連載小説
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外伝 白に染まる者達

「昔なぁ」

「ん?」


見送りに来てくれた友が突如そう切り出してきた・・・・
彼とは友に村を出て、街へ行き、兵として国に志願してきた・・・・長年の親友である
そんな彼が「昔」を語ろうとしているのだから、自分の知っている昔話だとばかり思っていた


「妖怪にでおうた事がある」


はて、妖怪などその気になれば見つけられるようなものであるが・・・幸い自分はまだ一度も
出会った事は無い・・・・彼は一体どこでであったことがあるのか?尋ねた


「どこでじゃ」

「・・・・お前とおうたのがもう11の時じゃぁ・・・・あれは俺がむぅつ(6)か、ななぁ(7)ん
時やった思う・・・・皆で「鬼隠し(鬼ごっこ)」しとうた時じゃ」


知らんわけじゃ・・・
自分は10の時に村に流れ着いて来た者なのだから知らない筈である


「ワシと同い年くらいのちーさい童の姿で現れて・・・日が暮れるまで遊んでおった」

「・・・・おい、それはもしや」

「んあ、そうじゃ。たぶん・・・・ゆきわらしやあ思う」

「・・・・・」

「また会おうなぁゆうて・・・もうなんぼも会ってないがなぁ・・・ん?どうした?」

「どうしたもこうしたも無いわ、そない恐ろしいこと滅多にいうもんじゃねえ」

「ははははは!すまんすまん」


彼は笑いながこちらの背中を叩いてくる・・・・
そして、首に腕を回して最後の別れを告げる


「そいじゃあ達者にくらせえ」

「・・・・ぁあ・・・」

「手紙、おかあ達に渡してくれ」

「・・・・・・・・・ああ」

「・・・・・・・・・・・・・達者での」

「・・・・・・・・・・・・すまん」


そうして二人は別れた、寒い寒い・・・雪の振る2月の末
春の足音が聞えてくる・・・・そんな冷たい時期だった











 〜雪山〜


一人の少女がゆっくりと吹雪の中を歩いている

人間ならば凍えて動けなくなるほどの寒さの中を平気な顔で歩いている事から、
彼女が人間ではないことを物語っていた。

白い着物に身を包み、雪の様に白い髪は静かに揺れ、青白い肌の色はまるで死んでいるようだ
だけれど、その表情は僅かに紅潮している、髪には花の髪飾り

その出で立ちはまるで 花嫁 のようであった


「・・・・・源次郎さん」


彼女は歩く・・・・

歩いて歩いて・・・何処までも歩いていく・・・・


「何処に居られますか・・・・」


かつて遊んだ貴方は私を嫁にとって遊んでくださいました・・・・あの時は子供のままごとでした
ですが、此度は・・・・考えるだけでも胸の奥がシンとなります。

胸に溢れる思いを携え彼女は歩く


「何処に居られますか・・・・源次郎さん」


大吹雪がふき抜ける中・・・・彼女は見つけた


「・・・・・ぉお」


懐かしくは恋しい・・・・かつて彼と夫婦の戯れをした・・・・村を見つけた




















「ふぅう・・・・・今日はよぉ・・・吹雪くのぉ」

「ぅうむ・・・・」


老夫婦はぎしぎしと戸を殴りつける風に不安に思いながらも、家の中で耐える事しか
できないのだ


「都に行った源次郎は元気じゃろうか・・・・」

「もう6年になりますねぇ・・・・便りの一つも寄越してくれんと、心配でしょうがありませんよ」

「んだな・・・・都にいって・・・・べっぴんさんを嫁にもらって、孫の顔でも見せてくれりゃあ
思い残すことなく逝けるっちゅうもんじゃが・・・」

「そうですねえ・・・・・もう他の子は結婚も済ませたぁのに・・・」


等と、都へ向った今年二十歳になる次男の息子へと思いを馳せていると

こんこん・・・・と

戸を叩く音が聞えた


「?はぁい・・・」

「いやいや、わしが出よう・・・・」


老人は立ち上がって戸のところまで行き、冷気が入ってこないようにそっと戸をあてた、だが

戸を開けた瞬間、今まで感じた事のない程の寒さが隙間から突き抜けてきた!


「ぬぅ・・・ぅぐ・・・・?」


よくよく前を見れば、そこには一人の女性が立っているではないか
白い着物を身に纏った美しい女性が・・・じっとこちらを見つめていた


「だ、誰じゃ・・・・」

「・・・・・源次郎さんは、いらっしゃいますか?」

「誰じゃと聞いておる!」

「・・・・・いらっしゃらないようですね・・・・・何処に参られました?」

「(こやつ・・・・雪女じゃな!?)」


戸を閉めようと老人は思い切り戸を引っ張った


「!?・・・!!」


戸は凍てつき閉まらない・・・・目の前の雪女は静かに語る


「源次郎さんは・・・・何処に参られました?」

「だまれ!!源次郎は貴様のような化生の物など相手にせんわ!!早々に去ねぇ!!」


老人どの怒号を浴びせられた雪女は目を細めた・・・・


「ひ!!」


明らかに不機嫌な表情をした彼女に命の危険を感じた老人は悲鳴を上げたが
身体の自由は既に奪われている・・・・四肢には氷が張り付いて彼の動きを止めた


「源次郎さんの居場所を・・・・」

「っ!!―――げ、源次郎は・・・・都に出て行きおった!!もうここには居らん!!」

「・・・・・都・・・・」


そう呟くと、彼女は踵を返して帰って行った・・・・

いつの間にか老人の身体に張り付いた氷はなくなり、外の吹雪もやんでいる・・・・・


「だ、大丈夫ですか?」


老婆が心配そうに駆け寄り老人を抱き起こす・・・・


「大丈夫じゃ・・・・しかし、なんということだ・・・・源次郎が妖に魅入られていたとは」

「・・・・大丈夫ですよ、お爺さん」

「なんじゃと?」

「もう2月の終わり・・・都へ向えば暖かくなります、雪女が春に都に行くなど・・・」

「そうじゃ・・・奴は源次郎に辿り着く事は無い・・・・!!は、ははははは・・・ははははははは!!
ざまあみろ雪女ぁ・・・源次郎は・・・・お前なんぞが手が届く男では無いわぁ!!!」


雪女は静かに歩みを進める、背に浴びる罵声などものともせずに


「・・・・・都へ・・・・」













その旅路はまるで地獄の道を歩むが如くだ。

老婆の予想通り、寒さは徐々に引いていき春が各地に咲き誇り始めた・・・・
春の風は彼女には熱風の様に、暖かな陽射は彼女の体を焼く業火のように

しかし彼女は歩みを止めずに都を目指した、全ては雪女という種族の定め・・・・女の愛が彼女を
前へと進ませている。いつか必ずその腕に抱かれる未来が来ると信じて・・・


「・・・・・・・?」


見間違いか・・・・雪が見えた気がした


「・・・・・」


美しく舞い散る雪・・・・だが、彼女はそれが雪でないと言う事を彼女は知った

それはこの焼けるような地獄の象徴・・・・ 真っ白な桜である。
自分はいつの間にか、桜の花弁がはらはらと舞い散る桜並木の道へとさしかかっていたようだ



「・・・・・なんて・・・・孤独」



彼女は一言呟いて、涙を流した。

周囲はもう完全に春の陽気に目を覚まして・・・命を息吹かせていると言うのに
未だに自分という冬の残滓が歩みを進めている・・・

春の中でもがく冬の孤独は、人で言えば雪山で一人遭難した孤独にも良く似ている

雪女は自らの頭につけた、真っ赤な花の髪飾りを手で触れる・・・・
まるで藁にも縋るような思いで・・・春の暖かさで震えた右手がチクリと痛みを覚えた


「・・・・・・都へ・・・」


都へ辿り着くには・・・・まだまだ長い道のりであった

















自分が雪女である限り人が使う道を使えない・・・・
都に近づいていくと道は人の往来は激しくなり、所々では恐持ての侍たちが闊歩している

必然的に雪女が行く道は獣道になる・・・・森の影、山の荒地、ある時は川一本を越えた事もあった

歩けば歩くほど彼女の体は磨耗して、傷つき、傷つき、傷ついた。


「・・・・・源次郎さん」


身体が傷むたびに、今はもうどんな顔をしているのかも知れぬ愛しい人の名をよんだ・・・




そして・・・・3月の中ごろとなった頃である




彼女の身体は限界をとっくに超えている・・・・
すでに亡者と見まごうばかりに肌はやせ細り、服はボロ布と化し、虫のような息で歩いていた


「・・・・・・・・・!」


一瞬、彼が目の前に現れたようにも見えた・・・・だが、良く見れば違う


「な、なんじゃ・・・お主は」


目の前に現れた男性は驚いた表情で自分を見ている、きっと今の自分は酷く醜いのだと思った


「・・・・・・」


すでに言葉すら発するのが難しい・・・・だがそれでも彼女は彼の名を口にした


「・・・・・げん・・・・じ・・・ろう・・・さん」

「・・・・・源次郎・・・・?」

「!」


男は源次郎と言う名前に反応していた、その僅かな反応を彼女は見逃さない


「・・・・源次郎さんを・・・・知っているん・・・ですか?」

「・・・っ・・・・」

「どう、なんですか?」

「・・・・し、ってる・・・・」


男は声に詰まりながら頷いた、だがその目はこちらをみてとても脅えている・・・


「おめえ・・・・雪女だな?」

「・・・・・・・」

「源次郎の言ってた通りだ・・・・」

「どういう、事です・・・・」

「あいつは、昔自分が雪わらしと遊んだって事をいってた・・・もしかしたら、雪女が迎えに来る
のかもしれねえって思って・・・だから・・・・」


男の言葉からは要領を得ないが、彼が自分の事を思っていた事は間違いないようだ・・・・


救われた気分だった・・・・

その言葉を聴いただけで、彼女の心の中には無上の歓喜に満ち溢れて・・・・涙がはらはらと流れた

嬉しい・・・・

自分の事をまだ覚えていてくれた・・・・自分の事を・・・・


彼女はすすり泣きながら、幾星霜重ねた恋心が通じ合った物だと確信の様な感情を覚えた


しかし























「うわああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」







男が大きな声を上げて、自分にぶつかってきた・・・・

瞬間、腹に鋭い痛みが走る・・・・


「おめぇを・・・・源次郎の下には行かせねえ!!」


男が、希望を打ち砕くような言葉を耳元で叫ぶ・・・・


「!! ブクゥ・・・・・ブフッ!・・・・・」


口から真っ赤な血が・・・・涙と共に吹き出して、身体を引き裂かんばかりの痛みが全身を駆ける
彼女は男を突き飛ばす、瞬間ずるりと腹から激しい痛みと友に真っ赤な刃が出て来た


「あぐぅあ・・・・あが・・・・きぃひ・・・・・」


腹を押さえて、痛みに悶えながら近くの木に捕まった


「・・・・・―――――」


濃密に立ち込めていく死の恐怖の中、愛しい者の名前を呼んだが・・・・声すら上げられない


「へ・・・・へへ・・・・やった・・・やったど・・・・源次郎・・・」


ずるりと身体が土へと横たわる・・・・


ひゅー・・・・―――



ひゅー・・・・―――



ひゅー・・・・―――


喉笛の奥から虚しく響くかすかな呼吸が刻めば、彼女の傷つきやせ細った命の花は散っていく

痛みが引いていく・・・・


「・・・・・・」


痛みと共に、全ての感覚が消えて行った・・・・




















勝鬨を上げる、彼方に見える城・・・・どうやら本隊が城を攻略したらしい


「・・・・・してやった・・・・してやったぞ!!」


歓喜する・・・・・それは自らの使命を果した嬉しさか・・・・彼は体に受けた刀傷と矢のおかげで
自らの命がじきに終ろうとしている事を予感していた


「・・・・・これで・・・・わしは・・・・!」


一人の侍は・・・・目の前に一人の女の影が見えたような気がした


「・・・・・・なんじゃ・・・・」


昔から、幽霊の正体見たり枯尾花というが・・・まさしくそれか?目の前には一本の木がある

丁度いい・・・・自分の墓には、この木で良い・・・・


「・・・・・」


一人の侍は、そうしてその木に身を預けて目を瞑った・・・・


















目が開いていく・・・・瞑ったはずの自分の瞼が開いていくのが解った


「・・・・・・」

「お、気ぃついたんか?」

「!」


聞きなれない声を受けて彼女は起き上がると・・・・そこは見知らぬ小屋の中であった
全てが知らぬ世界の中で彼女は困惑していた


「大丈夫か〜?」

「え・・・・ぁ・・・・は、はい」


見知らぬ女性が話しかけてきている・・・・

金髪の長い髪に、金色の眼、紫苑色の着物を身に纏っている
何より特徴的なのは彼女の尻尾に生えた5つの尻尾と、金髪の髪から出ている狐のような耳


「あなたは・・・・」

「うち??・・・・うちは稲荷の千代っちゅうもんや」

「稲荷・・・・・」


稲荷といえばかなり高位の妖怪である。しかも尻尾が六本もあればかなりの力を持つ稲荷だ
彼女は薪を継ぎ足して火を強くする


「っ・・・・」

「安心し・・・・結界はっとるからあんたまで暖かくはならんわ」

「・・・・・・は、はい」

「そんで・・・・あんなところに倒れて何してたんや?この辺に雪女は居らんと
思てたんやけどな?」

「・・・・・人を探して、都に・・・・」


未だに混乱する彼女は小さく呟く、千代はふぅっと溜息をついて立ち上がると戸を目指す


「そーか・・・・都をか・・・・ぅう!さぶぅ・・・・」


彼女は身を縮めながら戸をあけた





外は吹雪が吹きぬけていた・・・・・




「え?」



雪女は驚きのあまり言葉を失った・・・・




冬?

自分が今まで旅をしていたときは春だったはずなのに・・・・それに、自分は刺されて死んだ
あれは夢だったとでも言うのか?それならば何故自分はこんな所に居る?


「す、すみません・・・・今・・・今、何年ですか?」

「あん?・・・今は―――――」


絶句した・・・・

なんと彼女が雪山を出てきた時よりも約3年の月日が流れてしまっていたのだから。


「それがどうかし・・・・・・・」


千代は振り返って彼女の顔を見て、一瞬驚いたが。すぐさま「それ」をもって
彼女の元へと帰ってきた


「・・・・・これ・・・・雪女の好みなんぞ解らんから・・・・あったかいのやったらつぐけど」


千代が自分に差し出してきたのは、吹雪の下にさらして冷やしたご飯と味噌汁、そして
兎の肉を焼いたもの・・・・もう何日も食べた事の無いご飯であった


「・・・・・いいん・・・ですか?」

「ん♪ 世の中助け合いやで」


そういった彼女の笑顔は・・・・雪女の身体の中にシンと響いた








ご飯を施してもらった彼女は、その味を噛み締めながら・・・・涙を流しながらご飯を食べた
口から食べるものをこんなに美味しいものと思ったのは久方ぶりではないか?

そして、ご飯を食べ終わると・・・雪女は千代に向って深々と頭を下げた

彼女は「ええって」と言いながら少し困った顔をしながら照れていた。
代わりに、どうして雪女は都を目指すのかを教えてくれと言う、彼女はありのまま話した

ここまでの旅路・・・・苦しい事、悲しい事・・・そして自分は三年前に刺されて死んだ事を

神妙な面持ちで聞いてくれた彼女は、しかしそれを疑うことなく信じてくれた


「なるほどなあ・・・・男を捜して三千里ってか・・・・泣ける話や」

「・・・・・・でも、どうして死んだのか・・・・どうして殺されたのか・・・」

「そら殺されもするわ、自慢とか卑下するわけや無いけど・・・・うちみたいな稲荷やなくて
人間に害を与える思われてる妖怪がおったら人間は容赦ないで?」

「・・・・・・」

「ましてや、それが自分に親しいもんに危害が加わると思ってんねんたら、尚更やろ」

「自分に、親しい者?」


千代は再び薪を炎の中に入れる


「多分、あんたを刺した奴はその源次郎っちゅう奴と親しい関係にあったんやろ・・・
雪女は人間を攫うゆうて畏れられとるからなあ・・・・友を守るために雪女を斬ったっちゅうこと」

「・・・・・・・」

「きつい話かも知れんけど・・・・結局はそういうことや、災難やったな」


本当に災難だ・・・あの刹那の歓喜を知る事が出来なければあの男を恨んでいたところだろう


「でも・・・・それだと私は・・・どうして生きているのでしょう」

「・・・・・・さあ・・・執念とちゃう?」

「執念・・・・」


千代はにっこりと笑って尻尾を動かした


「うちも、好いた男に抱かれて・・・・こんだけの尻尾を持ったんや」


その数は凡そ5本・・・・その5本の尻尾がゆらゆらと揺れる


「一人目は・・・・真っ直ぐ素直な男やった・・・・そいつに始めてあげたんが60年位前」

「・・・・・」

「二人目は・・・・嘘はつくけど、最後までうちを愛してくれた。それが37,8年前」

「・・・・・」

「んで、三人目は・・・・馬鹿な男やった・・・・勝手に死んでもうてな、それが今年の夏」


自嘲気味に笑う


「うち、半人前やさかいにな、男を長ごう生きさせられへんねん。せやから三回も未亡人
になってもーてる、何時までたっても半人前、せやからこんなん5本あっても」


パチっと、薪が火に弾けた


「意味あらへん」


仕方ない、と苦笑いをした・・・・


「・・・・つらいと思わんの?顔も知らん相手のために」

「辛いです・・・ですけど、それが雪女の性と言うものです」

「厄介な性やで、ほんま・・・・でもウチもそーやって一途に恋をして命懸けてみたいなあ」

「・・・・・碌な物ではありませんよ?」

「はっはっはっはっはっはっはっは!!」


千代は大きく笑った・・・・彼女の横顔からその会話の真意を汲み取る事は出来ないが
どうやら彼女も、誰かと会話するのが久しぶりだったらしい


「・・・・身体の方はもう動ける見たいやけどな・・・・どうすんの?これから」

「・・・・・都に向います」

「・・・・・・ほーか、気ぃつけて行きや・・・・用意してあげられるもんなんて今のうちには無いけど」

「いえ、大変良くして貰いありがとうございました・・・・」


雪女は深々と頭を下げて礼をする、千代は「ええって」と言いながら手を振って困った顔をした


「お礼と言っては何ですが・・・・こちらを」


雪女は自分の髪につけていた花の飾りを千代へと差し出す


「嫁に行こうっちゅー女から、飾りを毟るなんてよーせえへんよ。」

「いいえ・・・雪女として、受けた恩を何もせずまま立ち去る事など言語道断にございます
ここは私の顔を立たせてくださいまし」

「・・・・・・飾り気なしで男落せる自信は?」


雪女はニッコリと笑った


「私は雪女でございます、愛しき男は凍てつかせ放しません」

「・・・・・こわいやっちゃな」


千代はごろりと寝転がって彼女が差し出す花飾りを手にとって見る
それは真っ白な・・・・雪よりも白い花であった


「・・・・"椿"の花・・・・」

「私の名と同じ花にございます」

「・・・・そか」

「それでは・・・大変お世話になりました・・・・私はこれにて失礼いたします」

「ん、達者での」

「・・・・・はい、源次郎さんと共に国に帰るときはまた立ち寄らせてもらいます」

「ああ、うちもこの辺のもんちゃうねん。その辺ぶらぶらしとるもんや・・・せやから、多分
自分が帰ってくるときにはもーいーひんと思う」

「そう・・・ですか」

「まあ、世の中狭いっちゅうからどっかで出逢うかもしれへんな?」

「・・・・そうですね、それでは、お元気で」

「ぉお」


そうして椿は立ち上がって小屋の戸口まで歩いていくと、最後にこちらに深々と一礼して
吹雪く向こう側へと歩みを進めていった・・・・






一人になった小屋の中、椿は寝転びながら彼女から貰った椿の花の髪飾りを眺める


「・・・・・アホな女やで・・・・ほんまは自分でも気づいとるのにな・・・一度腹刺されて死んだのに
なんで自分が生きて居るんか・・・・・」


椿が出て行った戸を眺める・・・・あるいは今追いかければ彼女に届くかもしれない


「・・・・・雪がもう一度自分の身体を再構築したんやろうなあ・・・・強い意志をもっとるもんは自然の魔力を変換して自己再生に当てる・・・・三年かけて自分の身体を再構築した・・・・でも」


それは生きていれば問題ない事、一度死んで・・・強い執念だけで身体を再構築しても


「死んだっちゅー自然の摂理からは逃れられへん・・・・じきに溶けてまうよ・・・・あんたの身体も」


彼女の笑顔が良心を痛めた


「・・・・・あんたの愛も」


それでも、あんたは行くんやろうな・・・・女やから














彼女は歩いた・・・・雪が降る道を都に向って一直線に

千代の予想通り・・・椿の身体は形をとどめたまま崩壊を始めていた


「はぁ・・・・はぁ・・・・・はぁ・・・・・」


一歩踏み出せばまるで内臓が砕けていくような激痛を伴う、心なんて簡単に砕けてしまう
それでも彼女は心に残る愛する者の名を呼び続けながら歩いていく


「・・・・・――――源次郎・・・さん」


無性に、会いたい、話したい・・・・


「・・・・・ぁ」


願いは通じたのか・・・・あれほど長い旅にもようやく終点が見えた。

彼女の目の前には巨大な都の門が粛々と聳えている


「・・・・・・源次郎さん・・・今・・・行きます」


彼女は歩みを進めた










―――――――――源次郎は居なかった。


10日程、吹雪に閉ざされた都の中を探し回ったがその姿を見つける事は出来なかった


「・・・・・・・」

「ヒ!!し、しらねえ!!」


彼女は近くに居た人間から源次郎の居場所を問いただしたが・・・誰も彼もが知らぬ存ぜぬと申した
あまりに苛立ちを募らせたのか、一人二人を凍らせた


「・・・・何処へ行ったの・・・・」


もう身体の限界は近い・・・・すでに生きているのが不思議な状態だ
最後の力を振り絞って、一人の牢版に問いただした・・・・源次郎はどこか?と


「げ、源次郎?・・・・そ、そんな奴今しらね・・・・ぁ・・・・」

「どうしたのです・・・知っているんですか?」

「そ、そうだ・・・・源次郎・・・・三年前の城攻めん時に鉄砲玉になった部隊の隊長が・・・確かそんな名前」

「!!」
















老婆と老人は家の中で静かに薪を囲っていた・・・・三年前のあの日のようにも


「・・・・・ほれ・・・・源次郎・・・あったかい飯じゃ」


老人が、線香が一本たった小さな仏壇の前で手を合わせている、その前には暖かいご飯が供えられた


「・・・・おめえさんは立派な男じゃよ・・・・」


しみじみとそう言いながら仏壇の横においてある一通の手紙を手に取る


「それも、いい友達を持ったからじゃろうなあ」

「・・・・・左右吉(そうきち)が帰り道で雪女を退治してくれたからこそ、雪女に捕まることなく
自分のお仕事を全うできたんじゃ・・・・本当に、幸せ者じゃて」

「そうだなや」


老人はあらためて手紙を広げた






  父ト母ヘ


     父ト母へ、源次郎モ立派ナ陽動攻撃隊員トシテ出陣スルコトニナリマシタ

     思エバ、十四余年ノ間、父母ノオ手ノ中ニ育ッタコトヲ考エルト、

     感激ノ念デ一杯デスアリマス。

     全ク己ホド幸セ者は他ニ無イト信ジ、コノゴ恩ヲ君ト父ニ返ス覚悟デス。

     一人ノ国守トシテ坦々タル気持デ私ハ務メヲ果スタメ征キマス。

     人ハ一度ハ死ヌモノ、遥カナ大儀ニ生キル栄光タル日ハ今ヲ残シマセン。

     父母上様モコノ私ノ為ニ喜ンデ下サイ。

     源次郎ハ微笑ンデ征キマス。出兵ノ時モ、最後ノ時モ。

     短キ間、命ヲクレタ事ニ感謝イタシマス


                                  源次郎ヨリ





















椿は歩いた・・・・彼が散った何も無い、雪の降る荒野の果てを

既に限界の限界を超え、自らの体が崩壊していく事が如実にわかる


「・・・・・」


声も上げる事もできなければ・・・・すでに目が何を捕らえているかもわからぬ始末
それでも歩いて、歩いて、歩いた・・・



せめて、この愛が届かなくとも・・・貴方と同じ場所で死にたい・・・・



椿は既に動いていない心臓と身体を迫力で動かして歩を進めた


身体が痛い


頭に穴が開いたように痛い


息が出来ない


涙も枯れた


手はとうに動かない


足は・・・・既に感覚がない


刺された腹が痛む


自分は今さぞ醜かろう・・・・



それでも彼女は・・・・・雪降る荒野を歩き続けた。



「・・・・・・」



と、その時・・・・ふと雪の中に何かが見えた・・・・・真っ白な花を咲かせて佇む一本の木・・・


「・・・・・・・」


何故だろう、呼び込まれるようにそこへ向って彼女は歩いた


白い花・・・・未だ冬である限りあれは桜ではない・・・


冬に咲く、冬の花・・・・


「・・・・・・・――――見つけた」






一本の木にもたれかかる様に没している一つの骸・・・・


変わり果てた愛しき者の姿、まさか髑髏になっているとは・・・旅に出た頃には夢にも思うまい


だが間違いない、あれは源次郎だ。愛しい愛しい・・・・あの人だ。



「・・・・・・お帰りなさい・・・・あなた・・・・」



かつて、彼と遊んだままごとが頭の中に浮かび上がる・・・・
彼女はその言葉をなぞりながらその骸へと歩いていく、心臓も何もかもが止まった中で

彼女は前へと進んだ



・・・・・今日は・・・・・あなたには・・・・寒かったでしょう



熱い湯を沸かしてあります・・・・火が熱かったけれど、頑張って沸かしましたよ



・・・・・・・・今日は・・・・・雉・・・・・鍋・・・でも、と



すぐに用意いたしますね、あなた・・・・



・・・・・・・源次郎・・・・・さん



・・・・・また・・・・会いましょう、次は雪が静かに降る夜に・・・二人で・・・会いましょう








会いたかった・・・会いたくて、会いたくて、会いたくて仕方なかった・・・・・


例えそれが恵まれぬ恋だとしても


恋しくて・・・恋しくて、恋しくて、恋しくて仕方なかった・・・・・


例えそれが一方的な愛だとしても


愛しくて・・・愛しくて、愛しくて、愛しくて仕方なかった・・・・・




そう・・・・彼女には




こうして歩みを進める事以外の人生など無かった。













―――――――――――――――――――――――――――――――――――  ッド!!














力尽きて倒れこんだ彼女の指先は・・・・













てのひら一つ分、彼には届かなかった。














雪が降る一月の半ば、白い骸が二つ・・・・・白い花を咲かせる椿の下で


























「・・・・・・・・」


何時の間にだろうか?二つの骸を見守るように一人の少女が立っていた・・・・
さんさんと降り積もる雪の中、彼女は悲痛な面持ちで目の前に横たわる椿の遺体を見ていた


「悲しいのぉ・・・・これが、これが彼女の物語とはのぉ・・・・」


両の頬を伝う涙は輝いて、白い雪の海原に落ちる。


「・・・・・・こんな事をして・・・お主等にはどれだけの供養になるか・・・」


小さな少女は・・・・もうピクリとも動かない椿の体を、その小さな小さな身体で背負う


「・・・・・冷たい・・・・ぬしはこんなにも冷たい身体で歩いていたのか・・・・」


まるで氷の塊を背負っているようだった・・・・・それでも彼女は椿を背負って
木に寄りかかる骸の隣に・・・・彼女を座らせた


「・・・・・」


寄り添いあいながら眠る二つの骸の手を取り・・・・冷たい冷たい二人の手を重ねる


「お主を生かしたのが摂理ならば、お主を殺したのも摂理であろ・・・・そして」


椿の身体が・・・倒れこむようにして源次郎の骨の中へと入っていく



「おぬし等を一つにするのも、また摂理だ」























椿は、白い椿の花の下に立っていた・・・・

目の前には一人の少女がこちらを向いている。椿は深々と彼女に一礼をした


「・・・・・ありがとうございます・・・・」


それは一体何に対する礼か、少女には良くわからなかったが・・・椿は優しく微笑んだ。
春風よりも優しい冬の花の笑顔は彼女には二度と忘れられない笑顔だろう


「・・・・・これからどうするのじゃ?」

「・・・・・これからはずっと源次郎さんと一緒なんです、もう・・・私には何の使命も無い」


そう・・・・源次郎と結ばれた椿は今・・・・幸せを感じた今・・・次の事など何もあるまい


「そうか・・・・なら、共に来るか?儂は世の見解を深めるため旅をしている者だ」

「・・・・・それも良いかも知れませんね・・・・いろんな方に出会うこと・・・・それは悪い事ではない
ということを今回の旅にて知りました・・・・それはきっと素敵な事です」

「・・・・・・では、来るか?」

「ええ・・・・」


少女は手を差し出す・・・まだ幼さ磯の小さな手を



「儂はベルベレット・・・・ベルベレット・アナスタシア」



椿は手を差し出す・・・・新に生まれ変わった・・・    骨の手を



「私の名は・・・・この花の名です」



椿は頭上を見上げると、そこには一輪の雪よりも白い花が咲いていた。



「・・・・・カメリア、か」


「・・・・カメリア・・・・?」


「すまんの、儂等の国ではこの花をそう呼んでおる」


「・・・・・いいえ、気に入りました・・・・私の名はカメリア(椿)・・・・」



噛み締めるように、新しい・・・しかし間違いなく自分の名を呟き、笑顔を浮かべる



「そうか・・・・・宜しくの、カメリア・・・・」


「はい・・・・」















 〜数年後〜



「てめえどれだけ食えば気が済むんだ!!あ!それ俺の!!」


騒がしい食堂の一角でテーブルを囲むデイヴと人に化けたベルベレット、カメリアが賑やかに
食事をしている。ベルベレットは口に出来る限りの料理を頬張ってムシャムシャと食べていた・・・
品性の欠片も無い


「儂は育ちざかりじゃ!!」

「どこかだ!!何時見ても小さいじゃねえか!成長などしてないじゃないか!」

「カ―――!!目の悪い奴じゃのお!良く見てみい!!明らかに成長している処があるじゃろ!」


デイヴは胸を張って威張る彼女を見るが


「・・・・鼻?」

「ボケ」


本当にボケと言われても仕方ない回答であった


「頭じゃ!頭脳じゃ!!儂の頭脳は一分一秒間違いなく成長をしておる!」

「目でみろっつうのが間違いじゃないのか?」

(´・ω・)ムシャムシャ

「てめえまだ食う気か!?」

「はあ・・・・ならばここの代金はわしが出そう、それならば文句あるまい」

「む・・・・」


ベルベレットはポケットの中を確認する


「・・・・・・」


胸を触る


「・・・・・・」


腰を触る


「・・・・・・」


お尻を触る


「ぁああん!!」

「何トリップしてんだ!!」


ベルベレットは


:* .* ( =ω=)- .* :


な顔で、周囲にキラキラとしたオーラを放ちながらデイヴを見てくる



「・・・・なんだよ、そんな顔でこっちを見て」









「新しい財源を見つけたぞぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」バリバリバリ




「俺のサイフだああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」







     ( ゚ω゚ ) 支払いは任せろー
 バリバリC□l丶l丶
        (   ) やめて!
        








デイヴはベルベレットからサイフを取り返して彼女の頬を真横につねって伸ばす
引っ張ればベルベレットの頬は餅の様にアニョーンと伸びた


「くそ!バリバリに破りやがって・・・・」  アニョーンアニョーンアニョーン

「フフフフフフ・・・・」

「カメリアさん、笑ってないで貴方も止めてくださいよ」 アニョーンアニョーン

「いえ・・・・申し訳ありません」

「?・・・・そういえば、なんでカメリアさんはこんな奴についてんだ?」 プェーンプルプルプル・・・


ベルベレットの頬が解放されプルルンと波打つ・・・・


「・・・・・・・ベルベレット様には、大変大きなご恩がございますゆえ」

「恩?」



カメリアは微笑を浮かべたまま目を瞑り・・・・自分の両手の指先を合わせた





「触れる事の出来なかった・・・・愛しい人に触れる事が出来た・・・・そんな恩があるんです」





デイヴには・・・その彼女の笑顔を見て思った。



まるで、白い花のような笑顔だと・・・・・







                                             Fin.
11/03/01 23:16更新 / カップ飯半人前
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■作者メッセージ
ここまで読んでいただきありがとうございます、カップめし半人前です。

さて・・・・第三話に入る前に何の脈絡も無く外伝いれてますね。何やってんだ
話し進まなくてすみません・・・・実はネタに詰っています。

なので今回は閑話休題として殆ど喋らなかったカメリアさんの過去にスポットを当ててみました。

基本的に雪女は男の人を待機してゲットするタイプみたいなので(偏見)歩かせてみました。
まあタイトルに旅人達なんて入れてるんだから旅させて当たり前ですが・・・

今回は雪女独特の価値観を連想して書きました、桜を地獄の花だとか・・・(全国の桜さんごめんなさい)
魔物の性だとか価値観って人間とは随分違うはずなんですが、何処か共感が持てる・・・
そんな作品を創っていけたらいいなっていうのが今回の目標なので、今回はそれを色濃く出しました。
お楽しみいただけたならば幸いです。

毎度の事ながらご意見、ご感想どしどし募集です。

それにしてもまたエロがないね?すみません。

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まろやか投稿小説ぐれーと Ver2.33