恋とお前とオレとスキ 前編
あまり失礼なことを言っちゃいけないと思うが…。
この店…あんまり客来ないな。
カフェってこんなもんだっけ?
今までドラマとかで見たカフェはもっとお客がいたような…ってアレはドラマだからか。
それにしても客少ない。
店内にまだ一人もいないぞ。
もうこうやって立ってるだけで午後だぞ?
一人だけでも余裕で対応できるくらいだぞ…。
そんなことを考えながらオレこと黒崎ゆうたは手に持ったグラスを拭いているのだった。
暇だ…。つまんない…。
実際客が大勢来て接客が大変になるよかはいいんだろうけど。
今までこんな接客業したことないから客が来ないほうが嬉しいな。
うちの学校バイト禁止だったし。
それにしても暇だ。
マスターであるディランさんは奥さんのクレマンさんと一緒に買い物しに出かけてるし。
マリ姉は近所の孤児院にお手伝いとして行っちゃってるし。
オレみたいな奴に任せたままにしていいのかな…。
オレまだこっちの世界に来てからそんな月日たってないのに。
まだ字さえ読めてないのに。
このカフェバーに来る何人かのお客さんとは仲良くなれてるけどさ。
それでも…不安なんだよな…。
誰かお客さん来てくれないかな…いや、やっぱ来られると面倒臭いから来ないでくれるかな…。
そんなことを考えて拭いていたグラスを片付けていたら。
チリンチリンっ
鳴った。
ドアに付けられた鈴が軽い音を立てた。
うっわ…来ちゃったよ。
来なきゃお店として困るんだけど。
「いらっしゃいませ。」
営業スマイルを作ってなんとかお出迎えしようとしたが、来たお客の姿を見てすぐにやめた。
そこにいたのは人ではない。
人が使わない海の魔物専用の水路を使って来たお客。
見れば美しい女性の姿。
ただ下半身は魚。
マーメイド種の魔物。
綺麗なピンク色のくせ毛と赤い帽子。
貝殻を使ったセクシーなビキニ。
水路に浸りながらも輝く赤い鱗。
メロウ。
マーメイド種の中でもっとも好色とされる存在。
そのメロウを見てオレは笑みを消した。
別にオレがメロウを嫌いだとか魔物が嫌いだとかそんなわけではなく。
そいつに対してそんな営業スマイルなんてかしこまったものは向けるような相手じゃなかったから。
「お邪魔〜♪」
「お前かよ…。」
「ちょっと、何よユウタ。その反応は。」
エレーヌ。
オレの知り合いというか…話し相手というか…。
今のオレにとって友達と呼べるような相手。
オレがまだこの世界に馴染めずにいたときに親しく話しかけてきた奴だ。
話しかけてくれたことに対してはすごく嬉しかった。
うん、嬉しかったけど…内容が…。
初対面の相手に向かって言ったコイツの一言…今でもはっきりと覚えてる。
『ねぇねぇ、そこのジパング人さん。『おまんじゅう』って言葉、なんかエッチに聞こえない?』
は?って思ったな。
え!?とも思ったな。
オレも少し思ってた…なんてことは言わずに心の奥底に閉まったけど。
髪がピンク色の奴って頭の中がピンク色なのかって思ったけど…本当にそうだったんだ。
そんなふうに思うぐらいこいつはすごかった。
思わず運んでいたグラスを全部落とすぐらいに。
それでも、そんな気さくに話しかけてくれたことは嬉しかったは嬉しかったんだけど。
「んじゃ、何にしますか?お客様。」
一応客。
それ相応の態度で接するとしよう。
エレーヌがこの店に来る理由なんてものはわかりきってるけど。
エレーヌはオレの前のバーカウンターの席に座りメニューを取らずにオレを見る。
透き通った黄緑色の瞳がオレの顔を映す。
「…何?そんなに見られると照れるんだけど?」
「そう?」
「そう。」
元が美人なんだから。
黙って見つめられるだけでも男として揺らぎそうだ。
「それじゃあ…コーヒーでもお願いしようかしら。」
「はいよ。ミルクと砂糖は?」
「そうね〜。」
そこでエレーヌは一度オレのほうを見る。
オレの顔ではなく体。
バーカウンターでよく見えていないだろうが、視線の先には…。
「…ミルクで。」
「何でオレの下半身見て言うんだよ…。」
明らかに別の意味が込められてる。
こいつ、狙ってやってるな…。
初めて会ったときにはこれでグラスを五つ割ったし。
とにかくオレはエレーヌの注文通りにコーヒーを入れ始める。
一応一通りの手順はマスターから教え込まれたからそれなりのものは淹れられる。
えーっと…これがコーヒー豆で…これでドリップして…これをこうして。
できた。
さて、コーヒーができるまでは結構暇だ。
この暇な時間。
お客との世間話を楽しんだりするのだが…。
はっきり言ってオレにはできないな。
今まで別の世界に住んでたんだから話があまりにも合わなさすぎる。
それでも…。
「ねーねー!ユウタ!今日はどんな話を教えてくれるの!?」
「はいはい。」
コイツとの話は好きだ。
わからない世間話ではなく、小難しい話でもない。
エレーヌとの話。
女の子とするような話じゃないのがたまに傷だけど…。
「それじゃあ今日は―」
「なによそれ!んもうっ!いい話じゃないの!!」
メロウとの会話。
メロウが大好きな話といえばそう、猥談。
恋の話やちょっと人には話しにくい大人の話。
そんな会話をオレとエレーヌはしていた。
「だろ?この話は結構好きなんだよな。オレも。」
オレ自身こんな話は結構好きだったりもする。
オレのいた世界じゃ男子高校生同士でのエロい話は日常茶飯事。
これくらい学生の嗜みだぜ。
「それじゃあ何?その二人は会話したこともないけどお互いに気持ちが通じ合ってたってこと!?」
「そゆこと。ただ毎日すれ違うだけの存在が実は惹かれに惹かれて…そんで最後は同じ気持ちを、同じ言葉で伝えてハッピーエンド。」
「いやんっ!素敵じゃないの!!」
ちなみにこの話は高校生仲間の中じゃ有名なエロ漫画雑誌に載っていた話。
アレはよかったね。
めちゃくちゃ感動したね。
時折感動させるようなものがあるから侮れないんだよな、アレ。
「いいわね。そんな恋をあたしもしてみたいわ…。」
「それは無理だと思う。」
「何でよ!?」
初対面の相手に向かって猥談持ちかけてくるような奴だから…。
色々とオープンになりすぎなんだよ。
元は美人だからもう少し抑えればもてるだろうけど。
「おっと、コーヒーできたぞ。」
ようやくできたコーヒーをカップに注ぎ、彼女の前に置いた。
勿論、ミルクもともに置く。
白いカップと黒いコーヒー。
それとミルク。
お洒落だ。カフェバーってかなりお洒落だ。
自宅で何度か入れたことあるコーヒーだが雰囲気ひとつでここまでお洒落になるのか…。
「ん、ありがと。」
彼女はミルクをコーヒーに全部入れ、一口飲んでカップを置いた。
小さく息を吐き、オレを見る。
オレの黒い瞳にその綺麗な顔を映す。
「病院ってなかなかエッチじゃない?」
「は?」
唐突すぎる発言。
急に話題変えてきた。
コーヒー飲んで何でそんな話になるんだよ…。
「…そりゃ、まぁオレも思ったことはあるけど…」
「でしょ!?」
いきなり身を乗り出してオレの顔を覗き込んできたエレーヌ。
近い。近すぎるぞ。
もう少しでキスできるような位置まで身を乗り出すなよ。
香る女性特有の甘い香り。
少しだけエレーヌを女として意識してしまう。
「入院生活なんか…エッチよね!?」
「そうか?」
「そうよ!」
入院生活なんて大して良いものじゃないのに…。
何度も入院したから分かる。
アレはきつい。
することないし、やることないし。
「エロいことなんか何もないぞ。」
「え?そうなの?」
「当たり前だって。お前が思ってるようなエロエロはないからな?むしろ夜のトイレとか怖すぎるぐらいだからな?」
本当に幽霊出るかと思うぐらいだった…。
アレは異常な怖さだ。
「それじゃあ…病院でエッチな職業って何かしら?」
「ナース。」
即答した。
気持ちの良いくらいの返答速度。
一瞬の間もない男らしい即答だった。
病院といったらナースだろ…。
高校男児かなりの憧れだぞ。
しかし、エレーヌはその答えに驚く。
「え!?女医さんじゃないの!?」
「?ナースだろ?」
「え?」
「え?」
時折あるこんな感じの食い違い。
男と女。
人間とマーメイド。
だからこそ意見の食い違いが生じるのは当たり前なのだが…。
そんなとき、オレたちはあることをする。
「…検証、してみましょう?」
「そうだな。」
エレーヌの意見 『女医さん』
場面:入院生活
女医:エレーヌ
患者:黒崎 ゆうた
「それじゃあ、ユウタ君。今日も診断始めましょー!」
「よろしくお願いします。エレーヌ先生。」
「はい、それじゃあまずは服を脱ぎましょうね♪」
「先生、何でそんなに近づいて見るんですか?」
「先生は遠視だから仕方ないの。」
「だったら、眼鏡でも買えば―って何でいやらしく触るんですか!?」
「触診です♪」
「なら何で丹念に舐めるんですか!?」
「味もチェックしないと―あら?これは…♪」
「うっ!」
「あらあら、これは異常ですね♪普通こんなに腫れませんよ♪」
「いや、先生がいやらしく触ったり舐めたりするからで…。」
「これはいけませんね♪お薬塗らないと…。」
「薬…って先生!何で先生が脱いでるんですか!?」
「それはぁ…ここ♪」
「っ!!」
「ここで…先生の『お薬』をたっぷり塗りましょ♪」
「っせ、先生っ!!」
「ああんっ♪どう、ですかぁ♪あたしのお薬、ちゃんと塗れてますかぁ♪」
「いろんな意味でヌレまくりですよ!!」
「それはぁっ♪よか、あ♪あぁああん♪」
「先生っ!オレもう…!!」
「はぁいっ♪先生の中にぃ♪ユウタ君のお薬をちょうだぁい♪」
「せ、先生っ!!」
「ああぁぁああぁぁあああん♪」
「ぐはぁっ!!」
吹いた。
そしてバーカウンターに突っ伏すオレ。
「どう!?中々エッチな展開じゃない!?」
「『お薬』って…やるな…!」
他の人には言えない検証。
意見の食い違いが合ったりしたときはこんなふうに互いで演じてそのシチュエーションの良さを確認し合っている。
これが結構面白い。
かなりはまる。
以前の高校生活でもここまでオープンに話したことはなかったな…。
「それじゃあ…今度はこっちの番だな。」
バーカウンターから顔を上げてオレはエレーヌを見た。
オレの意見 『ナース』
場面:入院生活
患者:黒崎 ゆうた
ナース:エレーヌ
「こんばんはー!」
「こんばんは、エレーヌさん。」
「病院食はちゃんと食べてる?」
「勿論。もう少し量が欲しいところですよ。」
「ダメですよ。まだ体が万全じゃないんですから。」
「はいはい。それで…今日は『注射』ですか?」
「あんっ♪そんな…すぐには…あ♪」
「こんなに準備して、こんな夜更けに病室まで来て何言ってるんですか…ほら。」
「ああん♪」
「いけないナースですね、エレーヌさんは。ちゃんと良くなってくれるように『注射』、しましょうね…。」
「あ、ああ♪そんな、いきなり激しいっ♪」
「どうです?ちゃんと刺さってますか?」
「はいっ♪ちゃんと、奥まで…ああっ♪」
「『注射』したら揉まないといけないんでしたよね?」
「ああっ♪胸はぁあ♪感じすぎちゃうからぁあ♪」
「っ!そろそろ出しますよ、エレーヌさん!」
「ああぁ♪出して、私の奥で出してくださいっ♪あ、あぁぁああぁぁあああ♪」
「ぶほっ!!」
吹いた。
そしてバーカウンターに突っ伏すエレーヌ。
「『注射』って…エッチじゃないの!」
「だろ?」
何の話をしてるんだオレは…。
この世界に来たばかりの頃のオレが見たら堪らず殴りかかってるな…。
少し自己嫌悪。
それでもいいかと思う。
だって楽しいんだし。
「まったく…こんな話、他には聞かせられないけど。」
「あら、そう?あえて本にして皆に広めるとかは?」
「それはそれでありか?」
「ありよ♪」
エレーヌは笑ってオレを見て。
オレは笑ってエレーヌと話す。
それがとても嬉しくて、それがとても楽しい。
それだけ分かっていれば十分だ。
「それじゃあ今度はどんな職業が好き?勿論女の子がするものよ?」
「あ〜…結構あって悩むな、それ…。」
くつくつと笑いながらオレは再度彼女と話を始めるのだった。
「今夜ユウタの部屋に上がりたいんだけど?」
それは急な事だった。
自分の分のコーヒーを入れて話を続けようとしたところにエレーヌが言った。
両手を組んで、その上に顎を乗せて。
女の子らしく可愛らしく。
傍から見ればねだるような姿で。
「…は?オレの部屋?」
「そう。話しの続きもしたいし、ちょっと見せたいものがあるのよね。」
見せたいもの?
こいつの言う見せたいものって言うと大抵エロ関係。
いや、全部エロいものだ。
この前なんか浮世絵風のエロ本を見せられた。
ジパングとか言う国で有名な春画らしい。
だが、ぬるい。
そんな浮世絵でオレの情欲は湧き上がんねーんだよ!
せめて写真か動画か生じゃねーとダメなんだよ!
そんなことを言った覚えがある。
…何言ってるんだオレ。
「またエロいもの?」
「そうよ。」
自然といった!
普通に言っちゃったよ!?
エレーヌは本当に女性なのかと時に疑いたくもなる。
あまりの恥じらいのなさに男と勘違いしそうになる。
メロウって皆こうなのか…?
そんなふうによく思う。
「何だよ?またジパングの春画か?」
「今度はもっとすごいわよ!それ以上のエッチな絵なんだから!」
「へぇ、そんなら期待してもいいのかよ?」
「当然よ!」
本当に何の話をしているんだ、オレ。
何に期待してるんだ、オレ…。
エレーヌは目を輝かせて言った。
「うふふ〜!楽しみね〜ユウタの部屋。いったいどれほどのエッチな本があるのかしら?」
「残念ながらオレはそんなもの買ってねぇぞ。」
「ええ!?」
二人でそんな下らないことを話しながら笑いあう。
傍から見たらどう見えるのだろう?
中のいい男女?
まるで男同士?
それとも恋人は―ないだろうな。
恋人がするような会話じゃないし。
コイツもオレをそんな目で見てるような奴じゃないし。
そんな考えを余所にオレはエレーヌに言った。
「そんじゃ、飲み物作って待ってるわ。とびきりの飲みものだぜ?」
「何?媚薬入り?」
「入ってねえよ!」
「エッチな飲み物なの?」
「どんな飲み物だよ…。」
実際、名前が少しアレなんだけど…。
それでもコイツにはちょうどいいくらいだろう。
「楽しみにしとけよ?」
「わかったわ、心から楽しみにしてるわ。」
やっぱり互いに笑い合って、
そして夜オレの部屋へ遊びに来るという約束を交わして。
エレーヌは店を出て行った。
このときのオレは忘れていたんだ。
今日が何の日かを。
マリ姉がなんで孤児院へ手伝いに行ったのかを。
オレも今日は孤児院へ行くべきだったということを。
コイバナ 第一章 これにて終了
この店…あんまり客来ないな。
カフェってこんなもんだっけ?
今までドラマとかで見たカフェはもっとお客がいたような…ってアレはドラマだからか。
それにしても客少ない。
店内にまだ一人もいないぞ。
もうこうやって立ってるだけで午後だぞ?
一人だけでも余裕で対応できるくらいだぞ…。
そんなことを考えながらオレこと黒崎ゆうたは手に持ったグラスを拭いているのだった。
暇だ…。つまんない…。
実際客が大勢来て接客が大変になるよかはいいんだろうけど。
今までこんな接客業したことないから客が来ないほうが嬉しいな。
うちの学校バイト禁止だったし。
それにしても暇だ。
マスターであるディランさんは奥さんのクレマンさんと一緒に買い物しに出かけてるし。
マリ姉は近所の孤児院にお手伝いとして行っちゃってるし。
オレみたいな奴に任せたままにしていいのかな…。
オレまだこっちの世界に来てからそんな月日たってないのに。
まだ字さえ読めてないのに。
このカフェバーに来る何人かのお客さんとは仲良くなれてるけどさ。
それでも…不安なんだよな…。
誰かお客さん来てくれないかな…いや、やっぱ来られると面倒臭いから来ないでくれるかな…。
そんなことを考えて拭いていたグラスを片付けていたら。
チリンチリンっ
鳴った。
ドアに付けられた鈴が軽い音を立てた。
うっわ…来ちゃったよ。
来なきゃお店として困るんだけど。
「いらっしゃいませ。」
営業スマイルを作ってなんとかお出迎えしようとしたが、来たお客の姿を見てすぐにやめた。
そこにいたのは人ではない。
人が使わない海の魔物専用の水路を使って来たお客。
見れば美しい女性の姿。
ただ下半身は魚。
マーメイド種の魔物。
綺麗なピンク色のくせ毛と赤い帽子。
貝殻を使ったセクシーなビキニ。
水路に浸りながらも輝く赤い鱗。
メロウ。
マーメイド種の中でもっとも好色とされる存在。
そのメロウを見てオレは笑みを消した。
別にオレがメロウを嫌いだとか魔物が嫌いだとかそんなわけではなく。
そいつに対してそんな営業スマイルなんてかしこまったものは向けるような相手じゃなかったから。
「お邪魔〜♪」
「お前かよ…。」
「ちょっと、何よユウタ。その反応は。」
エレーヌ。
オレの知り合いというか…話し相手というか…。
今のオレにとって友達と呼べるような相手。
オレがまだこの世界に馴染めずにいたときに親しく話しかけてきた奴だ。
話しかけてくれたことに対してはすごく嬉しかった。
うん、嬉しかったけど…内容が…。
初対面の相手に向かって言ったコイツの一言…今でもはっきりと覚えてる。
『ねぇねぇ、そこのジパング人さん。『おまんじゅう』って言葉、なんかエッチに聞こえない?』
は?って思ったな。
え!?とも思ったな。
オレも少し思ってた…なんてことは言わずに心の奥底に閉まったけど。
髪がピンク色の奴って頭の中がピンク色なのかって思ったけど…本当にそうだったんだ。
そんなふうに思うぐらいこいつはすごかった。
思わず運んでいたグラスを全部落とすぐらいに。
それでも、そんな気さくに話しかけてくれたことは嬉しかったは嬉しかったんだけど。
「んじゃ、何にしますか?お客様。」
一応客。
それ相応の態度で接するとしよう。
エレーヌがこの店に来る理由なんてものはわかりきってるけど。
エレーヌはオレの前のバーカウンターの席に座りメニューを取らずにオレを見る。
透き通った黄緑色の瞳がオレの顔を映す。
「…何?そんなに見られると照れるんだけど?」
「そう?」
「そう。」
元が美人なんだから。
黙って見つめられるだけでも男として揺らぎそうだ。
「それじゃあ…コーヒーでもお願いしようかしら。」
「はいよ。ミルクと砂糖は?」
「そうね〜。」
そこでエレーヌは一度オレのほうを見る。
オレの顔ではなく体。
バーカウンターでよく見えていないだろうが、視線の先には…。
「…ミルクで。」
「何でオレの下半身見て言うんだよ…。」
明らかに別の意味が込められてる。
こいつ、狙ってやってるな…。
初めて会ったときにはこれでグラスを五つ割ったし。
とにかくオレはエレーヌの注文通りにコーヒーを入れ始める。
一応一通りの手順はマスターから教え込まれたからそれなりのものは淹れられる。
えーっと…これがコーヒー豆で…これでドリップして…これをこうして。
できた。
さて、コーヒーができるまでは結構暇だ。
この暇な時間。
お客との世間話を楽しんだりするのだが…。
はっきり言ってオレにはできないな。
今まで別の世界に住んでたんだから話があまりにも合わなさすぎる。
それでも…。
「ねーねー!ユウタ!今日はどんな話を教えてくれるの!?」
「はいはい。」
コイツとの話は好きだ。
わからない世間話ではなく、小難しい話でもない。
エレーヌとの話。
女の子とするような話じゃないのがたまに傷だけど…。
「それじゃあ今日は―」
「なによそれ!んもうっ!いい話じゃないの!!」
メロウとの会話。
メロウが大好きな話といえばそう、猥談。
恋の話やちょっと人には話しにくい大人の話。
そんな会話をオレとエレーヌはしていた。
「だろ?この話は結構好きなんだよな。オレも。」
オレ自身こんな話は結構好きだったりもする。
オレのいた世界じゃ男子高校生同士でのエロい話は日常茶飯事。
これくらい学生の嗜みだぜ。
「それじゃあ何?その二人は会話したこともないけどお互いに気持ちが通じ合ってたってこと!?」
「そゆこと。ただ毎日すれ違うだけの存在が実は惹かれに惹かれて…そんで最後は同じ気持ちを、同じ言葉で伝えてハッピーエンド。」
「いやんっ!素敵じゃないの!!」
ちなみにこの話は高校生仲間の中じゃ有名なエロ漫画雑誌に載っていた話。
アレはよかったね。
めちゃくちゃ感動したね。
時折感動させるようなものがあるから侮れないんだよな、アレ。
「いいわね。そんな恋をあたしもしてみたいわ…。」
「それは無理だと思う。」
「何でよ!?」
初対面の相手に向かって猥談持ちかけてくるような奴だから…。
色々とオープンになりすぎなんだよ。
元は美人だからもう少し抑えればもてるだろうけど。
「おっと、コーヒーできたぞ。」
ようやくできたコーヒーをカップに注ぎ、彼女の前に置いた。
勿論、ミルクもともに置く。
白いカップと黒いコーヒー。
それとミルク。
お洒落だ。カフェバーってかなりお洒落だ。
自宅で何度か入れたことあるコーヒーだが雰囲気ひとつでここまでお洒落になるのか…。
「ん、ありがと。」
彼女はミルクをコーヒーに全部入れ、一口飲んでカップを置いた。
小さく息を吐き、オレを見る。
オレの黒い瞳にその綺麗な顔を映す。
「病院ってなかなかエッチじゃない?」
「は?」
唐突すぎる発言。
急に話題変えてきた。
コーヒー飲んで何でそんな話になるんだよ…。
「…そりゃ、まぁオレも思ったことはあるけど…」
「でしょ!?」
いきなり身を乗り出してオレの顔を覗き込んできたエレーヌ。
近い。近すぎるぞ。
もう少しでキスできるような位置まで身を乗り出すなよ。
香る女性特有の甘い香り。
少しだけエレーヌを女として意識してしまう。
「入院生活なんか…エッチよね!?」
「そうか?」
「そうよ!」
入院生活なんて大して良いものじゃないのに…。
何度も入院したから分かる。
アレはきつい。
することないし、やることないし。
「エロいことなんか何もないぞ。」
「え?そうなの?」
「当たり前だって。お前が思ってるようなエロエロはないからな?むしろ夜のトイレとか怖すぎるぐらいだからな?」
本当に幽霊出るかと思うぐらいだった…。
アレは異常な怖さだ。
「それじゃあ…病院でエッチな職業って何かしら?」
「ナース。」
即答した。
気持ちの良いくらいの返答速度。
一瞬の間もない男らしい即答だった。
病院といったらナースだろ…。
高校男児かなりの憧れだぞ。
しかし、エレーヌはその答えに驚く。
「え!?女医さんじゃないの!?」
「?ナースだろ?」
「え?」
「え?」
時折あるこんな感じの食い違い。
男と女。
人間とマーメイド。
だからこそ意見の食い違いが生じるのは当たり前なのだが…。
そんなとき、オレたちはあることをする。
「…検証、してみましょう?」
「そうだな。」
エレーヌの意見 『女医さん』
場面:入院生活
女医:エレーヌ
患者:黒崎 ゆうた
「それじゃあ、ユウタ君。今日も診断始めましょー!」
「よろしくお願いします。エレーヌ先生。」
「はい、それじゃあまずは服を脱ぎましょうね♪」
「先生、何でそんなに近づいて見るんですか?」
「先生は遠視だから仕方ないの。」
「だったら、眼鏡でも買えば―って何でいやらしく触るんですか!?」
「触診です♪」
「なら何で丹念に舐めるんですか!?」
「味もチェックしないと―あら?これは…♪」
「うっ!」
「あらあら、これは異常ですね♪普通こんなに腫れませんよ♪」
「いや、先生がいやらしく触ったり舐めたりするからで…。」
「これはいけませんね♪お薬塗らないと…。」
「薬…って先生!何で先生が脱いでるんですか!?」
「それはぁ…ここ♪」
「っ!!」
「ここで…先生の『お薬』をたっぷり塗りましょ♪」
「っせ、先生っ!!」
「ああんっ♪どう、ですかぁ♪あたしのお薬、ちゃんと塗れてますかぁ♪」
「いろんな意味でヌレまくりですよ!!」
「それはぁっ♪よか、あ♪あぁああん♪」
「先生っ!オレもう…!!」
「はぁいっ♪先生の中にぃ♪ユウタ君のお薬をちょうだぁい♪」
「せ、先生っ!!」
「ああぁぁああぁぁあああん♪」
「ぐはぁっ!!」
吹いた。
そしてバーカウンターに突っ伏すオレ。
「どう!?中々エッチな展開じゃない!?」
「『お薬』って…やるな…!」
他の人には言えない検証。
意見の食い違いが合ったりしたときはこんなふうに互いで演じてそのシチュエーションの良さを確認し合っている。
これが結構面白い。
かなりはまる。
以前の高校生活でもここまでオープンに話したことはなかったな…。
「それじゃあ…今度はこっちの番だな。」
バーカウンターから顔を上げてオレはエレーヌを見た。
オレの意見 『ナース』
場面:入院生活
患者:黒崎 ゆうた
ナース:エレーヌ
「こんばんはー!」
「こんばんは、エレーヌさん。」
「病院食はちゃんと食べてる?」
「勿論。もう少し量が欲しいところですよ。」
「ダメですよ。まだ体が万全じゃないんですから。」
「はいはい。それで…今日は『注射』ですか?」
「あんっ♪そんな…すぐには…あ♪」
「こんなに準備して、こんな夜更けに病室まで来て何言ってるんですか…ほら。」
「ああん♪」
「いけないナースですね、エレーヌさんは。ちゃんと良くなってくれるように『注射』、しましょうね…。」
「あ、ああ♪そんな、いきなり激しいっ♪」
「どうです?ちゃんと刺さってますか?」
「はいっ♪ちゃんと、奥まで…ああっ♪」
「『注射』したら揉まないといけないんでしたよね?」
「ああっ♪胸はぁあ♪感じすぎちゃうからぁあ♪」
「っ!そろそろ出しますよ、エレーヌさん!」
「ああぁ♪出して、私の奥で出してくださいっ♪あ、あぁぁああぁぁあああ♪」
「ぶほっ!!」
吹いた。
そしてバーカウンターに突っ伏すエレーヌ。
「『注射』って…エッチじゃないの!」
「だろ?」
何の話をしてるんだオレは…。
この世界に来たばかりの頃のオレが見たら堪らず殴りかかってるな…。
少し自己嫌悪。
それでもいいかと思う。
だって楽しいんだし。
「まったく…こんな話、他には聞かせられないけど。」
「あら、そう?あえて本にして皆に広めるとかは?」
「それはそれでありか?」
「ありよ♪」
エレーヌは笑ってオレを見て。
オレは笑ってエレーヌと話す。
それがとても嬉しくて、それがとても楽しい。
それだけ分かっていれば十分だ。
「それじゃあ今度はどんな職業が好き?勿論女の子がするものよ?」
「あ〜…結構あって悩むな、それ…。」
くつくつと笑いながらオレは再度彼女と話を始めるのだった。
「今夜ユウタの部屋に上がりたいんだけど?」
それは急な事だった。
自分の分のコーヒーを入れて話を続けようとしたところにエレーヌが言った。
両手を組んで、その上に顎を乗せて。
女の子らしく可愛らしく。
傍から見ればねだるような姿で。
「…は?オレの部屋?」
「そう。話しの続きもしたいし、ちょっと見せたいものがあるのよね。」
見せたいもの?
こいつの言う見せたいものって言うと大抵エロ関係。
いや、全部エロいものだ。
この前なんか浮世絵風のエロ本を見せられた。
ジパングとか言う国で有名な春画らしい。
だが、ぬるい。
そんな浮世絵でオレの情欲は湧き上がんねーんだよ!
せめて写真か動画か生じゃねーとダメなんだよ!
そんなことを言った覚えがある。
…何言ってるんだオレ。
「またエロいもの?」
「そうよ。」
自然といった!
普通に言っちゃったよ!?
エレーヌは本当に女性なのかと時に疑いたくもなる。
あまりの恥じらいのなさに男と勘違いしそうになる。
メロウって皆こうなのか…?
そんなふうによく思う。
「何だよ?またジパングの春画か?」
「今度はもっとすごいわよ!それ以上のエッチな絵なんだから!」
「へぇ、そんなら期待してもいいのかよ?」
「当然よ!」
本当に何の話をしているんだ、オレ。
何に期待してるんだ、オレ…。
エレーヌは目を輝かせて言った。
「うふふ〜!楽しみね〜ユウタの部屋。いったいどれほどのエッチな本があるのかしら?」
「残念ながらオレはそんなもの買ってねぇぞ。」
「ええ!?」
二人でそんな下らないことを話しながら笑いあう。
傍から見たらどう見えるのだろう?
中のいい男女?
まるで男同士?
それとも恋人は―ないだろうな。
恋人がするような会話じゃないし。
コイツもオレをそんな目で見てるような奴じゃないし。
そんな考えを余所にオレはエレーヌに言った。
「そんじゃ、飲み物作って待ってるわ。とびきりの飲みものだぜ?」
「何?媚薬入り?」
「入ってねえよ!」
「エッチな飲み物なの?」
「どんな飲み物だよ…。」
実際、名前が少しアレなんだけど…。
それでもコイツにはちょうどいいくらいだろう。
「楽しみにしとけよ?」
「わかったわ、心から楽しみにしてるわ。」
やっぱり互いに笑い合って、
そして夜オレの部屋へ遊びに来るという約束を交わして。
エレーヌは店を出て行った。
このときのオレは忘れていたんだ。
今日が何の日かを。
マリ姉がなんで孤児院へ手伝いに行ったのかを。
オレも今日は孤児院へ行くべきだったということを。
コイバナ 第一章 これにて終了
11/04/03 14:53更新 / ノワール・B・シュヴァルツ
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