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第3回「空に憧れた少女(後編)」 - ヘザー編 -
 翌朝、ヘザーは朝早くから練習を開始した。
この時間帯はまだ海の水温も低い。それでも懸命に練習に励む。

 まずは昨日、会得した感覚を思い出し、水面に浮かべた板の上で姿勢を保つ。
ここまでは何とかクリア。
 彼女はひと晩経って身体が忘れていなかった事を安堵した。

 だが、ここからが問題だ。
 次に、板を浮き上がらせようと、板へ送り込んでいる魔力を方向を変化させる。
すると途端に板が浮力を失い、ヘザーは海へと落ちた。

 昨日、散々落ちた御蔭か、最近は足から落ちれるようになった。
ひやりと冷たい感覚が両足を駆け上る。

 少女は全身を震わせながら、再び板の上に立った。

 ヘザーは今、ここで躓いている。
 板を動かす為に魔力の制御―舟でいえば舵の向き―を変えた途端、板の浮力が失われてしまう。
この魔力の制御は箒を飛ばす練習で散々やった筈なのに、板だと何故か上手くいかない。

 箒と板との違いに彼女の制御(イメージ)が追いついていないのか。
それともやはり、落ちこぼれの自分には無理なのか。

 こうして何かに躓く度。少女の心は直ぐに揺れてしまう。
挫けそうになってしまう。けれど、夢の為に彼女は頑張ってきた。

 それに今はもう1つ。頑張れる理由もある。

 ヘザーは暗い気持ちを吐き出すように大きく深呼吸した。
そして、改めて意識を集中させる。

 全身を巡る魔力。素足で触れる板の感触。板に張り巡らされた魔力。
板からわずかに放出されている浮力。浮力を受けて、水面に広がる波紋。

 心を静かに保てば、目には見えない。魔力を通した感覚が開く。
その感覚に何かが小さくコツリと触れた。

 少女が水面に視線を落とすと波間に小さな木片が浮いていた。
今ヘザーが乗っている板と同様、青年が乗っていたという舟の破片なのだろう。
 小さな、その木片はいかなる運命を辿ってきたのか。
今日になって、浜辺へと流されてきた。
 木片はゆらゆらと波に揺られて、波の間を漂っている。

 もしかして。不意の閃きがヘザーに訪れた。
 箒と板の制御の方法は全く違うのかもしれない。
どうやら箒でのやり方に拘っていた為に自分の視野は狭くなっていたようだ。
こんな単純な事にも気づかないなんて。
 もし板の制御方法がこの木片と同じように波に乗る事ならば…。

 ヘザーは再び魔力を通した感覚を開いた。
ただし、今度感じるのは自分のそれではなく、周囲の空気や水に含まれている魔力を。

 熟練の飛行魔法の使い手は空気に含まれる魔力を感じ、取り込み、操り。
自らの助けにするという。いつか聞いた師の言葉。

 幸いな事にヘザーにも少しだけ、空気の魔力を飛行に利用する才能があった。

 空気に含まれるわずかな魔力を感じ取る。
魔力の流れとうねりが、風のように波のように伝わってくる。
 彼女は板で風を切り裂くのではなく、波を切り裂くのではなく。
風に乗せるように、波に乗せるように制御する。
瞬間、ヘザーの身体を浮遊感が包み、見事に板が浮いた。

(やった!)
 彼女は心の中で喝采を叫んだ。
けれど、まだまだ油断はできない。新しい制御方法はまだまだ身体に馴染んではいない。
 少女は魔力の流れを読みつつ、それに合わせて繊細に制御を変える。
ヘザーの意志に従い、板は滑るように宙を舞った。
繊細な、そのやり方はかなりの集中力と魔力を必要とした。
しかし、彼女は驚異的な集中力を発揮し、練習を重ねていった。

###############################

 太陽が中天に差しかかる頃。
 午前中の食料探しにキリをつけた青年はヘザーの様子を見る為に砂浜を訪れた。
そこで彼が見たものは砂浜に横たわる少女の姿だった。
「っ! ヘザー!」
 青年は荷物を放り出し彼女へと駆け寄る。
彼は少女の傍らに膝をつくとその華奢な身体を抱き起こした。
 まさか、体調でも崩したのか。
 ヘザーにとって野宿など初体験だろう。風邪を引いてもおかしくはない。
 青年は彼女の額に触れ、発熱の有無を確かめる。
とりあえず熱はない。
 ほっと息をつく彼の腕の中で少女が薄く目を開いた。
「う…ん…」
 眉根に皺を寄せて、彼女が弱弱しく息を吐く。
「ヘザー、しっかりしろっ!」
「あ……兄やん…」
 紫色の瞳の焦点が合い、そこに青年の姿が映る。
「どこか具合が悪いのか!?」
「兄やん…」
 潤んだ瞳が彼を見上げる。
「お腹空いた…」

 沈黙。
「はい…? ヘザー…ワ、ワンモアプリーズ?」
 青年は間の抜けた表情で彼女を見下ろす。
「うぅ…練習のし過ぎで…お腹減ったようぅ…」
 弱弱しくそう答えるヘザー。彼女のお腹もぐきゅるきゅると空腹を主張する。
「…そ、そんなオチか」
 彼は思いっ切り脱力した。
「メシにするか」
 青年は苦笑いを浮かべると少女の身体を抱え上げた。

###############################

 昼食は磯で獲ったカニを焼いて済ます。
「ごちそうさまでした♪」
 今回は沢山獲れたらしく青年も我慢せずに食べている。
 食べ物をお腹に入れた事で元気が出てきた。しばらくすれば少しは魔力も回復するだろう。
「もうお腹一杯なのか?」
 まだあるぞと青年がおかわりを勧めてくる。
「ううん、もうお腹一杯だよ」
 大人が手を広げたくらいの小さなカニだが、3匹も食べれば満足だ。
彼女は満足気に自分のお腹をさすった。

「…兄やん、午後から練習に付き合って欲しいんだけど」
「俺が練習に…?」
 突然、ヘザーにそう言われ、彼は不思議そうに少女を見た。
練習で彼ができる事などないと思っていたが。

「実は……板で飛べるようになりました!」
 彼女は誇らしさと嬉しさを満面に浮かべた笑顔で力強くそう告げた。
「やったじゃないか! おめでとう、ヘザー!!」
 少女の言葉に彼も歓喜の声を上げる。
 青年に褒められると何だか無性に嬉しい。
「それでね、2人乗りの練習をしたいんだ」
「おお…ついにここまで来たんだな!」
 彼は興奮した表情でヘザーをじっと見つめた。
「分かった…それなら付き合うよ。食料は余裕もあるし」

 2人の間に明るい雰囲気が漂う。
無人島からの脱出へ向けて大きく前進した事が彼女たちの心に希望の光を灯していた。

###############################

 食後の休憩を挟んで2人は砂浜へと向かった。
 ヘザーは砂浜に辿り着くと青年を振り返る。
「あの…海に落ちるかもしれないから…兄やんも服は脱いだ方がいいよ…?」
 彼女は顔を赤らめ、もじもじとそう言った。
「お…おう…そうだな…」
 2人はお互いに自然と背中合わせになるとそれぞれ服を脱ぎ始めた。
 背後から衣擦れの音が聞こえてきて、否が応にも鼓動は高鳴っていく。
「振り返っていいか…?」
「うん…」
 しばらくして青年は背後の少女にそう尋ねる。
 お互いにどことなく照れながら、ゆっくりと向かい合わせになった。

 ヘザーはいつものキャミソールにパンツ。
 青年は上半身裸のズボン姿だった。

「兄やん、ズボンは脱がないの?」
 彼のいでたちを見て、ヘザーは率直な疑問を口にした。
「ああ…、これ以上はちょっと…」
「そ、そうだよね…」
 気恥ずかしい沈黙が流れる。
「よ、よし! さっそく練習しようぜ!」
「…うん!」

 最初はいつも通り、ヘザーが板の上に乗り、そのままの姿勢を保つ。
彼女は普段よりも板の前側寄りに立ち、青年が後ろに乗れる体勢を作った。
「それじゃあ、いくぞ…」
「うん、いつでもいいよ…」
 彼はひと言かけてから片足を板の上に乗せた。
舟に乗った時のように沈み込むのかと思っていたが、それは揺れる事無くしっかりと彼の体重を支えた。
「よっと」
 勢いをつけて完全に板の上に立つ。少しだけ揺れたが板はまだ浮いていた。
「おお…いけるんじゃないか、これ…」
「兄やん…その…もうちょっと…あたしの方に寄って…バランスが取れないから…」
 青年が感心しているとヘザーが小さな声でそう言った。
「あ…うん…寄れば、いいんだな…」
 彼はドギマギしながら彼女の背中へ触れんばかりに、にじりよる。
「何ならくっついてもいいから…」
 消え入りそうな声でヘザーはそう付け加えた。
「え…いいのか…?」
「そ…その方が…安定すると思うから…」
「分かった…」
 青年は意を決して背後から彼女へと密着した。
少女の柔らかい肌から彼女の温もりと鼓動が伝わってくる。
 半裸の幼い少女と肌を合わせていると何だかイケナイ事をしているようで、我知らず昂ぶってくる。
「それじゃあ、始めるよ」
 1人で勝手に悶々しているとヘザーの真剣な声が聞こえた。
その声に彼も気持ちを切り替える。
 板がふわりと浮き上がり、青年は上から押さえつけられたような感じを覚える。
「浮いてる…!」
 初めて味わう不思議な感覚に彼は感動する。
2人を乗せた板はよたよたと海上を滑っていく。
「すごい…このまま行けば…!」
 そう青年が叫んだ瞬間、ガクンと大きく板が揺れた。
「きゃ!」「うわっ!」
 そのまま板は水面へ沈み、2人は海へと落下した。
「うっぷ。ヘザー、怪我はないか?」
 水面に浮かび上がった青年は少女の小さな身体を引き寄せた。
「うん、平気だよ」
 しかし、そう答える彼女はどこか上の空だった。

「でも、やったじゃないか。最初から上手くいくなんて。
この調子なら、2人乗りもできるようになるんじゃないか?」
 彼は手ごたえを感じて、興奮気味にそう、まくしたてる。
「うん、そう…だね…」
 それ故に少女がどこか浮かない表情をしている事に気づかない。
「よし、練習を続けようぜ!」

 板を持ち、波打ち際近くまで戻り、まずヘザーが板の上に乗った。
続いて、青年も板に乗ろうとした。
「あっ…!」「うおっと!」
 青年が体重をかけた瞬間、板が水の中に沈み込んだ。
板が大きく傾き、2人揃って水の中に落ちる。
「なんだ…失敗か…?」
 思いがけない出来事に彼は怪訝な表情を浮かべる。
「…………」
 少女は俯いたまま、じっと板を見つめていた。
「ま、まあ、こういう事もあるよな…!」
「う…うん…」
 青年にそう励まされて、ヘザーは三度、板の上に乗ろうとする。

しかし。少女の足の下から、ずるりと板が滑り、彼女は海へと落ちた。
「ど、どうしたんだよ…ヘザー」
 彼は困惑しながら、少女へ手を差し伸べる。
「ごめんね…兄やん。今日はもう練習できないよ…」
 そう答えるヘザーの瞳は涙でにじんでいた。

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 静かな夜の帳が小さな島を包んでいる。
 青年とヘザーは黙ったまま、焚き火を囲んでいた。
結局、練習は中止となり、こうして夜を迎える事になった。
 ヘザーはあれから塞ぎ込んだまま、ひと言も喋らない。
 彼の方も困惑と期待が外れた重い失望感をずるずると引きずってしまい、話かけるタイミングを失っていた。

 無言のまま、重苦しい雰囲気の夕食を済ませる。
その後、2人は気まずい空気のまま、ぼんやりと炎を見つめていた。

「ヘザー、何が起こっているのか。教えてくれないか」
 先に沈黙を破ったのは青年だった。
 俯いていた少女は逡巡した後、観念したように顔を上げ、重い口を開いた。
「魔力が足りないの…」
「魔力?」
 彼は今まで魔法にまるで縁が無かった為、初っ端から理解できない。
けれど、事態がかなり深刻な事だけは彼女の口ぶりから感じ取れた。
「魔力は私たち魔女の身体の中にある魔法の力の源。
例えば、魔法をこの焚き火だとすると、魔力は燃料となる薪のようなものなの。
燃料が無ければ、火が燃えないように。魔力が尽きれば、魔法は使えないの…」
「つまり…燃料切れって事か…」
 落胆する青年にヘザーは頷いた。

「…魔力は何とか補給できないのか?」
 青年の口から当然の質問が出た。
「…ひとつだけ方法があるの」
 彼女は俯いて視線を逸らしながら、小さな声でそう答えた。
「兄やんがあたしに精を注いでくれたら、魔力は回復するの」

 周囲は沈黙に包まれ、薪の爆ぜるパチパチという音がいやに大きく聴こえる。
「せ、精……?」
 彼は唖然とした表情で向かい側に座る幼い少女を見つめた。
「あたしのお口か、おまんこに…兄やんの精液を飲ませてくれたら……」
「お、女の子が、おまん……とか言うんじゃありません!」
 混乱した青年は反射的にそう叫ぶ。

 それって、ヘザーとセックスするって事だよな!?
こんな小さい子と!?
幾らなんでもそれは道徳的にマズイだろ…。
てか、可能なのか、そんな事。
 完全に混乱した青年の頭に様々な考えが浮かんでは消える。

 それと同時に彼の心と身体は、その背徳的な行為への期待感で熱く昂ぶっていく。
何度も目にした幼い未成熟な肢体。
それを思う様に汚してみたい。
そんな暗い獣欲が心の底から湧き上がって来る。

(くっ…何を考えているんだ…俺は…!)
 青年は大きく頭(かぶり)を振り、欲望を強く否定する。
彼は目を閉じ、気を落ち着かせる為、ゆっくりと深呼吸した。
 青年は目を開けると真っ直ぐに彼女を見つめる。
「ヘザー、そういう事を軽々しく言わないでくれないか。
君が言っている行為はその…大切な相手と…するものだろう?」

「軽々しく言ってなんかないよ…」
 少女は瞳を伏せると悲しそうにそう答えた。
「兄やんだから…言ったんだよ…」
 彼女の言葉に彼ははっと息を飲んだ。
「あたしは兄やんになら…エッチな事されてもいいから…」
 ヘザーは視線を上げ、揺れる瞳に青年の姿を映した。

 少女の濡れた瞳に、はっきりと彼女の覚悟が宿っているのが見えた。

 魔力を補給しなれば、この島から脱出する事はできない。
それ以外に生還する術は無い。
今は何とかなっているが、このままでは2人とも野垂れ死にという結末が目に視えている。
 思考を巡らせば、言葉を重ねれば。少女を犯す口実が幾らでも見つかる。
自分の浅ましい欲望を正当化する為の偽りに満ちた言葉が湧いてくる。

 それと同時に。彼女へと抱いていた未知なる想いが形へと、言葉へと変わっていく。
保護欲。責任感。
好意。愛情。
そして憧れ。

 彼女を。彼女だからこそ助けたいと想う。
自分には無い、夢を抱き、純粋にそれを信じている彼女だからこそ。

その想いが青年の決断を後押しした。

###############################

「分かった。精を出す。ただし、そ、挿入したりとかはしない!
手の平か何かに射精するから…それを…の、飲んでくれ!」
 彼はそう口走って、顔を真っ赤に染めた。
口にすると死にたくなる程恥ずかしい。
本音を言えば、今すぐ、この場から逃げ出したい。

「うん…それでも…いいけど…」
 ヘザーはどことなく不満そうに了承する。

「そ、それじゃ…直ぐに出すから、ちょ、ちょっと待ってくれ…」
 青年は立ち上がり、ズボンから逸物を取り出すと自らの手で扱(しご)き始めた。

「…兄やん。オ、オナニーするには…オカズが必要だよね…?」
 恥ずかしげにそう尋ねながら彼女がゆっくりと近づいてくる。
「う…ま、まぁな…」
「だったら、あたしをオカズにして…」
 ヘザーはそう言うと服をはだけさせた。
 一瞬、止めさせようかと思ったが、彼の息子は現金なもので半裸のヘザーにバッチリ反応していた。
この異常な茶番を早く終わらせる為と青年は自分を誤魔化し、彼女の好きにさせる。

 少女は自ら、胸と幼いすじに手を這わせ、淫肉を刺激していく。
「…んふ…ぅ…兄やんは…ぁ…くん…意気地なしのぉ…ぅんっ…ヘタレ…だよぉ…」
 小さな蕾と肉豆を魅せつける様に慰めながら、そんな事を言ってくる。
「…はぁっ…あたしが…っっ…OKしてるのにぃ…んん…手を出さないなんてぇ…」
 ヘザーの喘ぎ声は徐々に高く淫らな色を帯びていく。
その独白がまるで催眠術のように青年の身体を熱く痺れさせる。
「…ひゃぁ…兄やんの…おちんちんを…見せつけられてぇ…っぁ…お腹の…奥が…ぁ…きゅん…って…なってるのにぃ…」
 焚き火の明かりの中で彼女は快楽に悶え、肢体を揺らす。
その淫靡な踊りから目を逸らす事ができない。
彼も逸物から先走りの汁を溢れさせ、呼吸を乱していく。
「…あぁっ…おまんこもぉ…んぅっっ…ぐちょぐちょに…なってるのにぃ…」
 やがて物足りなくなったのか。ヘザーは二本の指を立てると自らの陰門へと沈み込ませた。
少女の無毛の秘所が蜜で湿ってゆき、くちゅくちゅと水音を立てる。
「…ふあぁっん!! …にぃ…兄やんっ…! 気持ちいいよぉ…っ…!!」
 切なそうな声で少女は彼を呼びながら、自分の膣内(なか)を掻き混ぜる。

 何時の間にか、2人の喘ぎのリズムは一体となり、お互いの情欲を昂ぶらせていく。
快楽がシンクロし、自らの指がまるで相手の性器であるかのような錯覚に陥る。

「うっ…!」
 精液が彼の奥から逸物を登ってきた。精液を充填され、逸物が硬さを増す。
「…うあぅんっ…兄やんっ…! 一杯出してえぇ…っ…!!」
 ヘザーは彼の前に跪くと逸物の正面で大きく口を開いた。
「出るっ…!」
 彼の叫びとともに逸物が脈動し、吐き出された精液が少女の口を顔を汚していく。
「んむ…んっ…あつい…んぅ…っ……」
 ヘザーはそれを舌で受け止めながら、うっとりと身を震わせる。
彼女の足元では太股をびしょびしょに濡らした愛液が水溜りを作っていた。

「えへへ……兄やんの…味がする……」
 甘い精液の匂いに酔いしれながらヘザーが微笑む。
「…満足したか?」
 彼女から目線を逸らしながら青年はそう問いかけた。
彼は少女の顔をまともに見る事もできなかった。
 ヘザーの甘い声色を聞くだけで息子がピクリと蠢く。
これ以上続ければ、自分でも歯止めが利かなくなりそうだった。
「…うん。お腹一杯になったから赦してあげる…」
 彼女はふにゃっとした笑みを浮かべたまま、ゆっくりと前のめりに倒れる。
「お…おい…!」
 青年が慌てて受け止めるとヘザーは目をトロンとさせながら、むにゃむにゃと呟いた。
「今日は一杯頑張ったから…疲れちゃった…おやすみ、兄やん…」
 そして、彼の腕の中で静かに寝息を立て始める。
 青年は大きな溜息をつくと後片付けに取り掛かった。

###############################

「おはよう、兄やん! さあ、今日も一日頑張ろーっ!」
 朝日を浴びて、ヘザーの赤紫色の髪が揺れる。
昨夜、魔力を補給した所為か、今朝の彼女は元気一杯だった。
「おう…」
 精をたっぷり吐き出した所為か、あるいは痴態を彼女に見られた恥ずかしさからか。
あるいはその両方か。青年は複雑な表情で力無く応えた。

 2人でいつもの浜辺へと向かう。
 波打ち際に板を浮かべて、ヘザーがその上に乗る。
だが、昨日のように板が沈む事は無かった。
これで魔力が戻っている事がはっきりと分かる。
「行くぞ…」
 青年は短くそう宣言し、板へと足をかけた。
彼が上に乗っても板はビクともしない。
「それじゃあ行くよ!」
 ヘザーの力強い宣言とともに板がふわりと空に舞い上がった。

 青年の眼下で彼の見知った世界がどんどん小さくなっていく。
「何だ…これ…」
 絶えず身体を浮遊感が包み、潮風と彼の身体とがひとつになったように感じられる。
「これが…空を飛ぶってことなのか…」
「凄いでしょ、兄やん。あたしもね、最初はびっくりしたんだよ。
ううん…今でもね。空を飛ぶ度にドキドキしているよ…」
 ヘザーが肩越しに振り返り、嬉しそうな表情で笑う。
「ああ、最高だな…!」

 板は驚くほどに安定し、滑るように空を進んでいく。

 青い絨毯のように足元に広がる海の上を2人は飛んだ。
板が次々と波を追い越して行く。
「ヘザー…もしかして…」
 景色に見蕩れていた彼は我に返り、少女へと問いかけた。
「うん…あたしたち…今、海を越えてるよ…」
 彼女は前を見据えたまま、静かな口調でそう答えた。
「そうか…」

 不意に沈黙が訪れ、2人はしばらく風に吹かれ、お互いに言葉を探す。
そうしている内に、前方に陸が見えてきた。

 青年にとって見覚えがある砂浜。その向こうに広がる小さな漁村。
 ああ、ついに自分は帰ってきたのだ。それを目にして、彼は感慨に浸った。
長いようで短い。そして、かけがえのない体験だった。
少女の背に視線を落としながらそう考える。
徐々に2人の乗った板が高度を下げていく。けれど、これでそれも終わりなのだ。

 やがて、板は音も無く砂浜へと着地した。

 彼は無言で地面に降り立つ。
空を飛んでいたのはわずかな時間の筈だったが、馴染み深い地面の感触が妙に懐かしい。

「ありがとう、ヘザー。君の御蔭で俺はこうして村に帰る事ができた」
 一瞬の内に様々の想いがよぎり、結局、口から出たのは彼女への感謝の言葉だった。
「ううん、兄やんが励ましてくれたから。
あたしは頑張れた。半分は兄やんの御蔭だよ」
 少女は青年に背を向けたまま、平静な口調でそう答える。
「ここでお別れだね…。ありがとう…兄やん…。
兄やんの御蔭で…あたしは飛べる…ように…なった…。夢に…一歩…近づけた…」
 言葉を紡げば、紡ぐほど、声に涙の色が混じってしまう。
「後は自分で頑張ってみるね…それじゃあ…」
 そのまま、飛び去ろうとするヘザーの手を青年は迷わずに掴んだ。

「ヘザー、待ってくれ…背中を向けたまんまサヨナラなんて、あんまりだろ?」
 彼は優しい声でそう言いながら、少女の手を引き、彼女をゆっくりと振り向かせた。
「兄やん…」
 ヘザーの涙に濡れた瞳が青年を見上げる。

「俺は君の夢を応援したいんだ……」

「だから…君の傍に居させてくれ……」

「俺に何ができるかは分からない。けど、君の夢が叶うまで、ずっと傍にいるから…」

「兄やん!」
 弾かれたように少女は青年の胸へと飛び込んだ。

「…あ、あたしも兄やんと…もっと…ずっと一緒にいたい…」
 彼は彼女の小さな身体を受け止め、両手で優しく包みこむ。

「ああ…、ひとつだけ訂正するよ」
 不意に青年がそう言った。ヘザーの眼差しに彼の笑顔が映る。

「君の夢が叶った後も。いつまでも、ずっと傍にいるから…」

 彼の言葉は少女に元気と笑顔をくれる。だから…。
「兄やん、これからもよろしくね!」
 彼女は愛しい者へと想いを込めて抱きついた。

###############################

 その後、幾多の困難を乗り越え、少女は夢の大舞台へと立つ事になる…。

 ヘザー=タウンゼント。
 今まさに彼女の新たな挑戦が始まろうとしていた。
11/06/23 15:57更新 / 蔭ル。
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■作者メッセージ
ヘザー=タウンゼント
使用魔具:ソニックビート(スカイボード)
スピード:5 コントロール:2 スタミナ:2
 使用する魔具は箒の立ち乗りから発展した木の葉状のボード。
魔力を含んだ風に乗り、空気中を滑るように走る事ができる為、スピードは参加者中最速。
ただし、立ち乗りは制御が難しい為、コントロールの面にやや難がある。

※自分の妙なこだわりが恨めしい(笑)
こんなエッチシーン、誰得?

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