連載小説
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どうしてこうなった
気がつくとティムはベッドの上に横たわっていた。
最初に目に映ったのはどこか見覚えのある石造り天井。
まるで遺跡のような…。
…そう遺跡!
 断片的な記憶がパズルのように組み合わされ、急速に意識が覚醒する。
ティムは跳ねるようにベッドから起き上がった。
「あっ、目が覚めた?」
 ベッド脇から馴染みの無い女性の声が聞こえる。
目を向けるとそこには椅子に座った見覚えのあるサキュバス。
「ひゃあっ!」
 ティムは可愛い悲鳴を上げると身をよじって何とか逃げようとする。
「安心して、もうキミは襲わないから」
「あ、安心できないよ! うわっ!」
とジタバタもがいているとベッドの上から転げ落ちた。
「もう、何やってんの…」
 サキュバスは呆れ顔で立ち上がるとティムへと近づく。
そして、毛布をひっぺがすと床へ転がったティムへと手を差し出した。
「ほら、立てる?」
「う、うん。ありがと」
 ティムはいささか面食らいながらも、サキュバスの手に掴まり立ち上がった。
彼女は立ち上がったティムをジロジロと見ると溜息をついた。
「どうして、こうなったのかしら?」
「どうしてって…えっ?」
 ティムは自分が裸であることに気づき、慌てて両手で股間を隠す。
「うう…そんなの、貴方がボクに誘惑の魔法をかけたからに決まっているじゃないか!」
 脳裏に昨夜の記憶が浮かび、ティムは恨みがましい目で抗議した。
「いや…そっちじゃなくて…って、まだ気がついてないか」
「?」
 サキュバスはビシッとティムの股間を指差す。
「キミ、自分の股間を見てみなさい!」
「ええっ!?」
 いきなり何をいうのだ、この人は。恥ずかしさと混乱でティムの顔が真っ赤になる。
「いいから! 何なら、その手をどけなさい!」
 魔物はティムに掴みかかると強引に腕を股間から剥がした。
「ほら、よく見てみなさい!」
 サキュバスの強い語調に観念したティムは自分の股間に視線を落とした。
そこには見慣れた自分の逸物が…無かった。
「…無い」
「そう無くなったのよ」
 淡々と彼女が現実を肯定する。
「…く、食いちぎられた!?」
「食いちぎったりしないわよ!」
 情けない叫びを上げたティムにサキュバスがすかさずツッコんだ。
「そりゃ、締め付けには自信あるけど、さすがに食いちぎったりはしないわよ」
 そんな事をしたら愉しめなくなると彼女は続ける。
「じゃ、じゃあ、どうして…」
 涙声になりながら、ティムは弱弱しくサキュバスを見上げた。
「キミはね、もう一部が欠けたとかそういうレベルじゃなくて、全身が変貌してるのよ」
 彼女はティムを解放すると優しく諭すようにティムへと語りかける。
そして、ベッドサイドのテーブルに置かれていた手鏡をティムへと突きつけた。
鏡に映るのは見慣れた自分の顔。
だが、しかし、その頭部には見慣れぬねじくれた角が生えていた。
「な、何これ…?」
 恐る恐る触れてみたそれは見た目どおり堅かった。
「角だけじゃないわよ」
 サキュバスの視線がティムの背中を指す。
恐る恐る振り向いてみると黒い蝙蝠のような翼と尻尾がユラユラと揺れていた。
その2つはどうやら自分の身体から生えているらしい。
「な、なんで…?」
 あまりの出来事にティムはヘナヘナとその場に座り込んだ。
 気まずい、沈黙の後のサキュバスが溜息とともに語りだした。
彼女がティムをインキュバスにしようと魔物の魔力を注いだこと。
翌朝目覚めたらティムがサキュバスに似た姿になっていたこと。
「私は眉唾だと思ってたんだけど、風の噂でこんな話を聞いた事があるわ。
魔物がインキュバスを生み出す際に極稀に相手が魔物になってしまうと」
 彼女は数瞬口を閉ざすと決定的な事実を告げた。
「そうキミは魔物に。私たちの仲間アルプになったのよ」

 キミは魔物になった。
そう言われても大抵の人間は悪い冗談だと思うことだろう。
だが、ティムの身体に起こった変化は紛れも無い事実だった。
「ボク、どうしたらいいの…?」
 混乱と動揺が彼の―いや彼女となった少女の心を押し潰す。
ティムはボロボロと涙を零しながらその場にうずくまった。
サキュバスは跪くとそっとティムの身体を抱き締める。
「辛い時は思い切り泣きなさい」
 その言葉にティムは堰を切ったように泣き出した。

 どれ程、泣いただろうか。
後で思い返せば一生分の涙を流した後、ティムはようやく泣き止んだ。
「大丈夫? 水飲む?」
 ティムが落ち着いたのを確認したサキュバスはコップを差し出してきた。
「うん」
 ティムは素直に頷くとコップをゆっくりと傾けた。
沢山泣いたせいか、ただの水がやけに美味しい。
「そういえば、まだ名前も聞いてなかったわね」
 ティムが渇きを癒しているとサキュバスが唐突にそう切り出してきた。
「ボクの名前はティモシーです。ティムって呼んでください」
「私はラナ。よろしくね、ティム」とサキュバスは微笑んだ。
「それで、これからの事なんだけと…私と一緒に暮らさない?」
 ラナは真面目な表情でそう言った。
「えっ…?」
「ティムがアルプになったのも私が原因だし。キミ、放っておけないタイプだし」
 どうやら、このラナというサキュバスもかなりお節介な性格らしい。
まるで誰かさんみたいだとティムは心の中でくすりと笑った。
「どうかな?」とラナが問いかけてくる。
 この時点で彼女にすっかり心を許していたティムはゆっくりと頭を下げた。
「よろしく、お願いします」
 まだ、心の整理がついた訳ではない。
むしろ、身体の変化に心は完全において行かれている状態だ。
 だが、ティムの心は幾らか冷静さを取り戻していた。
魔物になった以上、町へは戻れない。ならば今頼れるのはラナしかいない。
「こっちこそ、よろしくね」
 茶目っ気たっぷりにラナがウインクで返す。その笑顔につられてティムも笑う。

 その時、間の抜けた音が響いた。
ぐー。それはティムのお腹の虫だった。
あまりのタイミングに2人で大笑いする。
「お腹空いた?」
「うん、ペコペコだよ。ラナは?」
「私は昨夜、ティムからたっぷり貰ったから」
「ぶっ!?」
 ラナが涼しい顔で下腹をさすりながら言うとティムが赤面して沈没する(↓)。
「へ、変なこと言わないでよ!?」
 (↑)浮上してきたティムがラナに噛み付く。
「怒らない怒らない、事実なんだし」
「うー」
「それじゃあ、人間を襲いに行こっか♪」
 あっけらかんとラナが言い放った言葉にティムが凍りついた。
「…に、人間を襲う?」
 ぎくしゃくした口調でティムが問う。
「イエース、私たちサキュバスの主食は人間の男の精よ」
 ラナは当然のようにそう答える。
「さっき、水がとても美味しかったんだけど、普通の食事じゃ駄目?」
「残念だけど、私たちにとって、人間の飲食物はタダの嗜好品。摂取しても栄養にはならないわ」
 ティムの質問にラナは首を振る。
「少なくとも、このSSの中じゃ、ね」
「何を言っているか分かんないけど、サキュバスの生態は分かった」
 沈黙。
そして、ティムは重い口を開き、問いかける。
「あの…襲うってことは…?」
「そっ♪ エッチしちゃうって事♪」
 愉しそうにラナが答え、再びティムが沈没する。
「そっか、ティムは女の子パートは初めてだもんね。大丈夫、直ぐに慣れるから」
「な、慣れたくなんてないよ!」
 ティムはアワアワしながら後ずさっていく。
「だ、だいたいエッチなんて! ボクは絶対、嫌だからね!」
 ティムの脳裏に昨夜の記憶が蘇る。それはラナが魅せた数々の痴態。
それを今度は自分が演じなければならない。そう考えると身がすくむ思いだ。
 ましてや、初めてを見知らぬ男に捧げるなんて…。
そこまで考えて、ティムはかぶりを振って否定する。
(違う! 身体はともかくボクは男なんだ! 変な事を考えるな!)
「とにかく、ボクはエッチなんてしない!」
 ティムはそう叫ぶと部屋を飛び出した。
「待ちなさい、ティム!」
 だが待てといわれて待つ人間―いや魔物など、いないのだ。
11/03/25 23:43更新 / 蔭ル。
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