連載小説
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歌とお前とオレと詩 中編
「―で、どうかな?」
「お、さっきよりも良くなってるぞ。後はこの後半部分で注意な。」
「うん!」
食事処ハンカチーフ 屋根裏部屋 すなわちオレの部屋
そこでオレとアンは大会で歌う曲を練習していた。
いやぁ…歌って難しい…。
音楽はわりと聴いていた方だけど自分で作るのはここまで苦労するとは…。
アーティストの皆さん、尊敬するわ…。アーティスト
「よし、今日はこの辺で終了!」
ぽん、とアンの頭を撫でた。
苦労を労うように、頑張りを褒めるかのように。
そうすると大抵アンは俯いてしまうのだが…。嫌がる素振りは見せないんだ。
撫でさせてもらっている。
「お疲れ様。」
「う、うん…////ユウタお兄ちゃんもお疲れ様…。」
「おう。明日の大会、頑張ろうな。」
そうである。
明日は大会当日。
今日この練習が最後の練習だ。
「あれ?もっと続けないの?アンはまだまだ物足りないくらいだよ?」
なぜだろう…。言葉だけ聞くとちょっと危なく聞こえる気がするのは気のせいだろうか?
…気のせいだろう。
「ああ。これ以上やって喉痛めたりしたら本番に響くからな。本番でそんなへましたら今迄やってきた頑張りが無駄になるだろ?」
「あ…そっか。」
「だから今日はここまで。早く家に帰って体休めときな。」
「………はぁい…。」
さっきよりも声の明るさが減った気がした。
心なしか明るかった表情もどこと無く元気が失せたかのようにも見える。
まるで残念だと言わんばかりに…。
「ここらで我慢だよ。」
「…う…ん…。」
そのままアンの頭を撫で続けたがアンは一向に明るくなる素振りを見せなかった。
どちらも口を開かない。
部屋を、沈黙が支配する。
「…。」
「…。」
長い静寂。
その終わりはアンの言葉によって遂げられた。
「ねぇ、ユウタお兄ちゃん…。」
「うん?」
オレを見上げるように視線を上げ見つめてくるアン。
吸い込まれそうなほど青い瞳がオレの黒い瞳をとらえる。
「明日は大会、だよね…。」
「ああ。今までの頑張りの見せ所だ。」
「アン達は二人一組で出る、パートナー同士だよね…。」
「ああ、勿論だ。」
「それじゃあさ…。」
ぎゅっと。オレの着ている学生服の裾を青い翼が握った。
アンの、青い色をした翼だ。
「ふ、二人で待ち合わせしたりしたら集合に時間がかかると思うんだよ…。」
「…まぁな。」
「だからね、待ち合わせなんてしないほうが良いよ…。」
だからと、アンは付け加えた。
オレの学生服の裾を握る力が強くなった気がした。
「その、ここで一緒に寝ちゃだめかな…?」
ああ、なるほど。考えたな。
確かにそっちのほうが効率がいい。
待ち合わせに使う時間なんて要らないし。
素直に感心し、その意見に頷くことにした。
「そだな。それじゃあキャンディさんに言って部屋を用意して―」
「―そーじゃなくってね!」
アンが言った。珍しく強く。怒鳴り声にも近いような声で。
そしてアンの口から放たれた言葉はオレの中の何かを貫いた。

「ユウタお兄ちゃんと一緒に、寝ちゃだめかな?」

一時の静寂。
理解不能の沈黙。
…うん?待てよ。今アンはオレに向かってなんて言った?
『一緒に寝ちゃだめかな?』
うん…あ、…えっと…マジで!?
「だめかな…?」
心配そうに上目遣いで見つめてくるアン。
うるうるとしたその瞳に、その健気な表情に、そのかわいらしいアンにオレは―
「―いいぜ!」
陥落。
だってねー。これを断れって無理でしょ。さすがに。
断れるやつはきっと鬼だろう。いや、絶対鬼だ。
時刻はすでに夜。
それもかなり遅く、オレの部屋にある唯一の窓からは月明かりが差し込んでいた。
「そんじゃ、寝るか。」
「うん!」
さっきとはうってかわって元気な、嬉しそうな顔を見せるアン。
切り替え早いな…。
オレは靴と学生服を脱ぎ、学生服を近くの椅子の背にかけ、先にベッドに腰掛ける。
そして、アンに手を差し出した。
「ほら、おいで。」
「う…うん//////」
そっと添えられるアンの翼。
やはり暖かく、そして思った以上にやわらかい。
そしてコロンと転がるようにオレの胸へ抱きついた。
自然に、アンの甘い香りが漂う。
「…よっと。」
寝転び、アンと向かい合う形になった。
アンの小さな整った顔が目の前にある。
ほんとにきれいな顔してるな…。
そっと、壊れ物を扱うかのように慎重な手でアンの頬を撫でた。
「…////」
赤くなってオレの胸に顔を埋めるアン。
こうしているとなんだか猫みたいだ…。猫はこんなことしないだろうけど…。
和む…。
そこで、ふと思いついた。
アンは今まで結構頑張ってきている。それは今まで付き添って練習してきたオレだからこそ言えることだ。
頑張ってはいる…だが、それに対する『ご褒美』がない…。
ううむ…。なにかあったほうがいいだろうな…。
「アン、なにか欲しいものとかない?」
「ふぇ?」
アンがオレの胸から顔を上げた。
どこと無く朱に染まったその顔を。
「明日の大会で優勝できたらご褒美として何でも言うこと聞いてあげるよ。なんか買って欲しいものとかしてもらいたいこととかあったら叶えてあげる。」
これでも金銭的には余裕がある。
食事処ハンカチーフの従業員として働いている分の給料が手付かずで余っているんだ。
「ほ、本当っ!?」
いつに無く食いついてくるアン。
これは効果絶大らしいな…。
「おう、できる限り無理なものでれば…。」
「本当!?本当に本当だね!?約束なんだよ!!?」
「お、おう…。」
いつもよりかなり押してくるな…。
普段のアンからはイメージできないほどの押しの強さにオレが押されてる…。
そんなに欲しいものがあるのだろうか…。
「約束だからね!?」
「お、おう…。それなら」
オレは右手を出した。正確には右手の小指を。
「…?」
「約束。オレのいたところじゃこう小指に小指を絡ませて約束しあったんだ。」
なつかしき指きりげんまん…。
実はげんまんには拳骨百万回なんてこわいことが込められているという豆知識をどこかで知った。
それを考慮してみると指切りはかなり大きな約束、はたまた契約にも近いものなんじゃないだろうか…。
…まぁ、だからこそこんなところで使うべきなのだろう…。
「約束だ。」
「…うん!」
アンは翼を器用にオレの小指に絡めた。
羽の、やわらかな感覚が指を伝ってくる。
…羽毛布団がやたらと値が張る理由がわかった気がする…。
静かに指を離し、アンの顔を再び見つめる形になった。
……そーいや、寝る前にするおまじないとかあったな…。
こわい夢を見ないようにするためのおまじない…。
「アン、ちょっと―」
オレはアンの前髪を手であげ、そのきれいな額をあらわにする。
「ふぇ?ユウタおにい―」
そっと。
触れるだけの、優しいキス。
アンの額に口付けた…。
「#$%□○△☆@!!!?!?!?!?」
おぉ…アンの顔が茹蛸になったぞ…。
それはもう真っ赤に…蛸どころか蟹のように…似たようなもんか。
「おおおッお兄ちゃん!?」
「おまじない。良い夢みれますようにって。これもオレのいたところじゃやってたんだぜ。」
それからそっとアンを抱きしめた。
「おやすみ、アン。…明日頑張ろうな。」
「…うん!」
その声を最後にオレ達は眠りにつくのだった…。

次の日 歌謡大会にて

いやぁ、時間が流れるのは早いもんだ…。
朝一にアンの寝顔眺めて、アンが起きたと思ったら急に真っ赤になって。
そんなこんなで慌しく着替えたり準備をしていたりしたのがついさっき。
そして今。
歌謡大会での出番を待っている。
「ユウタ…お兄ちゃん…。」
隣にはいつも身にまとっている服とは違う、大会用に作った服を着たアンがいる。
オレの手を握ったアンの翼がかすかに震えていた。
緊張、しているのだろう…。この状況じゃしないほうが無理か…。
観客約5500人。この街の人口半分以上がここに集まってきているんだ…。
その目の前で歌うなんて緊張せずにいられるだろうか、いや、いられない。(反語)
「大丈夫。やれるさ。」
かく言うオレも緊張でガチガチ。
さすがに18年間の経験でここまでの大人数を相手に立ったことは無いからなぁ…。
ぎゅっと、オレからも手を握り返す。
「見せてやろうぜ…オレ達の頑張りを。」
「ユウタお兄ちゃん…。」
「聞かせてやろうぜ。アンの歌をさ…。」
「……うん!!」
アンは大きく頷いた。

『それではエントリーナンバー 57番! セイレーンのアン・カーウィさんと…おおっと!これは!黒髪黒目の青年 クロサキ ユウタさんだぁぁぁ!!』

会場の観客が騒ぎ出す。
「それじゃ、行くか!」
「うん!」
青髪青目のセイレーン少女アンと黒髪黒目の人間青年ことオレがともに歩き出す。
一歩、また一歩と。
そして
オレとアンは5500人もの観客の前に立った。
『おおおおおおおおおぉ!!』
観客たちが歓喜を挙げた。
まだ何もしてないのにそんなに騒ぐなよ…。ハードルあがっていくのが嫌なほど伝わってくるんだから…。
オレとアンは観客に向かって一礼、そして
「ユウタ、お兄ちゃん。」
「おう。」
体を起こし、背筋を伸ばす。
そしてオレは、言った。
「それでは皆様!これより奏でるのは異国の歌!それを歌うはセイレーンのアン・カーウィ!皆様の心に響く歌をご堪能あれ!!」
それから、と付け加える。
「皆様も『歌いたくなった』ならばどうぞ!ともに歌ってください!ともに手拍子を刻み、ともに楽しみましょう!!」
そして、会場は静まり返る。
オレ達の歌を待っているんだ。
ならばともに歌おう。その期待に応えられるように…。
「アン。」
「…うん。」
そしてアンは、歌いだした。

『手を取り合って 笑おう
手をつないで  さぁ
あなたと いつまでも 歌いたいから―』

ガラスの鈴を転がしたかのような歌声。
その声が奏でるのはこの世界には無いであろう曲調。
穏やかなしらべで、緩やかな音律。

『手を取り合って 歌おう
 手をつないで  ほら
 みんなと 一緒で 楽しもうよ―』

パンッと合間合間にオレは手拍子をいれていく。
リズムを刻むように、ともに歌うかのように―

『つまらないことが あったのなら 
みんなでその手を 掴んであげる
 つまらない顔した そんなあなたを 
やさしくそっと  包んであげる―』

一文字一文字が曲を刻み、観客たちを魅了していく。

『だから笑って  歌おう 
 手を取り合って ねぇ
 みんなと 一緒なら 嬉しいはず―』

パンッと乾いた音がタイミングよく音律を刻み、歌をさらに引き立てる。

『手を取り合って 歌おう
 手をつないで  ほら
 みんなで 一緒に 歌い合おうよ―』

―さぁ、ここからだ。
ここから先はいかに観客たちの心を『引き寄せる』か…。
オレの言葉にどれほど人を惹きつけられるか、だ!
「さて皆様!皆様も気分が上がってきているのではないかと思います!なのでこれより共に『歌う』のはいかかでしょうか!」
観客がざわついた。
それも当然だろう。こんな奇抜な考えを出してくる奴なんてそんないないからな…。
だが、これが。
『皆で歌う』ということがオレの考え出した秘策。
合唱やカラオケで一緒になって歌うのはそんな嫌なものじゃないだろう。
むしろ、皆で一緒に歌うというのは楽しいんじゃないのか?
そんなことから考え出したのがこれだ。
ともに声を上げ、ともに歌い、ともに手を叩く。
一人で歌うのは気恥ずかしいだろうが皆で歌うのは恥ずかしくないだろう。
―それに、姉ちゃんの言っていたことでもある。

『―でも、歌うのって楽しいじゃん。特にコーラスみたいに合唱するのはさ。』

夢の中で言っていたこと。
あれを思い出したからこそ、オレは皆で歌うことを考え出せた…。
「手拍子でもかまいません!それでは皆さんも―」
さぁと、手を叩いた。

『手を取り合って 笑おう
手をつないで  さぁ
あなたと いつまでも 歌いたいから―』

パンッという手を叩く音が、徐々に大きくなってきている。
かすかにだが、確実に。
セイレーンの歌は人を魅了するという話がある。
それならきっと影響はアンのおかげであり、そしてこれがアンの実力ということだった。
皆がこの曲に、この歌に、誘われてるのが伝わってくる…。

『手を取り合って 歌おう (パンッ!)
 手をつないで  ほら  (パンッ!)
 みんなと 一緒で 楽しもうよ (パンパンッ!)』

歌っている途中でアンがオレに顔を向けてきた。
その顔を見ただけでアンの言いたいことがわかる。
―上手くいったね!
それに対しオレは笑顔で答えた。
いまや観客全員が手を叩き、中にはアンの声に自分の歌声を重ねてくる者もいた。
これはオレも負けていられないな…!
そっとアンの翼を握る。
アンと顔を見合わせ、そしてオレもともに歌い始めた。

『『だから笑って  歌おう (パンッ!)
 手を取り合って  ねぇ  (パンッ!)
 みんなと 一緒なら 嬉しいはず (パンパンッ!)』』

アンの高く透き通った声と、オレの低い音の声。
オレは大して歌が上手いというわけではない。むしろ歌うのは苦手なほうだが今は、
アンとともに歌っている今だけは、そんなことどうでもよくなっていた。

『『手を取り合って 歌おう (パンッ!!)
 手をつないで  ほら  (パンッ!!)
 みんなで 一緒に 歌い合おうよ (パンパンッ!!!)』』

パンッと会場にひときわ大きく乾いた音が響いた。
オレとアンは両手を上げ、歌が終わったことを表す。
そして、声をそろえて観客に礼をした。
「「聞いてくださって、ありがとうございましたーっ!!」」
一瞬の静寂。シーンと静まる会場。
だが次の瞬間とんでもない声援にオレとアンは包まれた。
「すごかったぞぉぉぉぉ!!!」
「たのしかったぁぁ!!」
「また歌わせてくれー!!」
「もう一回聞きてぇー!」
「アンコール!!アンコールを!!!」
皆が皆口々に言い出す。
この様子からしてもわかるようにオレとアンの歌はかなりの好感を得られたようだった。
「「「「「アンコール!アンコール!!アンコール!!!」」」」
観客たちが声を揃えて言う。
なんか…気恥ずかしいな…。
「ユウタ…お兄ちゃん…。」
隣のアンを見れば、笑顔でオレを見上げてきた。
ぎゅっと、手を握る力が強くなる。
言葉はいらない。次にオレ達がすることはもう決まっている…。
「それでは皆様のご要望にお答えして、もう一度―」
オレとアンは観客達と共に心ゆくまで謡い合ったのだった……。

大会も終わり 夜

大会の余韻か既に夜だというのに街はまだまだ眠る気配を感じさせなかった。
かくいうオレも寝ようとはせず、一人椅子に座って窓の前にいた。
眠る気にはまだなれそうにない。
昼間の大会での興奮がまだまだ収まりそうにも無かった。
にしても、だ。
すごかったな…アンの歌。
一言じゃ表せないくらいに…。
練習中に何度も聞いてきたけどそれでも、オレまで心動かされそうだったな…。
…まったく、すげえや。
そんなことを考えていると、突然窓が叩かれた。
「ん?」
猫だろうか?…いや、猫にしちゃあまりにも規則的に窓を叩いてくる…。
まるでノックのように…。
「ユウタお兄ちゃん。」
アンの声がした。
なるほど、アンが窓ガラスを叩いているのか…。…ここ三階相当の高さはあるんだぞ…。
そう思いながらもオレは窓を開けた。
窓の外には大会の衣装を着たままのアンがいた。
青い翼を羽ばたかせ、月明かりに照らされながらオレを待っていた。
そうだったな…。アンはセイレーン。そしてハーピーに近い存在…。
ついていた翼はやはり飛ぶためのものだったようだ…。
「おう、アン。どうしたんだよ、こんな夜中に…。」
「うん。えっとね…。ユウタお兄ちゃんに話があって…。」
「…そっか。まぁ、入れよ。」
オレはアンを部屋の中へ招き入れた。
窓はちゃんと閉め、そしてアンと向き合う。
「とりあえずはお疲れ様。すごく良い歌だったよ。」
「うん…。ありがとう…。」
どこと無く元気が無い…。当然といえば当然だろう…。
今回の大会で、アンは優勝できなかった…。
結果は惜しくも準優勝。
前回のようにヤりながらなんて規格外な参加者はいなかったが、ただ一位とは格が違った。
優勝者は有名な人間の歌姫らしい…。
誰ともペアを組まないというルール違反をしながらも歌った歌はオレとアンの歌を遥かに超え、観客達の心を掴んでいた。
おそらく人間の中でもっとも上手い歌が歌える人だろう。
セイレーンと張り合っても負けない、いや、余裕で勝てるかもしれないほどだった。
そんな人がこの大会に出場してきたのは運が悪かった…。
…でもオレ達も悪いことばかりではない。
今回の大会によってアンは街中にその名を知られることとなった。
そのおかげか宴の余興としてきてくれだの、うちの村でも歌ってくれだのという依頼が殺到。
観客達からはもみくちゃにされるわ、キスはされるわ、挙句の果てなぜかズボンもパンツも脱がそうとしてくる者がいたわ…。
あのままだったらオレはきっと大切なものを奪われていたに違いない…。
恐ろしい…。
だが、アンは観客達に笑顔を見せるもどこと無く悲しそうな顔をしていた…。
そりゃそうだ…。
優勝、狙ってたもんな…。
その悔しさは計り知れないものだろうと思う。
「アンは、よくやったよ。」
オレはベッドに腰掛け、アンを隣に腰掛けるように誘う。
アンは無言で頷き、オレの隣に腰を下ろした。
「…。」
そっと、その青い頭を撫でてやる。
優しく、慰めるかのように…。
「優勝した人…すごかったね…。」
アンが言った。
やはり元気を感じさせない声で。
「…ああ。」
「アンたちの歌も…あんなふうになれるかな…?」
「なれるさ…。」
オレはアンの肩を抱き寄せた。
暖かな体温が伝わってくる。
「きっとなれる…。アンならすぐにでもあれ以上に上手く歌えるさ。」
「……本当?」
「ああ。オレの中じゃアンは間違いなく優勝だったし。」
それは紛れもの無い事実。確かに優勝した人の歌はすごかった。
それでもオレは、アンの歌っていた歌のほうがずっと好きだ。
いくら上手かろうと、アンの努力を誰よりも知っているからこそ、だ。
「だからさ、なんでも願い事聞いてあげる。」
「本当っ!?」
その言葉を言った瞬間、アンの顔に笑顔が戻った。
切り替え早えー…。
まぁ、悲しんでいる表情をずっと拝んでるよかマシだけど…。
「おう。約束だしな。何でも言ってごらん。」
「うんと…それじゃ…―」
そこでアンは首を振った。
どうしたのだろう…。顔真っ赤だけど…。
「あのね、ユウタお兄ちゃん…。その前にその、お礼をしたいなーって…。」
「うん?」
お礼?何の?
「今まで一緒に練習してくれたこと。歌詞を作ってくれたこと。歌を一緒に歌ってくれたこと…。全部のお礼。」
ふむ…律儀な子だな…。
「ユウタお兄ちゃんと一緒だから、アンは歌うことができたんだよ。だから、ありがとう。ユウタお兄ちゃん…。」
「おう!」
思わず笑顔になった。
まったく…嬉しいことを言ってくれるぜ…。
「それでね…練習が終わった後に頑張って作った歌があるんだよ…。その、ユウタお兄ちゃんのために頑張って作ったんだ…。」
「…マジか。」
この8日間の練習は終わったのは大抵夜中。
そんな中でアンはオレのために歌を作ってくれたなんて…。
…泣ける話じゃないか…っ!
「だから、その…聞いてもらえないかな?」
「勿論だ!聞かせてくれよ…。アンが作ってくれた歌を…。」
「うん!それじゃあ―」
アンはオレをベッドに座らせ、窓の傍に立つ。そこから差し込んでくる月明かりがまるでスポットライトのようにアンを照らしていた。
今だけここはアンのための特別ステージ。
観客はオレ一人。
…なんかオレのためだけに歌ってくれるなんて…照れるな…。
「それじゃあ、ユウタお兄ちゃん、歌うよ!」
アンは大きく息を吸い、そして歌いだした。

『誰よりも    あなたが好きだから  この声に想い込めて 歌うよ 
 あなたのことが 大好きだから     この言葉にのせて  歌うの
 
あなたが笑ってくれる その顔が スキ
あなたの心の優しさが 何よりも スキ

私に魅力は無いけれど 誰よりもあなたを 想ってます
私の自慢のこの声で  私の想いを    伝えます

誰よりも    あなたが好きだから  この想いを詰め込んで 歌いたい
 あなたのことが 大好きだから     あなたといっしょに  歌いたい―』

今まで何度でも聞いてきたアンの歌声。だから、きれいな声だっていうのはわかってた。
歌が上手いのも、知っていた。
―でも。
今、このとき、オレのために歌ってくれているその声は、その歌声は、
明らかに今までの声とは違う想いのこもった、美しい声だった…。
「―どうかな…?」
頬を少し赤く染めて、アンは恥ずかしそうに聞いてきた。
そんな…感想なんて決まっている。
「すごく、綺麗だったよ…アン。大会のときよりもずっと…ね。」
気がつけばオレは目から一筋涙を流していた。
ここまで感動したのはいつ以来だろう…。
それ以前に歌で感動することなんて今までなかった…。
アンの声が綺麗で、そして歌ってくれたのがオレの為なんて…。感動せずにはいられない。
涙を拭い、ベッドから立ち上がってアンを抱きしめようとしたそのとき、
―足が止まった。
…感動しているのはわかる。自分の感情くらいはわかるさ…でも。
何で『息子』まで立ち上がってるのかな…?
『息子』までがスタンディングオベーション…。
わ、笑えねえ…!!
「あれ…?どうしたのかな、ユウタお兄ちゃん…。」
「!」
不審に思ったアンがこっちに近づいてくる。
まずい!気づかれる!!
これはまずいぞ!非常にまずい!!何で感動して盛ってるかなオレ!?
気づかれたら男として、兄的存在としておわ―
「あれあれ?これはどうしたのかな?ユウタお兄ちゃん。」
―終わった…。
アンがオレの足を開かせ、そこに膝つき、オレを見上げてくる。
オレの手はアンにより股間からどかされ、アンの顔の位置にはちょうどテントがたっていた…。
気づかれた…。最悪だ…。というか、終わった…。
兄的存在としての威厳はもう無いだろう。
心の中で大量に涙を流しているとアンは言った。
その顔に笑みを浮かべて…。
「仕方ないよ。男の人としてこれは生理現象なんでしょ?だったら仕方ないんだよ。…でもこのままっていうのもつらいんだよね?だから―」
その顔はオレがこの世界に来てよく目にするようになった表情。
ギルドのサキュバスのマスター、オリヴィア・ドロシーさんしかり、
娯楽店『迷い路屋』の女店主、稲荷のかぐやさんしかりのその表情。
オレへ向けられたその顔にあったのは紛れも無い―

一人の女としての顔だった。

「―アンに全部任せて、ね―」


協奏曲 これにて終了
11/03/16 11:40更新 / ノワール・B・シュヴァルツ
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■作者メッセージ
セイレーン編、中篇です!いかがでしたでしょうか?そして次回はやはりエロエロパート!…後編に定着してきてる…。まぁそれはともかくとして今回の話も楽しんで読んでいただければ幸いです!セイレーン編クライマックスも頑張って書かせていただきます!!

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