幼年期の終わりに…
パン屋の朝は早い。日が昇るよりも早く起き出して、仕込みを始める。
彼、パン職人の青年トマも例外ではない。
長年、修行で培ってきた生活リズムがいつもの時間に目覚めをもたらす。
「…ん…ぁ…う〜ん…」
彼は半ば無意識の内に上体を起こし、ベッドサイドにあるランプを灯した。
薄暗い明かりの下に青年の裸身が浮かび上がる。トマは寝る時は裸派だ。
「そろそろ、仕込みをしないと…」
そう呟きながら、立ち上がろうとベッドに手をつく。
するとトマの右の手の平がムニッとした柔らかいに何か触れた。
「ん? んんんん!?」
一気に覚醒した青年は視線を自分の傍らに落とした。
毛布が不自然に膨らんでいる。まるで誰かが潜り込んでいるかのように。
「ふにゅう…」
彼の視界の中でその誰かが寝返りをうち、毛布を蹴飛ばした。
毛布の下から露になったのは少女の白い裸体。
トマの手の平はお約束の如く、彼女の薄い乳房を鷲掴みにしている。
青年が胸を揉んでいる少女の名はフィオミール。
彼と同じ家で暮らし、幼い頃からともに育った家族とも呼ぶべき少女だ。
その彼女が何で自分のベッドで寝ている? 勿論、2人はそういう仲では無い。
昨夜、自分がベッドに入った時は少女はいなかった筈。
(落ち着け、トマ。こういう時はパン生地に含まれる小麦粉の粒の数を数えるんだ…っ。
1、2、3…って、数えられるかっ!?)
「ふ…あ……」
状況に混乱し、思考を停止させた青年の隣で少女が目を覚ます。
「んー…? …トマ君…? …おはよー…」
彼女は寝ぼけたままで、のんびりと見上げてくる。
「んー…?」
自分の胸の感触に気づいたのか、少女の視線がゆっくりと青年の手へと向けられた。
沈黙。それはトマにとって永劫とも呼ぶべき時間。
「トマ君の、えっちぃ…」
彼女は、はにかみながらそうのたまう。
「ちげぇーっ!!」
早朝のパン屋に青年の叫びが木霊した。
「ってか、フィオ! ななな、何で毎度毎度! 俺のベッドで寝てるんだよっ!」
しかも全裸で! 心の中でそう付け加えながらトマは慌てて視線を逸らした。
勿論、少女に触れていた手も引っ込める。その速さ、まさに神速ッ。
フィオと呼ばれた裸の少女は慌てた様子もなく、ひょっこりと起き上がった。
眠そうに目を擦る彼女の頭の上で丸い大きな耳がピクピクと動く。
そう彼女は人間ではない。ラージマウスと呼ばれる魔物である。
だが、親魔物を謳うこの町で彼女のような魔物を見かける事は別に珍しい事ではない。
「えーとぉ、昨夜(ゆうべ)は確か…夜中、お手洗いに起きてぇ…その後、階段を上がってぇ…。
手前の部屋のドアを開けてぇ…ベッドに潜りこんでぇ…起きたら朝だったよぉ…?」
フィオは1つずつ指を折りながら昨夜の行動を振り返る。
「いやいや! だから手前は俺の部屋だって!」
パン屋の2階、階段を上がって直ぐがトマの部屋。その隣、奥側がフィオの部屋。
「そ、それから早く何か着てくれっ!」
トマはフィオに背を向けたまま、悲鳴を上げるようにそう頼む。
「んー、でもここには私の着替えとか無いし。それにお姉ちゃんは別に見られても気にしないよ?」
彼女は青年の背中にそう、ふんわりと微笑む。
「俺が気にするんだって!」
「裸なら昔、お風呂で見せあったでしょ?」
フィオは不思議そうに小首を傾げる。どうやら本気で恥ずかしくないらしい。
「昔とは違うんだって! お互い成長してるだろ!?
まあ、フィオはあんまり変わって…」
そこまで言いかけて、つい本音が漏れている事に気づいたトマは慌てて口を閉じた。
「ひっどーい! それって、お姉ちゃんがちっちゃいって事!?」
少女は青年の言葉に頬を膨らませた。
事実、フィオの肉体的な成長は数年前から完全に止まっていた。
だが、それも仕方のない事、ラージマウスとはそういう種族なのだ。
しかし、彼らの間ではフィオの身体が子供のままなのは禁句だった。
自称お姉ちゃんの彼女は自分の身体にちょっぴりコンプレックスを感じていた。
トマは起き抜けのハプニングでよほど動揺していたのか、
普段は絶対口にしない事をつい漏らしてしまった。
「お姉ちゃんだって、昔より成長してるんだからね! ほら、見て!」
「見るわけないだろっ!」
彼は自分の顔に両手を当てて、ガッチリと視界を塞ぐ。
「見なさーいっ!」
フィオはベッドの上で立ち上がると青年の手を顔から剥がそうとグイグイと引っ張った。
その反動で柔らかく暖かい少女の身体が青年に密着する。
「ちょ、やめろって!」
「うるさいっ! 朝っぱらから何騒いでんのよ!?」
突如、トマの部屋の入り口のドアが開き、怒鳴り声と共に新たな少女が飛び込んできた。
彼女の名はクリスティナ。フィオと同じラージマウスで、フィオの双子の妹である。
(ちなみにフィオが自分の方がお姉ちゃんであると主張している。)
クリスは大きな瞳を吊り上げながら部屋の中を睥睨し、固まった。
突然の闖入者にベッドの上のトマとフィオの動きも止まる。
「ななな、何やってんのよ!? あんたたちは!?」
「あっ、クリスちゃん、おはよー♪」
フィオが場にそぐわないあっけらかんと声でそう挨拶する。
「おおお、おはよーじゃないわよ!? ふ、2人とも、ははは、裸ってどーゆー事よっ!?」
ベッドの上で青年に少女が密着している。
見ようによっては全裸で抱き合っているようにも見えた。
「いや、落ち着け、クリス! これは昨夜、間違って…!」
「い、一夜の過ちって事っ!?」
「だから、誤解だ…」
「変態!! 死ねっ!!!」
クリスが投げたスリッパの先端は意外と固かった。
###############
「うう…いてて…」
じんじんと響く鼻の痛みに顔を顰めながら、トマはパン生地をこねる。
「普段の行いが悪いから誤解されるんでしょ。自業自得よ」
クリスは彼の隣でボールに入った卵をかき混ぜながら冷ややかにそう切り捨てた。
「普段の行い…って、なぁ。別にやましい事なんてないぜ。
第一、お前らをそういう目で見た事なんか、あるわけ…」
「せいっ!」
鋭いかけ声と共にクリスの踵が青年の足の甲へ落とされる。
「…っ!? ……!!!」
子供並みの体格とはいえ、全体重を乗せた一撃にトマは声もなくその場に蹲った。
「…な、何すんだよ!?」
「それ以上言ったら、今度こそコロスわよ…」
涙を浮かべて見上げる彼を少女の絶対零度の視線が見下ろしていた。
「わ、分かった、2度と言わないから」
トマは青ざめた顔で糸の切れた人形の如くカクカクと頷く。
「…今日は朝から最悪だ」
立ち直ったトマが大きく溜息をついた。
「全部、トマが悪いんでしょ」
クリスは不機嫌そうにそう呟いた。
下手に反論しても口では勝てない。
昔から真理を今更、思い出したトマは口を閉ざす。
それからしばらく、2人は無言で己の作業をこなしていった。
東の空が朝焼けに染まる頃、それぞれの作業はひと段落を迎えていた。
「2人ともご苦労様。朝食にしましょ?」
作業場から台所へと続く戸口からフィオが朝食の載ったトレイを持って姿を現した。
彼女はそのトレイを調理台の上へ置いた。今日の朝食はスープと目玉焼きだ。
「トマ」
「はいはい」
クリスの呼びかけに彼は焼きたてのパンを4つに切るとそれぞれの皿へと盛った。
最後の一皿は調理台の片隅にかけられた彼の祖父トムの肖像画の前へと置く。
「じいちゃん、今日のパンはどうだい?」
そう語りかけるのも毎朝の習慣だ。
彼らの店、トムズベーカリーはトマとフィオとクリスの3人で営むパン屋である。
元々はトマの祖父であるトム老人の経営する店だった。
だが、その祖父が一昨年に亡くなり、店は3人へと受け継がれる事になった。
トマは早くに両親を亡くし、祖父にパン職人として育てられた。
代替わりしても客足が途絶えないのは厳しく仕込んでくれた祖父の御蔭だ。
「おじいちゃんが亡くなって、もう2年も経つのね…」
フィオの台詞にクリスも無言で肖像画へと視線を向けた。
フィオとクリスはトマが幼い頃、祖父トムによって、どこからか引き取られてきた。
それ以来、3人は家族として、兄弟として、育ってきた。
今では、それぞれの得意分野を活かして、3人で店を切り盛りしている。
フィオは午前中は俊足を活かし配達役として、午後からは店先の小さなカフェスペースで
ウェイトレスとして働いている。
一方のクリスは独学でお菓子作りを学び、菓子職人として、店の商品のバリエーションと
新たな客層を増やしていた。
彼らはいつも一緒だった。仕事も家事も3人で分担して、1つの暮らしを成り立たせる。
それが当たり前だった。
トマはこんな日々が永遠に続くのだと信じていた。
いや、終わりが来ることを心のどこかで否定しようとしていたのだった。
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太陽が中天より、少し西に傾いた穏やかな午後。
トムズベーカリーを1人の女性が訪ねて来た。
「よいしょ〜」
彼女は荷物が満載された荷馬車を自分で引き、店の前に横付した。
「到着しました〜」
女性はのんびりと呟きながら、手の甲で額を流れる汗を拭う。
彼女の白に黒のメッシュが入った色の髪は汗で額に貼りついている。
そして、腕を上げた拍子に彼女の豊かな胸がぷるんと揺れた。
女性が店の入り口を開くとドアベルが澄んだ音を立てた。
「こんにちわ〜、お届け物に〜、あがりました〜」
彼女は間延びした口調でそう言いながらゆっくりと戸口をくぐる。
「リーシアさん、いらっしゃいませ♪」
店内で給仕をしていたフィオは入ってきた女性リーシアに気づき、笑顔で出迎えた。
「フィオちゃん、こんにちわ〜」
リーシアと呼ばれたホルスタウルスも笑顔でそう返す。
「リーシアさん、これでも使って」
フィオは固く絞った濡れタオルを女性へと手渡した。
「ありがとう〜」
フィオはくるりと振り返えると店の奥に向かって呼びかけた。
「皆、リーシアさんが来たから荷物の受け取りを手伝ってー!」
呼びかけに応じて、トマとクリスが奥から現れた。
「リーシアさん、いつもありがとうございます」
「いえいえ〜、こちらこそ、お世話になっております〜」
リーシアは町の郊外にある牧場で暮らす女性だ。
トムズベーカリーで使うバターや牛乳は彼女の牧場から仕入れていた。
ちなみに買っている乳製品の材料はホルスタウルスのミルクではなく、
普通の牛のミルクである。
「それから〜、今日はクリスちゃんにお話があるの〜」
「あたしに…?」
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穏やかな日差しの下。トムズベーカリーのカフェスペース。
クリスとリーシアは向かい合ってテーブルについていた。
「あのね〜、ウチのお客さんに商人さんがいるんだけど〜」
リーシアはお茶の入ったカップをスプーンでかき混ぜながらそう切り出した。
「その人にクリスちゃんの事を話したらね〜。知り合いに魔物のお菓子職人さんが
いるって言ってね〜」
話の内容が気になるのか、給仕をするフィオの耳がピクピクしている。
トマは堂々と仕事をさぼって、テーブルの傍に立っていた。
「良かったら紹介するから、弟子入りしてみないかって〜」
「弟子入り…ですか」
思いがけない話にクリスは真剣な眼差しをリーシアに向けた。
今までクリスはお菓子作りを独学で学んでいた。
それは言うなれば、家庭の料理の延長として、お菓子を作っていたという事だ。
教師も参考書も無い状況で1人試行錯誤を重ねていた。
しかし、その菓子職人に弟子入りすれば、手本が直ぐ側にある。
例え、言葉で教えられなくとも見様見真似でお菓子作りを学ぶ事ができる。
そんな思いがクリスの心を揺さぶった。
それと同時にもう1つの思いが心に浮かび上がる。
リーシアの話ではその菓子職人は、この町から少し離れた町に住んでいるという。
距離は元より、弟子入りともなれば数年は帰って来られないだろう。
故郷を離れる不安。そして何より家族から、大切な人たちから離れるという事。
「いい話じゃないか」
悩みに沈んでいたクリスの耳にトマのそんな言葉が飛び込んできた。
「クリス、お前、前から本格的に菓子作りの勉強がしたいって言ってただろ?」
彼女の不安など知らぬ明るい声。
「これって、絶好のチャンスだろ? 行ってこいよ、修行!」
彼なり気遣いなのだろう。けれど、その口調はまるで軽い。
「なぁに、店なら俺とフィオの2人だけでも…」
それがやけにクリスの癇に障った。だから。
「………ぃでよ…」
「あ?」
「勝手に決めないでよっ!」
クリスは突然立ち上がると濡れた瞳でトマを見上げた。
渦巻いていた不安に代わって、怒りと何だかよく分からない感情が彼女の心を塗り潰す。
「人の気も知らないで勝手な事ばかり言わないでよ!」
苛立ち。いつも一緒にいる癖に肝心な事は何一つ理解してくれない。
「何が店なら2人だけでもよっ! 店の帳簿はあたしに任せっきりの癖にっ!」
悔しさ。これだけ一緒にいながら、自分を必要としてくれないのか。
「いきなり何だよ、急に大声を上げたりして…?」
トマは困惑した表情で彼女を見つめてくる。
…ああ、やっぱり何も分かっていない。この鈍感は…。
今すぐ彼の脳天をかち割って、この想いをぎゅうぎゅうに詰め込んでやりたい。
「俺はお前の事を思ってだな…」
アホか。一回死んで生まれ変わって来い。
ううん、やっぱ死ぬのは無し。けど、もちょっと女心分かるようになれ。
「…か…」
寂しさ。溢れる涙がボロボロと零れ落ちる。
「トマのバカっ!!」
クリスはそう叫ぶと踵を返して、その場から逃げ出した。
「お、おい、待てよ!」
トマが引きとめようとするがラージマウスの俊足に敵う筈も無かった。
少女は、すぐに通りを行き交う人波に紛れて見えなくなる。
「一体、何だってんだよ…?」
涙の意味が分からず呆然と立ち尽くす青年。
「今のは"無い"と思うわ〜。ちゃんと空気は読んでくれないと〜」
同じ女として思う所もあるのだろうリーシアは呆れた口調でそう言う。
フィオはトマの隣に立つと手にしていたトレイで彼のお尻を軽く叩いた。
「…何だよ?」
憮然とこちらを見下ろしてくる家族にフィオは大きく溜息をつき、吐き出す。
「あのね。お姉ちゃんも色々言いたい事があるけど、今はクリスちゃんを追いかけなさい」
彼女はいつにない低い声でそう言った。
こういう態度の時のフィオは怒っている。
「ああ…行って来る…!」
長い付き合いで身に染みているトマはそう言い残すと飛び出していった。
「トマ君のバカ…」
見送るフィオの呟きは喧騒に紛れて消えた。
###############
少し冷たい微風が少女の髪を撫でる。町で一番高いその場所は彼女のお気に入りだった。
町の中央にある大きな時計塔の最上階。大きな鐘が吊られてある吹き晒しにクリスはいた。
彼女は硬い石畳の上に座り、顔を自らの膝へと埋めた姿勢でボンヤリとしていた。
クリスの心に様々な考えが浮かんでは消える。けれど、彼女が求める答えは決まらない。
いや、答えはとっくの昔に決まっているのかもしれない。
だが、その答えを。想いを肯定するには勇気が足りなかった。
風に乗って届く下界の喧騒もどこか遠い。
涙に滲んだ視界の中で午後の太陽がキラキラと瞬いている。
今の彼女には太陽の輝きすらも煩わしかった。
太陽の暖かい笑顔を見ていると自分が不完全で弱い存在だと思い知らされるから。
こんなのは完全な八つ当たりだと分かっている。
だけど、止まらない。弱い自分から目を逸らす為、外に原因を。
誰かに怒りをぶつけて、己の心を誤魔化したい。
そして、浮かぶのはいつもの…。
「トマのバカ…」
その小さな呟きは空に消える筈だった。
「…誰がバカだよ?」
答えは返ってきた。
クリスはビクリと身体を震わせると顔を上げ、急いで涙を拭う。
この場から逃げるか否か。そんな思いが身体を支配し、彼女は尻尾をせわしなく揺らした。
「逃げるなよ? 一応、ここまで全速力で駆けて来たんだ。
これ以上の鬼ごっこはカンベンしてくれ」
荒い息でそう吐き出しながら、トマが塔の内側に刻まれた螺旋階段から姿を現した。
「何で此処が…」分かったのか。
「お前、昔からココが好きだっただろ? …というかココ以外は正直思いつかなかった」
そう苦笑いする彼の身体は汗びっしょりだ。
「何しに来たのよ?」
いつも通りの憎まれ口。でも自分の口元が微かに笑っている事に彼女は気づかない。
「話し合いに来た」
彼は短くそう答えると少女の隣に腰を下ろした。
「さっきは…その…俺が悪かった…」
吹き抜ける風が青年の火照った身体をゆっくりと撫でていく。
「俺はバカだから、クリスが何考えてるのかなんて…良くは分からない。
だから何か不満や悩みがあるなら直接言って欲しいんだ」
二人並んで風に身を任せる。互いの視線は合わせない。いや合わせられない。
しかし、お互いの気持ちが真剣な事は雰囲気で分かる。
「俺はクリスを応援したいんだ。家族としてできる限りの協力をしたい」
一緒に暮らしている家族だから。
「弟子入りしたら、しばらく帰って来られないんだよ?
一人前になるまで何年かかるか分からない。
トマはあたしがいなくなっても寂しくないの?」
溜まっていた想いを吐き出すように少女は青年にそう問いかけた。
「そりゃあ、まあ。家族が減るのは俺だって寂しいよ」
やっぱり家族なのか。家族止まりなのか。
「けどさ、いつかは帰ってくるんだろ? だったらさ、それまで待つさ」
トマはクリスへと顔を向けると笑いかけてきた。
待つ。待つってどういう事? あたしの事、待っててくれるの?
不意の笑顔に少女の心臓が跳ね上がる。鼓動が早い。顔が赤くなるのが自分でも分かる。
うー、落ち着けー。この鈍感男がそういう意味で言う筈が無いー。
これは勘違い。そう錯覚なのよ!
己の感情の昂ぶりを沈めようとクリスの思考がフル回転する。
そこでふと別の考えに思い至る。逆にこれはチャンスではないか。
感情の蓋は今にも外れ、溢れそうな今この瞬間。想いを打ち明けるチャンスではないかと。
普段の自分はどうしてもトマに対して構えてしまう。ならばいっそこの勢いで。
一方で不安も芽生える。告白は決定的に彼女たち家族の関係を変えてしまう。
そして、浮かぶのはいつもの…。
でも、だからこそ。自分の想いを曲げたくなかった。
太陽の笑顔が少女を照らす。いつかそんな風に自分も笑いたい。
心から笑う為、もう自分に嘘はつきたくない。だから―。
「あのね…聞いて欲しい事があるんだ」
決意を瞳に込めて彼を見る。
「あたしはトマの事が好きだよ」
「え?」
一世一代の告白に青年はポカンと口を開けて驚いた。
間抜けな顔。こっちは勇気振り絞ってるんだから、もっと真剣な顔で聞いて欲しい。
「もちろん家族としての好きじゃなくて…」
ああ、高鳴る鼓動に心臓が張り裂けそうだ。けど、最後まで言わなくちゃ。
じゃないと彼には伝わらない。あたしが好きになった、この鈍感には。
「1人の女の子として、トマが好きなの」
###############
「1人の女の子として、トマが好きなの」
聞いて欲しい事があると言われて、てっきり職人修行の事だと思った。
蓋を開けてみたら、何故か告白された。
そりゃ驚く。彼からすれば、話が完全にすっ飛んでいるからだ。
だけど、目の前の少女の眼差しは真剣だ。
だから、自分も真剣に答えなければならない。
実を言えば、答えは以前から彼の中にあった。
けれど、今の関係が壊れるのが怖くて。家族でいられなくなる事が怖くて。
ずっと目を背けてきた。
トマは目を伏せると答えを口にした。
「ごめん。俺にとって、クリスは大切な家族なんだ」
何が家族だよ。自嘲を込めて心の中で呟く。
けれど、大切なものだからこそ、傷つけたく、そして傷つきたくない。だから―。
「だから、そういう風にはクリスの事は見れないんだ」
「そっか…」
トマの答えにクリスは目を伏せた。最後に見えた瞳に浮かんでいたのは悲しみの色。
青年の心が軋みを上げる。俺は今、大切なものを自分の手で傷つけている。
故に言葉を続けなかったら、彼も平静が保てなかった。
「けど、今までも、これからもクリスが家族である事には変わりはないから…」
だから何だと言うのだ。
「うん、分かってる…」
震える声を必死に抑えながら、クリスは笑顔で彼を見る。
彼女に似合わない精一杯の作り笑い。
「だから、今は1人にさせて…」
「…わかった」
クリスの願いにトマは内心でホッとしている事に気づき、罪悪感を感じた。
けれど、今の彼には少女を慰める事はできない。そんな資格も無い。
「ごめん…」
トマはそう言い残すとトボトボと階段へ消えていった。
少女の上げた嗚咽の声は鳴り響く鐘にかき消された。
###############
日がだいぶ傾いた頃、トマは重い足取りを引きずりながらトムズベーカリーへと帰ってきた。
「あ、おかえり…なさぃ…」
出迎えたフィオがトマの姿に目を輝かせ、彼が1人である事に気づき、目を伏せた。
そして、再び、いつも通りの笑顔を浮かべるとトマを店内にあるテーブル席へと誘導する。
「お姉ちゃんが話を聞いてあげるから、こっち座って」
「いや、俺は…」
「いいから、ほら…」
見るからに気落ちしている青年の手を引っ張り、強引に椅子に座らせる。
フィオはテキパキと2人分のお茶を入れると彼の向かい側に座った。
「で…ちゃんとクリスちゃんと話はしたの?」
正面に座った少女が上目遣いに青年へ視線を送ってくる。
トマは口を開きかけて迷い、そのまま押し黙った。
「黙ってちゃ、分からないでしょ? お姉ちゃんに話してみて?」
まるで子供を諭すようにフィオがそう促した。
その言葉に観念したかのようにトマは起こった出来事を洗いざらい話し始めた。
「そっか、クリスちゃんに告白されちゃったか…」
全ての話を聞き終えたフィオは開口一番、そう呟いた。
「それで断ったと…」
責めるような視線でフィオが睨んでくる。
「しょうがないだろ。家族として育って来たんだから。今更、そんな風には思えないんだ」
そう言ってトマは視線を逸らした。
「でも恋人になって、結婚する事だって、家族になる事だよね?
リーシアさんの家みたいに」
フィオはそう言いながら、テーブルの上にぐいを身を乗り出す。
リーシアと彼女の旦那さんは結婚して、夫婦で牧場を営んでいる。
この町では彼女たちのように人と魔物のカップルも珍しくはない。
「お姉ちゃんはね。トマ君にも、クリスちゃんにも幸せになって欲しいの」
紛れもない本心。故に正面から見つめる。
「でも、それじゃあ…」
「それじゃあ、何?」
フィオはさらに身を乗り出すと両手でトマの頬を掴み、彼の顔を自分の方へと向けた。
「私が幸せになれない?」
「放してくれよ…」
顔が近い。少女の目から視線が逸らせない。
「家族だから、男の子として応えられない…って、嘘だよね?」
少女の髪から漂う芳香がトマの鼻をくすぐる。
「トマ君って、嘘つく時に視線を逸らすよね。お姉ちゃん、知ってるよ。家族だもん」
フィオはそう言って悪戯っぽく笑った。
「トマ君は気づいていたんでしょ? クリスちゃんが自分を好きだって事…」
彼女の指摘にトマは顔を歪めた。判り易い反応。
力を込めれば、細い少女の手など簡単に振りほどける。
しかし、フィオが纏う妙な迫力が青年を呪縛していた。
「そして、私がトマ君を好きだって事も…」
決定的な告白。そして、彼は気づく。
目の前の少女も家族という枠組みから一歩踏み出そうとしているのだと。
「気づかない方がおかしいよね…態度でバレバレだもん…」
フィオは苦笑すると目を伏せた。
「本当はね…不安だったんだよ。私たち、こんな身体だから。
トマ君に異性として見て貰えないんじゃないかって…」
彼女は顔を赤らめながら恥ずかしそうに続ける。
「だからね…今朝、トマ君が本気で焦ってくれた時はね…私、すごく嬉しかったんだよ?」
再び、フィオが視線を上げる。
「もう一度、ちゃんと言うね」
潤んだ紫色の瞳にトマの顔が映っていた。
「私は1人の女の子として、トマ君が好きだよ」
「俺は…」
目の前の少女の眼差しは真剣だ。
だから、自分も真剣に答えなければならない。そう思う。
けれど、青年の脳裏に浮かぶのはもう1人の少女の存在。
どちらかを選ぶ事なんてできない。自分で自分を最低な人間だと思う。
だが、頭で分かっていても心では割り切れない。
「ごめん…」
トマは絞り出すようにそう答えるとゆっくり立ち上がった。
フィオの温もりから逃げ出すように。
「分かってた。でも後悔はしてないよ」
見上げる少女は微笑んでいた。胸中の想いを告白したという、すっきりとした表情。
「やっと、告白できたんだもん」
トマは無言で彼女に背を向けた。
「ちょっと、風に当たってくる」
そう言い残し、逃げ出すようにその場から立ち去ろうとする。
「いってらっしゃい。あんまり、遅くならないでね?」
いつもと変わらない遣り取り。
だが、背にかかる声はいつもより遠くから響いてくるように感じられた。
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夕暮れ時。しかも場所が町外れの墓地となれば、人気が無いのも当然だった。
赤く染まった空の下、黒い墓標が立ち並ぶ光景は言葉にできないほどに寂しげだ。
当ても無く、店を飛び出したトマは気がつくと此処に辿り着いていた。
目の前には祖父の眠る墓。そして、その隣に両親の墓。
「じいちゃん、ごめん。今日、フィオとクリスの2人を傷つけてしまったよ…」
トマは墓前にしゃがみこむと重い胸の内を吐き出す。
「男として家族を守れ」それが祖父の遺言だった。
家族を守ろうと必死で、もがいた結果がこの様だ。
祖父が生きていたら一体どんな顔をしただろうか。
きっと、ぶん殴られていただろう。
分かっている。自分が卑怯で臆病な事は。
自分のした事は正しい事じゃない。相手を不幸にする優しさなんてない。
ただ、決断できなかった。自分の責任から逃げ出した。
「じいちゃんが俺に家族をくれたのに。俺自身の手で家族を壊すような事をして、ごめん」
「俺はいずれ、くたばる。そうなった時にせめて、お前に何かを残してやりたい」
生前、祖父がそう漏らした事があった。
その時は分からなかった意味も今なら理解できる。
自分をパン職人として仕込んでくれた事も。フィオとクリスを家族にしてくれた事も。
全てはトマの将来を案じての事だった。
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トマが祖父と暮らし始めたばかりの頃、幼かった彼は塞ぎこんでいた。
火事で両親を亡くし、疎遠だった祖父との暮らしは少年を孤独へ追い込んでいた。
トマは毎日、両親の墓の前に座り込み、心を閉ざしていた。
祖父が2人のラージマウスの少女を家族に迎え入れたはその頃だった。
その日も少年は町外れの墓地へと向かった。
両親の墓まで来るとその場に座り込み、じっと墓石を見つめる。
何をするでもなく、何を思うでもなく。彼の姿はまるで抜け殻のよう。
そんな姿を間近で見せられては気にしない訳にもいかず。
クリスがトマに声をかけたのは太陽が真南にかかる頃であった。
「あの…」
その遠慮がちな声に気づいた少年はゆっくりと顔を上げる。
傍らに立っていたのは灰色の髪の少女だった。姉妹の妹の方。名前は確かクリス。
新しい家族に興味も無かったトマはその時まで彼女と話した事も無かった。
「おなか空いてるでしょ? これあげる」
そう言って彼女が取り出したのはハンカチに包まれたクッキーだった。
「はじめてだったから、見た目はわるいけど…」
差し出されたクッキーは大きさも形も不揃い。しかも大分焦げている。
「いらない…」
空腹は感じている。だが、この寂しさから逃れられるのなら、このまま飢えて死んでしまいたい。
そんな思いを少年は抱いていた。故に差し出された手を拒絶する。
「食べなさいよ。見た目よりは、おいしいんだから!」
クリスはそう言ってクッキーをトマへと渡そうとするのをやめない。
「いらないって、いってるだろ!」
少女に苛立った少年が振り回した手は偶然、包みを弾いた。
「あ…」
ハンカチが宙を舞い、ゆっくりと落下する。跳ねたクッキーは地面へと散らばる。
「お、オマエが、わるいんだからな! オレにムリヤリおしつけようとするから!」
トマも流石にバツが悪くなったのか、そんな風に責任転嫁した。
クリスは無言でしゃがみこむと、散乱したクッキーを拾い集める。
「…次はもっと上手に作るから、その時はゼッタイ食べなさいよ…」
彼女はそう言い残すとトボトボと立ち去っていく。
「まてよ!」
トマは跳ねるように立ち上がるとクリスを追いかけた。
「かせよ!」
追いつくと彼女の手から包みを奪い取り、その中身を一気に頬張る。
噛み砕くと炭と土の味が口の中に広がり、吐きそうになる。
「ちょっと何してんのよ!」
クリスが慌てて背中をさすってくれた。その小さな手は暖かかった。
「…っ…んぐ…」
吐き気に耐え、何とか全部飲み込む。
「あんたバカでしょ? ムリしなくてもいいのに…」
どことなく嬉しそうな声色で少女が彼の顔を覗きこんでくる。
「…しぬほどマズイ」
「え?」
トマの素直な感想にクリスの笑顔が凍りつく。
「だからマズイって…」
少年の台詞はクリスの平手に遮られた。
「バカ! あんたには二度と食べさせてやんない!」
そう捨て台詞を残すと少女は肩を怒らせながら去っていく。
「何だよ…せっかく食べてやったのに…」
平手を食らい、地面にひっくり返った少年はふて腐れたようにそう呟いた。
何日ぶりか、ひょっとしたら何週間ぶりかにトマは感情を露にした。
その所為か、少しだけ心がすっきりとしている。
アイツのおかげかもな…。そんな事を考えているとだんだん瞼が重くなってきた。
そして、彼は眠りに落ちた。
###############
目が覚めると何故か、少年は毛布にくるまっていた。
そして、彼を抱き締める形に見慣れぬ少女が眠っていた。それはクリスの姉フィオだった。
「ちょ、おま、何してんだよ!?」
少女の腕から逃れようとトマが身をよじる。
「ふにゅう…」
「ふにゅうじゃねー!」
だが、彼女はしっかりと彼を抱き締めて放さない。
トマが喚いていると、ゆっくりとフィオが目を開けた。
「おはよー、トマくん」
寝ぼけ眼で呑気にそう挨拶してくる。
「いいから、はなせよ!」
「ヤダ」
フィオは少年の要求を短く、しかしハッキリと拒否した。
「何で、くっついてんだよ!?」
「だって、こうしていると、さびしくないでしょ?」
彼女は真っ直ぐな瞳でそう答えた。くっついた所から少女の体温が伝わってくる。
「クリスちゃんにもね、ときどき、こうしてあげるんだよ」
抱き締める腕に力を込めながら、フィオがそう笑う。
「ひとりはさみしーから、ぎゅってしてあげるの…」
「オマエら、姉妹そろって、おせっかいだよな…」
トマはわざとらしく溜息をついて見せる。
「もう、さびしくないから、はなしてくれよ」
「ホント?」
少女が彼の目を覗き込んでくる。
「ホントだ」
「うん、わかった」
トマの様子に納得したのか、彼女は離れた。
「また、さびしくなったら、ぎゅってしてあげるね♪」
それからだろうか。フィオが度々トマのベッドに潜り込んでくるようになったのは。
トマが成長してからは流石に色々問題があるので、何度もベッドに潜り込まないようにと
釘を刺していたが、今でも時折、潜りこんでくる。
どうやら、寝ぼけたふりをした確信犯らしいが。
###############
「じいちゃんが俺に家族をくれたのに。俺自身の手で家族を壊すような事をして、ごめん」
2人の少女との思い出がある場所に来た所為だろうか、気がつけば、トマは2人の事を
考えていた。
我ながら未練がましいよな。彼は自嘲の笑みを浮かべる。
自分自身で彼女たちと繋がりを断ち切った癖に、今思い出すのは繋がりを少しずつ
深めていった日々の事ばかり。3人が"家族"であった遠き日の記憶。
いや、これからも"家族"ではいられるのだろう。
けれど、いつまでも同じままではいられない。
少しずつ何かが変わっていく。そして、必ず終わりは来る。
クリスが職人修行で家を出れば、あるいは2人にトマでは無い別の想い人ができたのなら。
3人の前には今、それぞれの道が開けようとしている。
最早2人を引き止める事はできない。彼が声を出さぬ限り。
それに引き止めてどうする? そんな想いもある。
今のままの関係を続けてくれと彼女らに懇願でもするというのか。
そんなのは只の我侭。2人に対する甘えでしかない。
何より、フィオもクリスも。2人は変わる事を望んでいる。
一歩先へと踏み出そうとしている。
それに比べて俺は…。立ち止まったままの自分。踏み出す勇気の無い自分。
例え、立ち止まっていても過ぎ行く時間に流され、自分も変化していく事だろう。
年を経て、トマが、フィオが、クリスが。互いを異性として想う事になった様に
世の中に変わらないモノなど、無いのかもしれない。
だからこそ、変えたくないモノもある筈だ。
ずっと想い続けてきた自分の答え。
それはフィオとクリスの2人に傍にいて欲しいという気持ち。
臆病で弱い自分だが、この気持ちだけはどうしても否定できなかった。
いや、弱いからこそ捨てられない欲なのだろう。
2人両方だなんて、トマの都合しか考えていない話。
彼女たちをさらに深く傷つける結果になるかもしれない自分のエゴ。
青年はゆっくりと立ち上がる。
彼女たちが本心をぶつけてくれたように、自分も彼女たちに本心をぶつけるべきではないか。
言葉を繕い、自分の欲を着飾り、うわべだけの綺麗事を並べてみる。
そうして、自分に嘘をついてでも、心を奮い立たせないと踏み出せないから。
例え、2人に拒絶される結果しか残ってなくても。
トマは踏み出す。行く手に何も見えなくても。
###############
地平線へと日は沈み、藍色の闇の帳が空を覆っていた。
トムズベーカリー。初めて訪れた場所に入るような緊張感に包まれながら青年はその扉を開く。
扉の向こうには誰もいなかった。トマは店内を横切り、店の奥へと歩を進める。
いつもなら、3人で翌日の仕込をしている時間。
だが、1階の作業場からは人の気配が伝わってこなかった。
となれば、2人は2階にある姉妹の部屋で休んでいるのだろう。
無理もない。今日は色々あった。色々と有り過ぎた。
けれど、まだ、やるべき事は残っている。
トマは心を奮い立たせ、ゆっくりと階段を登り始めた。
階段を登り切り、手前から2つ目が姉妹の部屋。
青年は扉の前に立つと静かにノックした。
「トマ君? 帰ってきたの?」
中から、いつもと変わらぬフィオの声が聞こえてくる。
「何しに来たのよ?」
続いて、刺々しいクリスの声も。
「部屋に入っていいか? 扉越しじゃ言いづらい」
沈黙。昼間の事を思えば、互いに顔を合わせづらいのは当然だ。
「…いいよ。入ってきても」
しばらくして、フィオがそう返事した。
トマは意を決するとゆっくりと扉を開いた。
部屋の中に入るとフィオとクリスが並んでベッドに腰掛けているのが見えた。
「何の用よ?」
クリスが上目遣いにこちらを見ながら、ぶっきらぼうにそう問いかけてくる。
彼女たちに言うべき事は沢山ある。だが、いざとなると言葉が見つからない。
それに言葉を重ねれば重ねるほど、言い訳がましくなるだろう。だから。
「2人ともずっと俺の傍にいて欲しい」
だからストレートに想いを告白する。
「俺にはフィオとクリスのどちらか片方を選ぶ事なんてできない。
だから2人とも傍にいて欲しいんだ」
2人の驚き、困惑する表情が目に映る。
昼間、断られた相手に逆に告白されているのだ、当然の反応だろう。
場合によっては呆れられるかもしれない。もう彼女たちの心に彼の居場所はないかもしれない。
「勝手だよね。昼間はトマの方があたしを振った癖に。
今はあたし達に傍にいて欲しいだなんて」
クリスは目を伏せながら、辛辣な語調で応じた。
「それって、堂々と二股をかけるって宣言? ずいぶん都合がいい話だよね?」
黙って話を聞いていたフィオも低い声でそう問いかけてくる。
「悩んだ末に出た結論がソレなんだ?」
彼女たちの言う通りだ。やはり、自分の告白など彼女たちをさらに傷つける欲でしかなかった。
普通に考えても通る話ではないだろう。最初から無理だったんだ。そう考えれば諦めもつく。
「私はそれでもいいかな」
そうですよね。普通、そう答えますよね。
「ごめん、俺が悪かった…って、え?」
何か今、聞き捨てならない答えを聞いたような。
「私はそれでもいいよ。ううん、トマ君とクリスちゃんと私。3人一緒に幸せになりたい」
冗談でも悪戯でもなく、真剣な声でフィオがそう続ける。
「いいのか…我ながら最低の答えなんだぞ?」
半ば呆然と問いかける青年の声は酷くかすれていた。
「最低なんかじゃないよ」
はにかむように笑い、フィオがトマの言葉を否定する。
「2人とも愛してくれるって事でしょ? それってスゴイ事だと思うよ?」
フィオの言葉の意味がゆっくりとトマの脳へと浸透していく。
「ありがとう、フィオ…」
「どういたしまして♪」
震える声で感謝の言葉を口にしたトマに少女が弾んだ調子で返した。
そうした後、2人揃って、クリスへと視線を向ける。
これはあくまで3人の問題なのだ。
「こんなの、絶対に赦せない…」
長い沈黙の後、クリスは視線を上げるとキッとトマを睨んだ。
「私もね。別に安易に二股を許した訳じゃあないんだよ?
トマ君が私達の事を真剣に考えてくれたから。だからOKしたんだよ。
悩んでくれたって事は本当に私達を愛してくれているって事だから…」
「そんなの分かってる。あたしが言いたいのはそうじゃなくて…」
クリスの鋭い視線が迷うようにユラユラと揺れた。
「2人まとめてなんてヤダ。ちゃんと1人ずつ、きちんと言って欲しい」
そういう彼女の頬は赤い。
そうだよな、クリスの言う通りだ。彼女たちはそれぞれに想いを伝えてくれたのだ。
だったら自分もフィオとクリスのそれぞれに言わなければならない。
「フィオ、愛してる。改めて俺の家族になって欲しい」
「うん、私もトマ君と同じ気持ちだよ」
幸せそうにフィオが頷いた。
「クリス、愛してる。俺の家族になってくれないか?」
「バカ…もっと早くにそう言いなさいよ」
涙を浮かべて、クリスが頷く。
そして、2人の少女が跳ねるように立ち上がり、愛しい人の胸へと飛び込んだ。
トマはその場に膝立ちになり、2つの温もりを受け止める。
3人で抱き合い、互いの鼓動を感じあう。
###############
3人で肌を重ねていると互いの鼓動が高鳴っているのも隠しようが無い。
最初に甘えだしたのはクリスだった。
彼女は何かを期待するような眼差しを青年に向けた後、そっと目を閉じた。
トマはその意味に気づき、確認するようにフィオへ視線を送る。
フィオはトマを促すようににっこりと笑って見せた。
彼は頷くとクリスの唇に自分の唇を重ねる。
そして、啄ばむ様に少女の唇を愛撫し始めた。
クリスも負けじとトマの唇へと吸い付いては離れる。
しばらく互いの唇を味わい合った後、ゆっくりを顔を離した。
顔を見合わせて笑い合う。心が物凄くくすぐったい。
トマはクリスの背を撫でつつ、待たせているもう1人の恋人へを顔向ける。
するとフィオの顔は既に間近まで迫っていた。
彼女は自ら唇を重ねると舌を伸ばし、青年の口内を犯す。
不意打ちに面食らったトマだったがすぐに冷静さを取り戻し、逆に舌を使い、
少女の口の中を味わった。
頭の芯がしびれる様な余韻を残して、フィオの顔が離れていった。
「フィオ、ずるい…」
頬を膨らませて、クリスが抗議する。
「トマ君のファーストキスは取られちゃったから、最初のディープキスは貰っちゃった」
悪びれた様子も無く姉はペロリと舌を出した。
「クリスにもしてやるから。な?」
ぐずる子供を宥めるように青年はクリスの背をポンポンと叩く。
「別にいいもん。それより、こ、こっちが欲しいかも…」
消え入りそうな声とは裏腹に彼女は大胆な手つきでトマの下腹部を触ってくる。
2人とのキスでトマの分身は既に臨戦態勢だ。
「そ、それはちょっと早いんじゃないかな? そういうのはきちんと手順を踏んでだな…」
意外と古風な考えなのか彼はそういって視線を逸らす。
「ホントはシたい癖に」
フィオも意地の悪い笑みを浮かべながら青年の下半身をまさぐる。
「別に私達はOKだよ。改めて家族にしてくれるんでしょ?」
「…分かったよ。責任はちゃんと取る」
青年は観念したようにそう吐き出した。
姉妹は笑顔を見合わせるとそれぞれに青年の手を取り、ベッドの上へと誘った。
彼女達は一糸纏わぬ姿になると2人並んで座る。
そして、それぞれの秘部を見せ付けるように脚を開いてみせる。
「挿れる前に指で解して…」
「は、恥ずかしいんだから、さっさとしなさいよ!」
「分かった…」
ぴったりと閉じられた幼いすじの上に左右の人差し指を当てる。
「ひゃっ…」
触れただけでクリスが小さく悲鳴を上げる。
「優しくシテあげてね?」
「分かってるって…」
指の腹ですじの上をなぞるように慎重な手つきでトマは愛撫を開始する。
「…ぅ…ぅん…」
「…ぁっ…ぁ…」
姉妹の息に徐々に嬌声が混じり始めていく。
それに伴い、じっとりと内側から蜜が染み出してくる。
蜜を指に絡め、指先を浅く割れ目の中へと沈み込ませる。
「…ふわ…ぁ…っ…」
「…っっ! ……ぃゃぁ…っ…そこ…だめ…ぇ…っ…!」
割れ目の上部に突起を見つけ、優しくこねる。
突起を刺激され、クリスの肢体が跳ねる。彼女はココが弱いらしい。
クリスへは突起を重点的に攻め、一方のフィオへは指を彼女の膣内へと沈めた。
「と…トマく…ん…」
「フィオはこっちの方がイイだろ?」
顔を真っ赤に染めながらフィオが頷く。青年は彼女の内壁をくすぐるように指を往復させた。
「…トマの…ばかぁ…っ! ソコばっか…だめ…らめらっ…れば…ぁっ…!」
その隣でクリスが激しく乱れていた。彼女の膣内から止め処なく蜜が溢れてくる。
「な…なにか…すご…ぃ…の…き…きちゃ…ううっ…!」
クリスは身体を仰け反らせると何度も大きく身を震わせた。
そして、ぐったりとベッドに倒れこむ。
「…ばかぁ…っ…ひど…ぃょ…ぁ…あたしだけ…イ…イカされる…なんて…」
ベッドに横たわったまま、クリスはぐずぐずと鼻をすすった。
「わ、悪かったって。つい調子に乗っちまってな…」
トマはひとまず愛撫を中断すると泣きじゃくる少女を抱き起こし宥める。
「…私はちょっと羨ましいなぁ…イってるクリスちゃん可愛かったもん…」
クリスを背中から抱きしめながらフィオがそう囁く。
「ほ、ホント…?」
腕の中のクリスがトマを見上げてくる。
何でそこで俺を見ますか。
「う、うん…可愛かった…かな?」
誤魔化すようにトマが同意する。エロかったのはホントだが。
「じゃあ…赦して…あげる…」
少女は幸せそうに彼の胸に顔を埋めた。
「仲直りできた所で、次のステップに進む?」
フィオの提案に姉妹は揃って、青年の顔を見つめる。
妖しく濡れた4つの瞳の奥でどろりとした何かが蠢いていた。
「分かった。精一杯を頑張るよ…」
彼はそう答えるとズボンを脱ぎ捨てた。
薄明かりの中、張り詰めた怒張がそそり立つ。
「…ぁ…あたしは…後で…いいから…っ…」
不気味に聳える逸物に気後れしたのか、クリスが震える声でそう言った。
「…それに今…挿れられたら…壊れちゃうから…」
ドロドロになった内股を擦り合わせながら、彼女はそう続けた。
確かに先程の乱れっぷりを考えれば、連続させて負担を強いるのは危険かもしれない。
「じゃあ、お姉ちゃんから挿れて貰うね」
フィオはそう宣言し、自らの指で秘部を開く。
「私の初めて、トマ君にあげるね」
「うん、優しくする…」
肌を重ねた少女をそして固唾を飲んで見守る少女を安心させるように彼は答える。
「…ぁ…っぁ……」
まずは割れ目の上へ逸物を這わせるように往復させる。
「…はぁっ…はぁぁ…っ…」
互いの性器が触れ合う感触に昂ぶってきたのか。フィオの呼吸も荒い。
トマは少女の蜜と自らの先走りで逸物を十分に湿らせ、先端をピタリと陰門へとあてがう。
そして、慎重に膣内へと己の分身を沈めていく。
「…トマくんの…オチンチンが…入ってきてるよぉ…」
やがて、先端が何かに当たる。
「フィオ、貰うからな…!」
腰を押し出すようにソレを突破する。
苦痛に身をよじる彼女を慰めるように空いた手で彼女の髪を撫でてやる。
「…奥まで…っ…入っちゃった…ぁ…」
再び、先端に何かが触れる感覚。それは少女の最奥まで到達したという証。
「くっ、すごいぞ…フィオ…」
青年の分身を絶え間なくフィオの内壁が刺激してくる。
暖かく、そして激しい抱擁に全身の毛が逆立つのを感じる。
「う…動かすぞ…?」
「いいよ…一杯…シて…?」
身体の底から湧き上がる熱に突き動かされて、トマはゆっくりと抽送を開始する。
「…ふ…にゅうぅぅ…ぅぅ…奥…当たってるよぉ…」
突き入れる度に先端が奥壁へと当たり、いやらしいディープキスを何度も何度も繰り返す。
「フィオは奥でされるのが好きなのか…?」
彼女の奥を深く抉りながら意地悪な声で質問してみる。
「…お…奥…好き…ぃ…いっぱい…オチンチン…奥に欲しぃ…のぉ…」
上の口も下の口も涎を溢れさせながら、フィオがうわ言の様にそう答える。
少女の痴態に青年の怒張も益々猛るが、ぐっと我慢して腰を引く。
「あぁ…ぁ…」
卑猥な水音を響かせて逸物が引き抜かれた。
「ごめんな…もう1人待っているから…」
「ううん…分かってる…クリスちゃんにも…シテあげて…」
名残惜しそうに視線で追いつつもフィオは健気にもそう返事した。
「ぃ、痛くしたら…許さないんだからねっ…!」
目の端にうっすらと涙を浮かべながらクリスは怯えた眼差しを彼へと向ける。
「努力するから…」
トマは彼女を安心させる為、抱き締め、口づけをする。
その後、少女の身体をベッドへ仰向けに寝かせ、その腰を抱き寄せた。
先程よりも慎重にクリスの膣内へと割り挿れていく。
「だいじょぶ…大丈夫だからね…」
痛みに怯える妹をフィオが優しく抱き締め、励ましてやる。
「終わったよ。クリスちゃんもトマ君と1つになれたんだよ」
クリスは恐る恐る視線を自らの股間へと向ける。
そこに深く繋がった互いの姿が見える。
「…ぅん…うれし…い…トマ…あり…ありがと…」
「…いや、こっちも嬉しい…よ…」
面と向かってそんな事を言われると非常に照れくさい。
その照れを誤魔化すように腰を動かす。
「…ま…まだ…ダメ…! …ゃ…あっぁんっ…!」
ひと突きしただけで悲鳴のような嬌声がクリスの口から漏れる。
「…ダメ…だったら…ぁ…こ、壊れちゃう…から…!」
「すまん…我慢…できないんだ…クリスのナカが良過ぎて…」
トマも懸命に食いしばりっていた。
「トマくん…こっちも…ね…」
フィオは青年の手を取るとその指を自らの膣内へと導いた。
「ああ…!」
腰を使いながらももう1人の恋人を慰めるべく指を動かす。
「らめぇっ! らめらっればぁっ! ま…またぁ…イっちゃうぅ…からぁっ!!」
「…お…オチンチン…っ! 奥に…いっぱい…っ…キスして…欲しいのぉ…!!」
トマは交互に恋人へと怒張を突き立て、指でかき混ぜる。
姉妹の上げる嬌声に互いの理性が吹き飛ぶ。
ただ、相手を満たす為、互いのカラダを貪り合う。
そして、快楽の高みへと登り詰めていく。
「だ…出すぞ…!」
「だして…! すごいの…だして…っ!!」
「…いっぱい…かけてぇ…っ! トマくんのぉ…赤ちゃん…欲しい…からっ…!」
青年は半ば悲鳴のようにそう宣言すると膣内から己の逸物を引き抜く。
と同時にそれが爆発的に精液を吐き出した。
白く濁った体液が姉妹の全身を汚していく。
「…ああ…」
どうやら姉妹も同時に達したらしく虚ろな目でその光景を眺めていた。
「ぐすん…ナカに欲しかったのにぃ…」
フィオがそう言って唇を尖らせた。
「いや…初めてだから2人共に出したかったっていうか…」
「じゃあ…次はナカにくれるんでしょ…」
クリスが撫でた陰茎は我知らず復活していた。これが若さか。
「「2人平等に愛してくれるんでしょう?」」
姉妹の声が唱和する。
「ああ…2人とも愛している…」
今夜は長い夜になりそうだ。
青年は心の中で呟くと愛の営みを再開した。
###############
こうして、3人の家族としての暮らしは終わりを告げた。
だが同時に、3人の家族としての暮らしが始まったのだった。
その後、1人の花婿と2人の小さな花嫁の結婚という話題が
しばらく町で騒がれる事になるのだが、それはまた別のお話。
彼、パン職人の青年トマも例外ではない。
長年、修行で培ってきた生活リズムがいつもの時間に目覚めをもたらす。
「…ん…ぁ…う〜ん…」
彼は半ば無意識の内に上体を起こし、ベッドサイドにあるランプを灯した。
薄暗い明かりの下に青年の裸身が浮かび上がる。トマは寝る時は裸派だ。
「そろそろ、仕込みをしないと…」
そう呟きながら、立ち上がろうとベッドに手をつく。
するとトマの右の手の平がムニッとした柔らかいに何か触れた。
「ん? んんんん!?」
一気に覚醒した青年は視線を自分の傍らに落とした。
毛布が不自然に膨らんでいる。まるで誰かが潜り込んでいるかのように。
「ふにゅう…」
彼の視界の中でその誰かが寝返りをうち、毛布を蹴飛ばした。
毛布の下から露になったのは少女の白い裸体。
トマの手の平はお約束の如く、彼女の薄い乳房を鷲掴みにしている。
青年が胸を揉んでいる少女の名はフィオミール。
彼と同じ家で暮らし、幼い頃からともに育った家族とも呼ぶべき少女だ。
その彼女が何で自分のベッドで寝ている? 勿論、2人はそういう仲では無い。
昨夜、自分がベッドに入った時は少女はいなかった筈。
(落ち着け、トマ。こういう時はパン生地に含まれる小麦粉の粒の数を数えるんだ…っ。
1、2、3…って、数えられるかっ!?)
「ふ…あ……」
状況に混乱し、思考を停止させた青年の隣で少女が目を覚ます。
「んー…? …トマ君…? …おはよー…」
彼女は寝ぼけたままで、のんびりと見上げてくる。
「んー…?」
自分の胸の感触に気づいたのか、少女の視線がゆっくりと青年の手へと向けられた。
沈黙。それはトマにとって永劫とも呼ぶべき時間。
「トマ君の、えっちぃ…」
彼女は、はにかみながらそうのたまう。
「ちげぇーっ!!」
早朝のパン屋に青年の叫びが木霊した。
「ってか、フィオ! ななな、何で毎度毎度! 俺のベッドで寝てるんだよっ!」
しかも全裸で! 心の中でそう付け加えながらトマは慌てて視線を逸らした。
勿論、少女に触れていた手も引っ込める。その速さ、まさに神速ッ。
フィオと呼ばれた裸の少女は慌てた様子もなく、ひょっこりと起き上がった。
眠そうに目を擦る彼女の頭の上で丸い大きな耳がピクピクと動く。
そう彼女は人間ではない。ラージマウスと呼ばれる魔物である。
だが、親魔物を謳うこの町で彼女のような魔物を見かける事は別に珍しい事ではない。
「えーとぉ、昨夜(ゆうべ)は確か…夜中、お手洗いに起きてぇ…その後、階段を上がってぇ…。
手前の部屋のドアを開けてぇ…ベッドに潜りこんでぇ…起きたら朝だったよぉ…?」
フィオは1つずつ指を折りながら昨夜の行動を振り返る。
「いやいや! だから手前は俺の部屋だって!」
パン屋の2階、階段を上がって直ぐがトマの部屋。その隣、奥側がフィオの部屋。
「そ、それから早く何か着てくれっ!」
トマはフィオに背を向けたまま、悲鳴を上げるようにそう頼む。
「んー、でもここには私の着替えとか無いし。それにお姉ちゃんは別に見られても気にしないよ?」
彼女は青年の背中にそう、ふんわりと微笑む。
「俺が気にするんだって!」
「裸なら昔、お風呂で見せあったでしょ?」
フィオは不思議そうに小首を傾げる。どうやら本気で恥ずかしくないらしい。
「昔とは違うんだって! お互い成長してるだろ!?
まあ、フィオはあんまり変わって…」
そこまで言いかけて、つい本音が漏れている事に気づいたトマは慌てて口を閉じた。
「ひっどーい! それって、お姉ちゃんがちっちゃいって事!?」
少女は青年の言葉に頬を膨らませた。
事実、フィオの肉体的な成長は数年前から完全に止まっていた。
だが、それも仕方のない事、ラージマウスとはそういう種族なのだ。
しかし、彼らの間ではフィオの身体が子供のままなのは禁句だった。
自称お姉ちゃんの彼女は自分の身体にちょっぴりコンプレックスを感じていた。
トマは起き抜けのハプニングでよほど動揺していたのか、
普段は絶対口にしない事をつい漏らしてしまった。
「お姉ちゃんだって、昔より成長してるんだからね! ほら、見て!」
「見るわけないだろっ!」
彼は自分の顔に両手を当てて、ガッチリと視界を塞ぐ。
「見なさーいっ!」
フィオはベッドの上で立ち上がると青年の手を顔から剥がそうとグイグイと引っ張った。
その反動で柔らかく暖かい少女の身体が青年に密着する。
「ちょ、やめろって!」
「うるさいっ! 朝っぱらから何騒いでんのよ!?」
突如、トマの部屋の入り口のドアが開き、怒鳴り声と共に新たな少女が飛び込んできた。
彼女の名はクリスティナ。フィオと同じラージマウスで、フィオの双子の妹である。
(ちなみにフィオが自分の方がお姉ちゃんであると主張している。)
クリスは大きな瞳を吊り上げながら部屋の中を睥睨し、固まった。
突然の闖入者にベッドの上のトマとフィオの動きも止まる。
「ななな、何やってんのよ!? あんたたちは!?」
「あっ、クリスちゃん、おはよー♪」
フィオが場にそぐわないあっけらかんと声でそう挨拶する。
「おおお、おはよーじゃないわよ!? ふ、2人とも、ははは、裸ってどーゆー事よっ!?」
ベッドの上で青年に少女が密着している。
見ようによっては全裸で抱き合っているようにも見えた。
「いや、落ち着け、クリス! これは昨夜、間違って…!」
「い、一夜の過ちって事っ!?」
「だから、誤解だ…」
「変態!! 死ねっ!!!」
クリスが投げたスリッパの先端は意外と固かった。
###############
「うう…いてて…」
じんじんと響く鼻の痛みに顔を顰めながら、トマはパン生地をこねる。
「普段の行いが悪いから誤解されるんでしょ。自業自得よ」
クリスは彼の隣でボールに入った卵をかき混ぜながら冷ややかにそう切り捨てた。
「普段の行い…って、なぁ。別にやましい事なんてないぜ。
第一、お前らをそういう目で見た事なんか、あるわけ…」
「せいっ!」
鋭いかけ声と共にクリスの踵が青年の足の甲へ落とされる。
「…っ!? ……!!!」
子供並みの体格とはいえ、全体重を乗せた一撃にトマは声もなくその場に蹲った。
「…な、何すんだよ!?」
「それ以上言ったら、今度こそコロスわよ…」
涙を浮かべて見上げる彼を少女の絶対零度の視線が見下ろしていた。
「わ、分かった、2度と言わないから」
トマは青ざめた顔で糸の切れた人形の如くカクカクと頷く。
「…今日は朝から最悪だ」
立ち直ったトマが大きく溜息をついた。
「全部、トマが悪いんでしょ」
クリスは不機嫌そうにそう呟いた。
下手に反論しても口では勝てない。
昔から真理を今更、思い出したトマは口を閉ざす。
それからしばらく、2人は無言で己の作業をこなしていった。
東の空が朝焼けに染まる頃、それぞれの作業はひと段落を迎えていた。
「2人ともご苦労様。朝食にしましょ?」
作業場から台所へと続く戸口からフィオが朝食の載ったトレイを持って姿を現した。
彼女はそのトレイを調理台の上へ置いた。今日の朝食はスープと目玉焼きだ。
「トマ」
「はいはい」
クリスの呼びかけに彼は焼きたてのパンを4つに切るとそれぞれの皿へと盛った。
最後の一皿は調理台の片隅にかけられた彼の祖父トムの肖像画の前へと置く。
「じいちゃん、今日のパンはどうだい?」
そう語りかけるのも毎朝の習慣だ。
彼らの店、トムズベーカリーはトマとフィオとクリスの3人で営むパン屋である。
元々はトマの祖父であるトム老人の経営する店だった。
だが、その祖父が一昨年に亡くなり、店は3人へと受け継がれる事になった。
トマは早くに両親を亡くし、祖父にパン職人として育てられた。
代替わりしても客足が途絶えないのは厳しく仕込んでくれた祖父の御蔭だ。
「おじいちゃんが亡くなって、もう2年も経つのね…」
フィオの台詞にクリスも無言で肖像画へと視線を向けた。
フィオとクリスはトマが幼い頃、祖父トムによって、どこからか引き取られてきた。
それ以来、3人は家族として、兄弟として、育ってきた。
今では、それぞれの得意分野を活かして、3人で店を切り盛りしている。
フィオは午前中は俊足を活かし配達役として、午後からは店先の小さなカフェスペースで
ウェイトレスとして働いている。
一方のクリスは独学でお菓子作りを学び、菓子職人として、店の商品のバリエーションと
新たな客層を増やしていた。
彼らはいつも一緒だった。仕事も家事も3人で分担して、1つの暮らしを成り立たせる。
それが当たり前だった。
トマはこんな日々が永遠に続くのだと信じていた。
いや、終わりが来ることを心のどこかで否定しようとしていたのだった。
###############
太陽が中天より、少し西に傾いた穏やかな午後。
トムズベーカリーを1人の女性が訪ねて来た。
「よいしょ〜」
彼女は荷物が満載された荷馬車を自分で引き、店の前に横付した。
「到着しました〜」
女性はのんびりと呟きながら、手の甲で額を流れる汗を拭う。
彼女の白に黒のメッシュが入った色の髪は汗で額に貼りついている。
そして、腕を上げた拍子に彼女の豊かな胸がぷるんと揺れた。
女性が店の入り口を開くとドアベルが澄んだ音を立てた。
「こんにちわ〜、お届け物に〜、あがりました〜」
彼女は間延びした口調でそう言いながらゆっくりと戸口をくぐる。
「リーシアさん、いらっしゃいませ♪」
店内で給仕をしていたフィオは入ってきた女性リーシアに気づき、笑顔で出迎えた。
「フィオちゃん、こんにちわ〜」
リーシアと呼ばれたホルスタウルスも笑顔でそう返す。
「リーシアさん、これでも使って」
フィオは固く絞った濡れタオルを女性へと手渡した。
「ありがとう〜」
フィオはくるりと振り返えると店の奥に向かって呼びかけた。
「皆、リーシアさんが来たから荷物の受け取りを手伝ってー!」
呼びかけに応じて、トマとクリスが奥から現れた。
「リーシアさん、いつもありがとうございます」
「いえいえ〜、こちらこそ、お世話になっております〜」
リーシアは町の郊外にある牧場で暮らす女性だ。
トムズベーカリーで使うバターや牛乳は彼女の牧場から仕入れていた。
ちなみに買っている乳製品の材料はホルスタウルスのミルクではなく、
普通の牛のミルクである。
「それから〜、今日はクリスちゃんにお話があるの〜」
「あたしに…?」
###############
穏やかな日差しの下。トムズベーカリーのカフェスペース。
クリスとリーシアは向かい合ってテーブルについていた。
「あのね〜、ウチのお客さんに商人さんがいるんだけど〜」
リーシアはお茶の入ったカップをスプーンでかき混ぜながらそう切り出した。
「その人にクリスちゃんの事を話したらね〜。知り合いに魔物のお菓子職人さんが
いるって言ってね〜」
話の内容が気になるのか、給仕をするフィオの耳がピクピクしている。
トマは堂々と仕事をさぼって、テーブルの傍に立っていた。
「良かったら紹介するから、弟子入りしてみないかって〜」
「弟子入り…ですか」
思いがけない話にクリスは真剣な眼差しをリーシアに向けた。
今までクリスはお菓子作りを独学で学んでいた。
それは言うなれば、家庭の料理の延長として、お菓子を作っていたという事だ。
教師も参考書も無い状況で1人試行錯誤を重ねていた。
しかし、その菓子職人に弟子入りすれば、手本が直ぐ側にある。
例え、言葉で教えられなくとも見様見真似でお菓子作りを学ぶ事ができる。
そんな思いがクリスの心を揺さぶった。
それと同時にもう1つの思いが心に浮かび上がる。
リーシアの話ではその菓子職人は、この町から少し離れた町に住んでいるという。
距離は元より、弟子入りともなれば数年は帰って来られないだろう。
故郷を離れる不安。そして何より家族から、大切な人たちから離れるという事。
「いい話じゃないか」
悩みに沈んでいたクリスの耳にトマのそんな言葉が飛び込んできた。
「クリス、お前、前から本格的に菓子作りの勉強がしたいって言ってただろ?」
彼女の不安など知らぬ明るい声。
「これって、絶好のチャンスだろ? 行ってこいよ、修行!」
彼なり気遣いなのだろう。けれど、その口調はまるで軽い。
「なぁに、店なら俺とフィオの2人だけでも…」
それがやけにクリスの癇に障った。だから。
「………ぃでよ…」
「あ?」
「勝手に決めないでよっ!」
クリスは突然立ち上がると濡れた瞳でトマを見上げた。
渦巻いていた不安に代わって、怒りと何だかよく分からない感情が彼女の心を塗り潰す。
「人の気も知らないで勝手な事ばかり言わないでよ!」
苛立ち。いつも一緒にいる癖に肝心な事は何一つ理解してくれない。
「何が店なら2人だけでもよっ! 店の帳簿はあたしに任せっきりの癖にっ!」
悔しさ。これだけ一緒にいながら、自分を必要としてくれないのか。
「いきなり何だよ、急に大声を上げたりして…?」
トマは困惑した表情で彼女を見つめてくる。
…ああ、やっぱり何も分かっていない。この鈍感は…。
今すぐ彼の脳天をかち割って、この想いをぎゅうぎゅうに詰め込んでやりたい。
「俺はお前の事を思ってだな…」
アホか。一回死んで生まれ変わって来い。
ううん、やっぱ死ぬのは無し。けど、もちょっと女心分かるようになれ。
「…か…」
寂しさ。溢れる涙がボロボロと零れ落ちる。
「トマのバカっ!!」
クリスはそう叫ぶと踵を返して、その場から逃げ出した。
「お、おい、待てよ!」
トマが引きとめようとするがラージマウスの俊足に敵う筈も無かった。
少女は、すぐに通りを行き交う人波に紛れて見えなくなる。
「一体、何だってんだよ…?」
涙の意味が分からず呆然と立ち尽くす青年。
「今のは"無い"と思うわ〜。ちゃんと空気は読んでくれないと〜」
同じ女として思う所もあるのだろうリーシアは呆れた口調でそう言う。
フィオはトマの隣に立つと手にしていたトレイで彼のお尻を軽く叩いた。
「…何だよ?」
憮然とこちらを見下ろしてくる家族にフィオは大きく溜息をつき、吐き出す。
「あのね。お姉ちゃんも色々言いたい事があるけど、今はクリスちゃんを追いかけなさい」
彼女はいつにない低い声でそう言った。
こういう態度の時のフィオは怒っている。
「ああ…行って来る…!」
長い付き合いで身に染みているトマはそう言い残すと飛び出していった。
「トマ君のバカ…」
見送るフィオの呟きは喧騒に紛れて消えた。
###############
少し冷たい微風が少女の髪を撫でる。町で一番高いその場所は彼女のお気に入りだった。
町の中央にある大きな時計塔の最上階。大きな鐘が吊られてある吹き晒しにクリスはいた。
彼女は硬い石畳の上に座り、顔を自らの膝へと埋めた姿勢でボンヤリとしていた。
クリスの心に様々な考えが浮かんでは消える。けれど、彼女が求める答えは決まらない。
いや、答えはとっくの昔に決まっているのかもしれない。
だが、その答えを。想いを肯定するには勇気が足りなかった。
風に乗って届く下界の喧騒もどこか遠い。
涙に滲んだ視界の中で午後の太陽がキラキラと瞬いている。
今の彼女には太陽の輝きすらも煩わしかった。
太陽の暖かい笑顔を見ていると自分が不完全で弱い存在だと思い知らされるから。
こんなのは完全な八つ当たりだと分かっている。
だけど、止まらない。弱い自分から目を逸らす為、外に原因を。
誰かに怒りをぶつけて、己の心を誤魔化したい。
そして、浮かぶのはいつもの…。
「トマのバカ…」
その小さな呟きは空に消える筈だった。
「…誰がバカだよ?」
答えは返ってきた。
クリスはビクリと身体を震わせると顔を上げ、急いで涙を拭う。
この場から逃げるか否か。そんな思いが身体を支配し、彼女は尻尾をせわしなく揺らした。
「逃げるなよ? 一応、ここまで全速力で駆けて来たんだ。
これ以上の鬼ごっこはカンベンしてくれ」
荒い息でそう吐き出しながら、トマが塔の内側に刻まれた螺旋階段から姿を現した。
「何で此処が…」分かったのか。
「お前、昔からココが好きだっただろ? …というかココ以外は正直思いつかなかった」
そう苦笑いする彼の身体は汗びっしょりだ。
「何しに来たのよ?」
いつも通りの憎まれ口。でも自分の口元が微かに笑っている事に彼女は気づかない。
「話し合いに来た」
彼は短くそう答えると少女の隣に腰を下ろした。
「さっきは…その…俺が悪かった…」
吹き抜ける風が青年の火照った身体をゆっくりと撫でていく。
「俺はバカだから、クリスが何考えてるのかなんて…良くは分からない。
だから何か不満や悩みがあるなら直接言って欲しいんだ」
二人並んで風に身を任せる。互いの視線は合わせない。いや合わせられない。
しかし、お互いの気持ちが真剣な事は雰囲気で分かる。
「俺はクリスを応援したいんだ。家族としてできる限りの協力をしたい」
一緒に暮らしている家族だから。
「弟子入りしたら、しばらく帰って来られないんだよ?
一人前になるまで何年かかるか分からない。
トマはあたしがいなくなっても寂しくないの?」
溜まっていた想いを吐き出すように少女は青年にそう問いかけた。
「そりゃあ、まあ。家族が減るのは俺だって寂しいよ」
やっぱり家族なのか。家族止まりなのか。
「けどさ、いつかは帰ってくるんだろ? だったらさ、それまで待つさ」
トマはクリスへと顔を向けると笑いかけてきた。
待つ。待つってどういう事? あたしの事、待っててくれるの?
不意の笑顔に少女の心臓が跳ね上がる。鼓動が早い。顔が赤くなるのが自分でも分かる。
うー、落ち着けー。この鈍感男がそういう意味で言う筈が無いー。
これは勘違い。そう錯覚なのよ!
己の感情の昂ぶりを沈めようとクリスの思考がフル回転する。
そこでふと別の考えに思い至る。逆にこれはチャンスではないか。
感情の蓋は今にも外れ、溢れそうな今この瞬間。想いを打ち明けるチャンスではないかと。
普段の自分はどうしてもトマに対して構えてしまう。ならばいっそこの勢いで。
一方で不安も芽生える。告白は決定的に彼女たち家族の関係を変えてしまう。
そして、浮かぶのはいつもの…。
でも、だからこそ。自分の想いを曲げたくなかった。
太陽の笑顔が少女を照らす。いつかそんな風に自分も笑いたい。
心から笑う為、もう自分に嘘はつきたくない。だから―。
「あのね…聞いて欲しい事があるんだ」
決意を瞳に込めて彼を見る。
「あたしはトマの事が好きだよ」
「え?」
一世一代の告白に青年はポカンと口を開けて驚いた。
間抜けな顔。こっちは勇気振り絞ってるんだから、もっと真剣な顔で聞いて欲しい。
「もちろん家族としての好きじゃなくて…」
ああ、高鳴る鼓動に心臓が張り裂けそうだ。けど、最後まで言わなくちゃ。
じゃないと彼には伝わらない。あたしが好きになった、この鈍感には。
「1人の女の子として、トマが好きなの」
###############
「1人の女の子として、トマが好きなの」
聞いて欲しい事があると言われて、てっきり職人修行の事だと思った。
蓋を開けてみたら、何故か告白された。
そりゃ驚く。彼からすれば、話が完全にすっ飛んでいるからだ。
だけど、目の前の少女の眼差しは真剣だ。
だから、自分も真剣に答えなければならない。
実を言えば、答えは以前から彼の中にあった。
けれど、今の関係が壊れるのが怖くて。家族でいられなくなる事が怖くて。
ずっと目を背けてきた。
トマは目を伏せると答えを口にした。
「ごめん。俺にとって、クリスは大切な家族なんだ」
何が家族だよ。自嘲を込めて心の中で呟く。
けれど、大切なものだからこそ、傷つけたく、そして傷つきたくない。だから―。
「だから、そういう風にはクリスの事は見れないんだ」
「そっか…」
トマの答えにクリスは目を伏せた。最後に見えた瞳に浮かんでいたのは悲しみの色。
青年の心が軋みを上げる。俺は今、大切なものを自分の手で傷つけている。
故に言葉を続けなかったら、彼も平静が保てなかった。
「けど、今までも、これからもクリスが家族である事には変わりはないから…」
だから何だと言うのだ。
「うん、分かってる…」
震える声を必死に抑えながら、クリスは笑顔で彼を見る。
彼女に似合わない精一杯の作り笑い。
「だから、今は1人にさせて…」
「…わかった」
クリスの願いにトマは内心でホッとしている事に気づき、罪悪感を感じた。
けれど、今の彼には少女を慰める事はできない。そんな資格も無い。
「ごめん…」
トマはそう言い残すとトボトボと階段へ消えていった。
少女の上げた嗚咽の声は鳴り響く鐘にかき消された。
###############
日がだいぶ傾いた頃、トマは重い足取りを引きずりながらトムズベーカリーへと帰ってきた。
「あ、おかえり…なさぃ…」
出迎えたフィオがトマの姿に目を輝かせ、彼が1人である事に気づき、目を伏せた。
そして、再び、いつも通りの笑顔を浮かべるとトマを店内にあるテーブル席へと誘導する。
「お姉ちゃんが話を聞いてあげるから、こっち座って」
「いや、俺は…」
「いいから、ほら…」
見るからに気落ちしている青年の手を引っ張り、強引に椅子に座らせる。
フィオはテキパキと2人分のお茶を入れると彼の向かい側に座った。
「で…ちゃんとクリスちゃんと話はしたの?」
正面に座った少女が上目遣いに青年へ視線を送ってくる。
トマは口を開きかけて迷い、そのまま押し黙った。
「黙ってちゃ、分からないでしょ? お姉ちゃんに話してみて?」
まるで子供を諭すようにフィオがそう促した。
その言葉に観念したかのようにトマは起こった出来事を洗いざらい話し始めた。
「そっか、クリスちゃんに告白されちゃったか…」
全ての話を聞き終えたフィオは開口一番、そう呟いた。
「それで断ったと…」
責めるような視線でフィオが睨んでくる。
「しょうがないだろ。家族として育って来たんだから。今更、そんな風には思えないんだ」
そう言ってトマは視線を逸らした。
「でも恋人になって、結婚する事だって、家族になる事だよね?
リーシアさんの家みたいに」
フィオはそう言いながら、テーブルの上にぐいを身を乗り出す。
リーシアと彼女の旦那さんは結婚して、夫婦で牧場を営んでいる。
この町では彼女たちのように人と魔物のカップルも珍しくはない。
「お姉ちゃんはね。トマ君にも、クリスちゃんにも幸せになって欲しいの」
紛れもない本心。故に正面から見つめる。
「でも、それじゃあ…」
「それじゃあ、何?」
フィオはさらに身を乗り出すと両手でトマの頬を掴み、彼の顔を自分の方へと向けた。
「私が幸せになれない?」
「放してくれよ…」
顔が近い。少女の目から視線が逸らせない。
「家族だから、男の子として応えられない…って、嘘だよね?」
少女の髪から漂う芳香がトマの鼻をくすぐる。
「トマ君って、嘘つく時に視線を逸らすよね。お姉ちゃん、知ってるよ。家族だもん」
フィオはそう言って悪戯っぽく笑った。
「トマ君は気づいていたんでしょ? クリスちゃんが自分を好きだって事…」
彼女の指摘にトマは顔を歪めた。判り易い反応。
力を込めれば、細い少女の手など簡単に振りほどける。
しかし、フィオが纏う妙な迫力が青年を呪縛していた。
「そして、私がトマ君を好きだって事も…」
決定的な告白。そして、彼は気づく。
目の前の少女も家族という枠組みから一歩踏み出そうとしているのだと。
「気づかない方がおかしいよね…態度でバレバレだもん…」
フィオは苦笑すると目を伏せた。
「本当はね…不安だったんだよ。私たち、こんな身体だから。
トマ君に異性として見て貰えないんじゃないかって…」
彼女は顔を赤らめながら恥ずかしそうに続ける。
「だからね…今朝、トマ君が本気で焦ってくれた時はね…私、すごく嬉しかったんだよ?」
再び、フィオが視線を上げる。
「もう一度、ちゃんと言うね」
潤んだ紫色の瞳にトマの顔が映っていた。
「私は1人の女の子として、トマ君が好きだよ」
「俺は…」
目の前の少女の眼差しは真剣だ。
だから、自分も真剣に答えなければならない。そう思う。
けれど、青年の脳裏に浮かぶのはもう1人の少女の存在。
どちらかを選ぶ事なんてできない。自分で自分を最低な人間だと思う。
だが、頭で分かっていても心では割り切れない。
「ごめん…」
トマは絞り出すようにそう答えるとゆっくり立ち上がった。
フィオの温もりから逃げ出すように。
「分かってた。でも後悔はしてないよ」
見上げる少女は微笑んでいた。胸中の想いを告白したという、すっきりとした表情。
「やっと、告白できたんだもん」
トマは無言で彼女に背を向けた。
「ちょっと、風に当たってくる」
そう言い残し、逃げ出すようにその場から立ち去ろうとする。
「いってらっしゃい。あんまり、遅くならないでね?」
いつもと変わらない遣り取り。
だが、背にかかる声はいつもより遠くから響いてくるように感じられた。
###############
夕暮れ時。しかも場所が町外れの墓地となれば、人気が無いのも当然だった。
赤く染まった空の下、黒い墓標が立ち並ぶ光景は言葉にできないほどに寂しげだ。
当ても無く、店を飛び出したトマは気がつくと此処に辿り着いていた。
目の前には祖父の眠る墓。そして、その隣に両親の墓。
「じいちゃん、ごめん。今日、フィオとクリスの2人を傷つけてしまったよ…」
トマは墓前にしゃがみこむと重い胸の内を吐き出す。
「男として家族を守れ」それが祖父の遺言だった。
家族を守ろうと必死で、もがいた結果がこの様だ。
祖父が生きていたら一体どんな顔をしただろうか。
きっと、ぶん殴られていただろう。
分かっている。自分が卑怯で臆病な事は。
自分のした事は正しい事じゃない。相手を不幸にする優しさなんてない。
ただ、決断できなかった。自分の責任から逃げ出した。
「じいちゃんが俺に家族をくれたのに。俺自身の手で家族を壊すような事をして、ごめん」
「俺はいずれ、くたばる。そうなった時にせめて、お前に何かを残してやりたい」
生前、祖父がそう漏らした事があった。
その時は分からなかった意味も今なら理解できる。
自分をパン職人として仕込んでくれた事も。フィオとクリスを家族にしてくれた事も。
全てはトマの将来を案じての事だった。
###############
トマが祖父と暮らし始めたばかりの頃、幼かった彼は塞ぎこんでいた。
火事で両親を亡くし、疎遠だった祖父との暮らしは少年を孤独へ追い込んでいた。
トマは毎日、両親の墓の前に座り込み、心を閉ざしていた。
祖父が2人のラージマウスの少女を家族に迎え入れたはその頃だった。
その日も少年は町外れの墓地へと向かった。
両親の墓まで来るとその場に座り込み、じっと墓石を見つめる。
何をするでもなく、何を思うでもなく。彼の姿はまるで抜け殻のよう。
そんな姿を間近で見せられては気にしない訳にもいかず。
クリスがトマに声をかけたのは太陽が真南にかかる頃であった。
「あの…」
その遠慮がちな声に気づいた少年はゆっくりと顔を上げる。
傍らに立っていたのは灰色の髪の少女だった。姉妹の妹の方。名前は確かクリス。
新しい家族に興味も無かったトマはその時まで彼女と話した事も無かった。
「おなか空いてるでしょ? これあげる」
そう言って彼女が取り出したのはハンカチに包まれたクッキーだった。
「はじめてだったから、見た目はわるいけど…」
差し出されたクッキーは大きさも形も不揃い。しかも大分焦げている。
「いらない…」
空腹は感じている。だが、この寂しさから逃れられるのなら、このまま飢えて死んでしまいたい。
そんな思いを少年は抱いていた。故に差し出された手を拒絶する。
「食べなさいよ。見た目よりは、おいしいんだから!」
クリスはそう言ってクッキーをトマへと渡そうとするのをやめない。
「いらないって、いってるだろ!」
少女に苛立った少年が振り回した手は偶然、包みを弾いた。
「あ…」
ハンカチが宙を舞い、ゆっくりと落下する。跳ねたクッキーは地面へと散らばる。
「お、オマエが、わるいんだからな! オレにムリヤリおしつけようとするから!」
トマも流石にバツが悪くなったのか、そんな風に責任転嫁した。
クリスは無言でしゃがみこむと、散乱したクッキーを拾い集める。
「…次はもっと上手に作るから、その時はゼッタイ食べなさいよ…」
彼女はそう言い残すとトボトボと立ち去っていく。
「まてよ!」
トマは跳ねるように立ち上がるとクリスを追いかけた。
「かせよ!」
追いつくと彼女の手から包みを奪い取り、その中身を一気に頬張る。
噛み砕くと炭と土の味が口の中に広がり、吐きそうになる。
「ちょっと何してんのよ!」
クリスが慌てて背中をさすってくれた。その小さな手は暖かかった。
「…っ…んぐ…」
吐き気に耐え、何とか全部飲み込む。
「あんたバカでしょ? ムリしなくてもいいのに…」
どことなく嬉しそうな声色で少女が彼の顔を覗きこんでくる。
「…しぬほどマズイ」
「え?」
トマの素直な感想にクリスの笑顔が凍りつく。
「だからマズイって…」
少年の台詞はクリスの平手に遮られた。
「バカ! あんたには二度と食べさせてやんない!」
そう捨て台詞を残すと少女は肩を怒らせながら去っていく。
「何だよ…せっかく食べてやったのに…」
平手を食らい、地面にひっくり返った少年はふて腐れたようにそう呟いた。
何日ぶりか、ひょっとしたら何週間ぶりかにトマは感情を露にした。
その所為か、少しだけ心がすっきりとしている。
アイツのおかげかもな…。そんな事を考えているとだんだん瞼が重くなってきた。
そして、彼は眠りに落ちた。
###############
目が覚めると何故か、少年は毛布にくるまっていた。
そして、彼を抱き締める形に見慣れぬ少女が眠っていた。それはクリスの姉フィオだった。
「ちょ、おま、何してんだよ!?」
少女の腕から逃れようとトマが身をよじる。
「ふにゅう…」
「ふにゅうじゃねー!」
だが、彼女はしっかりと彼を抱き締めて放さない。
トマが喚いていると、ゆっくりとフィオが目を開けた。
「おはよー、トマくん」
寝ぼけ眼で呑気にそう挨拶してくる。
「いいから、はなせよ!」
「ヤダ」
フィオは少年の要求を短く、しかしハッキリと拒否した。
「何で、くっついてんだよ!?」
「だって、こうしていると、さびしくないでしょ?」
彼女は真っ直ぐな瞳でそう答えた。くっついた所から少女の体温が伝わってくる。
「クリスちゃんにもね、ときどき、こうしてあげるんだよ」
抱き締める腕に力を込めながら、フィオがそう笑う。
「ひとりはさみしーから、ぎゅってしてあげるの…」
「オマエら、姉妹そろって、おせっかいだよな…」
トマはわざとらしく溜息をついて見せる。
「もう、さびしくないから、はなしてくれよ」
「ホント?」
少女が彼の目を覗き込んでくる。
「ホントだ」
「うん、わかった」
トマの様子に納得したのか、彼女は離れた。
「また、さびしくなったら、ぎゅってしてあげるね♪」
それからだろうか。フィオが度々トマのベッドに潜り込んでくるようになったのは。
トマが成長してからは流石に色々問題があるので、何度もベッドに潜り込まないようにと
釘を刺していたが、今でも時折、潜りこんでくる。
どうやら、寝ぼけたふりをした確信犯らしいが。
###############
「じいちゃんが俺に家族をくれたのに。俺自身の手で家族を壊すような事をして、ごめん」
2人の少女との思い出がある場所に来た所為だろうか、気がつけば、トマは2人の事を
考えていた。
我ながら未練がましいよな。彼は自嘲の笑みを浮かべる。
自分自身で彼女たちと繋がりを断ち切った癖に、今思い出すのは繋がりを少しずつ
深めていった日々の事ばかり。3人が"家族"であった遠き日の記憶。
いや、これからも"家族"ではいられるのだろう。
けれど、いつまでも同じままではいられない。
少しずつ何かが変わっていく。そして、必ず終わりは来る。
クリスが職人修行で家を出れば、あるいは2人にトマでは無い別の想い人ができたのなら。
3人の前には今、それぞれの道が開けようとしている。
最早2人を引き止める事はできない。彼が声を出さぬ限り。
それに引き止めてどうする? そんな想いもある。
今のままの関係を続けてくれと彼女らに懇願でもするというのか。
そんなのは只の我侭。2人に対する甘えでしかない。
何より、フィオもクリスも。2人は変わる事を望んでいる。
一歩先へと踏み出そうとしている。
それに比べて俺は…。立ち止まったままの自分。踏み出す勇気の無い自分。
例え、立ち止まっていても過ぎ行く時間に流され、自分も変化していく事だろう。
年を経て、トマが、フィオが、クリスが。互いを異性として想う事になった様に
世の中に変わらないモノなど、無いのかもしれない。
だからこそ、変えたくないモノもある筈だ。
ずっと想い続けてきた自分の答え。
それはフィオとクリスの2人に傍にいて欲しいという気持ち。
臆病で弱い自分だが、この気持ちだけはどうしても否定できなかった。
いや、弱いからこそ捨てられない欲なのだろう。
2人両方だなんて、トマの都合しか考えていない話。
彼女たちをさらに深く傷つける結果になるかもしれない自分のエゴ。
青年はゆっくりと立ち上がる。
彼女たちが本心をぶつけてくれたように、自分も彼女たちに本心をぶつけるべきではないか。
言葉を繕い、自分の欲を着飾り、うわべだけの綺麗事を並べてみる。
そうして、自分に嘘をついてでも、心を奮い立たせないと踏み出せないから。
例え、2人に拒絶される結果しか残ってなくても。
トマは踏み出す。行く手に何も見えなくても。
###############
地平線へと日は沈み、藍色の闇の帳が空を覆っていた。
トムズベーカリー。初めて訪れた場所に入るような緊張感に包まれながら青年はその扉を開く。
扉の向こうには誰もいなかった。トマは店内を横切り、店の奥へと歩を進める。
いつもなら、3人で翌日の仕込をしている時間。
だが、1階の作業場からは人の気配が伝わってこなかった。
となれば、2人は2階にある姉妹の部屋で休んでいるのだろう。
無理もない。今日は色々あった。色々と有り過ぎた。
けれど、まだ、やるべき事は残っている。
トマは心を奮い立たせ、ゆっくりと階段を登り始めた。
階段を登り切り、手前から2つ目が姉妹の部屋。
青年は扉の前に立つと静かにノックした。
「トマ君? 帰ってきたの?」
中から、いつもと変わらぬフィオの声が聞こえてくる。
「何しに来たのよ?」
続いて、刺々しいクリスの声も。
「部屋に入っていいか? 扉越しじゃ言いづらい」
沈黙。昼間の事を思えば、互いに顔を合わせづらいのは当然だ。
「…いいよ。入ってきても」
しばらくして、フィオがそう返事した。
トマは意を決するとゆっくりと扉を開いた。
部屋の中に入るとフィオとクリスが並んでベッドに腰掛けているのが見えた。
「何の用よ?」
クリスが上目遣いにこちらを見ながら、ぶっきらぼうにそう問いかけてくる。
彼女たちに言うべき事は沢山ある。だが、いざとなると言葉が見つからない。
それに言葉を重ねれば重ねるほど、言い訳がましくなるだろう。だから。
「2人ともずっと俺の傍にいて欲しい」
だからストレートに想いを告白する。
「俺にはフィオとクリスのどちらか片方を選ぶ事なんてできない。
だから2人とも傍にいて欲しいんだ」
2人の驚き、困惑する表情が目に映る。
昼間、断られた相手に逆に告白されているのだ、当然の反応だろう。
場合によっては呆れられるかもしれない。もう彼女たちの心に彼の居場所はないかもしれない。
「勝手だよね。昼間はトマの方があたしを振った癖に。
今はあたし達に傍にいて欲しいだなんて」
クリスは目を伏せながら、辛辣な語調で応じた。
「それって、堂々と二股をかけるって宣言? ずいぶん都合がいい話だよね?」
黙って話を聞いていたフィオも低い声でそう問いかけてくる。
「悩んだ末に出た結論がソレなんだ?」
彼女たちの言う通りだ。やはり、自分の告白など彼女たちをさらに傷つける欲でしかなかった。
普通に考えても通る話ではないだろう。最初から無理だったんだ。そう考えれば諦めもつく。
「私はそれでもいいかな」
そうですよね。普通、そう答えますよね。
「ごめん、俺が悪かった…って、え?」
何か今、聞き捨てならない答えを聞いたような。
「私はそれでもいいよ。ううん、トマ君とクリスちゃんと私。3人一緒に幸せになりたい」
冗談でも悪戯でもなく、真剣な声でフィオがそう続ける。
「いいのか…我ながら最低の答えなんだぞ?」
半ば呆然と問いかける青年の声は酷くかすれていた。
「最低なんかじゃないよ」
はにかむように笑い、フィオがトマの言葉を否定する。
「2人とも愛してくれるって事でしょ? それってスゴイ事だと思うよ?」
フィオの言葉の意味がゆっくりとトマの脳へと浸透していく。
「ありがとう、フィオ…」
「どういたしまして♪」
震える声で感謝の言葉を口にしたトマに少女が弾んだ調子で返した。
そうした後、2人揃って、クリスへと視線を向ける。
これはあくまで3人の問題なのだ。
「こんなの、絶対に赦せない…」
長い沈黙の後、クリスは視線を上げるとキッとトマを睨んだ。
「私もね。別に安易に二股を許した訳じゃあないんだよ?
トマ君が私達の事を真剣に考えてくれたから。だからOKしたんだよ。
悩んでくれたって事は本当に私達を愛してくれているって事だから…」
「そんなの分かってる。あたしが言いたいのはそうじゃなくて…」
クリスの鋭い視線が迷うようにユラユラと揺れた。
「2人まとめてなんてヤダ。ちゃんと1人ずつ、きちんと言って欲しい」
そういう彼女の頬は赤い。
そうだよな、クリスの言う通りだ。彼女たちはそれぞれに想いを伝えてくれたのだ。
だったら自分もフィオとクリスのそれぞれに言わなければならない。
「フィオ、愛してる。改めて俺の家族になって欲しい」
「うん、私もトマ君と同じ気持ちだよ」
幸せそうにフィオが頷いた。
「クリス、愛してる。俺の家族になってくれないか?」
「バカ…もっと早くにそう言いなさいよ」
涙を浮かべて、クリスが頷く。
そして、2人の少女が跳ねるように立ち上がり、愛しい人の胸へと飛び込んだ。
トマはその場に膝立ちになり、2つの温もりを受け止める。
3人で抱き合い、互いの鼓動を感じあう。
###############
3人で肌を重ねていると互いの鼓動が高鳴っているのも隠しようが無い。
最初に甘えだしたのはクリスだった。
彼女は何かを期待するような眼差しを青年に向けた後、そっと目を閉じた。
トマはその意味に気づき、確認するようにフィオへ視線を送る。
フィオはトマを促すようににっこりと笑って見せた。
彼は頷くとクリスの唇に自分の唇を重ねる。
そして、啄ばむ様に少女の唇を愛撫し始めた。
クリスも負けじとトマの唇へと吸い付いては離れる。
しばらく互いの唇を味わい合った後、ゆっくりを顔を離した。
顔を見合わせて笑い合う。心が物凄くくすぐったい。
トマはクリスの背を撫でつつ、待たせているもう1人の恋人へを顔向ける。
するとフィオの顔は既に間近まで迫っていた。
彼女は自ら唇を重ねると舌を伸ばし、青年の口内を犯す。
不意打ちに面食らったトマだったがすぐに冷静さを取り戻し、逆に舌を使い、
少女の口の中を味わった。
頭の芯がしびれる様な余韻を残して、フィオの顔が離れていった。
「フィオ、ずるい…」
頬を膨らませて、クリスが抗議する。
「トマ君のファーストキスは取られちゃったから、最初のディープキスは貰っちゃった」
悪びれた様子も無く姉はペロリと舌を出した。
「クリスにもしてやるから。な?」
ぐずる子供を宥めるように青年はクリスの背をポンポンと叩く。
「別にいいもん。それより、こ、こっちが欲しいかも…」
消え入りそうな声とは裏腹に彼女は大胆な手つきでトマの下腹部を触ってくる。
2人とのキスでトマの分身は既に臨戦態勢だ。
「そ、それはちょっと早いんじゃないかな? そういうのはきちんと手順を踏んでだな…」
意外と古風な考えなのか彼はそういって視線を逸らす。
「ホントはシたい癖に」
フィオも意地の悪い笑みを浮かべながら青年の下半身をまさぐる。
「別に私達はOKだよ。改めて家族にしてくれるんでしょ?」
「…分かったよ。責任はちゃんと取る」
青年は観念したようにそう吐き出した。
姉妹は笑顔を見合わせるとそれぞれに青年の手を取り、ベッドの上へと誘った。
彼女達は一糸纏わぬ姿になると2人並んで座る。
そして、それぞれの秘部を見せ付けるように脚を開いてみせる。
「挿れる前に指で解して…」
「は、恥ずかしいんだから、さっさとしなさいよ!」
「分かった…」
ぴったりと閉じられた幼いすじの上に左右の人差し指を当てる。
「ひゃっ…」
触れただけでクリスが小さく悲鳴を上げる。
「優しくシテあげてね?」
「分かってるって…」
指の腹ですじの上をなぞるように慎重な手つきでトマは愛撫を開始する。
「…ぅ…ぅん…」
「…ぁっ…ぁ…」
姉妹の息に徐々に嬌声が混じり始めていく。
それに伴い、じっとりと内側から蜜が染み出してくる。
蜜を指に絡め、指先を浅く割れ目の中へと沈み込ませる。
「…ふわ…ぁ…っ…」
「…っっ! ……ぃゃぁ…っ…そこ…だめ…ぇ…っ…!」
割れ目の上部に突起を見つけ、優しくこねる。
突起を刺激され、クリスの肢体が跳ねる。彼女はココが弱いらしい。
クリスへは突起を重点的に攻め、一方のフィオへは指を彼女の膣内へと沈めた。
「と…トマく…ん…」
「フィオはこっちの方がイイだろ?」
顔を真っ赤に染めながらフィオが頷く。青年は彼女の内壁をくすぐるように指を往復させた。
「…トマの…ばかぁ…っ! ソコばっか…だめ…らめらっ…れば…ぁっ…!」
その隣でクリスが激しく乱れていた。彼女の膣内から止め処なく蜜が溢れてくる。
「な…なにか…すご…ぃ…の…き…きちゃ…ううっ…!」
クリスは身体を仰け反らせると何度も大きく身を震わせた。
そして、ぐったりとベッドに倒れこむ。
「…ばかぁ…っ…ひど…ぃょ…ぁ…あたしだけ…イ…イカされる…なんて…」
ベッドに横たわったまま、クリスはぐずぐずと鼻をすすった。
「わ、悪かったって。つい調子に乗っちまってな…」
トマはひとまず愛撫を中断すると泣きじゃくる少女を抱き起こし宥める。
「…私はちょっと羨ましいなぁ…イってるクリスちゃん可愛かったもん…」
クリスを背中から抱きしめながらフィオがそう囁く。
「ほ、ホント…?」
腕の中のクリスがトマを見上げてくる。
何でそこで俺を見ますか。
「う、うん…可愛かった…かな?」
誤魔化すようにトマが同意する。エロかったのはホントだが。
「じゃあ…赦して…あげる…」
少女は幸せそうに彼の胸に顔を埋めた。
「仲直りできた所で、次のステップに進む?」
フィオの提案に姉妹は揃って、青年の顔を見つめる。
妖しく濡れた4つの瞳の奥でどろりとした何かが蠢いていた。
「分かった。精一杯を頑張るよ…」
彼はそう答えるとズボンを脱ぎ捨てた。
薄明かりの中、張り詰めた怒張がそそり立つ。
「…ぁ…あたしは…後で…いいから…っ…」
不気味に聳える逸物に気後れしたのか、クリスが震える声でそう言った。
「…それに今…挿れられたら…壊れちゃうから…」
ドロドロになった内股を擦り合わせながら、彼女はそう続けた。
確かに先程の乱れっぷりを考えれば、連続させて負担を強いるのは危険かもしれない。
「じゃあ、お姉ちゃんから挿れて貰うね」
フィオはそう宣言し、自らの指で秘部を開く。
「私の初めて、トマ君にあげるね」
「うん、優しくする…」
肌を重ねた少女をそして固唾を飲んで見守る少女を安心させるように彼は答える。
「…ぁ…っぁ……」
まずは割れ目の上へ逸物を這わせるように往復させる。
「…はぁっ…はぁぁ…っ…」
互いの性器が触れ合う感触に昂ぶってきたのか。フィオの呼吸も荒い。
トマは少女の蜜と自らの先走りで逸物を十分に湿らせ、先端をピタリと陰門へとあてがう。
そして、慎重に膣内へと己の分身を沈めていく。
「…トマくんの…オチンチンが…入ってきてるよぉ…」
やがて、先端が何かに当たる。
「フィオ、貰うからな…!」
腰を押し出すようにソレを突破する。
苦痛に身をよじる彼女を慰めるように空いた手で彼女の髪を撫でてやる。
「…奥まで…っ…入っちゃった…ぁ…」
再び、先端に何かが触れる感覚。それは少女の最奥まで到達したという証。
「くっ、すごいぞ…フィオ…」
青年の分身を絶え間なくフィオの内壁が刺激してくる。
暖かく、そして激しい抱擁に全身の毛が逆立つのを感じる。
「う…動かすぞ…?」
「いいよ…一杯…シて…?」
身体の底から湧き上がる熱に突き動かされて、トマはゆっくりと抽送を開始する。
「…ふ…にゅうぅぅ…ぅぅ…奥…当たってるよぉ…」
突き入れる度に先端が奥壁へと当たり、いやらしいディープキスを何度も何度も繰り返す。
「フィオは奥でされるのが好きなのか…?」
彼女の奥を深く抉りながら意地悪な声で質問してみる。
「…お…奥…好き…ぃ…いっぱい…オチンチン…奥に欲しぃ…のぉ…」
上の口も下の口も涎を溢れさせながら、フィオがうわ言の様にそう答える。
少女の痴態に青年の怒張も益々猛るが、ぐっと我慢して腰を引く。
「あぁ…ぁ…」
卑猥な水音を響かせて逸物が引き抜かれた。
「ごめんな…もう1人待っているから…」
「ううん…分かってる…クリスちゃんにも…シテあげて…」
名残惜しそうに視線で追いつつもフィオは健気にもそう返事した。
「ぃ、痛くしたら…許さないんだからねっ…!」
目の端にうっすらと涙を浮かべながらクリスは怯えた眼差しを彼へと向ける。
「努力するから…」
トマは彼女を安心させる為、抱き締め、口づけをする。
その後、少女の身体をベッドへ仰向けに寝かせ、その腰を抱き寄せた。
先程よりも慎重にクリスの膣内へと割り挿れていく。
「だいじょぶ…大丈夫だからね…」
痛みに怯える妹をフィオが優しく抱き締め、励ましてやる。
「終わったよ。クリスちゃんもトマ君と1つになれたんだよ」
クリスは恐る恐る視線を自らの股間へと向ける。
そこに深く繋がった互いの姿が見える。
「…ぅん…うれし…い…トマ…あり…ありがと…」
「…いや、こっちも嬉しい…よ…」
面と向かってそんな事を言われると非常に照れくさい。
その照れを誤魔化すように腰を動かす。
「…ま…まだ…ダメ…! …ゃ…あっぁんっ…!」
ひと突きしただけで悲鳴のような嬌声がクリスの口から漏れる。
「…ダメ…だったら…ぁ…こ、壊れちゃう…から…!」
「すまん…我慢…できないんだ…クリスのナカが良過ぎて…」
トマも懸命に食いしばりっていた。
「トマくん…こっちも…ね…」
フィオは青年の手を取るとその指を自らの膣内へと導いた。
「ああ…!」
腰を使いながらももう1人の恋人を慰めるべく指を動かす。
「らめぇっ! らめらっればぁっ! ま…またぁ…イっちゃうぅ…からぁっ!!」
「…お…オチンチン…っ! 奥に…いっぱい…っ…キスして…欲しいのぉ…!!」
トマは交互に恋人へと怒張を突き立て、指でかき混ぜる。
姉妹の上げる嬌声に互いの理性が吹き飛ぶ。
ただ、相手を満たす為、互いのカラダを貪り合う。
そして、快楽の高みへと登り詰めていく。
「だ…出すぞ…!」
「だして…! すごいの…だして…っ!!」
「…いっぱい…かけてぇ…っ! トマくんのぉ…赤ちゃん…欲しい…からっ…!」
青年は半ば悲鳴のようにそう宣言すると膣内から己の逸物を引き抜く。
と同時にそれが爆発的に精液を吐き出した。
白く濁った体液が姉妹の全身を汚していく。
「…ああ…」
どうやら姉妹も同時に達したらしく虚ろな目でその光景を眺めていた。
「ぐすん…ナカに欲しかったのにぃ…」
フィオがそう言って唇を尖らせた。
「いや…初めてだから2人共に出したかったっていうか…」
「じゃあ…次はナカにくれるんでしょ…」
クリスが撫でた陰茎は我知らず復活していた。これが若さか。
「「2人平等に愛してくれるんでしょう?」」
姉妹の声が唱和する。
「ああ…2人とも愛している…」
今夜は長い夜になりそうだ。
青年は心の中で呟くと愛の営みを再開した。
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こうして、3人の家族としての暮らしは終わりを告げた。
だが同時に、3人の家族としての暮らしが始まったのだった。
その後、1人の花婿と2人の小さな花嫁の結婚という話題が
しばらく町で騒がれる事になるのだが、それはまた別のお話。
11/07/10 21:44更新 / 蔭ル。