連載小説
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微笑を浮かべる者達






今回!ほんのちょっぴり!!グロい表現があったりします!!それでも大丈夫なお客様は

どうぞご堪能くださいまし・・・・

                         by. Cap meshi han-ninmae













彼がここに来て日を数える事1565日になる、四年と105日になるか・・・・
最後に剣を握ろうとした処、柄にドラゴンフライ(トンボ)が乗っていたのでそこから三ヶ月
                                          

「――――――フゥー・・・ス・・・」


吐き出す息が白い、ナイフで斬られる様な痛みが酷く身体を走り去っていく。

確信した、今は冬なのだと


「――――――フゥー・・・ス・・・」


呼吸はここ数年ずっと同じリズムを刻み続けている、寝ているときは解らないが
自分が認識している限りは同じリズムを刻んできた事は間違いないと自負している


「――――――フゥー・・・ス・・・」


ガチャリと鎖が音を立てた、少しばかり窮屈なので身体を揺すったのだが・・・・
その音に冷やりと嫌な汗が伝う


「・・・・・・・・・・」


久方ぶりに呼吸がリズムをやめた、すでに眼前を遮る傷んだ長い前髪の隙間から鎖を窺う


「・・・・・・――――――フゥー・・・ス・・・」


鎖が繋がっていて一安心だった・・・・再び呼吸は元のリズムを取り戻した


「・・・・・・・・寒いですねえ」


不気味なほど静まり返った地下の牢獄で呟くが、誰も答える物は居ない・・・
人は居るには居るが・・・・生憎と向こう様はこちらを人間と見ていないのだから仕方ない


「――――――フゥー・・・ス・・・」


明日は1566日目

再び明日もこうして日を数える日が来るのかと思うと、少々生きる希望が削がれて来る
衛兵達が言うには、こうしてまだ自分が生きている事が異常だという

普通の人間ならば1ヶ月ほどすれば発狂し、このまま死に絶えるのだというが

それを4年も生きているのは中々にしぶとい人間なのだろう、とても自分を褒めたい気分だ














着ている服はズボンだけ、上着も靴下も帽子も何も纏っては居ない黒髪の男が生きている

上半身には無数の傷跡、胸には十字の焼印が施されて、両手首を鎖で繋がれた男

鎖は背後にある巨大な十字架の左右に結ばれていた。



彼の目の前には巨大な扉があり、週に一度その扉が開かれて彼は見世物になる。



「見るのです、この者はかの聖地にて女王を襲い殺した悪魔です。下に恐ろしき悪魔です」


週に一度必ず決まって聞く台詞


「浅ましくもこの者は生きております。何故悪魔が生きているのか?懺悔しているのです」


いつも声が後ろから聞えているのでその男の言葉は聞いた事がない


「神はこの世の罪を許します、それが例え大罪を犯した者でも手を差し伸べられるのです」


生憎と、その神様を見たこともなければ手を差し伸べられた事もない


「ここに縛られた悪魔は神の御心に懺悔を捧げ、罪の告白をしながら毎日を生きています」


懺悔も罪の告白もしていないのだ、自分はもしや罰当たりなのか?


「この悪魔が生きていると言う事は、神はこの悪魔の罪を許された!おお慈悲深き神よ!」


背後の男性がわざとらしく激情を表現して神を崇める


「神は貴方方を許すでしょう、神は罪を許すでしょう、神は等しく我等を許すでしょう」


目の前の人達が一斉に両手を合わせて祈りを捧げる


「祈りましょう・・・我等が偉大なる神の御心に抱かれている事を感謝して・・・謳いましょう」


そしてそこから耳を劈く(つんざく)大合唱が始まるのだ


「・・・・・・・・・・」












彼は騎士だった

家は学者の家系に生を受けて、周囲は皆そこそこに名が馳せた学者に囲まれて育った
誰もが彼は将来学者の道に進むのだろうと考えた、あれだけ本を読み漁るのが好きなら当然だ

しかしどういう転び方をしたのかは知らないが、彼は騎士になった

戦術、剣術、知識・・・・同輩や先達にその才は並ぶ者は居ないと称されるほど有能な騎士であった
志は高く、日々練磨絶やさず、様々な書を読み漁っては知識を蓄えた

そんな彼は何時でも人々の中心に居て、その人当たりの良い人格から様々な人に好かれた


それ故に、敵も多かった


珍しい話ではない。人よりも少しばかり努力して力を少しばかり持った者は特別扱いされる
ほんのちょっとの努力で身につくであろう力を特別と見なす、人とはさもしい物だ

しかし、そんな周囲の眼にもなんのその・・・彼は祖国の為に自分の力を存分にふるって活躍した



ある日、隣国の女王が何者かに殺害された



根拠などなく、隣国はその殺害を企てたのは我が祖国だと発表し宣戦布告してきた


奴等は戦争がしたかったのだ。


列強国にその顔を連ねる隣国は軍事国家でもある、戦争特需がなければ国は発展しない
戦争をするにはそれを正当化する理由が必要不可欠だ・・・・それ故に女王は殺されたのだろう

宣戦布告をした後は自分よりも格下の国家たちに命じて戦争をさせれば良い

格下の国家から兵の出兵を要請させる、もちろん格下の国家は日頃からの搾取で貧乏国である
装備などまともなものではない

そこで隣国は買わせるのだ・・・様々な装備を・・・・情報を・・・・兵を・・・・


戦争で戦えば戦うほど兵や武器の消耗は激しくなるが、隣国は殆ど傷つかない


代理戦争の裏事情を掌握して、格下の国、敵国の国力を削いでいく・・・・
敵国が弱ったところで賠償金を要求して降伏させ帰属させれば、奴等はぼろ儲けである

戦争特需が生まれ奴等の国は発展する、奴等はそうやって国を大きくしてきたのだ



「彼」はその奴等の思惑を理解していた    だからこそ国の上層部にその意図を伝えた



全ては戦争を止めるために



上層部は彼を和睦の使者として隣国へと送る事にした。身の潔白を晴らすため一枚の書と共に




















「こやつを捕らえよ!!」


怒号と共に近くに控えていた衛兵が彼の腕を掴んで拘束すると、その喉元に鉄剣を突きつける


「な!何をするのですか!!」


訳がわからない意を籠めて彼は叫ぶが・・・・隣国の国王はわざわざ目の前にまで歩いてきて
その書状を彼に突きつけた


「・・・・・・!!?」


そこには、自分が女王を殺害した犯人であるという文章と・・・この首と賠償金での戦争の不発
を懇願している内容がへりくだって書かれている

彼に出来たのは、月並みの反論であった


「ち、違う!!私は誰も貴方の国の人間を殺していない!!」

「黙れ!!我が愛妻の仇!!今ここで肉片へと切り刻んでやる!!!!」


怒り狂った王はその場で腰に下げた立派な装飾がされたショートソードを引き抜き振り上げる
眼前に聳える白銀の輝きを放つ刃が嫌に冷たく見えたのを覚えている

あの時ばかりは死を覚悟した



「お待ちください、陛下」



待ったの手を入れたのは・・・・その国の総司祭であった・・・・












「――――――フゥー・・・ス・・・」


一定のリズムが刻む呼吸・・・・ここに張り付けにされた男は静かに脳を働かせる


「――――――フゥー・・・ス・・・」


総司祭は待ったの声をかけた。

相手がへりくだって降伏し、女王殺害の首謀者を出してきたのでは大義名分は削がれてしまった
彼の祖国よりも力が強いという証明と風評を得たのは大きいが、最初の目的とは大きくずれた。


戦争は回避できた


しかしそれでは面白くもない・・・・そこで奴等は実よりも更なる風評を得ようとしたのだ


「――――――フゥー・・・ス・・・」


女王を殺した憎むべき敵すらも神の教義に従って許す・・・・そんな懐の広さを見せれば
世界の人々はこの国の異常なまでの信心深さに感激を覚えるだろう

かくして彼は、神を奉る装飾品として生かされる身となった


「――――――フゥー・・・ス・・・・・・・・観ていますか?神よ・・・・・フフフ・・・・・これが人間です」


彼は神を笑った・・・さて、次に笑うのはもしや死神かもしれないと心で感じながら













   〜森〜


所変わって、ここは森の中・・・・月の光がちらほら葉と木の間から小さく地面を照らす
森の中に満ちている湿気は寒気によって気温を氷点下まで下げている、雪も降りそうだ


「はぁ・・・・はぁ・・・・はぁ・・・・はぁ・・・・・」


荒い呼吸のまま走っているのは一人の女性・・・・


<そっちへ行ったぞ!!追い詰めろ!!


女性が走りぬける後ろから、いくつかの松明がまるで火の玉の様に彼女を追いかけていく


「な、なんやねん!!ちょーっと食事しよう思ただけやのに何でこんな!!」


独特な喋り方をする彼女は必死になってその火の玉たちから逃れようと走るのだが
ここ数日食事を取っておらずお腹がすいて力が出ない・・・・


「大陸の男は大らかで気が良ぉててカッコええ奴等ばっかりやってきいたのにぃいいいい!
騙されたあああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」


叫んでみても状況は変わらず・・・・・


「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!捕まってたまるかああああ!!!!」


彼女に出来た事は空腹で何れ尽きるであろう体力を振り絞って疾走するだけであった・・・・















町の住人の3分の2がベッドの中に入ったのではないか?午前0時をそろそろ回り日付が
変わろうとしている時間、次に微笑んだのは幸運の女神であった


「――――――フゥー・・・ス・・・・・・・・?」


おかしい、先ほどまで身を斬る様な風が感じられない・・・・そればかりか
まるで春風の様に温かい風がこちらに流れ込んできているではないか


「・・・・・・・お迎えでも来たんでしょうかね・・・・」


それはそれで。


「・・・・・?」


しかし、どうにも違う・・・暖かい春風がどんどん熱を帯びてくる、室温が温風に暖められて
きた・・・・そして徐々にその原因がわかってきた

火事だ・・・・どうやらこの教会が燃えているのではないのか?と推測する
その推測は一人の男が駆け込んできた事で証明された


「大変だ!!火事だ!!」

「何!?」

「かなり燃え広がってしまった!!人手が足りないからお前も手伝え!!」

「わ、わかった!!」


衛兵は慌てて駆け込んできた男と共に扉から出て行く・・・・扉の隙間から焔の陽炎が見える

4年と105日ぶり・・・・いや、日付が変わって四年と106日ぶりか、この場所で孤独になった


「・・・・・神は私を許されたのでしょうかね?」


彼は自分の両手首に力を籠める・・・・ガチャガチャと鎖が鳴り響くがこれくらいの事では



ガチャン



外れた・・・・

鎖が腕輪との接合部の部分で破砕して彼の右腕は自由になった
同じように左腕を少し動かしただけで鎖は簡単に粉砕してしまったのだ


「――――――フゥー・・・ス・・・」


最後の呼吸をし終えると、彼は立ち上がって微笑を浮かべ・・・・裏口の方へ走った




この日、張り付けにされた男が生まれて初めて「自由」を得た















「・・・・・・・ズスッ!!」


情けないほど気の抜けるような鼻水を啜る音が夜空に響き渡る・・・・・

西を目指す黒い行商人、デイヴ・マートンは一人焚き火の近くで暖を取っていた

冬も近づいてきたこの時期、魔物の行動力は落ちるとはいえ野宿の安全性は上がるが
この寒さだけは魔物ととっ変わったように彼を苦しめる

この季節の夜風は本当に身体に毒である


「・・・・・幸せなら手をたたこ」


毒もここまで行けばその恐ろしさがわかるだろう、ついに彼の頭のネジがいかれた。


「・・・・・こんな事ならベルベレットには魔界製の防寒具でも貰えばよかった」


きっと暖かいに違いない。彼は酒が入ったボトルをラッパ飲みする
この寒さの中でしか味わえない美味さがある


「辛口!スーパード○イ!!」


ネジが音を立てて飛んで行った様だ、時を同じくして頭上で流れ星が一つ









と、その時だ・・・・防風のために背後に陣取った草むらがガサリと動いた


「!!?」


デイヴが後ろを振り返ると





「――――――フゥー・・・ス・・・」





「でたあああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」





    (  Д )  ゜  ゜        Σ(川ω川川)




「シュワ!!」

「イヤァアアアアアアアアア!!」

「フォア!!」

「フゥンンンンンンンンンン!!」

「ヤッーーーーーーーーーーー!!」

「デュワ!!」

「ご安心を、私は人間です」




激しい戦いの末、人語を話した事で決着を迎えた。












デイヴの目の前に現れた男は傷みきった前髪をオールバックにして、そのやせ細った顔で
朗らかな笑みを浮かべて一礼した


「大変お世話になりました」

「いえいえ、どういたしまして」


なんだかんだで人が良いデイヴ・マートンは、その半裸の男に自らの換えの上着と
食料を与えると、彼は律儀に一礼してその施しを受けた


「で、あんた誰・・・」

「申し遅れましたね・・・私はクラウディオ・バンデラスという者です、以後お見知りおきを」

「クラウディオ・・・・バンデラス?」


デイヴはその名前を何処かで聞いた名前だと、記憶を呼び覚ます・・・・


「それでは、道中お気をつけて」


旅立とうとした


「ま、ま、ま、ま、ま、そういわずにごゆっくりとして行こうじゃないですか」

「黙れ!クラウディオって言ったらこの国の女王殺した犯人だろ!張り付けの男だろ!?」

「違いますよ〜」

「今まさに脱獄してきましたみたいな男の言葉が信用できるか!!こんな所を兵隊に
見つかったら俺もタダじゃすまないんだ!!」

「大丈夫ですよ、兵隊はすぐには派遣されないでしょう」

「なんで・・・・」

「私、多分死んだ事になってますから」

「?」


クラウディオは教会で起こった事を話した・・・
火事で兵が教会に回っていたため町を出る事は簡単だったという


「町を出る頃には教会が火に包まれて屋根が落ちるのが見えました、恐らく全焼ですね」

「張り付けにされていた男が逃れられるはずもない・・・か、ん?いや待て・・・
それならお前どうやって脱出したんだ?鎖につながれていたんだろう?」

「鎖なら引きちぎりました」

「すごい腕力してるんだな」( ・ω・)    ((((゜ω゜;)

「フフフフ」


クラウディオは自分の手首についてある腕輪をデイヴに見せた、確かに鎖は引きちぎられ
彼が脱獄して来た事を物語っている




「・・・・"金属疲労"って知ってますか?」




「金属疲労?」

「正式には"疲労破壊"と言って、金属が長期間・・・力を繰り返し受ける事で金属に亀裂が
走ったり、強度が落ちる現象の事です」

「・・・・・その金属疲労って奴で鎖を壊したのか?」

「最初の二年で鎖に亀裂を入れる事は出来たんですけど、如何せん機会が巡って来なくて
結局四年と106日待つことになりましたよ」


飄々と話しているが、デイヴはこのクラウディオという男に恐怖を感じた・・・そう
あのセヴリールの話を聞いたときと同じような恐怖を・・・・いや、もしかしたらそれ以上の
恐怖をこの男は内在しているのではないか・・・・

何故この男は四年以上捕まっていたのにこんなにも人間性が残っているんだろうか?

そしてこの落ち着き払った態度・・・・脱獄して自由の身になった男はもっと歓喜を現す物
じゃないのか?・・・彼は落ち着きすぎている

脱獄犯や殺人者と言う恐怖より、その得体の知れない恐怖の方が恐ろしかった


「・・・・・・」

「・・・・私が、怖いですか?」

「・・・・・・あ、ああ・・・」

「ご安心を、恩人に危害を加えるほど恥知らずではありません・・・・すみません
長い間特殊な環境に居たもので・・・落ち着きを払って生きる癖がついたようです」


まるでこちらの心を見透かしたように淡々と回答する・・・
特殊な環境に居すぎてそういう仙人じみた力を得てしまったのではないのか?


「・・・・それで、あんたこれからどうするんだ?」

「さて・・・どこか別の国に逃げる事になるでしょうねえ・・・祖国にも、この国にも
私の居場所は恐らく何処にもないでしょうから」

「・・・・・」

「デイヴさんは、見たところ行商人のようですが・・・これからどちらに?」

「西だ・・・西に行くと人間と魔物が共存している国があるらしい」

「ぁあ・・・そういえばそういう国もあるって聞きましたが・・・・本当にあるんですか?」

「さあな」

「じゃあとりあえずこの国を出られるんですね、ああ、良かった」

「おい・・・・まさかついて来る気じゃないだろうな!?」

「ついて行きますよ?私土地勘なんてないですし、こんな所でお別れしたら野たれ死ぬのは
明らかじゃないですか、何言ってるんです?」


何故自分がおかしな事を言っている事になっているのか・・・・つくづく面倒な人物と
めぐり合う星の下に生まれてしまったデイヴ・マートンである









それでも見捨てないのは彼の人の良さか、それとも以前ベルベレットに言われた言葉か
男二人は西を目指して歩いていく・・・

その間、不思議とお互い話は弾んだ、今話をしているのは彼が張り付けにされた事だ


「そりゃあ・・・・あんたを見世物にして神への信仰を強化・収集することが狙い眼だろうけれど
よくそれを国王が許したもんだな、妻を殺した相手が獄中とはいえ生きてるなんて
腸が煮えくり返っているだろうに」

「ですから、女王殺しに関しては国王も一枚噛んでいたのでしょう・・・側室を多く抱える
者ならば、整理の意味を兼ねての殺害だったのだと思います」

「ああ、そうだったか・・・・しかしこの国が政教分離されていなくて助かったな、ある意味で
本当に神に助けられたじゃないか」

「ええ・・・ですが、神に感謝を捧げたくないのは何故でしょうね?」

「俺があんただったら脱獄する前に、神の像に剣の一つでもつき立てるね、股間辺りに」

「ああ・・・・忘れてましたね」


気が合うのか、二人は現在の国勢情報の交換や、政治や社会の仕組みについて熱弁を振るった
お互い知識には貪欲なほうなので、論議を交わす相手が居て楽しいのかもしれない







そうして論議を交わしながら二人で旅をして二日目の夜の事だ・・・・

いよいよ国境沿いの山の麓に面している森が見えてきた位置で、二人は野宿をする事になった

その夜の事・・・・


「・・・・・・ん?」


月も中天より少し沈み始めた頃か、火の番を交代してシーツに包まって寝付き始めたはずの
クラウディオが突如目を覚ました


「どうした?」


火の番をしていたデイヴが尋ねたが、クラウディオはじっと森の方向を見据えている・・・・
その目はいつもの彼ではなく、研ぎ澄まされた戦士の眼をしていた
デイヴは背中に嫌な汗をかいた


「・・・・・人が・・・・森の中に人が居ます、それも大勢」

「何?」


ここから森へは2km程離れているというのにも関らず、彼はあの森の中に人が居るという
クラウディオは起き上がって静かにその方向から目を離そうとはしない


「・・・・・・」

「ぉ、おい・・・・」

「・・・・・もしかしたら盗賊か魔物かもしれません・・・・私が行って様子を見てきましょう」

「いいのか?」

「こんな事くらいでしかお役に立てませんので」


クラウディオは立ち上がってその森の方へと走り出す・・・・デイヴは不安になる胸元を抑えて
その後姿を見送った










「・・・・・・」


気配を殺し、息を殺して音もなくクラウディオは木々をすり抜けていく、
それはまるでギルタブリルのようである・・・・

自分でも不思議なのだ、何故あんなにも離れた位置に居たのにもかかわらず、人の気配を察知
できたのか・・・・

そういえば聞いた事がある、人間には五感のほかに六感・・・予知や未来視ができる人間が居る
ということを、長い間の留置生活でもしやそのような能力が発現したのか
あるいはこれが一時的なものなのかはわからないが、そこから得る情報は目や耳で感じた物
よりも確定的に信頼できる気がしてならない・・・


「(・・・・まあ、外れてくれることが一番良いのですけどね)」


相手が兵隊達で、自分を捜しに来たと言う事だったら・・・・

考えただけでもサァっと血の気が引いてしまう


「・・・・・・!」


どうやら悪い予感は当ったようである・・・・茂みに身を伏せて前方の様子を窺う


「・・・・・・」


森の中で一際開けた場所に奴等は居た・・・

数は20人前後だろうか・・・松明を持った兵達が疎らに立っており、一つの何かを取り囲むように
彼等は周囲を警戒していた

クラウディオは兵達が取り囲んだ物に目を凝らすと・・・・そこには一つの大きな荷車がある
馬が4頭で引くほどの巨大な荷車、その荷の上には巨大な檻が積まれていた


「・・・・(中に居るのは・・・魔物?)」


檻の中には数人の魔物がぐったりと横たわっている・・・・死んでいるのかと思うくらいだ
だがその体は時折ピクリと動いたり、ゆっくりと呼吸しているのがわかる


「(マンドラゴラにワーキャット、ワーウルフ、ハーピィ・・・・ん?見慣れない魔物も居ますね)」


ぐったりと横たわっている中、その魔物だけは檻に背もたれして不機嫌そうにしている
金髪の長い髪をした狐のような尻尾を5本も持ち、耳もまるで狐のような耳をしている女性
着ている服もこの地方の服ではない・・・・


「・・・・・よし、引き上げるぞ」

「!!」


一人の男が号令をかけた時、クラウディオは自らの眼を疑った


「・・・・(何故彼がこんな所に・・・別人ですか?)」


そう思ったのだが、その男が荷車の横に繋いであった馬に乗った後、
パイプに火をつける仕草をみて、その男が自らが推測する男だと言う事が確信に変わる。


「(・・・・・・・間違いない)」


一団は厳かな雰囲気を纏いながら森の北東を目指して出発していく・・・
クラウディオは一団が去った後、ゆっくりと起き上がり一団が去っていった方向を見た


「・・・・・・・」


その表情は、あの温厚そうな青年の物ではなく。まるで親の仇を前にしたような険しい顔だった
















「お待たせしました」

「!」


デイヴの元へと駆け寄ってきたクラウディオ、デイヴは手に持った少しばかりのミルクが入った
カップを置いて立ち上がった


「どうだった?」

「20人程の兵達が居ました、なにやら魔者達を牢の中に閉じ込めて北東へ向ったようです」

「・・・・モンスターハンターだな」

「"魔物の狩人"?そんな者が居るのですか?」

「・・・・奴等はモンスターを収集して売る連中だ、人身売買が禁止されていてもモンスターの売買は
国によっちゃ合法だからな」

「四年前には居なかった者達ですね」

「ああ、ここ数年でそういった魔物に対抗する技術を熱心に教会が開発していたからな・・・・
技術の流出によってああいった奴が沸いて出てきたんだ」

「しかしモンスターを・・・ですか」

「魔法や薬で力を弱らせるんだ、ペット感覚で集めている奴も居れば、ダッチワイフの変わりに
使う奴も居る・・・・録でもない連中だよ」

「・・・・・」


クラウディオがこちらを奇異なものを見るような目で見てきている


「なんだよ?」

「・・・・変わっていますね、まるでモンスターを人間の様に扱っている・・・・」

「・・・・・・・・・」

「教会に順じていた身としては少々おかしくも聞えますが、今となってはその考えもどうでも
良くなってきましたし、そういう考えを持ってみてもいいかもしれませんね・・・・
ああ、話がずれましたね・・・・ここから北東にいくと何があるんですか?」


デイヴは地図を取り出して広げてみせる・・・・


「俺達がいる場所がここ・・・北西に山脈がある」


人の喉の様に走る山脈と、自分達のいる場所の間にはヒゲのように生えた森が存在している


「ここから北東となると・・・・」

「・・・・町がありますね、名前はフルグレブルン」

「貿易の町・・・主生産となる産業は農業で国内有数の小麦の生産地とされている・・・・
小麦は亜寒帯でも良く育つからな・・・・この山脈の国境は二ヶ国の国境と隣接している、
貿易も盛んな町だ・・・・なるほど、モンスターハンターにはもってこいの場所だな、
狩場と売り場がこんなに近くにあるとは」

「なるほど・・・・」

「・・・・・・・行くのか?」


つい、そんな気がしたから彼に尋ねてみると、彼は迷うことなく頷いた。


「すみません、少し思い当たる節がありまして」

「・・・・・そっか」


デイヴは地図を閉じてバッグに入れると、代わりにバッグの中からなんと札束を取り出して
クラウディオに差し出す。その額およそ30万・・・・流石に彼も驚いたようだ


「いえ・・・・これは・・・・」

「受け取れよ、餞別だ」


ただの行商人が餞別でこんな大金を出せるわけがない


「・・・・あなた・・・・ただの行商人じゃないですね・・・・黒の行商人ですか?」

「まあな、つまるところモンスターハンターとは同じ穴のムジナってやつだが・・・
俺は命だけは商売道具にはしていない」


それは彼のプライドなのだろう、決して高くは無いが人間としての矜持がある


「・・・・・・あなた、変わってますね?」

「・・・・自分、半端モンですから」

「・・・・クッ!!」


クラウディオは吹き出して大きな笑い声を上げた・・・・・一頻り笑った後に一礼して
その札束を深々と頭を下げながら受け取った


「デイヴ・マートンより受けたこのご恩・・・このクラウディオ・バンデラス・・・一生忘れません」


震える声で呟く・・・・彼の頬には二筋の涙が伝っていた


「・・・・あんたでも感動して泣く事もあるんだな・・・」


まるで昔から知っている親友の意外な一面を見たようにデイヴは呟いた、クラウディオは涙を
拭って鼻水を啜ると、デイヴを一瞥した後再び頭を下げた

















〜翌日〜



「「良い旅を!!」」


そう言ってデイヴと別れたのが二時間ほど前、クラウディオは無事にフルグレブルンに到着した


彼はまずは冒険者が集う公衆浴場へ向って1ヶ月ぶりの風呂に入る
今思えば、相当の体臭を放っていたであろうに、デイヴは嫌な顔一つせず自分に接してくれた
もしかすれば神よりも懐の大きい男なのではないのだろうか?

※しかし肝は小さい



風呂場で汚れを取って、次に向ったのは散髪屋だ・・・

デイヴが持っていたナイフである程度は髪を切ったのだが、それでもきちんと整えたかった
容姿だけはちゃんとしておけという母の教えが骨身に染みていると自覚する。

散髪屋の店主からは「随分長旅をされていたようですね?」と言われて思わず苦笑い

もちろん自分がこの国での大罪人のレッテルが張られている事は解っているが
恐らく、顔で自分の素性がばれる事はないだろう・・・・

傷んで伸びた長い髪は自分の顔を隠してくれていたからだ。

長い長髪の男と言うイメージ脱却の為、髪を立たせたワイルドなショートに仕上げてもらった
ワックスと言う整髪液を奮発して買った。

自分の顔を隠して、長年付き合ってくれた髪に最後の別れを告げて散髪屋を出た。



服屋では服を買った、黒いシャツに茶色の皮のズボン、そして茶色いコートを一つ
変えの服を幾つかと、黒いシーツを一つ。


靴屋では労働者用の頑丈で動きやすいブーツと大きなバッグを一つ。


雑貨屋では旅に必要な道具と幾つかのマジックアイテムを買った、見慣れないものも多く
店の主人からは田舎者扱いされて後ろ指を差されながら店を後にした。


マーケットでは干し肉やドライフルーツ等の保存食を中心とパンとリンゴを買った


リンゴを頬張りながら武具店へと足を伸ばし武器を買った、値は張ったが良い物だった。


最後に、クラウディオは町で一番小さな宿に部屋を取った。





「・・・・・・・」


クラウディオは数年ぶりに味わうベッドの感触を満喫していた、この柔らかい感覚は久方ぶりだ
いや・・・・人間らしい事をする事自体が久方ぶりである

今までは本当に生かされているだけの存在だ・・・・例えるならば


「・・・・・家畜」


これしかないだろう

クラウディオ・バンデラスと言う名の家畜から人間へと戻った・・・・無上の嬉しさがこみ上げる
不覚にも泣いてしまいそうになるが、そこは反射的に堪えた

全てを失ったと思っていたのにも拘らず、自分は未だに残滓となった感情の破片に衝動して
この街に足を運んだ、人間を保っている事はせめてもの幸福か・・・
自分の異常性にとりあえず一つ感謝をしよう



自分でも異常だと思っていた



あの状況を四年も続けるなど、普通の人間の精神ならば、良くて半狂乱となり悪ければ発狂死だ
それでも「人間」の人格を保ったまま生きているなら、その者には何かとてつもない生きる理由
があるのだろう

しかし、自分はそこまで生きる事に頓着はしていなかった

祖国の教会の教義と、騎士と言う危険と隣り合わせの職に就いているからだろうか・・・
確かに自分は死を恐ろしいと思ったのは、あの国王に剣を振り上げられたときだけだろう・・・・


「・・・・・・」


静かに窓を横目で眺めると、沈み行く夕日が見える


「・・・・・沈まぬものはない・・・・ですね」


どんなに勢いがついた者でも何れは滅びる・・・・それが世の中の道理だ。
それは自分が幼少の頃より不器用な学者であった父より教えられた、たった一つの教えだった

あるいは・・・自分が平静を保てたのは

その道理に自分の短き人生を照らし合わせたが故に導き出した「諦め」だったのかも知れない



自分がここで終るのだろうという「諦め」が、このクラウディオという男を平静にさせて

その平静から導き出した「諦めない」という選択肢がこのクラウディオと言う男を生かした


彼はそう結論した







「・・・・・・運命が私を救ったんでしょうね・・・・」







「・・・・・・」


ルームサービスをしにきた女中が、端から聞いたら中二病丸出しの台詞を聞かれていた

クラウディオ・バンデラス・・・・生まれて初めて顔を真赤に染めながら「死にたい」と思った
















ここに囚われて三日ほどたった・・・・


「・・・・・・」


自分は値段が高すぎて買い手が中々現れないのだと、小太りした男が呟いたのを思い出す


「ッチ・・・・・」


舌打ちが暗く寒い牢獄の中に響き渡る・・・・と、左の牢にいる隣人が珍しく声を上げた


「舌打ちを止めろ、耳障りだ」

「私の勝手でしょう、貴方こそ・・・その獣臭い息を吐くの止めてくれる?」

「・・・・・・・」

「は!」


侮蔑の意味を籠めて笑った・・・・だが挑発に乗らないあたりは客観的に見れば彼女は大人だ
格子の向こうにいた男達が言うに、隣人も自分と同じ理由でここに居るらしい

本来ならば鉄の棒が行儀良く並んだ造形物を消し飛ばすには十二分な力を二人は持っていた

だが、その力すら目の前の棒に施された力によって封じられている
この牢には自分達の力を抑える厄介な力があるらしい、忌々しい事この上ない


「ッチ・・・・・・」

「舌打ちを止めろ、耳障りだ」


再び隣人が呟く・・・・余計に彼女を苛立たせた・・・・だが


「まあまあ・・・・自分の感情に素直なんは若い内だけやん?一々そんなんでカッカしなや」


聞きなれない方便の声が隣人とは反対の方向から聞えてきた、その奇妙な声に気を削がれた


「・・・・・」

「私は機嫌が悪い」

「そ・・・」


左の隣人が反応した・・・・右の隣人はフフフと笑った。もそりと寝返りを打つ音が聞えた


「知っとるか?クラウディオ・バンデラスっちゅー男」

「「張り付けの男・・・・・」」


噂には聞いた事がある・・・人間が讃える神の下で四年以上も拘束され見世物になった男が居ると


「見物ついでに見に行こう思たんやけどなあ・・・まさか自分がこうなるとは思わんかった」

「・・・・・・・」

「・・・・・フフフ四年か・・・短い事だ」


左の隣人は笑ったが、中央の彼女は冗談じゃないと心の中で呟いた


「しかし・・・・人の身の長さで考えるならば・・・辛抱強い事だ。ならば私はここで後100年辛抱
しなければ恥か?」

「自分で言うとってなんやけど、うちは無理やわ・・・一刻も早く出たいわ」

「・・・・同感」


膝を抱えた・・・・心が絶望と屈辱に侵食され始める


「冗談じゃないわ・・・」


下唇から、少しばかりの血が流れた






















  〜夜〜






「・・・・・」


クラウディオは静まり返った街に繰り出した・・・・
静かに寝息を立てる町の夜の街に、数人の影たちが人目を避けるように歩いているのがわかる・・・

クラウディオはその影達の視界にも入らずに夜の闇にまぎれてその後を追う・・・


「・・・・・・・」


人の流れが一箇所に集約されていくのがわかる、まるで町全体を上空から俯瞰したような感覚が
自分の脳にそう告げているのが解る、その集約している場所も。

森の中に居た人間たちを感じ取ったような感覚が再び自分に告げているのだ


「・・・・・・気味が悪い物です」


自分の身体の変化に不気味さを感じ取りながらも、今はその変化が役に立っているのが・・・・
クラウディオは歯が浮くような感覚を頼りに人目につかないルートでその集約点に向う

そして辿り着いた場所は・・・・


「(製粉所・・・・ですか)」


製粉所、西の山から冷たく乾燥した風が下りてくるこの地方でも小麦は育つ。
他に育てる物が少ないため必然的にこの小麦が主産業となっている。貿易も金の代わりに小麦で
取引されている・・・・

そんな町でこれだけ大きな製粉所があるというのは別に不自然な事ではない

なるほど、隠れ蓑にするには十分な面積と施設であるだろう


「・・・・・・・」


クラウディオはその製粉所へと乗り込んだ・・・・












「・・・・・これは驚きましたねえ」


クラウディオは驚いた

貿易の中継点とはいえ田舎町であるここに一体彼等は今まで何処に居たのか?
そこまで立派な宿はあっただろうかと思う

製粉所に忍び込んで、東にある工場を抜け、西にある巨大な倉庫を抜けて辿り着いたのは
無機質で巨大な建物があり、その中で行われていたのは。


「(各地方の貴族や豪商・・・有力者・・・・中には有名な名の知れた顔も見受けられますね・・・)」


その有力者達は目の前の商品達に向かって、欲望、あるいは収集欲を籠めた数字を投げかける


<80!  <82 <90・・・   <91!!


そう、ここでは魔物達のオークションが行われているのだ


<91!!他のお声はございませんか!?ございませんね?!ではこちらの商品は・・・――


売られていく魔物の表情は悲痛な顔をしている・・・・まるで人間の女が売られていくような感覚
を見ているようであまり気持の良い物ではない

ふと、彼に言った言葉を思い出した



『・・・・変わっていますね、まるでモンスターを人間の様に扱っている・・・・』



感化されたのだろうか、クラウディオは自分の感覚に少々戸惑いながらも、
その会場に視線をめぐらせる・・・・・彼は森で見た、一団を仕切っている男を捜した


「・・・・・(やはり貴方は表舞台には上がりませんか・・・・相変わらずだ)」


大凡は予想通り、彼の性格を考えれば・・・自らが全てを上で操る椅子に座していたがる男だ
恐らく・・・何処か別の場所でこのオークションを静観しているのだろう

場所を移そうとカーテンと壁の隙間から身を起こした時、会場が一際大きく沸いた


「?」


何か大きな商品が出て来たのだろうか?あちらこちらでザワザワと声を上げている


<これは・・・珍しい物が来ました  <よしきた!きたぞ!!わしはアレに全額を掛けるぞ!!


少しばかりの好奇心、クラウディオは再び外を窺う・・・


「・・・・・・(確かに、中々お目にかかれるものではありませんね・・・・)」


そう・・・・何を如何したらあんな物が出てくるのか、そのカラクリはとても興味深いが・・・
今のクラウディオはその舞台の上に上げられた商品に食い入る一人となっていた


<さあ!今日の大目玉商品でございます!嘗ては大地の覇者と世界を震撼させた伝説の魔物
 「ドラゴン」のご登場でございます!!皆様どうぞお声を挙げるご準備を!!


舞台の上に居る彼女は、他の魔物の様に悲観な顔をせずに、凛とした顔で人間を見下ろした
この侮蔑の舞台の上ですら自らの存在を誇示し堂々と立つ・・・・


「(・・・・・さて、幾らで売られるんでしょうね)」




<開始価格は!!! 2000万!!!




「(ワァオ)」


そのあまりの額に声を挙げようとした人々が、喉元まであがった声を飲み込んだ。
あまりに突拍子もない額だ、一介の貴族や豪商達がポンっと出せる額ではない

予想通り、誰もがそのあまりにもとてつもない額に手を出せずに口を紡いだ


<そんな大金がつくか!!私は本国でドラゴンの取引を見たが!精々500が良い所だ!!


一人の男が声を挙げると、それに便乗したように彼方此方でその額に対する抗議が上がる
その思わぬ反撃を暗い進行役の男も思わず一歩たじろいでしまう


「・・・・・フ・・・・・フフフフ・・・・・アッハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!!!」


突如、その人間たちの声をあざ笑うかのようにドラゴンは大きく笑った・・・・そして


「・・・・・・聞こう、そこな人間」


圧倒的なプレッシャーを含んだ声は、オークションの進行役をしていた男に向けられる


「私の値段は2000万、間違いないか?」

「え、ええ〜・・・間違いないぞ?お前は2000万の値が相応しい商品だ!」


その言葉を聴くと満足そうに微笑む、唇を三日月に曲げて鋭い牙の葬列を剥き出しにした


「・・・・・・私の値段は2000万だ、ギャアギャア吼える前に金を積め・・・!!」


その目と言葉に含まれたプレッシャーは、ただの人間には何も出来なくなるほど重い・・・・






「金がお前たちの力なのだろう?ヒューマン・・・私の力(ねだん)を上回って奪い取ってみろ」





商品が客を笑う・・・・

これほどの屈辱はないだろうが、金も力も及ばない負け犬達は吠える事も出来はしなかった



「ふ・・・フハハハハハハハハハハ!!!アッハハハハハハハ!!!ハァッハッハッハッハ!」



ドラゴンは指示を受けることなく、自分が出て来た檻の中へと帰って行く
そして、玉座に座るかのように冷たい牢の床に座り、最後に目の前の人間を一笑する。

舞台裏に控えていた男達がその牢を押して商品を戻していった


「(あれがドラゴンですか・・・・なるほど、囚われの身でありながらあの振る舞い・・・・!!)」





――――――――――ーフフフ





誰かの笑い声が、直接脳に響いてきた

クラウディオはその笑い声の主へ迷うことなく視線を移す・・・・




「(見つけた・・・・・)」




丁度会場を一望できる場所、それは入り口の真上にある場所。全てを見下ろせる部屋
その部屋の中にある一つの豪華な椅子に座ってワインを片手に持つ男

ガラス張りの部屋の向こうから奴は全てを見下ろして、その全てを笑っていた


「・・・・・・」


やはり、貴方の笑顔は何時見ても・・・・ウザいですね


















ドラゴンは牢の中で上機嫌で横になって頬杖をつく・・・微笑を浮かべながら尻尾を振った


「姐さん、機嫌ええね?」

「そうだろうよ、そうだとも・・・・フフフフ」

「うちも見たかったなあ、あいつらどんな顔してたん?」

「例えられんよ・・・あの顔は人間にしか出来まい・・・・」

「うちは耳はええけど、透視能力はもっとらんからなあ・・・次はそれでもつけてみよかな」

「・・・・・・・ちょっと静かにしてくれる?寝れないんだけど」


相変わらず真ん中の牢に居る彼女は苛立っていた


「舌を噛み千切ると良く眠れるぞ」

「喧嘩売ってるの?」

「売ってやろう、どうした早く買いに来い」

「(怒)」

「お隣さんはいつも機嫌悪いなあ・・・妖怪の癖に夜にきっちり寝むるんか?
旦那出来た時どないすんねん」

「は!旦那なんか取る物か・・・・」

「旦那も取らずしてどうやって種を残すのだ・・・・ああ成るほど、貴様は誰でも良い訳か」

「・・・・・・・五月蝿い、黙れ」


まるで子供の様が拗ねた様にそれからダンマリを決め込んだ真ん中の魔物さん


「〜♪」


再び尻尾をゆらゆらとしながら上機嫌に目を瞑るドラゴンは小さく微笑んだ

と、その時だ・・・・カツンカツンと何時もの音が聞えてくる。


「飯や飯や」

「喜ばないでよみっともない・・・」

「フフフフ」


暗い地下の石造りの廊下を歩く一人のメイドが、トレイの上にまるでドッグフードのような
物が入った皿をもって歩いてくる


「・・・・・・・・・チッ・・・」


年は20代後半の女性だ・・・・彼女は一番右の魔物を見て舌打ちをし、そのトレイの上にのった
皿を牢の前に置いた


「(感じ悪・・・・行き送れか)」


同じように真ん中の魔物が居る牢の前に皿を置いて歩いていく・・・・・そして
上機嫌なドラゴンが入っている牢の前に立つと、メイドはじっと彼女を見てきた

いや、睨んでいると言っても良い


「どうした、皿を置いてとっとと失せよ」

「・・・・・・・」


メイドは皿を持つと


「!」


思い切りドラゴンに向ってその中身をぶちまけてきた・・・・周囲に茶色の固形物が散らばる


「・・・・・あんまり調子に乗らないでくれる?商品風情が何様のつもり?」

「・・・・・・」

「あんたみたいなメストカゲが人間様に何様のつもり?・・・・ええ!!?」


ガンッ!!と思い切り格子を蹴ると甲高い音が牢屋に響き渡った・・・
先ほどまで上機嫌だったドラゴンの顔が・・・・冷めた


「(あら、ヤバ)」「(馬鹿)」


しかし、すぐにドラゴンは再びニヤリと笑うと上機嫌に尻尾を降り始めた


「何・・・・その顔」

「・・・・一つ良い事を教えてやろう」

「何よ・・・」

「私は2000万だそうだ」

「だから何?商品の額が2000万だからって言って、アンタの存在はただの下賎な生き物に
変わりはないじゃない」

「フ、フフフフフフ・・・・・」


ドラゴンは不敵に笑うと挑発的な顔で言い放つ



「貴様の値段はいくらだろうな?」


「!!」



隣の牢から思わず噴出す声が聞えてきた


「30?」

「5以上出す気はないな」

「見る目がないな・・・・うん、お前は試供品だ」

「姐さん、それタダや」


カ――ンと、高い音が響く・・・・トレイがカラカラと無機質な音を立てて転がった

メイドはその形相を鬼の様に変化させて、心に憎悪と怒りを満たして罵声を投げる




「あんた等下等生物が人間を侮辱していいと思ってるの!!?あんた等なんて薄汚い
豚みたいな男共にレイプされてしまえ!!心も体も穢されてされて!!口から精液のゲロ
を吐くまでレイプされろ!!アッハハハハハハ!!考えただけでも胸がすくじゃな
















一番右の隣人は酷い臭いを嗅いだ・・・・真ん中の隣人は甘くそそる臭いを嗅いだ








「・・・・・・・え?」




自分の右腕が焼けるような熱さを持ったかと思うと、今度は激しい痛みが電撃の様に走る



「あ・・・・あぁ・・・・・ィ・・・・」


筋肉が緊張して上手く動かないが、何とかその首を回して右腕をみると・・・・


まるで噴水の様に上がるどす黒い液体が、二の腕の辺りから吹き出ている
しかし、それ以上に驚いたのが・・・本来あるはずの二の腕から下の右腕が見受けられない事だ




「ふむ・・・・この茶色いのよりは美味そうだ、これなら20位払ってやらんこともないな」




目の前のドラゴンの右手には、本来自分の物であるはずの自分の右腕が握られていた



「イィイイイイイイイヤアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア」



大きな悲鳴を上げて、その女は半狂乱に成りながら血を撒き散らして走り出す



「ぁああ!!ア"ァア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"!!! ア"ア"ア"ア"!!!!」

<なんだ!どうした・・・・・!?! ば、馬鹿!!あれほど気をつけろといったのに!!


「・・・・・・」


ドラゴンはふんっと鼻を鳴らしてその血生臭い腕をできるだけ遠くへと投げ捨てる
肉が転がる嫌な音が聞えて、右の隣人の目の前を通り過ぎ、
メイドが逃げた階段の前へとその物体は転がった・・・・


「嫌やねんたらやらんかったらええのに」

「覚えておけ、ドラゴンがあそこまで罵られて黙っている生き物ではないと言う事を」


ドラゴンは人間を取るに足らない存在だと思ってはいるが、それでも人間を傷つける
事は嫌悪的な行動なのだ・・・・本能と誇りがせめぎあった末の行動だろう
それでも本能に打ち勝ち自らの矜持を示した事は、彼女の強い意志の現われかもしれない

ドラゴンは再び静かに横になる


「・・・・・あ〜あ・・・・誰かエエ男が助けに来てくれへんかなぁ?」

「来るわけないでしょ・・・・馬鹿」

「いや?来るかもしれないぞ?」

「「?」」


ドラゴンは先ほど舞台上に立った時に感じた視線を思い出して、再び上機嫌に笑った


「(あの男の眼は、何か大きな事をしに来た者の眼だ・・・・嘗て私に挑んだ勇者を思い出す)」


カニバリズムがまだ本能に封じられる前の時代ならば、あのメイドを喰らい尽くした物を・・・
いや、そもそもこんな所になど居なければ助けを焦がれる事もなかろう


「・・・・フフフ・・・・メストカゲか・・・言い得て妙だな」


彼女は落ちた自分を笑った














〜翌日〜



「・・・・・・」


クラウディオは改めて雑貨屋へ向った・・・・


「おや、いらっしゃい」


パイプをくわえた店主が気だるげな表情でこちらを見た、クラウディオは笑顔を向ける


「後ろ指さされた店にまた来るとはね」

「マジックアイテムを取り扱う雑貨屋が他にあればそちらに行きますよ」

「向こうの通りにボンクラ小僧がやってる店があるよ」

「あんな品揃えの悪い店が雑貨屋といえますか?」

「・・・・・・違いないねえ」


シシシと笑う店主に相槌をうつと、クラウディオは店の中をぐるりと見渡す
半分以上は見たことのないアイテムが並ぶこの店は大変興味深いが、彼はお目当ての物を探す


「何探してんだい?」

「ええっと・・・起爆札を」

「偉く物騒なモンを欲しがるんだねえ・・・・」


店主は腰を上げて店の一番奥の方へと歩いていく、彼もその後を追って店の奥へと向う
店主は奥にある扉を開けてある部屋の中へクラウディオを招いた


「ほれ」

「・・・・・」


クラウディオは言葉を失った・・・そこには夥しい量の札があり、その種類は100を越える。
4年前に札といえば、起爆札と、相手を拘束するためのバインドの魔法が内蔵した拘束札
くらいしかなかった物だが、今ではこんなにも多くの種類が開発されているようだ。


「起爆札っていったら・・・・ウチにあるのはこんだけだ」

「・・・・は、はい・・・・ええっと、魔力充填型で衝撃起動の物を」

「衝撃起動なんて何世代前のモンだい?今じゃ任意起動が主流だよ」

「任意起動?自分で好きなタイミングで爆発できたりするんですか?」


冗談のつもりだったのだが


「ああ、そうだよ」

「・・・・・」


ポカンと口が空いて塞がらない・・・・店主は一つの箱を取り出して札を手に取り、
金を数えるように札を30枚数えて箱の中に入れ彼に差し出す


「魔力装填型の任意起動型が30枚・・・・800だよ」

「・・・・・・0が二つくらい足りませんか?」

「あんた田舎にでも帰ってたのかい?」


頭の中がくらっと来た・・・・


「いいかい?今じゃ魔力装填型の任意起動が主流で大体何処でも30枚800!この封力箱
にいれときゃあ勝手に起爆しないし誤爆もない!今じゃガキが護身用に持つくらいだ」


クラウディオは こんらんしている!


「いや、流石にガキが護身用にはもたねえか・・・」


言いすぎだったようだ


「これで良いのかい?」

「はい・・・・」

「他に気になる物があったら聞きにきな・・・・」

「こんだけ多くの札に囲まれていたら気が気でないんですが・・・・」

「安心しな、この部屋は魔力が反応しないように結界が張られてるから爆発したりしねえ」

「あ・・・・そうですか」


カルチャーショックだ

クラウディオは周囲を埋め尽くす札の部屋の中をおっかなびっくり眺めはじめた・・・・
最初はこれ等が一斉に爆発しないのではないのかとビクビクしていたが、
札を手にとってこれはどんな札かと見始めるとそんな恐怖心も何処へやら

学者魂を揺さぶられて、札に籠められた術式は何なのか?それを解いていくのが
楽しくて仕方なかった


「・・・・・・おや?」


部屋の片隅にそれはあった・・・・行儀良く並べられた小さなナイフのような刃物
しかしそれは先端に刃がついてあるだけで、突くにしても殺傷能力は低い代物だ

だが、特徴的だったのはその刀身に刻まれたルーン文字の羅列

ルーン文字にはうとい彼は、そのナイフを持って店主に聞く事にする


「すみません、これはなんですか?」

「あん?」


店主は新聞を下ろしてクラウディオが持ってきたナイフを見る


「ああ・・・そいつは札に突き刺して使うんだよ」

「突き刺して如何するんですか?」

「突き刺すとその札の効果をナイフに移すんだよ・・・どっかの精霊使いが開発したんだ。
だけど耐久的に攻撃系の札には使えないし、何回か使うと壊れるんだよ・・・
範囲効果方の補助系の札の効果なら地面に突き刺して使ったら半日くらい持つけど」

「使い勝手悪そうですねえ・・・」

「ま、二回使えればいいほうか・・・・」

「・・・・・」


クラウディオは自分の手に持っているナイフを見つめた・・・・


「これ、もらえますか?」

「・・・・あんたも物好きだねえ・・・・いいよ、サービスしてやる」

「え、でも・・・・」

「後ろ指差されても帰ってきてくれたんだ、それくらいのサービスはするよ」

「・・・・・ありがとうございます」



本日のクラウディオ・バンデラスさんのお買い物


  起爆札 × 30        800

  マジックレジストの札 ×10  1300

  魔障壁の札 × 10      1300

  転移札 × 8         2800

  身隠しの札 × 4       3600

  ルーン文字のナイフ ×10   プライスレス


合計 ¥9800 也











                                          



 〜夕方〜



「・・・・・さてと」


クラウディオは町の外・・・・1km程離れた場所の草木が生い茂る茂みの中へ荷物を隠した
さっそく身隠しの札をナイフに写し、荷物を包んだ布に突き刺すと・・・・


「わぉ」


見事に荷物を隠してくれた・・・・・

クラウディオは必要最低限の装備を身に纏い、静かに夜を待つ事にした。 


「・・・・・・・」


目の前に広がる小麦畑は夕焼けに染められ黄金の海原のようだ、天国の園は案外身近にあった
その広大な風景は一種の神秘性と不可侵の美しさを帯びているようにも感じた

しかし、これは長い年月の果てに作り上げた「人工物」でもある

そう考えるとその神秘性は薄れていき・・・芸術家が作り上げた一つの作品を目の前にしている
感覚を覚えるようになった


「・・・・・・・・」


4年ですっかり変わってしまった・・・・

何がと問われれば恐らくは全て、目の映るもの全てが新しく見えて好奇心をくすぐった
しかし、それらを貪欲に知りたいと思う反面、それを知ったときの感動の少なさ・・・・

昔の自分は既に学術書に乗ってある実験が成功しただけでも大喜びをした物だが
今は新たな発見をしても、ただそれを事実と受け止めるだけの無機質なものになっている


いや、あらゆる事柄の感動が今は希薄だ。

感情を感じられない・・・・何をするにしても


だからこそ、これからあの男に会うにしてもこんなにも落ち着き、空虚を保っているのだろう
昔は出陣のたびに緊張もしたし恐ろしくも感じていた・・・・それが感じられない事が虚しい


「・・・・・」


もう、自分の感情は壊れたのだろうかと思ったが・・・・彼と別れる最後の夜を思い出す




『・・・・あんたでも感動して泣く事もあるんだな・・・』




そう、あの時確かに自分は泣いたのだ・・・彼の寛大な心に感謝と感動を覚えて泣いたのだ


「・・・・・・・もしかしたら、私は愛を求めているのかもしれませんね」


何も、愛は男女間の間にだけ生まれるものではない

彼から受けた「友愛」という一つの感動に自分の心は動いたのかもしれない
ならば、愛を受け、愛を知り、愛を送れば自分の心は動くのかと疑問を唱えずには居られない

何の根拠もなく、何の論理も無く、何の方程式もない・・・・

それなのに確信に満ちた答えだと自分の中で納得してしまった。


「・・・・・これが終ったら、愛でも探しに行きましょうかね?」


・・・・・まるで自分は三流の詩人か?


「いいじゃないですか、浪漫があって・・・・まだ見ぬ愛を探して・・・・うん、それがいい・・・・」


とりあえず、生きる目的が出来た事は大きな事だ。



「・・・・・その旅をするために、四年前に一つケジメをつけなければ」



クラウディオは静かに夜を待った




















  〜夜〜


製粉所で何も知らずに働いている従業員たちは笑いながら工場を後にしていく・・・・
今日一日もよく働いた、さあ酒場に行こう!踊る女と上手い酒が待っていると肩組んで歩く

彼等が酒場に行って酒を飲んでいる間に、別の裏の従業員たちがこの製粉所へとやってくる

今完全に沈もうとしている夕日が沈み、静寂の夜がやってくる一時間・・・・
その僅かな一時間ほどの間にクラウディオは勝負を仕掛けた


「・・・・・・」


クラウディオは倉庫の中で、幾つもの薄い夕日が差し込んでくる木窓を一つ一つ閉めていた
そして全部の窓を閉め終わると、今度は暗闇の中両の目を閉じる。



キィィィィィ――――――――――――ィィィィンン・・・・・・



そして2分ほど思案していると・・・目を開けた


「・・・・・・大体4袋あれば十分ですかね」


クラウディオは小麦粉が入った袋を一つ肩に担いで屋根裏へと上り始めた・・・・


ゴキ!!


「・・・・・・・・ぅほぉ・・・・ウゥグ・・・・んぐぉえ」


腰が逝った

屋根裏へと続く梯子の上で悶絶していた、空虚な感情に感情が満ちる「落ちてたまるか」


「(ファイトオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!)」

「「いっぱぁ〜つ」」


心の中で叫んだ声に誰かが続き言葉を言ってくれたお陰で何とか屋根裏に登った


「?・・・・・・今幼女と女性が居たような・・・・いけませんね、疲れてるんでしょうか」


しかし、幼女と女性の幻影が見えたところで中止するわけにも行かない、クラウディオは
痛む腰を抑えて行動を再開した。










倉庫から出てきて恐る恐る周囲を窺う・・・・


「・・・・・・・」


誰も居ない事を目で確認した後、脳髄が再びあの感覚を呼び起こし製粉所を俯瞰した


「・・・・・・・よし」


まだ人の気配はない、クラウディオは倉庫から出ると倉庫と工場の間の通路を駆ぬけていく
通路は人一人が通るには十分な広さだが、二人並んで通るには狭い道である

走っている間に腰のポーチから一枚の札を取り出すと、通路の出口のあたりで立ち止まり
それを工場の角の壁に一枚貼り付けた


「さて、次は・・・・」


クラウディオは目の前に沈黙する大きな建物を見上げて・・・・思わず笑ってしまった

















廊下を歩く一人の衛兵、彼は欠伸を一つして近くにおいてある木の椅子に座ると溜息を一つ
製粉所で働く従業員は朝から日が沈むまで働いて、裏の従業員は夜から日が昇るまで働く
どちらも大体10時間ほどの労働だが、彼は大体12時間の労働だ

しかもただ何も無い廊下を行ったり来たり・・・・それがかれこれ四ヶ月ほど続いた


「・・・・・仕事変えようかな」


昨日は片腕をなくしたメイドが血相を変えて出て来た、録でもない事だ・・・・


「はぁ・・・・」


ここで何が行われているのかは知っている・・・・だが金にはなるのだ
元々田舎から出て来た自分を雇ってくれる店など殆どない、だからこういう裏の仕事で
食い扶持をつなぐしかないのだ


「・・・・これじゃあ、何のために田舎から出てきたんだか・・・」

「お疲れですか?」

「ああ、疲れたよ・・・・ん?まだ交代の時間じゃ」


顔を上げると・・・・目の前には丸い何かがこちらへ迫ってくるのと・・・・青年が笑顔が見えた


「スナギモ!!・・・・・・・・・・・セセリィ・・・・」


嫌な音が耳に聞えたときには、顔面と後頭部の痛みですでに意識が落ちかけていた・・・・
落ちかける意識の中、心の中で一言呟く



「(・・・・やっぱ録でもねえ)」



「・・・・・・・・セセリィというのは貴方の恋人の名前ですか?」


※せせり・・・・鶏肉の首・頚部筋、ネック


ゆっくりと膝を下ろすと、頭を背後の壁に打ち付けて顔面が変形した男がぐったりと項垂れた

クラウディオは男が座っている廊下の向こうを見ると、そこには地下へと続く階段がある
恐らく下には魔者達が捕まっているのだろう、上へと続く階段を探していたが当てが外れた


「・・・・・・ついでですから、メチャクチャにしてみましょうかねえ」


クラウディオは地下へと向った










地下へ向かうと幾つもの牢があった・・・・壁にかけてあるキー、これがあれば彼女たちを解き放つ
事が出来るだろう。クラウディオは鍵束をもって一番地下の廊下を走っていく

途中、牢の中から奇異な目でこちらを見てくる魔物達・・・・
特徴的な肉体の形状の差異はあるものの、その姿は人間の女性と変わりない・・・・

そう考えると過去自分が切り捨ててきた彼女達の事を忍びなくも思ってしまう


「・・・・・・・」


それでも、彼女は自分たちとは違う存在だと考えながら走り抜けていく
そして、二つ目の階段を下りたときだ

鼻を刺すような血の臭いがたちこめて来たのがわかった


「・・・・・」


臭いの原因はすぐに目に飛び込んできた・・・・血の気を失った人間の・・・女の腕が階段を降りた所に
転がっていた、まだ腐っていないことからそれはつい最近斬られた物だと理解する


「誰や?」

「!」


声に警戒をしながらクラウディオはゆっくりと牢の前へと姿を現した


「・・・・・好みかも」

「恐縮です・・・・貴方は・・・・」


牢に入っていたのは、森の中でモンスターハンターに連れられていった見知らぬ魔物であった
金髪の髪と同じ色をした五本の狐の尻尾が揺ら揺らと揺れている


「うち?うちは稲荷の千代ってモンや」

「イナリのチヨ・・・・貴方のような魔物は見たことがありませんね」

「ジパングっちゅー所から来たんやけど、腹へって動けへんようなった所を掴まってもうた」

「だっさ」


隣の牢から棘のある声が聞えてきた、クラウディオはそちらへ視線を移すと
そこにはまるで貴族の様な衣服を身に纏っていた少女が三角座りをしながら蹲っていた


「ああ、その子の口が悪いんは何時もの事や、気悪うせんといて」

「私はアンタを笑ったんだけど?」

「そうなん?」

「これだから獣人型は・・・・」


ふんっと鼻で笑う少女は、クラウディオの顔を見て目を細めた


「・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・?」

「・・・・・冴え無い男ね」
               グサ
「・・・・・・・・・・」    ――――( ゜Д゜)――――[冴え無い男ね]―→


クラウディオは千代へと視線を戻す


「気ぃ・・・・悪うせんといてね?」

「お気遣いありがとうございます」

「それで?兄さんはなんでこんな所来たん?ここの連中とは縁無い様に見えるけど?」

「ええまあ・・・・ちょっと花火を上げようかと」

「花火かぁ・・・・大陸の花火は色着いてるらしいなあ?」

「ジパングの花火はついていないんですか?色」

「和火は白いだけや、まあ綺麗なことは綺麗なんやけどね」

「それも風流と言うものでしょう」

「お、気があうねえ兄さん」




「何時までその下らん会話を続けているんだ?」



一番奥の牢から声が聞えてくる・・・・クラウディオはその声の主に聞き覚えがあった


「・・・・」


ゆっくりと真ん中の少女の前を通り過ぎて一番奥の牢の前にまで歩いてきた
その牢の中には・・・・昨日、否、今日という始まりの時に見たあのドラゴンが微笑を浮かべ
座っていた


「やはりお前か」

「?」


やはりお前かといわれても彼女と会うのはこれが始めてのはずだが・・・・
そもそもドラゴンを目の前にしたのは、騎士をやっていたときからも初めてである


「カーテンの裏に隠れていたのはお前だろう?ん?そうだろう?」

「・・・・お気づきになられていたんですか」

「フフフフ・・・・まあ、瑣末な事だ・・・・何が目的でここに来たのかはいい、お前はこの牢獄に
一体何用で歩いて来た?」

「・・・・」


クラウディオは生唾を飲んで、その手に持った鍵束を彼女に見せた


「・・・・フ・・・・取引か?それとも強迫か?」


ドラゴンは誇りを重んじる、恩を裏切るような真似はするまい・・・・しかしクラウディオは
首を横に振った


「お願いが一つあります」

「・・・・・・申してみろ」

「私がここから去った後、牢の魔物を全て解放して、この建物の裏口から逃げてください」

「何?」


予想外の答えが帰ってきた、ドラゴンの微笑は消えて訝しげな表情をしてクラウディオを見る
しかしクラウディオはそんな視線を無視して牢の中へ鍵を放り込んだ


「絶対に裏口から出てくださいね?」


そう言い残すとクラウディオは走って牢屋の廊下を走り出す


「ちょ、ちょっと兄さん!!・・・・・行ってもぉた・・・・」

「ねえ!!それで出られるの!!?ここから出られるの!!?」


ドラゴンはその鍵を拾い上げると・・・・・再び微笑を浮かべた


「面白い」
                                          












「・・・・・・ふぅ」


一人の男が静かにソファに腰掛ける・・・・そして、サイドテーブルの上のワインのコルクを抜いて
グラスの中に注ぐと、上機嫌にそれを香りも嗅がずに飲んだ


「・・・・・ふぅ」

「・・・・・相変わらずワインの飲み方は下手ですねえ」

「!」


男が振り返ると・・・・ドアに背をもたれて立っているクラウディオが腕を組んで笑っていた


「お久しぶりです、カジェタノさん」

「誰だ!」

「忘れたんですか?私を・・・・・クラウディオ・バンデラスを」


カジェタノと呼ばれた男は一瞬絶句する・・・・・だが、すぐに平常を取り戻して表情を引き締めた


「てめえ、死んだんじゃ?」

「見ての通りです・・・・・・・少し驚きましたよ、そういう喋り方をされると」

「・・・・・・俺も何時までもインドアをやってるわけには行かないんでね」

「そうですか・・・・まあ、それ以上に驚いたのは貴方がこんな所に居る事ですけど」

「生憎と、没落していくのが目に見えている国に仕官なんてしてても儲からないからな
大体の奴等はさっさと亡命していったよ」


クラウディオはゆっくりと起き上がりカジェタノを見て笑顔を消した


「私がここに来た意味・・・・解ってますよね?」

「・・・・・俺を殺しに来たんだろう?」

「・・・・・ええ・・・・」


二人の間の空気の温度が急激に下がっていく・・・・緊張の糸がキリキリと張り詰めていくのが解る
クラウディオの眼が騎士のそれへと変わった

すでにこの4年で磨耗し、消失したと思われた彼の騎士としての矜持が復活したのだ


「あなたですよね?四年前のあの事件を仕組んだのは」

「俺だけじゃないさ、当時の元老会の連中と軍上層部・・・そして国王達で作ったシナリオだ」


そう、この男こそ・・・・クラウディオが騎士を務めていたとき、
国の行政総官を務めていた男、カジェタノ・セリノである。


「・・・・私はそのシナリオ通り向こうの国で捕まった・・・女王殺しの下手人として」

「生かされたのは完全に予想外だったがな」

「・・・・張り付けにされていた頃に聞いたんですけどね・・・・うちの家族の事」

「・・・・・・」

「・・・・・・殺してくれましたね」


そう、彼の家族のバンデラス家は彼が捕まった時、国家を揺るがす大事件を起こした犯罪者の
家族として、一族郎党責任を取らされ彼等の首は隣国の国王の元へ塩漬けにされて送られてきた


「まあ、当然といえば当然なんですけどね・・・・戦争をする原因を作った男一人の首で許される
わけもない・・・・一族郎党殺して差し出すのが定石です」

「・・・・・フ、それだけじゃねえよ」


カジェタノの意味深な言葉にクラウディオは訝しげな表情をする
それだけではない?ということはそれ以外にも家族が殺される意味があったのか?


「奴等、お前の身の潔白を証明しようと学会や貴族達に声をかけ議会を開かせようとしたんだ」

「な、ん・・・・ですって?」

「お前の親父が中心となってな・・・・焦ったよ、あとはなし崩し的に殺そうとした連中が
いきなり牙をむいて反抗してきたんだ・・・・そりゃそうか、お前の身が潔白されなかったら
自分たちの命が危ないんだからな」

「・・・・・・」

「議会を開かれたら裁判だ、当時司法権は反国王勢力が頭に居たから・・・裁判でもしたら
当時の国王政権に痛烈なダメージを与えて国民の信頼を落としかねない・・・絶対王政に
巨大なヒビが入るんだ。なんとしても阻止しようとしたさ・・・あの手この手でな」

「・・・・・」

「まあ、最終的には探す事なんてなかったけどな?あいつ、俺のところにやってきて
引き抜きをしようとしたのさ」

「・・・・・貴方が父を?」

「俺は国家の反逆者を殺しただけさ」


カジェタノは惚けたように両手を広げて肩をすかせて見せた・・・・その挑発的な笑みを見ても
不思議と自分の虚無感は揺るがない・・・・怒りは覚えているのにやけに冷静だった


「その後はほいほい出て来たよ・・・・まるでネズミみたいにな・・・・後は一人一人
兵が首を切り落としていった」

「・・・・・・そうですか」


心の中で短い懺悔を天に捧げる・・・・・すまない、と一言・・・・・


「・・・・・そういうわけだ、話はここまでにしようや・・・・俺を殺しに来たお前に・・・・
これ以上語らう義理は俺にはねえよな」


クラウディオはコートの裏側へと手を伸ばす・・・・数年ぶり戦いの空気を肌で感じながら
そのチリチリと首の裏が焼けるような感覚に意識が集中していかせる・・・・


「出て来い!!」


カジェタノが叫ぶ・・・・その声は部屋の中こだました


「無駄です、見張りの衛兵なら全て気絶させていま・・・!!」


突如、屋根の天窓が開いたかと思うと・・・・何匹ものネズミが天井から落ちてきた


「!?」


「・・・・・シィイイ・・・・・カァア・・」


その眼は真赤に染められて、不気味な息を吐き出している・・・・巨大なネズミだった












目の前に降って来たのは、子供くらいの大きさの魔物・・・・ラージマウスの群れである

小柄な体躯でありながら、数十匹の群れで獲物に襲い掛かって仕留めてしまう油断ならない
魔物だ、その油断なら無い魔者達は、身体中に明らかに人間が作った防具をきこんで
その両手には鋭いナイフをもっている


「キ・・・・シィ・・・・・・・ハァアア・・・・」


だがどうにも彼女たちの様子はおかしい、どんな下級の魔物であろうとも自我はあるし
人間とコミュニケーションはとれるはずなのに、目の前のラージマウス達は
まるで獲物に飢えた獣のような目をして、荒い息を吐き出している、明らかに様子が変だ。


「これは一体・・・・」

「・・・・ふ、お前は四年間世間を知らなかった・・・・こういう下位の魔物を操るための
便利な術を人間様は身につけたんだよ」


カジェタノは自慢げにパイプを加えると、マッチに火をつけて吸い始める。
どうやら安心したり一仕事終えた後、すぐにパイプを吸いたがる癖はまだ健在らしい

どういう仕組みかは解らないが彼女たちはカジェタノに操られているらしい・・・・
一気に形勢が悪くなった点、どうやらまた当てが外れてしまったらしい

クラウディオはコートの中に入れた手を、掴んでいたものとは別の物を掴む


「こいつらの力には驚いたぜ、いい装備をちょいと与えてやればドラゴンの一匹も簡単に
捕まえられる・・・・それに、操っているから襲ってくる心配もねいからなあぁ・・・・
そこらへんの女共よりはよっぽど具合のいい穴も持ってるぜ」

「そうですか・・・!」


クラウディオはコートから手を抜くと同時に何かをラージマウスの足元へと投げつけた!

それは、雑貨屋の店主にサービスをしてもらったルーン文字が刻まれたナイフだ!!



「!!」



ラージマウス達の周囲をぐるりと囲むように、青白い光が彼女たちを包み込んだ

ナイフに籠められていた札の効果は「魔法障壁」

魔法障壁は魔力を固形化して壁の様に張り巡らせ、物理的な攻撃はもちろん魔法攻撃も防ぐ
強力な防御型の魔法である

一瞬にしてラージマウスたちをドーム状の魔法障壁の内部へと閉じ込めてしまった!

しかし、肝心のカジェタノは魔法障壁から1m程距離が足らず閉じ込める事は出来なかった


「へ・・・・」


一瞬の油断を責められた焦り、その焦りが杞憂なものだとわかり障壁の向こう側にいる
クラウディオを軽く鼻で笑った・・・・だが





そのナイフの刀身には起爆札が巻かれていた





「ボカン」



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――





「!!?」





突如目の前の魔法障壁の中が一瞬膨脹し、炎が勢い良く魔法障壁の内部に走った


「・・・・・そうか、魔法障壁で包んだのは密閉状態にして火力を上げるためか・・・・・・・」


そう、爆発は密閉状態の方が火力は上がるのだ


「しかし残念だったな、そいつらの防具にはマジックレジストの効果もある!!
ドラゴンの炎もきかねえ位のきょぉおりょくな奴がな!!!たかだか起爆札がちょっと
威力を増した位のばくはつじゃなんともないぞ!!」


彼の言葉通り、ラージマウスは火傷も負ってすらいなかった・・・・

炎が全て消えて、ラージマウスたちを囲む魔法障壁が消えていく・・・・爆発によりナイフが
折れてしまったのだ


「(・・・・計算はあっていたようですね、バックドラフトは起きないようです)」

「さあ!!そいつをなぶり殺しにしろ!!」


カジェタノが号令をかける・・・・



だが・・・・










ドサっと音を立て、一匹のラージマウスが一人倒れた






「!!?」


それを始まりにラージマウスたちが次々と倒れていく・・・・そして、全てのラージマウスは
その場に折り重なるようにして倒れ伏してしまった、口から泡を吹いて目を回している


「・・・・・なんだ?一体何をした!」

「・・・・・魔物と言っても所詮は鼠ということです」

「何?」




「小動物は大きな音を立てると気絶してしまいます・・・それは捕食動物に襲われたときに
気絶して苦痛を少しでも和らげるためといわれていますが・・・・

私が魔法障壁で彼女たちを包み込んだ本当の目的は・・・・




魔法障壁によって「爆音を内部で反響」させるためですよ」




爆発の威力ではなく、爆音の音量を上げて彼女たちを気絶させるための魔法障壁だったのだ

クラウディオは静かにもう一度コートの中へ手を入れると、自分の武器を取り出した
焦げ臭い匂いがする焼け跡の向こう側に佇むカジェタノは、彼が取り出した武器のギラリと
光る刃を見た。





「さあ、私に仇をとらせてください・・・・四年前のケジメを、あなたの命でつけさせて下さい」





彼のコートの下から出て来たのは・・・・柄から刀身まで合わせて50cm程に片刃の斧。





「・・・・ずっと思ってたんですよ・・・・・私をこんな目に合わせた奴を、一度でいいからこんな
斧で脳天からかち割ってやりたい・・・・・とね」

「っ!!!」


カジェタノは目の前に居る男に恐怖を覚えた・・・・

脱出できる扉は目の前の死神の後ろ・・・・
退路を立たれた恐怖がこれほどまでに恐ろしいものだとは思わなかった。


「・・・・・・」


その恐怖はカジェタノと言う男に小さな勇気を与えた














カジェタノは踵を返して思い切り背面へと走って・・・・飛んだ


「!!」


ガラスが大きな音を立てて割れて崩れていく・・・・彼の体はガラスの破片と共に重力にひかれる
カジェタノはガラス張りの向こう側へと逃避した。


「ぐ!!  アッつ!!」


4m程の高さだったが、着地は失敗してしまったのか足に鈍痛が響いてきた。指揮官という
男には少々高い高さだったのかもしれない

パイプの中に入っていた紅く燃える刻み煙草が弾けて彼の顔に降りかかる


「ああ!!居た!!」

「!!?」


オークション会場の壇上の上から、若い少女の声が聞えてきた


「ああ!兄さん!無事やったんやねえ?〜〜〜〜」

「あ、貴方達・・・・まだ逃げてなかったんですか!?」


上の部屋からクラウディオが叫ぶ。そこに居たのは最下層の牢の中で出逢った三人の魔物達
であった


「安心しろ!!他の魔物達は町の外へと逃したぞ!!町の兵達は大混乱だ!」


ドラゴンがクラウディオに向って叫ぶ、その表情はまるで戦で勝鬨を目の前に見たような
喜びの表情を浮かべている


「後は・・・・そこの屑を殺して終わりね」


牢の中でクラウディオに「冴え無い男ね」攻撃を放ってきた少女が、マントを棚引かせて
髪をすく・・・・鬱憤がたまっていたようで、その身体からは膨大な魔力が溢れ出ていた


「ッチ!!」


カジェタノは足に走る痛みを堪えて出口の方へと走り出す!!


「逃がすか!!」


三人が同時に弾けるがカジェタノが出口のドアを開いて外に出るほうが早かった・・・・
クラウディオも飛び降りて見事に着地すると三人と共にカジェタノの後を追って外へ出る。















「くそ!!」


カジェタノが建物を飛び出すと、工場と倉庫の通路から兵士達がなだれ込んでくるのが見えた


「ご無事ですか!!」

「馬鹿野郎が!!来るのがおせえんだよ!!」


カジェタノの元に足の速い数人の兵士達が辿り着いた、背後に居る四人へむかって剣を抜いた


「早くお逃げください!」

「逃しませんよ!」


クラウディオが忍び込む前に通路の出口に仕掛けた札へと意識を送る


「ぶべ!」  「あぼ!」  「ガざぇ!!?」


次々と兵士達がそれにぶつかっていく・・・・それは魔法障壁の札であった。


「へえ、魔法障壁で兵の分断と退路を立つなんてやるじゃない!!」

「札ですけどね」


だがしかし、それで退路が断たれたわけではなかった。


「倉庫を通ってお逃げください!!」

「言われなくともわかってら!!」


そう、倉庫の裏口から中を通って脱出する事が出来るのだ・・・・
カジェタノは急いで倉庫の裏口へ逃げ込むと、急いでその裏口の扉を閉めた


「貴様等如き、私ひとりで八つ裂きにしてくれる・・・・命ほしくば

「はい、ちょっと下がってくださいね」

「ぬ?」


兵士たちへ威嚇しようとするドラゴンの前にクラウディオは出てきて、コートの中から札を
二枚取り出して目の前で発動する

それは魔法障壁とマジックレジストの札である・・・・魔法障壁の壁が眼前に広がり
マジックレジストの光が四人を包み込む


「おい何の真似だ」


ドラゴンが機嫌悪げにクラウディオに問いただすが、彼は目の前の兵士達に言葉を投げた








「すみません、どうか安らかに」








瞬間、目の前が真っ赤な炎に包まれた――――――――――


























燃える光を背にするのはこれで二回目であった・・・・
クラウディオ達と三人の魔物は、その燃える町を彼方に草原に佇んでいた
足元にはラージマウス達が転がっている

目の前が炎に包まれたとき、クラウディオは転移札を発動させて町の外へと脱出した
同時にラージマウスたちの山の上においた転移札を発動させて彼女たちも転移させたのだ


「人間よ」

「なんでしょう?」

「お前は高位の精霊使いか?イグニスは連れ歩いていないようだが」

「いいえ・・・何の変哲も無いただの人間ですよ」

「なればどうやってあんな大きな爆炎を出した?魔法障壁とマジックレジストを使った
ということは、あの爆発が起こしたのはお前なのだろう?」

「・・・・・」


クラウディオは首を振る


「ほな、なんで爆発したん?」


千代の問いにクラウディオは薄っすらと笑った





「・・・・"粉塵爆発"って知ってますか?」




「・・・フンジンバクハツ?」


「大気中に一定濃度で浮遊した粉塵が火花などで爆発を起こす現象です」





クラウディオは両手をコートに入れて燃える町を見る・・・・





『・・・・・・大体4袋あれば十分ですかね』





「私はあそこに忍び込む前に、倉庫の窓を全て閉めて密閉空間を作り上げました。そして、
西側のダクトの中に小麦粉が詰った袋をばら撒いておいたんです」





『俺達がいる場所がここ・・・北西に山脈がある。ここから北東となると・・・・』

『・・・・町がありますね、名前はフルグレブルン』





「この地方は山脈が西に隣接していて、夜になると温度が下がり。「颪」とよばれる冷たく乾燥した
滑降風が吹き降ろしてくるんですよ、その風がダクトの中の小麦を倉庫に送り込むんです」





走っている間に腰のポーチから一枚の札を取り出すと、通路の出口のあたりで立ち止まり
それを工場の角の壁に一枚貼り付けた





「そして、魔法障壁で退路を断って彼を倉庫へと誘導したんです」





パイプに火をつける仕草をみて、その男が自らが推測する男だと言う事が確信に変わる。

カジェタノは自慢げにパイプを加えると、マッチに火をつけて吸い始める。
どうやら安心したり一仕事終えた後、すぐにパイプを吸いたがる癖はまだ健在らしい





「あのカジェタノという男はどこでも削り煙草とパイプを常備しているんです・・・・
彼は安心したり、一仕事終えた後・・・必ずと言っていいほどパイプ煙草を吸う癖があるんですよ」






『すみません、どうか安らかに』





「後は、粉塵が蔓延した倉庫の中で彼がパイプをふかせば    ボカン   です」


クラウディオは両手を握り合わせてパッと開かせて、爆発をジェスチャーした


「・・・・・・・・」

「だから、別に僕が爆発を起こしたわけじゃないんですよ・・・・あの男が勝手に爆発したんです」

「フ!」


ドラゴンはその話を聞いて思い切り吹き出してしまった


「・・・・・フ・・・・・フフフフフフフ!!!フハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!
な、成程!それは滑稽な事だ!!奴は自分で自分の命を燃やしたのか!!
ハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハ!!アッハッハッハッハ!」


思い切り腹を抱えて笑った、その豪快な笑い声が夜空に響く


「お兄さん頭ええんやねえ?うちも長い事生きてるけど頭の良さでは負けそうや」

「恐縮です」

「・・・・ねえ」


と、貴族のような服を来た魔物がクラウディオに問う。


「なら、貴方は最初からあの男を殺そうとしていたって事?」

「ええ、そうですが?」

「ええって・・・・・なんでそんな平気な顔をしてそういうのよ!!あんた!!同じ人間を殺して
おきながら!!あんたが殺したのは人間でしょう!?」


突如食って掛かってきた彼女は、まるでこちら攻め立てるように言い放つ
クラウディオには一瞬彼女が何を訴えているのかはわからなかった。


「やはり小娘か」

「何!?」


抗議の矛先は油を注いだドラゴンに向けられる。しかしドラゴンはふんと鼻で笑って
彼女の視線をあしらうと語り始めた


「人間とはそういうものだ、同族同士で殺しあう事など日常茶飯事よ・・・・お前、その
カジェタノという男と並々ならぬ因縁があったのだろう?」

「・・・・ええ、家族を殺されました・・・・仇です」

「でも・・・だからって、あいつはあんたと同じ種族の人間よ?なんでそんな簡単に殺せるのよ」


人間と魔物の差異であろう・・・

魔物の種族を関係なく共通の忌避すべき概念として「同族殺し」は大罪であると考える
同族同士の抗争は、儀式や代理闘争、あるいはゲームなどによって決着をつける

だが、人間は違う・・・・人は人同士で殺しあって決着をつける。



「お嬢ちゃん、随分世間の事知らんねんな?人間って生きモンは人間同士で憎みあうし
人間同士で殺しあったりもすんねんや・・・人間っちゅうもんはそういうもんやねん」


ドラゴンの言葉をもう一度千代は彼女に向って言い放つ・・・・


「でも・・・・」

「・・・・魔物さん」


クラウディオは厳しい目つきながらも、彼女を目を見て語る


「すみませんが私達人間は、貴方方魔物が思っている通り脆弱な存在です、ですからお互い
憎みあう事もあります、殺しあう事だってあります、それは人間がここまで繁栄してきた中
歴史が証明してくれているんですよ」

「あんた、自分がなに言ってるのかわかって言ってるの?人間は醜い生き物だって言ってる
のよ!?あんたは人間でしょう!?」

「人間ですよ・・・・貴方の言うとおり、私達は多く醜い一面を持っています。良い部分を覆う程。
だけどそれこそが人間なんですよ」

「・・・・・」

「あの男は、四年前私の人生を狂わせるきっかけの一つとなった男です、私は偶然奴を
見かけた時に誓いを立てた・・・奴を殺して四年前の事に一つのケジメをつけようと」

「・・・・・・」

「彼を殺して、私は今までの人生から脱却し、新たな道を歩むケジメをつけたんです」


「ケジメのために同族殺しを?」


「良いですか?魔物さん」


一歩たじろぐ・・・・




「人間は人間を殺せるんですよ」




恐ろしかった・・・・

自分が構成していた人間のイメージが音を立てて崩れていくのがわかる。
目の前の男が酷く恐ろしい・・・・まるで得体の知れない化け物のようにも見えてしまう


「・・・・・」

「・・・・大丈夫ですよ、私は別に貴方に危害を加えたりはしませんから・・・・あ、代わりに
私にも危害加えないでくださいよ?」


ケラケラと笑う彼からどうにも嘘と言うものを感じられない・・・・
彼女は頭が痛くなるのを感じた。


「さってと・・・・それじゃあ私はこれにて失礼しますね?」


クラウディオは回収した茂みに隠してあった荷物を背負いなおして三人に背を向けて歩き出す


「待て、何処へいく」


ドラゴンは彼の背中に声を投げかけて止めた


「西です」

「目的地だ」

「・・・・・西の国に、人間と魔物が共存している国があるらしいんですが・・・・
とりあえず、そこが目的地になるんでしょうかね」

「そこへ何をしにいく」

「愛を求めて」


三人の距離が一瞬にしてひらけた・・・・・寒い颪が四人を吹きぬける。

ドン引きだった


「別にそんなに引かなくても・・・・」

「いや・・・・・まさか愛を求めてとは・・・・」

「でもでも〜、それやったら別に西に行かんでも愛ならここにあるで〜〜!!」


そういって千代はクラウディオに抱きついてくる、豊満な胸が背中に押し当てられ
甘い女の香りが香ってくる


「何するんです!?」

「うちはあんたに惚れたんやぁお兄さん、せやからうちも一緒に西にいったるで〜〜」

「食費がかさばるんで結構です」

「イケズいわんといてえな〜♪旅は股ズレっていうやんかぁ〜♪」

「道連れです」

「そんな細かい事エエやん・・・・っておろ?「グェ!!」


上機嫌に抱きついている千代であったが、突如その身体がフワリと浮く
抱きついてまわしていた腕がクラウディオの首を絞めた、結構キまっている。


「そういう事ならば仕方あるまい・・・・恩を受けた人間を巣に連れて帰る訳にはいかんしな」

「あ、姐さん!?」

「仕方ない、まこと仕方ないがここは譲歩してやろう」

「い、一体何を・・・・・譲歩・・・するんですか?」


めっちゃ首がしまっている、流石に不味いと気づいたのか千代は首から腕を放した


「本来は巣で共に子をなす事に励みたいのだがな、旅をしながら世界を巡り
愛を深めるのも悪くは無かろう・・・・うむ、中々にロマンと風情があるではないか」


憑いて来る気満々であった・・・・・


「・・・・わ、私もいく!!」

「考え直しましょうよ!?」


突如ダ○ョウ倶楽部のお約束の様に、貴族の服を来た魔物さんも名乗りを上げてきた


「わ、私は別にそいつ等みたいな不純な理由じゃないわよ!!私はもっと人間を知りたいの!
人間って言うのがどんなものかを知るために私は下界に降りてきたのだからね!」


若干いいわけ臭い


「元々旅はする予定だったし・・・・そうねえ、貴方は私の召使にしてあげましょう
嗚呼、これで旅の憂いは消えたわ!食料の確保にもなるし捕まって正解だったかしら♪」

「結構です・・・・」


一人でスタスタと足早に逃げるように遠ざかっていくクラウディオ、しかし三人は同時に弾け
クラウディオの首にそれぞれの爪を軽くつきたてる


「「「逃げられると?」」」

「・・・・・・・・・・・・・・」


相手が悪かったのだと諦めた・・・・クラウディオはゆっくりと三人に振り向く


「それじゃあ・・・・とりあえず自己紹介から始めませんか?」

「そうやねえ、うちが名乗っただけやし」

「夫の名前を知らぬは妻の恥だ」

「あんたなんか豚でいいじゃない」

「はいはい、それじゃあドラゴンさんの名前を聞かせてもらえますか?」


貴族の服を来た魔物は思い切りクラウディオのケツを蹴る、大人の力よりも強い・・・


「そ、それじゃあ・・・・全員改めて自己紹介を・・・・」

「うむ・・・・我は誇れ高き純潔のドラゴン・・・・名を ウルスラ という」


ドラゴンは「ウルスラ」と名乗り微笑んだ


「一回言うたけど・・・・・うちはジパングからきた稲荷っちゅう妖怪の 千代 ってもんや」


稲荷は「千代」と名乗り微笑んだ


「私は純潔の血族、アールストレームの姓を冠する ヴィオレット・アールストレーム
あなたの主人たるヴァンパイアよ」

「・・・・・あなたヴァンパイアだったんですか」


クラウディオの尻に二発目のキックが炸裂
ヴァンパイアは「ヴィオレット・アールストレーム」と名乗りぶすっと不機嫌だ


「ほら、さっさと名乗りなさい・・・豚」

「あいたたたた・・・・それでは、私は クラウディオ・バンデラス と言う者です」


彼の名前を聞いた瞬間三人が固まった。


「・・・・・お前、張りつけの男か?」

「ええ、つい最近まで張り付けにされていた者です」

「あの4年くらい張り付けにされた?」

「四年と106日ですね」

「女王を殺したって言う・・・」

「それは冤罪です、私じゃありませんよ」


三人の魔物はフフフと同時に笑ってしまった・・・・・なんだ、こんな男だったのか、と


「どうしたんです?」

「いや!なんでもあらへんよ!! ほれ!西を目指して出発進行や!!」

「あ、ちょっと!!」



ケジメをつけるつもりで殺しをしたはずなのだが、どういうわけか魔物三人がおまけで
ついてきた、元騎士だったクラウディオは己の人生の大きな転換を感じながら歩みを進める


かくして、四人は月が沈みゆく西を目指して歩き出したのだった。




                                            To be continued_...
               
11/01/20 19:40更新 / カップ飯半人前
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■作者メッセージ
ここまで読んでいただきまことにありがとうございます。カップ飯半人前です。

さて・・・・二人目の主人公、クラウディオ氏の登場です、

なんだかキャラを掴み難いですし、今回は魔物と人間の差異があまり出てませんね・・・
次回はもっと人間と魔物の差を出していきたいとおもいます。

ウルスラ達が掴まった理由や、クラウディオのわけのわからない六感の伏線回収は
次回の彼等の旅で明らかにしていこうと思います。

( ・ω・)それにしてもメインの登場人物のエロシーンないね?

その内この4人は4Pでもさせましょう、そうしましょう。


ご意見ご感想、どしどし応募しています。短文でもよろしいのでお願いします。(感想の返信遅れてすみません

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