連載小説
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間違える者達




「・・・・・・・・マスター」

「なんじゃ?」


ベルベレットは口にピーナッツほどの大きさの魔石を運ぼうとしている・・・
一見すれば美しいエメラルドのような宝石だが、しかし妖艶な光が内部で蠢いている。
精と魔力を混ぜ合わせ凝縮して、結晶化させた非常に濃度の魔力補給剤である

基本的にはこれは非常事態や魔物一人が長旅をするときに使われる、人間の食料でいえば
乾パンのようなもの


「・・・・まだ、大丈夫なのですか?その魔石で・・・・」

「・・・・・フッ・・・」


ベルベレットは小さく笑った後、魔石を口に含みコクンと飲み込んだ。


「生まれ落ちて今までこれで済ませてきたのじゃ・・・・大丈夫も何も無い」


答えになっていない
ベルベレットもそれを分かっているのか、椅子からおもむろに立ち上がると
ふわりと空中に浮いて、そのまま高度を上昇させていく


「・・・・・・・・・・」


カメリアが主の姿を眼で追う・・・・

部屋の直径、凡そ100m・・・・高さは現在進行形で伸びている(目指せスカイツリー)
円柱状の形を想像すればいいが、それは塔の内部を丸々くりぬいたような空間

そんな空間の壁は本棚になっている

絵画など飾るスペースは一切無く、ただただ本を収納するだけの本棚となっている壁
それが螺旋を描いてずっと上まで続いているのだ

ベルベレットはずっとずっと上まで登っていく


「・・・・・・・・」


最上段付近の本棚に本を返し・・・・ベルベレットは静かに溜息をつく


「たまには・・・・従者の言葉に耳を傾けたらどうだ?」

「傾けずとも、何を言いたいのかわかってしまうのが辛い所じゃのぉ」


ベルベレットの背後・・・・彼女は自分の背後にいる人物に振り向いた


「一体何時までこんな生活を続ける?不健康だぞ」

「年中男とヤりまくっておるのも、不健康な生活だと思うのじゃよ」

「お前の場合、それが一日もないと言うのが不健康なんだ」


こういわれると弱い。

自分は魔物中でも特に逸脱していると言っていい。何せ、人間で言う所の食事である性交を
人間で言う所の点滴で済ませているようなものだ

更にバフォメットと言う種族で「貞操概念」に拘る点を見ても、また「異常」である

ベルベレットは押し黙り、逃げるようにして再び本棚に向った


「貞操に拘るなとは言わん、昨今はそう言った観念が希薄になりつつあるからな。
ならばそういった「兄上」を見つけるべきだろう?」

「よく言う、自分とてまだ定まった兄も居らんじゃろうに」

「私は自分のサバトがあるから良い、喰うものには困らん」

「(他の女の男をつまみ食いして、そこまで大きな顔をされる言われも無いが・・・・)」

「ふぅ・・・・・こういうのも何回目か・・・・いい加減」

「・・・・・・・・そろそろサバトの時間ではないかえ?」

「おっと・・・・もうそんな時間か・・・・」

「・・・・・・・・」

「ん?」

「? なんじゃ?」

「・・・・・いや、気のせいかはしらんが・・・・お前、なにやら元気そうだな?」

「?」

「自覚が無いか・・・・まあいい、私は行くぞ」


ベルベレットの背後にいた人物は下降を始めた・・・・ベルベレットは書籍を選ぶ仕草をしながら
大きく溜息を吐き出した


「・・・・・兄上、なあ・・・・」


自分の男・・・伴侶となるべき男

イメージとしてパッと出てこない、好きなタイプの男性はどんなタイプ?と聞かれれば・・・
それはもちろん頼りがいがあって甘えさせてくれる「お兄ちゃん」タイプであると断言できる

しかし・・・・・いざそういう男は探してみても中々居ないもの・・・・

ベルベレットが観察対象にしてきた者達の中にそう言った男も居たことにはいたが。
声をかけようとも思わなかったし、別段ときめきのような物も感じられなかった


「ふむ・・・・」


しかしまあ・・・・最近そんな感情を、ある相手に抱いているというのも・・・・


「血の迷い・・・」


ベルベレットは一冊の本をとった、本の表紙に描かれている題名は次の通り


[観察対象 2985号 デイヴ・マートン]













ベルベレットと話をしていた人物はカメリアのすぐ横に舞い降りた・・・・
カメリアはその人物に一礼をする


「これよりサバトだ、お前も来るか?」

「いえ・・・」

「主も主なら従者も従者だな・・・・ん?」


ふと、ベルベレットの机の上にある物に気づく。

恐らくベルベレットが書いた観察記録の書類だろうか・・・・そこには小さく丁寧な字で
事の次第が事細かく記録されている。

その人物は机の上にある観察記録を手にとって、ペラペラと流し読みしはじめた


「・・・・・・・おい、カメリア」

「はい」

「このデイヴ・マートンという男は何だ?この観察対象とは何の接点も無いにも関らず
よく話しの引き合いに出されるが」

「デイヴさんですか・・・・?」


カメリアはデイヴという男を自分の知っている限りその人物に伝えた。
彼の性格や特徴、彼が黒の行商人である事、ベルベレットとは人を紹介する取引契約を
結んでいる事等・・・・

一通り話を終えると、その人物は口元を書類で隠した


「・・・・・そうか・・・・フフフ、そうか・・・・」













デイヴはぼんやりと空を眺めている

そこはブラックマーケット。薄暗い路地の裏ではひっそりと出店が並んでいる
その一角に我等が普通のおっさんデイヴ・マートン(23歳)がアホ面下げて出店を出していた


「うるせえんだよ、なんでイキナリ叩かれなきゃいけないんだよ。後、俺は22だ」


フラヴィと出逢った漁村から更に西へ進み、大きな街へと辿り着いたデイヴ・マートン
久しぶりに大きなブラックマーケットなので黒の行商人として勤しんでいるわけである

デイヴが扱う品は魔石や、特殊な薬草といった物が中心となっている
彼自身、薬の調合や配合、魔石の研磨といった技術には秀でている。
人間何かしら特技があるもんだね?


「一言多いんだよ、何で今日はやたらナレーションが絡んで来るんだよ」


しかし、この街は魔術や魔法の研究が盛んな街で。既に造られたマジックアイテムには
あまり価値が無く、寧ろ素材の方が重宝されるのである


「・・・・・・・・・・」


しかし、デイヴの持つ魔石や薬草は、この界隈では大して珍しいものは無く。
大した売れ行きが出ていないのも事実であった

いくら裏の仕事と言っても、商売である以上市場の価格は流動的であり。
土地によって変動的である。

そこを上手く見極めて放浪し、稼いでいくのが商人という物だが
目的地が決まっている事ほど彼ら商人にとって難儀な事は無い。

西へ

進む方向を決めてしまった商人は、行き当たりばったりで資金のやりくりをしなければ
ならないはめになる訳で・・・・・

こうした閑古鳥が鳴く状態も必然といえば必然であるのだ


「くぁ・・・・・」


人通りの少ない路地裏で、デイヴは大きな欠伸を漏らす・・・・

道中では魔物から逃げる生活を送っていても、こういう退屈は自分には似合わないと
つくづく思っている。かといって妙に時間に追われる生活もお断りなのだが


「・・・・・!」


気がつけば・・・・・目の前に人が居た


「・・・・・・・」


客か、と思ったがそうでもないらしい

ローブに身を包み、フードを深く被って顔を隠していて素顔を見る事は出来ないが
その背丈や身の細さから察するに子供だろう・・・・


「・・・・・・・・・」


フードの奥に見える、丁度プラチナと金色を混ぜ合わせたような眼がこちらを覗いている
あどけないように見えるその瞳、しかしデイヴはその瞳から異常な何かを感じていた


「・・・・・・・フフ」

「?」


少女は小さく笑った後ふらりと動き出し。路地裏の角を曲がり行ってしまった


「・・・・・・なんだったんだ?」

「おい兄ちゃん」

「?」


丁度左斜め向かい側で露天を出していた男がこちらに歩いて来ていた


「な、なんだ?」

「なんだじゃねえよ、あんたの商売道具。盗まれたぜ?」

「あ?・・・・・あ?!?」


デイヴは慌てて自分の後ろを見てみると、商品の・・・しかも一番価値の高い物を入れていた
質素な袋が乱暴に開けられ中が荒らされていた


「ぼーっとして動かねえし・・・・何やってんだ、あんた」

「いや・・・・今目の前に子供が居て・・・・・」

「白昼夢かよ、だらしねえな?そんなに気を抜いてるもんだから。あんなガキに
物を盗まれるんだよ」


いや、目の前でこちらをじっと見ていた子供は、特に何もした様子はなかった・・・・
なのに、この男性ははっきり「物を盗られた」と言っている、つまり


「ど、どんなガキだったんだ?」

「あん?銀髪のガキだよ、こっち側には来なさそうな身分の服着てた」

「・・・・・・・・・・銀髪のガキ?」

「んじゃあな、次は気ぃつけるんだな素人」

「・・・・・・」


男はそう言い捨てると、自分の店に帰っていく・・・・しばし呆然としていたが、慌てて
デイヴは再び荒らされた袋の中を覗いてみる・・・・


「・・・・・・・・・・ない・・・・」


無くなっている・・・・それは最初にベルベレットがデイヴに与えたアイテム。


「(盗まれたのは、アリスの血・・・・・?)」












宿屋に帰ってきたデイヴはベッドに横になるが、その無性に加速した胸騒ぎが止む事は無い
盗まれた物が盗まれた物だけに、もしやそれが不幸を生んでしまうのかもしれない
そう考えた瞬間にあての無い焦燥感だけが彼を苛立たせた


「・・・・・・・・くそ」


居てもたっても居られないとはこのことか・・・・デイヴは起き上がると再び部屋を出る


「・・・・・・・・・」


話しによれば相手は子供・・・銀髪の少年だったという
だとすれば、この街の子供か・・・・・しかし・・・

裏の市場に出入りするような子供が眼鏡などするだろうか?

そして何よりも、あの目の前に立っていた子供・・・・


「(何が起きてるのかはわかんねえけど・・・・)」


兎に角今は、身体を動かす焦燥感に身を任せる事にした・・・・・









デイヴは街を探し回った・・・・・

探す相手の顔も分からず、何処を探していいのかも判らず、街を探し回る。
銀髪の少年を探して回る

―――――――――しかし、そんな子供は幾らでもいた。

ましてや、持ってないと、盗んでいないと嘘をつけばそれこそ解るものじゃない。

日も沈み、街は夜の姿へと変わる

街の家の中に明りがつき、たまに通り過ぎる家々からは笑い声が聞えてくる
ふと、通りかかった家の前で足を止めた


「・・・・・・・・・」


窓の向こう側で、恐らく父親であろう男性が小さな女の子を抱えてあやしている。
その横では母親だろう、美しくは無いが幸せそうな女性が微笑んでいた


「・・・・・」


自分にはそんな記憶は無い

母親も居た、父親も居た、兄弟も居た、学校も行った、友達と呼んだ奴も居た、
人並みに恋もした事もあった、失恋もした


ただ・・・・・・・愛された事がなかっただけ


愛されていないというのは自惚れなのかもしれないが・・・・それでもそう思わずにはいられない

母親は畑に出て子供にかまける時間なんて無かった

父親は出稼ぎに行き、たまに家に帰ってきては一人で酒を飲み本を読んだ

一人の兄は剣を振り、一人の兄は筆を走らせ、一人の姉は何処かへ売られた

弟は川で溺れ死に、妹も何処かへ売られた

友と呼んだ男は散々自分から金を借りた後、自分を殴って何処かへ行った

恋をした女性は金をむしりとられた俺を笑って捨てた


「・・・・・・・・・・」


一人の方が楽だと思うのに・・・・さほど時間はかからなかったのだろう。
学校では軍事や政治方面の勉強をしていたが2年目にて方向転換、商業の勉強をした

そして身につけた知識を使ってマネーゲームもした。面白いほど金を手に入れる事ができた

金が入った→人も寄る

これも真理である、人が去っていくのが悲しく覚えたのも懐かしく
その時はただ疎ましさだけを感じていて、人の欲望から逃げだすため裏の世界に逃げた

驚く事に、裏の世界の方が人情と言うものがあった・・・・

そこに居心地のよさを見つけてしまってから・・・・自分はそこにへばりついた


「・・・・・・・・」


少女は笑っている・・・・とても幸せそうに


「(そりゃ、羨ましいといえば・・・・その通りだけど・・・)」


デイヴは足を進めていく・・・・暗闇に浮かぶランタンが点在する街を歩く


「(・・・・・・家族か)」


人並みの物・・・・・どこにでもあるが、手に入れるにはあまりに難しい物である。


「(・・・・・・・・・だからこそ尊いんだろうな、そういうのって)」


デイヴは逃げるように闇の中へとまぎれてった。












宿に着いたころには夜も更けようとしていた。

結局は徒労に終わってしまった・・・・胸騒ぎだけが虚しく空回りをしている。
それだけでも焦がれてしまいそうな気分であるのに、その焦燥感は加速していく

何故そんなにも焦がれる?

盗まれた事は腹立たしいが、それでこちらが痛い目に会う事は無いはずだ
それこそ・・・・アリスの血を飲んで「アリス」になった魔物に襲われればと思うと寒気はするが
そんなことは確率的にかなり低い



「・・・・・・・・・・・?」


なにやら自分のとった宿の部屋に灯りが見える・・・・・
灯りを消し忘れたかと思ったが、今思えば明かりなどつけていなかったはずだが

デイヴはやや足を急がせた。

宿に入り、玄関を抜け、廊下を駆け、階段を上り、また廊下を駆け


「廊下を走るんじゃないよお客さん!!」


おばちゃんに怒られ、自分の部屋の扉を開けた


「・・・・・・・」

「人を呼びつけておいて待たせるとは良い度胸じゃのぉ、え?」


そこにいたのは、バフォメットのベルベレットとその従者、スケルトンのカメリアであった。
二人は退屈そうにベッドに腰掛けて「いせのせ※」で遊んでいる

※せの、いっせーのーせ、いせので、いっせっせ、ちょんちょん、ちっち、ルンルン、あおざめ
せっさん、たこたこ、バリチッチ、指スマ、ギンギラギン、そろばん、ジンチ、前田前田。
など多数の呼名があるみたいだね?うちでは「いせのせ」  

                         by. Cap meshi han-ninmae



「・・・・・・」


ベルベレットは随分不機嫌そうな顔をしていたが、こちらは剣呑な顔をしていたのだろう
眉をハの字にして訝しげな顔をしていた


「どうした、はよう入れ」

「あ、ああ・・・・ってか、俺はお前を呼んだ覚えは無いぞ?」

「アナルで3」

( ・_・)b   d(・ω・ )b

「貴様のせいで負けてしもうたではないか!!」

「明らかに俺のせいじゃねえ」

「全く・・・・おぬしも馬鹿を言うでない、ちゃんとお主の筆跡に反応したからこそ儂は
ここに現れたのじゃぞ」


そういいながらベルベレットは手に持つメモ用紙をヒラヒラとさせた
そこには確かに彼女の名前が自分の文字で記されている


「して、何用じゃ?」

「あ・・・・・ああ・・・・そうだな・・・・」


デイヴは一瞬躊躇をしたが、もしかすればという期待を籠めて部屋の中へと足を踏み入れた
ドアを閉めて疲れた様子で近くにあった小さな椅子に腰掛ける


「・・・・丁度いい、力を貸して欲しい」

「ほぉ?」

「実は今朝・・・・市場で商店を出していたんだが。その時に商品の一つを盗まれてしまってな」

m9(^Д^)

「盗まれたものがお前から貰ったアリスの血なんだ」

「ほぉ?・・・・・奇異な話しじゃのぉ?アリスの血だけが盗まれたのか?」

「ああ・・・・」

「深読みかも知れんがな・・・・まるで、お前がアリスの血を持っているのを知っておるかの
ようじゃなぁ?ん?」


さて、それは自分も思考した・・・・が、このアリスの血を持っている事はマーケット側には
知られてないはずなのだ。そもそもベルベレットに貰ってから一度も袋から出した事は無い


「俺はアリスの血を一度も袋から出しとらん、俺がアリスの血を持ってるのを知っているのは
お前と俺とカメリアさんだけだ」

「ふむ、となると・・・・盗んだ犯人はそれをサキュバスの血か何かだと思ったのか・・・それとも
ただ偶然にそれだけを盗んだのか・・・・まあよいわ、犯人を探し出して聞き出せば良い事」

「見つけられるのか?」


ベルベレットはふふんと不敵に笑いながら鎌を肩に担ぐ



「無理じゃ」



「悪いなあ、呼び出しちまって。ありがとうさようなら」


デイヴはベルベレットをぐいぐいと床に沈めようとするがビクともしない


「まあそう早まるなよデイヴ・マートンちゃんよ、顔や匂いもわからん人間を探せとなるのは
不可能じゃが、アリスの血を探す事位はできるやも知れんぞ?」

「本当か?」

「うむ」


ベルベレットはするりとデイヴから離れると、窓を大きく開けて縁に立つと
その手に持っている鎌をすっと前に向けた

そしてダウジングをするかのようにゆっくりと鎌を動かしてみる


「しかし妙な話よな・・・・御主が呼んでおらぬと言うのに妾はここに呼び出された・・・
本当に呼んではおらぬのかえ?」

「ああ・・・・俺だって今帰ってきたところだぜ?」

「・・・・・・・・・・・・どういうことかのぉ・・・・む?」


ベルベレットは鎌を止めた・・・・


「見つけたのか?!」

「・・・・・サキュバスの波動?いや・・・・よく似ておるがこれは違う・・・・」

「???」

「ともかく、こちらの方向に何かを見つけた。儂等は先に行く・・・・お主は後から追って来い」

「そっちの方向だな!?わかった!!」

「行くぞカメリアよ」

「はい」


デイブはドアから、カメリアとベルベレットは窓から飛び出した。
夜空が広がる街の中を三人は走り出す。















街から外れた場所には薄暗い森があった・・・・今はもう夜なので、その暗さは更に深く
生い茂る木々の葉の隙間から降り注ぐ月の光だけが辺りを照らしている。
しかしながらその淡い月の光は周囲を美しく光らせているのだった


「・・・・・ジ、ジルベルト?」


情けない声

怯えと困惑が交じり合って声を出したのは年端も行かない一人の少年であった
年齢は12、3だろうか?

少年と言うにはどうだろう?その顔つきはどちらかといえば少女といったほうが
しっくりくる、栗毛の髪を腰まで伸ばしたロングヘアーがより一層彼を男らしさから遠ざけた

その少女とも見間違えるような少年は脅えている

腰が抜けているのか湿った土の上に腰を落し、震える腕で何とか身体を支えているが
一つ何かが起きれば気を失ってしまうようだった


「・・・・・・」


そんな少年の前に立つのは・・・・やはり一人の少年だった

銀髪のショートヘアーが特徴的な少年、風貌で言えばこちらは少年と断言できていた
年齢もへたり込んだ少年と同じくらいだろう・・・・

しかし、その快活そうな表情は沈黙している。

瞳を閉じている彼の体からはゆらゆらとオレンジ色の光が煙の様に吹き出ていた


「ジ・・・ル・・・・・」


ジルの体の変質

ずるりとズボンのお尻の部分を突き破って半透明の黒い尻尾が出てくる・・・・
そして、今度は上着の背中の部分が破れ・・・・やはり黒く半透明な羽が生えてきた


「・・・・・・・・」


あまりの恐ろしさに声も上げられないのか・・・・へたり込んだ少年は恐怖に顔を歪ませて
目の前の光景を見る事しか出来ない

少年といえど快活な彼の身体は所々男の角張りがあったが、それも徐々に成りを潜め
少女のような体の丸みが現れる・・・・乳房も少々だが膨らんだ

そして、顔立ちも少年から少女の物へと変わっていく・・・・


「・・・・・はぁ・・・ぁあ・・・」


少年は面影を残したまま少女へと姿を変えたのだ・・・・

ぐちりと耳の上の肉が動き、まるで牛のような角が生えてきた・・・・
その姿は世に言う魔物そのものであった


「お前が・・・・悪いんだ、ナフィー」

「ぼ・・・僕?」

「お前がそんな風に女らしくて・・・・でも男で・・・・」


ゆっくりと脅える少年ナフィーに近づくジル・・・・


「男が・・・男を好きになっちゃ変なんだ・・・・気持悪いんだよ・・・・でも、俺は・・・・」


ナフィーに覆い被さり、ジルは目を見開いた・・・・オレンジ色の美しい夕焼けのような眼が
ゆらゆらと闇の中で揺らめいている


「お前の事・・・・・」


ジュルリと唾液を多く含んだ舌が音を立てて舌なめずりをする
その目の前に写った笑顔は人間の物とは思えなかった


「・・・・や・・・ぁ・・・・・」

「ほら・・・・女みたいな声出してさ・・・・一々・・・こっちの心をくすぐって・・・・」


その舌でナフィーの喉元を舐めあげる・・・・


「もう、我慢なんてしねえから・・・・」

「ジル・・・・やめ・・・て」








二人が絡み合う姿をベルベレットとカメリアが木の影から見据えていた
カメリアはいつも通りのポーカーフェイスだが、ベルベレットは違った・・・・

嬉々とした表情で頬をゆがめ・・・・その狂喜に包まれたその空間を見据えていた


「・・・・・・・・・デイヴさんが来たようですね」

「む・・・・」


ベルベレットが背後を振り向くと、息を切らしてデイヴがこちらに走ってきた
ベルベレットは右手に魔力を溜め込むと、それを走ってくるデイヴに向けて放った


「む!!?グゥウ!!???」


デイヴの口に魔力が張り付いた・・・・一瞬息を止められたのでデイヴは慌てて
それを剥がそうと手を口に伸ばしたが、次の瞬間には普通に息も出来ていた


「(てめえ何しやがる!!?・・・・・・・ああ!!?)」

「(声を消しただけじゃ、お主は何かと五月蝿いからの)」


彼女の声が頭の中に響く・・・・恐らくはそういう魔法か魔術を使ったのだと理解した
しかし、デイヴが視線を上げるとぎょっとした


「(な、何だよ・・・あれ・・・・魔物か?)」


魔物にしては随分若い・・・・いや、若すぎる・・・・少年と少女だ


「(自分の数奇な運命に感謝しろデイヴよ、この儂ですら滅多に見られぬものじゃぞ?)」

「(・・・・説明しろ、何がどうなってやがる)」


ジュルジュルと音を立ててジルがナフィーの首や頬を舐め回す・・・
まるで子供がお菓子を夢中で食べるような・・・・


「(あれはアルプと言ってのぉ、人間の男性が魔力で身体を犯され更に変質した魔物じゃ)」

「(お、男が!?)」


デイヴも人間の女性が魔物に変質する事は知っている、しかし男性が人間に魔物になるなんて
聞いた事も無かった


「(人間の雄が魔力を持って変質した者をインキュバスと呼ぶが、あれは更に特殊な者じゃ。
「女性に成りたい」「男性と結ばれたい」と強く願ったインキュバスは、自らの願望と
引き換えに自らの体の男性の部分を消失させて、女性としての身体を手に入れる・・・
つまりサキュバスに近い身体に変質したインキュバスの事を「アルプ」という種族として
呼んでおるのじゃ)」

「(アルプ・・・・)」

「(・・・・その中でもこのアルプ・・・ジルベルトという少年は特に「異質」じゃ・・・・
アルプに望んでなるインキュバスなどそうは居らんからのぉ・・・・クククククク!!!)」


ベルベレットの笑い声が頭の中でこだまする・・・・


「(・・・・・・)」


デイヴはその笑い声に以前感じた寒気を覚えた

また感じてしまう・・・・人間と魔物の「差」・・・・・


「(さあ・・・・この二人は一体儂等に何を見せてくれる?)」


デイヴの感じた揺らぎを気づいていないのか、それとも歯牙にすらかけていないのか
ベルベレットは魅入られたかのように「それ」を観察していた


「(まて・・・・じゃあアリスの血を盗んだのって・・・・)」

「(恐らくはあのジルと言うアルプであろう?どうやらそれを飲んでインキュバス化し
アルプに変質したようじゃが・・・・まあそんな事はどうだって良い・・・)」

「(どうだって良いだと!?)」

「(なんじゃ・・・・がめつい奴じゃの?アリスの血ならまた手に入ったらくれてやろう
今は静かに見んか・・・・あの二人は我等の命題に答えを与えてくれるやもしれんぞ)」


違う・・・

デイヴは拳を握って歯を食いしばる・・・・

以前にも似たような事があり、その時もベルベレットに止められていたが・・・
今回はあの二人の時とは違う。

オリヴィエはコカトリスの魔力に狂っていただけだったし・・・
セヴリールは魔物に成り果てたといえオリヴィエを心底愛していた・・・

あの二人にはまだ救いがあった

だがあの二人はどうだ?・・・・・全てを知ったわけではないが、どうみたってジルという
アルプが一方的にあの女の子のような少年ナフィーを・・・・






陵辱しているだけではないか






血が沸騰しながら頭に上るのがわかった・・・・
例え・・・・それが行き場の無い当てつけであったとしても・・・・間違えているという事実が
デイヴに怒りの感情をもたらした


「(っ!!)」

「(たわけ!!)」


走り出すのとベルベレットが叫ぶのは同じであった・・・・いつの間にか肩に鎌をかけられ
動きを止められていた


「(貴様もしや止める気ではなかろうな?)」

「(止める・・・・盗まれたのは俺の責任だ、今回の事も原因は俺にあると思う・・・・
だけど今回は俺が故意に作った原因じゃない!!止める権利は俺にはある!!)」

「(・・・・・何をそんなに憤っておる・・・・)」

「(お前はこれで良いのか!!?こんな物語を見て一体何を得るってんだ!?)」

「(これも一つの物語よ、全てがハッピーエンドではない)」

「(見る側のお前はそれで良いだろうな!!だがそれであいつ等はどうなんだよ!!
一方的な感情の押し付けの先に待っているのは悲劇だけだ!!)」

「(・・・・・・)」


ベルベレットは鎌を下げた・・・・・その顔色は一瞬困惑の表情を浮かべたが
かき消すように、その大きな瞳を閉じる


「(・・・・・・・・・お主は・・・・儂の・・・・)」

「(あれがどう考えたって間違ってるとしか思えない、無理やり相手の心を捻じ伏せて・・・
結果的に魅了の力で幸せになれるかもしれないが、そんなモンに俺は納得なんかしない)」

「(!!)」

「(間違ってる・・・・こんなやり方!!)」


デイヴは今度こそ走り出した、まるでベルベレットを追い抜くように


「っ!!」

「!? な、んだお前!!」


デイヴはジルの両肩を掴んで思い切りナフィーから引っぺがすと、
そのまま突き飛ばして大きく転倒させる。

すかさず倒れて脅えているナフィーを無理やり起こさせた


「クゥ・・・・このオッサン!!」


ジルは右手に力を籠めた・・・・

デイヴはジルを起こさせると無理やり走らせる


「邪魔スンナアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」


まだ魔物となったばかりのジルは力の加減など知る良しも無かった、
渾身の魔力を籠めた光を、まるでボールを当てるようにしてデイヴに放ったのだ


「!!?  ッが・・・・」


まるで鉄球が脇腹に叩き込まれたようだ・・・・

衝撃によって体が吹き飛び、8mは空中を飛んで大きな木にぶつかる・・・・・・


「ぁ・・・・ぁあ・・・・・」

「ば・・・・カやろうが!!  走って逃げろ!!!!!」


デイヴの叫び声に我を取り戻したナフィーは慌てて背後に向って走っていった・・・・


「・・・・・・・・」


先ほどの一撃は重かった・・・・

擦れて消えていく意識の中聞えたのは、ジルの怒号と・・・・


「(―――――――)」


ベルベレットの小さな呟きだった・・・・生憎、それがなんと言ったのかは聞き取れなかった

















薄暗い牢屋の中で甲高い音が響く・・・・


「ぐ・・・・・・・ぁ・・・か」


嗚咽、鋭く、熱い。

蛇が牙を立てながら這いずり回るように痛みが身体中を突き抜けていく、止める事は出来ない
ビシリビシリとしなるムチが容赦なく身体を打っていく・・・・


「いい加減吐いたらどうだ?ん?」


拘束具に身体の自由を奪われ・・・・半裸の上半身に容赦なくムチが打たれていく・・・
二人の兵士が左右から交互に胸や腹、背中を叩き・・・
目の前に居る男が腰の後ろで手を組んで立っている、彼は顎に手を当ててデイヴを見ていた


「お前が子供を助けた事は認めてやる、だがお前の傍に魔物らしき少女とスケルトンが居ると・・・・
お前を助けた子供、ナフィー君が言っていたぞ・・・・」

「・・・・・・・知るか・・・」

「そして、信じられないことに彼の友人であるジルベルト・ハンガーが魔物と成り果てた
ということも、彼から聞いている」

「・・・・・・そこまで知らん・・・・子供が魔物に襲われてから助けた・・・それだけだ」

「・・・・・・・・・・・・まあいい、お前の尋問は明日にしよう・・・・全く、夜に騒ぎ立ておって」


兵士達が牢屋から出て行った・・・・静かになった牢屋の中でデイヴは小さく呟く


「・・・・拷問・・・・の間違いだろうが」


身じろぎをするとジャラリと鎖が動く・・・・寒い風が身体を撫でて、打たれた傷を嬲っていく


「(・・・・・・久しぶりに・・・・堪える)」


別に、こうして捕まったのは今回が初めてではない・・・・

黒の行商人は裏世界の人間だ、捕まって、尋問と証した暴力を受けるのも一度や二度じゃない

鞭というものは、打たれたときよりも打たれた後も同じように傷む
立っていても、寝ていても、服を着ていても・・・・何をしていても傷む・・・・

幾ら叫んでもその痛みが消える事はないし、掻き毟りでもしたら・・・・トラウマになるほど
痛かったのを覚えている


「・・・・・・・・」


耐えるしかない・・・・しかし、明日は更に傷が増える事になるのだろう
そして、叩かれ・・・ボロ雑巾のようになれば・・・・まさしくボロ雑巾の様になって捨てられる。

捨てられてようやく開放される。


「・・・・っ・・・・」


どうやら、あのナフィーという襲われていた少年が全てを喋ったらしい。
といっても体験談くらいだろうが・・・・

襲われた場所に兵士達がやってきて自分を拘束したらしい、重要参考人としてだろう
ベルベレット達の事を聞いてきた問い事はあいつ等はつかまっていないと言う事だ

まあ、捕まるような奴ではないだろうが


「・・・・・・・」


傷みで眼が冴える・・・・こういう時は別の事を考えるに限る。
丁度良い事に考えなければいけない問題があった、とても幸運な事である


「・・・・・ベルベレット・・・・」


あいつがウォッチャー(観察者)であることは知っていたはず、セヴリールの時も
自分を押さえつけてその情事と行方を観察していた。

だが、フラヴィの時は彼女自身が動いてフラヴィを救って見せた。
ノエルが死に、フラヴィが泣いた時は共に涙を流して悲しんでくれた・・・・・

だが今日はどうだ?まるで展開の読めない推理小説を夢中になって読むような・・・
いや、それが彼女の本当の姿だったのかもしれない


だが・・・なんというか今日の彼女は「ブレて」いたと思う


「・・・・・・・・・・・・」


自分は彼女の事は何も知らない。

それでも、今日の彼女が本来の彼女の目的や行動原理から「ブレて」いたのは
なんとなくだが理解してしまった・・・・

あの一瞬だが迷いを孕んだ瞳を見てしまったから・・・・


「・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・」


何時の間にいたんだろう?

気がつけば、目の前にはローブを頭からすっぽり被った小さな子供が佇んでいた


「うぉおおおおおおおおおお!!?」


思わず情けない声を上げてしまった・・・・しかし、かなり大きな声だったのにも関らず
衛兵が駆けつけてくる様子は無い


「・・・・・・・」

ローブの奥に光る眼が此方を捉える

その眼には見覚えがあった・・・・プラチナと金色を混ぜ合わせたような眼・・・
今朝、マーケットで自分の前に現れたあの不可思議な子供・・・・

その子供がいつの間にか目の前に立っていた。先ほどまで牢の外にいたのに


「肝の小さい男と聞いたが・・・・小さいのか大きいのかわからんな」

「?」


子供はすっと両手をローブから出すと、デイヴを動けなくしている拘束具に添えた


「!?」


パキンと音を立てて拘束具が外れる・・・・・同じように他の場所に設置されている
拘束具に手を当てて外した


「・・・・誰だ、お前は・・・・」

「全ては後で話す・・・・まずはここから出るぞ?」

「あ、ああ・・・しかし出るといっても・・・・・・ぁ?」


気がつけば・・・・自分は牢屋にいなかった。

見覚えのない景色、しかし嗅いだ事のある香り・・・・
限りなく広い空の下の香り、幾多の草を撫でて運んできた自然の香り・・・・

ふと後ろを見てみると、そこには先ほど自分がいた夜の街が聳えていた。


「・・・・・・・・・一体何が・・・どうなればこうなる?」

「なんだ、空間跳躍の原理も説明して欲しいのか?」


自分のすぐ横・・・・小さな子供が背を向けて立っている・・・・・


「お前は・・・・・」

「・・・・・デイヴ・マートン・・・なるほど、こうして話をしてみるが・・・本当に
何の変哲も無い男のようだな」

「・・・・・・・・」

「失礼した・・・・とりあえず、自己紹介から始めさせてもらう」


そういって子供はローブを剥いだ・・・・・

黒く長い髪、プラチナと金を混ぜ合わせた眼、透き通るような白い肌、美しい顔立ち。
そして、山羊のような大きな角に・・・・大きな怪鳥の頭蓋をアクセサリーにした少女・・・・

一見して解る・・・・彼女が魔物である事、ベルベレットと同じ・・・・


「バフォメット・・・・・」

「・・・・・・・まずは名を名乗らせてもらおう・・・・私の名は メロディーヌ・アナスタシア
ベルベレット・アナスタシアの姉だ」

「・・・・・姉貴?」


確かに彼女は「次女」と紹介されていた、だから姉がいてもおかしくはあるまい
しかしその姉が自分に一体何の繋がりがあってこうして助けてくれるのか?


「そぅ・・・・姉だ」

「・・・・・その姉貴が何故俺を助ける?」

「ああ・・・その事なんだがな? 今回の事件、全て私が仕組んだ事だから」

「・・・・・・・は?」


素っ頓狂な声と本能的に湧いた怒気の混じった声が漏れた
拳こそ握ったが、理性がブレーキをかけて前に出ようとした足を止めた


「・・・・・本能よりも理性・・・良心が先に動いたか・・・・・なるほど」

「何を自分だけで納得してやがる・・・・一体何の為にあの子をアルプなんかに変えた!」

「全てを話すといっただろう、そう慌てずとも全てを語ってやる・・・・まあ」


パチンとフィンガースナップをすると、メロディーヌの背後に炎が吹き上がり・・・
薪のない焚火が出来上がった


「語ろうか?デイヴ・マートン」












焚火を挟むようにしてデイヴとメロディーヌは隣り合わせに座っていた・・・
デイヴは胡坐をかき、メロディーヌはクッションのようなものを尻の下に敷いて
足を組みながら座っていた


「流石に夜風は・・・・その傷には染みるだろう」


そういって先ほどまで自分が纏っていたローブを差し出してくる
デイヴは警戒色を浮かべた表情で、そのローブを受け取った


「存分にクンカクンカして良いぞ」

「ああ、お前はあいつの姉貴だよ、間違いねえ」


嗅ぐつもりはないが、鞭に打たれた傷を風にさらしては悪化するだろう。
このローブは正直な所ありがたい


「とりあえずは、すまなかったな?」


謝られた


「意味解んねえ、どうして今回の事件を起こしたって言ってる奴が俺に謝るんだよ」

「予想していた物とは違ったからとしか言いようがない」

「?」

「本当はただの観察だった。お前とベルベレットがどのように関り、どのように物事を
観察しているのか・・・・それを観察する事が目的だった」


観察の観察・・・・いや、正確にはベルベレットを観察するつもりだったんだろう
妹を心配する姉の心境といった所か


「そうとも、妹の心配だ」

「人の心を読むな」

「フ・・・・」

「・・・・・・・だったら何か?お前は妹がどうやって事象を観察するか知りたくて
あの子供をアルプに変えたって言うのか?」

「少し違うが結果的にはそうなる、しかしあのジルベルトと言う「少年」が
ナフィーという「少年」を愛していたのは事実だ・・・・私は彼に「アルプになる」という道が
あると言う事を教えてやっただけ・・・・その道を選択したのは彼自身だ」


デイヴの中で沸々と煮える感覚がしているが、それを拳を握って抑えた。
怒りで顔に力が入っているのが解るが、それを我慢しながら声を絞り出す


「年端もいかねえ子供はよく間違えを起こすもんだ・・・・それを親が叱ったり、周りの人間が
怒ってやったりして人間は真っ直ぐに育っていく、お前は・・・・
お前は、その子に越えさせてはいけない一線を越えさせた・・・・・」

「・・・・・・・・」

「それがどうにも腹が立つ!」


メロディーヌは眼を細めて目の前の炎を見た


「・・・・・そうだな、妹の為とはいえ他人を利用したのは事実だ」

「・・・・・・」

「だがな、私は魔物だ・・・・人間が魔物になる事に違和感や罪悪感を覚えたりはしない。
寧ろ嬉しくも思う」

「!!!」


拳を握り立ち上がった・・・・・・・だが


「・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・」


目の前の少女を殴り飛ばす事はできなかった。


「どうした、殴らないのか?」

「・・・・・」


やるせない怒りを飲み込んですぐまた地面に座る・・・・・


「・・・・・・・・人間見下して、楽しいかよ」

「見下してなど居ない、私は一度も人間を自分よりしただと見下した事はない」

「・・・・・お前にそのつもりはなくても・・・・なくてもなぁ・・・・っ・・・・」


デイヴは身体中から力が抜けていくのが解った・・・・
やるせない感覚、諦め、憤り・・・・まるで操り人形の様に動いていた自分の惨めさ
悔しさこそ湧き出たが・・・・その悔しさも、このデイヴ・マートンは持て余した


「普通なら・・・・憤った拳をそのまま私に叩きつけるなり、押し倒して犯すなりを
するものだがな」

「・・・・・そんな連中と一緒にすんな、俺は俺だ・・・・・」

「・・・・・・お前も、妹と同じように変わっている」

「・・・・・・・・」


寒空の下・・・・薪がない焚火は炎が揺れる音だけを奏でている。

まるで沈黙を約束したかのように二人は喋らず、ただ目の前で揺れる炎をじっと見つめている
風が時折吹くと、デイヴの傷に布が擦れて傷むのか、身じろぎをする程度


「人間と・・・・魔物と・・・・」

「?」


口を開いたのはデイヴだった


「ベルベレットに出会ってからずっと考えていた・・・・一体人間と魔物はどういう距離感で
いれば良いのか・・・・どういう形が最善なのか・・・・・」

「・・・・全ての魔物がそうではないが・・・・」

「・・・・・・」

「魔物の一番強い欲求は「性欲」だ・・・・人間で言えば性欲に食欲を足したようなものだ
人間の男との交わりが最上の悦び、それ故に・・・・性交が盛んになるのは当たり前の事・・・・
日長一日交わっている者も居る」

「・・・・それだよ・・・・それでいいのかよって・・・毎回思う」

「・・・・・・・・」

「そりゃあ、女とヤりたいって気持は俺もあるし・・・大体の男にならある。
だけど・・・・その欲求だけ貪って・・・・自分が今まで築き上げてきたモンとか追ってきたモンとか
その性欲に飲み込まれて失っていった連中は・・・本当にそれで良いのかって思う」

「我々が人間を誘惑し、人間が魔物たちと交わる事しか頭にない状態にしているのは認める
それにより、人間の時に守ってきた矜持や感情、理性が踏みにじられていると言う事も認める

・・・・・だがな、我々とてそうする事でしか生きてはいけんのだ」


重い言葉だった

免罪符という訳ではないが、そうしなければ彼女たちは生きてはいけない・・・・

魔物は人間のそういった「価値観」を自分の都合の良いように塗り替えて、あるいは誘導して
自分の欲求を満たしている。生きていくために必要だから

ならば人間は何も犠牲にせずに生きているというのか?
獣の命を奪い肉を食べ、果物をもぎ取っては貪り、魚を焼いて食い・・・・
命を奪って生きている我等人間に、魔物の所業を間違っていると言う権利が果してあるのか?

魔物が人間を襲う

生きていくのに必要だから

人間が他の命を喰らう

生きていくのに必要だから

変わらない、寧ろ魔物の方が幾許か清らかだとも思える



だから



だから、それが正しい事なんだと・・・・受け容れるほかないのか?


あのアルプと成り果てたジルベルトが、ナフィーを襲い・・・精を貪り・・・
いつしか快楽と魔力に犯されたナフィーの思考がジルベルトを求めたとしても

それは正しい事だと受け容れるしかないのだろうか?


「違う・・・・」

「・・・・違うか」

「違う・・・それを受け容れてしまう事ができたら、俺はこんなにも悩んだり、悔しんだり
憤ったりなんかしない・・・・・俺は納得なんか出来ない」

「・・・・・ならばお前はその命題にどう立ち向かう?」


生きていく事に必要な事を否定なんか出来ない・・・だから、それを否定するのならば
その先に行かなければならない


「俺はまだ、答えも何も出てない・・・・・だけど・・・

力で捻じ伏せ、感情を無視して、本能のまま貪って・・・それで育んだ愛が正しいとは思わない
他人の幸せの形を、俺の価値観で否定するのは乱暴だけれど・・・・少なくとも俺は嫌だ・・・・

愛情ってのは力や金で手に入れるもんじゃない・・・・こ・・・・」


急に恥ずかしさがこみ上げてきた、が、ここまで出て来た言葉は飲み込めない


「・・・・・お互いの心で作り上げるもんだ「臭いな」間髪入れずに突っ込まれた!!?」

「フフフ・・・・本当に面白い人間だ・・・」


メロディーヌはクスクスと笑いながら立ち上がった・・・・
幾多の草や空を撫でて走ってきた風が、メロディーヌの黒い髪を撫でる


「そう考えるのならば、お前は魔物の力には屈したりはしないだろう・・・
人間は行動さえ続ければなろうと思ったものになれる生き物だからな」

「・・・・」

「お前の考え方は、もしかすれば魔物や人間のあり方に新しい風を通すかもしれん
確かに・・・・魔物は少々性欲のまま動いている点が多く見受けられるからな」

「おかしな奴だな、お前は魔物の価値観で物事を見てるってのに・・・・」

「確かに私は魔物側の見方だ、だが考えが凝り固まっているわけではない。
垣根の処は変わらんが、新しい思想は受け容れ柔軟に進化していく・・・・
それがこのメロディーヌの考え方だよ」


少女と喋っている気がしない、それがデイヴの彼女への感想であった


「お前は中々見所のある人間だ、興味も湧いてきたな・・・・・それが私のお前への感想だ」

「また人の心を・・・・」

「そう憤るな・・・・さて、本題に移ろうか?」

「あん?本題?」

「ベルベレットの事だ」

「・・・・・・・・あいつ、今何をしてるんだ?」

「不貞寝している」


不貞寝・・・・


「あの後、アルプとなったジルベルトはお前を殺そうとしていたが、ベルベレットが
ジルベルトを凍らせて封印した・・・・その後はずっと自分の部屋で不貞寝をしている」

「・・・・・・・・」

「そもそも私がお前達の事を見ようと思ったのは、お前がベルベレットの特別な存在となって
いるのではないのかと考えたからだ」

「俺が?あいつの?」


特別な存在・・・・

つまり彼女は自分をそういう人間であると考えているのだろうか?
いやいやそれも彼女の推測でしかないが・・・・・



『こうしてゆるりと人と話をするのは、お主が初めてじゃよ。デイヴ』



あの時、彼女は確かにそう言った


「・・・・」

「・・・・・・」

「また心を読んだな」

「フ・・・・・お前は心が無防備すぎる・・・・話を戻そう。ベルベレットは今までこうして
人間と近い距離をもった事は初めてなんだ、あいつは何処まで行っても傍観者だからな」

「・・・・・・・・じゃあなんで、俺の前には現れた?」

「さあ?その辺はあいつに聞いて見ないことにはわからんだろうが・・・・魔物は人間を
求めるモノ・・・・・そういうことではないのか?」

「・・・・・・」

「老婆心でお前とあいつのとの関係を見て、できるならばその手助けでもしてやれればと
思ったのだがな・・・・うん、お前とベルベレットをくっつける計画を幾つか考えたが・・・
今回は事が捩れた、お前にも迷惑をかけた」

「だから助けてくれたのか?」

「そんなところだ、すまないな?私のせいで折らなくていい骨を折ってしまった」

「・・・・・・・・本当に、虚しくなるな・・・・誰も報われねえ」

「・・・・すまん」


悪びれた様子もなく、淡々と物を話す彼女が本気かどうかは分からない・・・・
とはいえ、今回の事でベルベレットとの関係もおかしくなってしまった

結局、魔物と人間の差と言うものも・・・・解らなくなってしまった。

だが・・・・このままで良いはずもない


「・・・・・・・・」


このままベルベレットと何も言わずに分かれて、二度と会わなくなって・・・
全てがあやふやになって消えていく。

そんな物が良いはずもない。

デイヴはスゥっと息を吸い込みながら立ち上がり、夜空の星を見上げる。


「・・・・・・・」


思えば、こうして西のアバルを目指して旅をしているのも、ベルベレットの言う魔物と人間の
違いについて疑問に思い、その答えが知りたかったから旅をしている・・・・

魔物と人間・・・・・


セヴリールとオリヴィエの時に見せ付けられた、魔物の恐怖と人間の理性

フラヴィとノエルの時に感じた、魔物の愛情と人間の執念

ジルベルトとナフィーを見て覚えた、魔物の本能と人間の弱さ


明らかに違っているのに、その垣根は同じ・・・・そこがまた人間と魔物の境界を曖昧にする
だからきっと、魔物と人間の関係に答えなんかない。

いや、そもそも誰かと誰かのつながりに答えなんか出せないのかもしれない。


要は・・・・


「(人間がとか・・・・魔物がとか・・・・そんなんじゃない、個人がどうするかの問題・・・・)」


そして、俺がどうするか・・・・

デイヴはふぅっと息を吐き出して眼を開け、そしてメロディーヌの方を向いた。


「ベルベレットに会わせてくれ、このままじゃあ俺も納得できない」

「そうでなくては・・・・すまないな、私の尻拭いをさせているようで」

「嬉しそうな顔しながらいう事じゃねえよ」


おっと、といいながら手を口に当てる・・・・・何が本気で何が冗談なのか
ある意味ではベルベレットよりも食えないやつだった















ベルベレットの居る部屋

あの巨大な本棚が周囲を囲む塔の内部のような部屋の中、ベルベレットはベッドに
入り込んで布団に包まっていた


「・・・・・・・・・・・・」


ベッドの上にある白い布団が時折もそもそと動く


「・・・・・・・・・・・・・・・」





『(お前はこれで良いのか!!?こんな物語を見て一体何を得るってんだ!?)』

『(これも一つの物語よ、全てがハッピーエンドではない)』

『(見る側のお前はそれで良いだろうな!!だがそれであいつ等はどうなんだよ!!
一方的な感情の押し付けの先に待っているのは悲劇だけだ!!)』





「・・・・・・・・・・・・・」


観測する・・・・

以前デイヴとはその観測者において論議した事がある。そこに救えるものがあっても
自分が手を出す事はならないと・・・・

手を出せば救えるものがある、確かにそれもあるだろうが、同時に潰れるものもある・・・

それに、価値観が違うものが横槍を入れても・・・・生まれるのは歪なものだけ

ならばこそ、それは触れるべきものではないし、見ていくに限る


だが・・・・・


『(あれがどう考えたって間違ってるとしか思えない、無理やり相手の心を捻じ伏せて・・・
結果的に魅了の力で幸せになれるかもしれないが、そんなモンに俺は納得なんかしない)』


確かに、あれが正しいあり方とはベルベレットから見ても正しいとは思わなかった・・・
だが、そこに正しいか間違っているかが問題ではないはずである

観測者は、その正誤関係なく結果を見守る事が肝要のはず。
だが・・・・デイヴの言葉を否定はできなかった

解らない・・・・


自分が間違っているのか、デイヴが間違っているのか・・・・誰が間違っているのか・・・・
今は自分自身すら信じられない・・・・

数十年守り続けてきた自分の信念が、こんなにも容易く揺れ動くとは思わなかった




今は・・・・答えが見えない














ベルベレットは気づいていないが、彼女が寝ているベッドの上で空間が歪んでいる
空間転移魔法の現象の一つで、空間に魔力が作用している時に見られる現象である。


「・・・・・・儂は如何すれば良いんじゃ・・・・誰か・・・教えてく


ベッドからもそりと顔を出した


「・・・・・・・・・」


目の前にあるのは・・・・なんかの尻


「・・・・・・・・」


空間の歪みから男の尻(もちろんズボンはいているが)が「ドドドドドド」という効果音と共に
ベルベレットへ迫っていた


「これは・・・・」


そっと両手を組み合わせて人差指をあわせる


「・・・・・・・・・・千年殺し」


おそるおそるそっと尻穴に浣腸してみる・・・・・指先の鋭利な爪が入り込む


<ォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!


「尻穴の肉壁の感触をズボン越しに爪で味わってしまった・・・・いかん、疲れておるのじゃな
こんな日は寝るに限る」

「やることやって現実逃避してんじゃねえ!!」


ボスンっと尻がベルベレットの腹の上に落ちた


「ぉ・・・・・・おおおおおおおおおお・・・・・ゴホ・・・・」


吐血


「美少女の腹の上に大の大人が尻餅をつくとは・・・・」

「あ、いや・・・悪い」

「げほ・・・・」


ベルベレットは目の前に居る人物を見据えて眉を寄せた・・・・


「どうやってここに来た?デイヴ・・・・いや、何をしに来た?と聞いたほうが良いかの」


目の前に立っているのはデイヴ・マートンであった、小さいローブにズボンと奇異な格好を
している彼であったが、そんな事も意に介さず、その眼は真っ直ぐにベルベレットを
見つめている

何時に無く引き締まった表情をしている・・・・
ベルベレットは知っている、この顔つきと眼は・・・・「覚悟」をした人間の眼だ


「とりあえず、お前と話をつけに来た」

「・・・・・・・肝の小さい男が嫌に強気じゃの?」

「ああ、もー今回は逃げねえぞ・・・・・・話しすんぞ」

「儂はおぬしと話をする事なぞ・・・・」

「んだよ、逃げんなよ」


デイヴの物言いにムっときたのかベルベレットにも火がついた。
その幼い顔をしかめっ面に変えてデイヴを睨み返す・・・・二人の間に火花が散った


「いいじゃろう、そこまでいうなら話は聞いてやる」


パチンとフィンガースナップをすると、ベルベレットとデイヴの間にチャブ台が落ちてきた
ベルベレットがどっこいしょと腰を下ろすと、デイヴを見上げて座れと言わんばかりに
睨んできた。

デイヴも腰を下ろして胡坐をかく


「いきなり本題に入らせてもらうが、今回の一件。俺は納得してねえし、間違ってるとも
思ってねえ」

「強気に出たのぉ?では自らの行いが正しかったという証明があるのか?」

「んなもんねえよ」

「は!! 確証もない根拠ほど説得力のないモノはないわ!!」

「俺はあのナフィーってガキが魔物に襲われてるから助けた、人間として間違った
事はしてねえ・・・・」

「・・・・・・・・・・・」

「俺はお前と違って傍観者じゃない。目の前で自分のできる範囲でやれる事があって
それで何かが救われるならば、俺は手を出す」

「それで、今回は何か救えたのか?」


ベルベレットは眼を細めてすごんでくるが、デイヴは物怖じもせずに睨み返す


「まるで終わったみたいな言い方じゃねえか・・・終わってねえよ、なにもかも」


デイヴはずずいと顔を前に出してベルベレットにメンチを切ってきた


「俺はこのまま終らせる気はねえ、あのアルプのガキにはきっちりケジメをつけてもらうし
お前にも俺の立場ってのをわからせてやる」

「ほぉ・・・・良い度胸しておるではないか?人間ごときのお主が儂にメンチ切ってタダで済む
立場なのかどうか、はっきり聞かせてもらおうかのぉ?」


もはや肝の小さい男とかロリババアとかそういう設定ガン無視で、PTAから苦情が来そうな
顔でお互いメンチ切り、背後にどす黒いオーラとかではじめてた







「むぅ・・・・・・なにやら大変な事になってしまったな」


そんな二人の様子を扉の隙間から眺めているメロディーヌ、正直あの空間に入りたくない


「やはり今回の一件はメロディーヌ様でしたか」

「ぉおう・・・・」


後ろから声をかけられて、特に驚いたような表情を見せずに振り返るメロディーヌ
背後にいたのはカメリアだった


「私達があの宿屋に呼び出されたときにデイヴさんは呼んでいないとおっしゃっていたので、
気になって調べてみれば・・・・わずかながらメロディーヌ様の魔力の残滓を発見しました。
マスターに報告に来たのですが・・・・なにやら大変な事になっているご様子」

「あぁ・・・・本当に要らん事をしてしまったのではないかと不安になるな」

「十中八九余計なことでしょうね・・・・しかし・・・・」


カメリアもそっとドアの隙間から二人の様子を窺う


「・・・・余計な事というものは案外大事だったりするのです」

「・・・・・ふむ、そうか・・・・」


メロディーヌも再びドアの隙間から様子を窺う事にした・・・・・







「とりあえず此方の言い草を言わせて貰うぜ」

「言うてみよクソガキ」

「俺はジルベルトのやり方は気にくわねえ、力だかなんだかしらねえが。
無理やりやって惑わせて、それで最後はハッピーエンド?面白いかよそんなゴールの仕方で」

「ではどうする?魔物とて人間の精を得なければ生きていくのも難しい物だって居る、
そいつらには死ねと申すのか?短小包茎男」

「力で捻じ伏せるやり方が気にくわねえって言ってんだよ。感情を無視してヤりあうなんざ
ただの獣と同じだろうが、まな板ガキバアア」


デイヴがベルベレットの頭にアイアンクロー


「中にはそう言った魔物も居るんじゃ、人間とコミュニケーション手段を持たぬ魔物とて
珍しくない。人間のやりかたを押し付けるな。ケツがブルーハワイな小僧」


ベルベレットがデイヴの胸ぐらを掴んで締め上げる


「ああそうだ人間だよ、こちとら生まれてこの方人間しかしてねえんだよ。
気にくわねえ事には声上げて文句いえる人間様だ乳くせえガキが」


デイヴがベルベレットのほっぺを思い切り引っ張る


「ガキと申したなクソガキよ、貴様の言っているのはただの我侭じゃ。
駄々を捏ねてあれは嫌これは嫌と拒否し続けるだけの赤子同然の良いわけじゃ、ボケ二才」


負けじとデイヴの頬をつね上げる


「魔物が生きるために精は必要不可欠!それを得るために自らの力を使うことの何が悪い!
たかだか20年そこら生きたガキが魔物の生き方を否定するな!!」


ゴスっと、ベルベレットの蹴りがチャブ台の下でデイヴの脛に直撃


「誰が魔物の生き方を否定したよ、おれはさっきのナフィーとジルベルトの事を言って
るんだぞ」


しかし、痛みなど感じないような強い意思を持ってデイヴは一際強くベルベレットを見た


「何?」

「魔物にとって精が必要だってのは知ってるよ、問題はその先だっつってんだ」

「その先・・・・?」


デイヴはベルベレットの体から手を離した・・・・


「あいつらは元は人間だ、元々はジルベルトがナフィーを男同士なのに好きに
なっちまった・・・・色々あってあいつはアルプになったが、それはあいつが女になって
少しでも自分の思いを形にしようとしたんだ・・・・」

「・・・・・・」

「なっちまったもんはどうしようもない、なら、ジルベルトとナフィーは
新しい形で向き合うべきだ」

「魔物と人間の向き合い方は・・・」

「違う、ジルベルトとナフィーは「魔物と人間」なんて括りで見るな。
あいつはジルベルトとナフィーって言う個人だ」

「・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・俺は魔物だとか人間だとか、そんな大雑把に物事を見る気はねえ。
あいつ等はあいつ等、俺は俺、んで、お前はお前だ」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「わかったらいい加減手ぇ離せ、死ぬ」


頬をつねって首を絞められて、顔を真っ青にしていたデイヴ。
ベルベレットはゆっくりと手を離すと、脱力したかのように肩を落とした


「魔物だからこうしろとか、人間だからこうしろとか・・・・お前が言うのか?」

「・・・・・・・・・」

「お前は人間とは何か、魔物とは何かって俺に聞いてきたよな?俺もわからねえから
その答えを探して旅をしている・・・・・でも、最近思う。

魔物だとか人間だとかじゃねえ・・・・人間だろうがスケルトンだろうがバフォメットだろうが
一人一人は違うんだ、どの形が正解とか美しいとか・・・・決める事事体おこがましいって」

「・・・・・・・・・」

「・・・・だから、快楽と倦怠に身を任せるような魔物のやり方は気に入らない。
愛し合うならケジメをつけてからにしろ、魔物にだって「品格」はあるだろ」


ベルベレットは下唇をかむ・・・・


「俺達は最初に見たはずだ・・・・セヴリールとオリヴィエは、俺達に一体何を見せた?」

「!!」

「自分の気持にケジメをつけて、ちゃんと幸せになっただろうが!!
魔物の魔力に負けねえで!ちゃんと「自分」を守ってみせただろうが!!」


そう、セヴリールは魔物になりながらも人間としての思いを呼び起こした。
結果的に魔物になったにしろ・・・・人間の時に抱いていた思いを捻じ曲げずに晴らした


「・・・・・・・人間は皆そう強くはない」

「人間全てがお前等が思っている程弱くは無い!」

「・・・・・・・」


デイヴはポンっとベルベレットの頭の上に手をのせた・・・・・


「なあ・・・・おい、お前は人間と魔物を俺より遥かに長い時間見てきた・・・・だけど、
そこから得たものってのは、結局魔物が人間を塗りつぶしていく結果だけなのか?」

「・・・・・・・」

「例えそうだったとしても・・・・そいつらは・・・諦めたり、投げ捨ててばっかりだったのか?
自分達の思いを快楽に流してばっかりだったのかよ?」

「・・・・・・・ちがぅ・・・・」

「違うだろ?ベルベレット・・・・そいつ等にはちゃんとそいつらなりの形があったはずだ。
全部がハッピーエンドじゃなかったかもしれない、全部が納得できる物じゃなかっただろ」

「・・・・(コク)」




「でも・・・・そいつ等は・・・そこで必死に生きていたはずだ」




ベルベレットが俯き、しばらくすると目から涙が零れ落ちる


「・・・・ナフィーとジルベルトの物語が、このまま潰れちまって良いのか?
快楽に身を任せて・・・・自分の想いも塗りつぶされて・・・・ただの魔物と人間で
終って良いのか?」


ふるふると首を振る・・・・


「俺もだ・・・あの二人がこのまま終って良いわけねえ・・・・

魔物になる事を悪い事だとは言わん、良い事でもねえけど、それが摂理なら認める、
だけど、魔物になるってんなら卑屈は通すな・・・・道理の通らねえやり方は気に食わん。

だから俺はあの二人の物語に手を出す」


それはベルベレットがずっと守ってきたタブー・・・・観察対象には手を触れないという事
それをこの男はやるといっているのだ


「お前がやりたくないって言うなら見てれば良い・・・俺はこれだけじゃない、
これからも間違えたり後悔したりしていく、その上で俺は俺のやり方を通す。
それが俺の立場だ。おら、文句あんなら言ってみろチンチクリン」


ベルベレットはズズっと鼻水を啜り上げて、声を絞り出した


「・・・・・・・クソガキめ・・・・儂に説教をするなど・・・・・40年早いわ・・・・」

「・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・儂は一体何を見てきたんじゃろうな・・・・・・・・そうじゃとも
儂は多くの魔物と人間の馴れ初めと行く末を見てきた・・・・彼らは・・・・彼女たちは・・・・
一人一人違う物語を描いておったではないか・・・・」


魔物と人間と言う違いだけで見るのか、それとも一人一人の違いと見るのか。
恐らくはまったく別の問題だったのだろうが、ベルベレットは何時しかそれを混濁させた。

そして、全く答えの無い問題を自分で作り出して袋小路に陥ったのだろう・・・

魔物と人間の付き合い方に明確に当てはめられる「型」なんて存在しない、
あるとするならば、それは魔物と人間の摂理に逃避した「諦め」でしかない。

人は生きる

魔物も生きる

どちらも必死に今を生きている・・・・一人一人違う物語を描きながら・・・・
それは踏みにじってはいけないもの、守らなければいけないものだ。


「・・・・・・・・デイヴよ」

「なんだよ」

「・・・・・礼を言う・・・・」

「・・・・・・・・礼を言われるような事はしてねえよ」


ベルベレットは立ち上がってデイヴを見据えた。その眼は以前よりも輝いた眼で
その表情はどこまでも晴れ渡っていた


「なればデイヴ、自分の言葉を証明して見せよ・・・・ナフィーとジルベルト・・・このままで
終らせる気は無いのじゃろう?」

「ああ」

「行動して見せよ、少しばかりなら・・・・儂も力を貸してやる」

「・・・・・手ぇ出さねえんじゃなかったのかよ」

「一つ儂も舞台に上がってみよう。そう思った・・・・・おぬしの言葉に感化されてな?」

「・・・・・とりあえず話は着いたな・・・・よっし」


デイヴは立ち上がると、ふんっと鼻息を荒くする


「やったりますか!!」

「ケジメつけてもらうでの」


二人はパァアンと右手を叩き合わせた


「・・・・・・ぁ」

「なんじゃい、これからめくるめく穢れを知らぬ子供等を調教しにいこうというのに」

「その前に、だ」


デイヴはこそこそとベルベレットに耳打ちをした・・・・


「? 何のために?」

「良いからやれって」

「むぅ・・・指図されるのは気に食わんが・・・・フン!」


ベルベレットが右手の指先から魔法陣を放つと、デイヴの体が一瞬にして何処かへ消えた。


<・・・・・なんだ? うお?

<おや、ばれていましたか

<あんまり黒の行商人舐めんな。カメリアさんドア開けてくれ


きぃっと扉が開くと・・・・そこにはデイヴに羽交い絞めにされたメロディーヌとカメリアが
立っていた・・・・


「あ、姉上?」

「おう」

「何故姉上が・・・・?」

「とりあえず、こっちのケジメを先につけようか?」

「むぅ・・・・」












「なるほど、事の次第はわかった」


今回の一件はメロディーヌが手を引いていた事、ベルベレットとデイヴの二人の関係を
調べる事が目的だったということ・・・・

そして、あわよくば二人をくっつける計画を画策していたこと。全てを話した


「スモール親切ビッグなお世話じゃ!!それでは我等がアホみたいではないか!!」


おもいっきりベルベレットがメロディーヌの頬を引っ張っていた
やはり姉妹なのかよく伸びる


「そうか?私のはやとちり・・・・というわけではないのだろう?」

「し、知るか!」


パァンとほっぺが勢いよくもとに戻ってプリンの様に揺れて波打った


「とはいえ・・・・今回の一件でお前たちには本当に迷惑をかけてしまった・・・
悪かったなベルベレット、デイヴよ」

「・・・・・・・・・・・・まあいい、儂も今回の件で得た物もある・・・・姉上が今回の一件に
ちゃんとケジメをつけるのならば眼を瞑ろう」

「ケジメ?」

「自分がやった事の後始末は自分でする・・・・ガキんときに親から習わなかったかよ」

「儂は姉上に散々言われていたがの?」

「ああ・・・わかっている、今回の一件の始末がつくまでお前たちに協力するとも」


そういうメロディーヌの表情は、どこか満足げで楽しそうだ・・・
デイヴもベルベレットも釈然としない表情を浮かべている


「さて・・・・それでは・・・・ナフィーとジルベルトだが具体的にはどうするんだ?」

「とりあえずジルベルトとナフィーにはきっちり向き合って話をつけてもらおうじゃねえか。
まずはジルベルトからだ、あいつはどこにいる」

「地下の部屋(SMルーム)に封印(監禁)しておる」













IN 地下室



「いや・・・・・」


美しい水晶のような透明の物質の中に、アルプと化したジルベルトが・・・・


「何があった」


ロメロスペシャルをくらっている様な体勢で封印されていた


「吊り天井固めは和の心ですよ」

「ワビサビと言う奴か」

「白目剥いてるぞ?こいつ」

「とりあえず封印はされているんだな?コイツこのまま出して良いのか?」

「いや、封印をとけばこやつはまたナフィーを求めるじゃろうな・・・・魔物に成り立ては
精が欲しくてたまらんはずじゃ・・・・まずはコイツを飲ませよう」


ベルベレットが取り出したのは、エメラルドのような美しい魔石。
魔物の栄養補給剤である


「封印を解く、カメリアよ」

「はい」


カメリアは封印された結晶の背後に回った、ベルベレットの体から幾つもの魔法陣が
浮かび上がって次々と魔力を帯びて光り始める・・・・・その光景は神秘的にも見えた

そして、ジルベルトを封印している水晶が、氷が解けるように融解し始めた。


「・・・・・・・」


2分程経った頃だろう、ジルベルトの水晶が完全に融解した・・・・
すると、背後に立っていたカメリアが横たわるジルベルトに近づき


「ふ!!」


はずかし固め(ポロリしかないよ!)


「なんでプロレス技かけてんだよ!!」

「暴れだすと・・・・面倒でしょう?」

「そうかもしれないが・・・・」

「マスター早く昏倒剤を」

「栄養剤じゃ」


もはや技をかける意味があったのかどうか分からないが、気を失っているジルベルトの
口に栄養剤を入れて飲ませた・・・・


「・・・・・・・・・起きねえな」

「起きないな」

「死んでるんじゃないのかのぉ」

「・・・・・・・・」


カメリアは何処からとも無くたっぷりの水が入ったバケツを取り出すと


「ザオリク」


勢い良くジルベルトの頭から水をぶっ掛ける


「・・・・・・ゲホ!ゲッホ!!ゴホ!!な、なんだ・・・・ゲホ!!ガハ・・・・ウゲぇ・・・」


咳き込みながらも何とかもとの世界に帰ってきたジルベルト、顔面蒼白である。
カメリアはドヤ顔で三人にグッドサインを送っていた


「ここは・・・・・」


キョロキョロと周囲を見渡すジルベルト、先ほどまで居た森林から風景が変わり
地下室に移された事に戸惑いを覚えているのか・・・・

と、デイヴ達と眼が合った


「お、お前!!?」

「よおクソガキ、さっきは随分キツイのありがとうよ」

「な、なんだよ!?お前が邪魔するからいけないんだろ!?」


そういってジルベルトの右手に再び魔力が宿り始める・・・・あの攻撃がまた飛んでくるのか


「・・・・良いのか?そんな攻撃は二度ときかねえぜ」

「何!?」

「フ・・・・・」


デイヴはほくそ笑んでゆっくりと歩いていく・・・・そして、ベルベレットの後ろに隠れた!


「さあやってみろ!お前の攻撃なんて跳ね返すぞ!? ボグぅ!?」


ベルベレットのハイキックがデイヴの顔面を横から凪いだ。
3m程飛ばされてピクピクしている


「いや、今のはかっこ悪いな」

「珍しゅう自信ありげに見せおって・・・・肝と言うか心が小さいわ。
そこのジルベルトとやら、とりあえずはその物騒なものを下げい、別に襲ったりもせんわ」

「信じられるか・・・・一体俺をどうしようってんだ!!」

「とりあえずはお前をサバトに連れて行き一人前のエロテロリs」


ベルベレットのボディーブローがメロディーヌに叩き込まれる。


「何、少しばかり話を聞いてもらうだけじゃ、いや説教と言うかの」

「・・・・・・・・」

「この男が、お前に話しがあるそうじゃ」


デイヴが首を押さえながらゆらりと起き上がり、ジルベルトを見下ろす


「・・・・・・まあ、なんだ・・・・お前の名前はジルベルトっつったな」

「そ、そうだよ・・・」

「俺はお前の事は良くしらねえし、お前がどれくらいナフィーって奴を好きなのかも
知らない・・・・だけど、無理やり襲っちまうのはよくねえだろ?」


性欲による衝動が収まっているのか、デイヴの声を聞き入れている・・・・
本人も魔物に成り果てても、まだ無理やり事を成すと言うのは少なからず嫌悪感を
残しているようだった、眼が左右に泳ぐ


「・・・・・」

「・・・・・吐き出しちまえよ」

「・・・・・・」


ジルベルトは泳がせていた眼で恐る恐るデイヴを見上げた・・・・そこには
こっちを真っ直ぐに見る大人の瞳があった


「色々ガキなりに悩んだろうが答えは出なかったんだろ?・・・・戸惑いも、辛さも・・・皆・・・
吐き出しちまえ、俺が聞いてやる」

「・・・・・・・・・」


ジルベルトはその場にへたり込み・・・・ゆっくりと口を動かし始める


「ナフィーとは・・・学校に上がる前からの友達だった・・・・あいつは気が弱くて・・・
なよなよしてて・・・全然男らしくなくて・・・・いっつも俺の後ろ歩いてた・・・・

別に、最初はそういうヤらしいことは考えなかったんだ・・・だけど、学校で・・・・
その・・・・精液とか、赤ちゃんの作り方とかが載ってる本を見たんだ。
オナニーとかやってみて、すげえ気持ちよくて・・・・もっとしたくて・・・・

その気持ちがどんどん強くなって・・・・本みたいにエッチな事したくて・・・・
そんな風に考えてたら、いっつも後ろつけてたナフィーが・・・・目に入ったんだ。

あいつ、男の癖に女の子みたいなんだよ、顔とか髪型とか声とか・・・・・
男同士でこんな気持ちになっちゃいけないって・・・思っても・・・・我慢・・・我慢できなかった

あいつと居るときはずっとそんな気持ちを押さえ込んで・・・・でも・・・
我慢すればするほど、どんどん大きくなっていって・・・・

そしたら・・・・昨日・・・

ローブを着た女の子がやってきてさ・・・・ナフィーと結ばれる方法を教えてやるって」


メロディーヌは眼を細める、ジルベルトはその女の子がメロディーヌだとは知らないようだ。


「それで、あんたの荷物に在る真っ赤な瓶を盗んで・・・・女の子に成りたいって思いながら
それを飲んだら・・・・こんな風になって・・・・

ほ、本当はナフィーが女の子になってくれればよかった!でも、これは女の子に成りたい
って思わないとなれないみたいだし・・・・

それでも!女の子になってナフィーとできるならそれでよかった!!
それが悪いってんなら!!俺にその方法を教えたあのローブの女の子が悪いんだ!!

俺は悪くな





パン、と頬をはたく音がした




「・・・・・・」

「・・・・・・・・・・」


デイヴがジルベルトを思いっきりビンタしたのだ


「・・・・これは俺からアリスの血を盗んだ分、そして・・・お前が自分の欲望を友達にぶつけ
ようとした罰だ」

「・・・・・っ・・・・・ひ・・・・っぃ・・・・」


殴られた頬を左手で押さえて、今にも泣き出しそうな顔をしている


「どんなになってもなぁ・・・・友達を無理やり捻じ伏せようなんて二度と考えんな!!
友達に自分の欲望をぶつける奴は友達でも何でもねえ!!ただのクズ野郎だ!!」


辛辣ではあるが、人間としての正論である。
人間の心がまだ多く残っているジルベルトには、デイヴの言葉が痛いほど突き刺さった


「お前がアルプに変わった事は済んじまった事だ、今更どうにもできないのもわかってる!
だがなあ!てめえが欲望に負けて!!一線を越えたのはローブの女の子が原因じゃねえ!!
人間捨てて魔物に変わった原因はてめえ自身の心の弱さだろうが!!

てめえの弱さを棚に上げて人のせいにしてんじゃねえ!!!」

「・・・ぁ・・・ぅ・・・・ぁ・・・あ・・・・ああ・・・・・・ご、ごめ・・・・ごめんな・・・・さい・・・・
ごめんなさい・・・・ぅうううううううああああああああああああああああああああ!!!」


ついに泣いた

人間の価値観かもしれない、魔物は人間が魔物に変わる事を望んでいる・・・・
魔物は心の弱さをついて人間を魔物側に引きずり込んでいく

だが、卑屈を通して魔物になったのでは浮かばれない・・・
そんな状態で快楽に溺れてしてしまうのでは、ただの逃げに他ならない。


「泣かせてしまったな」

「じゃが、間違った事は言っておらん・・・・筋は通っておる」

「そうだな・・・・思えば、今回の私のやり方は魔物側の見方でも少々筋が通らんか・・・・・」

「そう思うのなら、あとであやつにビンタでも貰うが良い」


メロディーヌは泣きじゃくるジルベルトを見て・・・少しばかり心に痛みを覚えた


「・・・・・・・おい」


デイヴは先ほどのような怒気を纏った声ではなく、なるべく穏やかな声を出した
泣き顔でぐしゃぐしゃになったジルベルトがゆっくり顔を上げる


「・・・・お前、自分の性欲を吐き出したかったら別にナフィーじゃなくてもよかった。
だがお前はそうしなかった・・・・何故だ」

「ぅ、ぅ・・・・だ、だって・・・・」

「だって・・・・なんだ」

「だって・・・・ナ、ナフィーが・・・・好きだったから・・・・」

「・・・・・だったら、襲う前に告白でも何でもすりゃあよかったじゃねえか・・・」

「だって変だろ?!男が男を好きだって言うなんて」

「ああ、変だ」

「だったら!!」

「でも、ダチを傷つけるよりは百倍ましだ」

「・・・・・・」

「・・・・・・」


デイヴはジルベルトの前に座って、同じ高さの眼戦で話をし始めた


「俺はよ、ダチだと思ってた奴に金を貸したんだが・・・・逃げられちまった」

「・・・・・・・」

「悔しかったし、そいつを憎んだ、今でも会ったりなんかした思いっきり殴ってやりたい。
自分を裏切った奴は腹立たしいし許せない・・・・・多分、皆おんなじだと思う。だからな?

お前はそんなクズ野郎にはなるな」


ポンっと頭の上に手をのひらを載せる


「まだまだ、引き返せるさ」

「・・・・・・・ぅ・・・・あぁ・・・・ぁあああああああああああああああああああああああああああ!!」


ジルベルトは大きく慟哭した・・・・

まだやり直せるのか、許してもらえるのか解らないが・・・・心底、目の前の男に救われた。















寝静まった街・・・・

夜の騒がしさすら眠り、もうあと何時間かすれば朝日が出るであろうという時間。
街の中にある大きな豪邸が一軒・・・・


「・・・・・・・」


その豪邸の中の一角の部屋・・・・見栄えの良い部屋だが、おいている物は子供向けの本や
ぬいぐるみなど、見て取れる子供部屋があった


「・・・・・・・・・」


ベッドの上で布団に包まれて震えるように縮こまっている者が一人・・・・ナフィーである。
悲しいような、脅えているような・・・・怒っているような・・・・そんな顔をしている


「ジルベルト・・・・・」

「太平洋ベルト・・・・・」

「アステロイドベルト・・・・・」


横を見てみると、まるでどこかの王立国境騎士団にいる吸血鬼のような笑顔を浮かべた
ベルベレットとメロディーヌが空間の隙間から顔を出している



「●×♂〒△↑↑↓↓→←堰~◎?!!?!!!」

「おや、マップに敵の位置が表示されたな」

「とりあえずHQに連絡される前に連れ去るとするかの」


ナフィーの両手両足を掴むと、二人は彼を空間の狭間へと引きずり込むのだった












「まあなんだ、とりあえず・・・・・」

「ウワアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアン!!」


禍々しい十字架に張り付けにされて、泣きじゃくるナフィーをデイヴ達は見上げている。
ナフィーがつれてこられたのはジルベルトが居る隣の部屋、地下室ではあるが
周囲は適度な内装で飾られて、談話室のような印象を受ける


「お前等この子に何をした」

「コナ●コマンドを入力してきおった、危うくビックバイパーを呼ばれるところじゃったぞ」

「わけわかんねえ言い訳してんじゃねえ、とりあえず降ろせ」


ベルベレットがぱちんとフィンガースナップをすると、ナフィーを拘束する十字架が消えた
ようやく開放されたナフィーは逃げるように物陰に隠れ、ガタガタと体を震わせながら
此方を物陰から覗いていた


「あ〜〜・・・まあ、なんだ・・・・無理やりつれてきて悪かったな坊主」

「お、おじさん・・・・おじさんは良い人じゃなかったの!?僕を助けてくれたのに!
魔物と一緒に居るじゃないか!?」

「まあ落ち着けって・・・・別にお前に危害を加えようってわけじゃねえ・・・・ジルベルトの事だ」

「ジルベルト・・・・おじさん!ジルベルトは・・・・」


ジルベルトの事になると眼の色をかえた、怖さすら忘れて今度は向こうから
此方に近づいてくる


「今は落ち着いてる・・・・」

「・・・・・・おじさん・・・ジルベルトは・・・・魔物になったの?」


ナフィーなりに自分の体験を理解したのだろう、ジルベルトが既に人間ではなくなっている
ことを予想し、覚悟を決めて聞いてきた。


「・・・・・ああ」

「・・・・・・・どうして・・・」

「・・・・まあ、その事なんだがな?お前、ジルベルトの事をどう思った?」

「・・・・どうって・・・」

「ジルベルトが魔物になって・・・・怖い目にあって・・・・お前、それでもさっきは
ジルベルトがどうなったか気にしてたよな?」

「そ、それは・・・・友達だから・・・・」


デイヴはナフィーがまだジルベルトの事を友達と思っている事に安心感を覚えた。
そもそもナフィーが既に絶望していたら、この話し事体成り立たないが


「友達だからな・・・・そうさ、友達は大切にするもんだ」

「・・・・・・・・」

「・・・・・ジルベルトはな?お前と話をしたがってる」

「・・・・・・・」


ナフィーは迷っている・・・・

いかに友達と思っているとはいえ、先ほどの体験は彼に恐怖を植えつけるに十分であった。
陵辱・・・・力ない者への蹂躙、その恐怖を消すのは難しい。しかも、ついさっきの事なのだから
余計に怖いはずだ。


「・・・・・おじさんは・・・・」

「?」

「おじさんは、怖くないの・・・・その人達は魔物でしょう?」


デイヴの後ろに居るベルベレットやメロディーヌにカメリア、一見すれば人間の女性に
見えなくも無いが、その身体は何処か異形で恐怖を覚える。


「魔物は怖ええ」


デイヴは素直に、そして偽り無く言い放つ


「だけど、後ろの奴等は怖くねえ」

「・・・・どうして?」

「こいつ等、ベルベレットとメロディーヌ、カメリアって言うんだが・・・・こいつ等は
むやみやたらに人を襲ったりはしねえ・・・・普通に話せるし、中々面白い連中だ」

「・・・・・・・・」


ナフィーが三人に視線を向けてみると、ベルベレットは八重歯をむき出しにしてニカっと笑い
メロディーヌは相変わらずムッツリしているが優しそうな表情をしている。
カメリアは軽く会釈をした・・・・ナフィーも思わず会釈を返す。


「魔物の中にも、色んな奴が居るってこった・・・・魔物じゃなく「そいつ個人」を見てみな」

「そいつ個人・・・・・・ジルベルト・・・・・・・・」


ナフィーはしばし考えた後、デイヴに恐る恐る尋ねる・・・・


「ジルベルト・・・・襲ってこないかな?」

「さあ、わかんねえ。もし襲ってきても助けられるかは解らん」

「そんな!?」

「・・・・・」

「・・・・・・・・・・・!!」


ナフィーはデイヴの眼を見て気づいた・・・・自分は試されているのだと。

確かに魔物と化したジルベルトに襲われれば自分はなす術なく相手の思うままに
されてしまうだろう、だが
それを覚悟の上でジルベルトと向き合う勇気があるのかどうか・・・・・


「・・・・・ジルベルトに会わせて、おじさん・・・・」

「・・・・いいのか?」

「うん・・・・会ってどうなるのか分からないけれど・・・・このまま終るなんて絶対嫌だ・・・」


真っ直ぐな眼がデイヴを見上げる・・・・揺らぎ、幼い眼であるが、その眼はちゃんと
「男の子」の眼をしていた。


「女の子みたいな外見だと思ったから安心したぜ、ちゃんとタマぁついてるじゃねえか」
















「・・・・・・・・・・・・」


ベルベレットはチラリと目線を動かして右横を見てみると、ナフィーが座り。


「・・・・・・・・・・・・」


チラリと左横を見てみるとジルベルトが座っている。二人とも座布団の上で正座をしている。
そして正面を見てみると、デイヴ・マートンが胡坐をかいて座っていた


「それじゃあ話し合おうじゃねえか、一つ一つな」

「・・・・・・・」

「・・・・・・・」


なんともいえない緊張感である。

デイヴ自身、こうして二人を向き合わせる場所こそ用意したが勢いでここまで来た感じなのは
否めない・・・・絶対的な確証などないのに・・・・


「えっと・・・その・・・・ごめん、ナフィー・・・・俺、お前が嫌がってんのに・・・・無理やり・・・
ホントごめん!!」

「・・・・・うん・・・・なんだか・・・・なんだか、随分変わっちゃったけど・・・・やっぱりジルベルトだ」


ナフィーはぎこちないが笑顔を浮かべて見せると、ジルベルトの緊張していた糸が少し緩んだ
デイヴは、自分が口をださなくとも良いと判断し、口を閉じていた


「・・・・・ねえ、ジル?どうして魔物になっちゃったの・・・・?」

「・・・・・・・・」


やはり確信に近い部分と言うのは言いだしにくいのか、ジルベルトは言葉に詰った。
横にいるデイヴに助けを求めるように視線を流してみたが。
デイヴもじっとジルベルトを見つめていた

それは自分の口で言え、という暗示と共に


「・・・・・その・・・・あの・・・・」

「うん・・・・」

「・・・・・ナ、ナフィーが!! すすすすすすすすすす!! す!! す!!!きだったからぁ!」


一気に吐き出した言葉は、途中で交えた羞恥心に揺さぶられて裏返った・・・・
思いを伝えられたナフィーは、別段驚く様でもなかった


「・・・・・・知ってたよ?」

「「・・・・・・・・・・・・・・・・・は?」」


驚いたのはデイヴもだった、間の抜けたな声がジルベルトと被る


「・・・・長い間見てきたから解るけど、ジルベルトがね?僕を見るときとか・・・接し方とか・・・
なんだか他の男の子の友達とは違うっていうのは解ったんだ・・・・」

「そ、そうか?」

「うん・・・・なんだか男の子っていうより、女の子を相手にしてるようにしてさ・・・・
最近は、なんだかそれがよく分かるようになってきたんだ・・・・
ほら、僕ってこんなんじゃない?だからもしかして・・・・ジルベルトが僕の事・・・・って思って」

「・・・・・・・・・・・・」

「だから・・・・そうじゃないのかなって」

「・・・・・・・・」


ジルベルトは絶句して言葉が出なかった・・・・ただただ呆然とするだけで・・・・
そんなジルベルトを見て、ナフィーもその後の対応に困って口を閉じてしまった
二人の気まずい空気を感じ取り、デイヴが口を開いた


「じゃあ、お前はそんなジルベルトの思いにどう答える?」

「・・・・・すぐになんて・・・答えは出ないよ・・・・だってジルベルトは男だし・・・
友達だと思ってたから・・・・」

「・・・・・・・・」

「それに・・・・今日の夜のあれは・・・・凄く怖かった・・・・」

「っ・・・・・ごめん・・・・」

「・・・・・正直、ジルベルトが魔物になって・・・・食べられるのかと思って怖かった・・・・」

「ち、ちが・・・・俺はナフィーの事を食べたりなんてしない!!」

「そ、そうなの・・・・?」


一般的には魔物は人間を食べる・・・・もちろんカニバリズムの方だが、そういった知識が
コモン=センスとしてすりこまれている。


「俺はただ・・・・ナフィーの事が欲しくて・・・・それで・・・・魔物になったんだ・・・・
魔物になったら、ナフィーの事を手に入れられて・・・・それで・・・・でも!乱暴をする
つもりじゃあなかった!! これだけは・・・・信じて?」


まあ、食べる・・・という点では間違っていないのかもしれないが
そもそもナフィーにそういう知識があるのかどうか、そこからが問題なのかもしれない


「ジルベルトは魔物になりたてでパニックみたいになってたんだよ、
それでわけわかんなくなってお前を押し倒したって訳だ」

「・・・・・・そうだったんだ・・・・・・・・」

「・・・・・ごめん」

「・・・・・・クス・・・・」


ナフィーは今、確かにクスリと笑った・・・・・いや、堪えきれずにクスクスと笑っている。


「な、何がおかしいんだよ!?」

「だってジルベルトがそんな風に何度も謝るのなんて初めてだから、なんだか可笑しくって」

「こっちは真剣に!!」

「うん、何時ものジルベルトだ・・・・そうやってからかわれると顔を真っ赤にして・・・・」

「・・・・・・・・・・・」


ナフィーはそっとジルベルトに近づいて、彼女の両手を取る


「好きって言う気持はもちろん嬉しい。でも今はジルベルトの事を友達だと思ってる・・・・」

「・・・・・・・」

「だからね?」


きゅっとジルベルトの両手を強く握った





「僕、男でも良いと思えるようになるから・・・・それまで、友達じゃダメかな?」




・・・・・・・・・・・・・

収拾がつきにくくなった。


「ナフィー・・・・ちょっといいか?」

「? 何?おじさん」

「・・・・・魔物に雌しか居ないって知ってるか?」

「え・・・・それは聞いた事あるけれど・・・・でも、ジルベルトは男の子でしょ?」

「・・・・・・・・・・・・・・言いにくいんだが、ジルベルトは魔物になって「女」になったんだ」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」










工工工エエエエエエェェェェェェェェェェェェェ(゚Д゚;)ェェェェェェェェェェェェェエエエエエエ工工工




(゜Д゜;≡;゜д゜) えっぇっえっ?!




o(゜д゜o≡o゜д゜)o   えっ?!えっ?!




工エェ工エェ(゜Д゜(゜Д゜)゜Д゜)ェエ工ェエ工












だれが悪いと言えば、説明不足だったデイヴが悪かったわけで・・・・
しかしまあ、親友とはいえ男の思いを受け止めようとしたナフィーもまたある意味
「男」なのだろうか?

つなぎをきたオッサンが公衆便所近くのベンチで待っています的な展開


「・・・・・・・・・・・・・・・」 やらないか?


ナフィーは口から良い男なエクトプラズムを出しながら呆然としている


「あ、あのさ・・・・ナフィー」

「! な、何?ジル」 <ややらないか やらららいか


口から出たエクトプラズムの良い男が歌いだす


「お前の言葉嬉しかった・・・・こんな体にならなくても意味なかったんだな・・・・」

「・・・・・・・僕は・・・」 <やら やらかいかい

「・・・・ありがとな・・・・ナフィー・・・・」

「ジル・・・・」 <この想いはとめられない 

「俺・・・・もうこんなになっちゃってさ。もうあの街で一緒に遊ぶ事は出来ないと思うんだ」

「そ、それじゃあもう会えないの!?」 <もっと漢ちっく★パワー★キラリンリン♪

「・・・・魔物になっちまったからさ」

「・・・・・嫌だよ・・・・仲直りできたんでしょ?僕ら」<ちょっと危険な KA★N★JI

「だからな?ナフィー・・・俺は魔物として生きるよ」

「・・・・・・・・魔物として?」<ややらないか やらららいか

「俺達は知らなかったけどさ、本当は人間と魔物って仲がいいみたいなんだぜ?
人間を襲ったりするのは、ちょっとでも無理やりだけど・・・仲良くしたいからなんだって」

「そう・・・・なの?じゃあジルが僕を襲ったのも・・・」<やら やらかいかい

「・・・・・ジルともっと仲良くしたかったから」

「・・・・・・///////」<もっとドキドキとめられない

「人間として仲良くするのはこれで終わりだけど、次は・・・・・」

「・・・・・・・ぁ・・・」<もっとドラマチック★恋★ハレルヤ


ジルベルトはナフィーに右手を差し出した・・・・人間の物ではない、鋭利な爪が特徴的だが
女性的なしなのある色気を放つ手を


「これからは、魔物として仲良くしてくれないか?」

「・・・・・・うん!ジルベルトなら!!」 <二人だけで や ら な い か





握手を超え、抱き合う二人・・・・・歌うエクトプラズム



「イイハナシダッタノニナー」

「上の不思議な良い男が台無しにしてくれましたね」

<いいのか?ホイホイついてきちまって


デイヴは立ち上がると、抱き合う二人の上で歌う良い男を思い切り殴り飛ばして消滅させた


「・・・・・・」


笑いあう二人、時間は戻せては居ないが・・・・二人の笑顔は取り戻せたのではないだろうか
デイヴは振り返り、ベルベレットを見ると・・・・彼女はふふんと笑い、頷いたのだった










「今日は・・・お世話になりました」


デイヴ達はナフィーを元の自分の部屋までつれてきてやったのだった。
空間の裂け目にはデイヴやジルベルトが窓から身を乗り出すように覗いている


「デイヴおじさん」

「?」

「ありがとう、おじさんのおかげでジルベルトと仲直りできたから・・・・」

「どーいたしまして・・・・元気でやれよ、坊主」


ナフィーはしっかりと頭を下げて一礼したあと、ジルベルトを見る


「ジルベルトも・・・・元気で」

「何言ってんだよ、また明日にでもあいにくるぜ?」

「・・・・うん、待ってるから・・・・」


照れるナフィーは本当に女の子の様に見えて愛らしい仕草である・・・・
ジルベルトもそんなナフィーをみて照れているのか、それとも火照っているのか
顔を赤く染めて笑顔を浮かべた


「そんじゃいくわ、そろそろ寝ないと明日がきついぜ?」

「はい、皆さんもありがとうございました!!」

「それじゃあ、また明日な!」

「うん!また明日!」


別れを済ませ、空間の裂け目がしゅるりと閉まった


「・・・・・・・・・・」


まるで今日の事が夢のようだったと感じるナフィー
先ほど布団の中で脅えてきたときは恐ろしい夢をみそうな、そんな気分だったが・・・・


「・・・・・・もう寝なきゃ・・・」


これからは、楽しい夢が見られる気がした・・・・













ジルベルトは当分は魔界に住まわせるらしい

今回の一件の原因はそもそもメロディーヌが事を起こしたので、めんどうなことは全て
彼女に任せる事にしたのだ。本人はなにやらノリノリでジルベルトを引っ張っていって
しまったが、大丈夫なのだろうか?

デイヴは再びベルベレットの部屋にいた。

部屋の中にいるのはベルベレットとデイヴの二人だけ、カメリアは処務を片付けてくると
何処かへ行ってしまった・・・・


「・・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・」


部屋の中では二人だけ・・・・・二人が沈黙を守っていた


「のぉデイヴよ」

「んだよ」

「・・・・・・・・礼を言うぞ?儂を導いてくれて」

「・・・・・・・・俺は間違った事はしてない」


デイヴは足を組み、膝の上に肘を乗せて上で頬杖をつく・・・・


「だけど、俺は間違う事もある」

「なんじゃい、哲学者のような事を言う」

「でも間違ってもいいと思う」

「・・・・・・・・言うでない、わかっておる・・・・」


人は間違える

人生という長い道のりで、歩いていれば道を間違えるなんてしょっちゅうだろう。
迷って、間違えて、傷ついて、後悔して・・・・そんな事は何度でもあるだろう

それを見て声をかけてくれる人が居るかもしれない

だが

その人の言葉すら間違っているかもしれない・・・・正しい事が最良なわけでもない
皆、暗闇の中を手探りで歩いているようなものなのだろう

でも、それが当たり前ならば・・・・迷う事も間違う事も許される
迷い、間違い、傷つき、後悔して・・・・それでも歩いていくのが「生きる」と言う事


「別にお前の為に頑張ったわけじゃねえ・・・・俺が納得できなかったから頑張った。
大人なりにガキをしかってみようと思っただけだ。
誰の為じゃねえ、自分が納得するためだ」

「・・・・・・ハハハハハハ!!肝の小さい男のちっぽけな心が納得するために・・・か」

「・・・・・・・文句あるかよ」

「いや・・・・ない・・・・ないからこそ・・・・儂は今回お前に感謝しておる。
そう・・・・儂が勝手に感謝しておるのじゃ、そう受け取っておけ」

「・・・・・・・・」


ベルベレットはいそいそとデイヴの横に身を寄せてくる・・・・・


「なんだよ」

「・・・・・なんでもないわ、少し寒いだけじゃ」


しかし・・・・自分の腕に当る彼女の体はなにやら凄く熱かった


「・・・・・寒いだけじゃ」

「・・・・・・・」


彼女が何を望んで、何を従っているのかはなんとなく解った・・・・・

『そもそも私がお前達の事を見ようと思ったのは、お前がベルベレットの特別な存在となって
いるのではないのかと考えたからだ』

メロディーヌの言葉が頭の中によぎる・・・・そしてそれが自惚れから確証に変わった


「動くでない」

「!?」

「・・・・・・・儂の気の迷いじゃ・・・・・気の迷いなんじゃ・・・・だから、動くでない」

「・・・・・・・・・」


一押しすれば崩れそうな彼女を・・・・デイヴは静かに自分の方に抱き寄せた


「・・・・・動くでないと、言うたではないか」

「俺は、お前のこと結構気に入ってるぜ?」

「・・・・・・良いのか?儂は魔物じゃ・・・・今のその思いも、魔物の気にやられて生まれた
一時の気の迷いかも知れぬぞ?御主が言う、魔物の魔力にやられただけのカも知れんぞ」

「・・・・・・」


ここで彼女を抱くのは簡単かも知れない・・・・恐らくは彼女もそれを望んでいる


「・・・・・・・・・・・俺は魔物の魔力に負けたりなんかしねえ、だから、今はお前を抱かない」

「・・・・・・・・・・――――――そうじゃ・・・・それで・・・・」


おもむろに体が動いた


感じた事の無い強い力で押し倒され、いままで感じた事の無い感覚が唇にあった


「ん・・・・・・・・――――――ふ・・・・」

「・・・・・・(ああ・・・・だからこやつは・・・・)」


その小さな腕で、目の前の男に答えた


「・・・・・・・・・っ・・・・ちゅ・・・・・は・・・・・ンッ・・・・・・チュゥ・・・・・ッ・・・・・」

「・・ん・・・・ふ・・・・・・・んく・・・・・ちゅ・・・・・・つ・・・・・・んん・・・・・・ふ・・・・・」


短い時間だったのにも関らず、それはとても長く・・・・濃密な時間に感じた。


「・・・・・・はぁ・・・・・はぁ・・・・・はッ・・・・」

「・・・・・」


自分の唇と、デイヴの唇を一本の銀糸が伝う・・・・・
それが自然と、ゆっくりと切れると・・・・デイヴはベルベレットを掴んだ腕を放した。


「・・・・・・」


ベルベレットは、自分に覆いかぶさっている男の胸に頭を摺り寄せる


「・・・・・・次に儂と御主が出会うときは、儂の方からお主を呼ぶ」

「・・・・・・そっか」

「・・・・・・それまで・・・・待っておれ・・・・」

「・・・・・・・・・ああ」













二人のやり取りを、ドアの向こう側から覗くものが二人


「・・・・・・・・」

「・・・・・どうかなさいましたか?」

「・・・・・・う〜〜〜〜〜〜〜〜む・・・・・」


メロディーヌは感心していた・・・・


「(あの男、本当に魔物の魔力に負けておらん・・・・でなければ、あそこまでされて
待てといわれてイエスと答えるわけが無い・・・・あの肝の小さな男がどうして耐えられるのか
わからんが・・・・・それでもあの男が自分の言葉を通せたのは何だ?・・・・)」


抱き合いながら動かない二人を見て・・・・・メロディーヌは頬を撫でて微笑んだ


「(・・・・・人間は成りたいものになる生き物・・・・可能性の塊・・・・)」


メロディーヌはぺろりと唇を舌でなぞる


「(・・・・フフフフフフ・・・・私も少々興味が湧いたぞ?デイヴ・マートン・・・・肝の小さい男)」


じゅんっと・・・・熱く濡れた。
















街から外れた場所・・・・次の街への街道にデイヴは立っていた。


「悪いな、荷物も持って来てもらって」

「礼を言われる事ではない、今回の事件は私が引き起こしたのだから」


横に立つのは、カメリア、メロディーヌ・・・・そしてベルベレット
ベルベレットはなんともいえない神妙な顔をしていた


「・・・・・・・・・・」


そんなベルベレットにデイヴは歩み寄る


「・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・」


ぽんっとデイヴの手が彼女の頭に乗せられて、ゆっくりと撫でる


「何黙り込んでんだよ、がきババア」


 ┛┗
 ┓┏


「ふん!!」

「!!オンドォル!?」


ハイキックがデイヴの股間に直撃した・・・・デイヴは股間を押さえながら転げまわる


「確かに貴様より数十年長くいきておるがのぉ?こんな喋り方じゃがのぉ?
がきババア呼ばわりされる言われは無いわ!!」

「っててて・・・・そうかよ」

「・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・」

「・・・・・・・ふふ・・・・フハハハハハハハハ!!そうじゃな、神妙な顔など儂には似合わん」

「へっ・・・・」


目の前に転がるデイヴは小さく笑った・・・・仰向けで此方を見上げてくる


「元気でやれ?また会う日までな」

「おう、お前な」


お互い、右手の拳をぶつけ合った。


「それではデイヴさん、お達者で」

「また会おう、肝の小さい男よ」

「・・・・・それではの」


三人は空間の裂け目に姿を消した、最後に見えたベルベレットの顔はやや赤くも見えた。
がらにもなく照れているのだろうか・・・・


「・・・・・・・・」


デイヴは起き上がり土埃を払うと、数日しかいなかった町を眺める。

ジルベルトとナフィーがこれからどうなるかは気になるが、それも二人の人生だ
せめて悔いのない人生を送って欲しいと、切に願う。


「・・・・・・・・さて、と・・・・」


あるいはもう答えなど出ているのかもしれない・・・・「魔物」と「人間」ではなく、
個人がどう向き合うかという答えに。


「いきますか・・・・ゆるゆると」


それでも歩く、歩いていく・・・・・西へ真っ直ぐ・・・・・真っ直ぐ









                                            To be continued_...

12/01/18 20:59更新 / カップ飯半人前
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■作者メッセージ
とりあえず本編すすませましょ、と言う事で書き始めたわけですが如何せんネタがありませんでした。

前から問題だったお姉ちゃんを出そうと言う事書いてみました。
そして、ここらで一つ魔物への答えを出してみようと思いました。

デイヴはとりあえず魔物とか人間とかじゃなくて「個人」を見るということにいきついた
と言う事を書きたかったのです。

昨今「あいつは〜〜だ」とか「お前〜〜だろ」と一つの括りにするのをよく見ますが。
そうじゃなくて、個人一人一人を見るのを面倒くさがらずに向き合って欲しいと感じます。

さてさて、次はエロティックお兄ちゃんのあの人達です。

毎度の事ながらご意見ご感想どしどし待ってます♪

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まろやか投稿小説ぐれーと Ver2.33