連載小説
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人の気持ちを知るのが苦手です。
 涙が出る時ってどんな時ですか?
 体が傷ついてた時?
 心が傷ついた時でしょうか?
 それとも、とても怖い時?
 ああ、親から怒られた時もありますね。
 それでもないなら……誰か大切な人が死んだ時……。

 私にはどれも当てはまりません。
 いや、悲しい気持ちはあるのですよ?
 それはもうたくさん、心の中で泣いているのです。
 ですが、体が泣けないのです。
 目から涙が流れないのです。
 いくら悲しくても、怖くても、傷ついても……私の顔は無表情で、悲しい顔もせず、痛い顔も一つ見せず。
 私はただただ心の中で泣いているのです。

 いくら言葉で伝えようとしても、私の顔に変化がなければ……伝わりませんよ。
 知らない人にも、知っている人にも、友人にも親友にも家族でも親でも……鏡の前に立っている、私にも……。

 人も魔物娘も顔を見て話す生き物です。
 言葉だけじゃ表現できないものをたくさん持っているのですよ。
 だから、私の顔は欠陥があるのです。

 笑えないほどに、何もないのです。

……………………………………………………………………………………………………………………………………

 そんな私ですが、今、ピンチです。
 今まで出なかった涙が少しは出てしまうぐらい、緊張と恐怖で震えています。
 体ではなく心が震えているのです。
 涙と言っても米粒程度の大きさですが、私は怖くて泣いています。

 体の方は身震い一つ起こさず、顔には恐怖がありません。
 ですが、心の中は体をガクガクと震わせて、顔は恐怖で染まっているのです。

 どうしましょう?
 どうすれば助かります?
 気分はまるで本の中の主人公が無茶苦茶な試練を受けて万事休す、という気分です。

「あわ、あわわわわわ」

 棒読みにしか聞こえない私の声が聞こえます。
 私の意思とは関係なしに出ているのです。
 でも不思議には思いません。
 なぜなら、私の前に立っているおじいさんが私の肩をつかみ、般若のような顔になっているからです。
 そのような恐ろしい顔になって、私をじぃっと見てくるからです。

 誰か助けて!

「こん畑は大事な芋を育てていたんだべ!それがいきなり出てきた沼のせいで、底に沈んじまっただよ!どうしてくれんだ!これじゃ約束の日に間に合わんべさ!」

 おじいさんの口から飛んだつばが、私の顔にぴぴぴっと付きます。
 汚いですが、今は拭いている余裕がありません。
 心の余裕がありません。
 喉はどんどん乾いて、頭の少々くらくらしてきました。
 倒れたら楽になれるかもしれませんが、私の体は倒れませんでした。
 頑丈ですね。
 ついでに精神の方も頑丈だったら良かったのに。

 なぜこうなってしまったかというと、おじいさんの畑の上に『彷徨い沼』が現れてしまったそうです。
 畑が完全に沈んだあと、私が『彷徨い沼』から出てきたものだから、沼の主だと思われてしまったみたいですね。
 主なんてとんでもない!
 この沼のせいで私は溺れかけ、こんな知らないところまで飛ばされた、ただの無表情なキャンサーなのです!
 一般魔物娘なのです!
 戦闘要員ではないのですよ?
 ホントに踏んだりけたっりです。

「この責任、とってもらうべからな?」

「せ、責任?」

 低い声でおじいさんが言います。
 
 どうしましょう、このおじいさんとうまくしゃべる自信がありません。
 助けを求めようと辺を見渡します。
 私とおじいさんの周りには人間さんがたくさんいます。
 男女、子供老人、全員入れて50人程度ぐらいです。
 沼の前に立っている、私とおじいさんの行方を人間さん達は見守っています。
 私は助けを求めて目線を彷徨わせましたが、人間さん達は『このあとどうなるの?』とハラハラしながら見ているだけです。
 これは助けてもらえそうにないですね。

「どこ向いてんだべ。こっち見んろ」

 ぐいっ。

 私の目線は、強制的におじいさんの顔に移ります。
 私の肩を掴んでいた手が私の顔を掴んでおじいさんの方へ向かせたのです。
 顔を動かそうとしても全然動かせません。
 手にぐっと力を入れられ、私のほっぺたが潰されそうです。
 今の私の顔はたこさんのような、突き出した口になていると思います。
 恥ずかしいですが、今は怖いという気持ちの方が強いです。

「……あにょ……わちゃしもこのにゅまにおしたひがいしゃで」

「沼に落ちてこん村に連れてこられた被害者だからって関係ねぇ!」

 おや、先ほどの言葉が通じましたよ。
 驚きです。

「『今度』はきっちりやってもらうからの!」

「きょ、きょんど?」

 おじいさんの手にさらに強い力が加わり、顔を掴まれた私はズルズルと馬車のある方へ引きずられます。
 そしてそのまま馬車の荷台にグイグイと押し込まれました。
 すごい力です。
 このおじいさん何者ですか?
 人間の力とは思えません。

「……オラの家へ向かってけろ」

 おじいさんは不機嫌そうに指示を出し、馬車を発車させます。
 顔を掴んでいた手をようやく話してくれましたが、今度は私の服の袖をぐっと握ってきました。
 用意周到ですね。
 絶対逃がさない、という気迫がひしひしと伝わってきます。
 私はどこへ連れて行かれるのでしょう?

 そういえば、馬車に乗るのは初体験でした。
 できれば、もっと楽しみながら乗りたかったです。

……………………………………………………………………………………………………………………………………

 馬車がようやく止まりました。
 畑の外れにある、それなりに立派な家の前です。
 家は二階建てで、横幅はそれなりに広いです。
 お屋敷、とギリギリ言える物件なのではないでしょうか?

 馬車に揺られていた時間は数時間……いえ、実際にはもっと短かったと思います。
 もしかしたら30分?15分?……もっと短い5分程度だったのかもしれません。
 私とおじいさんは一切話さないでいたので、 時間が非常に長く感じたのでしょう。
 でもこれはしょうがないことだと思うのです。
 わかりますか?怖いと思っている人と、無言で過ごす私の気持ちが。
 早く終わってほしい時間というのは、長く感じるものなのですね。

「ほら、降りるべ。あんときからだいぶ変わって、わかんねぇかもしんねぇけんど」

「あの時?いったいいつの話を、ちょ、引っ張らないでください。一人でも歩けます。だから服を引っ張らないで。破けます、破けてしまいます」

 私の袖を掴んだまま、ズルズルと私を引きずりながらおじいさんは家の中へ入っていきます。
 さっきから私はおじいさんに引きずられてばかりですね。
 家に入った私達は地下へと続く階段を降り、暗い通路を歩きました。
 左右の壁には松明が一定間隔で置かれていますが、ぜんぜん明るいと感じません。
 むしろ暗い部分がさらに暗く見えます。
 お化けとか出ないですよね?

 通路を進んでいくと大きな扉がありました。
 木で作られた、重そうな扉です。
 その扉に子供が描いたような落書きが描かれていまいた。
 大きな人が一人、小さな人が3人。そして湖らしき前にはキャンサー……と思われる魔物娘が一人描かれていました。
 大きな人や小さな人は、笑ったり泣いたり、怒ったりした表情がありますが、キャンサーには顔が描かれていません。
 目も口もない、のっぺらぼうです。
 なんで?

「……ここに入れ」

 おじいさんは扉をギギギと開き、私を先に部屋の中へと入れようとします。
 私の体をグイグイ押して、無理矢理です。

「そ、そんな押さないでください。私は逃げません」

「んなことは『前にも』聞いただ。いいから入れ!」

 無理矢理部屋へ入れられました。
 部屋の中はドームのような半円状の形をしており、壁や床には太い蔦がびっしり張り付います。
 その隙間からヒカリゴケのほのかな青白い光りに照らされて、部屋の中がぼんやりと見えます。
 私は、この部屋が神聖な場所ではないかと思いました。

 部屋の奥の方はヒカリゴケを一層強い光りを放っており、部屋を照らすライトの用に感じました。
 その部屋の奥の方で大きな人が座っています。
 大きな木をくり抜いて作られた椅子に座り、宝石がついた錫杖を持って、威厳ある佇まいの大きな人です。
 顔は逆光で見えません。

「……巫女様。ようやくこんつを捕まえましただ。どうか、どうかこんつに、一発きつ〜いヤツを言ってくださってくださいまし」

 大きな人は一度頷くと、椅子を立ち上がりズンズンとこちらへ歩いてきます。
 足音がズンズンです。
 音として聞こえます。
 大きな人が足を一歩前にだすたびに、足元のヒカリゴケが強く発光し、元の光りへと戻ります。

 ズンズン、ズンズン歩いてきて、ついに私の前までやってきました。
 足元のヒカリゴケが今までよりも強く発光し、そのまま発光し続けて、大きな人の顔を見ることになりました。

 髪の長い、トロールさんでした。

 トロールさんは艶のある長い髪を持ち、草花を草冠やアクセサリーのようにして着飾っています。
 緑色のドレスのような服を着て、私を見下しています。

 見下ろして……なぜか眉を寄せました。
 何か私についているのでしょうか?

「……お久しぶりでぅ。わたしのこと、覚えていますかぁ?」

 力が抜けたような声で私に問いかけてきます。
 顔は怒っているとも、緊張しているとも、どちたでも取れそうなな表情です。
 でも目は真剣で、私の表情や動きを見逃さないように観察していました。

「……いえ、私はあなたと初対面です。今までトロールという種族に会ったのも、今日が初めてです」

 おじいさんよりも怖く感じなかったので、スラリと言葉が出てきます。
 トロールさんは10秒ほど私の顔を見続けたあと、はぁ、とため息をついておじいさんに向き直ります。

「そうですかぁ。村長、このキャンサーさんは違うみたいだぁ。オラ達が会った、『あん人』じゃないよぅ」

 それを聞いておじいさんは顔をガバッと上げ、体をわなわなと震わしながら驚きます。
 信じられない、そんな顔でした。

「んなぁ!?そんなわけねぇべ!この無愛想な顔、平坦な声、オラ達が会った『あん人』に瓜二つだべ!年をとっても、オラの目は曇っちゃいねぇ!」

「間違ってるわけじゃないけどぉ。こん人は……まだオラ達の知ってるあん人じゃねぇんだよぉ」

 なんだか分からない話をしていますね。
 トロールさんは片手を顔に当てて、フルフルと横に振ります。
 ど落胆している感じですが、そうでない感じもします。
 複雑な心境、そんな感じです。

「……えっと、なんの話をしているのでしょう?」

 そんな二人のやり取りを、なんとなく見ていた私は空気をあえて読まずに質問をしました。
 そろそろ私にも分かる話をして欲しいのです。
 仲間外れも結構ですが、話題に出てきている当人をほっといて話を進めるのはどうかと思います。

「あっ、ごめんなぁ。自己紹介がまだったよぉ。オラはトトル。こっちのうるさいおじいちゃんが、コレットっていいますぅ。オラ達の村、ジレット村の村長なんですよぉ」

「……村長、さん?」

 おじいさんの方を向きます。
 するとおじいさんは、一度思いつめた顔になった後、私から目を背けました。
 それから悔しそうに言います。

「……そうだべ。今はオラが村長だ。アレスタもガレッジも、もう死んじまっただ……オラ以外に、こん村を真剣に守るヤツはいねぇ。……やるしか、なかったべさ」

「……コレット」

 トロールのトトルさんは村長さんを見て、悲しそうな顔になります。
 そして一度だけ目を瞑り、決心したように口を開きました。

「……村長ぉ、こん人と二人だけにしてくんねぇかな?」

「!?」

 村長さんがまたがばっと顔を上げて、トトルさんに慌てて言います。

「ど、どうしてだ!オラ達はこん人が帰ってくんのを、ずっと、ずっと待ってたんだべ?そんで、やっと見つけて捕まえて……そんじゃ納得できねぇべさ!ガレッジも、アレスタも、こん人を死ぬまで待ち続けただ!だから、最後までオラはっ!」

「村長っ!」

 トトルさんの大声は、部屋全体を揺らしました。
 村長さんはトトルさんの大きな声に驚き、口をポカーンと開けています。
 声を出したトトルさんは、なんだか辛そうです。

「……こん村の巫女様の命令だよ。一度こん部屋を出て、今だけは二人っきりにしてけろ」

 何か言いたそうな村長は徐々に顔を下げ、部屋を出て行きました。
 すごく悔しそうな顔でした。

 扉がバタリと締まったのを確認すると、トトルさんは私に向き直り、ゆっくりと、でも優しい口調で話してきました。

「改めて……はじめましてだなぁ。さっきのことは忘れてくんろぉ。なんか、オラ達は魔物娘違いをしていたみたいなんだぁ」

 トトルさんは私の手を布越しに、大きな手で私の手を包み込みます。
 優しい手なのに、どこか寂しい感じです。
 顔も優しい顔なのに、どこか我慢しているような……。
 トトルさんは何が寂しくて、何を我慢しているのでしょう?

「はぁ、魔物娘違いですか」

 納得はしていませんが、取り敢えずこの話題は置いておくことにします。
 トトルさんも話す気はないようですし、ここは私のこれからのことを話していきましょう。

「……あの、今言うことじゃないと思うのですけど、これから私をどうする気ですか?できれば今すぐにでも帰りたいんですが」

 村長さんと違ってトトルさんは話を聞いてくれるような気がしました
 なので本音を言って話したのですが、

「それはダメだぁ」

 ピシャリと断られました。

「キャンサーさんが来たせいで、あん沼が出たとも考えられんのよぉ。それにぃ、沼の下に沈んでる畑は、オラ達にとっても大切なもんだからなぁ。おいそれと帰すわけにはいかねぇよぅ」

 トトルさんの大きな手が私の頭に置かれ、私は身動きがとれなくなりました。
 あ、トトルさんも村長さんの次ぐらいに怖いかもしれません。

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 結局私は、村長さんの監視付きで村に数日滞在することになりました。

 その村長さんなんですが、ずっと私のことを見つめてきて、何か言いたそうにしているのです。
 きっとトトルさんにまた何か言われたのでしょう。
 何か言いたいならはっきりと言えばいいのに。
 ……いえ、沼で出会った時のように怖い顔をされては困りますね。
 このままでいいです。

 村長さんの家から出ると、ジレット村は四方を山に囲まれた、いくつもの大きな畑を持っている村だと分かりました。
 家の前からは、畑を挟んで村人さん達が暮らしていると思われる家が、ホツリポツリと見えます。

 私は畑を見ながら畑を区切る道を歩きます。
 畑で芋の収穫のしているようです。
 村人さんたちは、土から育てたお芋を取り出しては大きなカゴの中へと入れていき、カゴが一杯になるとどこかへと持っていきます。
 近くを通ると、村人さん達は私を見て驚き、そして村長さんを見てから、自分たちの仕事へと戻っていきます。
 何なんでしょう?
 私、何かしたのでしょか?
 ……しましたね。
 正確には私ではなく、『彷徨い沼』の方がですが。

 畑仕事をしているのはほとんどが女性です。
 若い男の人をあまり見かけません。
 働いているのは大人の女性か、その手伝いをやっている子供たち、それと若くない男の人達が数人です。
 こういった畑仕事は男の人がやるものだと思っていたのですが、この村は違うのでしょうか?

「……畑が気になるべか?」

 さっきから私が畑の方を見ていることが気になったのか、村長さんが聞いてきます。

「……いえ、畑ではなくここで働いている人が気になりました。どうして若い男の人が少ないのかと」

「そっちだべか。それはだな」

「村長ぉ〜!」

 私達が歩いてる道の向こう側から、若い娘さんが走ってきました。
 すごく焦っているようです。

「おお、ミミカ。どうしただ?そんなに慌てて」

「まっ……はぁはぁ……魔物娘っ……はぁ……村の入口にっ……はぁはぁ……集まって……」

「な、なんだとぉ!?」

 村長さんは血相を変えてすぐに走り去って行きました。
 監視すると意気込んで言ってたくせに、ピッタリと張り付いていたのも忘れて猛ダッシュです。
 しかもすごく早いのです。
 土煙を上げて走り去っていきました。
 あの村長さん、本当に年寄りなんですか?
 ともかく、

「置いていかれてしまいました」

 残された私とミミカと呼ばれた若い娘さんはお互いの顔を見ます。
 どうしましょう?
 私は息を整えているミミカさんを見つめながら、どうするか考えることにしまいた。

「はぁ……はぁ…………ま、魔物娘さん。もう村長の説教とかはいいの?」

 ミミカさん、村の中では、畑にイタズラした私が村長に説教されているように伝わっているのでしょうか?

「いえ、説教はされませんでしたが、しばらくこの村にいろと言われました。村長さんではなく、巫女様って呼ばれてるトロールさんに」

「へぇ、トトル様にねぇ……って、こ、この村にしばらく!?はぁ〜、村長よく許したわね、村に魔物娘を長居させるなんて。毎日毎日『魔物娘を畑に入れるなぁ!』っていつも口を酸っぱくして言った村長がねぇ」

 ミミカさんは私をまじまじと見ながら考え始めました。
 どうやら、私がこの畑にいるどころか、この村に滞在すること自体が不思議なようです。
 私だって一刻も早く村から出て、家に帰りたいと思っているのですが。

「……この畑には、魔物娘が入ってはいけないのですか?」

「うん、そうなんだ。理由を話すと少し長い話になっちゃうけど、その前に山側にある村の入口に行きましょう。そこで理由を話すから」

 私はミミカさんに手を引かれて、村の入口に行くことになりました。

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 ジレット村の入口前には、たくさんの魔物娘さんと若い男の人が集まっていました。
 オークさんやオーガさん、ゴブリンさんにラミアさんなど、山に住む魔物娘さん達です。
 彼ら、彼女達はどうやら夫婦のようですね。
 魔物娘さんがピッタリと男の人に密着しています。
 その夫婦達ですが、村の入口前から村には入らず、その場で立っているだけです。

「あ、もう始まってる。村長はもう来てるはずだけど……」

 ミミカさんと一緒に村の入口付近まできた私は、徐々に集まりつつある人だかりに紛れて、これから起こることを観察しようとしました。
 ミミカさんはさっきから村長を探しているようで、右へ左へキョロキョロしています。

「この集まりは、村長さんがこないと始まらないのですか?」

「うんそうだよ。大事な話だけからね。あ、ジムも来てたんだ。おーい!」

 ミミカさんは入口前にいる魔物娘さんと若い男の人たちに向かって手を振ります。
 すると、その中の一人が手を振替しました。

「……あの人と知り合いなのですか?」

「ん〜、ジムとは子供の時からの友達だよ。少し前までジレット村で暮らしてたし」

「え?あの人、この村の出身だったのですか?」

「ジムだけじゃなくて、入口前に来た男の人達全員がうちの村出身じゃないかな?あ、村長が来た。始まるよ」

 私達がいた人だかりに割れ目ができ、そこから村長さんが現れます。
 先ほど着ていた服よりも立派な服を着て、宝石や細かな細工がされている、立派な杖を持っています。
 見た目はまさに金持ちです。

「……またオメエ達だか。いったい何しに来ただ?」

 高圧的な態度をとる村長さんに、若い男の人達は噛み付きます。

「とぼけんなよ村長!俺達はこの村を心配でやってきたんだ!」

「いい加減に俺達を村に入れて、畑で仕事させてくれよ!俺ら、自分の家の畑がどうなってるか心配で、いてもたってもいられねぇんだよ!」

 若い男の人達はジレット村の畑を耕したいそうですね。
 男の人の隣にいる魔物娘さんも何か言いたそうにしていますが、黙ったままです。

「はっ!オメエ達が心配せんでも、ほれこのとおり、ジレット村は儲けてるから大丈夫だべよ。オラを見ればわかるべ?」

 村長さんは持っている立派な杖を見せびらかします。

「そんなの村長が無理して買ったに決まってんだろ!」

「着慣れない服なんか着て強がるのとかはいいからさ、もう素直に俺らに手伝わせてくれよ!」

「ホームン村に来る商人のゴブリン達も言ってたぞ!最近は芋の量が減って、街の需要に追いつけてないって。それってやっぱり人手不足なのか?それとも……」

「だまらんか!」

 村長さんは般若の顔になって、ピシャリと男の人達を黙らせます。
 しかしその顔には高圧的は態度は全くなく、必死に何かを隠そうとしている感じがします。

「オメェ達は村を捨てて魔物娘を取っただ……村の裏切りもんだべ。そんな連中に心配されるなんてっ……不愉快だべ!」

 村長さんは眉を寄せながら、言葉を詰まらせながら叫びました。
 そして、叫んだあとで、何か後悔したような顔になります。

「このっ!」

「やめな。……見てればわかる」

 先ほどの村長さんの言葉に苛立った入口前にいた魔物娘さんの一人が何か言いかけましたが、別の魔物娘さんに止められました。
 言いかけた魔物娘さんは、腕を震わせながら我慢しています。
 他の魔物娘さんの中にも何人か言いたそうにしていますが、それ以外の魔物娘さんはじっと村長さん達のやり取りを見守ります。

「……もう……帰ってくんろ。…………顔も見たくねぇべさ」

 村長さんは男の人達に背を向けて歩き出します。
 こちらに歩いてくる村長さんの顔は、なんだか寂しそうです。

「村長!」

「待てよ村長!俺ら、あんたにも恩返しがしてぇんだ!」

「村から俺らを追い出したのは村長だけど、ホームン村に俺らのこと頼んだのも村長だろ!?村も俺らも守ろうとしてくれた村長に何も恩返しできねぇのは悔しいんだよ!」

「せめて金だけでも受け取ってくれよ!俺らの村で作ってる魔界いもが評判いいんだ!!村長が教えてくれた芋作りの技術が、こっちでも役にたってうまい芋ができたんだよ!」

「村長、聞いてくれよ!」

「なんで話を聞いてくれねぇんだ、村長ぉ!!」

 男の人達が口々に言いますが、村長さんは足を止めません。
 そのまま私達がいる人だかりの中へ入っていきます。

「……村長さん」

 人だかりに入った村長さんは、決して後ろを振り返ろうとはせず、下を向きながら歩きます。
 男の人達の声が聞こえるたびに、眉のシワがどんどん深くなりながら。
 それを見ていた村人さんたちも、村長さんに声をかけていきます。

「村長、私達も畑の芋が変わってしまうのは怖いよ。でもさ、今年ぐらいは手伝ってもらったほうが……」

「そうだよ村長。私らが無理しないように、前よりも作ってる量を少なくしたといって言っても、やっぱり私らだけじゃ厳しいよ。せめて収穫の時だけでも……」

 しかし、村長さんは首を横に振ります。

「……この村の芋を魔界いもなんぞに変えることは、絶対にやっちゃいけねぇ。村の芋は、オラ達の宝なんだ」

「そ、それはそうだけけどさ」

「前みたいに、少しの間だけ手伝ってもらうことはできんのかね?」

 村人さん達は粘ります。
 ですが、

「聞こえなかったべか?畑にも、村にも、男達も魔物娘も、絶対に入れん」

 村長さんは話を聞いてくれませんでした。
 村長さんは難しい顔をしながら、徐々に下を見るようになりました。
 村の入口前にいる男の人達もまだ村長さんに訴えています。
 そして村長さんへの声で溢れかえった時、その中でもひときわ大きな声が聞こえました。

「おじいちゃん!!」

 その声が聞こえたとたん、今まで下を向いていた村長さんは後ろを振り返ります。
 そして足をもつれさせながら急いで村の入口まで走っていきます。

 村の入口には、村長さんと目元がそっくりで、背の低い金髪の若い男の子と、魔精霊のノームさんがいました。

「ジャル!オメェ、なんでジレット村に来ただか!?今すぐ帰れ!!」

「言われなくても帰るつもりだよ!でも、その前に一つだけ聞きたいことがあるんだ!」

 ジャルと呼ばれた若い男の子は、隣にいるノームさんを見た後、村長さんの方に向き直ります。
 ノームさんは、何か気まずそうです。

「なんでノノムさんを村から追い出したの?ノノムさんはジレット村の畑の神様じゃなかったの?いつもこの村の芋を育てるために、力を貸してくれたのはノノムさんじゃなかったの!?おじいちゃんはいつも、ノノムさんはジレット村自慢の精霊様だって、命の恩人だって言ってたじゃないか!それが……魔物娘になったから追い出すなんて……酷いよ!」

 魔物娘という単語を聞いたとたん、すぐにノームさんはジャルさんの方を向きます。

「それは違うよジャル。私が出て行ったのは理由があって」

「その理由を教えてくれないからおじいちゃんに聞きに来たんだよ?ねぇおじいちゃん、お芋の収穫量が少なくなったのはノノムさんがいなくなってからだったよね?どうしてノノムさんを村に戻してくんないのさ!」

「……ジャル」

 ジャルさんは村長さんにとてもお怒りなのですね。
 ノノムさんとは、ジャルさんの隣にいるノームさんのことでしょうか?
 ノームさんは怒っているジャルさんを見て、悲しそうな、何か言いたそうな顔をしています。
 村長さんも同じような顔です。

「……ジャル、オメェも知ってるはずだべ。魔精霊がいる土地は、いずれ魔界になるだ。だから、ノノム様には……出て行ってもらうしかなかっただよ」

「……その話、本当なんだよね?」

「本当だべ。村の連中を反対を押し切って、オラ一人で決めたことだ」

「…………くそぉ!」

 ジャルさんは涙目になりながら村から離れていきました。

「ジャル!」

 ノームさんもジャルさんの後を追いかけます。
 何組かの魔物娘の夫婦がジャルさんを追いかけて行きました。

「……話はこんだけだべか?さっさと帰ってくんろ。……夕方までなら、待ってやっから」

 そう言うと、村長さんは今度こそ村の入口から離れ、畑の方へ早足で行ってしまいました。
 人だかりを通るときに、村長さんが村人さん達に何か言っていたようですが、声が小さすぎて聞き取れませんでした。

……………………………………………………………………………………………………………………………………

 村長さんが去った後、村の入口では村人さん達と魔物娘の夫婦達が仲良く話し合っているようでした。
 ある村人さんは魔物娘の夫婦から幾分かの食料をもらい、代わりにこの村で取れたと思われる芋を渡しています。
 またある村人は魔物娘の夫婦に、ちゃんと飯を食ってるか?不健康な生活をしていないか?なんて聞いています。

 ここにいた村人と魔物娘の夫婦は、それぞれひと組ずつ話し合い、食料を渡し合い、ときに涙を流していました。
 ここにいる村人さんと村に入ってこない若い男の人は、親子だったのですね。

「どう?なんで魔物娘が畑に入ちゃいけないか、わかった?」

 いつの間にかミミカさんが後ろにいて、私と同じように村人と魔物娘の夫婦の交流を眺めています。

「話を聞く限り、村の芋を魔会いもにしないためでしょう。魔力を多く含んだ作物は魔界の食べ物になる。それを防ぐために魔物娘を出来るだけ畑に入れない」

「うん正解。だからもしインキュバスになっちゃったり、魔物娘と結婚することになったら、村から出て行かなきゃいけないの。できるだけ、この村に魔力を持ち込まないためにね」

「なるほど、確かに言いたいことはわかります。ですが、普通の作物が魔界の作物にするためには高濃度の魔力必要です。その魔力が村全体を包み込みこんで、初めて魔界の作物になり始めるのですよ?ここには人間さんばかりですし、そうそう簡単に魔界化なんてしませんよ。気にしすぎなのではありませんか?」

「私もそう思う。去年までは魔物娘と結婚した男達も普通に村に入れたからね。でも、ノノムさんが村から追い出されてから、魔物娘の魔力を持ってる人全員、この村に入れなくなっちゃった。村長の決定でね」

 なんと、村長さんはこの村の独裁者だったのですか。
 そんな横暴を繰り返していると、いつ暴動が起きてしまうのではと心配になります。

「それでも、この村の人達は村長についていくよ。ああ見えて村長は、自分のことは二の次で、一番に私達のことを考えてくれている人なんだ」

 ミミカさんは自慢げに言います。
 村長さんはそんな人だったのですか。
 私にはそうは思えません。
 横暴な独裁者で、怒ると怖い、頑固じじいだろうと思っています。
 働き手の若い男は追い出すわ、世話になった精霊さんも追い出すわ、邪魔者はすぐに追い出すわ、すごく嫌な感じじゃないですか。
 きっと血も涙もない冷徹人間に違いありません。
 この村の人間さん達は騙さえれているのですね。

「だから不思議だったんだ。あんだけ畑の中に魔物娘を入れるのを嫌う村長が、魔物娘のキミと一緒に畑で歩いてんだもん」

「言われてみれば確かに不思議ですね。畑の方に歩いて行った時も特に注意されませんでしたし、トトルさんから村に滞在するといった話をされた時も、村長さんは追い出そうとはしませんでした」

 むしろ、この村に居させようといった感じでした。
 なぜ私だけがこの村にいられるのでしょう?

「不思議だよねぇ。……それも不思議なんだけど、魔物娘さん、なんであの沼から出てきたの?」

「沼?……ああ、『彷徨い沼』のことですか。好きであの沼から出てきたわけじゃないのです。あの沼が勝手に……あっ」

 その時私は彷徨い沼の底に溜まっている、泥のような『高濃度の魔力』があることを思い出しました。
 この村の畑は魔力を出来るだけ入れないようにしています。
 そこへ高濃度の魔力を持っている『彷徨い沼』が現れたらどうなるでしょう?
 ……考えたくありません。
 考えたらまた、めんどくさいことになります。

「私は巫女様がよくいる部屋の扉の絵と関係してると思うんだよね。あの扉の絵、意味を知ってるのは巫女様と村長だけって話だけど、何か知って……あれ?魔物娘さん、どこ行くの?」

「少々やることを思い出しました。私は今から沼へ向かいます。ミミカさんは村長さんに私が沼へ向かったことを伝えてください」

「あっ、ちょと!」

 ミミカさんの声を振り切り、私は彷徨い沼の方へと向かいました。
 
……………………………………………………………………………………………………………………………………

 再び『彷徨い沼』がある畑までやってきました。
 沼の周りには何人かの人間さんがいて、何かや騒がしい感じがします。
 数名の村人さんが一人の男の人を遠巻きに見ているようです。
 スーツを着た、目がキリッとしてメガネをしている人を見ています。
 スーツの人は沼の前に立って、じぃと沼を見ていました。
 私はスーツの人が何をやっているのか、遠巻きに見ているおじさんに声をかけました。
 この村では珍しい男の人です。

「あの、すいません」

「ひゃっ!……な、なんだ、村長んとこの魔物娘さんか」

「驚かせてすいません。先ほどから沼の前で立っている人は、何をしているのですか?」

「あっ、そうだった!魔物娘さん、今すぐここから離れてくれ。見つかると面倒なことに」

「何をしているのですか?」

 沼を見ていたスーツの人が私達のことに気がついたようです。
 こちらの方へ歩いてきます。

「あっ、あはは……。ジェームズさん、沼の方はもういいんですかい?」

 スーツの人はジェームズさんというのですね。

「ええ、だいたい終わりましたよ。上に報告できる情報も集まりまし。……ところで」

 ジェームズさんが私の方を見てきます。
 見るからに厳しそうなジェームズさんに見られて、少し震えそうです。
 ……震ませんけど。

「……なぜ畑に魔物娘がいるのですか?ここの畑は魔物娘立ち入り禁止のはずですよ」

「あっ、いや〜。なんかの手違いで入ってきてしまったみたいで、すぐに出て行かせますんで」

 むむ?
 ジェームズさんは村人さんよりも偉い人なのでしょうか?
 服装だけみればなんとなくわかりますが、それでもこのヘコヘコっぷりはなんでしょう?
 何より張り付いた笑顔。
 これは笑顔とは呼べませんね。
 作り物の顔です。

「ほら、魔物娘さん。一緒に出て行くよ」

「?……はぁ」

 慌てる村人さんに手を掴まれて畑から出よとしました。

「待ちなさい」

 ですが、呼び止められてしまいました。

「少し聞きたいことがあります。先ほどこのような物を見つけたのですが、何かご存知ですか?」

「……あっ」

 ジェームズさんが持っていたのは、ヴァネッサさんから頂いたCDラジカセと、CDと入った透明な箱です。
 水で濡れていることから、沼から取り出したのでしょう。
 村人さんは、しげしげとそれらを見て答えました。

「う〜ん、みたことないですねぇ。魔物娘さんはどうだい?」

「え?え〜っと」

 それは私の持ち物です、とここは正直に言わない方がいい気がしました。

「見たことありません」

 声が震えるかと思いましたが、すんなりと言葉がでます。
 声や顔に出にくいというのは、こういった時に便利ですね。

「……そうですか。お引き止めして申し訳ない」

 そういうと、ジェームズさんはCDラジカセとCDと入った透明な箱を持って沼から去っていきました。

……………………………………………………………………………………………………………………………………

「はぁ〜……魔物娘さん、あんた運がよかったな」

「運がいい?どういうことですか?」

 ジェームズさんが沼から去ったあと、私も沼から離れ、そのまま畑の外へとやってきました。
 本当は『彷徨い沼』のことを少しでも調べようとしたのですが、しばらく近づけそうにありません。

「ジェームズさんは隣街の役人でな、すごい魔物娘嫌いなんだ。街では魔物娘が少しでも逆らうとすぐ逮捕、牢屋行きさ」

 ジェームズさん、すごい横暴ですね。

「なるほど。でもそれは隣街でのことでしょう?この村ではそれほど大きな権力を持っているように思えませんが」

 私は思ったことを素直に言います。
 しかし村人さんは首を横に振ります。

「いや、この村でもある程度の権力を持っているよ。この村の芋の多くを隣街に降ろしているんだが、その街が中立国でな、魔物娘の魔力が入った物や食べ物は一切持ち込めないのさ。それで月に一度、ジェームスさんが芋が魔力に侵食されてないか見に来るのさ。そんときに魔物娘が畑に入ってたら、芋に魔力を流し込む反抗的な魔物娘として見られて牢屋行き。もちろんこの村のだけどな」

 え?ジェームズさんはこの村でもそのよなことをやっていたのですか?
 いやはやびっくりです。
 隣村の役人にそれほどの権力を持っているとは。

「あんたはどうやら村長の客人みたいだからな。あんまり不自由な思いをしてほしくないんだ」

 どうもここの村人さん達は、魔物娘に寛大です。
 そして村長に絶対的な信頼を持っているようです。

「客人?何を言っているのですか。私は村長からあの沼をどうにかしろ、責任取れと言われたのですよ?」

「そりゃ村長が大切にしていた畑をあんなにしちまったしな。そりゃ怒られるだろうが、説教したあとの村長は、全部許してくれるよ。昔からそうなんだ。悪いことをやればとことん怒る。でも、怒ったあとは許してくれんだ」

 村人さんの顔はどこか優しいです。
 村人さんにとって、村長さんがいい人ってことなのでしょうね。
 私にはそうとは思えませんが。

「私には怒ってばかりのおじいさんにしか見えません。最初に会った時も怒られましたし、畑で一緒に歩いていた時も、どこか機嫌が悪そうでした」

 私がそう言うと、村人さんがニヤリと笑いました。
 何がおかしいのでしょうか?

「初めて会う人は必ずそう言うからなぁ。それは村長を表面しか見てないから、そう見えるんだよ。中身を見ないと、中身をさ」

「…………」

 中身、ですか。
 それは私にも行って欲しい言葉です。
 おじいさんは怒ってばかりだけど、優しい。信頼できる人。
 そう言われても、私には想像もできません。
 ですが、羨ましくは思います。

「そういや、魔物娘さんは村長と一緒にいなくていいのか?確か、村にいる間は村長と一緒にいなくちゃいけないんだろ?」

「それなんですが……村に魔物娘さん達がやって来て、それではぐれてしまいました。村長さんを追って村の入口に行ったのですが、そこでもはぐれてしまって……今どこにいるかわからないのです」

「あ〜、そうだったのか。なら家に戻っていると思うよ。落ち込んだ村長は、いつも巫女様のそばにいるからさ」

 なぜ村人さんは村長さんが落ち込んでいることがわかったのでしょう?
 疑問に思いながらも、私は村長さんの家へ戻ることにしました。

……………………………………………………………………………………………………………………………………

 村人さんの家に戻るまでの間、畑仕事をしている人間さん達に何度も道を訪ね、ようやく戻ることができました。
 言葉が通じるとは素晴らしいことですね。
 質問すれば返答が帰ってきます。
 道が聞けるだけでも前進できるので、言葉の通じない国やたった一人で道に迷うよりかはだいぶマシです。

 ようやく帰ってきた村長さんの家の中へ入ろうとしたのですが……

「おや?あなたは」

 ジェームスさんがいました。
 靴を履き終え、方手には革張りのトランクを一つと、もう片方の腕には、何かがいっぱい入っている大きな紙袋を持っていました。

「……こんにちは」

 私はとりあえず挨拶をしておきます。
 挨拶もせずに通り過ぎようとしたら、何か言われそうな気がしたので。
 ジェームズさんは私をじろりと見ると、『失礼』、と言いながら私の横を通り過ぎ、家から出て行きました。
 なんだか、少し拍子抜けです。
 嫌味の一つでも言われるかと思ったのですが。

「……よくわからない人なのです」

 村人さんから聞いた話によると、だいぶ横暴な人らしいのですが。
 私がジェームズさんを目で追っていると、家の奥から村長さんが現れました。

「おお、帰ったべか。もしかしたら元いた場所に帰っちまったかと思って、少しヒヤヒヤしてた所だべ」

 村長さんは、村の入口で見たときよりも元気に見えましたが、初めて会った時よりも疲れているように見えました。
 着ていた服は、村の入口で見た豪華な服ではなく、出会った時と同じ、質素な服を着ています。
 持っている杖も、宝石がついたものではなく、手作りっぽい木の杖です。

「帰りたくても、帰り方がわからないのです。できれば山の魔物娘さんの所へ行って、帰り道を聞きたいのですが……」

 私は正直に言います。
 まだ村長さんのことは苦手ですが、まともに話せる程度には慣れてきました。
 村長は杖を持ってない手で頭の後ろをかき、少し申し訳なさそうに言います。

「本当は返してやりたんだけんど、巫女様がもう少しこの村におったほうがええと言うでな」

 おや?はじめに言っていたことと違いますね?
 私と出会った時は、あんなに逃がしてたまるか!と意気込んでいたのに。

「返してもいいのですか?私は村長さんにとって、何か重要な魔物娘みたいでしたけど」

「……それは勘違いだったみたいだべ。ほんの少しアンタといたけんど、どうもオラの知ってるあん人じゃないからなぁ。オラの知ってるあん人はもっと積極的で、いつもオラ達に叱ってくれて……まぁ、魔物娘違いのアンタに言ってもしょうがないべな。さっ、奥に飯を用意してあるべ」

 村長さんは家の奥へと戻っていきます。
 そういえば、私がここに来てから数時間が経過しましたが、何も口に入れていません。
 『彷徨い沼』に飲み込まれたのもお昼前です。
 よく考えたらお昼ご飯を食べていませんでした。

「……よく私がお腹を空かせているとわかりましたね」

 お腹が鳴ったわけでもないのに。
 表情や仕草になんの変化もなかったのに、です。
 私がお腹を空かせているとわかるのは、生まれた時から付き合いがある、私の母ぐらいなのですが。

「そんなもん、見てたらなんとなくわかるべさ。カンだべよ」

 そんな適当なことで空腹を見透かされてしまったのですか?
 そんなわけがありません。
 この村長さんは、優れた観察眼をお持ちのようです。

 村長さんと一緒に一階の廊下を通り、リビングらしき部屋までやってきました。
 その部屋にはトトルさんがいて、先ほどまで誰かが食べていたであろう食器を片付けている所でした。

「おかえんなさぃ。少し温めたらできるから、少しまってねぇ〜」

 のんびりと言いながら、慣れた手つきで素早く食器を洗い、私の食事の用意をしてくれます。
 ……なんだか気を使わせてしまっているようで、わるいですね。

「そんな遠慮せんでええ。腹が減るのはつれぇもんだ。遠慮なく食べろ」

 ……ホントによく見ているのですね。
 心を見透かされているような気がして、少しソワソワします。

 少しだけ待つと、トトルさんがパンとコロッケを持ってやってきました。

「お待たせしたましたぁ。コロッケは、揚げたてだから気よつけてねぇ」

 ジュワジュワと油が鳴っているコロッケからは湯気が立っており、とても美味しそうです。
 ジュルリ。

「……いただきます」

 アツアツのコロッケを適度に冷めたのを確かめた後、一口かぷりと食べます。
 衣はサクサク。
 衣の食感を楽しんだ後に来る玉ねぎとひき肉、そしてじゃがいもが混ぜ込まれた中身がほっくりとしていてジューシーな味が口いっぱいに広がります。
 一言で言うと、美味しいです。

「もぐもぐ。むぐむぐ。……もう一つもらえませんか?」

 私は厚かましくも、コロッケのおかわりを注文しました。
 普段は家でも恥ずかしくてできないおかわりをしてしまいました。

「あいよぉ。気に入ってもらえてよかったよぉ。待っててねぇ、すぐ作るからさぁ」

 ハリー、ハリー、ハリーです。
 私の胃袋はコロッケを求めています。
 ……とは流石に言えず、

「お願いします」

 と言うだけに止めておきます。
 コロッケを待っている間、部屋の中を観察しようとしました。
 人間さんの家に上がることなんて、あまりありませんでしたので、珍しかったのです。
 部屋の中を見ていると、村長さんが泣いていることに気がつきました。

「……村長さん、なんで泣いているのですか?」

 私を見ていた村長さんは、ポロポロと泣いています。
 意味がわかりません。

「ぐずっ……いんや、なんでもねぇ。あん人も、こんな風に食べてたなぁと思ってなぁ」

 どうやら私によく似た魔物娘さんのことを思い出しているようでした。
 村長さんの過去になにがあったのでしょう?

「村長、そんなに泣くもんじゃないよぉ。さっきも自分の息子から言われたばっかりでしょう?」

 トトルさんは新しく揚げたコロッケを三つ持ってきました。
 美味しそうです。

「な、なに言ってんだべ。オラは泣いてないべさ!あん時は目にゴミが入ってだなぁ」

「そんなこと言ってぇ、今になってもコロッケが好物だったんで、うれしかったんでょう?あんだけ口喧嘩しても、コロッケ食べてる時は静かになるもんだもんなぁ」

 もぐもぐ、むぐむぐ。
 ……うん、やっぱり美味しいですね。
 時々口の中にパンを入れて口を休憩させます。
 さて、二個目です。

「昔から、村長もジェームズもコロッケを食べている時は静かだったなぁ」

 もぐもぐ、むぐむぐ。
 なるほど、ジェームズさんは村長さんの息子だったのですか。
 ふ〜ん……息子!?

「むぐむぐ……ゴクン。あの、ジェームズさんって、あのスーツにメガネの人ですか?」

「そうだよぉ。なんだぁ、ジェームズにあったのかぁ?」

「えっと、……二度ほど会いました。沼地の近くと家の玄関で。街の役人だと聞いていましたが」

 泣き終えた村長さんも話に加わります。

「ジェームズは元々ここで住んでたんだけども、街の娘と結婚したらそのまま街で暮らすようになっちまったべさ」

「そんな言い方はないよぉ。村を捨てたってわけじゃないってで。街に行ったのは、この村を豊かにするためでしょう?ホームンの街は魔力の入った物や食べ物が入ってないか、凄い厳しく取り締まるから取引するのが凄い大変なんだよぉ。代わりに、外から入ってっくる食べ物にはいい値段がつくんだぁ。芋の取引ができるようになったのは、ジェームズのおかげなんだよぉ」

 ほほぅ、ジェームズさんは村の発展のために街へ行ったのですか。

「そのホームン村とは魔物娘に厳しい所なのですか?」

「いんやぁ、そうでもねぇよぉ。でもぉ、人間が魔物娘化するのをすごく嫌ってんだぁ。魔物娘は街に入れるけどぉ、商売はできないなぁ。観光ぐらいしかできないよぉ?」

 なるほど、だから外から来る物などは厳しく取り締まっているのですか。

「……まぁ、そのホームン村との取引も、もうすぐしたら終わりなんだけどなぁ」

「え?」

 それって、村の収入がなくなるってことですか?
 村の危機ってヤツじゃないですか?

 私は持っていた3個目のコロッケを落としそうになりました。
 まだ一口も食べてないのに、危なかったです。 

「……なんでそうなってしまったのですか?」

 いつもどおりの平坦な声で質問します。
 心の中はかなり動揺していますが、顔にも声にも出せません。
 トトルさんは少し言いにくそうにしています。
 それを見かねた村長さんは、私の質問に答えてくれました。

「前々から働き手が少なくなったのもあって、作る芋の量を抑えたんだべ。それに加え、魔精霊化したノームを追い出したこともあって、収穫の量はがくっと落ちただ」

 働き手が少なくなったとは、あの魔物娘と夫婦になった若い男の人達がいなくなったせいでしょう。
 さらに土の精霊であるノームさんが魔精霊になってしまい、畑が魔力に汚染される前に遠ざけたかったからでしょうね。

「今日ジェームズが来たのだって、芋の量を増やさないとジレット村との契約を切る、ということを伝えることを言いに来たためだっぺ。これ以上は待てねぇってな」

「村長も色々考えたんだよぉ?数が作れないならとっても美味しいブランドの芋を作ろうってことになってねぇ。それを今日、ジェームズに食べてもらったあとぉ、街に持って帰ってもらう予定だったんだぁ。……でもぉ」

「その芋を育てていたオラの畑は沼に沈んじまった。……本当なら、明日に来る予定だったんだけど、ジェームズ、ここで一泊してから帰るつもりだったんだろうなぁ。一日早く、芋が出荷できねぇことがバレちまっただ」

 ……なんだか、すごく悪いことしちゃったみたいです。
 正確には私が村長さんの畑に彷徨い沼を出したわけではないのですが、凄い罪悪感があります。

 もしかしたら、ジェームズさんが私に何も言ってこなかったのは、もう村長の畑から芋を取り出せないとわかっていたからでしょうか?

「……まぁ、バレちまったもんはしょうがねぇべさ。明日から、山に行った若いもんを呼び戻して、畑の手伝いをしてもらうべさ。……そうじゃ、ノノム達も呼び戻さんとなぁ。またこの家が賑やかになるべよ」

 村長さんの顔は、諦めたような顔をしつつも、さっぱりしています。
 これから起きるであろう騒がしい毎日を想像しているのでしょう。

 ですが、笑っているのですが、なぜか眉が寄っています。
 凄い悩んでいる時の眉です。

「……村長さんは、それでいいのですか?」

 私は、恐る恐る聞いてみます。
 村長さんやトトルさんには恐る恐る聞いたことなどわからないかもしれませんが。

「諦めたくはなかったべさ。せめて、あん人にこの村で作った芋と、それを使ったコロッケを食べてもらった後にしたかったけんど、アンタに食べてもらって、吹っ切れたべさ。後悔はあんけど、これからの村のことを思えば、諦めるしかねぇべ」

「……そうだよねぇ。村のみんなも山の魔物娘たちのことを嫌ってないしぃ、このまま村に住んじゃうかもしれないなぁ。……あ、そうなるとぉ、もう一度ジェームズに話を通しとかないとぉ。ジレット村は親魔物国になるぅって、申請出しといてってぇ」

 トトルさんものんびりと言っていますが、なんだか寂しそうです。

「……あとはぁ…………もう、同じコロッケ作ってあげられなくてぇ、ごめんねぇってぇ……」

 ……え?

「このコロッケ……もう食べられないのですか?」

「うん……このコロッケはぁ、うちの畑で取れた芋を使ってるからなぁ。別の芋を使ってもコロッケ作れるけどぉ、同じ味は、無理かなぁ」

「そ、そんな」

 ジレット村のお芋がなくなってしまうのは悲しいですが、このコロッケをもう食べられないとなるのはとても嫌です!

「な、なんとかならないのですか?」

 珍しく私は早口で言います。
 焦っていたのです。
 私自身も信じられないぐらいに。

「村長も、キャンサーさんが来る前に散々ジェームズと話したんだけどねぇ。前々から、村長のブランド芋が失敗したら諦めるって話になってたんだぁ。……村長の芋が、最後の希望だったんだよぉ」

 がくり、と私の蟹足から力が抜けます。
 村長さんのあの畑は、それだけ大事な、村の運命を左右するほどのものだったのですか。
 私が『彷徨い沼』になんて入ってしまったから、あの場所に『彷徨い沼』が現れてしまったから。
 後悔しても遅いのはわかっています。
 ですが、どうしても後悔してしまうのです。

 悔しすぎて、眉に力が入ってしまうほどに。

「……別にアンタが責任感じることもねぇべ。こういう運命だったべさ」

「そうだよぉ。オラ達は全力を出したけど、ダメだっただけなんだぁ。村がなくなるわけでもねぇし、これからは前より明るく楽しく暮らすべさ」

 二人からの慰めの言葉が、私の心に突き刺さります。

「……っく!」

「あっ、キャンサーさん!」

「どこ行くんだべ!?」

 私は思わず部屋を飛び出して、走り出してしまいました。
 村長さんの家を出て、畑へと続く道を突っ走ります。

 自分のせいで、この村の運命を決めてしまった。

「わたしはっ……なんてことをっ……」

 必死で走って、何かから逃げるために走って、走らないと気が済まないような気がして。
 走って……走って……走って……。
 気づくと私は、『彷徨い沼』が現れた、村長さんの畑へと来ていました。 

 その沼の前には先客がいました。

「……おや、あなたですか。今日はよく会いますね」

 ジェームズさんでした。
 ジェームズさんは、トランクを地面に置き、紙袋からコロッケを取り出し、沼に沈んだ畑を見つめながら、一人で食べていました。

「貴方も食べますか?このコロッケ、私の好物なんですよ。子供のときからこの畑で作るコロッケを食べるのが楽しみ楽しみで、この季節になるとワクワクしたものです」

 ジェームズさんは、サクッ、もぐもぐとコロッケを食べます。
 もう何個も食べたのでしょう。
 コロッケ一つ一つを包んでいた紙が、いくつも地面に捨ててありました。

「……あの、わたしは」

「この沼から出てきたんですよね?話は村長から聞きました。……昔、父から聞いた話では、あなたがどうにかしてくれるということでしたが、どうやら違ったようです」

 コロッケを包んでいた紙を捨て、また袋から新しいコロッケに手を伸ばします。

「……私を、恨んでいるのですか?」

「家を出るまでは、あなたとこの沼を恨みましたが……このコロッケを食べていたら、もうどうでも良くなりました」

 紙を捨てて、ジェームズさんは袋から新しいコロッケを取り出します。

「……これで良かったのかもしれません。父はこの芋のせいで、大変苦しんだ。街からの要望に答えられず、村人を追い出してまで芋を、畑を守る父の姿は、正直見ていられなかった。……もう悩む父を見ずにいられると思うと、晴れ晴れします」

 ジェームズさんの顔は、確かに穏やかのように見えましたが、畑を見つめる目が、なんだか悲しそうに見えます。
 見えてしまって、私の心はさらに痛くなります。

「……もう少ししたら、私は街に戻ります。もうこの村に訪れることはないと思いますが、最後にこのコロッケを食べられてよかった。…………そうだ、あなたが知らないと言った道具ですが、お返しします。どうせ魔物娘の魔力が入った道具ですので、街に持ち込まない方がいいでしょう」

 ジェームズさんはCDラジカセと透明な箱に入ったCDをトランクから取り出して、私に返してくれました。
 私は二つの道具が落ちないように、開閉式の甲羅の内側にしまっておきます。
 ブラシがついていているので泡だらけになるかもしてませんが、完全防水機能がついているので、大丈夫でしょう。

「この沼にあったということは、あなたのもので間違いないのでしょう。……そうだ、このコロッケもいりませんか?そろそろお腹もいっぱいなので、食べきれないのですよ」

「あの……えっと……すいません、遠慮します。このコロッケは……私にとって、重すぎるので」

 思い出とか、願いとか、がんばった証とか、色々なものがそのコロッケには詰め込んであるような気がします。
 美味しいだけで済まされません。
 このコロッケを受け取るということは、ジェームズさんの、このコロッケと作ったトトルさんの、そのコロッケを作るための芋を作った村長さんの思いを、受け取るということなのです。
 そんなの……重すぎます。

「……そうですか。そんなに困った顔をされてしまったら、仕方ないですね」

「……え?」

 さっき、ジェームズさんは、私を顔を見て、困った顔と言いましたか?

「それならこのコロッケには思い出と共に、父さんの畑があった沼に捨てていきましょうかね」

「あっ!」

 ジェームズさんは、コロッケのはいった紙袋を閉じ、沼のほうへと放り投げてしまいました。

 うまく袋の口が閉じられた紙袋は、放物線を描きながら、沼へと落ちていきます。

「いけません!」

 それを見ていた私の体は、無意識に動いてしまっていました。
 投げられた紙袋だけを見て、沼に沈むことも考えずに紙袋を追います。

「これは……捨ててはいけないものなのです!」

 落ちてきた紙袋を、どうにかキャッチします。
 不思議と、体が沈む感覚も、体が濡れる感覚もありませんでした。
 紙袋を落とさずにすんで少し落ち着いたあと、私は足元を見ます。

 水がガラスのようになっているようにカチカチでした。
 そして水面の下の泥は大きな渦を巻いていました。

「っ!」

 私は急いで沼から出ようとしましたが、蟹足を動かしたとたんに、沼の水は元に戻り、私は沼へと飲み込まれてしまいました。

「キャンサーさん!」

 ジェームズさんは慌てて沼へ入ろうとします。
 しかし見えない壁があるかのように、ジェームズさんは一歩も沼へ入ることができません。

 私はこのコロッケだけでもジェームズさんに返したかったのですが、渦が激しくてうまく投げれそうにありません。

 せめてこのコロッケだけでも、ジェームズさんに返したかった。

 私は悔しさのあまり、さらに眉に力が入ります。
 ですが私は、そのまま黒く渦巻く沼に沈んでしまいました。

……………………………………………………………………………………………………………………………………

 …………光りです。
 ……また光りが見えます。
 毎朝、河の底から見ている朝の日の光に似た光りです。
 今度の私は、漂う感じではく、落ちていくような感覚でした。
 暗い穴の中を落ちていく感覚です。
 光りが徐々に大きくなり、私は光りの中へと、頭から飛び込んでい行きました。

 ビュオン!と風がなったかと思うと、私は空にいました。

 いえ、正確には沼のから十メートル上空です。
 私はどうやら、沼の穴を通って、その勢いのまま空へと飛び出したみたいでした。

「あああああああああ、あっ!」

 驚きのあまり、紙袋を手放してしまいます。

「コロッケがっ!」

 コロッケが入った紙袋は私の手から離れ、そのまま落ちていきます。
 数瞬遅れて、私の体も落ちていき、水しぶきを上げて『彷徨い沼』へと落ちていきました。

「ぷはぁっ!げほっ、げほっ」

 ジレット村へと来たときと同じように、私は蟹足と腕と使って、どうにか陸へと上がります。

「はぁはぁ……た、高いところ……怖い」

 私は高いところが苦手になりそうになりました。
 『彷徨い沼』に飲み込まれるたびにトラウマを植えつけられるというのなら、二度と飲み込まれたくありません。

 子供の時にハーピーさんが空を飛んでいるのを羨ましく思い、私もいつか飛んでみたいと思っていましたが、もう思いません。
 あれだけ高いところから落ちるかもしれないところで、下の景色なんて楽しんでいる余裕などないじゃないですか!

「はぁ……はぁ……また飛ばされたのですか?……ここはいったい。……それとコロッケはどこへ?」

 顔に張り付いた髪をかき上げる前に、私は辺を見渡します。
 四方を山に囲まれた、小さな村のようです。
 どこかジレット村に似ていますが、違うようです。
 見渡せるほどの広い畑はありませんし、家もジレット村で見ていたものよりボロくて数が少ないです。

 何より……この土地の大地は、死んでいます。

 作物が枯れた畑に、葉のついていない木々、雑草すら枯れてしまっている道には、乾いた土しかありません。
 どう見ても、私がいたジレット村はこれほど土が死んでいる土地ではありませんでした。

「お、オメエはだれだ!オラ達を襲いに来た、魔物かぁ!?」

 後ろを振り向くと、沼を挟んで3人の子供が立っています。
 棒切れを持った黒髪の単発の少年。
 綿が出たぬいぐるみを持ちながら震えるメガネの少女。
 その後ろで、金髪の髪をもった小さな男の子が震えています。
 その子供たちは、どれもボロ切れのような服を着て……とても、痩せていました。

「わ、私達は骨と皮だっかで、美味しくねぇずら!お、おねげぇだから帰ってくんろ!」

「ガレッジ、アレスタ、は、早く逃げるべ。今らな、なんとか逃げきれるかもしんえぇから」

「コレットは黙ってろ!こ、ここで倒さないと、姉ちゃん共々、オラ達共倒れずら!」

 何やら子供たちは戦闘モードのようです。
 私の力なら、あれぐらいの子供ならすぐに抑え付けられそうですが、できればそうはしたくないです。

「あの……私は怪しい魔物娘では」

 ない、と言う前に膝の上に何かが落ちてきました。
 コロッケの入った、紙袋です。
 上を見上げると、背の高い枯れた木があり、紙袋はそこに引っかかっていて、その後木から落ちたようです。
 その証拠に、木の枝が一本だけ折れており、紙袋も破れている部分があります。

 私は紙袋を数秒見つめたあと、子供たちに聞こえるよう、大きなこえで言いました。

「あの〜っ!一緒にコロッケっ、食べませんか〜っ!」

 村長さん、トトルさん、ジェームズさん、申し訳ないですが、このコロッケ、数が少なくなってお返しすることになりそうです。

つづく
14/12/06 14:12更新 / バスタイム
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■作者メッセージ
 どうも、バスタイムです。
 彷徨い沼の管理人?の2話がようやくをようやく投稿することができました。
 何度も書き直していううちに、彷徨っているの沼ではなく作者の方でないかと思えてきます。

 このような技術不足の駄文で申し訳ないのですが、あと一話か二話程度続きます。
 作者は遅筆なので、来年までに書き終わるか怪しいものです。

 ではまた次回に。

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