第一話 「店主と弟子と魔法堂」
「楽しんでね〜」
若い女性の声に続き、扉に付けられた鐘の音が聞こえた。奥の部屋で商品の整理をしていた少年は手を止め、カウンターにいる店主に声をかける。
「お客さんですか?」
問いつつも、少年は彼女の言葉からお客が来ていたことと、商品が売れたことを推測する。
「そっ、お客さん」
返ってきた声が弾んでいたことから、少年は自分の推測が正しかったことを知る。彼の師匠であり、この「夜色魔法堂」の店主である女性「エルメリア」は、人間の商人を客として認識しない。加えて、主な商品が淫らな行為を楽しむためのアイテムであることと彼女の台詞から、相手は十中八九魔物であると予測出来る。そして、相手のお客が魔物であるならば、金銭取引よりは物々交換の可能性が高いことを彼は知っている。
交換したであろう物を確認すべく、彼は表の店内への扉を開ける。すると、ほのかに甘い香りが彼の鼻をくすぐった。
「これは…蜜ですか?」
裏の倉庫から出た彼は、受け付け用の机に置かれた壺を見るまでもなく聞いた。裏から表へ回り込み見ると、壺には蓋があるどころか目張りで封が為されている。それでも店中に広るだけの甘い香りを、壺は放っているということだろう。
「そう。それも熟成済み♪」
エルメリアは微笑みながら壺に手を置く。彼の言う蜜とは、巨大な花弁に包まれた美しい女性の姿を持つ「アルラウネ」という植物型の魔物が作る蜜のことで、甘い香りのするアルラウネの蜜には強力な媚薬や精力増強の効果があるのだが、「ハニービー」という昆虫型の魔物によって熟成されることにより効果や香りが高まるのである。
目張りに効果を抑える魔術を付与しているのか、甘い香りはするものの特段心惑わされる感覚はない。というのも、本来この蜜は男を惑わし誘うためのものであり、通常ならばその匂いを嗅いだだけで発情を促す効果があるのだ。
彼はエルメリアによって魔物の放つ誘惑の魔力や魔法に対抗するための魔術がかけられているため、通常の人間に比べると極めて高い抵抗力を持つ。しかし、それはあくまでも抵抗であり、通常無効化させるには至らない。弱い魔力なら無効化させることもできるだろうが、ハニービーによって熟成されたアルラウネの蜜ともなれば効果は絶大なはずである。それでも彼に効果が表れないのは、やはり壺や目張りの方に効果を抑える魔術が用いられているのだろう。
レノークスの街は人間と魔物が共存するようになって、長いとは言えないがそれなりの歴史がある。とはいえ、魔物がわざわざ誘惑の効果を打ち消す魔術を開発し用いることはまずない。おそらく壺に用いられている魔術はエルメリアによるものであり、その腕は素晴らしいの一言に尽きる。少なくとも彼は、エルメリア以上の人間の魔術師を知らない。
「カイ君、これ箱に入れて置いといて」
エルメリアは彼にそう言うと、階段を昇って二階へ行った。
夜色魔法堂は一階に店や倉庫、二階に居間と炊事場やトイレ、三階に風呂場と寝室がある。驚くべきは個人規模の建物に風呂があり、しかも一般的な蒸し風呂ではなく浴槽であることだ。エルメリア曰く「お風呂と寝室が離れてるなんて有り得ない」とのことだが、彼は純粋に利便性から逆に有り得ないとの感想を持った。しかし彼女はどういう魔術を使っているのか、ほぼ即座に浴槽へ湯を張るのである。当初その様を見た時、彼は阿呆のように口を開けたまま唖然とし、彼女に笑われた。
時間は昼をいくらか前に過ぎたくらいなので小腹が空いたのだろうと思い、何を言っても無駄だと理解している彼は壺を手にとって裏の倉庫へと引き返す。エルメリアはこの店の店主ではあるが商人という訳ではなく、商売そのものに力を入れている訳でもない。そのため不定期に様々な理由を付けて店を開けなかったりする彼女である。小腹を満たすために店から離れる程度ならばむしろ歓迎と言えるのだ。何故なら普段は店を開けていても少し客が来ないだけで「暇だ」と言って店を出て行くくらいなのだから。そんな彼女に弟子入りしたのだから当然の苦労と彼は割り切っている。
倉庫にある机の上に適当な木材を置き、その上に蜜の入った壺を置く。そうして彼は意識を集中させる。
彼がエルメリアに弟子入りした理由は、その魔術の腕である。彼は元々この街の人間ではなく、「凄腕の魔術師がいる」という噂を耳にしてレノークスへ訪れた。そうしてエルメリアに出会い、外見年齢と性別に驚き、しかしその魔術の腕を目の当たりにして一も二もなく弟子入りしたのである。
彼は元々レノークスの人間ではないが、魔術師としての研究や知識から魔物の習性や生態などをある程度知っていることもあって、レノークスの街を(驚きこそすれ)比較的簡単に受け入れた。人間が用いる魔術の用途の一つとして「魔物を討つ」というものがあることを常識とする社会で育った彼は、始め魔物と共存する街で魔術を教わるために弟子入りすることに若干の違和感のようなものを感じていた。しかし、レノークスで幾日か過ごした時にはそのような感覚は消え失せていた。
通常、人間の社会にはこの世界の創造主であるとされる主神を崇める宗教団体の影響を強く受けている。その教義は人としての正しい生き方を説いており、快楽やその他の欲望に溺れる事無く、高潔に生きる事こそが美徳とされている。そのため教団は快楽に溺れ人間を堕落させる魔物を強く敵対視しており、「魔物は悪である」と説くのみならず、真実を隠し「魔物は人を殺し喰らう」と人間に広める。多くの人間は教団の教えを疑いもせず信じているが、一部の人間はその内容が真実ではないことを知っている。人によるが、魔術師もその一部だ。それでなくとも、近年では魔物との共存の道を選ぶ国もあるという。
ある意味ではレノークスもその一つなのだろうが、レノークスは国というより自由都市に近い。そのためか人間も魔物も無宗教であることがほとんどで、特定の宗教への入信を強制されることはない。またこの街の歴史的背景も含めて、レノークスに教団の権威は届かない。
「(箱…箱…と)」
彼の魔術によって、机に置かれた木材はその形を変えた。
エルメリアはこの壺を「箱に入れて」と言っていた。その理由はおそらく、蜜の甘い匂いが他の商品に移るからだろう(ただ嫌がられることはないだろうなと彼は思う)。しかし壺より大きい箱に入れると余計な隙間が出来てしまい、ふとした拍子に壺が割れてしまう可能性がある(当然だが壺より小さい箱に入れるなど論外である)。通常だと出来た隙間に藁などを詰めるのだが、生憎とこの店には藁どころか出来合いの箱すら置いてない。つまり彼女は「壺に合う箱を作り、その箱に入れて保管しろ」と言ったのだ。
壺の下にある木材は壺を中心に直方体へと形を変え、やがて継ぎ目のない縦長の箱となる。完璧な密閉性を誇る箱なので、匂いが漏れることはまずない。また、外見からは分からないが内部には壺が揺れないような工夫が施されており、例え箱を振ったとしても(蜜が揺れる音はするだろうが)壺と箱がぶつかる音はしないだろう。これを他の客に渡す際には、上部を着脱可能な蓋に変えて渡すのだ。
箱に(魔術によって)掘るという形で内容物を書き記して、彼は店番のために倉庫を出る。
彼はエルメリアに魔術を教わるため弟子入りしているが、既に高い技術を習得している魔術がある。それが「物質を操る魔術」で、質量や性質を変化させるのは難しくも可能な上、先の箱のように形状を変化させるだけならば容易と言えるほどの腕を持つ。だが、それは彼がこの魔術を専門としていた結果で、逆にこれ以外の魔術はまるで駄目なのだ。そんな中、あらゆる魔術を極めて高い水準で操る彼女を見てそれだけの技術を人間が得ることは不可能ではないと知り、自らその領域に到達すべく日夜長くも深く険しい魔術の道を進む…はずだった。しかし、エルメリアに弟子入りしてからと言うもの、家事や店の手伝いばかりで魔術の修行などまるでない。それどころか…
カランカラン…
丁度彼がカウンターに着くか否かといったタイミングで、表の通りに面した店の扉が開く。
「いらっしゃいませ」
努めて愛想良く接客したのだが、相手は男の声に驚いたのか店内に入ることもなく立ち去ってしまった。一瞬見た限りでは、人間の女性のようだった。
この店の主な商品は淫らな目的に使われるアイテムや魔法薬だが、それらは何も直接快感を得たり異性を誘惑したりする物ばかりではなく、扇情的な衣服や装飾品、体を美しく磨き上げる各種美容品など、人間の女性も求める物は多い。それ故、時折人間の女性もお客としてこの店に訪れるのだが、慣れた人でもない限り男であるカイが接客すると、良くて気まずい雰囲気を作り、悪ければ先ほどのように驚いて逃げてしまう。
半ばどうしようもないと分かってはいても、彼の口からは溜め息が漏れる。
「あ〜、カイ君が女の人を苛めてる〜」
階段の上から聞こえる楽しげな師匠の声に、彼は視線だけで答える。
クスクスと笑いながら階段を下りてきたエルメリアは、カイの近くまで来るとわざとらしく微妙な距離をとって意地悪な笑みを浮かべた。
「へ〜? カイ君ってそういう趣味な人だったんだ〜?」
首を可愛らしげに傾けつつ上目遣いで言うと、彼女はまたクスクスと笑う。
彼は深呼吸のように大きく息を吸い、俯くようにして大きな溜め息を吐いた。
レノークスの夜は早い。酒場や宿屋などの一部を除くほとんどは、空が赤く染まる頃には店を閉める。理由は言わずもがな。
夜色魔法堂も(その名に反して)例に漏れず、店を閉めるのは早い。店舗と住居が同じなので外出でもしていない限り帰宅ということもない。
この日もいつも通り、カイが夕食を作り二人で食べていた。
普通は店が閉まる前に夕食の材料を買って帰るといった手順が踏まれるが、彼らはその限りでない。一々外に出るのが面倒だという理由で、エルメリアはジパングに伝わる氷室という施設と同じ効果のある、常に冷気を湛えた箱を作ったのだ。本当にどれだけの知識と技術を持つのかと思うが、カイは既に考えるのを放棄している。
夕食後、カイは食器を洗い、エルメリアは風呂に入る。食器を洗い終えたカイが三階に上がると、エルメリアは既に風呂から上がっていることが多く、この日も寝台に腰掛けカイに扇情的な笑みと欲情した目を向けている。
女性は精を生み出す力が弱い。無論エルメリアも例外ではないが、彼女はサキュバスのように男から精を得ることでこれを補っている。行動だけ見ると魔物と変わらないどころか、外見や能力から魔女と誤解されることも多いが、彼女は人間である。
魔術を行使するのに必要な力を得るため、定期的に精を摂らなければならないと言い、毎日彼と夜を楽しむのである。
その目が早くしろと急かしていることを読み取った彼は、服を脱ぎ彼女の側へ寄る。手が届く範囲まで近寄ると思い切り首に抱き付かれ、彼は寝台へ引き倒された。
「んっ…はぁ…んんっ…」
激しい水音を響かせながら、エルメリアはカイとの口付けを貪る。吐息は熱く、白い肌は朱に染まり、全身を密着させながらも足りないと言わんばかりに舌を伸ばす彼女に、カイも応える。舌を絡め、唇を唇で挟み、唾液をすする。両腕をエルメリアの腰と背に回し、より強く肌を合わせる。
顔を離すと撹拌され白く濁った唾液が線を引き、彼女の口元に落ちる。陶酔した表情もあって、それは彼の心臓を強く高鳴らせた。
彼は再び顔を近づけると、今度は耳を食むように口付けつつ胸元に手を伸ばす。わざと大きな水音を鳴らしながら耳を舐め、胸に手を置くと掌にわずかな膨らみの、しかし確かな柔らかさと共に硬い抵抗を感じる。耳から口を離し熱い息を吐きかけると同時に、掌を浮かせ硬い突起にのみ円を描くように触れる。
「んっ!」
エルメリアから大きな嬌声を引き出したのち、今度は首筋に舌を這わせ胸の突起を触れるか触れないかの加減で摘むように撫で、逆の手では掌全体を使って腰骨辺りを愛でる。
「ねぇ…お願い…」
しばらく全身を、しかし一部以外を愛撫していると、エルメリアは媚びるような声を出した。彼が体を離すと、彼女は足を大きく開き、自らの欲望に濡れた秘所を露わにする。
「お願い…」
彼女はその体勢のまま、もう一度求めた。
カイは昂った自らの剛直を濡れた花弁に近付け、擦り付ける。意識的に角度を付けて淫核を刺激し、遊ぶように卑猥な水音を鳴らす。エルメリアはついに我慢の限界を迎えたのか、カイの首に腕を回し強く抱き締めた。
彼はそれに応えるように剛直の先端を濡れそぼり開いた花弁へ宛がい、腰を落とした。
「あぁっ!」
一気に最奥へ剛直を捻じ込むと同時に、彼女は一際大きな声を上げた。しかし、彼はそのまま快感と歓喜に戦慄く秘肉を擦り上げるように剛直を引き抜き、しかし離れる寸前で向きを変え、再び彼女の最奥へ口付ける。
深く突き上げ、浅く抉り、捏ね回し、激しく存在を主張する胸の突起へ口付け、舐め回し、舌で弾き、すすり、甘噛み、手は彼女の腰を引き寄せ、腿を撫でる。
身を焦がす快感は熱となって、増し続ける興奮は思考を白く染める。 エルメリアは悲鳴とも絶叫とも聞こえる悦楽に鳴き、カイは獣欲を解き放つ。
余韻に震える二人は互いの温度を肌と粘膜で感じながら抱き合い、一度熱く口付ける。
体を離した二人は、そのまま眠りに落ちた。
朝日が昇り、窓から光が射し込む。
カイは上半身を起こし、大きく伸びをすると、隣で眠る幸せそうなエルメリアの寝顔を見て寝台から出る。その気配に目を覚ましたのか、エルメリアは身動ぎして目を開けるとその体勢のままカイに微笑んだ。
「おはよう」
二人は風呂に入り、簡単な朝食を摂り、エルメリアは店の準備を、カイは洗濯を始めた。
今日もまた、一日が始まる。
若い女性の声に続き、扉に付けられた鐘の音が聞こえた。奥の部屋で商品の整理をしていた少年は手を止め、カウンターにいる店主に声をかける。
「お客さんですか?」
問いつつも、少年は彼女の言葉からお客が来ていたことと、商品が売れたことを推測する。
「そっ、お客さん」
返ってきた声が弾んでいたことから、少年は自分の推測が正しかったことを知る。彼の師匠であり、この「夜色魔法堂」の店主である女性「エルメリア」は、人間の商人を客として認識しない。加えて、主な商品が淫らな行為を楽しむためのアイテムであることと彼女の台詞から、相手は十中八九魔物であると予測出来る。そして、相手のお客が魔物であるならば、金銭取引よりは物々交換の可能性が高いことを彼は知っている。
交換したであろう物を確認すべく、彼は表の店内への扉を開ける。すると、ほのかに甘い香りが彼の鼻をくすぐった。
「これは…蜜ですか?」
裏の倉庫から出た彼は、受け付け用の机に置かれた壺を見るまでもなく聞いた。裏から表へ回り込み見ると、壺には蓋があるどころか目張りで封が為されている。それでも店中に広るだけの甘い香りを、壺は放っているということだろう。
「そう。それも熟成済み♪」
エルメリアは微笑みながら壺に手を置く。彼の言う蜜とは、巨大な花弁に包まれた美しい女性の姿を持つ「アルラウネ」という植物型の魔物が作る蜜のことで、甘い香りのするアルラウネの蜜には強力な媚薬や精力増強の効果があるのだが、「ハニービー」という昆虫型の魔物によって熟成されることにより効果や香りが高まるのである。
目張りに効果を抑える魔術を付与しているのか、甘い香りはするものの特段心惑わされる感覚はない。というのも、本来この蜜は男を惑わし誘うためのものであり、通常ならばその匂いを嗅いだだけで発情を促す効果があるのだ。
彼はエルメリアによって魔物の放つ誘惑の魔力や魔法に対抗するための魔術がかけられているため、通常の人間に比べると極めて高い抵抗力を持つ。しかし、それはあくまでも抵抗であり、通常無効化させるには至らない。弱い魔力なら無効化させることもできるだろうが、ハニービーによって熟成されたアルラウネの蜜ともなれば効果は絶大なはずである。それでも彼に効果が表れないのは、やはり壺や目張りの方に効果を抑える魔術が用いられているのだろう。
レノークスの街は人間と魔物が共存するようになって、長いとは言えないがそれなりの歴史がある。とはいえ、魔物がわざわざ誘惑の効果を打ち消す魔術を開発し用いることはまずない。おそらく壺に用いられている魔術はエルメリアによるものであり、その腕は素晴らしいの一言に尽きる。少なくとも彼は、エルメリア以上の人間の魔術師を知らない。
「カイ君、これ箱に入れて置いといて」
エルメリアは彼にそう言うと、階段を昇って二階へ行った。
夜色魔法堂は一階に店や倉庫、二階に居間と炊事場やトイレ、三階に風呂場と寝室がある。驚くべきは個人規模の建物に風呂があり、しかも一般的な蒸し風呂ではなく浴槽であることだ。エルメリア曰く「お風呂と寝室が離れてるなんて有り得ない」とのことだが、彼は純粋に利便性から逆に有り得ないとの感想を持った。しかし彼女はどういう魔術を使っているのか、ほぼ即座に浴槽へ湯を張るのである。当初その様を見た時、彼は阿呆のように口を開けたまま唖然とし、彼女に笑われた。
時間は昼をいくらか前に過ぎたくらいなので小腹が空いたのだろうと思い、何を言っても無駄だと理解している彼は壺を手にとって裏の倉庫へと引き返す。エルメリアはこの店の店主ではあるが商人という訳ではなく、商売そのものに力を入れている訳でもない。そのため不定期に様々な理由を付けて店を開けなかったりする彼女である。小腹を満たすために店から離れる程度ならばむしろ歓迎と言えるのだ。何故なら普段は店を開けていても少し客が来ないだけで「暇だ」と言って店を出て行くくらいなのだから。そんな彼女に弟子入りしたのだから当然の苦労と彼は割り切っている。
倉庫にある机の上に適当な木材を置き、その上に蜜の入った壺を置く。そうして彼は意識を集中させる。
彼がエルメリアに弟子入りした理由は、その魔術の腕である。彼は元々この街の人間ではなく、「凄腕の魔術師がいる」という噂を耳にしてレノークスへ訪れた。そうしてエルメリアに出会い、外見年齢と性別に驚き、しかしその魔術の腕を目の当たりにして一も二もなく弟子入りしたのである。
彼は元々レノークスの人間ではないが、魔術師としての研究や知識から魔物の習性や生態などをある程度知っていることもあって、レノークスの街を(驚きこそすれ)比較的簡単に受け入れた。人間が用いる魔術の用途の一つとして「魔物を討つ」というものがあることを常識とする社会で育った彼は、始め魔物と共存する街で魔術を教わるために弟子入りすることに若干の違和感のようなものを感じていた。しかし、レノークスで幾日か過ごした時にはそのような感覚は消え失せていた。
通常、人間の社会にはこの世界の創造主であるとされる主神を崇める宗教団体の影響を強く受けている。その教義は人としての正しい生き方を説いており、快楽やその他の欲望に溺れる事無く、高潔に生きる事こそが美徳とされている。そのため教団は快楽に溺れ人間を堕落させる魔物を強く敵対視しており、「魔物は悪である」と説くのみならず、真実を隠し「魔物は人を殺し喰らう」と人間に広める。多くの人間は教団の教えを疑いもせず信じているが、一部の人間はその内容が真実ではないことを知っている。人によるが、魔術師もその一部だ。それでなくとも、近年では魔物との共存の道を選ぶ国もあるという。
ある意味ではレノークスもその一つなのだろうが、レノークスは国というより自由都市に近い。そのためか人間も魔物も無宗教であることがほとんどで、特定の宗教への入信を強制されることはない。またこの街の歴史的背景も含めて、レノークスに教団の権威は届かない。
「(箱…箱…と)」
彼の魔術によって、机に置かれた木材はその形を変えた。
エルメリアはこの壺を「箱に入れて」と言っていた。その理由はおそらく、蜜の甘い匂いが他の商品に移るからだろう(ただ嫌がられることはないだろうなと彼は思う)。しかし壺より大きい箱に入れると余計な隙間が出来てしまい、ふとした拍子に壺が割れてしまう可能性がある(当然だが壺より小さい箱に入れるなど論外である)。通常だと出来た隙間に藁などを詰めるのだが、生憎とこの店には藁どころか出来合いの箱すら置いてない。つまり彼女は「壺に合う箱を作り、その箱に入れて保管しろ」と言ったのだ。
壺の下にある木材は壺を中心に直方体へと形を変え、やがて継ぎ目のない縦長の箱となる。完璧な密閉性を誇る箱なので、匂いが漏れることはまずない。また、外見からは分からないが内部には壺が揺れないような工夫が施されており、例え箱を振ったとしても(蜜が揺れる音はするだろうが)壺と箱がぶつかる音はしないだろう。これを他の客に渡す際には、上部を着脱可能な蓋に変えて渡すのだ。
箱に(魔術によって)掘るという形で内容物を書き記して、彼は店番のために倉庫を出る。
彼はエルメリアに魔術を教わるため弟子入りしているが、既に高い技術を習得している魔術がある。それが「物質を操る魔術」で、質量や性質を変化させるのは難しくも可能な上、先の箱のように形状を変化させるだけならば容易と言えるほどの腕を持つ。だが、それは彼がこの魔術を専門としていた結果で、逆にこれ以外の魔術はまるで駄目なのだ。そんな中、あらゆる魔術を極めて高い水準で操る彼女を見てそれだけの技術を人間が得ることは不可能ではないと知り、自らその領域に到達すべく日夜長くも深く険しい魔術の道を進む…はずだった。しかし、エルメリアに弟子入りしてからと言うもの、家事や店の手伝いばかりで魔術の修行などまるでない。それどころか…
カランカラン…
丁度彼がカウンターに着くか否かといったタイミングで、表の通りに面した店の扉が開く。
「いらっしゃいませ」
努めて愛想良く接客したのだが、相手は男の声に驚いたのか店内に入ることもなく立ち去ってしまった。一瞬見た限りでは、人間の女性のようだった。
この店の主な商品は淫らな目的に使われるアイテムや魔法薬だが、それらは何も直接快感を得たり異性を誘惑したりする物ばかりではなく、扇情的な衣服や装飾品、体を美しく磨き上げる各種美容品など、人間の女性も求める物は多い。それ故、時折人間の女性もお客としてこの店に訪れるのだが、慣れた人でもない限り男であるカイが接客すると、良くて気まずい雰囲気を作り、悪ければ先ほどのように驚いて逃げてしまう。
半ばどうしようもないと分かってはいても、彼の口からは溜め息が漏れる。
「あ〜、カイ君が女の人を苛めてる〜」
階段の上から聞こえる楽しげな師匠の声に、彼は視線だけで答える。
クスクスと笑いながら階段を下りてきたエルメリアは、カイの近くまで来るとわざとらしく微妙な距離をとって意地悪な笑みを浮かべた。
「へ〜? カイ君ってそういう趣味な人だったんだ〜?」
首を可愛らしげに傾けつつ上目遣いで言うと、彼女はまたクスクスと笑う。
彼は深呼吸のように大きく息を吸い、俯くようにして大きな溜め息を吐いた。
レノークスの夜は早い。酒場や宿屋などの一部を除くほとんどは、空が赤く染まる頃には店を閉める。理由は言わずもがな。
夜色魔法堂も(その名に反して)例に漏れず、店を閉めるのは早い。店舗と住居が同じなので外出でもしていない限り帰宅ということもない。
この日もいつも通り、カイが夕食を作り二人で食べていた。
普通は店が閉まる前に夕食の材料を買って帰るといった手順が踏まれるが、彼らはその限りでない。一々外に出るのが面倒だという理由で、エルメリアはジパングに伝わる氷室という施設と同じ効果のある、常に冷気を湛えた箱を作ったのだ。本当にどれだけの知識と技術を持つのかと思うが、カイは既に考えるのを放棄している。
夕食後、カイは食器を洗い、エルメリアは風呂に入る。食器を洗い終えたカイが三階に上がると、エルメリアは既に風呂から上がっていることが多く、この日も寝台に腰掛けカイに扇情的な笑みと欲情した目を向けている。
女性は精を生み出す力が弱い。無論エルメリアも例外ではないが、彼女はサキュバスのように男から精を得ることでこれを補っている。行動だけ見ると魔物と変わらないどころか、外見や能力から魔女と誤解されることも多いが、彼女は人間である。
魔術を行使するのに必要な力を得るため、定期的に精を摂らなければならないと言い、毎日彼と夜を楽しむのである。
その目が早くしろと急かしていることを読み取った彼は、服を脱ぎ彼女の側へ寄る。手が届く範囲まで近寄ると思い切り首に抱き付かれ、彼は寝台へ引き倒された。
「んっ…はぁ…んんっ…」
激しい水音を響かせながら、エルメリアはカイとの口付けを貪る。吐息は熱く、白い肌は朱に染まり、全身を密着させながらも足りないと言わんばかりに舌を伸ばす彼女に、カイも応える。舌を絡め、唇を唇で挟み、唾液をすする。両腕をエルメリアの腰と背に回し、より強く肌を合わせる。
顔を離すと撹拌され白く濁った唾液が線を引き、彼女の口元に落ちる。陶酔した表情もあって、それは彼の心臓を強く高鳴らせた。
彼は再び顔を近づけると、今度は耳を食むように口付けつつ胸元に手を伸ばす。わざと大きな水音を鳴らしながら耳を舐め、胸に手を置くと掌にわずかな膨らみの、しかし確かな柔らかさと共に硬い抵抗を感じる。耳から口を離し熱い息を吐きかけると同時に、掌を浮かせ硬い突起にのみ円を描くように触れる。
「んっ!」
エルメリアから大きな嬌声を引き出したのち、今度は首筋に舌を這わせ胸の突起を触れるか触れないかの加減で摘むように撫で、逆の手では掌全体を使って腰骨辺りを愛でる。
「ねぇ…お願い…」
しばらく全身を、しかし一部以外を愛撫していると、エルメリアは媚びるような声を出した。彼が体を離すと、彼女は足を大きく開き、自らの欲望に濡れた秘所を露わにする。
「お願い…」
彼女はその体勢のまま、もう一度求めた。
カイは昂った自らの剛直を濡れた花弁に近付け、擦り付ける。意識的に角度を付けて淫核を刺激し、遊ぶように卑猥な水音を鳴らす。エルメリアはついに我慢の限界を迎えたのか、カイの首に腕を回し強く抱き締めた。
彼はそれに応えるように剛直の先端を濡れそぼり開いた花弁へ宛がい、腰を落とした。
「あぁっ!」
一気に最奥へ剛直を捻じ込むと同時に、彼女は一際大きな声を上げた。しかし、彼はそのまま快感と歓喜に戦慄く秘肉を擦り上げるように剛直を引き抜き、しかし離れる寸前で向きを変え、再び彼女の最奥へ口付ける。
深く突き上げ、浅く抉り、捏ね回し、激しく存在を主張する胸の突起へ口付け、舐め回し、舌で弾き、すすり、甘噛み、手は彼女の腰を引き寄せ、腿を撫でる。
身を焦がす快感は熱となって、増し続ける興奮は思考を白く染める。 エルメリアは悲鳴とも絶叫とも聞こえる悦楽に鳴き、カイは獣欲を解き放つ。
余韻に震える二人は互いの温度を肌と粘膜で感じながら抱き合い、一度熱く口付ける。
体を離した二人は、そのまま眠りに落ちた。
朝日が昇り、窓から光が射し込む。
カイは上半身を起こし、大きく伸びをすると、隣で眠る幸せそうなエルメリアの寝顔を見て寝台から出る。その気配に目を覚ましたのか、エルメリアは身動ぎして目を開けるとその体勢のままカイに微笑んだ。
「おはよう」
二人は風呂に入り、簡単な朝食を摂り、エルメリアは店の準備を、カイは洗濯を始めた。
今日もまた、一日が始まる。
11/03/29 09:23更新 / 魁斗
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