連載小説
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第四話 旅荷物は必要なだけ、思い出は持てるだけ
出発前日、シルクのテントにて。
二人分入れる大きなローブを縫っている亭拉とシルクが旅の準備をしている。

テイラ「お前の荷物は着替えだけで良いのか?」
すでに生半可な馬車では運べない重量の荷物になっている亭拉に対してシルクの荷物は数着の着替えのみである。

シルク「はい、必要な物は全てテイラ様が持っていますから。」
シルクは微笑みながらそう答えるが、寂しさを隠せないでいる。

シルク「両親はもう何年も前に亡くなりましたし生まれてからほとんど本を読むことしかしていません、荷物がないのではなく持っていけるものがないのです。」
テイラ「俺ならここにある本を全部持っていくくらいできるぞ?」
テイラには住み慣れたばしょを離れると言う事がどれ程寂しいかが良くわかるだけに(主にジジイのせい)少しでも思いでの品を持っていかせようとする。
しかしシルクはそんな亭拉の思いを見透かしたかのように静かに答える。

シルク「寂しくはありません、私にはテイラ様が居ますから。」
ここまで言われると最早言い返すことはできないと、亭拉はローブを縫う作業に戻る。

ラミー「話は聞かせてもらっ「聞くな!」あべしっ!」
沈黙をブチ破りいきなりテントに乱入してきた長に空のコーヒーカップ(金属製)をぶつける亭拉。
長の乱入と亭拉の突然の暴挙にあたふたするシルクを他所に、長は魔物ゆえの頑丈さから額を押さえつつ話を続ける。

ラミー「っ、二人が明日出発すると聞いて今夜は宴を開くことにした。」
長は目尻に涙を滲ませながら今夜の宴の説明をする。
そう言えば昨日リネンが出発予定日を聞いてきた気がする。

ラミー「夫と相談した結果、近々発表しようと思っていた重大事項とお前たちの披露宴を兼ねて宴を開こうと言うことになったんだ。」
この長は思った以上に人が良いと言うか面倒見が良いと言うか…

テイラ「はっ?披露宴?」
ちょっと待て、道案内を紹介してもらっただけのはずが何故結婚することになっているんだ?

ラミー「何をいっているんだ?ラミアに自ら【巻き付き】を求め名前まで与えたんだ、コレは立派なプロポーズだろう?」
アレ〜?この人何故心底意味がわからないって顔してるんだ。

完全に周囲に取り残された亭拉と違い、シルクは即状況を理解し話に加わってくる。

シルク「町長様、テイラ様はあくまで『教会の騎士』なんですから魔物の私との結婚は後々問題になります、それに私はテイラ様のお側にいられるだけで十分ですから。」

ラミー「そう言えばそうだったか、しかし年頃の娘を結婚もしていない相手と旅に出すことはできない、『教会の騎士』であればなおさら町民が不安になる。」
やっぱり忘れてたよこの妖怪ノロケヘビ。

しかし長の言うことも一理ある。

『教会の騎士』が『町の魔物娘』を連れ出した。

この文面だけ見れば教会に誘拐されたととられてもおかしくない。
この町の者なら差ほど大きな混乱にはならないだろうが、話を聞いた他の魔物が奪還のために攻撃を仕掛けてくるかもしれない。

並みの魔物の10や20など驚異になどならないが、【人に害をなす魔物】以外との戦闘は【神託】に反するし俺自身あまり魔物を傷つけたくはない。

ラミー「だからこの町を出るに当たって形だけでも夫婦の契りを結んでもらうことになる。」
どうやら長としても譲ることはできないようだ。

テイラ「はぁ、わかったよ好きにしてくれ。」
長と話をしながらも二人用ローブを縫い終えた亭拉は逃げるようにテントを出ていく。

シルク「あ、テイラ様!」
後を追おうとするシルクを手で制し、話を続ける長。

ラミー「すまんな、我が儘を言ってしまって…」
少し強引すぎた自覚が有ったのか、長はすまなさそうに言葉をかけると亭拉の後を追うようにテントを出る。

ラミーが商業地区に行くとカフェで(と言ってもオープンテントに日除けを付け足してテーブルと椅子を置いたもの)でコーヒーを飲みながら新聞を読んでいる亭拉を見つける。

此方に気付いているにも関わらず新聞から目線をはずさない亭拉を無視してテーブルの向かいに座る。
椅子を退け、とぐろを巻いた自分の下半身に腰掛けると真っ直ぐに亭拉を見つめ話始める。

ラミー「私はシルクの両親、私の妹夫婦が病で倒れてからずっとあの子の世話をしてきたんだ、だからあの子は私の娘と言っても過言ではない。」
相変わらず新聞から目を話さないが、新聞を読むと言うより眺めているだけのようだ。

ラミー「シルクが五歳の頃、ジパングから病人を抱えた商隊が訪れ町総出で看病したことがある。
しかしその病気はジパング固有の物だったらしく各地から知識、物品が集まるこの町でさえ治療法や特効薬が存在せず町にも多くの犠牲者を出した。」
そこまで聞いて亭拉は顔を新聞に向けたまま目線だけを此方に向け、
テイラ「その中にシルクの両親も居た。」
長はコクリと頷く。

ラミー「当時から身体が弱く頻繁に寝込んでいたあの子は両親の葬儀にも出れず、それ以来私と夫があの子の面倒を見ていたのだ。」
パサリと新聞を机に置くと飲みかけのコーヒーを置いたまま席をたつ。

ラミー「あの子が本に興味を持ち始めたのもこの頃だ、『自分に知識があれば両親を救えたかもしれない』と言う思いが有ったのかもしれない。」
テイラ「野暮用ができた、日が暮れるまでには戻る。」
長の話が終わっていないにも関わらずポケットから銅貨を二枚テーブルに置くとカフェを後にする亭拉に長は視線を向ける。

ラミー「娘の幸せを願をわない親は居ないだろう?」
最後の一言が聞こえたかどうかわからない。
亭拉が人混みに紛れると同時にラミーの前にコーヒーとクッキーが出される。


……
………

日も暮れ始めた頃、長はシルクのテントの中で彼女に付き添っていた

ラミー「まったく、花嫁をほったらかしてテイラはどこに行ったんだ!」
カフェで別れて以来一向に姿を見せない亭拉に苛立ちを隠せない長をシルクが宥めている。

シルク「町長様、やはり結婚は取り止めた方が…」
相手は教会の騎士、魔物を連れて歩いているだけで問題なのに結婚までしているとなると亭拉は本当に騎士を辞めなくてはならない。
亭拉に騎士を続けて欲しいわけでは無いが、彼の障害にはなりたくないと言うジレンマにシルク自信も思い悩んでいる。

シルク「テイラ様は教会の方です、無理に結婚などせずとも私は一緒にいられればそれだけで十分に幸せです。」
ラミー「しかしだな…」
長の反論を遮りシルクは言葉を続ける。

シルク「あの方は生まれてから町はおろかこのテントの中からでさえ出たことのない私に外の世界を見せてくれると言うのです!本でしか見たことのない世界を自分の目で見る機会を与えてくれた、それだけで私は十分に幸せです!!」
生まれてはじめて声を荒げるシルクを見て長の反論が引っ込みテントの中を静寂が包む。

テイラ「ちょっと良いか?」
テントの外からテイラが声をかける。

ラミー「『花嫁』はまだ準備中だ!!」
先程のやり取りからつい声を荒げてしまう。

テイラ「なら丁度良かった、なんとか間に合ったな。」
そう言ってテントの入り口の隙間から右手を突っ込んで布包みを差し出す。

ラミー「今頃一体何を持って来t…」


包みの中身を両手で持ちシルクに見せるように振り返る。

そこにはほんのり青い木綿の生地てできたウェディングドレスが握られていた。

テイラ「なかなかイメージ通りの生地がなくてな、遅くなった。」


……
………

出発の日

砂漠の中継地の長『ラミー』とその夫『リネン』はカフェでコーヒーを飲んでいる。

リネン「行ってしまいましたね。」
ラミー「あぁ、ほんの数日しかいなかったのに随分長い付き合いだったように感じる。」
初めはのたれ死にかけた冒険者が町の魔物娘に捕まっただけだと思っていた。

ラミー「フフッ、まさか教会の騎士が砂漠で死にかけるとは思わなかったな。」
リネン「そうでしたね。」
回復して自分の前に引き出された男が巻き付いたラミアを振りほどき、自分は教会の騎士だと言ったときは心底驚いた。

ラミー「そんな男が女の下着を作り出すとも思わなかったな。」
リネン「確かにアレも驚きましたね、目の前でハサミも使わず手刀で布を切り裂いたり一瞬で縫い上げたりしましたから。」
手刀の真空波で生地を裁ち、千手羅漢撃のごとき速さで縫い上げる様は最早人間、いや魔物の枠からも外れていた。

ラミー「商隊との契約も取り付けてくれた。」
リネン「今思うと凄く手慣れていたようですが、それに何だか生き生きしていましたね。」
たった一人で商人との駆け引きや町に居た女たちの前でブラジャーの利点、その必要性を説明し、職人の育成までやってのけた。

そして何より…




―出発の日の朝―

黒鳥「はい〜、これが最新号の新聞です〜♪」
真新しいブラジャーと腰にポーチを着けた黒いハーピーが出発直前の亭拉に新聞を手渡す。

黒鳥「二度と出ないと言ったな、アレは嘘だ。」
一瞬『筋肉モリモリマッチョマンの淑女』が見えた気がしたがそんな事はなかった。

ラミー「ほほぅ、結婚翌日に浮気とはやってくれるなぁ。」
わりと本気でキレてる長を皆してなだめる。
黒いハーピーはそんな長の顔を見た瞬間ダッシュで逃げた、だから飛べよ!

シルク「では行ってきます。」
二人用ローブのフードの中で亭拉と顔を並べたシルクが長夫婦とブラ
ジャー職人の数人に見送られている。

ラミー「見送りはもっと盛大にしたかったのだが…」
長からすれば町への貢献度を考えれば関係者数人での見送りでは少なすぎると考えていたが、

テイラ「ここは旅の商人の集まる町だろう?あまり盛大に見送ると俺たちの噂が商人の口から他の町まで伝わっちまう。」
人の口に戸は立てられぬ、旅の思出話すら商品にする彼らが『教会の騎士と魔物の娘のカップル』の話を他所でしないわけがない。

ラミー「ならせめてウェディングドレス位持って行ったらどうだ?」
シルク「テイラ様が着いているのは言え過酷な旅になるでしょうから、万が一にも汚したくありません。」
そしてシルクは満面の笑みで続ける。
シルク「それにこれから生まれてくる妹の為に残していきたいんです。」
今までの何処か寂しさの見える笑顔ではなく、心からの笑顔で答える。

ラミー「そ、そうか///(い、妹か…)」
リネン「ええ、大切に使わせていただきます。」
顔を真っ赤にする長とは対照的に夫は笑顔で答える。

ラミー「テイラっ!この子にもしもの事があったらただでは済まさないからな!!」
照れ隠しにかなり強引に話題を亭拉に持っていく、その姿に夫と職人達がクスクスと笑う。

テイラ「この町でこんな言い方して良いのかわからないが…」
そう言うと少しおどけた様子で、
テイラ「主神の御名において『亭拉 明』は我妻『シルク』を生涯守り抜くことをここに誓います、てな?」
今度はその場に居た全員からドッと笑いが起きる。

ラミー「まったく、ここは親魔物領だぞ!主神の手先なんぞこれを持ってさっさと出ていけ。」
少し呆れながら長は腰についた金貨袋を亭拉に投げ渡した。
ジャリッとかなりの量が入った金貨袋を受けとる。

テイラ「ありがとう、助かるよ。」
そう言ってローブの中の紐を引っ張るとローブが広がり、カチリという音と共に小さなテントになった。

テイラ「じゃあそろそろホントに行くよ。」
驚く皆を他所にくるりと振り向き歩き出す。
そして10メートルほど進んだ辺りで振り返りフードを開くと中からシルクが上半身を覗かせて叫ぶ。

シルク「お母様ー!お父様ー!いつまでもお元気でー!」
そしてフードをかぶり直すとそれきり振り向かず行ってしまった。

二人の姿が陽炎で見えなくなったとき長の涙腺は決壊し人目も憚らず夫の胸で大泣きした。


……
………

ラミー「娘を、幸せにしてくれた。」
リネン「ええ、彼なら安心して娘を任せられます」
そして二人は思い出す。

宴の晩、篝火の紅い光に照らされて純白のドレスを身に纏い幸せそうに微笑む娘の姿を…

ラミー「そうと決まればリネン、早速シルクの妹を作るぞ!」
リネン「ええ!?」
そう言うと長は腰の袋から数枚の金貨を取り出しカフェのテーブルに置く…

………金貨?

長の顔を大量の冷や汗が覆う。









ラミー「……渡す財布を間違えた。」


13/01/31 14:39更新 / 慈恩堂
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■作者メッセージ
どうも、慈恩堂です。
やっと始まりの町から出ましたね、いやー長かった。
本当は第二話で出発の予定が倍の四話になってしまいました。
長の性格も当初の予定とは大分違ってしまいましたし物語を書と言うことは難しいですね。
今後もより良い物語が書けるよう、皆さんのご指摘ご感想をお待ちしております。

今回は新しい登場人物が出無かったので亭拉が受け取った新聞の内容について少々書きます。

砂漠の中継地の町に特産品誕生
東砂漠の中継地で新しい商品が誕生。
『ぶらじあ』と言う名の商品は今までにない画期的なもので、女性の胸を包み込む独特の曲線により胸を自然で美しい形で保持する事ができる。
開発したのは異世界からの旅人。
彼の話ではこのぶらじあなる装身具は胸の形を保持するだけでなく、大きな胸を持つ女性の肩凝りや猫背対策にもなると言う。
実際に編集社でも何人か着用してみたのでその感想を公開する。
20代リザードマンの証言
「適度なフィット感が気に入っている、形を保持してくれるだけでなく剣を振ったときに胸が全く邪魔にならなくなった。」
10代ホルスタウロスの証言
「わたしは〜きゅうにおおきくなっちゃったおっぱいがおもくって〜かたがこってこまってたんですよ〜、でも〜『ぶらじあ』をつけたら〜おもさがきにならなくなりました〜」
30代ワーウルフの証言
「私達獣人型の種族は特に猫背になりやすいんだが、『ぶらじあ』を着けたら自然と背筋が延びたんだ、初めは窮屈そうに感じたんだが圧迫間はそれほど感じないし夫にも褒められた、良い事ずくめだったよ」
年齢不詳人間の女性
「私もまだまだ若いと思ってたんですけど、お恥ずかしい話最近ちょっと垂れ始めてたんですね。でも『ぶらじあ』を着けたら胸の形が10代に戻ったみたいで、これなら同僚の魔物娘ちゃんにも負けないし結婚だって諦めなくて済むわ♪」
等とぶらじあを絶賛する声が多数を占めている。
なお、今回の反響を重く見た砂漠の中継地の長『ラミー氏』は今まで名前の無かったこの町を『ブラジア』と名付けると発表。
そして既に商人と契約し大陸中で『ぶらじあ』を販売するという。
あなたの町で『ぶらじあ』手に入る日もそう遠くは無いかもしれない。

テイラ「…異世界から来た連中がひっくり返るな、コリャ」

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