連載小説
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私と貴方と………♪
差し込む日差し。
頬を撫でていく生暖かな風。
時折聞こえる小鳥達の囀り。
そんな中で私は目を覚ました。
「んん、ん〜?」
上半身を起こして光が差し込んでくるほうを見た。
私の視線の先に見えるのは家。
この家と外装が似ている、この世界特有の家だ。
私のいたところとはだいぶ違う作りの家。
そして電信柱というものから伸びる黒い綱。
電線、だっけ。
なんとも奇妙で不思議な光景。
でもその電線の上に小鳥達が乗っていた。
さらにはその先に、突き抜けるような青空が広がっていた。
そのうえ窓から差し込んでくる日差しは温かく、とても明るい。
暑いとは感じるけどそれでも爽やかに感じる朝だ。
魔界にいたときにはそのどれも感じたことがなかったもの。
こんな世界も悪いものじゃないわね。
そう、感じた。
ただ少しばかり頭がぐらぐらする。
お酒でも飲んだかのように、いや。
それ以上に酷い。
どうしたんだっけ…。
頭でもぶつけたのかしら?
いまだにぐらぐらする頭を我慢して、そのままベッドを降りて着替えて―そう思って気がついた。
あれ?この部屋…どこなの?
一人で寝るには広い部屋。
魔王城の私の部屋と比べると小さいけど、それでもそれなりの広さのある部屋。
そばには昨日見たものよりも一回り小さいてれびが置いてある。
家具の数が少なく、鏡台があり、その上には化粧道具のようなものがある。
ここは…誰の部屋なのだろう?
男の子の部屋なんて見たことないから予想はできないけど…ユウタの部屋というわけじゃないだろう。
ユウタが化粧道具を必要とするわけないし。
アヤカの部屋…というわけでもないだろう。きっと。
それじゃあ…誰の部屋?
そう思って他に目に付くものを探したら…。
…あ。
これは…。
それは昨日目にしたもの。
ユウタが着ていた、薄い寝巻きらしき服。
前面を大きく肌蹴て着ていた服と同じ柄だ。
ユウタの…寝巻き、だよね?
しかしそれが何で私の尻尾に巻かれているのだろう。
私の尻尾が何でユウタの寝巻きに巻いているのだろう。
それも、ユウタのズボン。
何で…だろう。
そのところを見たところで人が寝ていたような跡は見られない。
シーツは整えられ、綺麗になっている。
だけど、湿っていた。
…汗、なのかな?
これだけ暑い日なら寝ている間に汗をかくのもわかる。
昨日は夕方だというのに暑かったし。
そして私の尻尾にあるのはユウタの寝巻き。
…ユウタはここに寝ていたのだろうか?
とりあえずそれを手に取ってみた。
ユウタの、寝巻き。
それも、ズボン。
こちらもまた少しばかり湿っているけど…やはり汗だろう。
「…。」
…ユウタ。
夜、夢で見たものを、思い出す。
私はユウタとキスをしていた。
夢の中といえリアルな感触だった。
柔らかい唇の感触。
男らしい胸板の手触り。
ユウタの、石鹸ではない匂い。
温かな体温。
荒くなった息遣い。
身を捩って逃げようとする素振り。
ユウタの精一杯の抵抗。
全てがあまりにもリアルだった。
夢というよりもあれは…現実に思えた。
唇に指を這わせてみせる。
自分自身の唇の感触。
これに重なった、ユウタの唇。
ハッキリと覚えているあの柔らかさ。
本当にあれは夢だったのだろうか?
そう感じてしまう。
「ユウタ…。」
自分自身顔が赤くなっているのをわかってる。
どうしてだろう。
こんな風に感じるのは。
なんでなんだろう。
こんなに胸が高鳴るのは。
そして体の奥が熱くなるのは。
この世界が夏だから、それだから暑いというわけじゃない。
体の奥から燃えるような。
肉体が火照ってくるような。
女として、求めるような。
ユウタを求めてるような…。
「…。」
手に持ったユウタの寝巻きのズボン。
少し濡れているが…汗の匂いが漂ってくる。
別の言い方をすれば…ユウタのにおい。
ユウタの…。
それもズボンだから当然下半身にはいていたもの。
それなら……。
「…っ!」
いけない。
何を考えてるんだろう、私は。
ユウタが履いていたズボンだから、何?
ユウタの匂いがするから…何?
…それ、だから……だから…。
だから…少しだけ。
昨日のことを確かめるだけ…だから。
夢の中で感じたことを確かめるだけだから。
少しだけ…なら…。
私はそのズボンを手にとって顔に近づける。
とたんに強くなるユウタのにおい。
少しばかりきつい。
それでも、そのにおいを嗅ぐと体の奥が熱くなる。
リリムとして、女として、疼きそうになる。
不思議。
まるで…媚薬みたい。
私はリリム。
サキュバスとして高位の存在。
それなのだから男を酔わすことは容易い。
男を惑わすことも簡単。
でも、これはどういったことだろう。
これじゃあ逆だ。
私が惑わされてる。
淫魔にとって男の人の精は生きていくに欠かせないものだとしても。
食料となるものだけども。
ただのにおいでここまで昂ぶるものだろうか?
まだ精をもらってもいないというのに。
ただ、ユウタのにおいを嗅いでいるというだけで…。
思わずもう片方の手が下腹部へと伸びそうになる。
いけない。
私は何をしようとしているの。
ユウタのズボンを手にとってそれで…それを使って…。
いけない。
やめないといけない。
そう思っているのに不思議と手は動いてしまう。
嫌だと思っても体を這って下がっていく。
拒もうとしても本能は止められない。
そうして、するりと吸い込まれるように服の中へと入っていく。
途中で寝てしまったから着替えるなんてことはできなかったから昨日と同じ服だ。
前面を大きく肌蹴たリリムとしての服。
それの、下腹部に手が入っていった。
下着のようなそれの中に。
そして手に感じたのは湿り気。
指先にたっぷり絡みついた粘液。
それも普段よりもずっと湿っているような気もした。
自分で慰めたことがあるかといわれればそれは…ある。
だからといってここまでは知らなかった。
ここまで体が熱くなることも、ここまで女が疼くことも経験していない。
初めての感覚。
そうなったのはユウタによって…。
「ふぅっ♪んん…♪」
私は、何をやっているの…。
何でこんなところで自分を慰めてるの…。
こんな…こんなの…っ。
やめたいとは思っても体は言うことを聞いてくれない。
止めようと思っても指は動き出し、私を慰めに掛かる。
指はただ表面をなぞっているだけだというのにぞくぞくした快楽が上ってくる。
ただ触れているというだけで。
「ふ、ぁっ♪」
ダメ。
やめないと。
ダメ。
手を止めないと。
ダメ。
これ以上は…求めちゃ…いけないっ!
そう思ったところでそれは意味がない。
体は正直に快楽を求めている。
ユウタを、求めている。
本当なら夢の続きを見たかった。
でもそれはできそうにない。
同じ夢を二度も見れるわけがないだろう。
見れたら見れたで奇跡だけど…でも。
それ以上にこの行為を止めるということができないから。
ユウタのにおいを嗅いで、体が止まらなくなってしまった。
「んんっ♪ふ、あぁ♪」
ダメ…っ!声が、漏れちゃう…っ!
それでも指は止まらない。
駆け巡る快楽も止まらない。
にちゃにちゃと淫靡な音が聞こえてきても。
ここが私の部屋でないということを理解していても。
体の火照りは。
心の昂ぶりは。
止められそうにない。
「ふぅぅ、ぁ、はぁ♪…はっくっ♪」
快楽へのせめてもの抵抗として私はそれを噛んだ。
ユウタの履いていただろう寝巻きのズボンに噛み付いた。
それで何とか声を押し殺すのだけど…当然先ほどよりも匂いが強くなる。
それから体も熱くなる。
快楽だって、とんでもないくらいに…。
「んん…ふ、ふぅ♪んー…っ♪」
こんなことなかった。
今までなかった。
きっと、ユウタのせい。
夢の中でキスをしたせいだ。
そのせいだから、私の体は止まらなくなってる。
火照って、燃えて、求めてやまない。
ユウタが欲しい。
ユウタと触れ合いたい。

―ユウタと、したい。

「ふ、んんんーっ♪」
はぁ、ダメ…♪
もう、イきそ…♪
荒い息を吐いて、体を震わせて。
果てる、ちょうどそのときだった。


「な〜にしてるのさ。お父さん達の部屋で。」


「ふむっ!!?!?」
心臓が止まるかと思った。
体の動きが一瞬にして止まった。
その声。
それは誰だか聞き覚えがある。
昨日ともに話していた…アヤカの声…!
「朝ごはんできたから…起こしに来たんだけど…ふぅ〜ん…。」
声のするほう、この部屋の出入り口。
顔だけ向けてみればそこにはドアを開け放ち、そのままもたれかかっているアヤカがいた。
気だるそうにして。
呆れた顔で。
寝起きなのだろうか寝癖だらけで乱れた髪。
眠そうに、今にも閉じてしまいそうな目。
そして服は白いウサギの描かれた黒いシャツに…下にはそのまま、水色の下着。
昨日とあまり変わらない姿。
…私が言うのもどうかと思うけど…はしたない格好ね。
って、そうじゃない。
私は噛み付いていたユウタの寝巻きを震える手でそっと置いた。
「いつ、から…!?」
見られていた。
私のしていたことを。
声を押し殺していたとしても何をしていたのかは彼女からしてみればわかってしまうだろう。
というか、わかってるはずだ。
私がしていたことを。
私が手に持っていたものも。
「…朝っぱらからですか。さすが淫魔は違いますね。お盛んですね。」
なぜだかアヤカの言葉が敬語になっていた。
というか、距離を置かれていた。
「ち、違うのっ!」
慌てて私は彼女に弁解する。
違うって言っても…何も違わないけど。
でも、違う!
これは夢の中でユウタとキスしてて、そんな夢を見たせいで体が火照って治まらなくなっちゃって。
だから…っ。
そのせいだから…っ!
そんな私の心の内なんて関係ないといわんばかりにアヤカはため息をついた。
呆れていることを隠すこともなく。
私のしていたことを気にすることなく。
「とにかくそれ、洗っちゃうから貸して。あまりにも不自然でしょ?」
そう言って手を出してきた。
その手が求めているのは…私の手に持っているものだろう。
ユウタの寝巻きのズボンだろう。
…私の唾液でべちゃべちゃになっちゃったけど。
確かにここまで濡れているのを見れば誰でも不自然に思う。
この暑さなら夜までに乾くだろうけど、今は。
誤魔化すのは難しい。
とりあえず私はそれをアヤカの手に渡した。
彼女はそれを大して面白くもなさそうに眺めて、大雑把にぐちゃぐちゃに畳んだ。
そして一息ついた。
「シャワーでも浴びてきたら?昨日は入ってないんでしょ?」
そういわれて気づく。
そうだった。
昨日はいつの間にか寝ていてシャワーなんてものは浴びてなかったんだ。
寝ちゃって、夢見て…。
ユウタと、キスしてて…。
「…何赤くなってるのさ。」
「い、いや、なんでもないわ…。」
いけない。
顔に出てたみたい…。
思い出さないようにしないと…。
あれは夢で、現実じゃないんだから。
「何?どうしたの?まさか…まだしたいっていうの?」
「っ!?違うって!」
なんていうか…アヤカ、デリカシーに欠けるのね。
というか昨日とはまた大きな違いだ。
昨夜のとき、握手したときとは反応が違っている。
戻っている?
棘がまた出ている?
というか、心なしか不機嫌にも見える。
…寝起きだからというわけでもなさそうだけど。
「ふ〜ん…それじゃあ、ちゃっちゃとシャワー浴びてきてよね。ご飯だってできてるんだから。」
まるで自分が作ったかのように言ったアヤカだけど…そのご飯。
きっとユウタが作ったんだろうなぁ。
アヤカ、昨日みたいに何もしてなかったんだろうなぁ。
というか、彼女もまた先ほど起こされたのだろう。
いまだに目を眠そうに擦ってるんだし。
それを見て少しばかり微笑ましくなる。
可愛らしい。
不思議とそう感じてしまう。
憮然とした態度なのに、ただ目を擦っているだけだというのに。
何度も思ってしまうけど彼女はいろんな人にもてるんだろう。
「…何?」
「あ、いや…何でも…。」
見ていたら不振に思われたらしい、先ほどよりも顔が歪んだ。
いけないいけない。
こんなところでアヤカを怒らせたらなんだかとんでもないことになりそう。
「ふ〜ん…?」
納得いかないような表情を浮かべながら彼女は歩き出す。
気だるそうに、ゆっくりと。
…本当に寝起きなんだろう、体が左右に揺れてる。
今にも倒れそうなくらいに。
それもまた、可愛らしい。
そう思っていたがその考えはすぐに変わった。
アヤカの発言によって。
「ゆうた〜?ゆうたのパジャマの股間の部分がべちゃべちゃしてるんだけど〜?洗ったら〜?」
「っ!!??ちょっと!!アヤカ!!!」



あの後、アヤカに進められるままにシャワーを浴びて、予備で用意していた服(魔法で特殊空間にしまっていたもの)に着替えて。
そして今。
私は椅子に座っていた。
昨日と同じ夕食をとったところに。
そして同じようにユウタとアヤカも座っていた。
朝食は白米、焼き魚、それと味噌を使ったお味噌汁というジパング料理の定食に似たもの。
こちらでは典型的な朝食らしい。
アヤカが焼き魚を見たとき顔を嫌そうに歪めていたけど。
そしてこれは昨夜同様に箸を使わなければいけない。
箸を使わずにスプーン、フォークを使えばいいといわれていたのだけど昨夜甘えてしまった以上また甘えてしまうことになってしまう。
というか、再び甘えてしまった。
今更スプーンとフォークを使わせて、何て事を言うのは図々しいと思ったからだ。
でも、これは。
この状況は、ちょっときつい。
それは夢でキスした相手が目の前にいるから。
ユウタが、いるから。
黒い長ズボンに黒いシャツ。
ただし、ノースリーブの服で腕が惜しげもなく晒されている。
細くも逞しいユウタの腕。
私の姿とはまた違う、健康的で露出が多い姿だった。
そんな格好をしたユウタもまた気まずそうに視線を合わさない。
どことなく顔が赤くなっているのは気のせいだろうか…。
気まずそうに、動きもまたぎこちないものになっていた。
どうしたのだろう。
さらに言うとユウタの首筋に何か跡を見つけた。
赤くなっているそれは…どうしたのだろうか。
傷らしい傷はないけど…。
内出血だろうか。
虫に刺されたのなら膨らんだりするだろうし…。
「チッ。」
その跡を見ていたらなぜだかアヤカに舌打ちされた。
どうしてこうも朝から不機嫌になっているのだろう。
朝食がそれほどまでに気に入らなかったのかしら?
「ほら、あーん。」
「え、あ、あ〜ん…。」
昨夜と同じようにユウタに箸を使ってもらって食事をする。
しかしそれは昨夜と違ってやはりぎこちない。
恥ずかしい。
そして照れてしまう。
夢の中でキスしたことを思い出してしまう。
昨夜もしたというのに橋が伸びてくるたびに私の心臓が高鳴った。
いけない、落ち着かないと。
しかしそう思ったところで体は逆に期待してしまう。
夢の中のことを、さらにその先を…。
いけない。
さっきだってあんなことをしちゃったっていうのに…っ!
同じように気まずく視線を外すユウタと違ってアヤカは昨日と同じ。
ただ、不機嫌そうに私を見つめていた。
結局のところ、今朝はユウタとまともに顔を合わせることができなかった。
黒く、闇のような瞳を見ることも出来なかった。


その後、午前中。
昨日のように外を見て回ろうかと思ったけど外があまりにも日差しが強い。
そして、暑い。
夏だからとはいってもここまで暑くなるとは思ってなかった。
世界が違うと環境も一気に変わるのね。
こんな中外に出るのは流石にきつい。
それに、私には魅了がある。
外に出たところでまた人々を魅了してしまいたくはない。
リリムというのは本当に難儀な体質なのね。
それなので私は今ユウタのお手伝いをしていた。
掃除や食器洗い。
そして…洗濯。



「これに入れて…洗濯するの?」
「そ。洗濯機って言って自動で洗濯してくれるんだよ。」
私達の目の前にあるのは白くて大きな四角形のもの。
これが…洗濯をしてくれるもの?
私のいたところではメイドが洗濯していた。
それも魔法を使ってすぐに済ませていた。
魔法の存在しないこの世界ではこういったものを使っているのね。
正面の真ん中、大きく丸いドアのようなものが付いてるけど…これに入れるのかしら?
「よっと。」
ユウタはそれを開けて穴の中に服を次々と入れていく。
ピンク色の籠、洗濯物を入れておくものだろう。
手馴れた手つきで入れていく中、手が止まった。
あるものを掴んで。
「…。」
「っ!!」
それは、ユウタの履いていた寝巻きのズボン。
それを見て怪訝そうな顔をしていた。
おそらく、それが濡れていることに対して不審に思っているのだろう。
汗で濡れているにはあまりにも湿りすぎているからだろう。
「…いつの間にこんなに濡れたんだ?」
「そ、そんなことはいいから早く洗っちゃいましょ!」
私はひったくるようにそれを奪い、先ほどユウタが入れたようにせんたくきというものに突っ込んだ。
慌てた私の様子を見てさらに不審に思うだろうけどかまわない。
それどころじゃない。
万が一、その湿ったものが何なのか気づかれたら終わってた。
大切なものが砕けてた。
というか、失われてた。
…アヤカに見られた時点で終わってるかもしれないけど。



そんなこんなで時間は過ぎていき、お昼ご飯に冷やし中華というものを食べ(これも当然食べさせてもらうことになった)、そしてもう日が沈みそうだという頃である。
窓の外には昨日見たのと同じように燃えるような赤い光が差し込んでいた。
昼間に比べれば随分と涼しくなったように感じる。
もう夕方なのね。
随分と早く感じる。
魔王城にいたときよりも、街へ出て夫となる人を探していたときよりも。
ずっと、早く時間が過ぎていく。
ここが別世界だから…ということはないと思う。
普段と違うことをしていたから、というわけでもないと思う。
理由は…たぶん。
ユウタの隣にいたからじゃないだろうか。
ユウタと共に過ごしていたからじゃないだろうか。
この日、朝からユウタの隣にいて。
お手伝いをしていたけど。
どれも楽しかった。
普段はメイドに任せたりしていたけど、やってみるととてもやりがいがある。
…いや、そう感じるのもまたユウタのおかげだと思う。
隣にいるだけで楽しかった。
傍にいるだけで温かかった。
そう、感じることができた。
本当に、不思議。
「本当に…。」
「うん?」
独り言のように呟いた声が聞こえてたらしい。
昨日と同じようにソファに座っていたユウタが顔を上げた。
手に持っている本から視線を私に移す。
隣に座っている、私に。
「どうした?」
「ううん、なんでもないわ。」
そう言って誤魔化すのだけどわかる。
自分の顔が熱くなるのを感じる。
昨夜の夢のことを思い出したからじゃない。
この部屋が暑いからじゃない。
胸の内から焦がされるような。
心の底から火照るような。
温かな気持ちになれる。
この感情がなんだか私は知らない。
この気持ちがどんなものか私は知らない。
今まで抱いたことはないから。
今まで感じたことはなかったから。
…でも。
これがなんなのか、どことなく理解していた。
あやふやだけど、しっかりと。
自覚、していた。

―私は、ユウタに…。

「ゆうたー?」
そう考えていたそのとき。
アヤカがユウタを呼んだ。
「うん?」
「そろそろ。」
そう言って指で示す。
人差し指を曲げて、来いとでも言わんばかりに。
それを見たユウタは小さくため息をついてソファから立ち上がった。
疲れたような、呆れたような。
アヤカと同じように、そっくりな仕草で。
「ちょっと準備があるから待っててくれ。」
「あ、うん。」
準備…?
いったいなんのだろうか?
それを聞こうとしたのだが一歩遅く、リビングのドアを閉めてユウタは出て行ってしまった。
音を立てずに閉まったドア。
隔てて聞こえた足音は小さくなり、そんなに離れていない場所だろうドアを開ける音が聞こえた。
…何をしにいったのだろうか?
準備って…なんのだろう?
アヤカの言葉、そろそろってお祭りのこと、だよね?
お祭りの準備って…?
…気になる。
とても、気になる。
ここが別世界ということもあって何をしているのかとても気になる。
私は好奇心を抑えられずに動き出してしまった。
他人の家でしてはいけないだろう事なんだけど、ユウタとアヤカのいる部屋を探すことにした。
リビングのドアを開けて、音を立てずにドアを閉めて。
そして歩き出す。
勿論足音一つ立てることなく。
翼を使って飛べば足音なんて立たないだろうけどそっちのほうがうるさくなってしまう。
そんなことをしたら当然気づかれる。
だから、足だけで。
二人が何をしているのかを知るために。
気づかれることなく探ってみる。
そんな風にしているとすぐに部屋が見つかった。
というかリビングの向かいだった。
茶色い横開きのドア。
たしかあの部屋は和室だとユウタが言ってたけど。
二人して入って何してるのかしら?
そのドアに近づき、耳を近づけた。
あまり厚くはないのだろう、聞こえにくいがそれなりに音が聞こえる。
それから、声も…。

「…ほら、手を上げろよ。」
「待ってよ、ちょっと。」

…?
本当に何をしているのだろう?
わからないわね。
仕方ないので聞き続けることにする。
耳をドアにくっつけて。
より音を拾えるように。
中の様子がわかるように。

「早く脱がしてよ。」
「わーかったよ。」

「っ!?」
脱がしてって…言ったの?
アヤカが、ユウタに脱がしてって…言ってたよね?
え?二人はいったい何してるの…!?

「どうしたんだよ。久しぶりだから緊張でもしてんのか?」
「馬鹿。そんなこと言わずにさっさとしてよ。」
「はいはい。」

…久しぶり?
えっと…何が…久しぶりなのかしら?
脱がして、それで…?
えっと…違うのよね?
きっと…違うのよね?
二人してそんな、まさか…。

「ほら、そこあげないと入らねーだろ?」
「あげてるでしょ!」
「もう少し自分でも動かせって言うんだよ。」
「ったく!ほら!」

……えっと。
違う、んだよね?
あげるとか、入るとか、動かすとか…。
なんだかそういうふうに聞こえちゃうけど…違うんだよね?
…そうだよね?

「…きついか?」
「んー?とりあえずは平気。」
「そか。それじゃあ、やるぞ?」
「んー…っ!ちょっと、それ…ぁっ!」
「仕方ねーだろ?これいぐらやらねーと締まらないんだから。力抜いとけよ。」
「くっぁっ!ふ……ん、ふぅっ…!」

…アヤカがつらそうな声をあげてるんだけど。
…ユウタがわからない言葉を言ってるんだけど。
いや、意味はわかっている。
ユウタの発言の意味は、わかっている。
でも状況がわからない。
だって…これって。
締まらないとか、力抜いとけとか…。
まるで…その…。

「馬鹿っ!強すぎ、だって…ぅあっ!」
「もう少し我慢してくれよ。そろそろ…仕上げに、入るんだからよ。」
「だからって…もう少し優しくしてよ、ねっ!」
「優しくしてるんだよ、これでも。ほら、ここを引っ張って。」
「んんっ!」

……ね、え…。
これってその…それだよね?
どう考えても…その…してる、よね?
ユウタとアヤカ…手馴れてるみたいだけど…これ…。
やっぱり、してる、よね…!?

「ほら、こっち向けよ。」
「ちょっと…っ!」
「んー?いい格好になってるじゃん。これなら十分いけるな。」
「馬鹿…荒いんだよ。」
「何が馬鹿だよまったく。ほら、仕上げしてやるから、手はこっちにまわしとけよ?」
「あっ…。」

……。
…どうしよう。
いけないものを聞いちゃった…。
知ってはいけないものを知っちゃった…。
これならユウタの言われたとおりに待ってるべきだった。
待っていたほうがどれほどマシだったか…。
…とりあえず。このまま気づかれないように戻るしかない。
これを聞かれたとあったらアヤカは確実に怒る。
もしかしたらあの優しいユウタも、怒りそう。
だから、ばれないうちに逃げないと。
何事もなかったように装わないと。
感じたのはこのことを知ってしまった後悔と、それから胸の内に感じる少しの痛み。
そっか…ユウタとアヤカは…そうなんだ…。
なぜだかわからない。温かな気持ちが冷めていく気がした。
邪魔しちゃいけない。
水を差しちゃいけない。
二人のしていることに。
二人の関係に。
そう思った私はドアに手を突き、体を離す。
そっと、力を加えないように。

―しかしそれは思った以上に力が入ってしまっていた。

私自身、横開きのドアなんてそう見たことはなかった。
確か…ジパングという国ならそんなドアがあった。
ただ、見ただけだけど。
だから知らなかった。
そのドアにどれくらいの力なら耐えることができるのか。
どれほどの力が加わると倒れるのか。
知らなかった、から。
私はやってしまった。
ドアを倒してしまった。
倒れてしまったドア。
同じように倒れた私。
そして、自然と目が合ってしまう。
ユウタと、アヤカに。

「あ。」
「ん?」
「っ!!」

…やっちゃった。
………見つかっちゃった。






→リリムルート
11/08/24 20:35更新 / ノワール・B・シュヴァルツ
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■作者メッセージ
ということでした!
朝からお盛んですね、フィオナはw
昨夜の出来事で体が火照っていたとはいえ…お姉さんに見つかるのは不幸でしたねw

そして主人公とお姉さんの悩ましい会話ですw
いやぁ、二人は何をしているのでしょうか!
それは次回に!

次回、フィオナ視点でまたとんでもないハプニング起こしますよ!
主に主人公とフィオナがw

それでは次回もよろしくお願いします!!

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