連載小説
[TOP][目次]
本能の強さ
あの日、人間のユウタさんと魔物となった私の実力差がはっきりと決定しても私たちの関係は特に変化することはなかった。元々私もユウタさんの強さに嫉妬するような事はない。彼が強いのは私以上の苦痛を味わい、努力を重ねているからである。血反吐を吐いた回数も耐え難い苦痛を感じたのも、折った骨の数すらもしかしたら私以上かもしれない。そんな彼の努力にどうして嫉妬などできようか。むしろ憧れた。その強さ、その覚悟。言葉にせずとも交えた拳からは私以上の強い覚悟を感じられた。
それにユウタさんも上下が決定したからといって態度を変える人ではない。私が彼よりも弱くても見下すことなく今までの対応を変えることなく接してくれるし、魔物である私を一生懸命に匿おうと頑張ってくれる。もうどれだけ彼に甘えてしまっているのだろうか。





そして、いつも仕事が終わればユウタさんの部屋に出向き、夕食をご馳走になり、ごろごろと喉をくすぐられて顔を擦り付けていた。そのせいか『人虎』という魔物だというのにまるで猫みたいだなんてよく言われるが私にはそっちの方が似合っているのかもしれない。

「ふふふ〜♪」

今日も今日とてスキップしながら王宮の廊下を進んでいく。既に太陽は沈み、廊下には見回りの騎士以外見あたらない。これなら誰にも魔物であることを悟られずに済むだろう。
騎士に敬礼され、スキップしながら会釈を返す。そうして進むと一つの扉にたどり着いた。見回りの騎士が誰もいないのはここにいる人には必要ないからだろうか。はたまた以前言っていたように嫌われているからだろうか。

「こんばんわー!」
「いらっしゃい、リチェーチ」

ドアを開けて出迎えてくれたユウタさん。既にシャワーを浴び終えたらしく湿った髪の毛が部屋の明かりを照り返し、艶やかに反射する。雪のように真っ白な服の上に黒いエプロンを纏っているのは先ほどまで料理を作っていただろう。テーブルの上には私の見たことのない料理が並び、どれも魔物となり敏感になった嗅覚をいい香りが刺激してくる。

「わぁ!今日のもおいしそうです!!」
「そういってもらえると嬉しいよ。ほら、食べよっか」



そうして夕ご飯が終わればあとは疲れた体を休ませる。食事後の休憩は何よりも大切なこと。それに仕事疲れでくたくたな体だ、もう何もやる気が起きない。なので。

「ふぅあ〜♪」

私は大きな欠伸をしながら体をソファに横たわっていた。柔らかなそれは私の体重分よりも深く沈み込み、堅さのある枕に両腕と顎を乗せていた。つまるところユウタさんの膝の上に顔を乗せていた。彼は嫌な顔一つせずに私の頭を撫で、髪の毛を梳くように指を動かしていく。その感触がいつも心地よく、思わずこのまま眠ってしまいそうなほどだ。

なのだが。

「…?」

ここ最近、下腹部からなにかが沸き上がってくる。痒いのか、痛いのか、はっきりとしない感覚だ。
わからない。この感覚がなんなのか。日に日に酷くなっていく。今はまだ耐えられない程ではないがこの調子ではきっといつか耐えきれなくなる。
だが、何に?
その感覚がなんなのかわからない。このまま限界を超えればどうなってしまうのか、その予想すらつかない。
どことない高ぶり。体温の上昇。運動後ではないというのに心臓の鼓動は速まり、思考が鈍くなっていく。だが決して嫌悪感を抱くようなものではない。逆に心地よいとも言い難いが。

「どうかした?」

沸き上がる違和感に身を捩っていると不振に思ったのかユウタさんが私の顔をのぞき込んできた。

「あ、いえ、なんでもありません」
「そう?」
「はい。ですからもっとしてください♪」

湧き上がってくる感覚を無視してユウタさんの手に頬を擦り付ける。ごつごつとした男性らしい掌は決して不快なものではなく、むしろ心地よい感触と暖かさを備えていた。

「全く仕方ないな」

そんなことを言いながらユウタさんは私の頬を両手で包んで撫でてくれる。やっていることがまんま猫。だというのに満足してしまうのだから私は虎ではなく猫なのかもしれない。
ユウタさんの手が肩へとおり、掌へと移動する。そこにあるのは人間にはない、人虎となった私の体に備わった一つの器官。四足歩行をする虎が手足を傷つけないために発達したものであり、魔物である人虎にも備わったそれは大きく、そして何より柔らかい。
すなわち肉球だ。

「肉球やわらかいね」

二本の親指で感触を確かめるように何度も力を込められる。決して痛みを与えないように加減されたせいでくすぐったい。

「あははっ!くすぐったいですよ、ゆうたさん」
「それじゃあ背中はどうかな?」
「はぅっ」

遠慮なく触ってくるのは女性の体に慣れているからだろうか。その割にユウタさんの体からは女性の香りは漂ってこない。レジーナ様やほかの女性と関わりはあるだろうが特別な関係となった女性はいないのだろう。
ならやはり私のことを猫だと思っているからだろう。女性として扱われないのは癪だが気持ちいいので言わないでおく。

「あぅぅ〜…♪」

優しく撫でゆく指先が臀部をなぞり、尻尾の根本を擽るように押しつけられる。それは筆舌しがたい気持ちよさで思わず顔がだらけ、変な声が出てしまう。

「猫は尻尾の付け根がいいらしいからねぇ。どう?気持ちいい?」
「はぃぃ♪」

体に染み込んでくる指先の感覚に思わず蕩けたような声で応じてしまう。それだけユウタさんの指先は心地いいのか、魔物の体が快楽に敏感なのか。力が強くなるだけではなく貪欲にもなる魔物の体。意味深に笑っていたリリムのフィオナさんの顔が浮かぶ。大変なのはこれからの時期だと。
言葉の意味は分からない。でもそれでいいと思ってる。こんな私でも気にすることなく、そればかりか必死に隠そうとしてくれるユウタさん。魔物となっても信頼をしてくれるレジーナ様。そんな二人がいてくれる。ここが反魔物国だろうが不安なんてものはない。だからこうして私はユウタさんに存分に甘えてられるんだ。
…甘えすぎて申し訳ないけど。

「今度猫じゃらしでも持ってこようか?」
「そこまで猫じゃありませんよぅ」
「どうだかね」

無邪気な子供のように笑うユウタさんにつられ私もまた笑うのだった。










―おかしい。

それに気づいたのは寒さも和らぎ庭の花が蕾をつけ始めた頃だった。厳しい寒さは収まりを見せ、春の気配を感じさせる今日この頃のこと。動物達がはしゃぎはじめ、冬眠中の生き物も目を覚ましてくるだろう時期。
そんな時に私はとうとう自覚する。

―おかしい!

以前から感じていた下腹部の感覚が日に日に酷くなっていく。痛みではなく、痒みでもない、不思議な感覚は思った通りいずれ本当に耐えきれなくなることだろう。
風邪かと思って風邪薬を飲むが効果はなし。疲れだと決めつけ魔法薬を飲み干すが意味はなし。なら魔物となった影響と考えるべきか。だが私は魔物に対して嫌悪感は抱いてないものの、知識はあまりない。人虎の事などなるまで全く知らなかったし、今でも知らない。
既に時間は夜。この区画を見回っているのは私のみ。故に人気はなく、私の事がばれる心配はない。だがこのままでは部屋にたどり着くこともままならない。足取りはおぼつかなく、呼吸は乱れ、壁に手を突いてようやく立てているようなものだ。へたり込んだらもう立てないだろう。
ならこの体調が回復するまで休んでおこう。今日は夜間勤務なのだが理由があればレジーナ様もわかって下さるはずだ。
ゆっくりと足を進めて自分の部屋へと進んでいく。壁の感触を掌に感じながら、荒く、熱い息を吐き出しながら。眩暈がする。頭がふらつく。辛くはあるのに嫌ではない。快いにはほど遠いが。まるで風邪でも引いてしまったかのような体調不良。はて、魔物というのは人間よりも遙かに強い体なのだから風邪ぐらい平気なのではないかと疑問が浮かぶ。

「…あ?」

ようやくついた部屋を見ると見覚えのあるドアが立っていた。だが私の部屋とはデザインが違う。どうやら朦朧とする意識のせいで別の部屋に来てしまったらしい。
それも、ユウタさんの部屋に。

「あ、れ…?」

どうしてここに来てしまったのだろうか。やはり朦朧とする意識のせいで普段から訪れていた部屋へ体が動いてしまったのだろうか。
だが、普段からお世話になっているというのにこれ以上迷惑はかけられない。しかし風邪をひいて一人でどうこうできるほど私は器用でもない。なら助けを借りる方が賢明だろうか。

「どう、しよう…?」

ドアをノックするべきだろうか。
この時間帯ならユウタさんはレジーナ様の護衛を終えて部屋に戻っているはずだ。夕飯を終えてシャワーを浴びているかもしれない。どちらにしろきっとこの部屋にいてくれるはず。
だがもし、この体調不良が風邪のせいだとして魔物すらかかる病気がユウタさんに移ったとしたらどうしよう。いくら強くても人間であることに変わりない彼だ、最悪死ぬこともあるのではないか。

「それ、は…だめ…っ!」

絶対にあってはいけない。絶対にやってはいけない。
やはりこれは自分一人でどうにかしなければ。そう結論づけて私はゆっくりと部屋のドアから体を離し―



「あれ、リチェーチ?」



「ユ、ウタ、さん…!?」

たところで声をかけられた。今更確認することもない、疑いようのないこの部屋の主ユウタさんの声だ。
ゆっくりと振り返ると汗だくになったユウタさんがいた。普段と違う服は汗で張り付き体の線がうっすら浮き出ている。塗れた髪の毛は淡い月明かりを艶やかに反射し、闇色の瞳がこちらを見つめている。どうやら今の今まで鍛錬をしていたらしい。体を覚ます為か胸元を引張りぱたぱたと仰いでいる。

「また夜食でも食べにきたの?」

からから笑いながら部屋の鍵を開け、ドアを開く。距離が近づいたことで香ってきたのは強烈な汗の匂い。鼻の奥をつんと刺激するそれは嗅いでいるだけでも下腹部の疼きが酷くなる。
ぞくりとした。
うなじに光る汗の粒。頬を垂れる滴は拭われることなく床へと落ち、艶やかに光る黒髪や浮き出た体のラインに思わず唾を飲み込んでしまう。色っぽい。男性であるユウタさんを前にどうしてそんなことを考えてしまうのだろうか。

「…リチェーチ?」

不思議そうにユウタさんが覗き込んできた。闇色の瞳が心配そうに私を見つめる。新月の夜をはめ込んだようなそれは見つめ続けているだけで吸い込まれそうになるが、今は下腹部の疼きをさらに酷くした。

ああ、そうか。

この疼きがいったい何なのかを自覚する。これは本能的なもの。私が生きるために食べ物を必要とするのと同じ事だ。だが今私は空腹ではない。先ほど見回りをする前に既に食べている。それに今私は眠くもない。休憩中に眠っていたから十分だ。
なら私を疼かせるものは一つ。人間における三大欲求であり、子孫存続のためのもの。
さらに今の私は魔物だ。そして虎だ。虎などの獣に本能的に備わった期間。それは暖かく過ごしやすくなったときに訪れる体調の変化だ。犬だろうが猫だろうが馬だろうが、その時期は当然訪れる。



―すなわち、繁殖期。



自覚したとたんに下腹部が熱くなる。疼きがより一層強まってくる。指では到底届かない、一人では絶対に満足できない感覚に足が震えて思わずユウタさんへ倒れ込んでしまった。

「ユ、ユウタさん…」
「リチェーチ!?どうかしたの!?」

優しく抱き留めてくれる二本の腕。胸板に顔を寄せると香ってくる強烈な雄の匂い。一呼吸する度に下腹部を滾らせて雌の本能が強く叫ぶ。
魔物というのは皆魅力的な姿をしている。それは愛おしい男性を見つけるためであり、最愛の男性を愛するためのものだとリリムのフィオナさんは言っていた。感覚は人間よりもずっと強く、快楽には敏感だ。それも全て愛する男性を感じるためである。そして何よりも魔物は貪欲であると。
その意味がようやく分かってきた。

目の前に魅力的な男性がいる。

心を許した相手がいる。


大切で、愛おしいユウタさんがいる。



なら、止まれることなどできるはずがない。



それが魔物―人虎である私なのだから!



「ユウタさん…っ!」

我慢できずに壁にユウタさんを押しつけて体を抱きしめる。既に理性なんて飛んでしまっていた。襲いたい。交わりたい。目の前の雄と交尾したい。頭の中にあるのはただそれだけだ。

「ユウタさんっ…」
「リチェーチ…どうし」

言い切る前に服に手をかけると一気に引っ張った。ボタンがいくつも飛び散りユウタさんの肌が露わになる。鍛え上げ引き絞られた、無駄な肉のない体を見て疼きがさらに酷くなる。

「…なっ!?」

突然のことで反応が遅れユウタさんはすぐに私の手をほどこうと暴れ出す。だが元々力は私の方が遙かに上。腕力の弱いユウタさんにはどうこうできるはずがない。もしも両手で抑え込んだのなら殴ることも抵抗もできなくなることだろう。

「い、いきなり何を!?」
「ごめんなさい!ごめんなさい!!」

口では謝れるのだが体が言うことを聞かない。ユウタさんの服をはぎ取ってズボンにまで手をかけた。ベルトが思った以上に頑丈なもので引き千切れない。ガチャガチャと金具を弄るも作りが違うのか外れる気配はない。じれったい。だがきつめに締めているせいでズボンが脱げないようになっている。布地を引き裂いてしまおうかと考えたその時だった。

「この、いい加減に…っ!!」

壁に押し付けた姿勢からの腕を引き抜いて一撃。掌を打ち出したそれは的確に私の顎を狙いに来ていた。だが私は魔物。ユウタさんは人間。そして今は真剣勝負ではなく、ユウタさんは壁に押し付けられたままだ。腕力は常人程度しかなく、自慢のスピードも発揮できないこの距離では私の目には止まって映る。
ならば、押さえ込むことはたやすいこと。私は片手で受け止めるともう一方の手もまとめて握り込んだ。

「…え?」
「二度も、同じ技を食らいませんよっ…!!」

荒い呼吸を繰り返しながらも的確な対処にとうとうユウタさんの身動きが止まった。両腕を押さえ込まれ、この距離では流石に抵抗できまい。だがそれでもユウタさんは暴れ出す。

「待った待った!リチェーチ待った!」
「待てません!もうダメなんです!」
「何が!?せめて説明してって!」

身を捩っても私を退かすことなどできやしない。足をばたつかせても体を抜くことはできない。両腕を捻っても逃げられないように強く握り、私は顔を寄せる。
ユウタさんは視線を逸らす。俯いて表情を隠すように。だが耳は真っ赤に染まっているし呼吸も荒い。それが羞恥か興奮かはわからないが体は確かに反応しているはずだ。

「いい、ですよね…?」

真っ赤に染まった耳に囁くと体がびくりと震えた。

「しても、いい…ですよね…?」
「なにを……?」

口ではそう言っていてもユウタさんだって気づいているはずだ。
ここに入ってから人化の魔法は解け、魔物としての姿を晒している。上気した肌に荒い呼吸を繰り返し、異常な熱を帯びた体と疼きの収まらない下腹部が私から理性を削り取る。そんな普段と全く異なる魔物の姿。そんな私を見てわからないはずがない。
ユウタさんは魔物について最低限の知識はあるはずだ。リリムのフィオナさんと仲良く話せるのだから間違いない。なら、私の今の状態もわかっているはず。わかった上ではぐらかしているのだろう。

「したいんです…ユウタさんと、したくて、したくて堪らないんです…っ!」
「っ…」

萎縮したように震えあがるユウタさん。柔らかに笑う普段の姿や試合時に見せた覚悟を決めた凛々しい姿からは想像できないほど弱弱しく儚さすら感じられる。握りこんでいる手に力を込めれば砕け散ってしまうのではないかと思えるほどだ。
このまま押し切れる。無理やりで心苦しいが私自身、自分を止められない。さらに体を寄せようとすると消え入りそうな声が私の耳に届く。

「せめて…」
「はい?」
「せめて………ベッドで」

その言葉を聞いた瞬間私はユウタさんの体を抱き上げていた。

「はいぃぃぃい!!」

否定ではない肯定の言葉。条件付きとはいえ受け入れたという事実。そのことに魔物の本能が猛ってやまず、体がすぐさま実行へと移していく。
思い切りベッドのある寝室へと放り投げた。どすんと重い音を響かせ軋むベッドへ続いて私も飛び込んでいく。もちろん逃げられないように両腕をつかみ、体に跨がることは忘れない。

「いいんですね!?もう止まりませんよ!!」
「でもリチェーチ、こういうのは好きな人同士でやるもんだよ!」

それでも抵抗の意を示すユウタさん、本当に往生際が悪い。試合時の思い切りの良さはどこへ行ったというのだろうか。

「なんですか今更!」
「あのね、こういうことはしたいからするっていうんじゃなくてちゃんと大切な人を見つけてすべきなんだよ!」
「私はユウタさんが大好きです!」

思った以上に大きな声が出て部屋に響く。それだけ大きければユウタさんにも十分届いたことだろう。見れば、動きを止め、顔をさらに真っ赤に染めていた。

「以前にも言ったじゃないですか!私はユウタさんが好きなんです!大好きなんです!それともあれですか!ユウタさんは私のこと好きじゃないっていうんですか!?」
「え…っ」
「嫌いなんですか!?」

顔を寄せて闇色の瞳をのぞき込む。だが恥ずかしそうに視線を背けてしまうので私はもう一方の手で頬へ手を添え顔をこちらへと向けた。真っ直ぐ見据える、月のない夜のような闇の色。見続けるだけで引き込まれそうになる瞳は透き通って綺麗だが困惑の感情が見て取れる。

「嫌いなんですか!?」
「いや、嫌いじゃない、嫌いじゃないよ…」
「じゃ好きなんですね!?」
「え!?いや、その…好きっちゃ好きだけどさ…」

その言葉を口にすることを照れているのだろう、先ほどから視線があっちへ行ってこっちへいってと目を開わせないように逃げている。なのでさらに顔を近づけた。鼻先が触れ合うほど近く、あと少しで唇も重なってしまうほどの距離。ここまで寄れば視線も逃げられないだろう。

「はっきりして下さい!!好きなんですか!嫌いなんですか!?」
「す、好きだよっ!」



「じゃあいいですよね!!」



これ以上の問答なんて必要ない。私はそのまま唇を押し付けた。

「んんっ!?」

驚きに目を見開いたユウタさんだが気にすることなく腕を後頭部にまわす。柔らく温かな感触は初めて感じる異性の唇。だが初体験である感動を味わっている余裕などもはやなく、僅かに開いた間をめがけて舌を潜り込ませた。

「んふっ!?」
「むぅ…ん♪」

ユウタさんの口内で暴れ尽くす。歯茎に這わせては唇の裏を舐め、舌を突き出すと戸惑って動かないユウタさんの舌に触れた。じっとりと湿り、唇とは違う柔らかさをもつそれに思い切り絡ませるとにちゃにちゃといやらしい音が頭の奥まで響いてくる。

「ん、ふぅう♪ちゅ…んむう♪」

唇を離すことなくキスを続ける。自分勝手で暴力的で。あまりにも一方的で本能的な行為。獣のように激しく、理性なんて欠片もなく、ただ体を満たしてくれる雄の感触を味わうだけだ。
対するユウタさんは私を押しのけようとしてか肩を掴んでいる。だが力なんて全然入っておらず、無駄なことだ。それをいいことに私はさらに激しく貪りながら彼の服に手を掛け、一気に服を脱がしにかかる。

「ん、あはぁ…♪」

服を脱がせた途端にむせ返るような雄の匂いが鼻孔をつく。先ほど鍛錬をしたままだったからだろうユウタさんの体はうっすらと汗が滲んでいる。掌に感じるじっとりとしながらも固く逞しい感触が私の興奮に拍車をかけた。
じっくりと眺めてみると改めて鍛えていることがわかる。引き絞られて無駄な肉をそぎ落とし、あの爆発的な瞬発力を生み出すために必要な筋肉だけを鍛え上げている。そのせいで体の線は細く見え、そこらの騎士のように筋骨隆々とは程遠い。比べれば華奢と言われても仕方ないかもしれないがそこには確かな努力の跡が残ってる。
その感触を確かめようと脇腹を撫で上げると一際ユウタさんの体が大きく震えた。

「ぁっ」
「!っ」
「…………っ」

無言で視線を逸らすユウタさんだが私の頭には試合のときの言葉が蘇っていた。
脇腹を撫で上げるとかなり不快な刺激となる。だがそれは強い力でやるからであって…本来脇腹というのは敏感な物なのではないか。それは魔物である私にも当てはまるのなら…人間であるユウタさんに当てはまるのも当然ではないか。
なら、もしかしたら。

「んふ〜♪ユウタさん、もしかしてここ弱点なんですか?」
「っぁ!?」

唇で撫で上げると面白いように反応する。僅かな塩気と熱い体温。舐め上げると体が大きく震え噛み殺した悲鳴が漏れる。
誰も聞いたことがないだろう声色に誰も見たことのないだろう表情。この王国でトップクラスの美しさを持つレジーナ様や魔物の姫君であるリリムのフィオナさんでもユウタさんのこんな姿を見たことはないだろう。そう思うと得も言われぬ感情が湧き上がってくる。

「んふ♪」

自分の印を残すように吸い付き、赤い跡を刻みつける。浮き出た肋骨一本一本に、まるで私の物と言わんばかりに。独占欲は強くないと思っていたがそうでもないのかもしれない。
口づけるたびにユウタさんの体が震え、押し殺すように漏れる切ない声が私の興奮を掻き立てる。そのせいで止まることなどできるはずもなく気づけば脇腹にはいくつもの赤い跡が刻みつけられていた。
その様子を眺めながらゆっくりと体を離す。するとそこでようやく気付く。私の体とユウタさんの体、ちょうど下腹部辺りに感じる筋肉とはまた違う固いものに。

「…!」

下腹部では隠しきれないほど怒張したものがズボンの生地を押し上げていた。そこからもっと強烈に雄の香りが漂い、私の本能を刺激する。男性の生理現象を知らないほど私は初心ではなく、それを見て私は笑みを浮かべていた。

「ユウタさんもしたいんじゃないですか♪」
「ちが、あれだけされたら誰だって…んむっ!」

正直ではない口を唇で塞ぐ。舌を突き入れユウタさんの舌と絡めるとすぐさま抵抗は弱くなる。私を押しのけようとしていた手なんて既に力は入っていない。それをいいことにベルトを外してズボンを下着ごと一気に脱がすと目的のものが露わになった。

「わぁ…♪」

初めてみる男性の証。それは私の体のどの器官にも似ていないものでどことなくグロテスク。だがそれは間違いなくユウタさんの体の一部で、大切な部分。そうなれば不思議と可愛らしくも見えてくる。
これを私の中に迎え入れる。それがこの体の望むこと。止むことのない疼きを鎮める最適の手段だ。

「いいですよね…入れますからね?」

聞いているようで答えなんて待つ気はなかった。理性なんてとうになく、興奮を抑え込むことなんてできるはずがなかった。ユウタさんはじっとこちらを見つめていた。闇色の瞳を潤ませながら荒い呼吸を繰り返し、でも何も喋ろうとしない。なら、拒絶しているわけではないだろう。

「いきますよ…?」

触らずともわかる程に濡れそぼった女性器にユウタさんの物を押し付ける。独特な柔らかさを持つ先端が食い込むとそれだけの刺激で体が震えた。そのまま擦りあげると出したことのない甘い声が漏れだす。

「あぁ、は…♪」

何度も何度も往復し、塗りたくる。滴り落ちた愛液はユウタさんを伝い落ち、十分に濡らした。これならスムーズに迎え入れることができるはずだ。指先で傷つけないように抑えると先端を食い込ませ、一気に腰を下ろす。

「あっ!」
「んんっ!!」

ぶつりと体の中で何かが千切れるような音が響いた。それは純潔を失う時の証。続いてくるのは壮絶な痛み、だと思っていたのだがそれよりも強烈な刺激が私の体を支配する。
それは紛れもない快感。何も侵入したことのない聖域を押し広げる感覚が、密着した肉壁を無理やり擦っていく感触が、一番奥へと突き刺さった衝撃全てが快感へと繋がっていく。

「んぁあああああああああああ♪」

一人で慰める経験はなかったわけではないがこれほどまで強烈な快感を得たことなど一度もない。体がばらばらに弾けてしまいそうな刺激が私の体を駆け巡る。まるでむき出しの神経を撫でられたような強烈な感覚は全て快楽へと変わり、意識を高みへと押し上げた。びくびくと体を震わせ、きっとだらしない顔を浮かべていることだろう。でもそんなことを気にかけられないほどの快感が流れ込んできた。

「うぁ、んん…はぁ♪ぁ、ああ……はぁ♪」

落ち着くまでにしばらくの時間が必要だった。ようやく快楽の波も引き始めても呼吸が整えられない。そっと下腹部に手を添えると脈打つ私以外の存在を感じられる。力強く反りかえったそれは私の中をこれ以上ないほど埋め尽くし、燃え上る様な熱で内側を焦がしている。だが決して嫌なものではなく、地面に足がついていないような浮遊感がある。夢の中のように心地いいがこれは決して夢ではない。

「は、ぁ…ぁああ♪ユウタさぁん、とっても気持ちいいですよ…っ♪」

ユウタさんを見ると瞼に力を込め歯を食いしばって堪えるようにシーツを握りしめている。痛みとは違う感覚に流されまいと必死に耐えているようだ。きっと誰も見たことのないユウタさんの乱れる姿。それが私の興奮を一層掻き立てる。

「んふ〜♪ユウタさん〜…♪」

顔を寄せて固く結んだ唇を舐めとった。何度も何度も執拗に撫でていると徐々に力が抜け、開いた隙間へと舌を潜り込ませると応じるように舌が絡まってきた。甘えるように舐めとる仕草に喜んで啜り上げる。頭の中に染み込んでくる甘ったるい味。それはお菓子や果物とは比較にならないほど濃厚だ。甘いものが好きな性格だからか、魔物の体が男性に反応しているからか。

「どうですか、ユウタさん…私の中は気持ちいいですか?」

頬に手を添えて顔を覗き込む。ようやく開いた目は戸惑いながらも私を真っ直ぐ見つめていた。

「すごい、きつい…っ」
「…あはぁ♪」

                        

切羽詰まった声色に無理やり平静を保とうとする姿。快楽に顔を歪めながらじっと見つめる闇色の瞳が堪らなく愛おしい。
私の体で感じてくれているという事実。誰もが成しえなかったことをしている達成感。私の女を満たす実感。メスとしての喜びを与えられている充足感。



だがそれ以上に胸の内から湧き上がってきたのは―さらなる快楽への欲求だった。



魔物の体は知っている。もっとこれ以上の快感があることを。
女の本能はわかってる。この行為の本当にすべきことを。
抑え込む理性がない今、私を駆り立てるのはこの体に備わった本質だけだ。

「ぁああっ♪」
「っ!?リチェーチ!いきなり、はげ、し…っ!!」

私は本能のままに腰を振り立てた。力任せで無理やりで、暴食的であまりにも一方的。ユウタさんの事なんて欠片も考えられないほどに自分勝手な性行為。きっと嫌われてしまうことだろう。だというのに私の体は止まってくれない。それだけこの快感が私の体を狂わせる。
もっと寄越せと喚いてる。
その先を欲して叫んでる。

「ごめんなさいっ♪ユウタ、さんんっ♪でも、止まれないんですっ♪」

嫌われたくないのに口で謝るのが精一杯でどうしようもない。
膣内はユウタさんのものに隙間なく絡みつき、浮き出した血管の形すらわかる程に密着している。腰を動かし、肉壁を擦りあげられると目の前が白く染まるほどの快感が弾きだされ、だらしない声が漏れた。

「あっ♪あ♪や……くぅっ♪」
「…っぁ……くぅ……!!」
「あ、はぁあ♪あ、んん♪ユウタ、さんっ♪」
「……リチェー、チ…っ」

優しく名前を呼ばれるとそっと頬に手を添えられた。いつも感じていた温かく、ごつごつとした男性らしい掌がゆっくりと撫でていく。突然のことで腰の動きを止めてしまうとそこへユウタさんが顔を寄せてきた。
ちゅっと、音をたてて離れていく唇。それは私がした貪欲な口づけではない優しく甘酸っぱい刹那のキスだった。

「…っ!」
「いいよ…リチェーチ」

伸びてきた腕が体にまわされ私を抱きしめる。細くも逞しさあるそれは背中をそっと撫でていく。改めてユウタさんを見てみると真っ赤な顔でも普段のように微笑んでいた。

「あ…♪」

魔物の体と人間の体ではあまりにも差がありすぎる。その体に一方的に魔物の性欲を叩きつけられては辛いだけだろう。だというのにユウタさんは真っ直ぐに私を見つめ、微笑んでいる。それは紛れもなく私の事を受け止めようとする意思表示。
胸の奥が蕩けていく。締め付けるような切なさが生まれ、温かな感情が泉のように湧きだした。

「はいっ♪」

快感とはまた違う悦びを胸に体が再び動き出す。右に左に、前に後ろに。時に上に、そして一気に押し付ける。ユウタさんは私の膣内を擦れ、引っ掻いては突き進む。その全てが快感へと繋がっていくのだが特に一番奥がすごかった。
ユウタさんの全てを飲み込むと届く、私の一番奥の子宮。女性にとって最も大切で男性の証を注ぎ込むための場所。それは魔物も同じであるが人間以上に貪欲なのか何度も何度もユウタさんのものへ子宮口が吸い付いた。

「あぅ…っ」
「んんっ♪あ、はぁ♪」

とても敏感なのか触れるたびに目の前が真っ白になる。小さくともそれは確かな絶頂で意識を溶かしていく。だというのにやはり貪欲な体は私の意思など構わずに動き続ける。それはまさしく獣の如く。部屋に響く肉のぶつかり合う音がなんともいやらしく、その都度弾きだされる快感に全身が蕩けていく。
交わってからどれだけの時間が過ぎたのだろうか。壮絶な快楽のせいで時間の感覚がわからなくない。長い間交尾を続けていたのか、もしかしたらまだまだ数分程度しか経っていないのか、そんなときに突然私の中でユウタさんが膨れ上がり肉壁を押し広げた。

「あぁあっ♪いきなり大きく…っ♪」

突然のことで体が驚き跳ねて快楽に震える。ただでさえ固いユウタさんのものがさらに固く大きくなって中を圧迫する。びくびくと細かに震えながら膣壁を擦りあげると今まで以上の快感を叩きだしてくる。

「リチェーチ、もう…っ」
「え?ぁ♪」

切羽詰まったユウタさんの声。それが何を意味するのかを体は理解していた。私の意思よりもずっと先に体は動き、腰を思い切り落とす。一番奥へとユウタさんを迎え入れると肉壁が思い切り締め上げた。まるで握りつぶさんとするかのように強く、それでいて搾り取る様に律動する。

「〜っ!」
「あぁあああああ♪」

そして私の中で爆発する。ユウタさんが吐き出した精液は一番奥へと届き、注がれていく。熱湯のように熱く、だというのに決して苦痛ではないその感触に何度も目の前が真っ白になる。今まで感じていた絶頂が子供だましに思えるほど強烈で、甘美な快楽に体が大きく震えた。
雌の体に注ぎ込まれる雄の体液。それは自身がこの雄の物だということを刻みつける証。一方的に搾り取ってしまったがそれでもユウタさんの精液を注がれ魔物の体は歓喜に震えた。びくびくと、だらしなく体を震わせて耐えきれずにユウタさんへと覆いかぶさる。お互いに荒い呼吸を繰り返しながら体を支配する心地よい脱力感を味わっていた。

「ユウタさん…♪」
「激しすぎるよ、リチェーチ…」

口ではなんだかんだと言いながらも二本の腕が優しく抱きしめてくれる。撫でるよりもずっと強く、そして優しく。その感触が堪らなく嬉しく思うと体が反応して膣内が締め付けた。

「ぁぅ…っ」
「…あ♪」

みっちりと締め付けると未だにユウタさんが固さを保っていることがよくわかる。これならたった一回程度で終わることなくもっとできることだろう。
そして、魔物の体は貪欲だ。たった一回の行為で何度も絶頂を味わったが満足には程遠い。それに先ほどのユウタさんが流れ込んでくる快感をもっと味わいたい。雌であることの実感を、ユウタさんの証を注がれたい。

「ユウタさん、もう一回、いいですよね♪」
「…え?」
「もっとしても…いいですよね♪」

口ではそう言いながらも私の手は彼の肩を掴んでいる。ここから抜け出させないようにするために。私の言葉に、行動に意味を理解したのか困った様に笑みを浮かべると囁いた。

「まったく、仕方ないな…」

それは優しく、ちょっと淫らで甘い言葉。私の事を受け入れてくれる紛れもない証であって紛れもないユウタさんの本心だ。柔らかく微笑む表情からは拒絶の色は一切なく、応えるように両手が腰に添えられた。

「はい♪」

その言葉に、その笑みに私は大きく頷いて再び行為へと耽っていくのだった。
14/12/29 21:53更新 / ノワール・B・シュヴァルツ
戻る 次へ

■作者メッセージ
ということでこれにて堕落ルート人虎編六話目となります
魔物の性に逆らえずとうとう押し切ってしまったリチェーチですがなんだかんだあっても受け入れちゃう彼です

しかし、HAPPYであってもENDではありません!
これで終わらないのがこの王国です
魔物の性を受け入れられ、肯定した今とうとうディユシエロ王国の勇者が動き出します
四人いるうちの誰が動くことになるのか…!

ここまで読んでくださってありがとうございます!!
それでは次回もよろしくお願いします!!

TOP | 感想 | RSS | メール登録

まろやか投稿小説ぐれーと Ver2.33