ワーキャットですか?デュラハンさん!
とある街の一つの通り。
二人の冒険者風の男性とビクビクと震える一人のオークがいた。
オークは男性二人に壁まで追いやられ、そのムッチリした体を視姦されている。
二人組の一人は背が高く、もう一人は背の低い。
一見すると凸凹コンビという言葉が連想するだろう。
絡まれているオークはお使いの途中であったのか、白と土色の地味な色のウェイトレス姿で、右腕には卵や野菜などの食材が入った籠をぶら下げている。
服は前開きで谷間が見え、スカートは膝よりも短く、ギリギリミニスカートとならない程であった。
へにゃ、と折れてしまった大きな耳と、手入れがされているのであろう、サラサラなピンク色をしたショートヘアの髪。
涙が溜まった潤んだ緑色の目を二人組に向けていた。
胸は大きく、コルセットの役割をしている腰周りのエプロンを体に密着させる布のおかげで腰周りは細く見え、弾力のありそうなお尻は少し大きめだ。
簡単にいうと、ボン、キュ、ボンである。
背の高い男はつまつま先立ちをしハイアングルで、背の低い男は更に背を丸めローアングルでオークをねっとりと見ていた。
「ほほ〜ぅ、これはこれは。 なんともけしからん乳ですな?」
「まったくですな。 こちらの揉みごたえがありそうなお尻も目の毒です。 あ、今日のパンツはピンクですかそうですか」
直接触ってはいないが視姦を受け真っ赤になるオーク。
怯えてるのか、小さく震える体を両腕で抑えるが、かえって胸の大きさと弾力性を強調してしまっている。
動けない。
相手が怖くて動けない訳ではない、恥ずかしすぎて動けないのだ。
「や、やめてくださいぃ。 どうしてこんな恥ずかしいこと、するんですかぁ?」
「へへっ、それはだな?」
「オークちゃんの体がムッチムチでエッロエロで、今すぐにでもしゃぶりつくたいほどいい体しているからさぁ!」
「えぇ!? いい体、ですかぁ!?」
いきなり褒められたオークはさらに顔を赤くした。
このような状況でなければ素直に喜んでいたかもしれない。
しかし目の前にいるのは怯えた女性を視姦し、舐めわすように見てくる二人組である。
本来、魔物娘は少しでも気がある相手にそのような目を向かられた場合は逆に襲い掛かるのだが、今回は不意打ちのうえ恥ずかしさが性欲よりも強かったため動けない。
両手をワキワキさせながら、更に食い入るように見つめる二人。
もう少しで指が触れそうなところまで手を伸ばし、触れそうになる瞬間に手を引っ込める。
それを繰り返され、触れられていないのに体が敏感になってきてしまう。
まるで焦らされているようだ。
「そうさぁ! オークちゃんみたいな出るとこ出て、引っ込んでるとこが引っ込んでるムッチムチな女は中々いないぜぇ!!」
「俺たちはなぁ、そんなオークちゃんのことがぁ、だぁ〜い好きなんだぁ!」
「えっ、えぇ〜!?」
いきなりの告白で更に混乱してしまうオーク。
私を襲ってきたのもこの体に魅力があったから?
コンプレックスであったムチムチした体を褒められ、少しだが自分に自信が持てるようになってきた。
恥ずかしさと緊張が少しほぐれて来たオークは、あわよくば二人のどちらかを夫にしたいと思い始める。
しかしまずはお礼を言わなくては。
褒めてくれたこの二人にお礼を言いたい。
「あ、あの。 ……ありが」
「キャー! 痴漢よぉ〜〜!!」
大通りからこちらを見ていたユニコーンが大声を上げた。
両手を口まで持っていき、大声を張り上げている。
「あ、あれは童貞ハンターと有名なユニコーンさん!」
「チィ!俺達の童貞臭を嗅ぎつけてやってきたかっ! もう少しだったのにと思う反面、ここまで追って来てくれるのが少し嬉しい! なに、この感情!?(ビクンッ!ビクンッ!」
この街では、魔物娘が18歳以上の男性を襲うのは認められているが、逆に男性が魔物娘を襲うのは禁止されている。
これには男性よりも魔物娘の方が反対したが、野性的に襲われるよりも告白される方が嬉しいでしょ?そうでしょ?などと市長が説得して納得してもらった。
なので、もし魔物娘に手を出してしまった男性は、市役所で婚約届けを出すか、留置所でお説教を受けることになっているのだ。
「スタァァァップ!」
「やべっ、憲兵のデュラハンさんだ!」
「ちょっ、マジか! 逃げろ逃げろ!」
この街の痴漢(男に限る)を取り締まっているのはデュラハンだ。
今日も街の変態(紳士)どもから魔物娘を助け出している。
二人組は緩めたベルトとズボンのチャックを締め、慌てて裏路地へと逃げていった。
さらには裏路地や大通りからいくつもの「チィッ!」と言う声と、路地裏の奥の方から「あらいい男」という声聞こえた。
そんなことは気にせずに追おうとしたデュラハンだったが。
「きゃぁ〜痴漢よぉ〜」
「ムムッ、またか! こらそこぉ、スタァァァップ!」
あらたに痴漢の犠牲者が出たためそちらへと向かうことになった。
その3秒後に「ふふ、捕まえた」「アーッ!」と言う声。
裏路地へと大通りから数名の魔物娘が無言で裏路地の奥へと消えてく。
このような風景は、この街では日常である。
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「俺は別にやましい気持ちでやっていたわけでありません」
「何を言うか。 てかこれで何度目だ? 近頃お前の顔を見ない日が珍しくなってきたぞ、悪い意味でな!」
特定のワーキャットに大人のイタズラをしていた男はデュラハンに捕まってしまった。
この男はワーキャットにY字開脚させ、さらには股に顔を突っ込もうとしていたのだ。
今回はワーキャットの仲間(バイト仲間)が憲兵のデュラハンを呼び、ことが本番になる前に男は取り押さえられたので事なきを得たが。
男は牢屋の鉄格子を挟んで説教を受けている。
留置所に勤務する憲兵デュラハンにとってこの男に説教をする行為が日常になりつつあった。
「え? いやいや違うんです。 俺はただ、あのワーキャットさんのまたの間の茂みに何があるのか知りたかっただけなんです」
「思いっきりやましい気持ち全開じゃないか! なんで毎度毎度ワーキャットなんだ! 彼女、もう結婚するしかないって本気で考え始めてるぞ!」
「それはいけない! 名前がニャン見だっただけの理由で痴漢され、あまつさえ結婚しようとするなんて馬鹿げてる!」
「お前の頭が一番馬鹿げてるんだよ! もうそろそろわかれよ! この街でお前が何て呼ばれてるか知ってるか? 『結婚を前提に付き合う段階を無視して結婚できる男No.1』だよ! とっ捕まえてる私が恥ずかしくなったわっ!」
両手で顔を隠すデュラハン。
その顔には保護者的な恥ずかしさと男に対する呆れが現れていた。
「そんな憲兵さん落ち込まないでください。 人生まだ明るいですよ?」
「お前がいるからお先が曇りなんだよ! ……もうわかれよ、変態行動せずに真面目に婚活するとかさぁ。 ほんと勘弁してくれよぉ〜」
はぁ〜〜〜と大きくため息をつくデュラハン。
牢屋の前まで背もたれのある手作りの椅子を牢屋の近くまで持っていき、今日も数時間の説教をはじめようとしていた。
しかし、男の方はニヤニヤしている。
いつもならデュラハンが椅子を持ってきたら嫌な顔をするのに、今日はどうしたのであろうか?
「っふ、俺が婚活をしてないって、ほんとうに思うのですか?」
「なに!? ……なんだそのドヤ顔は。 まぁいいちょっとウザイが我慢して聞いてやる! 意中の相手でも見つけたのか!?」
ようやく厄介なヤツの一人がおとなしくなると思ったのか、目を輝かせながら男を見る。
男はドヤ顔を続けながら溜めに溜めて話を再開した。
「その相手はぁ〜……貴方の前にいるじゃないですか」
「え?私の前? え?お前??」
「あ、間違えた。 俺の前にいるじゃないですか」
「そ、それって……」
男の目の前にいる人物、つまりはデュラハンである。
いきなりの告白で戸惑ってしまい、デュラハンは顔が徐々に熱くなっていくのを感じた。
相手は今まで意識したことのない、むしろ厄介だと思っていた相手だ。
それがいきなり告白してきたのだ、意識しないわけにはいかない。
先ほどまで見ていた男の姿を視界から外す。
「わ、私だと言うのか? だとしたら今回の痴漢騒動も私を引っ張り出す演技だったとでも?」
「ええ、2割ほどそうです」
「え? ……の、残り8割は?」
「抑えられない欲情を持て余した結果、かな?」
ズコー
あまりに褒められた理由でない内容だったので思わず座っていた椅子から倒れそうになってしまった。
ああそうだ、目の前にいる男はこんなやつだったな。
「お前ってホントにアレだよ! 魔物娘なら今頃結婚してるレベルだと本当に思うよ! そこまで性欲に正直の癖によく独身でいられたものだな!!」
「何言ってんですか! それもこれもデュラハンさんのおかげです。 いつもいつもご苦労様です」
「ホントにな! クソッ! 珍しく男性から労いの言葉が聞けたのにぜんっぜん嬉しくない!お前なんかに労われても、う、嬉しくないんだからねっ!」
顔を赤くしながら近くにあった机を叩くデュラハン。
照れ隠しなのか、顔を伏せて何度も机を叩く。
「……なに赤くなりながらニヤニヤしてるんですか」
「に、ニヤニヤなどしていない! これは悔しくて……何してるんだお前」
男は冷たい石でできた床に仰向けになりしたからデュラハンの顔を覗いていた。
こちらもニヤニヤとしながらデュラハンを見ている。
「まったく、可愛らしい萌え方しますね。 襲わせろ!」
「お前はホントに人間である自覚があるのか!? 魔物娘でももう少し自重するぞ!? 今日ほど牢屋にぶち込んどいて良かったと思った日はなかったわ!」
デュラハンの顔はピンク色から元の苦労性の顔に戻る。
男に対しての感情は気になるあの人から折から出してはいけない珍獣へと変わり、『決して女性を近づけないでください』など書いた看板を折の近くへ置こうと強く決心した。
「え?何ですって?? そんなに独占したいと? 独り占めしたいなら素直に言ってくれればいいのに。 こんな牢屋に閉じ込めて。なに?監禁プレイ? だったらデュラハさんもボンテージとか着てk」
「誰が着るかぁーーー!」
ドォォォン!
今度は怒りで顔を真っ赤にしたデュラハンは使い慣れた大剣を抜き、おおきく振りかぶって男に向けて振り下ろした。
牢屋の鉄格子が飴細工のように切れ、大剣が床に刺さったことで大きな音とともに土煙が舞い上がる。
土煙が晴れる頃には息の上がったデュラハンと、髪の毛数本を切られた仰向けの男が現れる。
大剣は男の真横ギリギリに刺さっており、あと数ミリで肩に届くところであった。
しかし、そのような目にあっても男は微動だにしない。
まるで固まったように動かないのだ。
「そもそもお前は私のどんなところが気に入ったんだ! こんな仕事一筋の、説教ばかりに堅物のどこがいいんだ! それを聞かねばお前の言葉を信じることができぬ!!」
顔を真っ赤にし、思いのふちを吐き出す。
その顔の赤は照れなのか怒りなのかも本人にもわからなくなっていた。
吐き出しながら、思い出していた。
……そう、あれは数日前の出来事だ。
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いつも通りに朝早く起き、留置所に勤務し、街の平和のため巡回をする。
仕事が終わればいつもの酒場へ向かい、夕食と一日頑張った自分へのご褒美にエールを一杯頼む。
その日は気分よく食事をしていると周りの喧騒といっしょに、
『……今日わたしの彼がさぁ〜……』
『……でね、結婚した友達の花嫁姿がとっても綺麗で……』
『……父さんが生きてるうちに孫の顔を見せてくれって言われちゃって……』
……などといった話声が聞こえてくるのだ。
しかし、他人は他人、自分は自分だと言い聞かせ最後まで食事を楽しもうとするのだが。
「みんな聞いて頂戴! 今日、このお店の常連のオーガのデニムさんが明後日、結婚することが決まったわ! ぜひ結婚式に参加してね!」
「へへっ。 ここの連中には世話になったからよ、礼ってわけじゃねーけど結婚式に参加して欲しくてさ。 それとコイツがアタイの旦那だ! 一足先に紹介するぜ!」
「ど、どうも」
わぁーと盛り上がる酒場。
酒場のママ(サキュバス)と照れながらも幸せそうなオーガ。
そのとなりにはオーガの夫であろう優男が恥ずかしそうに笑っている。
結婚。
自分が夢見た物が、他人の幸せになって目の前に広がっている。
ガタガタと震える体を押さえつけ、まだ半分も残っているエールを残してデュラハンは立ち上がった。
「すまない、勘定はここに置いておくぞ」
「え?まだ半分も残ってますよ? いつもあんなに美味しそうに、あっ、デュラハンさん!」
ダッ!と酒場から離れるデュラハン。
顔なじみのワーキャットのウェイトレスの声にも答えず走り出す。
酒場にいたオーガは先日、あの優男に尻を触られ、あと一歩で喧嘩(または意味深なプロレス)になるところだった。
その場を偶然通りかかったデュラハンは仲裁に入り、男を一晩留置所に(保護的な意味も含めて)置いた後、頭を冷やしたオーガと話し合うということでその場は収まった。
それが今では結婚だと!?
私が仲裁に入った意味はあったのか!?
いやそれよりも、いつも私以上にやけ酒を飲み、私以上に独身だと騒ぎ、私以上に男らしいアイツが私より先に結婚しただとぉ!?
ショックだった。
いつもの私なら悔しさを抑え祝うところなのだろうが、今日はタイミングが悪かった。
だから走った。
悔しさが収まるまで涙を流しながら走った。
悔しかった。
同じ独身だと憂いていた同士が離れていくのが、オーガに男ができたことが、未だに男ができない今の現状がっ!
ふと、となりを見るとユニコーンも涙を流しながら走っていた。
上半身の人間部分は乙女走りなのに、下半身の馬の部分は力強く地面を蹴っている。
どうやら、ユニコーンがいた別の酒場でも同じようなことが起きたのであろうと簡単に想像がついた。
となりを走っているユニコーンもこちらに気づいたようだ。
このユニコーンと走るのはこれで何度目か。
思わぬ所で同士が見つかり、少し気力が戻ったデュラハンは自らの首を思い切って大声を出す。
「なんでアイツが結婚できるんだぁ〜!
ちくしょぉーー!!」
首が取れたことで本心が魔力とともに漏れ出す。
しかし、それでも良かった。
今日はそんな気分だったのだ。
ある程度走ったデュラハンは家に帰るとベットに仰向けに倒れこみ、枕を涙に濡らしながら朝まで眠るのだった。
……翌日、昨夜首無し騎士と白馬が海岸までチキンレースをしていたと噂になっていた。
虚しくなった。
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……そんなことが月に何度も起きる今の現状を思い出しながらデュラハンは叫んだ。
お前の愛は本物なのか、嘘ではなく本心なのか、と。
しかし男は答えない。
彫像のように固り、何も言わずにいる。
「どうした! やはり私が好きだという言葉は嘘だったのか!? 何か言いたいことがあるなら言ってみろ! おい!おいったらおい!…………コイツ、気絶してる」
目を開け、仰向けになっている男は大剣が振り下ろされた瞬間気絶してしまったようだ。
デュラハンは男を留置所に置いてある簡易ベットに男を寝かせ、目覚めるのを待った。
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「……あれは酒場でのことでした」
夕方。
留置所の簡易ベットで目覚めた男はデュラハンを好きになった理由をぽつりぽつりと話し始めた。
その日は兄貴と行きつけの酒場で一緒に飲んでいたんです。
ワーキャットのウェイトレスさんの尻を、目で追っかけてました。
フリフリと動くしっぽとお尻を見ていると、突然わぁーという声が聞こえたんですよ。
なんだろうなと思い声のする方を見ると、どうやらオーガの女性が結婚するとかで盛り上がってました。
いいな、羨ましいな、と思っているとプルプルと震えているデュラハンが目に入ったんです。
その横顔は美しく、宝石のように輝く目にはダイヤよりも美しい涙が浮かんでいました。
ああ、この人も俺と同じように羨ましいのだろうな。
そう思った俺は、彼女に声をかけようと思いました。
しかし彼女は突然立ち上がり、ワーキャットのウェイトレスさんを振り切って外へと飛び出してしまったんです。
それで俺は思ったんです。
「この残念美人っぷりに、これは誰かが嫁にもらわなくては行けない、それをするのは俺しかいないって! 見てて見苦しくて、胸が苦しくて、これがホントの愛だとわかったんですよ!」
「ちょっと待て、それは恋でも無ければ愛でもない。 ただの同情だ」
「………………」
「おい、なんで『え?マジで?気づかなかったわぁ〜』って顔してるんだ。 ここは否定するところだろ! ここでやけ酒のんでやろうか!ああん!?」
「……っは! いやいや、ワーキャットのお尻を見ていたのは謝ります。 でもそれは貴方と出会う前の話。 なんならもう彼女を追い回さないと誓ってもk」
ギィィィィ
留置所と簡易ベットの置いてある仮眠用の部屋の間の扉が少し開く。
少しだけ開いたドアの隙間から動向が縦に開いた金色の目がこちらを覗く。
薄暗くなっていることもありどのような表情をしているかはわからなかったが、頭の上にある三角の猫耳のシルエットと赤い夕日に照らされた体からワーキャットであることがわかった。
そんな彼女は、ボソリ、と。
「この泥棒猫」
「ニャン見!? ち、違うんだ。これはこの男を問い詰めていただけであってだな」
「あれ?そこは俺が言い訳する所だよね?」
ギィィィィとさらに扉を開き、ワーキャットはデュラハンと男の前まで来た。
ワーキャットの怒りに燃えた目はデュラハンに向けられている。
デュラハンは必死に言い訳をするが聞いてもらえるはずはなかった。
「奥から声がすると思って来てみれば、そいゆうことだったのね!」
「いえ勘違いです。だって俺はh」
「すまん、ニャン見」
「謝るの!?いやだから勘違いなんですよ!俺の話を聞いてっ!」
大声を出しながらプルプルと震える。
金色の両目には涙が溜まってきている。
本来デュラハンに捕まった男性は留置所の牢屋で説教を受けた後、一晩過ごすことになっている。
しかし、身請け引き取り人がきた場合は必要な書類を書いてもらい、厳重注意をした上で釈放しているのだ。
いつもこの時間は、身請け引き取り人はデュラハンの顔見知りであり、夜の酒場でウェイトレスをいているニャン見が来る時間だったのだ。
毎回痴漢にあっているのだからほっとけばいいと思うものの、男に追われるのもまんざらでもないらしく、この街では男性から襲われることが魔物娘の間である種のステータスとなりつつあったこともあったため毎回この男を仕事前には迎えに来てるのだとデュラハンは思っていた。
今日は色々とトラブルもあったため、そのことを忘れていたデュラハンであった。
「私とは遊びだったのね! この最低野郎ぉー!」
「ちょっ、待て! ニャン見ー!」
ドタタタタタタタ!
振り向きざまに捨て台詞を履きながら留置所を飛び出すワーキャット。
その姿は数日前のデュラハンのかぶっているように見えた。
デュラハンはワーキャットを追って出て行く。
「……いや、そのセリフも追いかけるのも俺の役目だよね?ねぇ!?」
取り残された男は一瞬ポカンとなったあと、二人を追いかけるため留置所を飛び出した。
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「はぁはぁ。 つ、捕まえたぞニャン見」
「離して! あんたの顔なんて二度と見たくない!」
普段から自然と走り込みをしていたデュラハンは直ぐにワーキャットを捕まえることができた。
しかし捕まえたワーキャットはデュラハンが掴んだ腕を振りほどこうと暴れている。
街の外まで走った二人を照らす夕日は徐々に荒野の地平線へ消えていこうとしていた。
「聞いてくれ! 確かに私はアイツから告白さてれて嬉しかった。 でも私自身があいつのことが好きなのかわからないのだ。 それを確かめようとなぜ好きになったかを聞いていて……」
「言い訳なんて聞きたくない!」
デュラハンが掴んでいた腕を無理やり振りほどくワーキャット。
プルプルと震え、ポツリポツリと話す。
「……ずっと前から狙ってたんだよ?……彼が来た時だけスカートの裾を2cm短くしたり、わざとお尻を降るような歩き方をしたり…………やっと彼から積極的なアプローチが続いてたから……今夜責任取って結婚してって言うつもりだったのに……なのに、街で追い回していた理由がアンタだったなんてね……とんだピエロだわ」
「ニャン見……」
涙を流すワーキャット。
彼女の頬に一筋の涙がつーと流れる。
「……楽しかったのよ?……彼に追われて走り回って…………今日は捕まっても触ろうともしないから……わざとらしく誘惑して…………それでいつのどおりにアンタが来て彼を迎えに行って……お店まで彼と一緒に行ってエールを一杯頼んでもらうの…………そのエールが飲み終わるまで私は彼に話しかけるのよ?……もうあんなことはしないでくださいね、今度やったら許しませんからって…………それでもまた彼は私を追っかけてきてくれる、そうわかってるから……だから……」
ワーキャットはプルプルと震えデュラハンに向き直る。
「だからアンタに任せられたの! 明日も、明後日も、彼は私を追いかけてきてくれる、友人のあんたなら彼に色目なんて使わない! ……なのに…………なんでっ……」
ガクッ
その場に膝をつくワーキャット。
デュラハンはそんな彼女にどう声をかければいいか、わからなかった。
確かに自分もワーキャットがあの男が好きだとなんとなくわかっていた。
それでも確信がもてなかった。
仕方なく、恥ずかしくてお嫁に行けないとかの理由であの男と結婚するのではないかと、そう考えてしまっていた。
浅はかだった。
自分は思った以上に恋愛に疎いのだと自覚した。
二人を照らす夕日は、完全に地平線の先へと消えてしまう。
……デュラハンは考えた。
このワーキャットを今救わなければ後悔する。
住人の一人も救えないで何が警備員なんだと。
「……ニャン見、彼は2割ほどの理由でお前を追っかけてたそうだ。その理由は私だ」
「なによ、自慢話?これ以上言ったら私だって」
「残り8割はニャン見、あいつがお前に発情してたからだそうだ」
「……え?」
「……お〜い……」
灯のついた街の方から男性の声が聞こえる。
遠くの方から男性が走ってきているようだ。
その姿は徐々に大きくなって、こちらへまっすぐ向かっていることがわかる。
「ほら、ニャン見を追っかけてきた奴がいるぞ」
「……あ、……ああっ……」
男性がこちらに向かって走ってきていた。
数分後、二人の前で男性は止る。
男性は汗だくで、人間にしては長距離の道を全力で走ってきていたとわかった。
「はぁはぁ。 や、やっと追いついた」
「ど、どうして? デュラハンを追ってきたの?そうなんでしょ?」
「ち、違う! ニャン見、走っていて気づいたんだ。 俺がずっと追っかけいたいのは、ニャン見だけだったんだってことを!」
「!!」
ガシィッ!
男性とワーキャットはその場で強く抱き合った。
「ニャン見!」「熊吉さん!」「ニャン見!」「熊吉さん!」と何度もお互いの名前を呼び合う。
抱き合う二人を見たデュラハンはその場を離れ、留置所には戻らずいつもの酒場へと向かうことにしようとした。
今日はとことん飲もう。
そして明日から頑張ろう、そう思ったのだが……
「……お〜い……」
どうゆうわけか、先ほどワーキャットのニャン見と抱き合っていた男性が反対側から、街の方から走ってきたではないか!
「はぁはぁ。 酷いじゃないですか、俺を残して走っていちゃって」
「え?どうして、お前さっきまでニャン見と抱き合ってなかったか?」
「はぁ? ……ああ、それは多分俺の兄貴ですよ」
「あ、兄貴?? どうゆうことだ?」
デュラハンはワーキャットと抱き合い、大人のキスをする男性と目の前の男を見比べる。
二人はそっくりであり、一緒に居られたら見分けがつかないほどだ。
デュラハンはわけがわからないという顔をした。
「僕達は双子なんです 。それにあのワーキャット、ほんとにニャン見って言うんですね。 兄貴の言ってた通りだ」
「な、なにを言ってるのだ? 毎日私に捕まっていたではないか」
「え ?俺、デュラハンさんに捕まったのは今日が初めてですよ?」
「はぁ? いやいや、今日が初めてって……アレ?」
「だから、今日は兄貴のフリをしてわざと捕まったんですよ。 兄貴になりきる必要があったので嘘をついてました、すいません」
「そ、そうか、そうだったのか! アハハハハハ!」
笑うデュラハン。
その後ろからワーキャットとともに、今まで捕まってた方の男性が近づいてきていた。
「……弟、いや熊蔵! 俺はお前に話があるのだが……さきほどニャン見から聞いたんだがな、……俺のかわいいニャン見ちゃんを襲おうとしただけではなく、泣かせてくれたみたいで…………久々にキレちまったぜ」
「く、熊吉兄さん! ち、違うんだ!ほんとに襲うつもりは無かったんだよ! あそこまでやらないとデュラハンさんが来てくれないって酒場のママが! 二人っきりになってからのサプライズ告白でイチコロって言われたんだ!! それに最後にはデュラハンさんに説明して謝ろうとしてたし、あの時はタイミング悪く言いそびれてそr」
「言い訳無用!」
「ぎゃー!」
突然始まる兄弟喧嘩。
デュラハンとワーキャットはそれを静かに見守る。
その顔には悲しみはなく、安堵の表情をしている。
「……止めなくていいの?憲兵さん」
「時には私以外から説教されるのもいいだろう。私を騙した罰だ。 当然、後で我が家で治療をするがね。 ……それよりも私も気になってたことがあるんだ。 いつもなら私が止めに入るまで襲われてたのに、なんで今日は素直にワタシを呼ばせたんだ?」
「ん〜、なんとなく匂いが違ったのよね。 食欲がわかないっていゆうか、なんか違う感じがしたの。 違ったら違うで結婚話を切り出そうと思ってたんだけど、告白してる現場に来て頭に血がのぼっちゃって」
「ハハっ、あの状況なら仕方ないな。 ……さて、そろそろあいつらを止めるかな。 おい、そこの二人!スタァァァップ!」
二人を止めるため争いの渦中に飛び込むデュラハンさん。
彼女はこれからも様々なトラブルを解決していくだろう。
がんばれデュラハンさん!負けるなデュラハンさん!
彼女の戦いは始まったばかりだ!
二人の冒険者風の男性とビクビクと震える一人のオークがいた。
オークは男性二人に壁まで追いやられ、そのムッチリした体を視姦されている。
二人組の一人は背が高く、もう一人は背の低い。
一見すると凸凹コンビという言葉が連想するだろう。
絡まれているオークはお使いの途中であったのか、白と土色の地味な色のウェイトレス姿で、右腕には卵や野菜などの食材が入った籠をぶら下げている。
服は前開きで谷間が見え、スカートは膝よりも短く、ギリギリミニスカートとならない程であった。
へにゃ、と折れてしまった大きな耳と、手入れがされているのであろう、サラサラなピンク色をしたショートヘアの髪。
涙が溜まった潤んだ緑色の目を二人組に向けていた。
胸は大きく、コルセットの役割をしている腰周りのエプロンを体に密着させる布のおかげで腰周りは細く見え、弾力のありそうなお尻は少し大きめだ。
簡単にいうと、ボン、キュ、ボンである。
背の高い男はつまつま先立ちをしハイアングルで、背の低い男は更に背を丸めローアングルでオークをねっとりと見ていた。
「ほほ〜ぅ、これはこれは。 なんともけしからん乳ですな?」
「まったくですな。 こちらの揉みごたえがありそうなお尻も目の毒です。 あ、今日のパンツはピンクですかそうですか」
直接触ってはいないが視姦を受け真っ赤になるオーク。
怯えてるのか、小さく震える体を両腕で抑えるが、かえって胸の大きさと弾力性を強調してしまっている。
動けない。
相手が怖くて動けない訳ではない、恥ずかしすぎて動けないのだ。
「や、やめてくださいぃ。 どうしてこんな恥ずかしいこと、するんですかぁ?」
「へへっ、それはだな?」
「オークちゃんの体がムッチムチでエッロエロで、今すぐにでもしゃぶりつくたいほどいい体しているからさぁ!」
「えぇ!? いい体、ですかぁ!?」
いきなり褒められたオークはさらに顔を赤くした。
このような状況でなければ素直に喜んでいたかもしれない。
しかし目の前にいるのは怯えた女性を視姦し、舐めわすように見てくる二人組である。
本来、魔物娘は少しでも気がある相手にそのような目を向かられた場合は逆に襲い掛かるのだが、今回は不意打ちのうえ恥ずかしさが性欲よりも強かったため動けない。
両手をワキワキさせながら、更に食い入るように見つめる二人。
もう少しで指が触れそうなところまで手を伸ばし、触れそうになる瞬間に手を引っ込める。
それを繰り返され、触れられていないのに体が敏感になってきてしまう。
まるで焦らされているようだ。
「そうさぁ! オークちゃんみたいな出るとこ出て、引っ込んでるとこが引っ込んでるムッチムチな女は中々いないぜぇ!!」
「俺たちはなぁ、そんなオークちゃんのことがぁ、だぁ〜い好きなんだぁ!」
「えっ、えぇ〜!?」
いきなりの告白で更に混乱してしまうオーク。
私を襲ってきたのもこの体に魅力があったから?
コンプレックスであったムチムチした体を褒められ、少しだが自分に自信が持てるようになってきた。
恥ずかしさと緊張が少しほぐれて来たオークは、あわよくば二人のどちらかを夫にしたいと思い始める。
しかしまずはお礼を言わなくては。
褒めてくれたこの二人にお礼を言いたい。
「あ、あの。 ……ありが」
「キャー! 痴漢よぉ〜〜!!」
大通りからこちらを見ていたユニコーンが大声を上げた。
両手を口まで持っていき、大声を張り上げている。
「あ、あれは童貞ハンターと有名なユニコーンさん!」
「チィ!俺達の童貞臭を嗅ぎつけてやってきたかっ! もう少しだったのにと思う反面、ここまで追って来てくれるのが少し嬉しい! なに、この感情!?(ビクンッ!ビクンッ!」
この街では、魔物娘が18歳以上の男性を襲うのは認められているが、逆に男性が魔物娘を襲うのは禁止されている。
これには男性よりも魔物娘の方が反対したが、野性的に襲われるよりも告白される方が嬉しいでしょ?そうでしょ?などと市長が説得して納得してもらった。
なので、もし魔物娘に手を出してしまった男性は、市役所で婚約届けを出すか、留置所でお説教を受けることになっているのだ。
「スタァァァップ!」
「やべっ、憲兵のデュラハンさんだ!」
「ちょっ、マジか! 逃げろ逃げろ!」
この街の痴漢(男に限る)を取り締まっているのはデュラハンだ。
今日も街の変態(紳士)どもから魔物娘を助け出している。
二人組は緩めたベルトとズボンのチャックを締め、慌てて裏路地へと逃げていった。
さらには裏路地や大通りからいくつもの「チィッ!」と言う声と、路地裏の奥の方から「あらいい男」という声聞こえた。
そんなことは気にせずに追おうとしたデュラハンだったが。
「きゃぁ〜痴漢よぉ〜」
「ムムッ、またか! こらそこぉ、スタァァァップ!」
あらたに痴漢の犠牲者が出たためそちらへと向かうことになった。
その3秒後に「ふふ、捕まえた」「アーッ!」と言う声。
裏路地へと大通りから数名の魔物娘が無言で裏路地の奥へと消えてく。
このような風景は、この街では日常である。
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「俺は別にやましい気持ちでやっていたわけでありません」
「何を言うか。 てかこれで何度目だ? 近頃お前の顔を見ない日が珍しくなってきたぞ、悪い意味でな!」
特定のワーキャットに大人のイタズラをしていた男はデュラハンに捕まってしまった。
この男はワーキャットにY字開脚させ、さらには股に顔を突っ込もうとしていたのだ。
今回はワーキャットの仲間(バイト仲間)が憲兵のデュラハンを呼び、ことが本番になる前に男は取り押さえられたので事なきを得たが。
男は牢屋の鉄格子を挟んで説教を受けている。
留置所に勤務する憲兵デュラハンにとってこの男に説教をする行為が日常になりつつあった。
「え? いやいや違うんです。 俺はただ、あのワーキャットさんのまたの間の茂みに何があるのか知りたかっただけなんです」
「思いっきりやましい気持ち全開じゃないか! なんで毎度毎度ワーキャットなんだ! 彼女、もう結婚するしかないって本気で考え始めてるぞ!」
「それはいけない! 名前がニャン見だっただけの理由で痴漢され、あまつさえ結婚しようとするなんて馬鹿げてる!」
「お前の頭が一番馬鹿げてるんだよ! もうそろそろわかれよ! この街でお前が何て呼ばれてるか知ってるか? 『結婚を前提に付き合う段階を無視して結婚できる男No.1』だよ! とっ捕まえてる私が恥ずかしくなったわっ!」
両手で顔を隠すデュラハン。
その顔には保護者的な恥ずかしさと男に対する呆れが現れていた。
「そんな憲兵さん落ち込まないでください。 人生まだ明るいですよ?」
「お前がいるからお先が曇りなんだよ! ……もうわかれよ、変態行動せずに真面目に婚活するとかさぁ。 ほんと勘弁してくれよぉ〜」
はぁ〜〜〜と大きくため息をつくデュラハン。
牢屋の前まで背もたれのある手作りの椅子を牢屋の近くまで持っていき、今日も数時間の説教をはじめようとしていた。
しかし、男の方はニヤニヤしている。
いつもならデュラハンが椅子を持ってきたら嫌な顔をするのに、今日はどうしたのであろうか?
「っふ、俺が婚活をしてないって、ほんとうに思うのですか?」
「なに!? ……なんだそのドヤ顔は。 まぁいいちょっとウザイが我慢して聞いてやる! 意中の相手でも見つけたのか!?」
ようやく厄介なヤツの一人がおとなしくなると思ったのか、目を輝かせながら男を見る。
男はドヤ顔を続けながら溜めに溜めて話を再開した。
「その相手はぁ〜……貴方の前にいるじゃないですか」
「え?私の前? え?お前??」
「あ、間違えた。 俺の前にいるじゃないですか」
「そ、それって……」
男の目の前にいる人物、つまりはデュラハンである。
いきなりの告白で戸惑ってしまい、デュラハンは顔が徐々に熱くなっていくのを感じた。
相手は今まで意識したことのない、むしろ厄介だと思っていた相手だ。
それがいきなり告白してきたのだ、意識しないわけにはいかない。
先ほどまで見ていた男の姿を視界から外す。
「わ、私だと言うのか? だとしたら今回の痴漢騒動も私を引っ張り出す演技だったとでも?」
「ええ、2割ほどそうです」
「え? ……の、残り8割は?」
「抑えられない欲情を持て余した結果、かな?」
ズコー
あまりに褒められた理由でない内容だったので思わず座っていた椅子から倒れそうになってしまった。
ああそうだ、目の前にいる男はこんなやつだったな。
「お前ってホントにアレだよ! 魔物娘なら今頃結婚してるレベルだと本当に思うよ! そこまで性欲に正直の癖によく独身でいられたものだな!!」
「何言ってんですか! それもこれもデュラハンさんのおかげです。 いつもいつもご苦労様です」
「ホントにな! クソッ! 珍しく男性から労いの言葉が聞けたのにぜんっぜん嬉しくない!お前なんかに労われても、う、嬉しくないんだからねっ!」
顔を赤くしながら近くにあった机を叩くデュラハン。
照れ隠しなのか、顔を伏せて何度も机を叩く。
「……なに赤くなりながらニヤニヤしてるんですか」
「に、ニヤニヤなどしていない! これは悔しくて……何してるんだお前」
男は冷たい石でできた床に仰向けになりしたからデュラハンの顔を覗いていた。
こちらもニヤニヤとしながらデュラハンを見ている。
「まったく、可愛らしい萌え方しますね。 襲わせろ!」
「お前はホントに人間である自覚があるのか!? 魔物娘でももう少し自重するぞ!? 今日ほど牢屋にぶち込んどいて良かったと思った日はなかったわ!」
デュラハンの顔はピンク色から元の苦労性の顔に戻る。
男に対しての感情は気になるあの人から折から出してはいけない珍獣へと変わり、『決して女性を近づけないでください』など書いた看板を折の近くへ置こうと強く決心した。
「え?何ですって?? そんなに独占したいと? 独り占めしたいなら素直に言ってくれればいいのに。 こんな牢屋に閉じ込めて。なに?監禁プレイ? だったらデュラハさんもボンテージとか着てk」
「誰が着るかぁーーー!」
ドォォォン!
今度は怒りで顔を真っ赤にしたデュラハンは使い慣れた大剣を抜き、おおきく振りかぶって男に向けて振り下ろした。
牢屋の鉄格子が飴細工のように切れ、大剣が床に刺さったことで大きな音とともに土煙が舞い上がる。
土煙が晴れる頃には息の上がったデュラハンと、髪の毛数本を切られた仰向けの男が現れる。
大剣は男の真横ギリギリに刺さっており、あと数ミリで肩に届くところであった。
しかし、そのような目にあっても男は微動だにしない。
まるで固まったように動かないのだ。
「そもそもお前は私のどんなところが気に入ったんだ! こんな仕事一筋の、説教ばかりに堅物のどこがいいんだ! それを聞かねばお前の言葉を信じることができぬ!!」
顔を真っ赤にし、思いのふちを吐き出す。
その顔の赤は照れなのか怒りなのかも本人にもわからなくなっていた。
吐き出しながら、思い出していた。
……そう、あれは数日前の出来事だ。
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いつも通りに朝早く起き、留置所に勤務し、街の平和のため巡回をする。
仕事が終わればいつもの酒場へ向かい、夕食と一日頑張った自分へのご褒美にエールを一杯頼む。
その日は気分よく食事をしていると周りの喧騒といっしょに、
『……今日わたしの彼がさぁ〜……』
『……でね、結婚した友達の花嫁姿がとっても綺麗で……』
『……父さんが生きてるうちに孫の顔を見せてくれって言われちゃって……』
……などといった話声が聞こえてくるのだ。
しかし、他人は他人、自分は自分だと言い聞かせ最後まで食事を楽しもうとするのだが。
「みんな聞いて頂戴! 今日、このお店の常連のオーガのデニムさんが明後日、結婚することが決まったわ! ぜひ結婚式に参加してね!」
「へへっ。 ここの連中には世話になったからよ、礼ってわけじゃねーけど結婚式に参加して欲しくてさ。 それとコイツがアタイの旦那だ! 一足先に紹介するぜ!」
「ど、どうも」
わぁーと盛り上がる酒場。
酒場のママ(サキュバス)と照れながらも幸せそうなオーガ。
そのとなりにはオーガの夫であろう優男が恥ずかしそうに笑っている。
結婚。
自分が夢見た物が、他人の幸せになって目の前に広がっている。
ガタガタと震える体を押さえつけ、まだ半分も残っているエールを残してデュラハンは立ち上がった。
「すまない、勘定はここに置いておくぞ」
「え?まだ半分も残ってますよ? いつもあんなに美味しそうに、あっ、デュラハンさん!」
ダッ!と酒場から離れるデュラハン。
顔なじみのワーキャットのウェイトレスの声にも答えず走り出す。
酒場にいたオーガは先日、あの優男に尻を触られ、あと一歩で喧嘩(または意味深なプロレス)になるところだった。
その場を偶然通りかかったデュラハンは仲裁に入り、男を一晩留置所に(保護的な意味も含めて)置いた後、頭を冷やしたオーガと話し合うということでその場は収まった。
それが今では結婚だと!?
私が仲裁に入った意味はあったのか!?
いやそれよりも、いつも私以上にやけ酒を飲み、私以上に独身だと騒ぎ、私以上に男らしいアイツが私より先に結婚しただとぉ!?
ショックだった。
いつもの私なら悔しさを抑え祝うところなのだろうが、今日はタイミングが悪かった。
だから走った。
悔しさが収まるまで涙を流しながら走った。
悔しかった。
同じ独身だと憂いていた同士が離れていくのが、オーガに男ができたことが、未だに男ができない今の現状がっ!
ふと、となりを見るとユニコーンも涙を流しながら走っていた。
上半身の人間部分は乙女走りなのに、下半身の馬の部分は力強く地面を蹴っている。
どうやら、ユニコーンがいた別の酒場でも同じようなことが起きたのであろうと簡単に想像がついた。
となりを走っているユニコーンもこちらに気づいたようだ。
このユニコーンと走るのはこれで何度目か。
思わぬ所で同士が見つかり、少し気力が戻ったデュラハンは自らの首を思い切って大声を出す。
「なんでアイツが結婚できるんだぁ〜!
ちくしょぉーー!!」
首が取れたことで本心が魔力とともに漏れ出す。
しかし、それでも良かった。
今日はそんな気分だったのだ。
ある程度走ったデュラハンは家に帰るとベットに仰向けに倒れこみ、枕を涙に濡らしながら朝まで眠るのだった。
……翌日、昨夜首無し騎士と白馬が海岸までチキンレースをしていたと噂になっていた。
虚しくなった。
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……そんなことが月に何度も起きる今の現状を思い出しながらデュラハンは叫んだ。
お前の愛は本物なのか、嘘ではなく本心なのか、と。
しかし男は答えない。
彫像のように固り、何も言わずにいる。
「どうした! やはり私が好きだという言葉は嘘だったのか!? 何か言いたいことがあるなら言ってみろ! おい!おいったらおい!…………コイツ、気絶してる」
目を開け、仰向けになっている男は大剣が振り下ろされた瞬間気絶してしまったようだ。
デュラハンは男を留置所に置いてある簡易ベットに男を寝かせ、目覚めるのを待った。
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「……あれは酒場でのことでした」
夕方。
留置所の簡易ベットで目覚めた男はデュラハンを好きになった理由をぽつりぽつりと話し始めた。
その日は兄貴と行きつけの酒場で一緒に飲んでいたんです。
ワーキャットのウェイトレスさんの尻を、目で追っかけてました。
フリフリと動くしっぽとお尻を見ていると、突然わぁーという声が聞こえたんですよ。
なんだろうなと思い声のする方を見ると、どうやらオーガの女性が結婚するとかで盛り上がってました。
いいな、羨ましいな、と思っているとプルプルと震えているデュラハンが目に入ったんです。
その横顔は美しく、宝石のように輝く目にはダイヤよりも美しい涙が浮かんでいました。
ああ、この人も俺と同じように羨ましいのだろうな。
そう思った俺は、彼女に声をかけようと思いました。
しかし彼女は突然立ち上がり、ワーキャットのウェイトレスさんを振り切って外へと飛び出してしまったんです。
それで俺は思ったんです。
「この残念美人っぷりに、これは誰かが嫁にもらわなくては行けない、それをするのは俺しかいないって! 見てて見苦しくて、胸が苦しくて、これがホントの愛だとわかったんですよ!」
「ちょっと待て、それは恋でも無ければ愛でもない。 ただの同情だ」
「………………」
「おい、なんで『え?マジで?気づかなかったわぁ〜』って顔してるんだ。 ここは否定するところだろ! ここでやけ酒のんでやろうか!ああん!?」
「……っは! いやいや、ワーキャットのお尻を見ていたのは謝ります。 でもそれは貴方と出会う前の話。 なんならもう彼女を追い回さないと誓ってもk」
ギィィィィ
留置所と簡易ベットの置いてある仮眠用の部屋の間の扉が少し開く。
少しだけ開いたドアの隙間から動向が縦に開いた金色の目がこちらを覗く。
薄暗くなっていることもありどのような表情をしているかはわからなかったが、頭の上にある三角の猫耳のシルエットと赤い夕日に照らされた体からワーキャットであることがわかった。
そんな彼女は、ボソリ、と。
「この泥棒猫」
「ニャン見!? ち、違うんだ。これはこの男を問い詰めていただけであってだな」
「あれ?そこは俺が言い訳する所だよね?」
ギィィィィとさらに扉を開き、ワーキャットはデュラハンと男の前まで来た。
ワーキャットの怒りに燃えた目はデュラハンに向けられている。
デュラハンは必死に言い訳をするが聞いてもらえるはずはなかった。
「奥から声がすると思って来てみれば、そいゆうことだったのね!」
「いえ勘違いです。だって俺はh」
「すまん、ニャン見」
「謝るの!?いやだから勘違いなんですよ!俺の話を聞いてっ!」
大声を出しながらプルプルと震える。
金色の両目には涙が溜まってきている。
本来デュラハンに捕まった男性は留置所の牢屋で説教を受けた後、一晩過ごすことになっている。
しかし、身請け引き取り人がきた場合は必要な書類を書いてもらい、厳重注意をした上で釈放しているのだ。
いつもこの時間は、身請け引き取り人はデュラハンの顔見知りであり、夜の酒場でウェイトレスをいているニャン見が来る時間だったのだ。
毎回痴漢にあっているのだからほっとけばいいと思うものの、男に追われるのもまんざらでもないらしく、この街では男性から襲われることが魔物娘の間である種のステータスとなりつつあったこともあったため毎回この男を仕事前には迎えに来てるのだとデュラハンは思っていた。
今日は色々とトラブルもあったため、そのことを忘れていたデュラハンであった。
「私とは遊びだったのね! この最低野郎ぉー!」
「ちょっ、待て! ニャン見ー!」
ドタタタタタタタ!
振り向きざまに捨て台詞を履きながら留置所を飛び出すワーキャット。
その姿は数日前のデュラハンのかぶっているように見えた。
デュラハンはワーキャットを追って出て行く。
「……いや、そのセリフも追いかけるのも俺の役目だよね?ねぇ!?」
取り残された男は一瞬ポカンとなったあと、二人を追いかけるため留置所を飛び出した。
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「はぁはぁ。 つ、捕まえたぞニャン見」
「離して! あんたの顔なんて二度と見たくない!」
普段から自然と走り込みをしていたデュラハンは直ぐにワーキャットを捕まえることができた。
しかし捕まえたワーキャットはデュラハンが掴んだ腕を振りほどこうと暴れている。
街の外まで走った二人を照らす夕日は徐々に荒野の地平線へ消えていこうとしていた。
「聞いてくれ! 確かに私はアイツから告白さてれて嬉しかった。 でも私自身があいつのことが好きなのかわからないのだ。 それを確かめようとなぜ好きになったかを聞いていて……」
「言い訳なんて聞きたくない!」
デュラハンが掴んでいた腕を無理やり振りほどくワーキャット。
プルプルと震え、ポツリポツリと話す。
「……ずっと前から狙ってたんだよ?……彼が来た時だけスカートの裾を2cm短くしたり、わざとお尻を降るような歩き方をしたり…………やっと彼から積極的なアプローチが続いてたから……今夜責任取って結婚してって言うつもりだったのに……なのに、街で追い回していた理由がアンタだったなんてね……とんだピエロだわ」
「ニャン見……」
涙を流すワーキャット。
彼女の頬に一筋の涙がつーと流れる。
「……楽しかったのよ?……彼に追われて走り回って…………今日は捕まっても触ろうともしないから……わざとらしく誘惑して…………それでいつのどおりにアンタが来て彼を迎えに行って……お店まで彼と一緒に行ってエールを一杯頼んでもらうの…………そのエールが飲み終わるまで私は彼に話しかけるのよ?……もうあんなことはしないでくださいね、今度やったら許しませんからって…………それでもまた彼は私を追っかけてきてくれる、そうわかってるから……だから……」
ワーキャットはプルプルと震えデュラハンに向き直る。
「だからアンタに任せられたの! 明日も、明後日も、彼は私を追いかけてきてくれる、友人のあんたなら彼に色目なんて使わない! ……なのに…………なんでっ……」
ガクッ
その場に膝をつくワーキャット。
デュラハンはそんな彼女にどう声をかければいいか、わからなかった。
確かに自分もワーキャットがあの男が好きだとなんとなくわかっていた。
それでも確信がもてなかった。
仕方なく、恥ずかしくてお嫁に行けないとかの理由であの男と結婚するのではないかと、そう考えてしまっていた。
浅はかだった。
自分は思った以上に恋愛に疎いのだと自覚した。
二人を照らす夕日は、完全に地平線の先へと消えてしまう。
……デュラハンは考えた。
このワーキャットを今救わなければ後悔する。
住人の一人も救えないで何が警備員なんだと。
「……ニャン見、彼は2割ほどの理由でお前を追っかけてたそうだ。その理由は私だ」
「なによ、自慢話?これ以上言ったら私だって」
「残り8割はニャン見、あいつがお前に発情してたからだそうだ」
「……え?」
「……お〜い……」
灯のついた街の方から男性の声が聞こえる。
遠くの方から男性が走ってきているようだ。
その姿は徐々に大きくなって、こちらへまっすぐ向かっていることがわかる。
「ほら、ニャン見を追っかけてきた奴がいるぞ」
「……あ、……ああっ……」
男性がこちらに向かって走ってきていた。
数分後、二人の前で男性は止る。
男性は汗だくで、人間にしては長距離の道を全力で走ってきていたとわかった。
「はぁはぁ。 や、やっと追いついた」
「ど、どうして? デュラハンを追ってきたの?そうなんでしょ?」
「ち、違う! ニャン見、走っていて気づいたんだ。 俺がずっと追っかけいたいのは、ニャン見だけだったんだってことを!」
「!!」
ガシィッ!
男性とワーキャットはその場で強く抱き合った。
「ニャン見!」「熊吉さん!」「ニャン見!」「熊吉さん!」と何度もお互いの名前を呼び合う。
抱き合う二人を見たデュラハンはその場を離れ、留置所には戻らずいつもの酒場へと向かうことにしようとした。
今日はとことん飲もう。
そして明日から頑張ろう、そう思ったのだが……
「……お〜い……」
どうゆうわけか、先ほどワーキャットのニャン見と抱き合っていた男性が反対側から、街の方から走ってきたではないか!
「はぁはぁ。 酷いじゃないですか、俺を残して走っていちゃって」
「え?どうして、お前さっきまでニャン見と抱き合ってなかったか?」
「はぁ? ……ああ、それは多分俺の兄貴ですよ」
「あ、兄貴?? どうゆうことだ?」
デュラハンはワーキャットと抱き合い、大人のキスをする男性と目の前の男を見比べる。
二人はそっくりであり、一緒に居られたら見分けがつかないほどだ。
デュラハンはわけがわからないという顔をした。
「僕達は双子なんです 。それにあのワーキャット、ほんとにニャン見って言うんですね。 兄貴の言ってた通りだ」
「な、なにを言ってるのだ? 毎日私に捕まっていたではないか」
「え ?俺、デュラハンさんに捕まったのは今日が初めてですよ?」
「はぁ? いやいや、今日が初めてって……アレ?」
「だから、今日は兄貴のフリをしてわざと捕まったんですよ。 兄貴になりきる必要があったので嘘をついてました、すいません」
「そ、そうか、そうだったのか! アハハハハハ!」
笑うデュラハン。
その後ろからワーキャットとともに、今まで捕まってた方の男性が近づいてきていた。
「……弟、いや熊蔵! 俺はお前に話があるのだが……さきほどニャン見から聞いたんだがな、……俺のかわいいニャン見ちゃんを襲おうとしただけではなく、泣かせてくれたみたいで…………久々にキレちまったぜ」
「く、熊吉兄さん! ち、違うんだ!ほんとに襲うつもりは無かったんだよ! あそこまでやらないとデュラハンさんが来てくれないって酒場のママが! 二人っきりになってからのサプライズ告白でイチコロって言われたんだ!! それに最後にはデュラハンさんに説明して謝ろうとしてたし、あの時はタイミング悪く言いそびれてそr」
「言い訳無用!」
「ぎゃー!」
突然始まる兄弟喧嘩。
デュラハンとワーキャットはそれを静かに見守る。
その顔には悲しみはなく、安堵の表情をしている。
「……止めなくていいの?憲兵さん」
「時には私以外から説教されるのもいいだろう。私を騙した罰だ。 当然、後で我が家で治療をするがね。 ……それよりも私も気になってたことがあるんだ。 いつもなら私が止めに入るまで襲われてたのに、なんで今日は素直にワタシを呼ばせたんだ?」
「ん〜、なんとなく匂いが違ったのよね。 食欲がわかないっていゆうか、なんか違う感じがしたの。 違ったら違うで結婚話を切り出そうと思ってたんだけど、告白してる現場に来て頭に血がのぼっちゃって」
「ハハっ、あの状況なら仕方ないな。 ……さて、そろそろあいつらを止めるかな。 おい、そこの二人!スタァァァップ!」
二人を止めるため争いの渦中に飛び込むデュラハンさん。
彼女はこれからも様々なトラブルを解決していくだろう。
がんばれデュラハンさん!負けるなデュラハンさん!
彼女の戦いは始まったばかりだ!
14/04/19 14:55更新 / バスタイム
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