連載小説
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外伝 変らぬ者達

秋である。

さて、冷やひやと涼しい風が吹きぬける丘の一番高い所に彼は立っている


「・・・・・」


夜である。

彼が眺めるのは、夜の闇に沈みゆきながらも圧倒的な存在感を誇る巨大な城である
背後には絶壁がそびえており、絶壁は山脈に連なっている。

教科書に書いたような難攻不落の城といったところか。男はそれを眺めている


「・・・・ふぅ〜」


息を真上に吐き出して、自分の前髪を揺らす

現在、その城には敵が篭城している・・・・その城の前にはずらりと軍が並んでおり
城を包囲している形となった

若い・・・・20代前半の男で、服は何処にでも居そうな平凡な市民の服装をしている
その男はその風景をぼんやりと眺めているだけである


「軍団長殿!!」

「ぅん〜?」


一人の若い兵士が鎧が擦れて打ち合う音を響かせて男のもとまで走ってきた
男は間延びした、なんとも暢気な声で答える・・・・

この男、軍団長である。


「部隊の再編成終了いたしました」

「そ・・・それじゃ、皆には休むように伝えておいて・・・・監視もちゃんとつけてね」

「は・・・・・」


兵士はくるりと反転、男と同じ風景を眺める


「落せますかな」

「落したいねえ」

「軍団長殿・・・・隊長殿を疑うわけではありませんが、そう言った発言は兵達の前では
控えてください、浮ついた言葉は兵士達に疑心を生ませます」

「はは・・・・うん、心得てるよ。君も今日はゆっくり休んでおいて」

「は・・・・失礼致します、軍団長殿も御早いお休みを・・・・夜風は身体に染みます」

「お気遣いど〜も」


今度は兵士はゆっくりと陣へと帰っていく・・・・男は再びその城へ視線を移した。


「・・・・・・落したいねえ」


再び同じ事を呟いた、そして自分の頭を横に撫でた

男はもう一度訪れた秋の夜の静寂に身をゆだね、ゆっくりと寝転んだ


「で、君は何してるのかしら?」


男は空に言葉を投げかけた・・・・すると、寝転んだ男の頭に向って足音が聞えてくる
カチャカチャと金属が擦れ合う音、恐らくは鎧やら剣が擦れあう音であろう

そして、寝転んだ男を見下ろすように人影現れた


「おや」


それは、とても見目麗しい・・・・何処かの令嬢かと思うばかりの美貌を持つ美女
凛とした雰囲気、枝毛が一本もないほど艶やかな長い金髪、切れ目で整った顔立ち
白磁のように白い鎧を纏って、腰には一本・・・装飾のされたロングソードをさげている

一見すればどこぞの将にも見える美しい女性が男を見下ろしていた


「まるで詐欺だな」

「初対面の相手に詐欺呼ばわりですか、中々手厳しいんだニャー」

「・・・・・」

「で、君だあれ?」

「・・・・・そうだな、とりあえずは名乗ろう。イェータ・エリクソン。流れの剣士だ」

「流れの剣士には見えないなあ・・・・ぅん、とりあえず僕も名乗ろうかしら?
僕はアンドレ・ヘレニウスって言う者だよ、見ての通りこの軍の軍団長をしちゃってる」


アンドレは身を起こしてイェータに向き直った・・・月明かりが頭上より降り注いでいる


「先の戦いは見事であった・・・・」

「あ、昼間の見てたんだ」

「朝からだ」

「朝からね・・・・」

「寡兵でありながら巧みに敵を分断して蹴散らす・・・・特に最初の戦術には驚いたぞ。

まさか最初から本陣を空にして、朝霧にまぎれて敵の懐に入りこみ・・・・
そして、動転し混乱した相手の陣を部隊全てで突撃で駆けぬけ八つ裂きに・・・

最後は散り散りになった相手を迅速に・・・・稲妻が打つ様に撃破・・・・見事である」


賛辞だろうが、アンドレはふぅんと人事の様に聞き流す


「相手が「その程度の敵」だったから出来ちゃった・・・ロクに訓練もされてない民兵だから
慌ててくれたし・・・・八つ裂きにした後に集まる事もなかったから・・・・いかに敵の将が
優秀であっても、調練してない兵に手間取る事なんてそうそうないよ」

「ならば、その敵兵の質を見極める目があったということだ」

「ああそう・・・・」

「それで・・・・素晴らしき武辺者だとおもったのだが、出会ってみたら・・・・こんなに
ふざけた男だったとは」

「勝手に期待して勝手に失望してくれたね・・・・中々我侭な人だ」


アンドレは再び敵城を見据えた


「それで、君は僕に何の用?」


イェータはアンドレの目の前に立って、凛としたその両目でアンドレを見据える


「私は見ての通りの者だ、流れの兵をしている。戦いの噂を聞きつけてやってきた。
あなたの見事な手腕に感服し、是非とも貴方の軍の戦列に加えていただきたい」

「や〜だよ」


アンドレはイェータのお願いを一蹴、その場にごろんと横とになった


「考えもしてくれないか」

「考える余地があるかしら?」

「むぅ・・・・」

「生憎、僕は此処を離れるわけにはいかないからさ。男なら他を当って頂戴、魔物さん」

「!」


イェータは眼を丸くして驚いた


「驚いたな、私が魔物だと何故分かった」

「だってねえ・・・」


視線だけイェータに向ける・・・・彼女の頭から足元まで見下ろしていた


「ねえ?」

「問うてくれるなよ、私はお前に問うているのだ」

「・・・・・説明が面倒くさいのよ」

「・・・・随分だらけた奴だ」


イェータは溜息を吐き出して、ゆっくりと自分の胸元に手を当てる。

すると・・・・凄まじい魔力がこみ上げる・・・・魔力が色をつけて煙の様に立ち上がり
煙が色を増して流動体のように変化しながら彼女の体を包み込んでいる

魔力があまりに濃密なのか、彼女の足元では湧き出した魔力が結晶化して美しい宝石が
生まれている

イェータが並の魔物でない事が伺えた

彼女の体自身にも変化が起きる。
肌が鉄紺色の夜の闇を吸収するかのように肌が変色し彼女の体が紺碧の色に染まった

次に起きた大きな変化は足だ、粘度の高い魔力が彼女の足を包み込み
それがゆるゆると大きく伸びていき、形となった時にはそれが「蛇」であると分かった

彼女の長い髪が寄り集まり、二頭の蛇が髪の中から鎌首を持ち上げた

蒼玉の眼は黄金に変わり、耳は先が尖り、丸い爪はナイフの様に鋭く延びた

彼女が纏っている鎧も形を変えて、特に下半身は蛇の胴に合わせた形となる。


「・・・・・・・・すごいねえ、鎧の形も変わるんだね」

「そっちか?」

「んははははは・・・・・確かに、エキドナを見るのは初めてだぁね」


エキドナ

魔物の中でも最高峰の魔力を持ち、他のラミア類はおろか、魔物の中でも一線を画す魔物だ

個体は非常に少なく人の目の前には滅多に姿を現さない事で、その存在も眉唾物とすら
言われているほど・・・・


「単刀直入に言う・・・・私の物になれ」

「や〜だよ」


アンドレは再び一蹴して寝返りをうった


「・・・・・強敵だな」

「初対面の相手にそんな事を言ったって土台無理な話しだとおもうんだよ
あと、さほど君粘ってない」

「そうか・・・・親類が言うには、この台詞を言えば大体の男が靡くらしいんだが・・・・
ああ、魅了の魔力を放出しながらと言っていたな」


彼女の体からピンク色の魔力が流れだし、アンドレを包み込む


「さあ、私の物になれ」

「や〜だよ」( @ω@)〜●


眼をぐるぐる回しながら拒否している、一応効いてる事には効いてるらしい


「私の魔力が効かないとは・・・・」

「だから他所をあたりなさいって・・・・僕はやることがあるんだから」

「投げ捨てろ、あらゆるものを」

「君も中々強敵だね・・・・」


アンドレは身を起こして立ち上がり、彼女の背後にある城を見る


「兵は体・・・・将は頭、将である僕がいなくなれば、たちまち目の前の兵たちはあの城に篭る
連中に飲み込まれて死んじゃうんだ」

「ああ、そうだろう」

「君に連れて行かれたら皆死んじゃうんだ」


アンドレは口元を右手で塞いで、左手を腰に当てる・・・息を吐き出して右手の指の隙間から
吐き出していく


「・・・・・怖いねえ」

「・・・・・」

「怖いだろぅ?自分の行動一つで人が死んじゃうんだから」

「その恐怖が私の魅了の魔力に打ち勝つ・・・か、でも貴方は将だろう?」

「将だよ」

「人を動かす事に恐怖を感じてはいけないのでは?決断力を鈍らせる」

「そうね・・・・・でも、将だからこそ、君の物にはなれないからさ。他所に行きなさいな」


アンドレはケラケラと笑う、しかしイェータは変わらず微笑を浮かべた


「なら、この戦いが終れば私と一緒になれるか?」

「君は人の話を聞かない子だね」

「貴方の言い分は。この戦いの敗北を理由にしている・・・なら、戦いが終れば
何の憂いもなく私と一緒になれるって事だろう?」

「どうも、人間と魔物ってのはどこまでも価値観が違うね・・・・」


そう言ってアンドレはふらりと風が吹くほうへと歩き出した


「何処へ行く?」

「まーちー」


彼が言うようにアンドレが向う方向には街が見えた。この山脈の鉱山資源を発掘し
発展してきた町である。

イェータは一瞬の内に人間の姿に戻りアンドレの背中を追いかけた


「待て」

「待たないよ〜、忙しいんだもの」


彼女はアンドレの隣に並んで歩き、その表情を窺う。

アンドレの眼は眠たげにとろんとしていて、まるで猫の口の様に歪んだ唇は微笑を浮かべて
いるようにも見える。黒い髪の毛はやや癖毛であるがそれが彼に似合っていた

はっきり言って何を考えているのかさっぱり読めない男である


「ならば、私もあの城を落とすのに協力してやろう」


口調も元の厳格な剣士のような口調に戻る


「魔物の手を借りるほど落ちぶれちゃあいないよ」

「失礼な奴だな・・・・見たところお前達の兵は向こうの兵より少ないだろう?
城攻めは籠城する兵の三倍の兵が必要になる、普通に仕掛ければ間違いなく大損害を受ける」

「普通に攻めればね」

「・・・・策でもあるのか?」

「さあ?」


イェータは溜息をつく・・・・アンドレは相変わらずの様子で歩いている


「そもそも、何故ここまで兵が少ない?先に来ていたお前の軍はもっと数が多かっただろう」

「そうだね」

「そもそも、何故戦争が起きている?」

「あら、知らないの?」

「知らん」


アンドレは呆れていたが、すぐにクックックと意地の悪い笑い声を漏らす。
何が面白いものか、この手詰まりの状況で笑っていられるこの男の神経がどうかしている
イェータは何故この男に眼をつけたのか・・・・数刻前の自分を呪い始めた


「戦争って程だいそれたものじゃないよ、内戦っていうのかな?国の最高司法機関が権力を
持ちすぎちゃってさ、国がその社団に与えていた「特権」を剥奪した事が原因で起きたんだ
何せ、王様相手にタメ口吐いちゃったんだから王様もカンカンでね・・・」

「下らん理由だ、ようは権力に固執した連中が駄々を捏ねたのか」

「この世で最も強い力の一つは権力だからね、固執もするだろうね・・・・
そんで、最高司法機関の連中が思想家達を集めて民達を煽ったんだ・・・・それに同調した
連中がこうして暴徒と化しているってわけ」

「・・・・・本当に下らん、人間の社会とはそんな物ばかりだ」


アンドレは苦笑しながら頭を横に撫でる、いや掻いたのか


「禿げるぞ、そんなふうに掻いていたら」

「癖なの」

「やめておけ、害毒だ」


ポリポリ


「ああぅん・・・・何の話しだっけ?」

「戦争が起こった理由だが、もう聞いた、今度はお前が何故この戦場にいるのかを聞きたい」

「上官を怒らせちゃったから」

「は?」

「いやね、先にここに派遣された一軍がいたでしょう?」

「居たな、全てにおいて鈍愚で・・・・兵をいたずらにしに追いやっていた馬鹿が・・・・
10日ほど居座っていたが、それ以降は敗残兵の様に帰って行ってしまった」

「そう・・・・その能無しさんが援軍を送れって本隊に言ってきたんだけど、そんな余裕はない
ってなもんで本隊が援軍を断っちゃったの。で、その要請をしに来た能無しさんの前で

あんなもん6日あれば落せるでしょうに

って僕がうっかりぼやいちゃったらさ、真赤になって怒っちゃってね〜・・・・
ならお前がやれって言われて、わずかばかりの兵を渡されて此処に送られてきたってわけ」

「・・・・・・・・・」

「ここを落す意味なんて全くないのにねえ、どいつもこいつも馬鹿ばっかりだよ」


ケラケラと笑うアンドレを見て、頭の中で「こいつも馬鹿だ」とぼやいた・・・・・


「処世術とか知らないのか?」

「おや、魔物さんの口からそんな言葉が聞けるとは思わなかった」

「人間の社会の知識はそれなりに本を読んで学んだ」

「でも、ある意味チャンスだよ?ここであの城を6日以内で落せば、あの馬鹿が能無し
だって証明できるんじゃないのかな」


イェータは現状を確認するように彼方に見える城を見据えた


「こちらの数は?」

「1500」

「向こうの数は?」

「ざっと4700かな?真正面から挑んでは兵に損害が出て返り討ちにあっちゃうけど」


無理だな、3分の1の戦力で最低で相手の3倍の戦力を必要とする攻城戦ができるわけがない


「・・・・・・・・」


しかし、この男はそれを成そうとしている。
崩れぬこの表情の裏では、一体どのような戦術が廻らされているのか・・・・・
イェータは不思議とこのアンドレと言う青年にどんどん惹かれていってしまった


「ここはお手並み拝見だな・・・・お前があの難攻不落の城をどう攻めるか・・・・見物だ」

「いいけど、邪魔はしないでね?」

「無論だ」

「(でも、ついてくる気なのね・・・・)」














暗い街・・・・

住民は既に寝静まり、今朝の一戦によって傷ついた市民達を慰安活動をしていた兵士達も
今では要所で立ち番をしているだけである。

つい先ほど兵士に声をかけられたが、アンドレの顔を見るやいなや敬礼をしてきた


「そんな成りをしているからだ」


イェータは厳しくアンドレの服装を指摘した。アンドレの服装は、白いシャツに
赤いベスト・・・・・緑のズボン、一市民の鏡と言うような格好をしている


「何故そんな格好をしている」

「動きやすいでしょ」

「お前には上に立つものとしての矜持はないのか?」

「今は誰の上にも立ってないでしょ?ぶらぶらしてるただのお兄ちゃんだよ」

「・・・・・・貴様は訳が分からん」


ヒュっと夜風が強く吹いた、二人は風を巻いて進む。

一見すれば綺麗に整列したようにも見える家屋だが、俯瞰してみれば
連なった家屋は乱雑に街に配置され、区画整理なんて行われていない事が窺える
街を上から見ればまるで、子供の玩具箱を覗き込んだようなものだろうか。

閑散とした道に、静かに沈黙した町並みの中で、まだ夜更かしをしている建物があった

酒場だ

非常時であっても、市民にとっては少ない娯楽の一つだ。これを抑えるか抑えないかで
その街の今後の政策実施の調子も随分変わってくる

夜であってもその活気は未だ静まる事はなく、夜に湧き立つオアシスといったところか

アンドレはその酒場の中へ悠々と入っていく・・・・イェータは一瞬躊躇したが
その後に続いて入っていった


「・・・・・・・・ふふふ♪」


アンドレは寝ぼけ気味の眼で酒場を見渡す。

そこにはガタイの良い男達がこちらを見てきている、恐らく鉄鉱夫であろう
テーブルを囲みながら酒を煽っていたのだが、二人の登場にそれは一旦中断され

二人を見定めていた・・・・

アンドレはニッタリと笑って一度だけ手をあげると、彼らは再び話しを始めて
次第にもとの活気が蘇った

アンドレとイェータはカウンターの席に座る


「今の魔法は何だ?」

「なんのことかしら?」

「お前が手を振るだけで皆がこちらを気にしなくなった」

「気にしないで飲んでっていう意味」

「そうなのか」

「っていう気持を籠めて手を振ったらみんなそうなっちゃった」

「・・・・・・」

「あ、マスターさん。ビール二つね」

「私はウォッカがいい」


マスターと読んだ男はウォッカとビールを豪快にグラスとジョッキに入れて二人の前に出す
強面のマスターさんはじっと二人の顔を見て


「・・・・・・・・自分、不器用なんで」


そう言ってカウンターの奥へと行った


「(不器用なのか・・・・)」

「いいよね、そういう不器用さ・・・・うん、かっこいいよ」

「かっこいいのか?」

「うん」

「・・・・・良くわからん」


イェータはウォッカを軽く口に含む・・・・味を気に入ったのか微笑を浮かべる
アンドレはジョッキを持ち上げて一気飲み


「・・・・・・プェッハ〜〜〜〜〜・・・・」

「おっさん臭いぞ」

「あと何年もしたら僕もオッサンだよ」


と、その時


「おっねえっさん♪」


アンドレとイェータの間に一人の若い男が入り込んできた
随分酒を飲んでいるのか酒気を強く帯び、顔が真赤になっている。


「うわぁ!!やっぱり凄くかぁあいいねえ!!ね!ね!ね!ね!あっちで俺と一緒に
飲まない!?」

「相手なら間に合ってる、他所を当たれ」

「お姉さんがいいのぉ〜!」


アンドレはぐっとビールをかっくらうと席から立ち上がる・・・・・
そして、ポケットから昔懐かしい悪ガキの象徴「爆竹」を取り出して青い猫型ロボットの様に
光り輝きながら皆に見せた


「ねぇ〜え〜!いいじゃないのさ〜〜」

「しつこい」


アンドレは近くで飲んでいたマッチョの親父からマッチを借りて男の背後にまで戻ってくる


「だってこんなひょろっこい男と飲んでてもつまんないでしょ〜?あっちで飲もうよ〜〜」

「貴様のような酒癖が悪い男は嫌いでな・・・・」


アンドレは爆竹の導火線に火をつけた、満を持して。

そして、男のズボンのゴムを引っ張って、いざ。中へ投入


「嫌いにならないでさ〜ぁ〜 オレッチお姉さんの良い人になりたぁいの〜おねがぁ










パァアン!! パパパパパ!! パァアン!! パァン!! パパパァパパパパパン!











\上手に焼けました〜♪/











下半身を炎上させながら男は酒場を飛び出していった。


酒場は笑いに包まれた

クスクスと笑う者もいれば、中には椅子から転げ落ちるほど笑っている者もいる


「一体なんだ?突然尻から愉快な音をさせながら飛び出していったが・・・・」

「さあ・・・・なんでしょね」


アンドレは笑いながらビールをおかわりする。と、上機嫌なアンドレの横に
また別の、切符のよさそうな鉄鉱夫が座ってきた


「兄ちゃん、おもしれえな」

「ありがと」

「この辺のモンじゃねえな?旅の人かい?」

「まあそんな所・・・・観光にきたらなんだか騒がしいみたいじゃないの」

「そりゃ運がなかったな、今この国は内戦があっちこっちで勃発してる。お偉いさん方が
どっちが正しいのを主張してドンパチやってんだから、えれえ迷惑だよ」

「全くね・・・・あ、どーも」


再び目の前につがれたビール、ジョッキを持ってぐぃっと飲む


「まあ、正しさを主張してるってんで。他所の侵略みたいに町には手をださねえところが
いい・・・・こうして俺達も酒を飲めるんだからな、なあ皆!」


男がジョッキを掲げて同意を求めると、皆は何の話をしているかは知らないのに
自分の手に持つ酒を掲げて相槌をうった


「それで、そっちのお姉さんは?」

「私は流れの剣士でな・・・・この街に来る途中で出会ったんだ・・・・」

「あんた運がいいな・・・・こんなベッピンさんをひっかけることができるたぁ・・・・
俺のカミサンも昔は結構美人だったんだぜぇ・・・・・」

「今は?」

「泣く子もだまる食堂のババァだ」

「アハ♪ご愁傷様だね・・・・しかし困ったモンだね・・・・こんな所で内戦って」

「全くだ」


男もジョッキに入ったビールをかっくらう


「そりゃあ確かに鉱業が盛んな此処を抑えるのは良いが・・・・そりゃあ非統治状態の話しだ
内紛でこんなところを抑えたって何の戦略的価値もないのによ」

「あら?おじさん戦略家なの?」

「元軍人さ、上司に嫌気が差して軍を辞めたんだけどよ?翌年には国内が統一されちまった
そのまま続けてりゃそれなりの地位にも座れてたんだろうけれど」


アンドレは内心で無理無理と笑った


「あの城を落したって何の価値もねえのになんで必死になって此処を落としたいのかねえ・・・」

「ああ、その理由なら心当たりがあるよ」

「?」


アンドレは二杯目ビールをぐっと飲みあげて静かに微笑む


「このまえ都の方で偉い学者さんが発表したんだけど・・・・なんでも昔、ここの城って都から
王族が避難するために建てた拠点なんでしょ?」

「そうらしいな、もうウン百年って話しだが・・・・」

「で・・・・その学者さんが言うには、もしもの時には王族が国外に避難するために
必要な逃走資金を調達するために、あの城の外壁に金銀財宝を埋めたって言う話し
らしいんだよね」

「財宝・・・・?」

「推定・・・・6億」

「ろ・・・・・!!!?」


男の酔いが瞬時に覚めて、アンドレの横顔を覗き込む


「まあ・・・・それなりに確証があったんじゃないかな?だからあんなふうに躍起になって
城を取ろうとしてるんじゃない?」

「・・・・・・・」

「ぁ、今の話し内緒ね?」

「あ・・・・・ぁあ・・・・」

「・・・・・さて、と・・・そろそろ宿に戻るよ。僕は明日の朝出発だから早い所寝ないと」

「・・・・・ああ、それじゃあお休み旅人さん」


アンドレが立ち上がると、イェータもウォッカを飲み干して立ち上がる


「あら、君も終わりかしら?」

「ああ・・・・また変な男に絡まれてはかなわんからな」

「マスタ〜お金置いとくよ〜〜」


男は二人が店を出て行くのを見送り、ゆっくりとビールを口に含む・・・・・


「・・・・・・・・なぁるほど」













アンドレは街を訪れたときと同じようにゆらりゆらりと歩いている。
イェータはその背中に冷たい目線を送っていた


「お前、酒を飲みに行っただけなのか?」

「そうだよ〜」


イェータは溜息を漏らしながら頭を抱えて立ちどまる、本当に何がしたいのか全く分からない
アンドレの行動は一体何をしようとしているのかが分からなかった


「分からないなら、分からないで良いじゃない」

「!」


まるで、こちらの気持を読んだかのようにいうアンドレ。相手の心を読んでも
こちらの心を読まれる事はなかったイェータは、アンドレの言葉に不快感を覚えた


「僕が何をしたいのかなんて・・・・分からなくても誰も攻めないでしょ?」

「・・・・・ムカツクな、その言い方」

「あら、気に障ったかしら?」

「・・・・・・」

「あははは、怖い怖い」


アンドレは突如立ち止まってイェータを見据える、その何を考えているかも分からない
何を映しているのかも分からない瞳で。


「・・・・・お前はどうして戦う?」


問いかけたのはイェータだ


「国のため」


迷うことなく言い放つ、偽ることなく真っ直ぐに。


「国のため・・・・?何の戦略的価値も無い、落す事が困難な城を落して何になるのだ?
お前が国の為に戦うというのならば、こんな場所を攻めるのではなく。もっと重要な拠点を
落とすよう提言していたはずだ。お前にはその戦略があるように見えるぞ・・・・」

「言ったよ?何度もね、でも何の風評も実績も無い若造軍曹の提言なんて、
馬鹿にとっては「雑音」だよ・・・・」

「何故そんな戦略眼の無い連中が軍に居る?軍の中での出世とは実績に伴うものだろう?」

「違うよ」

「違う?」

「生まれついた地位と、持っている金・・・・後はどれだけ自分を取り繕うかで・・・・軍と言う
巨大な山のどの位置に立つかが決まるんだ」


イェータはくらりと眩暈を起こす。あまりにも自分の持っている価値観からずれた
人間社会の本当の姿を突きつけられて、酷いショックを受けた


「大丈夫?」

「っ・・・・大丈夫ではない・・・・何なんだそれは!?」

「何といわれてもねえ・・・それが人間なんだよ。悪いけど」

「自分の才覚ではなく、外付けの飾りで価値が決まるというのか!?」

「だからそういってるじゃない」

「・・・・・・・っ・・・・・」


言葉を出そうにも、どういえば良いのか解らない・・・呆れて物が言えないとはこのことか


「ならば・・・・」

「?」

「ならば、お前もその口だというのか?」

「一応僕も貴族の生まれ、ある程度はその恩恵を受けている・・・・だけど」


アンドレの眼が変わる・・・・ギラギラと欲望を孕んだ「男」の眼になった


「色々と、やらなくちゃあいけない事があるんでね?もうちょっと上を目指すよ」

「・・・・・・・・・」

「・・・・ま、今日は帰りなさいな?色々あって疲れたでしょ?」

「・・・・・・・そう、そうだな・・・・今日の処はこれで引き上げさせてもらう・・・・だが
私は決してお前を諦めたわけではないからな」

「強情だなぁ」

「・・・・・・・失礼する」


そういって踵を返した彼女の姿は霧の様に消えた・・・・・
アンドレは頭を横に掻きながらニンマリと笑みを浮かべて笑った


「純粋すぎるんだよ、君達魔物はね」













〜翌日〜


「こ、これは一体・・・・・」


イェータは自分の目の前の光景に驚いていた。
アンドレに会いに野営地へ向かっていくと、すでに攻城戦が行われていたのだ

堅牢な要塞からは矢が降ってくるが、攻めている連中は木の板を傘にして
矢を防ぎ、城を取り囲みながら城の外壁を崩していた


「どういうことだ・・・・む!」


丘の上に佇む人影を見つけた・・・・・その後ろ姿は彼女の魔物の目、驚異的な
視力によって識別された。アンドレである

彼はぼんやりと丘の上から城を眺めているだけであった・・・・イェータはアンドレに走り寄った。


「おい!アンドレ!!」

「? ああ、君か・・・・おはようさん〜」

「おはようではない!貴様血迷ったか!?真正面から挑んでは兵に損害が出て返り討ちに
会うといったのは貴様ではないか!」

「言ったよ?うん、そんなことをすれば返り討ちにあうなんて誰がみてもそう思うでしょ?」

「ではあれは何だ!?」


イェータは興奮気味に城を指さす


「城だにゃあ」

「違う!!」

「はずれか〜」

「クイズを出しているのではない!!なぜ軍が城を攻めているのだと聞いている!
たとえ城壁を破ったとしても、疲弊した兵が対応できるわけない!!部下を殺す気か!?」

「僕の軍はそこで朝ご飯食べてるよ?」


アンドレが顎で丘の下を示すと、なんとそこには軍がいるではないか
暢気に朝食をとっている


「・・・・・・・は?」

「僕もそろそろお腹好いちゃったし食べにいくとするよ、君も来る?
あんまり良い食事は出せないけれど」


イェータは頭の中がぐるぐると回る感覚に陥っていた・・・・








「隊長ズルイっすよ、昨日の夜姿が見えないと思ったらこんな美人を捕まえてくるなんて〜」

「欲しかったらあげるよ?」

「嘘!?マジ!?」


イェータは尋常ならざる覇気を纏った眼が兵士をにらみつけた
剣士としても超一流の彼女の眼力に、いっぱしの兵士が耐えれるわけもない


「じゃないっすね・・・・・し、失礼しました〜〜!!」


お調子者の兵士は逃げるように仮設テントから出て行ってしまった
イェータはため息をつき、朝食として受け取ったパンをちぎって口に運ぶ


「男に声かけられるの嫌いなんだ、女として魅力があるっていう証なんだから、
普通はもうちょっといい気分になるとおもうけど」

「私の心を弾ませる言葉を遅れる相手は私の伴侶だけだ」


そういってこちらをじっと見据えてくるが、アンドレはひらひらと右手を振って
誤魔化すだけであった


「それで、先ほどの話なんだが」

「お城の話し?」

「そうだ、あの城を攻めているのは一体どこの誰だ?お前の軍が動いていないとなると、
昨日のうちに援軍がきたのか?」

「来るわけないでしょ・・・・あれは昨日行った町の人たちだよ」

「なんだと?!」


口に運びかけたパンを驚きの余りに落としてしまった
アンドレは簡単に作られたテーブルに乗せられたウサギの肉のスープを軽く飲む


「昨日酒場で話しをしたでしょ?城の外壁の中にはお宝が埋まってるって」

「あんなものは眉唾物じゃあなかったのか?」

「いいや、ちゃんと財宝はあるよ?昨日のうちに僕がこっそり壁に埋め込んできたからね」


スープを飲み干し、残った肉をスプーンで口の中に放り込む。
そして空になった皿をゆっくりと地面に押し込む


「・・・・・空間魔法」


皿は地面に波紋を立てて飲み込まれていった


「僕、魔法が得意じゃなくてね。これしか使えないんだよ」

「馬鹿をいえ、空間魔法を扱うのにどれだけの魔力と技術がいると思っている
魔物の中でも一部の奴らしか扱えないものだぞ」

「そうなの?・・・・まあそんなことはいいんだけどね・・・・こうやって
昨日のうちに壁の中にいろんな財宝をつっこんできたわけ」

「その財宝はどこから出たものだ」

「もちろん、あの城の中から」


なるほど、空間魔法の応用で盗み出したというわけか
このアンドレという男は「嘘」を「真実」に変えてしまったのである


「最初のうちにちょっと見つかっちゃえば、まだまだあるもんだって思うのが
人間ってモンでしょ」


イェータはテントの入り口の隙間から城を見据えた
そこでは城から降り注ぐ矢を板で防ぎ、物ともせずに作業をしている者達が見えた

時折出てきた財宝を掲げて喜んでいる姿が見える


「元からあの町は鉱山で大きくなった町、壁を掘って穴をあけるのは僕らより得意だろうさ」

「・・・・・・・」


アンドレはクスクスと笑って残りのパンを口の中に入れて食べる
パンパンに膨らんだ頬はシマリスのようである

それをもっちゃりもっちゃりとゆっくりと食べていた


「・・・・恐ろしい奴だ」

「?」

「・・・・一体どう頭を回せば、そんな戦術が思いつく」

「・・・・フフフ」


ゴクリとパンを飲み込んで、木のカップに入ったミルクをとると
一気に飲み干していく


「ぷは・・・・・・・・・さあ、僕は頭は良く回っていらないこと思いつくからさ」

「・・・・・」

「でも、一つわからないことがあるんだ」

「?」

「どーしたら、世の中の皆が普通に生きていけるのか・・・・うん、そんな
当たり前の答えがどう考えても見つからない」


一体何を言い出すのか・・・・子供でもあるまいし


「あ、今、こいつアホだろうって思ったでしょう?」

「ああ、思った」

「ヒドス」

「軍人の、しかも町の住人を攻城に使う奴の台詞ではないな
アホでないのだとしたら嘘つきのどっちかだ」

「んっふっふっふ、案外あれだね、つまらない考え方しかできないね。君は」

「貴様が奇抜すぎるだけだ」

「ん〜〜」


アンドレは例の癖、頭の頂点を横にかく


「だからさ、皆つまらないことに囚われすぎ何だと僕は思うね。
あれはこうでなきゃだめ、それはああでなきゃだめ
誰が決めたかわからないけれど、誰かが勝手に作ったルールが世界の真理だと思って疑わない」

「生き物が集まればリーダーが生まれ、リーダーからルールが生まれ
ルールはいずれ巨大化して秩序になり、秩序は無意識下での行動の善悪を判断する基準になる。
そういうものだ」

「僕はその、そういうものだ、っていう言葉嫌いだよ。非常につまらないね、しらけるね、
夢を奪われていく感覚がするよ」

「次は気をつけよう」


淡々と話すイェータにアンドレはふぅっとため息を深く吐いた


「つまるところなんだ?お前は自分が平和を考察する自分に何の違和感もないと」

「誰が世界平和を考察したっていいじゃないって話。どれだけ美談であっても
結果が残らなければ同情物語さ、なら、少々汚くなっても結果を残した法が意味がある」

「英雄には向かない男だ」

「英雄にあこがれたことは一度もないさ。うん、僕はきっと平和のために戦うんだ。
そして平和な草原で昼寝をしようきっと炎天下の中で寝るもんだから脱水症状を起こすね」


本当に、頭の神経が滅茶苦茶につながっているような男である


「不思議なものだな」

「何が?」

「私は英雄の気配をたどってお前をたどったが、お前は英雄の資質の欠片も感じない。
だが、それ以上の・・・・何かを感じることができる」

「ミャハハハ、誉めたってアメちゃんくらしかでないよ!」


アンドレはそういいながらポケットから小さな飴を出して
イェータに投げつけた

イェータは放物線を描いて飛んできた飴を右手で受け取ると
左手に持っていた口を付けてないスープをテーブルにおく


「戦が始まれば、また会いに来る」

「ん、また会う日まで、どうぞお元気で」

「・・・・・・どうしてとは聞かないんだな?」

「去る者は追わないからさ」

「では、くる者は拒まないんだな」

「いや、選んで受け入れようか」


ということは自分は受け入れられているのか?


「光栄だ、人間」


そういってイェータはアンドレがいる仮設テントから霧のように消えてしまった・・・・

アンドレは静間に微笑みながらポケットからもう一つ飴を出し自分の口に入れる


「・・・・魔物ねえ、うん、魔物ね・・・・・・・・あれ?」


アンドレがごそごそとポケットの中から飴をすべて引っ張り出すと急ぎながら確認する


「・・・・・しまった・・・イタズラ用の「バクチク飴」だった」









  パーーン!! パパパパーン! パンパン! パパーン!












「まさか」

「・・・・・」

「自分に好意を持っている相手への初めての贈り物がバクチク飴とは」

「・・・・・」

「随分良いセンスをしているではないか、え?人間よ」

「ごめんちゃい」


十字架に張り付けにされて剣の柄で頭をポコポコと殴られているアンドレ
目の前にいるイェータ氏はたいそう不機嫌そうである

あれから2日後の夜には城壁は虫食い状態となり、みるも無惨な状態になってしまっていた


「それでもきっちり戦闘開始前ににくるあたり律儀だね君も」

「そうだな、少なくともバクチク飴を渡す貴様よりは律儀なつもりだ」

「あ〜ぅ〜」


グリグリとほっぺを剣の柄の先で押されているアンドレ
ほっぺがマシュマロみたいに柔らかいのかすごくよく伸びる

今では発掘作業をしているものはどおらず、穴だらけとなった城壁を
敵軍が急いで修復しようとしているが、あいた穴に木の板を当てただけの
お粗末なものだった


「おい、団長にSMプレイしてるのは誰なんだ?」

「団長が偶然会った流れの剣士らしい、すんげえ怖いぞ」

「そんなことよりも俺はあのお方の下パンツの中身が知りたい、白か、それとも
黒なのか・・・・あるいは縞パンか!?」

「(何の脈絡もなくパンツに食いつくとは・・・・やはり変態か)」


さて、ぼちぼち攻撃に入りますかとアンドレが重い腰を上げたとき
殺意の波動に目覚めたイェータさんが現れたわけである


「・・・・これ以上説教をするのも時間の無駄だな、反省する様子もない」

「悪かったって〜」


アンドレは兵士二人におろされて、パンパンと体についた埃を落とす


「しゃってと・・・・そいじゃあ攻めますか・・・準備はできてるかい?」

「さすがに二日もあれば、いつでも万全ですとも」


城を守る敵軍は、昼も夜も城壁を崩していく町の者達の対応に追われ満足に休息すら
できなかっただろう

それに比べ、まる2日英気を養ったこちら側の軍とでは士気も違う


「(ここまで素晴らしく、しかし恐ろしい作戦もあるまい・・・ある意味では、
我々が行使する魔法よりも恐ろしい)」

「それじゃあゆるゆる攻め落とそうか〜」

「「「「「「う〜〜〜〜〜〜〜っす」」」」」」

「(この部隊にはこんな緩い奴らしかいないのか!?)」









「・・・・さってと、団長様はそろそろ動くだろうな」


男がゆっくりと腰を上げる・・・・それに続いて他の男♂達も立ち上がる
その総数は400は居るだろうか?


「ん〜〜」


目の前に張った土色の布の幕の隙間から、眼下に広がる虫食いの城を
見据えていた・・・・

幾人の兵士が城の中であわただしくしているのがわかった

視線を草原の先に向ければ、アンドレが率いる歩兵部隊が城目指して
進軍しているのがわかる


「・・・・いつでも撃てる準備しとけ〜」

「始まりますか?部隊長」

「始まるから準備しとけっていったんだよ、それっぽく聞くな」

「へへへ、すんません」


近くで調子に乗っていた兵士の一人を持ち場に帰らせて
部隊長は静かに眼下の城を見下ろした


「・・・・・・・・・・容赦ねえなあアンドレさん・・・」








「・・・・・つまり、城壁を崩す町民達に連中が気を取られている隙に弓兵隊に山を迂回させ
奴らの背面に・・・・」


アンドレとイェータが並びながら部隊の一番先頭を歩いていく
背後には緊張感のかけらもない兵士達がゆるゆると歩いてきている


「そそ」

「・・・・・」


イェータが人ならざる視力でみてみると、確かに山の中腹には
土色の幕が張られており、時折ゆらゆらと人の影が動いているのがわかった


「山を背にした城ってのは確かに守りやすく攻めづらいだけど、
背後からの攻撃は想定してないから。鉄壁の盾兵も正面から打ち込む矢は防げても、
後ろからじゃアッーーーーー!! じゃない?」

「表現はよくわからんが言っている意味は分かる・・・・なるほど
弓兵隊は荷も軽く遊撃にも適している・・・・」

「そゆこと・・・・退路も彼らに断たせてあるしにゃあ」


完封だ・・・・たった四日で難攻不落と言われた城がたやすく完封されてしまった・・・・


「よっこらセックス」


アンドレが不謹慎な言葉をはきながら、腰にあるポーチの中から一本の筒のようなものを
取り出した

アンドレはそれのお尻のところについてあった糸を抜くと筒の上部から煙が吹きあがる・・・・

もくもくとあがる煙が天に届いたとき、山の中腹に動きがあった

一斉に幕が上がり隠れていた兵士たちが素早く、そして一斉に矢をつがえると、
一片の容赦もなく矢を城へと打ち込んだ!!


城の中から悲鳴と断末魔が風に乗って聞こえてくる・・・・
アンドレは煙のでる筒を捨ててニンマリと満足げに笑う


「それじゃあそろそろ攻め込むけれど、準備はいいかい?」

「ふん・・・・当たり前のことを聞くな」

「OK、それじゃあ行くか〜〜」

「(この男どこまで緩いんだ・・・・こんな群で大丈夫なのk




「全隊抜刀!!」




アンドレの鶴の一声で兵たちが一斉に剣を抜いた
イェータはあわてて彼の横顔をみると、そこには別人でないのかと
見間違うばかりのアンドレが立っていた


「これより 城の最後の攻略に移る!作戦は実に簡単だ!
あの虫食いの城壁を破り!中に巣くう蟻どもを一匹残らず踏み潰す事!

心身は磨耗し!頼りの鉄壁は崩れ!そして今、矢の雨を注がれ!
蟻の心には数日前の気高い反逆心など欠片も残っていないだろう!

徒に世を乱し!民を!国を!人を乱した者どもは今絶望の淵に立っている!!
ならば国の守り手である我々のする事はただ一つ!!


淵より地獄に突き落とし!悪魔の腹の底へ送ってやることだ!」


清き誇りが込められた声が蒼天にこだまする。
今の今まで眠っていた獅子が突如として目を覚まし雄叫びをあげた
ようだった


「PS」

「!?」


獅子がさっさと布団に戻った


「略奪とか陵辱とかはやっちゃだめだよ、そういうのは娼館にいってね?
お代は経費で落とせると思うから」


<オッシャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア

<やるぞ!!野郎共!!明日の夜は俺のマグナムが火を噴くぜ!

<ならば私はスピンコブラなテクニックでも

<バックブレーダー!!

<甘いですな、わたしのブーメラン10の方がよほど・・・・

<部隊長!

<なんだ!?

<じ、自分は部隊長の事・・・お慕い申し上げております!!

<え・・・・・


<<<<・・・・・・・・・・・・・・・


後ろからいろいろと欲望が聞こえてくるが、これで十二分に士気は上がった
アンドレは剣を引き抜き点高く掲げると、振り降ろすと共に号令をかけた



「全隊突撃!!!」


 オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!
  ブタイチョォオオオオオオオ   アッーーーーーーーー!!







「おい、どさくさにまぎれて薔薇の花咲いてるぞ」

「咲き誇ってもらいましょ」






アンドレ率いる部隊は津波のように場内に突撃を決めた。

すでに頭上からの矢の雨によって甚大な被害がでた反乱軍にとって
その津波はまさしく絶望の底へと突き落とす死神達に見えたに違いない

断末魔をあげて死にゆく男達

命乞いをしてもアンドレ達の軍勢は一切の容赦もなく切り捨てた

少年兵、幾多の戦場を抜けた精鋭兵、蜂起し武装した民、老人であっても

欠片でも抵抗の意志がある者は容赦なく殺されて大地に屍をさらす


しかしその一方では、投降した民や、衣食住の補助や娼婦として連れてこられた
者達は手厚く保護していった

アンドレの言葉通り略奪や陵辱など誰一人行おうともせずに
ただ自分の成すことに誇りを持って動いていた・・・・・。



そんな戦いが繰り広げている中で突入したアンドレは、まるで自分の行き先を
知っているかのように歩いていった


「フン!!」


ガパリと人間の体がこじ開けれるようにまっぷたつになる
断末魔をあげることなく、その男は老化に転がる肉片の一つとなっていた


「えげつないくらい強いね、君、うん、吃驚しちゃったよ」

「なんだ、この姿は伊達か酔狂かだと思ったか?」

「うん」

「相変わらず素直な男だ」


剣を振るっていたのはイェータだ、人間の体のままでも彼女は十分に強い
立ち向かってきた敵をいずれも一撃のもとで切り倒す

縦や鎧などまるで意に介さぬかのように、それごと斬りさく
その肉体的な能力と剣術の強さは魔界にすむといわれる魔性の鎧
デュラハンのそれに匹敵するのではないだろうか


「・・・・それで、突撃するお前の後を追ってきたが・・・・この先には居るのは誰だ?」

「アニャ?」

「とぼけても無駄だ、お前が最初からこの場所を目指して進んできたのは知っているぞ、
上官を怒らせてこの場所に来るようにしたのも故意なのだろう?」

「あら・・・・バレちゃった?」

「気づいたのはお前が城を前にして兵達を激励したときだ、
お前の瞳には強い意志が宿っている・・・・そしてその意志はまっすぐこの場所に
向けられていた。」

「ウフフフ・・・・・まあ、あれだよ・・・・個人的な問題でね?」

「・・・・・」


アンドレはそう言いながら前にみる長い廊下を歩いていく
長い長い廊下の先は一見行き止まりであったが、奥の右手にドアノブが見えた
恐らくはその中にいる誰かに会いに来たとイェータは推測した

二人は歩みを進めてドアの前に立つ


「・・・・・」


ドアの向こう側から物音はしない、するのはたった今どこかで聞こえた
断末魔が小さく聞こえただけ

アンドレは剣を抜くこともなく静かにドアノブに手をかけた





「ちわー、宅急便のお届けです〜 ハンコお願いします〜」





ドンっと入ったドアのすぐ横に5cm程の大きなハンコが飛来し壁にめり込んだ


「全く・・・・緊張感の欠片もないわね、相変わらず」

「むはははは、僕が緊張したことなんてあったかしら」

「あるわ、私との初夜に緊張のあまりお尻にいれそうになった」

「アゥン!それは言わないでぇ」

「・・・・・・・本当に相変わらずね、あなたは」

「うん、久しぶりだね?ベナ」


部屋の奥、クラシックテーブルにお茶を並べて、どこまでも優雅に
クラシックチェアーに座ってどこまでも冷静に

そんな女が一人だけ部屋の中にいた

鮮やかな桃色の髪をツインテールに結んで、まるで海の底のような
青く深い瞳がアンドレをみて笑っていた


「久しぶりねアンドレ、そちらの方はあなたの新しい彼女?」


チラリとイェータを見るベナという女性


「彼女ではない、この男は私の伴侶だ」

「そう、私は彼の元カノのベルナドット・サンポリスよ」

「元カノ・・・・」

「そそ、幼なじみで・・・士官学校まで同じだったんだよ
軍に入った後は別々のところに配属されて、手紙でやりとりしてたんだけどねえ、
いきなり反乱軍なんて創ったもんだから吃驚したよ」

「何!?ではこいつが・・・・」

「ええ、私が今回のクーデターの首謀者ということね・・・・といっても、
表向きの蜂起人は別の所にいるけれど・・・」


つまり、彼女によって御輿としてかつぎ上げられ、世間一般に広まっているクーデターの
首謀者が別にいるということ・・・・

驚くイェータを見てベナはクスクスと笑っている・・・


「驚いたのはこっちよ、まさか私以外にあなたみたいな男を愛する女が現れるとは
思わなかったわ」

「こう見えて珍しい物好きでな」

「本当に「物好き」な人ね・・・・まあ、良い人よ?彼。私が保証する。
まああえて不満を言うなら頭を横に掻く癖は何とかしてもらいたいわ
そのうち禿げるんじゃないかと心配で心配で」

「それは私も気になっていたところだ」

「アゥン!」

「フフ・・・・・本当にお久しぶり、こんなに懐かしく楽しい感じを
覚えたのは久しぶりよ。あなたは・・・・まあ相変わらずだと思うけれど」

「ムハハハ・・・・・」


アンドレはベナの近くに歩み寄り、彼女が座るテーブルとは
反対側のいすに座った


「生憎出涸らしだけれどかまわないかしら」

「うん、いいよ」

「そう・・・・あなたもどう?」


イェータは目を伏せながら首を横に振ってアンドレの背後に置かれているベッドに腰掛けた

二人の邪魔はしない、とでも言うように


「・・・・・・良い人ね、アンドレ」

「良い人、なんだろうけれどね?まだ出会って一週間もたってないんだけれど、
向こうさんが一方的にね」

「いいじゃない?世の中にはもてない男だって居るんだから
向こうからやってきてくれるなら御の字よ
それもこんなに美人で器量のいい人・・・・決してお安くないはずよ」

「アンドレちゃんは複雑な気持ちなのだ」

「でしょうね・・・・・さて、無駄話もこれくらいにしてそろそろお互い話したいことを
話しましょう?」


丁寧に入れた紅茶をアンドレの前に差し出す・・・・その紅茶は色も付いていないし香りもない

一体何杯使ったのか・・・・

アンドレはその紅茶を一口飲んでから口を開いた


「ちっちゃいときからずっと一緒にいて・・・二人で遊んでさ」

「うん」

「僕は貴族で、君は平民、君は学校に行けないからって僕がよく教科書を貸してあげて・・・・」

「夢中になって勉強して・・・あなたよりも賢くなった」

「僕はそのまま流れるまま士官学校には行ったけれど君は努力でその学校の門を
こじ開けた・・・・」

「平民だから士官学校はよく虐められたけれど、あなたが虐めた連中を全部
追い払ってくれた」

「君は悔しかったんだろうね、勉強も剣術も人の何倍も努力してさ・・・・
学年主席に上り詰めた」

「あなたとはよく夜通しで議論をくぁしたわね、国政や兵法、下らない話だって論議した、
結局一度も決着つかなかったけれど」

「いっつも二人だったからさ、まあ必然的に君に愛慕の情を覚えるのも、
まあ必然だったんだろうね」

「特に学園生活最後の年は本当に幸せだったわね。周囲の目もはばからずにあっちこっちで
キスしてみたり」

「若かったな〜」

「今が老けたみたいな言い方しないでよ」


アンドレとベナは同時に紅茶を同じ量、同じ速度で飲むまるで鏡合わせのように


「でも・・・・士官学校の後・・・・君はどんどん元の形を失った」


アンドレはポケットの中から何枚かの手紙を出した


「やっぱりバレてた」

「手紙では平静を装っていたみたいだけれど、君の変質に気づいていなかったと思うかい?」

「私が髪を切ったときは気づかなかったくせに」

「・・・・」


アゥンという言葉はでずにアンドレはベナをすわった目で
見据えていた


「・・・・・私が軍に配属されたの、どこか知ってる?」

「うん、僕も気になって調べた・・・・そしたら、君が言っていた所に君は居なくて、
全然別の所にいたよね」

「うん・・・・」


ベナはすっと自分の上着に手をかけた
軽装の鎧をはずし、服を脱ぎ、下着をとった・・・・・


「配属された場所で、私はただの慰安婦にされた」


そこにはおびただしい数の陵辱の痕跡・・・・


「・・・・・・」


まるで拷問を受けたかのような、目も覆いたくなるような・・・・
痛々しく、グロテスクな傷跡がつけられていた


「能力や意志や思想なんて関係なく、私はただの女だったわ
男たちは自分の欲望を私の体にぶちまけ、昼も夜も関係なく私の体を貪った」

「・・・そう」


ベナは静かに自分の下着をつけて、服を元に戻していった・・・・
そして、先ほどと変わらぬ表情でアンドレを見る


「君から突然別れようっていう手紙が来て・・・・・焦ってさ。君の元に行こうとした時、
君は行動を開始した

・・・当時王権と仲の悪くなっていた司法機関の連中を取り込んで・・・・思想家を集めて民を
味方に取り付けたのも・・・・」

「ええ、私よ?少し取繕ったら面白い具合に上手くいったわ」

「・・・・うん、だいたい予想はついていたけど・・・・」


アンドレは両手で顔を覆ってテーブルにへたりこんだ


「きっついなあ・・・・・うん」


心の底から後悔の混じった声を吐いた


「・・・・・・・・ベナ〜・・・・」

「何?」

「・・・・・・ごめんね?傍にいてあげられなくて」

「・・・・その言葉を聞けただけでも、この反乱を起こしたことに意味があるわ」


アンドレははぁ〜〜っとため息を深くして顔を上げるとその両目からは涙が流れていた


「また泣いてる」

「うん、泣いちゃう・・・・」

「本当に純粋な人」

「・・・・・・・」

「ねえアンドレ、覚えているかしら?何の変哲もない一日だったけど
あの日の議論は、それはもう熱く語りあった」

「この国の行方の話?どうしたら今より良い世の中になるのかって・・・」

「そう・・・・私は緩やかに、しかし流動的に行うべきだって言ったわ」

「僕は革新的に、あるいは激流のような激しさと早さを持って行うって」

「結局、私はあなたの答えを、あなたは私の答えをそれぞれ交換したような道を選んだわね」

「君の場合は・・・・」

「もちろん、憎しみたっぷりよ・・・でもその限りではないわ」


今度はベナだけがゆっくりとティーカップを持ち上げて一口、たっぷり味わって喉を潤した


「結局、望んだ先は一緒なんだと思うわ」


変わるようにアンドレがティーカップを持ち上げて一口にたっぷり口に含んで喉を通す。



「「平和への考察」」



二人の声が重なる・・・・・ベナは満足げに笑った


「ねえ、一つ約束してくれるかしら?」

「なにかしら?」

「私、平和な世の中が見てみたいわ」

「うん、僕も見てみたいね、うん」

「・・・・・そう、ありがとう・・・・・あ〜あ、できれば一緒に見たかったな・・・」


アンドレはにっこりと笑って立ち上がる





「一緒に見よう」










「・・・・・・・・」


イェータは呆然と目の前の光景を見ていた・・・・


「・・・・・・・」


一体何が起こったのか、その人ならざる脳を持ってしても
理解するにはあまりにも唐突だった


「何を・・・している?」

「・・・・・・」


アンドレは満足そうに笑いながら佇んでいる


「何をしているんだ!お前!!」

「何って・・・・」


アンドレが振り向くと、二筋の涙を流しながら笑っていた



「敵将、討ち取ったり・・・・ってね」



先ほどベナがすわっていた椅子は粉々に破壊され
彼女が背を向けていた部屋の壁に「それ」が飾られていた

胸には抉られたような十字傷。頭、喉、腕、手、腹、太ももに剣をつきたてられ・・・
壁にベルナドットの体が十字架に張り付けにされたような姿勢で飾られていた

イェータにすら見切れないほどの速さと破壊力を持った刀剣をアンドレが
何処からか射出すると、一瞬・・・・本当に一瞬の内にベナを殺害してしまった・・・・

恐らくは痛みすらもなく・・・自分が殺された事にすら気づいていなかっただろう


アンドレは静かに独白した


「他の誰かに何て渡さない・・・・ベナは僕から離れたつもりだろうけれど・・・
僕はまだ、ベナを放した覚えなんて無い」

「・・・・・」

「君は確かに男に汚された・・・・だったら、その穢れの上に僕が傷を刻み込む」

「・・・・・」

「もう僕達は後戻りできないんだからさ・・・・ならせめて、貴方の最後は僕の手で」

「・・・・・それでいいのか、お前は・・・・愛する者を殺して・・・・もっと別の道が」

「僕は今はこの国の「兵」だ・・・・無茶をして死んだら、それこそ約束を果せなくなる」

「・・・・・・」


アンドレはゆっくりと振り向いて、壁に飾られた亡骸に近づいた
そして、頭に刺さった剣を引き抜く

ドチャリと音がして、血の塊が流れ落ちたが・・・・・
そんなものお構い無しにアンドレはベナの唇を奪った


「・・・・・ん・・・・ふ・・・」


血の味が口の中一杯に広がる・・・・僅かに残った生きていた熱が溶ける様に冷めていく
濃厚な死の味をアンドレは愛撫した


「・・・・・・・・また僕を愛してくれるかい?」


イェータはようやく理解した

アンドレという男は、心底このベルナドットという女を愛していた

愛したからこそ彼女を殺す役目を自ら負った。

愛したからこそ彼女との最後の対話を望み、真実を知った

愛したからこそ彼女と不可能に近い約束をかわした

愛したからこそ彼女を寸分も狂いもなく躊躇わずに、殺した


これから、この世の理を相手に喧嘩する男にとってケジメであり誓いなのであろう


イェータはようやく理解した


この男の覚悟と背負っている物の大きさを・・・・・そして確信する。
この男は間違いなくこの時代を変える英雄になる男だと。


「・・・・・・・そう、ありがとう」


アンドレは満面の笑みを浮かべて笑っていた。












「・・・・・んにゃ」


鼻提灯が割れた


「・・・・・懐かしい夢見ちゃった」


アンドレは右手で自分の頭の頂点を真横に掻く、すでに毛はない。

アンドレは立ち上がって部屋を出ると廊下を歩き、薄暗い地下へと歩いていく・・・・
薄暗い廊下を火も灯さずに歩いていく・・・・・・そして、通路の先にある重苦しい木の扉を開けた


「どんな具合かしら?」

「グッドタイミングですね、今終わります」

「んふ♪」


アンドレは満面の笑みを浮かべて笑った
目の前には巨大な魔法陣が一つ、その魔法陣の中心には棺桶が一つ置かれていた


「さっきさ」

「?」

「懐かしい夢を見ちゃったのよ・・・・君と出会って・・・・ベナを殺した所までの夢」

「・・・・・・・・もう50年前位の事ですね・・・・」


イェータは眼鏡を正して、懐かしむように頬を緩ませた


「あの頃の君って、もっとトゲトゲした喋り方でさ?」

「心外ですね?威厳ある喋り方をしていたと言って欲しい」

「んふ・・・・でもまあ、君のお陰でここまで来れた、とても感謝してるよ?」

「・・・・・・・・誓い」

「あの日の誓いかしら?」










「・・・・お前はこれからどうするんだ?」


戦いを終えた日の夜・・・・戦勝の祝宴をする部下達の輪の中から抜け出した
アンドレは静かに城の一角で月を眺めていた・・・・

そんなアンドレの背後からイェータが現れ問いかけた


「・・・・どうもこうも、ベナとの約束を守るよ」

「平和・・・・?」

「そう」


イェータはゆらりと動いてアンドレの隣に立つ・・・・眼下では笑い会っている部下達が見えた
生憎、慰安作業や戦備の修復などがあり、街の娼館へは繰り出せなかったが・・・

それでも彼らは楽しそうに笑いあっていた


<ブタイチョオオオオオオオオオオオオオオ

<ハランナカガパンパンダゼ・・・・


一部はものすごい盛り上がっていたが


「どうするんだ?」


再びアンドレに問いかける・・・・


「・・・・まあ、まずは「力」が必要だろうね?」

「何かをなすには力が要る・・・・真理だ」

「だからまず、僕は力をつけるよ・・・・自分自身の能力としての「力」。物を動かす「権力」。
人を動かす「財力」。そして・・・人を超えていく「魔力」をつける」

「それで?」

「・・・・僕が描く平和をこの国に敷く」

「・・・・・人の身では途方も無い道のりだ、魔物であれば些細な暇つぶしで終るが・・・・
人間の場合では、一生を賭けるにはあまりにも無謀だ」

「確かに、でも」


アンドレはイェータを見て微笑んだ


「君がいれば、出来るんじゃないかな?イェータ」

「・・・・・・」


アンドレはゆっくりと腰を下ろして片膝を突くと頭を下げた
一陣の風が二人をなで上げる・・・・


「このアンドレ・ヘレニウス・・・・貴方に私の余生を差し上げましょう」

「・・・・・求める物は何だ?人間」




「私が夢を描くまでの時間・・・・貴方の時間を私にください」




「・・・・・・・・・・・・・そこに愛はあるのか?」

「それは、これからの貴方と私次第でしょう・・・・・未来とは不確定なもの」

「・・・・・・フフ・・・・・そう、そうだとも・・・・・いいだろう・・・・」


イェータはすっと右手を差し出した・・・・まるで禁断の果実を差し出すかのように
アンドレはにんまりと微笑んで、その右手の甲に口づけをした


「お前の描く平和・・・・この私も見てみたい」











アンドレはにんまりと笑って目の前の棺桶を見た・・・・
巨大な魔法陣は徐々に光を増していき、中心にある棺桶に光を集約させている


「・・・・・力もつけたし・・・・準備も整った・・・・ちょっと時間は掛かったけれど・・・
うん、楽しい事もあったし丁度良かったかな?」

「そうですね・・・私も楽しい事を沢山見る事が出来た・・・その点は貴方に感謝しています」

「んふ♪それじゃあご機嫌だ、うん、ご機嫌だね」

「・・・・かえってきましたよ、彼女が」

「あら」


光が溢れて・・・・棺桶の中から一気に煙が吹き上がった・・・・・
薄暗い地下の部屋の中で、妖しく煌く光が支配した


「・・・・・・」


光が徐々に静まり・・・・再び先ほどと同じくらいの明るさに戻る。
闇の中に魔法陣の光だけが浮いているようであった

と、棺桶に変化が起きる

棺桶の戸が一瞬ガタリと動いたかと思うと・・・中から開けるようにして開き始めた


「・・・・・全く」


棺桶の中から出て来たのは・・・白銀の甲冑を纏った女の腕


「死人を呼び覚ますなんて・・・・いけない事なのよ?アンドレ」

「んふふ、これからもっといけない事するんだよ?」


棺桶の蓋を完全に外して、起き上がってきたのは・・・・


「お久しぶりだね、ベルナドット・サンポリス」

「お久しぶり、アンドレ・ヘレニウス・・・・・ああやっぱりハゲた・・・・」


完全に殺害したはずのベルナドットだった・・・・

彼女は白銀の甲冑に身を包んだ姿、白い布地とレースによってあしらわれた姿は
一見すれば神聖なる聖女のようにも窺えるが・・・・

その実は魔物・・・彼女はデュラハンとして再びこの世に舞い戻ったのだ。


「ハゲてないよ、バーコードだよ」

「ばーこーど?」

「そう言うんだって♪」

「・・・・・50年以上経ってるって言うのに・・・・本当に変わらないわね」

「変わったよ、色々とね」

「・・・・・・・・・・」

「では、アンドレ様」


イェータは人差指で空間をそっと撫でると、布を切るように空間が裂けて穴が開いた。
その穴の中に手を入れて何かを取り出した

白い焼物のボトル、コルクのキャップで締められた薬のようなものだった

それをアンドレに神妙な表情で渡した


「・・・・棺桶に依り戻されてからずっと聞えていたけれど・・・・本当にやるの?」

「だからこそ君を呼び戻した」

「・・・・・本当に、どうなっても知らないわよ?」

「伊達に50年近くかけた訳じゃないさ・・・それにもし全てを失敗しても」


アンドレはニンマリと二人に笑って見せる・・・・





「今度は三人一緒に死のうか?」





「「・・・・・・・・・・フフ」」


ベナとイェータは同時に笑みを浮かべる

これから起きる事、これから来るであろう未来・・・・それがどんな結末を迎えようが
目の前の者と運命を共にする事ができる・・・・それは最大の救済に感じた



「それじゃ、最後の準備だニャー」



アンドレはボトルのコルクを外してくっと一気に飲んだ



「やっと・・・・この眼鏡を外せるな・・・」



イェータの体から魔力があふれ出し、変容を始めた・・・・




「・・・・中々良い体ね、気に入ったわ」



ベナの眼、深い青色の底から紅い色が湧き出て、その眼を紫苑に染める


「・・・・・・・・・・」「・・・・・・・・・・」「・・・・・・・・・・」


あの頃に戻ったのか?否、新しくここから始めるために・・・・三人は倫理の壁を破った


「へぇ・・・エキドナだったのね?貴方・・・・中々素敵な姿よ」


白銀の鎧を纏うデュラハンが一体


「お前こそ・・・うむ、私が作ったにしては中々出来た身体だ、惚れ惚れする」


剣を腰に下げたエキドナが一匹


「二人とも仲良くやれそうかい?」

「ああ、最初に出会ったときから気が合うと思っていたからな」

「貴方も・・・・すっかりあの頃に戻って」


イェータと出会い、ベナを殺し。平和を誓ったあの時のアンドレの姿がそこにはあった
老いた身体は何処に行ったのか・・・・50年と言う時を巻き戻したアンドレの若かりし姿。


「・・・・全ては整った、うん・・・・」

「始めようか?この国を覆し・・・・新たな時代を敷く」

「今度は私だけじゃない・・・・貴方達がいるのね?心強いわ」

「んふ」


バン!!っと大きな音を立て木の扉から三人は地上(へいわ)を目指して歩き出す










「さあ、平和を描こうか?」











セルジニア暦235年 とある大陸のとある国でクーデターが発生する。


元老院総院長アンドレ・ヘレニウス 突如として現国家体制に反旗を翻す。


現王政の腐敗した構造と、思想家や世論を味方につけ大儀を掲げ、軍を起こす。


人間と魔物が混在した軍130万を率いて難攻不落の首都リーゼンハーベンへ向った。


軍を率いるアンドレの姿は驚くべき事に、まるで20代の頃と変わらない姿であったという


その傍らには常にエキドナとデュラハンが控えていた。


そして、その戦列の中には・・・・・



「やあ、来てくれたんだ?君も物好きだね」

「・・・・・・」

「まあいいや、やってもらう事は山ほどあるから・・・・これから仲良くしようよ、テオフィル君」

「テオフィルよ、何がどうなってあのバーコードがこれになる?」

「人間・・・・ますますわからなくなっていくばかりですわ」


あの三人の姿もあった・・・




                                             Fin.

11/10/16 10:32更新 / カップ飯半人前
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■作者メッセージ
・・・・・・・・・おk。三本同時うp

死にそうです

というわけで今回はアンドレさんの若かりし日を書きました。
変ってませんね。

人間ちょっとした事で変っちゃったりしますが・・・・変らない信念ってのは持ってみたいものですね。
この物語も・・・・


今回もご意見、ご感想どしどし募集です。
特に今回は三本うpで精神が参ってるので誤字脱字とか変な文法表現ありそうですが・・・・



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