血塗れ修道女
雄大に広がる山々の麓、針葉樹の森が黒々と広がっている。
今、森に刻まれた狭い道を1台の馬車が通っていた。
ガタゴトと揺れる御者台には2人の人物が座っている。
1人はやたら上機嫌な様子で饒舌をふるう中年の男。
もう1人は男の話に相槌を返す修道女(シスター)だった。
「いやあ、サズナック行きを命じられた時は
とんだ貧乏くじを引かされたもんだと思ったが」
御者である男は調子を取るように片手をヒラヒラさせた。
片手運転が何とも危なっかしい。
「こんな素敵な道連れができるとは神様も粋な計らいをしてくださる。
町に着いたら、教会へ寄付するのもいいかもしれないなっ」
彼は隣に座る清楚な修道女をチラチラと見ながらそう続けた。
「ええ、あなたの善意がきっと多くの方を救う事になるでしょう」
微笑を絶やさず修道女がそう頷く。
しかし、彼女の視線は曲がりくねった行く手を見据えたままだ。
「ところで、貧乏くじとは?」
「ああ、その話か…」
男は反射的にきょろきょろと周囲を見回した後、声を潜めて続ける。
「最近、サズナックの周辺で山賊が出るってもっぱらの噂なんだよ」
「まあ、怖い」
不安そうな言葉とは裏腹、修道女の瞳に昏い炎が瞬く。
「何、問題ないさ。連中もこんなシケた馬車は襲わんさ。
それにいざとなった銃もある」
男は明るい調子で御者台の脇に立てかけられた散弾銃を示す。
「それに俺たちには、きっと神様のご加護が…」
彼の言葉を遮る様に一発の銃声が響いた。
###############
肩を撃ち抜かれた男の身体が崩れる。
そして、コントロールを失った馬車が左右に振れた。
「どうっ! どうどうっ!」
修道女は素早く手綱をもぎ取ると、それを引き、馬を止める。
その拍子に馬車が激しく揺れ、男の身体が地面へと投げ出された。
「ううっ…」
かすかな呻き声。どうやら、まだ息はあるようだ。
彼女は息をつくと、ゆっくりと周囲を見渡した。
カツカツと蹄が土を蹴る音が幾つも響き、木々の間から馬に乗った男たちが姿を現す。
彼らが皆、拳銃や長銃を携えているのが見えた。件の山賊に間違いないだろう。
前から3、後ろから2。合計で5人の男が馬車を取り囲んだ。
「驚かせてすみませんね、シスター」
前方から現れた男の1人が手にした拳銃を誇示しつつ、親しげにそう話しかけてくる。
「連れの男が物騒なモノを持っていたもんで、先に始末させて貰いましたよ」
襲撃者は倒れた御者を冷たい目で見下ろす。
「俺達もノコノコ姿を現して、ズドンとやられたくないもんでね」
彼の冗談めかした言葉に仲間たちがドッと笑う。
「この馬車には貴方がたが望むような物は積まれていません」
修道女は毅然とした態度のまま、静かにそう言った。
確かに荷台に積まれているのは様々な雑貨、奪い取っても
かさばるばかりで旨みは少ない。しかし――。
「いやいや、そんな事はありませんよ。ちゃんと最高の獲物が載っていますとも」
嫌らしい目つきで彼女を嘗め回すように見ながら男が反論する。
「それはシスター、貴女自身ですよ」
男達がギラギラとした目で彼女を視姦する。
だぼっとした黒い修道服の上からでも判る成熟したカラダつき。
だが、男達の不快な視線に晒されながらも修道女は表情1つ変えない。
「我々はその…飢えていましてね。是非シスター、貴女に恵みをわけて欲しい」
「…いいでしょう」
彼女はゆっくりと御者台の上で立ち上がった。
「貴方がたには主の御慈悲が必要なようです」
修道女はそう言い放つと腰にあるホックを外した。
スカートの横側のスリットが開き、彼女の白い足が露になる。
「貴女は話が分かる女(ひと)だ」
男の言葉には答えず、修道女はスカートの中に右手を入れ、
流れるような動作で引き抜いた腕を胸の高さまで持ち上げた。
###############
「万人全てに訪れる神の救い。それは死よ…」
修道女の右手に握られていたのは鈍く輝く拳銃だった。
コルト・シングルアクション・アーミー。通称ピースメイカー。
すでに撃鉄は上がっている。
躊躇いなく引かれた引き金に彼女の相棒が短く吼えたッ!
初弾がお喋りな男の胸の上側を貫く。
気色ばんだ襲撃者達が銃を構えるよりも速く修道女の左手が跳ねるッ!
彼女の左手が撃鉄を4度弾き、弾が連続的に吐き出される。
その間、右手の引き金は引かれたまま。ファニングと呼ばれる早撃ちのテクニックである。
本来、狙いも何もない曲芸にすぎない技。
しかし、彼女は御者台の上、スピンしながら襲撃者たちを撃ち抜く。
響く5発の銃声。ワンテンポ遅れて、次々と男たちが馬の上から落ちた。
修道女は馬車から飛び降りるとうつ伏せに倒れた男へとゆっくりと近づいた。
その時、男の左手が伸び、彼女の足首を掴んだ。
「くそったれ…ッ!」
不意を打たれた修道女の反応が一瞬遅れる。
男の手には落馬しても離さなかったリボルバー。
震える手で引き金が絞られる。避けようのない致命的な間合。
一発の銃声。
事切れたのは倒れ伏した男だった。
修道女が視線を上げると、そこには硝煙たなびく拳銃を構えた男が立っていた。
彼女の視線と男の視線とが交錯する。
「余計な手助けだったかい?」
彼は修道女の手にある拳銃をチラリと見て、そう質問した。
「一応、礼は言っておくわ」
修道女は軽くなった拳銃をホルスターに捻じ込む。
暴発を警戒して、彼女は弾倉に5発しか装填していなかった。
修道女の心のこもっていない感謝でも、その青年は気にした風もなく、
地面に倒れたままの御者の方へと歩き出した。
###############
「おっさん、生きてるか?」
青年に敵意が無い事を見て取った修道女は彼から視線を外す。
そして、撃ち殺した男の傍にしゃがみ、胸元に手を添えた。
おもむろにシャツを引き裂く。ボタンが飛び、胸元が露になる。
(違う…)
苛立ちに心の中で舌打ちする。そして、次の男へ。
「何やってんだよ? おっさんの手当てが先だろうが!」
「うるさい。私に指図するな。……ええと」
青年の正論にますます彼女の苛立ちが増す。
そういえば、名前も聞いていなかった。さして興味も無いが。
「アッシュだ。アンタは?」
「マルガレーテ」
彼女は不機嫌そうにそう答えると青年―アッシュを無視して作業を進める。
彼もそれ以上は何も言ってこず、応急処置に専念していた。
「こっちは終わったぜ……って」
手早く処置を終え、頭を上げたアッシュが絶句する。
そこには襲撃者から剥ぎ取った拳銃やら長銃やらを担いだマルガの姿があった。
「…とんだ尼さんだせ」
「死体に銃は必要ないでしょ」
そっけなく答える彼女にアッシュは肩をすくめた。
###############
御者台に負傷した男を座らせ、その隣でアッシュが馬車を駆る。
マルガは襲撃者から奪った馬に乗り、馬車の前を進んでいた。
小1時間ほど森の道を辿って、ようやく視界が開けた。
ここまでくれば、サズナックまであとひと息だ。
しばらくして、一行は、かの町に到着した。
サズナックは典型的な西部の宿場町である。
東西を貫くメインストリートの両脇に旅人相手の様々な店が並んでいる。
彼女たちが入って直ぐの雑貨屋の前を通り過ぎようとした時、1人の老人と出会った。
「ビリー! ビリーじゃないか! どうしたんだ一体!?」
老人は通りに面した板張り歩道に置いた安楽椅子で揺られていた。
だが、彼は御者台でぐったりしている男を見つけ、驚いて立ち上がった。
「彼は山賊にやられたんだ。この町に医者はいるかい?」
アッシュは馬車を止め、老人にそう訊ねる。
マルガも馬を止め、無言で成り行きを見守っていた。
「ああいるとも。アル中だが、まだ日が高いから大丈夫だ。
直ぐに若いモンに呼びに行かよう」
そう言い残し、老人は店の中へと消えた。
「おおい、誰かドクを呼んで来てくれ! 大至急だ!」
今、森に刻まれた狭い道を1台の馬車が通っていた。
ガタゴトと揺れる御者台には2人の人物が座っている。
1人はやたら上機嫌な様子で饒舌をふるう中年の男。
もう1人は男の話に相槌を返す修道女(シスター)だった。
「いやあ、サズナック行きを命じられた時は
とんだ貧乏くじを引かされたもんだと思ったが」
御者である男は調子を取るように片手をヒラヒラさせた。
片手運転が何とも危なっかしい。
「こんな素敵な道連れができるとは神様も粋な計らいをしてくださる。
町に着いたら、教会へ寄付するのもいいかもしれないなっ」
彼は隣に座る清楚な修道女をチラチラと見ながらそう続けた。
「ええ、あなたの善意がきっと多くの方を救う事になるでしょう」
微笑を絶やさず修道女がそう頷く。
しかし、彼女の視線は曲がりくねった行く手を見据えたままだ。
「ところで、貧乏くじとは?」
「ああ、その話か…」
男は反射的にきょろきょろと周囲を見回した後、声を潜めて続ける。
「最近、サズナックの周辺で山賊が出るってもっぱらの噂なんだよ」
「まあ、怖い」
不安そうな言葉とは裏腹、修道女の瞳に昏い炎が瞬く。
「何、問題ないさ。連中もこんなシケた馬車は襲わんさ。
それにいざとなった銃もある」
男は明るい調子で御者台の脇に立てかけられた散弾銃を示す。
「それに俺たちには、きっと神様のご加護が…」
彼の言葉を遮る様に一発の銃声が響いた。
###############
肩を撃ち抜かれた男の身体が崩れる。
そして、コントロールを失った馬車が左右に振れた。
「どうっ! どうどうっ!」
修道女は素早く手綱をもぎ取ると、それを引き、馬を止める。
その拍子に馬車が激しく揺れ、男の身体が地面へと投げ出された。
「ううっ…」
かすかな呻き声。どうやら、まだ息はあるようだ。
彼女は息をつくと、ゆっくりと周囲を見渡した。
カツカツと蹄が土を蹴る音が幾つも響き、木々の間から馬に乗った男たちが姿を現す。
彼らが皆、拳銃や長銃を携えているのが見えた。件の山賊に間違いないだろう。
前から3、後ろから2。合計で5人の男が馬車を取り囲んだ。
「驚かせてすみませんね、シスター」
前方から現れた男の1人が手にした拳銃を誇示しつつ、親しげにそう話しかけてくる。
「連れの男が物騒なモノを持っていたもんで、先に始末させて貰いましたよ」
襲撃者は倒れた御者を冷たい目で見下ろす。
「俺達もノコノコ姿を現して、ズドンとやられたくないもんでね」
彼の冗談めかした言葉に仲間たちがドッと笑う。
「この馬車には貴方がたが望むような物は積まれていません」
修道女は毅然とした態度のまま、静かにそう言った。
確かに荷台に積まれているのは様々な雑貨、奪い取っても
かさばるばかりで旨みは少ない。しかし――。
「いやいや、そんな事はありませんよ。ちゃんと最高の獲物が載っていますとも」
嫌らしい目つきで彼女を嘗め回すように見ながら男が反論する。
「それはシスター、貴女自身ですよ」
男達がギラギラとした目で彼女を視姦する。
だぼっとした黒い修道服の上からでも判る成熟したカラダつき。
だが、男達の不快な視線に晒されながらも修道女は表情1つ変えない。
「我々はその…飢えていましてね。是非シスター、貴女に恵みをわけて欲しい」
「…いいでしょう」
彼女はゆっくりと御者台の上で立ち上がった。
「貴方がたには主の御慈悲が必要なようです」
修道女はそう言い放つと腰にあるホックを外した。
スカートの横側のスリットが開き、彼女の白い足が露になる。
「貴女は話が分かる女(ひと)だ」
男の言葉には答えず、修道女はスカートの中に右手を入れ、
流れるような動作で引き抜いた腕を胸の高さまで持ち上げた。
###############
「万人全てに訪れる神の救い。それは死よ…」
修道女の右手に握られていたのは鈍く輝く拳銃だった。
コルト・シングルアクション・アーミー。通称ピースメイカー。
すでに撃鉄は上がっている。
躊躇いなく引かれた引き金に彼女の相棒が短く吼えたッ!
初弾がお喋りな男の胸の上側を貫く。
気色ばんだ襲撃者達が銃を構えるよりも速く修道女の左手が跳ねるッ!
彼女の左手が撃鉄を4度弾き、弾が連続的に吐き出される。
その間、右手の引き金は引かれたまま。ファニングと呼ばれる早撃ちのテクニックである。
本来、狙いも何もない曲芸にすぎない技。
しかし、彼女は御者台の上、スピンしながら襲撃者たちを撃ち抜く。
響く5発の銃声。ワンテンポ遅れて、次々と男たちが馬の上から落ちた。
修道女は馬車から飛び降りるとうつ伏せに倒れた男へとゆっくりと近づいた。
その時、男の左手が伸び、彼女の足首を掴んだ。
「くそったれ…ッ!」
不意を打たれた修道女の反応が一瞬遅れる。
男の手には落馬しても離さなかったリボルバー。
震える手で引き金が絞られる。避けようのない致命的な間合。
一発の銃声。
事切れたのは倒れ伏した男だった。
修道女が視線を上げると、そこには硝煙たなびく拳銃を構えた男が立っていた。
彼女の視線と男の視線とが交錯する。
「余計な手助けだったかい?」
彼は修道女の手にある拳銃をチラリと見て、そう質問した。
「一応、礼は言っておくわ」
修道女は軽くなった拳銃をホルスターに捻じ込む。
暴発を警戒して、彼女は弾倉に5発しか装填していなかった。
修道女の心のこもっていない感謝でも、その青年は気にした風もなく、
地面に倒れたままの御者の方へと歩き出した。
###############
「おっさん、生きてるか?」
青年に敵意が無い事を見て取った修道女は彼から視線を外す。
そして、撃ち殺した男の傍にしゃがみ、胸元に手を添えた。
おもむろにシャツを引き裂く。ボタンが飛び、胸元が露になる。
(違う…)
苛立ちに心の中で舌打ちする。そして、次の男へ。
「何やってんだよ? おっさんの手当てが先だろうが!」
「うるさい。私に指図するな。……ええと」
青年の正論にますます彼女の苛立ちが増す。
そういえば、名前も聞いていなかった。さして興味も無いが。
「アッシュだ。アンタは?」
「マルガレーテ」
彼女は不機嫌そうにそう答えると青年―アッシュを無視して作業を進める。
彼もそれ以上は何も言ってこず、応急処置に専念していた。
「こっちは終わったぜ……って」
手早く処置を終え、頭を上げたアッシュが絶句する。
そこには襲撃者から剥ぎ取った拳銃やら長銃やらを担いだマルガの姿があった。
「…とんだ尼さんだせ」
「死体に銃は必要ないでしょ」
そっけなく答える彼女にアッシュは肩をすくめた。
###############
御者台に負傷した男を座らせ、その隣でアッシュが馬車を駆る。
マルガは襲撃者から奪った馬に乗り、馬車の前を進んでいた。
小1時間ほど森の道を辿って、ようやく視界が開けた。
ここまでくれば、サズナックまであとひと息だ。
しばらくして、一行は、かの町に到着した。
サズナックは典型的な西部の宿場町である。
東西を貫くメインストリートの両脇に旅人相手の様々な店が並んでいる。
彼女たちが入って直ぐの雑貨屋の前を通り過ぎようとした時、1人の老人と出会った。
「ビリー! ビリーじゃないか! どうしたんだ一体!?」
老人は通りに面した板張り歩道に置いた安楽椅子で揺られていた。
だが、彼は御者台でぐったりしている男を見つけ、驚いて立ち上がった。
「彼は山賊にやられたんだ。この町に医者はいるかい?」
アッシュは馬車を止め、老人にそう訊ねる。
マルガも馬を止め、無言で成り行きを見守っていた。
「ああいるとも。アル中だが、まだ日が高いから大丈夫だ。
直ぐに若いモンに呼びに行かよう」
そう言い残し、老人は店の中へと消えた。
「おおい、誰かドクを呼んで来てくれ! 大至急だ!」
11/03/29 22:50更新 / 蔭ル。
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