連載小説
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あたしとあんたと叶わぬ想い
「…いくら人間じゃないからってそんな技使うのはどうかと思うんだけど…?」
「そう?これくらいやったぐらいがちょうどいいでしょ?」
そういったあたしはゆうたの上に寝転がってるフィオナを見た。
瞼を閉じて、眠ったようにしている。
というか、眠らせた。
というか気絶させた。
別に難しいことじゃない。
ただ単に頭を張っただけだ。
平手で、軽く。
そして頭の中まで響くように。
確か…ゆうたの言うところの『掌底』に似た技。
頭の中へ衝撃を送って意識をたつというもの。
あたしも武術をやっているのだからそれくらいはできて当然だ。
そんな技の一つくらい学んでる。
ただ少しばかり乱暴な技。
もしかしたら傷ついちゃったかもしれないし、起きたときに頭がぐらぐらするかもしれないけど…まぁ彼女は人間じゃないんだから平気だろう。
もしこれで眠ってくれなかったらフライパンで殴ろうかと思ったのだけど…どうやらその必要はなかったようだ。
あたし自身フライパンなんかで殴るのは気が引ける。
だってあれ、油っぽいし。
それに重いし。
とにかく面倒なことにならずに気絶させられて良かった。
っていうか、フィオナは何聞いていたのだろう。
あたしがリビングでするなって言ったのを聞いていなかったのだろうか?
リビング以外でしていたのなら止めようとは別に思わなかったというのに。
いや、そうじゃないや。
ゆうたが嫌がってるんだから、止めなきゃいけないだろう。
まるでお酒に酔ったみたいだったフィオナ。
あんな状態でしたとしてもゆうたは喜ばないだろう。
それに彼女もまた後悔したんじゃないか?
…いや、後悔はしないかもしれない。
結局のところ彼女もまたゆうたに惹かれてきたんだから。
ゆうたに好意のようなものを抱いていたのだから。

―まるであれらのように…。

「…っていうか気絶させる必要あったのかよ?」
ゆうたは呆れたような顔をして言った。
先ほどのキスのせいだろう、顔はまだ赤みを帯びていて吐く息も荒い。
ぜぇはぁとまるでマラソンをした後みたい。
「仕方ないでしょ。水を飲ませるにもそんな酔っ払った状態じゃ飲んでくれそうになかったし。」
「だからって頭やってまで気絶って…。」
「それじゃあ、あのまましたかった?」
「…。」
ゆうたが何も言わなくなった。
それがどうしてかわかる。
あたしの言ったことが半分図星だからだ。
ゆうたはしたいとは思っていない。
それでも、どこかその先を望んでいるように感じていた。
理性は拒んでいるというのに本能は望んで受け入れていた。
それが嫌だったのだろう、ゆうたは。
それがどうして嫌なのかもわかってる。
だってあたしとゆうたは双子。
今まで十八年間共に過ごしてきた仲だから。
お母さん、お父さん、お姉ちゃん達よりもずっと近い存在だから。
それこそ片割れといってもいいくらいに。
…二卵性、なんだけどね。
「それにしたって…あんなもん見せるなよ…。」
あんなもん?ああ、それね。
「それじゃあ見せずにいたほうがよかった?そのままお風呂場に行きそうな勢いだったけど?」
「そのせいでオレは襲われたようなもんだぞ?」
「それはあんたがそれを飲ませたからでしょ?」
「…。」
「それとも何?見せずにそのままお風呂に行かせたほうがよかった?」
「…。」
ゆうたは何も言わない。
いえるわけがない。
ゆうたの図星となるところを言っているんだから。
揚げ足を取るのは得意なんだから。
ゆうたがあたしに口で勝てるわけがないんだから。
それでも、思う。
「別に拒む必要なかったんじゃないの?」
「…は?」
あたしの言葉にゆうたは素っ頓狂な声をあげた。
何言ってるんだこいつは。
そう言いたげな顔をして。
わかってるんだろうが、というような顔もして。
「別にそこまでの美人の欲求を拒む必要はないんじゃないの?」
「…あやかさ、わかってるだろ?」
わかってる。
ゆうたがそんな酔ったような状態の相手としたところで喜びはしないこと。
それからゆうたが彼女に抱いているもの。
その感情だって、わかってる。
それでも。
わかっていても聞きたくなるものはあるんだから。
あたしは女。
ゆうたは男。
いかに双子といえど男と女じゃ価値観が違う。
ゆうたの気持ちがわかったところでゆうたの男を完全に理解するのはできないのだから。
だから、気になる。
本当はどうだったのか。
あれほどの美人に求められてどうなのか?
男だったら頷いてそのまま行為をしてしまいたかったんじゃないか?
男だったら嬉しい展開じゃないのか?
キスをしてまで拒む必要があったのか?
別にそれ以上しても問題はなかったんじゃないか?
ゆうたは先ほどのキスが初めてだ。
そしてフィオナのほうも、そうだろう。
あれを見ていたときの反応、あまりにも初心な感じがした。
淫魔というものには相応しくないほどに。
顔を赤くしてみていた彼女は性に疎いようなものを感じる。
いや、疎いというか、知識はあっても経験がない。
そんな感じ。
そんな二人なら別にやめることもなかったんじゃないの?
二人とも興味はあるはずだろうし。
片方にいたっては好意を抱いてた。
ゆうただって満更でもないはずだ。
だから。
「別にさ、キスしちゃったんだからそれ以上してもよかったんじゃ―」


「―…あやか。」


一瞬で声色が変わった。
ドスの聞いた低い声。
普段からゆうたと接している人が聞けば確実に恐れ慄く声。
初対面の相手だろうと一気に縮み上がらせる声。
その声は紛れもない。
ゆうたの怒っている証拠。
いけない。
この声はいけない。
この調子は本気で怒ってる。
触れてはいけないところに触れてしまった。
これ以上はさせちゃいけない。
これ以上を知ってるからこそ引かないといけない。
ゆうたらしい。
誰かのために本気で怒る。
親しくなったもののためなら容赦なく怒る。
あのときのように。
自分自身がどうなろうと構わずに。
「…ごめん。」
「…。」
あたしの声が聞こえていたはずなのにゆうたは返事をしない。
ゆうたはあたしを無視して手から落ちたペットボトルを掴む。
床に転がっていたそれは既に中身は少なくなっていたおかげだろう、零れた跡はない。
それをとってゆうたは飲み干した。
息継ぎなどはしないで一気に。
口の中のものを流すように。
先ほどの行為を忘れるように。
しかし、淫魔の口付け。
それくらいで流されてはくれないらしい。
どうやらそこらで売ってる炭酸飲料水が勝てるわけもなくあまり意味のないことだったようだ。
その証拠にいまだ甘ったるいものを口にしたときのような表情を浮かべている。
甘い。
それも、異常なくらいに。
酔ってしまいそうなくらいに、甘い。
だからこそ口直しをしたいという顔。
っていうか、先ほど口をつけたペットボトル、ゆうたは気づいているのかわからないけど…あれってフィオナが口つけてなかったっけ?
ちゃっかり間接キスしてるのに気づいてないな、あれじゃあ。
そもそもキスした後じゃ間接なんて気にすることも出来ないんだろうね。
混乱してて。
「…。」
何か別のもので口の中を流そうとしてゆうたは立ち上がった。
確か冷蔵庫の奥にはまだゆうたの買ってきた飲み物があったっけ?
それを取りに行くつもりだろう。
でも、それ。

―あたしが全部飲んじゃったからなぁ…。

流石に全部は悪いと思ってあの炭酸のやつだけ残しておいてあとは全部もらっちゃった。
仕方ないよね、夏なんだし。
暑いんだし喉乾くんだし。
ちょうどいいところに置くのが悪いんだよ。
でも、今のゆうたにそれが知られたら怒られるだろうけど。
「…っ?」
「うん?」
どうしたのだろう?
ゆうたが動かない。
いや、動いてはいるんだけどその場から離れられない。
フィオナをソファに寝かせ、立ち上がり歩き出すというところで止まっている。
これ以上前に進めないというように。
何かに進むのを拒否されているように。
それを見て、わかった。
それというか、ゆうたの足を見て納得する。
「足。」
「ん?」
ゆうたの太腿。
それは筋肉によって引き絞られたもので細い。
それでも筋力はとんでもない。
それ以上にあの足での逃げ足がとんでもないのだけど。
その足に、巻きついていた。
白くて長くて細いもの。
あの猫かぶりの猫からしたら随分太くて長いもの。
以前みたあの緑色の鱗をした龍のような女も持っていたもの。
あれと比べるといくらか細いけど…あたし達からしたら太いもの。
っていうか持ってないから比べるようなことはできないんだけど。
それは尻尾。
白くて先端がハートの形。
ゆうたの太腿に強く巻きつきそう簡単には離れられそうにない。
というか、解けないようにきつく巻きついている。
離れないように。
離さないように。
長らく会えなかった相手にようやく会えたかのような。
想い続けた相手の傍から離れたくないというような。
それは駄々を捏ねる子供のようにも見え、どう見ようと大人に見えない甘えん坊みたい。
そんな感じ。
「…。」
ゆうたが離そうと掴むが離せない。
あまりにも硬く巻きつきすぎている。
血、止まるんじゃないのかなあれ?
どうやら先ほど途中で気絶させたことが悪かったらしい。
キスしていたときに巻きついたそれが途中意識を落としたせいで巻きついたままになっちゃったみたい。
…なるんだ、そんなふうに。
「…取れないんだけど?」
「…見りゃわかるけど。」
「…取るの手伝ってくれね?」
「…。」
手伝えって…。
あたし達にないものをどうやったら取れるのかわかるわけないでしょうが。
…あ、そうだ。
それを思いついたあたしは外へ行こうと歩き出した。
「…あやか?」
「ちょっと外から鋸取って来る。」
「…切り落とす気かよ。」



あの後あたしはお風呂に入ってパジャマに着替えてあるところに座っていた。
あるところ。
それはあたし達のお父さんとお母さん二人の部屋。
夫婦の部屋のベッドの上である。
そこに寝ているはずの二人は今日はいない。
だからそのベッドを使うものはいないのだけど…でも。
今その上で寝ている二人がいる。
ゆうたとフィオナ。
その二人。
並んで、離れて寝ている。
できるだけ近づかないように。
ベッドの端と端で寝ていた。
どうやら先ほどから巻きついた尻尾はいまだに取れそうにないらしい。
だからこうするしかなかったとはいえ…。
この尻尾…先ほどよりもきつくなっている気もする。
いつになったら取れるのだろう。
ゆうたは取れない尻尾を前にあきらめたらしい。
切り取る…のは流石にやりすぎだとしても。
別に無理やり取ることもできただろうが…どうやらゆうたはそういうものを好まないようだ。
わかってはいるけど、相手に痛みを与えることはしたくないみたい。
まぁ、相手が女性だからというわけだろうけどね。
とりあえずそのまま寝ることにしたようだ。
よくもまぁそんな手段が思いついたもんだよ。
まったく。
馬鹿な弟だこと。
本当に…。
「馬鹿な弟だよ、まったく。」
そしてあたしはそのベッドに座っていた。
ゆうたの隣に。
寝ている二人を見るように。
「…。」
ゆうた。
そして、フィオナ。
リリムでサキュバスの上位の存在で、淫魔。
人間じゃない存在。
そんな存在がゆうたの傍に来るのはいつものことだった。
前から、昔からそうだった。
先ほどフィオナに話たものだけど、あれはまだまだ序の口だ。
本当はまだまだいる。
それも、両手の指を使って数えられるようなものじゃない。
ゆうたの気づいていないものを数えればそれこそきりがないくらいに。
そうなるのは仕方ないこと。
それがゆうたの体質、なのだから。
体質。
どうやったところで改善しようのないもの。
あたしとはまったく逆の体質。
逆。
思えばそうだった。
あたしとゆうたは何かと逆なんだ。
互いに足りないものが足りている。
あたしにないものをゆうたは持っていてあたしが持っているものをゆうたはもっていない。
その中で最悪なのがこの体質。
変なものを、そういうものをひきつける体質。
それはゆうたの優しさが引き起こしているのか、ゆうたの馬鹿みたいな自己犠牲が生んでいるのかわからない。
あたしと逆の、体質。
あたしはゆうたと違ってそういうものに好かれはしない。
むしろ嫌われやすいというところか。
そして、その反対に人には好かれやすい。
ゆうたと違って。
ゆうたとまったく逆に。
普通の人には好かれやすい。
引きつけるか、好かれるか。
嫌われやすいか、離れやすいか。
そんな違い。
それがなんなのかはわからない。
それはあたし達の思い込みだったらよかったけど。
そうじゃないから嫌なんだ。
実際ゆうたが引き寄せてることはわかってる。
今まで見てきたのだから。
猫に提灯。
龍に吸血鬼。
それに人魚。
まだまだいる。
これなんてまだまだ一片にしか過ぎない。
お父さんの実家。
あそこは山で囲まれた田舎だからだろう、そういうものが住みやすいんだ。
いや、違う。
そういうものを住まわせた。
誰でもない、お父さんの親。
あたし達にとってのおばあちゃんとおじいちゃんが。
いくつもの社なんて建てて、そういうものを住まわせた。
片田舎の社なんて作ってしまえばこっちのもの。
それが年季の入っていないようなものでも神聖なものだと感じさせることはできる。
それゆえ、人を山へ深く立ち入れないようにしている。
万が一、その姿を見られても神様と思われるように。
誤魔化せるようにして二人はそれらを住まわせた。
どこから来たかわからないようなものに優しく接して。
不審に思っても、人のように扱って。
優しすぎるんだよ、あの二人とも。
それに似てゆうたも優しくなりすぎた。
そして、その体質が悪化した。
人間じゃないものほどゆうたの周りに現れやすくなった。
人ならざるものが沢山ゆうたに惹かれやすくなった。
異常なものほど関わりやすく、異質なものほど引き寄せやすい。
ゆうたの厄介な体質で。
ある意味フィオナの『魅了』に似ているのかもしれない。
だからじゃないのだろうか。
ゆうたに彼女の魅了が効かないのは。
遠慮深いからじゃない。
自分じゃつりあわないと卑下しているからじゃない。
ゆうたが彼女とどことなく似たものを持っているから、じゃないのだろうか。
なんて、あってもいないだろう推測を立ててみた。
そもそも『魅了』なんてものがどういったものなのかわからないから推測だってただの妄想にしかならないんだけど。
「…。」
あたしは眠っているゆうたの頬を撫でた。
そっと。
指先で、くすぐるように。
安らかな寝顔。
普段起きているときには浮かべないだろう顔だ。
いつからこうなってしまったっけ。
いつの日からゆうたはこうして我慢してたっけ。
人前じゃ無理をして、自分の気持ちを押し殺すようになったんだっけ。
いつから…。
「…。」
あたしは隣のフィオナをみた。
こっちはゆうたとは違って満たされたような笑みを浮かべながら寝ている。
さっきの行為の先を夢の中で見ていたりするのだろうか。
いやらしい笑みを浮かべている。
彼女はリリム。
彼女は人間じゃない。
あたしの嫌いな存在。
本当は、嫌いというわけじゃない。
あたしはただ、ゆうたが人間らしい恋をして、そのまま幸せになってくれればよかったんだ。
人間の女の子と恋をして、普通に生活して、そして死ぬ。
人間らしい幸せを感じてくれればよかった。
だってそれは。

―ゆうたをこんな風にしたあたしの責任だから。

ゆうたが蔑まれる原因を作ったあたしの責任。
ゆうたがこんな自己犠牲になったのもあたしの責任。
だから。
せめてそこまでのことはしたかった。
普通の人間との恋を手助けしたかった。
でも、そうならないのが世の中で現実なんだから。
人間じゃない存在をよく引き寄せるのがゆうたなのだから。
それだとしても。
これくらいはしてやらないと。
あたしが、ゆうたをこんな風にしてしまった責任を取らないと。
でも。
それについて一度だけ言われたことがある。
ある人物に…いや。
あれは人じゃないや。
人じゃなく、あれもまたフィオナと同じような存在なんだろう。



「君はユウタにくっつきすぎだと思うんだよね。」
そう言ったのはあたしの一番嫌いな存在。
灰色の長い髪。
普段から崩れないニコニコ顔。
初めてみたときとは全然違う表情。
あの時はもっと凛としていた表情だった。
笑みなんてものはない。
澄み切った水のような。
研ぎ澄まされた刃のような。
そんな、感じだったのに。
「君はブラコンの気があるんじゃないのかな?」
「…何が言いたいのさ?」
ゆうたが空手を習うからというので興味本位で見に行ったときとは全然違う。
随分と久しぶりに会って感じた印象。
なんていうか…随分柔らかくなったというか。
丸くなったというか、蕩けたというか…。
蕩けたって言うか、どろどろになったというか……。
…溶けてない?
大切なもの、溶けてない?
「あまりにもユウタのことを気にしすぎなんだよ。ユウタも立派な男の子。もう独り立ちできるような年頃でしょ?」
「…。」
「君はユウタにいろいろと世話を焼きすぎっていうか…いや、違うや。

―君はただ、嫉妬してるんだよ。」

嫉妬。
彼女は楽しそうに、それでいて冷ややかに言った。
嫌な笑みを見せ付けて。
あたしに静かに言った。
「本当はユウタの傍に寄ってくる彼女達に嫉妬してるんだ。」
そう言った。
「ユウタが優しくしてることに嫉妬してる。ユウタが彼女達に接してることに嫉妬してるんだ。それが嫌だと君は駄々を捏ねてる。気に食わないってね。ただ、それだけなんだよ。」
「…。」
その表情が。
その発言が。
その存在が気に入らない。
嫉妬。
あたしがゆうたに嫉妬してる?
それが、何?
だから、何?
あたしがゆうたの世話を焼く理由も知らないあんたが何を言うの?
あたしの責任も知らないで何が言いたいの?
「いったい何があったのかはわからないけど…何かと関わってはそういったものから遠ざけてる。ユウタが優しくする相手には特に。」
「…それで?」
「結局のところ君のほうなんだよ。ユウタから離れられてないのは。」
「…。」
「君は怖がってるんじゃないかな?双子に生まれて、ユウタの傍にずっといたから…。」
「…。」
「その位置が取られることを怖がってるんじゃないかな?」
「…。」
「それとも、君はあれかな?姉と弟の壁も越える愛を結ぼうとでもしてるのかな?」
「…。」
…何これ。
何が言いたいの、この女。
いったいどうしたいのさ。
あたしに何を伝えたいのさ。
あれなの?
ようはあれかな?
あんたもゆうたを狙ってる?
それは既にわかってることだけどさ。
でもあんただってそうだ。
「ゆうたの師匠なのに、ゆうたを傷つけてまで隣にいたがるあんたに…

―人間じゃないあんたに言われたくはないよ。」

それを聞いて彼女は。
あたしの発言に対して笑みを浮かべる。
さきほどのような笑みじゃない。
余裕を含んだ笑みを。
あたしがそう言い出すのを待っていたかのように。
「気づいてたんだ。」
「当たり前でしょ?」
この女性と初めて会ったのは十年くらい前。
ゆうたが初めて空手を習うということであたしも興味本位で見に行ったとき。
そして、初めて彼女を目にして違和感を覚えた。
そしてこのとき。
会ったのはこれで二度目。
そして違和感は確信へと変わった。
この女性は人じゃないと。
あきらかにゆうたによってくるあれらと同じものを感じる。
肌で、ぴりぴりと嫌な風に、感じる。
唯一つ違うことがいえるとすれば…これは。
差がある。
今までゆうたに引き寄せられてきたものよりもずっと上。
龍のような女よりもずっと上で。
吸血鬼よりもずっとたちが悪い。
だからあたしは。
「あたしはあんたが一番嫌いなんだから。」
今まで見てきたなかで最悪。
今までの中で最低。
他人を見たら傷つけずにいられない、そんな症状を持った女性。
それをも持ちながら、その凶悪性を自覚していながらゆうたの傍にいる。
ゆうたを傷つけて平然としている。
それが一番気に食わない。
何度も傷つけているというのに離れる素振りを見せない。
嫌い。嫌い。

―大嫌い。

「君に嫌われてもどうだっていいんだけどね。」
「あ、そ。」
「ユウタに好かれたいんだけどね〜♪」
「………………………………あ、そ。」
本当にこの女性は何なのだろう。
正体はわからない。
人間じゃないことぐらいしかわからない。
なにがあったのかわからない。
どうしてここまで変われるのだろか。
こうなった原因はどうせゆうただろうけどさ。
どうしたらこう…デレッデレになるんだろう…。
「この前だってね〜♪ユウタに抱きついたのにユウタはため息つくんだもん…傷ついちゃうな〜♪」
「…。」
「精神的に傷ついたよ♪傷物になっちゃうよ♪ユウタが自分を傷物にしたんだよ♪これはもう、ユウタに責任とってもらってもらうしかないね♪」
「……………………………………………………………………………………………………。」
…ねぇ、何これ?
これ本当に女性?
こんな女を師匠って呼んでるの?
これ師匠って言えるようなもんじゃないよね?
そもそも師匠ってなんの師匠なの?
空手?え?空手なの?
こんなのが空手なんて教えられるの?
別のこと教えられてんじゃないの?
「そうだ、どうしたらユウタから襲ってくれるかお姉さんならわかるんじゃないかな?」
「…。」
「こうね、ユウタに押し倒されて…
『あ、ダメだよユウタ…自分と君は師匠と弟子の関係なんだから…。』
『何言ってるんですか師匠…。今まで散々誘ってきたくせに…っ!』
『だって…だってもっと自分にかまって欲しかったから…♪』
『師匠…もう、止まりませんからね…!』
『は、あっ♪ユウタぁぁ♪』
『師匠っ!』
みたいなね〜♪」
「…。」
何この女…。
目の前で悶えだしたんだけど。
デレデレっていうか…ドロドロっていう感じなんだけど。
なんでこんなに溶けてるの?
頭の中まで溶けてんじゃないの?
初対面のときに見せたあの凛とした雰囲気どこに消えたの?
海で見かけたあのピンク色頭の人魚のときも似たものを感じたけどそれ以上にやばいんじゃないの?
頭の中まっピンクで済まなそうなんだけど。
っていうか見ててなんだか腹立ってきたんだけど…。
何でこんな女にゆうたのことを教えないといけないの?
っていうか、ゆうたの前ですればいいじゃん。
その言葉、ゆうたの前で言えばいいじゃん。
そんなことを言えば普通に引くだろうけどね。
「この前だってね、猫耳を被ってユウタに迫ったんだけどね…。」
猫耳?
今この女なんて言った?
猫耳って…あれだよね?
猫の、耳だよね…?
空手になんでそんなものが必要なの…?
「他にもね、ローションを使ったり…。」
ローション?
今この女ローションて言った?
え?マジで?
ローションて…え?そのローション?
何に使うのそんなもの?
空手になんでローション使ってんの…。
本当にゆうたはこんなものの下で何習ってるの…。
「とにかくね。」
そして彼女は言った。
先ほどの笑みを消すことなく。
むしろさらに深くして。
いやらしい笑みじゃない。
ユウタに向けるデレデレした笑みじゃない。
意地の悪い笑みで。


「なんだかんだ言って君は、ユウタのことが好きなだけじゃないの?」




ゆうたのことが好き?
それで、何?
だから、何なの?
あたしがゆうたを好きだとしてもそれはどうせ叶わないじゃない。
あたしはゆうたの双子の姉。
血のつながりのある家族、なんだから。
血縁関係があるんだから。
どうやっても。
どうなっても。
どうしたところで結局は。

―叶いはしないんだから…。

「ふぅ。」
あたしはベッドから立ち上がり、自分の部屋に戻って寝ることにした。
となりのフィオナもただ寝てるだけでこれ以上変なことはしなさそうだ。
尻尾が巻きついているゆうたの足も大丈夫そうだし。
音を立てずにドアを開け、ちょっと二人を見てからその部屋をあとに―

「―…ん〜?」

何だろ?
変な音が聞こえたんだけど。
部屋から出て、ドアを閉めようとしたそのときに聞こえた。
わずかなドアの隙間から聞こえるそれ。
響く、といったものだじゃない。
なんというか…小鳥のさえずるような音?
雀とかの鳴き声を真似するような、そんなもの?
一度じゃなくて、何度も聞こえる。
…どうしたっていうのさ、まったく。
わずかなドアの隙間から体を滑り込ませて再び部屋へと潜りこむ。
先ほどよりも少しばかり大きく聞こえる音。
耳をすますとどうやらその音は…あれ?
何で…ベッドの上からするの?
不審に思いながらも先ほどの位置に戻る。
足音なんて立てずに。
さっきまで座っていた位置に、戻る。
そこで見えた。
あたしは立っているので当然ベッドの上で寝ている二人の姿は丸見え。
寝顔から寝相までハッキリ見える。
明かりがなくカーテンを開けるだけのこの部屋じゃ少しばかり暗いかもしれないけどそれでももう暗闇に目が慣れた。
だから二人がどんな様子かハッキリ見える。
ハッキリ、見えた。
「…。」
その姿。
その寝相。
寝ているのだから二人に意識はないのだろう。
それなら意図的にしたことじゃないとはわかる。
…でもさ。
何これ?
二人の距離は先ほどよりもずっと近づいていた。
まぁそれくらいならいいだろう。
寝返りをうつことだってある。
でもだ。
問題はフィオナのほう。
寝返りをうってゆうたとの距離が縮まったとしよう。
それでいて腕がゆうたの体に乗ったとしよう。
ついでに足ものることもあるかもしれない。
実際あたし達が小さい頃は二人で寝かされてたし。
そのときはよくあたしがゆうたの上に乗っていたらしいけど。
しかしこの状況。
フィオナがゆうたに抱きついていた。
腕を首にまわして。
足を絡めて。
尻尾を巻きつけているというのに。
さらには翼まで広げて覆い隠すようにして。
なにこれ。
どうやったらこんな姿勢をとれるのさ。
それもあたしが出て行こうとしたタイミングで。
…本当は起きてるんじゃないの?
まるで抱き枕のように抱きしめられているゆうたは思い切り苦しそうな顔をしていた。
…暑いんだろうねぇ。
そんな二人を見てみて。
聞こえていた音の正体がわかる。
「…本当に起きてるんじゃないの?」
見れば、それはフィオナ。
彼女がゆうたの首に顔を埋めていた。
百歩譲って抱きしめていることをよしとしよう。
まぁ、抱き枕にするように顔を埋めるころもいいとして。
その音の発信源。
フィオナはゆうたの首に顔を埋めて何をしていたか?
「ん…ちゅ♪…はむ…♪」
「…。」
…首に吸い付いてた。
別の言い方をすれば…キスしていた。
何これ?
…え?何これ?
何で寝ながら他人の首に吸い付けるわけ?
寝ぼけながら何してくれてんの、この女。
まだ酔ってるって言うの?
まださっきの炭酸が抜けてないって言うの?
それで、さっきっから聞こえてたちゅっちゅする音はこれなんだ。
へぇ〜。
「んん、ちゅっ♪…ちゅぅ♪」
へぇ〜…。
「んふ…ふぅ…♪…ちゅぅ、ん♪」
へぇ〜……。
「はぁ、あ…♪んんっ♪」
………………………………………………………………へぇ〜。
…ねぇ…これ、起きてるか確認するためにこれ、フライパンでも殴っていいかな?
野菜でも炒めてそのフライパンで殴っても…いいよね?
熱々のフライパンを顔面に押し付けても、いいよね?



…………………………………………………………………いいよね?




―ルートチェンジ―
→リリムルート
11/09/01 20:16更新 / ノワール・B・シュヴァルツ
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■作者メッセージ
ということでお姉さん視点でした
主人公、お姉さん共に不思議な体質なんですね
これがまたどうなっていくのか…
そして基本的に主人公の周りにはフィオナや師匠のような方々がよってきますw
師匠、お姉さんが相手でもとんでもない発言をしてくれますw
そのせいでお姉さん、基本的に嫉妬しまくってますw
こんなことを弟がされたら流石に姉といえど普通じゃ済まないですねwたぶんw

これにて前半戦終了です!
次回からは後半戦!

お祭りへ向かう三人!
しかしその前準備でしっちゃかめっちゃかしちゃいます!
それでは次回もよろしくお願いします!!




次回は…初っ端にちょっとエロエロ入りますよ…

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