デビルちゃん、ぼっち狩りサンタクロース
街から街へ旅をする男、ボッチデ・ヒトーリは堕落教会がある街へとやってきました。
今日はクリスマス・イヴ。
街はクリスマスムードです。
あちこちのモミの木は飾り付けられ、時刻は夜の8時になろうとしていました。
夜の街の空からは真っ白の雪が降っています。
街の光りは眩しく、どこもかしこもキラキラと輝いて見えました。
そんな輝く街にはリア充が溢れかえり、カップル達が独身男性、独身女性に精神的攻撃をするという横暴をしていたのでした。
「くそったれクリスマスだぜ」
古い車で一人旅していたヒトーリは、当然ぼっちでした。
友人がおらず、恋人はできたことがありません。
家族とは当然離れて暮らしており、今年もこの日がやってきたと思っていました。
しかし、いかにクリスマスとはいえ、いつものように宿はとらないといけません。
ヒトーリは今夜の宿がある所を聞きだすために、目に付いた酒場へと車を走らせました。
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「おう兄ちゃん!メリーリスマスだ!!」
酒場に入ると酔っ払ったオヤジ達が酒(クリスマスにつきもののシャンメリーという子供用シャンパン)を飲みながらヒトーリを迎え入れてくれます。
そのことは嬉しいことなのですが、オヤジ一人一人の隣には恋人らしき魔物娘がくっついていました。
イチャイチャ・ラブラブ。
ピンク色のハートが酒場を飛び回ります。
胸糞悪くなったヒトーリは言いたいことを無理矢理飲み込み、なんとか返事を返しました。
「ああ、くそったれクリスマス・イヴだな」
「おいおい、くそったれとはご挨拶だな。ガハハ!」
酒場のテーブルにはホールケーキやチキンだらけ。
他にも色鮮やかな料理の数々がヒトーリの目に飛び込み、思わずつばをゴクリと飲み込んでしまいそうなほど美味しそうです。
決してクリスマスに関係する食事をとるつもりはなかったヒトーリですが、食欲には勝てそうにありません。
チキンとケーキを頼み、安い宿はないかと店の人に聞くことにした。
「チキンとケーキを頼む。あ、ホールじゃなくていいからな。あと、この街で安くていい宿屋を知らないか?今日この街に来たばかりでわからないことだらけなんだ」
それを聞いていた先ほどのオヤジが話に入ってきました。
「おいおい兄ちゃん。ってことは今は一人なのか?んなわけねーよな?」
「いや、一人だけど」
カシャーン。
お店の人二人(二人はカップル)は二人用のケーキと二人前のチキンを床に落としてしまいました。
近くにいた魔物娘達や男性達も皿やグラスをその場に落とし、ヒトーリを信じられないという顔で見ています。
静まり返る酒場。
今までの陽気はどこへやら?
ピンク色のハートの幻影は消え去り、街の外から聞こえるクリスマスソングだけが虚しく聞こえます。
沈黙を破ったのは聞いてきたオヤジでした。
「なぁ兄ちゃん、悪いことは言わねぇよ。今すぐこの街から……いや、今日は一歩も外へ出るな。クリスマスソング歌って、クリスマスの映画を見て、ケーキ食べたら寝な。それと絶対に堕落教会に近づんじゃねーぞ。そうじゃねーと……」
「メリ〜クリスマース♪」
バコーン!
酒場の扉が突然蹴破られます。
蹴破られた酒場入口から黒と茶色のサンタコスを着たデビルちゃんが入ってきました。
白い息をコホーッと吐きながら、真っ赤の目を光らせながらの登場です。
背中には真っ黒な袋と、可愛らしくピンク色のハートでデコってある赤いチェーンソー(魔界銀使用)を持っています。
どちらにも血文字で『ぼっち許すまじ』の文字が英語で書いてありました。
胸辺りには赤く光る目のような宝石であしらわれた、美しいブローチがついています。
「なになにこの雰囲気?今日は恋人達が期待膨らますクリスマス・イヴだよ?(魔物娘図鑑の世界では)性夜なんだよ?なんでみんな楽しそうじゃないの?」
デビルちゃんは可愛らしく、あざとらしいぶりっ子をしながら店の中を見て回ります。
とても可愛らしいデビルちゃんですが、そのの目はキノコ狩りプロの眼です!
きっと独り身のキノコセンサーがビンビンに高まっていることでしょう。
「お、おぅ、すまねぇ。ちょいと友人が怪我しちまったみたいでよ、思わずみんな心配しちまったんだ」
ヒトーリに忠告したオヤジが、なんとか言い繕ろおうとします。
それを聞いたデビルちゃんは、ぞっとする程の無表情で、下からオヤジの眼を覗き込みます。
嘘かな?
ホントかな?
ホントのこと言ってるかなぁ〜?
そんな嘘を見抜こうとしている、ハイライトが消えた目でじっくりと見てきます。
数秒間、そろそろオヤジの顔から脂汗が流れようとしている顔を見続けたデビルちゃんはようやくぶりっ子に戻ります。
「そっかぁ〜、それは悲しいことだね。でも大丈夫!そんな時でも恋人や夫婦、家族は一緒にいるものだよっ!だって今日はクリスマス・イヴ!一年で一番愛が溢れる、その前日なんだからっ!」
デビルちゃんは酒場の天井を見上げながら楽しそうに両手をあ上げてその場で回ります。
緊張していた店の雰囲気が、ほっと安堵をする雰囲気になりました。
「ねっ?お兄さん!」
そしてデビルちゃんの次のターゲットは、ヒトーリになりました。
デビルちゃんの雰囲気に押されて、思わずヒトーリは返事をしてします。
「お、おう。そんだな」
「そうだよね?クリスマス・イヴに、ましてやクリスマスに家族や恋人といないのはおかしいよね?悲しいよね?ぼっちでクリスマスを過ごすなんて、間違ってるよねぇ〜…………?」
ざわりっ、とヒトーリの体に寒気が走ります。
殺気でもない、何か別の何かがデビルちゃんから感じたからです。
「…………」
「あはっ♪お兄さんもわかってもらえたみたいだね♥それじゃみんな〜、メリークリスマース!」
とても楽しそうに、そして可愛らしく笑ったデビルちゃんは酒場を出て行きました。
荒々しい黒い何かが、デビルちゃんを乗せたソリを引いて、ドドド!と走りさって行きました。
台風が去った後のような酒場では、ヒトーリに同情の目が向けられます。
「やっちまったな、兄ちゃん」
オヤジがヒトーリの肩に手を置きます。
その表情は、同情の顔です。
「え、なに?どいうことなんだ?」
「さっきのデビルを見ただろう?アレはな、クリスマスぼっちをなくすために過激派から派遣された、ブラックサンタなのさ」
「ブラックサンタ?それって悪い子に酷いプレゼントをする、もしくは悪い子を連れ去るサンタのことだろ?俺は何も悪いことしちゃいない!」
「いや、兄ちゃんが悪人と言ってるわけじゃねーんだ。ただな、あのブラックサンタは独り身の男や女、はては魔物娘を見つけ次第黒い袋に入れて、そのまま堕落教会で性夜を過ごさせる、奉仕団体なのさ」
「奉仕団体!?ってことは何人もあんなブラックサンタがいるっていうのか!?」
「ああ。ブラックサンタに連れ去られた人々(魔物娘も含む)はカップルとなり、そのまま性夜を堕落教会で過ごしてしまうと、パンデモニウムに連れ去られちまう。そこで、一生終わらないクリスマスを恋人と過ごすことになるのさ」
「なんてこった!」
ヒトーリはその場で崩れ落ちてしまいます。
世の中にそんな奉仕団体がいたなんて知らなかったからです。
「今では自ら堕落教会へ行くヤツ(魔物娘が7割)もいるくらいだ。悪いことは言わねぇ、もしこの世に未練があるなら、虫一匹、いやサンタ一人も入れないように、楽しくクリスマスを過ごすんだな」
店の人や酒場のお客に宿を紹介してもらい、思い足取りでケーキとチキンを両手に持ちながらヒトーリは宿へと向かいました。
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「ふぅ、さっぱりした」
宿屋のシャワーを浴びたヒトーリは、落ち着きを取り戻しました。
タオルを腰に巻き、部屋に置いてあったテレビをつけます。
どのチャンネルもクリスマス特集ばかり。
本当にため息ものです。
「……この街で一人なのは、俺だけなのかな?」
ついポロリと言ってしまいます。
テレビの中の人は、それぞれ恋人や家族、はたまた友人と過ごしている人や、クリスマス前に撮ったと思われるスタジオの映像が流れます。
楽しいはずのクリスマスソングも、ヒトーリが聞くと寂しく聞こえてしまします。
まるで、一人取り残されたような……そんな感覚をヒトーリは感じます。
『ワハハハハ!』
『んなわけねーだろ』
『それ言いすぎだって!』
隣の部屋からは、3人ほどの男性の声とクリスマスBGMが聞こえます。
とても楽しそうです。
恨めしそうに隣の部屋を壁越しに見たヒトーリは、のそのそと寝巻きに着替えます。
表の生地は赤く、裏の生地は白い寝巻きです。
背中の方には、クリスマス用に着飾ったモミの木の絵に筆で描いたような✖マークが書かれ、モミの木の絵の下には『クリスマス中止のお知らせ』と日本語で書かれてあります。
今日のために作っておいた、特別な寝巻きです。
これで少しは憂いが晴れると思いましたが、そうでもありませんでした。
「……はぁ、寝るか」
テレビを消して、食べ終わったケーキとチキンを置いていた紙皿をゴミ箱に放り込んだあと、いそいそとベットへ潜り込みます。
時刻は夜の9時。
寝るにはいささか早すぎる時間ですが、この時間帯は性の6時間(21時〜3時までの時間帯)と呼ばれている、カップルがセクロス(ゲームでない方)をヤッている時間帯だと聞きます。
そんな時間帯に起きているぐらいなら、新たな憂いが生まれる前に寝た方がいいと考えたのです。
隣の部屋ではまだ男達が騒いでますが、気にしませんでした。
むしろ、喘ぎ声でないだけマシだと思っていました。
『メリ〜クリスマース♪』
バコーン!
隣の部屋から何か大きな音が聞こえます。
それに宿の通路の方から可愛らしい女の子の声。
それから男3人のひきつる悲鳴が聞こえました。
『ひぃぃぃぃ!!』
『あれあれ〜?こんな時間(性の6時間)なのに、楽しい声がしたと思ったら、男の人だけだぞぉ?』
可愛らしい声が部屋の中から聞こえます。
声の主が部屋に入ってきたのでしょう。
『ち、違うんだデビルさん!俺達はその、楽しいクリスマスを過ごそうと集まった友人達で』
『んんっ?そうなのぉ?そっか〜、友達と過ごすクリスマスも楽しいもんね♪』
『そ、そうだよ!ほら、さっきまで楽しそうな声が聞こえてただろ?』
『いやホント楽しくってさ!こうして少ないながらもパーティをやっているんだよ!ほら見て!クリスマスツリー!俺達はこんなにもクリスマスを楽しんでる!』
『うんうん♪そうだね、楽しんでるね!……でもね、私から見たら、お兄さん達の楽しいは、薄っぺらいんだよねぇ〜……』
『ひぃっ!』
ドタドタドタと、3つの足音が部屋の入口から離れていきます。
トッ トッ トッ と、小さな足音がゆっくりと3つの足音を追いかけます。
『こっちにくればもっと楽しいよ?美味しいケーキに楽しい音楽、何よりお兄さん達の彼女が待っている』
『か、彼女……』
3つの足音の一つが、女の子の声のする方にゆっくりと近づいていきます。
『い、行くなぼっちAェ!(プライバシーのため名前は伏せておきます)』
『そっちに行けば二度とエロゲーやエロ同人誌が見られなくなるぞー!』
『だ、だって……あっちには俺の彼女が……俺の嫁が待っているんだ……』
女の子の声の方に近づいていく一つの足音に、二つの足音が追いつきます。
その3つから男の声がして、何かやもめているようです。
『あ〜っ、クリスマスを邪魔しようとする悪い子だぁ!そんな子はブラックデビルちゃんがお・し・お・き・だぞっ☆』
ギュィィィィィィン!
唐突に何かの機械音が聞こえます。
切断に特化した機械の音かもしれません。
『え〜い♪』
ギュゥゥゥン!
『アーッ!』
『ぼっちBィィィ!!』
男の一人から悲鳴が聞こえ、ドサリと人が倒れる音がしました。
それからズルズルと人を引きずる音が聞こえ、残っていた二つの足音の一つは入口の方へ、もう一つは部屋の奥へと移動していきます。
『た、助けてくれぼっちA!俺達、今日はじめて会ったけど友達だよな!?新年の正月は新作とエロゲと同人誌を堪能しながら過ごそうって言い合った、仲間だよな!?』
『ごめん、ぼっちC。それでも僕は、彼女が欲しい……』
『ぼっちAェ!その黒い袋に入るなぁ!!…………あ?なんだその袋の中身は。………………Dィ?ぼっちDじゃねーか!お、お前、用事(きっと彼女ができたんだ。許すまじ)ができたって今日は来れないはずじゃ……』
『すまねぇな、ぼっちC。代わりと言っちゃなんだが、お前ら好みの彼女、用意しといたぜ(ビシッッ!!)』
『ぼ、ぼっちDィィィィィィ!!(歓喜)』
『そぉい♪』
『グワーッ!』
またドタッ、と人が倒れる音がしました。
それから二人の人間を引きずるような音がしたあと、ゴソゴソと何かを詰め込む音と、
『あ、意外と中は快適なんだ』
『だろ?俺も最初は驚いた』
という男二人の声が聞こえました。
それから部屋の扉を閉じる音が聞こえます。
隣の部屋に残ったのは、クリスマスソングのBGMだけです。
「い、いったい隣で何が起こったんだ」
ベットで縮こまりながら隣の音を聞いていたヒトーリは、ガタガタブルブルと震えています。
出来るだけ息を殺して、隣の部屋に来た襲撃者に気づかれないようにしているのですが、
『あれあれ〜?この部屋からも独り身の匂いがするよぉ?』
匂いで気づかれてしまいました。
ドンドン!ドンドン!
襲撃者はドアを叩きます。
『いるんでょ〜?開けてよぉ。サンタさんがプレゼントを持ってきてあげたよぉ?』
部屋の前から襲撃者の女の子の声がします。
ドンドンッ!ドンドンッ!!
徐々に叩く音が大きくなります。
『……寝っちゃったのかなぁ〜?それじゃぁ仕方ないね。寝ている人を起こすほど、サンタさんの潜伏力は低くないのだ☆』
襲撃者の足音と、何か大きな物を引きずる音が遠のいていきます。
そして音が聞こえなくなり、数十秒経ちました。
「……い、行ったか?」
ヒトーリはベットから抜け出し、そろりそろりと部屋ののぞき窓から部屋の外の様子を覗こうとしました。
すると、
ブーッ!
と部屋のチャイムが鳴りました。
誰かが部屋の前でチャイムを鳴らしたようです。
「ひぃっ!」
『デルエラピッザで〜す。ビザのお届けにまいりましたぁ〜』
ドアの前から聞こえるのは、先ほどの襲撃者とは似ても似つかない、大人の女性の声でした。
きっと間違えてピザを届けに来たのでしょう。
疑いもしなかったヒトーリは、そのピザ宅配人に助けを求めるべく、鍵を開け、ドアを開けました。
「メリークリスマス♥」
ドアの前にたっていたのは、隣の部屋を襲撃したであろう、酒場で会ったデビルちゃんでした。
とても楽しそうな、いやらし目つきです。
デビルちゃんの後ろには、人間の手足と思われる体の一部分と、アヘ顔ダブルピースをしている男性の顔と両手が黒く大きな袋から飛び出しています。
床に接している部分には血ではなく、白いドロッとした液体が染み出していました。
「うわぁぁぁぁあああ!!」
驚きのあまり数歩後ずさりながら叫んだヒトーリは、すぐさま部屋の窓へと向かいました。
ヒトーリがいる部屋は一階、窓から逃げても危険でない高さです。
「あっ、待ってお兄さぁ〜ん!背中の『クリスマス中止のお知らせ』ってどういうことぉ〜?(ギュィィィィィィン!)」
背中の方からデビルちゃんの声と、赤いチェーンソーの唸り声が聞こえます。
ヒトーリは雪が降り積もる、寒い冬の街へと逃げ出しました。
靴は履いてなく裸足。
上着を着る暇もなく寝巻き一枚だけです。
走るたびに冷たい空気が肺に入り、胸を締め付けます。
「ああっ!ああああっ!!」
それでもヒトーリは走ります。
後ろを振り返ることもなく、ひたすら街の中を走ったのです。
まだ夜の9時だというのに、街には人っ子一人の人影を見かけません。
その代わりに建物の近くを通るとギシギシ、アンアンとベットの軋む音と喘ぎ声が聞こえました。
今まで開いていたであろう飲食店などは全て閉まっており、街にはピンク色になった灯とクリスマスソングだけが聞こえます。
それに加えて後ろの方からチェーンソーの音。
街の建物を右へ左へと駆け回り、ヒトーリはどこへ向かっているのかわからなくなりました。
「一人なんて嫌だ!本当は液晶画面の向こうで楽しいクリスマスを過ごしたい!できればリアルで過ごしたいんだ!!でも、一生クリスマスでいるなんて、冬アニメが見られない!!新作のゲームができないじゃないか!でも彼女は欲しい!!リアルで彼女は欲しいぃんだぁぁぁ!!!」
あらゆる精神的圧迫から、ヒトーリの口から本音を言ってしまいます。
そんなヒトーリに、優しい声が語りかけてきました。
「できるよ、彼女」
シャンシャンと清らかな鈴の音が聞こえます。
それは後ろから追ってきたデビルちゃんでした。
黒いソリに乗り、黒い何かにソリを引かせながら追ってきていたのです。
「うわぁぁぁぁああああ!」
「一人で過ごすクリスマスは寂しいよね?虚しいよね?いくらエロ本やPCに向かい合っても、画面の向こうに複数の嫁がいたとしても、一人ってことに変わりないってことに気づいたとき、とても悲しいよね?」
「うわぁあぁぁぁあぁあ!言うなぁぁぁああぁぁああああ!!」
黒いソリに乗ったデビルちゃんは走るヒトーリの横に並びます。
「でも大丈夫だよっ!私達サンタがお兄さんを彼女にプレゼントしてあげる!そして、終わらないクリスマスの中で幸せに暮らさせてあげるよっ!」
「だから彼女だけくれよぉぉぉおお!!……っは!」
そしてヒトーリは気がつきました。
クリスマスが羨ましいんじゃない。
リア充が羨ましいんだ。
彼女がいる男が妬ましいんだ、と。
今日がクリスマスでなくとも、彼女がいる男に憧れているんだということに。
そして、クリスマスとうイベントに騙されていた自分が腹が立ちました。
そしてこうも思いました。
今彼女ができたら、俺もリア充じゃね?
「うわっっぷ!」
ほんの少しだけ上の空だったため、ヒトーリは足を雪に取られ、雪が積み上げられた所へズボリと突っ込んでしまいました。
デビルちゃんはソリから降りて、ヒトーリを雪から助けて上げます。
「やっぱり彼女が欲しいんじゃない。ほら見て?ここは堕落教会の目の前。堕落神様や魔物娘達は、貴方の全部を受け止めてくれるはずだよっ!」
「ほ、本当に?」
寒さのあまりに体をブルブルと震わせているヒトーリは、疲れていることもあって、デビルちゃんの言うことに耳を傾けてしまいました。
「ほら立って。私と一緒に堕落教会でお祈りしよう?他にもお祈りしてくれる魔物娘達が中で待っているから」
「お祈り……彼女……クリスマス・イヴ(意味深)……」
デビルちゃんに支えられながら、ヒトーリは一歩、また一歩と堕落教会への階段を上がって行きます。
震える体を動かしながら、堕落教会の扉の前に立ちました。
そして、堕落教会の扉が開かれたのです。
「K!(デビルちゃんの名前の頭文字)」
その開かれた扉から一人の青年が出てきて、デビルちゃんに抱きつきました。
「N!?(堕落教会から出てきた青年の名前の頭文字)なんで!?今日は用事があるって言ってたのに……」
「それはキミを驚かせるつもりの嘘だったんだ!今日はサプライズクリスマスにしようとKの自宅でずっと待ってたけど全然来なくて……堕落教会のMさん(堕落教会のダークプリースト)に聞いたら、今日も仕事だって言うじゃないか!待ちきれなくて来てしまったよ!」
「そうだったの!?そんな……そんなことだったら無理にでもクリスマス・イヴは予定開けてたのにっ!」
「今日だけじゃなくて明日も予定空けといて欲しいんだ。これ、クリスマスプレゼント……」
そう言って、Nと呼ばれた青年は小さく綺麗な箱を懐から取り出しました。
そして、Kと呼ばれたデビルちゃんに、中が見えるように開けます。
箱の中には、魔宝石が使われた指輪が入っていました。
「N……これって……」
「K、僕たち結婚しよう。今まで待たせて悪かったね。ようやくお金が溜まって、指輪が買えるようになったんだ。……受け取って、くれるかな?」
「もちろんよ!ああ、なんて素敵なプレゼントなのなの!?最高のクリスマス・イヴだわ!!」
ブワッと涙を流しながらデビルちゃんは青年に抱きつきます。
青年もデビルちゃんを抱きしめ、プロポーズは成功です!
ゴーン、ゴーン、と堕落教会の鐘が鳴り、いつの間にか時刻は12時になっていました。
きっと堕落教会に来るまで数時間は走っていたのでしょう。
ここまで来る間にヒトーリとデビルちゃんは様々な逃亡劇をやっていたに違いありませんが、長いので割愛します。
とにかく、ヒトーリは無事、デビルちゃんから逃げ切ることができました。
「(・□・;)」
デビルちゃんと青年が仲良さそうに堕落教会へと入っていくのを見て、ヒトーリは震える体を抱きしめながら見ていることしかできませんでした。
「おぅ兄ちゃん!無事だったか!!」
ヒトーリが振り返ると、酒場で会ったオヤジと、その妻であろう魔物娘さんが近くにいました。
魔物娘さんの肌はツヤツヤとしており、何やら幸せそうです。
酒場で見たようなピンク色のハートも健在でした。
ヒトーリは震える体を動かしながら、オヤジ達の元へ行きました。
そしてヒトーリは、再び自分の中から妬ましい気持ちが湧き上がってくるのを感じながら、それを抑えて言いました。
「このクソ寒い中、一人、孤独に、ただただ妬ましく、くそったれクリスマス・イヴを逃げ切ったよ(悲壮感)」
「ガハハ!くそったれとはご挨拶だな!!しかし驚いた、あの二人から逃げ切るなんて、兄ちゃんすげーじゃねーか!!」
「……は?二人??何言ってんだよ。俺が逃げ切ったのはあのデビル一人だ。他に誰がいるんだ?」
逃げ切ったのはデビル一人。
そう聞いたオヤジはまた哀れみの目をしながら、ヒトーリの後ろの方を見ました。
誰かが、ヒトーリの肩を、ポンッ、と掴みます。
「彼女がいなくて心貧しいあなたに、プレゼント(彼女)をあげましょう」
ヒトーリが振り返ると、赤と白のサンタコスを着た、慈愛に満ちたエンジェルさん(魔物娘)がいました。
背負っていた白く大きな袋を地面に下ろし、袋の中からプレゼント(魔物娘)が出てきて、ヒトーリに抱きつきます。
それは、着ている服は大きなピンク色のリボンだけという、『プレゼントはワ・タ・シ・♥』コスの、プライドの高いケンタウロスさんでした。
「だ、大事にしろよ」
顔を赤らめたケンタウロスさんは、震えるヒトーリと手をつなぎ、堕落教会へと入っていきました。
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堕落教会。
その中の孤児院と呼ばれる場所に、いく人もの子供魔物娘と、一人のダークプリーストがいた。
座っているダークプリーストの周りには子供達で囲まれ、ダークプリーストが読んでいる絵本に夢中でいる。
「こうしてヒトーリは、白いサンタさんからかけがえのない、とても素晴らしいお嫁さんをもらい、とても幸せに暮らしましたとさ。おしまい」
ダークプリーストは絵本を読み終わり、そして子供達がそれぞれバラバラの質問をしてきた。
「このあとヒトーリは教会でなにをしたの?」
「黒い袋に詰められた人達は?」
「黒いサンタさんは幸せになったの?」
その質問に、ダークプリーストは優しい笑顔で答えた。
「ヒトーリとケンタウロスさんは堕落教会で結婚式を行いました。当然、黒いサンタさんと青年も一緒でね。ヒトーリとケンタウロスは森の中で仲良く暮らし、黒いサンタさんと青年はレスカティエに行って、幸せな家庭を持ちましたよ。そして袋に詰められた4人の男性も、白いサンタさんからプレゼントになって、好みの魔物娘の元に配られました。そして、素敵な(意味深)クリスマスを過ごしましたよ」
「すごい!サンタさんはみんなを幸せにしてくれるんだ!」
「私達の所にもサンタさん来るかな?」
その日はクリスマス・イブの夜。
毎年聞かされる話とはいえ、興奮を抑えられない子供達は、口々にサンタさんの名前を呼び、そしてどんな男性が来るかを話し合っていた。
それを笑顔で見守りながら、ダークプリーストさんは少し大きな声で言う。
「ええ、サンタさんはきっと来ますよ。だから、クリスマスに一人の人を見かけたら、是非一緒に過ごしてあげましょうね」
「「「はーい」」」
「悪い子は、黒いサンタさんに連れ去られて、白いサンタさんのプレゼントにされちゃいますからね?」
「「「は〜い」」」
「いい返事ですね♪それでは寝るとしましょう。良い子の所には、白いサンタさんがプレゼントを届けてくれますよ」
プレゼントと言う単語に反応した子供の魔物娘達は、自分のベットへ素早く潜り込み、寝る準備をした。
そして、枕元に吊るしてある靴下を見たのだ。
人が一人分はありそうな、大きな靴下を……。
「サンタさん、来ないかな?」
一人の子供の魔物娘がつぶやき、そしてイブの夜が過ぎていった……。
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そして翌日になり、孤児院に新しい家族が増えた。
新しい家族を歓迎して、孤児院はクリスマスを祝ったという。
今日はクリスマス・イヴ。
街はクリスマスムードです。
あちこちのモミの木は飾り付けられ、時刻は夜の8時になろうとしていました。
夜の街の空からは真っ白の雪が降っています。
街の光りは眩しく、どこもかしこもキラキラと輝いて見えました。
そんな輝く街にはリア充が溢れかえり、カップル達が独身男性、独身女性に精神的攻撃をするという横暴をしていたのでした。
「くそったれクリスマスだぜ」
古い車で一人旅していたヒトーリは、当然ぼっちでした。
友人がおらず、恋人はできたことがありません。
家族とは当然離れて暮らしており、今年もこの日がやってきたと思っていました。
しかし、いかにクリスマスとはいえ、いつものように宿はとらないといけません。
ヒトーリは今夜の宿がある所を聞きだすために、目に付いた酒場へと車を走らせました。
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「おう兄ちゃん!メリーリスマスだ!!」
酒場に入ると酔っ払ったオヤジ達が酒(クリスマスにつきもののシャンメリーという子供用シャンパン)を飲みながらヒトーリを迎え入れてくれます。
そのことは嬉しいことなのですが、オヤジ一人一人の隣には恋人らしき魔物娘がくっついていました。
イチャイチャ・ラブラブ。
ピンク色のハートが酒場を飛び回ります。
胸糞悪くなったヒトーリは言いたいことを無理矢理飲み込み、なんとか返事を返しました。
「ああ、くそったれクリスマス・イヴだな」
「おいおい、くそったれとはご挨拶だな。ガハハ!」
酒場のテーブルにはホールケーキやチキンだらけ。
他にも色鮮やかな料理の数々がヒトーリの目に飛び込み、思わずつばをゴクリと飲み込んでしまいそうなほど美味しそうです。
決してクリスマスに関係する食事をとるつもりはなかったヒトーリですが、食欲には勝てそうにありません。
チキンとケーキを頼み、安い宿はないかと店の人に聞くことにした。
「チキンとケーキを頼む。あ、ホールじゃなくていいからな。あと、この街で安くていい宿屋を知らないか?今日この街に来たばかりでわからないことだらけなんだ」
それを聞いていた先ほどのオヤジが話に入ってきました。
「おいおい兄ちゃん。ってことは今は一人なのか?んなわけねーよな?」
「いや、一人だけど」
カシャーン。
お店の人二人(二人はカップル)は二人用のケーキと二人前のチキンを床に落としてしまいました。
近くにいた魔物娘達や男性達も皿やグラスをその場に落とし、ヒトーリを信じられないという顔で見ています。
静まり返る酒場。
今までの陽気はどこへやら?
ピンク色のハートの幻影は消え去り、街の外から聞こえるクリスマスソングだけが虚しく聞こえます。
沈黙を破ったのは聞いてきたオヤジでした。
「なぁ兄ちゃん、悪いことは言わねぇよ。今すぐこの街から……いや、今日は一歩も外へ出るな。クリスマスソング歌って、クリスマスの映画を見て、ケーキ食べたら寝な。それと絶対に堕落教会に近づんじゃねーぞ。そうじゃねーと……」
「メリ〜クリスマース♪」
バコーン!
酒場の扉が突然蹴破られます。
蹴破られた酒場入口から黒と茶色のサンタコスを着たデビルちゃんが入ってきました。
白い息をコホーッと吐きながら、真っ赤の目を光らせながらの登場です。
背中には真っ黒な袋と、可愛らしくピンク色のハートでデコってある赤いチェーンソー(魔界銀使用)を持っています。
どちらにも血文字で『ぼっち許すまじ』の文字が英語で書いてありました。
胸辺りには赤く光る目のような宝石であしらわれた、美しいブローチがついています。
「なになにこの雰囲気?今日は恋人達が期待膨らますクリスマス・イヴだよ?(魔物娘図鑑の世界では)性夜なんだよ?なんでみんな楽しそうじゃないの?」
デビルちゃんは可愛らしく、あざとらしいぶりっ子をしながら店の中を見て回ります。
とても可愛らしいデビルちゃんですが、そのの目はキノコ狩りプロの眼です!
きっと独り身のキノコセンサーがビンビンに高まっていることでしょう。
「お、おぅ、すまねぇ。ちょいと友人が怪我しちまったみたいでよ、思わずみんな心配しちまったんだ」
ヒトーリに忠告したオヤジが、なんとか言い繕ろおうとします。
それを聞いたデビルちゃんは、ぞっとする程の無表情で、下からオヤジの眼を覗き込みます。
嘘かな?
ホントかな?
ホントのこと言ってるかなぁ〜?
そんな嘘を見抜こうとしている、ハイライトが消えた目でじっくりと見てきます。
数秒間、そろそろオヤジの顔から脂汗が流れようとしている顔を見続けたデビルちゃんはようやくぶりっ子に戻ります。
「そっかぁ〜、それは悲しいことだね。でも大丈夫!そんな時でも恋人や夫婦、家族は一緒にいるものだよっ!だって今日はクリスマス・イヴ!一年で一番愛が溢れる、その前日なんだからっ!」
デビルちゃんは酒場の天井を見上げながら楽しそうに両手をあ上げてその場で回ります。
緊張していた店の雰囲気が、ほっと安堵をする雰囲気になりました。
「ねっ?お兄さん!」
そしてデビルちゃんの次のターゲットは、ヒトーリになりました。
デビルちゃんの雰囲気に押されて、思わずヒトーリは返事をしてします。
「お、おう。そんだな」
「そうだよね?クリスマス・イヴに、ましてやクリスマスに家族や恋人といないのはおかしいよね?悲しいよね?ぼっちでクリスマスを過ごすなんて、間違ってるよねぇ〜…………?」
ざわりっ、とヒトーリの体に寒気が走ります。
殺気でもない、何か別の何かがデビルちゃんから感じたからです。
「…………」
「あはっ♪お兄さんもわかってもらえたみたいだね♥それじゃみんな〜、メリークリスマース!」
とても楽しそうに、そして可愛らしく笑ったデビルちゃんは酒場を出て行きました。
荒々しい黒い何かが、デビルちゃんを乗せたソリを引いて、ドドド!と走りさって行きました。
台風が去った後のような酒場では、ヒトーリに同情の目が向けられます。
「やっちまったな、兄ちゃん」
オヤジがヒトーリの肩に手を置きます。
その表情は、同情の顔です。
「え、なに?どいうことなんだ?」
「さっきのデビルを見ただろう?アレはな、クリスマスぼっちをなくすために過激派から派遣された、ブラックサンタなのさ」
「ブラックサンタ?それって悪い子に酷いプレゼントをする、もしくは悪い子を連れ去るサンタのことだろ?俺は何も悪いことしちゃいない!」
「いや、兄ちゃんが悪人と言ってるわけじゃねーんだ。ただな、あのブラックサンタは独り身の男や女、はては魔物娘を見つけ次第黒い袋に入れて、そのまま堕落教会で性夜を過ごさせる、奉仕団体なのさ」
「奉仕団体!?ってことは何人もあんなブラックサンタがいるっていうのか!?」
「ああ。ブラックサンタに連れ去られた人々(魔物娘も含む)はカップルとなり、そのまま性夜を堕落教会で過ごしてしまうと、パンデモニウムに連れ去られちまう。そこで、一生終わらないクリスマスを恋人と過ごすことになるのさ」
「なんてこった!」
ヒトーリはその場で崩れ落ちてしまいます。
世の中にそんな奉仕団体がいたなんて知らなかったからです。
「今では自ら堕落教会へ行くヤツ(魔物娘が7割)もいるくらいだ。悪いことは言わねぇ、もしこの世に未練があるなら、虫一匹、いやサンタ一人も入れないように、楽しくクリスマスを過ごすんだな」
店の人や酒場のお客に宿を紹介してもらい、思い足取りでケーキとチキンを両手に持ちながらヒトーリは宿へと向かいました。
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「ふぅ、さっぱりした」
宿屋のシャワーを浴びたヒトーリは、落ち着きを取り戻しました。
タオルを腰に巻き、部屋に置いてあったテレビをつけます。
どのチャンネルもクリスマス特集ばかり。
本当にため息ものです。
「……この街で一人なのは、俺だけなのかな?」
ついポロリと言ってしまいます。
テレビの中の人は、それぞれ恋人や家族、はたまた友人と過ごしている人や、クリスマス前に撮ったと思われるスタジオの映像が流れます。
楽しいはずのクリスマスソングも、ヒトーリが聞くと寂しく聞こえてしまします。
まるで、一人取り残されたような……そんな感覚をヒトーリは感じます。
『ワハハハハ!』
『んなわけねーだろ』
『それ言いすぎだって!』
隣の部屋からは、3人ほどの男性の声とクリスマスBGMが聞こえます。
とても楽しそうです。
恨めしそうに隣の部屋を壁越しに見たヒトーリは、のそのそと寝巻きに着替えます。
表の生地は赤く、裏の生地は白い寝巻きです。
背中の方には、クリスマス用に着飾ったモミの木の絵に筆で描いたような✖マークが書かれ、モミの木の絵の下には『クリスマス中止のお知らせ』と日本語で書かれてあります。
今日のために作っておいた、特別な寝巻きです。
これで少しは憂いが晴れると思いましたが、そうでもありませんでした。
「……はぁ、寝るか」
テレビを消して、食べ終わったケーキとチキンを置いていた紙皿をゴミ箱に放り込んだあと、いそいそとベットへ潜り込みます。
時刻は夜の9時。
寝るにはいささか早すぎる時間ですが、この時間帯は性の6時間(21時〜3時までの時間帯)と呼ばれている、カップルがセクロス(ゲームでない方)をヤッている時間帯だと聞きます。
そんな時間帯に起きているぐらいなら、新たな憂いが生まれる前に寝た方がいいと考えたのです。
隣の部屋ではまだ男達が騒いでますが、気にしませんでした。
むしろ、喘ぎ声でないだけマシだと思っていました。
『メリ〜クリスマース♪』
バコーン!
隣の部屋から何か大きな音が聞こえます。
それに宿の通路の方から可愛らしい女の子の声。
それから男3人のひきつる悲鳴が聞こえました。
『ひぃぃぃぃ!!』
『あれあれ〜?こんな時間(性の6時間)なのに、楽しい声がしたと思ったら、男の人だけだぞぉ?』
可愛らしい声が部屋の中から聞こえます。
声の主が部屋に入ってきたのでしょう。
『ち、違うんだデビルさん!俺達はその、楽しいクリスマスを過ごそうと集まった友人達で』
『んんっ?そうなのぉ?そっか〜、友達と過ごすクリスマスも楽しいもんね♪』
『そ、そうだよ!ほら、さっきまで楽しそうな声が聞こえてただろ?』
『いやホント楽しくってさ!こうして少ないながらもパーティをやっているんだよ!ほら見て!クリスマスツリー!俺達はこんなにもクリスマスを楽しんでる!』
『うんうん♪そうだね、楽しんでるね!……でもね、私から見たら、お兄さん達の楽しいは、薄っぺらいんだよねぇ〜……』
『ひぃっ!』
ドタドタドタと、3つの足音が部屋の入口から離れていきます。
トッ トッ トッ と、小さな足音がゆっくりと3つの足音を追いかけます。
『こっちにくればもっと楽しいよ?美味しいケーキに楽しい音楽、何よりお兄さん達の彼女が待っている』
『か、彼女……』
3つの足音の一つが、女の子の声のする方にゆっくりと近づいていきます。
『い、行くなぼっちAェ!(プライバシーのため名前は伏せておきます)』
『そっちに行けば二度とエロゲーやエロ同人誌が見られなくなるぞー!』
『だ、だって……あっちには俺の彼女が……俺の嫁が待っているんだ……』
女の子の声の方に近づいていく一つの足音に、二つの足音が追いつきます。
その3つから男の声がして、何かやもめているようです。
『あ〜っ、クリスマスを邪魔しようとする悪い子だぁ!そんな子はブラックデビルちゃんがお・し・お・き・だぞっ☆』
ギュィィィィィィン!
唐突に何かの機械音が聞こえます。
切断に特化した機械の音かもしれません。
『え〜い♪』
ギュゥゥゥン!
『アーッ!』
『ぼっちBィィィ!!』
男の一人から悲鳴が聞こえ、ドサリと人が倒れる音がしました。
それからズルズルと人を引きずる音が聞こえ、残っていた二つの足音の一つは入口の方へ、もう一つは部屋の奥へと移動していきます。
『た、助けてくれぼっちA!俺達、今日はじめて会ったけど友達だよな!?新年の正月は新作とエロゲと同人誌を堪能しながら過ごそうって言い合った、仲間だよな!?』
『ごめん、ぼっちC。それでも僕は、彼女が欲しい……』
『ぼっちAェ!その黒い袋に入るなぁ!!…………あ?なんだその袋の中身は。………………Dィ?ぼっちDじゃねーか!お、お前、用事(きっと彼女ができたんだ。許すまじ)ができたって今日は来れないはずじゃ……』
『すまねぇな、ぼっちC。代わりと言っちゃなんだが、お前ら好みの彼女、用意しといたぜ(ビシッッ!!)』
『ぼ、ぼっちDィィィィィィ!!(歓喜)』
『そぉい♪』
『グワーッ!』
またドタッ、と人が倒れる音がしました。
それから二人の人間を引きずるような音がしたあと、ゴソゴソと何かを詰め込む音と、
『あ、意外と中は快適なんだ』
『だろ?俺も最初は驚いた』
という男二人の声が聞こえました。
それから部屋の扉を閉じる音が聞こえます。
隣の部屋に残ったのは、クリスマスソングのBGMだけです。
「い、いったい隣で何が起こったんだ」
ベットで縮こまりながら隣の音を聞いていたヒトーリは、ガタガタブルブルと震えています。
出来るだけ息を殺して、隣の部屋に来た襲撃者に気づかれないようにしているのですが、
『あれあれ〜?この部屋からも独り身の匂いがするよぉ?』
匂いで気づかれてしまいました。
ドンドン!ドンドン!
襲撃者はドアを叩きます。
『いるんでょ〜?開けてよぉ。サンタさんがプレゼントを持ってきてあげたよぉ?』
部屋の前から襲撃者の女の子の声がします。
ドンドンッ!ドンドンッ!!
徐々に叩く音が大きくなります。
『……寝っちゃったのかなぁ〜?それじゃぁ仕方ないね。寝ている人を起こすほど、サンタさんの潜伏力は低くないのだ☆』
襲撃者の足音と、何か大きな物を引きずる音が遠のいていきます。
そして音が聞こえなくなり、数十秒経ちました。
「……い、行ったか?」
ヒトーリはベットから抜け出し、そろりそろりと部屋ののぞき窓から部屋の外の様子を覗こうとしました。
すると、
ブーッ!
と部屋のチャイムが鳴りました。
誰かが部屋の前でチャイムを鳴らしたようです。
「ひぃっ!」
『デルエラピッザで〜す。ビザのお届けにまいりましたぁ〜』
ドアの前から聞こえるのは、先ほどの襲撃者とは似ても似つかない、大人の女性の声でした。
きっと間違えてピザを届けに来たのでしょう。
疑いもしなかったヒトーリは、そのピザ宅配人に助けを求めるべく、鍵を開け、ドアを開けました。
「メリークリスマス♥」
ドアの前にたっていたのは、隣の部屋を襲撃したであろう、酒場で会ったデビルちゃんでした。
とても楽しそうな、いやらし目つきです。
デビルちゃんの後ろには、人間の手足と思われる体の一部分と、アヘ顔ダブルピースをしている男性の顔と両手が黒く大きな袋から飛び出しています。
床に接している部分には血ではなく、白いドロッとした液体が染み出していました。
「うわぁぁぁぁあああ!!」
驚きのあまり数歩後ずさりながら叫んだヒトーリは、すぐさま部屋の窓へと向かいました。
ヒトーリがいる部屋は一階、窓から逃げても危険でない高さです。
「あっ、待ってお兄さぁ〜ん!背中の『クリスマス中止のお知らせ』ってどういうことぉ〜?(ギュィィィィィィン!)」
背中の方からデビルちゃんの声と、赤いチェーンソーの唸り声が聞こえます。
ヒトーリは雪が降り積もる、寒い冬の街へと逃げ出しました。
靴は履いてなく裸足。
上着を着る暇もなく寝巻き一枚だけです。
走るたびに冷たい空気が肺に入り、胸を締め付けます。
「ああっ!ああああっ!!」
それでもヒトーリは走ります。
後ろを振り返ることもなく、ひたすら街の中を走ったのです。
まだ夜の9時だというのに、街には人っ子一人の人影を見かけません。
その代わりに建物の近くを通るとギシギシ、アンアンとベットの軋む音と喘ぎ声が聞こえました。
今まで開いていたであろう飲食店などは全て閉まっており、街にはピンク色になった灯とクリスマスソングだけが聞こえます。
それに加えて後ろの方からチェーンソーの音。
街の建物を右へ左へと駆け回り、ヒトーリはどこへ向かっているのかわからなくなりました。
「一人なんて嫌だ!本当は液晶画面の向こうで楽しいクリスマスを過ごしたい!できればリアルで過ごしたいんだ!!でも、一生クリスマスでいるなんて、冬アニメが見られない!!新作のゲームができないじゃないか!でも彼女は欲しい!!リアルで彼女は欲しいぃんだぁぁぁ!!!」
あらゆる精神的圧迫から、ヒトーリの口から本音を言ってしまいます。
そんなヒトーリに、優しい声が語りかけてきました。
「できるよ、彼女」
シャンシャンと清らかな鈴の音が聞こえます。
それは後ろから追ってきたデビルちゃんでした。
黒いソリに乗り、黒い何かにソリを引かせながら追ってきていたのです。
「うわぁぁぁぁああああ!」
「一人で過ごすクリスマスは寂しいよね?虚しいよね?いくらエロ本やPCに向かい合っても、画面の向こうに複数の嫁がいたとしても、一人ってことに変わりないってことに気づいたとき、とても悲しいよね?」
「うわぁあぁぁぁあぁあ!言うなぁぁぁああぁぁああああ!!」
黒いソリに乗ったデビルちゃんは走るヒトーリの横に並びます。
「でも大丈夫だよっ!私達サンタがお兄さんを彼女にプレゼントしてあげる!そして、終わらないクリスマスの中で幸せに暮らさせてあげるよっ!」
「だから彼女だけくれよぉぉぉおお!!……っは!」
そしてヒトーリは気がつきました。
クリスマスが羨ましいんじゃない。
リア充が羨ましいんだ。
彼女がいる男が妬ましいんだ、と。
今日がクリスマスでなくとも、彼女がいる男に憧れているんだということに。
そして、クリスマスとうイベントに騙されていた自分が腹が立ちました。
そしてこうも思いました。
今彼女ができたら、俺もリア充じゃね?
「うわっっぷ!」
ほんの少しだけ上の空だったため、ヒトーリは足を雪に取られ、雪が積み上げられた所へズボリと突っ込んでしまいました。
デビルちゃんはソリから降りて、ヒトーリを雪から助けて上げます。
「やっぱり彼女が欲しいんじゃない。ほら見て?ここは堕落教会の目の前。堕落神様や魔物娘達は、貴方の全部を受け止めてくれるはずだよっ!」
「ほ、本当に?」
寒さのあまりに体をブルブルと震わせているヒトーリは、疲れていることもあって、デビルちゃんの言うことに耳を傾けてしまいました。
「ほら立って。私と一緒に堕落教会でお祈りしよう?他にもお祈りしてくれる魔物娘達が中で待っているから」
「お祈り……彼女……クリスマス・イヴ(意味深)……」
デビルちゃんに支えられながら、ヒトーリは一歩、また一歩と堕落教会への階段を上がって行きます。
震える体を動かしながら、堕落教会の扉の前に立ちました。
そして、堕落教会の扉が開かれたのです。
「K!(デビルちゃんの名前の頭文字)」
その開かれた扉から一人の青年が出てきて、デビルちゃんに抱きつきました。
「N!?(堕落教会から出てきた青年の名前の頭文字)なんで!?今日は用事があるって言ってたのに……」
「それはキミを驚かせるつもりの嘘だったんだ!今日はサプライズクリスマスにしようとKの自宅でずっと待ってたけど全然来なくて……堕落教会のMさん(堕落教会のダークプリースト)に聞いたら、今日も仕事だって言うじゃないか!待ちきれなくて来てしまったよ!」
「そうだったの!?そんな……そんなことだったら無理にでもクリスマス・イヴは予定開けてたのにっ!」
「今日だけじゃなくて明日も予定空けといて欲しいんだ。これ、クリスマスプレゼント……」
そう言って、Nと呼ばれた青年は小さく綺麗な箱を懐から取り出しました。
そして、Kと呼ばれたデビルちゃんに、中が見えるように開けます。
箱の中には、魔宝石が使われた指輪が入っていました。
「N……これって……」
「K、僕たち結婚しよう。今まで待たせて悪かったね。ようやくお金が溜まって、指輪が買えるようになったんだ。……受け取って、くれるかな?」
「もちろんよ!ああ、なんて素敵なプレゼントなのなの!?最高のクリスマス・イヴだわ!!」
ブワッと涙を流しながらデビルちゃんは青年に抱きつきます。
青年もデビルちゃんを抱きしめ、プロポーズは成功です!
ゴーン、ゴーン、と堕落教会の鐘が鳴り、いつの間にか時刻は12時になっていました。
きっと堕落教会に来るまで数時間は走っていたのでしょう。
ここまで来る間にヒトーリとデビルちゃんは様々な逃亡劇をやっていたに違いありませんが、長いので割愛します。
とにかく、ヒトーリは無事、デビルちゃんから逃げ切ることができました。
「(・□・;)」
デビルちゃんと青年が仲良さそうに堕落教会へと入っていくのを見て、ヒトーリは震える体を抱きしめながら見ていることしかできませんでした。
「おぅ兄ちゃん!無事だったか!!」
ヒトーリが振り返ると、酒場で会ったオヤジと、その妻であろう魔物娘さんが近くにいました。
魔物娘さんの肌はツヤツヤとしており、何やら幸せそうです。
酒場で見たようなピンク色のハートも健在でした。
ヒトーリは震える体を動かしながら、オヤジ達の元へ行きました。
そしてヒトーリは、再び自分の中から妬ましい気持ちが湧き上がってくるのを感じながら、それを抑えて言いました。
「このクソ寒い中、一人、孤独に、ただただ妬ましく、くそったれクリスマス・イヴを逃げ切ったよ(悲壮感)」
「ガハハ!くそったれとはご挨拶だな!!しかし驚いた、あの二人から逃げ切るなんて、兄ちゃんすげーじゃねーか!!」
「……は?二人??何言ってんだよ。俺が逃げ切ったのはあのデビル一人だ。他に誰がいるんだ?」
逃げ切ったのはデビル一人。
そう聞いたオヤジはまた哀れみの目をしながら、ヒトーリの後ろの方を見ました。
誰かが、ヒトーリの肩を、ポンッ、と掴みます。
「彼女がいなくて心貧しいあなたに、プレゼント(彼女)をあげましょう」
ヒトーリが振り返ると、赤と白のサンタコスを着た、慈愛に満ちたエンジェルさん(魔物娘)がいました。
背負っていた白く大きな袋を地面に下ろし、袋の中からプレゼント(魔物娘)が出てきて、ヒトーリに抱きつきます。
それは、着ている服は大きなピンク色のリボンだけという、『プレゼントはワ・タ・シ・♥』コスの、プライドの高いケンタウロスさんでした。
「だ、大事にしろよ」
顔を赤らめたケンタウロスさんは、震えるヒトーリと手をつなぎ、堕落教会へと入っていきました。
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堕落教会。
その中の孤児院と呼ばれる場所に、いく人もの子供魔物娘と、一人のダークプリーストがいた。
座っているダークプリーストの周りには子供達で囲まれ、ダークプリーストが読んでいる絵本に夢中でいる。
「こうしてヒトーリは、白いサンタさんからかけがえのない、とても素晴らしいお嫁さんをもらい、とても幸せに暮らしましたとさ。おしまい」
ダークプリーストは絵本を読み終わり、そして子供達がそれぞれバラバラの質問をしてきた。
「このあとヒトーリは教会でなにをしたの?」
「黒い袋に詰められた人達は?」
「黒いサンタさんは幸せになったの?」
その質問に、ダークプリーストは優しい笑顔で答えた。
「ヒトーリとケンタウロスさんは堕落教会で結婚式を行いました。当然、黒いサンタさんと青年も一緒でね。ヒトーリとケンタウロスは森の中で仲良く暮らし、黒いサンタさんと青年はレスカティエに行って、幸せな家庭を持ちましたよ。そして袋に詰められた4人の男性も、白いサンタさんからプレゼントになって、好みの魔物娘の元に配られました。そして、素敵な(意味深)クリスマスを過ごしましたよ」
「すごい!サンタさんはみんなを幸せにしてくれるんだ!」
「私達の所にもサンタさん来るかな?」
その日はクリスマス・イブの夜。
毎年聞かされる話とはいえ、興奮を抑えられない子供達は、口々にサンタさんの名前を呼び、そしてどんな男性が来るかを話し合っていた。
それを笑顔で見守りながら、ダークプリーストさんは少し大きな声で言う。
「ええ、サンタさんはきっと来ますよ。だから、クリスマスに一人の人を見かけたら、是非一緒に過ごしてあげましょうね」
「「「はーい」」」
「悪い子は、黒いサンタさんに連れ去られて、白いサンタさんのプレゼントにされちゃいますからね?」
「「「は〜い」」」
「いい返事ですね♪それでは寝るとしましょう。良い子の所には、白いサンタさんがプレゼントを届けてくれますよ」
プレゼントと言う単語に反応した子供の魔物娘達は、自分のベットへ素早く潜り込み、寝る準備をした。
そして、枕元に吊るしてある靴下を見たのだ。
人が一人分はありそうな、大きな靴下を……。
「サンタさん、来ないかな?」
一人の子供の魔物娘がつぶやき、そしてイブの夜が過ぎていった……。
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そして翌日になり、孤児院に新しい家族が増えた。
新しい家族を歓迎して、孤児院はクリスマスを祝ったという。
14/12/25 17:09更新 / バスタイム