連載小説
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I Was Made For Loving You
「そういやお前昨日の試合見たか?」
「見た見た。あのエースすごいのはわかるけど昨日のあの様じゃあヨーロッパじゃ通用しねぇって言われても無理ないわ。シュート何本撃ったか覚えてないけど全弾外したもんな」
「まぁ撃たされたシュートが大半だろうなぁ。ゴール前であんなにスペース詰められたらイチかバチか撃つしかなくなるんじゃない?実際」
 ここは、幸せと夢の総合施設「Dreams」。俺はその中にあるバーで、友人と共に飲んでいた。三人の魔物娘と同棲し始めたとかいうクソ羨ましい奴なので、正直もげろと会う度思っているのは本人には内緒だ。
「しかしまぁ、お前よく一人で出てこれたな」
「ん?あぁ、三人とも久しぶりに来たから後輩にアドバイスして回るんだってさ」
「ふーん、そういうもんかね……あ、ウーロンハイお願いします」
 空いたグラスを下げてもらうと、こいつがニヤニヤした顔で聞いてくる。正直殴りたい、この笑顔。
「で、実際ここ来てどうよ?」
「そうだな……聞くと見るとじゃ大違いだな。その辺のキャバとかガールズバー行くより気軽に来れて美人さんがお相手してくれるとなりゃ、そりゃここかなり売れると思うわ」
「だろうなー。今はたまたま地元のちょっと有名なスポットってことでまだそんなにガツガツしてないけど、これがさらに知名度上がれば偉いことになるだろうなぁ……」
「ていうか、知名度ならネットのクチコミで鰻登りだからな。ウェブサイトだって立ち上げてないのに」
 さっきから何故か話題がそれていくが、俺とこいつが話し込むといつものことである。
「正直ターゲットにしてるのがどこなのかわからんよな……成人エリアは男メインってのはわかるけども。誰でもいつでもどうぞってのがコンセプトなんだろうかね」
「そこがここの不思議なんだよな……正直、魔物娘がどういう存在かってのも全然わからん。付き合ってみてますますわからなくなった」
「だなー……でも実際増えてんだろ?首都圏とかの大都市はともかく、こういった地方都市が町おこしで呼びつけたって話らしいが、実際そんなホイホイ来れるようなところにいるのかって話で」
「うむうむ。考えれば考えるほどわけがわからない」
 話が一区切りついたところで、頼んだドリンクが渡された。ここを担当しているのは渋い雰囲気の中年男性だが、彼の下で数名の魔物娘がカウンターガールで勤務しているらしい。勤務時間内は擬人化しているらしくて正直全くわからないが。
「ん?おい」
「んお?」
 すると、バーの入口に憎いコンチクショウの三人の恋人がやってきた。奴はそれを発見すると、財布から諭吉を一枚置いてから精算し、三人と消えていった。これから自宅でしっぽりやるんだろう。諭吉を置いていったのは付き合わせたあれか。ああ憎い、ああ妬ましいもげやがれ。魂の一句。すると、一礼して奴が残したグラスを下げて洗っていたマスターから声がかかった。
「まだ、飲まれますか?」
「お願いします」
「わかりました。少々お待ち下さい」
「え?」
 いきなりこんなことを言われたのだから戸惑いもする。今から何を待つというのか。マスターは裏の扉を開けてスタッフルームに消えていった。俺の目の前には飲みかけのウーロンハイが入ったグラスと、奴とつまんでいた生ハムのみだ。
「はぁい、初めまして。カウンターガールのミリアです。どうぞよろしく」
「は、はぁ」
 するとマスターの代わりに現れたのは、水色の髪をショートカットにした童顔っぽい女性だった。美しいというよりは可愛らしいというべきで、その活発そうな雰囲気はこういう静かなところよりも、スポーツのインストラクターの方が似合いそうではある。何かの金具のようなものがついた黒いレザーの首輪をしており、引き締まったスレンダーなスタイルを浅葱色のスーツで包んでいた。しかしシャツが薄いのかアンダーシャツを着ていないのか、小さな膨らみを支える下着がうっすら見えてしまっている。
「如何わしい追加料金等の心配はしなくて結構ですよ?」
「あ、そりゃよかった……」
 そりゃこんな見た目の女性が出てきたら真っ先にそっちを疑う。だが流石に健全な施設だからか、そういった心配はしなくてよさそうだ。
「あ、でもぉ、お持ち帰りしたくなるかもぉ……」
「それは普通男のセリフでは!?」
「あれ?そう?あたしたちの間とはやっぱり違うんですねぇ」
 ということは、彼女も魔物娘なのだろうか。一目見ただけでは全く違いがわからないのだから、彼女たちの擬人化というのは本当に大したものだ。

 そんな彼女と小一時間ほど飲みながら話していると、いい加減体が限界を訴えてきた。まぁ奴とも二時間近く飲んでたんだから無理もない。
「おっと、大分回ってきたみたいですわ。勘定お願いします」
「はぁい」
 そして勘定をすませてバーから出るが、どうも足元がおぼつかない。いつの間にそんなに飲んでいたのか。つかこの店の価格帯に驚いた。三時間おつまみ付きで、しかもいろんな酒を飲み続けても一葉さんが返ってくるとかどういうことなの。とりあえず自販機のある休憩スペースでペットボトル三本分の水を買うと、一本を一気飲みしてしまった。
「はぁ……把握できないほど飲んじゃいかんな……」
「そうですよ」
「気をつけます……って、え?」
 なんの脈絡もなくいきなり声をかけられてびっくりした。声をする方を見ると、そこにいたのはさっきまで俺の接客をしてくれていた人。
「マスターが、今日はもう上がっていいから、送っていけって。そんなわけでご自宅までご一緒しますね」
「いや、そこまで面倒を見てもらうわけにも……」
「何言ってるんですか、お店出る時だってフラフラだったじゃないですか。いいから黙って私に任せておきなさい」
「……はい」
「素直でよろしい」
 酒のせいだろうか、それとも本気で心配してくれているのが伝わるからか、何故か素直に彼女の言うことに従ってしまった。
「とりあえず、そんだけ一気に飲んだらトイレが近くなりますね。出るまでここで座っていましょうか」
「そうですね……」
「……何かあったんですか?結構強いお酒ばかり頼んでいたようでしたけど」
「まぁ、さっきまで俺の横にいた奴のことなんですけどね……」
 この際だ、全部ぶちまけてもいいだろう。夜は長いし明日は休みだ。だから奴とここにきたんだがな。

「なるほど、要は先を越されて悔しいのと独り身でいるのが寂しくなっちゃったわけですか」
「ええ。それに日々の生活にも刺激がないし、彼女を作ろうにも何から始めたらいいやら……」
「ふーん……失礼ですが、お仕事は何を?」
 俺自身、恋人や結婚に関しては焦っても仕方ないと思っているし、できなかったらできなかったでまぁいいや、とも思っている。困ることといえば両親に孫を抱かせてやれないくらいだろうが。
「派遣社員として、あちこちの現場に飛ばされてますよ。定職になかなかつけんで、仕事を探してスケジュール埋めるのに必死ですわ」
「え?それじゃ時間は作れるんじゃ……」
「時間は作れても懐が寒いんですよ。休みを削れるだけ削ってできるだけ働かないと、月々の様々な支払いにも困るくらいですから」
 実際体を壊したことは何度もある。だからといって病院に行く余裕なんてないし、親を頼ることはできなかった。今は妹と弟が二人とも学生だから、とにかく金がかかるのだ。せめて社会に出て行った俺だけでも、なんとか食いつながねばならない。満足な食事などできてはいないし、今日こうやってここにこれたのも、バカみたいに稼いでる奴が奢ってくれたおかげだ。
「ちょっと下世話な話ですけど、どれくらい稼いでるんです?」
「大体……くらいですね」
 ペットボトル二本目を開け、四分の一ほど放り込む。
「それじゃ本当にギリギリじゃないですか!私達だってもうちょっともらえてるのに……お仕事変えたりとかできないんですか?」
「それができたらとっくにしていますが、生憎こんな底辺をフラフラした奴を雇ってくれるような心優しい企業がありませんで」
「うーん、いっそのこと、ここで働くとかどうですか?」
「あんな沢山あるエリアの建物で働くとか俺には無理ですよ……以前似たような複合施設でアルバイトをしたことがありますが、建物の構造を覚えて一日の業務をこなすだけで精一杯で、他の仕事がサクサクできる同僚にシフトとられて仕方なく辞めたこともありますし」
「そんな……」
 ああ……なんと優しいんだこの人は。こんな下らない男の身の上話に一々真剣になってくれるとは。その気持ちだけで俺はまだ頑張れる。
「うーん……ダメです、やっぱりほっとけなくなりました」
「へ?」
「決めました。私、貴方のお嫁さんになります!」
「は、はぁ!?」
 正直話が急展開過ぎてついていけない。今の話のどこに俺の魅力を感じたというのか。鈍臭い男が地べた這いずり回って、いてもいなくても変わらない錆び付いた歯車に過ぎない生き方しかしていないというのに。
「だって、そこまでお話聞かせていただいたらもう放っておけないですよ!」
「いやいやいや、お気持ちはありがたいんですけど、俺なんかと一緒になったらお先真っ暗なの確定ですよ!?」
「だったら私が引っ張り上げます!大体そんな疲れた表情で『自分は大丈夫でですから』なんて言われたって信用できません!」
 なんてこった。あまりの優しさに甘えすぎてしまったか。しかしそれにしたって冗談だろう?
「さっき飲んでた時からおかしかったんですよ。自分の体調考えずに飲み続けるし、フラフラになってでも帰ったのかと心配になって追いかければこんなところで倒れてるし!もうダメです、離しません!」
 そういって彼女は俺の頭を胸に押し付けてきた。奴の恋人ほどではないが、柔らかい膨らみが俺を癒してくれる。やはり疲れを癒すのは人肌か。じゃなくて!
「んんっ……そのままでいいから聞いてくださいね?」
 睡魔に襲われているが、そう言われたら寝るわけにはいかない。
「私、デュラハンっていう魔物娘なんですよ?旧時代には首なし騎士って呼ばれてたそうです」
 突然何を言い出すのだろうか。
「だから、私の首って何もつけないとよくとれるんですよ。この首輪はそれを防ぐために、鍵で固定するものなんですけど……」
 そういうと彼女は、右手をスーツの後ろにやると、何かを取り出して俺のジーンズの左側のポケットに突っ込んだ。
「今入れたのは、私の首輪の鍵です。この意味、わかりますよね?」
 嬉しそうに彼女は俺に囁いた。正直、少し頭が冴えてきたような気がする。
「この体を、あなたに捧げます。体だけじゃなく、心ごと私の全てを。だから、あなたを私に下さい」
「あ……」
 呆気にとられた。初対面だ。それも酒の席でない今は情けない話しかしていない。情けないところばかり見られている。それでこう言ってもらえているということは、恐らく彼女は本気だ。そして今になって、奴が俺に言ったことを思い出した。魔物娘は、一度愛した男のそばから離れることは絶対にない、と。正直眉唾物だったが、この彼女の反応を見る限りそれは真実だろう。
「貴方の言う、情けないところしか見せてないから不安ですか?でも私からすれば関係ないんです。男の人が情けないと思うところを見れば見るほど、私達はますます気になっちゃうんです。この人は私に素直な自分を見せてくれるんだって。ますます愛しちゃうんです。心を開いてくれるんだって」
 確かにそうかもしれない。特に彼女たちの場合、見た目が美しいから男たちからすれば格好をつけたくなるだろう。偽りで飾られた格好であっても。でも恐らく、彼女はそんな男たちには嫌気がさしていたのだろう。もしかすると、魔物娘達全体がそうなのかもしれない。
「だから、情けないところを見れば見るほど支えたくなるんです。辛そうなところを見れば見るほど甘えさせてあげたくなるんです。魔物娘は、どんな種族であろうと人間が大好きですから」
 俺は何も言えなかった。言いたいことが浮かばなかった。なんと返せばいいのかわからなかった。恐らく彼女の言うことは真実だ。そうでなければ、奴とその恋人たちが放つあの幸せそうな空気の想像がつかない。
「一人になんてさせません。寂しくなんてさせません。だから……あれ?」
 気付けば俺の腕は、彼女を強く抱き寄せていた。瞳からは、涙がこぼれていた。それはもしかすると、久しぶりに吐き出そうとしている激情の雫なのかも知れない。声を上げず、静かに俺は泣き続けた。そんな俺を、彼女は優しく抱きしめてくれた。ただ無言で、体を撫でさすることで。

「……ふぅ……ありがとうございました」
「いいえ、お気になさらずに。ところで、あれだけ私に喋らせたんですから何かあってもいいんじゃないですかね?」
 凄い笑顔だった。美しい、彼女の魅力を目一杯詰め込んだ笑顔。なのになぜこんなに寒気が襲うのか……寒気?
「ち、ちょっとトイレに!」
「え?……あ、はい」
 もともとトイレで水分を出すことを目的にここで休憩していたのだということを、襲い来る尿意で思い出した。ああ、今夜の俺はとことんまで情けない。
「はぁ……」
 一部の方には非常に申し訳ないが、慌てていたために多目的用トイレに来てしまった。便座に座って用を足していると、携帯が震えているので確認する。
「あれ、もうこんな時間か……」
 メールがいくつか着ているが後回しだ。気付けば終電がもう近い。彼女には悪いが、このまま急いで帰らねば朝までここにいなければならなくなる。今の懐では流石にタクシー代までは出ない。
「ちょっとこれはまずいな……」
 慌てて身だしなみを整えてトイレを出る。ミリアさんは笑顔で俺を迎えてくれるが、正直今は構っていられる時間がない。
「どうしました?そんなに急いで……」
「終電が近いんですよ。じゃ、私はこれで!」
「あ、あの!……」
 彼女が何かを言いかけるが、気にしている時間はない。建物を出て駅に向かってただ走る。トイレから出るといささか酔いがマシになってきており、足元もしっかりしてきた。財布を入れているポーチに残っているペットボトルを入れて、駅の改札をパスカードで通る。
「よかった、終電まだだった……」
 息を切らせて駅の椅子に座る。ミリアさんには悪いが、朝まであそこで過ごすつもりはない。宿泊施設があるのは知っているが料金体系を知らないし、何より一人で泊まるのは寂しすぎた。

 さっきトイレで届いていたメールを確認すると、どうやら奴からだった。先に帰ったことの謝罪と、また遊ぼうという連絡。俺はそれに応と返し、電車をぼんやり待っていた。すると、ホームへの階段をバタバタと走ってくる音がする。まだ終電まで時間はあるから焦らなくていいぞーと思っていると、現れたのは予想外だがある意味想定内とも言える人だった。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
「み、ミリアさん……」
「探しましたよぉ……返事も聞けないまま、帰るわけにはいきませんから……」
 何という執念。嫌別に逃げたわけではないが、彼女からすれば返事すらもらえず逃げられたととっても不思議ではない。普通の人間ならそこで適当に難癖をつけてそんな男のことなど笑い話にして終わりなのだが、やはり魔物娘は人間とは違った。
「嫌だったら嫌だってはっきり言ってくださいよ」
「いや別に嫌だとかそういうわけじゃなくて……」
「じゃあなんなんですか!」
「いや、あの……」
「やっぱり、人間じゃないとダメなんですか……?」
 俺の前で跪くと、潤んだ瞳から雫が溢れる。荒い呼吸と相まって、周りからの目線が痛い。
「なんで逃げたりしたんですか!?」
「いやだからあの俺の話を……」
「もう聞きません!何が何でもお持ち帰りしてもらいますから!」
「はぁ!?いやあのんぶ」
 座っている俺に跨り、突然のキス。唇だけでは収まらず、そのまま舌が入ってくる。艶かしい水音が口内で反響し、骨を伝って耳に届くと、その刺激が俺の股間を襲う。それでも彼女はやめないどころか、腰を下ろして体重を乗せてきた。
「はぁ……電車が来るまで、こうしててもらいますから……」
「いやあのですね、俺の話をですね」
「終電なんて言い訳にはならないですよ!なんであそこで私の腕を引っ張ってくれなかったんですか!送るって言ったのに!一緒に帰るって言ったのに!」
「それは聞いてませんよ!?」
「反論は聞きません!」
 そして結局、電車の中でも俺から離れてはくれなかった。

 そんなこんなでたどり着きました我が家。女性を上げれるような部屋じゃないからせめて掃除くらいしたかったんだが、ミリアさんは関係ないからと入って靴を脱いだ瞬間俺を押し倒した。
「もう溺れてもらいますから。私も限界なんです。好きな人の匂いを嗅いで、好きな人とぴったりくっついて、魔物娘がそんな状態で大人しくなんてなれないですよ……」
「お、おおう……」
 正直、返す言葉がなかった。俺自身、ここまで自分のことに真剣になってくれた彼女を突き放すことはもうできない。
「じゃあ、いいんですか?」
「早く、早く欲しいんです……後、敬語はなしにしてくださいね?もうあなたは私のお客様じゃないんですから……」
 そう言われればそうだ。少なくとも今は彼女の勤務時間外のはずだし、もう俺だって彼女を受け入れる覚悟は決めた。
「なら、一言だけ言わせてください」
「なんですか?」
 そこで俺は、俺の覚悟を示す一言を告げた。彼女は再び、泣きながら俺の胸で何度も頷いてくれた。
14/05/28 04:45更新 / ☆カノン
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■作者メッセージ
 飲みすぎには注意しましょう。お酒の席では、できるだけ人に迷惑をかけないように。今回エロなしでごめんなさい。

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