「交尾、しようぜ…♪」
早乙女結衣。
それは中学時代から関わりのある女性だが、あの時はそれほど親しい仲ではなかった。ただの担任と生徒、それだけの関係だった。クラスで顔を合わせ、生徒と教師の良好な関係を続ける。学び、質問し、発表しては黒板に書かれたものを写す。ときに雑談を挟んだり、冗談を言ったりと女性の先生にしては付き合いやすい人だった。
それでも別段仲が良かったわけではない。こうして自宅に招かれることだって本来ならなかったし、早乙女先生と二人っきりで話すようなことは進路指導ぐらいだった。
あの時までは。
中学校卒業間近、他の生徒も皆進学先を決定し、後は準備や合否の結果を待つだけのとき。その日は授業もなく合格が決まってる人だけで掃除をしていた時だった。
オレも先に合格を決めて皆と一緒に掃除をしていた、はずだった。
本来ならば。
「なぁにこんなところで腐ってんだよ、黒崎ィ」
「…なんですか、早乙女先生」
体育館裏、誰も来やしない静かな場所でただぼけーとしていたオレに声をかけてきたのはフランクな笑みを浮かべる早乙女先生だった。
「別に今は授業なんてない時期だし、皆ただ掃除してるだけじゃないですか。一人いなくなっても大差ありませんよ。それに先生は皆見てないといけないんじゃ?」
「別にあたしがいなくてもやってくれるし。それにだりぃよ」
「あんたそれでも教師か」
そう言って彼女は静かにオレの隣に腰を下ろした。鬱陶しく思い、距離を取るように一歩横へずれると彼女もまた一歩ずれる。さらに一歩進めばまた一歩。それどころか足を止めても近づいてくる。
これ以上端のほうへと行けば体育館の周辺を掃除している奴らに見つかってしまう。仕方なくオレはその場に留まることとなり、隣に早乙女先生が座ることとなった。
「…………なぁ、黒崎ィ」
何も言うことなくじっとして、嫌ではないが良くもない沈黙を破ったのは早乙女先生だった。こちらは顔を向けることなくただ上を見上げながら返事をする。
「何ですか?」
「あたしは別にあんたがしたことは間違っちゃいないと思うぜ?」
「…何ですか急に」
「いや、あんたがすごい落ち込んだ顔してたからさ」
「……オレはやりたくてやっただけですよ。高校には合格取り消しされちゃいましたけど」
「酷いもんだ」
「別に。高校行かなくても働けますし」
吐き捨てるようにそう言ったオレに対して早乙女先生は一瞬だけ、ほんの一瞬だけいつもとは違う表情をしたっけ。普段は楽しそうに笑ってるあのダメ教師をあんな顔にさせたのだから、あの時のオレは傍から見るとそうとう落ち込んでいたのだろう。
「…なぁ、どうだよ黒崎。あんたの成績それなりにいいから、狙ってたとここよりも下になるけどそれでも行ける高校沢山あるんだ。問題起こしたことで多少制限つけられるかもしれないけど、行ってみないか?」
「…制限って例えば何ですか?」
「そうだなぁ…あたしが監視役として黒崎の担任になるとか」
「嫌ですね」
「おぅ、言ってくれるねぇ」
そう言っていつものように笑い、彼女は立ち上がってオレを見た。
「胸を張りなよ、黒崎。あんたは間違っちゃいなかった。あやかも無事だった。世間様は冷たいけどそれでもあたしはあんたの味方になってやるよ」
「…」
「どうだぁ、あたしかっこいいだろぉ?」
「…それ言っちゃダメじゃないですか」
なんだかんだであの女性には返しきれない恩がある。今こうして高校に通えるのも、これから先まっとうな人生をやっていけるのも早乙女先生のおかげといっていい。あの頃の早乙女先生には感謝してもしきれないだろう。あの頃の早乙女先生には。
だというのに…。
なんで今はあんなふうになっちゃったんだろう。中学時代の頃はまぁ、問題はあったが今ほどでもないし、少し荒いけどちゃんとした先生だったのに。あんな婚姻届出して迫ってくるような女性じゃなかったのに。
それを言うとうちの師匠も同じだ。彼女も同様で早乙女先生と同じように助けてもらったのだが、あの人もあの人で昔は凛としてクールな感じだった。
人っていうのはいや、女性っていうのは時間の経過と共に大きく変わってしまうのだろうか。
天井から雫の垂れる音にハッとする。体がだるく、お湯に沈みそうになっている状態からしてどうやら少し眠りこけていたらしい。
眠気を払うように湯を掬って顔を洗うと脱衣所から聞こえる物音に気づいた。
「黒崎ぃ、ジャージここに置いとくぞ」
「はーい」
「下着も置いとくからな」
「はーい?」
脱衣所に出ると畳まれたジャージとタオルを見つけた。体を拭いてジャージを広げてみるとサイズはちょうど良さそうだ。藍色とピンク色の、いかにも女性が着そうなデザイン。というか、女性の家に男性用の服があるわけないか。
でもこれ体育祭に早乙女先生が着てるの見たな…。この際四の五の言ってられないから仕方ないか。
「…」
だけど、どうしてだろうか。ジャージの下から現れたのはこの家で既に目にしたものだった。黒色でまるで水着のような形をしたそれは早乙女先生の下着だった。
「…冗談でもやめてくれよ」
別にこの程度、いつも家事をしているオレにとっては毎日目にするから特に珍しくもない。
疲れたようにため息をつき、洗濯かごの中に突っ込んでオレは脱衣所を出た。
「…」
「おぅ、上がったのか」
風呂から上がると早乙女先生は床に背中を擦りつけるように転がっていた。オレが来たのに気づくと四つん這いになって嬉しそうにこちらへ近づいてくる。後ろで尻尾がぴんっと立っている様子がもうまんま構って欲しい、甘やかして欲しいとねだる猫だ。
「やっぱ二人だといいなぁ」
「それ以上こっち来ないでください」
「なんだよぅ、こんな可愛らしい子猫ちゃんと二人きりだぞ?喜べよ」
「子猫じゃなくて成猫でしょうが」
「にゃぁん♪」
「うわぁ…」
「…だから引くなって」
仕方なく顎をくすぐるとごろにゃんと猫なで声で早乙女先生は喜んだ。首や頭と撫でて欲しい部分を押し付けるように体をすり寄せてくる。昼間も甘えてきたが、夜中は一段とひっついてくる。まったくこの女性はどこまで猫になってしまったのだろう。
「ほらほら〜」
「んん〜♪」
なんだか、随分と甘えてくる。ただ単に構って欲しいのとはまた違う感じだ。その愛らしい行動にどうしてか違和感を覚えずにいられない。
なんだったか…なんか、頭の隅で引っかかる。
試しに尻尾でも撫でてみようか。実家の猫にいきなりやったら顔面引っ掻かれたけど早乙女先生は半分人なんだし平気だろう。そんな風に思って指先でなぞるように触れてみた。
「んひゃっ?!」
「おわっ!」
一瞬体がびくりと震えた。それを見て思わず手を離す。どうやら猫同様に敏感な部分だったらしい。
「い、いきなり変なとこ撫でんなよ………感じるだろ」
「そういう冗談はやめてください」
無駄に頬を染めて言わないでもらいたい。
今度はあまり刺激しないように優しく背中を撫でながら尻尾まで撫でてみた。
「ん〜…ぁあ…♪」
そうすると早乙女先生は嬉しそうに身を捩りながら尻尾を立てた。猫にとって背中や尻尾近くは気持ちいい所らしく、撫でたり軽く叩いたりするともっとやって欲しいのかお尻を上げておねだりする。半分は猫である彼女もどうやら同じらしい。
「…」
ただ、大人の女性がお尻を上げる姿なんて誘ってるとしか見えなくて困ってしまう。それはオレが性欲お盛んな高校生だからだろうか。
「あ、ダメよ黒崎君…私と貴方は教師と生徒なんだから…っ!」
「今そのキャラやんのやめてもらえますか?」
「なんだよぅ、雰囲気出るだろ?」
「腹立たしくなりますね」
もしも彼女の口周りに猫の髭でも生えてたら引っ張っていたかもしれない。
ふと時計を見ると既に一時半を示していた。もうどうやっても帰れない、いや、その気になればできるだろうけど普段のオレならもうそろそろ寝る時刻だ。そのせいか体がやや気だるくなってくる。
オレを見上げていた早乙女先生はそれに気づいたのか体を起こして顔を覗き込んできた。
「ん?黒崎、眠いのか?」
「少し…まぁ、さっき寝てたからそこまでじゃありませんけどね」
「じゃ仕方ないな。寝るか」
そう言って彼女はオレの腕を掴んであるドアの方へと歩いていく。後ろ姿を見せた時に尻尾が片側に引きつけられているのに気づいた。
…なんだっけ。見たことあるこの仕草は猫にとって何を示してたんだっけ。記憶の中から探り出すも引っかかって思い出せない感じだ。確かその光景を見てあやかが切れて猫を投げ捨てたのは覚えてるんだけど…。
早乙女先生はドアを開け、明かりをつける。オレンジがかった明るい光に照らされた部屋の中には一人で寝るには大きすぎるベッドが中央を陣取っていた。壁と一体化しているクローゼットや本棚が傍に置いてある。どうやらここは早乙女先生宅の寝室らしい。
…ん?寝室?
「ちょっと待ってくださいよ早乙女先生」
「ん?何だ?トイレか?」
「いや、そうじゃなくて…ここ寝室ですよね?」
「そうだけどなんだよ?」
「…なんでオレを連れ込もうと?」
早乙女先生の手はしっかりとオレの腕を掴んで離さない。まるで逃げ出さないようにするそれは昼頃、訪ねてきた時と同じだ。家の中に引き込んで念入りに鍵をかけたあの時と同じ。
彼女はにぃっとフランクに笑みを浮かべると嬉しそうに尻尾をぴんと立てた。
「なんだぁ?あたしと一緒に寝るのは嫌なのか?」
「ベッド狭いでしょうが」
「あたしのベッドは二人で寝ても全然平気なんだよ。こういう時のためにダブルを買ってあんの」
「普段一人で寝てて寂しくないんですか?」
「そうだよ、寂しいんだよ。だから慰めろよぅ」
「嫌です」
きっぱり断りをいれて彼女の猫の手から腕を引き抜いた。
「なんだよぅ、こんな可愛い子猫ちゃんが隣で寝てくれるんだぞぅ?」
「嫌です!誰が女豹の隣で寝られますか!」
「女豹って………悪くないな」
「っていうかそもそも自分のクラスの生徒と一緒のベッドに寝るってどういうことかわかってるんですか?早乙女先生」
あえて最後の部分だけを強調した。
先生と生徒。そんな関係でありながら同衾するということがどれほど問題なのかわかってるのか。いや、それを言ったらこうして担任の家に上がり込んでること自体も問題だ。今回は早乙女先生を助けるためという理由で仕方なく来たが、学校外で会うことだって色々とまずいだろうに。
だがそれでも早乙女先生は止まらない。床に座り込みこちらを見上げ、潤んだ瞳で見つめてくる。
「ひ、ひどいわ…先生が一人でこんなに寂しくしてるっていうのに黒崎君は慰めてくれないの?」
「それをやめてください。猫かぶられるとかなりイライラするんですよ」
「先生と生徒のスキンシップだろ?気兼ねすんなよ」
「先生と生徒なら普通同衾したりしませんよ」
「そんな冷たいこと言うなよぅ。あたしと黒崎の仲だろぉ?」
「オレが言いたいこと分かってませんね?」
まったくこの女性はオレよりも年上のくせになんでこうも常識知らずの自由人なんだろう。だだをこね、自分勝手に振舞う姿はまるで子供。これではどちらが大人なのか分からない。
「それなら黒崎はどこで寝るって言うんだよ?うちにはベッド以外に寝られるようなもんないぞ?」
「別にリビングで転がって寝ますよ」
「寒いだろそれ」
「別に寒くないですよ」
「いや、寒いはずだ。だってそれ夏用のジャージだぜ?」
「やたら風通し良く感じるのはそのせいですか!」
畜生、この猫やってくれるじゃないか。
ニタニタとフランクな笑みを浮かべて早乙女先生は体を寄せて来た。その際柔らかな感触が胸板で潰れる。吐息がかかる、そんな位置で彼女は面白そうに囁いた。
「今日は冬並みに冷えるんだってなぁ。それなのにベッドにも入らず夏用のジャージじゃ寒くてかなわないだろぉ?」
「…」
「あたしは黒崎が凍えないように一緒に寝てあげようとしてるんだにゃん♪」
「…その語尾やめてください」
結局のところ、オレは早乙女先生の隣で寝ることとなってしまった。二人で並んでベッドの上に転がり、上から毛布をかける。仰向けでいられず背を向けるように壁へ体を向けていた。
「…」
「…」
オレは何も言わない。早乙女先生も何も言わなかった。
ただ、背を向けるオレにくっつくように体を寄せてくる。肩を掴む手の感触が、背中に触れる胸の柔らかさが、耳元で聞こえる息遣いが、触れ合う肌から伝わる温かさがオレの体から眠気を吹き飛ばしていた。
寝られない。いくらなんでもこんな状況では満足に睡眠を取れるわけがない。担任である女性と同衾しているということもそうだが、こんな至近距離にいられては平静を保つのも一苦労だ。
思わず疲れたようにため息をつくと背中の早乙女先生が身を捩った。
「あったかいな、黒崎は」
「そう、ですか」
「ん、すんごい落ち着く」
そんな風に言ってオレの背中に顔を擦りつける。
猫が見せる独特の行為であるフェイシャルマーキング。それは確か猫が安心するため自分の匂いを擦りつける行為だったはず。その意味は自分のテリトリーという証を残すこと。自分自身のものと主張するための行為。
自分のものだと示す行為。
「…」
それを早乙女先生が分かってやってるはずもないだろうが、きっともう半分の猫の部分がそうさせているんだろう。きっとそうだ、そうに違いない。
そうだと分かっていても背中に感じる柔らかさは冷静な思考を奪っていく。それどころか鼓動は早まり変に緊張してしまう。正直そうだとは思いたくないが…邪な感情を抱きそうになる。
オレだって健全な男子高校生。性欲お盛んな華の十代。この状況で理性と常識で押さえ込むにはあまりにも厳しすぎる。
とりあえず羊でも頭の中で数えてみようか。それとも円周率でも唱えてみようか。なんでもいいから気を紛らわせたい。
そんな風に思っていると後ろの早乙女先生の異変に気づいた。
「…?」
熱い吐息が首筋を撫で、肩を掴む猫の手に力が入る。必要以上に込められたその手はまるで堪えるかのように震えていた。
これは流石に変だろう。あまりにも異常な反応だ。心配になって首だけを動かして彼女の方を見た。
「…早乙女先生?」
「ん?ああ…」
「体調悪そうですけど…大丈夫ですか?」
「いや、それほど悪くないぞ」
そうは言っても触れ合う肌から熱い体温が伝わってくる。まるで風邪でもひいたような異常な熱の上がり方だ。悪くないわけないだろう。
「…なんだか体がむずむずする」
「え?」
「変な感じ…」
「…?」
「…なんていうか…疼くって、いうか」
「っ!」
早乙女先生のその言葉に頭の中に引っかかっていたものがハッキリと確信を持つ。
やたらと甘えたがる仕草に尻尾を撫でると腰を高くあげる行動。甲高く鳴きはしなかったが風呂上がりに見た背中を擦りつけるような動作。さらにはまるで邪魔をしないように片側によっていた尻尾。
それは猫にとって何を意味するのか、それをオレはよく知っている。
『発情期』
どれも発情期の猫の仕草に当てはまる。交尾を迎え入れるための準備。
いや、だけど、そんな…まさか猫の発情がなんだってこんな時に、よりによってオレがいるときに…。
だがそれを早乙女先生は自覚しているのだろうか…いや、猫の発情を人の体で感じているのだからわからないわけがないか。
「早乙女先生…?」
彼女の名を呼ぶとゆっくりと顔をこちらへ近づけて来た。荒くも甘い吐息がかかり、女性らしい甘い香りが鼻腔をくすぐる。
「なぁ、黒崎ぃ」
「はい…?」
そして彼女は熱っぽく囁いた。
「交尾、しようぜ…♪」
指先でなぞられたように背筋がゾクリとする。甘く魅惑的な囁きは本能を滾らせ、一時的に常識を押し流す。自然と早乙女先生の方へと体を向けようとして、慌てて反対側へ転がった。
「ちょっ!何言ってるんですか!!頭おかしいんじゃないですか!!」
「なぁ、いいだろぉ?」
「ダメに決まってるでしょうが!!」
いくら盛っているからとはいえ一時の感情に流されて生徒と教師がそんな関係になっていいわけない。魅力的ではあるが、それでも常識を考えればできるはずもない。
だが早乙女先生はそんなことじゃ引こうとしなかった。
「なら…キスだけでも」
妥協案のつもりだろうか。そうだとしても全然ダメなのだけど。
オレは小さくため息をついた。
「…そういうのがダメって言ってるんですよ」
「キス、だけでいいから…」
それでも彼女は止まらなかった。手に力を込めてずいっと顔を近づけてくる。ほぼ毎日見ている担任は熱にうかされた艶のある表情をしていた。数学を教える凛とした顔ではなく、クラス担任としての明るい表情でなく、素のフランクな笑みでもない、女の顔。
「…」
甘えるように、それでいて求めるように向けてくる瞳に一瞬言葉を失った。その表情に、視線に意志が揺らいだわけではない。なんだかんだで彼女には返しきれない大恩があるからだ。
猫の発情はそう簡単には収まらない。一晩中甲高い声で鳴かれることなんてしばしある。それが一週間から三週間とかなり長く続くのだから彼女の場合もきっと同じだろう。
キスだけで収まるとは思えない。だけど、このまま何もしないでいるのはあまりにもひどいことだ。
…仕方ない、か。
「…キスだけですよ?」
体を早乙女先生の方へと向け、仕方なく言った。その言葉に彼女は静かに頷くと肩をつかみ直し、瞼を閉じてこちらへと顔を近づけてくる。オレも応えるように身を寄せて唇を突き出した。
「…ん♪」
重なり合う唇と唇。今までに感じたことのなかった柔らかさと熱を感じ、自然と瞼が閉じる。
湿った唇が吸い付いては離れないように押し付けられる。そこからは不思議ととろけるような甘い味を感じた。
もう十分だろう、そう思って体を引き、唇を離す。早乙女先生の肩を押しのけるようにしてオレは行為を中断した。
「んあ……ちゅ、んむっ♪」
「んっ!?」
だが早乙女先生は離れようとはせず、むしろもっと深くまで貪るように唇を押し付けた。それだけではなく腕をまわし、足で引き寄せ抱きしめられる。体を離すにも寝転がった状態で、さらには抱きつかれているのでは体に力が入りづらい。それに彼女の今の力はただの女性にしてはやたらと強かった。
「ん、ふ…むぅちゅっ♪」
歯と歯がぶつかり、舌がこじ開けてくる。ねっとりとした唾液とともにざらついた舌がオレの舌をなぞった。舌が絡められ、唾液を啜られ、すぼめた唇が吸い上げる。
あまりにも強く激しく、だけど甘い口づけに意識が朦朧としてくる。気絶しそうなわけじゃなく、逆に感覚が敏感になっていきそうな、常識が流されて本能だけが浮き彫りにされるような感覚だ。
徐々に体から力が抜ける。だというのに気づくと抱きしめられたまま唇を押し付け、自分からも求めるようにキスしていた。
キスだけだとはいったがここまで深いものを許したわけじゃない。だからといって抵抗するにもできやしない。
早乙女先生は変わらず発情した獣のように強く貪り、甘く求めてくる。生徒と教師の関係なんて気にすることもなくただ真っ直ぐに欲してる。
「ん♪…ぷはぁっ」
満足したのかようやく彼女は唇を離した。二人の間に銀色のアーチがかかり、途中で切れたのが暗がりの中でもハッキリとわかった。
あまりにも長く続いたキスに体に力が入らない。ただ単に呼吸ができなかったからなんて理由だけではないだろう。
ぐでっと体から力を抜いたオレを見て早乙女先生はゆっくりと体を起こしていく。見下すように眺める彼女は妖艶に唇を舐めた。
「…早乙女、先生?」
「へへ…っ♪」
潤んだ瞳で見つめる早乙女先生を不審に思って呼びかけると彼女は小さく笑う。そして、猫の手がゆっくりと体を撫でた。
柔らかな肉球が押し付けられ、感触を確かめるように動いていく。やがてその手が徐々に下へと下がってきたとき、オレは飛び退こうとベッドに手をついた。
「ちょっ!早乙女先生!!」
だがそれ以上の速さで、猫のような俊敏さで彼女は上に跨るとさっさとジャージを脱がしていく。あまりの手際の良さに抵抗するのを忘れる程だった。
「待った待った!!これ以上はまずいでしょうが!早乙女先生!!」
一人の男として、健全な男子高校生として本当なら喜んで体を差し出したいのだがそれでも常識は捨てきれない。いくら他の生徒と違って親しい仲だとは言え生徒と教師の関係に変わりはない。
だがそんなことお構いなしに彼女はそっと下腹部を撫で、興奮気味に荒い呼吸を繰り返した。発情期の猫はこんなに積極的に襲いかかってきただろうか。そういえば実家の猫も発情期の時にやたら甘えてきたが、そのあと誘うというよりも自分から積極的に迎え入れようとしてたっけ。あの時はすぐ隣で寝ていたあやかが気づき、外にぶん投げてしまったからすぐに終わったが…もしも、止められなかったら。うちの猫が、早乙女先生のようだったら…今と同じ状況だったのかもしれない。
腰の上に感じる早乙女先生の体の感触。ぐしぐしと交尾をせがむように前後に動かしては小さい声を漏らした。
たったそれだけでも感触が、感覚が、声が、オレから力を奪っていく。極めつけは目の前で甘く囁く、猫の姿。
「なぁ、黒崎ぃ…いいだろぉ♪少しだけ…先っぽだけで我慢するからぁ♪」
「だからこれ以上はもう…っ」
「とか言ってあんたも我慢できないんだろぉ?」
猫の手が先ほどのキスで既に怒張したオレのものへと伸びた。やわやわと刺激するように握りこんでは誘うように筋をなで上げる。初めて自分以外が触れる甘い快楽に思わず息が止まった。
「っ…!」
「こぉんなに固くしやがって…口ではなんだかんだ言っても体は正直だよなぁ♪」
「オヤジ臭いこと言わないでくださいよっ!」
「なぁ、頼むよ…」
先ほどとは一転してしおらしい声に力が緩む。それどころか後ろのだらんと垂れた寂しそうな尻尾を見て抵抗しようと出した手が止まった。
「…っ」
ここまで来て、この状況でそんな表情はあまりにもずるい。
仕方なく手がゆっくりと下がるのを見て早乙女先生は肯定と受け取ったのか自分のきていたパジャマを脱ぎ捨て、オレの上に跨ったまま、一糸まとわぬ姿となった。
明かりをつけていないにもかかわらず彼女の姿はハッキリと瞳に映る。
人間とは違い髪の毛と同じ色の体毛を生やした、細くて華奢な猫の両手足。傷もシミもない綺麗な肌に、豊かな二つの膨らみにつんっと上を向いている先端。ほっそりとしたお腹に小振りな臀部。後ろでは立ったままの尻尾が今の感情をわかりやすく伝えてくる。前髪に混じって揺れるひと筋の白い髪の毛が妖しく見えた。
「…」
「…」
互いに何も言えなかった。それでも触れ合う腰の部分に湿り気を感じる。彼女の方も準備は出来ているということだろう。
オレのものを猫の手で引っつかみ、先端部分をしとどに濡れた女へと押し付ける。あと少し腰を下ろせば入ってしまいそうな、逆にこちらがわずかに突き上げるだけで挿入できそうな位置で彼女はにぃっと笑みを浮かべた。
「入れるぞ…♪」
生徒と教師。
教える者と教わる者の関係を、守らなければいけない一線を、彼女は容易く踏み越えた。
「う、ぁ…!」
「ん、あぁ…黒崎が入ってぇ…♪」
早乙女先生の中は熱くてきつかった。風邪でもあるんじゃないかというほど高く、溶かされてしまいそうなほどの熱。それから入ってきた異物を押し返すような強い締め付け。ぬるぬるに湿った膣内は未経験なオレにはあまりにも刺激が強すぎた。
「あ、はぁぁ…何、辛そうな顔してんだよ、黒崎ぃ♪」
「別に、そんなんじゃ…むっ」
必死に快楽を堪えているところにちろりと唇をざらついた舌が舐めた。それだけでは止まらず口の中まで侵入してくる。自分勝手に、自由奔放に彼女の舌は口内を舐めとり、啜り、舌を絡ませてきた。
必死の抵抗が、捨ててはいけない常識が熱い口づけに溶かされて、甘い快楽に堕ちていく。
気づけばこちらから応えるように舌を絡ませ、欲するように彼女の唇に吸い付いていた。
その間も早乙女先生は止まらない。湿ったいやらしい音が結合部から漏れては頭の中が真っ白になるような快感を弾き出した。
「ん、ぁ…♪あ、ああ♪すっげ、気持ちいぃ♪」
「ちょっと、ほんとに、待って…」
唇を離した早乙女先生は恍惚とした表情を浮かべて腰をふる。同時にたわわな膨らみが揺れ、挑発的な瞳を向け両手を付いては甘い声を降らせて淫らに動く。そのたび膣壁が喜んで締め付け、熱い粘液がうねりながらとぐろをまいた。
ゆっくりと彼女が腰を前後させるたびに愛液が溢れ、動きが徐々にスムーズになっていく。それにつれて肉と肉のぶつかり合う音が部屋に大きく響いた。
先端には周りの柔肉と違う感触の何かが押し付けられる。絞るように吸い付いては触れた途端に早乙女先生が甘い声を漏らした。
クラスの担任がオレの上で腰を振り、あられもない淫らな姿を見せつけている。そんな背徳感がさらに高みへと押し上げてくる。
「早乙女、せんせ…っ!」
「こんな時まで先生いうなよ、んん♪名前で、呼べっぁ♪」
「えっ…じゃ、結衣っ!激しすぎるって…!!」
そう言うと彼女はにぃっといやらしい笑みを浮かべて顔を近づけてきた。後ろの尻尾は嬉しそうにぴんっと垂直に立っている。
「んなこと言って、自分から動いてるくせによぉ♪」
その言葉通りにいつの間にか自分からも腰を振っていた。理性とは関係なく本能だけが勝手に体を突き動かしては彼女と同じように快楽を欲して止まらない。
狭い膣内を無理やりかき分けるように押入れるとその感覚に喜ぶように彼女の中はわなわな収縮し絡みついてくる。
求めてはいけない、溺れてはいけないと刻みつけていたのも束の間、動物のような荒々しい性交の快楽の前にはそんな矜持はもたなかった。
激しく、強く、深く交わる。生徒と教師なんてもう関係なく獣のように互いを貪る。ここにいるのは獣のオスとメスだけだ。
ただそれでも限界は近づいてくる。オレは早乙女先生を押しのけようと下から腰を突き上げた。
「あんっ♪なんだぁ?まだ激しくして欲しいって、ん♪いうのかよ♪」
「ちがっ!」
限界が近いが上に跨られては抵抗しようがない。撥ね退けようにも押さえつける力は女性のそれではなかった。それになにより激しく叩き込まれる快感に抵抗の意志さえ削ぎ落とされていく。
「へっへ♪」
そして一段といやらしい笑みを浮かべた猫はまるで止めのように高く上げた腰を一気におろしてきた。
「んくっ!!」
「おぉああああああああっ♪」
次の瞬間今まで溜まった欲望が何にも遮られることなく早乙女先生の中へと流れ込んでいく。その感覚に彼女も達したのか大きく体を反らし、獣のような声を上げて痙攣させた。それにともない早乙女先生の膣内はすぼまり、子宮口が搾り取るように吸い付いてくる。
「あぁああぁぁ、はぁぁ…黒崎ぃ…何担任の中で出してんだぁ?」
絶頂の余韻に未だに体の痙攣がひかない早乙女先生だが、口でそうは言っても顔はニヤニヤと笑みを浮かべている。ただしいつも浮かべているフランクな笑みじゃない。顔は真っ赤で瞳を潤ませ、だけどもいやらしく唇を舐めるその顔は猫というよりも豹のそれ。
「こりゃ教師としてきちんと教育してやらねぇとなぁ♪」
「な、何するつもりですか?」
「そぉだな…とりあえずはもう一回交尾付き合ってもらおうか♪」
「あんた、それでも教師か…っ!!」
結局あの後何度体を重ねたのか覚えていない。最後の方ではもう一方的な搾取だったような気がする。いや、全体的に一方的だったか。
オレは疲れたようにうつ伏せでベッドに倒れていた。隣には同じようにうつ伏せで、だけどもこちらを見て笑う先程まで体を交えていた相手がいた。
「へっへぇ♪なんだかんだで黒崎も好きだねぇ♪あたしの腹ん中あんたの精液でいっぱいだぜ?」
「もうお婿に行けなくなるかと思いましたよ」
「なんだよ生娘みたいなこといいやがって。こんな美人の処女貰えたんだから喜べよぅ」
「……は?何嘘言ってるんですか?」
「嘘じゃねぇよ!…ったく、だったら毛布まくってみろよ。血のあとあるからな」
その言葉に毛布をまくり腰のあたりを見てみる。僅かな部屋明かりでも彼女の言うとおり確かに赤い跡が見えた。
「…ってことはその歳でおぼこだったんですね」
「へん、言ってろ。もうおぼこじゃねぇよ」
ニヤニヤ笑う姿はいつもの早乙女先生まんまだ。ただ、猫耳はついたままだけど。
「…耳消えたりしないんですかね?」
「ん?ああ。多分一生このままだろぉな。あの白髪女にはそんな感じで言われたし」
「…」
「…なぁに黒崎がそんな顔してんだよ。心配してくれてんのは嬉しいけど、そんなあんたが気に病むような問題じゃないんだ。そ・れ・に」
ずいっと早乙女先生は顔を近づけてきた。鼻先がふれあいそうな距離、香水ではない甘い匂いが鼻腔をくすぐる。
「もしもの時はあたしをもらってくれるんだろ?」
「………え?そんなこと言ってませんけど?」
「…ほんっとに冷たいねぇ、黒崎は。そこは世辞でもいいからもらってやるって言うもんだぞ」
「……」
オレは小さくため息をついた。
結局のところ早乙女先生は猫になろうと変わらない。以前も、そしてこれからも。
頭が痛くなるほど疲れるだろうが、こんな女性に付き合える人はそうそういないだろう。
「…考えておきますよ」
呆れたように、疲れたように、それでもオレは笑みを浮かべて早乙女先生にそう言った。
その言葉に彼女は心底楽しそうに笑う。後ろの尻尾も喜ぶようにぴんっと立っていた。
「おいおい黒崎ぃ。そこは考えとくじゃなくてもらうってはっきり言えよぅ」
「考えるだけマシでしょうが」
照れくさくて逃げるように距離を置く。だけども当然と言わんばかりに彼女は体を寄せて、それどころか抱きしめてきた。
「…熱苦しいんで離れてもらえますか?」
「別に今更だろ?恥ずかしがんなよ」
「熱苦しいって言ってるんですよ」
「なんだよぅ、冷たくしないでくれよぅ…猫は寂しくされると死ぬんだぞ?」
「それ兎です」
そんな風に言っても早乙女先生は体をすり寄せ温まるように抱きしめてくる。ここまでされては抜け出すことはできなくないが、今の彼女の力に対抗するとかなり荒くなってしまう。女性相手、それも担任、さらにいえば先程まで体を交えた人にそんなことは流石にできない。
「…まったく、仕方ないですね」
こちらからも抱き返すように腕をまわす。そうすると早乙女先生は嬉しそうにうなり、胸板に顔を擦りつけてくる。しばらくはそのままにしておいたのだが徐々に動きが鈍り、止まった。
「…早乙女先生?」
彼女の名前を呼ぶが無反応。試しに頬を撫でるがそれでも特になにもしない。どうやら寝入ってしまったらしい。先程まであれだけ激しいことをしていたのだから眠くなるのも仕方ないか。実際オレも体はだるく、瞼も重たくなってきている。
「…おやすみなさい」
目の前で眠る早乙女先生の顔を少し見つめて、オレも彼女と同じように眠りについた。
―HAPPY END―
「ねぇ、早乙女先生。色々と聞きたいんだけど…この前どうしてゆうたがあんたの家に泊まってきたの?うちの弟に何かした?」
「い、いや、別に…」
「…実は帰ってきたゆうたの荷物の中に爪切り入ってたんだ。それも猫用の」
「…」
「もしかして、猫でも飼い始めた?」
「そ、そうなんだよ!流石にあたしも一人暮らしは寂しいからさ猫買うことにしたんだよ!それでゆうたが猫飼ってるって言ったから助けてもらったんだ!!」
「ふぅん…?」
「…なぁ、あやか」
「何?早乙女先生」
「…猫、欲しくないか?」
「いらない。あたし兎は好きだけど猫は嫌いなの」
「…」
「それにお父さんの実家に一匹面倒くさいメスいるし。毎日が発情期みたいににゃんにゃん鳴いてるうるさい灰色頭のおバカもいるし」
「…」
「それに、猫かぶってる猫はもっとやだな」
「そ、そうか…」
「早乙女先生はもっとやだ」
「なんでだよぅ。こんな美人な先生嫌うなよぅ」
「ならその美人な先生、ゆうたの荷物の中に『婚姻届』なんてくだらない紙切れ入っていたんですけどどういうことですか?」
「…えっ!?なんでそれ…しまっといたはずなのに…っ!!」
「多方寝てる隙に血判取ったんだろうけど、それを警戒しないほどうちの弟は馬鹿じゃないみたいですね」
「…」
「で、早乙女先生。何か言いたいことはありますか?」
「…」
「…」
「…にゃ」
「にゃ?」
「許して欲しいにゃん♪」
「歯ァ食いしばってください、このどら猫」
それは中学時代から関わりのある女性だが、あの時はそれほど親しい仲ではなかった。ただの担任と生徒、それだけの関係だった。クラスで顔を合わせ、生徒と教師の良好な関係を続ける。学び、質問し、発表しては黒板に書かれたものを写す。ときに雑談を挟んだり、冗談を言ったりと女性の先生にしては付き合いやすい人だった。
それでも別段仲が良かったわけではない。こうして自宅に招かれることだって本来ならなかったし、早乙女先生と二人っきりで話すようなことは進路指導ぐらいだった。
あの時までは。
中学校卒業間近、他の生徒も皆進学先を決定し、後は準備や合否の結果を待つだけのとき。その日は授業もなく合格が決まってる人だけで掃除をしていた時だった。
オレも先に合格を決めて皆と一緒に掃除をしていた、はずだった。
本来ならば。
「なぁにこんなところで腐ってんだよ、黒崎ィ」
「…なんですか、早乙女先生」
体育館裏、誰も来やしない静かな場所でただぼけーとしていたオレに声をかけてきたのはフランクな笑みを浮かべる早乙女先生だった。
「別に今は授業なんてない時期だし、皆ただ掃除してるだけじゃないですか。一人いなくなっても大差ありませんよ。それに先生は皆見てないといけないんじゃ?」
「別にあたしがいなくてもやってくれるし。それにだりぃよ」
「あんたそれでも教師か」
そう言って彼女は静かにオレの隣に腰を下ろした。鬱陶しく思い、距離を取るように一歩横へずれると彼女もまた一歩ずれる。さらに一歩進めばまた一歩。それどころか足を止めても近づいてくる。
これ以上端のほうへと行けば体育館の周辺を掃除している奴らに見つかってしまう。仕方なくオレはその場に留まることとなり、隣に早乙女先生が座ることとなった。
「…………なぁ、黒崎ィ」
何も言うことなくじっとして、嫌ではないが良くもない沈黙を破ったのは早乙女先生だった。こちらは顔を向けることなくただ上を見上げながら返事をする。
「何ですか?」
「あたしは別にあんたがしたことは間違っちゃいないと思うぜ?」
「…何ですか急に」
「いや、あんたがすごい落ち込んだ顔してたからさ」
「……オレはやりたくてやっただけですよ。高校には合格取り消しされちゃいましたけど」
「酷いもんだ」
「別に。高校行かなくても働けますし」
吐き捨てるようにそう言ったオレに対して早乙女先生は一瞬だけ、ほんの一瞬だけいつもとは違う表情をしたっけ。普段は楽しそうに笑ってるあのダメ教師をあんな顔にさせたのだから、あの時のオレは傍から見るとそうとう落ち込んでいたのだろう。
「…なぁ、どうだよ黒崎。あんたの成績それなりにいいから、狙ってたとここよりも下になるけどそれでも行ける高校沢山あるんだ。問題起こしたことで多少制限つけられるかもしれないけど、行ってみないか?」
「…制限って例えば何ですか?」
「そうだなぁ…あたしが監視役として黒崎の担任になるとか」
「嫌ですね」
「おぅ、言ってくれるねぇ」
そう言っていつものように笑い、彼女は立ち上がってオレを見た。
「胸を張りなよ、黒崎。あんたは間違っちゃいなかった。あやかも無事だった。世間様は冷たいけどそれでもあたしはあんたの味方になってやるよ」
「…」
「どうだぁ、あたしかっこいいだろぉ?」
「…それ言っちゃダメじゃないですか」
なんだかんだであの女性には返しきれない恩がある。今こうして高校に通えるのも、これから先まっとうな人生をやっていけるのも早乙女先生のおかげといっていい。あの頃の早乙女先生には感謝してもしきれないだろう。あの頃の早乙女先生には。
だというのに…。
なんで今はあんなふうになっちゃったんだろう。中学時代の頃はまぁ、問題はあったが今ほどでもないし、少し荒いけどちゃんとした先生だったのに。あんな婚姻届出して迫ってくるような女性じゃなかったのに。
それを言うとうちの師匠も同じだ。彼女も同様で早乙女先生と同じように助けてもらったのだが、あの人もあの人で昔は凛としてクールな感じだった。
人っていうのはいや、女性っていうのは時間の経過と共に大きく変わってしまうのだろうか。
天井から雫の垂れる音にハッとする。体がだるく、お湯に沈みそうになっている状態からしてどうやら少し眠りこけていたらしい。
眠気を払うように湯を掬って顔を洗うと脱衣所から聞こえる物音に気づいた。
「黒崎ぃ、ジャージここに置いとくぞ」
「はーい」
「下着も置いとくからな」
「はーい?」
脱衣所に出ると畳まれたジャージとタオルを見つけた。体を拭いてジャージを広げてみるとサイズはちょうど良さそうだ。藍色とピンク色の、いかにも女性が着そうなデザイン。というか、女性の家に男性用の服があるわけないか。
でもこれ体育祭に早乙女先生が着てるの見たな…。この際四の五の言ってられないから仕方ないか。
「…」
だけど、どうしてだろうか。ジャージの下から現れたのはこの家で既に目にしたものだった。黒色でまるで水着のような形をしたそれは早乙女先生の下着だった。
「…冗談でもやめてくれよ」
別にこの程度、いつも家事をしているオレにとっては毎日目にするから特に珍しくもない。
疲れたようにため息をつき、洗濯かごの中に突っ込んでオレは脱衣所を出た。
「…」
「おぅ、上がったのか」
風呂から上がると早乙女先生は床に背中を擦りつけるように転がっていた。オレが来たのに気づくと四つん這いになって嬉しそうにこちらへ近づいてくる。後ろで尻尾がぴんっと立っている様子がもうまんま構って欲しい、甘やかして欲しいとねだる猫だ。
「やっぱ二人だといいなぁ」
「それ以上こっち来ないでください」
「なんだよぅ、こんな可愛らしい子猫ちゃんと二人きりだぞ?喜べよ」
「子猫じゃなくて成猫でしょうが」
「にゃぁん♪」
「うわぁ…」
「…だから引くなって」
仕方なく顎をくすぐるとごろにゃんと猫なで声で早乙女先生は喜んだ。首や頭と撫でて欲しい部分を押し付けるように体をすり寄せてくる。昼間も甘えてきたが、夜中は一段とひっついてくる。まったくこの女性はどこまで猫になってしまったのだろう。
「ほらほら〜」
「んん〜♪」
なんだか、随分と甘えてくる。ただ単に構って欲しいのとはまた違う感じだ。その愛らしい行動にどうしてか違和感を覚えずにいられない。
なんだったか…なんか、頭の隅で引っかかる。
試しに尻尾でも撫でてみようか。実家の猫にいきなりやったら顔面引っ掻かれたけど早乙女先生は半分人なんだし平気だろう。そんな風に思って指先でなぞるように触れてみた。
「んひゃっ?!」
「おわっ!」
一瞬体がびくりと震えた。それを見て思わず手を離す。どうやら猫同様に敏感な部分だったらしい。
「い、いきなり変なとこ撫でんなよ………感じるだろ」
「そういう冗談はやめてください」
無駄に頬を染めて言わないでもらいたい。
今度はあまり刺激しないように優しく背中を撫でながら尻尾まで撫でてみた。
「ん〜…ぁあ…♪」
そうすると早乙女先生は嬉しそうに身を捩りながら尻尾を立てた。猫にとって背中や尻尾近くは気持ちいい所らしく、撫でたり軽く叩いたりするともっとやって欲しいのかお尻を上げておねだりする。半分は猫である彼女もどうやら同じらしい。
「…」
ただ、大人の女性がお尻を上げる姿なんて誘ってるとしか見えなくて困ってしまう。それはオレが性欲お盛んな高校生だからだろうか。
「あ、ダメよ黒崎君…私と貴方は教師と生徒なんだから…っ!」
「今そのキャラやんのやめてもらえますか?」
「なんだよぅ、雰囲気出るだろ?」
「腹立たしくなりますね」
もしも彼女の口周りに猫の髭でも生えてたら引っ張っていたかもしれない。
ふと時計を見ると既に一時半を示していた。もうどうやっても帰れない、いや、その気になればできるだろうけど普段のオレならもうそろそろ寝る時刻だ。そのせいか体がやや気だるくなってくる。
オレを見上げていた早乙女先生はそれに気づいたのか体を起こして顔を覗き込んできた。
「ん?黒崎、眠いのか?」
「少し…まぁ、さっき寝てたからそこまでじゃありませんけどね」
「じゃ仕方ないな。寝るか」
そう言って彼女はオレの腕を掴んであるドアの方へと歩いていく。後ろ姿を見せた時に尻尾が片側に引きつけられているのに気づいた。
…なんだっけ。見たことあるこの仕草は猫にとって何を示してたんだっけ。記憶の中から探り出すも引っかかって思い出せない感じだ。確かその光景を見てあやかが切れて猫を投げ捨てたのは覚えてるんだけど…。
早乙女先生はドアを開け、明かりをつける。オレンジがかった明るい光に照らされた部屋の中には一人で寝るには大きすぎるベッドが中央を陣取っていた。壁と一体化しているクローゼットや本棚が傍に置いてある。どうやらここは早乙女先生宅の寝室らしい。
…ん?寝室?
「ちょっと待ってくださいよ早乙女先生」
「ん?何だ?トイレか?」
「いや、そうじゃなくて…ここ寝室ですよね?」
「そうだけどなんだよ?」
「…なんでオレを連れ込もうと?」
早乙女先生の手はしっかりとオレの腕を掴んで離さない。まるで逃げ出さないようにするそれは昼頃、訪ねてきた時と同じだ。家の中に引き込んで念入りに鍵をかけたあの時と同じ。
彼女はにぃっとフランクに笑みを浮かべると嬉しそうに尻尾をぴんと立てた。
「なんだぁ?あたしと一緒に寝るのは嫌なのか?」
「ベッド狭いでしょうが」
「あたしのベッドは二人で寝ても全然平気なんだよ。こういう時のためにダブルを買ってあんの」
「普段一人で寝てて寂しくないんですか?」
「そうだよ、寂しいんだよ。だから慰めろよぅ」
「嫌です」
きっぱり断りをいれて彼女の猫の手から腕を引き抜いた。
「なんだよぅ、こんな可愛い子猫ちゃんが隣で寝てくれるんだぞぅ?」
「嫌です!誰が女豹の隣で寝られますか!」
「女豹って………悪くないな」
「っていうかそもそも自分のクラスの生徒と一緒のベッドに寝るってどういうことかわかってるんですか?早乙女先生」
あえて最後の部分だけを強調した。
先生と生徒。そんな関係でありながら同衾するということがどれほど問題なのかわかってるのか。いや、それを言ったらこうして担任の家に上がり込んでること自体も問題だ。今回は早乙女先生を助けるためという理由で仕方なく来たが、学校外で会うことだって色々とまずいだろうに。
だがそれでも早乙女先生は止まらない。床に座り込みこちらを見上げ、潤んだ瞳で見つめてくる。
「ひ、ひどいわ…先生が一人でこんなに寂しくしてるっていうのに黒崎君は慰めてくれないの?」
「それをやめてください。猫かぶられるとかなりイライラするんですよ」
「先生と生徒のスキンシップだろ?気兼ねすんなよ」
「先生と生徒なら普通同衾したりしませんよ」
「そんな冷たいこと言うなよぅ。あたしと黒崎の仲だろぉ?」
「オレが言いたいこと分かってませんね?」
まったくこの女性はオレよりも年上のくせになんでこうも常識知らずの自由人なんだろう。だだをこね、自分勝手に振舞う姿はまるで子供。これではどちらが大人なのか分からない。
「それなら黒崎はどこで寝るって言うんだよ?うちにはベッド以外に寝られるようなもんないぞ?」
「別にリビングで転がって寝ますよ」
「寒いだろそれ」
「別に寒くないですよ」
「いや、寒いはずだ。だってそれ夏用のジャージだぜ?」
「やたら風通し良く感じるのはそのせいですか!」
畜生、この猫やってくれるじゃないか。
ニタニタとフランクな笑みを浮かべて早乙女先生は体を寄せて来た。その際柔らかな感触が胸板で潰れる。吐息がかかる、そんな位置で彼女は面白そうに囁いた。
「今日は冬並みに冷えるんだってなぁ。それなのにベッドにも入らず夏用のジャージじゃ寒くてかなわないだろぉ?」
「…」
「あたしは黒崎が凍えないように一緒に寝てあげようとしてるんだにゃん♪」
「…その語尾やめてください」
結局のところ、オレは早乙女先生の隣で寝ることとなってしまった。二人で並んでベッドの上に転がり、上から毛布をかける。仰向けでいられず背を向けるように壁へ体を向けていた。
「…」
「…」
オレは何も言わない。早乙女先生も何も言わなかった。
ただ、背を向けるオレにくっつくように体を寄せてくる。肩を掴む手の感触が、背中に触れる胸の柔らかさが、耳元で聞こえる息遣いが、触れ合う肌から伝わる温かさがオレの体から眠気を吹き飛ばしていた。
寝られない。いくらなんでもこんな状況では満足に睡眠を取れるわけがない。担任である女性と同衾しているということもそうだが、こんな至近距離にいられては平静を保つのも一苦労だ。
思わず疲れたようにため息をつくと背中の早乙女先生が身を捩った。
「あったかいな、黒崎は」
「そう、ですか」
「ん、すんごい落ち着く」
そんな風に言ってオレの背中に顔を擦りつける。
猫が見せる独特の行為であるフェイシャルマーキング。それは確か猫が安心するため自分の匂いを擦りつける行為だったはず。その意味は自分のテリトリーという証を残すこと。自分自身のものと主張するための行為。
自分のものだと示す行為。
「…」
それを早乙女先生が分かってやってるはずもないだろうが、きっともう半分の猫の部分がそうさせているんだろう。きっとそうだ、そうに違いない。
そうだと分かっていても背中に感じる柔らかさは冷静な思考を奪っていく。それどころか鼓動は早まり変に緊張してしまう。正直そうだとは思いたくないが…邪な感情を抱きそうになる。
オレだって健全な男子高校生。性欲お盛んな華の十代。この状況で理性と常識で押さえ込むにはあまりにも厳しすぎる。
とりあえず羊でも頭の中で数えてみようか。それとも円周率でも唱えてみようか。なんでもいいから気を紛らわせたい。
そんな風に思っていると後ろの早乙女先生の異変に気づいた。
「…?」
熱い吐息が首筋を撫で、肩を掴む猫の手に力が入る。必要以上に込められたその手はまるで堪えるかのように震えていた。
これは流石に変だろう。あまりにも異常な反応だ。心配になって首だけを動かして彼女の方を見た。
「…早乙女先生?」
「ん?ああ…」
「体調悪そうですけど…大丈夫ですか?」
「いや、それほど悪くないぞ」
そうは言っても触れ合う肌から熱い体温が伝わってくる。まるで風邪でもひいたような異常な熱の上がり方だ。悪くないわけないだろう。
「…なんだか体がむずむずする」
「え?」
「変な感じ…」
「…?」
「…なんていうか…疼くって、いうか」
「っ!」
早乙女先生のその言葉に頭の中に引っかかっていたものがハッキリと確信を持つ。
やたらと甘えたがる仕草に尻尾を撫でると腰を高くあげる行動。甲高く鳴きはしなかったが風呂上がりに見た背中を擦りつけるような動作。さらにはまるで邪魔をしないように片側によっていた尻尾。
それは猫にとって何を意味するのか、それをオレはよく知っている。
『発情期』
どれも発情期の猫の仕草に当てはまる。交尾を迎え入れるための準備。
いや、だけど、そんな…まさか猫の発情がなんだってこんな時に、よりによってオレがいるときに…。
だがそれを早乙女先生は自覚しているのだろうか…いや、猫の発情を人の体で感じているのだからわからないわけがないか。
「早乙女先生…?」
彼女の名を呼ぶとゆっくりと顔をこちらへ近づけて来た。荒くも甘い吐息がかかり、女性らしい甘い香りが鼻腔をくすぐる。
「なぁ、黒崎ぃ」
「はい…?」
そして彼女は熱っぽく囁いた。
「交尾、しようぜ…♪」
指先でなぞられたように背筋がゾクリとする。甘く魅惑的な囁きは本能を滾らせ、一時的に常識を押し流す。自然と早乙女先生の方へと体を向けようとして、慌てて反対側へ転がった。
「ちょっ!何言ってるんですか!!頭おかしいんじゃないですか!!」
「なぁ、いいだろぉ?」
「ダメに決まってるでしょうが!!」
いくら盛っているからとはいえ一時の感情に流されて生徒と教師がそんな関係になっていいわけない。魅力的ではあるが、それでも常識を考えればできるはずもない。
だが早乙女先生はそんなことじゃ引こうとしなかった。
「なら…キスだけでも」
妥協案のつもりだろうか。そうだとしても全然ダメなのだけど。
オレは小さくため息をついた。
「…そういうのがダメって言ってるんですよ」
「キス、だけでいいから…」
それでも彼女は止まらなかった。手に力を込めてずいっと顔を近づけてくる。ほぼ毎日見ている担任は熱にうかされた艶のある表情をしていた。数学を教える凛とした顔ではなく、クラス担任としての明るい表情でなく、素のフランクな笑みでもない、女の顔。
「…」
甘えるように、それでいて求めるように向けてくる瞳に一瞬言葉を失った。その表情に、視線に意志が揺らいだわけではない。なんだかんだで彼女には返しきれない大恩があるからだ。
猫の発情はそう簡単には収まらない。一晩中甲高い声で鳴かれることなんてしばしある。それが一週間から三週間とかなり長く続くのだから彼女の場合もきっと同じだろう。
キスだけで収まるとは思えない。だけど、このまま何もしないでいるのはあまりにもひどいことだ。
…仕方ない、か。
「…キスだけですよ?」
体を早乙女先生の方へと向け、仕方なく言った。その言葉に彼女は静かに頷くと肩をつかみ直し、瞼を閉じてこちらへと顔を近づけてくる。オレも応えるように身を寄せて唇を突き出した。
「…ん♪」
重なり合う唇と唇。今までに感じたことのなかった柔らかさと熱を感じ、自然と瞼が閉じる。
湿った唇が吸い付いては離れないように押し付けられる。そこからは不思議ととろけるような甘い味を感じた。
もう十分だろう、そう思って体を引き、唇を離す。早乙女先生の肩を押しのけるようにしてオレは行為を中断した。
「んあ……ちゅ、んむっ♪」
「んっ!?」
だが早乙女先生は離れようとはせず、むしろもっと深くまで貪るように唇を押し付けた。それだけではなく腕をまわし、足で引き寄せ抱きしめられる。体を離すにも寝転がった状態で、さらには抱きつかれているのでは体に力が入りづらい。それに彼女の今の力はただの女性にしてはやたらと強かった。
「ん、ふ…むぅちゅっ♪」
歯と歯がぶつかり、舌がこじ開けてくる。ねっとりとした唾液とともにざらついた舌がオレの舌をなぞった。舌が絡められ、唾液を啜られ、すぼめた唇が吸い上げる。
あまりにも強く激しく、だけど甘い口づけに意識が朦朧としてくる。気絶しそうなわけじゃなく、逆に感覚が敏感になっていきそうな、常識が流されて本能だけが浮き彫りにされるような感覚だ。
徐々に体から力が抜ける。だというのに気づくと抱きしめられたまま唇を押し付け、自分からも求めるようにキスしていた。
キスだけだとはいったがここまで深いものを許したわけじゃない。だからといって抵抗するにもできやしない。
早乙女先生は変わらず発情した獣のように強く貪り、甘く求めてくる。生徒と教師の関係なんて気にすることもなくただ真っ直ぐに欲してる。
「ん♪…ぷはぁっ」
満足したのかようやく彼女は唇を離した。二人の間に銀色のアーチがかかり、途中で切れたのが暗がりの中でもハッキリとわかった。
あまりにも長く続いたキスに体に力が入らない。ただ単に呼吸ができなかったからなんて理由だけではないだろう。
ぐでっと体から力を抜いたオレを見て早乙女先生はゆっくりと体を起こしていく。見下すように眺める彼女は妖艶に唇を舐めた。
「…早乙女、先生?」
「へへ…っ♪」
潤んだ瞳で見つめる早乙女先生を不審に思って呼びかけると彼女は小さく笑う。そして、猫の手がゆっくりと体を撫でた。
柔らかな肉球が押し付けられ、感触を確かめるように動いていく。やがてその手が徐々に下へと下がってきたとき、オレは飛び退こうとベッドに手をついた。
「ちょっ!早乙女先生!!」
だがそれ以上の速さで、猫のような俊敏さで彼女は上に跨るとさっさとジャージを脱がしていく。あまりの手際の良さに抵抗するのを忘れる程だった。
「待った待った!!これ以上はまずいでしょうが!早乙女先生!!」
一人の男として、健全な男子高校生として本当なら喜んで体を差し出したいのだがそれでも常識は捨てきれない。いくら他の生徒と違って親しい仲だとは言え生徒と教師の関係に変わりはない。
だがそんなことお構いなしに彼女はそっと下腹部を撫で、興奮気味に荒い呼吸を繰り返した。発情期の猫はこんなに積極的に襲いかかってきただろうか。そういえば実家の猫も発情期の時にやたら甘えてきたが、そのあと誘うというよりも自分から積極的に迎え入れようとしてたっけ。あの時はすぐ隣で寝ていたあやかが気づき、外にぶん投げてしまったからすぐに終わったが…もしも、止められなかったら。うちの猫が、早乙女先生のようだったら…今と同じ状況だったのかもしれない。
腰の上に感じる早乙女先生の体の感触。ぐしぐしと交尾をせがむように前後に動かしては小さい声を漏らした。
たったそれだけでも感触が、感覚が、声が、オレから力を奪っていく。極めつけは目の前で甘く囁く、猫の姿。
「なぁ、黒崎ぃ…いいだろぉ♪少しだけ…先っぽだけで我慢するからぁ♪」
「だからこれ以上はもう…っ」
「とか言ってあんたも我慢できないんだろぉ?」
猫の手が先ほどのキスで既に怒張したオレのものへと伸びた。やわやわと刺激するように握りこんでは誘うように筋をなで上げる。初めて自分以外が触れる甘い快楽に思わず息が止まった。
「っ…!」
「こぉんなに固くしやがって…口ではなんだかんだ言っても体は正直だよなぁ♪」
「オヤジ臭いこと言わないでくださいよっ!」
「なぁ、頼むよ…」
先ほどとは一転してしおらしい声に力が緩む。それどころか後ろのだらんと垂れた寂しそうな尻尾を見て抵抗しようと出した手が止まった。
「…っ」
ここまで来て、この状況でそんな表情はあまりにもずるい。
仕方なく手がゆっくりと下がるのを見て早乙女先生は肯定と受け取ったのか自分のきていたパジャマを脱ぎ捨て、オレの上に跨ったまま、一糸まとわぬ姿となった。
明かりをつけていないにもかかわらず彼女の姿はハッキリと瞳に映る。
人間とは違い髪の毛と同じ色の体毛を生やした、細くて華奢な猫の両手足。傷もシミもない綺麗な肌に、豊かな二つの膨らみにつんっと上を向いている先端。ほっそりとしたお腹に小振りな臀部。後ろでは立ったままの尻尾が今の感情をわかりやすく伝えてくる。前髪に混じって揺れるひと筋の白い髪の毛が妖しく見えた。
「…」
「…」
互いに何も言えなかった。それでも触れ合う腰の部分に湿り気を感じる。彼女の方も準備は出来ているということだろう。
オレのものを猫の手で引っつかみ、先端部分をしとどに濡れた女へと押し付ける。あと少し腰を下ろせば入ってしまいそうな、逆にこちらがわずかに突き上げるだけで挿入できそうな位置で彼女はにぃっと笑みを浮かべた。
「入れるぞ…♪」
生徒と教師。
教える者と教わる者の関係を、守らなければいけない一線を、彼女は容易く踏み越えた。
「う、ぁ…!」
「ん、あぁ…黒崎が入ってぇ…♪」
早乙女先生の中は熱くてきつかった。風邪でもあるんじゃないかというほど高く、溶かされてしまいそうなほどの熱。それから入ってきた異物を押し返すような強い締め付け。ぬるぬるに湿った膣内は未経験なオレにはあまりにも刺激が強すぎた。
「あ、はぁぁ…何、辛そうな顔してんだよ、黒崎ぃ♪」
「別に、そんなんじゃ…むっ」
必死に快楽を堪えているところにちろりと唇をざらついた舌が舐めた。それだけでは止まらず口の中まで侵入してくる。自分勝手に、自由奔放に彼女の舌は口内を舐めとり、啜り、舌を絡ませてきた。
必死の抵抗が、捨ててはいけない常識が熱い口づけに溶かされて、甘い快楽に堕ちていく。
気づけばこちらから応えるように舌を絡ませ、欲するように彼女の唇に吸い付いていた。
その間も早乙女先生は止まらない。湿ったいやらしい音が結合部から漏れては頭の中が真っ白になるような快感を弾き出した。
「ん、ぁ…♪あ、ああ♪すっげ、気持ちいぃ♪」
「ちょっと、ほんとに、待って…」
唇を離した早乙女先生は恍惚とした表情を浮かべて腰をふる。同時にたわわな膨らみが揺れ、挑発的な瞳を向け両手を付いては甘い声を降らせて淫らに動く。そのたび膣壁が喜んで締め付け、熱い粘液がうねりながらとぐろをまいた。
ゆっくりと彼女が腰を前後させるたびに愛液が溢れ、動きが徐々にスムーズになっていく。それにつれて肉と肉のぶつかり合う音が部屋に大きく響いた。
先端には周りの柔肉と違う感触の何かが押し付けられる。絞るように吸い付いては触れた途端に早乙女先生が甘い声を漏らした。
クラスの担任がオレの上で腰を振り、あられもない淫らな姿を見せつけている。そんな背徳感がさらに高みへと押し上げてくる。
「早乙女、せんせ…っ!」
「こんな時まで先生いうなよ、んん♪名前で、呼べっぁ♪」
「えっ…じゃ、結衣っ!激しすぎるって…!!」
そう言うと彼女はにぃっといやらしい笑みを浮かべて顔を近づけてきた。後ろの尻尾は嬉しそうにぴんっと垂直に立っている。
「んなこと言って、自分から動いてるくせによぉ♪」
その言葉通りにいつの間にか自分からも腰を振っていた。理性とは関係なく本能だけが勝手に体を突き動かしては彼女と同じように快楽を欲して止まらない。
狭い膣内を無理やりかき分けるように押入れるとその感覚に喜ぶように彼女の中はわなわな収縮し絡みついてくる。
求めてはいけない、溺れてはいけないと刻みつけていたのも束の間、動物のような荒々しい性交の快楽の前にはそんな矜持はもたなかった。
激しく、強く、深く交わる。生徒と教師なんてもう関係なく獣のように互いを貪る。ここにいるのは獣のオスとメスだけだ。
ただそれでも限界は近づいてくる。オレは早乙女先生を押しのけようと下から腰を突き上げた。
「あんっ♪なんだぁ?まだ激しくして欲しいって、ん♪いうのかよ♪」
「ちがっ!」
限界が近いが上に跨られては抵抗しようがない。撥ね退けようにも押さえつける力は女性のそれではなかった。それになにより激しく叩き込まれる快感に抵抗の意志さえ削ぎ落とされていく。
「へっへ♪」
そして一段といやらしい笑みを浮かべた猫はまるで止めのように高く上げた腰を一気におろしてきた。
「んくっ!!」
「おぉああああああああっ♪」
次の瞬間今まで溜まった欲望が何にも遮られることなく早乙女先生の中へと流れ込んでいく。その感覚に彼女も達したのか大きく体を反らし、獣のような声を上げて痙攣させた。それにともない早乙女先生の膣内はすぼまり、子宮口が搾り取るように吸い付いてくる。
「あぁああぁぁ、はぁぁ…黒崎ぃ…何担任の中で出してんだぁ?」
絶頂の余韻に未だに体の痙攣がひかない早乙女先生だが、口でそうは言っても顔はニヤニヤと笑みを浮かべている。ただしいつも浮かべているフランクな笑みじゃない。顔は真っ赤で瞳を潤ませ、だけどもいやらしく唇を舐めるその顔は猫というよりも豹のそれ。
「こりゃ教師としてきちんと教育してやらねぇとなぁ♪」
「な、何するつもりですか?」
「そぉだな…とりあえずはもう一回交尾付き合ってもらおうか♪」
「あんた、それでも教師か…っ!!」
結局あの後何度体を重ねたのか覚えていない。最後の方ではもう一方的な搾取だったような気がする。いや、全体的に一方的だったか。
オレは疲れたようにうつ伏せでベッドに倒れていた。隣には同じようにうつ伏せで、だけどもこちらを見て笑う先程まで体を交えていた相手がいた。
「へっへぇ♪なんだかんだで黒崎も好きだねぇ♪あたしの腹ん中あんたの精液でいっぱいだぜ?」
「もうお婿に行けなくなるかと思いましたよ」
「なんだよ生娘みたいなこといいやがって。こんな美人の処女貰えたんだから喜べよぅ」
「……は?何嘘言ってるんですか?」
「嘘じゃねぇよ!…ったく、だったら毛布まくってみろよ。血のあとあるからな」
その言葉に毛布をまくり腰のあたりを見てみる。僅かな部屋明かりでも彼女の言うとおり確かに赤い跡が見えた。
「…ってことはその歳でおぼこだったんですね」
「へん、言ってろ。もうおぼこじゃねぇよ」
ニヤニヤ笑う姿はいつもの早乙女先生まんまだ。ただ、猫耳はついたままだけど。
「…耳消えたりしないんですかね?」
「ん?ああ。多分一生このままだろぉな。あの白髪女にはそんな感じで言われたし」
「…」
「…なぁに黒崎がそんな顔してんだよ。心配してくれてんのは嬉しいけど、そんなあんたが気に病むような問題じゃないんだ。そ・れ・に」
ずいっと早乙女先生は顔を近づけてきた。鼻先がふれあいそうな距離、香水ではない甘い匂いが鼻腔をくすぐる。
「もしもの時はあたしをもらってくれるんだろ?」
「………え?そんなこと言ってませんけど?」
「…ほんっとに冷たいねぇ、黒崎は。そこは世辞でもいいからもらってやるって言うもんだぞ」
「……」
オレは小さくため息をついた。
結局のところ早乙女先生は猫になろうと変わらない。以前も、そしてこれからも。
頭が痛くなるほど疲れるだろうが、こんな女性に付き合える人はそうそういないだろう。
「…考えておきますよ」
呆れたように、疲れたように、それでもオレは笑みを浮かべて早乙女先生にそう言った。
その言葉に彼女は心底楽しそうに笑う。後ろの尻尾も喜ぶようにぴんっと立っていた。
「おいおい黒崎ぃ。そこは考えとくじゃなくてもらうってはっきり言えよぅ」
「考えるだけマシでしょうが」
照れくさくて逃げるように距離を置く。だけども当然と言わんばかりに彼女は体を寄せて、それどころか抱きしめてきた。
「…熱苦しいんで離れてもらえますか?」
「別に今更だろ?恥ずかしがんなよ」
「熱苦しいって言ってるんですよ」
「なんだよぅ、冷たくしないでくれよぅ…猫は寂しくされると死ぬんだぞ?」
「それ兎です」
そんな風に言っても早乙女先生は体をすり寄せ温まるように抱きしめてくる。ここまでされては抜け出すことはできなくないが、今の彼女の力に対抗するとかなり荒くなってしまう。女性相手、それも担任、さらにいえば先程まで体を交えた人にそんなことは流石にできない。
「…まったく、仕方ないですね」
こちらからも抱き返すように腕をまわす。そうすると早乙女先生は嬉しそうにうなり、胸板に顔を擦りつけてくる。しばらくはそのままにしておいたのだが徐々に動きが鈍り、止まった。
「…早乙女先生?」
彼女の名前を呼ぶが無反応。試しに頬を撫でるがそれでも特になにもしない。どうやら寝入ってしまったらしい。先程まであれだけ激しいことをしていたのだから眠くなるのも仕方ないか。実際オレも体はだるく、瞼も重たくなってきている。
「…おやすみなさい」
目の前で眠る早乙女先生の顔を少し見つめて、オレも彼女と同じように眠りについた。
―HAPPY END―
「ねぇ、早乙女先生。色々と聞きたいんだけど…この前どうしてゆうたがあんたの家に泊まってきたの?うちの弟に何かした?」
「い、いや、別に…」
「…実は帰ってきたゆうたの荷物の中に爪切り入ってたんだ。それも猫用の」
「…」
「もしかして、猫でも飼い始めた?」
「そ、そうなんだよ!流石にあたしも一人暮らしは寂しいからさ猫買うことにしたんだよ!それでゆうたが猫飼ってるって言ったから助けてもらったんだ!!」
「ふぅん…?」
「…なぁ、あやか」
「何?早乙女先生」
「…猫、欲しくないか?」
「いらない。あたし兎は好きだけど猫は嫌いなの」
「…」
「それにお父さんの実家に一匹面倒くさいメスいるし。毎日が発情期みたいににゃんにゃん鳴いてるうるさい灰色頭のおバカもいるし」
「…」
「それに、猫かぶってる猫はもっとやだな」
「そ、そうか…」
「早乙女先生はもっとやだ」
「なんでだよぅ。こんな美人な先生嫌うなよぅ」
「ならその美人な先生、ゆうたの荷物の中に『婚姻届』なんてくだらない紙切れ入っていたんですけどどういうことですか?」
「…えっ!?なんでそれ…しまっといたはずなのに…っ!!」
「多方寝てる隙に血判取ったんだろうけど、それを警戒しないほどうちの弟は馬鹿じゃないみたいですね」
「…」
「で、早乙女先生。何か言いたいことはありますか?」
「…」
「…」
「…にゃ」
「にゃ?」
「許して欲しいにゃん♪」
「歯ァ食いしばってください、このどら猫」
13/03/31 20:15更新 / ノワール・B・シュヴァルツ
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