伝える好意、紡ぐ本意
「…う、ぁぁ」
呻き声とともにうっすらと瞼を開くと目に入ってきたのは見慣れた天井だった。丸太を繋いだ、山中に建てられた別荘みたいな天井。それは最近のオレがよく見ている光景だった。
間違いなく、ここはあのエルフの家。
オレが世話になっていたあの家だ。
体に感じる柔らかい感触は紛れもないオレがいつも寝ていたベッドのもの。それに加えて伝わってくる不思議な温かさ。優しくて、包まれるような変わったそれがなんだかわからないがそれでもここは間違いなくオレが世話になっていた家だ。
おかしいな…あれだけの傷で、あれだけの出血で生きてるのだろうか。あんな何もないところでどうやって治療をして、ここまで運んだというんだ。
…いや、そういえばフォーリアがいたか。
意識を失った後どうなったかはわからないが、彼女が何かをしたとしか考えられない。エルフなんだから回復魔法とかそんなものを使えてもおかしくはないだろう。それに朝になっても帰らない彼女を心配してマレッサが皆で探してくれたのかもしれないし。
だけど、オレが隠していたことはバレてしまったに違いない。頑張って隠したつもりだけどオレがこうして生きている以上何があったかぐらいは知ってしまったはずだ。それに、血が滴っていたんだからバレない方が無理だろう。
…顔、合わせたくないな。
はぁっとため息を着いたその時、部屋のドアが開いた。
「ユウタ!」
「ん…マレッサ!」
その幼く可愛らしい声は聞き覚えがある、マレッサのもの。その声に反応して体を起こし彼女の方を向こうとするが思うように体が動かなかった。
「…?」
動こうとすればなんとか動く。だけどそれにしてはあまりにも体が重くなったように感じられる。まるで全身が鉛になってしまったかのようだ。
それでも動こうとするオレを見てマレッサが慌てて止めに来た。
「だめだよ!ユウタは五日も寝てたんだから!」
「…五日?」
そんなに意識がなかったのか。自覚はないがマレッサがそうだと言うのならそうなんだろう。出血多量だったのだからそれくらいなっても当然か。
むしろ五日で目を覚ましたことは良い方かもしれない。
マレッサは包帯や水の入ったコップが乗った盆を近くの机に置いてベッドに寝ているオレに飛びついてきた。ぐりぐりと、顔を押し付けて甘えるように抱きついてくる。
視界に入ってくる新芽のような鮮やかな髪の毛。それからエルフ特有の長い耳。だけど彼女は顔をあげようとはしなかった。
「…マレッサ?」
「……よかった…ユウタ、死んじゃうのかと思った」
「…」
きっとここに運び込まれたときオレは血まみれだったのかもしれない。既に治療のされた今の体は包帯が巻かれているだけでベッドに寝かされている。この包帯もマレッサやフォーリアが変えてくれたりしているんだろう。
それでも幼い子供には少々刺激が強すぎるかもしれない。
「でもどうしてユウタはそんな大怪我してるの?」
「薬草を一緒に取りに行ってる最中にさ、谷に落ちたんだよ。それで背中をぱっくり切っちゃって」
「…薬草?谷の?」
流石に幼い彼女にことの全てを話せる訳もなく少しばかり誤魔化す。だがオレの言葉にマレッサが首をかしげた。谷の薬草と聞いて何か怪訝そうな様子だ。
「そこってどんなところだった?」
「え?そりゃ…光る花がたくさん生えてるとこだったけど」
「?」
変わらず不思議そうな視線を送り、首をまたかしげる。
「それってもしかして…光る花に囲まれてる、透き通った花?」
「ああ、そうだよ」
「それ薬草じゃないよ」
「…んん?」
薬草じゃない?
おかしいな…エルフの族長であるフォーリアなら薬草かそうじゃないかなんて一目見てすぐにわかるだろうに。
それ以前にあんな大切そうな、幻想的な場所に一輪だけ生えてるんだからそれがなんなのか知っていて当然のはずだ。
「それ、ユウタと会った時に私が探してた花なんだよ」
「へぇ?」
初めて出会ったあの時、男どもに攫われていたあの時のことか。
気づけばもう随分と前のように思える初めての人外との出会い。あれがあったからこそマレッサに、そしてフォーリアに出会えた。あれが全ての始まりであって、そして今に至るのか…。
「それで、あの花は薬草じゃないって言うけど何なんなのさ?」
「あれはね、私たちエルフにとって大切な花なんだよ」
「エルフにとって?」
マレッサの言葉を聞き返す。
エルフにとって大切な花、ならそれが生えていたあの場所もエルフにとって大切な場所のはず。しかもその花をわざわざ見せるためにオレを連れて行ったのはフォーリアだ。
そりゃ、また…なんでだろうか。
「そう。一年に一回しか生えないし咲かないお花でね、あの花を取ってくることができたら私たちエルフは―」
「―それ以上はやめろ、マレッサ」
「!!」
いきなり聞こえた、やや冷ための声に思わず背筋が凍りついた。
それが聞き覚えがある声からではなくて、聞こえた場所が意外なところだったからだ。
マレッサの後ろからじゃない。
部屋のドアでもない。
オレの前では絶対にない。
その声が聞こえたのは―
「フォ、フォーリア…?」
―オレの、すぐ後ろ。
体が鉛のように重いのだが、それでもなんとか首だけを動かして後ろを見る。どうにか横目で見えたのは新芽のように鮮やかな髪の毛と特徴的な長く尖った耳。見覚えのある人間離れした美貌を持つ女性の顔。そしてとても冷たい視線を送る青い瞳。
それは、かなり近くに。
というか、同じベッドの上に。
彼女は…オレの隣にいた。
「…何だ?」
「い、いや…何でここにいるのかと?」
「ここは私の家だぞ?どこにいようと勝手だ」
「いや、そういうことじゃなくて…」
「お姉ちゃんはね、ユウタの体が冷たくならないようにずっと温めてくれたんだよ」
「…え?」
オレの体を温めてた?マレッサの言葉にオレは一瞬首をかしげた。
確かにあまりの出血量に体温維持が難しくなるだろうけど、だからといってなんで同じベッドに。
そこまで考えて森の中にいた時の記憶がおぼろげながら蘇る。オレがあの時覆いかぶさって話した内容はいったいなんだったか。それは確かどうやって人間は体温を保つのかという話だったはずだ。
互いに肌を重ね体温維持をする。
そうは言ったがフォーリアはあの葉っぱでできたような衣装を身にまとったままだ。それでもきっと、同じベッドに入ってオレを温めてくれたことに違いない。
「…フォーリア」
「……何だ?」
まずい。声色が初めてあった時のように冷たくなってる。かなり機嫌が悪いらしい。…いや機嫌が悪くなるなんてもんじゃないか。
大怪我してたのにそれを誤魔化されて、朝になって気づいたときには死にかけのオレが寄りかかっていたはずだ。しかもそれからしばらく起きないのだから、そんなことされたら不機嫌なんてもので済むはずがない。
「マレッサ」
打って変わってマレッサを呼ぶ声は優しいもの。できることならオレにもその声で話して欲しいのだが無理な話か。
「二人っきりで話がしたい。しばらく部屋を出てくれないか?」
「っ!」
「うん、わかった。でもあんまりユウタに無理させないでね?」
「そんなこと言われずともわかっている」
「っ!?」
以前よりもずっとあっさり頷いてしまったマレッサ。
オレとフォーリアの仲は良好だ。それを同じ家に住むのだから彼女は知っている。
だけど、今はできれば止めて欲しかった。
「それじゃあ私はユウタのために薬草をとってくるね」
マレッサはそう言い残して部屋から出ていってしまった。
部屋にいるのは同じベッドに寝転ぶオレとフォーリアの二人だけ。
「…」
「…」
フォーリアは何も言わない。ただこちらをじっと見つめて…いや、睨みつけている。
対してオレは何も言えない。あんなバカをやってしまった以上なんと声をかければいいのかわからない。
静寂が痛い。
沈黙が辛い。
女性と、それも美女と同じベッドに入るのはこれほどまでに厳しく恐ろしいものだったっけ。そんなことを思いつつも背中を嫌な汗が伝った。
それからずっと部屋の中は風に吹きつけられ揺れる窓の音ぐらいしかしなかった。五分は続いたかもしれない、もしかしたら一時間とかもっと長かったかもしれない。そう感じた中でやっとフォーリアが口を開いた。
「…黒崎ユウタ」
呼び名が名前からフルネームに戻っていた。
親しくなっていた分、これは地味に痛い仕打ちだ。
でも、甘んじて受け入れることしか今のオレには償うすべがない。
ゆっくりとフォーリアは体を起こしてオレの体の上にまたがった。触れ合う肌が女体の柔らかさを伝えてきて、男として反応してしまいそうなのだが現状はそれを許しはしなかった。
ゆっくり近づけられるフォーリアの顔。ただでさえ逃げられない状態でさらに追い詰められた姿勢。視線を外そうとしたところで無理やり戻されるだろうし、問い詰められて誤魔化せそうにもない。
背中に嫌な汗を感じつついるとフォーリアが口を開いた。
「村からずっと離れた場所に…五人、人間が倒れていたんだ。皆で確認すると全身のほとんどの骨が折れたりしていてな、まるで熊か猪のような大型の獣に襲われたかのようにひどい怪我をしていた」
その五人とは間違いなく、あの男ども。
マレッサを攫い、フォーリアに手を出そうとし、エルフの里を汚そうとした悪人共。
多分、フォーリアなら知っているはずだ。マレッサを攫ったあの男どもなのだから見覚えくらいあるはずだ。
「縛り上げて近くの街の外に捨て置いてきた。本当ならあのまま矢を射ってしまってもよかったが…既にまともに歩ける姿でもなかったからな」
「そっか」
「だが」
フォーリアはそこで言葉を止めてオレを見た。射抜くような視線は鋭くて初めて会った時を思い出させる。しかしあの時のように冷たいものではなかった。
「一人持っていた剣に血がこびりついていたんだ。それだけじゃない、ある所から男たちが倒れていたところまで血が滴った跡が残っていた。まるで斬りつけられて傷をそのままに逃げ出し、途中で男たちと戦ったように見える血の跡だ」
「っ!」
「不思議とその跡はな、男たちのいたところからさらに伸びていた。いや、その血があったから男たちを見つけられたとでも言うべきか」
「…」
「なぁ、ユウタ」
フォーリアの手が力強くオレの肩を掴んだ。
そのまま視線を逃さぬようにずいっと顔を近づけてくる。あまりの近さに互いの吐息が頬をくすぐるほどだ。
本来なら恥ずかしいとか照れてしまうはずなのだがそれ以上に気まずい。
視線を逃がそうにも肩を掴まれ、ここまで近づかれてはそらせない。
体は動かないから突き放すことなんてもっとできない。
「なんで、黙っていた?」
フォーリアは射抜くような視線でオレを見つめてそう言った。
答えるのは簡単だけど、簡単に答えてはいけないその言葉。
言葉は単純だけど、中身はあまりにも複雑な質問。
答える言葉によってこの場を沈められるだろうか。いや、ここまで怒っているフォーリアを沈めるなんてことは絶対に無理だ。
結果、オレは何かを言おうとしても何も言うことができなかった。
「…ふざけるなっ!!」
次の瞬間、怒声とともにフォーリアの手がオレの頬を張った。
乾いた音が部屋に響き、じんわりとした痛みが伝わってくる。
痛いが、仕方ない。
この程度彼女の感じたことと比べればなんともないのだから。
オレが隠していたこととはあまりにも差がありすぎるのだから。
そのまま続くと思った行為に我慢するため歯を食いしばっているとぽたりと何かが落ちた。
「…?」
鉛のように重い体でゆっくりと視線をフォーリアの顔へと移す。
そこにあったのは顔を真っ赤にして涙を流すエルフだった。
「フォー、リア…」
「…なぜ黙っていたんだ」
また、雫が落ちる。
「どうして、誤魔化したんだ」
震える手が肩を掴む。
「なんで、嘘をついていた!」
部屋全体を震わせるのではないかというほどの大声が響いた。
「何が冷え性だ、何が金属のアクセサリーだ!デタラメばかり並べて、自分が傷ついているのに何で隠した!?私が傷を見て、人間同士で争ったことを知って嫌うとでも思ったのか?それほどまでに私は小さい女に見えたのか!!」
耳を塞ぎたくなるほどの大きな怒声でフォーリアはオレに言葉をぶつけていく。
だけど、それは彼女の叫びであって、気持ちだった。
「何を思ってユウタが争ったのか分からないわけがないだろう!?そこまで私は堅物に思えたのか!頼めばすぐさま魔法を使って少しは傷を癒せたんだ…それなのに貴様は!貴様というやつは……っ!!」
徐々に小さくなっていく声。それに伴い弱々しく震えるフォーリアの手。力を失っていくも離さないように肩を掴んでいる。
あまりにも弱々しい姿。
それはエルフの長としての凛々しい姿ではない、初めて見るフォーリアだった。
思わず抱きしめてあげたくなる。だがそれができる力は残っていない。
何も言わずにいるとポタポタと何かが滴り落ちてきた。
「…フォーリア」
「貴様は…ぁ…っ」
頬を濡らしていく雫。伝い落ちてはオレの体で弾け、また滴る。
それはまるで純粋無垢な子供だった。
マレッサのように自分に正直な、ただの女の子だった。
普段族長として凛としている姿は欠片もない。人間だと嫌っていた姿なんて微塵もない。
思ったことをそのまま声に乗せ、感情のままにぶつける姿はフォーリアらしくなかった。それでも、それこそが本当の姿なんだろう。
立場上押し殺し、弱みを見せまいと隠し続けてきた本心なんだろう。
泣き顔を見せたくないのか、それとも縋り付きなくなったのかフォーリアはオレの胸に頭を押し付けた。
「…ユウタが死にそうな時、とても胸が痛かった。ユウタがやっと起きて、嬉しくなった…」
そっと紡がれる、フォーリアの心。
「こんな気持ち…母の死を看取った時以上に怖かった…」
染み込んでいく、本当の気持ち。
「いなくならないでくれ…」
「…っ」
とても小さな声だった。
それでもオレに伝わったことはあまりにも大きかった。
「皆の前から、私の前から………いなくならないでくれ…」
たった一つの言の葉は鋼鉄よりも強固な鎖となりオレを絡め取っていく。
それでも優しくて、切なくて、抵抗する気を溶かしていく。
ここまで言われて去れるだろうか。
ここまでさせて逃げ出せようか。
「…ああ」
あの時返せなかった言葉をオレは言った。
それを聞いてフォーリアは小さく頷き、そのまま体から力を抜いて何も言おうとしなかった。
重なる体と体。触れ合う肌と肌。
フォーリアの体温が未だ十分な血液がない体に心地よく、森のように深くて甘い香りに気持ちが落ち着く。あまりの気持ちよさに眠りに落ちそうになるのだがそれを上回る感覚が体に伝わってきた。
「…」
無意識になのか体を強く押し付けてくる。跨っている状態だから仕方がないこととはいえ、彼女は身を捩る。ただでさえ近いこの距離で、触れ合っているこの位置でそんなことをすれば意識せざるをえないというのに。
優しく染みる体温に、柔らかな体の感触に、甘くくすぐるその香りにオレの体は反応していた。
「…うぁ」
最悪だ…。こんな状況で、こんな状態でどうして体は反応してしまうのか。
自由が利かないはずなのに、思うように動けないのに、それでも男の部分は熱を持って立ち上がっていた。
オレに跨っている状態でフォーリアがそれに気づかないはずがない。さらには服を着ているとは言えいつものような制服姿ではない。体温をより伝えやすくするためなのか薄い記事で出来ているものだ。それなら当然体温だけではなく感触も伝わりやすくなる。
「…ユウタ?何か…硬いものが当たってるんだが、これはなんだ?」
「…うゎぁ」
ストレートに聞きに来るか…普通なら分かってもいいはずなのに。いや、でもフォーリアは今まで女性に囲まれてたんだ、男性の体のメカニズムを知らなくてもおかしくないか。
…だとしてもこれは恥ずかしいどころじゃない状況だ。
「…こんな硬いもの、ここに寝かせた時も今までにも持たせた覚えはないぞ?」
「う、その…あの…これは………」
「…見せてみろ」
言うが早いかフォーリアはすぐさまオレにかかっていたシーツをまくりあげた。学ラン姿はとは違う薄い服ではそれを隠すことなど出来やしない。結果、オレのものはフォーリアの目に晒されることとなった。
「な…なんだこれは…?」
「……」
「すごく熱くて震えていて……辛いのか?」
「つ、辛くない!全然平気!ほっとけばすぐに治るって!」
だがフォーリアの向けてくる視線は疑わしいと言わんばかりのものだった。どうやらオレのしたことが完全に彼女の猜疑心を揺り起こしているらしい。
「…どうだかな。傷のことを黙っておいて今更そんなことを信じられるか」
「いやいやいや!これは本当だから!嘘じゃないから!信じて!!」
「ふん」
どうやら怪我に関することは信じてくれないみたいだ。それに少しでも関係しそうなことでも彼女はオレの言葉を聞いてくれそうにない。
フォーリアは恐る恐るそっとオレのものを撫でる。
滑らかな肌がゆっくり敏感な部分に擦れるのはあまりにも刺激が強かった。
「〜っ!」
「む。痛むのか?」
「痛くはないけど…でもっ」
「どうすれば楽になるんだ?」
「はっ!?」
「辛いんだろう?」
手の動きを止めることなく彼女はオレに聞いてきた。
そんなこと恥ずかしすぎて答えられるわけがないというのに。
だがそれよりも先に自身が高みへ押し上げられていくのを感じる。ここ最近抜いていなかったし、さらには自分以外が触れたことのないところへの刺激だ、耐えることなんてできるはずもない。
「手…っ」
「手?」
「手を、ほんと、やめ…………っ!!」
言うよりも先にたぎった白濁の液体が先端から勢いよく噴き出した。震え吐き出される白い液体は美女の顔へ降りかかっていく。朱色に染まっていたフォーリアの頬にべっとりと粘液が付着した。
白い化粧を施されたエルフの顔。
誰もが美女と賞賛する女性の顔を自らの欲望の塊で汚す背徳感。
いけないことだとわかっていても、自由が利かないこの状態でも、タブーを犯す快感がオレの背を妖しくざわつかせる。
「っ!?何だこれは……」
逆にあまりにもいきなりのことでフォーリア自身も驚いているらしく、慌てて顔に着いた精を拭い取っていく。手のひらに集まった白濁液を興味深く見つめてこちらを向いた。
「…これはなんだ?血…なら赤いだろうから別のものなのか?病気…なんて言わないよな?」
「…」
「…おい、ユウタ」
…エルフには男性がいなかった。だから男性の体のメカニズムを知っている者もいないのかもしれない。それでも、子作りのやり方とかは知っててもいいはずだろうに。
まさかそれを知らず、オレが自分の口から言わなければいけないというのだろうか。正直そんなことをいちいち説明できるほどオレは大人じゃない。流石にこういうのは恥ずかしい。
だがフォーリアの目は真剣だ。
きっとオレがやらかしたことからか命に関わりそうなことには敏感になっているのかもしれない。
…言わないといけないのか。
「ユウタ…」
「…えっと…さ……それは、その……」
無垢な女に汚れた知識を与える背徳感、それは真っ白な新雪に自分だけの足跡を刻み付けるような感覚に近かった。笑みを浮かべて自分だけの証を残す、子供っぽい独占欲と大人らしい支配欲が満たされていく気がする。
何を与えるか、刻むのかはオレの自由。
だからといって歪んだ知識を与えるわけにもいかない。
「……精液って言って……その………男が気持ちよくなると出る液体…です………」
正直自分で言葉を間違えたと思った。
もう少しマシな説明にするべきだったと思った。
「気持ちよくなったというのか?ふざけるなっ!」そんな怒声とともに殴られるかもしれない。いや、最悪矢を射られるかもしれない。
フォーリアはオレを心から心配してくれたのになんという失態だろうか。
だが彼女は殴りかかろうともせず、矢を持ち出す仕草も見せなかった。
両手に貯めた白濁液を眺めてほぅっと一言。
「…精液?…そうか、これが…そうなのか…」
ただそう言っただけだった。
…どうしたのだろうか。なんというか、いつものフォーリアらしくないというか。
だがこの状態、どこかで見たことがあるぞ。つい最近…そう、最近になってこれに近いものを見たはずだ。
確かあれはマレッサに連れられて他のエルフたちの前に出たとき。興味津々にオレへと手を伸ばしてきた少女の一人がこんな感じだった。胸に抱きつき、うっとりとした表情でオレを見上げ熱い吐息を漏らしていた。
あの姿とフォーリアの今の姿が重なっているんだ。
「……気持ちよく、なったのか」
フォーリアはぽつりと呟いて指先についた白濁液を舌で舐めた。湿って艶めかしいそれは一瞬だったがいやらしく瞳に映る。
「っ!な、何やってんのさ!!」
「…変な、味」
熱にうかされてしまったようにはっきりしない意識の中フォーリアはこちらを見つめてきた。潤んだ瞳に艶やかに湿った唇がなんとも色っぽい。
だが、この状況で、こんな状態で、何を思っての行動なのだろうか。
いつもの調子じゃないことは誰が見ようとも明らかだった。
やばい、と理性が告げる。
頭の中で警鐘が鳴り響く。
だけど、血を流しすぎた体は鉛のように重くて自由もほとんど利かない。腕を上げようにもあまりにも重くてすぐにだらんとベッドに落ちてしまう。せいぜい出来てシーツを掴んだり、首を動かしたり喋ったりするくらいだ。
まな板上の鯉というのはこんな気持ちなんだろうか、と下らないことを考えてしまう。
「…変な気分だ」
フォーリアの肌にうっすらと汗が浮かんでいる。頬は朱に染まって、触れている肌からやたら高い体温が伝わってきた。鼻腔をくすぐる深みを持った甘い香りはいつも以上に強くなっているみたいで、まるで包まれているようにも感じられる。
「なんだか…体の奥、が……っ」
するりとフォーリアの手が自分の体を伝っていく。首筋を這い、鎖骨を撫でて、大きな胸に指先が沈み込んだ。
「んんっ♪」
刹那に上がる、甘く熱っぽい声。凛々しい声とは全く違う、艶のある声は聞いただけでもゾクリと背筋が震える。
「…ぁあっ♪」
一瞬フォーリアの体がびくりと大きく震えた。
「ここが…ぁ…疼くんだ……」
フォーリアの顔はとろけた表情を浮かべ、そこを見つめる。視線の先は胸ではなく、腹ではなく、さらに体の下にあるところ。女の部分だ。葉の衣装でスカートのようになっている部分へ手を差し込み、ゆっくりと動かす様子に思わず生唾を飲み込んだ。
「ピリピリする…ぅんん♪」
おそらく指を擦りつけて得る感覚にフォーリアの表情が緩んでいる。
初めの頃の厳格な顔ではなく。
オレに見せてくれた優しい顔ではなく。
泣き出しそうに心配ししてくれた顔ではなく。
きっと感じたことのないものに蕩ける女の顔。
一体何があったのか、どうしてこうなったのか原因は分からない。先ほどの行為がフォーリアの何かに火をつけてしまったとでも言うのだろうか。
「ちょ、フォーリア…」
「ぁあ…♪」
何かいいことを思いついた子供のように純粋な笑みでフォーリアはオレを見た。
何をする気なのか予想がつかない。だけど、こんな状況だ。何を思いついたのか、わからなくても嫌な予感はする。理性は警鐘を鳴らしているのに動かない体は期待してそれを待つ。
フォーリアはゆっくりと体をオレの腰の上に、そそり立つものの上に持ってきた。
「擦ると…気持ちよくなるんだろう…?」
「え?え?」
彼女の名を呼ぶも反応はしてくれない。今しようとしていることに気を捉えているのだろうか。
そしてフォーリアは女の部分を押し付けた。
「うぁっ!?」
「はぁっ♪」
湿り気を帯びた柔らかな感触。
だけどそれは手ではなくて、もっと大切な場所。
男と、女の部分。
「こうすれば、いっしょに気持ちよく、なれる…から…♪」
互いの敏感な部分を擦り合わせるだけ。とても単純だがそれによって得られる快感は二人共々伝わっていく。男と女に感じるものに差はあろうとも快楽であることに変わりない。
なんと素晴らしい提案なのだろうか。
あまりの素晴らしさに目眩がする。目眩どころか頭が痛くなってくる。
本当にどうしてしまったというんだ。
オレの知ってるフォーリアなら絶対にこんなことはしないというのに。
誇り高きエルフと豪語していた長が、男の上に跨って腰を振る。そんな発情した獣みたいなことは死んでもやらなさそうなのに。
「くぅ、ぅん…♪」
湿った桜色の唇から甘い声が漏れ出した。
すりすりと擦りつけられる、柔らかく異常なほどの熱を持ったその部分。擦れるたびに粘質の液体がまぶされて摩擦が徐々に軽減されていく。
だけど、その刺激はあまりにも強すぎて。
それでも、その行為はあまりにも淫靡なもので。
もし体が動けたのなら思わず手が伸びてそのまま獣のごとくフォーリアを求めてしまっていたかもしれない。だが逆に今動けない状態では欲望のまま貪ろうとできない代わりに、抵抗することもできない。
できることは声をかけることだけだろう。
「フォーリア…っ!わかってるのかよ……子供がどうやったらできるか…」
「馬鹿な、ことを…言うな…ぁっんん…そのくらい、知ってるに決まっている…」
「なら…っ!」
「だから…こうしているんだ…間違っても、んぅ♪……入って、しまわぬように……っ」
そうは言ってもフォーリアの腰の動き危うい。
ただ擦りつけているだけなのだが先程からずっと先を重点的に押し付けてくる。入ってしまわないようにと言っていたはずなのに腰は逆に誘うみたいに妖しく揺れた。
止めるにもこんな状態では止められるわけもない。
それ以上にオレの上でこんな痴態を見せつけられて平常でいられるわけがない。もしも動くことができたのならオレの方からしようとしたかもしれない。
この状態は幸か不幸か分からない。
体を駆け巡る未曾有の感覚にしばらく耐え続けていると先端が引っかかった。
「うぁ!」
「あぁっ♪」
どうなってるのかフォーリアの体で見えないが、予想はついた。
まずい、そう思ってるはずなのにその先を期待している自分がいる。止めようと声を出したつもりが気づけば口をつぐみ、何もできずにいた。
「う、ん…んんっ♪」
直後部屋の中に響き渡る甘く艶やかな声。それと同時にフォーリアの体が大きく痙攣した。
一瞬の抵抗と、熱い、とても熱い柔らかな媚肉が包んで抱きしめられる感覚がある場所から伝わってくる。
「や、あ♪中…熱いのがぁ…っ♪」
ビクビクと体を震わせて紡いだ言葉。それから伝わってくるこの感覚。気を抜けば流されてしまいそうになるほど壮絶なそれは痛みではなくて、快感だ。
経験はなくとももうどうなっているかはわかった。
オレは今、フォーリアと…!
「入ってる…んん…♪」
「待った待った待った!!」
今ほとんど動けないオレにできることはせいぜいこうして声を張り上げ彼女の理性を取り戻させること。
「ほら!よく考えてみろよ!オレは人間でフォーリアはエルフだろ!」
彼女の手は止まらない。
彼女の動きは止まらない。
伝わる快楽も、止みそうにない。
「高潔なエルフと愚鈍な人間じゃ全然違うだろ!?だからこんなことするなんて…!」
歯を食いしばって耐えようにも思うように歯が噛み合わない。堪えるように力を入れても今の状態ではろくに力が入らない。
ほぼ一方的に流れ込んでくる快楽に抗う術はただ声を出すことだけ。
だけどフォーリアはオレの声なんて届いているのかいないのか、ゆっくりと腰を動かし始めた。
蜜壷がうねり、愛液を吐き出す。そのせいで腰の動きがスムーズになっていきフォーリアの中が強くこすり合わされる。互いに感じ、伝わる快楽に二人して体がうねった。
「くぅぁ…っ!!」
「ふあぁあっ♪やぁ、やだぁ、あぁあ♪止まら、ないっ♪」
柔肉が巻き付き、きつく抱きしめる。力任せに扱き立てては容赦なく射精を促してきた。
人間よりも上の存在であるエルフと交わっている、そんな事実がどうしようもないくらいに興奮させる。
やめさせなければ、そう思っているはずが抵抗する力が快楽に削ぎ落とされていく。
「ぁっ…うぁ…やめ、ほんとにっ…フォーリア…っ!!」
「なん、で…ぇ?」
駄々っ子のように体を弾ませているのだが、動くたびに感じるものは先ほど手で扱われたことが子供騙しに思えるほど凄まじい。
先ほど出したとは言えたった一度で満足しないし、こうして美女と体を重ねている状況で自分を抑えることなんて出来やしない。
「ユウタは、気持ち、良く…ないのか…?」
「いい、いいから…っ!良すぎるから…ほんと、やめ…」
言い切る前に腰の動きが再開する。より深くまでくわえ込もうとぐりぐりと押し付けられては先端には周りの肉癖と違う感触が伝わってきた。蠕動して奥へ奥へと誘い込んで甘酸っぱく絞り込んでくる。人間と違ってエルフのそれはとてつもない媚肉なのだろうか。
オレの言葉にフォーリアは蕩けた笑みを浮かべた。高潔なエルフがいつも威厳に溢れた表情をしていたのに、今はまったく想像つかないほどいやらしくて淫靡で、とても嬉しそうな笑みを向けていた。
「よかった…」
そんなそんな一言がオレの理性をそぎ落とす。
たった一言、言葉の意味としては多様なもの。
だけどこんな状況で、そんな顔で言われてしまったら抵抗なんてできなくなる。
「んんっ♪」
快楽を欠片も逃がさぬようにフォーリアは膣肉を引き締め、腰を振り立てた。
まるで獣。
エルフらしい誇り高い姿は見当たらない、情欲に掻き立てられる獣の姿。
だけどそれがどうしようもないくらいに美しい。
新芽のように鮮やかな髪の毛が乱れ、大きな二つの膨らみが揺れ、汗が弾けて快楽の蕩けた顔を見せる姿はあまりにも綺麗だ。
目の前に快楽に蕩けた淫靡な顔でオレを求める美女がいる。潤み情欲に染まった青い瞳が真っ直ぐ向けられている。顔を寄せて何か言いたげなのだが唇の隙間から漏れ出すのは甘い声に熱い吐息。湿ったそれを唇に感じ、まるでキスをしているかのような気分になる。
ただの吐息がこれほどまでにエロチックなものだったか、そんな風に思えるほどだ。
あと少し首を動かすだけで重なってしまいそうな距離でフォーリアは止まっている。
この距離がもどかしい。
あと少し。
あとちょっと。
たった少し首を前に出せばいい。唇を貪るように突き出せばいい。血を失って十全に動かないこの体でも可能なことだ。
だけど、これが最後の一線。
進めば戻れない、最後の境界線。
全て貪りたいと求める本能と、恐怖に近い警告を促す理性。
身を委ねようとする欲望と、絶対に曲げてはいけない思慮。
オレは―
「―んっ!」
「―んむっ!?」
自分から唇を押し付けた。
一瞬驚いた表情を見せるがフォーリアは目を閉じて赴くままに唇を重ねる。
何度も何度も啄むように吸い付いては徐々に深くまで貪ろうとする。
「むふぅ…♪はふぅ…んん♪」
快感の大きさが伝わるかのようにフォーリアの唇の隙間から漏れ出す荒い吐息が部屋に響く。
フォーリアの唾液が口中に溢れ、花の蜜のような甘さが脳まで浸透する。その甘露を逃したくなくて、もっと欲しくなって、オレは更にフォーリアと唇を重ね合わせた。
互いが互いを貪った。舌を絡ませ口の中を何度も往復させる。擦り合わせては唾液が滴り、啜れば吸われ、押し付ければ求めるように彼女も押し付ける。
ようやく唇を離したかと思えば目の前に広がるのは切なげなエルフの顔。頬どころか尖った耳まで朱に染め、潤んだ青い瞳は情欲に燃え、先ほどまで重ねていた唇からは一筋の唾液が滴った。それすらも逃したくなかったのか舌先が妖しく蠢き、舐め取っていく。
互いが混じりあった唾液が舐め取られていると思うとどうしようもなく興奮してしまう。こんな経験が今まで一度もなくて、さらに性欲盛んな十代ならなおのこと。エルフの、美女の淫らな姿を見せつけられてはもう止まれない。
堕ちてしまったのはフォーリアか。
踏み越えてしまったのはオレなのか。
互いにそんなことを考える余裕さえ消え去っていた。
あるのは欲望。
獣のような欲求。
本能に従った性欲。
ベッドの軋む音を立てて、肉と肉のぶつかり合う音が部屋に響いて、粘質な液体の音が耳に届く。何度も腰が打ち付けられて、何度も唇に吸い付き、互いを貪り、高みへと押し上げる。
そんな中でとうとう限界が訪れた。
「あぁ♪…なにか、くりゅ…んんっ♪や、あぁあああああああああっ♪」
一気に弾けるような勢いで熱く激った欲望が流れ出した。
「あぁあああっ♪」
子宮口に吸いつかれた先端は何にも遮られることなく子宮へと精液を叩きつける。その感触にまた快感を得ているのかフォーリアはガクガクと肢体をくねらせた。動きに伴って膣壁もうねり、さらに精液を得ようと締め付ける。
「やぁあぁあああああ、まだ、たくさん…出てるぅ…♪」
「く…ぁ……!」
互いに体を震わせて
肉の弾ける音も粘質な水の音もしない。聞こえるのは互いの荒くなった息遣いとうるさいぐらいに大きく刻む心音ぐらいだ。
互いの視線が交わり合う。白い肌から汗が流れ、桜色の唇を緩ませ陶酔しきった表情を浮かべている。そして、フォーリアの青い瞳の中にオレがいる。
「はぁ…ぁ……ふぁ……んっ♪」
フォーリアは何も言わずにオレの唇に吸い付いた。
言葉は何もいらない。
互いに情欲が尽きていないことは明白。
徐々に深くなっていく口づけにオレも自分からフォーリアに吸い付く。
そうして再び部屋の中には淫らな音が響いていった。
「…よっと」
赤く瑞々しい、まるでリンゴのような果物がたくさん詰め込まれた籠を持ち上げる。一個はそれほど重くなくとも流石にいっぱい入っていればそれ相応に重い。
「それじゃあ、どこに運ぶ?」
「それじゃああっちの方にお願いします」
オレよりも年下に見えるエルフの女の子が指差す方を見て頷き、その方へと運んでいく。
「あ、ありがとうございます」
「いえいえ」
エルフとて女性では少々キツいことがあるだろう。そんな時こそこの里で唯一の男性であるオレの出番だ。エルフが人間よりも上の存在だろうと女性、もしかすると力関係でも上かもしれないがそれでも男性であるオレの出番もあるだろう。
「いつも苦労ばかりかけてしまって申し訳ありません。何か…お礼を…」
もじもじとしながら熱っぽい視線を送ってくる彼女。それを見てオレは苦笑しつつもやんわりと断りを入れた。
「あはは…いや、気持ちだけもらっておくよ」
そう言うオレの左手の薬指には以前フォーリアと共に取りに行ったあのガラス細工のような花がついていた。
日の光に反射して煌くそれは指輪のように加工され、壊れたり腐ったりしないような魔法がかけられている。
この花はエルフの皆にとって大切な花。
自分一人で取りに行き、手にできれば成人として、一人前のエルフとして称えられる証。
そしてその花を指に、指輪としてつけているオレもまた例外ではない。様々な問題があったがオレは皆に、この里の長に認められたということだ。
それもただエルフの成人としてだけではない。
薬指の指輪。
その意味を知っているのはこの里でオレと、あと一人。
「何をしているんだ?」
突然背中からかけられた声に背筋を震わせた。首だけ動かして見てみればそこにいるのは凛々しい雰囲気を纏ったエルフの姿。新芽のように鮮やかな長髪に切れ長な青い目、陶磁器のように白い肌と人間にはない美しさ。
「…フォーリア」
初めて会った時から変わらないその姿。だが浮かべた表情は初めて会った時以上に冷たくて、刺々しい。
「お、長…」
「ユウタが世話をかけているらしいな」
「い、いえ…むしろそれはこちらの方です。ユウタさんには助けてもらっています」
「…」
無言でフォーリアはオレを睨みつける。切れ長の目と雰囲気と相まってその視線はとても鋭いものになっている。
「まぁいい。少しユウタを借りていくぞ」
「え?」
むんずと首根っこを掴まれてそのまま引きずられる。女性だというのに男性一人の体重をたやすく引きずる。フォーリアの細腕のどこにこんな力があるのかそう思ってしまうほどだ。
こうしてみるとやはりエルフの方が力関係でも上なのかもしれない。そんな風に思いながらオレは里の奥の森へ引きずられていった。
「私というものがありながら貴様、他に目移りするとは随分だな」
「いや、そんなつもりないから…」
「嘘をつくな。色目など使って」
「使ってないって」
「…ふん」
フォーリアはそのまま近くに生えていた木にオレの体を押し付けた。傷つけることなく優しいものだが逃がさないようかもたれかかってくる。柔らかな彼女の感触と体温が学ラン越しにも伝わってきた。
ゆっくりと手が体を這っていき、頬に添えられる。森に差し込む日の光で彼女の薬指にはめられたオレと同じ指輪が煌めいた。
「私の伴侶になったというのに浮気性が懲りないな」
「男はオレ一人だから助けてるだけなんだよ。オレはフォーリア一筋だって」
「口ではなんとでも言えるだろう?それなら行動で示せ」
「…え?ここで?」
あたりを見回すもほかのエルフの姿は見えない。だがここが里の中であることに変わりない。もしかすれば誰かが来てしまう可能性だってゼロとは言えない。
「…」
「…」
「…わかったよ」
無言の見つめあいに先に折れて、オレはそっとフォーリアの頬を両手で包み込んだ。そのまま静かに口づけを交わす。
「ん…♪」
ただそれだけでもフォーリアは嬉しそうに笑みを浮かべた。
最初のころとは全然違うエルフの姿。物腰が柔らかくなったとか、それだけじゃなくてフォーリアはなんだかんだと理由をつけてはよくこうする。森の奥や家の中、誰にも見られない場所ではいつもの凛とした姿を潜めてオレを求めてきた。
今まで体を交えるなどと経験がなかったからか、オレとフォーリアが夫婦だからか、その両方か。
あの頃と比べるとすごい変化だ。当時のフォーリアが見たらきっと卒倒するくらいだろう。
「…足りないな」
「え…」
「この程度では足りないと言っている」
言うが早いかフォーリアはオレの顔を両手で挟み込み、一気に深くまで口づけてきた。唇を割って舌が侵入し、口内を嘗め回しては深みのある甘さが脳まで浸透する。
唇を離すと顔を真っ赤に染め、息を荒くしたエルフの顔があった。
「ちょ…一応ここ外だから。誰かに見られるってこともあるでしょ」
「ここらに誰かが来たことがあるか?誰も寄り付かない場所くらい選んでいるに決まっているだろう。邪魔されたらかなわんからな」
熱っぽく囁かれたその声にぞくりと背筋が震えた。フォーリアはそれを見て笑みを深めさらに体を押し付けてくる。
最近やたらと求めてくるというか、淫らになったというか、徐々に変わっていくフォーリアにオレは戸惑いを隠せない。
それでも、相手は愛しい女性。
人間とエルフだろうがそんなことは気にもならない。
オレとフォーリアの薬指に輝く花の指輪は夫婦の証なのだから。
「…まさかここで?昨日も散々したのに?」
「嫌か?」
「…いや、いい」
オレはそう言って再びフォーリアに口づけた。
―HAPPY END―
「お姉ちゃん!」
「ん?どうしたんだ、マレッサ」
「何で最近またユウタをいじめてるの!」
「オレを…いじめてる?」
「何を言ってるんだ。仲良くやっているだろう?」
「でも夜中ユウタの上に乗って何かしてるでしょ」
「っ!?」
「っ!!」
「い、いや…あれはさ…その、そうだ!プロレス!」
「ぷろれす…?」
「そ、そう。プロレス。お互いが体一つで勝負するっていう競技なんだ」
「面白そう!私もやりたい!」
「マレッサにはまだ早いって。それに、そういうのはちゃんと親しい相手とやりな」
「それじゃあユウタ、やろうよ」
「…いや、オレにはフォーリアがいるから」
「ああ、そうだ。マレッサには貸さんぞ」
「…何でお姉ちゃんのものみたいになってるの?」
「夫婦だからだ」
「ぶぅ、お姉ちゃんのケチ!」
「なんとでも言えばいい。私たちは自由にぷろれすをするからな」
「…堂々と言えることじゃないな」
「何を言うか。どうせ今夜もするだろう?」
「…さっきもしたのに?」
「嫌なのか?」
「…いや、いいよ」
呻き声とともにうっすらと瞼を開くと目に入ってきたのは見慣れた天井だった。丸太を繋いだ、山中に建てられた別荘みたいな天井。それは最近のオレがよく見ている光景だった。
間違いなく、ここはあのエルフの家。
オレが世話になっていたあの家だ。
体に感じる柔らかい感触は紛れもないオレがいつも寝ていたベッドのもの。それに加えて伝わってくる不思議な温かさ。優しくて、包まれるような変わったそれがなんだかわからないがそれでもここは間違いなくオレが世話になっていた家だ。
おかしいな…あれだけの傷で、あれだけの出血で生きてるのだろうか。あんな何もないところでどうやって治療をして、ここまで運んだというんだ。
…いや、そういえばフォーリアがいたか。
意識を失った後どうなったかはわからないが、彼女が何かをしたとしか考えられない。エルフなんだから回復魔法とかそんなものを使えてもおかしくはないだろう。それに朝になっても帰らない彼女を心配してマレッサが皆で探してくれたのかもしれないし。
だけど、オレが隠していたことはバレてしまったに違いない。頑張って隠したつもりだけどオレがこうして生きている以上何があったかぐらいは知ってしまったはずだ。それに、血が滴っていたんだからバレない方が無理だろう。
…顔、合わせたくないな。
はぁっとため息を着いたその時、部屋のドアが開いた。
「ユウタ!」
「ん…マレッサ!」
その幼く可愛らしい声は聞き覚えがある、マレッサのもの。その声に反応して体を起こし彼女の方を向こうとするが思うように体が動かなかった。
「…?」
動こうとすればなんとか動く。だけどそれにしてはあまりにも体が重くなったように感じられる。まるで全身が鉛になってしまったかのようだ。
それでも動こうとするオレを見てマレッサが慌てて止めに来た。
「だめだよ!ユウタは五日も寝てたんだから!」
「…五日?」
そんなに意識がなかったのか。自覚はないがマレッサがそうだと言うのならそうなんだろう。出血多量だったのだからそれくらいなっても当然か。
むしろ五日で目を覚ましたことは良い方かもしれない。
マレッサは包帯や水の入ったコップが乗った盆を近くの机に置いてベッドに寝ているオレに飛びついてきた。ぐりぐりと、顔を押し付けて甘えるように抱きついてくる。
視界に入ってくる新芽のような鮮やかな髪の毛。それからエルフ特有の長い耳。だけど彼女は顔をあげようとはしなかった。
「…マレッサ?」
「……よかった…ユウタ、死んじゃうのかと思った」
「…」
きっとここに運び込まれたときオレは血まみれだったのかもしれない。既に治療のされた今の体は包帯が巻かれているだけでベッドに寝かされている。この包帯もマレッサやフォーリアが変えてくれたりしているんだろう。
それでも幼い子供には少々刺激が強すぎるかもしれない。
「でもどうしてユウタはそんな大怪我してるの?」
「薬草を一緒に取りに行ってる最中にさ、谷に落ちたんだよ。それで背中をぱっくり切っちゃって」
「…薬草?谷の?」
流石に幼い彼女にことの全てを話せる訳もなく少しばかり誤魔化す。だがオレの言葉にマレッサが首をかしげた。谷の薬草と聞いて何か怪訝そうな様子だ。
「そこってどんなところだった?」
「え?そりゃ…光る花がたくさん生えてるとこだったけど」
「?」
変わらず不思議そうな視線を送り、首をまたかしげる。
「それってもしかして…光る花に囲まれてる、透き通った花?」
「ああ、そうだよ」
「それ薬草じゃないよ」
「…んん?」
薬草じゃない?
おかしいな…エルフの族長であるフォーリアなら薬草かそうじゃないかなんて一目見てすぐにわかるだろうに。
それ以前にあんな大切そうな、幻想的な場所に一輪だけ生えてるんだからそれがなんなのか知っていて当然のはずだ。
「それ、ユウタと会った時に私が探してた花なんだよ」
「へぇ?」
初めて出会ったあの時、男どもに攫われていたあの時のことか。
気づけばもう随分と前のように思える初めての人外との出会い。あれがあったからこそマレッサに、そしてフォーリアに出会えた。あれが全ての始まりであって、そして今に至るのか…。
「それで、あの花は薬草じゃないって言うけど何なんなのさ?」
「あれはね、私たちエルフにとって大切な花なんだよ」
「エルフにとって?」
マレッサの言葉を聞き返す。
エルフにとって大切な花、ならそれが生えていたあの場所もエルフにとって大切な場所のはず。しかもその花をわざわざ見せるためにオレを連れて行ったのはフォーリアだ。
そりゃ、また…なんでだろうか。
「そう。一年に一回しか生えないし咲かないお花でね、あの花を取ってくることができたら私たちエルフは―」
「―それ以上はやめろ、マレッサ」
「!!」
いきなり聞こえた、やや冷ための声に思わず背筋が凍りついた。
それが聞き覚えがある声からではなくて、聞こえた場所が意外なところだったからだ。
マレッサの後ろからじゃない。
部屋のドアでもない。
オレの前では絶対にない。
その声が聞こえたのは―
「フォ、フォーリア…?」
―オレの、すぐ後ろ。
体が鉛のように重いのだが、それでもなんとか首だけを動かして後ろを見る。どうにか横目で見えたのは新芽のように鮮やかな髪の毛と特徴的な長く尖った耳。見覚えのある人間離れした美貌を持つ女性の顔。そしてとても冷たい視線を送る青い瞳。
それは、かなり近くに。
というか、同じベッドの上に。
彼女は…オレの隣にいた。
「…何だ?」
「い、いや…何でここにいるのかと?」
「ここは私の家だぞ?どこにいようと勝手だ」
「いや、そういうことじゃなくて…」
「お姉ちゃんはね、ユウタの体が冷たくならないようにずっと温めてくれたんだよ」
「…え?」
オレの体を温めてた?マレッサの言葉にオレは一瞬首をかしげた。
確かにあまりの出血量に体温維持が難しくなるだろうけど、だからといってなんで同じベッドに。
そこまで考えて森の中にいた時の記憶がおぼろげながら蘇る。オレがあの時覆いかぶさって話した内容はいったいなんだったか。それは確かどうやって人間は体温を保つのかという話だったはずだ。
互いに肌を重ね体温維持をする。
そうは言ったがフォーリアはあの葉っぱでできたような衣装を身にまとったままだ。それでもきっと、同じベッドに入ってオレを温めてくれたことに違いない。
「…フォーリア」
「……何だ?」
まずい。声色が初めてあった時のように冷たくなってる。かなり機嫌が悪いらしい。…いや機嫌が悪くなるなんてもんじゃないか。
大怪我してたのにそれを誤魔化されて、朝になって気づいたときには死にかけのオレが寄りかかっていたはずだ。しかもそれからしばらく起きないのだから、そんなことされたら不機嫌なんてもので済むはずがない。
「マレッサ」
打って変わってマレッサを呼ぶ声は優しいもの。できることならオレにもその声で話して欲しいのだが無理な話か。
「二人っきりで話がしたい。しばらく部屋を出てくれないか?」
「っ!」
「うん、わかった。でもあんまりユウタに無理させないでね?」
「そんなこと言われずともわかっている」
「っ!?」
以前よりもずっとあっさり頷いてしまったマレッサ。
オレとフォーリアの仲は良好だ。それを同じ家に住むのだから彼女は知っている。
だけど、今はできれば止めて欲しかった。
「それじゃあ私はユウタのために薬草をとってくるね」
マレッサはそう言い残して部屋から出ていってしまった。
部屋にいるのは同じベッドに寝転ぶオレとフォーリアの二人だけ。
「…」
「…」
フォーリアは何も言わない。ただこちらをじっと見つめて…いや、睨みつけている。
対してオレは何も言えない。あんなバカをやってしまった以上なんと声をかければいいのかわからない。
静寂が痛い。
沈黙が辛い。
女性と、それも美女と同じベッドに入るのはこれほどまでに厳しく恐ろしいものだったっけ。そんなことを思いつつも背中を嫌な汗が伝った。
それからずっと部屋の中は風に吹きつけられ揺れる窓の音ぐらいしかしなかった。五分は続いたかもしれない、もしかしたら一時間とかもっと長かったかもしれない。そう感じた中でやっとフォーリアが口を開いた。
「…黒崎ユウタ」
呼び名が名前からフルネームに戻っていた。
親しくなっていた分、これは地味に痛い仕打ちだ。
でも、甘んじて受け入れることしか今のオレには償うすべがない。
ゆっくりとフォーリアは体を起こしてオレの体の上にまたがった。触れ合う肌が女体の柔らかさを伝えてきて、男として反応してしまいそうなのだが現状はそれを許しはしなかった。
ゆっくり近づけられるフォーリアの顔。ただでさえ逃げられない状態でさらに追い詰められた姿勢。視線を外そうとしたところで無理やり戻されるだろうし、問い詰められて誤魔化せそうにもない。
背中に嫌な汗を感じつついるとフォーリアが口を開いた。
「村からずっと離れた場所に…五人、人間が倒れていたんだ。皆で確認すると全身のほとんどの骨が折れたりしていてな、まるで熊か猪のような大型の獣に襲われたかのようにひどい怪我をしていた」
その五人とは間違いなく、あの男ども。
マレッサを攫い、フォーリアに手を出そうとし、エルフの里を汚そうとした悪人共。
多分、フォーリアなら知っているはずだ。マレッサを攫ったあの男どもなのだから見覚えくらいあるはずだ。
「縛り上げて近くの街の外に捨て置いてきた。本当ならあのまま矢を射ってしまってもよかったが…既にまともに歩ける姿でもなかったからな」
「そっか」
「だが」
フォーリアはそこで言葉を止めてオレを見た。射抜くような視線は鋭くて初めて会った時を思い出させる。しかしあの時のように冷たいものではなかった。
「一人持っていた剣に血がこびりついていたんだ。それだけじゃない、ある所から男たちが倒れていたところまで血が滴った跡が残っていた。まるで斬りつけられて傷をそのままに逃げ出し、途中で男たちと戦ったように見える血の跡だ」
「っ!」
「不思議とその跡はな、男たちのいたところからさらに伸びていた。いや、その血があったから男たちを見つけられたとでも言うべきか」
「…」
「なぁ、ユウタ」
フォーリアの手が力強くオレの肩を掴んだ。
そのまま視線を逃さぬようにずいっと顔を近づけてくる。あまりの近さに互いの吐息が頬をくすぐるほどだ。
本来なら恥ずかしいとか照れてしまうはずなのだがそれ以上に気まずい。
視線を逃がそうにも肩を掴まれ、ここまで近づかれてはそらせない。
体は動かないから突き放すことなんてもっとできない。
「なんで、黙っていた?」
フォーリアは射抜くような視線でオレを見つめてそう言った。
答えるのは簡単だけど、簡単に答えてはいけないその言葉。
言葉は単純だけど、中身はあまりにも複雑な質問。
答える言葉によってこの場を沈められるだろうか。いや、ここまで怒っているフォーリアを沈めるなんてことは絶対に無理だ。
結果、オレは何かを言おうとしても何も言うことができなかった。
「…ふざけるなっ!!」
次の瞬間、怒声とともにフォーリアの手がオレの頬を張った。
乾いた音が部屋に響き、じんわりとした痛みが伝わってくる。
痛いが、仕方ない。
この程度彼女の感じたことと比べればなんともないのだから。
オレが隠していたこととはあまりにも差がありすぎるのだから。
そのまま続くと思った行為に我慢するため歯を食いしばっているとぽたりと何かが落ちた。
「…?」
鉛のように重い体でゆっくりと視線をフォーリアの顔へと移す。
そこにあったのは顔を真っ赤にして涙を流すエルフだった。
「フォー、リア…」
「…なぜ黙っていたんだ」
また、雫が落ちる。
「どうして、誤魔化したんだ」
震える手が肩を掴む。
「なんで、嘘をついていた!」
部屋全体を震わせるのではないかというほどの大声が響いた。
「何が冷え性だ、何が金属のアクセサリーだ!デタラメばかり並べて、自分が傷ついているのに何で隠した!?私が傷を見て、人間同士で争ったことを知って嫌うとでも思ったのか?それほどまでに私は小さい女に見えたのか!!」
耳を塞ぎたくなるほどの大きな怒声でフォーリアはオレに言葉をぶつけていく。
だけど、それは彼女の叫びであって、気持ちだった。
「何を思ってユウタが争ったのか分からないわけがないだろう!?そこまで私は堅物に思えたのか!頼めばすぐさま魔法を使って少しは傷を癒せたんだ…それなのに貴様は!貴様というやつは……っ!!」
徐々に小さくなっていく声。それに伴い弱々しく震えるフォーリアの手。力を失っていくも離さないように肩を掴んでいる。
あまりにも弱々しい姿。
それはエルフの長としての凛々しい姿ではない、初めて見るフォーリアだった。
思わず抱きしめてあげたくなる。だがそれができる力は残っていない。
何も言わずにいるとポタポタと何かが滴り落ちてきた。
「…フォーリア」
「貴様は…ぁ…っ」
頬を濡らしていく雫。伝い落ちてはオレの体で弾け、また滴る。
それはまるで純粋無垢な子供だった。
マレッサのように自分に正直な、ただの女の子だった。
普段族長として凛としている姿は欠片もない。人間だと嫌っていた姿なんて微塵もない。
思ったことをそのまま声に乗せ、感情のままにぶつける姿はフォーリアらしくなかった。それでも、それこそが本当の姿なんだろう。
立場上押し殺し、弱みを見せまいと隠し続けてきた本心なんだろう。
泣き顔を見せたくないのか、それとも縋り付きなくなったのかフォーリアはオレの胸に頭を押し付けた。
「…ユウタが死にそうな時、とても胸が痛かった。ユウタがやっと起きて、嬉しくなった…」
そっと紡がれる、フォーリアの心。
「こんな気持ち…母の死を看取った時以上に怖かった…」
染み込んでいく、本当の気持ち。
「いなくならないでくれ…」
「…っ」
とても小さな声だった。
それでもオレに伝わったことはあまりにも大きかった。
「皆の前から、私の前から………いなくならないでくれ…」
たった一つの言の葉は鋼鉄よりも強固な鎖となりオレを絡め取っていく。
それでも優しくて、切なくて、抵抗する気を溶かしていく。
ここまで言われて去れるだろうか。
ここまでさせて逃げ出せようか。
「…ああ」
あの時返せなかった言葉をオレは言った。
それを聞いてフォーリアは小さく頷き、そのまま体から力を抜いて何も言おうとしなかった。
重なる体と体。触れ合う肌と肌。
フォーリアの体温が未だ十分な血液がない体に心地よく、森のように深くて甘い香りに気持ちが落ち着く。あまりの気持ちよさに眠りに落ちそうになるのだがそれを上回る感覚が体に伝わってきた。
「…」
無意識になのか体を強く押し付けてくる。跨っている状態だから仕方がないこととはいえ、彼女は身を捩る。ただでさえ近いこの距離で、触れ合っているこの位置でそんなことをすれば意識せざるをえないというのに。
優しく染みる体温に、柔らかな体の感触に、甘くくすぐるその香りにオレの体は反応していた。
「…うぁ」
最悪だ…。こんな状況で、こんな状態でどうして体は反応してしまうのか。
自由が利かないはずなのに、思うように動けないのに、それでも男の部分は熱を持って立ち上がっていた。
オレに跨っている状態でフォーリアがそれに気づかないはずがない。さらには服を着ているとは言えいつものような制服姿ではない。体温をより伝えやすくするためなのか薄い記事で出来ているものだ。それなら当然体温だけではなく感触も伝わりやすくなる。
「…ユウタ?何か…硬いものが当たってるんだが、これはなんだ?」
「…うゎぁ」
ストレートに聞きに来るか…普通なら分かってもいいはずなのに。いや、でもフォーリアは今まで女性に囲まれてたんだ、男性の体のメカニズムを知らなくてもおかしくないか。
…だとしてもこれは恥ずかしいどころじゃない状況だ。
「…こんな硬いもの、ここに寝かせた時も今までにも持たせた覚えはないぞ?」
「う、その…あの…これは………」
「…見せてみろ」
言うが早いかフォーリアはすぐさまオレにかかっていたシーツをまくりあげた。学ラン姿はとは違う薄い服ではそれを隠すことなど出来やしない。結果、オレのものはフォーリアの目に晒されることとなった。
「な…なんだこれは…?」
「……」
「すごく熱くて震えていて……辛いのか?」
「つ、辛くない!全然平気!ほっとけばすぐに治るって!」
だがフォーリアの向けてくる視線は疑わしいと言わんばかりのものだった。どうやらオレのしたことが完全に彼女の猜疑心を揺り起こしているらしい。
「…どうだかな。傷のことを黙っておいて今更そんなことを信じられるか」
「いやいやいや!これは本当だから!嘘じゃないから!信じて!!」
「ふん」
どうやら怪我に関することは信じてくれないみたいだ。それに少しでも関係しそうなことでも彼女はオレの言葉を聞いてくれそうにない。
フォーリアは恐る恐るそっとオレのものを撫でる。
滑らかな肌がゆっくり敏感な部分に擦れるのはあまりにも刺激が強かった。
「〜っ!」
「む。痛むのか?」
「痛くはないけど…でもっ」
「どうすれば楽になるんだ?」
「はっ!?」
「辛いんだろう?」
手の動きを止めることなく彼女はオレに聞いてきた。
そんなこと恥ずかしすぎて答えられるわけがないというのに。
だがそれよりも先に自身が高みへ押し上げられていくのを感じる。ここ最近抜いていなかったし、さらには自分以外が触れたことのないところへの刺激だ、耐えることなんてできるはずもない。
「手…っ」
「手?」
「手を、ほんと、やめ…………っ!!」
言うよりも先にたぎった白濁の液体が先端から勢いよく噴き出した。震え吐き出される白い液体は美女の顔へ降りかかっていく。朱色に染まっていたフォーリアの頬にべっとりと粘液が付着した。
白い化粧を施されたエルフの顔。
誰もが美女と賞賛する女性の顔を自らの欲望の塊で汚す背徳感。
いけないことだとわかっていても、自由が利かないこの状態でも、タブーを犯す快感がオレの背を妖しくざわつかせる。
「っ!?何だこれは……」
逆にあまりにもいきなりのことでフォーリア自身も驚いているらしく、慌てて顔に着いた精を拭い取っていく。手のひらに集まった白濁液を興味深く見つめてこちらを向いた。
「…これはなんだ?血…なら赤いだろうから別のものなのか?病気…なんて言わないよな?」
「…」
「…おい、ユウタ」
…エルフには男性がいなかった。だから男性の体のメカニズムを知っている者もいないのかもしれない。それでも、子作りのやり方とかは知っててもいいはずだろうに。
まさかそれを知らず、オレが自分の口から言わなければいけないというのだろうか。正直そんなことをいちいち説明できるほどオレは大人じゃない。流石にこういうのは恥ずかしい。
だがフォーリアの目は真剣だ。
きっとオレがやらかしたことからか命に関わりそうなことには敏感になっているのかもしれない。
…言わないといけないのか。
「ユウタ…」
「…えっと…さ……それは、その……」
無垢な女に汚れた知識を与える背徳感、それは真っ白な新雪に自分だけの足跡を刻み付けるような感覚に近かった。笑みを浮かべて自分だけの証を残す、子供っぽい独占欲と大人らしい支配欲が満たされていく気がする。
何を与えるか、刻むのかはオレの自由。
だからといって歪んだ知識を与えるわけにもいかない。
「……精液って言って……その………男が気持ちよくなると出る液体…です………」
正直自分で言葉を間違えたと思った。
もう少しマシな説明にするべきだったと思った。
「気持ちよくなったというのか?ふざけるなっ!」そんな怒声とともに殴られるかもしれない。いや、最悪矢を射られるかもしれない。
フォーリアはオレを心から心配してくれたのになんという失態だろうか。
だが彼女は殴りかかろうともせず、矢を持ち出す仕草も見せなかった。
両手に貯めた白濁液を眺めてほぅっと一言。
「…精液?…そうか、これが…そうなのか…」
ただそう言っただけだった。
…どうしたのだろうか。なんというか、いつものフォーリアらしくないというか。
だがこの状態、どこかで見たことがあるぞ。つい最近…そう、最近になってこれに近いものを見たはずだ。
確かあれはマレッサに連れられて他のエルフたちの前に出たとき。興味津々にオレへと手を伸ばしてきた少女の一人がこんな感じだった。胸に抱きつき、うっとりとした表情でオレを見上げ熱い吐息を漏らしていた。
あの姿とフォーリアの今の姿が重なっているんだ。
「……気持ちよく、なったのか」
フォーリアはぽつりと呟いて指先についた白濁液を舌で舐めた。湿って艶めかしいそれは一瞬だったがいやらしく瞳に映る。
「っ!な、何やってんのさ!!」
「…変な、味」
熱にうかされてしまったようにはっきりしない意識の中フォーリアはこちらを見つめてきた。潤んだ瞳に艶やかに湿った唇がなんとも色っぽい。
だが、この状況で、こんな状態で、何を思っての行動なのだろうか。
いつもの調子じゃないことは誰が見ようとも明らかだった。
やばい、と理性が告げる。
頭の中で警鐘が鳴り響く。
だけど、血を流しすぎた体は鉛のように重くて自由もほとんど利かない。腕を上げようにもあまりにも重くてすぐにだらんとベッドに落ちてしまう。せいぜい出来てシーツを掴んだり、首を動かしたり喋ったりするくらいだ。
まな板上の鯉というのはこんな気持ちなんだろうか、と下らないことを考えてしまう。
「…変な気分だ」
フォーリアの肌にうっすらと汗が浮かんでいる。頬は朱に染まって、触れている肌からやたら高い体温が伝わってきた。鼻腔をくすぐる深みを持った甘い香りはいつも以上に強くなっているみたいで、まるで包まれているようにも感じられる。
「なんだか…体の奥、が……っ」
するりとフォーリアの手が自分の体を伝っていく。首筋を這い、鎖骨を撫でて、大きな胸に指先が沈み込んだ。
「んんっ♪」
刹那に上がる、甘く熱っぽい声。凛々しい声とは全く違う、艶のある声は聞いただけでもゾクリと背筋が震える。
「…ぁあっ♪」
一瞬フォーリアの体がびくりと大きく震えた。
「ここが…ぁ…疼くんだ……」
フォーリアの顔はとろけた表情を浮かべ、そこを見つめる。視線の先は胸ではなく、腹ではなく、さらに体の下にあるところ。女の部分だ。葉の衣装でスカートのようになっている部分へ手を差し込み、ゆっくりと動かす様子に思わず生唾を飲み込んだ。
「ピリピリする…ぅんん♪」
おそらく指を擦りつけて得る感覚にフォーリアの表情が緩んでいる。
初めの頃の厳格な顔ではなく。
オレに見せてくれた優しい顔ではなく。
泣き出しそうに心配ししてくれた顔ではなく。
きっと感じたことのないものに蕩ける女の顔。
一体何があったのか、どうしてこうなったのか原因は分からない。先ほどの行為がフォーリアの何かに火をつけてしまったとでも言うのだろうか。
「ちょ、フォーリア…」
「ぁあ…♪」
何かいいことを思いついた子供のように純粋な笑みでフォーリアはオレを見た。
何をする気なのか予想がつかない。だけど、こんな状況だ。何を思いついたのか、わからなくても嫌な予感はする。理性は警鐘を鳴らしているのに動かない体は期待してそれを待つ。
フォーリアはゆっくりと体をオレの腰の上に、そそり立つものの上に持ってきた。
「擦ると…気持ちよくなるんだろう…?」
「え?え?」
彼女の名を呼ぶも反応はしてくれない。今しようとしていることに気を捉えているのだろうか。
そしてフォーリアは女の部分を押し付けた。
「うぁっ!?」
「はぁっ♪」
湿り気を帯びた柔らかな感触。
だけどそれは手ではなくて、もっと大切な場所。
男と、女の部分。
「こうすれば、いっしょに気持ちよく、なれる…から…♪」
互いの敏感な部分を擦り合わせるだけ。とても単純だがそれによって得られる快感は二人共々伝わっていく。男と女に感じるものに差はあろうとも快楽であることに変わりない。
なんと素晴らしい提案なのだろうか。
あまりの素晴らしさに目眩がする。目眩どころか頭が痛くなってくる。
本当にどうしてしまったというんだ。
オレの知ってるフォーリアなら絶対にこんなことはしないというのに。
誇り高きエルフと豪語していた長が、男の上に跨って腰を振る。そんな発情した獣みたいなことは死んでもやらなさそうなのに。
「くぅ、ぅん…♪」
湿った桜色の唇から甘い声が漏れ出した。
すりすりと擦りつけられる、柔らかく異常なほどの熱を持ったその部分。擦れるたびに粘質の液体がまぶされて摩擦が徐々に軽減されていく。
だけど、その刺激はあまりにも強すぎて。
それでも、その行為はあまりにも淫靡なもので。
もし体が動けたのなら思わず手が伸びてそのまま獣のごとくフォーリアを求めてしまっていたかもしれない。だが逆に今動けない状態では欲望のまま貪ろうとできない代わりに、抵抗することもできない。
できることは声をかけることだけだろう。
「フォーリア…っ!わかってるのかよ……子供がどうやったらできるか…」
「馬鹿な、ことを…言うな…ぁっんん…そのくらい、知ってるに決まっている…」
「なら…っ!」
「だから…こうしているんだ…間違っても、んぅ♪……入って、しまわぬように……っ」
そうは言ってもフォーリアの腰の動き危うい。
ただ擦りつけているだけなのだが先程からずっと先を重点的に押し付けてくる。入ってしまわないようにと言っていたはずなのに腰は逆に誘うみたいに妖しく揺れた。
止めるにもこんな状態では止められるわけもない。
それ以上にオレの上でこんな痴態を見せつけられて平常でいられるわけがない。もしも動くことができたのならオレの方からしようとしたかもしれない。
この状態は幸か不幸か分からない。
体を駆け巡る未曾有の感覚にしばらく耐え続けていると先端が引っかかった。
「うぁ!」
「あぁっ♪」
どうなってるのかフォーリアの体で見えないが、予想はついた。
まずい、そう思ってるはずなのにその先を期待している自分がいる。止めようと声を出したつもりが気づけば口をつぐみ、何もできずにいた。
「う、ん…んんっ♪」
直後部屋の中に響き渡る甘く艶やかな声。それと同時にフォーリアの体が大きく痙攣した。
一瞬の抵抗と、熱い、とても熱い柔らかな媚肉が包んで抱きしめられる感覚がある場所から伝わってくる。
「や、あ♪中…熱いのがぁ…っ♪」
ビクビクと体を震わせて紡いだ言葉。それから伝わってくるこの感覚。気を抜けば流されてしまいそうになるほど壮絶なそれは痛みではなくて、快感だ。
経験はなくとももうどうなっているかはわかった。
オレは今、フォーリアと…!
「入ってる…んん…♪」
「待った待った待った!!」
今ほとんど動けないオレにできることはせいぜいこうして声を張り上げ彼女の理性を取り戻させること。
「ほら!よく考えてみろよ!オレは人間でフォーリアはエルフだろ!」
彼女の手は止まらない。
彼女の動きは止まらない。
伝わる快楽も、止みそうにない。
「高潔なエルフと愚鈍な人間じゃ全然違うだろ!?だからこんなことするなんて…!」
歯を食いしばって耐えようにも思うように歯が噛み合わない。堪えるように力を入れても今の状態ではろくに力が入らない。
ほぼ一方的に流れ込んでくる快楽に抗う術はただ声を出すことだけ。
だけどフォーリアはオレの声なんて届いているのかいないのか、ゆっくりと腰を動かし始めた。
蜜壷がうねり、愛液を吐き出す。そのせいで腰の動きがスムーズになっていきフォーリアの中が強くこすり合わされる。互いに感じ、伝わる快楽に二人して体がうねった。
「くぅぁ…っ!!」
「ふあぁあっ♪やぁ、やだぁ、あぁあ♪止まら、ないっ♪」
柔肉が巻き付き、きつく抱きしめる。力任せに扱き立てては容赦なく射精を促してきた。
人間よりも上の存在であるエルフと交わっている、そんな事実がどうしようもないくらいに興奮させる。
やめさせなければ、そう思っているはずが抵抗する力が快楽に削ぎ落とされていく。
「ぁっ…うぁ…やめ、ほんとにっ…フォーリア…っ!!」
「なん、で…ぇ?」
駄々っ子のように体を弾ませているのだが、動くたびに感じるものは先ほど手で扱われたことが子供騙しに思えるほど凄まじい。
先ほど出したとは言えたった一度で満足しないし、こうして美女と体を重ねている状況で自分を抑えることなんて出来やしない。
「ユウタは、気持ち、良く…ないのか…?」
「いい、いいから…っ!良すぎるから…ほんと、やめ…」
言い切る前に腰の動きが再開する。より深くまでくわえ込もうとぐりぐりと押し付けられては先端には周りの肉癖と違う感触が伝わってきた。蠕動して奥へ奥へと誘い込んで甘酸っぱく絞り込んでくる。人間と違ってエルフのそれはとてつもない媚肉なのだろうか。
オレの言葉にフォーリアは蕩けた笑みを浮かべた。高潔なエルフがいつも威厳に溢れた表情をしていたのに、今はまったく想像つかないほどいやらしくて淫靡で、とても嬉しそうな笑みを向けていた。
「よかった…」
そんなそんな一言がオレの理性をそぎ落とす。
たった一言、言葉の意味としては多様なもの。
だけどこんな状況で、そんな顔で言われてしまったら抵抗なんてできなくなる。
「んんっ♪」
快楽を欠片も逃がさぬようにフォーリアは膣肉を引き締め、腰を振り立てた。
まるで獣。
エルフらしい誇り高い姿は見当たらない、情欲に掻き立てられる獣の姿。
だけどそれがどうしようもないくらいに美しい。
新芽のように鮮やかな髪の毛が乱れ、大きな二つの膨らみが揺れ、汗が弾けて快楽の蕩けた顔を見せる姿はあまりにも綺麗だ。
目の前に快楽に蕩けた淫靡な顔でオレを求める美女がいる。潤み情欲に染まった青い瞳が真っ直ぐ向けられている。顔を寄せて何か言いたげなのだが唇の隙間から漏れ出すのは甘い声に熱い吐息。湿ったそれを唇に感じ、まるでキスをしているかのような気分になる。
ただの吐息がこれほどまでにエロチックなものだったか、そんな風に思えるほどだ。
あと少し首を動かすだけで重なってしまいそうな距離でフォーリアは止まっている。
この距離がもどかしい。
あと少し。
あとちょっと。
たった少し首を前に出せばいい。唇を貪るように突き出せばいい。血を失って十全に動かないこの体でも可能なことだ。
だけど、これが最後の一線。
進めば戻れない、最後の境界線。
全て貪りたいと求める本能と、恐怖に近い警告を促す理性。
身を委ねようとする欲望と、絶対に曲げてはいけない思慮。
オレは―
「―んっ!」
「―んむっ!?」
自分から唇を押し付けた。
一瞬驚いた表情を見せるがフォーリアは目を閉じて赴くままに唇を重ねる。
何度も何度も啄むように吸い付いては徐々に深くまで貪ろうとする。
「むふぅ…♪はふぅ…んん♪」
快感の大きさが伝わるかのようにフォーリアの唇の隙間から漏れ出す荒い吐息が部屋に響く。
フォーリアの唾液が口中に溢れ、花の蜜のような甘さが脳まで浸透する。その甘露を逃したくなくて、もっと欲しくなって、オレは更にフォーリアと唇を重ね合わせた。
互いが互いを貪った。舌を絡ませ口の中を何度も往復させる。擦り合わせては唾液が滴り、啜れば吸われ、押し付ければ求めるように彼女も押し付ける。
ようやく唇を離したかと思えば目の前に広がるのは切なげなエルフの顔。頬どころか尖った耳まで朱に染め、潤んだ青い瞳は情欲に燃え、先ほどまで重ねていた唇からは一筋の唾液が滴った。それすらも逃したくなかったのか舌先が妖しく蠢き、舐め取っていく。
互いが混じりあった唾液が舐め取られていると思うとどうしようもなく興奮してしまう。こんな経験が今まで一度もなくて、さらに性欲盛んな十代ならなおのこと。エルフの、美女の淫らな姿を見せつけられてはもう止まれない。
堕ちてしまったのはフォーリアか。
踏み越えてしまったのはオレなのか。
互いにそんなことを考える余裕さえ消え去っていた。
あるのは欲望。
獣のような欲求。
本能に従った性欲。
ベッドの軋む音を立てて、肉と肉のぶつかり合う音が部屋に響いて、粘質な液体の音が耳に届く。何度も腰が打ち付けられて、何度も唇に吸い付き、互いを貪り、高みへと押し上げる。
そんな中でとうとう限界が訪れた。
「あぁ♪…なにか、くりゅ…んんっ♪や、あぁあああああああああっ♪」
一気に弾けるような勢いで熱く激った欲望が流れ出した。
「あぁあああっ♪」
子宮口に吸いつかれた先端は何にも遮られることなく子宮へと精液を叩きつける。その感触にまた快感を得ているのかフォーリアはガクガクと肢体をくねらせた。動きに伴って膣壁もうねり、さらに精液を得ようと締め付ける。
「やぁあぁあああああ、まだ、たくさん…出てるぅ…♪」
「く…ぁ……!」
互いに体を震わせて
肉の弾ける音も粘質な水の音もしない。聞こえるのは互いの荒くなった息遣いとうるさいぐらいに大きく刻む心音ぐらいだ。
互いの視線が交わり合う。白い肌から汗が流れ、桜色の唇を緩ませ陶酔しきった表情を浮かべている。そして、フォーリアの青い瞳の中にオレがいる。
「はぁ…ぁ……ふぁ……んっ♪」
フォーリアは何も言わずにオレの唇に吸い付いた。
言葉は何もいらない。
互いに情欲が尽きていないことは明白。
徐々に深くなっていく口づけにオレも自分からフォーリアに吸い付く。
そうして再び部屋の中には淫らな音が響いていった。
「…よっと」
赤く瑞々しい、まるでリンゴのような果物がたくさん詰め込まれた籠を持ち上げる。一個はそれほど重くなくとも流石にいっぱい入っていればそれ相応に重い。
「それじゃあ、どこに運ぶ?」
「それじゃああっちの方にお願いします」
オレよりも年下に見えるエルフの女の子が指差す方を見て頷き、その方へと運んでいく。
「あ、ありがとうございます」
「いえいえ」
エルフとて女性では少々キツいことがあるだろう。そんな時こそこの里で唯一の男性であるオレの出番だ。エルフが人間よりも上の存在だろうと女性、もしかすると力関係でも上かもしれないがそれでも男性であるオレの出番もあるだろう。
「いつも苦労ばかりかけてしまって申し訳ありません。何か…お礼を…」
もじもじとしながら熱っぽい視線を送ってくる彼女。それを見てオレは苦笑しつつもやんわりと断りを入れた。
「あはは…いや、気持ちだけもらっておくよ」
そう言うオレの左手の薬指には以前フォーリアと共に取りに行ったあのガラス細工のような花がついていた。
日の光に反射して煌くそれは指輪のように加工され、壊れたり腐ったりしないような魔法がかけられている。
この花はエルフの皆にとって大切な花。
自分一人で取りに行き、手にできれば成人として、一人前のエルフとして称えられる証。
そしてその花を指に、指輪としてつけているオレもまた例外ではない。様々な問題があったがオレは皆に、この里の長に認められたということだ。
それもただエルフの成人としてだけではない。
薬指の指輪。
その意味を知っているのはこの里でオレと、あと一人。
「何をしているんだ?」
突然背中からかけられた声に背筋を震わせた。首だけ動かして見てみればそこにいるのは凛々しい雰囲気を纏ったエルフの姿。新芽のように鮮やかな長髪に切れ長な青い目、陶磁器のように白い肌と人間にはない美しさ。
「…フォーリア」
初めて会った時から変わらないその姿。だが浮かべた表情は初めて会った時以上に冷たくて、刺々しい。
「お、長…」
「ユウタが世話をかけているらしいな」
「い、いえ…むしろそれはこちらの方です。ユウタさんには助けてもらっています」
「…」
無言でフォーリアはオレを睨みつける。切れ長の目と雰囲気と相まってその視線はとても鋭いものになっている。
「まぁいい。少しユウタを借りていくぞ」
「え?」
むんずと首根っこを掴まれてそのまま引きずられる。女性だというのに男性一人の体重をたやすく引きずる。フォーリアの細腕のどこにこんな力があるのかそう思ってしまうほどだ。
こうしてみるとやはりエルフの方が力関係でも上なのかもしれない。そんな風に思いながらオレは里の奥の森へ引きずられていった。
「私というものがありながら貴様、他に目移りするとは随分だな」
「いや、そんなつもりないから…」
「嘘をつくな。色目など使って」
「使ってないって」
「…ふん」
フォーリアはそのまま近くに生えていた木にオレの体を押し付けた。傷つけることなく優しいものだが逃がさないようかもたれかかってくる。柔らかな彼女の感触と体温が学ラン越しにも伝わってきた。
ゆっくりと手が体を這っていき、頬に添えられる。森に差し込む日の光で彼女の薬指にはめられたオレと同じ指輪が煌めいた。
「私の伴侶になったというのに浮気性が懲りないな」
「男はオレ一人だから助けてるだけなんだよ。オレはフォーリア一筋だって」
「口ではなんとでも言えるだろう?それなら行動で示せ」
「…え?ここで?」
あたりを見回すもほかのエルフの姿は見えない。だがここが里の中であることに変わりない。もしかすれば誰かが来てしまう可能性だってゼロとは言えない。
「…」
「…」
「…わかったよ」
無言の見つめあいに先に折れて、オレはそっとフォーリアの頬を両手で包み込んだ。そのまま静かに口づけを交わす。
「ん…♪」
ただそれだけでもフォーリアは嬉しそうに笑みを浮かべた。
最初のころとは全然違うエルフの姿。物腰が柔らかくなったとか、それだけじゃなくてフォーリアはなんだかんだと理由をつけてはよくこうする。森の奥や家の中、誰にも見られない場所ではいつもの凛とした姿を潜めてオレを求めてきた。
今まで体を交えるなどと経験がなかったからか、オレとフォーリアが夫婦だからか、その両方か。
あの頃と比べるとすごい変化だ。当時のフォーリアが見たらきっと卒倒するくらいだろう。
「…足りないな」
「え…」
「この程度では足りないと言っている」
言うが早いかフォーリアはオレの顔を両手で挟み込み、一気に深くまで口づけてきた。唇を割って舌が侵入し、口内を嘗め回しては深みのある甘さが脳まで浸透する。
唇を離すと顔を真っ赤に染め、息を荒くしたエルフの顔があった。
「ちょ…一応ここ外だから。誰かに見られるってこともあるでしょ」
「ここらに誰かが来たことがあるか?誰も寄り付かない場所くらい選んでいるに決まっているだろう。邪魔されたらかなわんからな」
熱っぽく囁かれたその声にぞくりと背筋が震えた。フォーリアはそれを見て笑みを深めさらに体を押し付けてくる。
最近やたらと求めてくるというか、淫らになったというか、徐々に変わっていくフォーリアにオレは戸惑いを隠せない。
それでも、相手は愛しい女性。
人間とエルフだろうがそんなことは気にもならない。
オレとフォーリアの薬指に輝く花の指輪は夫婦の証なのだから。
「…まさかここで?昨日も散々したのに?」
「嫌か?」
「…いや、いい」
オレはそう言って再びフォーリアに口づけた。
―HAPPY END―
「お姉ちゃん!」
「ん?どうしたんだ、マレッサ」
「何で最近またユウタをいじめてるの!」
「オレを…いじめてる?」
「何を言ってるんだ。仲良くやっているだろう?」
「でも夜中ユウタの上に乗って何かしてるでしょ」
「っ!?」
「っ!!」
「い、いや…あれはさ…その、そうだ!プロレス!」
「ぷろれす…?」
「そ、そう。プロレス。お互いが体一つで勝負するっていう競技なんだ」
「面白そう!私もやりたい!」
「マレッサにはまだ早いって。それに、そういうのはちゃんと親しい相手とやりな」
「それじゃあユウタ、やろうよ」
「…いや、オレにはフォーリアがいるから」
「ああ、そうだ。マレッサには貸さんぞ」
「…何でお姉ちゃんのものみたいになってるの?」
「夫婦だからだ」
「ぶぅ、お姉ちゃんのケチ!」
「なんとでも言えばいい。私たちは自由にぷろれすをするからな」
「…堂々と言えることじゃないな」
「何を言うか。どうせ今夜もするだろう?」
「…さっきもしたのに?」
「嫌なのか?」
「…いや、いいよ」
13/01/13 20:37更新 / ノワール・B・シュヴァルツ
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