連載小説
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再会
 フィーナはついに、レスカティエにたどり着いた。あの忌まわしき反魔物領マリスから、はるばると女の身一つでシグレの後を追って来たのだ。今さらシグレと逢ったところで、許されるはずが無い。その事は、フィーナが一番よく知っている。

 それでも、フィーナはシグレに逢いたかった。彼がフィーナの目の前から居なくなり、改めて気付いた想いがあった。シグレに全てを知られたあの時、彼の後を追おうとしたが、足が動かなかった。後からシグレを追いかけたものの、既に彼はマリスから姿を消していた。

 空しく街を彷徨うたび、フィーナは自分自身をなじった。一時の快楽に溺れ、好きでも無いヤリチンに純潔を捧げた自分自身を蔑んだ。失って初めて分かる、恋人の大切さ。シグレと結ばれていた頃は、彼が傍に居ないことに不満を感じ、それどころかシグレの愛情をも疑っていた。シグレが誰の為に遠く一人で頑張っているかを、考えもしなかった。シグレが居たからこそ、フィーナも安心して暮らせたのだ。

 しかし、フィーナは寂しさにかまけてシグレを裏切った。彼が居なくなって初めて、フィーナは自分の罪深さを自覚した。人の欲は際限の無いものである。フィーナもまた快楽に走り、際限無き肉欲に溺れていったのだ。

 自分は汚い人間である。そうやってシグレを傷つけておきながら、罪を償うどころか我が身可愛さに逃げ出してしまうばかり。牢屋の前で殺到する群衆を見た時も、処刑場でシグレの感情の無い視線に射抜かれたときも、身が竦んで何も出来なかった。謝罪の言葉も、シグレへの想いも、何も伝えられなかった。そもそも、シグレの視線がそれを許さなかった。

 その一方で、甲斐甲斐しくシグレを解放する、もう一人の自分。フィーナは、取り返しのつかない事をしてしまったのだ。彼女がシグレの傍に居る資格は、無い。

 それでも、フィーナはシグレを諦め切れなかった。たとえ自分自身の愚かな行為で破滅に陥ったとしても、それで終わりにはしたくなかった。どうしても、シグレを諦められないのだ。シグレを失いたくない。彼女の心には、そのような想いが渦巻いていた。

 もう、フィーナの心に迷いは無い。もう一度、シグレに逢いたい。たとえ罵倒されるとしても、殴られるとしても、いや、最悪殺される事になっても良かった。なぜなら、シグレが居ない生活の方がよほど辛いと知ったから。我が身可愛さで自己を守っても、結局はシグレとの生活に代えられないのだ。罵倒され、殴られ蹴られ、殺されたとしても、彼女はそれを甘んじて受け入れる。そして、もし許されるなら、シグレを一心に愛するだけである。

 自分の殻に閉じこもって泣いたところで、状況は何も変わらない。そんな事は、もう飽きるほどやった。だからフィーナはシグレの元へと向かう。もう自分は迷わない。フィーナは一歩一歩、シグレの元へと近づいていった。


*****


 シグレは現在、レスカティエの警備兵として勤務していた。しかし、インキュバス化して身体が修復されたとはいっても、剣の腕前はかなり落ちていた。

 では何故シグレは再び警備兵に就いたのか。それは、ルカにばかり苦労をかけたくなかったからである。

 レスカティエに辿り着いて以来、ルカとシグレは一緒に住むようになっていた。その頃はシグレもまだ身体の機能が破壊された状態で、動く事もままならなかった時である。そんな状態では、稼ぐ事もできない。だからルカが仕立て屋で働きながらシグレを養っていたのである。だが、ルカの収入だけではギリギリなのだ。それに加えて将来子供がデキるとなると、先立つものは必要である。

 それに、身体が治った以上、いつまでもルカのヒモのような生活を送るわけにはいかない。だが、かつては聖騎士として戦いの生活ばかりだったシグレには、学もスキルも無い。幼い頃から教会によって戦闘要員として育てられ、剣を振るう事しかしてこなかったのだ。そんなシグレには、戦い以外の仕事が勤まるわけが無い。結局は、警備兵という仕事にしか行き着く先は無かった。

 警備と言っても、様々な仕事がある。都市の入り口の検問や街中の見回り、そして有事には自衛部隊として都市を守る重要な役割である。特にここレスカティエは元々は反魔物領の総本部となっていた都市であり、そのため周辺の反魔物領の人々にとって聖地とされてきた場所である。デルエラが占拠して以来、聖地を奪還しようと周辺の反魔物同盟の軍が絶えずレスカティエを狙っているのだ。命の危険がある分、給料も結構はずんでいた。まあ、実際に戦闘を行うのはデルエラの親衛隊であるデュラハンたち魔物娘の役目だが。

 シグレが現在担っているのは、都市の入り口の検問である。都市に入る者を尋問し、反魔物領の者が入り込まないように見張り、有事には狼煙や銅鑼を鳴らしていち早く異変を知らせる重要な役目である。と言っても、役目そのものは難しくない。都市に来る人々の内、魔物娘は当然スルーし、魔物娘を含む団体ならば無条件で都市への入場を許す。注意すべきは人間のみの場合だけである。その検査も難しくない。やって来た者には主神の踏絵というものをやってもらうのである。

 主神教は厳しい制約があり、どのような理由でも主神を貶めるような行為は禁止されている。もし踏絵で主神を踏みつけようものなら、厳しい天罰が待ち受けているのである。これなら簡単に反魔物の人かどうかを見分けられる。そして、それに引っかかる者は今まで皆無であった。この日も、平和そのものであった。特に何の問題もなく、シグレは同僚と交代して仕事を切り上げる。少し空き時間が出来た彼は、周辺をぶらぶら散策する。

 この都市に生きる人々は皆、活気に溢れていて平和そのものである。問題行動といえば、所構わず公然と人前でセックスしまくっているカップルの存在くらいだろうか。だが、その行動を咎める気にはならない。見回り担当の警備兵も、その公然とした猥褻行為を見逃しているのである。都市の人々も非難どころか、そのラブラブぶりを逆に微笑ましく見ているのである。

 かつてシグレが居たマリスとは、何もかも雰囲気が違った。マリスでは主神教のもと厳しい制約が住民を締め付けていた上に、民から搾り取った血税で教会が富貴を独占し、貧富の差が激しかった。裏路地に行けば浮浪者が転がっており、一歩進めば男は一瞬で喧騒に巻き込まれ、女性は容赦なく犯され、最悪の場合行方が知れなくなる。

 その腐敗ぶりを何度も目にしているだけに、シグレはレスカティエに来た当初はかなり驚いたものである。裏路地はカップルの逢引場所であり、一歩進めばどのような独身の男女も恋人が出来るとさえ言われている場所があるほどである。そして、日常の事件といえば、痴話喧嘩くらいであろうか。

 数ヶ月前ならば、このような生活は想像もできなかった。女性全てを疑い、他人を恨み、全てを投げ捨てていた。そんなシグレの心を救ったのは、間違いなくルカ。彼女のおかげで、もう一回生きようという気になったのだ。

 シグレはルカを思い出すと、早く家に帰りたくなった。彼は街中の散策を切り上げて、足早に家路へと向かう。早く帰って、ルカとイチャイチャしたい。いや、まだ夜までに時間があるのだから、街中でデートするのも良いだろう。そんな人並みの感情を胸に秘めながら、シグレは歩を進める。



 そして、家が近づいていた頃、シグレは出逢った。

「ルカ、こんな所でどうし……た?」
 家の近所に佇む女性。シグレは最初はルカだと思ったが、よく考えればすぐにそうではない事が分かった。最近のルカは化けずに幼い姿で居る事が多い。その姿でシグレと結ばれた以上、今さら化ける必要は無いのだ。

 そう、目の前の女は、ルカではなかった。その戸惑ったような、躊躇ったような、やつれたような表情が、全てを物語っていた。

「シグレ……逢いたかった……」

 そう、全ての元凶である女、フィーナだった。
16/01/24 09:04更新 / 香炉 夢幻
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