連載小説
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かつての過ち
 ルカは一人、反魔物都市マリスへと向かっていた。そこに、シグレが囚われているのである。

 シグレが捕縛され、マリスに護送されて以降、彼女はしばらく泣き暮らす日々を送っていた。しかし、泣いてばかりでは状況は何一つ変わらない。彼女はシグレを取り戻すべく、一人で旅をしていた。

 女の一人旅ほど危険な物は無い。それでも、一度決めたら彼女に躊躇いは無い。シグレと永遠に引き離される事を考えれば、多少の危険など怖くない。

(……シグレさんは、私が助けますっ!)

 たとえ拒絶されようとも、愛する相手を必ず救い出す。そして、その凍てついた心を溶かし、彼に愛情の素晴らしさを感じさせてあげたい。ルカはそのような想いでいっぱいである。

 正直に言えば、彼女にはシグレを救う策などありはしない。それでも、どうにかしてあげたい。その想い一つで彼女は歩いていく。


 そんなルカの前に、不意に現れる一人の魔物娘。

「もうっ、勝手に飛び出して……一言くらい何か言ってよね」

 それは、アリアという一人のリリムであり、イェルスでシグレと同僚であった者の妻であった。シグレとその同僚が比較的親しかったので、その関係でルカも彼女とは面識があった。

「ご、ごめんなさい。でも私、どうしても居ても立っても居られなくて……」
「だからって、貴方一人で何が出来るの? 貴方だけじゃ反魔物国家で処刑されるのがオチよ」
「ううっ……」

 アリアに諭され、ルカは俯く。それでも、マリス行きを止めるつもりは無かった。

「……それでも、このまま何もせずにシグレさんを見殺しには出来ないですっ! このまま離れ離れになるくらいなら、死んだほうがマシですっ!」

 それでもルカは、きっぱりとアリアに宣言する。そのルカの決意に、アリアは満面の笑みを浮かべる。

「それだけの覚悟があるなら大丈夫ね。私たちも貴方に協力するわ」
「えっ、私“たち”って?」

 アリアの言葉に、ルカはきょとんとする。そんな彼女らのすぐ傍に、今度は別の魔物娘がいきなり現れる。

「あ、デルエラ姉さま!」
「アリア。その娘が、例の娘ね?」

 アリアに姉さまと呼ばれたその魔物は、アリアに声を掛ける。様子から察するに、どうやらアリアとその魔物は姉妹らしかった。というか、デルエラと言えば、あのレスカティエを陥落させたリリムである。その名を聞いて、ルカは驚きで目を丸くする。

「デ、デルエラって、まさか……」

 魔物娘の間では半ば伝説級ともなっているリリムを目の当たりにし、ルカは言葉を失った。


*****


 ルカがデルエラと遭遇したちょうど同じ頃、フィーナもシグレがぶち込まれた牢獄へと向かっていた。シグレを裏切っておいて今さら何をしに行くというのだろうか。

 今さら逢ったところで以前のような関係に戻れる訳がない。今さら謝ったところで許して貰える訳が無い。もっと言えば、シグレが処刑される運命は変わらない。それでも、彼女は一目でもシグレに逢いたいと思ったのだ。

 いや、逢うだけでなく、シグレの助命を嘆願しようと思ったのだ。シグレが処刑される原因を作ったのは、間違いなくフィーナなのだから。




 フィーナはかつて、シグレと婚約していた。それなのに、シグレの同僚の男に身体を許したのだ。

 シグレは聖騎士であり、それも腕利きだった為、遠征などに駆り出される事も多く、街から離れている事も珍しくは無かった。その寂しさや不満もあったのだろう、フィーナは友人に誘われて気晴らしにパーティに出た。そこで、あの男と出会ったのだ。

 その男は、しきりにフィーナの容姿を褒めそやし、歯の浮くような言葉を並べた。あまりにも大げさな物言いが少し可笑しかったが、フィーナは悪い気はしなかった。この時のフィーナは気付いていなかったのだ。この男がシグレに恨みを持ち、婚約者を堕とす事で笑いものにしようとしていたという事に。

 だが、フィーナは気付かなかったのだ。あまり遊び慣れておらず、男の口説き文句が新鮮に感じた。それに加えてシグレが居ない事への寂しさなどから、すっかり男に気を許してしまったのだ。そして何度かの邂逅の後、フィーナは男と寝た。

 それでも最初の頃は、さすがに罪悪感もあった。婚約者が祖国の為、遠征で街を離れている時に、自分は何をしているのか。フィーナは、過ちは一度きりにしようと誓ったのだ。だが、その過ちは一度では終わらなかった。男は、何度もフィーナの身体を求めたのだ。

 実は、フィーナにとってその男が初めてであった。最初は罪悪感があったものの、初めて肌を合わせた時の浮ついた感覚を思い出すと、再びそれを味わいたいという欲求に勝てなかったのだ。そして、何度か密会を重ねると、すっかりフィーナは浮気にハマってしまったのだ。それは、シグレが遠征から帰ってきた後も続いた。やはりシグレに悪い、もう止めなければと思ったのだが、今まで味わった事の無い甘美な愛撫を、すっかり身体が覚えてしまったのだ。婚約者に隠れて浮気するという背徳感や罪悪感が、かえって刺激になってしまったのだ。

 だが、そのような事もいつかは終わりが来る。フィーナの浮気が、シグレにバレたのだ。いや、男が自分からシグレにバラしたのだ。男は、シグレを精神的にどん底へと突き落とそうとしたのだ。そしてそれは、男の目論見どおりになった。好きだからこそなかなか手を出せず、今まで大事にしていた。そんな相手を、いともたやすく寝取られたのだ。シグレの絶望はあまりに大きなものであった。

 シグレに問い詰められた時、フィーナは泣いて許しを乞うた。だが、シグレは家を飛び出してしまった。もう二度とこんな事はしない。今さら誓ってももう遅いが、フィーナはシグレが出て行った家で待ち続けた。

 だが、シグレは帰ってこなかった。その代わり、シグレが例の男を斬り殺し、追手も数十人斬り殺して都市から脱出したという知らせが、彼女の元に届いた。

 そして、数ヵ月後にシグレが帰ってきた。逃亡先で捉えられ、傷つきやつれてかつての面影が消えてしまいそうな程にボロボロになって。




 シグレが此処まで堕ちてしまったのも、全てフィーナの責任である。彼女は助命嘆願をし、自分の罪に報いようと、牢獄へと足を運ぶ。だが、牢獄が見えてきた時、彼女は足を止めてしまった。

 牢獄の前に、人だかりが出来ている。それらは皆、シグレによって家族を斬られた者たちであった。彼らの罵声や怨嗟の声が、フィーナの心に突き刺さる。シグレの姿は見えないというのに、まるで目の前に敵が居るかのような彼らの様子。今にも牢獄の門を突き破りそうな勢いで、門番が必死に制御している。

 その様子を見たフィーナは、足がすくんでしまう。結局、彼女はシグレに逢わないまま足早に踵を返してしまった。まるで逃げるように。



 シグレ処刑まで、残り三日の出来事であった。
15/01/21 23:08更新 / 香炉 夢幻
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