第7回「四人の魔女と四人の使い魔(後編)」- マイ編 -
「何ですの…あの、空飛ぶ猥褻物陳列罪は…」
空から舞い降りた変態を目で追いながら、白いドレスの魔女ゾフィーアが呆然と呟く。
「…彼女はマイ=コテツ。今度の大会の参加者の1人だよ。
一緒にいるのは彼女の魔具でもある使い魔の人だね」
隣に立っているゾフィーアの使い魔(お兄様)の青年が彼女にそう説明する。
「使い魔が魔具って、反則ではないのですか?」
「それが反則じゃあないんだ」
飛行魔法大会の規則(ルール)では自力で飛行する生物や魔具に乗っての参加は禁止されている。しかし、マイたちのケースに関して言えば、使い魔(お兄ちゃん)が飛行している訳ではないから、許可されているらしいと彼は続けた。
「では精の補給は? さすがに反則では?」
「いや、実は精の補給に関しては規則で決められてない」
ゾフィーアたちの近くにいたリーリャの使い魔(兄さん)―黒い礼装の青年が口を挟んできた。
「レース中の飲食(水分補給など)は認められているし。そもそも摂取した精を魔力に変換するには時間が必要だからな」
種族差や様々な条件にもよるが、取り込んだ精は直ぐに魔力へ変換される訳ではない。
「それでは彼女たちの行為も意味は無いのではありませんか?」
「特異体質…らしいな」
彼は参加選手の公開プロフィールから得た情報を淡々と告げた。
「彼女は吸収した精を即座に魔力へ変換できる体質らしい」
「そんなのアリかよ」
ヘザーの使い魔(兄やん)である青年がぼやく。
「アリだよ、兄やん。色んな魔物が参加できるレースだもん。規則は結構大雑把だよ」
赤い飛行服の魔女ヘザーは苦笑しながら答えた。
飛行魔法大会は競技の発祥がサバト由来とあって、競技人口の大半は魔女が占めている。
だが、魔女以外の種族の参加者も存在しているのだ。
この世界に暮らす魔物は多種多様である。
そんな魔物たちが同じ方法で競い合う為に設けられた規則は最低限かつ緩いものであった。
細かく規則を設けていけば、キリが無いのだろう。
飛行魔法によって飛ぶ事。
他の参加者への暴力行為(攻撃)は禁止。
大会の基本的な規則はそんな所だ。
「…あの人たち結構強い。油断しない方がいい」
着地した緑髪の少女マイから目を離さず、黒いドレスの魔女リーリャがそう言った。
彼女の身体から発せられる魔力の量は並の魔女のものではない。
他の参加者たちもそれを敏感に感じ取っているのか。
遠巻きにして、マイたちを注目していた。
そして、深緑色のレザーボンテージに身を包んだ魔女マイはゆっくりと立ち上がった。
ぬぷりと彼女の秘所から使い魔(お兄ちゃん)の逸物が抜ける。
彼女は裸の青年の上から降りると悠然と周囲の群衆を見回した。
「…お兄ちゃん。やっぱりマイたち、注目のマトだよ♪」
「言っただろう? ヒロインは最後に登場するものだと」
裸の青年は立ち上がりながら、指を鳴らす。
すると彼の下腹部にピンク色の光が集まり、ハートマークとなって股間を覆い隠した。
「そして、ヒロインたる者、周囲の視線を恐れていけない」
彼は周囲によく通る渋い声を響かせる。
「…むしろ、視姦されるのは我々の業界ではご褒美です」
どこの業界だよ。
全員が心の中でツッコんだ。
「本当に強敵なんですの?」
こめかみを押さえながらゾフィーアが問う。
「…たぶん」
リーリャは明後日の方向に視線を逸らして、自信なさげにそう答えた。
##########
「こぉらっ! おめぇら、このガラスはどうすんだ!」
不意に甲高いダミ声が響き、群集の中から白髪の小柄な男が現れた。
男は皺だらけの顔に怒りでさらに皺を寄せながら、勇敢にもマイと変態の前へと進み出た。
変態―全裸に蝶ネクタイの青年はくるりと男の方へと向き直り、にこやかな笑みを浮かべる、
「はっはっは、ご老人。大義をなす為には多少の犠牲は付き物ですよ」
その軽やかな口ぶりは清清しいまでに反省の色が無い。そして意味不明だ。
「馬鹿言ってねぇで、弁償しろっ!」
青年の態度に益々腹を立てて、初老の男ががなり立てた。
「ふーむ、しょうがありませんな。…幾らです?」
彼は大げさに肩を竦め、やれやれと息を吐き出す。
初老の男はチラリと天窓を仰ぎ、青年に額を伝えた。
間。
みるみる裸の青年の顔が青ざめ、土気色になり、そして元の色に戻る。
「ななな何ですとー!?」
口を大きく開き、あらんかぎりの驚きの声を青年が発した。
「どしたの、お兄ちゃん?」
隣で静かに成り行きを見守っていたマイが青年を見上げる。
「事件です、マイたん! 具体的には我が家の家計が逆転サヨナラホームラン!!
そりゃあ、風が吹けば桶屋が儲かるってなモンですよ!!」
あたふたと彼は血相を変えてそう叫んだ。
「うん。さっぱり、分からない」
緑髪の少女は彼の慌てぶりにも全く動じず、にっこりとそう答えた。
「ととととにかく、マイたんの魔法で窓をリペア!! ハリィ! ハリィ!!」
「えー、窓を割ったのはお兄ちゃんだよ?」
「じゃかあしぃ! キミの体重でも割れましたー! ……2%くらいは」
キレた裸の青年は全身をくねくねとさせて怒りを表現する。
「吾輩がこのオジサマと宥めている内に早く! 何とか!!」
「…もう、お兄ちゃんは人使いが荒いなぁ」
マイは肩を竦め、やれやれと溜息をつく。
そして、おもむろに屈みこむと床に落ちていたガラスの破片を拾い上げた。
「じゃあ、マイちゃん流忍術! ガラス隠し!!」
少女はガラスの破片を拾うと裸の青年の胸に突き立てた。
「ぎゃあっ!? ボクのハートがブロークン!? ななななんばしよっと!?」
彼女の突然の凶行に彼は悲鳴を上げた。
変態だって、痛いものは痛い。
「お兄ちゃん知らないの? 木の葉を隠すには森の中。
ガラスの破片を隠すにはガラスのハートの中だよ♪」
マイはどや顔でそう答える。
全然、上手くも何ともないから。
というか、よい子は絶対真似してはいけません。
「はっはっは、こいつは一本取られたなぁ………って、そんな訳あるか!! このクソアマァ!!!」
彼は逆上しつつ、ガラス片を抜き取りながらの治癒魔法という離れ業を遣って退けた。
「流血NO!! 血なんか描写したら、この話がよい子は見れないレーティングになっちゃう!」
「元々18禁だよ」
「おおっと、そうだった!」
##########
「…兄やん。このコントは、いつまで続くんだろう?」
「しっ! ヘザー、目を合わせちゃいけません! 絡まれるぞ!」
目の前で繰り広げられる珍妙な遣り取りを唖然と眺め、ヘザーが尋ねる。
青年が少女の呟きを遮るが時すでに遅し。
「我ら2人のボケスパイラルに! そこはかとなくツッコんでくださったのは貴様か、小娘ぇっ!!」
ヘザーの言葉に反応して、変態がにゅるりと少女へと顔を向ける。
そして、そのまま、ずずいと近づいてきた。
「ひゃあ!? こっち来たぁ!?」
「くっ! 速い!」
青年が少女を庇うより早く、変態が肉薄する。
「ナイス、ブレイブです…!!」
全裸の青年は満面の笑みを浮かべて、嬉しそうに、こう続けた。
「…どうでしょう? ウチのマイの友達になってやってくれませんか?」
「え?」
意外すぎる申し出にポカンとするヘザーを尻目に優しい笑顔で変態はマイの方へと振り返る。
彼の視線を受け、緑髪の魔女は一歩進み出ると、はにかみながら口を開いた。
「マイはね…友達をいっぱい作るためにレースに出るんだよ☆」
そう告げた少女の翡翠色の瞳は澄みきっていた。
彼女の言葉に嘘は無い。その瞳を見て、ヘザーはそう確信する。
少女は静かに息を吸った後、にっこりと微笑んだ。
「うん、あたしで良ければ。友達になるよ…!」
「本気か、ヘザー!?」
ヘザーの答えに彼女の使い魔である青年が驚きの声を上げた。
少女はチラリと傍らの青年を振り返ると笑顔で頷いてみせる。
「うん、マイちゃんとだったら、友達になってもいいよ。
…裸の人とは友達じゃないけど」
「……われ泣き濡れて…床とたわむる……
……か、悲しくなんか…ないもんっ!」
変態はその場にしゃがみ込むと床にのの字を書き始めた。
とても鬱陶しい。
「わーい、友達になってくれてありがとう! あなたのお名前は?」
マイは小躍りして喜び、ヘザーの両手を握る。
勿論、お兄ちゃんは華麗にスルー。
「あたしはヘザー。よろしくね、マイちゃん」
「うん、よろしくぅ!」
彼女の無邪気な笑顔をに釣られて、ヘザーも笑みを大きくした。
が。
「それじゃあ、マイがダイシュリョウで、ヘザーはセントウインねっ!
仲良しポイントが上がったら、カイジンに格上げしてあげる!」
続くマイの言葉に表情を凍りつかせる。
「……友達ってポイントで格付けされるものじゃないよね?」
少女は笑顔を引きつらせて、恐る恐るそう尋ねる。
「人間関係のパワーバランスは大切だと思います」
緑髪の少女は何食わぬ顔でサラリと答えた。
「…やっぱ、友達はノーカンで」
「うぅっ……友達になってくれないの…?」
ヘザーが友達宣言を取り消そうとするとマイは涙を浮かべて見つめてくる。
まるで雨の日の捨てられた子犬のような視線がヘザーに突き刺さった。
「……なるからっ! セントウインでもいいからっ!」
その視線にいたたまれなくなった少女はヤケクソでそう叫んだ。
「わぁい!」
喜び舞い上がるマイの隣で、ヘザーは諦めたような溜息をついた。
##########
「良かったですわね、ヘザーさん。良いお友達ができて」
2人の少女の微笑ましい遣り取りを離れた場所から見守っていたゾフィーアは他人事のようにそう言った。
「…ゾフィーアちゃん、あたしたち…友達だよね?」
ヘザーはさっと顔を上げると縋るような視線を金髪の少女に送った。
「ライバルです」
ゾフィーアは笑顔でそう答える。
「ライバルも友達だよねっ?」
「ライバルはライバルです」
あくまで笑顔を崩さず、彼女はにべも無くそう言う。
「わたしたち、レースを通じて、熱い友情で結ばれたんだよね?」
しかし、ヘザーも負けじと食い下がった。
「ヘザーさん。強敵(きょうてき)と書いて…ライバルと読むんですよ」
だが、ゾフィーアは変態へ仲間入りを拒否せんと平淡な姿勢を貫く。
「必死だね、ゾフィーア」
「お兄様は黙っていてください」
愉快そうに笑う青年に彼女はピシャリと言い放った。
「…リーリャちゃんも友達にならない?」
ゾフィーアの勧誘を諦め、ヘザーは矛先を変える。
彼女は複雑そうに、だが一縷の望みをかけて、リーリャの方へ振り返った。
少女の視線を受けたリーリャは無表情にサムズアップ。
「ヘザー……ふぁいと」
渡る世間には鬼しかいないらしい。
ヘザーは心の中でさめざめと泣いた。
「リーリャ、君まで乗るんじゃない」
黒い礼装の青年は恋人のかなり珍しい戯れに嘆息した。
「我が領域に取り込まれて、キャラ崩壊しない者はいないわっ!」
復活した裸の青年が右手で天を指差しポーズを決めながら叫ぶ。
立ち直っても、これはこれで鬱陶しい。
「…もう、ツッコまないぞ」
はたから眺めていただけで、ごっそり気力を削られた青年が流石に気さくさを失い、そう呟いた。
「戯言はさておき。どうやら、優勝候補が4人も揃っているようだな」
「話を無理矢理、シリアスに戻した!?」
黒い礼装の青年の変わらぬ冷静な態度に気さくさを落っことして青年が驚愕した。
「ケッ、何こいつ。一人だけカマトトぶりたがってよォ…?」
「そうだ、くうきよめー」
チンピラの如く変態とマイが毒づく。
「…だが、優勝候補が何人いようと、勝つのはリーリャだ」
2人の野次にも負けず、彼は黒髪の少女の肩に手を置いて力強くそう宣言した。
「聞き捨てならないね。それにその台詞、レースの後で後悔する事になると思うけど?」
穏やかな笑みを浮かべたまま、ゾフィーアの使い魔の青年は含みのある声で反論した。
「勝負は最後まで分からないさ」
ヘザーの使い魔の青年は不敵な笑みで、男たちを見回す。
「よろしい、ならば競争だ」
してやったりと喜色満面な裸の青年。
3人の青年たちは彼を微妙な表情で見つめた。
##########
「さて、くだらない雑談は終わりにしよう。
こう見えても、私たちは何かと忙しい身でね。それでは失礼」
慇懃無礼な態度を取り戻した青年はそう挨拶するとリーリャの手をそっと取る。
エスコートされ、立ち去ろうとする黒いドレスの少女の背にヘザーは思わず声をかけた。
「リーリャちゃん…」
彼女は立ち止まると紫がかった黒髪を揺らして静かに振り返る。
「…………」
リーリャの無表情な視線を受け、ヘザーは口ごもった。
けれど、それも一瞬の事。
赤紫色の髪の少女はありったけの勇気を振り絞る。
「お互い、頑張ろうね!」
言いたい事は沢山ある。
でも今は。上手くは伝えられそうにはない。
だからせめて、精一杯の笑顔を送ろう。
今度会う時、本当の言葉を伝える為に。
彼女の言葉にリーリャは微かに頷くと、ゆっくりと立ち去っていった。
「それじゃあ、僕たちもお暇(いとま)しようか?」
青年は傍らに立つ白いドレスの少女に気遣うような眼差しを向け、問いかけた。
「ええ。今夜は何だか疲れましたわ…」
ゾフィーアは疲れた表情でそう答えた。
その後、彼女は真剣な表情になり、ヘザーへと視線を向けてきた。
「ヘザーさん、誰にでも優しいのは貴方の長所の1つですけど。
何事にも限度というものがありますわ。
肝心な時に妙な優しさを出して、足元を掬われない様、気をつける事ですわね」
「うん、分かってる。レースの時はいつでも真剣勝負だよ!」
ヘザーはゾフィーアの忠告を素直に聞き入れる。
「ありがとね、ゾフィーアちゃん。あたしの事心配してくれたんだよね…?」
「べ、別に心配したわけじゃ……! ……ともかく!
今度会う時はライバル同士、正々堂々と勝負しようと…そ、そういう事ですわ!」
ゾフィーアは顔を赤くして、ヘザーから視線を逸らした。
傍らの青年はそんな彼女の金髪を優しく撫でて笑う。
「それじゃ、また」
「おう、気をつけて帰れよ!」
ヘザーと気さくな青年に見送られ、ゾフィーアたち2人はホールから出て行った。
「ヘザー、俺たちはどうする?」
「ふぁ…何だか眠くなってきたかも…」
青年の問いに彼女は小さく欠伸した。
「それなら俺たちも帰るか…」
「パーティはいいの? あたしの事はまだ大丈夫だよ…?」
「別にいいって、あんま性に合わないし」
彼は苦笑すると、ヘザーに背を向けて屈み込む。
「ほら、背負ってやるから」
「んー…」
少女は安らいだ表情で青年の背に乗った。
「あれ? 帰っちゃうの…?」
それに気づき、マイが寂しそうにヘザーを見上げた。
「うん…ごめんね………また今度遊ぼうね?」
「うん♪」
緑髪の少女は少しだけ笑顔になると元気よく頷いた。
「じゃあ、またなマイちゃん! ………それと…変態は…まあいいや」
「何? 放置プレイ!? …寂しい! でも感じちゃう!」
身悶えて自己主張する変態には構わず、ヘザーを背負った青年は歩き去った。
「さてもさて。マイたん、吾輩たちはもうしばらくパーティを楽しむとしよう」
裸の青年は気を取り直し、小さな伴侶にそう言う。
「そうだね、お兄ちゃん! まだ、全然友達もできてないし!」
マイはワクワクした表情でホールの中をぐるり見回した。
彼女には見るもの聞くもの全てが珍しい。
「うむ、いざ行かん! 友達狩りへ!!」
彼は少女の手を引き、一歩踏み出した。
「待てっ!!」
そんな青年の腕をすっかり忘れられていた白髪の小柄な男が掴んだ。
「窓ガラス、弁償してけ…!」
「……ハイ」
こうしてパーティの夜は更けていく。
空から舞い降りた変態を目で追いながら、白いドレスの魔女ゾフィーアが呆然と呟く。
「…彼女はマイ=コテツ。今度の大会の参加者の1人だよ。
一緒にいるのは彼女の魔具でもある使い魔の人だね」
隣に立っているゾフィーアの使い魔(お兄様)の青年が彼女にそう説明する。
「使い魔が魔具って、反則ではないのですか?」
「それが反則じゃあないんだ」
飛行魔法大会の規則(ルール)では自力で飛行する生物や魔具に乗っての参加は禁止されている。しかし、マイたちのケースに関して言えば、使い魔(お兄ちゃん)が飛行している訳ではないから、許可されているらしいと彼は続けた。
「では精の補給は? さすがに反則では?」
「いや、実は精の補給に関しては規則で決められてない」
ゾフィーアたちの近くにいたリーリャの使い魔(兄さん)―黒い礼装の青年が口を挟んできた。
「レース中の飲食(水分補給など)は認められているし。そもそも摂取した精を魔力に変換するには時間が必要だからな」
種族差や様々な条件にもよるが、取り込んだ精は直ぐに魔力へ変換される訳ではない。
「それでは彼女たちの行為も意味は無いのではありませんか?」
「特異体質…らしいな」
彼は参加選手の公開プロフィールから得た情報を淡々と告げた。
「彼女は吸収した精を即座に魔力へ変換できる体質らしい」
「そんなのアリかよ」
ヘザーの使い魔(兄やん)である青年がぼやく。
「アリだよ、兄やん。色んな魔物が参加できるレースだもん。規則は結構大雑把だよ」
赤い飛行服の魔女ヘザーは苦笑しながら答えた。
飛行魔法大会は競技の発祥がサバト由来とあって、競技人口の大半は魔女が占めている。
だが、魔女以外の種族の参加者も存在しているのだ。
この世界に暮らす魔物は多種多様である。
そんな魔物たちが同じ方法で競い合う為に設けられた規則は最低限かつ緩いものであった。
細かく規則を設けていけば、キリが無いのだろう。
飛行魔法によって飛ぶ事。
他の参加者への暴力行為(攻撃)は禁止。
大会の基本的な規則はそんな所だ。
「…あの人たち結構強い。油断しない方がいい」
着地した緑髪の少女マイから目を離さず、黒いドレスの魔女リーリャがそう言った。
彼女の身体から発せられる魔力の量は並の魔女のものではない。
他の参加者たちもそれを敏感に感じ取っているのか。
遠巻きにして、マイたちを注目していた。
そして、深緑色のレザーボンテージに身を包んだ魔女マイはゆっくりと立ち上がった。
ぬぷりと彼女の秘所から使い魔(お兄ちゃん)の逸物が抜ける。
彼女は裸の青年の上から降りると悠然と周囲の群衆を見回した。
「…お兄ちゃん。やっぱりマイたち、注目のマトだよ♪」
「言っただろう? ヒロインは最後に登場するものだと」
裸の青年は立ち上がりながら、指を鳴らす。
すると彼の下腹部にピンク色の光が集まり、ハートマークとなって股間を覆い隠した。
「そして、ヒロインたる者、周囲の視線を恐れていけない」
彼は周囲によく通る渋い声を響かせる。
「…むしろ、視姦されるのは我々の業界ではご褒美です」
どこの業界だよ。
全員が心の中でツッコんだ。
「本当に強敵なんですの?」
こめかみを押さえながらゾフィーアが問う。
「…たぶん」
リーリャは明後日の方向に視線を逸らして、自信なさげにそう答えた。
##########
「こぉらっ! おめぇら、このガラスはどうすんだ!」
不意に甲高いダミ声が響き、群集の中から白髪の小柄な男が現れた。
男は皺だらけの顔に怒りでさらに皺を寄せながら、勇敢にもマイと変態の前へと進み出た。
変態―全裸に蝶ネクタイの青年はくるりと男の方へと向き直り、にこやかな笑みを浮かべる、
「はっはっは、ご老人。大義をなす為には多少の犠牲は付き物ですよ」
その軽やかな口ぶりは清清しいまでに反省の色が無い。そして意味不明だ。
「馬鹿言ってねぇで、弁償しろっ!」
青年の態度に益々腹を立てて、初老の男ががなり立てた。
「ふーむ、しょうがありませんな。…幾らです?」
彼は大げさに肩を竦め、やれやれと息を吐き出す。
初老の男はチラリと天窓を仰ぎ、青年に額を伝えた。
間。
みるみる裸の青年の顔が青ざめ、土気色になり、そして元の色に戻る。
「ななな何ですとー!?」
口を大きく開き、あらんかぎりの驚きの声を青年が発した。
「どしたの、お兄ちゃん?」
隣で静かに成り行きを見守っていたマイが青年を見上げる。
「事件です、マイたん! 具体的には我が家の家計が逆転サヨナラホームラン!!
そりゃあ、風が吹けば桶屋が儲かるってなモンですよ!!」
あたふたと彼は血相を変えてそう叫んだ。
「うん。さっぱり、分からない」
緑髪の少女は彼の慌てぶりにも全く動じず、にっこりとそう答えた。
「ととととにかく、マイたんの魔法で窓をリペア!! ハリィ! ハリィ!!」
「えー、窓を割ったのはお兄ちゃんだよ?」
「じゃかあしぃ! キミの体重でも割れましたー! ……2%くらいは」
キレた裸の青年は全身をくねくねとさせて怒りを表現する。
「吾輩がこのオジサマと宥めている内に早く! 何とか!!」
「…もう、お兄ちゃんは人使いが荒いなぁ」
マイは肩を竦め、やれやれと溜息をつく。
そして、おもむろに屈みこむと床に落ちていたガラスの破片を拾い上げた。
「じゃあ、マイちゃん流忍術! ガラス隠し!!」
少女はガラスの破片を拾うと裸の青年の胸に突き立てた。
「ぎゃあっ!? ボクのハートがブロークン!? ななななんばしよっと!?」
彼女の突然の凶行に彼は悲鳴を上げた。
変態だって、痛いものは痛い。
「お兄ちゃん知らないの? 木の葉を隠すには森の中。
ガラスの破片を隠すにはガラスのハートの中だよ♪」
マイはどや顔でそう答える。
全然、上手くも何ともないから。
というか、よい子は絶対真似してはいけません。
「はっはっは、こいつは一本取られたなぁ………って、そんな訳あるか!! このクソアマァ!!!」
彼は逆上しつつ、ガラス片を抜き取りながらの治癒魔法という離れ業を遣って退けた。
「流血NO!! 血なんか描写したら、この話がよい子は見れないレーティングになっちゃう!」
「元々18禁だよ」
「おおっと、そうだった!」
##########
「…兄やん。このコントは、いつまで続くんだろう?」
「しっ! ヘザー、目を合わせちゃいけません! 絡まれるぞ!」
目の前で繰り広げられる珍妙な遣り取りを唖然と眺め、ヘザーが尋ねる。
青年が少女の呟きを遮るが時すでに遅し。
「我ら2人のボケスパイラルに! そこはかとなくツッコんでくださったのは貴様か、小娘ぇっ!!」
ヘザーの言葉に反応して、変態がにゅるりと少女へと顔を向ける。
そして、そのまま、ずずいと近づいてきた。
「ひゃあ!? こっち来たぁ!?」
「くっ! 速い!」
青年が少女を庇うより早く、変態が肉薄する。
「ナイス、ブレイブです…!!」
全裸の青年は満面の笑みを浮かべて、嬉しそうに、こう続けた。
「…どうでしょう? ウチのマイの友達になってやってくれませんか?」
「え?」
意外すぎる申し出にポカンとするヘザーを尻目に優しい笑顔で変態はマイの方へと振り返る。
彼の視線を受け、緑髪の魔女は一歩進み出ると、はにかみながら口を開いた。
「マイはね…友達をいっぱい作るためにレースに出るんだよ☆」
そう告げた少女の翡翠色の瞳は澄みきっていた。
彼女の言葉に嘘は無い。その瞳を見て、ヘザーはそう確信する。
少女は静かに息を吸った後、にっこりと微笑んだ。
「うん、あたしで良ければ。友達になるよ…!」
「本気か、ヘザー!?」
ヘザーの答えに彼女の使い魔である青年が驚きの声を上げた。
少女はチラリと傍らの青年を振り返ると笑顔で頷いてみせる。
「うん、マイちゃんとだったら、友達になってもいいよ。
…裸の人とは友達じゃないけど」
「……われ泣き濡れて…床とたわむる……
……か、悲しくなんか…ないもんっ!」
変態はその場にしゃがみ込むと床にのの字を書き始めた。
とても鬱陶しい。
「わーい、友達になってくれてありがとう! あなたのお名前は?」
マイは小躍りして喜び、ヘザーの両手を握る。
勿論、お兄ちゃんは華麗にスルー。
「あたしはヘザー。よろしくね、マイちゃん」
「うん、よろしくぅ!」
彼女の無邪気な笑顔をに釣られて、ヘザーも笑みを大きくした。
が。
「それじゃあ、マイがダイシュリョウで、ヘザーはセントウインねっ!
仲良しポイントが上がったら、カイジンに格上げしてあげる!」
続くマイの言葉に表情を凍りつかせる。
「……友達ってポイントで格付けされるものじゃないよね?」
少女は笑顔を引きつらせて、恐る恐るそう尋ねる。
「人間関係のパワーバランスは大切だと思います」
緑髪の少女は何食わぬ顔でサラリと答えた。
「…やっぱ、友達はノーカンで」
「うぅっ……友達になってくれないの…?」
ヘザーが友達宣言を取り消そうとするとマイは涙を浮かべて見つめてくる。
まるで雨の日の捨てられた子犬のような視線がヘザーに突き刺さった。
「……なるからっ! セントウインでもいいからっ!」
その視線にいたたまれなくなった少女はヤケクソでそう叫んだ。
「わぁい!」
喜び舞い上がるマイの隣で、ヘザーは諦めたような溜息をついた。
##########
「良かったですわね、ヘザーさん。良いお友達ができて」
2人の少女の微笑ましい遣り取りを離れた場所から見守っていたゾフィーアは他人事のようにそう言った。
「…ゾフィーアちゃん、あたしたち…友達だよね?」
ヘザーはさっと顔を上げると縋るような視線を金髪の少女に送った。
「ライバルです」
ゾフィーアは笑顔でそう答える。
「ライバルも友達だよねっ?」
「ライバルはライバルです」
あくまで笑顔を崩さず、彼女はにべも無くそう言う。
「わたしたち、レースを通じて、熱い友情で結ばれたんだよね?」
しかし、ヘザーも負けじと食い下がった。
「ヘザーさん。強敵(きょうてき)と書いて…ライバルと読むんですよ」
だが、ゾフィーアは変態へ仲間入りを拒否せんと平淡な姿勢を貫く。
「必死だね、ゾフィーア」
「お兄様は黙っていてください」
愉快そうに笑う青年に彼女はピシャリと言い放った。
「…リーリャちゃんも友達にならない?」
ゾフィーアの勧誘を諦め、ヘザーは矛先を変える。
彼女は複雑そうに、だが一縷の望みをかけて、リーリャの方へ振り返った。
少女の視線を受けたリーリャは無表情にサムズアップ。
「ヘザー……ふぁいと」
渡る世間には鬼しかいないらしい。
ヘザーは心の中でさめざめと泣いた。
「リーリャ、君まで乗るんじゃない」
黒い礼装の青年は恋人のかなり珍しい戯れに嘆息した。
「我が領域に取り込まれて、キャラ崩壊しない者はいないわっ!」
復活した裸の青年が右手で天を指差しポーズを決めながら叫ぶ。
立ち直っても、これはこれで鬱陶しい。
「…もう、ツッコまないぞ」
はたから眺めていただけで、ごっそり気力を削られた青年が流石に気さくさを失い、そう呟いた。
「戯言はさておき。どうやら、優勝候補が4人も揃っているようだな」
「話を無理矢理、シリアスに戻した!?」
黒い礼装の青年の変わらぬ冷静な態度に気さくさを落っことして青年が驚愕した。
「ケッ、何こいつ。一人だけカマトトぶりたがってよォ…?」
「そうだ、くうきよめー」
チンピラの如く変態とマイが毒づく。
「…だが、優勝候補が何人いようと、勝つのはリーリャだ」
2人の野次にも負けず、彼は黒髪の少女の肩に手を置いて力強くそう宣言した。
「聞き捨てならないね。それにその台詞、レースの後で後悔する事になると思うけど?」
穏やかな笑みを浮かべたまま、ゾフィーアの使い魔の青年は含みのある声で反論した。
「勝負は最後まで分からないさ」
ヘザーの使い魔の青年は不敵な笑みで、男たちを見回す。
「よろしい、ならば競争だ」
してやったりと喜色満面な裸の青年。
3人の青年たちは彼を微妙な表情で見つめた。
##########
「さて、くだらない雑談は終わりにしよう。
こう見えても、私たちは何かと忙しい身でね。それでは失礼」
慇懃無礼な態度を取り戻した青年はそう挨拶するとリーリャの手をそっと取る。
エスコートされ、立ち去ろうとする黒いドレスの少女の背にヘザーは思わず声をかけた。
「リーリャちゃん…」
彼女は立ち止まると紫がかった黒髪を揺らして静かに振り返る。
「…………」
リーリャの無表情な視線を受け、ヘザーは口ごもった。
けれど、それも一瞬の事。
赤紫色の髪の少女はありったけの勇気を振り絞る。
「お互い、頑張ろうね!」
言いたい事は沢山ある。
でも今は。上手くは伝えられそうにはない。
だからせめて、精一杯の笑顔を送ろう。
今度会う時、本当の言葉を伝える為に。
彼女の言葉にリーリャは微かに頷くと、ゆっくりと立ち去っていった。
「それじゃあ、僕たちもお暇(いとま)しようか?」
青年は傍らに立つ白いドレスの少女に気遣うような眼差しを向け、問いかけた。
「ええ。今夜は何だか疲れましたわ…」
ゾフィーアは疲れた表情でそう答えた。
その後、彼女は真剣な表情になり、ヘザーへと視線を向けてきた。
「ヘザーさん、誰にでも優しいのは貴方の長所の1つですけど。
何事にも限度というものがありますわ。
肝心な時に妙な優しさを出して、足元を掬われない様、気をつける事ですわね」
「うん、分かってる。レースの時はいつでも真剣勝負だよ!」
ヘザーはゾフィーアの忠告を素直に聞き入れる。
「ありがとね、ゾフィーアちゃん。あたしの事心配してくれたんだよね…?」
「べ、別に心配したわけじゃ……! ……ともかく!
今度会う時はライバル同士、正々堂々と勝負しようと…そ、そういう事ですわ!」
ゾフィーアは顔を赤くして、ヘザーから視線を逸らした。
傍らの青年はそんな彼女の金髪を優しく撫でて笑う。
「それじゃ、また」
「おう、気をつけて帰れよ!」
ヘザーと気さくな青年に見送られ、ゾフィーアたち2人はホールから出て行った。
「ヘザー、俺たちはどうする?」
「ふぁ…何だか眠くなってきたかも…」
青年の問いに彼女は小さく欠伸した。
「それなら俺たちも帰るか…」
「パーティはいいの? あたしの事はまだ大丈夫だよ…?」
「別にいいって、あんま性に合わないし」
彼は苦笑すると、ヘザーに背を向けて屈み込む。
「ほら、背負ってやるから」
「んー…」
少女は安らいだ表情で青年の背に乗った。
「あれ? 帰っちゃうの…?」
それに気づき、マイが寂しそうにヘザーを見上げた。
「うん…ごめんね………また今度遊ぼうね?」
「うん♪」
緑髪の少女は少しだけ笑顔になると元気よく頷いた。
「じゃあ、またなマイちゃん! ………それと…変態は…まあいいや」
「何? 放置プレイ!? …寂しい! でも感じちゃう!」
身悶えて自己主張する変態には構わず、ヘザーを背負った青年は歩き去った。
「さてもさて。マイたん、吾輩たちはもうしばらくパーティを楽しむとしよう」
裸の青年は気を取り直し、小さな伴侶にそう言う。
「そうだね、お兄ちゃん! まだ、全然友達もできてないし!」
マイはワクワクした表情でホールの中をぐるり見回した。
彼女には見るもの聞くもの全てが珍しい。
「うむ、いざ行かん! 友達狩りへ!!」
彼は少女の手を引き、一歩踏み出した。
「待てっ!!」
そんな青年の腕をすっかり忘れられていた白髪の小柄な男が掴んだ。
「窓ガラス、弁償してけ…!」
「……ハイ」
こうしてパーティの夜は更けていく。
11/08/07 22:16更新 / 蔭ル。
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