっ!」

「だから抱きつくなすり寄るな胸を押し付けるなああぁぁぁぁぁっ!!」

コウマの叫び声が街中に木霊する。周りにいた人々は何事か?と振り向いたが、何だまたかとでもいうような苦笑する表情を見せ、その場を去っていく。

「とにかく。買い物終わったら夕飯の仕込みすっから、晩飯食いたきゃガキ共のお守りするか、一回戻って王女の仕事やってこい」

「じゃあ、お守りで」

「大丈夫なのかよこの国…」

「大丈夫大丈夫♪政に関してはルナがやってくれてるから」

「ルナ?あぁ、あのテンパりわんこか。…ってマジかよ?」

コウマはルナというアヌビスを思い出す。子ども達やエレミアと話す時は普通に話すのに、自分との会話の時だけしどろもどろになって、挙げ句の果てにはただの犬化してしまうのだ。そのせいか、コウマはマトモに会話した事がない。

「テンパるのはヘルメスと話す時だけよ?いつもはキリッとして政務をこなしてるんだから」

「マジか。やたらどもったり、テンパってただの犬みてぇに尻尾振ってキャンキャン吠えてるとこしか見た事ねぇから想像出来ねぇな…」

「そういう事だから、ふたりっきりの買い物を楽しみましょう♪」

「…まぁいいや」

そうして買い物を始める二人。その間、エレミアはずっとコウマの腕を掴んで離さなかった。そのせいで行くお店全てで新婚夫婦扱いされ、その度にコウマはツッコミ、エレミアは頬を赤く染めるのであった。買い物を終え孤児院に戻ってきた時には、コウマはツッコミ疲れでげんなりしていた。

『せんせー、おかえりなさい』

門をくぐると子ども達が出迎えてきた。どうやら全員起きていたらしい。

「おうただいま。皆起きてたか。…スパイク、ご苦労さん」

コウマはスパイクを労い、一度魔力の塊に返還すると買ってきたものを持ってキッチンへ向かう。

「おにいちゃんなに買ってきたの?」

リリアが買い物袋を覗き込む。中にはニンジン、タマネギ、ジャガイモが見える。

「ん?あぁ、夕飯の材料だ。今日はテメェ等の大好きなカレーだ」

「ホント!?みんな〜、今日のゆうごはんカレーだって〜!」

『やったー!カレーだー!!』

夕飯がカレーだと知り大はしゃぎする子ども達。コウマは夕飯が出来るまで自由にしてて構わないと子ども達に伝えてキッチンへ向かう。

「じゃあ私も〜♪」

コウマの後ろをついて行こうとするエレミア。しかし、それを遮る声が聞こえてきた。

「エレミア様!ようやく見つけました!」

「うわ、ルナ…!」

空間転移で現れたのは、先程二人が話していたアヌビス『ルナ』だった。耳と尻尾を立て、毛を逆立ててるところを見ると、相当ご立腹らしい。

「またフラフラと城を抜け出して!ちゃんと王女としての職務を全うして下さい!王女に見て頂かないといけない文献が沢山あるんですよ!?」

「お前……」

コウマはジト目でエレミアを見やる。エレミアは引きつった笑みを浮かべる。

「さっき言った言葉覚えてるよなぁ?お前はお前の役目を果たせって。そしたらお前うんって頷いたよな?」

「あははは…」

「笑って誤魔化すな」

「あぅ…」

「ちゃんと職務はこなさないとな、エレミア『王女』?」

「うぅ…はい」

エレミアはがっくりとうなだれる様に頷いた。半ベソで恨み言を呟きながら帰ろうとする彼女を見かねたコウマは、ため息をついてルナに相談する。

「おい、テンパりわんこ」

「だだだ誰がテンパりわんこですかっ!?」

話しかけられたルナはびっくりしてコウマに抗議する。顔は真っ赤になっており、耳や尻尾がせわしなく動いている。

「わ、私にはルナというちゃんとした名前があああるんですよ!?いい加減覚えて下さいっ!!」

「あー、すまん。ならルナ、少しだけ待ってやってくんねぇか?」

「な、何故です!?一刻も早く戻らねばならないんですよ!?あぁ、こうしてる間にもどんどん時間が〜!」

懐中時計で時刻を見て更にわたわたと慌てだす。

「良いから落ち着けって…。だからお前はテンパりわんこなんだよ」

コウマはまたため息をついた後、キッとルナを睨みつけて言いはなった。

「おすわり!」

「きゃいん!?」

ビックリしたルナは反射的に『おすわり』をしてしまう。

「よーしよし、良い子だ」

「きゅうぅ〜ん…///」

コウマはルナの頭を撫でる。彼女は撫でられて嬉しいのか千切れんばかりに尻尾を振っている。どうやら完全に犬化してしまっているようだ。

「とりあえずだ。俺がカレー作り終えるまでは待ってやれ。良いな、『待て』だぞ?」

「わん!」

「OKが出たぞ?良かったな、エレミア王女」

「それは嬉しいけど、ルナはもう少し心に余裕を持つべきよね…」

「お前はもう少し危機感を持つべきだがな」

複雑な心境で犬化してしまった配下の姿を見るエレミアにツッコミを入れるコウマ。因みに、彼女が理性を取り戻したのはカレーを煮込み始めた時だった。

「じゃあコレ食って王女の仕事頑張ってこい」

コウマはあら熱を取って冷ましたカレーとご飯を容器に移してエレミアに持たせた。

「ホントはヘルメスと一緒に食べたかったんだけどなぁ…」

「やることちゃんと終わらせたら考えてやる」

「さぁ、早く帰りますよ、エレミア様!」

ルナがエレミアの手を取り半ば強引に連れて行こうとする。

「あぁ、ルナ。テメェの分もあるから食ってくれ。待ってもらった詫びだ」

コウマはそう言って呼び止め、もう1セット取り出した。

「えっ、わっ私にもあるんですか!?」

「あぁ。いらねぇなら食っちまうが?」

「い、要ります欲しいです頂きます!」

ルナはヘルメスから容器を受け取る。その目はキラキラ輝いていた。

「……ぉい。おい!」

「はははいっ!?」

「ヨダレ、垂れてんぞ…」

「はっ!?つ、つい…!」

ルナは慌ててヨダレを拭う。どうやらしばらく意識が明後日の方へ行ってしまっていたようだ。

(この王女にしてこの参謀…。ホントにこの国大丈夫か?つか、こんなヤツらとやり合ってるって知ったらあいつら本気で凹むだろうな…)

二人を見てコウマは軽い頭痛を覚えた。











『いただきまーす!』

「沢山作ってあるからドンドン食えよ」

『はーい!!』

エレミア達が帰った後すぐ夕飯となった。子ども達全員が大好物なだけあって多めに作っていたカレーもあっという間に無くなってしまった。

「んじゃ俺は洗い物やって風呂沸かすから、テメェら布団敷いたら風呂の準備しとけよ?」

『はーい!』

子ども達はわいわいと談笑しながら部屋へ戻っていく。それを見送ると、コウマは洗い物を始めた。
洗い物を終えると、バスルームへと向かう。この孤児院のお風呂は全員が一緒に入れる様に作られているのでちょっとしたホテルの大浴場くらいの広さがある。しかもお湯が出る部分が数ヶ所存在するので結構早くお湯を張れるのである。

「しっかし…いつ見てもデケェな、この風呂」

コウマは感嘆の言葉を漏らした。因みに、この孤児院はエレミアが建てさせたのだが、その際に特に力を入れる様に命令したらしい。彼女曰わく、「お風呂は女を磨く場所」らしい。

(アイツの言い分はよく分からんが、デカイ風呂は手足を伸ばせるから良いよな)

コウマ自身もこのバスルームを利用している。と言うよりは子ども達と一緒に入らざるを得ないのである(もちろん自分の世話は後回しで)。大きなお風呂というのは、実は子どもにとって危険だったりする。注意しておかないとバスタブ内でふざけあって溺れそうになったり、滑ってケガを負いやすいのだ。後はシャンプーの際に目を開けられない子の世話や、のぼせない様に全員に気を配ったりと、色々面倒見ないといけないのである。

「んじゃ、俺も用意すっかね」

お湯が止まるのを確認したコウマは自室へと戻り、水着(ハーフパンツ)を中に穿いて子ども達の部屋に向かう。

「おーらテメェら、用意は出来たか?」

『はーい!せんせー早く行こー!』

皆それぞれ着替えを用意て待っていたようだ。コウマの手を握って行こうとする。

「わかったから引っ張るな。それから、中に入ったら絶対走るなよー?」

子ども達に手を引かれ一緒にバスルームへと向かう。到着すると先に脱衣所の中に入って水着だけになる。そして、子ども達を脱衣所に呼んでタオルやら必要な物を置いてある場所を伝えてバスルーム内へ入っていく。

「るーちゃんいっちばーん!」

勢い良くドアが開かれ子ども達が入ってくる。

「おーらルキノ、はしゃぐな。コケたら痛いじゃ済まねぇぞ」

コウマは突撃しようとするルキノを受け止める。が、それくらいでは止まらなかった。

「だーもー落ち着けっての…!」

何とかルキノを落ち着かせようとして、誰かに手伝いを頼もうと周りを見た際に、一人遅れて向かってくる子を見つけた。ホブゴブリンのメリルである。ルキノと相対するかのようなのんびり屋で、何もない所で転んだりするかなりのドジっ子である。

「ま、待って〜!…ふぇっ?」

「あぶねぇっ…!」

コウマは道中で転けそうになった彼女をギリギリで支える。しかし、床のせいで走った勢いを止める事が出来ず、彼女を庇った状態で壁に背中を打ちつけた。

「ぐあっ!」

「おにいちゃん大丈夫!?」

リリアが飛んで寄ってくる。コウマの痛みで呻く声を耳にして半泣きだ。

「だ、大丈夫だ。それよりメリル、ケガねぇか?」

「うん、だいじょうぶ〜。せんせ〜ありがとう〜」

「この様に、非常に危険だから、ここでは絶対に走ったりふざけたりするなよ…!わかったか?」

『は、はい!絶対にしません!』

コウマの苦痛の表情と普段の目つきの悪さが相俟って、睨みつけるような表情になってしまい、それを見た子ども達は竦み上がってしまった。

「よし、んじゃまずは全員シャワー浴びろ。その後は自由だ。一人で髪洗えるヤツは自分でやれよ?出来ねぇヤツだけ言ってこい」

『はーい!』

各々設置されたシャワーを使い、体の汚れを洗い流していく。一通り終えたらそれぞれ髪を洗う者、バスタブに入る者と別れていった。

「せんせー、髪の毛洗ってください〜」

「ん、あぁメリルか。わかった、んじゃココ座れ」

コウマは近くの椅子を一つ持ってきてシャワー台の前に置く。そこに彼女を座らせ、その後ろに椅子を置いた。

「じゃあシャワー出すから目ェ閉じろ」

コウマはシャワーヘッドを持ち、お湯を出すとメリルの髪を濡らしていく。

「熱くねぇか?」

「大丈夫です〜」

「そか。んじゃ髪洗うから痛かったら言えよ?」

「お願いします〜」

コウマはシャワーを一度止め、手のひらにシャンプーを適量出してから髪に馴染ませるようにして髪の毛を洗っていく。

「はふ〜…気持ちいいです〜///」

「それは良いが変な声出すなよ…」

「はへ〜?」

手を動かす度に甘い声を上げるメリル。コウマはその度に変な悪寒を感じるのであった。

「ほら、後は出来るだろ?」

「はい〜、せんせーどうもありがとうございました〜」

髪の毛を洗い終え、タオルで拭いたコウマはメリルを送り出す。ふぅと一息ついて立ち上がると、辺りを見渡す。湯気で少しぼやけていたが、特に問題が起きている様子は無いようだ。

「おーいテメェら、髪や体はしっかり洗い終えたか?」

『はーい!』

「んじゃ、最後に風呂浸かって10数えるぞー」

コウマがそういうと、全員バスタブに集まってきた。

「いくぞー、せーの。いーち、にーい、さーん…」

『しーい、ごーお、ろーく、しーち、はーち、きゅーう、じゅう!』

「そら、全員上がり湯浴びて体拭いたら、着替えてダイニングルームで待ってろよ」

『はーい!』

子ども達は皆お風呂から上がり、上がり湯を浴びると、体を拭いて脱衣所へと戻っていく。

「風邪引かないようにしっかり髪も乾かせよー!?」

コウマは子ども達に注意の言葉を投げ掛けると、誰も残ってないか確認する。

「……よし、いないな」

コウマは確認を終えるとバスルームから出た。その後着替えてダイニングルームに向かい、待っていた子ども達に甘いホットミルクを配った。それを飲み干した辺りで子ども達がちらほらと欠伸をし始める。そろそろ就寝時間の様だ。

「そろそろ寝る時間だな。じゃあ歯磨いて部屋に戻れ。ちゃんとトイレにも行っとけよ?」

『はーい』

子ども達は揃ってダイニングルームを出て行った。

「さて、俺も行くかね…」

コウマも一度自室へ戻る。戻った彼は部屋の壁に立てかけておいた木刀を持ち、グラウンドへと向かった。

「よし、まずは準備運動だな」

ストレッチを始め、体が温まったところで木刀を構え、素振りを開始し千回を超えたところで素振りを終える。

「さて、そろそろやるか。……スパイク。いや、起動しろ。『オルキヌス』」

地面に手をついて魔法陣を展開させる。そしてそこから現れたのは日中の姿からは考えられない程に雰囲気の変わったスパイクだった。

「よし、じゃあ軽く流す程度にな。ガキ共が起きないように静かにやるぞ」

コウマは木刀を魔力で包み強化させると、スパイクへ向かって突進する。それを迎え撃つスパイクは口内から水弾を発射した。

「はぁっ…!」

小さく声を上げ水弾を次々と打ち落として突き進む。コウマのスピードが落ちないと判断したスパイクは、3M程先に複数の水柱を発生させて壁を作ると、地中に潜水した。

「そう来たか…」

コウマは動きを止め、スパイクの気配を探る。

「下かっ!」

コウマがその場を飛び退いた刹那、スパイクが下から大口を開けて飛び出した。

「狙いは良いが、出すのは頭までにしとけと教えたハズだぞ!?」

空中に舞うスパイクの腹を木刀で突き刺す。すると、スパイクは魔力の塊となって消え去る。

「出ろ、スパイク」

再びスパイクを召喚すると先程までの姿ではなく、いつもの姿に戻っていた。

「良いか?もし体全部出した時は、尾鰭で相手を吹き飛ばせ。わかったか?」

コウマはスパイクに先程の反省点と対策を教える。それを聞いたスパイクはコクコクと頭を縦に振って頷いた。

「んじゃ、もっかい風呂入って寝るか」

自室に戻り、着替えを持ってバスルームへと向かう道中で子ども達の様子を見に行く。そっとドアを開けて中を見ると、全員ぐっすりと眠っていた。それを確認したコウマはドアを閉め、起こさない様にその場を後にした。










「ふぃー…。今日も一日ご苦労さん。だな」

スパイクと一緒にお風呂に浸かって一日の疲れを落としていく。

「…ホント、ここの生活は平和そのものだな」

過去を思い返しながらそれだけ呟くと、コウマはしばらく目を伏せた。

「さて、体洗うかね」

「じゃあ私がお背中流ししましょうか〜♪」

バスタブから上がろうとすると、何故かエレミアがタオルを持ってバスルームに居た。コウマは慌てて前を隠す。

「おいぃぃぃぃっ!!何でテメェが居るんだよ!?確かに鍵かけたハズだぞ!?」

「そんなの転移があれば関係ないし、私は王女なんだから権限でどうにでも出来るわ♪」

「くだらねーことに権力振りかざしてんじゃねぇ!いいから出てけ!」

「え〜」

「え〜じゃねぇよ!せめてタオルで隠せよ!王女だろうがテメェは!」

「王女の前にひとりの淫魔(オ・ン・ナ)だもの♪」

「ワケわかんねぇよ!とにかく出てけ!風呂くらいゆっくり入らせろ」

「ヘルメスと一緒に背中流しっこしたいなぁ。……ダメ?」

うるうると紅い瞳を潤ませ、甘えた様に上目遣いでコウマを見つめる。

「あーもーわーったよ!その代わり、変なことすんじゃねぇぞ?俺は明日に疲れを残したくねぇんだ。じゃねぇとガキ共に示しがつかねぇ」

「はーい♪」

「…ったく、何でテメェが俺に執着してるのか未だにわかんねぇよ」

「それは秘密よ。ヒ・ミ・ツ♪」

「ますますわかんねぇ」

「ささ、そんな事より座って座って」

「とりあえず前隠せ…頼むから」

「背中の翼でタオル巻けないから無理でーす♪」

「何でテメェ嬉しそうに言うんだよ!?…はぁ、とりあえずやるならちゃっちゃとやってくれ」

「ウフフ、りょうかーい♪」

ツッコミ疲れたコウマは諦めた様にエレミアに身を任せた。上機嫌で鼻歌混じりにコウマの背中をタオルでゴシゴシと洗うエレミア。背中にかかる力具合が丁度良い。

「へぇ…なかなか上手いじゃねぇか」

「こう見えても立派に花嫁修業をこなしていますから♪」

「王女が花嫁修業ねぇ…」

「おかしいかしら?さっきも言ったけど、王女の前にひとりの女だもの。愛する夫に愛される為に、妻としてのスキルをしっかり身につけて磨かないと」

「……お前って時々しっかりした事言うよな」

「どう?見直した?見直したなら妻に私を迎えt「それとこれとは話が別だ」」

「むぅ〜…えいっ!」

「うおっ!?何しやがる!?」

エレミアはいきなり後ろから抱き付き、彼が逃げられない様にガッチリとホールドする。

「ふっふっふ、流石にこの至近距離からじゃ避けられなかったみたいね。ほれほれ〜♪」

背中に豊満な胸を押し付け上下にこすりつける。言葉にし難い刺激がコウマの背中を襲う。

「てめ…変なことすんじゃねぇって言っただろうが…!」

「変なことってどういうこと〜?」

エレミアは白々しくとぼけ、魔法を使ってボディーソープを胸の谷間に流し込んでそのままこすり続ける。ボディーソープがまるでローションの役割を果たすかの様にぬるぬると胸と背中に塗られていく。

「ウフフ、気持ちいいでしょ…?」

エレミアは艶めかしい声で囁く。コウマは呻き声を上げながらも耐えようとする。彼女は彼に余裕がなくなってきたことを感じ取ると、更に責め立てていく。

「テメェマジ、いい加減に、しろよっ…!」

魔王の娘・リリムの責めだというのにも関わらず、未だ理性を保つコウマ。だが、彼女をはねのける事はしなかった。

「口では怒ってるのにどうして力ずくで抵抗しないのかしら?」

「っ、それは…!」

「フフ、言わなくてもわかるわ。ヘルメスは優しいもの。だからこそ私は貴方を求めてこうしてるのよ」

胸をこすりつけるのを止め、ギュッと強く抱き寄せる。その行為は先程までの淫靡なものではなかった。その行為に戸惑うコウマ。

「エレミア、お前…」

「ね、ヘルメス…。貴方の優しさを…もっと、感じさせて…?」














「あー…やっちまった」

お風呂に浸かりながらタオルで目を隠すコウマ。

「ついにヘルメスとしちゃった♪まさかあんなに激しいなんて…フフ///」

彼の腕の中にすっぽりと収まり、嬉しそうにくっつくエレミア。その表情は幸せそうに綻んでいた。

「うっせーよ馬鹿…」

「あー、ヘルメスってば照れてる!か〜わい〜♪」

「やかましい!」

「ウフフ。まぁでもこれでヘルメスももうすぐインキュバスね」

「…………………は?」

「知ってるでしょ?魔物と交わった男性はインキュバス化するって」

「そりゃ知ってるが…何で『もうすぐ』なんだよ?」

「だって私と交わったんだもの。力のある種族、儀式を行える種族はすぐに夫となる男性をインキュバス変えることが出来るのよ」

「てことはつまり…」

「んふふ〜、ヘルメスは私のお婿さ〜ん♪そしてこの国最大の力を持つインキュバスになっちゃいま〜す♪」

「マジ…かよ…」

にやけてフニャフニャな顔になるエレミアに対し、あっさりと人間ではなくなってしまう事が決定して呆然とするコウマ。因みに風呂から上がる頃には彼のインキュバス化が半分くらい進んでいた。尤も、本人は彼女に言われるまで気付かなかったのだが。

「…マジ疲れた。早く寝よ…」

ぐったりした様子で自室へ戻るコウマ。つい先程まで一緒にいたエレミアはバレない内に戻るなどと言って自城に帰って行った。

「一応、ガキ共の様子を見るか…」

コウマは子ども達の寝室へ行き、そっとドアを開けた。

「よし、寝てるな…」

中を確認し、ドアを閉めようとした時に、微かに声が聞こえた。

(ん?まだ起きてんのか?)

コウマは起こさない様に中に入ると、それに気付いたセシルが小声で呼びかけてきた。

「先生、此方ですわ」

「どうした?」

「どうやらミカさんが怖い夢を見てしまった様で…」

「ううっ…ぐすっ…ひっく…」

ミカと呼ばれたドッペルゲンガーの少女は小さくうずくまって泣いていた。

「おい、大丈夫かミカ?」

「せんせぇ〜…」

コウマを見て少し安心したのか顔を上げて抱きついてきた。彼は背中を撫でて落ち着かせる。

「良い子だから泣くな。な?……しゃあねぇ、俺もここで寝るしかねぇか」

コウマはミカを抱いたまま横になる。

「あの、先生…」

「あん?お前もこっち来るか?」

「はい…!」

毛布を少し持ち上げ空間を作ると、セシルはそこへ潜り込んだ。

「ミカももう落ち着いたか?」

「うん…ありがとう、せんせい」

「んじゃ寝るぞ」

「おやすみなさい(ませ)」

この後すぐに三人は眠りについた。











翌日、コウマは朝早く起きて朝食の用意をしていた。途中、新聞配達のハーピーからおめでとうございますと言われながら新聞を渡された。何のことか分からず新聞を見ると、エレミアとの昨夜の出来事が書かれていた。

「うげ、あのヤロ…!こんなこっぱずかしい記事載せやがって…!」

もう国中に知れ渡っているだろう事実に、コウマは愕然とするのだった。そしてこの記事が、新たな問題を引き起こすとは、まだ誰も知る由もなかった。




















隣国・ヴォルレイ

例の新聞は此方にも流れていた。

「え…!ウソ…!?」

ひとりの教会女性兵士が新聞を見て驚愕していた。彼女の名はクリス=マリー。階級は中尉である。

「ウソ…、ヘルメス大佐が…」

クリスは新聞の写真を何度も見直す。そこに写っているのは間違いなくヘルメス―コウマ―の姿であった。

「大佐…戦後行方不明になってしまわれて…。漸く見つけたと思ったらこんな事に…」

クリスは下唇を噛み、悔しさを露わにする。そして、何かを決心したのか彼女独特の戦闘服―ローブの一部に鎧をつけたもの―を身に纏い、剣を携えると、その場を走り去った。魔国ミスティアへ向かって。
11/12/17 00:44更新 / 夜桜かなで
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■作者メッセージ
ひとつも連載物終わらせていないのにも関わらずまた作ってしまった。公開はしていない^p^

短い連載にする予定ですがこの子メインの話が読みたいっていうのが沢山あれば書くかもです。

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