ネコマタの皿
旅ってものは良いもんです。北へ南へ気の向くままに赴いて、色んな物を見て回る。これってぇのは、なかなかに贅沢なもんです。
さて、そんな旅をする人の中には商人なんかも居りまして、方々へ行っては彼方で買った物を此方で売り、此方で買った物を彼方で売っている訳です。そして、そんな商人には古美術商なんてのも居りまして、中にはずる賢い奴も居るんです。
ある地方の茶店に一人の男が居た。この男は古美術商でして、地方に出掛けてお宝を見つけては所有者を言葉巧みに騙して安値で買い叩き、今度はそれを大変な高値で蒐集家に売り付けるという、なんともずる賢い奴なんです。
世の中上手い話はそうそう無いもんです。怪しい者じゃないって自分で声だかに言うような奴はどっかで怪しい事をしていますし、悪い様にはしないと言っても、悪い様にしないだけで良い様にはならないってのが道理ですからね。
さて、この古美術商、茶店の椅子に座りながら何やら難しい顔をしてうんうん唸っている。
「まったく、近頃はどいつも知恵ぇ付けたもんだから手離そうとしやしねえ」
この古美術商、地方へ来て方々を回ってみたが成果は芳しくなかったようで、その事の愚痴をぶつぶつとぼやいている。
「しかも、古い値打ちのありそうな物の中には付喪神になっちまったのもありやがるってんで、まったく商売上がったりだ」
古美術商はだまくらかそうとした農家の事を思い出す。
蔵の中に後生大事にしまいこまれていた鎧兜を目敏く見つけると、これを安く買い叩こうとした。ところが、鎧兜か突然動き出したかと思うと側にあった心張り棒をひっ掴んで追い回して来たものだから、這う這うの体で逃げ出した。
「農家が鎧兜なんざ持っていたって仕方あるめえってのに…おい、じいさん、茶はまだかい」
「はいはい、ただいま…お待ち遠さまでさ」
「あんがとさん…じいさん、この茶碗、所々ひびが入っちゃいるがなかなかの物だね」
「へぇ、あっしのじい様は大層な物好きでして、そういったもんを集めていたんでさ」
これを聞いた古美術商、しめたと思って茶店のじいさんに畳み掛けるが
「なあじいさん、これの他に珍しい茶碗や皿なんかを持っちゃいないか?」
「はぁ…生憎、ほとんど売っ払ってしまったんでさ…」
茶店のじいさんのすげない返事にがっくりと肩を落とした。
「そうかい…じいさん、もう戻って構わねえよ」
「では、失礼しまさ」
古美術商、店の中に引っ込んで行くじいさんの背中を眺めながらため息なんかを一つ。
「はぁ…今回ばっかりは運が悪かったとしか言えねえや…。こりゃあ、さっさと帰っちまったが利口かね」
そんな事を言いながらぼーっとしている古美術商の足下に虎猫がやって来て、喉をゴロゴロ言わしながら顔やら首やらを擦り付けると足の上に寝転がってしまう。
「やけになつっこい猫じゃねえか、おい。おら、そんな所に寝転がってもつまらんだろ」
古美術商、虎猫を掴んで持ち上げると膝の上へ乗っけて撫で始める。それがよっぽど心地良いのか、虎猫は身体をくねくねさせながら喉やら腹やらを撫でられるがままにさせている。
「可愛い奴じゃねえか…そうだ、お前ぇさん、家に来ねえか?こう、しけたまんまじゃあ帰るに帰れねえからな」
古美術商がそう言って撫でる手を止めると、虎猫は膝の上からひょいと飛び降りて茶店の縁台の下へ行ってしまうと、飯を食べ始めた。
「猫ってぇのは気ままな奴だねぇ……あ、ありゃあ、もしかすると大陸渡りの焼き皿じゃあねえか!?」
猫の様子を横目で見ていた古美術商、猫の餌が入っている皿を見て大声を上げてしまうとはっと我に帰って辺りを見回す。
「危ねえ危ねえ…しかしあの猫の奴、なんつうもんでまんまを食ってやがるんだ。あの皿は捨て値でも四百…いや、五百両で売れる代物だぞ。…おいおい、呑気に欠伸なんかしてやがる」
古美術商、どうにかしてあの大陸渡りの焼き皿を持って帰らなけりゃいけねえ、と頭を働かせていると、妙案が浮かんだ。
「おい、じいさん!ちょいっと来てくれ!」
「はいはい、何でございやしょうか」
「あそこの縁台の下に猫がいるな」
「へぇ、あいつが何かなさいましたか?」
「いやいや、俺ぁあの猫をいたく気に入ってな。じいさん、あの猫、売っちゃあくれねえか?」
「構いませんが、そこいらを彷徨いている野良でごぜえますよ?」
「なあに、かまやしねえよ。おう、こっち来い。よしよし、良い子だ」
古美術商、猫に手招きをして寄ってきたのを捕まえると懐へしまい込んだ。
「じいさん、こいつはちょいとした礼だ。取っといてくれ」
古美術商、茶店のじいさんに二両ほど掴ませると、足早に縁台に近付いて
「皿が違うと餌も食いにくいだろう」
と大陸渡りの焼き皿を拾い上げようとすると、茶店のじいさんが古美術商よりも早くさっとこれを拾い上げた。
「その猫は木の皿だろうと何だろうと、よおく餌を食べますんで、この皿はお渡しできないんでさ」
「なに言ってんだい。皿の一枚や二枚、かまやしねえだろうに」
「いえいえ、この皿は大陸渡りの焼き皿という大層な名品でございやして」
驚いた古美術商
「それを知っているなら、何でそんな名品で猫に餌なんざやっているってんだい」
「へぇ、こうしておりますと、時々ネコマタに旦那が出来ます」
お後がよろしいようで。
さて、そんな旅をする人の中には商人なんかも居りまして、方々へ行っては彼方で買った物を此方で売り、此方で買った物を彼方で売っている訳です。そして、そんな商人には古美術商なんてのも居りまして、中にはずる賢い奴も居るんです。
ある地方の茶店に一人の男が居た。この男は古美術商でして、地方に出掛けてお宝を見つけては所有者を言葉巧みに騙して安値で買い叩き、今度はそれを大変な高値で蒐集家に売り付けるという、なんともずる賢い奴なんです。
世の中上手い話はそうそう無いもんです。怪しい者じゃないって自分で声だかに言うような奴はどっかで怪しい事をしていますし、悪い様にはしないと言っても、悪い様にしないだけで良い様にはならないってのが道理ですからね。
さて、この古美術商、茶店の椅子に座りながら何やら難しい顔をしてうんうん唸っている。
「まったく、近頃はどいつも知恵ぇ付けたもんだから手離そうとしやしねえ」
この古美術商、地方へ来て方々を回ってみたが成果は芳しくなかったようで、その事の愚痴をぶつぶつとぼやいている。
「しかも、古い値打ちのありそうな物の中には付喪神になっちまったのもありやがるってんで、まったく商売上がったりだ」
古美術商はだまくらかそうとした農家の事を思い出す。
蔵の中に後生大事にしまいこまれていた鎧兜を目敏く見つけると、これを安く買い叩こうとした。ところが、鎧兜か突然動き出したかと思うと側にあった心張り棒をひっ掴んで追い回して来たものだから、這う這うの体で逃げ出した。
「農家が鎧兜なんざ持っていたって仕方あるめえってのに…おい、じいさん、茶はまだかい」
「はいはい、ただいま…お待ち遠さまでさ」
「あんがとさん…じいさん、この茶碗、所々ひびが入っちゃいるがなかなかの物だね」
「へぇ、あっしのじい様は大層な物好きでして、そういったもんを集めていたんでさ」
これを聞いた古美術商、しめたと思って茶店のじいさんに畳み掛けるが
「なあじいさん、これの他に珍しい茶碗や皿なんかを持っちゃいないか?」
「はぁ…生憎、ほとんど売っ払ってしまったんでさ…」
茶店のじいさんのすげない返事にがっくりと肩を落とした。
「そうかい…じいさん、もう戻って構わねえよ」
「では、失礼しまさ」
古美術商、店の中に引っ込んで行くじいさんの背中を眺めながらため息なんかを一つ。
「はぁ…今回ばっかりは運が悪かったとしか言えねえや…。こりゃあ、さっさと帰っちまったが利口かね」
そんな事を言いながらぼーっとしている古美術商の足下に虎猫がやって来て、喉をゴロゴロ言わしながら顔やら首やらを擦り付けると足の上に寝転がってしまう。
「やけになつっこい猫じゃねえか、おい。おら、そんな所に寝転がってもつまらんだろ」
古美術商、虎猫を掴んで持ち上げると膝の上へ乗っけて撫で始める。それがよっぽど心地良いのか、虎猫は身体をくねくねさせながら喉やら腹やらを撫でられるがままにさせている。
「可愛い奴じゃねえか…そうだ、お前ぇさん、家に来ねえか?こう、しけたまんまじゃあ帰るに帰れねえからな」
古美術商がそう言って撫でる手を止めると、虎猫は膝の上からひょいと飛び降りて茶店の縁台の下へ行ってしまうと、飯を食べ始めた。
「猫ってぇのは気ままな奴だねぇ……あ、ありゃあ、もしかすると大陸渡りの焼き皿じゃあねえか!?」
猫の様子を横目で見ていた古美術商、猫の餌が入っている皿を見て大声を上げてしまうとはっと我に帰って辺りを見回す。
「危ねえ危ねえ…しかしあの猫の奴、なんつうもんでまんまを食ってやがるんだ。あの皿は捨て値でも四百…いや、五百両で売れる代物だぞ。…おいおい、呑気に欠伸なんかしてやがる」
古美術商、どうにかしてあの大陸渡りの焼き皿を持って帰らなけりゃいけねえ、と頭を働かせていると、妙案が浮かんだ。
「おい、じいさん!ちょいっと来てくれ!」
「はいはい、何でございやしょうか」
「あそこの縁台の下に猫がいるな」
「へぇ、あいつが何かなさいましたか?」
「いやいや、俺ぁあの猫をいたく気に入ってな。じいさん、あの猫、売っちゃあくれねえか?」
「構いませんが、そこいらを彷徨いている野良でごぜえますよ?」
「なあに、かまやしねえよ。おう、こっち来い。よしよし、良い子だ」
古美術商、猫に手招きをして寄ってきたのを捕まえると懐へしまい込んだ。
「じいさん、こいつはちょいとした礼だ。取っといてくれ」
古美術商、茶店のじいさんに二両ほど掴ませると、足早に縁台に近付いて
「皿が違うと餌も食いにくいだろう」
と大陸渡りの焼き皿を拾い上げようとすると、茶店のじいさんが古美術商よりも早くさっとこれを拾い上げた。
「その猫は木の皿だろうと何だろうと、よおく餌を食べますんで、この皿はお渡しできないんでさ」
「なに言ってんだい。皿の一枚や二枚、かまやしねえだろうに」
「いえいえ、この皿は大陸渡りの焼き皿という大層な名品でございやして」
驚いた古美術商
「それを知っているなら、何でそんな名品で猫に餌なんざやっているってんだい」
「へぇ、こうしておりますと、時々ネコマタに旦那が出来ます」
お後がよろしいようで。
17/05/01 00:17更新 / PLUTO
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