素直な気持ち、尽きない興味
体に不相応な大きい弓。それから少し長めの矢。彼女の体にはちょっともてあますくらい両方とも大きかった。
それだというのに幼い姿をしたエルフの女の子はそれらを傍らに置いてにっこり笑みを浮かべてオレの手を取る。
「ユウタ、一緒に行こ」
「…ん?どこへ?」
姉妹エルフの住む家においてもらって早数日。
矢の刺さった傷があらかた治ってきて歩き回るぐらいなら多少痛む程度にまで回復した今日この頃。
オレは泊めてもらっている部屋のベッドの上でマリッサを前に首をかしげた。
「お稽古。これから皆で弓矢のお稽古をするの」
「へぇ…弓矢か」
エルフだから魔法ドカンドカン撃ってるのかと思ったがどうやらオレの持ってるイメージとはだいぶ違うらしい。そういえばマレッサを助けた時に誤射された時だって弓矢だったんだから当たり前か。
「お姉ちゃんは見回りと薬草取りに行ってるからしばらく帰ってこないよ。ユウタもただジッとしてるだけじゃ暇でしょ?」
「…その気遣いは嬉しいよ」
こんな幼い子にそこまで気を回されているというのは嬉しい半面情けないとも思う。
だがここはエルフの住まう家。そして、エルフたちのための里の中。
人間であるオレが好き勝手すれば何をしでかすかわからない。ここはマレッサの好意を受け止めることがいいんだろう。
だけど。
「皆っていうと…その、エルフの皆のこと?」
「うん」
エルフの家で、エルフの里なのだから当然のことだ。
ここに人間はいない。オレを除いて誰一人いない。
そんな中にオレが出向いて言っていいのだろうか。以前、この家で初めて出会ったマレッサの姉にはとことん嫌われていたが、皆が皆あのような性格だったら流石にオレも凹む。
だがマレッサはそんなオレを見てにこりと笑った。
「大丈夫だよ。皆人間さんのことはあんまり良く思ってなくても、あんなに嫌ってるのはお姉ちゃんぐらいだもん」
「…へぇ」
それはそれでいいのだが…どうして彼女はオレをあれほど露骨に嫌い、蔑んでいるのだろうか。あそこまで刺々しい発言や見下した視線は常軌を逸している。
それが、エルフの本質か。
あれが、彼女の本心か。
オレには到底わからない。
「…なんであんなに嫌われてるんだろ」
「えっとね、たぶんお姉ちゃんが長だからだと思うの」
「…長?長って……何の?」
「この里の、長」
「…へぇ」
ということは、だ。
マレッサの姉であるあのエルフはこの村の、エルフの里の長であって、一番偉い女性だということだろうか。
へぇ、あのエルフが。
…あの女性が。
長というのだからもっと年老いてると思っていたのだがそうじゃないのか。それとも外見はあんなに若々しいけど本当はかなり長い年月を生きていたりするのかも。
エルフで長というのだからそれくらいあってもおかしくない。
長なんだから……。
「…え?長っ!?」
「うん」
ということはだ、人間と関わるか否かを決める権利は彼女が持っている。
あの女性が、あれほどまでに厳格なエルフが…。
…いや、長だからこそあそこまで厳しく振舞っているのかもしれない。
「でもお姉ちゃんは意地っ張りだから、本当は人間さんと仲良くしないといけないのにできないんだよ」
「ん…?仲良くしなきゃいけない?」
それはまた、なんで?
この世界に元からいたわけじゃないからその言葉の意味がわからない。こんな幼い子供でも理解できるような、重大なことがこの里に起きているのだろうか。
「よいしょっと」
マレッサは明らかに体格にあってない大きな弓と矢の入った筒を背負う。
見ているこっちがハラハラしそうな状態だ。それでも彼女は平然としてオレの手を掴む。
「持とうか?」
「平気だよ。それよりも早く皆のところに行こう。ユウタを皆に紹介しなきゃ」
「…気が進まないなぁ」
「大丈夫!ユウタなら皆と仲良くできるって」
笑みを見せつけそう言ったマレッサ。だが、次の瞬間切ない、寂しげな表情に変わった。
「どうかした?」
「…お姉ちゃんとも仲良くできるといいのにね」
その言葉は子供っぽくて、純粋で、単純なものだった。
だけど何より大切で、重要なことだった。
お姉さんのように堅物で物事をよく考えるのと、マレッサのように思ったままに行動する。
大人と子供でまるで違うが、マレッサの考えはオレにとっても、あのエルフにとっても大切なことだろう。
「…そうだね」
オレはぽんとマレッサの頭を撫でて、そのまま共に部屋を出て行った。
外に出ると頬を撫でる風がやけに冷たく思わず身震いをしてしまう。やはり季節は秋か冬らしいのだが、どういうことかマレッサの格好は姉同様に葉で作ったような衣装を着ているのみだ。
子供は風の子…というわけもないか。姉の彼女も同じ服なんだし。
エルフというのは体温が高いのか、それとも単純にほかに着る服がないのか。
「ここか…」
そこはマレッサの家からしばらく歩いた先にある、木々が開けた森の広場だった。
日の光が優しく差し込むその空間にはマレッサと同じ特徴を持ったエルフが沢山いた。髪の色は皆違っていたりしてもエルフとしての長く尖った耳、それから誰もが見目麗しき美女の姿をしている。服は変わらず大きな葉から作ったような衣装を纏い、年齢は様々でマレッサのように幼い子がいればあの女性のように大人の姿をしているものも、オレと同年代に見える女性もいた。
だが、おかしい。
何か違和感を覚える。
周りは皆女性、それも相当な美女美少女がいっぱいいるのだが、逆に何かが足りない。各々弓を引き、矢を放つ姿は女性らしさを残しつつも凛々しさを感じさせる姿なのだが、なんだかおかしい。
「…あ!」
ああ、そうだ。
思えばこの場所には女性しかいないんだ。
男性らしきエルフが一人もいないんだ。
「…なぁ、マレッサ」
「うん?なーに?」
「男のエルフはどこにいるんだ?」
50メートルほど離れた木製の的に矢が刺さる。何度も何度も練習した跡として的は穴だらけになっていた。逆に周りの木々には穴はない。それほど皆の腕前があるということだろう。
だけど、皆女性。
本来矢を射るのは男性の仕事ではないか。矢を射て狩りでもするのだろうが、それは男のすべきことじゃないのか。
ここにいるすべてのエルフは女性。この里の長であるマレッサの姉は女性。エルフの里にいながら二人以外のエルフを目にするのは初めてだが、ここまで人数がいて一人も男がいないのはおかしい。
「いないよ?」
「え?」
「だってエルフって皆女性なんだよ?ユウタも知ってるでしょ?」
「…んん?」
エルフとは女のみの種族だっただろうか。
それじゃあまるで女性だけで構成されているというアマゾネスの戦士みたいではないか。
なんだか思った以上にオレのエルフの知識とは食い違っているらしかった。
マレッサは驚いてるオレの傍から皆の方へと駆け出していく。両手を振って子供らしく走りながら、いきなり大声を出した。
「皆ー!人間さん連れてきたよー!」
「!?ちょっとマレッサっ」
彼女の声に皆がこちらを振り向いた。休んでいたものから矢を放つ寸前の者まで全てがこちらへ視線を送ってくる。
冷たい視線ではないもののこんな数多の視線に晒される経験は今までになかった。それも皆がエルフ、そして綺麗な女性。マレッサの姉のように嫌な感じはしないが、あまり良い感じもしない。
そんな風に感じていると矢を構えていた女性がこちらへ歩み寄ってきた。スラリと長身で細身な彼女はオレの前で足を止めつま先から頭までまじまじと見てくる。
「ふぅむ……黒髪黒目の、人間か」
ふと呟かれた言葉。それは人間とは興味深いということか、はたまた値踏みでもされているのかよくわからない。
彼女はマレッサの方へと向き直った。
「いいのかマレッサ。長の妹とはいえ独断で人間を連れ回すなど知られたらただじゃ済まないぞ?」
「いいもん」
マレッサはにっこり笑って答えた。今までは純粋な笑みかと思っていたがどこか自信に溢れたようにも見える。それは長の妹だけあってやはりこの女の子しっかりしてるということか。
「人間だろう?下賤で、卑しいと私は聞いたぞ?」
「ユウタは違うよ。だって助けてくれたもん」
マレッサの言葉に一人、いつの間にか距離を詰めていた一人のエルフ―マレッサと同じ年頃だろう女の子が進み出た。
「に、人間さん…」
「ん?何かな」
オレはしゃがみこんで彼女と視線を合わせる。小さくて目が潤んでいて、オレを少し怖がっているみたいだった。
それはそうか。実際マレッサが人間に攫われていることを同じ里の者なら知ってるはずだ。人間がどれほどエルフにとって有害か、わかってるはずだ。
だからオレは怖がらせないように笑みを浮かべる。
「人間さんは…いい人間さんなの?」
「…」
子供というのは時として、大人が答えにくいことを平然と口にする。
それは幼さからくる無知ゆえか、それとも幼いからこそ純粋で真っ直ぐだからかわからない。だけどそれはとても大切なことで、大人ならば軽々しく聞くこともできないもの。
流石にオレも少しばかり戸惑いながら口を開いた。
「…どうだろうね。それはわからないよ」
「わからないの?」
「ああ。それを決めるのはオレじゃなくて君なんだよ。いい人間はいるけど、皆にとっちゃ悪い人間になるかもしれない。オレがやってることがいい事だとしても皆がいいとは思わないかもしれない」
マレッサを攫った人間は悪いと言い切れるが、そうでない人間も世の中に入る。
ここがエルフなんていう存在がいる世界だとしても、それはきっと変わらない。
「…どういうこと?」
「つまりは」
ぽんと、オレは目の前の女の子の頭を撫でた。
「君がいい人間だと思えばオレはきっと、いい人間なんだよ」
小さい子供にはこれくらいの言葉がいい。変に飾っていいとこを見せるよりもずっといい。
「…変わった人間だな」
一人、先ほど値踏みするように見てきたエルフがそう言った。
その言葉にオレは女の子から手を離して立ち上がり、彼女を見る。
濃い緑色の短髪でオレよりも少し年上の姿。凛としている雰囲気を纏っているがあの長エルフよりかは幾分か柔らくて話しやすそうだ。
「そう?」
「ああ。人間というのは傲慢で奢る者や卑劣な者が多いと長から聞いたんだ」
「…」
人間を毛嫌いし、見下していた彼女ならそう言うのが当然か。
人間を近づけないためにも、マレッサのように悪いことをされないためにも、自分の里の者を守るためにも。
「物腰が柔らかでお前は…なんというか…思っていた以上に人間らしくないというのだろうか」
「そう、ね…思ってた人間とはなんだか違うわ」
また一人、前へ進み出た。
「黒髪に黒目…不思議。こんなの見たこともないわ」
「私たちとは違うのね…肩幅広いし、体は硬いし」
そう言って背中をペタペタと触ってくるオレと同い年くらいのエルフ。他にも珍しいものに興味を示したのか別の手が伸びてくる。
頬を撫で、首を触り、手を重ねれば腹へと流れる。
周りを美女美少女に囲まれて体を触れられるなんて男だったら嬉しいものだが状況が状況だ。ここで厄介事を起こしたなら絶対に里から出ていくことになる。
「痛てっ!抓るのはやめ―おい!変なとこ触るなよ!」
そうは言っても誰も手を止めない。初めて触れる人間に、男に皆興味は尽きないのだろう。
だがこちらとしてはいい迷惑だ。
あの女性のように嫌われるのは問題だが、これもこれで問題だ。
なんてことを考えている間にも彼女たちの手は動いて止まらない。隣にいるマレッサは嬉しそうに笑ってこちらを見ている。どうやらオレが皆と仲良くしているように見えるらしい。助けてくれる気はなさそうだった。
そんな時、一人のエルフが口元に手をあてて恥ずかしげに呟いた。
「…なんだか、変です」
その言葉にそちらへと顔を向けるとそこにいたのは大人しそうなエルフ。オレよりもちょっとばかり年下の外見をした少女だった。
ちなみに彼女の手はオレの脇腹あたりで止まってる。学ラン越しだからまだマシだがくすぐったくてやめてもらいたい。
「触ってると…胸がドキドキします」
よく見れば顔が紅潮し、綺麗な瑠璃色の瞳は潤んでいる。熱っぽく言葉を紡ぐ唇がやたらと艶かしく少女の外見には不釣り合いな姿だった。
彼女はこてんとこちらへ身を寄せてくる。女の子らしい甘い香りが鼻をくすぐった。
「!ちょ、ちょっと…」
目と目が合う。
彼女の手はオレの胸に置かれたままで、オレは支えるために肩へと手を回すことになった。
どちらとも動かない。
オレの場合はまだ周りから伸びてくる手のせいで動けないのだが、彼女は自分から動こうとはしてくれなかった。
体調でも崩しただろうか。そんな風には見えないけど…。
「…力強い鼓動ですね」
オレの心配を余所に彼女は胸に耳を当てていた。厚い生地である学ランを通してでは聞き取りにくいはずなのに彼女は静かに鼓動を聞いている。
…何やってんだろう、この少女は。
女の子がそう軽々しく男に近寄っちゃきちゃいけないというのに。
「私たちと違って胸はないけど、とても逞しくて…なんだか落ち着きます」
「そ、そう…」
「この服も不思議です。硬くて自然のものとは思えません」
「…そりゃ学ランは自然にはないから」
「でも、体温があまり感じられません。肌はこれほど温かいのに」
そう言って彼女はうっとりとした表情を浮かべながらオレの首筋を撫でた。
…なんだろう、危ない感じがする。
ただ撫でただけでもその動きは少女というよりも男を惑わす女のそれに思える。
これは…命に関わるというよりも…………何か大切なものを失いそうな感じがするな。
「…マレッサ、助けて」
「なんで?皆と仲良くしてるのに邪魔するのは悪いよ」
ニコニコ笑って言ってるがこれは仲良くどころじゃない。仲がよければ人の体をベタベタ触っていいわけないし、こんな急接近してもいいわけじゃない。
マレッサが助けてくれないとなると…どうすればいいんだと困り果てていた時。
「…ぁっ!」
「っ!?」
いきなり誰かが背中から倒れかかってきた。一瞬矢で射られた傷が嫌に痛む。それほど重くはないので踏ん張るが、倒れまいと腕が体に回される。学ラン越しに腕の中にいるエルフとは違う感触が痛みとともに伝わってきた。
「痛っ!あ、ちょっと…っ!?」
「ご、ごめん…なんだか触ってたら頭がぼーっとしちゃって…」
そういったのは先ほど積極的に触ってきたオレと同い年くらいのエルフ。慌てた様子の彼女の顔が自分の顔のすぐ隣にあった。もう少しで鼻先が触れ合いそうな距離。互いの吐息が頬をくすぐった。
「っ!?」
「っ!!」
近いなんてもんじゃない。今腕に抱いてる少女もそうだが初対面の相手が寄る距離じゃない。離れようとも少女が動いてくれなければ動けないし、前後挟まれていては下がることもできない。というか、背中からはオレにはない柔らかさを二つ感じて男としての部分が危ない。さらには前に少女がいるのだから危ない。
皆人間を知らず、男を知らないのならば生理現象のことも知らないだろうが、興味をもたれたりしたら…危ない。
とりあえず体を離そう。
「えっと…あの、どいてもらっていい?」
「…」
「…聞いてる?」
「あ、うん…聞いてる…けど」
「…けど?」
「……なんだか、落ち着いちゃう」
どこか安心したような声で彼女は囁いた。耳元、すぐ傍で抱きしめられながらそんな風に言われて思わず体がぴくりと震える。それでも彼女は構うことなくさらに体を寄せてきた。
「本当に固いのね。人間っていうのは皆こんなに固いの?」
「…さぁ」
というか、単純に男女の問題だと思うのだが。
弓を射っていた彼女たちは女性らしく筋肉が付きにくいのか、しなやかな四肢をしている。逆に筋肉に覆われた男性なんてここには一人もいない。オレを除いて。
「不思議。なんだか…悪い気分じゃないわ」
「…そう?」
「はい、とても落ち着きます…」
今度は正面からオレに身を預けたエルフがそう言った。見上げてこちらを向いた彼女は嬉しそうに、だけどどこか艶っぽい笑みを浮かべている。
オレの思っていたエルフと何かが違う。
長である彼女と何かが変わっている。
もっと厳粛だったり、堅いかと思っていたが興味や知識欲には素直なのかもしれない。ただ、度が過ぎすぎているんだけど。
度が過ぎすぎて、まずいんだけど。
オレだって一応男なんだけど。
ちょっと、本当にまずいって。そう言いかけたその時。
「皆、何をしているんだ」
凛とした声が広場に響き渡った。
それほど大きな声ではなかったがよく通る声はその場にいた皆に聞こえただろう。
誰もがオレからその声を発した方へと目を向ける。
そこにいたのは一人のエルフ。
誰よりも厳格で誰よりも凛々しいその姿。弓矢を背負い、新芽のような鮮やかさのある長髪が揺れた。切れ長のつり目に鋭い視線がオレを射抜く。
「何の騒ぎだ、騒々しい」
「長…」
「お姉ちゃん」
彼女はゆっくりと歩いてこちらへ向かってくる。それを避けるように集まっていた皆は道を開けていった。
そして、彼女はオレと対峙する。
このエルフたちを滑る一番偉い存在で、オレをこの村へ置くこととなった原因。そんな彼女の名をオレは呟いた。
「…フォーリア」
「…ふん」
彼女はオレを見て嘲けるように鼻で笑う。
相変わらずの様子だ。オレがここに、彼女の家に世話になってから全く変わらない。見下すような視線も、小馬鹿にするような笑みも、人間を下等だと思っているその心も。
「皆、こんなものに修練の手を休めるな。それでもエルフか。さっさと戻れ」
彼女の一声に皆は名残惜しそうにオレの傍を離れていく。嬉しくもあり、ちょっと残念だったが今はそれどころじゃない。
フォーリアはオレを睨みつけてきた。いつも向けてくる、あの冷たい視線だ。
「どうしてここにいる?貴様には家で養生しろと言っておいたはずだ。家の外へ出て里を出歩くことなど許していないはずだが?」
「私が連れてきたんだよ、お姉ちゃん」
マレッサがオレの前に一歩進み出てそう言った。だが、外見的にオレの方が年上なのにこんな幼い子の背中に隠れるのはなんとも情けない。というか恥ずかしい。
「ユウタのこと、皆に紹介したかったんだもん」
「…何を愚かなことを」
マレッサの言葉にフォーリアは疲れたようにため息をついた。そんな仕草さえ絵になるほど美しいのだが、その内容がオレのことなので素直にそう思えない。
「お姉ちゃんだって本当なら人間さんたちと仲良くしなきゃいけないんだよ?」
「…お前が勝手に決めることではない。それは長である私が決めるものだ」
「それが私たちにとっていいから?」
「そうだ。下等な種族と関わりを持つなどエルフの未来を潰すようなものだ」
「潰れてないもん!」
「どうだかな」
そう言ってフォーリアはオレを睨みつけてきた。
いくら見惚れるほどの美女でも綺麗な瞳でも、蔑むように見られては台無しだ。
「私には責任がある。この里の皆を守る義務がある。こんな者でも人間だ。我らに仇をなないとは言い切れないだろう。現に、マレッサは一度攫われているのだから」
「だから、それはユウタが助けてくれたんだもん!」
「御託はいい。それが事実であったところで私の意志は何も変わらない」
フォーリアは次いでオレに視線を向けた。先ほどと変わらぬ、初めてあった時から変わらない鋭い視線。きっとこれからも変えるつもりはないんだろう。
「おい、人間」
「…はい」
「さっさと家に戻れ。貴様が出歩いて怪我を悪化させられたら叶わんからな」
「…わかったよ」
小さくため息をついてそう言ったオレを睨みつけ、彼女はこの場から去っていった。きっとそのまま自宅へ帰っていったんだろう。
あれがこの里をまとめる長。
それ相応の威厳を兼ね備えた、女性とは思えないほど凛々しいエルフ。
人間とは違う、オレと全く違う存在。
「…もう、お姉ちゃんは堅いんだから」
ぷりぷりと怒ったマレッサはため息混じりにそう言った。
「仕方ないさ。フォーリアは長だから皆を危険に晒したくないんだよ」
「ユウタは危険じゃないもん」
「マレッサから見たらそうかもしれないけどフォーリアからしたらそうじゃないんだよ」
笑みを浮かべてマレッサの頭を撫でた。柔らかな髪の毛にするりと指が流れていく。その感覚に嬉しそうに笑みを浮かべてくれた。
マレッサはオレを慕ってくれるのは嬉しいがそれはマレッサだからだろう。先ほど歩み寄ってきた少女に言ったように、オレがマレッサにとっていい存在と見えたところでフォーリアには害ある存在としか見えない。
オレだけじゃなく、人間自体がそうにしか見えないんだろう。
「…どれくらいで治ってくれるか」
軋轢しか産めないんじゃこの先も良い展開は望めない。それならさっさと怪我を直して退散したほうがいい。行くところなんてないけど、それでも仕方ない。
オレは背中を気にして小さく独り言を呟いた。
それだというのに幼い姿をしたエルフの女の子はそれらを傍らに置いてにっこり笑みを浮かべてオレの手を取る。
「ユウタ、一緒に行こ」
「…ん?どこへ?」
姉妹エルフの住む家においてもらって早数日。
矢の刺さった傷があらかた治ってきて歩き回るぐらいなら多少痛む程度にまで回復した今日この頃。
オレは泊めてもらっている部屋のベッドの上でマリッサを前に首をかしげた。
「お稽古。これから皆で弓矢のお稽古をするの」
「へぇ…弓矢か」
エルフだから魔法ドカンドカン撃ってるのかと思ったがどうやらオレの持ってるイメージとはだいぶ違うらしい。そういえばマレッサを助けた時に誤射された時だって弓矢だったんだから当たり前か。
「お姉ちゃんは見回りと薬草取りに行ってるからしばらく帰ってこないよ。ユウタもただジッとしてるだけじゃ暇でしょ?」
「…その気遣いは嬉しいよ」
こんな幼い子にそこまで気を回されているというのは嬉しい半面情けないとも思う。
だがここはエルフの住まう家。そして、エルフたちのための里の中。
人間であるオレが好き勝手すれば何をしでかすかわからない。ここはマレッサの好意を受け止めることがいいんだろう。
だけど。
「皆っていうと…その、エルフの皆のこと?」
「うん」
エルフの家で、エルフの里なのだから当然のことだ。
ここに人間はいない。オレを除いて誰一人いない。
そんな中にオレが出向いて言っていいのだろうか。以前、この家で初めて出会ったマレッサの姉にはとことん嫌われていたが、皆が皆あのような性格だったら流石にオレも凹む。
だがマレッサはそんなオレを見てにこりと笑った。
「大丈夫だよ。皆人間さんのことはあんまり良く思ってなくても、あんなに嫌ってるのはお姉ちゃんぐらいだもん」
「…へぇ」
それはそれでいいのだが…どうして彼女はオレをあれほど露骨に嫌い、蔑んでいるのだろうか。あそこまで刺々しい発言や見下した視線は常軌を逸している。
それが、エルフの本質か。
あれが、彼女の本心か。
オレには到底わからない。
「…なんであんなに嫌われてるんだろ」
「えっとね、たぶんお姉ちゃんが長だからだと思うの」
「…長?長って……何の?」
「この里の、長」
「…へぇ」
ということは、だ。
マレッサの姉であるあのエルフはこの村の、エルフの里の長であって、一番偉い女性だということだろうか。
へぇ、あのエルフが。
…あの女性が。
長というのだからもっと年老いてると思っていたのだがそうじゃないのか。それとも外見はあんなに若々しいけど本当はかなり長い年月を生きていたりするのかも。
エルフで長というのだからそれくらいあってもおかしくない。
長なんだから……。
「…え?長っ!?」
「うん」
ということはだ、人間と関わるか否かを決める権利は彼女が持っている。
あの女性が、あれほどまでに厳格なエルフが…。
…いや、長だからこそあそこまで厳しく振舞っているのかもしれない。
「でもお姉ちゃんは意地っ張りだから、本当は人間さんと仲良くしないといけないのにできないんだよ」
「ん…?仲良くしなきゃいけない?」
それはまた、なんで?
この世界に元からいたわけじゃないからその言葉の意味がわからない。こんな幼い子供でも理解できるような、重大なことがこの里に起きているのだろうか。
「よいしょっと」
マレッサは明らかに体格にあってない大きな弓と矢の入った筒を背負う。
見ているこっちがハラハラしそうな状態だ。それでも彼女は平然としてオレの手を掴む。
「持とうか?」
「平気だよ。それよりも早く皆のところに行こう。ユウタを皆に紹介しなきゃ」
「…気が進まないなぁ」
「大丈夫!ユウタなら皆と仲良くできるって」
笑みを見せつけそう言ったマレッサ。だが、次の瞬間切ない、寂しげな表情に変わった。
「どうかした?」
「…お姉ちゃんとも仲良くできるといいのにね」
その言葉は子供っぽくて、純粋で、単純なものだった。
だけど何より大切で、重要なことだった。
お姉さんのように堅物で物事をよく考えるのと、マレッサのように思ったままに行動する。
大人と子供でまるで違うが、マレッサの考えはオレにとっても、あのエルフにとっても大切なことだろう。
「…そうだね」
オレはぽんとマレッサの頭を撫でて、そのまま共に部屋を出て行った。
外に出ると頬を撫でる風がやけに冷たく思わず身震いをしてしまう。やはり季節は秋か冬らしいのだが、どういうことかマレッサの格好は姉同様に葉で作ったような衣装を着ているのみだ。
子供は風の子…というわけもないか。姉の彼女も同じ服なんだし。
エルフというのは体温が高いのか、それとも単純にほかに着る服がないのか。
「ここか…」
そこはマレッサの家からしばらく歩いた先にある、木々が開けた森の広場だった。
日の光が優しく差し込むその空間にはマレッサと同じ特徴を持ったエルフが沢山いた。髪の色は皆違っていたりしてもエルフとしての長く尖った耳、それから誰もが見目麗しき美女の姿をしている。服は変わらず大きな葉から作ったような衣装を纏い、年齢は様々でマレッサのように幼い子がいればあの女性のように大人の姿をしているものも、オレと同年代に見える女性もいた。
だが、おかしい。
何か違和感を覚える。
周りは皆女性、それも相当な美女美少女がいっぱいいるのだが、逆に何かが足りない。各々弓を引き、矢を放つ姿は女性らしさを残しつつも凛々しさを感じさせる姿なのだが、なんだかおかしい。
「…あ!」
ああ、そうだ。
思えばこの場所には女性しかいないんだ。
男性らしきエルフが一人もいないんだ。
「…なぁ、マレッサ」
「うん?なーに?」
「男のエルフはどこにいるんだ?」
50メートルほど離れた木製の的に矢が刺さる。何度も何度も練習した跡として的は穴だらけになっていた。逆に周りの木々には穴はない。それほど皆の腕前があるということだろう。
だけど、皆女性。
本来矢を射るのは男性の仕事ではないか。矢を射て狩りでもするのだろうが、それは男のすべきことじゃないのか。
ここにいるすべてのエルフは女性。この里の長であるマレッサの姉は女性。エルフの里にいながら二人以外のエルフを目にするのは初めてだが、ここまで人数がいて一人も男がいないのはおかしい。
「いないよ?」
「え?」
「だってエルフって皆女性なんだよ?ユウタも知ってるでしょ?」
「…んん?」
エルフとは女のみの種族だっただろうか。
それじゃあまるで女性だけで構成されているというアマゾネスの戦士みたいではないか。
なんだか思った以上にオレのエルフの知識とは食い違っているらしかった。
マレッサは驚いてるオレの傍から皆の方へと駆け出していく。両手を振って子供らしく走りながら、いきなり大声を出した。
「皆ー!人間さん連れてきたよー!」
「!?ちょっとマレッサっ」
彼女の声に皆がこちらを振り向いた。休んでいたものから矢を放つ寸前の者まで全てがこちらへ視線を送ってくる。
冷たい視線ではないもののこんな数多の視線に晒される経験は今までになかった。それも皆がエルフ、そして綺麗な女性。マレッサの姉のように嫌な感じはしないが、あまり良い感じもしない。
そんな風に感じていると矢を構えていた女性がこちらへ歩み寄ってきた。スラリと長身で細身な彼女はオレの前で足を止めつま先から頭までまじまじと見てくる。
「ふぅむ……黒髪黒目の、人間か」
ふと呟かれた言葉。それは人間とは興味深いということか、はたまた値踏みでもされているのかよくわからない。
彼女はマレッサの方へと向き直った。
「いいのかマレッサ。長の妹とはいえ独断で人間を連れ回すなど知られたらただじゃ済まないぞ?」
「いいもん」
マレッサはにっこり笑って答えた。今までは純粋な笑みかと思っていたがどこか自信に溢れたようにも見える。それは長の妹だけあってやはりこの女の子しっかりしてるということか。
「人間だろう?下賤で、卑しいと私は聞いたぞ?」
「ユウタは違うよ。だって助けてくれたもん」
マレッサの言葉に一人、いつの間にか距離を詰めていた一人のエルフ―マレッサと同じ年頃だろう女の子が進み出た。
「に、人間さん…」
「ん?何かな」
オレはしゃがみこんで彼女と視線を合わせる。小さくて目が潤んでいて、オレを少し怖がっているみたいだった。
それはそうか。実際マレッサが人間に攫われていることを同じ里の者なら知ってるはずだ。人間がどれほどエルフにとって有害か、わかってるはずだ。
だからオレは怖がらせないように笑みを浮かべる。
「人間さんは…いい人間さんなの?」
「…」
子供というのは時として、大人が答えにくいことを平然と口にする。
それは幼さからくる無知ゆえか、それとも幼いからこそ純粋で真っ直ぐだからかわからない。だけどそれはとても大切なことで、大人ならば軽々しく聞くこともできないもの。
流石にオレも少しばかり戸惑いながら口を開いた。
「…どうだろうね。それはわからないよ」
「わからないの?」
「ああ。それを決めるのはオレじゃなくて君なんだよ。いい人間はいるけど、皆にとっちゃ悪い人間になるかもしれない。オレがやってることがいい事だとしても皆がいいとは思わないかもしれない」
マレッサを攫った人間は悪いと言い切れるが、そうでない人間も世の中に入る。
ここがエルフなんていう存在がいる世界だとしても、それはきっと変わらない。
「…どういうこと?」
「つまりは」
ぽんと、オレは目の前の女の子の頭を撫でた。
「君がいい人間だと思えばオレはきっと、いい人間なんだよ」
小さい子供にはこれくらいの言葉がいい。変に飾っていいとこを見せるよりもずっといい。
「…変わった人間だな」
一人、先ほど値踏みするように見てきたエルフがそう言った。
その言葉にオレは女の子から手を離して立ち上がり、彼女を見る。
濃い緑色の短髪でオレよりも少し年上の姿。凛としている雰囲気を纏っているがあの長エルフよりかは幾分か柔らくて話しやすそうだ。
「そう?」
「ああ。人間というのは傲慢で奢る者や卑劣な者が多いと長から聞いたんだ」
「…」
人間を毛嫌いし、見下していた彼女ならそう言うのが当然か。
人間を近づけないためにも、マレッサのように悪いことをされないためにも、自分の里の者を守るためにも。
「物腰が柔らかでお前は…なんというか…思っていた以上に人間らしくないというのだろうか」
「そう、ね…思ってた人間とはなんだか違うわ」
また一人、前へ進み出た。
「黒髪に黒目…不思議。こんなの見たこともないわ」
「私たちとは違うのね…肩幅広いし、体は硬いし」
そう言って背中をペタペタと触ってくるオレと同い年くらいのエルフ。他にも珍しいものに興味を示したのか別の手が伸びてくる。
頬を撫で、首を触り、手を重ねれば腹へと流れる。
周りを美女美少女に囲まれて体を触れられるなんて男だったら嬉しいものだが状況が状況だ。ここで厄介事を起こしたなら絶対に里から出ていくことになる。
「痛てっ!抓るのはやめ―おい!変なとこ触るなよ!」
そうは言っても誰も手を止めない。初めて触れる人間に、男に皆興味は尽きないのだろう。
だがこちらとしてはいい迷惑だ。
あの女性のように嫌われるのは問題だが、これもこれで問題だ。
なんてことを考えている間にも彼女たちの手は動いて止まらない。隣にいるマレッサは嬉しそうに笑ってこちらを見ている。どうやらオレが皆と仲良くしているように見えるらしい。助けてくれる気はなさそうだった。
そんな時、一人のエルフが口元に手をあてて恥ずかしげに呟いた。
「…なんだか、変です」
その言葉にそちらへと顔を向けるとそこにいたのは大人しそうなエルフ。オレよりもちょっとばかり年下の外見をした少女だった。
ちなみに彼女の手はオレの脇腹あたりで止まってる。学ラン越しだからまだマシだがくすぐったくてやめてもらいたい。
「触ってると…胸がドキドキします」
よく見れば顔が紅潮し、綺麗な瑠璃色の瞳は潤んでいる。熱っぽく言葉を紡ぐ唇がやたらと艶かしく少女の外見には不釣り合いな姿だった。
彼女はこてんとこちらへ身を寄せてくる。女の子らしい甘い香りが鼻をくすぐった。
「!ちょ、ちょっと…」
目と目が合う。
彼女の手はオレの胸に置かれたままで、オレは支えるために肩へと手を回すことになった。
どちらとも動かない。
オレの場合はまだ周りから伸びてくる手のせいで動けないのだが、彼女は自分から動こうとはしてくれなかった。
体調でも崩しただろうか。そんな風には見えないけど…。
「…力強い鼓動ですね」
オレの心配を余所に彼女は胸に耳を当てていた。厚い生地である学ランを通してでは聞き取りにくいはずなのに彼女は静かに鼓動を聞いている。
…何やってんだろう、この少女は。
女の子がそう軽々しく男に近寄っちゃきちゃいけないというのに。
「私たちと違って胸はないけど、とても逞しくて…なんだか落ち着きます」
「そ、そう…」
「この服も不思議です。硬くて自然のものとは思えません」
「…そりゃ学ランは自然にはないから」
「でも、体温があまり感じられません。肌はこれほど温かいのに」
そう言って彼女はうっとりとした表情を浮かべながらオレの首筋を撫でた。
…なんだろう、危ない感じがする。
ただ撫でただけでもその動きは少女というよりも男を惑わす女のそれに思える。
これは…命に関わるというよりも…………何か大切なものを失いそうな感じがするな。
「…マレッサ、助けて」
「なんで?皆と仲良くしてるのに邪魔するのは悪いよ」
ニコニコ笑って言ってるがこれは仲良くどころじゃない。仲がよければ人の体をベタベタ触っていいわけないし、こんな急接近してもいいわけじゃない。
マレッサが助けてくれないとなると…どうすればいいんだと困り果てていた時。
「…ぁっ!」
「っ!?」
いきなり誰かが背中から倒れかかってきた。一瞬矢で射られた傷が嫌に痛む。それほど重くはないので踏ん張るが、倒れまいと腕が体に回される。学ラン越しに腕の中にいるエルフとは違う感触が痛みとともに伝わってきた。
「痛っ!あ、ちょっと…っ!?」
「ご、ごめん…なんだか触ってたら頭がぼーっとしちゃって…」
そういったのは先ほど積極的に触ってきたオレと同い年くらいのエルフ。慌てた様子の彼女の顔が自分の顔のすぐ隣にあった。もう少しで鼻先が触れ合いそうな距離。互いの吐息が頬をくすぐった。
「っ!?」
「っ!!」
近いなんてもんじゃない。今腕に抱いてる少女もそうだが初対面の相手が寄る距離じゃない。離れようとも少女が動いてくれなければ動けないし、前後挟まれていては下がることもできない。というか、背中からはオレにはない柔らかさを二つ感じて男としての部分が危ない。さらには前に少女がいるのだから危ない。
皆人間を知らず、男を知らないのならば生理現象のことも知らないだろうが、興味をもたれたりしたら…危ない。
とりあえず体を離そう。
「えっと…あの、どいてもらっていい?」
「…」
「…聞いてる?」
「あ、うん…聞いてる…けど」
「…けど?」
「……なんだか、落ち着いちゃう」
どこか安心したような声で彼女は囁いた。耳元、すぐ傍で抱きしめられながらそんな風に言われて思わず体がぴくりと震える。それでも彼女は構うことなくさらに体を寄せてきた。
「本当に固いのね。人間っていうのは皆こんなに固いの?」
「…さぁ」
というか、単純に男女の問題だと思うのだが。
弓を射っていた彼女たちは女性らしく筋肉が付きにくいのか、しなやかな四肢をしている。逆に筋肉に覆われた男性なんてここには一人もいない。オレを除いて。
「不思議。なんだか…悪い気分じゃないわ」
「…そう?」
「はい、とても落ち着きます…」
今度は正面からオレに身を預けたエルフがそう言った。見上げてこちらを向いた彼女は嬉しそうに、だけどどこか艶っぽい笑みを浮かべている。
オレの思っていたエルフと何かが違う。
長である彼女と何かが変わっている。
もっと厳粛だったり、堅いかと思っていたが興味や知識欲には素直なのかもしれない。ただ、度が過ぎすぎているんだけど。
度が過ぎすぎて、まずいんだけど。
オレだって一応男なんだけど。
ちょっと、本当にまずいって。そう言いかけたその時。
「皆、何をしているんだ」
凛とした声が広場に響き渡った。
それほど大きな声ではなかったがよく通る声はその場にいた皆に聞こえただろう。
誰もがオレからその声を発した方へと目を向ける。
そこにいたのは一人のエルフ。
誰よりも厳格で誰よりも凛々しいその姿。弓矢を背負い、新芽のような鮮やかさのある長髪が揺れた。切れ長のつり目に鋭い視線がオレを射抜く。
「何の騒ぎだ、騒々しい」
「長…」
「お姉ちゃん」
彼女はゆっくりと歩いてこちらへ向かってくる。それを避けるように集まっていた皆は道を開けていった。
そして、彼女はオレと対峙する。
このエルフたちを滑る一番偉い存在で、オレをこの村へ置くこととなった原因。そんな彼女の名をオレは呟いた。
「…フォーリア」
「…ふん」
彼女はオレを見て嘲けるように鼻で笑う。
相変わらずの様子だ。オレがここに、彼女の家に世話になってから全く変わらない。見下すような視線も、小馬鹿にするような笑みも、人間を下等だと思っているその心も。
「皆、こんなものに修練の手を休めるな。それでもエルフか。さっさと戻れ」
彼女の一声に皆は名残惜しそうにオレの傍を離れていく。嬉しくもあり、ちょっと残念だったが今はそれどころじゃない。
フォーリアはオレを睨みつけてきた。いつも向けてくる、あの冷たい視線だ。
「どうしてここにいる?貴様には家で養生しろと言っておいたはずだ。家の外へ出て里を出歩くことなど許していないはずだが?」
「私が連れてきたんだよ、お姉ちゃん」
マレッサがオレの前に一歩進み出てそう言った。だが、外見的にオレの方が年上なのにこんな幼い子の背中に隠れるのはなんとも情けない。というか恥ずかしい。
「ユウタのこと、皆に紹介したかったんだもん」
「…何を愚かなことを」
マレッサの言葉にフォーリアは疲れたようにため息をついた。そんな仕草さえ絵になるほど美しいのだが、その内容がオレのことなので素直にそう思えない。
「お姉ちゃんだって本当なら人間さんたちと仲良くしなきゃいけないんだよ?」
「…お前が勝手に決めることではない。それは長である私が決めるものだ」
「それが私たちにとっていいから?」
「そうだ。下等な種族と関わりを持つなどエルフの未来を潰すようなものだ」
「潰れてないもん!」
「どうだかな」
そう言ってフォーリアはオレを睨みつけてきた。
いくら見惚れるほどの美女でも綺麗な瞳でも、蔑むように見られては台無しだ。
「私には責任がある。この里の皆を守る義務がある。こんな者でも人間だ。我らに仇をなないとは言い切れないだろう。現に、マレッサは一度攫われているのだから」
「だから、それはユウタが助けてくれたんだもん!」
「御託はいい。それが事実であったところで私の意志は何も変わらない」
フォーリアは次いでオレに視線を向けた。先ほどと変わらぬ、初めてあった時から変わらない鋭い視線。きっとこれからも変えるつもりはないんだろう。
「おい、人間」
「…はい」
「さっさと家に戻れ。貴様が出歩いて怪我を悪化させられたら叶わんからな」
「…わかったよ」
小さくため息をついてそう言ったオレを睨みつけ、彼女はこの場から去っていった。きっとそのまま自宅へ帰っていったんだろう。
あれがこの里をまとめる長。
それ相応の威厳を兼ね備えた、女性とは思えないほど凛々しいエルフ。
人間とは違う、オレと全く違う存在。
「…もう、お姉ちゃんは堅いんだから」
ぷりぷりと怒ったマレッサはため息混じりにそう言った。
「仕方ないさ。フォーリアは長だから皆を危険に晒したくないんだよ」
「ユウタは危険じゃないもん」
「マレッサから見たらそうかもしれないけどフォーリアからしたらそうじゃないんだよ」
笑みを浮かべてマレッサの頭を撫でた。柔らかな髪の毛にするりと指が流れていく。その感覚に嬉しそうに笑みを浮かべてくれた。
マレッサはオレを慕ってくれるのは嬉しいがそれはマレッサだからだろう。先ほど歩み寄ってきた少女に言ったように、オレがマレッサにとっていい存在と見えたところでフォーリアには害ある存在としか見えない。
オレだけじゃなく、人間自体がそうにしか見えないんだろう。
「…どれくらいで治ってくれるか」
軋轢しか産めないんじゃこの先も良い展開は望めない。それならさっさと怪我を直して退散したほうがいい。行くところなんてないけど、それでも仕方ない。
オレは背中を気にして小さく独り言を呟いた。
12/12/22 20:28更新 / ノワール・B・シュヴァルツ
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