とあるジパングの貧乏長屋の一室にやたら重い空気を纏った岡っ引きが一人不貞寝していました。

「はぁ･･･もう、直せないか･･･ぐぅっ･･･思い出がいっぱい詰まっていたのに･･･」
その不貞寝のしている岡っ引きの目の前には骨から持ち手やらがバキバキに折れて和紙の胴体がビリビリに破けた持ち手が朱塗りの御用提灯があった。
その胴体の和紙を良く観察すると和紙を職人並みに綺麗に張り替えたばかりだったことがわかる。

「うぅ･･･チクショウ･･･」
よっぽど思い入れがあるのか涙まで垂らしている。

すると･･･

ガララッ

「おぃ! 宗右衛門っ! 一体いつまで寝ている気だっ!!」
「ふぅぇっ!? 禮前(らいぜん)様っ!?」
「たくっ、大の男が御用提灯一つで何をなくっ!!」
ジパング地方では珍しい金髪の髪なのだが天辺についている三角の耳と羽織と袴から除く二本の尻尾がこの人を人ならざるものと言うことを物語っている。

「す、すいません･･･こいつはオレが勤め始めてからずっと一緒だったもので思い入れが一入で。」
「ふむぅ･･･ん? ････ははっ、案外恩返しに来る矢も知れんぞ?」
「へっ?」
禮前は玄関に立ったまま揺ら揺らと尻尾を揺らしキツイ目線のまま宗右衛門から視線を外して提灯を見やり何かに気付いた用で文字通り狐につままれたような表情をしたかと思えば宗右衛門に向き直りにやにや笑いだした。

「それより、今日は何の日かよもや忘れたわけではあるまいな?」
「今日?　････あっ!?」
「そうだ。お前の昇格試験の日だ馬鹿者っ! 推薦した私の顔とおまえ自身に泥を塗りたくる気かっ!?」
実はこの日晴れて岡っ引き(前科持ち)から正式に奉行所に奉公する為の試験が行われる宗右衛門の人生をある意味左右する日なのであった。
この試験には一人以上の推薦が必要なので今、目の前にいる禮前が推薦者として同伴することになっていたが前日不慮の事故のせいで御用提灯が壊れたことにより気持ち的にそれ所では無くなっていた。
慌てて準備し禮前よりも早く長屋を走って出て行く宗右衛門。
はぁ、と溜息を一つと含み笑いをして玄関をでる･･･その時に禮前はボロボロに壊れた提灯に向かってこういった。



『しっかりとアイツを支えておやりなさいな。何かあったら私の所にきなさい。･･･がんばんなよ?』



そして禮前はゆっくりと玄関を閉める。
するとどうだろう?
まだ昼で、しかもバラバラに壊れているはずの御用提灯がカタカタと音を立てて一箇所に集まり始めた。


そしてある程度集まると?



(････ポッ････メラッ････ﾁﾘﾁﾘﾁﾘｯ･･･)



なんと独りでに火が着いた!
変化はそれだけに留まらず、まるで幽霊でも見ているかのように長身の女がゆっくりと浮かび上がってきて変わりに今までそこにあったはずの御用提灯の残骸は光りながら消えていった。

そして女が完全に色と現実味を持った瞬間に御用提灯の残骸は綺麗に消え去ったのだった。

「････やっと、やっと宗様に恩を返せます･･･禮前様、後押しありがとうございます。」
そういうと今は姿がない禮前に感謝を両手を合わせて玄関に向かって礼をする。

すらりと伸びた背丈はココに今はいない宗右衛門と並んでもほとんど変わらないくらいであるが残念なことに胸はまっ平ら。
肋骨を覆うかのように着込んだ(?)服には所々『御用』の文字が入っており、両手にある大袖には『御』『用』と大きく一字ずつ入っている。
かなり短い丈の腰巻、提灯を真ん中で二つに割ったようなものを足につけている。
丹田、いや、臍の辺りにはゆらりゆらりと小さくも明るい灯火が灯っていた。

そして何より目を引くもの、それは黒い長い髪を腰上まで赤い布のようなもので纏めて垂らし、頭上の帽子のようなところには朱塗りのように赤く艶やかな飾り紐(?)が地面につくか着かないかというところまで伸びていた。

「まずは宗様を迎えるために･･･掃除をしましょう。」
提灯の妖はぽんっ、と手を叩き勝手知ったるなんとやらで掃除道具を見つけ出して手際よく掃除を始めたのだった･･･

その頃の宗右衛門はというと?

「ひぃぁっ!? 何だこの岡っ引きは!? メチャクチャつええ!?」
「大人しく縛につけぇぃっ! この阿婆擦れ博徒どもがっ!」
「おぅおぅ♪　相変わらず組み手はつよいねぇい♪」
ドサッと腰を落とされ腕を捻り上げられてすぐさま縄をかけられた博徒。似たような連中が同じようにお縄頂戴にらなっているところをみると、どうやら違法博打のショバの摘発だったようだ。
それら博徒の相手を素手のみで捕まえている宗右衛門を見やりながら禮前は近くに積んであった程よい高さの石材に腰掛けて袖の中からタバコの葉と火打石、腰帯から火付け紙と煙管を取り出し優雅に尻尾を振りながら終始笑顔で一服していた。

「はぁはぁ･･･ふぅ。禮前様、終わりましたよ?」
「おぅ! ご苦労さん。まぁこんだけいれば昇格確定だろうおめっとさん。」
「あ、ありがとうございますっ!!」
その言葉を聴いた瞬間宗右衛門は禮前に向かって腰を曲げた。

「ははっ、これでアンタも同業者というわけだ。これからは呼び捨てで構わんよ。」
「はっ?! で、ですがまだ昇格が決まったわけでは･･･」
「なんだい固いなぁ。」
禮前の口調は少し怒ってはいるもののかおはやはり優しい笑顔のままだった。

「んじゃぁ･･･ちと早いが今日は仕事は終わりだ。家で待ってろ宗衛門。」
「え?!　で、ですが禮前さm」
「だから様はつけんなよっ。あと敬語もいい。まぁ私からってわけじゃないが昇格祝いだ。早く帰って『喜ばせてやれ』や。」
あたかも提灯がもう動いているような言い方をする禮前の発言は今の宗右衛門にとっては全く意味がわからなかった。

「そんな呆けた顔してないでサッサと帰れ。」
「わ、わかった。　ではさらばだ、禮前。」
「っ!! ････あ、あぁさらばだ。」
そう挨拶していった宗右衛門の背中を見送りながら禮前は顔を少し赤らめた。





「･･･くそぅ、出遅れたか。･･まったく。名前を呼び捨てにされるだけでこんなに動揺するなんてなぁ。　ははっ、アタシの分まで幸せになってくれよ･･･」



宗右衛門が見えなくなったのを確認して、愚痴を漏らし煙管を下げて天を仰ぎ見る禮前の所だけ雨が降っていた。




そして再び長屋へと帰る宗右衛門。

「ふぅ、こんな時間に帰れるなn････っ!?」
長屋の玄関を開けようとすると中から仄かな蝋燭の灯火と共に何かの気配を感じ取る。

(誰だ? こんな真昼間に? まさか強盗か?)
先ほどの捕り物以上に気を張り詰める宗右衛門。中のモノもその張り詰めた空気を感じ取ったのかガタッ、と音が立動かなくなった。玄関に意識を集中しているようだ。

長くも短いこの空気を破ったのは宗右衛門だった。

「・・・っ!」

ガララッ!

『この盗人がぁぁっ!!』
玄関を開け放つと同時に突撃した宗右衛門に対して少し奥まったところにいたソレも同じように突進をしてくる。
互いが同時に同じ台詞を叫び人としての影を確認した瞬間、人であれば頬を殴りぬくように互いに右拳を突き出す。

だが!!

ピタッ!

その拳は互いに当たることは無くどちらも寸止めであった。
その女の腹にある灯火によってお互いの顔がはっきりしていく。

「なっ!? 妖怪か?」
「えっ!? 宗様っ?」

『えっ?』

お互い敵意が無いことを悟り戦闘体勢を解除して座敷にて話し合うことにした。

「すると、貴女はあの御用提灯ということか?」
「はい、御用提灯の提灯おばけの赤李(あかり)といいます。不束者ですがよろしくお願いいたします。」
「･･･っ、なるほどこういうことか。」
宗右衛門は先ほど別れ際に言っていた禮前の言葉を今、身をもって理解したのだった。

「あ、あのぅ･･･わたしではダメでしょうか?」
「ははっ、そんなことは無いよ。寧ろ自分には釣り合わない位の美人で正直困っていたところだよ。
「び、美人っ?! め、滅相も無いですっ!」
赤李の顔が赤くなって俯き腹の火がユラユラッ、と揺らめいた。動揺しているようだった。

「まぁ、その、なんだ? これからもよろしく頼むな?　赤李。」
「っ!! はい、宗様っ♪」
今度は気恥ずかしさの余り宗右衛門が赤くなり、変わって赤李は太陽のようなパーァァっ、と輝く様な眩しい笑顔を見せた。･･･実際輝いているのだが。

「で、ではその･･･お食事になさいますか? それとも銭湯へともに行かれますか? それとも･･･♪」
「･･･ふふ、まさかその質問を投げかけられる日がくるとは･･･」
新妻がやりたいと言う台詞を目の当たりにし感慨深くなる宗右衛門はニコリと笑うと?




『勿論、お前さんがいい。』
『っ♪　はいッ、宗様♪･･･どうぞお召し上がりください♪』



その火は一日中激しく燃えていたとさ・・・

【完】