連載小説
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それぞれの決断
聖騎士団が向かって来る、と団長は言う。
敵がここまで入り込める事自体不自然である。。
仮にも隣には味方が居る、その間を易々と通り抜けて来たのか?
戦闘が起こった様子もない、まさか気付かなかったのか?
いや、気付かなかったように見せつけている、と言った方が自然か。

「これで決まりじゃな…」

騎士団の後方にて、思案を巡らせるバフォメットがついに気付いた。
裏切り者はヨハンの軍に居る、それもかなり地位の高い者が…
一人、心当たりがあるのだが、核心にまではまだ迫れていない。

本気で撤退を考えた方が良いのかもしれない。
仮に造反でも起これば、一気に戦線が崩壊してしまう。
だが本隊は既に渡河し敵の本隊と衝突している、と報告が入っていた。
迂回攻撃の作戦が上手く行き、敵の砲兵陣地を落とした。
更に敵の本陣にまで肉薄している、と言う。
引かせれば、逆襲に合うかもしれない。
対応は現場の指揮官に任せているので、自身が出向く必要は無い。
自分も得物を手にして戦場を駆け回りたい、と言う欲求は収まらない。
立場上周りにキツく止められているのだが、その好機が巡って来たのかもしれない。

「とは言っても…」

「ここまで来るのは無理そうですよね…」

傍らには自分の副官殿が常に控えている。
団長に言われ、かなり後ろへ下がった(と言うより下がらされた)のだ。
折角戦闘のチャンスがあるかと思ったが、今回は叶いそうに無いのが正直な所である。

「例え十倍以上の兵力差でも、騎士団を突破するのは不可能じゃろう…」

団長の話では、相手の騎士団の数は三千そこそこ。
一方こちらの騎士団はと言えば、半数を前線に引き抜いて約二百五十騎程。
数字だけを見れば、圧倒的に不利な状況なのだが、魔王軍でそれを危惧する者は居ない。
騎士団の、もとい騎士団長の実力を持ってすれば、突破は不可能に近い。
誰もが、そう思っていた。

「精々足掻いてもらわんとなぁ…つまらんよ」

「敵の心配だなんて、全く…」

そう言うテレーズでさえ、騎士団を突破できるとは思っていなかったのだが。











「敵が見えた!」

小さくだが、敵が見えてきた。相手も騎士団のようだ。
さらに駆ける。とにかく勢いよく突っ込むしかない。
私を先頭に、部下の騎士団が続く。
ただ無策に突っ込むだけではない。考えはある。

「どうするんですか?」

必死に随伴して来る天使が聞いてくる。
そう言えば教えてなかったか…
だが悠長に答えている暇は無い。

「一回しか言わないからちゃんと覚えろよ!」

説明してわかるんだろうか、などと思いながらも手短に話す。
作戦はこうだ、まず突っ込む、その後二手に分かれる。
片方は敵の騎士団を抑えて、もう片方は敵の大将へ突っ込む。
何と言う完璧な作戦だろうか、可能かどうかと言う事を除けばだが。

「それ作戦って言うんですか!?」

「成功すれば作戦だ!」

我ながら頭の悪い言い分だと思う。しかし下手な策はかえって命取りだ。
とりあえず密集してぶつかる。数はこちらが十倍以上だが、そんな事で安心は出来ない。
相手はあの魔王軍騎士団だ。
己の技量を信じてはいるが、一対一でデュラハンに勝てるか?まあ、微妙な所だ。
だから集団で固まって対抗しようと言うわけだ、何せ騎士団で一番強い者が私だから。
圧力が凄まじい、うっすらとだが禍々しいオーラが見える。
相手もこちらに向かい動きだした。砂塵が舞う。

「散るなよ!離れたら死ぬぞ!」

皆必死で固まる。槍を使う者が多い、やはり得物が長いと安心感があるのだろうか。
剣は私と副団長に加えて小数だ。人馬一如、人と同じように鎧を纏い白馬は必死に駆ける。
どんどん近づく…敵が武器を構えた、やはり団長同士やりあうしか無いか。

「構えェ!!」

そう叫ぶ、私も剣を振りかぶり、適当な相手を見定め、間合いを計り、
すれ違う寸前で勢いに任せてそれを振り下ろす。
相手も剣を振り下ろした。剣と剣が重なる。
周りからは、何かが高速でぶつかる音や、人が落馬する音が響き渡る。
間を置かず、突進の勢いに任せて押し切る。
バランスを崩した相手が馬から落ちた。
気を抜かず辺りを見渡す。
周りも戦闘を開始している。
しまった…乱戦になってしまった。
突破しようにも敵味方が入り混じった状態だ、早くも作戦失敗である。
各々自力で突破する事を祈るしかない。
自分だけでも先に駆けようとした時、副団長が叫んだ。

「団長!!後ろ!」

「!?」

その声を聞きとっさに振り返る。

「ハァ!!」

剣を水平に構えたデュラハンがこちらに向かってくる。
進路を塞ごうとした味方が文字通り弾き飛ばされた。
逃がしてはくれないだろう、覚悟を決めて馬の腹を蹴る。

「そいつには近づくな!私がやる!」

そう叫ぶ、だが、勝てるとは思えない。
策も何も無い、ただ思い切り力任せに…

「神よッ!!」

振り下ろした。
金属がぶつかり合う、いや、弾かれたと言った方が正しい。
腕が痺れる。相手は私の動きに合わせて剣を合わせただけなのに。
やはり魔物と力比べは無謀だったのか、それでも相手の動きが止まっている。
畳み掛けるしかない、更に剣を振り…と思った所で違和感に気付く。
軽い、やたらと剣が軽く感じる。まだ感覚が鈍ってるのだろうか。
だがそれは違った、答えは至ってシンプルだ。
本来あるべき物がそこには無い。
私が持っていたのは、剣の柄の部分だけだった。

「嘘だろ…」

一撃で剣を折られた。しかも根元からポッキリとだ。
見た目こそごく普通な剣だが、魔力やら洗礼やらを受けてるので、
それなりに強度はあるはずなのだが…
更に致命的なのは、それに気を取られて馬の足を止めてしまった事だ。

「はッ!?」

気付いた時には、目の前に剣を構えたデュラハンが居た。

「そんなものか?」

喋った、と思った瞬間に左手で首を捕まれた。

「こいつ…!」

必死で腕を掴み引き離そうとするが、その細腕からは想像出来ないような力で締め上げる。
やはり魔物か、見た目で判断しては痛い目に合うな、実際痛い目に合ってるのだが…

「弱いなぁ…弱過ぎてつまらんぞ」

「な…ん…だとッ…」

ご期待に沿えず申し訳ないのだが、こんな奴に勝てる人間が居るのだろうか。
必死に声を絞り出すが、ここままでは、気絶してしまう。

「化け物がァ…ッ!」

気に障ったのだろうか腕の力が更に増した。
気絶なんて生易しいものじゃない、首をヘシ折る気だ。
ミシミシと言う音が聞こえる、上手く息も出来ない。

「がッ…あぁ…!」

「どうした?このままでは死んでしまうぞ?」

どう見ても今の状況を楽しんでいる、このデュラハン…危険だ。
笑っている。それも憫笑だ。
魔物とは何度かやりあった事もある、あるのだがここまで圧倒的な相手は初めてだ。
体が、生命の危機だと必死に信号を送っているが、どうにもならない。
必死に頭を動かす、微妙にだが頭が動いた。
そういう時は、得てして見たくないものを見てしまうものだ。

仲間が、削られていく。
ある者は剣で、ある者は槍で、またある者は素手で、
斬られ、突かれ、殴られ、叩かれ、数を減らしていく。
味方も必死に抵抗しているようだが、これは駄目だ。
敵が一人倒れる間に十人、いやヘタすると百人単位で減っていく。

気が付けば、味方が敵に囲まれていた。まさに悪夢だ。
敵の十倍以上の兵力を持ちながら、包囲されるのか。
必死に天使の姿を探す、だが居ない。逃げたのか。
まあ逃げた方がいいだろう、無理に付き合う事は無い。

「やはり首を刎ねるか」

気が変わったのか、私の首を掴んでいるデュラハンが剣を構え直す。
そうだな、そっちの方が楽に死ねそうだ。

「諦めたか」

もう体に力が入らない、腕がダラリと下がる。
諦める、そうだ諦める…諦めるんだ。
それが神の意思なら受け入れようじゃないか。
神は私を迎え入れてくれるのだろうか…
不意に誰かの手が、腰に触れた。
お迎えが来た、天使の手だ。
何故かそんな気がした。









相手の力が抜けた。諦めたのか、潔い奴だ。
少々物足りなかったが、こんなものか…
しかし、いつまでも遊んでいる暇はない。
こいつの部下も殲滅しなくてはならない。

「では死ね」

そう自分に言い聞かせ、力に任せて剣を振り下ろす。
首を刎ねる、その寸前に何かを腹に押し付けられる感覚。
ズドンと言う音が辺りに響く。
続いて体に衝撃が走った。何かが体を突き抜けるような気がした。

「何ッ!?」

体の動きが止まる。何をした?奴の左腕が私の腹に押し付けられている。
その手に握られているものに、見覚えがあった。

「銃…だとッ…!」

ジワジワと、熱さに続いて痛みが腹部に広がる。銃口が密着するほど至近距離から、撃たれた。
奴の首を掴んでいた左手を離し、傷口に押し当てる。咄嗟に奴から離れる。
その瞬間を奴は見逃さず、右手で鞍にぶら下げていた予備の剣を抜き、一気に振りぬいた。
首の拘束具が壊れ、頭が外れた。
ゴロゴロと地面を転がる、世界が回るようだ。遅れて私の胴体も馬から落下した。
体の感覚は繋がっているので当然痛みも感じる。
腹から血がでている…傷口を必死に押さえてはいるが、何故だ…こんな鉛球一発で!

「確かに、天使のお導きだな」

気が付くと、奴が馬を寄せて来ていた。首だけの私を見下ろす。

「天使……?」

「ああ…」

天使など、どこにも居なかったではないか、

「だろうな、私も今の今まで気付かなかった」

「何を言っている…?」

「私のすぐ後ろに居たなんて、思わなかったよ」

奴の背後から、少女が顔を出した。
白い羽を持ち、頭には輪っかのような物が浮いている。
ああ、確かに、天使だ。

「しかし…」

「なんだ…」

「当たるもんだな…」

そう言って奴は持っていた銃を放り投げた。小さな銃だ。
まさか未だに騎士団が銃を使っているとは予想外だった。

「ぐぅッ…!」

体の傷が痛む、魔力を込められていたのか、今まで撃たれた事は無いからよくわからない。
未知の感覚だ。

「早く手当てをしないと、死ぬぞ」

「ハァ…ッ止めを刺せ…ッ勝ったのは貴様だッ…」

口惜しいが、予想外とは言えどう見ても私の負けだ。
部下の手前、情けない姿を見せたくはないのだが、
どの道、頭が外れて精が流れ出ている、力が出ない。
思えば、中々悪くない人生だった。戦いの中で死ねる。
最後の最後で、最愛の夫にめぐり合えたのだ。
最も、心残りと言えば、残していく夫の事。

「女の顔だな…」

「なっ…!?」

視界が動く、その拍子に我に返る。奴が馬から降り、私の首を抱えあげた。
それを持ち、私の胴体が倒れている場所まで進み、首を体の上に置いた。

「貴様…ッ!何を!」

「立場上、手当ては出来ないからこれで勘弁してくれ」

わからない、この男は一体何をしているのか。
天使も私と同じ顔をしている。

「何してるんですか!」

「何って、元に戻しただけだが」

「魔物を助けるんですか!?」

「助けたわけじゃないさ」

天使が怒っている、いや、これは天使の言い分が正しいだろう。
仮にも聖騎士団の者が魔物の私を助けるなど…ありえない。

「まあ、何て言うかな…」

それっきり、面倒臭そうに頭を掻きながら黙り込んでしまった。
敵に情けをかけられるとは、そろそろ一線から退いた方がいいのかもしれない。
これだから、聖騎士団の連中は嫌いだ。
夫は別だが…






















先日の魔王領侵攻に、知り合いが参加した。
そして帰ってこなかった。
逃げ帰った奴から話を聞くと、デュラハンに連れて行かれたと言う。
そのデュラハンが滅法強く、手がつけられない程だとも聞いた。
流石に何百人ものデュラハンの中から嫁さんを探すのは骨だ。
だが手合わせしてすぐ判った、こいつだと。
決め手はあの憫笑だ、聞いた話では、連れ去ったデュラハンもそんな顔をしたと言っていた。
そんな顔が出来る奴が何人も居てはたまらん。だからこいつで間違いないだろう。
しかし強い、天使に銃の事を教えられなかったら、私がデュラハンのようになっていただろう。
一体どこが気に入られたんだあいつは?厄介な嫁さんを貰ったものだ。
などと思いに耽っている暇は無いんだったな、まだ戦闘中だ。

「さて、大将さんの顔を拝みに行こうか」

話を切り上げ、馬に跨り、部下の様子を伺う。
敵味方揃って呆然と事の成り行きを見守っていた。
相変わらず囲まれているが、此方の様子を見て元気付けられたようだ。
歓声が上がる。副団長が手を振って合図している。
構わず突っ込めと言っている。仕方ないがやるしかない。
デュラハンが何人かこちらに近づいてくるのも見えた。
うかうかしていると危険だ。
その隙を突いて、味方がちらほらとこちらに近づいてくる。
纏まった数では無いが、無いよりマシになった。

「お供します!」

「頼む」

それでも数十騎程が集まった。
天使も傍らで空を飛ぶ。

「槍、貸してくれ」

「団長、槍を使えるんですか?」

「いや、使えない」

「じゃあ何のために」

「いいから」

隣を走る部下から半ば強引に槍を奪い取る。
実を言うと予備の剣もさっきの攻撃で使い物にならなくなってしまったのだ。
槍を選んだのは、単純に長い武器の方が心強いからである。
基礎的な使い方しか出来ないが、この際どうでもいい、ヤケクソだ。
前方に、馬上で大きな鎌のようなものを構える少女が見えた。
あれが敵将のバフォメットだ。

「ここまで来たんだ!今更引き返すとか言うなよ!」

「勿論ッ!!」

天使が応える。その表情は明るい。

「騎士団の底力、その目に焼き付けろ!」

元より生還は期待していない。
刺し違える覚悟で、遮二無二に突き進む。









「無駄には、ならんかったようじゃな」

得物を持つのは久しぶりだ。万が一に備えて正解であった。
まさか本当に突破してくるとは思わなかった。

「厄日ですよ、今日は」

「嫌なら逃げてもいいんじゃぞ?」

「まさか、ありえません」

困惑するテレーズであったが、一応は剣を手にしている。
直接的な戦闘は苦手なのは仕方が無い。
元々戦闘種族では無いのだ。とそれは自分もであるが。

「わしがやる、手は出すな」

「駄目です」

答えは聞いていない。とばかりにバフォメットが馬の腹を蹴る。

「ちょっと…!」

「お前たちはそこに居ろ!」

今回だけは、自分の好きなように動かせてもらう。
長らく味わえなかった高揚感が、湧き上がるのがわかった。
司令官という立場から開放されるのは、この時しかない。

「来いやァッ!!」

叫ぶ。それに反応したのか、
敵の、その先頭を走る男が槍を構えた。
構えたとは言うが、一目見て判る。この者は扱いに慣れていない。
いや、素人と言ってもいいかもしれない。

「そのふざけた構えでわしを討てると思うかァ!!」

得物の大鎌を両手で持ち、横に構える。
相手が槍を繰り出す。早いが直線的な突きだ、避けるのは容易い。
僅かな体の動きでそれを避け、すれ違いざまに大鎌を…

「おおぅッ!?」

相手が馬をぶつけて来た、予想外の動きである。
すれ違いざまに相手の腹部を切り裂こうと思っていたバフォメットの狙いが外れた。
更に体を寄せ、槍を捨て体を掴んで来る。

「血迷ったか!」

動きが止まる、だが相手も素手だ、攻撃の手段が無い。、

「あるんだよ!」

行け、と相手が叫ぶ。
その背後から、天使が現れた。
その手には剣を持っている。
まさか天使にやらせる気か。
動こうにも、体をガッチリと掴まれているので身動きが取れない。
剣先をこちらに向けて、天使が向かってくる。

「神の名の下に、裁きを!!」

使い物にならなくなった剣だが、突き刺すくらいは可能だ。
そう思い天使に剣を預けたのだが、意図を理解出来たようだ。

避けられない。己の過信が招いた事態だ、口惜しいが受け入れなくては。

「テレジア!!」

誰かが叫んだ。懐かしい。
その名前の主を思い出すのに、少々時間が掛かってしまった。







霧が完全に晴れた、辺りを見渡せる。
頃合だろうか。
戦況は予想通りこちらの不利だ。
敵は右翼方面の陣地を落とし、包囲体制に移行しつつある。
唯一想定外だったのは、左翼の魔王軍が未だ崩れない事である。
四倍以上の敵の攻撃に耐え、更に反撃を加え逆に敵を崩しつつある。
魔王軍が耐え続ける限り、包囲は不完全なものとなる。
下手をすると、左翼方向から逆包囲の危険もある。

「さてさて、困ったお味方だな…」

奮戦してくれるのはいいのだが、こちらにも予定と言うものがある。
こちらは表向きには敵軍の主力を支えている。ので怪しまれはしないだろう。
銃は相手に当たらないよう上空に向け撃たせている。
部隊も前進させ敵が前に出たら退かせる、とこれを繰り返している。
上手く戦っているように見せると言うのも大変なのだ。
だがそれも、そろそろ限界だ。
勘の良い連中であれば、そろそろ気付くだろう。
そしてそれに備えるかもしれない。その前に行動を開始しなくては。
騎士団を通過させたので、仮に今動いても背後を突かれる事は無いだろう。

「そろそろ、動くか…」

計画通りには行かないものだ、戦場では何が起こるか予測しきれない。
覚悟は決まった。
まだ早いのだが、もたもたしていると勝機を失う。

「全隊を前進させろ!」

指示に従い、隊列を組んだ部隊が前に出る。
に合わせて、敵も下がる。
前進させた部隊を反転させ、横に大きく展開させる。
傭兵軍のほぼ半数にあたる部隊が、不自然な動きを見せた。

「古い体制では、生き残れないんですよ…ヨハン司令官殿」

「隊長、配置完了しました」

「そうか…よし」

一呼吸を置き、声を張り上げる。

「これより、我々は反魔物連合軍の味方につく!」

これは初めから決められていた事だ。今更引き返せはしない。
話が来たのは早い段階だった。自分の能力を高く買っていると言われた。
正直な所、この傭兵軍にも限界を感じていた所だった。
行く先々での現地略奪を繰り返し、人々の恨みを買い、大地を荒廃させる。
傭兵と言う職業が嫌われるのもその所以だ。
自分は傭兵と言う職業を誇りに思っている。しかし、誇りだけでは食っていけない。
何千と言う兵士を養う為にも、戦場に赴く必要がある。
これを養えるのは、アルブレヒトの軍だけだ。
画期的な経営者の下で働く、理想的だ。
変わりたい。
古いものと一緒に滅び去るのは嫌だ、最後の時まで必死で足掻いてやる。
そう心に決めたのだ。

「時代の敗者になりたくなければ、このマンスフェルトの後に続け!」

マンスフェルトの号令で、一斉に部隊が動く。
それは、敵であったセバスティアン軍に対してではなく、今まで味方であったヨハン傭兵軍に対してである。
傭兵隊長のマンスフェルトの裏切り、それに呼応して動いた兵が七千。
ヨハン軍の約半数が、敵に寝返った事になる。
突然の事態に、動揺が走る。
魔王軍を除いて、親魔物側の連合軍総てが、この裏切りにより包囲されてしまった。
その時を待っていたかのように、反魔物連合の軍が前進し、圧力を強める。
これで完全に魔王軍は戦線から切り離されてしまった。
最も、包囲を免れたのは、今の所魔王軍だけなのではあるが。
その魔王軍はと言えば、眼前のアルブレヒト傭兵軍を相手に奮戦していた。
流石に本隊を崩せるまでには至っていないが、魔王軍が押しているのは確かだ。
敵にしても、味方にしても厄介な相手である。
いつか本格的に潰す必要がある、そうマンスフェルトは考えていた。







異様な光景だった。馬上で体を掴み合う少女と男。
男の隣には、空中で少女の胸元に剣を突きつける天使の姿。
更に少女の傍らにもまた、男の喉元に剣を突きつけるサキュバスの姿があった。

「何じゃこの状態は…」

沈黙に耐え切れず声を発した少女…もといバフォメットであるが、それを説明出来る者など居ない。
敵味方双方の騎士団も、どう反応して良いのかわからず、遠巻きに此方を眺めているだけだった。

「だから勝手に行くなと言ったでしょうに…」

テレーズが答える。ザガルに突き付けた剣は微動だにしていない。
天使もまた、バフォメットに向けた剣を収めてはいない。
お互い動けない、ヘタに動けば相方がやられてしまう。

「ザガルさん…どうしましょう」

「どうしましょうったって…」

聞かれても困る、と言った表情でザガルが答える。
体は動かせないので、顔だけを天使の方へ向けて喋っている。

「どうする?」

埒が明かない、そう思ったザガルがあろう事かバフォメットに打開策を求めた。

「わしに聞くな!…いや、今すぐこの手を離せば良いだけの話じゃよ」

「いやいやいやいや、それはちょっと…」

「いやいやいやいやいや、それしか方法は無いぞ?」

「いやいやいやいやいやいや、そんな事は」

「あの…突いていいですか?」

「おい!」

「この流れでそれは無いじゃろ!?」

天使は空気を読めなかった。

「あの…とりあえず一旦離れましょうよ?お互い何もせずに」

テレーズが助け舟を出す。

「フリじゃな…!」

「これはやれと言うフリ…!」

「この人たちは無視して、私達だけでも武器を下ろしましょう、ね?」

「そうですね、何だか馬鹿らしくなってきました」

テレーズと天使が、同時に剣を下ろした。
それに続いてバフォメットとザガルも、同時に離れる。

「職務怠慢だな、天使さん。なぜ突かなかった」

「なら職務放棄して敵と遊んでた貴方は何なんですか!」

言葉の刃がグサリと胸に突き刺さる、そんな言葉をどこで覚えた。
早くも俗世に適応して来ている。
コイツは末恐ろしい、とザガルは内心思っていた。


「今回は許しませんよ、テレジア」

「その名前で呼ばんでくれぇ…」

「駄目です、私は怒っているんですよテレジア」

「だから名前は…」

向こうは向こうで大変なようだ。
天使に怒られる騎士団長、サキュバスに叱られるバフォメット。
またしてもよくわからない展開である。
両騎士団の面々も段々と呆れてきたのだろうか、そんな表情が見て取れる。

「団長ー!一大事ですー!」

その空気を変えたのは、一人の聖騎士団員であった。
連絡役としてセバスティアン軍付けにしておいた部下がこちらに向かってくる。

「こっちの方がよっぽど一大事だよ…」

これまでの遣り取りで騎士団長としての面目は丸潰れである。
出来る事なら一刻も早くこの場を離れてベッドの中で丸くなりたい。
困った時は引き篭もるのが一番だ、とザガルは思っている。
どうでも良い事だが。

「どうしました?」

頭を抱えて唸るザガルを無視して、代わりに天使が答える。

「ああ…天使殿、マンスフェルト殿がこちらに寝返りました、それに呼応して敵を包囲殲滅するとの事です」

「このタイミングでか!?」

ザガルは困惑した、予定では敵の全軍を包囲する作戦であった。
なのに、魔王軍はその包囲網から外れている。
最も予定外の出来事と言えば、自分たちが直接戦闘に投入された事であるが…。

「背後を任された、と解釈していいんだろうか」

聖騎士団が居なければ、反転したマンスフェルトの軍勢は背後を魔王軍に晒す事になる。
それを防ぐ為に、自分達が投入されたのだろうか。

「いや、捨て駒扱いじゃろう…」

バフォメットがそれに反論した。

「随分な物言いだな…」

「本当はわかっておるんじゃろ?この場に投入された意味を」

「言うな、部下に聞こえる」

「役に立たん騎士団三千を犠牲にすれば勝利を得られるんじゃ、誰も文句は言わん」

「…裏切りに、気づいていたのか?」

味方が裏切り、更に包囲されそうな危機に瀕しているのに、バフォメットは冷静であった。

「いくらなんでも、こちらの動きが読まれすぎている。更に配置まで敵に筒抜けときた」

「確かにそうだ、だがそれなら何故、まだ戦うんだ?」

損害を出しながらも、前面の敵と一進一退の攻防を繰り広げている。
仮にアルブレヒトの軍を突破した所で、全軍で反撃に出る力は既に無い。
局地的な勝利に留まる、まかさ高々五千以下で七万以上の敵を殲滅出来るつもりなのだろうか。
ザガルには、バフォメットの考えている事が全くわからなかった。

「意地じゃよ」

「意地だと?」

「仮にも一軍を指揮する者として、ここまで邪険に扱われた事に対する憂さ晴らし…とでも言えばいいか」

「そんな事のために部下を、仲間を危険に晒しているのか!」

「お前が言うか、無策に突っ込んで部下をすり減らしたお前が」

それを言われると何も反論出来ない、確かに、今の自分はこのバフォメットと同じだ。
ただ敵を倒す、その思いだけで周りを顧みる余裕が無かった。

「そんな事より、討たんのか、わしを」

「ん…ああ、そうか…そうだったな…」

何を敵と悠長に話しているのか。
そもそも目の前のこの少女の首を刎ねる為に部下を犠牲にして来たんだろう。
しかし、しかしである…

「…無理だよなぁこれは」

「ふむ?」

「ああ…もう、帰って寝たい…」

「私だって帰りたいですよ…」

ザガルに加えて天使まで頭を抱え悩み出した。
一体何なんだろうこの連中は、今までの騎士団とはまた違う。
どこか人間味を感じさせる、そんな集団だとバフォメットは思った。

「全く、自作自演までしてこの有様とは、情けないもんじゃのう」

「自作自演?何がだ」

「まーだ気付いておらんのか?脳筋じゃのう」

「いいえ、ただの馬鹿ですよこの人は」

「確かに、あまり知性を感じさせませんね」

「泣くぞお前ら…」

天使やサキュバスにまで馬鹿にされた。
その気がある者にならご褒美だろうが、生憎ザガルにはそんな性癖は無い。

「何の為にここへ来たんじゃ、聖騎士団の方々よ」

「それは…魔物を倒しにだろ?」

「違う違う、ここへ来た理由じゃよ」

「理由…確か教会が襲われて…!?」

「そうそう、それそれ」

元々参戦した理由は、教会の虐殺事件であった。
余りに残忍な手口に教団本部も本気で事に当たるつもりで、我々を派遣したのだ。

「まさか犯人は…」

「そう、マンスフェルトじゃろうよ…」

マンスフェルトが裏切った時点で、バフォメットは確信した。
騎士団の参加を招いた事件の黒幕が、彼自身であった事を。

「不自然じゃと思っておったんじゃよ、あれだけ敬虔な司令官の元で今更こんな事件が起きる事が」

「確かにヨハン殿自身は敬虔な修道士だ、しかしだからと言って部下がそうとも言えないだろう?」

その辺のゴロツキを雇ったのであれば、事件を起す事はありえるだろう。
だが、それを身内の誰も知らず、内密に処理する事は不可能に近い。
六万人以上の人間が居るのだ、噂はすぐ風に乗って広まる。
唯一その話を聞かされたバフォメット自身も、最初は疑っては居なかった。
思えばそれが今まで疑いの目を逸らす役割を果たしていたのだ。

「茶番だと言うのか…私たちの今までの行動が!」

「わし等も、それに付き合わされたんじゃからな」

バフォメットも内心、腸が煮えり返りそうな気持ちであるが、それを表には出さなかった。
言ってみれば、マンスフェルトの再就職の助けに、わざわざこの場所まで赴いたようなものである。

「そんな…そんな事が…」

一気に地獄まで叩き落された、そんな感覚だった。
何の為に、自分は部下は、戦っているのか。
無様である。

「項垂れるのはわかるがのう…そっちはまだ仕事が残っておるんじゃないのか?」

「仕事…?」

「聖騎士団の参加理由は、何も変わっておらんじゃろう?」

「理由だって…?」

参加した理由、それは魔物の…いや違う。

「そうか…犯人を!」

「うむ、その通り」

教会襲撃の犯人、それを捕らえる。
それこそが、騎士団が派遣された真の理由。

「出来ればわしの手で首を引き千切ってやりたいくらいじゃが…生憎そんな余力が無くてのう」

「任せろ、とは言えんな、魔物には」

「わかっとる」

「聖騎士団!集合!」

ザガルがそう叫ぶと、味方の騎士団が集まった。
しかしその数は少ない、最初は三千騎は居たのだが。
生き残った副団長の話では、残ったのは千数百騎余りだとか。
半数以上がやられてしまった。
生きてはいるが、動けない者はその場に置いて行くしかない。

「団長、今の話は」

「本当みたいだな」

「魔物の言う事を信じるんですか!?」

天使が詰め寄ってきた。黙って話を聞いていたので忘れていた。
最もな話である。敵を素直に信じる事は出来ないだろう。
しかし…

「信じるしか無いだろう、今回は」

「貴方という人はッ!それでも騎士団長なんですか!」

「さっきまでお前さんも敵と仲良くしてたじゃないか!」

「あれは違います!」

天使としては、目の前に居る魔王軍の将バフォメットを、何とかしたいのだろう。
しかし、今はそんな事に構っている暇は無いのだが。

「天使よ」

バフォメットが天使に話しかけた。

「何ですか!魔物が…」

「黙ってその男について行け」

「魔物の指図は…」

「黙れ」

「…クッ!!」

有無を言わせぬ威圧感がその言葉に含まれていた。
言い返す事が出来ず、天使が押し黙ってしまう。
見かねたザガルが、代わりに答える。

「次に戦場で会ったら、首を貰うさ」

「フンッ出来るものか」

今回こそが、千載一遇のチャンスであったのは両者ともわかっていた。
しかしザガルは思う。
バフォメットの首一つと、聖騎士団三千の骸を天秤にかける事は出来ない。
ならば次のチャンスを、永遠に来ないかもしれないがそれを待つしかなかった。

「本当に、わけのわからん男だ…」

先程倒した騎士団長のデュラハンが、板に乗せられ運ばれてきた。
体は動かせないようだが、死ぬ心配は無さそうだ。

「無事じゃったか、団長」

「申し訳ございません…この様な醜態を」

「よい、ゆっくり休め」

「はっ…」

手短に会話を切り上げ、団長のデュラハンが運ばれて行く。
一足先に負傷者を離脱させる、そうバフォメットは言った。
ついに戦線からの離脱を、バフォメットは決意したのだ。

「上手く退けるだろうか…」

「敵の心配かえ?」

「違う、そう言う意味じゃ…」

「わかっとるわかっとる、冗談が通じん奴じゃな」

やれやれ、と言った表情でバフォメットが肩を竦める。
どうも話しているとペースが乱される。
そう思い、ザガルはさっさとこの場を離れようとする。

「あ、そう言えば…」

「ん?なんじゃ?」

「テレジアって名前は…あんたの?」

その名を聞いた時、バフォメットの表情が露骨に歪む。

「ああ…そうじゃ、だがその名前で呼ぶな」

「どうして?」

「どうしてって…そりゃ…あれじゃよ」

「私はいい名前だと思いますけどね」

テレーズが話しに入って来た。

「テレーズ、お前は…」

「そう思いませんか、騎士団長さんも」

「はっ…そうだな、テレジアさんよ」

「ああもうッ!早く行ってしまえ!」

「わかったよ、それじゃあ…」

馬の腹を蹴る。
目指すはマンスフェルトの軍、その本人だ。

「最後に一つ聞かせてくれ」

「まだあるのか」

「テレジアとテレーズって…」

「そうです、貴方が考えている通り」

同じ名前なんですよ。そう言ってテレーズが微笑む。
言われてみれば、この二人は単に上司と部下と言う関係ではなく。
仲の良い姉妹のような、そんな風に見える。

「出来の悪い妹か…」

「凄く失礼な事を考えとるじゃろうお前」

「はは…まさか」

ザガルは笑いながら馬を走らせる。
それに残った聖騎士団が続く。
その傍らには、不貞腐れた表情の天使がピッタリと寄り添うように空を飛ぶ。

「あれも、中々良いコンビだと思うんじゃがな」

「ええ、お似合いだと思います」

敵ながら面白い相手だ、できる事なら今度は戦場以外の場所で会いたい。
そう二人は思った。

「さて、こっちも始めるか」

「上手く逃げられますかね」

「撤退戦こそ、戦の花道よ」

「楽しそうに…わかりました」



最早覚悟は決まった。今から逃げる。
難しいのはここからだ、如何に、損害を少なくして逃げ帰るのか。
遠足と同じで戦争も、家に帰るまでが戦争なのだ。

「前線の部隊へ伝えろ!退くぞ!撤退じゃあ!」

バフォメットの命令を受けたハーピーが前線へ向け飛び立った。
味方の部隊には申し訳無いが、何とか自力で戦線を離脱して貰うしかない。
まずは拠点のナミュールまで退く、当然敵は追撃をかけてくるだろう、それをどうやって振り切るのか。

「これだから戦はやめられんよ…」

舞台の終わりが近づいている。
悲劇的な結末は、避けたいものだ。



10/11/04 22:31更新 / 白出汁
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■作者メッセージ
ペロペロp…たまには真剣なお話でも。
さてさて、戦いの結末は負けと言う事になってしまいました。
まあ、最初から解っていた事なんですけどね。
問題はどうやって逃げるのか…それが重要です。
泣いても最後には幸せに成って欲しいですね、おっさんも含めて。
みんな幸せにな〜れ!

でもやっぱりおっさんはペロペロ出来ねぇ…クソッ!
脳内設定的には出てくる男は殆ど30オーバーなので新鮮味がありません。
ショタならペロペロ出来るんだけどなぁ…略してショペ。

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