連載小説
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お慕いしております、御主人様
窓を叩く雨粒は止む気配を見せない。きっと一日中は降り注ぐことだろう。雨粒と外気に晒され続けた体はとても冷たく震えている。放っておけば体調を崩すどころでは済まない。
だからこそ、私はユウタ様と共に風呂場にいた。お互いに一糸まとわぬ姿で。

「…失礼します」

濡れた体を温めるためにもシャワーの湯を肌へと掛けていく。
女性にはない逞しい腕や胸板、広い肩幅に肉のついた背中。がちがちとは呼べないが、引き絞られた肉体に湯が伝い落ちる様は筆舌しがたい艶めかしさがあった。

「…っ」

ぞくりとする。
その身を抱きしめ、欲望のまま繋がり合いたい。魔物の本能が私の心を揺り動かしていく。
だらだらとだらしなく涎が垂れるが我慢。あまりにも無防備な背中と隙だらけな心だが本能任せの行為など暴漢と変わらない。私は暴漢ではなくメイドなのだから。


だがそれ以上に―ユウタ様の心はそんなものを持ちこむ余裕はなかった。


寂しく、切なく、辛く、悲しくある胸中が求めているのは欲望を満たす快感ではない。
もっと優しく。
もっと温かく。
もっと懐かしくて―決して私が差し上げられるものではなかった。


だが、私は何もできないメイドではない。


ユウタ様は私を救ってくださった。だからといって同じように救えるとは限らない。
それでも、持っていないから諦めるほどやわではない。
だからこそ、できないからと逃げ出す程愚かではない。
指先で傷つけぬようにとなぞっていく。冷えた肌を温めるように手を当てると温かな体温が掌と溶け合っていく。肩を、腕を、肘を、背中を摩って脇腹へ移りゆっくりと下がっていく。
無駄な肉のない引き絞られた肉体は固く逞しく、それでいて無骨さのない優しさに溢れていた。

「…っぁ」

脇腹を撫でていると手が添えられる。指先が重なると私は手を広げその指を絡ませ合う。撫でることはできなくなるが、これもまた悪いものではない。
身を寄せ額を首筋に押し当てる。それだけでもどこか救われたように心が軽くなっていく。
嬉しくはあった。だが、もどかしい。
私ならもっとできるはずだ。この冷たく寂しげな感情を取り除くことができるはずだ。





ユウタ様のメイドとして―たった一人のメイドとして。





「…紅茶を、淹れてきます」
「ん、ありがと」

シャワーを浴び終え寝間着姿になったユウタ様とメイド服姿に戻った私は寝室にいた。
ユウタ様は微笑んでくれるが痛ましさは変わらない。その目に私を捕らえているが、決して映っているわけではなかった。
視線の先がどこへ向いているのかわからない。せいぜい窓の外の雨模様程度だ。
だが、向けられた先にいるのはきっとユウタ様にとって欠かせない人だったのだろう。
親友だろうか。
家族だろうか。
恋人だろうか。
誰ともわからず、過去すらわからない私には憶測でしかない。



その存在に私がなる―なんて、烏滸がましいことだとは分かっている。



それでも今出来るのはその寂しさを癒すこと。そして、男性を癒すのは女の務め。
そこで体を用いて慰めるのはよくあることだ。英気を養うため一晩ベッドを共にすることはどこだろうと変わらない。
だからといってユウタ様が許容するとは思えないが。求めていても慰めを必要としない。一線越える理由にしてはあまりにも陳腐と感じることだろう。


私を想ってくださるからこそ、その心は未だ踏み止まっている。


私に泣き付いてもいい。暴力を振るわれてもいい。衣服を引きはがされて乱暴されても、口汚く罵られても構わない。だから、少しは弱いところを見せて欲しい。
そうできないのは自分一人で解決できることだからではない。あくまで、他人に知られたくない―他人の手を煩わせたくないから。
暴走したところでどのようなこともするつもりだ。それでも自暴自棄にすらなれないのはその心の強さゆえだろう。



だからまずはその心の強さを剥がさなければ始まらない。



「…」

私は離れたテーブルの上に並べたカップと、茶葉の入ったガラス容器を見つめていた。
これを用いることに抵抗はある。なぜならこれは信頼に欺く行為になりかねない。ユウタ様を支えるため、という免罪符に隠れた暴行に他ならない。
これが正解だと言い切るにはあまりにも荒っぽい。
だが、間違いにしては外れていない。
だからこそ私は茶葉を手に取った。

「…申し訳ありません、ユウタ様」

届かないほど小さく呟いた言葉に続きカップへと紅茶を注ぐのだった。





「…どうぞ、紅茶です。生姜を混ぜたので冷えた体も温まりますよ」
「ん、ありがと」

優しく微笑みを作るがいつものような明るい笑みが作れていない。それでもユウタ様は精一杯の笑顔で私の紅茶を受け取った。

紅茶の香りと生姜の香りを程よく混ぜた一杯は体温をあげ発汗を促進する。冷えた時や風邪気味の時に適している。その茶葉自体に含まれた成分もきっとユウタ様を温めるはずだ。


「っ…」


一瞬ユウタ様の瞼が動く。続いて胸中に生まれた猜疑の感情。これまた懐かしさに近く、どこか呆れた様子の心を感じてもしやと考える。

もしや―気づかれた?

一瞬警戒したがユウタ様は気にした様子もなくカップを傾けた。否、懐かしさよりも私への信用が勝ったのかもしれない。
ちくりと胸を刺す罪悪感に苛まれながらもその様子を見続け、空になったカップを受け取った。

「…カップを片付けてきますね」

効果が現れるまで時間はかからない。少しばかり離れればすぐにその手を私へ伸ばすことだろう。
後は私が全身全霊を込めてユウタ様を―

「―………待って」
「…っ!」

突然スカートが掴まれた。驚き尻尾がびくりと跳ねる。
振り返ればユウタ様は遠慮がちに笑いかけてくる。自覚のない寂しげな瞳を向けて。

「………少し、一緒にいて欲しいんだけどダメかな?」

拒む道理は欠片もない。カップを傍の机に置くとユウタ様の隣へと座りこんだ。

「…失礼します」
「ん」

距離はなく肩が触れ合う距離にいる。頭を預けることも、肩を抱くことも出来る距離だ。
音のない空間に二人の男女。外は変わらず雨模様が続いている。部屋はユウタ様の心情を表すように暗い。
だがその体は次第に温度を上げていく。欲望へとたどり着けばキキーモラの私から目を背けることも出来ないだろう。


だから―早く手を出して。


こればかりは私から手を出しては意味がない。他人から無理やり空白を埋められたところで結局は押し付けにしかならない。
だから、ユウタ様自身に求めてもらいたい。
求めて、もらいたい……。

「エミリー…」
「…はい」
「……ねぇ、エミリー」
「…はい」
「……………エミリー」
「…はい」

ここにいることを確かめるように何度も名が呼ばれる。その度に私は返事をする。
私がユウタ様の傍に居る、その事実を伝えるために。
ユウタ様は相変わらずにこやかだ。とても優しく笑おうとしてできなくて、とても痛々しく笑ってる。笑うこと以外ができないような、笑みという仮面で全てを誤魔化し、抑え込んでいるような、そんな無理やりさを感じる。


―あぁ、ダメだ。


求めてもらうはずなのに、自分から手を差し出したくなる。
見ていられない。こんな痛々しい姿。何とかして癒したくなる。せめてもと気を紛らわせたくなる。
ここはひとつ『メイド・冗談』でも。いや、空気が読めぬ無能ではない。
ならば少々『メイド・話術』で否が応でも。だが、何かが違う。

「…っ」

私はそっとユウタ様の手を握っていた。ユウタ様は何も言わない。驚きもしなければ視線を手元へと向けるだけだ。
掌から伝わってくるユウタ様の感情。先ほどよりもほんの少し和らいだ寂しさに私はさらに身を寄せた。
暗がりに浮かぶ愛おしい御主人様の顔。夜よりもずっと濃い闇色の瞳が静かにこちらへ向けられた。

―その頬に手を添えたい。

魔物の欲望は偽りなく触れ合いたがる。

―その感情を向けられたい。

女の本質は真っ直ぐ好意を向ける。


―その心に必要とされたい。


メイドの忠誠は心の底からただ求めていた。


「…あっ」

気付けば顔を寄せていた。鼻先が触れ合い、視線が交わる。言葉は何もないが瞳の奥は揺らいでいた。
欲望と寂寥に苛まれてどうすればいいのかわからない。だが、自暴自棄ではない。精神の強さが仇となったか本能任せの行動へは至らない。そんな感情が見て取れる。

「…ユウタ、様」

頬に手を添え愛おしい名を呼んだ。瞼が落ち、唇をそっと寄せる。以前のように止めるものは何もない。

「…んっ」

自然に瞼を閉じて重なり合う。湿り気を帯びた唇からは例えようのない甘さがあった。ユウタ様が私に向けて下さる優しさのように。
貪る様な欲望任せのキスではない。重ね、擦れて確かめる柔らかな口づけだった。
欲しいのは欲望ではなく温もり。
求めているのは快感ではなく存在。
寂寥を埋めるため、私という存在を確かめるため輪郭をなぞる様に重なり合う。やがてさらに深くを求め唇をより強く押しつけた。
両腕が後頭部へと回され私からも抱き返す。胸板に体が密着しやや高めの体温が肌の間で溶け合っていく。

「…んっ、ふ………ぅっむぅ…んちゅ♪」

唇がゆっくり離され頬へと落ちる。やがて顎へ、首へ、鎖骨へと。割れ物を扱うように吸い付き仄かに赤く染めていく。
ぞくぞくする。
数日もすれば消えるだろう証だが確かにユウタ様の刻まれたもの。それがいくつも肌に咲いていく。
だらだらと涎が零れ落ちていく。口付けるユウタ様へ落ちないように慌てて指で拭い取った。

「…あっ♪」

やがて唇は胸へと達し優しい手つきで服が脱がされる。指先が肌に食い込む感動を味わっていると唇が先端へと吸い付いた。ぱちりと火花が弾けるように緩やかな快感とは違うものが体を伝わっていく。
硬く結んだ唇は伝わる快楽に綻び嬌声を漏らしていく。聞いたユウタ様は慈しむようにこちらを見上げ、再び唇を寄せた。
片手が胸へと添えられる。感触を確かめるように指先が沈み込む。掌に肌が擦れ、柔らかな力加減に体が震えた。

「…ん、んんっ♪」

私がするはずだったのに気づけばされている身となっていた。
これぞ本来のキキーモラの姿だろう。だが私は魔物である前にメイドである。寵愛を受けるのは嬉しいが、やはり私から尽くしたい。

「…あっ」

探るようにちらりと視線を下へ向ける。徐々に滾りを見せていくユウタ様の欲望は下腹部へと集まり熱の塊となって起立していた。
口付けを惜しみながらも両手で肩を抑え込む。今度は私からと着ている服に手をかけ、割れ物を扱うように脱がしていく。
衣服の下から現れたのは男であることを示すもの。逞しく反りかえり女の私を見ているだけでも昂ぶらせてくる。亀の頭だと例えられるが中々言葉で表しにくい。私の体のどの器官にも似つかないものだが、紛れもないユウタ様のもの。だからこそ愛おしい。

「…ユウタ様ぁ♪」

縋り付くように名前を呼び両手を下腹部へと伸ばす。そして、脈動するユウタ様へと指先が触れた。

「っ…!」
「…私からも、させてください」

指を絡めて上下に擦る。敏感な部分故に力加減を誤らぬように注意して。
肌が先端を刺激する。指先が裏筋を撫で上げる。カリ首が掌に擦れていく。その度粘液が滲みだし雄の匂いが漂ってきた。
視線をあげれば唇を固く結び堪えるように目を瞑るユウタ様の顔が見えた。肌は興奮で赤く染めた様にぞくぞくと背筋が震えていく。
ユウタ様が私で感じている、その事実にただ喜びを覚えるばかりだ。

「…こちらは、どうですか?」

私の全部を感じてもらいたい。そう考えて両手首を寄せ生えた羽毛の中へと埋める。軽く柔らかな羽の感触は肉とは違う快感を生むことだろう。突然刺激の変化にユウタ様は目を見開き切なく声を上げた。

「あふっ…」
「…お気に召されたようですね」

裏筋を羽毛でなぞりあげた。洗うように丁寧に、いじめるように執拗に。
先っぽを羽先で撫で上げた。擽るように小刻みに、解すように丁寧に。
その度眉を顰めて私の胸に添えられた手が震えていた。キキーモラでなくとも察せる程に昂ぶっている。きっと限界も近いのだろう。なら、このまま手の中に出してもらおうか―いや。
それよりも先ほどから下腹部の疼きが止まない。

欲しい。欲しい。早く私の中で、沢山吐き出してほしい。

魔物の本能が、女の性質が、メイドの忠誠心がただひたすらにユウタ様を求めている。

「…ユウタ様、もう」
「…………ん」

短い返答に私は頷き座り込んだユウタ様の上に跨った。
前戯の必要はないほどに湿り、今も粘液を滴らせる私の女。魔物の貪欲さが滲みだすようにだらだらと太腿を伝ってユウタ様の肌を汚す。まるで芸術を踏みにじる様な背徳感を覚え体が震えた。

「…」

返事はない。だが、闇色の瞳が応じるように私を見つめ返してきた。

「…では、んっ……ぁ!」

じわりじわりと埋まっていく熱の塊。僅かに動いただけでも刺激となり私の視界を白く染める。その感覚は痛みに近く―それ以上の快感が全てを塗りつぶしていく。

…あぁ、なんと素晴らしいことだろう!

ユウタ様を感じている。痛みであろうと、快楽であろうと、与えられる感覚全てが愛おしく、全てが悦びへと通じていく。
腰と腰がぶつかった。小さな衝撃と最奥に突き刺さる刺激に呼吸が止まる。下腹部から感じる私とは違う熱。燃え上る様な体温と鋼鉄の如く固い感触に充足感が胸の内に広がった。

今、私はユウタ様と一つになっている。

肉体でつながり、肌が重なり、体温が溶け合って一つに交わり合っている。
視線を下へと向ければ結合部が丸見えだ。未だ、涎の如く愛液を垂らす私の中に埋まったユウタ様の様子が目でも、膣でもはっきりわかる。

「…あ……ぁっ♪」

言葉にできないほどの感動と、快楽に巻き込まれながらも一人では得られない安心感があった。それ以上の愛おしさが胸を満たし、指先まで広がっていく。
体は既に絶頂へと押し上げられていた。意識も同様で果たして私のいる所は喜びの果てなのか快楽の頂きなのか判断ができない。
だが、抱きしめたユウタ様は私とは異なる姿だった。

「っ…ぁ…ふ、ぁ……」

大きく方で呼吸を繰り返しながら体を突き刺す快感をどうにか堪えようとしている。腕に、足に、力が籠り唇の間から切なげな声が漏れていた。
魔物の肉体から得られる快感に必死に流されまいと耐えている。みっともなく果てないためと男性の矜持に似たものだろう。それ以上に私を悦ばせたいという願いとどこか義務感にも似た感情が見受けられる。


我慢など―してほしくない。


それは私の素直な気持ちだった。
私という存在を心行くまで感じて欲しい。苦痛ではないのだから堪えることも必要ない。むしろ、私で感じた快感を拒絶してほしくない。
欲しいのは真っ直ぐな欲望だった。
求めているのは混じり気のない求愛だった。

「…ユウタ、様」
「んっ…」

愛おしい名を呼びながらそっと頬を撫でていく。すると強張った体から徐々に力が緩んでいく。濡れた瞳が真っ直ぐ向けられた。
闇色の瞳が揺れている。快楽に流されまいと我慢している。だが、それと同じほどにどす黒い欲望が見え隠れしていた。

「…私を、感じて…ください」
「…」

その言葉に容易く片方がそぎ落とされる。されど、暴力的な姿は見られない。指先が食い込むが優しさが絡まった指は痛みへと届かぬ感覚を私へ与えた。

強くて、強くて、きっと私では考え付かないようなものを抱えていて―だからこそ、優しくいられる。

そんな姿に私の心が忠誠を誓ったことを思い出す。
そんな心に私の全てを捧げたくなったことを再び噛み締める。

「エミリー…」
「…はいっ」

まわされた腕がゆっくり離れ掌が肌を撫でていく。背中から肩へ、腕へ、そのまま下がって私の掌へと重ねられた。自然と指先が絡み合う。掌同士が吸い付くように触れ合うと隙間なく握り合った。
未だに気恥ずかしさの抜けぬお互いの間にどこか甘ったるい空気が漂っていた。
堪らない。メイドとして色恋沙汰の話は聞いたり読んだりしてきたがきっとこの状況に勝るものなどありはしないだろう。あまりの甘さに私も先ほどから涎が止まらずだらだらと零れ落ちていた。

「あっ…ふふ、まったく」

子供を見守る母親のように優しい笑みを浮かべたユウタ様は微笑むとちろりと舌が拭っていく。

「…っ!」

二度、三度。零れていく唾液を拭い取り唇が啜る。品のない行為かもしれない。だが、嫌な顔せず行う姿に筆舌しがたい感動が胸から溢れだしていた。
ぶんぶんと臀部の尻尾が揺れ動く。まるで犬みたいにはしたなく悦んでる。だが、止められない。むしろもっとしてほしい。
だが私は犬ではない。キキーモラであり―何よりもメイドである。

「…ん、ユウタ、様………」

させてばかりではいられない。こちらからも合わせるように舌を突出せば先端が触れ合った。突きあって感触を確かめ合うと私はもっと欲しがり唇を寄せた。
舌先で唇を舐めとる。まるで犬のように何度も何度も丹念に。だけど、その程度で満足できる程魔物の本能も私自身も浅くはない。
さらに唇を寄せ、重ねる。それでも止まらず舌先を突き入れると誘い込まれるように口内へと導かれた。途端に感じるユウタ様の味。男性の精か、はたまた甘いものばかり食べているからか頭の奥が痺れてくる。
一言では表せぬその甘さ。どんなお菓子もフルーツも混ぜたところで届かないだろう。もしかしたら血も、精液も同様に甘いのかもしれない。

味わいたい。

一瞬メイドも女も飛び越えた衝動が生まれ、抗うことなく従った。

「…んんっ♪ちゅ♪ん、ふ……んむぅ♪」

徐々に激しく、より熱く。
唇を擦り合わせて口内を貪るように舌を動かしていく。強く吸い上げ味わっては舌であたりを嘗め回し、気づけば私の唾液で溢れかえってしまった。それを嫌な顔せず飲み干して零れた顎までをユウタ様が舐めとっていく。

もっと、したい。

もっと、されたい。

メイドらしからぬ心の声に自我を失いかける。あまりにも欲望が先走り過ぎた。否定するつもりはないが、何よりも私はユウタ様に悦んで頂きたい。暴走するとすればその後でだ。

「…動きます、ね…」

私は静かに腰を動かし始めた。形状を、体温を、感じ得られるもの全てを感じるために。
動くたびに快楽が弾ける。膣壁を擦りあげられ、ぱちりぱちりと火花が飛んだ。

「…っ!!ぁ、あっ……♪」

思った以上の快楽に感触を楽しむ余裕なんてすぐに消え去る。理性が削られ本能がむき出しになっていくのがわかるほど、癖になる壮絶な快感だった。
熱い塊が奥を貫き、あたりを擦り、膣内を蹂躙する。自分のものだと言わんばかりに主張して、女は応じるように形に合わせて馴染んでいく。
きっとこの体はすぐさまユウタ様専用のものへとなっていくことだろう。それがとても喜ばしい。
ベッドが軋んだ音をたて肌に滲んだ汗が弾けた。臀部に固く力んだ太腿の感触が伝わってくる。膣内で何度も擦り快楽を生む。堪え切れず情けない言葉が漏れ、それでも体は動きを止めない。いつの間にか私の意識を離れて本能が主導権を握っていた。

もっと欲しい。

それ以上に悦んでほしい。

単純明快な欲望のみが私の体を突き動かす。求めているのは愛おしい男性の存在で、大切な御主人様。悦んでくださるのならメイドの私ははしたなかろうが下品だろうがどんなことも出来る。

「…っユウタ、様っ…気持ち、よいですか?」
「んっ、すごく、いいよ…っ」

切なげに堪えた声が私の心を舞い上がらせる。分かりきった事実でもユウタ様の言葉が耳を擽り私を悦ばせてくれる。
左右に腰を揺らし、前後に動く。たまに円を描くように回すと膣内のあらゆるところが擦りあげられ変わり続ける快感が互いの間に生まれていく。
ユウタ様が私の体で、私はユウタ様の肌で快楽を共有する。私の体がユウタ様を悦ばせ、ユウタ様の全てを私は感じることができる。
なんと、素晴らしきことだろう。
その事実だけでも果ててしまいそうだった。いや、既に何度か絶頂していたのかもしれない。その証拠に先ほどからだらだらと涎が滴るのを止められなかった。

「…も、とぉ♪…もっと、ぉ♪私を、感じてっ…くだ、さい♪」

私の動きに身を委ねて下さっている。
本当ならこのまま一方的に犯したい。自身の欲望を満たしながらも喜んでもらいたい。それは自分勝手な意思を押し付けるような行為だった。

―だからこそ、興奮する。

メイドらしからぬ欲に塗れた行いは私に背徳感を抱かせる。密かにユウタ様の下着を拝借して汚すのとは違う、もっと穢れて癖になる甘い蜜だった。

―…もっと…もっと、欲しい!

抱きしめた体から伝わる熱い体温。漂う汗と雄の匂い。引き絞られた逞しい感触に興奮で朱に染まった肌へ唾液が滴り落ちていく。

「あっ♪あぁっ♪ユウタ様、ぁっ♪」
「…っエミリー!」
「…あ、あぁああっ♪」

求めるように指先に力が籠められる。切ない声が私の名を呼び、欲する様に腰が動いた。目の前が白く染まる。突然叩き込まれた快感に上ずった声が漏れた。
行動から、心から、ユウタ様が私を求めて下さっている。
それが私を何よりも悦ばせ、一瞬で意識を高みへと押し上げた。
体が震え応じるように膣内が強く密着する。精を搾り取らんばかりに脈動するとユウタ様もまた快楽に打ち震えた。
膣内で熱の塊が膨張する。絶頂のサインだと感じ取った私は回した両足に力を込め、腰をさらに押し付けた。

「っ…!」

やはり、というか。
倫理観か常識か、軽々しく行為を求めないその心は欲望に溺れかけた体を無理やり引っ張った。離れた手が腰を掴んで優しくも確かに引きはがそうと力が籠められる。

「…やっ」

本来ならば、御主人様の対応への拒絶はメイドのタブー。
求めに応じ、意志に沿い、命令に従うのがメイドとしての在り方だ。

だが、それ以上に私はユウタ様を求めている。

私がユウタ様のメイドであることを。
ユウタ様の女であることを求めている。
女の体は一人の男を求め、最奥では愛する雄の種を欲し、メイドの心が御主人様の証を望んでいる。
まわした足に力を込め、両腕をきつく回しさらに体を密着させる。慌てたように手に力が籠められるがトドメに私は耳元で囁いた。

「…な、か…くだ、さい…っ♪」

その言葉と感触にユウタ様の掌から徐々に力が抜けていく。快感に堪えつつやり過ごそうとした欲望が再び心を絡め取る。
それで良い。御主人様の欲望の捌け口にされることもまたメイドとしての喜び。仕える身として使われぬ方が辛いのだから。

「あぁ、もう、まったく…っ!」

優しさの否定。意志の対抗。自身の欲望に沿った行為にユウタ様は私の体を強く抱きしめ返した。
口ではどうといおうともその心の奥が伝わってくる。黒い欲望に塗れながらも奥底では相手を求めて止まぬ寂しさが。


それ以上に―ずっと傍に居たいという切なる思いが。


腰の動きが止まり肌が密着する。互いの意識は既に高みへと押し上げられ限界まで引き上げられていた。膣内は隙間なく抱きしめてその瞬間を今か今かと心待ちにしている。
体を小刻みに震わせて堪えるように腕に力が籠る。指先が肌に食い込む痛みすら心地よく、これだけでも果ててしまいそうだった。
もっと欲しいとねだるように口を開き、舌を覗かせる。すると応じるようにユウタ様は吸い付き舌を突き出してきた。貪る様な口づけを今度はユウタ様からされ、その刺激がきっかけになり快楽が下腹部から爆発した。

「んんんんんんんんんっ♪」

脈動する熱の塊。吐き出された愛おしい種が私の子宮を染めていく。
魔物故か、その一滴一滴の感触すら伝わってくる。膣内を叩くたび嬌声とも悲鳴とも似つかないくぐもった声が漏れ、筆舌しがたい悦びが身を染める。
今までの快感がお遊びであったような、壮絶な快楽の本流に意識が押し流されてしまいそうだった。



―もっと欲しい。



膣内の熱をさらに求めて腰を左右に揺らし奥へと押し付ける。上ずりくぐもった声が漏れ、応じるように熱の塊が脈動する。
子宮の中に溜まっていく愛おしいユウタ様の証。下腹部を撫でただけでもどれほど注ぎ込まれたのかがよくわかる。魔物故五感も人間とは比べ物にならない程鋭いからだろう。
なんと素晴らしいことか。
御主人様であるユウタ様を余すことなく感じ取れる。切なげに漏らした呼吸も、吐き出された精液の一滴一滴も、私によって満たされた心もわかる。
絶頂からゆっくりと意識が戻ってくる。快楽が落ち着きを見せ私は静かに唇を離した。

「…ユウタ、さまぁ♪」

念願の想いを遂げてもなお下腹部の欲望は満たされない。むしろもっともっとと目の前の御主人様を求めている。メイドだから、魔物だから、一人の女だから、私は求めるように愛おしい名を呼ぶ。
未だに膣内におられるユウタ様は固く逞しい。男性とは一度果てると時間がかかると学んだが、ユウタ様が若いからか、はたまた私が魔物故のものなのか。紅茶の効果も否定できないが、もしかしたら…ユウタ様が淫乱だという可能性も……ふぇへへ、素晴らしい。

荒い呼吸を整えながらお互いに顔を見る。赤くなった顔に玉の様な汗が零れ落ちた。

だらだらと涎が伝い落ちていく。まるで湧き出し、尽きることのない欲望を示すように止めることができそうにない。
するとユウタ様の親指が優しく口元を拭っていく。心には嫌悪など一切なく、むしろ温かな感情が溢れていた。



―それと共に未だ燃え続ける欲望も。



「エミリー…」
「…はい♪」

胸中に渦巻く正直な欲望に応じるように頷く。ユウタ様は気恥ずかしそうに笑うと私の体を抱えてゆっくりベッドへと倒れ込む。そして、今までの隔てりを埋めるように互いを求めていくのだった。



















それは気まぐれの一種だったかもしれない。
雨粒が降り注ぐ空の下で傘も差さずもたれ掛った一人のメイド。街中ならまだしも人気のない墓地で彼女は一人無気力に墓石へと体を預けている。

その姿―その顔が鏡の自分と同じだったからだろうか。

光のない瞳はただ茫然と空を見上げ雨の様子を眺めていた。服が張り付くほど湿っていても離れようとはせず、むしろそのまま死のうとする姿はまるで自分を見ているようだった。

―共感したのかもしれない。

似た状況で、似た立場で。同じように失ったものが大きすぎるからこそきっと共感できると思っていたのだろう。
だから自分勝手にも助けていた。
自分の寂しさを埋めて欲しいがために。

考え直せばあまりにも自分勝手な理由だった。

それでも死にたがりだったのが今ではメイドとして仕えている。御主人様扱いされるのはくすぐったいが、悪い結果に終わらなかった分だけ良かっただろう。
ただし、ちょっとばかりたちの悪い性癖持ちだったけど。










「―…と、いうようにユウタ様に愛して頂きましたね」
「ふんふんっ」
「…それはもう蕩けるように甘く、熱く…時には欲望を叩きつけるように激しいものでした。ユウタ様の指先が私の肌を撫でる度にはしたなく濡れて…。それからユウタ様が切なく私の名を呼ぶたびに筆舌しがたい欲望に駆られそのままふぇへへへ…」
「それで?それで!?」
「…………その話やめない?」

メイドとしてオレに仕えるエミリーは対面に座っていたリリムのフィオナと話し込んでいた。
ただし、その内容は女性がするものとは思えない下品で淫らな行為の話。したところで咎めるつもりはないが、内容がオレとの行為のためあけっぴろげにされたくはない。

「…ユウタ様が鞭と首輪を使って躾けて下さったときはもう…絶頂ですね」
「きゃーっ♪」
「してないよね?」

というか、それを聞いているフィオナのテンションが高すぎる。リリムということでやらしい話が好きなのか。
エミリーもエミリーでどこか自慢げに話している。女性らしくお喋り好きなのだろうか。そうだとしても嘘を交えるのはやめてほしい。お得意の『メイド・冗談』というやつか。

「いいなーいいなー」

意味深に濡れた視線を何度も向けながらフィオナは椅子を揺らす。臀部から伸びた白い尻尾が獲物を狙う蛇のように揺れ動いていた。
明らかに狙われている。嬉しいような、しかし受け入れられぬ状況にオレはただ視線を逸らす。
しかし、エミリーは違った。

「…御所望とあらば私からは何も申し上げませんが」
「え」
「え?」
「…メイドとは御主人様の意向に沿うもの。御主人様の求めに応じ、全力で仕える者です。ユウタ様が求めているのならば私が拒むことなどありません。無論、ユウタ様が拒絶するなら私の手で排除するまでですが」

しれっと恐ろしいことを言うメイドだった。スカートの中に隠した毒ナイフの存在を思い出す。多分、というか絶対オレの機嫌や言葉一つでやりかねない。
だからこそ何度も頭を抱えて―それだけ嬉しくもあったのだけど。

「…ユウタ様が許容されるのならば私からは何も申し上げません。むしろ、ユウタ様のアヘ顔が見られるというのならふぇへへへ…」
「………涎」
「…これはお見苦しい所を」

自分で拭うよりも先にオレが指先で拭い取る。すると恥じらうように視線を逸らされた。
その様子に苦笑する。若干変な趣味が混じってはいるものの魅力的な彼女の姿に。
そんなオレとエミリーの姿を見てフィオナは首を振った。

「遠慮するわ。ようやくつかめた幸せを邪魔するほど無粋な女じゃないもの」
「…そうですか。それならば私からは何も申し上げません」
「でも、その時はレジーナも連れてきちゃおうかしら?」
「やめて」

嫌じゃない。決して嫌じゃない。だが、レジーナ加えた三人になったら手におえないどころか振り回される。それは麗しの暴君と敬愛する師匠に挟まれた時のように。

「…騒がしいのはお嫌いですか?」
「っ!」

ぽつりと囁かれた言葉にエミリーの顔を見た。その表情は感情らしいものはなく、だけども瞳が真っ直ぐ覗き込んでくる。臀部の尻尾を得意げに揺らしながら。
心の奥底までを見据えながら―オレの本心に問いかけている。答えなど既に知っているくせに。

「嫌いじゃないよ。ありがと」
「…いえ」

オレの言葉にエミリーは静かに頭を下げた。
騒がしくて、喧しくて―だからこそ、寂しさなんて感じる暇もなくて。そんな日常も悪くなく、むしろ嬉しく感じている自分がいる。
騒がしさは収まる気配はないがそれでも自然と笑みをこぼしながら二人の会話に耳を傾け続けるのだった。
             
                ―HAPPY END―
16/04/11 22:29更新 / ノワール・B・シュヴァルツ
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■作者メッセージ
ということでこれにて堕落ルートメイド編のお話は完結です
何でもかんでも一人でできる彼にどうにかして必要にしてもらいたい、そんなメイドのお話もこれにて終了
最後は彼の最も深く哀しい部分へと踏み込み、ようやくその距離も近づくことができました
この後はレジーナを交えて三人騒がしく日々を過ごしていくことになるでしょう

本当ならノリと勢いでエミリーにふぇへへへと変態行為をさせながらのエロにつなげるつもりだったのですが、どこを間違えたのやら…

今のところ次回の予定は
現代編コボルトを予定しています
ターゲットはドジっ子教師です!

ここまで読んでくださってありがとうございます!!
それでは次回もよろしくお願いします!!

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