連載小説
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血汐と貴方とオレと接触 中編
クレマンティーヌへオレから税を納めるため、つまるところ直接首から血を吸ってもらえるようになるためにほぼ一方的な約束をした数日後の夜。
今日からそれが始まる。
本来ならヴァンパイアの力が抑えられる昼にすべきなのだがクレマンティーヌは領主であり、当然領主としての仕事がある。
だからこそできるのは夜中になる。
失敗すればヴァンパイアの怪力をもろに食らってしまう、早い話が失敗は重症という状況だ。
ただ危険なんてものではない。
だがそんなこと既にわかっていることだ。
理解して、その上で承知したことだ。
だから―


「―暇してるんだよな…」
オレはオレのために宛がわれた部屋のベッドに寝転びそう呟いた。
今の時間は昼、クレマンティーヌはお仕事だ。
だから仕事を邪魔することなく昼はキャンディさんのところに戻って夜に来ればいいかなんて思っていた。
なのだが、追い返された。
戻ってくるなとまで言われた。
領主様にそこまで言ったのだからやりきるまでお屋敷で世話になってろということだ。
キャンディさんもレグルさんにもクレマンティーヌのあのことは言ってないというのにまるで知っているかのような素振りだったが。
しかしお食事処を経営している二人の下で住まわせてもらっている以上オレもその仕事を手伝うべきもの。
クレマンティーヌが仕事している間にオレも自分の仕事をすべきだと思ったのだがそれすらも却下された。
キャンディさん曰く「そんなことに割く時間があるなら一刻も早く領主様の助けになりなさい。大丈夫、元々二人で経営してたんだから貴方がいなくても大丈夫よ」だそうだ。
そう言われてしまっては仕方ない。
そういうわけでオレは今暇を持て余している最中だった。
「…暇だ」
日々大学受験に向けて勉強していたあの頃から比べると随分暇だ。
一応自宅兼お食事処で働いてはいるも夕方まで。
仕事中でも暇があればお客さんと話したりできる。
目前の牛乳屋のラティさんと世間話をしたり、週三回入っているデュラハンのセスタとの稽古の内容を話し合ったり、セイレーンのアンにこの世界にはない歌を教えたり、稲荷のかぐやさんに捕まったり。
最近ではドッペルゲンガーというどこか恥ずかしがりやな美少女のクロエという子とも話をしたりするな。
仕事を終え、夕食を終えた後はすることがないし、字だって読めないのでふらふら夜中の街を歩いたりしている。
時折裏路地から喘ぎ声が聞こえてくるのだが…まぁ覗かないほうがいいだろう。
こんな日常にいるからだろう、寝る間を惜しんでまで勉強していたあの頃が随分と昔に思えた。
しかし、そんなことを考えたところで暇なことには変わりない。
「…どうするか」
また庭園にでも行こうか?
クレマンティーヌが手入れをしているあの薔薇の花を見に行こうか?
いや、既に三度は回ってきている。
なら屋敷の中の散策でも?
それはいささか…失礼ではないだろうか。
なら街に出るか?
…クレマンティーヌが仕事をしている最中に遊ぶというのだし後ろめたい。
こうなるなら稽古で使う模擬剣を持ってきて手入れでもしておくべきだった。
「…暇だ」
二度目の呟きにオレは体を起こした。
喉が渇いたな。
水でも飲みにいこうか。
そんなことを考えて部屋から出て長く続く真っ赤な絨毯の上を歩いて給仕室を目指す。
本当はハリエットさんを呼ぶためのガラスでできたベルを手渡されている。
用事があったらこれを使って呼んでくださいとのことだ。
だが自分一人でできるようなことを他人の手を借りるような真似はしたくない。
「お、あった」
給仕室のドアを音も立てずに開け、誰もいないことを確認して入る。
この屋敷にいるメイドは当然ハリエットさんだけではない。
皆客人であることからかオレに対して丁寧な扱いをしてくれる。
それがなんともむず痒い。
オレは隅から隅まで世話をされることを良しとできるような人間ではないらしい。
最も、オレの麗しき暴君姫にとっては最高の状況なのだろうけど。
とりあえずオレはしまわれているガラス製のコップを手に取り、蛇口から水を注ぐ。
コップの半分くらいまで溜まったとき、ふと横においてあるものに目が行った。
それは紅茶のカップ、それから対になる白磁器の高級そうなポット。
オレのような庶民には手を出せないような額がするだろうそれにはまだ湯が入らず、紅茶の茶葉が傍に置かれている。
クレマンティーヌへの差し入れといったところだろうか。
ヴァンパイアはいえ、休憩の一つや二つは取りたいものだろうし。
しかし、そのさらに向こうに置かれているものが気にかかる。
乱雑に入れられたそれはこの整頓された給仕室には相応しくないもの。
おそらくそれはいらないもの、廃棄するものだろう。
緑色の乾いた葉で満たされたガラス製の入れ物。
それから無機質で模様もとくにないある陶器でできた入れ物。
ガラス製のほうは蓋はきっちり閉まっており、よくわからない文字が刻まれている。
何とかいてあるかはわからないが、その中身と入れ物が何なのかは一目でわかった。
茶葉だ。それも緑茶の。
それから入れ物は湯のみ。
おっとこれは…急須まであるぞ。
この街じゃたいして馴染みのないものであり、目にする機会はそうない。
一般的なお茶としてはここには紅茶が出回っているんだし。
嗜んでいる人といえばジパング出身の稲荷であるかぐやさんくらいだろう。
独特の苦味ある緑茶はあまり好まれないのかもしれない。
それで廃棄するというのはもったいない気もするのだけど。

…あ、そうだ。

オレは胸ポケットにしまいこんでいたベルを鳴らす。
ちりん、と軽やかで上品な音が空気を振るわせた。
刹那。
「お呼びでしょうか、ユウタ様」
「っ!?」
ハリエットさんの声が後ろから聞こえた。
鳴らしてまだ一秒も経ってないだろうに、彼女はそこにいた。
思わず驚き声を出してしまいそうになるのだが出ない。
逆に驚きすぎて固まったようだ。
「…ユウタ様?」
「…ハリエットさん、今どこから?」
「いつでも貴方の後ろにおります。それがメイドです」
「…怖いですね」
「ジョークです」
「…ああ、ジョークですか」
「メイドジョークです」
「…」
…これは、笑えばいいのだろうか?
っていうか、ハリエットさんて意外と気さくというか…変わった人だな。あ、ヴァンパイアだった。
「ユウタ様、ご用件は何でしょうか?」
「ああ、そうでした」
気を取り直してオレは廃棄されたのであろう茶葉を指差した。
「あれって…緑茶の葉ですよね?」
「おや、ご存知でしたか。あれはジパングから仕入れたものです」
ジパング。
こことは違う、遠い東にある大陸。
かぐやさんから聞いたことが何度かあるがどうも昔の日本に似ていらしい国。
緑茶があるくらいだから文化もきっとそれと似ているのだろう。
「ですが、どうも苦味しか出ないのでクレマンティーヌ様にはお出しできないと思い、そこにおいてあるのです」
「へぇ」
苦味しかでない、か。
それはきっとお茶の入れ方に問題があるのではないだろう。
緑茶と紅茶は同じお茶としても似て非なるもの。
淹れ方によって味も変化する。
それに作法もまた変わるものだ。
その茶葉を指差したままオレは彼女に言った。
「ハリエットさん、これ…オレが淹れてもいいですかね?」
「え?ええ…」
そこでハリエットさんがいや、と小さく呟く。
何か考え事をしているようだ。
「…そうですね。ユウタ様に淹れてもらった方がクレマンティーヌ様もお喜びに…」
「はい?」
「いえ、どうぞ存分に淹れてくださいませ。その後はクレマンティーヌ様へお出ししますので」
「え!出すんですか!?」
それはもうこちらとしても気合を入れてしなきゃいけないな。
まぁ、もとよりそんなつもりでやろうとしていたのだけど。
…あ、それなら。
「どうせならオレが直接持って行きますよ」
クレマンティーヌのあの症状を治すためにも少しは触れ合いが多いほうがいいだろう。
彼女自身嫌がっているわけではないのだから。
仕事の休憩ついで、気分転換になればいいだろうし。
「…ちなみにこの茶葉はなんですか?」
「それは確か…ジパングから仕入れた玉露というものでございます」
「…」
流石、領主様。
こんなとこまで一級品ですか。





銀色で細かな装飾のされたお盆に淹れたお茶を二つ載せてオレはクレマンティーヌがいるであろう部屋の前に来ていた。
ハリエットさんから教わったとおりにオレは目の前のドアにこんこんこんとノックをする。
三回。
トイレなどで使うのが二回だったから…入室の際がこれでいいのだろう…。


ちなみに、三回のノックが男女の仲を示すということを教えられるのはずっと先のことだった。


「…どうぞ」
ドア越しに聞こえる凛としたクレマンティーヌの声。
それを聞いてオレは背筋を伸ばし、息を一つついてからドアノブに手を掛けた。
「失礼します」
そう言って開いた先には上質な木でできたこれまたかなり高額のものであろう机を隔てて真っ赤で柔らかそうな椅子に優雅に腰掛けるクレマンティーヌがいた。
今しがた処理を終えたのだろう羊皮紙を机の端にそっと置く。
そうしてこちらを見た表情は優しげであの時オレを拒絶した冷たさを感じさせないほど温かだった。
「そう畏まらなくてもいいと言ったはずだよ?」
そう言っている彼女はどこか楽しそうに笑みを浮かべている。
オレもつられて笑ってしまうほどだ。
「いや、なんとなく」
そう言ってオレは手に持ったお盆を見せた。
「仕事の休憩と思ってお茶を淹れるんだけど、どう?」
「休憩?ああ、もうそんな時間だったね」
この部屋の窓はクレマンティーヌの背後に大きなものがあるが遮光カーテンによって日光を遮られて光が入ってこない。
だから日の傾き具合で時間を推し量ることはまずできない。
クレマンティーヌは手元においてあった懐中時計らしきものを開き時間を確認する。
今は大体三時ごろ。
休憩にはもってこいの時間だ。
「それではありがたく頂こうか。ああ、そうだ、どうせならもっと開放的な所でしよう」





クレマンティーヌに案内されたのは庭園が一望できるテラスだった。
駆け回る事だってできそうなほど広く作られており、白い長椅子とテーブルが置かれている。
当然日の光が差し込まないように日陰となっているそこから見渡す薔薇の庭園は美しく、思わずため息をついてしまうほどだ。
「ここにしようか」
そう言ってクレマンティーヌは長椅子の端に優雅に腰を下ろした。
ただ座っただけだというのに日影でも輝く金髪が揺れる光景は、凛とした表情で息を吐くその瞬間は芸術と呼ぶに値するもの。
絵にすればどれほど美しいものが描けるのかわからないほどだ。
「どうかしたのかい、ユウタ。こちらへ来てくれ」
「あ、ああ、わかった」
誘われるままに同じ長椅子のクレマンティーヌとは反対の端に腰掛けた。
座って気づく。
あれ、椅子一つしかないじゃん…。
こうゆうテーブルの場合は向かい合う形になるように椅子が置かれているものではないのだろうか。
…あ、きっとハリエットさんが気を利かせたのだろう。
…天井から見てそうだな、あの人。
そんなことを思いながらも茶を淹れる用意をする。
まずは湯冷ましのために急須のお湯を湯飲みへと注ぐ。
次いでお湯のなくなった急須に玉露の茶葉を淹れる。
終わったら湯飲みのお湯を茶葉の入った急須に注ぐ。
後はしばらく待てば良い。
二分、長くても三分ほど。
オレの手際を見ていたクレマンティーヌは感嘆の声を上げた。
「手馴れているんだね」
「お茶の淹れ方は教わってたからさ」
お父さんの実家に住んでいる先生。
あの女性は和に関することでは最高の技術、知識を持っている。
先生の作る料理や淹れてくれるお茶はおいしかったっけな。
子供の頃はそれを手伝いたいなんて言って教えてもらったっけ。
おじいちゃんやおばあちゃんもまだ生きていたあのころ、皆に入れてあげようと頑張ったからなぁ…。
「…」
「…ユウタ?」
「ん?何?」
「いや…」
何か気まずそうな顔をしてクレマンティーヌは視線を逸らす。
それはどこか悲しげな表情であり、哀れんでいるようにも見えた。
どうしたというのだろうか…。
オレはそんな顔をされるような表情でもしてたのかな…。
「それじゃ、どうぞ」
大体二分ほどが過ぎ、オレは湯飲みに茶を注いでいく。
静かに、跳ねないようにゆっくりと。
二つの湯飲みに交互に均一に注いでいき、そうして終わり。
淹れ終えた茶をクレマンティーヌの前にそっとそれを置いた。
それだけでも香る独特な緑の香り。
「これは…緑茶かい?」
「そう、玉露だってさ」
「そうか…どうりで懐かしい香りがするわけだ」
「飲んだことあったんだ?」
「ああ、昔、ある親友の娘達とともにジパングまで行ってきてね。そのときに少し味わったんだよ」
知っていたのか。
驚かせようと思って淹れたのだけど…それは残念だな。
そう思っても顔には出さないように注意する。
「まぁ飲んでみてくれよ」
その言葉にクレマンティーヌは頷き、静かに口をつけた。
桜色の唇に湯飲みが触れ、一度喉が上下する。
…本当に綺麗だ。
ただの一つの動作がとても優雅で、それはまるで女神のようだ。
ヴァンパイアに神様という表現を当てはめるのはどうかと思うが。
一口飲み終え、湯飲みをそっとにテーブルに置き、クレマンティーヌは一息ついた。
「…あぁ…美味しいよ」
顔をわずかに綻ばせ、凛とする声で静かに言った。
「よかった。久しぶりに淹れたから不安だったんだよ」
そう言ってオレも茶を味わう。
ほのかな渋みと茶自体のうまみ。
それから玉露独特の上品な甘さが広がる。
これなら上出来だ。
先生から教わった知識も技術も健在でよかった。
湯飲みを置き、一息ついたところで待っていたのだろう、クレマンティーヌから静かに言った。
「…ユウタは…聞かないのだね」
「ん?何を」
「私が…男性に触れられない理由…」
確かに今の今まで聞いてはいない。
というのもまだ会って数日しか経っていないし、同じ屋敷の中で顔を合わせるとしてもそこまで歩み寄って良い間ではないだろう。
聞くべきことは聞けても、深くまでは聞けない。
それはクレマンティーヌの大切な部分であるかもしれないし、トラウマでもあるかもしれない。
誰だろうと他人に聞かれたくないことはあるんだ。
だから、オレのすべきことは一つ。
「そういう大事なことはさ、クレマンティーヌが話したくなったときに頼むよ」
ただ、待つ。
彼女が言いたくなったときまで、オレに話していいと思えるそのときまで。
「だから、そのときまで待つよ、オレは」
その言葉にクレマンティーヌは一瞬驚いた顔をするが、すぐに表情を変える。
「君というやつは…まったく、性質が悪いよ」
そう言っているも嫌悪感ある笑みじゃない、最初、オレに見せてくれたあの自愛溢れる笑みだ。
嫌がっているわけではないので素直に褒め言葉として受け取っておこう。
「……それなら、ユウタ」
「うん?」
顔だけ向けてクレマンティーヌを見ると彼女は体ごとこちらに向け、オレを見つめて言葉を紡ぐ。
「こうなった原因…といえるものかわからないが、聞いてくれないかい?」
「…いいのかよ?」
「いや、いいんだ。話させてくれ…ただ、話というほど長いのではないのだけどね…」
「…」
その言葉に何も言えなくなった。
そんなことを言われては聞くしかないだろう。
彼女の意志を受け入れないわけにはいかない。
「…それじゃ、頼む」
「ああ…」
小さく頷き、クレマンティーヌはゆっくりと話し出した。
「…昔のことなんだが…私がこの街に来る前、領主になるよりもずっと前の頃。私には唯一無二の親友がいた。淫魔のね」
淫魔。
それはこの世界でいうなればサキュバスの類だろう。
実際、この街に暮らしてから何度も本物のサキュバスを目にしている。
人には存在しない角を生やし、人間には生えない翼を広げ、オレ達にはない尻尾がある。
綺麗で妖艶で、美人で妖しい女性。
「競い、比べて、二人で同じものを目指し、互いに王の座を狙っていたのだけど……彼女はいつも私よりもずっと先をいっていた…」
「…」
「昔は色々としたものさ。楽しくやって、馬鹿をやって…そんなときに私はある男性に恋をしたんだ」
「!」
クレマンティーヌが恋…か。
そりゃ不老不死であるヴァンパイアだ、長く生きていれば恋の一つや二つしたっておかしくない。
経験あって当然だろう。
「ただ、そこには一つの問題があった」
静かに紡がれる昔の出来事。
クレマンティーヌは庭先へと視線をやり、遠くを見ているように感じられた。
そして、その先を言った。



「親友と同じ男性を好きになってしまったのさ」



「…」
「だが、彼女は淫魔、私は吸血鬼。男性を落とす方法を知り尽くしている彼女と下等だとあざけ笑っていた私だ」
そんな二人からしたら、どちらが男性に好かれるのかなんて聞くまでもない。
淫魔は男性の精が食事でもあり、そのため虜にする術を知り尽くしているのだから。
傲慢であり、プライドの高いヴァンパイアとは比べるまでもない。
「結果は当然、私の負け……ふふ、その頃かな。私があの傲慢な性格をやめようとしたのは」
それはきっと努力したのだろう。
体についた性格を、今まで貫き通してきた性質を変えることなんて相当な努力が必要だ。
それがあるからこそ、今のクレマンティーヌがいる。
それがあったからこそ、皆に慕われる領主がいる。
「頑張って、何とか人に嫌悪しない性格にはなれたよ。なれたが…そこからが問題だった」
オレは何も言わない。
黙ってその言葉の先を聞き続ける。
促さない、急かさない。
クレマンティーヌの話したいように、話して欲しかったから。
「男性に触れようとするとね、どうも嫌な光景がチラつくんだ。親友と…彼が一緒にいる光景が…」
「…っ」
それは…相当なトラウマだろう。
男女の恋であり、それに失敗して負った傷は浅いわけがない。
それぐらいのことがあれば男性に触れられなくなってもおかしくない。
初恋をそのような形で終えたんだ、何も残らないわけがない。
「彼女の傍からしばらくずっと離れていたからかな、あの二人を見たくないと思っていたのかな…」
「…」
「…私は、そうなりたくないのかな…あの姿に重なりたくないのかな…わからないが、触れるとどうも突き飛ばしてしまうのだよ」
「…」
「ふふ…卑しい女だよ」
自嘲気味に笑うクレマンティーヌ。
自覚している、それでも変えられない。
わかっている、それでも努力ができない。
性格を変えるのとではまた違うのだから。
トラウマを克服するのはまったく違うのだから。
「愚かな、女だよ…」
ああ、と思う。
この女性もまたそうなんだ。
師匠と全く同じなんだ。
心の奥底に抱えた過去が邪魔をする。
だから誰とも触れ合えないし、関われない。
本当は求めているのに自分自身が邪魔をする。
最も嫌いな自分が壁となる。
弱弱しいその姿は思わず抱きしめて慰めたいものだった。
それでも抱きしめれば殴り飛ばされ、また彼女の傷を深める。
なんとももどかしい。
今オレにできることと言えばただ言葉をかけるだけ。
「…そんなんじゃないだろ?」
「…うん?」
「クレマンティーヌは、卑しくないし、愚かでもない…」
一生懸命自分を変えようとした女性が、卑しいわけがない。
頑張って男を求めた彼女が、愚かなわけがない。
「努力するのはつらいし、大変だ。でも、だからこそ頑張るその姿って―


―すごく綺麗に見えるよ」


輝かしく、眩しいもの。
何物にも代えがたい結晶。
そこまでできているなら上出来だ。
だから、あともう一歩踏み出せばいい。
あと一歩、それでようやく届くのだから。
「…ふふ、ありがとう」
「いえいえ」






―そうして話しているうちに互いに指先が触れていたことに気づくのはもう少し先。





―その瞬間殴り飛ばされたのはすぐのことだった。
12/04/11 20:53更新 / ノワール・B・シュヴァルツ
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■作者メッセージ
ということでヴァンパイア編、中編でした
彼女にとって初恋だったからこそ返ってきたものは大きな傷
そんな傷を癒そうと何とか頑張る主人公
そんな二人もいよいよラスト!
次回ヴァンパイア編完結でございます!

触れられるようになったクレマンティーヌと主人公のエロいきますよ!


…本当は触れられるようになるまでの経緯を書こうかと思っていたのですがとんでもない量になりそうなのですいません



ちなみに初恋の男性とは魔王様の旦那様だったり…

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