連載小説
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第二話 「街と魔物と魔法堂」
 それは、ある日の朝。そして、ある意味でいつも通りの朝。
「今日はお店お休み〜」
 そう言いながら彼女は寝台の上を転がる。その様子は、外見だけなら駄々を捏ねる子供だ。
 朝食の準備を済まし、彼女を起こしに来たカイは軽い溜め息を吐く。
「で? 今日はどんな理由ですか?」
 問いに対し、彼女は視線を泳がし、果ては顔を背ける。
「ん〜っと…」
「さて、今日もお仕事、頑張りましょう」
 悩みだすエルメリアに、カイは有無を言わさず布団を取り上げた。そのまま彼女の抗議の声をにこやかに、しかし涼しげに受け流して二階に下りる。
「早く下りてきてくださいね」
 後ろに振り向き念を押した時、エルメリアは抱き締める枕に顎を乗せ、頬を膨らませていた。

 カイはエルメリアの年齢を知らない。外見や体付きのみならず、振る舞いや口調も幼げな彼女だが、知識量や技術などから見た目通りの年齢ではないことは想像に難くない。彼は一度だけ彼女と出会って間もない頃に歳を聞いたことがあるが、実に晴れやかな笑顔でたしなめられている。怒気も殺気も含まない、天真爛漫とさえ言える笑顔に、彼は底知れぬ恐怖を感じていた。以後、彼は女性の歳を詮索しようと思ったことはない。
「もう、カイ君のいじわる〜」
 三階から下りてくるエルメリアが不貞腐れたように言うが、風呂に入り軽く身支度を整えていたので、今日はとりあえず仕事をする気があるのだろう。
 エルメリアがパンを頬張り、カイがスープを口にしていると、階下にある店の扉の鐘が鳴った。
「エルちゃーん、カイくーん」
 聞き慣れた声に呼ばれて、カイは一階へ向かう。そこに居たのは、とある宿屋で働く女性だ。
「カイ君、おはよう」
 彼女はカイに気付くと、親しげに挨拶してきた。
「おはようございます」
「エルちゃんも、おはよう」
 カイが挨拶を返すと、彼女は彼の背後にも言葉をかける。カイが振り向くと、パンを頬張ったままのエルメリアがそこにいた。カイは失礼かとも思ったが、二人は全く気にしていないようだ。
 レノークスは人間と魔物が共に暮らす街である。しかし、現実的に両者の間には様々な問題がある。そのため、レノークスには「区分け」といくつかの掟が存在する。
 レノークスは東の山脈を源流とするレノークス川を中心としており、西側は海に面している。川は街の少し上流で二つに分かれており、上空から見ると巨大な中州のような陸地によって街が三つに区切られているのが分かるだろう。レノークスはこの川を基準に、「北区」「南区」そして「中央区」に分かれている。
 レノークス北区は魔物とその夫が暮らす地区であり、様々な特色を持つ魔物に対応するため森や洞窟、池や沼などもあり、街も含めた土地の縮図のようになっている。取り決め上、人間の立ち入りは禁止されていないが、当然のように夫を持たない魔物もいるためそれなりの覚悟は必要である。その性質上、昼夜問わず淫らな気配がすることは言うまでもない。
 レノークス南区は人間が暮らす地区であり、事実上唯一の陸路である山脈から続く街道は南区に繋がっていて、商船や漁船用の港も南区にある。一般的な交易や農作などを行う区域でもある。魔物の立ち入りは禁止されているが、これは人間が魔物を拒んでいるのではなく、人間を、ひいては男性を恒久的に絶やさないようにするための措置である(同時に、外部から訪れる人間と街との緩衝役としての意味もある)。
 レノークス中央区は人間と魔物の交流のための地区であり、実質的に東区と西区に分かれている。東区は商業的な、西区は友好的(性的・恋愛的)な交流が主となっている。また南北区間の移動は(空を飛び、川を渡ることを除けば)中央区に繋がった橋を通らなければならず、名実共に北と南の、人間と魔物の接点となっている。
 東区では人間の作る一般的な商品の他に、魔物が作り出す薬や魔術を始め人間よりも高い技術によって作られた武器や芸術品、衣服や装飾品なども取引されており、これらを目当てにレノークスを目指す人間の商人は少なくない。魔物にとっても、夫の性欲や精力を増強させる薬、誘惑用の衣服や装飾品などをやり取りできる上、酒や食料などを得られる意義は大きい。また、東区に店を構えている者は後述の西区運営のために資金を納める義務を負う。夜色魔法堂は中央東区にあり、その義務を果たしている。
 西区では夫や(主に魔物の)妻を求める者を始め、人間や魔物の夫婦が交流する。その性質上、娯楽施設や宿屋が多く、一部では決闘場やイベント会場などが存在する。これらの施設は基本的に人間の女性が運営管理しており、前述の通り費用は中央東区が出しているためほぼ全ての施設を無料で利用することが出来る。
 以上のように区分けした上で、この街にはいくつかの規則が存在する。一つは前述したように「魔物の南区への立ち入り禁止」、「中央区での強姦禁止」に、「人間女性の強制的な魔物化禁止」、そして「やり過ぎ注意」である。これらは人間の数を必要以上に減らさず、集団としての秩序を守るためにある。

 彼女はエルメリアがパンを食べ終わるまで待って、要件を伝えるとそのまま店を出た。彼女は西区にある、大きな人気と規模を誇る宿屋「愛の巣」で働いている。この街の中央西区にある宿のほとんどは宿泊施設というより娯楽施設であり、愛の巣も例外ではない。この宿の売りは淫らな用途のアイテムの無料貸し出しと、宿内での使用限定で様々な薬や魔術によるサービスの格安販売が行われている点だ。新鮮で刺激的な行為が楽しめると、毎日多くの恋人や夫婦が利用している。愛の巣で貸し出されるアイテムと魔術サービス、そして多くの薬などは夜色魔法堂のエルメリアによるものである。そのため夜色魔法堂は定期的に愛の巣へ出向き、アイテムの調整や補充などを行っている。
 要件は愛の巣の女主人である「モルカ」からで、「いつもの」とエルメリアに少し相談したいことがあるという。カイは迎えの馬車が来るまで荷物の準備を、エルメリアは荷物の点検確認をしていた。

 馬車の荷台への積み込みはさほど時間もかからず終わり、そのまま二人は荷台に乗り込んだ。街の喧騒と御者台の方からの馬の蹄が石畳を踏む音を聞くともなしに聞きながら、快晴の青空の下で馬車に揺られていると、街から感じられる雰囲気が変わる。道行くのは魔物よりも人間の方が多いが、東区から西区に入ったのだろう。
 カイが視線を遊ばせると、偶々目が合ったワーキャットから笑顔とウインクを向けられた。彼は軽く礼を返し、彼女とはそのまますれ違う形で離れる。人間が相手であれば意味深なやり取りだが、それが魔物ならば(種族によるが)単なる挨拶だ。しかし彼の小さなお師匠様は気分を害したのか、よそを向いたままカイの腕をつねった。

 荷物を宿の人達に任せ、裏へと回る馬車から下りたエルメリアとカイは、通常の正面入口から愛の巣へ入る。扉は大きく、部屋も広めなのは中央区の建物に共通する特徴で、やはり多くの魔物に対応するためのものだ。女主人のモルカはいつも受け付けに居て、普段から接客を行っている。朝に寝て昼過ぎに起きるという生活をしている彼女だが、この日はまだ起きていた。
「おはよう、エルちゃん。カイくん♪」
 そう言いながらモルカは二人へ歩み寄り、その頭を撫でる。カイは子供扱いされているような気恥かしさから目を逸らし、エルメリアは楽しそうに笑った。
「それで、何か御用があると聞いたのですが…」
 耐え切れなくなったカイが話を促すと、それを見透かすようにモルカはカイを見て微笑む。
「もう、相変わらず可愛いんだから」
 そう評されるカイは、童顔気味の顔を苦笑いにして半歩下がる。一旦はモルカの手から逃れるものの、彼女は再度手を伸ばそうとする。
「あんまりうちのかわい〜カイ君をいじめないでくれるかな?」
 エルメリアはカイを庇うような位置に立つが、身長差があるため傍目には微笑ましくも滑稽に映るだろう。しかし、モルカはどこか満足気な溜め息を一つ吐くと伸ばしかけた手を戻し、自らの頬に当てる。
「エルちゃんの意地悪」
 モルカは楽しそうに言うと、本題を切り出した。
「でね、エルちゃんにお願いしたいことがあるんだけど…」

 エルメリアが愛の巣に納めているアイテムには、実に様々な種類のものがある。その中でも特徴的なのは、彼女の開発した「魔術を用いて自動で震え動く張型」である。話によると、これにより行為の幅が広がった上、自慰にも使えるとかなりの好評であるらしい。愛の巣での委託販売では主力商品の一つだそうだ。
 愛の巣にある倉庫で点検や調整などの作業をするエルメリアの手伝いをしつつ、カイは先ほどのモルカのお願いを思い出していた。
 それは「処女用の玩具」を作って欲しいというものだった。カイは何故そんな注文をするのか分からなかったが、エルメリアは理解していたようだった。
「それで、どういうことなんです?」
 作業が一区切りしたのを見計らい、カイはエルメリアに問う。
「多分だけどー」
 彼女は顎に人差し指を当てた悩むような格好のまま、しかし確かな口調で話す。
「まだ夫を見つけてないユニコーンさんからお願いされたんじゃないかなー?」
 そう言われて、カイは納得する。ユニコーンは夫に操を立てる性質を持つ。それは「未来の夫」に対しても当てはまり、故に夫が出来るまでユニコーンは処女であるということだ。当然、張型など使えるはずもない。
「使い方はいろいろだと思うけど…とりあえず作ってみるかな」
 答え終えたと判断したのか、エルメリアはそのまま作業に戻った。


 翌々日、エルメリアはカイを連れて愛の巣へと向かっていた。頼まれた品は早々に完成させて前日に愛の巣へ納品していたのだが、今朝方二人に出向いて欲しいと連絡があったのだ。
「今度は何の用なんですかね?」
 荷物もないため、この日は愛の巣まで歩いていた。レノークスの道は、建物の扉や部屋と同じ理由で他の街に比べて広い。
「さあ…いけば分かるんじゃない?」
 途中、疲れた足が痛いおぶれとエルメリアが騒ぎ出した他には、これといって何のトラブルもなく目的地に辿り着く。

 モルカはいつも通り受け付けに居て、二人と軽く挨拶を交わす。
「で、例の件なんだけど」
 早々に例の件と切り出す辺り、「処女用の玩具」に関係する話であることは察せられた。ただ再び呼び出されるような要件があるとは思えなかった。エルメリアも同意見なのか、カイの横で首を傾げている。
「とりあえず、ついて来てよ」
 そう言うモルカは階段へ向かい、そのまま上り始める。愛の巣は二階より上の全ての部屋が宿になっており、逆に言えば二階より上には宿部屋しかない。モルカはとある部屋の前で立ち止まった。
「この部屋のお客なんだけど…お願いね」
 言い終えると、モルカは奇妙なリズムで扉をノックする。おそらく、事前に合図を打ち合わせていたのだろう。内鍵を開ける音がして、エルメリアはそのまま扉を開けて中に入っていく。カイは状況を良く把握できていないまま、エルメリアに続く。
 そこに居たのは、美しい女性だった。胸まで伸びた銀髪に、透き通るような空色の瞳。清楚な服は明るく心落ちつける色合いで、見る者に穢れない清純なイメージを与える。
「あ…」
 彼女は男が来るとは思っていなかったのか、カイを見ると一瞬体を震わせ困惑の表情を浮かべた。と同時、カイの足指に激痛が走る。見ると、エルメリアが思い切り踏み付けていた。
「カイ君? な〜に見惚れてるのかな?」
 本人は平静を装っているつもりなのだろうが、その笑顔は明らかに引きつり声は震えている。その形相に恐怖したのはカイのみではないようで、部屋の中と外から息を飲む声が聞こえた。
「じゃ、よろしくね」
 普段に比べてかなり早口に言うと、モルカは扉を閉めた。エルメリアはそのまま手を伸ばして内鍵をかけると、笑顔のままカイを正面から見つめた。カイは目を離すことも出来ず、しかしエルメリアも見つめるのみで何も言わないという静かな時間がしばらく過ぎた後、(足はカイを踏んだまま)エルメリアはようやく視線を部屋で待っていた、角と馬の半身を持つ女性に向けた。
「あなた、名前はなんていうの?」
「え、はい。ミレーネといいます」
 問われた女性、ユニコーンの彼女は動揺しているらしく、少し戸惑いつつも名乗った。
「そう、ミレーネね。それで、何の用?」
 話を促すと同時、エルメリアはカイから足を離す。若干ではあるが、険悪な雰囲気が緩和したことで安心したのか、ミレーネはほっと胸を撫で下ろす。
「はい。その…」
 しかしミレーネは何故か要件を口にせず、何かを気にするようにカイへ視線を向ける。
「何? 早く言って?」
 焦れたのか、また機嫌を悪くしたのか、エルメリアの語意が強まる。これ以上場をこじらせたくないのはミレーネも同じなようで、彼女は意を決するように話し出した。
「あれの使い方が…分からなくて…」

 カイの手には、例の玩具が握られていた。どうすべきか分からず、困惑のままミレーネを見ると、やはり彼女も不安を色濃く浮かべている。
 エルメリアはモルカに玩具を渡す際、その操作方法を伝えていた。にも関わらず使い方が分からないとはどういうことかと聞くと、彼女は「操作方法が分からない」のではなく「使用方法が分からない」という旨を答えた。つまり動かすことは出来るが、どう使えばいいかが分からないということだ。そうしたらエルメリアが「じゃあ実際に使ってみましょう」と言い、勢いのまま有無を言わせずミレーネを座らせカイに玩具を持たせたのだ。
「カイ君、よろしくね♪」
 エルメリアは心底楽しそうに言い、ミレーネの服をはだけさせた。すると形のいい乳房が露わになり、服を脱がせられた反動で揺れる。羞恥に頬を染めるミレーネに悪いと思いつつも、カイはその光景から目を離すことが出来ない。
 仕方ない、仕事だからと自分に言い聞かせながら、カイは手にした玩具を起動させる。それは基本的に、大きさが指先から第一関節まで程度であること以外は「魔術を用いて自動で震え動く張型」と変わらない。しかし対象者に処女膜がある場合は、膣内への侵入を自動的に拒む機能が追加されていた。これにより誤って処女膜を傷付けるといったことはない、とエルメリアは言う。
 彼は振動する玩具をミレーネの胸元に近付け、その柔肉に触れさせる。エルメリアはミレーネの隣にいて、抵抗出来ないようミレーネの両手を笑顔で抑えていた。
「ぁ…」
 小さな声を漏らした彼女は、確かに甘い快感を享受している。その証拠に、エルメリアは彼女の両手を抑えるのに魔術を使ってはいない。人間の女性の中でも非力な部類に入るエルメリアに、魔物であるミレーネの両手を力づくで抑えることなどそもそも不可能なのだ。しかしミレーネの両手はエルメリアの拘束下にある。
 エルメリアはこの「玩具の使用方法説明」に際し、一つのルールを決めた。それは「カイ自身はミレーネに触れてはならない」というものである。当然と言えば当然のルールだが、カイがミレーネの痴態を目にするという事実は変わらない時点で、既に色々とおかしい。しかし、勢いに押し切られ、羞恥と興奮に熱せられた二人はそれに気付いていない。
 カイは玩具でミレーネの胸を撫でる。彼女の吐息は熱く荒いものになり、顔は羞恥のみならず快楽の色に染まっていく。玩具を胸の先端に当てると、刺激が思いの外強かったのか彼女は不意に大きな声を出す。カイは驚いて玩具を離したが、問題ないことを確認すると再び玩具を胸の先端に当てる。
「んっ……」
 次に聞こえたのは、間違いなく快感による嘆息だった。
 そのまま、肌の上を滑らせるようにして首元まで玩具を這わせ、首に触れるか触れないかの地点で折り返し、逆の胸を愛撫する。今度は脇を通りへそを回り込むように動かし、また逆の胸を撫でる。
 そうしていると、ミレーネが手を動かしたのかエルメリアが無意味な拘束を解く。彼女は自分自身で残った服を、自らの秘部を覆う布を外した。荒い息を吐き顔を上気させ、目尻を下げた瞳でカイを見つめる。それは、無言の懇願だった。
 カイは自覚しないまま息を飲み、玩具を持つ手をミレーネの秘部に近付ける。すると。
「はいそこまで」
 エルメリアがカイの手首を掴み、逆の手で玩具を取り上げた。彼女は二人の「何故こんなことをするのか」と言いたげな表情を楽しんで、玩具を部屋にある机に置く。
「使い方は分かったでしょ? それじゃ、ごゆっくり♪」
 そう言うと、エルメリアはカイを連れて部屋から出て行った。


 愛の巣からの帰り道、上機嫌なエルメリアに対して、カイは不満げな、不機嫌な顔をしていた。何故と問う必要もなく、カイにはあれが、あくまでも「使い方の説明」であることは分かっている。しかしそれでも悶々とする心は収まらず、カイはエルメリアを責めたい気持ちで一杯になる。
 エルメリアはカイの視線に気付くと、実に晴れやかな満面の笑みを返す。カイは大きな溜め息でこれに応じ、視線を前へ向ける。
「今夜が楽しみだね♪」
 カイの腕に抱き付きながら、エルメリアは心から楽しそうに言った。
11/04/01 07:55更新 / 魁斗
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■作者メッセージ
 おはこんばんちは、魁斗です。
 第二話をお読み頂き、ありがとうございます。少しでも楽しみや興奮などを与えることが出来たのなら幸いです。

 初の連載、その二話目となりますが、如何でしたでしょうか。魔物を出すと言いながら、本番はなかったことに憤りを感じた方はどうぞ感想の方へ。筆者はきっと喜ぶでしょう。
 それでは、今回はここまで。

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