君は月、僕は水たまり
午後の穏やかな日差しが草原へと降り注いでいた。
爽やかなそよ風に草木が踊り、まるで浜辺の波のように揺れている。
その若草色の絨毯の間を白い影がちょこちょこと跳ねる。
「まだ、大丈夫だよね?」
その影は緑がかった金髪の少女だった。
彼女は夕陽色の瞳を腰から下げた携帯時計へと向けて、そう呟く。
そして、移動を再開する。
少女が跳ねるのに合わせて、彼女の頭の上で細長い2本の耳が揺れる。
そう彼女は人間では無い。ワーラビットと呼ばれる魔物である。
彼女の名前はパット。ここ、綿雲ヶ丘に暮らす住人の1人だ。
「ちょっと、分けてもらうね」
パットは草木にそう断ると丁寧に葉っぱを千切り取った。
千切った葉っぱは左手に提げたバスケットへと納める。
彼女は野草摘みを生業としていた。
綿雲ヶ丘に生える野草を採取して、近くの人間の村へ持って行って卸す。
彼女はそうやって暮らしを立てている。
だが、最近の彼女には1つだけ悩みがあった。それは…。
パットの白い耳がピクリと動き、不意に彼女は足を止めた。
「ええ!? も、もう来ちゃったの!?」
さあっと彼女の顔が青ざめ、パットは半ば悲鳴のようにそう漏らした。
「ど、どうしよ…!」
混乱した彼女は意味も無く、その場でぐるぐると回り始める。
その間に聞き慣れた足音がどんどん近づいてくる。そして…。
なだらかな起伏の向こうから現れたのは若い男だった。
パットが気づいた足音の持ち主。近くの村に住む木こりのブレオである。
彼は一体何にするつもりなのか、肩にシャベルを担ぎ、背中にパンパンに膨れたバックパックを背負っていた。
「あ…」
パットとブレオの目が合う。
「おい、パット…」
口を横に真一文字に結び、鋭い目でブレオが呼びかけてくる。
長身な上、毎日の仕事で鍛えられた肉体は威圧感バリバリである。
「き…」
パットの赤い目が大きく見開かれる。
「き?」
「きゃあああああああぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
パットは盛大な悲鳴を上げるとその姿の通り脱兎の如く逃げ出した!
「ま、待て!」
ブレオは荷物を放り出し、彼女を全速力で追いかけてくる。
「来ないでえええええええぇぇぇぇぇぇぇっ!!!」
悲鳴の尾を引きながらパットが走る走る。
その速度はとても人間の追いつけるものではない。
「くそ…ぉ…っ! 待ち…やが…れ…っ!」
息切れを起こしたブレオはその場にガクリと膝をつき、荒い息で吐き捨てた。
###############
「はあっ、はあっ、はあっ!」
男を振り切り、さらに10分間の全力疾走を成し遂げた少女は草の上に倒れこんだ。
四肢を投げ出し、仰向けに寝転がる。
彼女が空気を求めて喘ぐ度に柔らかな獣毛に覆われた胸がプルプルと上下に揺れる。
「うう…どうして…私がこんな目にぃ…」
パットは手の甲で涙を拭いながら独りごちた。
ブレオが始めて、パットに声をかけてきたのは1ヶ月前。
それはある日、彼女がいつもの様に野草を卸しに村に出かけた時。
雑貨屋の店先で店主と世間話に興じていた彼女は突然背後から呼びかけられた。
「おい、そこのお前…」
まるで獣がうなる様な低い低音。
びっくりして、振り返った少女の視界を男の長身が遮る。
気がつけば、いきなり彼女の真後ろに1人の男が立っていた。それがブレオだった。
彼は射抜くような視線で彼女を見下ろしていた。
「うきゃあああああああぁぁぁぁぁぁぁっ!??」
それが初めての逃走だった。
最初の2週間。ブレオは走って、パットに追いつこうとした。
彼女が村を訪れた時。彼女が丘で野草を摘んでいる時。ブレオは姿を現し、彼女を追い回した。
彼の執念は凄まじく、疾走の最中、疲労で足をもつれさせ、一度、坂から転げ落ちた程だ。
その時はパットも流石に心配になり、地面に横たわった彼の様子を恐る恐る確認に戻った。
###############
汗と土塗れになってブレオが地面に横たわっていた。
パットは岩陰から恐る恐る顔を出して、男の様子を覗く。
しかし、流石に10mも離れていては細かい様子は全然分からなかった。
風に乗って、パットの長い耳へ男の荒い息遣いが聴こえて来る。
どうやら生きてはいるようだ。
「あのっ! だ、大丈夫ですか!?」
意を決して少女はそう呼びかけた。
「う……ああ…大丈夫だ」
手負いの獣のような荒い息の中、ブレオの低い返事がかえってきた。
「お前に頼みがあるんだが…」
「な、何でしょう!?」
不意にそんな事を言われ、咄嗟にそう返したパットの声は完全に裏返っていた。
「…もう少し、こっちに来てくれないか?」
「こ、こ、こ、怖いから! ぜ、ぜ、ぜ、絶対に嫌!! です!!!」
激しくどもりながら彼女は即座に拒否した。
「…そうか」
そう呟いたブレオの声はどこか悲しそうな響きを帯びていた。
「じゃあ、もう1つ頼みがある」
「な、な、何と言われても! 絶対にそっちには!! 行きませんから!!!」
彼女にとりつく島は欠片も無いようだ。
「いや、そうじゃなくて…お前の名前を教えてくれ…」
「え?」
「その…名前が分からないと…呼びかけ辛い…」
その時まで2人はお互いに名前も知らないままだった。
まあ、出会うと即座に追いかけっこが始まるのだから仕方も無いが。
「あ…はい…私はパットと言います」
「そうか…俺はブレオだ」
意外と律儀な性格なのか、男はそう名乗り返してくる。
「パット…」
低い声が彼女の名を呼ぶ。
「は…はい…何…ですか?」
「パット…必ず…追いついてやるからな…」
彼がその顔に野獣のような笑みを浮かべる気配が少女へと伝わってきた。
###############
あの時、ついうっかり名前を教えたのが不味かったのだろうか。
もっといえば、擦り傷、捻挫、破傷風に効く各種薬草を彼の傍(10m)に置いてきた。
自分のお人よしさ加減が嫌になる。後悔先に立たずだ。
「今日はもう帰ろう…」
パットは大きな溜息をつくとのろのろと身を起こした。
念の為、男の姿が無いか、周囲を見回しつつ、ビクビクしながら帰路につく。
ここ、2週間、ブレオは彼女の家の周りをうろつく様になっていた。
さすがに家の中に押し入ってくる事はないものの、一度など、玄関の前に気配を感じた事もある。
こういう時、1人暮らしは心細い。
彼女は憂鬱な気分になりながらトボトボと跳ねていった。
パットの住む穴倉住宅は丘の南側にあった。
彼女が玄関の手前、数十mに近づくと家の前に1人の人物が立っているのが見えた。
最初はぎょっとなった少女だが、すぐにそれが自分の友人だと分かった。
「パット、お帰りー。遊びに来ちゃった♪」
片手を上げて、軽い調子でそう笑う女性の頭にはねじくれた角が生えていた。
ついでに言えば、背には蝙蝠のような翼と黒い尻尾が備わっている。
「ふぇえええ……ラナぁ…っ…!」
少女は懐かしい友人の顔を見た安堵のあまり、そのサキュバスの女性の胸に飛び込む。
「ちょ!? どうしたのよ、いきなり?」
グラマラスな友人は困惑しながらもしっかりとパットを受け止めてくれた。
###############
カポーンと読者の心の中でそんな音が響く。
流石に地下の一軒家(?)だけあって、浴室に2人で入るとちょっと狭い。
命からがら帰宅したパットは汗を流す為、入浴する事にした。
そして、何故かサキュバスのラナも一緒に入ってきた。まあ、裸の付き合いという奴である。
「はい、両手を上げてー」
ラナはパットの正面に座ると石鹸を泡立てたタオルを彼女の肌に擦り付ける。
「ひゃっ! く、くすぐったいよ、ラナ!」
泡塗れになって、パットが身をよじる。
「ほら、暴れない! 全身汗まみれになったんだから綺麗にしないと」
「や、やっぱり、自分で洗うからっ」
「ほっほ、照れない照れない。お姉さんに任せなさいって」
ラナはここぞとばかり全力でスキンシップを図ってくる。
そんな彼女の行動にパットは身体ばかりか、心の中までこそばゆかった。
(ありがとう、ラナ。これも1つの励まし方なんだよね)
かなりのポジティブシンキングだが、パットの中ではそういう事になっていた。
「ちょっと狭いわねー」
2人でバスタブに入るとかなりいっぱいいっぱいだった。
まず身長が高いラナが入り、その膝の上にパットが座る形だ。
「うーん、やっぱり私、外に出てようか?」
「いいって、いいって。私としては、この密着感が…」
うへへと笑うラナをパットがジト目で振り返る。
「ラナ、おじさんみたい…」
「誰がおじさんよっ!」
「それはさておき」
コホンと咳払いしてラナ。
「一体どうしたの? 何か尋常ならざる事が起きてるようだけど?」
「うん、実は…」
ラナの質問にパットはあらましを切々と話し始めた。
「はぁ!? それってストーカーって奴じゃないの!?」
話を聞いたラナは大声を上げた。浴室の中なのでよく響く。
「…なのかぁ、やっぱり」
パットは項垂れて溜息をつく。放っておくとそのまま沈んでいきそうだ。
「しっかりしないと駄目よ、パット。そういう輩は放っておくとつけ上がるんだから!」
そう彼女は力説する。
「一度、ビシッと言ってやらないと! 後々、面倒な事になるんだから!」
「め、面倒な事?」
ここから先はラナのシュミレーション(妄想)です。
・ストーカーを放置する→(ストーカーの心情)「もしかして、自分に気があるのかも」
・パットに本当の恋人ができる→(ストーカーの心情)「酷い、浮気するなんて!」
・(ストーカーの心情)「貴方を殺して、私も死ぬ!」→包丁END
「…って事になるんだからね」
「ええっ!? どうしよ!? どうしたらいいの、ラナ!?」
ラナのシュミレーション(妄想)を聞いたパットが悲鳴を上げる。
「私も協力するから、2人で何とかしましょ」
「…ありがとう、ラナ」
誰でもに世話を焼いてしまうのがラナというサキュバスだった。
###############
翌日、2人は揃って野草摘みへと出かける事にした。
ラナがとりあえずストーカー(ブレオ)の顔が見たいと言い出した為だ。
「それじゃあ、行きましょうか!」
ラナは気合を入れる為か力強い笑顔でそう言う。
「う、うん…」
対するパットの表情は優れない。やっぱり気が重いのだろう。
「ほら、最初から挫けてどうするの?」
ラナに手を引かれる形で2人は家の外へ出た。
そして、外に出た2人の目に飛び込んできたのは奇妙な光景だった。
「…ねえ、パット?」
「な、なあに?」
思わず揃って足を止めた2人。
「件のストーカー…ブレオだったけ?」
「う、うん…ブレオ」
お互いに顔を見合わせれば、2人とも同じように目を点にしている。
「そいつってバカなの?」
沈黙。
「そ、そうかも…」
視線をソレに戻してパットが失礼な答えを返す。
「まあ、面倒そうな相手である事は分かったわ」
ラナも呆れながらソレを見る。
パットの家の前にあったもの。それは落とし穴だった。
走って追いつけないなら罠を仕掛けるという発想は分かる。
だが、わざと目立つように仕掛けている意味が分からない。
その落とし穴は玄関の延長線上、パットが最も通る場所に掘られてあった。位置はまあ最適だ。
だが、落とし穴の上のカモフラージュは茶色い枯葉だった。周囲は緑色の原っぱだというのに。
さらに言えば、落とし穴の手前にはご丁寧に立て札まである。
そこに書かれている文字は『落とし穴注意!』。
極めつけは落とし穴の周囲に張ってあるロープ。木の棒を立て、それに渡してあるロープ。
これではロープを乗り越えでもしない限り、落とし穴に足を踏み入れる事もない。
「一体、何がしたいのよ?」
「さ、さあ?」
2人揃って呆然とソレを見つめる。
「はっ、まさか! これは高度なトラップ!?」
ラナはハッと思い至り、驚きの声を上げる。
彼女が住処としているダンジョン。そこにはこんな格言があった。
『トラップとは場所に仕掛けるものではない。人の心に仕掛けるものだ』
「危険な罠にわざと気づかせ、それを迂回すれば安全だという人の心理を逆手にとる。
これはかなり高度なトラップよ」
やるわね、とラナが戦慄する。
「そ、そうなの?」
今まで罠とは無縁の生活を送ってきたパットが不安そうな表情で友人を見る。
「今、確かめるから。パットは動かないで」
「う、うん。分かった」
ラナは玄関脇に立てかけてあった箒(ほうき)を掴むと翼をはためかせた。
彼女は地面すれすれを滑る様にゆっくりと飛ぶ。
落とし穴の手前まで飛んだラナは手にした箒を緑の草原に突き立てる。
確かな地面の手ごたえ。
「ふむ…」
彼女は落とし穴の周りを一周しながら、順番に箒で地面を探る。
だが、落とし穴の横に、別の落とし穴が仕掛けられている様子は無い。
最後に彼女は枯葉が敷き詰められている部分を箒で突いてみた。
ズボッと箒が枯葉を突き抜け、地面の一部に穴が空く。
「さあ、迂回路は確保したわ。行きましょ、パット」
ラナは滑るように帰ってくるとにこやかに宣言した。
「高度な罠は!?」
「ブレオって奴は木こりなんでしょ? そんな奴に高度な罠が仕掛けられる訳ないじゃない」
ラナはあっさりと手の平を返し、鼻で笑う。
「まあ、ちょっと不便だけど、実害も無いし。放って置きましょう」
「うう…いいのかな…」
友人の適当ッぷりに納得できないものを感じながらパットが呟いた。
###############
その日は運悪くというか、逆に運良くというべきか。
パットたちはブレオと遭遇しなかった。
だが翌日、彼女達はさらに驚く事となる。
「今日こそはブレオって奴をとっちめてやるんだから!」
昨日を肩透かしを食らって、逆に気合が入ったのか、ラナが息巻いていた。
しかも、最初とちょっと主旨が違っている気がする。
(このまま、今日も何事もありませんように…)
パットはそう祈りながら玄関の扉を開く。
どうやら昨日の落とし穴の件は彼女の中で無かった事にされているようだ。
今日も綿雲ヶ丘はいい天気だ。穏やかな日差しと優しい風。
彼女の家は南向きに玄関がある為、扉を開けると真っ先に青い空と緑の草原が目に入る。
青い空に浮かぶ柔らかそうな雲。その下に広がる若草色の絨毯。
そして、草原に立つ見慣れぬ小屋がまるで一枚の絵画のような風景を…。
…見慣れぬ小屋? 違和感に気づき、パットが足を止める。
昨日まであんな所に小屋なんてなかった。もしかして…。
パットは恐ろしい想像をしてガクガクと震え出す。
「まさか一晩で敵陣の目の前に砦を気づくとは…。ブレオ、恐ろしい子」
ラナがシリアスな顔でそう唸った。
それは簡素ではあったが、しっかりした造りの小屋だった。
骨組みは丸太をロープで縛ったものでガッチリと組まれ、その上から藁を葺いて、
雨風を凌げる様になっている。さらに出入り口には頑丈そうな扉が空きっぱなしになっていた。
ちなみ小屋とは関係ないが昨日の落とし穴はキチンと埋め立てられていた。
「どーしよ…? こんな所で待ち伏せされたら、家に帰れないよ…」
絶望に赤い目を潤ませながら涙声でそういうパットはすでに半べそ状態だ。
「うう…」
彼女が鼻をすすり上げる。
「ん…?」
すると彼女の鼻腔を美味しそうな匂いがくすぐった。
パットの涙ににじんだ視界へ地面に点々と落ちている赤いモノが映った。
「この匂いは、もしかして…」
「何なの? あのいかにも罠くさい人参は?」
同じく赤いモノ―地面に落ちている人参に気づいたラナが訝しげな声を上げた。
「違うよ…! あれは只の人参じゃないよ! あれはこの近辺の村で評判の幻の人参だよ!
とっても美味しいって評判なんだから!」
さっと涙を拭ったパットが拳を握り締めて力説する。流石、ウサギというべきか。
「と、とっても美味しそう…」
そして、我知らず、花の蜜に誘われる蝶の如く、少女がフラフラと跳ねていこうとする。
「いやいや、待ちなさいって! どう見たって罠でしょうが!」
ラナが素早くパットの背後に回りこみ羽交い絞めにした。
「は、放して〜、早くしないと人参が腐っちゃう!」
彼女の腕の中で少女がジタバタと暴れる。
ラナの言うとおり、人参は小屋の入り口へ続くように落ちている。
頭では分かっている。だが本能が身体を動かすのだ。ビバ食欲。カモン人参。
「ええい、落ち着きなさいって! いまさら、貴方にハラペコ属性が追加されてもしょうがないのよ!」
「我慢できないよっ!」
パットの身体は意外と柔軟だった。
両脇の戒めからスポンと腕を抜くと彼女は驚くべき速さで人参へと飛びついた。
「えへへ! こんにちわ、人参さん♪」
パットは次々と人参を拾っていく。その先に待つのは例の小屋。
「この、白ウサギっ娘がっ!」
ラナは意味不明の罵声を上げながらパットの背後から襲い掛かった。
タックルしながら少女の腰をホールド。ここから先には絶対行かせないッ!
「うきゃあっ!?」
2人して、小屋の入り口前の地面に転がる。
「いたた…あれ、私何を…?」
地面に倒れた衝撃で正気を取り戻した(?)のか、そんな事を言いながらパットが身を起こした。
「え? ええ?」
そして、気づく。自分が小屋の目の前まで来ている事に。
中にブレオがいたら一巻の終わりだ。彼女は青ざめた表情で開け放たれたままの扉の中に視線を移した。
だがしかし、幸いな事にブレオの姿は無かった。
ほっと息を漏らす少女。だが視界に否応なしに映った小屋の完成度が彼女に新たな不安を生む。
小屋の片隅には小さいながらも頑丈そうな石造りの竈(かまど)が備わっていた。
火こそ入っていないものの、火おこしの道具と数日分の薪が置いてある。
天井に煙り抜けの穴もあるので換気はバッチリだ。
内部の反対側に目をやれば、地面に敷き詰められた藁の上にシーツが敷かれ、その上に毛布が折り畳んである。
これなら一夜を快適に過ごす事もできるだろう。
そして何より、小屋の真ん中に置かれた皿の上の大量の人参…。
「人参…じゅるり♪」
「それはもういいっての」
背後から繰り出されたラナのチョップがパットの脳天に突き刺さる。
「あうっ!?」
「まったく貴方って子は…少しは学習しなさいよ」
ラナはとても疲れた表情でパットの顔を見つめた。
「うう…ごめんなさい…」
「よく見てみなさい。人参の皿に紐がついているでしょう?」
彼女の指差す皿の端に確かにピンと張った紐が見える。
その紐は壁に向かって伸び、壁を伝って、入り口の扉に繋がっていた。
「うん、紐がついてるね…」
チラチラと人参を気にしながらパットが同意する。
ここから先はラナのシュミレーション(妄想)です。
・(パット)「あ! 人参だ! 美味しそう!」食欲に負けたパットが小屋の中に入り、人参を取る。
・罠が作動し、扉が閉まる。(ブレオ)「ふっふっふ計算どおりだ」
・(パット)「うわーん! 出られないよー!」→やって来たブレオにお持ち帰りされる。監禁END。
「…っていう罠なのよ、これは。いわゆる、巨大なネズミ捕りね」
よく見れば、空きっぱなしの扉には掛け金がついている。
たぶん、扉が閉まった衝撃で、掛け金がはまり扉を開かないようにする仕組みなのだろう。
「何でこんなに快適空間なのかは分からないけど」
小屋の中の様子を覗き込みながらラナが呆れた。
パットがこの調子なら、もっと簡単な形状でも引っかかった筈だ。
何で、こんなに生活しやすいようになっているか、全く理解不能だ。
「まあ、これも無視すれば、問題ないでしょ?」
見破られた罠など既に罠ではないのだ。そういうラナにパットは不満の声を上げた。
「えー、でも人参がー!」
「いや、罠だって言ってるでしょ!」
「罠でも人参に罪は無いもん、人参。腐っちゃうよ、人参」
「どんだけ人参が好きなのよ!」
かくなる上はもう一度伝家の宝刀(チョップ)を抜くしか。ラナは右腕に力を込める。
「そっか、言い事思いついた、人参♪」
妙な語尾を使いながら、パットが顔を輝かせた。
「要は出られなくなるのが問題なんだよね、人参?」
「まあ、そうだけど…」
彼女の無邪気な微笑みに気圧されて、ラナは動きを止めた。
「だったら、外からラナが開けてくれればいんだよ、人参♪」
時に(人参に対する)狂人の発想は常人のそれを凌駕する。
そして、彼女たちは大量の人参を手に入れた。
###############
「もうなんかね、私疲れちゃった…」
翌日、ぐったりとした顔でラナが弱音を吐いた。
夕食、朝食と2食続けて、人参三昧というのもいただけない。美容には良さそうではあるが。
「ええー、まだブレオの顔も見てないのに。しっかりしてよ、ラナ」
逆にパットは人参分を摂取して数週間ぶりに元気を取り戻したようだ。
その人参も半ば、宿敵であるブレオがくれたようなものだが、この際気にしない。
ブレオが罠作戦に切り替えた所為か、パットはここ2日、彼の姿を見かけていなかった。
そうなると自分でも不思議な事に、何だか胸がもやもやしていた。
最近、毎日彼の姿を見ていたせいだろうか。
きっと、次に彼が何を仕掛けてくるか分からないから不安なんだ。そう思うことにする。
事実、昨日もラナがいなければ危ない所だったし。
「今日も野草摘みに出かけようと思うんだけど…」
「うー、はいはい。勿論、付き合うわよ…」
しぶしぶといった感じでラナが重い腰を上げた。
「今日は一体、どんなビックリドッキリ罠が用意されているのかしら?」
「ラナがいるから、どんな罠でも大丈夫だよ」
「そうなんだけどねぇ」
そんな事を言い合いながら、表に出る。そこには…。
そこにはブレオが腕を組んで立っていた。
「………」
彼は無言でこちらを睨んでいた。
「ラ、ラナっ!」
「こいつが例のブレオね?」
鋭い眼差しを返すラナの隣ですっかり怯えあがったパットがコクコクと首を縦に振る。
「まさか直接乗り込んで来るとはね。最初からそうして欲しかったけど」
サキュバスは妖艶な笑みを浮かべ、男を見据えた。
「聞いたとおりの強面ね。…勿論、私のタイプじゃないけど」
残念そうに彼女が呟く。ラナの好みは華奢な少年だ。
「…話がある」
ブレオが重々しくそう言ってくる。
「いいわよ。こっちもパットが貴方に用があったから」
「ちょ、ちょっと、ラナ!?」
パットがラナを縋るような視線で見る。そんな話は聞いてない。
ラナは励ますように両手で少女の肩を掴んだ。
「いい、ここは貴方からハッキリ言うの。貴方とは付き合えませんって」
「で、でも…」
パットがチラリと男を振り返った。
ブレオは黙ったまま、鋭い視線をこちらに飛ばしてきている。
「あのね…貴方が今ハッキリと断れば、万事解決なの。元の生活に戻れるのよ?」
追い回されることも無い。変な罠を仕掛けられる事も無い。
いつもどおりの平穏な日々が戻ってくる。その言葉が彼女にホンの少し勇気を与える。
「それにいざとなったら、私が骨を…ううん、全力でフォローしてあげるから」
ラナが力強く笑いかけてくる。
「貴方を絶対に傷つけさせないから。この私の名にかけて」
「…分かった」
パットは小さく、けれど決意を込めて頷いた。
そして、深呼吸し、ブレオの方へと向き直った。
「俺の話は後でいい。まずはそちらの話を聞こうか」
パットはブレオの鋭い眼光に一瞬、怯みそうになるだけ、ぐっと堪えて大きく息を吸った。
「私は貴方とはお付き合いできません!」
彼女は一気に吐き出すようにしてそう叫ぶ。
「…何の話だ?」
彼女の言っている意味が分からなかったらしく、ブレオが顔をしかめた。
「ええと…貴方を恋愛対象として見れないって事です!」
「恋愛…対象…?」
彼の顔に小さく困惑の色が浮かぶ。
ここまで言っても分からないのか。パットも半ば混乱しながら言葉を探す。
「だから…貴方に付き纏われて迷惑だって事です!」
決定的なひと言。
「そ、そうか…」
流石のブレオも彼女が言いたい事を理解したようだ。気を落としたらしく目を伏せる。
やったとパットは内心で自身に喝采を叫んだ。ついにやり遂げた。
後は相手が逆上さえしなければ…。
「すまなかった。確かに迷惑だったかもしれん…」
ブレオは視線を上げると彼女の目を真っ直ぐ見てそう謝罪した。
「へ? ああ、分かって貰えれば、大丈夫ですから…」
不意の謝罪に虚を突かれ、パットはしどろもどろにそう返す。
「悪かった。これ以上は君に迷惑はかけない。二度と君にも近づかない」
とんとん拍子に話が好転していくパットの心に希望の光が差し込んだ。
「最後に1つだけ君に受け取って欲しいものがある。俺の話というのはそれなんだ」
唐突にブレオがそんな事を言い出した。
「ええっ! 困ります! 受け取れません!」
反射的にパットが叫んだ。何か知らないが、ここで贈り物を受け取れば、彼の気持ちを受け入れた事になる。それでは元の木阿弥だ。
「いや、困ると言われても…こっちも困るんだ」
そんな事を言いながら、ゆっくりと彼が近づいてくる。
「駄目! 絶対、受け取りませんから!」
じりじりとパットが後ずさりする。隣で見守っていたラナも流石に危険と判断したのか、直ぐに動けるように身構えた。
「駄目と言われても…君のハンカチなんだが…」
ブレオの言葉にパットとラナは同時に硬直した。ハンカチ?
パットが男に目をやるとその手には見覚えのあるハンカチが握られていた。
あれは確か1ヶ月くらい前に失くしたと思っていたハンカチ。
パットの頭の中で今までの出来事がぐるぐると回る。
男に追い回された日々。彼はハンカチを渡そうとしたが、話も聞かずに自分が逃げた。
ブレオが家の前までやってきた事。どうせなら、玄関の前にでも置いてくれれば良かったのに。
「最初から、そう言いなさいよ」
ラナが呆れた声でブレオに言う。
「いや、その…いつも逃げられたんだが…」
そうです。すいません、私が逃げました。
「と、とにかく返すぞ」
彼はそういうとパットにハンカチを押し付けてくる。彼女は呆然とそれを受け取った。
「色々、迷惑をかけてすまなかった。約束は守る。二度と君には近づかない」
ブレオは最後にそう言い残すと踵を返し、ゆっくりと立ち去っていった。
パットの目には彼の背中が寂しそうに見えた。
###############
「あー、まあ良かったじゃない。ストーカーじゃなくて」
明るい調子でラナがそう言ってくる。
「うん、そうだね…」
パットがあきらかに沈んだ声で返事した。全ては彼女の早とちりから始まった。
「ほら、元気出しなさいって! 悩みは無事解決したんだから!」
「う、うん、そうだね。ラナの言うとおりだよ」
パットは無理に笑みを浮かべて、空元気を振りまく。ラナを心配させない為に。
(もう、この娘ったら…)
付き合いの長いラナはパットの内心などお見通しだ。けれどもそれは指摘しない。
空元気でも笑顔を浮かべていれば、いつか、それは本当の笑顔になる。
「あー、もう、今日は仕事はやめやめ! 2人で気晴らしに出かけましょう!」
だから自分も笑う。そうやって笑顔を大切な友達に分けてあげるのだ。
その日は2人でたっぷりと自由な時間を過ごした。
翌朝、ラナは帰っていった。
こうして、パットは再び家に1人ぼっちになった。
ここ数日、ラナといつも一緒だったせいか。少し寂しい。
そして、1人になると思い出すのは昨日のブレオの姿だった。
去り際の彼はとても寂しそうだった。
思い返せば、自分はずいぶん酷い事を言ってしまった。
ただ、(ちょっと行きすぎな)親切心でハンカチを届けようとしてくれたブレオ。
そんな彼は自分は迷惑だなんて言ってしまった(実際迷惑な事もあったが)。
家で家事をしてても、野草を摘みに出かけても考えるのは彼の事ばかり。
罪悪感…とでもいうのだろうか。ゆっくりと、けれど確実に胸のモヤモヤが大きくなっていく。
「あ…!」
ぐるぐると思考を巡らせているとパットは大事な事に気づいた。
そう言えば、ブレオにまだハンカチを届けてくれたお礼を言っていない。
どうして、こんな大事な事を忘れていたのか。いやまあ混乱してたんだけど。
「ちゃんとお礼言わなきゃ…」
一度気づけば、ぐんぐんとその思いが大きくなっていく。
よし! 何かお返ししないと! 幸い彼に貰った人参もまだ残っているし!
一晩経てば、人の想いも少しは変わるらしい。
いつの間にか、彼から貰った事になっていた人参が少女の赤い瞳に映った。
###############
森の中にコーンという高い音が木霊する。ここは村外れにある森。
パットにハンカチを返した翌日、ブレオは今日も仕事に精を出していた。
全身の筋肉を使い、リズムよく斧を木の幹へと叩きつける。
(付き纏われて迷惑なんです!)
ブレオの脳裏に昨日のパットの叫びが木霊する。
思い返せば、その通りなのだろう。
いつでも自分と顔を合わせた彼女は全力で逃げ出していた。
こちらも反射的に彼女を追いかけていたが、追われる方からすれば迷惑以外の何者でもないだろう。
斧を振るう、ブレオの頭の中に彼女の事がばかりが浮かんでは消える。
もっと、意識を集中させなければと思う。だが、すぐに集中が途切れてしまう。
一昨日、無理をした所為だろうか?
さすがに一晩で小屋を建造するのはやり過ぎた。
(貴方を恋愛対象として見れないって事です!)
何故だか、今になって、あの時の彼女のの言葉が胸に突き刺さる。
自分でも分からない重い感情。
彼は一心に斧を振るう。
それを振り払うように。心の中から追い出すように。
###############
「ブレオ、喜んでくれるかな?」
左手に提げたバスケットには彼の人参で作ったキャロットケーキ。
(彼が甘い物、好きだといいな…)
そんな事を考えながら、パットは森の中を跳ねる。
バターの買出しのついでにブレオの仕事場を村人から聞き出しておく。
あれから2日、パットはブレオを捜して森を訪れていた。
彼女は森の奥から聴こえて来る斧の音を頼りにブレオの元を目指す。
パットが地面に積もった落ち葉の上を跳ねる度、彼女の心臓の鼓動も高鳴っていく。
正直言えば、顔を合わせ辛い。あんな事を言ってしまった後だ。
まずは謝罪すべきだろうか。いや、でもそれだと一昨日の事を掘り返して、余計気まずくなりだし。
やはり、最初は軽く挨拶して。その後、ハンカチのお礼を言って…。
そんな風に考えを巡らせている内に木々の向こうにブレオの大きな姿が見えてくる。
「ブレオっ!」
彼の姿を目にしたパットは反射的に名前を呼んでしまった。
その声は自分でも驚くほどに嬉しそうだ。
「っ!? パット、どうして…?」
突然、名前を呼ばれた彼はビクリと身体を震わせ、呆然とパットを見つめた。
しかし、それも一瞬の事。ブレオは地面に斧を置くと素早く身を翻す。
「あ…!」
驚くパットを他所にそのまま森の中へと逃げ出していく。
「ま、待って!」
少女は慌てて追いかける。
2人の足の速さは先日までの追いかけっこが証明している通り。
すぐにパットはブレオに追いつく。彼女は彼を引き止めようと飛びつき…。
勢い余って、ブレオに体当たりしてしまう。
「うわっ!」「きゃあ!」
2人もつれて地面に倒れ込む最中、ブレオが咄嗟に身体を捻り、パットを抱きかかえた。
「うぐっ!」
そして、そのまま2人で地面の上を転がる。
衝撃で落ち葉が辺りにヒラヒラと舞った。
「いたた…」
ぎゅっと閉じていた瞼を開き、少女は声を上げ身を起こそうとする。
だが、それは叶わない。何故ならパットの身体はブレオに抱き締められたままだったから。
気づけば彼女はブレオを押し倒す形で地面の上に横たわっていた。
「っ…」
パットが状況を把握していると下敷きになっているブレオが目を開いた。
「…!?」
彼はすぐに状況に気づいたらしく、パットを抱いていた腕を開き、彼女の下から這い出ようともがく。
「ブレオ、待って!」
パットはそう叫び、逆にブレオの胸へと抱きついた。
「…は、離してくれ」
ブレオは顔を強張らせたまま、低い声でそう言った。
「じゃあ、逃げないでください…!」
パットは必死に彼の身体にしがみつきながらそう絞り出した。
「…それはできない」
彼は彼女の赤い瞳から目を逸らす。
「二度と君に近づかない。そう約束しただろう…?」
「それは…」
確かにブレオはそんな約束をした。
でも今日はパットが。自分の意志で会いに来ただけなのに。
「君にこれ以上迷惑をかけたくないんだ。だから離してくれ…」
感情を押し殺した低い声で彼は淡々とそう告げる。
そうじゃない…! 彼の言葉にパットは心の中で反論する。
彼女の心の内で色んな想いが渦を巻いている。
ブレオは本当は優しい男性(ひと)なんだ。
でも、優しさの方向がちょっとずれている。不器用な男性(ひと)。
寂しいそうなブレオの事が気になったのも。
この胸の高鳴りも。きっと、全部…。
けれど、パットはそんな想いを上手く言葉にできなかった。それがもどかしい。
その時、ふと彼女の脳裏に以前、ラナが言った言葉が蘇る。
「想いを言葉にできない時にはね。行動で示せばいいのよ」
記憶の中の親友が微笑む。
(ラナ、私頑張るよ…!)
心に小さく勇気の火が灯る。
「ブレオ…」
パットの静かな、それでいてハッキリとした呼びかけに青年が視線を返す。
彼女は身を乗り出すと自らの唇を彼のそれに重ねた。
「!?」
驚きに目を見開くブレオに構わず、パットは啄ばむように彼の唇を愛撫する。
そうして、ひとしきり彼の唇を味わった後、ゆっくりと顔を離した。
「な、何を…」
彼は目を丸くして、口をパクパクとさせる。
「私はブレオの事、嫌いじゃないよ。だから、二度と私に近づかない…なんて言わないで」
パットははにかんだ笑顔でそう告げた。
「き、君がそう言うなら…あの約束は撤回する…」
ブレオは彼らしくもない小さな声でそう頷いた。
###############
「ねえ? どうして、あんな変な罠を仕掛けたりしたの?」
2人で地面に寝転がったまま。ブレオを押し倒したままでパットは唐突にそんな質問を発した。
お互いの触れ合った部分から相手の体温が伝わってくる。それが妙に心地よい。
目立つ落とし穴。快適なネズミ捕り。罠らしくない罠。
答えはきっと…。
「あれは…パットが罠にかかった時に怪我させたらいけないと思って」
ブレオは重い口を開いて、ボソボソと答えた。
「落とし穴はあれだけすれば引っかからないだろうし。
ネズミ捕りは俺の発見が遅れた時に…パットに寒い思いをさせたくなかった」
やっぱり。ブレオに答えに彼女の胸が熱くなる。
だから、火をおこす準備に、簡易ベッド。
思いやりの方向は思いっきり間違っている。
けれど、やっぱり、ブレオは優しい男性(ひと)だ。
そして、とっても。
とっても不器用な男性(ひと)。
「…と、ところで、そろそろ俺の上から下りて貰えないだろうか」
わずかに顔を赤らめながら、ブレオがパットにそうお願いしてくる。
彼が照れているのが分かる。
だって、彼のちょっぴり硬くなった股間がパットの下腹に当たっているから。
「だ〜め♪」
彼女は笑いながらそう返事した。
「今日はね。ブレオにハンカチのお礼を持ってきたんだけど…。駄目になっちゃった」
ブレオがパットの視線の先を見ると放り出されたバスケットと無残に土に塗れたケーキが転がっていた。
「だ、だから、別のモノをあげるね…」
笑顔でこちらを見下ろしてくるパットの事が何故か彼には恐ろしく思えた。
「べ、別のモノ…?」
ブレオは無意識にパットを振りほどこうとするが彼女の両腕は彼の身体を離さない。
「わ、私の純潔…ブレオにあげるね」
彼女は目を伏せると囁くようにそう言った。
「ちょ、ちょっと待ってくれ!」
ブレオが叫び、腕に力を込めようとする。
「ブレオは私の事、嫌い?」
途端にパットの縋るような視線が彼の瞳を射抜く。
「嫌いじゃないが…俺たちはまだ知り合ったばかりの…知人同士じゃないか」
彼女に見つめられ、ブレオは動きを止めた。
「ただの知人じゃないよ? さっきのキスは親愛のキスだもん。私達もう友達だよ?」
パットは口を尖らせながらせる。
「そ、そうか、俺達は友達か…」
青年はどこか嬉しそうな表情でそう呟く。
しかし、すぐにハッとなり、慌てて少女を説得するように言い募る。
「けど、そういう事は恋人同士が…す、するものだろう?」
「うん♪ だから今度は恋人のキスをするね」
パットはにこやかにそう告げると素早くブレオの唇を奪った。
先程のようなバードキスではなく、彼女は舌をブレオの口内へと割り挿れた。
パットは彼の甘い唾液を味わうと奥で縮こまっている柔らかい舌を優しく刺激する。
怯えを解きほぐす様に。淫らなダンスに誘うように。彼の舌を舐め溶かす。
最初は戸惑っていた彼の舌もパットの舌にリードされ、次第に互いを味わうように絡み合う。
2人はしばらく深い口づけに夢中になった。
舌で相手の口の中を、唾液をかき混ぜる度、甘い痺れが背筋を走る。
やがて、さすがに息が苦しくなって、どちらからともなく口を離した。
「はぁん…ぅうんっ…!」
パットは上気した顔で荒い息を何度も吐き出す。
快楽に蕩けたその表情をブレオは綺麗だと思った。
「これで…恋人同士だよ…続きをしても…いいでしょ…?」
彼女は濡れた瞳に妖しい光を宿し、そう問いかけてくる。
「いや…しかしだな…」
この期に及んでブレオは躊躇う。
「…全部ブレオが悪いんだよ」
「え?」
ポツリとパットが呟いた。
「ブレオが追いかけてくるから…! ブレオが優しいから…!
私の心をブレオの事で一杯にするから…! だから貴方の事が好きになった…!」
昂ぶる感情はあっさりと彼女の心の内を言葉に変える。
パットは一気にそう吐き出し、スッキリとした表情でブレオを見下ろした。
「ブレオは私の事をどう思っているの?」
少女の真摯な眼差しに青年は思わず息を飲んだ。
そして、少しの沈黙の後、たどたどしく言葉を紡ぎだす。
「俺は君の事を…好きになりかけている…のだと思う。
だから君の事を大事にしたいんだ…」
精一杯の言葉。彼らしい優しい答え。
彼の台詞にパットはこの上なく嬉しそうに微笑んだ。
「…だったら、貴方に沢山愛してもらえるよう、私頑張るね」
ブレオは己の優しさが彼女の好意を引き出している事に未だ気づいていない。
###############
「貴方のニンジンさん…私の下のお口で食べちゃうね?」
パットは流れるような動作で男の上に跨るとズボンの中から彼の逸物を引っ張り出す。
「パ、パット…!?」
彼女は逸物を掴み、自らの陰門に当てると一気に腰を落とした。
逸物が彼女の膣内(なか)に呑み込まれていく過程でブツリと何かが裂ける音がする。
「うぅっ…! ああぁ…んっ…♪」
だが、その破瓜の痛みさえも貫かれる快楽で一瞬の内に上書きされる。
「入ってるぅ…♪ ああっ…私の膣内(なか)にぃ…ふぅっ…ニンジンさんが入ってるよぉ…♪」
結合部から破瓜の血と愛液を溢れさせながらパットは甘えたような嬌声を上げた。
「くっ…!」
彼女の膣壁がざわめき、逸物に吸いついては離れ、舐めしゃぶる。
彼は身体中の血液が沸騰したかのような感覚に陥り、ただただ快楽に打ち震えた。
「次は…くぅん…美味しいぃ…ぁあっ…ニンジンエキスをくださいなっ♪」
パットは陽気な調子でそう言い、腰を宙へと浮かす。
愛液に塗れた逸物がズルズルと彼女の膣内(なか)から引き抜かれる。
「んんんんっっ…♪」
それは互いの性器が絡み合い、擦り合わされるという事。
彼女は逸物が完全に抜ける手前で再び腰を落とす。
「ふあああああぁぁぁぁぁんっっ…♪」
雁首(かりくび)が内壁を削ぎ、逸物の先端がパットの最奥を激しく突き上げる。
「うぅっ!!」
それは逆を言えば、膣壁が別の生き物のように蠢き、波打つように彼の逸物を締め上げるという事。
「ふああぁぁっ♪ は…跳ねてるぅ…♪ あぁん…ニンジンさんがっ…はぁっ…ナカで暴れてるのぉ…!!」
パットは快楽を貪るように腰を振り続ける。
止め処なく流れ出る愛液の洪水が破瓜の血を洗い流していく。
ぐぷっ! ずちゅ! にちゃ!
森の中に卑猥な水音が木霊する。
「パット…そ、それ以上…されたら…!」
次々と押し寄せる快楽の波に翻弄され、男は息も絶え絶えにそう漏らす。
自らの先走りと魔物の愛液に塗れ、黒々と輝く逸物は徐々に硬さを増していく。
「んぅっ…いいよぉ…♪ ふぁんっ…ナカに出してぇ…♪ ひゃぁっ…貴方のニンジンエキスで一杯にしてぇ…♪」
彼の限界が近い事を悟ったパットはさらに腰使いを激しくする。
ずぷっ!! ぬぷっ!! ぐぽっ!!
男も無意識の内に腰を突き出し、より深く繋がろうとする。
そして、逸物の先端がパットの最奥を乱暴に抉じ開け、亀頭と子宮口が口づけを交わした。
次の瞬間、逸物が爆発的に精液を放ち、彼女の子宮目掛けて注ぎ込んでいく。
「あぁあああああうううぅぅぅぁぁぁぁんんっっ!!!」
射精と同時にパットも絶頂に達したらしく、彼女の膣が収縮し、子種を一滴も零すまいと締め付け搾り取る。
「はぁん…孕んじゃうぅ…♪ あぅん…たぷたぷのニンジンエキスでぇ…妊娠しちゃうよぉ…っ…♪」
全身を悦びのピンク色に染め、快楽に震えながら、パットは幸せそうに笑う。
その直後、彼女はへなへなと男の胸へと倒れこんできた。
「お、おい…パット、大丈夫か?」
心配になったブレオが彼女の顔を覗き込むとパットは安らかな顔で眠っていた。
「ふふ…ブレオ…だいすき…」
幸せな夢の中の寝言なのか、むにゃむにゃと彼女が呟く。
ブレオは無言でパットの身体を優しく抱き締めた。
###############
優しいまどろみから目覚めるとパットは自分が暖かい腕に抱かれている事に気づいた。
「目が覚めたか?」
頭の上からブレオの穏やかな声が聞こえてくる。
見上げると優しい色が浮かんだ彼の瞳が見えた。
ブレオが木の根元に腰を下ろし、その膝の上にパットが座っている姿勢だ。
互いの鼓動が自然に聞こえてくるような。そんな温かな距離。
「あ…ブ…ブレオ…おはよぅ…」
彼女は自らの体勢に気づき、顔を赤らめて俯く。
先程までの情動が収まると何だか顔を合わせるのも恥ずかしい。
物凄く大胆な発言と行動をしたばかりだし。
勿論、ブレオの事を嫌いになった訳ではない。
胸の奥に彼への愛の炎が宿っているのが分かる。
ともすれば爆発しそうな程の勢いの炎が。
それに、こんな甘甘な雰囲気も嬉しいものだ。
「パット…聞いて欲しい事があるんだ」
突然、耳元でそう囁かれ、彼女はびくりと身を震わせた。
「さっきの…その…行為の最中に…はっきりと分かったよ…」
ゆっくりと言葉を噛み締めるようにブレオが静かな声でそう言う。
「パットの事が好きだって事を…君を離したくない…」
「うん…私もブレオの事が好きだよ…」
パットもブレオの背に両腕を回し抱き締める。
「私の事…一杯愛してね…」
「ああ…」
ブレオは短く答え、そっとパットの唇に自分の唇を重ねた。
###############
穏やかな風が草原の緑を優しく揺らしている。
見渡す限りの緑の絨毯の上を幾つもの、白い影が跳びはねる。
「おとーさーん! おかーさーん! こっちこっち♪」
白い兎の耳を揺らしながら幼い少女達が両親へと元気に手を振った。
彼女たちの後ろから一組の男女がゆっくりと歩いてくる。
澄んだ青い空に白い雲が浮かんでいる。
綿雲ヶ丘は今日もいい天気だった。
爽やかなそよ風に草木が踊り、まるで浜辺の波のように揺れている。
その若草色の絨毯の間を白い影がちょこちょこと跳ねる。
「まだ、大丈夫だよね?」
その影は緑がかった金髪の少女だった。
彼女は夕陽色の瞳を腰から下げた携帯時計へと向けて、そう呟く。
そして、移動を再開する。
少女が跳ねるのに合わせて、彼女の頭の上で細長い2本の耳が揺れる。
そう彼女は人間では無い。ワーラビットと呼ばれる魔物である。
彼女の名前はパット。ここ、綿雲ヶ丘に暮らす住人の1人だ。
「ちょっと、分けてもらうね」
パットは草木にそう断ると丁寧に葉っぱを千切り取った。
千切った葉っぱは左手に提げたバスケットへと納める。
彼女は野草摘みを生業としていた。
綿雲ヶ丘に生える野草を採取して、近くの人間の村へ持って行って卸す。
彼女はそうやって暮らしを立てている。
だが、最近の彼女には1つだけ悩みがあった。それは…。
パットの白い耳がピクリと動き、不意に彼女は足を止めた。
「ええ!? も、もう来ちゃったの!?」
さあっと彼女の顔が青ざめ、パットは半ば悲鳴のようにそう漏らした。
「ど、どうしよ…!」
混乱した彼女は意味も無く、その場でぐるぐると回り始める。
その間に聞き慣れた足音がどんどん近づいてくる。そして…。
なだらかな起伏の向こうから現れたのは若い男だった。
パットが気づいた足音の持ち主。近くの村に住む木こりのブレオである。
彼は一体何にするつもりなのか、肩にシャベルを担ぎ、背中にパンパンに膨れたバックパックを背負っていた。
「あ…」
パットとブレオの目が合う。
「おい、パット…」
口を横に真一文字に結び、鋭い目でブレオが呼びかけてくる。
長身な上、毎日の仕事で鍛えられた肉体は威圧感バリバリである。
「き…」
パットの赤い目が大きく見開かれる。
「き?」
「きゃあああああああぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
パットは盛大な悲鳴を上げるとその姿の通り脱兎の如く逃げ出した!
「ま、待て!」
ブレオは荷物を放り出し、彼女を全速力で追いかけてくる。
「来ないでえええええええぇぇぇぇぇぇぇっ!!!」
悲鳴の尾を引きながらパットが走る走る。
その速度はとても人間の追いつけるものではない。
「くそ…ぉ…っ! 待ち…やが…れ…っ!」
息切れを起こしたブレオはその場にガクリと膝をつき、荒い息で吐き捨てた。
###############
「はあっ、はあっ、はあっ!」
男を振り切り、さらに10分間の全力疾走を成し遂げた少女は草の上に倒れこんだ。
四肢を投げ出し、仰向けに寝転がる。
彼女が空気を求めて喘ぐ度に柔らかな獣毛に覆われた胸がプルプルと上下に揺れる。
「うう…どうして…私がこんな目にぃ…」
パットは手の甲で涙を拭いながら独りごちた。
ブレオが始めて、パットに声をかけてきたのは1ヶ月前。
それはある日、彼女がいつもの様に野草を卸しに村に出かけた時。
雑貨屋の店先で店主と世間話に興じていた彼女は突然背後から呼びかけられた。
「おい、そこのお前…」
まるで獣がうなる様な低い低音。
びっくりして、振り返った少女の視界を男の長身が遮る。
気がつけば、いきなり彼女の真後ろに1人の男が立っていた。それがブレオだった。
彼は射抜くような視線で彼女を見下ろしていた。
「うきゃあああああああぁぁぁぁぁぁぁっ!??」
それが初めての逃走だった。
最初の2週間。ブレオは走って、パットに追いつこうとした。
彼女が村を訪れた時。彼女が丘で野草を摘んでいる時。ブレオは姿を現し、彼女を追い回した。
彼の執念は凄まじく、疾走の最中、疲労で足をもつれさせ、一度、坂から転げ落ちた程だ。
その時はパットも流石に心配になり、地面に横たわった彼の様子を恐る恐る確認に戻った。
###############
汗と土塗れになってブレオが地面に横たわっていた。
パットは岩陰から恐る恐る顔を出して、男の様子を覗く。
しかし、流石に10mも離れていては細かい様子は全然分からなかった。
風に乗って、パットの長い耳へ男の荒い息遣いが聴こえて来る。
どうやら生きてはいるようだ。
「あのっ! だ、大丈夫ですか!?」
意を決して少女はそう呼びかけた。
「う……ああ…大丈夫だ」
手負いの獣のような荒い息の中、ブレオの低い返事がかえってきた。
「お前に頼みがあるんだが…」
「な、何でしょう!?」
不意にそんな事を言われ、咄嗟にそう返したパットの声は完全に裏返っていた。
「…もう少し、こっちに来てくれないか?」
「こ、こ、こ、怖いから! ぜ、ぜ、ぜ、絶対に嫌!! です!!!」
激しくどもりながら彼女は即座に拒否した。
「…そうか」
そう呟いたブレオの声はどこか悲しそうな響きを帯びていた。
「じゃあ、もう1つ頼みがある」
「な、な、何と言われても! 絶対にそっちには!! 行きませんから!!!」
彼女にとりつく島は欠片も無いようだ。
「いや、そうじゃなくて…お前の名前を教えてくれ…」
「え?」
「その…名前が分からないと…呼びかけ辛い…」
その時まで2人はお互いに名前も知らないままだった。
まあ、出会うと即座に追いかけっこが始まるのだから仕方も無いが。
「あ…はい…私はパットと言います」
「そうか…俺はブレオだ」
意外と律儀な性格なのか、男はそう名乗り返してくる。
「パット…」
低い声が彼女の名を呼ぶ。
「は…はい…何…ですか?」
「パット…必ず…追いついてやるからな…」
彼がその顔に野獣のような笑みを浮かべる気配が少女へと伝わってきた。
###############
あの時、ついうっかり名前を教えたのが不味かったのだろうか。
もっといえば、擦り傷、捻挫、破傷風に効く各種薬草を彼の傍(10m)に置いてきた。
自分のお人よしさ加減が嫌になる。後悔先に立たずだ。
「今日はもう帰ろう…」
パットは大きな溜息をつくとのろのろと身を起こした。
念の為、男の姿が無いか、周囲を見回しつつ、ビクビクしながら帰路につく。
ここ、2週間、ブレオは彼女の家の周りをうろつく様になっていた。
さすがに家の中に押し入ってくる事はないものの、一度など、玄関の前に気配を感じた事もある。
こういう時、1人暮らしは心細い。
彼女は憂鬱な気分になりながらトボトボと跳ねていった。
パットの住む穴倉住宅は丘の南側にあった。
彼女が玄関の手前、数十mに近づくと家の前に1人の人物が立っているのが見えた。
最初はぎょっとなった少女だが、すぐにそれが自分の友人だと分かった。
「パット、お帰りー。遊びに来ちゃった♪」
片手を上げて、軽い調子でそう笑う女性の頭にはねじくれた角が生えていた。
ついでに言えば、背には蝙蝠のような翼と黒い尻尾が備わっている。
「ふぇえええ……ラナぁ…っ…!」
少女は懐かしい友人の顔を見た安堵のあまり、そのサキュバスの女性の胸に飛び込む。
「ちょ!? どうしたのよ、いきなり?」
グラマラスな友人は困惑しながらもしっかりとパットを受け止めてくれた。
###############
カポーンと読者の心の中でそんな音が響く。
流石に地下の一軒家(?)だけあって、浴室に2人で入るとちょっと狭い。
命からがら帰宅したパットは汗を流す為、入浴する事にした。
そして、何故かサキュバスのラナも一緒に入ってきた。まあ、裸の付き合いという奴である。
「はい、両手を上げてー」
ラナはパットの正面に座ると石鹸を泡立てたタオルを彼女の肌に擦り付ける。
「ひゃっ! く、くすぐったいよ、ラナ!」
泡塗れになって、パットが身をよじる。
「ほら、暴れない! 全身汗まみれになったんだから綺麗にしないと」
「や、やっぱり、自分で洗うからっ」
「ほっほ、照れない照れない。お姉さんに任せなさいって」
ラナはここぞとばかり全力でスキンシップを図ってくる。
そんな彼女の行動にパットは身体ばかりか、心の中までこそばゆかった。
(ありがとう、ラナ。これも1つの励まし方なんだよね)
かなりのポジティブシンキングだが、パットの中ではそういう事になっていた。
「ちょっと狭いわねー」
2人でバスタブに入るとかなりいっぱいいっぱいだった。
まず身長が高いラナが入り、その膝の上にパットが座る形だ。
「うーん、やっぱり私、外に出てようか?」
「いいって、いいって。私としては、この密着感が…」
うへへと笑うラナをパットがジト目で振り返る。
「ラナ、おじさんみたい…」
「誰がおじさんよっ!」
「それはさておき」
コホンと咳払いしてラナ。
「一体どうしたの? 何か尋常ならざる事が起きてるようだけど?」
「うん、実は…」
ラナの質問にパットはあらましを切々と話し始めた。
「はぁ!? それってストーカーって奴じゃないの!?」
話を聞いたラナは大声を上げた。浴室の中なのでよく響く。
「…なのかぁ、やっぱり」
パットは項垂れて溜息をつく。放っておくとそのまま沈んでいきそうだ。
「しっかりしないと駄目よ、パット。そういう輩は放っておくとつけ上がるんだから!」
そう彼女は力説する。
「一度、ビシッと言ってやらないと! 後々、面倒な事になるんだから!」
「め、面倒な事?」
ここから先はラナのシュミレーション(妄想)です。
・ストーカーを放置する→(ストーカーの心情)「もしかして、自分に気があるのかも」
・パットに本当の恋人ができる→(ストーカーの心情)「酷い、浮気するなんて!」
・(ストーカーの心情)「貴方を殺して、私も死ぬ!」→包丁END
「…って事になるんだからね」
「ええっ!? どうしよ!? どうしたらいいの、ラナ!?」
ラナのシュミレーション(妄想)を聞いたパットが悲鳴を上げる。
「私も協力するから、2人で何とかしましょ」
「…ありがとう、ラナ」
誰でもに世話を焼いてしまうのがラナというサキュバスだった。
###############
翌日、2人は揃って野草摘みへと出かける事にした。
ラナがとりあえずストーカー(ブレオ)の顔が見たいと言い出した為だ。
「それじゃあ、行きましょうか!」
ラナは気合を入れる為か力強い笑顔でそう言う。
「う、うん…」
対するパットの表情は優れない。やっぱり気が重いのだろう。
「ほら、最初から挫けてどうするの?」
ラナに手を引かれる形で2人は家の外へ出た。
そして、外に出た2人の目に飛び込んできたのは奇妙な光景だった。
「…ねえ、パット?」
「な、なあに?」
思わず揃って足を止めた2人。
「件のストーカー…ブレオだったけ?」
「う、うん…ブレオ」
お互いに顔を見合わせれば、2人とも同じように目を点にしている。
「そいつってバカなの?」
沈黙。
「そ、そうかも…」
視線をソレに戻してパットが失礼な答えを返す。
「まあ、面倒そうな相手である事は分かったわ」
ラナも呆れながらソレを見る。
パットの家の前にあったもの。それは落とし穴だった。
走って追いつけないなら罠を仕掛けるという発想は分かる。
だが、わざと目立つように仕掛けている意味が分からない。
その落とし穴は玄関の延長線上、パットが最も通る場所に掘られてあった。位置はまあ最適だ。
だが、落とし穴の上のカモフラージュは茶色い枯葉だった。周囲は緑色の原っぱだというのに。
さらに言えば、落とし穴の手前にはご丁寧に立て札まである。
そこに書かれている文字は『落とし穴注意!』。
極めつけは落とし穴の周囲に張ってあるロープ。木の棒を立て、それに渡してあるロープ。
これではロープを乗り越えでもしない限り、落とし穴に足を踏み入れる事もない。
「一体、何がしたいのよ?」
「さ、さあ?」
2人揃って呆然とソレを見つめる。
「はっ、まさか! これは高度なトラップ!?」
ラナはハッと思い至り、驚きの声を上げる。
彼女が住処としているダンジョン。そこにはこんな格言があった。
『トラップとは場所に仕掛けるものではない。人の心に仕掛けるものだ』
「危険な罠にわざと気づかせ、それを迂回すれば安全だという人の心理を逆手にとる。
これはかなり高度なトラップよ」
やるわね、とラナが戦慄する。
「そ、そうなの?」
今まで罠とは無縁の生活を送ってきたパットが不安そうな表情で友人を見る。
「今、確かめるから。パットは動かないで」
「う、うん。分かった」
ラナは玄関脇に立てかけてあった箒(ほうき)を掴むと翼をはためかせた。
彼女は地面すれすれを滑る様にゆっくりと飛ぶ。
落とし穴の手前まで飛んだラナは手にした箒を緑の草原に突き立てる。
確かな地面の手ごたえ。
「ふむ…」
彼女は落とし穴の周りを一周しながら、順番に箒で地面を探る。
だが、落とし穴の横に、別の落とし穴が仕掛けられている様子は無い。
最後に彼女は枯葉が敷き詰められている部分を箒で突いてみた。
ズボッと箒が枯葉を突き抜け、地面の一部に穴が空く。
「さあ、迂回路は確保したわ。行きましょ、パット」
ラナは滑るように帰ってくるとにこやかに宣言した。
「高度な罠は!?」
「ブレオって奴は木こりなんでしょ? そんな奴に高度な罠が仕掛けられる訳ないじゃない」
ラナはあっさりと手の平を返し、鼻で笑う。
「まあ、ちょっと不便だけど、実害も無いし。放って置きましょう」
「うう…いいのかな…」
友人の適当ッぷりに納得できないものを感じながらパットが呟いた。
###############
その日は運悪くというか、逆に運良くというべきか。
パットたちはブレオと遭遇しなかった。
だが翌日、彼女達はさらに驚く事となる。
「今日こそはブレオって奴をとっちめてやるんだから!」
昨日を肩透かしを食らって、逆に気合が入ったのか、ラナが息巻いていた。
しかも、最初とちょっと主旨が違っている気がする。
(このまま、今日も何事もありませんように…)
パットはそう祈りながら玄関の扉を開く。
どうやら昨日の落とし穴の件は彼女の中で無かった事にされているようだ。
今日も綿雲ヶ丘はいい天気だ。穏やかな日差しと優しい風。
彼女の家は南向きに玄関がある為、扉を開けると真っ先に青い空と緑の草原が目に入る。
青い空に浮かぶ柔らかそうな雲。その下に広がる若草色の絨毯。
そして、草原に立つ見慣れぬ小屋がまるで一枚の絵画のような風景を…。
…見慣れぬ小屋? 違和感に気づき、パットが足を止める。
昨日まであんな所に小屋なんてなかった。もしかして…。
パットは恐ろしい想像をしてガクガクと震え出す。
「まさか一晩で敵陣の目の前に砦を気づくとは…。ブレオ、恐ろしい子」
ラナがシリアスな顔でそう唸った。
それは簡素ではあったが、しっかりした造りの小屋だった。
骨組みは丸太をロープで縛ったものでガッチリと組まれ、その上から藁を葺いて、
雨風を凌げる様になっている。さらに出入り口には頑丈そうな扉が空きっぱなしになっていた。
ちなみ小屋とは関係ないが昨日の落とし穴はキチンと埋め立てられていた。
「どーしよ…? こんな所で待ち伏せされたら、家に帰れないよ…」
絶望に赤い目を潤ませながら涙声でそういうパットはすでに半べそ状態だ。
「うう…」
彼女が鼻をすすり上げる。
「ん…?」
すると彼女の鼻腔を美味しそうな匂いがくすぐった。
パットの涙ににじんだ視界へ地面に点々と落ちている赤いモノが映った。
「この匂いは、もしかして…」
「何なの? あのいかにも罠くさい人参は?」
同じく赤いモノ―地面に落ちている人参に気づいたラナが訝しげな声を上げた。
「違うよ…! あれは只の人参じゃないよ! あれはこの近辺の村で評判の幻の人参だよ!
とっても美味しいって評判なんだから!」
さっと涙を拭ったパットが拳を握り締めて力説する。流石、ウサギというべきか。
「と、とっても美味しそう…」
そして、我知らず、花の蜜に誘われる蝶の如く、少女がフラフラと跳ねていこうとする。
「いやいや、待ちなさいって! どう見たって罠でしょうが!」
ラナが素早くパットの背後に回りこみ羽交い絞めにした。
「は、放して〜、早くしないと人参が腐っちゃう!」
彼女の腕の中で少女がジタバタと暴れる。
ラナの言うとおり、人参は小屋の入り口へ続くように落ちている。
頭では分かっている。だが本能が身体を動かすのだ。ビバ食欲。カモン人参。
「ええい、落ち着きなさいって! いまさら、貴方にハラペコ属性が追加されてもしょうがないのよ!」
「我慢できないよっ!」
パットの身体は意外と柔軟だった。
両脇の戒めからスポンと腕を抜くと彼女は驚くべき速さで人参へと飛びついた。
「えへへ! こんにちわ、人参さん♪」
パットは次々と人参を拾っていく。その先に待つのは例の小屋。
「この、白ウサギっ娘がっ!」
ラナは意味不明の罵声を上げながらパットの背後から襲い掛かった。
タックルしながら少女の腰をホールド。ここから先には絶対行かせないッ!
「うきゃあっ!?」
2人して、小屋の入り口前の地面に転がる。
「いたた…あれ、私何を…?」
地面に倒れた衝撃で正気を取り戻した(?)のか、そんな事を言いながらパットが身を起こした。
「え? ええ?」
そして、気づく。自分が小屋の目の前まで来ている事に。
中にブレオがいたら一巻の終わりだ。彼女は青ざめた表情で開け放たれたままの扉の中に視線を移した。
だがしかし、幸いな事にブレオの姿は無かった。
ほっと息を漏らす少女。だが視界に否応なしに映った小屋の完成度が彼女に新たな不安を生む。
小屋の片隅には小さいながらも頑丈そうな石造りの竈(かまど)が備わっていた。
火こそ入っていないものの、火おこしの道具と数日分の薪が置いてある。
天井に煙り抜けの穴もあるので換気はバッチリだ。
内部の反対側に目をやれば、地面に敷き詰められた藁の上にシーツが敷かれ、その上に毛布が折り畳んである。
これなら一夜を快適に過ごす事もできるだろう。
そして何より、小屋の真ん中に置かれた皿の上の大量の人参…。
「人参…じゅるり♪」
「それはもういいっての」
背後から繰り出されたラナのチョップがパットの脳天に突き刺さる。
「あうっ!?」
「まったく貴方って子は…少しは学習しなさいよ」
ラナはとても疲れた表情でパットの顔を見つめた。
「うう…ごめんなさい…」
「よく見てみなさい。人参の皿に紐がついているでしょう?」
彼女の指差す皿の端に確かにピンと張った紐が見える。
その紐は壁に向かって伸び、壁を伝って、入り口の扉に繋がっていた。
「うん、紐がついてるね…」
チラチラと人参を気にしながらパットが同意する。
ここから先はラナのシュミレーション(妄想)です。
・(パット)「あ! 人参だ! 美味しそう!」食欲に負けたパットが小屋の中に入り、人参を取る。
・罠が作動し、扉が閉まる。(ブレオ)「ふっふっふ計算どおりだ」
・(パット)「うわーん! 出られないよー!」→やって来たブレオにお持ち帰りされる。監禁END。
「…っていう罠なのよ、これは。いわゆる、巨大なネズミ捕りね」
よく見れば、空きっぱなしの扉には掛け金がついている。
たぶん、扉が閉まった衝撃で、掛け金がはまり扉を開かないようにする仕組みなのだろう。
「何でこんなに快適空間なのかは分からないけど」
小屋の中の様子を覗き込みながらラナが呆れた。
パットがこの調子なら、もっと簡単な形状でも引っかかった筈だ。
何で、こんなに生活しやすいようになっているか、全く理解不能だ。
「まあ、これも無視すれば、問題ないでしょ?」
見破られた罠など既に罠ではないのだ。そういうラナにパットは不満の声を上げた。
「えー、でも人参がー!」
「いや、罠だって言ってるでしょ!」
「罠でも人参に罪は無いもん、人参。腐っちゃうよ、人参」
「どんだけ人参が好きなのよ!」
かくなる上はもう一度伝家の宝刀(チョップ)を抜くしか。ラナは右腕に力を込める。
「そっか、言い事思いついた、人参♪」
妙な語尾を使いながら、パットが顔を輝かせた。
「要は出られなくなるのが問題なんだよね、人参?」
「まあ、そうだけど…」
彼女の無邪気な微笑みに気圧されて、ラナは動きを止めた。
「だったら、外からラナが開けてくれればいんだよ、人参♪」
時に(人参に対する)狂人の発想は常人のそれを凌駕する。
そして、彼女たちは大量の人参を手に入れた。
###############
「もうなんかね、私疲れちゃった…」
翌日、ぐったりとした顔でラナが弱音を吐いた。
夕食、朝食と2食続けて、人参三昧というのもいただけない。美容には良さそうではあるが。
「ええー、まだブレオの顔も見てないのに。しっかりしてよ、ラナ」
逆にパットは人参分を摂取して数週間ぶりに元気を取り戻したようだ。
その人参も半ば、宿敵であるブレオがくれたようなものだが、この際気にしない。
ブレオが罠作戦に切り替えた所為か、パットはここ2日、彼の姿を見かけていなかった。
そうなると自分でも不思議な事に、何だか胸がもやもやしていた。
最近、毎日彼の姿を見ていたせいだろうか。
きっと、次に彼が何を仕掛けてくるか分からないから不安なんだ。そう思うことにする。
事実、昨日もラナがいなければ危ない所だったし。
「今日も野草摘みに出かけようと思うんだけど…」
「うー、はいはい。勿論、付き合うわよ…」
しぶしぶといった感じでラナが重い腰を上げた。
「今日は一体、どんなビックリドッキリ罠が用意されているのかしら?」
「ラナがいるから、どんな罠でも大丈夫だよ」
「そうなんだけどねぇ」
そんな事を言い合いながら、表に出る。そこには…。
そこにはブレオが腕を組んで立っていた。
「………」
彼は無言でこちらを睨んでいた。
「ラ、ラナっ!」
「こいつが例のブレオね?」
鋭い眼差しを返すラナの隣ですっかり怯えあがったパットがコクコクと首を縦に振る。
「まさか直接乗り込んで来るとはね。最初からそうして欲しかったけど」
サキュバスは妖艶な笑みを浮かべ、男を見据えた。
「聞いたとおりの強面ね。…勿論、私のタイプじゃないけど」
残念そうに彼女が呟く。ラナの好みは華奢な少年だ。
「…話がある」
ブレオが重々しくそう言ってくる。
「いいわよ。こっちもパットが貴方に用があったから」
「ちょ、ちょっと、ラナ!?」
パットがラナを縋るような視線で見る。そんな話は聞いてない。
ラナは励ますように両手で少女の肩を掴んだ。
「いい、ここは貴方からハッキリ言うの。貴方とは付き合えませんって」
「で、でも…」
パットがチラリと男を振り返った。
ブレオは黙ったまま、鋭い視線をこちらに飛ばしてきている。
「あのね…貴方が今ハッキリと断れば、万事解決なの。元の生活に戻れるのよ?」
追い回されることも無い。変な罠を仕掛けられる事も無い。
いつもどおりの平穏な日々が戻ってくる。その言葉が彼女にホンの少し勇気を与える。
「それにいざとなったら、私が骨を…ううん、全力でフォローしてあげるから」
ラナが力強く笑いかけてくる。
「貴方を絶対に傷つけさせないから。この私の名にかけて」
「…分かった」
パットは小さく、けれど決意を込めて頷いた。
そして、深呼吸し、ブレオの方へと向き直った。
「俺の話は後でいい。まずはそちらの話を聞こうか」
パットはブレオの鋭い眼光に一瞬、怯みそうになるだけ、ぐっと堪えて大きく息を吸った。
「私は貴方とはお付き合いできません!」
彼女は一気に吐き出すようにしてそう叫ぶ。
「…何の話だ?」
彼女の言っている意味が分からなかったらしく、ブレオが顔をしかめた。
「ええと…貴方を恋愛対象として見れないって事です!」
「恋愛…対象…?」
彼の顔に小さく困惑の色が浮かぶ。
ここまで言っても分からないのか。パットも半ば混乱しながら言葉を探す。
「だから…貴方に付き纏われて迷惑だって事です!」
決定的なひと言。
「そ、そうか…」
流石のブレオも彼女が言いたい事を理解したようだ。気を落としたらしく目を伏せる。
やったとパットは内心で自身に喝采を叫んだ。ついにやり遂げた。
後は相手が逆上さえしなければ…。
「すまなかった。確かに迷惑だったかもしれん…」
ブレオは視線を上げると彼女の目を真っ直ぐ見てそう謝罪した。
「へ? ああ、分かって貰えれば、大丈夫ですから…」
不意の謝罪に虚を突かれ、パットはしどろもどろにそう返す。
「悪かった。これ以上は君に迷惑はかけない。二度と君にも近づかない」
とんとん拍子に話が好転していくパットの心に希望の光が差し込んだ。
「最後に1つだけ君に受け取って欲しいものがある。俺の話というのはそれなんだ」
唐突にブレオがそんな事を言い出した。
「ええっ! 困ります! 受け取れません!」
反射的にパットが叫んだ。何か知らないが、ここで贈り物を受け取れば、彼の気持ちを受け入れた事になる。それでは元の木阿弥だ。
「いや、困ると言われても…こっちも困るんだ」
そんな事を言いながら、ゆっくりと彼が近づいてくる。
「駄目! 絶対、受け取りませんから!」
じりじりとパットが後ずさりする。隣で見守っていたラナも流石に危険と判断したのか、直ぐに動けるように身構えた。
「駄目と言われても…君のハンカチなんだが…」
ブレオの言葉にパットとラナは同時に硬直した。ハンカチ?
パットが男に目をやるとその手には見覚えのあるハンカチが握られていた。
あれは確か1ヶ月くらい前に失くしたと思っていたハンカチ。
パットの頭の中で今までの出来事がぐるぐると回る。
男に追い回された日々。彼はハンカチを渡そうとしたが、話も聞かずに自分が逃げた。
ブレオが家の前までやってきた事。どうせなら、玄関の前にでも置いてくれれば良かったのに。
「最初から、そう言いなさいよ」
ラナが呆れた声でブレオに言う。
「いや、その…いつも逃げられたんだが…」
そうです。すいません、私が逃げました。
「と、とにかく返すぞ」
彼はそういうとパットにハンカチを押し付けてくる。彼女は呆然とそれを受け取った。
「色々、迷惑をかけてすまなかった。約束は守る。二度と君には近づかない」
ブレオは最後にそう言い残すと踵を返し、ゆっくりと立ち去っていった。
パットの目には彼の背中が寂しそうに見えた。
###############
「あー、まあ良かったじゃない。ストーカーじゃなくて」
明るい調子でラナがそう言ってくる。
「うん、そうだね…」
パットがあきらかに沈んだ声で返事した。全ては彼女の早とちりから始まった。
「ほら、元気出しなさいって! 悩みは無事解決したんだから!」
「う、うん、そうだね。ラナの言うとおりだよ」
パットは無理に笑みを浮かべて、空元気を振りまく。ラナを心配させない為に。
(もう、この娘ったら…)
付き合いの長いラナはパットの内心などお見通しだ。けれどもそれは指摘しない。
空元気でも笑顔を浮かべていれば、いつか、それは本当の笑顔になる。
「あー、もう、今日は仕事はやめやめ! 2人で気晴らしに出かけましょう!」
だから自分も笑う。そうやって笑顔を大切な友達に分けてあげるのだ。
その日は2人でたっぷりと自由な時間を過ごした。
翌朝、ラナは帰っていった。
こうして、パットは再び家に1人ぼっちになった。
ここ数日、ラナといつも一緒だったせいか。少し寂しい。
そして、1人になると思い出すのは昨日のブレオの姿だった。
去り際の彼はとても寂しそうだった。
思い返せば、自分はずいぶん酷い事を言ってしまった。
ただ、(ちょっと行きすぎな)親切心でハンカチを届けようとしてくれたブレオ。
そんな彼は自分は迷惑だなんて言ってしまった(実際迷惑な事もあったが)。
家で家事をしてても、野草を摘みに出かけても考えるのは彼の事ばかり。
罪悪感…とでもいうのだろうか。ゆっくりと、けれど確実に胸のモヤモヤが大きくなっていく。
「あ…!」
ぐるぐると思考を巡らせているとパットは大事な事に気づいた。
そう言えば、ブレオにまだハンカチを届けてくれたお礼を言っていない。
どうして、こんな大事な事を忘れていたのか。いやまあ混乱してたんだけど。
「ちゃんとお礼言わなきゃ…」
一度気づけば、ぐんぐんとその思いが大きくなっていく。
よし! 何かお返ししないと! 幸い彼に貰った人参もまだ残っているし!
一晩経てば、人の想いも少しは変わるらしい。
いつの間にか、彼から貰った事になっていた人参が少女の赤い瞳に映った。
###############
森の中にコーンという高い音が木霊する。ここは村外れにある森。
パットにハンカチを返した翌日、ブレオは今日も仕事に精を出していた。
全身の筋肉を使い、リズムよく斧を木の幹へと叩きつける。
(付き纏われて迷惑なんです!)
ブレオの脳裏に昨日のパットの叫びが木霊する。
思い返せば、その通りなのだろう。
いつでも自分と顔を合わせた彼女は全力で逃げ出していた。
こちらも反射的に彼女を追いかけていたが、追われる方からすれば迷惑以外の何者でもないだろう。
斧を振るう、ブレオの頭の中に彼女の事がばかりが浮かんでは消える。
もっと、意識を集中させなければと思う。だが、すぐに集中が途切れてしまう。
一昨日、無理をした所為だろうか?
さすがに一晩で小屋を建造するのはやり過ぎた。
(貴方を恋愛対象として見れないって事です!)
何故だか、今になって、あの時の彼女のの言葉が胸に突き刺さる。
自分でも分からない重い感情。
彼は一心に斧を振るう。
それを振り払うように。心の中から追い出すように。
###############
「ブレオ、喜んでくれるかな?」
左手に提げたバスケットには彼の人参で作ったキャロットケーキ。
(彼が甘い物、好きだといいな…)
そんな事を考えながら、パットは森の中を跳ねる。
バターの買出しのついでにブレオの仕事場を村人から聞き出しておく。
あれから2日、パットはブレオを捜して森を訪れていた。
彼女は森の奥から聴こえて来る斧の音を頼りにブレオの元を目指す。
パットが地面に積もった落ち葉の上を跳ねる度、彼女の心臓の鼓動も高鳴っていく。
正直言えば、顔を合わせ辛い。あんな事を言ってしまった後だ。
まずは謝罪すべきだろうか。いや、でもそれだと一昨日の事を掘り返して、余計気まずくなりだし。
やはり、最初は軽く挨拶して。その後、ハンカチのお礼を言って…。
そんな風に考えを巡らせている内に木々の向こうにブレオの大きな姿が見えてくる。
「ブレオっ!」
彼の姿を目にしたパットは反射的に名前を呼んでしまった。
その声は自分でも驚くほどに嬉しそうだ。
「っ!? パット、どうして…?」
突然、名前を呼ばれた彼はビクリと身体を震わせ、呆然とパットを見つめた。
しかし、それも一瞬の事。ブレオは地面に斧を置くと素早く身を翻す。
「あ…!」
驚くパットを他所にそのまま森の中へと逃げ出していく。
「ま、待って!」
少女は慌てて追いかける。
2人の足の速さは先日までの追いかけっこが証明している通り。
すぐにパットはブレオに追いつく。彼女は彼を引き止めようと飛びつき…。
勢い余って、ブレオに体当たりしてしまう。
「うわっ!」「きゃあ!」
2人もつれて地面に倒れ込む最中、ブレオが咄嗟に身体を捻り、パットを抱きかかえた。
「うぐっ!」
そして、そのまま2人で地面の上を転がる。
衝撃で落ち葉が辺りにヒラヒラと舞った。
「いたた…」
ぎゅっと閉じていた瞼を開き、少女は声を上げ身を起こそうとする。
だが、それは叶わない。何故ならパットの身体はブレオに抱き締められたままだったから。
気づけば彼女はブレオを押し倒す形で地面の上に横たわっていた。
「っ…」
パットが状況を把握していると下敷きになっているブレオが目を開いた。
「…!?」
彼はすぐに状況に気づいたらしく、パットを抱いていた腕を開き、彼女の下から這い出ようともがく。
「ブレオ、待って!」
パットはそう叫び、逆にブレオの胸へと抱きついた。
「…は、離してくれ」
ブレオは顔を強張らせたまま、低い声でそう言った。
「じゃあ、逃げないでください…!」
パットは必死に彼の身体にしがみつきながらそう絞り出した。
「…それはできない」
彼は彼女の赤い瞳から目を逸らす。
「二度と君に近づかない。そう約束しただろう…?」
「それは…」
確かにブレオはそんな約束をした。
でも今日はパットが。自分の意志で会いに来ただけなのに。
「君にこれ以上迷惑をかけたくないんだ。だから離してくれ…」
感情を押し殺した低い声で彼は淡々とそう告げる。
そうじゃない…! 彼の言葉にパットは心の中で反論する。
彼女の心の内で色んな想いが渦を巻いている。
ブレオは本当は優しい男性(ひと)なんだ。
でも、優しさの方向がちょっとずれている。不器用な男性(ひと)。
寂しいそうなブレオの事が気になったのも。
この胸の高鳴りも。きっと、全部…。
けれど、パットはそんな想いを上手く言葉にできなかった。それがもどかしい。
その時、ふと彼女の脳裏に以前、ラナが言った言葉が蘇る。
「想いを言葉にできない時にはね。行動で示せばいいのよ」
記憶の中の親友が微笑む。
(ラナ、私頑張るよ…!)
心に小さく勇気の火が灯る。
「ブレオ…」
パットの静かな、それでいてハッキリとした呼びかけに青年が視線を返す。
彼女は身を乗り出すと自らの唇を彼のそれに重ねた。
「!?」
驚きに目を見開くブレオに構わず、パットは啄ばむように彼の唇を愛撫する。
そうして、ひとしきり彼の唇を味わった後、ゆっくりと顔を離した。
「な、何を…」
彼は目を丸くして、口をパクパクとさせる。
「私はブレオの事、嫌いじゃないよ。だから、二度と私に近づかない…なんて言わないで」
パットははにかんだ笑顔でそう告げた。
「き、君がそう言うなら…あの約束は撤回する…」
ブレオは彼らしくもない小さな声でそう頷いた。
###############
「ねえ? どうして、あんな変な罠を仕掛けたりしたの?」
2人で地面に寝転がったまま。ブレオを押し倒したままでパットは唐突にそんな質問を発した。
お互いの触れ合った部分から相手の体温が伝わってくる。それが妙に心地よい。
目立つ落とし穴。快適なネズミ捕り。罠らしくない罠。
答えはきっと…。
「あれは…パットが罠にかかった時に怪我させたらいけないと思って」
ブレオは重い口を開いて、ボソボソと答えた。
「落とし穴はあれだけすれば引っかからないだろうし。
ネズミ捕りは俺の発見が遅れた時に…パットに寒い思いをさせたくなかった」
やっぱり。ブレオに答えに彼女の胸が熱くなる。
だから、火をおこす準備に、簡易ベッド。
思いやりの方向は思いっきり間違っている。
けれど、やっぱり、ブレオは優しい男性(ひと)だ。
そして、とっても。
とっても不器用な男性(ひと)。
「…と、ところで、そろそろ俺の上から下りて貰えないだろうか」
わずかに顔を赤らめながら、ブレオがパットにそうお願いしてくる。
彼が照れているのが分かる。
だって、彼のちょっぴり硬くなった股間がパットの下腹に当たっているから。
「だ〜め♪」
彼女は笑いながらそう返事した。
「今日はね。ブレオにハンカチのお礼を持ってきたんだけど…。駄目になっちゃった」
ブレオがパットの視線の先を見ると放り出されたバスケットと無残に土に塗れたケーキが転がっていた。
「だ、だから、別のモノをあげるね…」
笑顔でこちらを見下ろしてくるパットの事が何故か彼には恐ろしく思えた。
「べ、別のモノ…?」
ブレオは無意識にパットを振りほどこうとするが彼女の両腕は彼の身体を離さない。
「わ、私の純潔…ブレオにあげるね」
彼女は目を伏せると囁くようにそう言った。
「ちょ、ちょっと待ってくれ!」
ブレオが叫び、腕に力を込めようとする。
「ブレオは私の事、嫌い?」
途端にパットの縋るような視線が彼の瞳を射抜く。
「嫌いじゃないが…俺たちはまだ知り合ったばかりの…知人同士じゃないか」
彼女に見つめられ、ブレオは動きを止めた。
「ただの知人じゃないよ? さっきのキスは親愛のキスだもん。私達もう友達だよ?」
パットは口を尖らせながらせる。
「そ、そうか、俺達は友達か…」
青年はどこか嬉しそうな表情でそう呟く。
しかし、すぐにハッとなり、慌てて少女を説得するように言い募る。
「けど、そういう事は恋人同士が…す、するものだろう?」
「うん♪ だから今度は恋人のキスをするね」
パットはにこやかにそう告げると素早くブレオの唇を奪った。
先程のようなバードキスではなく、彼女は舌をブレオの口内へと割り挿れた。
パットは彼の甘い唾液を味わうと奥で縮こまっている柔らかい舌を優しく刺激する。
怯えを解きほぐす様に。淫らなダンスに誘うように。彼の舌を舐め溶かす。
最初は戸惑っていた彼の舌もパットの舌にリードされ、次第に互いを味わうように絡み合う。
2人はしばらく深い口づけに夢中になった。
舌で相手の口の中を、唾液をかき混ぜる度、甘い痺れが背筋を走る。
やがて、さすがに息が苦しくなって、どちらからともなく口を離した。
「はぁん…ぅうんっ…!」
パットは上気した顔で荒い息を何度も吐き出す。
快楽に蕩けたその表情をブレオは綺麗だと思った。
「これで…恋人同士だよ…続きをしても…いいでしょ…?」
彼女は濡れた瞳に妖しい光を宿し、そう問いかけてくる。
「いや…しかしだな…」
この期に及んでブレオは躊躇う。
「…全部ブレオが悪いんだよ」
「え?」
ポツリとパットが呟いた。
「ブレオが追いかけてくるから…! ブレオが優しいから…!
私の心をブレオの事で一杯にするから…! だから貴方の事が好きになった…!」
昂ぶる感情はあっさりと彼女の心の内を言葉に変える。
パットは一気にそう吐き出し、スッキリとした表情でブレオを見下ろした。
「ブレオは私の事をどう思っているの?」
少女の真摯な眼差しに青年は思わず息を飲んだ。
そして、少しの沈黙の後、たどたどしく言葉を紡ぎだす。
「俺は君の事を…好きになりかけている…のだと思う。
だから君の事を大事にしたいんだ…」
精一杯の言葉。彼らしい優しい答え。
彼の台詞にパットはこの上なく嬉しそうに微笑んだ。
「…だったら、貴方に沢山愛してもらえるよう、私頑張るね」
ブレオは己の優しさが彼女の好意を引き出している事に未だ気づいていない。
###############
「貴方のニンジンさん…私の下のお口で食べちゃうね?」
パットは流れるような動作で男の上に跨るとズボンの中から彼の逸物を引っ張り出す。
「パ、パット…!?」
彼女は逸物を掴み、自らの陰門に当てると一気に腰を落とした。
逸物が彼女の膣内(なか)に呑み込まれていく過程でブツリと何かが裂ける音がする。
「うぅっ…! ああぁ…んっ…♪」
だが、その破瓜の痛みさえも貫かれる快楽で一瞬の内に上書きされる。
「入ってるぅ…♪ ああっ…私の膣内(なか)にぃ…ふぅっ…ニンジンさんが入ってるよぉ…♪」
結合部から破瓜の血と愛液を溢れさせながらパットは甘えたような嬌声を上げた。
「くっ…!」
彼女の膣壁がざわめき、逸物に吸いついては離れ、舐めしゃぶる。
彼は身体中の血液が沸騰したかのような感覚に陥り、ただただ快楽に打ち震えた。
「次は…くぅん…美味しいぃ…ぁあっ…ニンジンエキスをくださいなっ♪」
パットは陽気な調子でそう言い、腰を宙へと浮かす。
愛液に塗れた逸物がズルズルと彼女の膣内(なか)から引き抜かれる。
「んんんんっっ…♪」
それは互いの性器が絡み合い、擦り合わされるという事。
彼女は逸物が完全に抜ける手前で再び腰を落とす。
「ふあああああぁぁぁぁぁんっっ…♪」
雁首(かりくび)が内壁を削ぎ、逸物の先端がパットの最奥を激しく突き上げる。
「うぅっ!!」
それは逆を言えば、膣壁が別の生き物のように蠢き、波打つように彼の逸物を締め上げるという事。
「ふああぁぁっ♪ は…跳ねてるぅ…♪ あぁん…ニンジンさんがっ…はぁっ…ナカで暴れてるのぉ…!!」
パットは快楽を貪るように腰を振り続ける。
止め処なく流れ出る愛液の洪水が破瓜の血を洗い流していく。
ぐぷっ! ずちゅ! にちゃ!
森の中に卑猥な水音が木霊する。
「パット…そ、それ以上…されたら…!」
次々と押し寄せる快楽の波に翻弄され、男は息も絶え絶えにそう漏らす。
自らの先走りと魔物の愛液に塗れ、黒々と輝く逸物は徐々に硬さを増していく。
「んぅっ…いいよぉ…♪ ふぁんっ…ナカに出してぇ…♪ ひゃぁっ…貴方のニンジンエキスで一杯にしてぇ…♪」
彼の限界が近い事を悟ったパットはさらに腰使いを激しくする。
ずぷっ!! ぬぷっ!! ぐぽっ!!
男も無意識の内に腰を突き出し、より深く繋がろうとする。
そして、逸物の先端がパットの最奥を乱暴に抉じ開け、亀頭と子宮口が口づけを交わした。
次の瞬間、逸物が爆発的に精液を放ち、彼女の子宮目掛けて注ぎ込んでいく。
「あぁあああああうううぅぅぅぁぁぁぁんんっっ!!!」
射精と同時にパットも絶頂に達したらしく、彼女の膣が収縮し、子種を一滴も零すまいと締め付け搾り取る。
「はぁん…孕んじゃうぅ…♪ あぅん…たぷたぷのニンジンエキスでぇ…妊娠しちゃうよぉ…っ…♪」
全身を悦びのピンク色に染め、快楽に震えながら、パットは幸せそうに笑う。
その直後、彼女はへなへなと男の胸へと倒れこんできた。
「お、おい…パット、大丈夫か?」
心配になったブレオが彼女の顔を覗き込むとパットは安らかな顔で眠っていた。
「ふふ…ブレオ…だいすき…」
幸せな夢の中の寝言なのか、むにゃむにゃと彼女が呟く。
ブレオは無言でパットの身体を優しく抱き締めた。
###############
優しいまどろみから目覚めるとパットは自分が暖かい腕に抱かれている事に気づいた。
「目が覚めたか?」
頭の上からブレオの穏やかな声が聞こえてくる。
見上げると優しい色が浮かんだ彼の瞳が見えた。
ブレオが木の根元に腰を下ろし、その膝の上にパットが座っている姿勢だ。
互いの鼓動が自然に聞こえてくるような。そんな温かな距離。
「あ…ブ…ブレオ…おはよぅ…」
彼女は自らの体勢に気づき、顔を赤らめて俯く。
先程までの情動が収まると何だか顔を合わせるのも恥ずかしい。
物凄く大胆な発言と行動をしたばかりだし。
勿論、ブレオの事を嫌いになった訳ではない。
胸の奥に彼への愛の炎が宿っているのが分かる。
ともすれば爆発しそうな程の勢いの炎が。
それに、こんな甘甘な雰囲気も嬉しいものだ。
「パット…聞いて欲しい事があるんだ」
突然、耳元でそう囁かれ、彼女はびくりと身を震わせた。
「さっきの…その…行為の最中に…はっきりと分かったよ…」
ゆっくりと言葉を噛み締めるようにブレオが静かな声でそう言う。
「パットの事が好きだって事を…君を離したくない…」
「うん…私もブレオの事が好きだよ…」
パットもブレオの背に両腕を回し抱き締める。
「私の事…一杯愛してね…」
「ああ…」
ブレオは短く答え、そっとパットの唇に自分の唇を重ねた。
###############
穏やかな風が草原の緑を優しく揺らしている。
見渡す限りの緑の絨毯の上を幾つもの、白い影が跳びはねる。
「おとーさーん! おかーさーん! こっちこっち♪」
白い兎の耳を揺らしながら幼い少女達が両親へと元気に手を振った。
彼女たちの後ろから一組の男女がゆっくりと歩いてくる。
澄んだ青い空に白い雲が浮かんでいる。
綿雲ヶ丘は今日もいい天気だった。
11/06/16 01:21更新 / 蔭ル。