連載小説
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立ち塞がる強さ
私とユウタさんが体を交えたあの日から関係はちょっと変化した。
いつものように食事を御馳走になろうと部屋に通っていたが今ではユウタさんの部屋で寝泊まりしている。同棲していると言ってもいいかもしれない。毎晩行為に及んでは同じベッドで朝を迎える。時には朝から行為に耽り、遅刻することもたまにあるほど私達は互いの体に溺れていた。

「んふ〜♪」

あの日から一日も欠かさずに体を交えている。それだけ人虎の繁殖期の盛りっぷりは凄まじいく、元人間で魔物である私には押さえ込むことなどできなかった。
ユウタさん曰く猫の発情周期は結構長く、発情期は十日以上も及ぶらしい。虎も大きく見れば同じ種類である以上そのぐらい盛ってしまう。魔物であるのでなおのことだ。
故にあの時から毎晩ユウタさんと体を交えることとなった。一晩中なんて当たり前、酷い時には休日一日使ってまで。昼間だというのに外で行為に及んだこともしばしば。人気のない茂みの中で壁に押しつけながらしたときは…興奮したなぁ♪その後こっぴどく怒られることになったけど。
それでも毎晩、部屋のベッドで。
時には昼間の茂みの中で。
たまには城下町の人のいない路地裏でも…。
数え切れないほど唇を重ね、わからないほど体を交えた。いくつもの言葉を紡ぎ、何度触れあい、感じあったことか。絶頂に達して、精液を注がれて、何度雌の喜びを教授したことだろう。
とても幸せだった。
重ねられた唇は柔らかく、撫でる掌は優しかった。いつも一方的に迫ってしまっても受け止め、人間の体では限界があるというのにそれでも精一杯応えてくれる。人間ではなくなった私を、魔物となった私を女性として受け止め、受け入れてくれる。
それがどれほど嬉しいことか。

「んん〜♪」

体の方もやっと大分落ち着いてきた。今では無闇にユウタさんに迫るようなことはせず自制することもできるようになってきた。だからと言ってやめることはできない。あんな甘美な快楽を一度得てしまったらもう二度と抜け出せないだろう。魔物が皆堕落する、その体の恐ろしさがよくわかる。

「んふふ〜♪ユ・ウ・タ・さんっ♪」
「ん、何?ご飯はまだだよ」

私の声に苦笑しながらユウタさんはお鍋の中身をかき回す。中には人参やジャガイモ等を煮詰めたコンソメスープがいい香りを漂わせていた。魔物になろうと食欲もわくのはやはり私が私だからだろう。作っている料理の香りに顔を綻ばせながらユウタさんに抱きついて待っていると何かに気付いたように手が止まった。

「どうかしましたか?」
「あ、いや…塩切れてるの忘れてた」

それは一大事だ。
塩がないということはしょっぱくないということ。別の調味料や素材で近いものは作れても塩の味は出せないだろう。そんなものは料理として完成とは言えない。折角食べるのだからちゃんと完成した料理を食べたい。私の我儘だけど。

「取ってきましょうか?」
「え?どこから?」
「私の部屋にもそれなりの調味料は有りますよ。これでもときどきは自炊したりしてたんですからね」

もっともその頻度も二月に一度ほどのもの。大半は王宮内の食堂や城下町ですましていたのだけど。

「そっか。それならオレも一緒に行くよ」

エプロンを脱ぎ、いつも着込んでいる高級そうな黒い服を着ると私も人化の魔法を使って部屋を出て廊下を並んで歩いていく。揺れるその手を握りたいのだがここは王宮内。部屋の中なら抱きついたりしなだれかかったりできるのだがここは王宮内。変に目立つようなことをしたら後々厄介なことになりかねないので我慢する。

だが、うずうずする。

普段からずっと触れ合い、重なり合うことに慣れた体はユウタさんの体温、感触を欲している。傍に居ないとすぐに限界が訪れてしまう、彼の温もりはまるで中毒性の強い薬だった。
気を紛らわそうと頭を振って、ふと見てしまうユウタさんの姿。
何度も見てきたユウタさんの体は細身ではあるもののしっかりと筋肉をつけ、無駄な肉を絞った肉体は華奢なようで逞しく、そして美しい。だがその肉の下の骨は異常なほど太く、また堅い。それは何度も折った経験があるからだろう。
骨折を繰り返してまでやめなかった鍛錬。それはいったいなんのためなのか気になってしまう。その強さを求めたのは何を目的としてなのか、私に打ち勝った強さは何をするために鍛え上げたのか。

「ユウタさん。少し聞いていいですか?」
「ん?どうしたの急に」
「いえ」

私に勝ったその実力。並々ならぬ苦痛を伴った鍛錬。乗り越えるために抱いた覚悟はいったい何のためか。

「ユウタさんって…どうしてそこまで強くなろうと思ったんですか?」
「…聞きたい?」

月明かりの差し込む廊下でユウタさんの目が細められる。その表情はどこか優しく、だけど不気味に妖艶な。踏み込んではいけないものへと踏み込んでしまったそんな背徳感を抱かせる表情だった。

「は、話したくないことでしたか?」
「いや、平気。話してあげる。だけど誰にも…レジーナにも言わないでね。恥ずかしいから」

唇の前に人差し指を添えるユウタさんに私は頷く。

「うちって女系家族なんだよ。オレと双子の姉とオレたちの姉と、両親。おじいちゃんにおばあちゃん。それから先生―龍姫姉に玉藻姐。それでオレは末っ子でさ」
「ユウタさん双子だったんですか!?」
「そだよ。男と女のね」

ゆったりとした足取りでユウタさんは進んでいく。

「男はお父さんたちも居たけどそれでも子供の中じゃオレだけでさ。それならやっぱり男として姉たちを守らなきゃって思って始めたんだよ」
「ふふ♪微笑ましいですね」

その言葉からしてきっとすごく幼い頃のことだろう。幼くてもやはりユウタさんはユウタさん。優しいところは変わらない。

「だけどね、守らなきゃいけないものが増えちゃってさ」
「守らなきゃいけないものが…増える?」
「それがなんとびっくり、オレに武術―空手っていうんだけど、それを教えてくれた師匠なんだよね」
「…え?」

それはあまりにも奇妙なことだった。
師を守る。それは自分に戦う術を教えてくれた相手を守るということ。実力差がある相手を守るということだ。普通に考えれば滑稽極まりないことだ。

「守るって言うか、支えるって言うか。そのためには絶対に強くならないといけなくてそれでなおのこと強くならざるを得なくなったってところかな」

紡いだ言葉はあやふやで内容も詳しくはないおおざっぱなもの。多分、好き好んで話したい内容ではなかったのだろう。だがそこには確かな覚悟と感情が込められていた。
恋とは違う、憧れのような。
好き異なる、情愛のような。
とても暖かく優しい、ユウタさんらしいものだった。

「…」

そして、浮かべていた表情はとても優しく、どこか切ないもの。遠くを見るように目を細め、小さくため息をつく。

見ているだけで胸が痛くなる。苦しくて、切なくなっていく。

私も一人の女性。護衛に特化した部隊を率いてはいるがやはり守られたいとも思うことはある。だからこそ、ユウタさんのお師匠さんがとても羨ましい。支えるために精進し、守るために覚悟を抱き、そうして鍛え上げてはいくつもの苦痛を乗り越え手に入れた強さ。私の知らないユウタさんがそこにはいる。
思わず嫉妬してしまう。甘えて、匿って貰って、こんなに優しくされているというのに。やはり魔物というのはフィオナさんの言っていたように貪欲らしい。

「…ユウタ、さん」

その横顔へ声を掛けようとした、その時。突然騎士団の人が向かいから歩いてきた。既に夜中の時間帯、手元のランプを見ると見回りのようだ。

「あ、こんばんわ」
「こんな時間まで鍛錬ご苦労様です、お二方」

私が隊長だからか彼はその場できをつけをすると恭しく敬礼をする。私達は会釈し、隣を歩いて通っていくのだがユウタさんは怪訝そうに彼を見つめていた。

「ユウタさん…どうかしましたか?」
「リチェーチ」
「え?」

その言葉に首を傾げた矢先、背筋に感じる冷たい殺気。首筋を凍った手でなぞられるような悪寒に私は一気に緊張する。放っているのは間違いなく先ほど挨拶してきた騎士だろう。
だが、何で。

「リチェーチ」
「はい…!」

小声で合図するユウタさんにあわせるようにともにその場で足を止めた。次の瞬間、背後の殺気が爆発する。

「死ねっ!」

振り抜かれた銀色の刃をしゃがんで避けるとユウタさんと同時に騎士へ向かって蹴りを入れた。二人分の、しかも片方は魔物の蹴りだ。鎧をつけていようが関係なく吹き飛ばされて柱に激突して動かなくなる。気絶したらしい。

「…よくわかりましたね」

ここは王宮内。そして私は護衛部隊の隊長。ユウタさんに至ってはレジーナ様に仕えるたった一人の護衛。どちらにしても普通の騎士よりは地位は上であり、剣を振るおうものなら重罪である。だというのにこれだ。狙われるなどまず考えられない状況での強襲。奇跡や偶然でもない限り気づくことなどできるはずがない。
ユウタさんはつまらなそうにため息をついた。

「挨拶なんて騎士からされたことないからさ」
「…………」

騎士団の方から嫌われているユウタさん。それがこんな形で役立つなんて複雑な心境だろう。

「そんなことより…いきなり斬りかかってくるなんてオレも相当嫌われたもんだね。これじゃあこの王国にいられないかな」
「いえ、これって…」

私が共にいるときに狙ってきたということは…つまるところこれはユウタさんだけを狙っていたわけではない。私も一緒に狙っていたと考えるのが妥当だろう。
なら、その理由は。

この王国で私が狙われる理由は。



私が『魔物』だとばれたからに他ならない。



「そう考えるしかないね」

ユウタさんは辺りを見渡し他の騎士がいないか警戒しているとふと気づいたように床に指を滑らせた。指についたのはわずかな埃。人通りの多く、メイドの清掃が行き届いているはずの廊下なのに。

「となれば、騎士一人でかかってくるはずないよね。映画でもこういう場合はそこの柱の後ろとか」

天井を見上げたユウタさんは柱の装飾に足をかけ、一気に跳躍した。腕を伸ばしてなにかを掴むと体重をかけて無理矢理引っ張る。

「天井とか!」

すると天井に隠れていたらしい騎士が落ちてきた。体勢を立て直し剣を抜く寸前で顔面に膝を叩き込む。のけ反ったところへさらに顔面を踏み抜くと動かなくなった。やることが恐ろしいがこの状況では正しい判断だろう。

「闇討ちを騎士がするなんてレジーナが聞いたらどうなることか」
「まるで暗殺者ですね」
「それよりリチェーチ、どれくらい人がいるかわかる?」
「はい。どうして皆隠れているのかわかりませんでしたが…それでも先ほどからかなりの数の匂いがします」

ここで感じられる他人の気配が全て敵だというのなら―これだけの数も納得できる。
柱の裏から、曲がり角のあたりから、いたるところから鉄の匂い、人の匂い、殺気立ち、緊張し、滲んだ汗の匂い。全ては私達を殺すため用意された騎士達がいるという証拠。

「ユウタさん」
「ん、わかってる」

ここで戦うにはあまりにも不利すぎる。王宮内にいる騎士総出で掛かってこられたら苦戦は必須。それ以上にここには四人の勇者や騎士団長さんまでいる。たった一人で一軍以上の戦力を持つような人達を相手にはしたくない。
なら思いつくのはただ一つ。

「行きますよ!」

すぐさまユウタさんの腕を引っ張ると抱き上げ、王宮の壁へと駆け上がる。突然の行動でも騎士達はすぐさま隠れていた場所から駆け出してきた。壁を登り切ると街へと逃げていく。だが夜とはいえ街道にはおりられない。広くはあるが屋根からの攻撃に狙われやすすぎる。よって私はユウタさんと共に城下町の屋根に降り立った。

「ユウタさん!」

私の腕の中から飛び出すとすぐさま屋根の上を駆けだした。後ろからは数十人の騎士たちが追ってくる。城下町だというのに魔法の発動準備をしながら手には剣を持って本気で殺しに来ている。
どうして私が魔物だということがばれてしまったのか。レジーナ様がばらしたなんて考えられないが…もしかしたら人化の魔法が不完全だったとでもいうのか。あれだけ気にかけていたのに私がミスをするなんて………有りうる。
だとしたら今は悔いている暇はない。すぐさまここから逃げ出し離れなければ。この王国内にいる限り私達では絶対に勝てない人物がいるのだから。

「よっと」

まるで獣のように軽やかな足取りで安定しない屋根の上を駆けていくユウタさん。後ろから迫ってくる二人の騎士を見ると突然速度を落とし、二人に並んだ。

「覚悟!」
「魔物に加担する裏切りものが!」

だが騎士とはいえ所詮ただの人間。ユウタさんの前には脅威にもならず、すぐさま拳を顔面に叩き込み、殴り飛ばす。容赦ない一撃により二人は街道へと落とされ、石畳に叩きつけられた。あれならしばらく追ってはこれない。これで追手の数が減り、多少は逃げるのが楽になった。

「―…?」

だがユウタさんは怪訝そうに自分の拳を見つめていた。

「どうかしましたか?」
「いや…何か、おかしくない?」
「…ですよね」

足を止めずに走り続けながら考える。
ユウタさんの言葉の意味。そして、騎士達の追撃。
追撃というにはあまりにも生ぬるい。魔物だとわかっているならもっと本気で殺しにかかってくるはずだ。だというのに皆剣を持ってはいるが積極的に斬りかかってこない。私との実力差に恐れ慄くほど騎士団は臆病ではないはずだ。

なら、何をしているのか。

魔物一人に対してただの騎士団を向かわせるほど上は無能ではない。しかも今回の魔物は元部隊隊長。自分で言うのもあれだがその実力はレジーナ様の折り紙つき。並みの騎士が束になって勝てる相手ではない。だというのにこの対応だ。違和感を抱くのも当然だろう。

おかしい。

王宮内で戦い続ければもっと恐ろしい応援が出てくる。だからこうして逃げ出しているのだが追ってくるのは変わらず騎士団の人ばかり。

おかしい。

一定の距離を保ちつつ、時に切り付けてきては離れ、時に魔法を撃つが本気とは思えない。

おかしい…!

傷付けることが目的ではない。殺すことが目標じゃない。なら何を考えて行動しているのか。避けられるような魔法を撃ち、集団でいるというのにその数に任せた戦いに出ない。

これではまるで―はまるで私達を誘導している…!?

「…嫌な予感がします」
「同感だよ」

隣で走るユウタさんは私の言葉に頷いた。
それでも私達には逃げるしか術はない。ここらで逃げ回れば応援を呼ばれ、だからと言って王国外へ出ればきっと何かある。だが生憎私は転移魔法は使えない。ユウタさんに至っては魔力すらない。逃げるにはただ足を使うしかなく、逃げ場が限られてくる。
そしてとうとう目の前に建物五階分の高さの王国と外を隔てる壁が見えてきた。本当なら門から出ていくのだがこんな状況では待ち伏せされている。
だというのなら!

「ユウタさん!私に抱きついていてくださいね!」
「え?あ!」

走っていたユウタさんの後ろに回りその体を抱きしめた。ずしりと重いが魔物となったこの体では気にするほどでもない。これなら外壁だろうと容易く飛び越せる。

「行きますよ!」

返事を聞く前に私は屋根から跳躍し、一気に壁を駆け上がるのだった。










「っと、ここまで来れば誰も追ってきませんね」
「…本当に、よく壁のぼりできるよね」
「あれは王宮の壁よりちょっと高い程度の壁ですからね。今の私は魔物ですから楽勝です!」

ようやく足を止めてユウタさんを下ろしたのは広い平原だった。ディユシエロ王国から結構離れたただっぴろい草原だった。木々はなく、森も近くにはない。あるのは荷馬車が通ったのだろう道と満天の星空のみ。
追いかけていた騎士団は王国外にまでは来なかった。まるで自分たちはここまでだと言わんばかりの対応。それが何を意味するかは分かっている。まだ、終わりじゃない。きっと待ち伏せがいるに違いない。だからこそ未だ緊張は解くことはできず、あたりを警戒しなければいけない。だが草原には人の潜む気配は感じられず、敏感になった人虎の嗅覚ですら人の匂いは感じられない。なら警戒をといてもよさそうだと思ってため息をつこうとしたその瞬間。





「きゃ〜ん☆」





「「!!」」

まったく気配のしなかった草原のど真ん中から聞こえてきたのは鼻にかかった声だった。聞いてるだけで蕩けるような甘いそれは聞き覚えがある。私の記憶が正しければそれは―

「…ひっ!」

振り返った先にいたのは茶色を基準とした、チョコレートパフェのような色合いのミニドレスを着込んだ一人の女性だった。ハートを象った十字架を刻み、夜の闇でもはっきりわかる程甘い笑みを浮かべている。同性でも見惚れてしまう美しさを持つレジーナ様とはまた違う、誰もが見惚れる可愛らしさを持つ彼女は小柄な体に合わない大きな斧を片手で担いでいた。
それは今の私にとってこれ以上ないほどの脅威であって、最大級の絶望。ディユシエロ王国四つの希望にして最高戦力の一人。



それが土を司る、魔物嫌いの勇者



『リトス・エーデルシュタイン』



「夜道に魔物と出会うなんて怖いですぅ☆」

そう言って彼女はぞっとするほど愛らしい笑みを浮かべてこちらへと足を進めるのだった。
15/01/12 00:56更新 / ノワール・B・シュヴァルツ
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■作者メッセージ
ということで堕落ルート人虎編もいよいよクライマックスが近づいてきました
今回登場したのはディユシエロ王国に四人しかいない勇者の一人、魔物嫌いの女性リトスです
ぶりっ子のようですが…ただのぶりっ子ではありません
ただ、こうしてみると本当に癖の強い方ばかりなディユシエロ王国です
彼女もまた別の話ではヒロインとなる予定です


ここまで読んでくださってありがとうございます!!
それでは次回もよろしくお願いします!!

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