連載小説
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前編
大きな門。
大きな屏。
大きな池。
大きな庭。
大きな屋根。
そして大きな家。
いや、もうそれは屋敷と言ったほうがいいかもしれない。
そんなことを考えながらオレこと黒崎ゆうたは目の前の門についているインターフォンを押した。押しても音がしないので実感がわかないがすぐに来てくれることだろう。
その間オレはこの門を見つめる。
無駄に豪勢な作りの門。それだけではなく塀も、この塀に囲まれた敷地内にある池や家もまた豪勢なもの。雰囲気はただの家と呼ぶにはあまりにも重くて鋭く、この家が背負っているものを肌でも感じ取れた。
江戸時代や平安時代の屋敷をそのまま建てたように思える、この現代世界では時代錯誤もいいお屋敷。
うちの父親の実家もまた日本家屋だったがこれほど本格的なものではなかった。
師匠の家も豪勢だったがここまで厳粛ではなかった。


―流石に昔から続く武家は違うもんだな。


そんなふうに思っていると大きい門がゆっくりと音も立てずに開いた。門を開けて出てきたのは白髪白髭の老人だった。服装は紺色の袴に白い道着。老体だというのに背筋も曲がらずピンとしていてオレよりも身長は高い。髪の毛は長く伸ばされており、後ろで一つに纏められていて髭は顎から下へと無造作に伸びている。皺だらけの顔には笑みを浮かべているがかすかに纏った厳格な雰囲気はこの人がただの老人ではないことをオレに悟らせた。

「おぉ、黒崎君。待っておったぞ」
「どうもです、お爺さん」

この人はオレの友人のお爺さん。
この家の主であり、代々続く『京極家』の当主だ。

「ふむ、それではこっちに来とくれるか」
「あ、はい」

お爺さんは手招きをして屋敷の中へとオレを誘う。
もともとここへ来たのはお爺さんの孫である友人に呼ばれたからであり、本当は何度も訪れているから先導されなくとも平気なのだが…どうしたのだろう。こんなことは珍しい。
このまま門の前で突っ立っているわけにもいかないのでお爺さんの後についていくことにしよう。








手入れの行き届いた庭、鯉の泳ぐ池、風情ある岩があれば石でできた灯篭まである。
京都の寺院の一つにあってもおかしくない。むしろそこに置いても観光名所になってもいいだろうそんな庭先を歩き、これまた大きな玄関をくぐって廊下を歩いている途中だった。
後ろを歩いているからお爺さんの顔は見えない。
そしていきなり口にした言葉も、何の考えがあって言ったのかわからない。

「時に黒崎君…君は…女子高校生が好きじゃろうか?」
「すいません、質問の意図が読めないんですけど…」

本当に読めない。
何でそんなことを今聞くのか、っていうかその内容は一体なんなのか、え?女子高校生?
何で友人のお爺さんがそんなことを口にするんだ…。

「して、どうなんじゃろうか?好きか?」
「いや…まぁ…どちらかといえば好きですけど」
「そうか好きか!いやぁ、それは良かった!!」
「…はい?」

オレの返事にお爺さんは嬉しそうに頷いた。頷きながら髭を撫でる仕草が渋くカッコイイ。
しかし、オレの返事に喜ぶ要素なんてないだろうに。たかが女子高校生が好きかどうかの返事でどうしてそこまで喜べるのだろうか。オレはただ首をかしげるだけだ。
…もしかしてお爺さん、女子高校生が好きとかいうのだろうか。いや…人の趣向に口を出すつもりはないけど。

「ふぉっふぉっふぉ、なら安心じゃな」
「…何がですか?」
「いや、ついてからの楽しみじゃよ」
「…?」

今日はこの家にいる友達に会いに来ただけだというのにその言葉の意味はなんだろう。あいつに関連する女子高校生なんていただろうか…いとことかは…聞いたことないな。姉や妹?あいつは一人っ子のはずだ。
だとすると…一体なんなんだ?
どう考えても答えなんてものはでてきやしない。
仕方ないので考えるのをやめてお爺さんに黙ってついて行くことにした。








うちの父親の実家もそれなりの日本家屋だったがこれほどまでに時代違いな空間はなかった。
師匠の家は豪勢だったがここは貴族が住むといっても通ってしまう洋風な豪邸とは真逆の豪勢さがあった。
木の板を隙間なく詰め合わせた廊下を静かな足取りで進むお爺さんの後を追い、一つの麩の前に立つ。薄い色、墨で描かれているのは滝が流れ落ちている風景。それだけでもかなり芸術性が高いのだろうがオレにはあまりわからない。だがこの部屋があいつの部屋であることは間違いない。何度も来ているのだから本来ならお爺さんに案内してもらわなくてもわかっていた。

―いや…本来ならあいつが門のところまで迎えに来てたはずなのに…。

「…」
「ほれ、入っとくれ」
「…では、失礼して…入るぞー?」
中にいるであろう友人に声をかけて麩を開ける。
しかしその先に広がっていたのは黒一色。明かりがなにもない暗闇だけだった。
…部屋の明かりをつけてないどころか障子を締め切っているのだろうか?

「…ん?」

一歩踏み出した途端に足もとからかさりと音がした。見ればそこにあったのはくしゃくしゃに丸められた紙。最初から落ちていたというよりも投げられたものだろう。
拾い広げて確認するとペンで殴り書きされた文字があった。

「ん?どうしたんじゃ?」
「いや…これ」

そこに書いてあったのは非常にシンプルな一言。字の書き方からしてこの部屋にいるあいつで間違いない。

『爺は出てけ』

「ほほぅ…二人っきりがいいのか」

その紙をオレの肩から覗き込んだお爺さんは髭を撫でながら呟いた。
その言葉の意味が、この紙に書かれている意味がわからない。
しかしお爺さんは何を納得したかオレの肩に手を置いて一言。

「では黒崎君、若いもん同士頑張っとくれよ。何、あとから元気になる飲み物でも持ってきてやろう。ふぉっふぉ、ワシも婆さんと頑張ってくるとするからのう!」

そう言って廊下の奥へと消えていった。
…え?何?どういうこと?何が若いもん同士頑張るの?
相変わらず言葉の意味を理解できずにただつっ立っていたオレはかさりと乾いた音を立てて足元に転がった紙で意識を戻した。
相変わらずクシャクシャなのは投げやすさを考慮してだろうか。いちいち丸めた紙で筆談なんてしなくても口で言えばいいというのに。そう思いながら紙を開いて書いてある文字を確認する。

『麩閉めろ』

『鍵かけろ』

『明かりつけろ』

そして最後の一行だけはデカデカと目立つように記されていた。



『何があっても驚くなよ』



「…?」
ここでこの言葉の意味を聞きたかったのだがあいつがこうまでして話をするというのはただ事じゃない。きっと喋れない状態になっていることだろう。喉を怪我したとか、声が出せなくなったとか。それなら仕方ない、このまま紙に書かれた通りに動こう。
部屋に入って後ろの麩を閉めてついていた鍵をかける。
部屋の中は光源が一切なく暗闇だ。もともと太陽の光が入りやすい位置にある部屋だというのに遮光カーテンでもしているのだろうか。注意していなければ何につまずくことになるかわからない。
まったく、どうしてこんなことさせるんだよと小さく愚痴りながら壁に手をあて明かりのスイッチを探す。麩のすぐ横に出っ張りを感じてらしきものは見つかった。

「明かり付けるぞ?」

パチリと音がして真っ暗な空間を明かりが照らす。
照らし出された部屋は何度も訪れている場所だから見慣れたモノだった。窓際にある勉強机、上にあるのは大きなパソコン、隅に置いてある円形のゴミ箱、壁に立てかけられた木刀三本に傍にあるのは畳まれた道着。大きめの本棚にはよく知られている漫画と、その裏に隠されている大人用の様々なものがあるのを知っている。
何も変わっちゃいあいつの部屋だ。
だが一つだけ変わっていることはあった。
変わっているというか、違っているというか、一つだけこの部屋には絶対にないと断言できるものがそこに佇んでいた。

「…は?」

オレの目の間には胡座をかいて迎える女性が一人、そこにいた。

蒼色のTシャツに下着、それもトランクスを履いているのはどうみても女性。Tシャツを窮屈そうに押し上げる二つの膨らみは師匠や先生、玉藻姐には届かなくてもかなりの大きさでグラビアアイドルに届くほど。トランクスから伸びたスラリと長い足はしなやかで太ももが眩しい。傷も染みもない真っ白な肌はまるで陶磁器のように綺麗だ。長く茶色がかった髪の毛は腰まで伸びながらも枝毛一本見当たらない。
切れ長で黒い目、すっと通った鼻筋、桜色の柔らかそうな唇。
彼女は誰がどう見ようとも美女と呼ぶに相応しい美貌を持っていた。
ただ、特徴的なのは茶色がかった髪に混じった一筋の真っ白な髪の束。艶やかな茶色とは違う雪のように白いひと房の髪の毛。メッシュだろうか…?一風変わっているがそれが逆に似合って魅力をさらに引き出している。
そんな彼女はオレの友人の部屋のど真ん中で引きつった笑みを浮かべて手をあげた。

「よ、よう…黒崎」

この部屋の主とは似ても似つかない声色で、オレの友人とまったく同じように名を呼んだ。
対するオレも本来この部屋の主である男の名前を呼ぶ。



「京極…?」







「へぇ…女になったんだ…へー」
「…なんだよその目は。疑ってるのか?」
「そりゃ…信じろっていうのが無理だって…」
「…それもそーか」

目の前の美女もとい、この部屋の主でありオレが今日会いに来た友人は―

―京極怜(きょうごくれん)はそう言った。

先ほどのお爺さんの孫であり、この家で古くから伝わってる剣道を学んでいる門弟。
そして中学から同じ学校に通っているオレの友達である。
だが彼は当然男だったはずだ。背丈はオレと同じくらいだったが体つきはオレよりも筋肉質でよく木刀を手にしている。剣道をしていることを抜いたらどこにでもいる男子高校生…だった。
それが今は何があったのか女性の体。
ハリのある肌も、しなやかな足も、華奢で線の細い体つきもありえるはずのないもの。
本来ならこの状況で彼女を信じるというのは難しいだろう。だが先ほどのお爺さんの言葉、質問がどういう意味だかわかった気がした。

『女子高校生が好きか?』

それは彼女のことを―

―自分の孫のことを示していたんだ。

「…なんでそんな風になったんだよ?原因は?心当たりは?」
「…なくもない」
「へぇ?」

あったのか。いや、それなりのものがないと女になるなんてあり得るわけがない。現代科学を使っても完全完璧に性別を変えることなんてできやしないのだからこれはもう魔法とでも言うべき事態。それを説明するのはできなくも原因になることぐらいあって当然だ。
京極はぼりぼりと頬を掻いてオレの方に向き直る。
だがその姿は男物のシャツと下着に包んだ女性の体。胸も大きく肌は白い、正面から目にするには刺激の強いもの。
これがオレの友人だと、男性だと思うことなんてできようか。
まったく、これじゃあ会話するだけでも一苦労だ。

「…なんでチラチラ見てんだよ」
「目のやり場に困るんだって。シャツの上から透けてるんだぞ?」
「仕方ねーだろ、女ものの下着なんて持ってねーんだからよ」
「そりゃ…そうだろうけどさ」

それよりも今は京極が女になった原因を聞かないと。
何があっていきなり女性になった?
どうやっていきなり性別が変わった?

自分の意思も関係なく、女にされた?

「俺が原因になったのは…原因って言えるかわからないがある女にはあった」
「…女?」
「ああ、髪の毛が真っ白で…格好がこう…変だった」
「…?」
「コスプレっていうか、痴女っていうか…」
「変態?」
「かもしれねー」
「…」

髪の毛が白?格好が痴女?コスプレの一種?
…そんな女性がいるのだろうか。

「あ、あと…すげー美人だった」
「マジで?」
「もう絶世の美女っていうくらいに美女だった。胸もデカかったしな」
「マジで!?」

それは是非とも見たかった!
胸が大きくて絶世の美女?そんなの男だったら誰もが見たくなるというものなのに!
…いや、それを言ったら師匠や先生たちもまた絶世の美女と言うには十分なんだけど。
だけど、白髪…?
珍しいが…いるのか、そんな女性が。

「そいつに言われたんだ…」
「言われた?…何を?」

「…『退屈そうな顔してるわね』ってよ」

「…」
「そんで、してるって答えたら…」

そこまで言って彼女はため息をついた。
そうそう見れない困ったような、疲れたような京極の表情は女になったことからかやたらと魅力的に映える。

「…答えた後、女になったってこと?…なにされた?」
「わからねーよ。されたことって言えば額にキスぐらいだった……」

そう言って京極は両手で顔を覆った。長い茶髪が覆ってさらに表情を隠していく。
そんな中で一筋の純白が妖しく揺れた。

「これからどーすりゃいいんだよ…俺は。こんなの日常にだって支障が出るっつーのに…。」
「…」
「本当に…どーすりゃいいんだよ…」

初めて見たかもしれない、この友人がここまで悩んで落ち込むところ。
女になってしまったとしても中身は男。変わらない京極の精神なんだ。何をされたそうなったのかいまいちわからないけど女の体なっている以上男として精神的に来てしまうのも無理はない。
普段はいくら強気でも、いつもはどんなにも力強くても。
剣術に優れて、負けた姿を見たことのない凛々しい姿でも。

これほどまでに脆く、弱くなる。

「…京極、パソコン、借りるぞ」

オレは京極からの返事も待たずに電源を付ける。そうしてすぐさまキーボードを叩いた。

「…何、してるんだよ」
「探すんだよ。その女をさ。お前を女にしたって言うんなら戻すこともできるかもしれないだろ?少なくとも今悩んでうなだれてるよりか行動したほうがいいに決まってる。目立ちやすい格好してるんなら目撃情報だってあるはずだし…それに」
「…それに?」
「たまにはオレも、お前の役にたたないといけないし」

なんだかんだでコイツには親友として返しきれない恩がある。
色々あってコイツには畏友として償いきれない借りがある。
助けられたことに変わりない。だからこそこういう時こそオレが助けないと。

「…黒崎」
「こんな情報社会で目立つような格好した女がいるんだ、すぐに見つかるさ。だから、任せとけ」
「…わりーな」

ゴシゴシと顔を擦って京極はオレを見た。
その表情は女性になったことを差し引いても儚げで悲しげなものだ。しおらしい雰囲気はまんま彼を女だと思わせてくる。
見蕩れるほどに。
心惹かれるほどに。

「何しおらしくなってんだよ。それじゃあ本当に女になるぞ?」
「…はっ」

京極は鼻で笑ってオレへ顔を向けた。
先ほどのように項垂れ悩んだ顔ではなく、意志の宿った瞳が向けられる。
それこそいつもの京極のモノで、凛々しさが宿った顔だった。

「お前エロサイト探す以外に使い方知ってたとは思えねーな」
「なめんな。そんなに知らないけど、どうにかやってみれば情報集まるだろ」
「…なぁ、黒崎」
「ん?」
「頼んだぜ?」

そう言って拳を前に突き出した。男らしく強くて大きくはない、繊細で綺麗な手で。

「ああ」

オレは拳を握った手で京極の拳に突き合わせた。
鈍い痛みとともに伝わってきた女性の手の感触。
硬いはずなのに柔らかな感触は紛れもなく女のものだがそれでも、京極であることに変わりは無かった。







「茶がはいったぞぃ」
「お、ちょーど喉乾いたところだったん…」
「あ、お構いな…」

『一発ビンビン マカキング』

『絶対高潮 液体タイプ』

「これでも飲んで励めよ、若人共」
「クソじじぃいいいいい!!テメー何差し入れに持ってきてやがんだ!!」
「…」
「ふぉっふぉっふぉ、ワシ気に入りの精力剤と媚薬じゃよ。足りんかったらもっとやろうかのう?」
「持って帰れ!!」
「何をいうか。あ、そうか…若いもんじゃからそんなものは必要ないんじゃな」
「ちげーよ!」
「じゃが若いうちから遠慮せんでいい。使って溺れるくらいがちょうどいいんじゃからな」
「うるせー!出てけ!!」
「ふぉっふぉっふぉ、ワシも婆さんと励んでくるかのう!」
「…」
「はぁ…はぁ…はぁ…」
「…なぁ京極。お前のお爺さん、友達とかの前だと若く見せようとしてるのか?」
「…ちげーよ」
「…?」
「あれはいつもだ」
「…」
12/10/14 21:16更新 / ノワール・B・シュヴァルツ
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■作者メッセージ
ということで始まりました
現代編アルプ、主人公の親友登場です
今回は前・中・後編
実は連載形式の時にはクロクロなど○○ルートとつけるこだわりがありますw

ちなみに親友は基本的に言葉を伸ばす変わった口調なんですね
基本的に主人公の周りは変わってる人ばかりなんですけどw

望まず女になってしまった京極と女性から男性へと戻すために頑張る主人公
そんな二人がこのあとどうなっていくのか
次回、女となった親友と共に学校へ行きますよ!

それでは次回もよろしくお願いします!!

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