連載小説
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後編
「ほんま…勝手な人やったわ」

それはおみつ姐には珍しい、あくどさのない声だった。

「『ずっと傍におる』…なんていっとったくせになぁ」

語りかける言葉は優しく、だけども切なく小さな声だった。

「龍姫はんも、あの狐も、夜宵も、あやかもゆうたも皆…信じとったゆうに」

相手は答えない。白黒で写された皺くちゃな顔で笑みを浮かべた女性は何も語らない。

「嘘吐きやわ。どこぞの狸より嘘吐きやで、千歳はん」

細い二本の腕に抱かれていた、小さいころのオレにはその言葉に何の感情が込められていたのかわからない。
ぼろぼろと零れる涙が温かくて、だけども胸の内が冷たくて。
いつものおどけた声が苦手で、なのに震える声が堪らなくて。
あくどい笑みが恐ろしくて、それでも歪んだ表情が切なくて。
抱き寄せられた腕は離すまいと力強く抱きしめてきた。

「ゆうたは…こんな嘘吐きになるんやないで」
「うん…」
「したら、うちがずっと一緒にいてやるさかい、嘘吐きになるんやない」
「……うん」

それが嘘ではないと子供ながらにわかっていた。何よりも彼女の姿が全てを物語っていた。

いつも嘘ばかりつく狸の、数少ない本当の事。

だからこんなにも記憶に残っているんだろう。色褪せた昔の事でも今思い出せるほどにはっきりと。
だからどんなことをされてもおみつ姐の事を嫌いになることなんてない。おみつ姐もまたおばあちゃんのことが大切で、オレやあやかのことも大切にしてくれていた相手だから。



だから……いや、だけど。






「と、伽って何かなー」
「何を純情ぶっとるんや。わからんはずないやろが」

突然何を言いだしているんだこの女性は。
酌ぐらいなら今までだってしてきたが伽なんてしたことがない。というか女性経験すらないというのに無茶振りにもほどがある。それを察せないほど鈍いわけがないはずだ。

「嫌だ、なんて言わせんで?」
「っ…ぁ」

だからと言っておみつ姐の言葉に逆らえる立場ではない。
首筋に吹きかけられた生暖かい吐息。くすぐったくも艶めかしい感覚に思わず体を震わせると突然背中を突き飛ばされた。

「わっ、と」

辛うじて体勢を立て直そうとするがそれよりも先に躓く。一瞬、そちらを見ると目に映るのは大きな大きな狸の尻尾。

「とぉ!?」

両手を突出し受け身をとりながら布団の上に倒れ込む。今日干したのかふかふかと柔らかく痛みも感じない。だが、起き上がろうとした次の瞬間、背中に思い切り飛び込んできた重みに潰れた。

「ぐふっ!?」
「ひひひ!おら、脱がんかい!」
「逆!やるとしても立場が逆!」

背中に跨り服を思い切り引っ張ってくるおみつ姐。その姿は見えないがきっと女性のする顔じゃないに決まってる。
背中から行われる行為に抵抗なんてできるはずもなく、上半身はすぐに裸にされてしまった。

「ほぉ…ほんま良い体になりおって」

細い指先が背筋をなぞる。ただそれだけなのにぞくぞくする。昼間のときとはまた違う線を確かめるような手つきで地肌が刺激される。布越しとは違う肌と肌の接触は堪ったもんじゃない。

「ほれ、こっち向かんかい」
「わっ」

目を細めて湿った唇を見せつけるように舐める刑部狸の姿は妖艶の一言に尽きる。
そんな彼女は浴衣に手を掛けゆっくりと脱いでいく。露わになる白い肌は部屋の明かりで艶やかに照らされていた。

「してばっかりやとおかしいからな。ゆうたからしてみぃ」

肌蹴た胸は大きいとは言えないが形よくとても魅力的でいやらしい。玉藻姐や龍姫姉、オレの師匠と女性として完璧な魅力を備えた彼女達と比べるのは酷だがそれでもおみつ姐はとても美人な女性だった。
儚く伸びた細い手足。くびれている腹部に丸みを帯びた臀部の色香はたまらない。傷も痣も染みすらない滑らかな肌は酒と興奮で赤みがさしていた。大きくない胸も決して悪いものではない。丸い膨らみにこじんまりと愛らしい先端部は一切の刺激はないのに彼女のそれは既に硬さを持っていた。
人間なんて敵わない、人外故の妖しい色香。
人外だからこその、人間にはありえない艶姿。

「おみつ姐…」
「ほれ、まずは舌でうちを愛してみ」

伸びてきた二本の腕が優しくオレの頭を掻き抱く。そのまま胸へと抱き寄せれば唇が先端へと触れた。
触れた肌から伝わる温もりと柔らかさ。酒の匂いを混じらせた甘い香りとむせ返るような色気。頭を撫でていく優しい手つきにオレは瞼をおろし、差し出されたその部分へと吸い付いた。

「ん…っ♪」

びくりとおみつ姐の体が震えあがる。それでも構わず口をあけ舌先で転がすと熱の籠った声が落ちてきた。

「あ、ふ…ぁ…っ♪そないに必死に乳房に吸い付くと赤子の時を思い出すわ。乳の出んうちの乳房に吸い付いた時もあったしなぁ♪」
「ぶっ」

そう言えばそうだ。おばあちゃん、おじいちゃん、玉藻姐、龍姫姉以外にもおみつ姐もオレとあやかを育ててくれた一人である。それなら恥ずかしいあんな姿やこんな姿知らないはずがない。
そして人をいじめるのが大好きな彼女がそれを知っていて何もしないはずがない。

「…ムード台無し」
「最初からそんなんないやろ」
「…そうだけど」

小さく笑うおみつ姐を睨みつけながらも再び行為を続けていく。

「んっ」

今度はゆっくり上へと戻る。左の胸を唇で撫でながら肩に手を添え、首筋に口づけて、そして視線を重ねると無言で顔を寄せ唇を重ね合わせる。お酒の匂いと、甘い香水とも甘味とも似つかない女の匂いにぞくりとした。
感触を確かめるように押し付けては表面を擦り合わせるように交わらせる。幼稚と言われるような拙いキスだが胸から伝わる鼓動は早く、おみつ姐も興奮していることが伝わってくる。
もうちょっと、そう思って腕を後頭部へと伸ばしかけたその時、おみつ姐の方から腕が回された。

「んむっ!?」

抱き寄せられ、目を見開くとしたり顔のおみつ姐が映り込む。それと同時に唇の間を抉じ開けて彼女の舌が潜り込んできた。

「んん♪」
「〜っ!!」

先ほど以上にきつくなるお酒の匂い。触れた舌先がピリピリするのはアルコールのせいだろうか。
あまりにも自分勝手に動き回り、いたるところに唾液を塗りたくっては啜り上げられた。お互いのが混じりあって喉の奥へと流れていく。抵抗するつもりはないが力も入りそうになく喉を上下させた。
呼吸することすら忘れるほどに強烈で熱烈な口づけに掴んだ腕がだらりと垂れる。体からも力が抜け、布団の上に倒れ込む寸前のところで抱き留められた。

「ひひひ♪ほな、今度はこっちやで」

大きな尻尾が体に絡まり抱き寄せられると彼女は耳元に口づけを落とした。
続いて頬に、鼻先に、そして、どこよりも強く首筋に。押し付けてはゆっくりと唇を離していく。お返しと言わんばかりの行為だがオレよりもずっと強くて激しいキス。僅かな唾液が滴るところをおみつ姐は艶めかしく舐めとり、ひひひと笑った。

「くっきり残してやったでぇ♪」

吸い付かれた首筋には確かな証が残ってしまったことだろう。拭っても擦っても消えないその跡を眺め満足そうに口角を吊り上げる。

「やっぱうちのもんならそれらしいもん残さんと」

獣の如く鋭い目つきで桜色の唇がゆっくりと言葉を紡いだ。

「いっそのこと、首輪でもつけてみよか?」

流石にその一言を許容するつもりはない。そんな趣味嗜好を持たぬオレは思い切り睨みつけた。

「おみつね、ぇ…っ」
「…ひひひ」

冗談だとは思えない口調と気迫に背筋が震える。やりかねない性悪狸だが、漂わせる雰囲気は決して恐怖だけではなかった。
細い指先が首を撫でて肩へと移り、食い込んだ。何かと思えばそのまま力を込められ布団の上に倒される。
おみつ姐は倒れた体の上に跨ってくる。大きな尻尾を揺らしながら顔を寄せ、鼻先が触れ合うほどの距離で小さく囁いた。

「このまま無理やり奪うてやろか?」

だらりと垂れた舌先が大量の唾液を絡めて頬をなぞりあげる。
まるでオレを塗りつぶし、自分だけのものだと言わんばかりの凌辱行為。命を握っていると言わしめんばかりの辱め。オレとおみつ姐の関係をより分かりやすくした行いに思わずシーツを強く握りしめた。

「…っ」

子供の頃のオレなら目に涙を浮かべていた。この後本当に食べられてしまうのではないかと喚き散らしていただろう。
だが、今のオレにとってその行為は辱めであり、調教であり、慈しみ溢れた愛情表現でもあると知っていた。
本当は…わかっているんだ。

「…いいよ」
「っ…ぁ?」

拒絶なんてする気はない。
事の発端は問題だったが、最初から嫌だったわけではない。
意地悪で、性悪で、曲がった根性して策略家で悪知恵働いて、意地汚くて。
それでも優しく、様々なことを教えてくれていた。
おばあちゃんのことを想い、オレの事を大切にしてくれる家族でいてくれた。
トラウマのせいで苦手にはなっても、そんな女性をどうして嫌いになれるだろうか。

「そっちの方がおみつ姐らしいし」
「…ひひっ♪一丁前に誘いおってからに」

正直照れ隠しにそんなことを言ってしまったがそれが嬉しかったのか彼女はオレの頭に手を置いた。
おばあちゃんのような優しい手つきではない、くしゃりと掻き撫でる手つき。わざと髪の毛を乱す荒っぽくて、それでもされると嬉しくなる撫で方だった。

「優しくしてやらんで?」
「…それって言う立場逆じゃないの?」
「ひひっ何をいまさら」

人間と刑部狸の重なり合い。だがそこに抵抗なんて一切ない。あるのは雄と雌という肉体の交わりへの期待だけだ。
服を脱ぎ捨て、互いに一糸纏わぬ姿となる。

「…っ」

子供の頃に見た姿と変わらない美しさ。あの頃は何が綺麗なのかなんてわからなかったが今改めてみるとよくわかる。
あくどく影が落ちているが整った顔立ちに傷のない白い肌。大きくなくとも形のいい胸に滑らかにへこんだ腹部や艶めかしい臀部の曲線。すらりと伸びた両足は細くてどこか儚さすら感じてしまう。
その全てが雄として体を反応させる。隠しようもない下腹部では既にこれ以上ないほど張りつめたものが自己主張していた。

「ひひひ♪餓鬼の頃に見たときはもっとちっこかったのになぁ?」
「言うと思ったけど言わなくてもいいんじゃないの」
「ちっこい象の鼻が亀の頭とはよく言うたもんやで」
「…相変わらず最低」

下ネタは嫌いじゃないが内容と状況ぐらいは考えて欲しい。
嫌がる姿を見たくてやっているだけなのかもしれないが。

「…入れるで」
「ん…」

おみつ姐はゆっくりと腰を下ろしていく。重なり合った先端部分は淫靡な音を立てて食い込み、愛液に塗れながら飲み込まれ始める。初めて感じる女体の感触は筆舌しがたい柔らかさなのにかなりの抵抗を感じる。それを無理やり割り開くように彼女は腰を下ろした。

「っ」

四方八方からきつく抱きしめてくる肉壁は愛液に塗れ、絡みついてくる。燃え上る様な熱は互いの間で蕩けるような快感へと変わる。きつさも熱さも柔らかさも、そのどれもこれもが快楽一色に変換され頭の中を蕩けさせた。意識が朦朧としてくるのに視界はハッキリおみつ姐を捕らえ、感覚は逆に冴えわたり彼女の感触を余すことなく感じてしまう。

「ん、ぁぁぁ…あっ♪」

ぺたりとおみつ姐の腰がオレの腰とぶつかる。二人の間に隙間がなくなり、オレのものは全て彼女の中へと収められた。
おみつ姐は下腹部へと視線を移す。その先にあるのはお互いにつながりあった部分。男と女で交わり合っているという証だ。

「…ひひっ♪」

味わうように下腹部に手を這わせ撫でまわす。掌の下に、体の奥にオレがいる部分を確かめるように何度も何度も。
そうしてゆっくりと視線が上がってくる。下腹部から胸、腕、首を見て茶色の瞳がぶつかり合うとおみつ姐は蕩けた表情でオレを見ていた。

「食ろうてやったで♪」

いつもの笑みとは全く違う、甘く蕩けた女の顔。それでいて二度と離さないと言わんばかりの締め付けに体が震え、シーツを握る手に力が籠る。その様子がおみつ姐にとって堪らないらしく嬉しそうに唇を舐めた。

「こないにだらしない顔しおって…♪」
「人の…こと、言えないくせにっ…」

見下ろしながら満足げに頷いた刑部狸は見せつけるように腰をゆっくり引き上げていく。きつく締まった膣内は表面をぞりぞりと擦りあげ、結合部からは粘液がこぼれ出す。部屋の明かりでいやらしく照るそれは見ているだけでもぞくりとした。

「んんんっ♪」
「あ、ぅっ!」

ゆっくり引いた腰を思い切り打ち付けてきた。腰と腰がぶつかり肉と肉の弾ける音が響き渡る。途端に叩き込まれたのは先ほど以上の快感だった。
肉ひだが先端から全てを擦り締め付ける。筆舌しがたい柔らかさは決して痛みを与えず、きつく抱きつく肉壁は代わりに壮絶な快感を叩き込んでくる。燃え上る様な熱が体を蕩けさせ、頭の中を真っ白へ染めては意識を高みへ押し上げた。

「おみつ姐っはげ、しっ!」
「っあは♪んんんっ♪獣、やからなっぁあ♪」

まさしく獣の如く腰を振るい快楽に溺れる刑部狸。茶色の髪の毛を振り乱し、浮かんだ汗を弾けさせ形のいい胸を揺らしながらオレを求めて容赦なく快感を貪り尽くす。
何とか抵抗を、なんて考えすら浮かばない。あまりの快感に堪えるのが精一杯で力を抜いたらすぐさま爆発してしまいそうだ。
まるで女性のように背を反らし体を震わせおみつ姐の感覚に悶え狂う。それでも彼女は腰の動きを緩める気は一切ない。
おみつ姐は決して自分が楽しむだけにこの行為へ及んだわけじゃないからだ。
この肌に。
この肉に。
血に。
骨に。
脳に。
そして、心に。
オレがおみつ姐のものだと刷り込むように快感を叩き込んでくる。
所有者は一人だけだと。
全てを支配するのは自分だけだと。

「おみつ姐っ…!」

シーツを握り締め快楽に耐えようとするがおみつ姐は容赦しない。細く白い足を絡め器用に腰を打ち付けてくる。肉と肉の弾ける音を部屋に響かせ徹底して意識を押し上げていく。

「んんっ♪ほんま、ゆうたは変わらん、わっ♪あ、ぁあ♪昔っからどうしようもない泣き虫で、小さいことでいちいち泣いて…今も昔もうちに泣かされてばかりやないか♪」

リズミカルに腰を動かしながらも馬鹿にするような言葉だが向けてくるのに視線は慈しみに溢れていた。撫でてくる手の平は温かく、それでいて優しいもの。自分の所有物だと言わんばかりの言動でも確かな愛情が見て取れた。

「ひひひ♪泣かすっちゅーより鳴かすのほうが正しいか?」
「…うっ、さいっ…!」

余裕なんて欠片もない声におみつ姐の笑みが一層深まった。
獣の如く腰が降られ汗が弾け散っていく。愛液に塗れた膣内から吐き出すように引きずり出され、一気に飲み込むように腰を押し付けてくる。いくつもの肉ひだに擦りあげられ一番奥へ突き刺さるのが気持ちいいのかおみつ姐も甘く喘ぐ。
色っぽい。
いやらしい。
そんな言葉が頭に浮かぶがすぐさま快感に塗りつぶされた。

「ほれ、出さんかい」

囁くようにかけられた優しい声。両手で頬を包まれておみつ姐の顔が近づけられた。快楽に蕩けながらも慈しむように向けてくる二つの瞳を向けて優しく、柔らかく、それでいて嗜虐的な笑みを浮かべては伸ばした舌で唇を舐められた。

「ゆうたがイクとこ、見といてやるさかい、ぎょーさんうちの中に注がんと許さんで♪」

そう言っておみつ姐に思い切り腰を押し付けられた。ただでさえきつく締め上げられていたものがさらに奥へ飲み込まれ、柔らかな肉壁を突き進み子宮口へと食い込む。

「っぁ…」
「あ、ぁあっ♪」

先端がくわえ込まれ、無数のひだがぬめりを帯びて締め付ける快感に意識が高みへと押し上げられた。体には快楽がほとばしり視界が明滅する。そして、遮るものなど一切ないおみつ姐の中へと精液を注ぎ込んだ。

「んんんんっ♪あっぁあああああああああ……っ♪」

捻り出すような震え声を漏らしながら大きく体を震わせる。弓なりに背を反らし、二つの膨らみが小刻みに震えていた。その痙攣に伴って膣内もきつく締まり、目の前にある見慣れた顔は快楽にだらしなく蕩けながらもオレを真っ直ぐに見つめていた。

「……っは、ぁあぁ♪」

快楽の波が引き、絶頂後の心地よい気怠さに止めていた息を吐き出した。おみつ姐は自身の体を支えようとはせず、オレの上に覆いかぶさってくる。押し潰れる柔らかな膨らみや重なり合う肌の感触が心地よく、オレ以上に熱くなった肌は湿り気を帯びていた。甘いような、酸っぱいような、言葉にできない女の香りに失いかけた情欲が再び灯る。

「んん…ぎょーさん、出しよって…」

汗の滴る肌に額に張り付いた髪。荒い呼吸を繰り返す艶やかな唇。一度絶頂を迎えたからか先ほど以上に色っぽく、とてもいやらしい。
それでも彼女は笑みを浮かべる。蕩けながらも、いつものようにあくどい笑みを。

「ひひひ、夜は長いで?眠れるなんて思うなや」

そう言っておみつ姐はオレの額に口づけを落としたのだった。










「…こっちも変わらへんな」

あれから行為を続け数時間。気づけば外は白み始める頃、汗だくになった肌をそのままにオレとおみつ姐は布団の上で寝転がっていた。
癖のある髪の毛を指先で弄ばれる。鬱陶しいことこの上ないが彼女が嬉しそうにしているのだから止めるのはやめておこう。

「何さ。ストレートな髪型のほうがよかったの?」
「そうはいうてないやろ。むしろ、そのままやからええんやないか」

それはオレが理解するにはあまりにも短く、それでいて計り知れない感情の込められた言葉だった。
顔を見てもただ優しく見つめてくるだけでどんな想いを抱いているのかわからない。ただ少し、切なさを感じる瞳は普段のあくどい雰囲気からは想像もできないものだった。

「ゆうたは、そのままでええ」

もう一度、言い聞かせるように耳元で囁かれる。

「泣き虫で甘えん坊で、嘘もつかん馬鹿正直な…そんで優しいゆうたでええ」

あくどくて、でも本当は優しい年上の女性。その本質は何年経っても変わることはなく、今もなおオレを真っ直ぐに見つめている。
晒した肌を包むように尻尾が体に絡みつき、するりと回された腕が優しくもしっかりと拘束する。
声にこそ出さなくとも抱いた感情を伝えるように。

「ゆうたはうちのもんさかい、ずっとうちの傍におるんやで?」
「ん…」

懐かしさを感じる手の感触に目を細めオレからも腕を回し、抱きしめる。耳に届くあくどい笑い声を聞きながら瞼を閉じるのだった。



                   ―HAPPY END―







「……え?じゃ、あたし明日からどうすればいいわけ?」
「え!あやかっ!?」
「一晩経っても帰ってこないってどうゆうことさ。おかげであたしがこなきゃいけなくなるし」
「なんやあやか。勝手に人の家に入るなんて失敬なやっちゃな」
「そりゃあんたも人のこと言えないでしょうがおみつ姐。っていうか何でゆうたは帰ってこなかったの?皆心配してたんだけど」
「いや、なんだか高級なお酒の瓶割っちゃって……」
「は?」
「その弁償や。当り前やろ?うちの店の商品勝手に割ったんやからそれ相応の対価払わんとなぁ」
「あ?何言ってんの。馬鹿じゃないの」
「…え?何で?」
「そもそもこの狸が酒瓶一本でも割ると思うの?どうせゆうたはお酒のことはわからないんだから匂いさえあれば水でも騙せると思ってるんでしょ」
「……え?マジで?」
「アホ言わんといてぇな!そないなこと証拠がないやろが!」
「じゃ、その証拠だせるの?割ったものまんま同じもの出せるの?それとも、あんたじゃ化かせない玉藻姐連れてくる?」
「んぐっ…」
「昔っからゆうたの騙されやすい所に付け込むところ、本当に変わらないよね。でもね、いくら狸が人を化かせたとしても同じ『女』を騙せると思わないでよね?」
「…っ」
「ほら、ゆうたもさっさと帰る」
「……あやか」
「何さ、おみつ姐」
「………実はこないなものがあるんやけど」
「は?買収でもしようとしてんの?あたしはそんな安い女じゃな―――――駅前の高級スイーツ食べ放題券……?」
「…え?あやか?」
「…………たった一枚でつられると思ってんの?」
「十枚や」
「っ…………!」
「………あやか!!」
15/05/31 23:48更新 / ノワール・B・シュヴァルツ
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■作者メッセージ
とこれにて現代編刑部狸終わりです
好きだからこそ意地悪したくなる、そんなお姉さんのおみつ姐でした
意地悪しても根本は優しい、そんな女性なんですね
最後の最後にいつも通りのお姉さんでした

本来ならば先週に乗せるはずだったのですがここ最近忙しくなってしまい申し訳ありませんでした。ですが次回はちゃんと二週間後にあげるつもりですので何卒よろしくお願いします。
今のところ次回は現代編、同級生のサキュバスかもしくはジパング編雪女のどちらかにする予定です

ここまで読んでくださってありがとうございます!!
それでは次回もよろしくお願いします!!

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