読切小説
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口色教典儀(こうしょくきょうてんぎ)
 砂漠と聞いて何を思い浮かべるだろうか?
砂と岩に覆われた不毛の大地。外より、この地を訪れた者たちは大抵そんな感想を抱く。
だが、それは真実ではない。砂漠には砂漠の生命が宿り、互いを生かしあっている。
この地が真に不毛であるならば、人も獣も…魔物すらも暮らさぬ土地であっただろう。

 1年も終わりに近づくと砂漠にも雨の季節がやってくる。
天の恵みは大地を潤し、砂の荒野を緑の絨毯へと変える。砂漠に訪れた生命の季節。
 虫も獣も鳥もこの短い季節を精一杯楽しもうと湧き出でる時。
 その季節をハリドは毎年楽しみにしていた。
緑の季節。それは彼にとって鷹狩りの季節でもあった。

 彼ハリドは砂漠に暮らす部族の長の子として生まれ、次代の指導者として厳しく育てられた。
そんな彼にとって狩猟は数少ない心の慰めの1つだった。
勿論、狩猟は只の遊びではない。馬を駆り、弓や槍の扱いを学ぶ武芸の鍛錬の1つ。
しかし、そんな建前など、馬で風を感じた時の、鷹が獲物を仕留めた時の、
何とも言えぬ昂ぶりの前には、たやすく吹き飛んでしまう。
 だから毎年、雨が降るのを今か今かと待つ彼の姿を兄弟や友人は「まるで恋人の帰りを待つようだ」とからかっていた。
 ハリドはそれ程に鷹狩りに熱中していた。

 その年は例年より少し早くに雨が降った。
 この時期が近づくといつでも出かけられるように準備を整えておくのが常だったが、
今年は少し遅れてしまった。
だが、それでも彼は構わなかった。その分、いつもより早く鷹狩りに出かけられるのだから。

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 ある夜、ハリドが宮殿の自室で短剣の手入れをしていると不意に友人が訪ねてきた。
訪ねてきたのは1人の美しい娘。といっても2人は世間に誤解されるような色っぽい間柄ではない。

 彼女の名はアフラ。砂漠の言葉で"白"を意味する名を持つ女性。
異国の血を引く彼女は、その名の通り、月光のような白銀の髪と砂漠の民らしい褐色の肌を持った娘である。彼女はシャツにズボン、腰帯に短剣を差すという男の衣装を身に纏っていた。

「やあ、アフラ。こんな夜更けにどうしたんだい?」
 ハリドは手入れを済ました短剣を鞘に納めると上機嫌で彼女を迎えた。
「明日の出発は早い。今夜はお互い早く休んだ方がいい」
 アフラの家系は代々ハリドの一族に仕えていた。
アフラもハリドの側仕えとして、護衛のような役目を務めている。
彼女は他の年頃の娘とは違って、衣装を着飾るより、乗馬や武芸を好む性質だった。
勿論、明日の鷹狩りにも同行する予定だ。
「殿下、申し訳ありませんが、明日の鷹狩りには同行できなくなりました」

 彼女は人前や改まった時などはハリドを"殿下"と呼んでくる。
彼本人は名前で呼ばれようが別に気にはしないのだが、公私の区別をつける為だという。
いかにも真面目な彼女らしい言い分だが、ハリドは未だに慣れなかった。

「陛下の命で西のオアシスへの隊商に同行する事になりまして」
 アフラの父親は男子に恵まれなかったからか、アフラを自分の後継者として育てている。
時折、このように簡単な仕事を任させる事もある。
「…そうか、残念だ」
 ハリドは落胆の表情を浮かべ、そう呟いた。
幼い頃から共に過ごしてきた気の置けない友人との鷹狩りを楽しみにしていただけに寂しい気持ちだ。…いや、そうじゃない。こんな時、私的な感情より優先させるべき事は。
「…道中くれぐれも気をつけるんだぞ」
 ハリドは一瞬で表情を切り替え、立ち上がってアフラをじっと見つめる。
「はい、心得ています…」
 彼女は目を伏せて、小さな声でそう答えた。
「良い旅の風が吹かん事を…」
 ハリドは笑顔を浮かべて、アフラの肩に手を置いた。

 何気ない、友への励まし。
しかし、肩に触れられた彼女は飛びのくように後ずさった。
「あ、明日の準備がありますので、わ、私はこれで…」
 驚くハリドをよそにアフラはモゴモゴとそう言い訳するとそそくさ部屋を出て行った。

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 薄暗い廊下を半ば走るように突き進む。
 アフラは湧き上がる衝動を抑えながら、足を動かす。

 肩に触れられた時は危なかった。
まるで雷に打たれたかのような衝撃が身体を走った。

 ハリドの真っ直ぐな目から逃れるように視線を外せば、そこに見えたのは彼の首筋。
若者らしい引き締まった筋肉を覆う肌は柔らかそうだった…。

 そこまで考え、自分が不埒な想いを抱いている事を気づく。
(わ…私が…ハリドの首筋に…キ…キスしたいだなんて…)
 恥ずかしさに顔が紅潮していくのが自分でも分かる。
それに伴い、口腔の奥から溢れてくる唾を何度も飲み込んで耐える。

 目指す台所の入り口が見えた時は思わず安堵の息が漏れた。
「マイサ、邪魔をするぞ!」
 勢い良く台所に飛び込むと中で働いていた侍女が驚いて振り向いた。
「…また、例のアレですか」
 彼女の驚きの顔は直ぐに呆れ顔へと変わる。
「毎度毎度飛び込んで来ないでくださいよ。びっくりするじゃないですか」
「仕方ないだろう……こんな姿、誰にも見せたくない」
 文句を言ってくる侍女を尻目にアフラは腰から下げた袋を手に取った。
 彼女は袋を開くと中身を鷲づかみにし、自らの口の中へと放り込んだ。
口一杯に香ばしい薫りが広がる。アフラは昔からヒマワリの種を頬張るのが好きだった。
さすがに年頃になると人前でやるには恥ずかしい癖だが。
こうして、口一杯に含んでいると心が休まる。

 彼女は優しく歯で外皮を噛みしだき、器用に舌を使って、中の柔らかい実だけ取り出す。
黒い外皮を吐き出すとねっとりと唾液が糸を引いた。
邪魔者を追い出した後は甘く白い実を舌で絡めとって、ゆっくりと味わう。
十分に口の中で楽しんだ後、アフラはゆっくりとそれを嚥下した。

 口の中のモノを飲み干すとやっと人心地ついた。
先程まで高鳴っていた動悸もゆっくりと静まっていく。

「お茶でも飲んで落ち着いてください」
「…ありがとう」
 差し出されたカップに口をつけていると侍女のマイサが物言いだけな視線を向けてきた。
「…何だ?」

「毎回そうなるなら、さっさと殿下に告白したら、いいじゃないですか」
 マイサにケロリとした顔でそう言われて、アフラの顔が火を噴いた。
「な、なに、何を言ってるんだっ! ででで殿下に…こく…告白だとっ!」
 アフラは熟れた林檎の様に顔を赤くしながら、口をパクパクさせた。
「だいたい、殿下も殿下ですよ。こんな美人をいつまでも放っておくなんて」
 マイサとアフラは年が近い事もあって仲が良かった。
仕事の合間に他愛のない世間話をする間柄だ。
たまにこうして恋愛話を振ってくるのが困り者だが…。

「やはり、私は女として見られてないのだろうか…」
 一時の沸騰が冷めるとそんな弱気な想いが生まれてきた。
「まあ、殿下は子供ですからね。こっちからガンガン迫っていかないと」
「そうか、ガンガン迫って……って、そんな事できるかっ!」
 こうして今日も砂漠の夜は更けていく。

##########################

 荒い息を吐きながら猟犬が緑の平原を駆けていく。
 猟犬は一直線に丈の長い草の茂みへと向かった。
それに反応するように茂みが弾け、野鳥が空へと逃げ出す。

 一閃。

 上空から黒い影が疾(はし)ったかと思うと野鳥は地面へと叩きつけられた。
そこへ一匹の隼が舞い降りる。彼は優雅に広げた翼をたたみ、獲物の側に誇らしげに立つ。

 野鳥が飛び立った瞬間、上空を旋回していた隼が降下し、強烈な体当たりを仕掛けたのだ。

「よくやった、スウード!」
 その光景を遠くから見守っていたハリドが喝采を上げた。
するとスウードと呼ばれた隼はヒラリと低空を飛び、ハリドの右腕に留まる。
「お前は優秀な狩人だよ、スウード」
 労いの言葉とともに兎の肉を与える。
「ラーバ、獲物を取って来い!」
 ハリドの命令に猟犬が野鳥を咥えて戻ってくる。
「ご苦労様」
 野鳥を受け取り、愛犬の頭を撫でてやる。

 その日の狩りは絶好調だった。朝から面白いように獲物が獲れた。
だが、それはその後に待っていた災厄の反動だったのかもしれない。

 日が傾きかけた頃、ハリドは自分が砂漠の奥まで入り込んでいる事にようやく気づいた。
とはいえ、帰りの距離も大したものではない。そうタカを括っていた。
しかし、引き返し始めた直後。平原を強い突風が吹き抜けたかと思うと太陽が不意に翳った。
 空を見上げると地平から立ち昇った黒い壁が空を覆わんと広がりつつある。
砂嵐。それは全てを蹂躙する災い。吹き荒ぶ風が徐々に強さ増していく。

「ラーバ、急げ!」
 愛犬に声をかけて、操る馬の腹を蹴る。
馬の横腹に下げた鳥籠が大きく揺れ、スウードが悲鳴を上げた。
怯える馬を宥めながら懸命に走らせる。それでも僅かに砂嵐の足の方が速い。
みるみるうちに黒い壁が迫ってくる。
(駄目か…!)
 絶望の表情を浮かべて、彼は天を仰いだ。

「そこの御方、こちらへ!」
 風の音を切り裂いて鋭い声が聞こえてきたのはその時だった。
声がした方を見ると黒いマントを羽織った人影が手を振っているのが見えた。
 ハリドは一縷の望みを抱いて馬首を返す。
 彼が近づくとその人物は地面を指差した。
「ここへ地下道への入り口があります!」
 見れば言葉の通り、人一人が通れるような岩の隙間が口を開いている。
そう人間が精一杯。馬は通れそうにない。
「すまないっ…」
 ハリドは一瞬だけ躊躇した後、馬から飛び降りた。
そして、短剣を鞘から引き抜くと荷物を下げるロープを切り、少しでも馬を身軽にしてやる。
「幸運を…!」
 そう叫んで馬を放つ。

 続いて、ハリドは地面に落ちたスウードの鳥籠を拾い上げようとする。
「時間がありません!」
 砂嵐はもう目の前に迫っていた。マントの人物はハリドの腕を掴むと地下へと引きずり込む。
 彼があっと声を上げる間もなく、黒い砂の嵐が鳥籠を飲み込むのが見えた。
そして、次の瞬間、地下道へと入り込んできた烈風がハリドの身体を打ち据える。
彼は流れ込んできた土砂に押し潰され、意識を失った。

##########################

 それから1週間が経った。
 務めを終え、宮殿に帰還したアフラを出迎えたのはハリドが行方不明になった報せだった。

 帰還したその足で狩場のある東の砂漠へ単身飛び出そうとした彼女はその場で取り押さえられた。その後、アフラは自宅での謹慎を命じられた。
捜索隊に加えて欲しいという彼女の嘆願は聞き入れられなかった。

 そもそも、砂嵐はまだ続いているのだ。東の砂漠に捜索隊を派遣したくても、それは叶わない。
宮殿いる誰も、今は只、一刻も早く砂嵐が収まるの祈るより他になかった。

 アフラも募る焦燥を必死に抑えながら、ただ無為に時を過ごしていた。
自室の椅子に座り、身じろぎもせずに壁の一点を見つめる。
立ち上がったら最後、自分は決して、じっとしていられない。
 1人で捜索に向かった所で広い砂漠からハリドを見つける事は難しいだろう。
けれど、時が経てば経つほど、ハリドの生存は危うくなる。
既に彼は…とは考えない。考えたくない。

 悶々と葛藤する彼女の耳朶を鋭い鳥の鳴き声が打った。
 弾かれたように視線を向けると窓に一羽の隼が止まっていた。
「お前は…スウード! 無事だったのか!?」
 アフラは慌てて立ち上がると窓辺へ駆け寄った。
「お前の主人は…!? ハリドは無事なのか!?」
 彼女の叫びにスウードは首を回し、空を見上げた。
「…! ハリドの居場所を知っているのか!?」
 アフラの質問に答えるように彼が短く鳴く。

 アフラは立ち上がってしまった。もはや自分でも止められない。
否。彼女自身が進む事を望んでいる。
「スウード、案内してくれっ!」

##########################

 時は、しばし遡る――。

 暗い闇の底。そこに沈んでいた彼の意識はゆっくり浮かび上がった。
目を開けるとハリドのぼんやりとした視界に寝台の天蓋が見えた。見覚えのない天蓋。
急激に意識が覚醒し、反射的に上体を起こす。
気がつけば、彼は見知らぬ部屋の見知らぬ寝台の上に寝かされていた。
「気がつかれましたか、ハリド殿下」
 不意に直ぐ側から澄んだ声が聞こえた。
驚きとともに振り返ると寝台の端に見覚えのある黒マントの人物が座っていた。
室内でもマントにフード姿というそのいでたちに思わずぎょっとなる。
「貴方が助けてくれたのか…ありがとう」
 しかし、ハリドは直ぐに思い直し、素直に感謝した。
「…これも"神"の思し召しでしょう」
 フードが揺れ、その中身がチラリと見える。
そこには上半分を白い仮面で覆った女の顔があった。
 ずいぶんと奇妙な人物に助けられたものだ。彼は内心でそう呟く。
「ところで僕の名を知っているようだけど、以前どこかで会った事が…?」
 こんな風変わりな人物なら記憶に残らない筈はない。
けれど、ハリドには、まるで見覚えが無かった。
「いえ、遠目に何度からお見かけした事があるだけです、殿下」
 口元に笑みを浮かべながら女が身を彼の方へと乗り出してくる。
バサリと黒いマントの前がはだけ、褐色の肢体が露わになった。
 枕元のランプの明かりの中に女性らしい曲線が映し出される。
「…っ!?」
 最初、彼の目には女が素肌を晒しているように見えた。
だが、目を凝らしてみると彼女が赤茶色の薄衣(うすぎぬ)を纏っているのが分かる。
その薄衣が彼女の肌にピタリと吸い付いている為、身体の線が露わになっていた。
 女の動きに合わせ、空気がふわりと揺れ、その肢体からジャスミンの香りが漂ってきた。
 ハリドはドギマギし、のけぞるように身を引く。
「…そ、それより、ここはどこですか?」
 彼は内心を悟られまいと別の話題を振る。
 自分自身を誤魔化す為、キョロキョロと周囲を見回す。

 そこは石造りの部屋だった。天蓋付きの寝台に精緻な彫刻の施された家具。
壁を飾る見事な刺繍のタペストリー。中々に豪華な部屋だ。
けれど、窓が無い。もしかしたら、地下なのかもしれない。

「それはワタクシにも分かりません」
 微笑みながら女はそう答えた。
「分からない…とは? 貴方はここに住んでいるのでは?」
 ハリドの言葉に彼女は「ええ」と肯定の頷きをし、詠うようにこう言った。

「ここは砂に埋もれた太古の都市。都市を築いたのが何モノなのか。
何故、砂に埋もれてしまったのか。都市が何と呼ばれていたのか。
もはや、知るモノは誰もおりません」

 まるで役者が芝居の台詞を朗々と語るように。

「故に名前の無い都市。あえて名前を呼ぶのならば、"無名都市"というべきでしょう」

 女は一息にそう吐き出した。

「はあ…無名都市ですか…」
 彼女の台詞に面食らったハリドは溜息をつくようにそう言った。

「それより殿下。ワタクシは予(かね)てより殿下をこちらにお招きしたいと思っておりましたの」
 双眸に妖しい光を浮かべ、女は甘い声でそう言う。
彼女が身じろぎするたびに身体から発せられる匂いがハリドの鼻をくすぐる。
 その香りはいささか強く、まるで頭の芯が痺れるようだ。
 ゆっくりと女が身体をすり寄せてくる。
ハリドはそれをかわそうとして、身体が思うように動かず、ガクリと寝台に手をついた。
「本当はお付きの女騎士も一緒にお招きするつもりでしたが…」
 女騎士? アフラの事か?
何故だか、妙に身体が熱い。
「…いずれ、あの娘もここに来るでしょう」
 アフラがここに来る?
女の言葉が頭の中で木霊するように響く。
「ふふふ…やっと香(こう)が効いてきたようですわね、殿下」
 女はフードを取り払うと髪を靡かせ、その口元を男の耳元へと寄せた。
彼女は躊躇わずに血に濡れたような赤い唇で彼の耳たぶを甘噛みする。
「っ!? ああぁっ…!」
 柔らかなその粘膜に触れられた瞬間、男は娘のような悲鳴を上げた。
まるで耳にすべての神経が集まったような衝撃。
甘い感覚に全身が痺れをおこし、彼はぐったりと寝台に崩れ落ちた。
「一体…何…を…お前…は…何者…?」
 女を見上げながら、ハリドは途切れ途切れに唇を震わせる。

 ランプの明かりが彼女の白銀の髪を淡く映し出す。
「ワタクシの名はザヘラ。もう1人の…"白"の名を持つ女ですわ、殿下」

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 砂の荒れ野を一騎の騎馬が走る。
その背に跨るのは旅装束を纏った女騎士。
 砂塵の混じり風を貫いた太陽の光が彼女の白銀の髪で反射した。

 屋敷を抜け出したアフラはスウードの導きに従い、東の砂漠を進んでいた。
砂漠に乗り出した最初の頃、行く手に聳(そび)え立っていた砂嵐は彼女が馬を
進めるにつれて、ゆっくりと空へと溶けていった。
吹き荒れていた風も次第に収まり、砂漠の青い空が戻ってくる。

 思わぬ天の配剤に彼女は心の中で神に感謝した。

 西の空に日が傾く頃、前方の空を飛んでいたスウードが砂丘の陰へと降りていく。
 アフラが急いで砂丘をぐるりと迂回すると地面から突き出した岩の上に隼が留まって
いるのが見えた。
 彼女は馬から降りると手綱を引いて、スウードへと近づいた。
「スウード、ハリドはどこだ!?」
 アフラの問いかけに彼は岩の上で一声鳴く。
彼女が視線を落とすと砂の中に岩の割れ目が埋もれているのが見えた。
「まさか、この中にいると言うのか!?」
 彼女に答えるようにスウードが再び鳴き声を上げる。
「ハリド!」
 アフラは地面にしゃがみ込むと素手で砂を掻き出し始めた。
一心不乱に掘るとあっさりと地下への入り口が口を開く。
 彼女は迷わず中に飛び込むと壁伝いに歩き始めた。

 アフラの姿が闇へと消えて後。
 何の前触れも無く、入り口の周囲の砂が崩れ始める。
砂はまるで水が高い場所から低い場所へと流れ込むように大地を平らにしていった。
やがて、崩落が収まると、そこには何の痕跡も残っていなかった。

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 どれほど、闇の中を歩いただろう。
 何も見えぬ暗闇を壁の感触だけを頼りにひたすら進む。
逸(はや)る気持ちと暗闇の不安が何度も足元を掬わんとする。
その度に彼女は歯を食いしばり、脳裏にハリドの姿を思い浮かべて気持ちを
奮い立たせる。

 やがて、前方に闇の中に微かな明かりが浮かび上がった。

 石造りの壁の一部が張り出しており、その上で炎が踊っている。
その直ぐ側の壁には精緻な彫刻が施された木の扉が備えつけられていた。

 アフラは深呼吸した後、ゆっくりと扉を押し開いた。
扉の向こうは寝室になっていて、正面に天蓋付きの寝台が見えた。
そして、寝台の上に1人の男が座っているのが分かった。
「ハリド!」
 アフラはその男が捜していた幼馴染だと気づき、喜びの声を上げて駆け寄った。
そして、近づいた後、彼が裸である事に気づき、絶句した。
「アフラ、久しぶりだね…」
 ハリドは自分の肌を隠そうともせず、いつもの笑顔を浮かべて、彼女を出迎えた。
「ハ、ハリド…早く…服を着てくれないか…」
 彼女は顔を真っ赤にしながら慌てて視線を逸らす。
「それよりもアフラ…君に頼みたい事があるんだ」
 彼は熱っぽい瞳でアフラを見上げる。
「な…何だ…?」

「僕のココがはち切れそうなんだ。だから君にコレを鎮めて欲しい」
ハリドは自らの股間を指し示して、そう言った。
そこには彼の逞しい逸物がそそり立っていた。

「な…何を…言っているんだ…ハリド…冗談はやめてくれ…」
 彼の言葉はアフラの理解の範疇を超えていた。
彼女は上ずった声を上げながら、ゆっくりと後ずさっていく。
 そんな彼女の背後に音も無く。もう1人の白銀の髪の女・ザヘラが現れる。
ザヘラは宙から滲み出るように姿を現すとアフラの首筋に噛み付いた。
物音に気づいたアフラが振り向こうとするが間に合わない。

「きゃ…あぁぁっ!?」
 未知の感覚に打ちのめされ、アフラは腰の力が抜けて、その場にペタンと座り込んだ。

 ハリドは素早く立ち上がるとその逸物をアフラの半開きの口へと捻じ込む。
「んむうんうっ!?」
 予想だにしない展開に彼女は目を白黒させる。
それに構わず彼はアフラの頭を両手で押さえながら、口腔の奥を目掛けて腰を突き出した。
逸物の先端が喉の奥へ到達した時、アフラの背筋を電撃が走った。
全身がガクガクと震え、口内に生じた唾液が口の端から溢れ出した。
「…凄いよ、アフラ。予想通りだ」
 喘ぎながらハリドが嬉しそうにそう言う。
「んふっ…んんん…!?」
 唾液に塗れた彼の逸物が口内で暴れ回り、アフラの中をかき回す。
彼女の思考は突然すぎる展開に完全に置いてけぼりをくっていた。
「殿下、乱暴にするのは駄目ですよ。この娘は初めてなのですから」
 アフラの耳元で女の声がしたかと思うと彼女は後ろから抱き締められた。
「ごめんよ、アフラ…でも我慢できなかったんだ」
 ハリドは優しい声ですまなそうにそう言った。
「貴方も気持ち良くしてあげるわ」
 ザヘラはそう囁き、素手でアフラの上着を引き裂く。
帯が千切れて、短剣が床に転がった。
彼女は露わになったアフラの双丘に両の手を這わせた。
「んっんむんっ…」
 ザヘラの指先がアフラの胸を、乳首を蹂躙する度、痺れるような甘い感覚が広がっていく。
身体の奥底に火がついたように全身が熱を帯びていく。

「それじゃあ…そろそろ、こっちも動かすよ…」
 口腔の中の逸物がゆっくりと引き抜かれ、勢いよく突き出された。
先端が奥に達すると胸の刺激とは比べ物にならない衝撃が走る。
まるで体中の骨が無くなったかのように快楽の波紋に全身が波打つ。
 ハリドは熱に浮かされたように何度も何度もアフラの口腔を逸物でかき混ぜた。

 アフラは無理矢理、口を犯されてはいたが、同時に言葉では言い表せない程の
満足感を味わっていた。確かに激しい責めは苦しい。
しかし、激しさを増すほど、思考の一部が明瞭になっていく。

 アフラの涙でにじんだ視界に快楽に蕩けた幼馴染の顔が映った。
 自分が何をされているのか。ハリドが何をしたいのかが分かる。
彼女も年頃の娘だ。聞きかじった知識で性交の事は知っている。
それが子をなす為だけでなく、男女の快楽の為に行なわれる事も。

 そうそれは男性器を女性器に挿入する事。決して口に挿れる事ではない筈…。
そう考えて、はたと思い至る。

 ハリドは口腔を女性器に見立てて行為に及んでいるという事を。
それに気づいた時、アフラは自分の胸の奥にある魔性がドロリと蠢くのを感じた。

 ならば、少しでも彼に気持ち良くなって欲しい。
半ば本能的に彼女は舌を、唇を動かし、自ら逸物を愛撫し始めた。

「ア…アフラっ!?」
 無我夢中で腰を振っていたハリドは突然、新たな刺激を受け、喘ぎ声を上げた。
 アフラの口腔が、舌が逸物を舐め溶かさんと蠢き始めたのだ。
それに加えて、唇が彼の中から精を搾り出さん竿を締め付けてくる。
 ハリドとアフラの目と目が合う。それだけで互いの心が通じる気がする。
一緒に快楽の頂を目指したいのだと。
「分かった…一緒にイこう…!」
「んふふっ…!」
 男がさらに激しく腰を振り、アフラがそれを受け止める。

「妬けるわねぇ…」
 2人のやり取りを間近で見ていたザヘラもより一層アフラの胸を責め立てる。

 次々と溢れ出る唾液の詰まった口腔を男は狂ったように逸物でかき混ぜ、内壁を抉る。
アフラも負けじと舌で先端を、くびれを、太い幹を絡め取り、唾液で包んだ。

「く…うぅぅっ…」
 限界はすぐそこまで迫っていた。
口の中で逸物が膨れ上がり、臨界を迎える。
「出すよ、アフラっ!」
 喉の最奥を目掛けて、腰が突き出される。それに合わせてアフラも唇を締め付けた。
先端から精が勢いよく噴き出し、彼女の口内を白く汚そうと暴れまわる。
白濁の体液を喉で受けた時、彼女の身体の奥で何かが弾けた。
今までで最大の波が押し寄せ、アフラの肢体が震える。
彼女は自らの秘部から止め処なく溢れた暖かいモノが太股と床を濡らしていくのを感じていた。

 アフラの口内に次々と精液が吐き出される。
彼女はそれを一滴も零すまいと懸命に飲み込んだ。
やがて、射精が止まると満足したのか、ハリドが逸物を口から引き抜いた。
 その拍子に口の中に残っていた精液が溢れ出す。
「あら、勿体無い」
 口の端から垂れた白い筋をザヘラが舌先で舐め取った。

##########################

 口に出された直後は半ば放心していたアフラだったが、
ややあって、突如、瞳に正気の色を取り戻した。
「くっ…」
 足のバネを使い、立ち上がるとハリドとザヘラの2人から距離を取った。
 身体が妙に軽い。力が身体の奥底から幾らでも湧いてくるようだ。
彼女はそんな感覚を味わっていた。

「お前は何者だ…?」
 アフラは険しい表情で床に座ったままの仮面の女へ鋭い声を投げかけた。
「あらあら、どうしたの。そんなに怖い顔して?」
 アフラの剣幕を意に介した様子もなく、ザヘラは艶然と微笑む。
「答えろっ!? ハリドを狂わせたのはお前か!」
 気だるげに彼女をボンヤリと見ている幼馴染を一瞥し、アフラが鋭く叫ぶ。

「そうよ、殿下を色に狂わせたのはワタクシ」
 愉しそうに笑いながら、ゆっくりとザヘラは立ち上がる。
「お前は一体何者だ…?」
 アフラの問いにザヘラは身につけた仮面をゆっくりと外した。
「その顔は…!」

 露になったのはアフラに似た美しい貌。

「ワタクシはザヘラ。もう1人の貴方よ、アフラ」
 薄明かりの中、ザヘラの血色の双眸が妖しく煌く。
「お前は魔物だな!?」
 無意識に腰から短剣を引き抜こうとし、しかし得物を失っている事に気づき、
アフラは僅かに動転する。
 その一瞬の隙をつき、ザヘラは床の上を滑るように近づいてきた。
肉薄した彼女は顔近づけ、その唇をアフラの唇へと重ねる。
 アフラの唇を強引にこじ開け、魔物の舌が口内へ侵入してくる。
「ふふ…」
 口の中を突き立てるように侵入した舌は一転、優しく彼女の舌へ絡みついた。
「んぅっ!」
 絶頂を迎えたばかりで敏感になっている所為か、それだけで全身の力が緩んでしまう。
 ザヘラはアフラの口を味わいながら、寝台に押し倒した。
彼女は片手と太股でアフラを組み敷くと唇を離す。
唾液が、いやらしい水音を立てた。

「そうワタクシはグール。そして、アフラ…」
 もがくアフラを見下ろしてザヘラが言葉を紡ぐ。
「…貴方も同じグールなのよ」

「何を言っている…?」
 唐突にそんな事を言われ、アフラは思わず動きを止めた。
「証拠はあるわ…」
 ザヘラの人差し指がアフラの鎖骨に触れ、そのまま真下へ、丸みを帯びた乳房を登っていく。
彼女の指の動きに釣られ、アフラは視線を動かす。そこには…。

 褐色の肌が露になっているべきそこはいつの間にか赤茶色の薄衣に覆われていた。

 そう、それはザヘラが身につけているものと同じ。

 白銀の髪。褐色の肌。赤茶色の薄衣。
 まるで鏡合わせのような2人が肌を重ねている。
「何だ…一体…どうして…?」
 困惑し、震える声で呆然と呟くアフラ。
「殿下の精液を飲んだのですもの。それで魔物の本性が露わになったね」

「私は人間だ! 魔物なんかじゃない!」
 アフラは必死に叫んだ。
彼女の両親は共に人間だ。そこから魔物が生まれる筈が無い。
自分にそう言い聞かせる。
「いいえ、貴方は魔物。純粋なグールの血を引く娘」
 言葉で嬲るようにザヘラが詠う。

「取り替え子(チェンジリング)って知ってるかしら?
ワタクシ達、魔物がする悪戯。
人間と魔物の赤ん坊を交換するの。
ワタクシと貴方、とても良く似ているでしょう?
だから、交換されたのよ」

「だから本物のアフラはワタクシなの」
 そう告げられて、アフラの心のどこかで何か壊れた。
それと同時に全てが腑におちる。

 最近、ハリドと接する度に湧き上がった衝動の正体。
それは魔物の本能だとすれば…。

「わ…わた…し…が…アフ…ラだ…」
 底知れぬ恐怖にアフラは嗚咽の混じった声でそう主張する。

「…別に貴方を恨んでいるわけじゃあないの。
むしろ、"母さん"には感謝しているわ」
 ザヘラは優しい声色でそう言いながら、慰めるようにアフラの白銀の髪を撫でた。

「魔物の母乳で育てられた娘は魔物になる。
魔物の群れに混じって育った娘は魔物になる。
 伝説が真実かは分からないけれど。
今のワタクシはザヘラ。立派な魔物の1人ですもの。だから…」

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「だから…、アフラ。ワタクシは貴方にも幸せになって欲しい」
 ザヘラは背後を振り返ると目線でハリドに合図した。
 男はアフラの左右の脚を掴むをそれを押し開いた。
ハリドの身体が両足の間に入り込み、太股同士が触れ合う。
「ハリド…何を…っぅ!」
 再び硬さと勢いを取り戻した逸物の先端がずぶ濡れの秘部に触れる。
それだけで喘ぎ混じりの悲鳴が漏れてしまう。
まるで焼けた鉄の棒が当たったかのような甘い痺れ。
「やめ…やめ…て…っ…」
 アフラは完全に怯えた眼差しで男を見上げる。
するとハリドの真剣な眼差しが彼女を見つめ返してきた。
「アフラ…君の全てが欲しいんだ…」
 彼の両目には情欲の炎を宿っている。
「そ…そんな事…言われ……」
 目を伏せ、そう答えるアフラの言葉は強引な挿入によって遮られた。
「っっっ!!! あああぁぁぁっんんん…っ!!!」
 破瓜の痛みと内壁を擦られる感触に彼女はその身を仰け反らせる。
快楽に全身がわななき、勢いよく噴き出した愛液が破瓜の血を洗い流す。
一瞬だけ目の前が真っ白になり、意識が途切れた。

 チカチカと星が舞う視界の中で、アフラは自分の膣内(なか)へ
ハリドの逸物がすっぽりと収まっているのを見た。
「ダメ…ぬ…抜いて…」
 弱弱しく首を振るアフラに彼は何も答えない。
下手に声を出すとすぐにでも果ててしまいそうだったからだ。
 アフラの膣壁が逸物に吸い付き、舐め擦り、精を搾り取らんと波打つように締め付けてくる。
「アフラぁ…っ!!」
 ハリドは一声吠えると抽送を開始した。
愛液でしとどに濡れた蜜壺は驚くほどスムーズな動きを可能とする。
「…だめ…だめ…え…ぇっ…! あん…んん…ぅっ…!」
 突かれる度、アフラの声にも甘い喘ぎが混じり、高まっていく。

「アフラ、幸せ? 殿下のオチンチンをアフラのオマンコに挿れられて?」
 涙と涎でぐちゃぐちゃに乱れたアフラを顔をザヘラが嬉しそうな表情で見下ろす。

「…くぅぅん! …しあわせぇ…っ!
オチンチン…オマンコに…いれられて…しあわせなのぉ…っ!!」
 褐色の肌を赤く染め上げ、狂ったように身体を震わせながら、アフラが答える。

「そう嬉しいわ、アフラ。貴方が幸せなってくれて。
ワタクシ、遠くから何度も貴方たちの事を見ていたのよ。
でも中々、くっつかないから。だからチャンスをあげたの…」
 ザヘラの指先がアフラの乳房の頂をこねくり回す。
「ふあぁぁー!!」
「だって、ワタクシ達は姉妹のようなものですもの。
貴方の幸せを願うのは当然の事でしょう?」
 彼女の身体の下でアフラの褐色の肢体が快楽に悶える。

 ザヘラはアフラをさらなる高みへ追いやらんと。
そして自らも快楽を貪らんと姉妹の唇を重ねた。

「んんぅー!! んむむんんううぅぅっっ!!」
 上の口と下の口を同時の責められ、アフラの身体が跳ねる。
絶頂を迎えた印に陰部から愛液が垂れ流れる。
 それでも2人の責めは止まない。
 絶頂で鋭敏になった口腔と膣にさらなる刺激が与えられる。
「ほはへふ…っ!! ほはへひゃうううぅぅぅっ!!!」
 壊れる。全身がバラバラになりそうな性の感覚。
それと同時にアフラは自分自身がそれを貪欲に求め、蠢いているのを自覚する。
そして、共に交わるハリドとザヘラにもっと悦んで欲しいと。
心の底から想っている自分の本心にも…。

 淫肉のぶつかり合う音。何かが湿り、濡れていく音。喘ぎ声の三重奏。
 3人は互いを求め合い、高め合い。
やがて、快楽の高みへと登り詰めた。

「ああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっっ……!!!」
 地下都市中に咆哮が響き渡り、木霊する。

 後に残ったのはぐったりと寝台に横たわる3つの人影。
 アフラの呼吸に合わせるように彼女の下腹が揺れ、陰門から白い生命の証が溢れ出した。

「アフラ…愛しているよ…」
「ハリド…私も貴方を愛しています…」
 囁き口づけを交わす恋人達。
そんな2人へザヘラが愛おしそうな眼差しを送っていた。

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 こうして、砂漠の王子と女騎士は砂の荒野へと消えた。
周囲の者たちが懸命に2人を捜したが、彼らの行方は杳として知られなかった。

 夜の砂漠では魔物の吠える声が聴こえるという。
もしかしたら、それは魔物が愛欲を満たす為の叫びなのかもしれない。
11/06/22 22:03更新 / 蔭ル。

■作者メッセージ
最後まで読んでいただきありがとうございます。

鷹狩りなのに隼じゃん! というツッコミは受け付けません(笑)
ジパングでは確かに鷹なんですが、砂漠地方では隼を使うんです。

※この物語はフィクションです。特定の思想・信条を擁護または非難する意図はありません。

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