恋慕と貴方とオレと懸念 前編
日差しが熱く感じられる今日この頃。
季節は夏に近いそんなとある日。
マスターからお休みをもらったオレこと黒崎ゆうたは海に来ていた。
といってもここは港町。
海なんてすぐそこにあるのだが、ここは違う。
町から離れた岩場の陰。
ここでオレは竿を手にがんばっていた。
恥ずかしながらオレは高校生にもなって釣りなんてものを経験したことがない。
オレが今いるのは港町、海が近くにある。
これはいい機会だ。
ちょっとした気晴らしにもなる。
せっかくの休みなのだから孤児院へと赴き子供たちと戯れるのもいいのだが…。
ついこの間なんとも情けない姿を皆に見せてしまった。
それによって出来た心の傷は、結構深い。
なのでそれを癒すためにもここで釣りをしていた。
ちょうど給料も入ったことだし道具屋で安く竿を買い同じく餌もゲットして準備は万端。
魚釣ってやるぞと初めての釣りに対して大きく意気込んでいた。
それが数分前。
そして、今のオレ。
釣りをしなければ良かったと後悔しまくりだった。
「ほら〜、そんなところにいないで海にいらっしゃいな。」
女性の綺麗な声。
それは海から聞こえてきた。
その声の主は海面から上半身を出した魔物。
青みを帯びた肌と髪。
とがった耳に頭には四本の角のようなもの。
部分によって蒼い鱗が生えており、また刺青のような変わった模様の入った体をして。
下半身はヒレのような足と尻尾がある。
ネレイス。
海のサキュバス的な存在だ。
サキュバス種らしくその性格は好色。
そして、海の近くに暮らす男にとって気を付けなければいけない存在である。
気をつけないと…オレのようになるから…。
「いやぁ〜！でもオレ、上手く泳げないからいいですって！」
「そんなこと言わないで、ね？お姉さんが泳ぎ方、手取り足取り教えてあ・げ・る♪」
「でも、運動する前に海に入ると足がつりそうで！」
「大丈夫よ。海の中でも運動はできるわ。」
「いや、でも今オレ服着たままだから！」
「服なんて海の中でも脱げるでしょ？」
「いやいや、泳ぐために必要なものがないので遠慮します！」
「体ひとつで十分よ♪」
「覚悟も自信もないので無理です！」
「どっちも海の中でつければいいじゃない。」
「誰かー！！助けてぇー！！」
オレは今、このネレイスに襲われていた。
両足を掴まれて、海に引きずりこまれようとしていた。
おいおいおい！何だよこれは！？
何で釣りを楽しもうとしていた矢先にこんな女性に出会っちゃうかな！？
オレには女難の相でもでているのか！？チクショウ！
このまま引きずり込まれればきっと帰ってこれない！
いや、絶対帰ってこれない！
だってコイツ、オレを離す気がない！
何があろうとオレを海に引きずり込むまでは絶対に離さないつもりだ！
ゴツゴツした岩を引っつかむ手に力が入った。
負けられない…！人生がかかってるんだ！
こんなところで海に引きずりこまれてたまるか！
だが、そんなオレの意気込みは海の上じゃ波に揺られる海草のようなもの。
海の魔物と人間じゃ差がありすぎる。
加えて海は向こうの土俵だ。
地の利からしても向こうが有利。
オレ、不利。
「ちくしょぉお！！」
徐々に手から力が抜けてきた。
マジでやばいぞ！
このネレイス、力強いし！
「ほらほら〜♪」
「くっ…ぐぐっ…！！」
離せない。意地でも離しちゃいけない。
別にオレは泳げないわけでもない。
こう見えても小学生のころは水泳教室に通っていたから泳ぎは得意だったりする。
するが、海の魔物相手に勝てるほど上手いってわけでもない。
だから、オレに抵抗できるのはこの岩場。
この陸上が最後の砦！
「負けて…たまるかぁあああ！！」
腕に無理やりに力を込めて体を岩へと引き寄せる。
がっしりと。
岩に抱きつくように腕をまわした。
これならもうしばらくは平気そうだ。
今のうちに声を張り上げて助けを…！
そこで気づいた。
足を引っ張っていたネレイスが消えていたことに。
「…あれ？」
あまりにもあっけなく消えていた。
なんていうか…もっと粘ってくると思っていたのに。
そうでもなかったな。
そんな考えはすぐに否定された。
目の前にいきなり出現したものによって。
「…は？」
それは津波。
サーファーがいたら喜んで乗ったんじゃないかというほど大きな波だった。
地震なんか起きてないのに、異常なほどに大きな波。
それは明らかにオレへと向かって来ていた。
波の上にはあのネレイスが寝そべってオレを見つめていた。
ネレイスって波に乗れるんだ…。
すっげ、そこらのサーファー顔負けだな。
って、そこじゃない。
波は大きくなる一方。
なんていうか、オレを飲み込もうと迫ってくるっていうか。
…これ絶対にオレを狙ってる。
上にいるネレイスがその証拠だし。
「…マジかよ。」
小さく呟いたオレの声は荒波に呑まれ、
オレの姿は海中へと消えうせた。
日の光が差し込み、蒼い海中を鮮やかに照らす。
時折群れる魚の鱗に反射するその光、その光景。
とても幻想的だった。
オレのいた世界じゃ外国へ行ってもこんなに綺麗な光景はそう見られないだろう。
感動的なものだった。
…足にネレイスが抱きついてなけりゃもっと感動的だった…。
このネレイス笑ってるんだけど…。
めちゃくちゃ嫌な笑みを浮かべてるんだけど！
「…ぶふっ！」
硬く閉ざした唇から空気が漏れ出し泡となる。
それが海面へとあがる光景はこれまた幻想的なんだけど、それがオレの吐いた息で吐くたびにオレは苦しくなるという事実が感動を恐怖へと染め上げた。
死への恐怖。
ネレイスがオレを殺そうとする気はないのだろうが感じてしまう。
オレがこの世界へやってきたときと状況が酷似していたから。
あのときもこうやって海中を沈んでいった。
そして今のオレも海中を沈んでいた。
ネレイスに足を引っ張られて。
「…っ…ぼはっ！！」
とうとうあまりの苦しさに口の中へ溜め込んでいた空気がすべて抜けた。
開けた口からすぐに入ってくる塩辛い水。
空気を吸えないことによる苦しさ。
これは…ほんとに…やばい…！
朦朧としてくる意識。
徐々に力が抜けていく体。
自然と重くなってくる瞼。
そんな中でオレは。
闇に引きずり込まれる意識の中で。
あのときのように、マリ姉がオレを救ってくれたように。
海面から何か蒼い影が手を差し伸べたように見えた…ような、気がした…。
「都合よすぎるよね。」
それはオレの双子の姉の言葉。
中学生時代の夏休み、うだるような暑さを感じる家の中。
はき捨てるように、つまらないとでも言うように言っていた。
「…何が？」
「それだよ。その人魚の物語。」
そういって指差す先にはオレの手が掴んでいる本。
読書感想文なんてものために読んでいたものだ。
お勧めの本だからって読み始めたけど…長いんだよねこれ。字も細かいし。
ファンタジーな小説は大好きだけど。
「王子様がそう都合よく海に落ちるし、そこへ都合よく人魚のお姫様が通りかかるし…現実味ないよね。」
「人魚出てる時点で現実じゃねえよ。」
「それでもだよ。あまりにもトントン拍子で進んでるじゃん。」
「途中で悪い奴も出ただろ？」
「都合よく王子様が助けに来てたし。」
「…そりゃ。」
確かに都合が良すぎるけど…物語りだし…。
それでいいと思うけど。
「…いったい何が言いたいんだよ？」
「なんていうかね………がありそう。」
うん…？今なんて言ったんだ？
よく聞こえなかったぞ？
「え？何？もう一回言ってくれ。」
「だから…があるって…と…。」
あれ？なんで聞こえない？
なんで意識が遠のいて…。
走馬灯のように浮かんで見た懐かしき記憶。
それと、おかしな感覚とともに遠のいた意識が戻ってくる。
海中にいるオレが感じるような感覚じゃないものを感じて。
温かい。
肌から伝わってくる安心するような温かさ。
それもまるで抱きしめられているかのように温もりを感じた。
さらに股間から違和感。
他にも服を着ているはずなのに感じる異常な開放感。
だが、それに以上に気にかかるのは苦しくないということ。
空気のない海の中だというのにさっきまで感じていた苦しさが嘘のようになくなっていた。
何でだ？
オレは死んだのか？
ネレイスって男を襲うとは聞いたけど殺すなんてそんなひどいこと…するのか？
え？じゃあここは黄泉の国？
…マジか。
オレ死んだのか…。
そう思うと自然とため息が出た。
吐いた息は泡となりオレの口から抜け出て上へと昇ってい―え？
泡って…え？
もしかしてここはまだ海中か？
それじゃあ…オレはまだ生きてる？
そんなことを考えていると不意に声を掛けられた。
「気がつかれましたか？」
その声は聞いているだけで気持ちが安らぐような声だった。
不安な気持ちを打ち消すような、心配を浄化するようなそんなかんじの。
オレの意識はその声を聞いて覚醒した。
瞼を開けてみれば目の前には記憶にない女性の顔。
どっからどう見ても美女といえるくらいの綺麗な顔。
柔らかく微笑んで薄い茶色の潤んだ瞳がオレを映すその表情はまさしく女神と言えるような美しさを備えていた。
長く泉のように透き通った蒼い長髪がなびき、上から差し込んでくるわずかな光を反射する。
その髪の間から伸びる鰭のようなもの。人間で言うところの耳の部分にそれはあった。
マーメイド種である証のようなもの。
だが、ただのマーメイドであるというわけではないらしい。
白い修道服のようなものを着込んでいる姿。
神聖で厳粛な雰囲気を感じさせるのだが、胸元が大きく開いて胸を隠す水着のような黒い布が見えている。
頭には金色の刺繍をあしらった、司祭が被るような帽子。
マリ姉はこんなの被ってないな…いや、町中で見かけたマーメイド達もこんなものは被ってなかった。
メロウは赤い帽子だし…それじゃあ…残るは…。
「貴方は…シー・ビショップですか？」
「はい、私はシー・ビショップのセリーヌです。」
シー・ビショップ。
海神ポセイドンに仕える神官であり、人間の男性の体を海の中でも生きていけるように作り変えることが出来る特殊な儀式を行えるという。
彼女は―セリーヌさんはオレに微笑みかけた。
思わず見ている側もつられて微笑んでしまうような笑みで。
…やべ、可愛い。
「ユウタさん、呼吸は大丈夫ですか？」
「え？あ、はい。」
言われて気がつく。
ここは海中だというのにオレは息が出来ている。
それどころか出せるはずのない声まで出せるようになっている。
喉に手を当てても何も変化は感じ取れない。
魔法…でもかけたのか？
そして、さらに気がついた。
オレの体は目の前にいるセリーヌさんに抱きしめられているということに。
…え？何この状況は？
まるで海に沈んだオレが助けられてというような状況じゃん。
「えっと…もしかして…オレを助けてくれたのですか？」
「はい。ユウタさんが沈んでくるのが見えてので…。」
…沈んで？あれ？
オレはネレイスに引きずり込まれてたはずなのに…まさかオレを手放したのか？
あんなに必死こいてオレを海へ引きずり込んだのに？
「それで…勝手ながら…その、ユウタさんが海中にいることがことが出来るように、その…私の体で…儀式をさせていただきました。」
「え？儀式？」
「はい…。」
そういってセリーヌさんは頬を赤く染めて遠慮しがちに顔を伏せた。
伏せたというよりは抱きしめられているオレの体の下へと視線を移すように。
オレもつられて視線を移す。
抱きしめられていたから気づくのが遅れたがどうやらオレの学生服、Ｙシャツはボタンを外されて体の前面をはだけていた。
それくらいならまぁ、いい。
そのまま視線を下へと移動させればちょうど股間のところ。
ズボンはベルトを外され、チャックを下ろされ、パンツまで下ろされていたオレの下半身は。
オレの男の象徴は。
セリーヌさんの足の鱗と肌の境界辺り、人間なら性器があるであろう部分と触れ合っていた。
否、繋がっていた。
それを見て股間から感じていた違和感を理解する。
それは異常なほどの心地よさと気持ちよさだった。
快楽を感じていた理由はオレがセリーヌさんと…。
「えっ！？ちょっとこれって！？」
「はい…。」
聞いたことはある。
シー・ビショップが人を助けるときに行う儀式の内容。
海に住む魔物娘とその夫がともに海で暮らせるように施す儀式。
時に自身の体を使って儀式を行い、相手を海の中でも生きていけるようにするということ。
港町に住む男の大半がそれに憧れ、海へ身投げしようとしていること。
それをチャンスとした海に住む魔物娘達が岸近くでスタンバイしていることを。
…話を戻そう。
つまり今のオレはセリーヌさんとその…肌を重ねちゃっているわけで…。
「ユウタさん…お嫌、でしたか…？」
「！そんなっ！全然ですよ！」
命を救われて、その上こんなことまでしてもらっているのに嫌なんて答えられない。
罰当がたるっていうもんだろう。
むしろこっちが後ろめたい気分だ。
オレを助けるためとはいえ、初めて会ったこんな男と体を重ねているんだから。
「嫌なんてこれっぽっちも思っていません！」
「そうですか。良かった…。」
そう言ってセリーヌ嬉しそうに微笑んでくれた。
頬を赤く染めて、慈愛に満ちたその表情。
大人の女性らしさを感じさせるのに同時に見せる少女のような純粋な笑み。
…やべっ、ほんとに可愛い！
男心をくすぐってくるというか…保護欲をそそるっていうか…。
「それでは…その、儀式の続きを…しますね…？」
そう言ってセリーヌさんはオレの体を抱きしめて腰を動かし始めた。
瞬間、オレのものから伝わってくる感じたことのない快楽。
今まで朦朧としていた感覚が一気にハッキリとしたものとなる。
ぐちゃぐちゃに濡れた柔らかな肉に包まれる感触。
同時に感じるのは溶かされるように錯覚してしまうほどの熱。
彼女の中はオレのものを優しく包み、締め上げながら奥へ奥へと蠢いた。
撫でるように刺激をされれば、舐めあげられるような感覚を感じさせられて。
今までに魔物娘相手どころか人間の女性経験のないオレにとってそれは耐え難いもの。
優しい快楽。
温かな気持ちよさ。
「ぁっ…待って…っ。」
思わず出た声はかすれたものになったがそれでもセリーヌさんには聞こえていたらしく動きを止めてオレを心配そうに見てきた。
「んっ♪ぁ…すいません…その、痛かったですか？」
「あ、いえ、痛かったんじゃなくて…。」
「上手く出来ていませんでしたか？…その、私自身の体を使った儀式は初めてなので…。」
その言葉に少し驚く。
自分自身の体を使った儀式が…初めて？
それってつまるところ…オレがセリーヌさんの初めての相手になってるってこと…？
「もしかして、呼吸がつらくなってきてるのですか？」
「いえ、そんなんじゃなくて…その…。」
オレは恥ずかしながらも答えることにした。
「こういった経験ないので…その…すぐに果てそうなんです…。」
「まぁ…♪」
オレの言葉に対してセリーヌさんはとても嬉しそうに微笑んだ。
欲しいものが手に入った子供のような表情のような表情で。
まるでオレの経験がないという事実を喜ぶように。
「だから…ペースを落としてもらわないと…中で出そうなんですが…。」
「かまいません♪」
そう言いつつセリーヌさんは腰を動かし始めた。
途端に快楽がオレの体を駆け巡る。
オレのものから伝わってきたその感覚は脊髄から脳へと達して体全体へと広がる。
「っ！ちょっ…う、くぁっ…！」
「ふっ♪んん♪果てそうになったらっあ♪いつでも、私の中に、出していいですから…ね♪」
顔を興奮によって真っ赤に染めたセリーヌさん。
さっきまで見せていた表情とは比べ物にならないほどいやらしい。
慈しみの代わりに快楽に満ちて。
優しさの代わりに情欲を含んで。
そんな表情を見て何も言えなくなる。
送られる快楽によって口の動きが鈍る。
意思が、気力が蕩ける。
隙間もないくらいにピッタリと抱きしめられたオレのもの。
優しいながらも執拗に擦り、収縮を繰り返して快楽を送ってくるセレーヌさんの中。
うねうねと動くさまは別生物みたいだ。
そんな動き、そんな快楽に初めてを経験するオレが耐え切れるはずもなく、限界がやってきた。
「ぁっ…ふぅっ…っ！！」
情けない声ばかりが口から漏れる。
そんな声をセリーヌさんはちゃんと聞いているらしく、腰の動きを加速させた。
さらにマーメイド種の証とも言える魚の尾をオレの腰へと巻きつけた。
離れないように、しっかりと。
オレが限界を迎えることを予期したかのように。
吐き出されるオレの精を漏らさずに受け止めるように。
「いいっですよ♪私が、ユウタさんのっ♪すべ、て…受け止めてあげます、からぁ♪」
そう言うなりセリーヌさんは腰を目一杯沈めてきた。
沈めて、さらに強く抱きしめてくるセリーヌさんの中。
「はっ、あぁっ！！」
たまらずオレは彼女の中に全てを注いだ。
「あはっ！はあぁあぁあっ♪」
オレの精が彼女の中へと流れ込み、染め上げていくその刺激にセリーヌさんは体をビクビクと痙攣させた。
まるで絶頂したかのように。
…イったのかな？初めてだからそこらへんはよくわからないのだが…。
絶頂してなお締まってくる彼女の中。
流れ込んでいるオレの精をさらに求めるように。
絞りとるように律動してオレの射精を促した。
「ふっぅ…ぁ…。」
「あぁ…♪すごい、温かいですよ♪ユウタさんのが、まだ私の中でびくびくしてる…♪」
恍惚とした表情で呟いたセリーヌさん。
シー・ビショップらしい神聖で穢れなき純粋な印象はそこにはなかった。
とても淫靡で淫らな蕩けた表情。
いまだに繋がっているオレのもに貪欲に吸い付いたまま離れそうにない彼女の中。
男の情欲を掻き立てるような人魚がここにいた。
「ユウタさん♪」
オレの名前を呼んだセリーヌさんはオレの胸に、ちょうど心臓があるところにキスをする。
柔らかな唇が吸い付き、離れた。
そのとたんに心臓から温かなものが広がる。
今までにない感覚。
まるで凍った体を内側から溶かしていくような、心臓からじんわりとした熱が体中に広がっていく。
感じていた不安や海中に引きずり込まれた恐怖が溶けていくように。
代わりに安らぎや安心が染め上げていくように。
「これで儀式は終了です。」
セリーヌさんはそういった。
どことなく名残惜しそうな感情を含んだ声色で。
儀式が終わったということはオレはこの海中内でも自由に生きることが出来るということ。
もうセリーヌさんと肌を重ねる意味はないということ。
だが彼女はオレの体を離そうとはしなかった。
尾はオレの腰へと巻きついたまま、腕はオレの背へとまわされたまま。
そして、いまだに体を重ねたままで。
離れようとする意思を見せない。
むしろさらに体を寄せてくるように腰をわずかに動かしてきた。
そんなことをすれば繋がっているオレのものとセリーヌさんの中が擦り合うわけで。
一度精を放ってなお硬いオレのものがさらに快楽を受け取るわけで。
「っ！ちょっ…と！セリーヌさん！腰を…！」
「…ですが。」
彼女はオレの顔を見て言った。
頬を赤く染め、どこか遠慮するようなもじもじした仕草を見せて。
さっきの恍惚とした表情から打って変わって恥ずかしげに。
「…その…さっきも言ったように私はこういった儀式が初めてで…。」
さっき言っていたな。
自分の体を使った儀式をするのはオレが初めてだって。
つまり自身の純潔をオレに捧げてくれたって言うこと。
男としてこんな美女の初めての相手になるなんてとても光栄なことなんだけど…オレはどことなく後ろめたい気持ちがあった。
「もしかするとユウタさんのお体にまだ完全に儀式が施せていないかもしれません。ですから…。」
潤んだ薄茶色の瞳がオレの黒い瞳を映す。
そのままいつの間にかセリーヌさんの手がオレの頬へ添えられていた。
肌から伝わる彼女の温もり。
体を重ねたことからか、興奮からか、その手は熱くオレの頬を疼かせた。
そしてセリーヌさんは言った。
「あの…もう一度…しても…宜しいですか…？」
その言葉に、その熱に、その表情に、その優しさに。
心は揺らぎ、意志が蕩ける。
…やばいな、これは。
胸が苦しくなる。
熱く、切なく、焦がされるように。
オレに優しく微笑んでくれるその表情に。
頬から、肌から伝わる温もりに。
セリーヌさんが自分の体を使ってまでオレを助けてくれたことに。
―…惚れたな、オレ。
気恥ずかしげに頬を掻いて、オレは口を開く。
出てきたのは勿論。
「えっと…こちらこそお願いします…。」
肯定の言葉。
それを聞いてセリーヌさんは嬉しそうに微笑んでくれる。
ただそれだけでも嬉しいと感じられた。
こうやって肌を重ねていることがとても幸福だと感じられるほどに。
彼女と一緒にいることがとても楽しいと思えるほどに。
「では…。」
セリーヌさんは顔を寄せてきた。
文字通り目と鼻の先に綺麗なセリーヌさんの顔がある。
どくんと、胸が高鳴る。
「セリーヌ、さん…？」
「キスを…しても宜しいですか…？」
すでに繋がっているというのに初々しく、やはり恥ずかしげに微笑む。
それだけでもオレの体温が一段と高くなったように感じられた。
本気で惚れたな…オレ…。
「はい。」
短い肯定の意志を表した返事をしてオレからもセリーヌさんの頬に手を添えた。
「では…♪」
嬉しそうな表情を見せてオレとセリーヌさんは口付けを交わした。
海面から程遠い海の底へと差し込む淡い光。
その中で恋人のようにキスをする二人姿がそこにはあった。
―だが
―オレは気づいていなかった。
彼女が自然に呼んでくれた名前を、オレは自分から名乗ってはいないということを。
祝詞 第一節 これにて終了
季節は夏に近いそんなとある日。
マスターからお休みをもらったオレこと黒崎ゆうたは海に来ていた。
といってもここは港町。
海なんてすぐそこにあるのだが、ここは違う。
町から離れた岩場の陰。
ここでオレは竿を手にがんばっていた。
恥ずかしながらオレは高校生にもなって釣りなんてものを経験したことがない。
オレが今いるのは港町、海が近くにある。
これはいい機会だ。
ちょっとした気晴らしにもなる。
せっかくの休みなのだから孤児院へと赴き子供たちと戯れるのもいいのだが…。
ついこの間なんとも情けない姿を皆に見せてしまった。
それによって出来た心の傷は、結構深い。
なのでそれを癒すためにもここで釣りをしていた。
ちょうど給料も入ったことだし道具屋で安く竿を買い同じく餌もゲットして準備は万端。
魚釣ってやるぞと初めての釣りに対して大きく意気込んでいた。
それが数分前。
そして、今のオレ。
釣りをしなければ良かったと後悔しまくりだった。
「ほら〜、そんなところにいないで海にいらっしゃいな。」
女性の綺麗な声。
それは海から聞こえてきた。
その声の主は海面から上半身を出した魔物。
青みを帯びた肌と髪。
とがった耳に頭には四本の角のようなもの。
部分によって蒼い鱗が生えており、また刺青のような変わった模様の入った体をして。
下半身はヒレのような足と尻尾がある。
ネレイス。
海のサキュバス的な存在だ。
サキュバス種らしくその性格は好色。
そして、海の近くに暮らす男にとって気を付けなければいけない存在である。
気をつけないと…オレのようになるから…。
「いやぁ〜！でもオレ、上手く泳げないからいいですって！」
「そんなこと言わないで、ね？お姉さんが泳ぎ方、手取り足取り教えてあ・げ・る♪」
「でも、運動する前に海に入ると足がつりそうで！」
「大丈夫よ。海の中でも運動はできるわ。」
「いや、でも今オレ服着たままだから！」
「服なんて海の中でも脱げるでしょ？」
「いやいや、泳ぐために必要なものがないので遠慮します！」
「体ひとつで十分よ♪」
「覚悟も自信もないので無理です！」
「どっちも海の中でつければいいじゃない。」
「誰かー！！助けてぇー！！」
オレは今、このネレイスに襲われていた。
両足を掴まれて、海に引きずりこまれようとしていた。
おいおいおい！何だよこれは！？
何で釣りを楽しもうとしていた矢先にこんな女性に出会っちゃうかな！？
オレには女難の相でもでているのか！？チクショウ！
このまま引きずり込まれればきっと帰ってこれない！
いや、絶対帰ってこれない！
だってコイツ、オレを離す気がない！
何があろうとオレを海に引きずり込むまでは絶対に離さないつもりだ！
ゴツゴツした岩を引っつかむ手に力が入った。
負けられない…！人生がかかってるんだ！
こんなところで海に引きずりこまれてたまるか！
だが、そんなオレの意気込みは海の上じゃ波に揺られる海草のようなもの。
海の魔物と人間じゃ差がありすぎる。
加えて海は向こうの土俵だ。
地の利からしても向こうが有利。
オレ、不利。
「ちくしょぉお！！」
徐々に手から力が抜けてきた。
マジでやばいぞ！
このネレイス、力強いし！
「ほらほら〜♪」
「くっ…ぐぐっ…！！」
離せない。意地でも離しちゃいけない。
別にオレは泳げないわけでもない。
こう見えても小学生のころは水泳教室に通っていたから泳ぎは得意だったりする。
するが、海の魔物相手に勝てるほど上手いってわけでもない。
だから、オレに抵抗できるのはこの岩場。
この陸上が最後の砦！
「負けて…たまるかぁあああ！！」
腕に無理やりに力を込めて体を岩へと引き寄せる。
がっしりと。
岩に抱きつくように腕をまわした。
これならもうしばらくは平気そうだ。
今のうちに声を張り上げて助けを…！
そこで気づいた。
足を引っ張っていたネレイスが消えていたことに。
「…あれ？」
あまりにもあっけなく消えていた。
なんていうか…もっと粘ってくると思っていたのに。
そうでもなかったな。
そんな考えはすぐに否定された。
目の前にいきなり出現したものによって。
「…は？」
それは津波。
サーファーがいたら喜んで乗ったんじゃないかというほど大きな波だった。
地震なんか起きてないのに、異常なほどに大きな波。
それは明らかにオレへと向かって来ていた。
波の上にはあのネレイスが寝そべってオレを見つめていた。
ネレイスって波に乗れるんだ…。
すっげ、そこらのサーファー顔負けだな。
って、そこじゃない。
波は大きくなる一方。
なんていうか、オレを飲み込もうと迫ってくるっていうか。
…これ絶対にオレを狙ってる。
上にいるネレイスがその証拠だし。
「…マジかよ。」
小さく呟いたオレの声は荒波に呑まれ、
オレの姿は海中へと消えうせた。
日の光が差し込み、蒼い海中を鮮やかに照らす。
時折群れる魚の鱗に反射するその光、その光景。
とても幻想的だった。
オレのいた世界じゃ外国へ行ってもこんなに綺麗な光景はそう見られないだろう。
感動的なものだった。
…足にネレイスが抱きついてなけりゃもっと感動的だった…。
このネレイス笑ってるんだけど…。
めちゃくちゃ嫌な笑みを浮かべてるんだけど！
「…ぶふっ！」
硬く閉ざした唇から空気が漏れ出し泡となる。
それが海面へとあがる光景はこれまた幻想的なんだけど、それがオレの吐いた息で吐くたびにオレは苦しくなるという事実が感動を恐怖へと染め上げた。
死への恐怖。
ネレイスがオレを殺そうとする気はないのだろうが感じてしまう。
オレがこの世界へやってきたときと状況が酷似していたから。
あのときもこうやって海中を沈んでいった。
そして今のオレも海中を沈んでいた。
ネレイスに足を引っ張られて。
「…っ…ぼはっ！！」
とうとうあまりの苦しさに口の中へ溜め込んでいた空気がすべて抜けた。
開けた口からすぐに入ってくる塩辛い水。
空気を吸えないことによる苦しさ。
これは…ほんとに…やばい…！
朦朧としてくる意識。
徐々に力が抜けていく体。
自然と重くなってくる瞼。
そんな中でオレは。
闇に引きずり込まれる意識の中で。
あのときのように、マリ姉がオレを救ってくれたように。
海面から何か蒼い影が手を差し伸べたように見えた…ような、気がした…。
「都合よすぎるよね。」
それはオレの双子の姉の言葉。
中学生時代の夏休み、うだるような暑さを感じる家の中。
はき捨てるように、つまらないとでも言うように言っていた。
「…何が？」
「それだよ。その人魚の物語。」
そういって指差す先にはオレの手が掴んでいる本。
読書感想文なんてものために読んでいたものだ。
お勧めの本だからって読み始めたけど…長いんだよねこれ。字も細かいし。
ファンタジーな小説は大好きだけど。
「王子様がそう都合よく海に落ちるし、そこへ都合よく人魚のお姫様が通りかかるし…現実味ないよね。」
「人魚出てる時点で現実じゃねえよ。」
「それでもだよ。あまりにもトントン拍子で進んでるじゃん。」
「途中で悪い奴も出ただろ？」
「都合よく王子様が助けに来てたし。」
「…そりゃ。」
確かに都合が良すぎるけど…物語りだし…。
それでいいと思うけど。
「…いったい何が言いたいんだよ？」
「なんていうかね………がありそう。」
うん…？今なんて言ったんだ？
よく聞こえなかったぞ？
「え？何？もう一回言ってくれ。」
「だから…があるって…と…。」
あれ？なんで聞こえない？
なんで意識が遠のいて…。
走馬灯のように浮かんで見た懐かしき記憶。
それと、おかしな感覚とともに遠のいた意識が戻ってくる。
海中にいるオレが感じるような感覚じゃないものを感じて。
温かい。
肌から伝わってくる安心するような温かさ。
それもまるで抱きしめられているかのように温もりを感じた。
さらに股間から違和感。
他にも服を着ているはずなのに感じる異常な開放感。
だが、それに以上に気にかかるのは苦しくないということ。
空気のない海の中だというのにさっきまで感じていた苦しさが嘘のようになくなっていた。
何でだ？
オレは死んだのか？
ネレイスって男を襲うとは聞いたけど殺すなんてそんなひどいこと…するのか？
え？じゃあここは黄泉の国？
…マジか。
オレ死んだのか…。
そう思うと自然とため息が出た。
吐いた息は泡となりオレの口から抜け出て上へと昇ってい―え？
泡って…え？
もしかしてここはまだ海中か？
それじゃあ…オレはまだ生きてる？
そんなことを考えていると不意に声を掛けられた。
「気がつかれましたか？」
その声は聞いているだけで気持ちが安らぐような声だった。
不安な気持ちを打ち消すような、心配を浄化するようなそんなかんじの。
オレの意識はその声を聞いて覚醒した。
瞼を開けてみれば目の前には記憶にない女性の顔。
どっからどう見ても美女といえるくらいの綺麗な顔。
柔らかく微笑んで薄い茶色の潤んだ瞳がオレを映すその表情はまさしく女神と言えるような美しさを備えていた。
長く泉のように透き通った蒼い長髪がなびき、上から差し込んでくるわずかな光を反射する。
その髪の間から伸びる鰭のようなもの。人間で言うところの耳の部分にそれはあった。
マーメイド種である証のようなもの。
だが、ただのマーメイドであるというわけではないらしい。
白い修道服のようなものを着込んでいる姿。
神聖で厳粛な雰囲気を感じさせるのだが、胸元が大きく開いて胸を隠す水着のような黒い布が見えている。
頭には金色の刺繍をあしらった、司祭が被るような帽子。
マリ姉はこんなの被ってないな…いや、町中で見かけたマーメイド達もこんなものは被ってなかった。
メロウは赤い帽子だし…それじゃあ…残るは…。
「貴方は…シー・ビショップですか？」
「はい、私はシー・ビショップのセリーヌです。」
シー・ビショップ。
海神ポセイドンに仕える神官であり、人間の男性の体を海の中でも生きていけるように作り変えることが出来る特殊な儀式を行えるという。
彼女は―セリーヌさんはオレに微笑みかけた。
思わず見ている側もつられて微笑んでしまうような笑みで。
…やべ、可愛い。
「ユウタさん、呼吸は大丈夫ですか？」
「え？あ、はい。」
言われて気がつく。
ここは海中だというのにオレは息が出来ている。
それどころか出せるはずのない声まで出せるようになっている。
喉に手を当てても何も変化は感じ取れない。
魔法…でもかけたのか？
そして、さらに気がついた。
オレの体は目の前にいるセリーヌさんに抱きしめられているということに。
…え？何この状況は？
まるで海に沈んだオレが助けられてというような状況じゃん。
「えっと…もしかして…オレを助けてくれたのですか？」
「はい。ユウタさんが沈んでくるのが見えてので…。」
…沈んで？あれ？
オレはネレイスに引きずり込まれてたはずなのに…まさかオレを手放したのか？
あんなに必死こいてオレを海へ引きずり込んだのに？
「それで…勝手ながら…その、ユウタさんが海中にいることがことが出来るように、その…私の体で…儀式をさせていただきました。」
「え？儀式？」
「はい…。」
そういってセリーヌさんは頬を赤く染めて遠慮しがちに顔を伏せた。
伏せたというよりは抱きしめられているオレの体の下へと視線を移すように。
オレもつられて視線を移す。
抱きしめられていたから気づくのが遅れたがどうやらオレの学生服、Ｙシャツはボタンを外されて体の前面をはだけていた。
それくらいならまぁ、いい。
そのまま視線を下へと移動させればちょうど股間のところ。
ズボンはベルトを外され、チャックを下ろされ、パンツまで下ろされていたオレの下半身は。
オレの男の象徴は。
セリーヌさんの足の鱗と肌の境界辺り、人間なら性器があるであろう部分と触れ合っていた。
否、繋がっていた。
それを見て股間から感じていた違和感を理解する。
それは異常なほどの心地よさと気持ちよさだった。
快楽を感じていた理由はオレがセリーヌさんと…。
「えっ！？ちょっとこれって！？」
「はい…。」
聞いたことはある。
シー・ビショップが人を助けるときに行う儀式の内容。
海に住む魔物娘とその夫がともに海で暮らせるように施す儀式。
時に自身の体を使って儀式を行い、相手を海の中でも生きていけるようにするということ。
港町に住む男の大半がそれに憧れ、海へ身投げしようとしていること。
それをチャンスとした海に住む魔物娘達が岸近くでスタンバイしていることを。
…話を戻そう。
つまり今のオレはセリーヌさんとその…肌を重ねちゃっているわけで…。
「ユウタさん…お嫌、でしたか…？」
「！そんなっ！全然ですよ！」
命を救われて、その上こんなことまでしてもらっているのに嫌なんて答えられない。
罰当がたるっていうもんだろう。
むしろこっちが後ろめたい気分だ。
オレを助けるためとはいえ、初めて会ったこんな男と体を重ねているんだから。
「嫌なんてこれっぽっちも思っていません！」
「そうですか。良かった…。」
そう言ってセリーヌ嬉しそうに微笑んでくれた。
頬を赤く染めて、慈愛に満ちたその表情。
大人の女性らしさを感じさせるのに同時に見せる少女のような純粋な笑み。
…やべっ、ほんとに可愛い！
男心をくすぐってくるというか…保護欲をそそるっていうか…。
「それでは…その、儀式の続きを…しますね…？」
そう言ってセリーヌさんはオレの体を抱きしめて腰を動かし始めた。
瞬間、オレのものから伝わってくる感じたことのない快楽。
今まで朦朧としていた感覚が一気にハッキリとしたものとなる。
ぐちゃぐちゃに濡れた柔らかな肉に包まれる感触。
同時に感じるのは溶かされるように錯覚してしまうほどの熱。
彼女の中はオレのものを優しく包み、締め上げながら奥へ奥へと蠢いた。
撫でるように刺激をされれば、舐めあげられるような感覚を感じさせられて。
今までに魔物娘相手どころか人間の女性経験のないオレにとってそれは耐え難いもの。
優しい快楽。
温かな気持ちよさ。
「ぁっ…待って…っ。」
思わず出た声はかすれたものになったがそれでもセリーヌさんには聞こえていたらしく動きを止めてオレを心配そうに見てきた。
「んっ♪ぁ…すいません…その、痛かったですか？」
「あ、いえ、痛かったんじゃなくて…。」
「上手く出来ていませんでしたか？…その、私自身の体を使った儀式は初めてなので…。」
その言葉に少し驚く。
自分自身の体を使った儀式が…初めて？
それってつまるところ…オレがセリーヌさんの初めての相手になってるってこと…？
「もしかして、呼吸がつらくなってきてるのですか？」
「いえ、そんなんじゃなくて…その…。」
オレは恥ずかしながらも答えることにした。
「こういった経験ないので…その…すぐに果てそうなんです…。」
「まぁ…♪」
オレの言葉に対してセリーヌさんはとても嬉しそうに微笑んだ。
欲しいものが手に入った子供のような表情のような表情で。
まるでオレの経験がないという事実を喜ぶように。
「だから…ペースを落としてもらわないと…中で出そうなんですが…。」
「かまいません♪」
そう言いつつセリーヌさんは腰を動かし始めた。
途端に快楽がオレの体を駆け巡る。
オレのものから伝わってきたその感覚は脊髄から脳へと達して体全体へと広がる。
「っ！ちょっ…う、くぁっ…！」
「ふっ♪んん♪果てそうになったらっあ♪いつでも、私の中に、出していいですから…ね♪」
顔を興奮によって真っ赤に染めたセリーヌさん。
さっきまで見せていた表情とは比べ物にならないほどいやらしい。
慈しみの代わりに快楽に満ちて。
優しさの代わりに情欲を含んで。
そんな表情を見て何も言えなくなる。
送られる快楽によって口の動きが鈍る。
意思が、気力が蕩ける。
隙間もないくらいにピッタリと抱きしめられたオレのもの。
優しいながらも執拗に擦り、収縮を繰り返して快楽を送ってくるセレーヌさんの中。
うねうねと動くさまは別生物みたいだ。
そんな動き、そんな快楽に初めてを経験するオレが耐え切れるはずもなく、限界がやってきた。
「ぁっ…ふぅっ…っ！！」
情けない声ばかりが口から漏れる。
そんな声をセリーヌさんはちゃんと聞いているらしく、腰の動きを加速させた。
さらにマーメイド種の証とも言える魚の尾をオレの腰へと巻きつけた。
離れないように、しっかりと。
オレが限界を迎えることを予期したかのように。
吐き出されるオレの精を漏らさずに受け止めるように。
「いいっですよ♪私が、ユウタさんのっ♪すべ、て…受け止めてあげます、からぁ♪」
そう言うなりセリーヌさんは腰を目一杯沈めてきた。
沈めて、さらに強く抱きしめてくるセリーヌさんの中。
「はっ、あぁっ！！」
たまらずオレは彼女の中に全てを注いだ。
「あはっ！はあぁあぁあっ♪」
オレの精が彼女の中へと流れ込み、染め上げていくその刺激にセリーヌさんは体をビクビクと痙攣させた。
まるで絶頂したかのように。
…イったのかな？初めてだからそこらへんはよくわからないのだが…。
絶頂してなお締まってくる彼女の中。
流れ込んでいるオレの精をさらに求めるように。
絞りとるように律動してオレの射精を促した。
「ふっぅ…ぁ…。」
「あぁ…♪すごい、温かいですよ♪ユウタさんのが、まだ私の中でびくびくしてる…♪」
恍惚とした表情で呟いたセリーヌさん。
シー・ビショップらしい神聖で穢れなき純粋な印象はそこにはなかった。
とても淫靡で淫らな蕩けた表情。
いまだに繋がっているオレのもに貪欲に吸い付いたまま離れそうにない彼女の中。
男の情欲を掻き立てるような人魚がここにいた。
「ユウタさん♪」
オレの名前を呼んだセリーヌさんはオレの胸に、ちょうど心臓があるところにキスをする。
柔らかな唇が吸い付き、離れた。
そのとたんに心臓から温かなものが広がる。
今までにない感覚。
まるで凍った体を内側から溶かしていくような、心臓からじんわりとした熱が体中に広がっていく。
感じていた不安や海中に引きずり込まれた恐怖が溶けていくように。
代わりに安らぎや安心が染め上げていくように。
「これで儀式は終了です。」
セリーヌさんはそういった。
どことなく名残惜しそうな感情を含んだ声色で。
儀式が終わったということはオレはこの海中内でも自由に生きることが出来るということ。
もうセリーヌさんと肌を重ねる意味はないということ。
だが彼女はオレの体を離そうとはしなかった。
尾はオレの腰へと巻きついたまま、腕はオレの背へとまわされたまま。
そして、いまだに体を重ねたままで。
離れようとする意思を見せない。
むしろさらに体を寄せてくるように腰をわずかに動かしてきた。
そんなことをすれば繋がっているオレのものとセリーヌさんの中が擦り合うわけで。
一度精を放ってなお硬いオレのものがさらに快楽を受け取るわけで。
「っ！ちょっ…と！セリーヌさん！腰を…！」
「…ですが。」
彼女はオレの顔を見て言った。
頬を赤く染め、どこか遠慮するようなもじもじした仕草を見せて。
さっきの恍惚とした表情から打って変わって恥ずかしげに。
「…その…さっきも言ったように私はこういった儀式が初めてで…。」
さっき言っていたな。
自分の体を使った儀式をするのはオレが初めてだって。
つまり自身の純潔をオレに捧げてくれたって言うこと。
男としてこんな美女の初めての相手になるなんてとても光栄なことなんだけど…オレはどことなく後ろめたい気持ちがあった。
「もしかするとユウタさんのお体にまだ完全に儀式が施せていないかもしれません。ですから…。」
潤んだ薄茶色の瞳がオレの黒い瞳を映す。
そのままいつの間にかセリーヌさんの手がオレの頬へ添えられていた。
肌から伝わる彼女の温もり。
体を重ねたことからか、興奮からか、その手は熱くオレの頬を疼かせた。
そしてセリーヌさんは言った。
「あの…もう一度…しても…宜しいですか…？」
その言葉に、その熱に、その表情に、その優しさに。
心は揺らぎ、意志が蕩ける。
…やばいな、これは。
胸が苦しくなる。
熱く、切なく、焦がされるように。
オレに優しく微笑んでくれるその表情に。
頬から、肌から伝わる温もりに。
セリーヌさんが自分の体を使ってまでオレを助けてくれたことに。
―…惚れたな、オレ。
気恥ずかしげに頬を掻いて、オレは口を開く。
出てきたのは勿論。
「えっと…こちらこそお願いします…。」
肯定の言葉。
それを聞いてセリーヌさんは嬉しそうに微笑んでくれる。
ただそれだけでも嬉しいと感じられた。
こうやって肌を重ねていることがとても幸福だと感じられるほどに。
彼女と一緒にいることがとても楽しいと思えるほどに。
「では…。」
セリーヌさんは顔を寄せてきた。
文字通り目と鼻の先に綺麗なセリーヌさんの顔がある。
どくんと、胸が高鳴る。
「セリーヌ、さん…？」
「キスを…しても宜しいですか…？」
すでに繋がっているというのに初々しく、やはり恥ずかしげに微笑む。
それだけでもオレの体温が一段と高くなったように感じられた。
本気で惚れたな…オレ…。
「はい。」
短い肯定の意志を表した返事をしてオレからもセリーヌさんの頬に手を添えた。
「では…♪」
嬉しそうな表情を見せてオレとセリーヌさんは口付けを交わした。
海面から程遠い海の底へと差し込む淡い光。
その中で恋人のようにキスをする二人姿がそこにはあった。
―だが
―オレは気づいていなかった。
彼女が自然に呼んでくれた名前を、オレは自分から名乗ってはいないということを。
祝詞 第一節 これにて終了
11/04/15 20:18更新 / ノワール・Ｂ・シュヴァルツ
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