堕落の祈り
おずおずと部屋の中へと進む私。
私の姿に驚愕を隠せない黒崎ユウタ。
黒崎ユウタの膝の上でくつろぐバフォメット。
何も言わず、何も言えず、静かな空間内で一番に口を開いたのは彼の上に座るバフォメットだった。
「ほっほ〜ぅ」
ニヤニヤと憎たらしくなるぐらいにいやらしい笑みを浮かべて私の体を舐めまわすように見つめてくる。頭からつま先まで、特に注目するのは人間にはない部分。広げられた翼とゆらゆら揺れる尻尾だ。
「そうかそうか、決心したのかのう」
とても楽しそうに、それでいて嬉しそうにそう言った。
きっと同じ魔物仲間が増えたと思って喜んでいるのだろう。魔王の目的は人類を魔物に変えること。この世から人間という存在を消し去ることのはずだ。それならばその幹部を務めるバフォメットにとってこれ以上に喜ばしいことはないだろう。
神様に操を捧げ、純潔を守り、人生の全てをかけて誓った信仰心を捨てて魔物へと身を堕とす。
結局のところ私は彼女の思惑通りに動いていたんだ。
なんと愚かしいことか。
なんと嘆かわしいことか。
だが……後悔はしない。
未だ固まっている黒崎ユウタの上でバフォメットは何かを思いついたようにぽんと手を叩いた。
「そうじゃ、今日の午後はエリヴィラを待たせておるんじゃった」
ぴょんっと彼の膝上から飛び降りたバフォメットはにぃっと笑みを向けて手をあげる。
「すまんのうユウタ。わしは帰らせてもらうぞ」
「あ…ああ」
ようやく視線がバフォメットに移り黒崎ユウタは反応を示した。小さく頷いて彼も手をあげる。それを見たバフォメットはスタスタ歩いて私の脇を通り抜けて行ってしまった。
ただ一瞬。
彼には見えないように、私だけ見えるように笑みを浮かべて。
『頑張るのじゃぞ』
なんて声が聞こえてきた気がした。
なんとも白々しい。あんなものは演技だと自分から言っているようなものだった。
だけど、気を使われたことぐらいわかってる。それから彼女が出て行ったのが私のためだということも。彼と二人きりにさせたことが私に対する後押しだということも。
私は彼女の手助けを素直に受け取ることにし、驚愕の表情が残る彼に向き直った。
「…えっと、ヴィエラ、さん?」
名前の呼び方が余所余所しくなっていた。それどころか声色や態度までがまるで初対面の相手にするようなものになっていた。姿かたちが変わったくらいでそこまで態度を変えなくてもいいというのに。
「どうしたのですか、急にさん付けなんて」
「いや、えっと……その格好は?」
私は彼の前の椅子を無視してベッドに腰掛けた。その行動に何をしているのかわからないらしい黒崎ユウタはその場でただ視線を送ってくるだけだ。
「こちらへ…来てください」
ぽんとベッドを軽く叩いて私の隣へ誘導する。
今までこのベッドでは二人で並んで毎日眠ってきたがお互いのことを考えて端と端で眠ってきた。それ故隙間のないぐらいに近くまで寄ることは今までになかった。私が魔物化で苦しんでいた時は仕方がなかったとは言え人間だった頃なら自ら誘うことなどあり得なかった。
だからだろう、黒崎ユウタは戸惑いの表情を浮かべているのは。
「えっと…こっちじゃなくて?」
とんとんと指先でテーブルを叩くが私は首を振る。そして再びベッドの上をぽんぽんと叩いた。
「っと…」
「こちらへ来てください」
「…」
私の一言に仕方ないと小さく呟きながらゆっくり腰を上げてこちらへ歩み寄ってくる。心なしか足の動きも普段以上に遅い。
そこまでして今の私に近寄りたくないということだろうか…いや、いつも彼は私に対して距離を置いていた。それは気を使っていてくれたからこそのはず。だから今もきっとそうだと不安な感情をなんとか打ち消す。
「じゃ…失礼して」
遠慮がちに私の隣に座り込む黒崎ユウタ。彼の体重分だけベッドは沈み込み、柔らかく私たちの体を受け止める。
「…ぁっ」
隣に来ることでふわりと香る彼の匂い。熱で朦朧とした意識では感じ取れなかった一つの感覚が彼の存在を捕える。
途端、下腹部が疼いた。何かが湧き上がるような感覚にどうすればいいのかわからず内股をこすり合わせる。
「…ん?大丈夫?」
「え、ええ…平気です」
そうはいうものの隣に彼が来たことで私の体はしっかりと反応していた。
心臓の鼓動が早まり、体が熱くなる。手のひらは汗ばんで呼吸も徐々に荒くなってくる。
それに先程から尻尾が揺れ動いて止まらない。今までなかった部分だから自由自在に操れないので戸惑ってしまう。
私は出来る限り平静を装って言葉を紡いだ。
「おかしいと、思いますか…?」
「…」
私の言葉に彼は反応を示さない。いや、どんな反応をすればいいのかわからないのだろう。
あれだけさんざん嫌っていた存在に自ら堕ちた私の心情を読み取ることなどいくら優しい彼でもできるはずがない。気が利いても人の感情まで気を回せないのが黒崎ユウタなのだから。
「おかしいですよね…今までさんざん嫌っていた存在に私は今なっているのですから」
自嘲気味に笑みを浮かべて私はそんなことを喋っていた。
よく考えてみるとなんと愚かで馬鹿なことなのだろう。この体になって見える景色は変わってきたが未だ残る人間としての価値観がそう思わせる。
信ずるままに嫌い、浄化すべき存在だと認識していた。その存在が今の私の姿であるのだから滑稽にも程がある。
私は何をやっているのだろうか。それすらわからない。
わからないが…それでも胸の奥の感情と今求めていることだけははっきりとわかってる。
ちらりと彼を見てみるとこちらを真っすぐに見つめていることに気づいた。闇を埋め込んだような漆黒の瞳が私だけを映し出す。そして、口元にはいつものように笑みを浮かべていた。
「いや、その格好もまぁいいと思うし…それに自分でしたいようにしたんならそれが一番だと思うよ」
それは真っ直ぐな視線だった。
「信じるものとしたいことが違ってもいいと思う」
それは純粋な言葉だった。
「やったことが間違っていても行動したってことは事実なんだ。立ち止まるよりか前を見て一歩進んだってことだよ。それで失敗を恥じることがあっても…自分の決心を恥じることはないんだよ」
それは優しい答えだった。
「間違ってたとしても後々気づくし、そこからやり直せばいい。進んだ先で壁に当たったとしても引き返せばいいし、別の道を選ぶことだってできる」
だから、と彼は言葉を紡いだ。
「ヴィエラがそうなったことは変じゃないし、寧ろ誇るところなんだよ。恥じることは悪いことじゃないけど、それ以前に胸を張っていいんだとオレは思う」
柔らかな笑みと暖かな言葉に私はあぁ、と思う。
やはり彼は私と全く違う。価値観だけじゃなく、その考えも、その感情も何もかもが。
ただ真っ直ぐで、純粋で、優しくて。
そして、これ以上ないほどに温かい。
だから…。
―だから、この感情を抱いてよかったと心の底から思える。
顔が熱くなるのを自覚しながらそっと彼の体に身を寄せた。隣り合っていたから私たちに隙間はなく、彼の肌と私の肌が服越しに重なる。布を隔てていても今の私にはしっかりと体温を感じ取ることができた。
びくりと、彼の体が震える。だけど私は構わずに今度は頭を肩に預けた。
「ヴィ、エラ…?」
先ほどの真っ直ぐで優しい声とは違う上ずった声をあげる黒崎ユウタ。
「心まで堕落する前に…すべてが魔物になってしまう前に言いたいことがあるんです」
その言葉に彼は静かに頷き、先を促した。
私にとってこの先の言葉を口にすることは難しい。できなくはないが僅かに残った人間としての思考が邪魔をする。
恥ずかしくて、照れくさくて、気まずくて、尻込みしてしまう。
だけど反面言いたい自分もいる。この言葉だけでも伝えたいと思う私がいる。
私は意を決してその言葉を彼に伝えた。
「私を…抱いてくれませんか」
言ってはいけない言葉を口にした気がする。だがそれを後悔するのはもう遅い。
もう少しオブラートに包むべきだっただろうか。だが今まで修道女として生きてきた私は男性と付き合ったことなど当然ないし、男性の心をうまく動かす話術なんて持ってもいない。
できることはこの気持ちを真っすぐに伝えること。
やれることは抱いた感情を素直に教えること。
飾る言葉などわからない。逆に変な意味で捉えられてはかなわない。
私は口走ってしまった言葉に顔を真っ赤にしつつも彼の返答を待った。じっと見つめる視線の先で私の言葉を聞いた彼は―
「―……」
固まっていた。
それも目を点にして、顔を私と同じくらいに真っ赤にして。聞いたままの姿勢で固まっていた。
「あの」
「…」
「…黒崎ユウタ…?」
「…」
「…ちゃんと聞こえましたか?」
「…え?あ、あぁ…えっと」
再三にわたる私の呼びかけでようやく正気に戻ったのか彼は頭を振ってこちらを見た。普段浮かべる笑みは消え去り、明らかな困惑の色が浮かんでいた。
「あー…オレの耳、とうとう幻覚が聞こえ始めたのかな?ごめんヴィエラ、もう一回さっきのこと言ってもらえない?」
「…私だって何度もいうのは恥ずかしいから嫌なのですが」
「ごめん、その、今度はちゃんと聞いてるから」
「なら、私を抱いてください」
「……………………」
疑いようのない二度目の言葉に黒崎ユウタは聞き返すこともとぼけることもできなかった。
「………あ!もしかして薬のことで感謝するために、なんて話だったら拒否させてもらうから」
「そんな軽い理由ではありません」
だがあの薬を渡すといったこと自体かなり重大なことだった。たった一つしかない自分の生命線を他人に明け渡すなどと常軌を逸している。
それだけじゃなく私のことを気遣っての行為や体調を考えての料理、バフォメット相手の交渉と私は返しきれないくらいの恩がある。
だけど抱いたものはただの恩だけではない。返しきれない苦労を労わるだけじゃない。もっと深くて、もっと色濃くて、もっと大きな感情。
「私がしたいから、貴方に抱かれたいから…そういう理由ではダメでしょうか?」
「…でも、ヴィエラは修道女なわけだし、修道女がそんなことをしちゃったらまずいんじゃ」
「もう私に神様に仕える資格はありません。今は一人の女としてここに居るのです」
「…だけど」
なぜここまで言っても頑なに拒否を示すのだろうか。そこまでして私を拒絶しいというわけではなさそうだが…それでも女性として辛いものがある。
だが今まで魔物に誘惑されつつもなんだかんだ振り切って来た彼なのだからただ色香に流されるだけのやわな男ではないことは知っている。それが私に対してもということだろうか。
「一人の女として、ただのヴィエラとして…私と、その……していただけないでしょうか?」
顔から火が吹き出しそうになるほど恥ずかしい。だけど私の体が、心が求めているものはまさにそれ。
この体になってから徐々に蝕むように侵食してくる生物的な本能。それと相まって肥大化してくる胸の奥の感情。これ以上ないほどに彼が欲しいと叫んではとどめないほど彼に求められたいと望んでいる。
彼はあーとかうーと唸るがそれでも私の傍にいてくれる。そうして私の言葉を受け止めてくれたのかこちらを真っ直ぐ見た。
闇を切り裂き埋め込んだような黒いユウタの瞳。その中に映りこんでいるのは私一人。
髪の毛と同じ金色の私の瞳。その中にいるのはユウタただ一人。
そして、彼は私の体を抱きしめた。
「っ」
優しく、強く、温かく。二本の腕は私の体をしっかりと抱きしめて離さない。
彼の体の感触がよく伝わってくる。服越しだけど暖かさも、それから彼の匂いも。伝わってくる全ての感覚が胸の奥の感情をさらに燃やし、下腹部に熱を灯した。
「…あのさ、その……そういうこと経験ないからうまくできないかもしれないんだけど」
「わ、私だって…経験はありません」
「…だよね」
はははと乾いた笑いで誤魔化そうとするが私同様どうしたらいいのかと戸惑っているのがありありと分かる態度だった。
だけどこうして抱かれていればことが進むわけじゃない。それはよくわかっている。
だから、私は一歩、踏み出すことにした。
「ユウタ…」
初めて唇に載せる彼の名。フルネームの時とは違う感覚に一度呼ぶだけでも唇に馴染み胸の奥でじんわりとした温かなものが広がってくる。
心地いい。ただ名前を、三文字の言葉を紡いだだけなのに。
だけど、名前を呼ぶだけでこんな気持ちになれるのならどうして今まで呼べなかったのだろう。
疑問と後悔と温かさを感じながら私はもう一度、自分自身に刻み付けるように彼の名前を呼んだ。
「ユウタ…」
「ん…」
くすぐったそうな表情を浮かべるユウタ。どうやら私の言葉に照れているらしい。その感情を紛らわせるように彼は指先で頬を掻いた。
「なんか、変な感じかも」
「嫌、ですか?」
「嫌じゃないけど…恥ずかしいっていうか照れるっていうのかな?」
嫌がってない。そうだとわかれば十分だった。
「ユウタ…」
「っ」
熱っぽく彼の名を呼ぶとびくりと体を震わせる。その様子がなんだか可愛くて、だけど愛おしい。
もう一度彼の名を唇に載せようとするとそっと手が肩に触れた。
「っぁ」
「そんなに呼ばないでよ…止まれなく、なるんだけど…」
「止まらなくていいじゃないですか」
何のために私はこの体になったのかまだわからないのだろうか。いや、だけどそのほうがユウタらしいといえばユウタらしい。
私は肩に置かれた手を掴むとそっと下へと下げていった。
「っ!」
「っ♪止まらないで、ください…」
その行為に、言葉にユウタは驚くが静かに頷いてくれる。黒一色の瞳をこちらに真っ直ぐ向けて。
「…それじゃあ、止まらないかもしれないから」
「んぅ…ひゃあっ♪」
ただ撫でられるだけでも体が打ち震える。手のひらの熱と感触が私の体に伝わるたびに熱は染み込み、手つきはくすぐったさを伴った甘い刺激へとなっていった。
胸を優しく包んだと思えば硬さを確かめるように力を込めてくる。かと思えば背へと伸ばされさらりと擽るように撫でていく。
ユウタの着ている服を握り締めながら流れてくる感覚になんとか耐える。それでも漏らすまいと閉ざした唇からは容易く声がこぼれみっともなく悶えてしまう。
「や、あぁあああっ♪」
撫でられるたびにその部分が熱を持ち、体が震えるほどの感覚を生み出してくる。あまりの強さに声を抑えきれない。体の自由も効かない。ただはしたなく喘いで震えることしかできない。
「…あの、もしかして」
ユウタの愛撫の手の動きが徐々にゆっくりになってくる。それに伴って生み出される快感も小さく、くすぐったいものになってきた。これならばなんとか喋ることぐらいならできそうだ。
「なん、ですか…?」
「もしかして、その…」
とても聞きづらそうに、だけど心配するような表情を浮かべてユウタは静かに言った。
「こういうこと、自分でしたこともないの?」
「あ!当たり前です!!」
思わず私は怒鳴ってしまっていた。
修道女だったのだから当然のこと。快楽に溺れるなど言語道断。魔物のように身を堕とし、快感を貪り、淫らな行為にふけることなどあってはならない。
それが神様の教えであり、守らなければいけない規律であった。
今まで縛られ、厳守してきた私に性的快楽など無縁なもの。修道女であっても一応女性、そういった知識が全くないというわけではないが感じたことなど微塵もない。
「そっか…それじゃあ……あの、気をつけるよ」
「そう、して下さい…」
嫌なものではないものの何度も連続して感じてしまうと自分がおかしくなりそうだ。魔物の体になったからか初めて感じるものだからか全く耐性がない甘美な刺激に力が抜け、何もできなくなりそうだった。
あられもない姿を晒すことへの抵抗がある。みっともなく乱れることへの躊躇いがある。
だというのに胸の奥ではもっとして欲しいと望んでいた。触って欲しい、それだけじゃなくもっと重なりたいと思ってる。
心の底から求めるままに繋がって、これ以上ないほど触れ合って、溶け合ってしまいそうなほど抱き合って。
そして、消えない証を欲している。
こんなもの操を捧げ純潔であり続ける修道女としては失格だろう。だけど抱いた感情を押さえ込むことなどもうしたくない。
「えっと…」
ユウタの手が胸から恐る恐る下腹部へと伸びた。まるで蛇が地面を這うように、それでも蛇と違って優しい手つきで下っていく。
私の体はその様子を恥ずかしながらも期待して見つめていた。
自覚している。私の体はそこを触ってほしいことを。
だけどわかってる。そこに触れられることに恐怖を覚えていることを。
ただでさえ敏感なこの体で、今まで経験したことのない感覚で、愛おしい人の手で得られるものに私は耐えられるだろうか。
そんな考えなど知る由もなくユウタの指先は私の女の部分に触れた。
「あぁあっ♪」
「っ!」
刹那、下着越しに指が触れたというだけなのに先程まで体や胸を撫でていた時とは全く違う感覚が駆け巡る。あまりにも激しすぎて一瞬頭の中が真っ白になってしまうほどだった。
「や、だめです…そこは…ぁ…♪」
縋るようにユウタを見つめると真っ赤な顔で荒い息を吐いている。真っ黒な瞳の奥に宿る光は優しいものであるはずなのに今だけは獣のように鋭く見えた。
そして一言。舐めるように耳元に口を寄せて彼は囁いた。
「…ごめん」
その謝罪の意味がなんなのか、理解する前にユウタの指がするりと下着の中へと侵入した。
「やっだ、めっ♪だめであっ♪あああああああああああっ♪」
されていることはひどくゆったりとした手つきで撫でられているだけ。だが、撫でているだけには指先がその部分を刺激するように動き、擽るように手のひらが押し付けられる。
先ほどの激しい快楽が何度も体を貫いた。ダメと懇願してもユウタの手は動きを止めるどころか徐々に早くなってくる。次第に部屋には湿った音が響いていた。
体を電撃のように快感が走る。その度に目の前が真っ白に染まり、意識は高みへと無理やり押し上げられる。
「あっ…はぁ……ぁ♪」
ようやく彼の手が止まった時には私は呼吸すらままならない状態だった。あまりにも連続して訪れる感覚に意識がついていけそうにない。だが魔物の体、苦痛並の快楽を感じ取ってしまうのは問題だった。
気だるい体で視線を移すと落ち着いたのか申し訳なさそうな表情を浮かべるユウタが見えた。
「あ、貴方という人は…っ!」
「…ごめん、その…あまりにも可愛くて」
「かわっ!」
正面から真っ直ぐそのようなことを言われれば照れずにはいられない。修道女であることもあって今までそのようなことを言われる経験もなかったのだから私はさらに顔を赤くしてしまう。
「次は…ちゃんと、気をつけてくださいね?」
「…善処します」
頷く彼を見つめ、私は行為の先を促す。
ユウタは応えるように手を纏っていた服に伸ばし、戸惑いながらも私の体から服をはがしていく。ゆっくりと繊細に、そして優しく。何とも彼らしい手つきで私は一糸まとわぬ姿にされた。
「…っ」
「あまり…ジロジロ見ないでください」
「あ、ごめん」
そうは言うもののチラチラとこちらを見ていることはバレバレだった。突き刺さるような視線を肌に感じるとなぜだか下腹部に熱が生まれ、切なくなる。見られているという羞恥がさらに体温を上げているのだろうか。
「わ、私だけ裸というのは不公平です」
「え?あ、ちょっと…!」
「じっとしていてください」
暴れだしそうなユウタを抱きしめるように押さえ込み、やや固く高級そうな黒い服を脱がせ、その下にあったこれまた高級な絹みたいな真っ白な服も脱がせる。元々修道女として孤児院を訪れ子供の世話をした経験があるからか、それとも単に私の中の焦がれた欲望のせいなのかテキパキと終わってしまった。最後に下着を取り払う際に顔を真っ赤にしていたがそれは…その、まぁ……お互い様というやつだろう。
互いに裸。一糸まとわぬ姿となってベッドの上で向かい合う。
「…」
「…」
互いに無言。
だが瞳は相手の全てを映し出している。顔も、髪も、肩も、腕も、乳房も、お腹も、足も、お尻も、女として大切な部分も全て。
私もユウタの全てを見ていた。細くもしっかりと筋肉の付いた四肢。細身だからかそれとも鍛え上げたものか脂肪など見当たらない引き締まった男性らしい体。そして、男性の証であり、これから私が迎え入れるもの。
恥ずかしいと感じていた。だけどそれ以上に待ちきれないでいた。
きっと魔物となったせいだろう、既に痛みを感じるほど強く脈打つ鼓動を感じ呼吸も荒くなった私は今にも彼に抱きつき行為へ及びたいと焦れていた。
その証拠に先程から下腹部が熱く、股の間からぬるぬるする粘液が滴り落ちシーツにシミを作っていく。
「…その、いいですか?」
「あ、ああ…うん」
互いにしどろもどろになりながらも次の行為へと移る確認をする。ロマンチックなムードなんてものはなかったがそれでもこちらのほうが私たちにはにあっている気がした。
私は彼の上に座り込むように体を寄せる。すると当然ながら私たちの体は密着して、大切な部分までもが重なり合った。
「ふぁっ♪」
「っ!」
ただ触れ合っただけだというのに撫でられた時とは随分と違ったものが体を走った。互いにその感覚に体が震え、声が漏れてしまう。
すでに晒された女の部分。そこからはまるで物干しげに涎を垂らす犬のように粘液が溢れ出て止まらない。
ユウタが欲しいと、叫んでいる。
ユウタとしたいと、喚いている。
どうしようもないほどに湧き上がる情欲を押さえ込むすべなど私は知らなかった。二人で顔を見合わせ頷くと彼の手は私の腰に添えられ、私はゆっくりと腰を下ろしていった。
大切な部分が押し付けられる。火傷しそうなほどに熱いそれを飲み込むように腰を落とすと肉をかき分け入ってきた。
「はぁ、んん、んあぁあああああああああ…っ♪」
初めて感じる女の感覚。純潔を貫く音が体の中に伝わるも痛みは欠片も存在しない。呼吸が止まるような圧迫感に体内へ押し込まれる熱いもの。じわじわと進んでやがて私の中を埋め尽くした。
頭の中が真っ白になる。目の前で火花が散ったみたいに感じられる。そして、どうしようもなく嬉しくなる。
私の体はずっとこれを求めていた。それは魔物になって初めて自覚させられた。
愛おしい人を我が身に感じる喜び。一人ではありえない圧迫感。満ち満ちていく充足感。全てが全て彼の熱と共に伝わってくる。
「ん、ぁ…あああああああああああああああっ♪」
先ほどまで感じていたものが子供騙しに思える程の凄まじい快楽。魔物だからか痛みすら気持ちよく感じてしまう体に私はしばらくまともに喋れず彼に抱きついたままだった。
しばらくして落ち着こうと荒くなった呼吸を整えていると目の前で唇を噛みながら必死にこらえる想い人の顔が目に入る。普段のとまた違う表情は新鮮でまた、愛おしかった。
「ど…ぉ…」
口を開けば喘ぎ声しか出せなくなりそうな今の状態だがそれでも必死に押さえ込んで呼びかける。
「どぉ、で…すか…んっ♪」
言葉を紡ぐことも難しい快楽の本流に飲まれながらも私はなんとか意思を伝える。
ユウタもしっかりと私を感じてくれているのか。ユウタに苦痛を与えてしまっているのではないか。ちゃんと気持ちよくなってくれているのかと。
たったそれだけの言葉に全ての感情を載せることはできない。それを察してくれるほどユウタは鋭くない。
でもいい。彼の言葉が聞きたい。互いが繋がり合って、これ以上ないほど近づいた今彼の抱いた気持ちを知りたい。
数秒後、荒い呼吸が続き堪えるような声色が私の耳に響いた。
「すごい…気持ちいい、よ…」
「っ…」
僅かな声がしかりと体に刻み込まれる。女として想い人を喜ばせている、その事実に至福を覚える。その事実は些細なことかもしれなかったが私にとっては今駆け巡る快楽以上のものだった。
よかった。
安堵の気持ちと女しか味わえない悦楽。繋がりあってる充足感に重なるだけで走る快楽。
どれも私一人では得ることのできないものに彼と一緒になっているということを強く感じられる。それが何よりも嬉しかった。
「それじゃあ、動き…んっ♪ます、から…っ」
「…んっ」
静かに頷いたユウタは私の腰に手を当ててお互い動きやすいようにリードしてくれる。彼に導かれるように私は体を持ち上げ、彼もゆっくり自身を引き抜いた。
「んんっ♪くぅ、ん♪」
膣内を擦られるたびに鼻に抜ける甘ったるい喘ぎ声が漏れる。つながりあった部分から生まれる感覚は愛撫とは比べられないほどのものだった。我慢しようにも声は止められないし、体も止まらない。魔物の体のせいなのか、それともこれが私の本質なのかユウタと繋がり合う感覚をもっと欲しがる自分がいた。
「はぁっ♪ん……ふぁ♪ぁあああ…♪」
本能はこの快楽を求めていた。
本心は彼への快感を願っていた。
ユウタを感じて、私を感じてもらいたくてゆっくりと腰が上下する。僅かに動いただけでも繋がりあった部分から湿った音が部屋の中に響いた。
なんと淫靡な音だろうか。いやらしくて、品がなくて、だけど興奮する。なぜならこの音は私とユウタが繋がり合っていることを意味するのだから。
そう思うともっと聞きたくなる。私たちが体を重ねていることを確かめたいともっと動きたくなる。
「んっ♪んっ♪んっ♪あぁあっ…♪やぁ、もっとぉ…」
肉と肉の弾ける音が部屋に響く。あまりの大きさに外に聞こえているんじゃないかと不安になるほど。ここの部屋に防音魔法がかかっていなければ確実に漏れていただろう。
ただ、今はそれすら気にならない。快楽に頭の中を塗りつぶされ、愛おしいという気持ちで胸いっぱいになってしまっている。
私は抱きしめる手に力を込め、さらにはユウタの首筋に顔をうずめた。痛みを与えるためじゃなく、全身を使わなければ私が何処かへ飛んで行きそうだった。
「ひゅぅ…っ♪んん……んんむぅっ♪」
両腕を強くまわし、両足で抱きつき、離れないように身を寄せる。だらだらと口から唾液が溢れだらしなく体が弛緩する。
ユウタは何度も私の中を往復した。私も彼を何度も飲み込み、吐き出し締め上げていく。体も慣れてきたからか動きはスムーズになり、膣肉がユウタの形を覚えて蕩けた。
「はぁぁああっ♪く、ぅ…んん♪」
硬い強張りが一番奥を叩くたびに悲鳴のような喘ぎ声が漏れてしまう。それどころかいつに間にか添えられた手が私の乳房を撫で回し、感度を引き上げ高みへと押し上げていく。
もう理性なんてものは存在しなかった。
あるのは欲望にまみれた本能と、心を一色に染め上げた好きという気持ち。その二つを満たしてくれるユウタとの行為に私は溺れたかった。
腰が上下するたびに、膣内を擦られるたびに、淫らな音を響かせるたびに体の中心を燃え上がるような快感が駆け抜ける。目の前がくらくらし、何がなんだかわからなくなるほど。子宮が熱を持ち、疼くような感覚が沸き立つ。
欲しい…っ!
何がとはわからなかったが私の体は確実に求めていた。快楽とはまた違う、女としての愛おしい男のモノを。
ユウタのものであるという証を、求めていた。
「ユウタっ♪ユウタぁああっ♪」
彼の名を呼び、求めるように腰を蠢かす。修道女であったことなど既に頭の中にはなかった。淫らに狂い、いやらしく乱れ、気持ちのままに求め続ける。
だが、先程からユウタは辛そうに口を閉じている。それどころか私の体にまわした腕から力が抜け、腰を後ろへ離そうと動いている。両腕両足で抱きしめているから離れられないのに彼は私の中から自身を引き抜こうとする。
「ユウ、タ…っ?何、を…んんっ♪」
「も、出るから…っ!!」
その言葉に何がと疑問を抱く。だが理解は遅れても体の方はハッキリわかっていた。
一番奥の子宮を何度も短い間隔で刺激し、その度に目の前で火花が散る。その感覚に背筋が逸れて体が離れかけるが回した腕と足でなんとか阻止する。それだけじゃない、絶対にユウタが抜けないように腰を僅かな動きだけで上下させた。
まるで何度もキスするように。それもとびきり濃厚で淫らなもの。それだけじゃなく柔肉がねじれきつくユウタに巻き付いた。そして力任せにしごいては搾り取るように蠢いた。
その感覚にユウタは驚愕の表情を浮かべる。
「なに、を…っ!?出るって言ってるのに!」
「いいですからっ♪出して、全部…っんん♪出して、いいですからぁあ♪」
止めと言わんばかりに力いっぱい腰を打ち付けた。臀部がぶつかり肉の弾ける音が部屋に響く。そのまま腕と足に力を込めて子宮口がユウタに吸い付いた。
「〜っ!!」
声にならないうめき声と共に私の中でユウタが膨らんだ。かと思えば次の瞬間私の中へと燃え上がるような熱をもったものが流れ込んでくる。まるで沸騰したような温度のそれは女の体に男の味をハッキリと刻み込んでいく。
「はぁ、あああああああああああああああああああっ♪」
自分の口から出ているとは思えない声が出た。頭の中が真っ白になり今まで以上の気持ちよさが絶頂へと無理やり押し上げる。子宮に流れ込む熱い液体で溶けてしまうんじゃないかと錯覚するぐらいの快感を生んだ。
「あ、ぁあっ♪…んぅ…はぁぁあ♪」
徐々に弱まってくる脈動に意識の方も高みからゆっくりと引き下げられていく。それでも下腹部から伝わってくる充足感は胸の奥を暖かな気持ちにさせてくれる。
紛れもないユウタのもの。
彼からのものであり、それが今私の中にある。一人の女として喜ばせた証でもあり、彼が気持ちよくなってくれた証拠である。
嬉しい…っ♪その感情と共に力をこめてこれ以上ないほどユウタに抱きついた。
「ぅあっ!?」
「あんっ♪」
そのせいでまた膣内が締め上げられ残っていたのだろう精液を搾り出す。その感覚にユウタは震え、私の体はびくりと跳ねた。
やがて体から緊張がとけ、手足から力が抜ける。ユウタに倒れ掛かるように体重をかけてしまうが彼は私を優しく抱きしめてくれた。荒い呼吸を整えながら彼をみると肌に汗を浮かべこちらを何とも言えない表情で見つめている。
呆れたような、困ったような、それでいて恥ずかしそうなそんな顔。
「お腹…ユウタので一杯ですよ…♪」
そんな愛おしい男性はその一言にこれ以上ないほど赤面した。
「…んぁ」
なんだかよくわからない拍子抜けな声と共にオレは瞼を開いた。目に入ってくるのは最近になって見慣れてきた宿屋の天井。体に伝わるのは人間一人の重み。肌に感じるのは人肌の温もり。鼻を擽るのは甘い女性の香りと生々しい情事の跡。
それらを徐々にハッキリしてくる意識で確認すると隣に眠っている女性に視線を移した。
「…すぅ……ん」
安らかな寝息を立てて眠っているのは護衛として守るべき対象、そして昨夜体を交えた相手。
ヴィエラ・クローチェ。
今は修道服も寝巻きも纏っておらず昨夜のまま寝てしまったから全て晒してしまっている。真っ白な肌に輝く金色の髪の毛、桜色の唇にすっと通った鼻筋。どう見ても美女と言える顔立ちだが顔に負けず劣らず体も素晴らしいものだった。
シーツを被っているから見えないが視線の先にあるのは大きく実った二つの膨らみ。桃色の突起が可愛らしく自己主張しつつ、力のままに形を変える柔らかさ。それだけではなく細長い脚線美も華奢な体つきもどれもこれも美しく、修道女にしておくにはもったいないくらいに魅力的であった。
「…」
だが、その修道女と昨晩情事にふけってしまった。
何回彼女の中に精液を流し込んだか覚えていない。途中からはほぼ一方的にヴィエラに翻弄されるままに吐き出していた気がする。修道女として自分で慰めることさえしてこなかった彼女にとって初めて感じた快楽はあまりにも強すぎたゆえに歯止めが効かなかったのだろう。
そして止まらなくなった。
『一度出したのだから二度も三度も同じです♪』
の言葉から始まり、
『まだこんなに硬い…ユウタも、もっともっとしたいんですね♪』
と言われて何度も行為を繰り返し、
『疲れてしまったんですか?なら私が動きますから…♪』
なんて囁かれながら搾り取られる始末。それはもう発情期の獣の如く喘ぎ、乱れ、求めて搾り取ってきた。
熱にうかされたような表情に湿った唇で囁かれる艶やかな声。甘く良い香りのする髪の毛に柔らかい女性らしい体、貪るようにねちっこく動いた腰と溶かされるかと思えるほどの熱。
どれもこれも修道女としてはあってはならないものだろう。
そしてもう…修道女には戻れないだろう。
「…」
これでよかったのだろうか。
こんなので後悔しないだろうか。
そもそもヴィエラは一人前の修道女になるためにここへ来た。その護衛として付き添ったのがオレだ。護衛として彼女身を案じ、身を挺して庇い、彼女の身の安全を最優先すべきハズだった。
なのに、現状では人間をやめさせている。
この街の人々のように人間にはない部分が彼女の体に存在する。背中に生えた闇のような色をした黒い翼に鎖の巻き付いた尻尾。丸みがかっていたはずの耳は物語の妖精やエルフのように尖っている。人間らしい部分はまだ残っているものの目に付くのは新たに増えた部分だ。
これを消すことはきっとできないのだろう。
そして、人間に戻ることは絶対にできないんだろう。
「…はぁ」
オレは疲れたように小さくため息をついた。
「ふっふ〜ん♪」
「っ!」
ため息に続いて聞こえた機嫌の良さそうな声。すぐさま視線を移すとベッドの端、両腕の上に顎を乗せてこちらを見上げる幼子の視線とぶつかった。茶色の髪の毛に同じ色の、頭から生やした大きな角。それから獣のような両手。この子はヴィエラ同様に人間ではない魔物という存在だ。
「もとが修道女であったからか乱れに乱れたのう♪」
「…子供が見ていいもんじゃねぇよ、ヘレナ」
バフォメットのヘレナ。この街に来て知り合った小さな女の子だ。外見は幼子なのにバフォメットという伝説上の怪物だというのだから驚かされる。
「あーあ、羨ましいのう。部屋にハッキリとこびりつくくらいに愛し合った匂いがするのじゃ」
「…子供がそういうこと言うな」
「ユウター♪わしも同じくらい愛して欲しいのじゃー♪」
「お前には早いだろ」
両腕を伸ばして唇を突き出してくるヘレナを頭を掴んで止める。外見だけなら高校生と幼子ゆえに唇はどうやっても届かない。
ヘレナはそのままぐいぐいと顔を押し付けてきたが諦めたのか先ほどの位置に戻った。
「浮かない顔をしておるのう。こんな美人を抱いといてそれは失礼じゃぞ?」
「子供がそういうこと言うなって」
「でも悩んでるのじゃろう?」
「…」
さすがバフォメットというべきなのだろうか。この女の子外見に反して鋭いところがある。それだけじゃなく頭も回るし理解も早い。
「ヴィエラを、魔物へと変えてしまったことに対してかのう?」
「…ああ」
ヘレナと知り合ったのは偶然だったが、彼女にはヴィエラの護衛を手伝ってもらっていた。こんな人間がいない街でバフォメットという高位な存在が傍にいるのならいい牽制になるだろう、そう思っていた。
頼んだのはヴィエラがいる一ヶ月他の魔物に襲われずに守りぬく手伝いをすること。
条件はオレがここに残ること。
教団だとか、王族だとか、よくわからないものにこの世界に喚ばれてしまったんだ、失うものはなにもないオレにとって出せる条件はそれくらい。
ヴィエラが無事ならなんだっていい。胸の内にあったのはそれだけだった。
だけど…。
「わかんねぇや」
オレは呻くように呟いた。
「正直わかんねぇ。ヴィエラは一人前の修道女になるために頑張ってたのにそれをオレが潰したようなもんだろ、これは」
それでも彼女の好意を無下にするつもりはない。しっかりと受け止めさせてもらう。
だけど、考えてしまう。
オレは彼女の夢を潰したのではないかと。
オレが彼女の目標を消してしまったのではないかと。
そんな風に悩んでいるとヘレナが軽く鼻で笑った。
「ユウタは…本当に鈍いのう」
「…何が?」
「女がここまで決意を顕にしたのに間違ってるとでも言うのか?」
「間違ってる、とは…思っちゃないさ」
「じゃろ、昨夜はあんなこと言っておったのだからのう」
「聞いてたのか」
「そりゃのう。あーわしも言われてみたいものじゃー」
そんなことを言いながら彼女は視線をオレの隣で眠るヴィエラへと移した。オレもつられるように移す。
「じゃが、抱いた女がこんなに幸せそうに眠っておるのじゃぞ?これで間違ってると思えるのか?」
「…」
「少なくともわしには幸せそうに見えるぞ」
「そうか?……いや、そうなんだろうな」
安らかに眠るヴィエラの姿。それを否定することこそ間違いか。
彼女が幸せならばそれでいい。
オレが幸せにしてやれば、それでいい。
「とりあえずありがとうな、ヘレナ」
ぽんっと彼女の頭を撫でてやる。角が生えている分撫でにくいのだがそれでも彼女は心地よさそうに目を細めた。
だが、これで止まらないのがこの街に住まう魔物というもの。ここに訪れて初日から始まり今日に至るまで十二分経験してきたオレにはヘレナがこの程度で止まらないだろうことは予想がついた。
「恩を感じておるのならそれ相応の返し方というものがあるじゃろう?」
「…はい?」
「じゃ〜か〜ら〜♪」
クネクネと体を揺らしてこちらを熱っぽい目で見てくるヘレナ。外見が外見なため子供の悪ふざけにしかみえないのだが、どうも雰囲気が妖艶だ。それはまるでこの宿屋のカウンターにいたお姉さんや街中で色目を使ってきた猫の女の子みたいに。
「男と女でしかできないことに決まっておるじゃろう♪」
「…もっと大人になってからな」
「わしこれ以上成長せんのじゃが」
「…あ、そうなんだ」
なんてことを話しながら脱ぎ捨てたワイシャツに腕を通し、学生服のスボンを履く。本当ならシャワーを浴びたほうがいいのだろうが来客がいる手前裸で出歩くことなどできない。
それでも構わずグイグイと体を寄せてくるヘレナ。
「ユウタ〜♪」
鼻にかかる甘ったるい声にどうしたものかと困っているとずいっとオレのすぐ傍から腕が伸ばされた。細くて華奢なそれはヘレナの顔面を鷲掴んで固定する。
「むぐっ!」
「…人が眠っている隣で何をしているのですか」
聞こえてきたのは昨夜さんざん喘いだ色のある声ではない低くドスの聞いた声。それとともに感じるのはのし掛るような重圧。
きっと浮気がバレた旦那というのはこういった感情を抱くのだろう…いや、浮気なんかしてないけど。
ゆっくりと背後を振り返るとそこには不機嫌そうな表情を浮かべるヴィエラの姿。寝起きだというのにしっかりと瞼を開き、片手に掴んだヘレナとオレを睨みつけている。
「…」
昨夜のままなので一糸まとわぬ裸体だからか彼女はシーツを引っ張り片手で体に巻きつけるとヘレナを持ち上げベッドから出ていく。歩き方が不安定なのはきっと昨夜の行為のせいだろう。それでもなんとか部屋のドアにたどり着くと彼女を廊下へ向かって放り投げた。
元修道女が子供に対する扱いじゃない。いや、バフォメットと分かっていてもあの外見相手にやる行いじゃない。
「うごっ!な、何をするんじゃ!それが恩人に対する態度か!」
「確かに貴方にも感謝の念はあります。ですがそれとこれとは話が別です。人が眠っている隣で襲いかかろうとしているのを黙って見過ごせるわけ無いでしょう?」
「別に独り占めとか寝取ろうとか思っとらんわ!わしだって二人の中に加えて欲しいんじゃよ!」
「ダメです」
「なんでぬしが決め付けるんじゃ!それはユウタに聞かんとわからんじゃろう!?」
「私が許しませんので」
では、とその一言とともに思い切りドアを閉めるヴィエラ。ガチャガチャと備え付けの鍵を全てかけ、確認したところでこちらへと向き直る。二つの金色の瞳がオレを捉えた。
「ユウタ…」
昨夜から変わった呼び名にオレは体を震わせる。あの時は驚きもあったが照れくさく、嬉しかった。だが今は恐怖を感じてしまう。
まるで説教前の子供のように身を縮こまらせていると彼女は素足でこちらへ歩み寄ってくる。足取りは危ういが心配できるような空気ではない。
「おはようございます」
「……お、おはよう」
「ちょっとこちらを向いてください」
「…はい?」
ベッドから立ち上がりヴィエラと視線を合わせる。年上だからかほぼ変わらない身長ゆえに彼女の顔が目の前にきた。
昨夜はこれ以上に近づいた。この程度比べるまでもないほど重なったというのにそれでも照れてしまうのはオレが青いからだろうか。
「少しの間、動かないでいてください」
「え?なん―」
言いかけた言葉は押さえ込まれ、それどころか呼吸も止まる。
「―……っ!!」
先ほどよりもずっと近くにあるヴィエラの顔。瞼を閉じて頬をほんのり朱に染めた顔はやはり美人の域にあるものだ。それが視界いっぱいにある。他にも唇に感じるのは今までにない柔らかさ。そしてほんのりと香る甘い味。昨夜とはまた違う優しい心地よさのあるそれは間違いなく―
―お互いにとってのファーストキス。
「…んっ♪」
長い間重なっていた唇が離れ、潤んだ瞳がこちらを見据えた。
「え…あ、っと…」
あまりにもいきなりなことで頭の中が混乱してしまう。いくら体を重ねた相手とは言えなんの脈絡もなくいきなりされては戸惑うばかりだ。
「昨晩はその……してませんでしたので……」
恥ずかしげだがそれでも胸を張って言うヴィエラ。どうやら彼女も照れてはいるものの戸惑うような素振りは見せない。
さすが女性。さすが元とはいえ修道女。肝が座っているというとこか。
それより、と彼女は自然にオレの手を握ってきた。
「身を清めましょう。それから部屋も窓を開けて換気しないとお互いすごい匂いがしますよ」
「あ、ああ…そうだね。そのあとは朝食作ってくるよ」
「それならば私もともに行きましょう」
「いいよ、ヴィエラは体のことも試練のこともあるし休んでれば?」
「もう修道女であることはできないのですから心配しなくてもいいですよ」
その一言とともに彼女はオレの腕に抱きついてきた。シーツ一枚隔てても、ワイシャツ越しであっても暖かさと柔らかさがしっかりと伝わってくる。
そして、ヴィエラは言った。
「それに、私は魔物になったことが間違いだとは思ってませんから」
「…っ」
「引き返すつもりもありません。私はこれが正しいと思ってます」
「…まさかとは思うけどさっき起きてた?」
「ええ、起きてました」
「…どのあたりから?」
「あのバフォメットが乱れに乱れたのう、などとのたまってるところからです」
それはほぼ最初からということか。ということは話の全てを聞かれていたということだろう。
…何とも恥ずかしい。
「まさかとは思いますが…ハッキリと言葉にしないとわからないほど貴方は鈍感なのですか?」
「鈍感って…流石にあそこまですればわかるけどさ」
「ならわかったでしょう?私にとって―」
ヴィエラは抱きついた腕に力を込め、囁くように紡ぐ。
甘くとろける一言を。
理性を堕とす言の葉を。
「―ユウタがいてくれれば、それでいいのですから」
そんなことを言われてしまったからにはもう赤面するしかない。
元修道女だとはいえ、その積極さには目を見張るものがある。いや、修道女だったからこそ溜め込んでいたものを解き放ったというべきか。
「わかりました?」
「…はい」
「子供も…せめて二人は欲しいですし…」
「はい?」
ここまでされては間違いなんて言えるわけもない。最後に聞こえた言葉は小さくてわからなかったもののオレは小さく頷いてそう返すことしかできなかった。
「それでは共にシャワーを浴びましょう」
「共にって…一緒に入るの?」
「そちらのほうが時間も短縮できるでしょう?」
「だからって…」
「嫌、ですか?」
「……いいえ」
「ならいいでしょう。ほら、行きますよ」
どこか嬉々として手を引いて浴室へと急ぐヴィエラに苦笑しながらオレは静かにドアを閉めた。
その後風呂場でお互い昨夜同様に乱れてしまったのは………まぁ、仕方ない。
―HAPPY END―
私の姿に驚愕を隠せない黒崎ユウタ。
黒崎ユウタの膝の上でくつろぐバフォメット。
何も言わず、何も言えず、静かな空間内で一番に口を開いたのは彼の上に座るバフォメットだった。
「ほっほ〜ぅ」
ニヤニヤと憎たらしくなるぐらいにいやらしい笑みを浮かべて私の体を舐めまわすように見つめてくる。頭からつま先まで、特に注目するのは人間にはない部分。広げられた翼とゆらゆら揺れる尻尾だ。
「そうかそうか、決心したのかのう」
とても楽しそうに、それでいて嬉しそうにそう言った。
きっと同じ魔物仲間が増えたと思って喜んでいるのだろう。魔王の目的は人類を魔物に変えること。この世から人間という存在を消し去ることのはずだ。それならばその幹部を務めるバフォメットにとってこれ以上に喜ばしいことはないだろう。
神様に操を捧げ、純潔を守り、人生の全てをかけて誓った信仰心を捨てて魔物へと身を堕とす。
結局のところ私は彼女の思惑通りに動いていたんだ。
なんと愚かしいことか。
なんと嘆かわしいことか。
だが……後悔はしない。
未だ固まっている黒崎ユウタの上でバフォメットは何かを思いついたようにぽんと手を叩いた。
「そうじゃ、今日の午後はエリヴィラを待たせておるんじゃった」
ぴょんっと彼の膝上から飛び降りたバフォメットはにぃっと笑みを向けて手をあげる。
「すまんのうユウタ。わしは帰らせてもらうぞ」
「あ…ああ」
ようやく視線がバフォメットに移り黒崎ユウタは反応を示した。小さく頷いて彼も手をあげる。それを見たバフォメットはスタスタ歩いて私の脇を通り抜けて行ってしまった。
ただ一瞬。
彼には見えないように、私だけ見えるように笑みを浮かべて。
『頑張るのじゃぞ』
なんて声が聞こえてきた気がした。
なんとも白々しい。あんなものは演技だと自分から言っているようなものだった。
だけど、気を使われたことぐらいわかってる。それから彼女が出て行ったのが私のためだということも。彼と二人きりにさせたことが私に対する後押しだということも。
私は彼女の手助けを素直に受け取ることにし、驚愕の表情が残る彼に向き直った。
「…えっと、ヴィエラ、さん?」
名前の呼び方が余所余所しくなっていた。それどころか声色や態度までがまるで初対面の相手にするようなものになっていた。姿かたちが変わったくらいでそこまで態度を変えなくてもいいというのに。
「どうしたのですか、急にさん付けなんて」
「いや、えっと……その格好は?」
私は彼の前の椅子を無視してベッドに腰掛けた。その行動に何をしているのかわからないらしい黒崎ユウタはその場でただ視線を送ってくるだけだ。
「こちらへ…来てください」
ぽんとベッドを軽く叩いて私の隣へ誘導する。
今までこのベッドでは二人で並んで毎日眠ってきたがお互いのことを考えて端と端で眠ってきた。それ故隙間のないぐらいに近くまで寄ることは今までになかった。私が魔物化で苦しんでいた時は仕方がなかったとは言え人間だった頃なら自ら誘うことなどあり得なかった。
だからだろう、黒崎ユウタは戸惑いの表情を浮かべているのは。
「えっと…こっちじゃなくて?」
とんとんと指先でテーブルを叩くが私は首を振る。そして再びベッドの上をぽんぽんと叩いた。
「っと…」
「こちらへ来てください」
「…」
私の一言に仕方ないと小さく呟きながらゆっくり腰を上げてこちらへ歩み寄ってくる。心なしか足の動きも普段以上に遅い。
そこまでして今の私に近寄りたくないということだろうか…いや、いつも彼は私に対して距離を置いていた。それは気を使っていてくれたからこそのはず。だから今もきっとそうだと不安な感情をなんとか打ち消す。
「じゃ…失礼して」
遠慮がちに私の隣に座り込む黒崎ユウタ。彼の体重分だけベッドは沈み込み、柔らかく私たちの体を受け止める。
「…ぁっ」
隣に来ることでふわりと香る彼の匂い。熱で朦朧とした意識では感じ取れなかった一つの感覚が彼の存在を捕える。
途端、下腹部が疼いた。何かが湧き上がるような感覚にどうすればいいのかわからず内股をこすり合わせる。
「…ん?大丈夫?」
「え、ええ…平気です」
そうはいうものの隣に彼が来たことで私の体はしっかりと反応していた。
心臓の鼓動が早まり、体が熱くなる。手のひらは汗ばんで呼吸も徐々に荒くなってくる。
それに先程から尻尾が揺れ動いて止まらない。今までなかった部分だから自由自在に操れないので戸惑ってしまう。
私は出来る限り平静を装って言葉を紡いだ。
「おかしいと、思いますか…?」
「…」
私の言葉に彼は反応を示さない。いや、どんな反応をすればいいのかわからないのだろう。
あれだけさんざん嫌っていた存在に自ら堕ちた私の心情を読み取ることなどいくら優しい彼でもできるはずがない。気が利いても人の感情まで気を回せないのが黒崎ユウタなのだから。
「おかしいですよね…今までさんざん嫌っていた存在に私は今なっているのですから」
自嘲気味に笑みを浮かべて私はそんなことを喋っていた。
よく考えてみるとなんと愚かで馬鹿なことなのだろう。この体になって見える景色は変わってきたが未だ残る人間としての価値観がそう思わせる。
信ずるままに嫌い、浄化すべき存在だと認識していた。その存在が今の私の姿であるのだから滑稽にも程がある。
私は何をやっているのだろうか。それすらわからない。
わからないが…それでも胸の奥の感情と今求めていることだけははっきりとわかってる。
ちらりと彼を見てみるとこちらを真っすぐに見つめていることに気づいた。闇を埋め込んだような漆黒の瞳が私だけを映し出す。そして、口元にはいつものように笑みを浮かべていた。
「いや、その格好もまぁいいと思うし…それに自分でしたいようにしたんならそれが一番だと思うよ」
それは真っ直ぐな視線だった。
「信じるものとしたいことが違ってもいいと思う」
それは純粋な言葉だった。
「やったことが間違っていても行動したってことは事実なんだ。立ち止まるよりか前を見て一歩進んだってことだよ。それで失敗を恥じることがあっても…自分の決心を恥じることはないんだよ」
それは優しい答えだった。
「間違ってたとしても後々気づくし、そこからやり直せばいい。進んだ先で壁に当たったとしても引き返せばいいし、別の道を選ぶことだってできる」
だから、と彼は言葉を紡いだ。
「ヴィエラがそうなったことは変じゃないし、寧ろ誇るところなんだよ。恥じることは悪いことじゃないけど、それ以前に胸を張っていいんだとオレは思う」
柔らかな笑みと暖かな言葉に私はあぁ、と思う。
やはり彼は私と全く違う。価値観だけじゃなく、その考えも、その感情も何もかもが。
ただ真っ直ぐで、純粋で、優しくて。
そして、これ以上ないほどに温かい。
だから…。
―だから、この感情を抱いてよかったと心の底から思える。
顔が熱くなるのを自覚しながらそっと彼の体に身を寄せた。隣り合っていたから私たちに隙間はなく、彼の肌と私の肌が服越しに重なる。布を隔てていても今の私にはしっかりと体温を感じ取ることができた。
びくりと、彼の体が震える。だけど私は構わずに今度は頭を肩に預けた。
「ヴィ、エラ…?」
先ほどの真っ直ぐで優しい声とは違う上ずった声をあげる黒崎ユウタ。
「心まで堕落する前に…すべてが魔物になってしまう前に言いたいことがあるんです」
その言葉に彼は静かに頷き、先を促した。
私にとってこの先の言葉を口にすることは難しい。できなくはないが僅かに残った人間としての思考が邪魔をする。
恥ずかしくて、照れくさくて、気まずくて、尻込みしてしまう。
だけど反面言いたい自分もいる。この言葉だけでも伝えたいと思う私がいる。
私は意を決してその言葉を彼に伝えた。
「私を…抱いてくれませんか」
言ってはいけない言葉を口にした気がする。だがそれを後悔するのはもう遅い。
もう少しオブラートに包むべきだっただろうか。だが今まで修道女として生きてきた私は男性と付き合ったことなど当然ないし、男性の心をうまく動かす話術なんて持ってもいない。
できることはこの気持ちを真っすぐに伝えること。
やれることは抱いた感情を素直に教えること。
飾る言葉などわからない。逆に変な意味で捉えられてはかなわない。
私は口走ってしまった言葉に顔を真っ赤にしつつも彼の返答を待った。じっと見つめる視線の先で私の言葉を聞いた彼は―
「―……」
固まっていた。
それも目を点にして、顔を私と同じくらいに真っ赤にして。聞いたままの姿勢で固まっていた。
「あの」
「…」
「…黒崎ユウタ…?」
「…」
「…ちゃんと聞こえましたか?」
「…え?あ、あぁ…えっと」
再三にわたる私の呼びかけでようやく正気に戻ったのか彼は頭を振ってこちらを見た。普段浮かべる笑みは消え去り、明らかな困惑の色が浮かんでいた。
「あー…オレの耳、とうとう幻覚が聞こえ始めたのかな?ごめんヴィエラ、もう一回さっきのこと言ってもらえない?」
「…私だって何度もいうのは恥ずかしいから嫌なのですが」
「ごめん、その、今度はちゃんと聞いてるから」
「なら、私を抱いてください」
「……………………」
疑いようのない二度目の言葉に黒崎ユウタは聞き返すこともとぼけることもできなかった。
「………あ!もしかして薬のことで感謝するために、なんて話だったら拒否させてもらうから」
「そんな軽い理由ではありません」
だがあの薬を渡すといったこと自体かなり重大なことだった。たった一つしかない自分の生命線を他人に明け渡すなどと常軌を逸している。
それだけじゃなく私のことを気遣っての行為や体調を考えての料理、バフォメット相手の交渉と私は返しきれないくらいの恩がある。
だけど抱いたものはただの恩だけではない。返しきれない苦労を労わるだけじゃない。もっと深くて、もっと色濃くて、もっと大きな感情。
「私がしたいから、貴方に抱かれたいから…そういう理由ではダメでしょうか?」
「…でも、ヴィエラは修道女なわけだし、修道女がそんなことをしちゃったらまずいんじゃ」
「もう私に神様に仕える資格はありません。今は一人の女としてここに居るのです」
「…だけど」
なぜここまで言っても頑なに拒否を示すのだろうか。そこまでして私を拒絶しいというわけではなさそうだが…それでも女性として辛いものがある。
だが今まで魔物に誘惑されつつもなんだかんだ振り切って来た彼なのだからただ色香に流されるだけのやわな男ではないことは知っている。それが私に対してもということだろうか。
「一人の女として、ただのヴィエラとして…私と、その……していただけないでしょうか?」
顔から火が吹き出しそうになるほど恥ずかしい。だけど私の体が、心が求めているものはまさにそれ。
この体になってから徐々に蝕むように侵食してくる生物的な本能。それと相まって肥大化してくる胸の奥の感情。これ以上ないほどに彼が欲しいと叫んではとどめないほど彼に求められたいと望んでいる。
彼はあーとかうーと唸るがそれでも私の傍にいてくれる。そうして私の言葉を受け止めてくれたのかこちらを真っ直ぐ見た。
闇を切り裂き埋め込んだような黒いユウタの瞳。その中に映りこんでいるのは私一人。
髪の毛と同じ金色の私の瞳。その中にいるのはユウタただ一人。
そして、彼は私の体を抱きしめた。
「っ」
優しく、強く、温かく。二本の腕は私の体をしっかりと抱きしめて離さない。
彼の体の感触がよく伝わってくる。服越しだけど暖かさも、それから彼の匂いも。伝わってくる全ての感覚が胸の奥の感情をさらに燃やし、下腹部に熱を灯した。
「…あのさ、その……そういうこと経験ないからうまくできないかもしれないんだけど」
「わ、私だって…経験はありません」
「…だよね」
はははと乾いた笑いで誤魔化そうとするが私同様どうしたらいいのかと戸惑っているのがありありと分かる態度だった。
だけどこうして抱かれていればことが進むわけじゃない。それはよくわかっている。
だから、私は一歩、踏み出すことにした。
「ユウタ…」
初めて唇に載せる彼の名。フルネームの時とは違う感覚に一度呼ぶだけでも唇に馴染み胸の奥でじんわりとした温かなものが広がってくる。
心地いい。ただ名前を、三文字の言葉を紡いだだけなのに。
だけど、名前を呼ぶだけでこんな気持ちになれるのならどうして今まで呼べなかったのだろう。
疑問と後悔と温かさを感じながら私はもう一度、自分自身に刻み付けるように彼の名前を呼んだ。
「ユウタ…」
「ん…」
くすぐったそうな表情を浮かべるユウタ。どうやら私の言葉に照れているらしい。その感情を紛らわせるように彼は指先で頬を掻いた。
「なんか、変な感じかも」
「嫌、ですか?」
「嫌じゃないけど…恥ずかしいっていうか照れるっていうのかな?」
嫌がってない。そうだとわかれば十分だった。
「ユウタ…」
「っ」
熱っぽく彼の名を呼ぶとびくりと体を震わせる。その様子がなんだか可愛くて、だけど愛おしい。
もう一度彼の名を唇に載せようとするとそっと手が肩に触れた。
「っぁ」
「そんなに呼ばないでよ…止まれなく、なるんだけど…」
「止まらなくていいじゃないですか」
何のために私はこの体になったのかまだわからないのだろうか。いや、だけどそのほうがユウタらしいといえばユウタらしい。
私は肩に置かれた手を掴むとそっと下へと下げていった。
「っ!」
「っ♪止まらないで、ください…」
その行為に、言葉にユウタは驚くが静かに頷いてくれる。黒一色の瞳をこちらに真っ直ぐ向けて。
「…それじゃあ、止まらないかもしれないから」
「んぅ…ひゃあっ♪」
ただ撫でられるだけでも体が打ち震える。手のひらの熱と感触が私の体に伝わるたびに熱は染み込み、手つきはくすぐったさを伴った甘い刺激へとなっていった。
胸を優しく包んだと思えば硬さを確かめるように力を込めてくる。かと思えば背へと伸ばされさらりと擽るように撫でていく。
ユウタの着ている服を握り締めながら流れてくる感覚になんとか耐える。それでも漏らすまいと閉ざした唇からは容易く声がこぼれみっともなく悶えてしまう。
「や、あぁあああっ♪」
撫でられるたびにその部分が熱を持ち、体が震えるほどの感覚を生み出してくる。あまりの強さに声を抑えきれない。体の自由も効かない。ただはしたなく喘いで震えることしかできない。
「…あの、もしかして」
ユウタの愛撫の手の動きが徐々にゆっくりになってくる。それに伴って生み出される快感も小さく、くすぐったいものになってきた。これならばなんとか喋ることぐらいならできそうだ。
「なん、ですか…?」
「もしかして、その…」
とても聞きづらそうに、だけど心配するような表情を浮かべてユウタは静かに言った。
「こういうこと、自分でしたこともないの?」
「あ!当たり前です!!」
思わず私は怒鳴ってしまっていた。
修道女だったのだから当然のこと。快楽に溺れるなど言語道断。魔物のように身を堕とし、快感を貪り、淫らな行為にふけることなどあってはならない。
それが神様の教えであり、守らなければいけない規律であった。
今まで縛られ、厳守してきた私に性的快楽など無縁なもの。修道女であっても一応女性、そういった知識が全くないというわけではないが感じたことなど微塵もない。
「そっか…それじゃあ……あの、気をつけるよ」
「そう、して下さい…」
嫌なものではないものの何度も連続して感じてしまうと自分がおかしくなりそうだ。魔物の体になったからか初めて感じるものだからか全く耐性がない甘美な刺激に力が抜け、何もできなくなりそうだった。
あられもない姿を晒すことへの抵抗がある。みっともなく乱れることへの躊躇いがある。
だというのに胸の奥ではもっとして欲しいと望んでいた。触って欲しい、それだけじゃなくもっと重なりたいと思ってる。
心の底から求めるままに繋がって、これ以上ないほど触れ合って、溶け合ってしまいそうなほど抱き合って。
そして、消えない証を欲している。
こんなもの操を捧げ純潔であり続ける修道女としては失格だろう。だけど抱いた感情を押さえ込むことなどもうしたくない。
「えっと…」
ユウタの手が胸から恐る恐る下腹部へと伸びた。まるで蛇が地面を這うように、それでも蛇と違って優しい手つきで下っていく。
私の体はその様子を恥ずかしながらも期待して見つめていた。
自覚している。私の体はそこを触ってほしいことを。
だけどわかってる。そこに触れられることに恐怖を覚えていることを。
ただでさえ敏感なこの体で、今まで経験したことのない感覚で、愛おしい人の手で得られるものに私は耐えられるだろうか。
そんな考えなど知る由もなくユウタの指先は私の女の部分に触れた。
「あぁあっ♪」
「っ!」
刹那、下着越しに指が触れたというだけなのに先程まで体や胸を撫でていた時とは全く違う感覚が駆け巡る。あまりにも激しすぎて一瞬頭の中が真っ白になってしまうほどだった。
「や、だめです…そこは…ぁ…♪」
縋るようにユウタを見つめると真っ赤な顔で荒い息を吐いている。真っ黒な瞳の奥に宿る光は優しいものであるはずなのに今だけは獣のように鋭く見えた。
そして一言。舐めるように耳元に口を寄せて彼は囁いた。
「…ごめん」
その謝罪の意味がなんなのか、理解する前にユウタの指がするりと下着の中へと侵入した。
「やっだ、めっ♪だめであっ♪あああああああああああっ♪」
されていることはひどくゆったりとした手つきで撫でられているだけ。だが、撫でているだけには指先がその部分を刺激するように動き、擽るように手のひらが押し付けられる。
先ほどの激しい快楽が何度も体を貫いた。ダメと懇願してもユウタの手は動きを止めるどころか徐々に早くなってくる。次第に部屋には湿った音が響いていた。
体を電撃のように快感が走る。その度に目の前が真っ白に染まり、意識は高みへと無理やり押し上げられる。
「あっ…はぁ……ぁ♪」
ようやく彼の手が止まった時には私は呼吸すらままならない状態だった。あまりにも連続して訪れる感覚に意識がついていけそうにない。だが魔物の体、苦痛並の快楽を感じ取ってしまうのは問題だった。
気だるい体で視線を移すと落ち着いたのか申し訳なさそうな表情を浮かべるユウタが見えた。
「あ、貴方という人は…っ!」
「…ごめん、その…あまりにも可愛くて」
「かわっ!」
正面から真っ直ぐそのようなことを言われれば照れずにはいられない。修道女であることもあって今までそのようなことを言われる経験もなかったのだから私はさらに顔を赤くしてしまう。
「次は…ちゃんと、気をつけてくださいね?」
「…善処します」
頷く彼を見つめ、私は行為の先を促す。
ユウタは応えるように手を纏っていた服に伸ばし、戸惑いながらも私の体から服をはがしていく。ゆっくりと繊細に、そして優しく。何とも彼らしい手つきで私は一糸まとわぬ姿にされた。
「…っ」
「あまり…ジロジロ見ないでください」
「あ、ごめん」
そうは言うもののチラチラとこちらを見ていることはバレバレだった。突き刺さるような視線を肌に感じるとなぜだか下腹部に熱が生まれ、切なくなる。見られているという羞恥がさらに体温を上げているのだろうか。
「わ、私だけ裸というのは不公平です」
「え?あ、ちょっと…!」
「じっとしていてください」
暴れだしそうなユウタを抱きしめるように押さえ込み、やや固く高級そうな黒い服を脱がせ、その下にあったこれまた高級な絹みたいな真っ白な服も脱がせる。元々修道女として孤児院を訪れ子供の世話をした経験があるからか、それとも単に私の中の焦がれた欲望のせいなのかテキパキと終わってしまった。最後に下着を取り払う際に顔を真っ赤にしていたがそれは…その、まぁ……お互い様というやつだろう。
互いに裸。一糸まとわぬ姿となってベッドの上で向かい合う。
「…」
「…」
互いに無言。
だが瞳は相手の全てを映し出している。顔も、髪も、肩も、腕も、乳房も、お腹も、足も、お尻も、女として大切な部分も全て。
私もユウタの全てを見ていた。細くもしっかりと筋肉の付いた四肢。細身だからかそれとも鍛え上げたものか脂肪など見当たらない引き締まった男性らしい体。そして、男性の証であり、これから私が迎え入れるもの。
恥ずかしいと感じていた。だけどそれ以上に待ちきれないでいた。
きっと魔物となったせいだろう、既に痛みを感じるほど強く脈打つ鼓動を感じ呼吸も荒くなった私は今にも彼に抱きつき行為へ及びたいと焦れていた。
その証拠に先程から下腹部が熱く、股の間からぬるぬるする粘液が滴り落ちシーツにシミを作っていく。
「…その、いいですか?」
「あ、ああ…うん」
互いにしどろもどろになりながらも次の行為へと移る確認をする。ロマンチックなムードなんてものはなかったがそれでもこちらのほうが私たちにはにあっている気がした。
私は彼の上に座り込むように体を寄せる。すると当然ながら私たちの体は密着して、大切な部分までもが重なり合った。
「ふぁっ♪」
「っ!」
ただ触れ合っただけだというのに撫でられた時とは随分と違ったものが体を走った。互いにその感覚に体が震え、声が漏れてしまう。
すでに晒された女の部分。そこからはまるで物干しげに涎を垂らす犬のように粘液が溢れ出て止まらない。
ユウタが欲しいと、叫んでいる。
ユウタとしたいと、喚いている。
どうしようもないほどに湧き上がる情欲を押さえ込むすべなど私は知らなかった。二人で顔を見合わせ頷くと彼の手は私の腰に添えられ、私はゆっくりと腰を下ろしていった。
大切な部分が押し付けられる。火傷しそうなほどに熱いそれを飲み込むように腰を落とすと肉をかき分け入ってきた。
「はぁ、んん、んあぁあああああああああ…っ♪」
初めて感じる女の感覚。純潔を貫く音が体の中に伝わるも痛みは欠片も存在しない。呼吸が止まるような圧迫感に体内へ押し込まれる熱いもの。じわじわと進んでやがて私の中を埋め尽くした。
頭の中が真っ白になる。目の前で火花が散ったみたいに感じられる。そして、どうしようもなく嬉しくなる。
私の体はずっとこれを求めていた。それは魔物になって初めて自覚させられた。
愛おしい人を我が身に感じる喜び。一人ではありえない圧迫感。満ち満ちていく充足感。全てが全て彼の熱と共に伝わってくる。
「ん、ぁ…あああああああああああああああっ♪」
先ほどまで感じていたものが子供騙しに思える程の凄まじい快楽。魔物だからか痛みすら気持ちよく感じてしまう体に私はしばらくまともに喋れず彼に抱きついたままだった。
しばらくして落ち着こうと荒くなった呼吸を整えていると目の前で唇を噛みながら必死にこらえる想い人の顔が目に入る。普段のとまた違う表情は新鮮でまた、愛おしかった。
「ど…ぉ…」
口を開けば喘ぎ声しか出せなくなりそうな今の状態だがそれでも必死に押さえ込んで呼びかける。
「どぉ、で…すか…んっ♪」
言葉を紡ぐことも難しい快楽の本流に飲まれながらも私はなんとか意思を伝える。
ユウタもしっかりと私を感じてくれているのか。ユウタに苦痛を与えてしまっているのではないか。ちゃんと気持ちよくなってくれているのかと。
たったそれだけの言葉に全ての感情を載せることはできない。それを察してくれるほどユウタは鋭くない。
でもいい。彼の言葉が聞きたい。互いが繋がり合って、これ以上ないほど近づいた今彼の抱いた気持ちを知りたい。
数秒後、荒い呼吸が続き堪えるような声色が私の耳に響いた。
「すごい…気持ちいい、よ…」
「っ…」
僅かな声がしかりと体に刻み込まれる。女として想い人を喜ばせている、その事実に至福を覚える。その事実は些細なことかもしれなかったが私にとっては今駆け巡る快楽以上のものだった。
よかった。
安堵の気持ちと女しか味わえない悦楽。繋がりあってる充足感に重なるだけで走る快楽。
どれも私一人では得ることのできないものに彼と一緒になっているということを強く感じられる。それが何よりも嬉しかった。
「それじゃあ、動き…んっ♪ます、から…っ」
「…んっ」
静かに頷いたユウタは私の腰に手を当ててお互い動きやすいようにリードしてくれる。彼に導かれるように私は体を持ち上げ、彼もゆっくり自身を引き抜いた。
「んんっ♪くぅ、ん♪」
膣内を擦られるたびに鼻に抜ける甘ったるい喘ぎ声が漏れる。つながりあった部分から生まれる感覚は愛撫とは比べられないほどのものだった。我慢しようにも声は止められないし、体も止まらない。魔物の体のせいなのか、それともこれが私の本質なのかユウタと繋がり合う感覚をもっと欲しがる自分がいた。
「はぁっ♪ん……ふぁ♪ぁあああ…♪」
本能はこの快楽を求めていた。
本心は彼への快感を願っていた。
ユウタを感じて、私を感じてもらいたくてゆっくりと腰が上下する。僅かに動いただけでも繋がりあった部分から湿った音が部屋の中に響いた。
なんと淫靡な音だろうか。いやらしくて、品がなくて、だけど興奮する。なぜならこの音は私とユウタが繋がり合っていることを意味するのだから。
そう思うともっと聞きたくなる。私たちが体を重ねていることを確かめたいともっと動きたくなる。
「んっ♪んっ♪んっ♪あぁあっ…♪やぁ、もっとぉ…」
肉と肉の弾ける音が部屋に響く。あまりの大きさに外に聞こえているんじゃないかと不安になるほど。ここの部屋に防音魔法がかかっていなければ確実に漏れていただろう。
ただ、今はそれすら気にならない。快楽に頭の中を塗りつぶされ、愛おしいという気持ちで胸いっぱいになってしまっている。
私は抱きしめる手に力を込め、さらにはユウタの首筋に顔をうずめた。痛みを与えるためじゃなく、全身を使わなければ私が何処かへ飛んで行きそうだった。
「ひゅぅ…っ♪んん……んんむぅっ♪」
両腕を強くまわし、両足で抱きつき、離れないように身を寄せる。だらだらと口から唾液が溢れだらしなく体が弛緩する。
ユウタは何度も私の中を往復した。私も彼を何度も飲み込み、吐き出し締め上げていく。体も慣れてきたからか動きはスムーズになり、膣肉がユウタの形を覚えて蕩けた。
「はぁぁああっ♪く、ぅ…んん♪」
硬い強張りが一番奥を叩くたびに悲鳴のような喘ぎ声が漏れてしまう。それどころかいつに間にか添えられた手が私の乳房を撫で回し、感度を引き上げ高みへと押し上げていく。
もう理性なんてものは存在しなかった。
あるのは欲望にまみれた本能と、心を一色に染め上げた好きという気持ち。その二つを満たしてくれるユウタとの行為に私は溺れたかった。
腰が上下するたびに、膣内を擦られるたびに、淫らな音を響かせるたびに体の中心を燃え上がるような快感が駆け抜ける。目の前がくらくらし、何がなんだかわからなくなるほど。子宮が熱を持ち、疼くような感覚が沸き立つ。
欲しい…っ!
何がとはわからなかったが私の体は確実に求めていた。快楽とはまた違う、女としての愛おしい男のモノを。
ユウタのものであるという証を、求めていた。
「ユウタっ♪ユウタぁああっ♪」
彼の名を呼び、求めるように腰を蠢かす。修道女であったことなど既に頭の中にはなかった。淫らに狂い、いやらしく乱れ、気持ちのままに求め続ける。
だが、先程からユウタは辛そうに口を閉じている。それどころか私の体にまわした腕から力が抜け、腰を後ろへ離そうと動いている。両腕両足で抱きしめているから離れられないのに彼は私の中から自身を引き抜こうとする。
「ユウ、タ…っ?何、を…んんっ♪」
「も、出るから…っ!!」
その言葉に何がと疑問を抱く。だが理解は遅れても体の方はハッキリわかっていた。
一番奥の子宮を何度も短い間隔で刺激し、その度に目の前で火花が散る。その感覚に背筋が逸れて体が離れかけるが回した腕と足でなんとか阻止する。それだけじゃない、絶対にユウタが抜けないように腰を僅かな動きだけで上下させた。
まるで何度もキスするように。それもとびきり濃厚で淫らなもの。それだけじゃなく柔肉がねじれきつくユウタに巻き付いた。そして力任せにしごいては搾り取るように蠢いた。
その感覚にユウタは驚愕の表情を浮かべる。
「なに、を…っ!?出るって言ってるのに!」
「いいですからっ♪出して、全部…っんん♪出して、いいですからぁあ♪」
止めと言わんばかりに力いっぱい腰を打ち付けた。臀部がぶつかり肉の弾ける音が部屋に響く。そのまま腕と足に力を込めて子宮口がユウタに吸い付いた。
「〜っ!!」
声にならないうめき声と共に私の中でユウタが膨らんだ。かと思えば次の瞬間私の中へと燃え上がるような熱をもったものが流れ込んでくる。まるで沸騰したような温度のそれは女の体に男の味をハッキリと刻み込んでいく。
「はぁ、あああああああああああああああああああっ♪」
自分の口から出ているとは思えない声が出た。頭の中が真っ白になり今まで以上の気持ちよさが絶頂へと無理やり押し上げる。子宮に流れ込む熱い液体で溶けてしまうんじゃないかと錯覚するぐらいの快感を生んだ。
「あ、ぁあっ♪…んぅ…はぁぁあ♪」
徐々に弱まってくる脈動に意識の方も高みからゆっくりと引き下げられていく。それでも下腹部から伝わってくる充足感は胸の奥を暖かな気持ちにさせてくれる。
紛れもないユウタのもの。
彼からのものであり、それが今私の中にある。一人の女として喜ばせた証でもあり、彼が気持ちよくなってくれた証拠である。
嬉しい…っ♪その感情と共に力をこめてこれ以上ないほどユウタに抱きついた。
「ぅあっ!?」
「あんっ♪」
そのせいでまた膣内が締め上げられ残っていたのだろう精液を搾り出す。その感覚にユウタは震え、私の体はびくりと跳ねた。
やがて体から緊張がとけ、手足から力が抜ける。ユウタに倒れ掛かるように体重をかけてしまうが彼は私を優しく抱きしめてくれた。荒い呼吸を整えながら彼をみると肌に汗を浮かべこちらを何とも言えない表情で見つめている。
呆れたような、困ったような、それでいて恥ずかしそうなそんな顔。
「お腹…ユウタので一杯ですよ…♪」
そんな愛おしい男性はその一言にこれ以上ないほど赤面した。
「…んぁ」
なんだかよくわからない拍子抜けな声と共にオレは瞼を開いた。目に入ってくるのは最近になって見慣れてきた宿屋の天井。体に伝わるのは人間一人の重み。肌に感じるのは人肌の温もり。鼻を擽るのは甘い女性の香りと生々しい情事の跡。
それらを徐々にハッキリしてくる意識で確認すると隣に眠っている女性に視線を移した。
「…すぅ……ん」
安らかな寝息を立てて眠っているのは護衛として守るべき対象、そして昨夜体を交えた相手。
ヴィエラ・クローチェ。
今は修道服も寝巻きも纏っておらず昨夜のまま寝てしまったから全て晒してしまっている。真っ白な肌に輝く金色の髪の毛、桜色の唇にすっと通った鼻筋。どう見ても美女と言える顔立ちだが顔に負けず劣らず体も素晴らしいものだった。
シーツを被っているから見えないが視線の先にあるのは大きく実った二つの膨らみ。桃色の突起が可愛らしく自己主張しつつ、力のままに形を変える柔らかさ。それだけではなく細長い脚線美も華奢な体つきもどれもこれも美しく、修道女にしておくにはもったいないくらいに魅力的であった。
「…」
だが、その修道女と昨晩情事にふけってしまった。
何回彼女の中に精液を流し込んだか覚えていない。途中からはほぼ一方的にヴィエラに翻弄されるままに吐き出していた気がする。修道女として自分で慰めることさえしてこなかった彼女にとって初めて感じた快楽はあまりにも強すぎたゆえに歯止めが効かなかったのだろう。
そして止まらなくなった。
『一度出したのだから二度も三度も同じです♪』
の言葉から始まり、
『まだこんなに硬い…ユウタも、もっともっとしたいんですね♪』
と言われて何度も行為を繰り返し、
『疲れてしまったんですか?なら私が動きますから…♪』
なんて囁かれながら搾り取られる始末。それはもう発情期の獣の如く喘ぎ、乱れ、求めて搾り取ってきた。
熱にうかされたような表情に湿った唇で囁かれる艶やかな声。甘く良い香りのする髪の毛に柔らかい女性らしい体、貪るようにねちっこく動いた腰と溶かされるかと思えるほどの熱。
どれもこれも修道女としてはあってはならないものだろう。
そしてもう…修道女には戻れないだろう。
「…」
これでよかったのだろうか。
こんなので後悔しないだろうか。
そもそもヴィエラは一人前の修道女になるためにここへ来た。その護衛として付き添ったのがオレだ。護衛として彼女身を案じ、身を挺して庇い、彼女の身の安全を最優先すべきハズだった。
なのに、現状では人間をやめさせている。
この街の人々のように人間にはない部分が彼女の体に存在する。背中に生えた闇のような色をした黒い翼に鎖の巻き付いた尻尾。丸みがかっていたはずの耳は物語の妖精やエルフのように尖っている。人間らしい部分はまだ残っているものの目に付くのは新たに増えた部分だ。
これを消すことはきっとできないのだろう。
そして、人間に戻ることは絶対にできないんだろう。
「…はぁ」
オレは疲れたように小さくため息をついた。
「ふっふ〜ん♪」
「っ!」
ため息に続いて聞こえた機嫌の良さそうな声。すぐさま視線を移すとベッドの端、両腕の上に顎を乗せてこちらを見上げる幼子の視線とぶつかった。茶色の髪の毛に同じ色の、頭から生やした大きな角。それから獣のような両手。この子はヴィエラ同様に人間ではない魔物という存在だ。
「もとが修道女であったからか乱れに乱れたのう♪」
「…子供が見ていいもんじゃねぇよ、ヘレナ」
バフォメットのヘレナ。この街に来て知り合った小さな女の子だ。外見は幼子なのにバフォメットという伝説上の怪物だというのだから驚かされる。
「あーあ、羨ましいのう。部屋にハッキリとこびりつくくらいに愛し合った匂いがするのじゃ」
「…子供がそういうこと言うな」
「ユウター♪わしも同じくらい愛して欲しいのじゃー♪」
「お前には早いだろ」
両腕を伸ばして唇を突き出してくるヘレナを頭を掴んで止める。外見だけなら高校生と幼子ゆえに唇はどうやっても届かない。
ヘレナはそのままぐいぐいと顔を押し付けてきたが諦めたのか先ほどの位置に戻った。
「浮かない顔をしておるのう。こんな美人を抱いといてそれは失礼じゃぞ?」
「子供がそういうこと言うなって」
「でも悩んでるのじゃろう?」
「…」
さすがバフォメットというべきなのだろうか。この女の子外見に反して鋭いところがある。それだけじゃなく頭も回るし理解も早い。
「ヴィエラを、魔物へと変えてしまったことに対してかのう?」
「…ああ」
ヘレナと知り合ったのは偶然だったが、彼女にはヴィエラの護衛を手伝ってもらっていた。こんな人間がいない街でバフォメットという高位な存在が傍にいるのならいい牽制になるだろう、そう思っていた。
頼んだのはヴィエラがいる一ヶ月他の魔物に襲われずに守りぬく手伝いをすること。
条件はオレがここに残ること。
教団だとか、王族だとか、よくわからないものにこの世界に喚ばれてしまったんだ、失うものはなにもないオレにとって出せる条件はそれくらい。
ヴィエラが無事ならなんだっていい。胸の内にあったのはそれだけだった。
だけど…。
「わかんねぇや」
オレは呻くように呟いた。
「正直わかんねぇ。ヴィエラは一人前の修道女になるために頑張ってたのにそれをオレが潰したようなもんだろ、これは」
それでも彼女の好意を無下にするつもりはない。しっかりと受け止めさせてもらう。
だけど、考えてしまう。
オレは彼女の夢を潰したのではないかと。
オレが彼女の目標を消してしまったのではないかと。
そんな風に悩んでいるとヘレナが軽く鼻で笑った。
「ユウタは…本当に鈍いのう」
「…何が?」
「女がここまで決意を顕にしたのに間違ってるとでも言うのか?」
「間違ってる、とは…思っちゃないさ」
「じゃろ、昨夜はあんなこと言っておったのだからのう」
「聞いてたのか」
「そりゃのう。あーわしも言われてみたいものじゃー」
そんなことを言いながら彼女は視線をオレの隣で眠るヴィエラへと移した。オレもつられるように移す。
「じゃが、抱いた女がこんなに幸せそうに眠っておるのじゃぞ?これで間違ってると思えるのか?」
「…」
「少なくともわしには幸せそうに見えるぞ」
「そうか?……いや、そうなんだろうな」
安らかに眠るヴィエラの姿。それを否定することこそ間違いか。
彼女が幸せならばそれでいい。
オレが幸せにしてやれば、それでいい。
「とりあえずありがとうな、ヘレナ」
ぽんっと彼女の頭を撫でてやる。角が生えている分撫でにくいのだがそれでも彼女は心地よさそうに目を細めた。
だが、これで止まらないのがこの街に住まう魔物というもの。ここに訪れて初日から始まり今日に至るまで十二分経験してきたオレにはヘレナがこの程度で止まらないだろうことは予想がついた。
「恩を感じておるのならそれ相応の返し方というものがあるじゃろう?」
「…はい?」
「じゃ〜か〜ら〜♪」
クネクネと体を揺らしてこちらを熱っぽい目で見てくるヘレナ。外見が外見なため子供の悪ふざけにしかみえないのだが、どうも雰囲気が妖艶だ。それはまるでこの宿屋のカウンターにいたお姉さんや街中で色目を使ってきた猫の女の子みたいに。
「男と女でしかできないことに決まっておるじゃろう♪」
「…もっと大人になってからな」
「わしこれ以上成長せんのじゃが」
「…あ、そうなんだ」
なんてことを話しながら脱ぎ捨てたワイシャツに腕を通し、学生服のスボンを履く。本当ならシャワーを浴びたほうがいいのだろうが来客がいる手前裸で出歩くことなどできない。
それでも構わずグイグイと体を寄せてくるヘレナ。
「ユウタ〜♪」
鼻にかかる甘ったるい声にどうしたものかと困っているとずいっとオレのすぐ傍から腕が伸ばされた。細くて華奢なそれはヘレナの顔面を鷲掴んで固定する。
「むぐっ!」
「…人が眠っている隣で何をしているのですか」
聞こえてきたのは昨夜さんざん喘いだ色のある声ではない低くドスの聞いた声。それとともに感じるのはのし掛るような重圧。
きっと浮気がバレた旦那というのはこういった感情を抱くのだろう…いや、浮気なんかしてないけど。
ゆっくりと背後を振り返るとそこには不機嫌そうな表情を浮かべるヴィエラの姿。寝起きだというのにしっかりと瞼を開き、片手に掴んだヘレナとオレを睨みつけている。
「…」
昨夜のままなので一糸まとわぬ裸体だからか彼女はシーツを引っ張り片手で体に巻きつけるとヘレナを持ち上げベッドから出ていく。歩き方が不安定なのはきっと昨夜の行為のせいだろう。それでもなんとか部屋のドアにたどり着くと彼女を廊下へ向かって放り投げた。
元修道女が子供に対する扱いじゃない。いや、バフォメットと分かっていてもあの外見相手にやる行いじゃない。
「うごっ!な、何をするんじゃ!それが恩人に対する態度か!」
「確かに貴方にも感謝の念はあります。ですがそれとこれとは話が別です。人が眠っている隣で襲いかかろうとしているのを黙って見過ごせるわけ無いでしょう?」
「別に独り占めとか寝取ろうとか思っとらんわ!わしだって二人の中に加えて欲しいんじゃよ!」
「ダメです」
「なんでぬしが決め付けるんじゃ!それはユウタに聞かんとわからんじゃろう!?」
「私が許しませんので」
では、とその一言とともに思い切りドアを閉めるヴィエラ。ガチャガチャと備え付けの鍵を全てかけ、確認したところでこちらへと向き直る。二つの金色の瞳がオレを捉えた。
「ユウタ…」
昨夜から変わった呼び名にオレは体を震わせる。あの時は驚きもあったが照れくさく、嬉しかった。だが今は恐怖を感じてしまう。
まるで説教前の子供のように身を縮こまらせていると彼女は素足でこちらへ歩み寄ってくる。足取りは危ういが心配できるような空気ではない。
「おはようございます」
「……お、おはよう」
「ちょっとこちらを向いてください」
「…はい?」
ベッドから立ち上がりヴィエラと視線を合わせる。年上だからかほぼ変わらない身長ゆえに彼女の顔が目の前にきた。
昨夜はこれ以上に近づいた。この程度比べるまでもないほど重なったというのにそれでも照れてしまうのはオレが青いからだろうか。
「少しの間、動かないでいてください」
「え?なん―」
言いかけた言葉は押さえ込まれ、それどころか呼吸も止まる。
「―……っ!!」
先ほどよりもずっと近くにあるヴィエラの顔。瞼を閉じて頬をほんのり朱に染めた顔はやはり美人の域にあるものだ。それが視界いっぱいにある。他にも唇に感じるのは今までにない柔らかさ。そしてほんのりと香る甘い味。昨夜とはまた違う優しい心地よさのあるそれは間違いなく―
―お互いにとってのファーストキス。
「…んっ♪」
長い間重なっていた唇が離れ、潤んだ瞳がこちらを見据えた。
「え…あ、っと…」
あまりにもいきなりなことで頭の中が混乱してしまう。いくら体を重ねた相手とは言えなんの脈絡もなくいきなりされては戸惑うばかりだ。
「昨晩はその……してませんでしたので……」
恥ずかしげだがそれでも胸を張って言うヴィエラ。どうやら彼女も照れてはいるものの戸惑うような素振りは見せない。
さすが女性。さすが元とはいえ修道女。肝が座っているというとこか。
それより、と彼女は自然にオレの手を握ってきた。
「身を清めましょう。それから部屋も窓を開けて換気しないとお互いすごい匂いがしますよ」
「あ、ああ…そうだね。そのあとは朝食作ってくるよ」
「それならば私もともに行きましょう」
「いいよ、ヴィエラは体のことも試練のこともあるし休んでれば?」
「もう修道女であることはできないのですから心配しなくてもいいですよ」
その一言とともに彼女はオレの腕に抱きついてきた。シーツ一枚隔てても、ワイシャツ越しであっても暖かさと柔らかさがしっかりと伝わってくる。
そして、ヴィエラは言った。
「それに、私は魔物になったことが間違いだとは思ってませんから」
「…っ」
「引き返すつもりもありません。私はこれが正しいと思ってます」
「…まさかとは思うけどさっき起きてた?」
「ええ、起きてました」
「…どのあたりから?」
「あのバフォメットが乱れに乱れたのう、などとのたまってるところからです」
それはほぼ最初からということか。ということは話の全てを聞かれていたということだろう。
…何とも恥ずかしい。
「まさかとは思いますが…ハッキリと言葉にしないとわからないほど貴方は鈍感なのですか?」
「鈍感って…流石にあそこまですればわかるけどさ」
「ならわかったでしょう?私にとって―」
ヴィエラは抱きついた腕に力を込め、囁くように紡ぐ。
甘くとろける一言を。
理性を堕とす言の葉を。
「―ユウタがいてくれれば、それでいいのですから」
そんなことを言われてしまったからにはもう赤面するしかない。
元修道女だとはいえ、その積極さには目を見張るものがある。いや、修道女だったからこそ溜め込んでいたものを解き放ったというべきか。
「わかりました?」
「…はい」
「子供も…せめて二人は欲しいですし…」
「はい?」
ここまでされては間違いなんて言えるわけもない。最後に聞こえた言葉は小さくてわからなかったもののオレは小さく頷いてそう返すことしかできなかった。
「それでは共にシャワーを浴びましょう」
「共にって…一緒に入るの?」
「そちらのほうが時間も短縮できるでしょう?」
「だからって…」
「嫌、ですか?」
「……いいえ」
「ならいいでしょう。ほら、行きますよ」
どこか嬉々として手を引いて浴室へと急ぐヴィエラに苦笑しながらオレは静かにドアを閉めた。
その後風呂場でお互い昨夜同様に乱れてしまったのは………まぁ、仕方ない。
―HAPPY END―
13/08/04 22:29更新 / ノワール・B・シュヴァルツ
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