読切小説
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雨、時々恋模様。
「濡れますよ?」
 そう言って、男は女へと傘を差し掛けた。
空から絶え間なく降り注ぐ雨が、たちまち男の背広を濡らしていく。
 灰色の空の下、黒く濁った沼の畔(ほとり)で男はその娘と出会った。
昨夜から降り続く雨の中、彼女は傘も差さずに佇んでいる。
そこを偶然通りかかった男は彼女の姿を見かねて自分の傘を差し掛けた。
あるいは運命だったのかもしれない。
 女は男が近づいてくる事に気がつかなかったのか、傘を差し掛けられて、
ようやく振り向く。

 間近で彼女の姿を捉え、彼は自分の台詞がナンセンスであった事を知った。
長い間、雨に打たれていたのか、女は既にずぶ濡れだった。
今更、傘を差した所で気休めにもならない。
傘よりハンカチーフでも差し出すべきだったか。
 彼が女の有り様を見ていると不意に彼女と視線が合った。
そこには一度見たら忘れられない墨色の瞳があった。
己の顔が映りこみそうなまでに澄んでいるのに、底知れぬ水面を
覗き込んだかのような不思議な瞳。
 彼は一瞬、その瞳に吸い込まれるような錯覚に陥り、しかし首筋に
落ちた雨粒の冷たさで我に返った。
そして、自分が娘の身体を無遠慮に見ている事に気づいた。
 彼女が纏う白い単(ひとえ)の着物はたっぷりと雨を吸い込み、身体に貼りついている。
そうなる当然、娘らしい身体の輪郭が露になっている訳で…。

「し、失礼しました!」
 彼は慌てて顔を背けつつ、傘の柄を女へと押し付けるように渡す。
 透けた着物を押し上げる豊かな乳房。桜色に色づいた先端。
緩急を帯びた腰。柔らかな丘の下にある濡れそぼった谷間。
 脳裏に焼きついた光景を忘れようと男は必死に別の事を考える。
そんな彼の耳に鈴を転がすような小さな笑い声が届いた。
チラリと遠慮がちに娘を見れば、俯いた彼女の肩が小刻みに震えている。
男は己の顔が急激に熱くなっていくのを感じた。
「ありがとうございます」
 娘はゆっくりと顔を上げると彼へと向かってそう微笑んだ。
その無垢な笑みに男の羞恥は限界に達する。
「そ、それでは…ぼ、僕はこの辺で…!」
 その場から逃げ出すように男は雨の中へ走り去っていった。
「あっ……」
 1人取り残された女は雨に消えた男の背中をいつまでも見つめていた。

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「善い事しましたなぁ、梅原さん」
 髪に白い物が混じり始めた初老の村長が褌(ふんどし)姿の青年に笑いかけた。
「そうですね……はっくしっ!」
 梅原と呼ばれた青年は囲炉裏の火に当たりながら盛大なくしゃみで答えた。
「早く着物を着ないと風邪をひいてしまいますよ」
「ご、ご迷惑をおかけします…」
 村長の妻である初老の婦人から着物を受け取った梅原は早速それを着て、ホッと一息をついた。
「いえいえ、倅(せがれ)のお古ですいませんが、遠慮なく使ってください」
 村長夫婦の暖かい心遣いが身に染みる。

 彼、梅原国治(うめはら・くにはる)は国家に仕える役人である。
彼は今、国の命を受け、視察の為に、この村に滞在していた。

 雨の中、律儀にも視察に出かけた国治は1人の娘と出会い。
傘を失くして、ずぶ濡れで滞在先の村長宅へと帰宅した。

「しかし一体、どうして雨の中に立っていたのやら…」
 彼女の事を思い出しながら、半ば独り言のように国治は呟いた。
ついでに浮かんだ彼女の濡れ姿は慌てて打ち消す。
「はは…見初(みそ)めましたかな?」
 火箸で囲炉裏を突きながら村長がそんな事を聞いてくる。
「い、いえ…そういう訳じゃ…」
 出し抜けにそう言われた国治は顔を赤くしながら答える。
「しかし、どこの娘さんですかねぇ? 村のモンは滅多にあの沼には近づかないのに」
 初老の婦人が不思議そうに言う。
「ふぅむ、そうだねぇ…梅原さん、どんな娘さんだったのかね?」
 妻の疑問は気になったらしく村長がそう問いかけてきた。
「どんなって…」
 その問いかけに消えかけた煩悩が再び形を為そうと頭の中で渦巻く。
「い、色白で、腰まである黒い洗い髪の、二十歳(はたち)くらいの娘さんですよっ」
 国治は口早にそう答え、大きく息をついた。
昼間、あの娘と出会ってから臍(へそ)の下がどうにも落ち着かない。
「そんな子いましたっけねぇ?」
 よほど気になるのか婦人はしきりに首を捻っている。
すると村長が神妙な顔つきで低い声を出した。
「梅原さん、その娘さんはひょっとして、コレかもしれませんよ?」
 彼は手首から先をブラブラさせながら両手を胸まで持ち上げて見せた。
「コレって?」
 その仕草の意味が分からず国治はきょとんとした顔で問い返した。
「へえ、幽霊って事ですよ」
 村長は低い声でそう絞り出す。
「バカだねえ! 昼間っから幽霊が出るもんかい!」
 婦人は陽気に笑いながら、亭主の背を叩(はた)く。
「そりゃ、そうだ」
 おどけた顔で村長が舌を出して笑う。釣られて、国治も笑みを浮かべた。
内心、国治も幽霊なんかいやしないと思っていた。

 国が新しくなって、半世紀余り。
この国も二度の戦争を経て、世界に国々と肩を並べんと幾多の革新を重ねてきた。
 幽霊や妖怪が巣食っていたのは遠い昔。
いや、それすらも無知迷信が蔓延(はびこ)っていたからに他ならない。
今や時代は科学の時代。そんな時代を国治は生きていた。

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 雨が降る。鉛色の空から落ちる水の粒。
落ちた雨粒が木の葉を叩く。しっとりと濡れた木々は黒々と光っていた。
そんな風景を1人の女がぼんやりと眺めていた。
 雨の林に佇んで、何をするでもなく、何を想うでもなく、只ぼんやりと。
彼女の名はミオ。誰に名づけられたのでもないが、彼女は自分をそう呼んでいた。
 何時(いつ)から降り始めたのかも分からないが、雨はまだ止む気配もない。
いや、それよりも何時から自分は雨に打たれていたのだろう?
ふと、彼女の脳裏にそんな疑問が浮かんだ。
 雨。冷たい雨。自分はどこから来たのだろう?

 彼女がまだ彼女では無かった頃。
彼女は何か大きなものの一部だったような気がする。
その大きなものは、いつも渦を巻くように回っていた。
彼女は渦巻くナニかの一部だったような気がする。
そのナニかはきっと喜び。彼女はまだ喜びを知らないけれど。
 喜びの渦は外からナニかを受け取って、少しずつ大きく速くなっていった。
そのナニかはきっと幸せ。彼女はまだ幸せを知らないけれど。
そうして、気がつくとミオは雨に打たれていた。

 雨。冷たい雨。でも今は冷たくない。

 雨の林に佇んで、黒いコウモリ傘をクルクル回す。
あの男性(ひと)がくれた傘が雨を遮ってくれる。
 傘は何でできているのだろう?
傘の材料はきっと優しさ。

 彼女がまだ彼女では無かった頃。
彼女はいつも優しさに包まれた気がする。

そうか。彼女の内にナニか渦巻き始める。
どこから来たのかも分からない自分だけど。
行きたい場所は見つかった。

 雨。優しい雨。あの男性の気配を伝えてくれる。

 雨の林を通り抜けて。
踊るように、跳ねるように、黒いコウモリ傘がユラユラと揺れる。
そして、雨の煙の中へと消えていった。

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 風が湿った臭いを運んできたと思えば、ついに雨が降り出した。
街路を行き交う人々は蜘蛛の子を散らすように走り出していく。
「うわっ…! 降って来たな…!」
 彼、梅原国治もカバンを抱きかかえながら走り始めた。
大粒の雨が鼠色の背広に次々と染みを作っていく。
「今日の予報じゃ、持つと思ったんだけど…」
 といっても備えるべき雨具は少し前の出張で失っていたが。
 今度の休みに洋品店へ傘を買いに行くか。
内心で溜息をつきながら、足を動かす。
自宅まであと少し。多少濡れた位なら一晩あれば乾くだろう。

 国治は勢いよく戸を引き開けると玄関へと飛び込んだ。
「ただいま、戻りました…」
 そして少し呼吸を整えると家の奥へ向かってそう呼びかけた。
すると叔母の芳(よし)が板張りの廊下を走って来た。
「ただいま戻りました、叔母さん」
「く、国治さん、遅かったではありませんか!」
 普段、温厚な叔母は今日に限って、妙に慌てた様子で彼を出迎えた。
「はあ…急ぎの仕事を片付けていたもので」
 叔母の態度の訳も分からず、国治はそう言い訳する。
「とにかく、早く上がってください! ウチの人が座敷で待ってますから!」
 芳は国治からカバンを半ば、ひったくる様に受け取ると鼻息も荒く、家の奥へと先導する。
「は…はあ…」
 国治は生返事を返すと靴を脱ぎ、叔母の後へと続いた。
 彼が板張りの廊下を数歩歩いた時、予期せぬ冷たい感触が足の裏を這った。
思わず漏れそうになる驚きの声を飲み込んで国治は足元へと視線を落とす。
見れば、黒い板張りの上に点々と小さな水溜りが続いている。それはまるで足跡のよう。
 正太郎君の悪戯だろうか? 腕白盛りの従兄弟の顔をふと思い浮かべる。
悪戯にしても、しっかり者の叔母がそのまま放置する筈もないが…。
「何をぼんやりしているのですか。早く此方へ!」
 思案を巡らせていると叔母の苛立たしげな声が飛び込んできた。
原因に全く心当たりもないが、ここは素直に従った方がいいだろう。
「はい! 今参ります…」
 国治はきびきびと返事をすると急ぎ足で叔母を追った。
もちろん水溜りはきちんと避けて。

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「あなた、国治さんがお戻りになりました」
 国治の叔母・芳は廊下と座敷を隔てる障子戸の前に跪き、中へ声をかける。
「…入りなさい」
 中から叔父、つまり国治の父の弟である孝二郎のよく通る声が響いてきた。
その声に応じて、芳が障子戸を開き、視線で国治に座敷に入るよう促す。
 彼は心の内で覚悟を決めると敷居を跨いだ。

 畳敷きの座敷に入ると大きな和机の上座に孝二郎の姿があった。
そして、その横座に座る人物を見て、国治は息を飲んだ。

そこには、あの日、あの村で出会った娘が静かに座っていた。

 再び、忘れようも無い墨色の瞳と視線が絡み合う。
一瞬。いや数秒だろうか、時が止まってしまったような感覚に陥る。

だが、その唐突な再会は不機嫌そうな叔父の咳払いによって遮られた。
「…座りなさい」
 孝二郎に顎で下座を示され、国治は慌てて正座する。
その間も視線は彼女の姿を追ったまま。
一方、娘の方はというと直ぐに視線を逸らして俯いた。
彼に続き、芳も座敷に入ると障子戸をピシャリと閉め、横座についた。

「国治君、君ももう立派な大人だ。どう振舞おうと全ては君の責任だ」
 高等学校で教師を勤める叔父らしい真っ直ぐな眼差しが彼を射抜く。
「だがね、人間には分別が必要だ。…特に男女の仲ともなれば」
「ええと話が見えないんですが…」
 叔父の話の筋が見えず、国治は困惑の表情を浮かべる。
「シラを切るとは男らしくないぞ、国治君」
「シラも何も…何が何やら…」
「こちらのミオさんの事ですよっ」
 厳しい表情で叔母が口を挟んできた。
芳の声にミオと呼ばれた娘が視線を上げる。
「聞けば、この間の出張先で知り合ったというではありませんか。
国治さんを訪ねて、上京していらっしゃったんですよ?」
 彼女は責める様な口調でそう言い募ってきた。
その台詞を聞き、国治は叔父と叔母が大きな勘違いをしている事に気づく。
「ま、待ってください! 確かに出張先で彼女とは知り合いました。けど…」
 傘を渡しただけで、決して勘違いされているような事はやっていない。
そう続けようとした彼の言葉は予想外の声に遮られた。
「ずっと…逢いたかった…」
 今までずっと黙っていたミオの文字通り爆弾発言。

「「国治君(さん)!!」」

 叔父と叔母の剣幕に彼は反射的に身を縮こまらせる。
「君には行きずりの恋だったのかもしれない。
だがね、こちらのお嬢さんは真剣じゃないか!」
 叔父がいつになく熱弁を振るうのを国治は意識の遠い所で聞いていた。
それよりも大切な言葉が彼の頭の中でぐるぐると回っていたからだ。

 僕に逢いたかった…?

 心臓の鼓動が速い。身体の芯から熱が溢れ出し、全身に満ちていく。
ミオはそれきり黙ったまま、じっと彼を見つめている。
あの日と変わらない微笑を浮かべて。
 国治は自分の中で忘れていた感情が蠢き出すのを感じていた。

「聞いているのかね、国治君!?」
 そんな感傷も吹き飛ぶ叔父の一喝。
「ひゃ、ひゃい!?」

「…という訳で、男らしく責任を取りなさい」
 ひとしきり説教をした後、孝二郎はきっぱりとそう告げた。
「せ、責任と言われても…」
 責任が必要な"あやまち"すらまだです。
「ミオさんは身寄りも無いそうです。幸いウチには部屋も余っていますし…」
 国治の知らない所で外堀が完全に埋まりつつあるようだ。
というより、叔母の顔はうきうきと楽しげに見える。
「今すぐに祝言という訳には行かないが、夫婦生活の予行演習というか何というか。
勿論、嫁入り前のお嬢さんなんだ。1つ屋根の下とはいえ、節度は守ってもらうぞ?」
 味方の陣営と思っていた兵が実は敵の伏兵だったようです。
「ふつつか者ですが、よろしくお願いします」
 とどめの言葉を聞いて、国治は陥落した。

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「どうして、こうなった…」
 夜半過ぎ。自室の布団の上に寝転がりながら国治はそんな思いを抱いていた。
 平凡な筈の1日の終わりに待っていた非凡な出来事。
あまりの衝撃に彼はまんじりともできず、落ち着き無く寝返りを繰り返していた。

 そうしながら、ミオと出会った時の事を思い出す。
 雨の中、濡れていた彼女に、親切心から傘を差し出した。
その事がよほど嬉しかったのか、彼女は僕に恋慕の情を抱いた。
彼女は恋慕の情が抑えられず、僕を追って国元から上京して来た。

 でも本当に彼女は僕の事を慕っているのだろうか?
周囲はそう思い込んでいるが、果たしてそれは本当なのだろうか。
 叔母に聞いた所によれば、彼女は僕の傘を携えていたらしいし、
ひょっとしたら、只傘を返しに来ただけなのかも…。

 そんな事を考えていると廊下へと続く障子戸が小さく開かれた。
「国治さん…起きてる…?」
 障子の隙間に夜半の月明かりを浴びて、ミオの姿が浮かび上がった。
「ミオさん…こんな夜中にどうしたんですか?」
 彼は慌てて身を起こし、居住まいを正した。
「ミオは…お腹が…空いているの…」
「食事なら、さっき取ったじゃ、ありませんか」
 あの説教の後、夕食となった。
最も彼はミオの挙動が気になって味も分からなかったが。
「ううん…ご飯はおいしかったけど…あれじゃあ、お腹は膨れない…」
 彼女はそう答えながら、障子戸をさらに大きく開く。

「っ…ミオさん、その格好は…」
 露になったのはミオの白い裸身だった。
「国治さんの精が欲しいの…」
 精が欲しい。それはつまり…。
「だだだ駄目です! 結婚前の男女が、どどど同衾するだなんて!」
 国治は激しくどもりながら這うように後ずさる。
「逃げちゃ、ダメ…」
 突然、彼女の身体が膨れ上がったかと思うと次の瞬間、国治はミオに押し倒されていた。

 べちゃり。とまるで泥をぶちまけたかのような水音が部屋に響き渡る。
「え…何が…?」
 呆然と呟く国治の全身を暖かい泥のようなモノが包んでいる。
トンとひと呼吸遅れて、障子戸が勝手に閉まる音が聞こえた。
「逃げちゃ、ダメ…」
 薄明かりの中、彼はミオの身体からドロリと何かが溢れ出てくるのを目撃した。
いや、そうではない。彼女自身の身体が泥のように溶け、彼の身体を覆っているのだ。
その事実に気づき、全身が総毛立つ。国治は悲鳴を上げようと口を開いた。
「ん…」
 しかし、原形を保ったままのミオの顔がそれを阻止した。
彼女は自らの口で国治の口を塞ぐ。
連続した不意打ちに彼が目を白黒させていると柔らかなミオを舌が口の中へと侵入してきた。
彼女の舌がまるで別の生き物のように蠢き、彼の舌を絡め取る。
 その甘い口づけに国治の頭の芯が熱く蕩けていく。
ミオの半ば溶けた手が男を宥めるようにその背を撫でる。
始めはもがいていた国治も何時しかその動きを止め、彼女にされるがままになっていた。

 やがて、ミオがゆっくりと唇を離した。
「叫んじゃ、ダメ…皆起きる…」
「そ、そうだね…」
 確かに悲鳴を上げれば、叔父叔母がすっ飛んでくるだろう。
そうなった時、この現状を説明できる自信はない。
いや、それはさておき。

「き、君は幽霊なのか?」
 国治は怯えた眼差しでミオを見上げた。
「幽霊じゃない…ミオは妖怪………たぶん」
 妖怪。その単語を聞いて国治は自分が信じてきたモノが崩れていくのを感じた。
だが、現状を見れば、否定もできない。
「僕は君に食べられるのか…?」
 冷や汗が流れる。動悸が激しい。喉がからからに乾いていく。
「…食べないよ?」
 怯える男を不思議そうに見下ろしながら、彼女は可愛らしく首を傾げた。
「ちょっと、精を貰うだけ。国治さんはじっとしてて…」
 ミオは身を起こし、溶けた腕で彼の寝巻きの帯を器用に解いていく。
「え…いや…ちょっと…待って…」
 寝巻きの前がはだけられると彼の股間が露になる。
国治の逸物は既に天を突かんとそそり立っていた。
「いただきまーす」
 ミオはあっけらかんとそう言い、躊躇する事なく逸物を咥えた。
「う…わ…あぁっ…!」
 感じた事の無い感覚に国治は悶えた。
まるで全身全ての触覚が股間に集中したような刺激に身体が跳ねる。
「ミオさん…やめ…き…汚いですから…」
 次々と押し寄せる快楽の波に喘ぎながら、彼は弱弱しい声を上げた。
「ひははふふひほ? ほひひひほ?」
 逸物を口に含んだまま、ミオは彼は視線を送ってくる。
「そ…そのまま…しゃべらないで…」
 彼女の舌が、口が動く度、信じられない程の刺激が与えられる。
国治は目の端に涙を浮かべて、かすれた声で抗議した。
「汚くないよ? おいしいよ?」
 ミオはチュポンと口を離すと律儀にも言い直す。

「あの…この辺でやめませんか…? 僕たちには、こういうのは…まだ早すぎます」
 逸物を解放され、余裕が出てきたのか、彼は諭すような口調で彼女に語りかけた。
「やだ…まだ精を貰ってないもん」
 ミオはにべもなくそう答える。
「国治さんは、こんな事されるのイヤなの?」
 彼女は逸物に右手の指を這わせつつ、上目遣いにそんな事を聞いてくる。
「イ…イヤって言うか…こ…これ以上は…まずい…って言うか…」
 その視線に彼はたじたじになり、しどろもどろにそう答える。
 ミオはピタリと指を止めると真剣な眼差しでこう問いかけてきた。
「国治さん…ミオの事…好き? …それとも嫌い?」
 薄明かりの中、彼女の表情は見えない。
けれど、彼にはミオのあの墨色の瞳が揺れているのが確かに見えた。
「好きか…嫌いか…と言われると…」
 好きか嫌いかと言われると。
 国治の中であの感情が渦を巻く。それは長い間、蓋をしていた感情。
「…たぶん…好き…なんだと思います…」
 あの時と同じ気持ち。忘れようと思っていた。
 彼の感傷など気づいた様子も無く妖怪の娘はその答えに笑顔を浮かべた。
闇で直接見る事はできない。けれど、彼女の雰囲気ではっきりと見る事ができる。
あの日と同じ笑顔を。

「ミオもね…国治さんが好きだよ…」

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「ミオもね…国治さんが好きだよ…」
 好き。初めて口にした、初めて胸に抱いた言葉。
その時まで知らなかった。けれど、生まれる前から記憶していた想い。
「好きな人同士は愛し合うんだよ?」
 ミオは妖怪だって? 野暮は言いっこ無しだ。
真実はいつも言葉で伝える事が難しいものだ。
 知らない言葉が浮かんでは消える。
でも今はそんな事はどうでもいい。

ただ、自分に優しさをくれた国治さんへ優しさを返したい。
ミオの身体でキモチ良くなって欲しい。だから…。

 彼女はごく自然な動作で、再び男の逸物を口に含んだ。
唇で、舌で、口全体を使って、彼を愛する。
「く…ああ…っ!」
 国治が快楽に身を捩(よじ)る。
 その姿が可愛いと彼女は感じた。どうして可愛いと思ったかはわからないけれど。
もっと、彼の愉しそうな声を聞きたいと思った。
故に舌先で先端の穴を刺激し、浅く、そして深く咥えて幹全体を刺激する。
「や…やめてくれ…っ!」
 口の中に先から漏れ出た透明な汁の味がどんどん濃くなっていく。
言葉とは裏腹に国治の逸物は硬さを増し、ミオの口を犯すようにビクビクを暴れまわる。
「で…出る…っ!!」
 一際、口の中の味の濃度が増す。
彼は無意識の内に腰を突き出し、さらなる快楽を求めて、彼女の喉奥を犯した。
 逸物が歓喜の脈動を繰り返し、白く濁った精を止め処なく吐き出す。
ミオはそれを口の奥で受け止め、一滴も零すまいと喉を鳴らして飲み込んだ。
そして、脈動が終わると尿道の中に残った最後の一滴まで吸い尽くした。
「ごちそーさま」
 勢いを失い、ぐったりとした逸物を離して、彼女はそう言って笑う。
国治の方はというと分身だけでなく、本体もぐったりと倒れていた。
「お腹一杯だよ、国治さん」

 お腹の中で熱いナニか渦巻いている。それがナニかは分からないけれど。
それが何を意味するかは知っている。
それは愛しい男性が自分の身体でキモチ良くなってくれたという証。

そうか。彼女の内にナニか渦巻き始める。
それは喜び。その時まで知らなかった。けれど、生まれる前から記憶していた想い。
喜びがゆっくりと彼女の身体に満ちていく。
喜びが彼女の身体を心を変えていく。

「おやすみなさい、国治さん」
 ミオは気を失った愛しき人に口づけすると静かに部屋を後にした。

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 あの最初の夜から数日が過ぎた。

 流石に翌朝は昨夜の醜態が恥ずかしすぎて、まともに顔も合わせられなかったが。
どうやら向こうも夜が明けて頭が冷えたのか、あれ以来無口になっていた。
たまに目が合っても気恥ずかしさから、直ぐに視線を逸らしてしまう。

 それ以外は概ね平穏だった。
 ミオが妖怪である事がバレた節もなく、彼女は梅原の家にすっかりなじんでいるようだ。
 彼女が家事を手伝いしてくれる御蔭で叔母などは彼女へ好意的に接している。
着の身着のまま(?)上京してきた彼女を不憫に思い、ミオが身支度に必要な物を2人して
買いに出かけたりしているようだ。

 日曜日、国治は休日の朝をゆったりと過ごしていた。
朝食を済まし、食後のまったりとして雰囲気を楽しむ。
 脇で食器を下げていたミオは、彼の湯のみが空になっている事に気づき、
お茶のお替りを注いでくれた。
「ありがとう…ミオさん」
 照れ臭げに小さく礼を言う国治にミオが頷いて応じた。
急須を傾ける彼女の頬も心なしか赤い。
「国治君、今日は予定があるのかね?」
 ちゃぶ台の向かいに腰を下ろしている孝二郎がそんな事を聞いてくる。
「いえ、特に予定はありませんが…」
 国治は湯のみの中をお茶を回しながら、そう答えた。
「なら、ミオさんを帝都見物にでも連れて行ってあげなさい」
 叔父のお節介に国治とミオは思わず互いに顔を見合わせた。
「彼女は上京したばかりだし。今日日(きょうび)の恋人同士なら逢引の1つもするもんだ」

 孝二郎の勧めに従った訳ではないが。
2人は半ば家を追い出されるように外出する事となった。

 市電を乗り継ぎ、雷門前で下車。2人は浅草へとやって来た。
 今日のミオは叔母・芳のお下がりの着物に髪を後頭部で1つに束ねた
いわゆる馬の尻尾(ポニーテール)スタイルだ。
 電車のステップを降りる際にさり気無く手を貸してやる。
「す、すごい、人混みですね…」
「今日は日曜だからね」
 通りを埋めつくす群集に目を丸くする彼女へ国治は微笑んで答えた。
「きゃっ」人波に押されて、彼女が流されていきそうになる。
「おっとっと」
 国治は咄嗟にミオの手を取り、肩を抱き寄せて彼女を庇った。
「はぐれないように気をつけて」
「はい…あの…手を…」
 腕の中で恥ずかしいそうに彼女が俯いた。
「ご、ごめん…!」
 慌てて手を離そうとする彼の手を今度はミオが握る。
「いえ、違うんです…! あの…手を握ってください…」
 消え入りそうな声で彼女はそう言ってくる。
「そ、そうだね! はぐれるとまずいし、手を繋ごうか!」
 国治はまるで言い訳するようにそう答え、彼の方からも手を握る。

 それから2人連れ立ってアチコチを回った。
 浅草寺に参ったり、六区で活動写真を観賞したりと休日を満喫する。
 ミオは見るもの触れるもの全てが初めてのものばかりらしく、終始子供のようにはしゃいでいた。
国治はそんな彼女の姿を微笑ましく思いながら、優しくエスコートしていた。

 浅草を一通り回った2人は茶店の長椅子に並んで腰掛けて、草餅とお茶を楽しんでいた。
心穏やかな時間がゆっくりと流れていく。
国治にとって、こんなに優しい気持ちに慣れるのは随分と久しぶりの事だった。
 これもミオさんの御蔭かもしれないな。
傍らで草餅を頬張る娘をチラリと見ながら、彼は心の中で彼女に感謝した。
「ミオさん、疲れてない?」
「はい、大丈夫ですっ」
 国治の気遣いにミオは間髪入れずに元気に答えた。
どうやらまだまだ元気が余っているようだ。
「次はどこか行きたい所はある?」
「じゃあ、あそこに行きたいですっ」
 彼女は勢い良くその建物を指差した。浅草のどこからでも見える、その建物を。
「あー、十二階…?」
 彼はミオの視線の先を追ってその建物・凌雲閣(通称浅草十二階)を見上げた。
「はいっ」
「展望台までは歩いて登る事になるけど、大丈夫…?」
 十二階のエレベーターは万年故障中だ。展望台に登るには歩くしかない。
「平気です」
 目をキラキラさせてミオが答えた。

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 延々と続く石段を息を切らして黙々と登る。
嫌というほどの登り階段を味わった後、展望台へと辿り着く。
「石川某(なにがし)じゃないが、これは帰りは飛び下りたくなる」
 国治は息を切らせながら、そうぼやいた。
「わあ……!」
 その隣でミオが展望台からの眺めに感嘆の声を上げていた。
無理もない。国治だって昔ここに初めて登った時には驚いた。
 今日のように天気が良ければ、西に富士を始めとする山々、
南は月島の煙突はおろか東京湾、その向こうの太平洋だって見える。
「どうだい、大したもんだろう?」
 まるで自分の事のような口ぶりで国治はミオにそう言った。
「すごい眺めです!」
 興奮した面持ちでそう答えた彼女は目に眺望の全てを焼き付けんと見入っていた。

 今日の逢引の最後にはふさわしい場所かもな。
その時の国治はそんな風に思っていた。

 その後、長い長い階段を下り、2人は十二階から出る。
「それじゃあ、そろそろ帰ろうか」
 西の空に傾いた太陽を見上げて国治はそう言った。
「そうですね。あんまり遅くなると小母さんたちに心配をかけますし」
 2人手を繋いで市電の停留所へ歩き出した時、不意に声がかけられた。

「そこにいるのは、治(はる)さんじゃないか」
 聞き覚えのある声に振り返った国治の目に懐かしい顔が映った。
「六さん! ひさしぶりだねぇ」
 声をかけてきたのは旧友の文筆家・山田六郎だった。
「ところでこちらのお嬢さんは?」
 山田は2人が手を繋いでいる事に目を瞠(みは)った。
「ミオと申します。国治さんとはお付き合いをさせていただいております」
 国治が答えるより早く、彼女がそう口火を切った。
「お付き合い!? こちらのお嬢さんと!?」
 山田は2人を交互に見比べて口をパクパクさせる。
「まあ…否定はできないんだが…」
 我ながら2人の仲は進んでいると思う。
順番はめちゃめちゃだが、同衾、告白、逢引と2人の歴史を重ねてきている。
 しばらく驚いていた山田だが、やがて破顔する。
「そうか! お前に恋人が! おめでとう!」
 大声でそう言いながら乱暴に背中を叩いてくる。
周囲の人々が何事かと振り返る。勘弁して欲しい。
「お前の浮いた噂を聞かないから、てっきり、
あの一件を引きずっていると思っていたんだが…
良かった、良かった!」
「あの一件…?」
 ミオは山田の話が気になったらしくそこを問う。
「山田…その話は…!」
 国治は慌てた様子で山田を口止めした。
「あー…まあ、人に歴史ありってトコですよ」
 山田は下手糞な誤魔化しの台詞を残し、足早に立ち去っていった。

 残されたのは何ともいえない気まずい空気の2人。
「とりあえず帰ろうか…」
「はい…」
 国治の言葉にミオはぎくしゃくと頷く。
 それから2人は無言で帰路へついた。

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 その夜は日没から雨だった。しとしとと夜の帳を雨粒が濡らしていく。
 国治はやはり布団の上に寝転んで、取りとめもない事を考えてはぼんやりとしていた。

 今日の昼間の逢引の事。その最後に山田と久しぶりに会った事。
そして、ミオの事。
 それらが泡のように浮かんでは消えていく。
そんな時、不意に障子戸の向こうで気配がした。

「国治さん…起きていますか?」
 障子の向こうからミオの声が聞こえた。
「…ええ…起きてますよ」
 彼は一瞬、身を固くし、急いで起き上がった。
「あの…今夜は何だか寝付けなくて……少しお話しませんか?」
 どうやら例のアレではないらしい。国治はホッと息を吐くと明るい調子で答えた。
「構いませんよ、どうぞ入ってください」
 そう言いながら、天井から下がる裸電球を点ける。
すると障子戸が開き、寝巻き姿のミオが入ってきた。
 彼女は入って直ぐに立ち止まり、数秒躊躇った後、国治の隣、布団の上に腰を下ろした。
距離が近い。それだけで彼女の温もりが伝わってくるようだ。
そして、2人して何故か黙り込んでしまう。

「雨、降ってますね」
 緊張感に耐えられず彼はそんな当たり障りのない事を口走ってしまう。
「はい…」
「雨はお好きですか?」
「冷たい雨は好きじゃありません」
 ミオはわずかに息を吸い。
「でも、あの日。国治さんに出逢えたから。雨の日も好きになりました」
 彼女はそう吐き出すと真剣な眼差しを彼へと向けた。

「教えていただけませんか? 昼間、お友達の方が仰った事を」
 ミオは今にも泣き出しそうな思い詰めた表情だった。
「あの話を聞いた時の国治さんはとても…」
 裸電球の明かりの中、彼女の瞳が揺れる。
「…とても傷ついた表情をしていました」
 息が詰まるような沈黙。それを破ったのは彼女の温もり。
「ミオでは…国治さんの"悲しい"を…無くす事はできませんか?」
 そっとミオが寄り添ってくる。
 彼女になら。彼女だから打ち明けたいのかもしれない。
「つまらない話なんだけどね…」
 自嘲の笑みを浮かべながら国治は重い口を開いた。

 昔。進学の為に上京したばかりの頃。
国治は恋をした。
 相手は通学の同じ電車に乗り合わせる、どこかの女学生。
完全な片思いだった。けれど真剣だった。
 その頃の国治は今時分の学生らしく、文学に傾倒し、
将来は文筆で身を立てる事を夢見ていた。
自分の未来を、可能性を疑っても無かった。
だから彼は自分の思いのたけを綴って恋文を書いた。

「当時の僕としては、それこそ一世一代の恋文だったよ」
 恋文の出来栄えに我ながら満足し、意気揚々と彼は出かけた。
自分の想いを伝える為に。けれど…。

「けれど、結果は手酷い失恋だった」
 国治は胸の奥に溜まっていた重い気持ちをゆっくりと吐き出す。

 帰宅途中の"彼女"を待ち伏せ、勇気を振り絞って恋文を渡した。
それを受け取った少女は、その場で…。
「中身も読まずに破り捨てた」

「謹んでお断りします。私には許婚がおりますので」
 破った紙切れを国治へと返し、彼女は毅然とそう答えた。

 帝都の女学校に通う女学生ともなれば、当然どこぞのご令嬢。
許婚がいた所で別段不思議でも無い。
 失恋の報を聞いた友人たちはそう言って慰めてくれた。
「そんな事は分かっていた。けれど、上手くいくと思っていた」
 思い上がりというバカにつける薬は無いのだ。
だから諦めた。恋も文学も。
ペンを握ると嫌でもあの時の心の痛みが蘇る。
そんな自分が文筆を続けられる筈も無かった。

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「情けない話だろう? たった一度の挫折で夢を諦めるなんて」
 まるで自分を傷つけるように国治が笑う。
「…情けなくなんか、ありません!」
 ミオはきゅっと眉根を寄せると大きな声で反論した。
「国治さんは今こうして立派に生きているじゃありませんか!」
「別に立派って訳じゃあ…。あの後、勉学に打ち込んだのも
失恋の痛手を紛らわす為だし…」
 彼女の剣幕に国治は苦笑する。
「立派です! 国治さんは立派な優しい人です…」
 そう言って、ミオは国治の胸へと飛び込んだ。
「ありがとう、ミオさん…」
 この温もりだけで辛い記憶も溶けていく。
国治は自分の胸が暖かい何かで満ちていくのを感じていた。
そして、愛おしい女性(ひと)を離すまいと腕に力を込める。

「ミオさん、聞いて欲しい事があるんだ」
 彼は少し身体を離すと真摯な眼で腕の中の女を見つめた。
「僕は君の事が好きだ。…これからもずっと僕の傍にいてくれないか?」
 彼女は目を伏せると小さな声で逆に問い返す。
「ミオは妖怪です。それでも愛してくださいますか?」
 身分違いよりも深い、種族という溝。
されど男は迷い無く。
「人間とか妖怪とかは関係ない。僕が好きになったのはミオという女性(ひと)なんだ」
 心なしか次第に雨脚が激しくなっていく。
「これで…本当の両想いですね…」
 屋根を打つ大きな雨音。しかし、2人には互いの鼓動しか聞こえていない。

「あの…それじゃあ…1つお願いが…」
 頬を赤く染め、何やらモジモジしながらミオが切り出す。
「僕にできる事なら何なりと…」
 気取って答えてみれば。
「く…国治さんの…精をください…」
「ぶっ…!?」
 げに恐ろしきは妖怪の性(さが)。いや愛し合う諸共の性。
とはいえ、男に二言は許されぬ。
「お…お手柔らかに…」

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 しゅるりと衣擦れの音を立ててミオは寝巻きを脱ぎ捨てる。
裸電球の下に彼女の白く艶めかしい肌が露になった。
 思わずその光景に視線が釘付けになる。
「あ…あんまり…見ないでください…」
 ミオは羞恥のあまり顔を真っ赤にしている。
「ご、ごめん…つい…」
 言葉とは裏腹に視線は外せない。
「や…やっぱり恥ずかしいので…こうさせてください…」
 彼女が念を凝らすと、その柔肌が泡立ち、見る間に白い単の着物に変わっていった。
 ミオと国治が初めて出逢った時に彼女が纏っていた着物。つまり…。
「あの…思いっ切り濡れているけど…大丈夫…?」
 ミオが纏う着物はずぶ濡れになったかのように水を含み、身体の線が露になっていた。
「だ…大丈夫です…」
「いや…何ていうか…」
 生唾を飲み込み、視線で彼女の曲線をなぞる。
「却(かえ)って、扇情的になったというか…」
 エロスとはこういう事だ。国治の中で抑えられない衝動がゆっくりと昂ぶっていく。
「ええ…!? そうなんですか…」
 あうあうと口をパクパクさせるミオを彼は安心させるように抱き寄せた。
「とっても綺麗だよ…」

 背後から彼女の柔肉の上に指を這わすと濡れた布の感触がある。
しかし、揉み解してみても布から水滴が染み出してくるような事はない。
「不思議なものだね…」
 素直な感想が口につく。
「…ん…意識…しているので…で…でも…油断すると…あ…溢れちゃうかも…しれません…」
 小さく喘ぎながらミオはそんな解説を入れてくれる。
「溢れてもいいよ? 明日は晴れるらしいし、布団は干せば乾くから」
 国治は優しくそう囁くと右手を彼女の股間へと這わせた。
「ひゃ…ん…! そこ…は…ぁ…!」
 指の腹でなぞってやると布の水分ではない別の粘液が染み出してくる。
「く…国治…さ…ぁ…んん…」
 切なげ瞳で彼女が男を見上げてくる。
「僕もそろそろ我慢できないから…」
 彼はミオの身体を布団の上に寝かすと両股を開かせ、向かい合わせに座る。
そして、いきり立った逸物を彼女の秘所の入り口へとあてがった。
 どろどろに溶けた秘部が彼女の呼吸に合わせて震える。
「行くよ…」
 彼はそう宣言するとミオの膣内へと自分の分身を突き入れた。
「…あ…熱い…です…ぅ…焼きゴテが…入ったみたいに…ジンジン…します…っ…」
「こっちもスゴイよ…! まるで膣内(なか)が絡みついてくるみたいだ…」
 お互いに未だ経験した事の無い感覚にしばし酔いしれる。

「ミオさん…動かすよ…」
 彼は呼吸を整えるとゆっくりと腰を引き、勢いをつけて突き入れる。
「っ…ああっぁ…っ…!?」
 ミオの全身が快楽によって痺れ、肌と濡れた着物の上をさざなみが走った。
彼女とともに快楽の頂に達せんと国治が何度も腰を打ちつける。
「…なっ…ナニか…がぁ…っ…!? ナニか…きちゃ…うぅぅっ…!!」
 硬さと熱さを増した逸物がミオの秘部を溶かさんと何度も何度もかき混ぜる。
「…く…国…治…さんっ…!! くにはっ…るぅ…さぁんっ!!!」
 彼女の顔は涙と涎に塗れ、蕩けきっている。
「ミオさん…僕も限界…です…!」
 彼の逸物もまた凄まじい快楽に溶けそうになっていた。
 妖(あやかし)の膣壁は絡み取り、舐(ねぶ)り、精を吸い尽くさんと締め付けてくる。
「膣内(なか)に…ぃっ!! …膣内に出してくださいぃ……!!!」
 ミオも無意識の内に腰を振り、より深く、より快楽を受け取ろうと蠢く。
「ああっ…っ!!」
 同意とも感嘆ともつかない返事をし、彼女の最奥へと突き出した。
 快楽が波紋となって広がっていく。
「あああああああぁぁぁぁぁぁぁっ…!!!」
注ぎ込まれた精を一片も逃さんと膣壁が収縮し、逸物を搾り取る。

 全精力を注ぎ込み、国治はミオの身体の上に覆いかぶさるように倒れた。
互いで顔を見合わせて幸せそうに笑い合う。
そして、寄り添いあうように眠りについた。

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 それからも変わらず梅原家では穏やかな日々が続いていた。
国治は朝食を済ませ、身支度を整え、出勤する。

「お気をつけて」
 ミオがいつものように玄関口でカバンを渡してくれる。
「はい。行ってきます!」
 笑顔を交わし、カバンを受け取り、彼は颯爽と出勤していった。
「いってらっしゃいませ」
 彼の姿が見えなくなるまでそれを見送る。

 ミオは右手をそっと自分のお腹に当てる。
そこでナニかがぐるぐると回っているのが感じられる。
それがナニかは分からないけれど。
きっとこれを幸せと言うのだろう。
 彼女は幸せを少し前まで知らなかった。
けれど、生まれる前から、幸せをずっと記憶していた。
 自分がどこから来たのかは分からないけど。
きっと命はこうして繋がってきたのだ。
彼女はそう気づき、幸せそうに笑った。

<了>
11/05/19 18:41更新 / 蔭ル。

■作者メッセージ
長文を最後まで読んでいただきありがとうございました。

ぬれおなごさんがどうして献身的かを自分なりに解釈して書いてみました。

※この物語はレトロな時代を背景にしたフィクションです。
特定の思想・信条などを擁護または差別する意図で書かれたものではありません。

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