『意思・・・』 |
カツン・・・カツン・・・カツン・・・ ランプを灯した小屋からはノミをハンマーで打ち・・・ゴリゴリと岩を削る音が響いてくる・・・ 白髪の混じる髭を多く蓄え、白髪交じりの髪も後ろで束ねた見るからに筋骨隆々な男が上半身を肌蹴て独り・・・・静かに・・・・真剣に・・・・ カツーン・・・・カツン・・・カツン・・・・パキン! ・・・手が止まった・・・・ 「・・・ぬぅ・・・しまった・・・」 ・・・顔は変わらないが言葉から滲み出る感情は・・・焦り。 「・・・ふぅ・・・また打ち直すか・・・・」 男は製作途中であろう作品のところから立ち上がり・・・後ろに歩いていく・・・ 其の先にあるもの・・・それは・・・ 大槌と目打ち用の大楔(おおくさび)。 ・・・それら二つを手に取り再び作品へたどり着くと、作品の芯となる部分に大楔をあて・・・そして・・・ 大槌を振り下ろす。 ・・・何のためらいもなく。 ガシャッ・・ボロボロボロ・・・・ ・・・作品だったものは崩れ去ってただの石になった・・・ 其のとき小屋の扉が勢いよく開き、元気な少年が扉の前に仁王立ちで登場した。 「親父、昼飯できt・・・また壊したのか?」 「あぁ〜・・・もうそんな時間か? マゥロ・・・」 気だるそうに頭をポリポ掻いてゆっくりとドアまで歩き出す父。 「・・・あぁ・・・このごろイメージどおりに打てなくなってな・・・」 「・・・親父・・・天下の石匠フィンテッドが教会からの制限d・・・」 「ソコまでだ。マゥロ。・・・例え自分の表現を公に出来なくても・・・だ・・・」 ・・・父の背中は悲しそうだった・・・ そしてフィンテッドは小屋を後にして眼下の自宅へと歩き出した。 ・・・マゥロは小屋の中を見る。 ・・・無表情で美しい曲線美の女性像が数体・・・いづれも裸体であった。 しかしそれらに対してやましい気持ちは生まれない。 何故か・・・みていると・・・安心する。 まるで・・・母親にあやされている様な・・・そんな心落ち着く感情になってくる。 しかし・・・ これらは決してこの小屋の外に出ることはない。なぜなら・・・ いづれも魔物娘だからだ。 サキュバス、ラミア、ワーウルフ、ハーピー・・・・いづれも日常的によく見かけるといわれているモノ達だ。 ではなぜ外に出せないのか? 裸体だから? ・・・・・違う。 子供に悪影響? ・・・・・違う。 魔物娘だから? ・・・・・ある意味では正解だ。 答えは・・・ ここが反魔領だからである。教会の締め付けがそれほど厳しくないといっても魔物娘の石像を出すのは・・・ 以前フィンテッドはそれがわかっている状態で作品を出したことがある。 その時の石像は「卵を抱き微笑むブラックハーピー」だった・・・ その結果・・・・・意見は2分した。 「すばらしい・・・」「母性を感じる・・・」 と褒めるものも居れば・・・ 「汚らわしい・・・」「破廉恥な・・・」 と貶めるものも・・・ 挙句、教会が介入してきて・・・ 「石匠フィンテッド。アナタはこの領内にて教会の定義を著しく傷つけたものとして【石匠】の職を剥奪します。・・・なお、再びこのようなことがあった場合はフィンテッドをスパイとして処刑も辞さないことをここに宣言します。」 ・・・・そう、今父であるフィンテッドは石匠ではない。 だが教会の影でひっそりと石を彫っている。 ・・・以前の広場での出来事でフィンテッドの作品にほれ込んだ人々が裏取引で買いに来るのだ。 ただ・・・表立って石を入手することが出来なくなったので少しずつ・・・長い時間をかけて作品を作っている・・・ ・・・そんな作品郡の中で一際大事に保管されたものがある。 見た目は先のサキュバスの像と変わらないように見えるが・・・ 長く表現された髪は腰まである・・・ 尻尾がサキュバスのソレではなく、リザードマンのような尻尾・・・ 他の像が立ち彫りなのに対して、この像【だけ】座っている・・・ よく見ると片目だけしか彫っていない・・・ そして台座に【座する悪魔の美しき事】と打ち込まれた金文字のプレートがある。 ・・・父・・・天下の石匠フィンテッドの最高傑作であり、未完の大作でもある。 以前にマゥロがフィンテッドになぜ片目を彫らないのか、と聞いた所・・・ 『コイツにはもう魂が入っている。片目を入れてしまうと夜な夜な動き出してしまうだろう。・・・ゆえにわざと片目は未完成のままだ。』 ・・・といっていた。 「おぉーい、マゥロ。冷めてしまうぞー?」 「う、うん! 今行くよっ」 ・・・その日の昼食をとった。 ・・・・それがこの街での最後の団欒とは思いもしなかった・・・ 昼食が終わるや・・・ 「えっ? 今から仕事に行くのか?」 「あぁ。・・・・ついでに街を出るぞ。」 行き成りの発言に驚かないほうがおかしい。 「・・・いつものお得意様からの裏情報だ。教会のヤツらは影で魔物の像を作って売買しているのが気に入らないようだ。・・・・明日ココに押し入ってあわよくば全員処刑にしたがっている、とな・・・」 ・・・背筋が凍る思いで聞いているマゥロに対して目を瞑りコーヒーを啜るフィンテッドは「やはり、きたか・・・」と呟いていた。 「・・・出発は?」 「出来るだけ早くだ。・・・・いつものようにお得意様経由で馬車で親魔領に渡る。・・・ここにある数点はその渡し賃としてお得意に譲る。・・・・アレだけは渡せんがな・・・」 ・・・アレとはきっと【座する悪魔の美しき事】だろう・・・ 「・・・なんであの作品はだめなんだ?」 「・・・以前話しただろう?」 ・・・重要なことを隠している。・・・そう思って話を掘り進めようとしたが・・・結局、俺が折れた。 そうこうしているうちに家の前にお得意様の幌馬車が来た。そして中からとても優しそうな中年の叔父さんと数人の男達が出てきた。 「・・・さぁ、はやくお乗りなさい。・・・・もう教会が動き出しているよっ!」 ・・・本当にいい人だっ! 急ぎ使いの者と協力してフィンテッドの最高傑作を幌馬車に載せ・・・ 幌馬車は急ぎ走り出すっ!! 小道を抜け、大通りの賑やかな声を潜り・・・門まで来た。 通常なら門番が出向の検問をするところだが・・・ 「・・・いつもお疲れ様です。」 「・・・まいど・・・・・おいっ! その幌馬車通せっ!!」 ・・・お得意様が一声かけて微笑んだ。すると門番の一人も微笑み返し門の通過を指示した。 「・・・なんで?」 「あぁ、彼と私は兄弟ですよ?」 「・・・納得しました。」 と、幌馬車の中での会話を暫し楽しんだ後・・・ 幌馬車は街道を少し外れ・・・森の中へ・・・ 森の中の一角で似たような幌馬車が一台止めてあり、お得意様達だけマゥロが乗っている幌馬車から降りてそのもう一台へ移動した。 「・・・本当に、何から何まで・・・ありがとうございます。」 「いえ、私のは偽善に他なりません。・・・アナタのような才能・・・ここで亡くすのは惜しい。願わくば・・・またアナタの作品を拝めるように・・・」 スッ・・・と右手を差し出すお得意様。対してフィンテッドも右手を差し出し・・・ 堅い握手を交わす。 そして挨拶もそこそこにマゥロ達は親魔領に向かって走り出した・・・ その様子を手を振って応援するお得意様達。 ・・・でも彼らは気付かなかった。 ・・・従者が一人居なかった事に・・・ もう少しで日が沈む・・・ 地平線の先、夕日はとても紅かった・・・・・ ・・・夜になりなれない道を走ることは危険と判断した親子は幌馬車を止めて野宿をすることにした。 火は最小限にし、幌馬車に好意で乗せてあった食料で簡単に食事をする。 そして備え付けの簡易寝巻きに身を収め・・・ 親子は眠りについた・・・ 「・・・明日の夕方には・・・くるか・・・」 ・・・そう呟いたフィンテッドの言葉は熟睡しているマゥロには届かなかった・・・ そして次の日・・・予想していなかった最悪の事態が二人を襲う・・・ 「っ!?・・・・・マゥロっ! はやく起きろっ!」 「っ!?・・・な、なんだっ!?」 逸早く異変に気付いたフィンテッドは直ぐに飛び起き近くで眠っていたマゥロをたたき起こす。 「もう追っ手が着たぞ・・・早すぎるっ!」 マゥロは今がとても逼迫していることをフィンテッドの言動で悟った。普段彼はココまで声を荒げたことはないからだ。 「くっ・・・乗れっ! マゥロっ!」 寝巻きや炊事道具を放置し幌馬車の荷台へ飛び乗るマゥロ。 「はいやっ!」 ヒヒーーン、と鞭を打ち全速力で駆け出す幌馬車。 其の後ろから数騎の騎馬隊が数秒の間の後に馬車が止まっていたところを通過した。 「いたぞっ! 」 「逃すなっ。ヤツらは我々教団を裏切った背信者だっ!」 「司教様から粛清命令が出ていたフィンテッドとその息子マゥロ・・・間違いないっ!」 ・・・幌馬車と騎馬では馬力が違う。追いつくのも時間の問題だった。 馬車は騎馬隊の追跡を受けつつ草原を抜け、森を抜け・・・・とうとう岩山のところまで来た。 空を見ればまた日が落ちかけていた・・・・ 「よしっ! このままこの山路を越えれば親魔領だっ!・・・・それまで・・・耐えてくれっ!!」 幌馬車の馬はかなり疲れているのか・・・ぜぇぜぇと口から泡を吹いて荒い息を吐いている。しかし走っている。・・・走り続けているっ・・・・ しかし・・・・ ヒ、ヒーン・・・と・・・【ゴメン・・・】とでも言うように馬車馬が一声啼くと・・・ 「っ!!?・・・マゥロっ! 何かにつかまれっ!!」 フィンテッドが気付くも時すでに遅し・・・ 馬車は・・・横転した。 ・・・馬が疲労で倒れた為に・・・そして馬車馬は・・・・息を引き取った・・・ 「っうぁぁぁーーーっ!!?」 「マゥロぉぉーーーっ!!!」 馬車が横転する其のとき、マゥロは外に放り出された。 ・・・・しかしマゥロの飛ばされた先・・・・それは・・・・ 下が見えない崖。 フィンテッドは御者の席から立ち上がり手を伸ばすが・・・ 届かない。指先わずか1関節分・・・届かないっっ!! 「親父ぃぃぃ・・・ぃぃ・・・ぃ・・・・・・・・・」 ・・・・そしてマゥロは崖下の・・・闇の中へ吸い込まれていった・・・・ 「マゥロ・・・・マゥロっ!?・・・・クソッ・・・・」 すぐ後ろまで迫る騎馬隊・・・ 最愛の息子であり弟子を無くした失望感・・・ 酷使した為に動かなくなった馬・・・ ・・・・フィンテッドはもう動けなかった・・・・ ・・・そんな馬車の中に・・・あるはずだったものが無かった・・・ ・・・像が無かった・・・ ・・・しかし、それはもうどうでもよかった・・・ ・・・ゆっくりと騎士がフィンテッドに近づいてくる・・・ ・・・そして失意の底にいるフィンテッド・・・ ・・・鞘から抜き、振り上げた剣は・・・ ・・・フィンテッドの首を通過した・・・ ・・・・・・・・・ ・・・・・ ・・・ 「親父ぃぃぃぃっ!!」 放り出された馬車が段々と上に移動していく・・・・ (あぁ・・・オレ・・・死ぬんだ・・・) マゥロは不思議と落ち着いていた・・・ (・・・死ぬって・・・あっけないなぁ・・・・) ・・・落下はまだまだ止まらない・・・ 背中を向けて落ちているマゥロ・・・・ すると・・・ (・・・ん? なんか落ちてきた・・・) マゥロは頭上が影になったので何事かと上を見る。すると・・・ (・・・っ!? ぞ、像が動いている!?) ・・・信じられなかった。 上からやってきたもの・・・・それは・・・ 翼を羽ばたかせてマゥロに向かって飛んでくる美しい石像がいたから。 その像の片目は・・・石のままだった・・・・ 「死なせ・・・ない・・・・死なせな・・・いっっ!」 像から呟きが聞こえると同時に像がマゥロの落下に追いついてマゥロに抱きついた。 (な・・・なんで・・・) 混乱するマゥロの心情を悟ったのか像は・・・ 「あのひ・・・との・・・大事・・・な・・・子供・・・だも・・・の・・・」 ・・・魔力が不安定なのか満足に語れないようだ。 心なしか羽ばたきも弱くなっている・・・ 「あの人・・・?」 「フィンテ・・・ッド・・・様・・・」 フィンテッドに捨てられずに置かれ、丁寧に磨かれた像はその恩を忘れなかった。そして今、その恩をこのような形で返している。 と・・・ 「っ!・・・間にあ・・・わな・・・・い・・・・っ!!」 「えっ!? な、なにg」 次の瞬間、ギューーッときつく抱きしめられるマゥロ。 「えっ!?ちょっとどういうk・・・・がはっ!!!?」 マゥロは言い切る前に強い衝撃を受けて・・・意識が遠のいていった・・・ 「・・・まも・・・れな・・・く・・・て・・・・ごめ・・・・・ん・・・・・ね・・・・・・・・」 ・・・・そんな呟きがマゥロの下から聞こえた・・・・ そして夜が過ぎ・・・朝になり・・・・ 「・・・っつ!?・・・・ぁぁぁ・・・・・・っ!!!」 時間がたって意識が戻ったマゥロ。 ゆっくりと上体を起こすと・・・・ 「なっ・・・・なんだ・・・これ・・・・」 自分の直ぐ下・・・ そこには像を持ち出す際に使っていた大量の藁と・・・ 左腕、左肩、左翼が粉々になった像が・・・ 少し離れた位置には・・・ 真っ二つに割れた台座・・・ 少し遠くに・・・ 木箱の板くずがあった・・・ 「っ!・・・まさか・・・オレを・・・かばって・・・・」 ・・・壊れた像をよく見ると・・・ ・・・首が取れていた。 ・・・そしてその表情は・・・・ 【微笑んでいた】・・・・ 「っ!!・・・・あり・・・がどう・・・・あ゛り゛がどう゛・・・・」 マゥロは像の頭を抱え込み・・・大いに泣いた。 自分を壊してまで助けてくれた彼女に精一杯答えるように・・・抱きしめる・・・ ・・・・・・・・・・どれくらい・・・・そうしていたのだろうか・・・・ 「っ!?・・・・まさか・・・・」 遠くから蹄の音が・・・・複数聞こえてきた・・・・ (親父に・・・そして彼女に救われたのに・・・ッ) だが騎士と予想していたマゥロは次の瞬間面食らっていた。 「おぉぉい! マゥロ殿ぉぉ!! ・・・いたら返事してくれぇぇ!!」 ・・・なんと女性の声だった。しかも複数である。 「・・・は、はいっ! ここに居ますっ!!」 すぐに返事をしたことで段々と近づいてくる複数の蹄の音・・・ そして姿を見せたのは・・・ 「おぉっ!・・大丈夫か? 怪我はないか!?」 ・・・ケンタウロスの人達だった。 「あっと・・・えっと・・・」 マゥロは分けがわからなかった・・・ 「あぁ失礼した。我々は長から捜索依頼を受けてきたモノたちだ。・・・ん?」 ケンタウロスの女性はマゥロの腕の中で抱えられている頭を見つめる・・・ 「・・・オレが崖から落ちたときに庇ってくれた石像だよ・・・」 「石像?・・・そうか、ガーゴイルか・・・それは・・・・気の毒だったな・・・」 ケンタウロスの女性はちょっとバツが悪そうにしている・・・ 「・・・あれ? 親父は!?・・・親父はどうなったんだっ!?」 「・・・一緒に来てくれないか?・・・彼女は私たちが責任もって回収していくから・・・」 ・・・ケンタウロスの女性の顔が一気に暗くなった・・・ そんな表情に何かを感じ取ったマゥロは・・・・心の中がざわついていた・・・ ・・・ケンタウロスの女性の後を追って大きな町へ入る。 その町の大通りにあたる場所では多くの魔物と人間が元気よく声を出し商売に励んでいる。 そして少し視線をずらせば仲のいい魔物の親子や、幸せそうなカップルが・・・ ・・・そして領主様が住んでいるような大きな屋敷へ招かれた・・・ 橋がかけられた深い堀を渡り、重々しい大きな扉が開けられ中から人の女性とサキュバスの女性のメイドがきてマゥロは長い廊下を歩きとある一室・・・待合室へ案内された。 ・・・待合室で待つこと数分。そうたった数分。だが・・・ (なんだ・・・この胸のざわつき・・・・酷くなっていく・・・) ・・・と、考え事をしているとガチャリとドアが開いて・・・ 「お待たせしました。マゥロ様。・・・どうぞこちらへ。」 ふたたびサキュバのメイドさんが案内をしてくれるようだ・・・ マゥロはまた長い廊下を歩く。 ただし・・・ 今度は地下へ向かって・・・・ カツンカツンと靴音が響く石畳の廊下を歩いた突き当たり・・・ その扉の上には・・・ 【集中総合治療室】 ・・・と書かれていた。 「中でフィンテッド様がお待ちです。・・・どうか早くお会いになられてください・・・」 ・・・サキュバスのメイドさんは顔を伏せる・・・・なにかが目元で光ったけど・・・ 「・・・」 マゥロはいそいそとドアを開ける。・・・・そうしなければいけない気がした。 そして白いレースの向こう側に・・・ 1つのベッドを囲うように置かれた機材の中・・・ そのベッドの上に・・・ 顔面蒼白になって・・・・ 今にも息絶えそうな・・・ 父・・・フィンテッドがいた。 「っ! 親父・・・親父ぃぃぃ!!?」 それを見た瞬間、ここが治療室ということを忘れて声を上げて走り出すマゥロ。 ・・・だれも咎めはしなかった。 「っはぁっ・・・親父ぃ、おぃ、親父ぃぃ! どうしたんだよっ!!」 どう見ても重篤なのは明らかだ。 ・・・首から血が滲み続けているのだから・・・ 「っぁ・・・マゥ・・・ロ・・・か・・・・」 ・・・声を出すのも苦しいだろうに・・・フィンテッドは痛みに耐える表情をしながらマゥロに問いかける。 ・・・もう視力は無いようだ・・・ 「っっっ・・・あぁ・・・オレだよ・・・マゥロだよっ!」 ソレを悟ってしまったマゥロは目が潤む・・・ 「ハァハァ・・・・っく・・・・石像は・・・どうな・・・った・・・」 段々と震え始めるフィンテッド・・・ 「ぅくっ・・・動き出して・・オレを守って左側と台座と・・・ひぐっ・・・首が・・・」 涙が・・・溢れる・・・ 「そう・・・か・・・っ・・・・いいか・・・よく・・きけ。」 目を閉じるフィンテッド・・・ 「・・・っはぁ・・・・アレは・・・ガーゴ・・イルだ。・・・例え・・体が半分に・・・なろうと・・・も・・・っっっ・・・・魔力・・があれ・・・・ば・・・いきて・・・いられ・・・る・・・」 「お、親父・・・こんなときに・・・何言っていr」 「そして・・・壊れ・・てしまった・・・なら・・・マゥロ・・・が彼女・・・に・・・恩・・を感じた・・・なら・・・」 ・・・どうやらもう耳も聞こえないらしい・・・ フィンテッドが喋っている間、隣で呼び続けるマゥロに気がついていないのだから・・・ 「・・・おまえ・・・が・・・【直せ】・・・ッハァハァ・・・・・・・・・・・・・・それが・・・オレの・・・さい・・・ご・・・の・・・試験・・・・・・・・・・・・・・・だ・・・・・・・・・・・・・」 ・・・・・・・・・・・フィンテッドから・・・ ・・・偉大な石匠のその体から・・・ 一切の音が消えた・・・・・ よい石を選ぶため、それらを見てまわっていた彼の健脚は・・・ もう動かない。 石を延々と彫り続けたその逞しい腕は・・・ もう動かない。 作品を見極め出っ張り1つ見逃さなかったその目は・・・ もう開かない。 素晴らしい作品を作り上げて喜びと充実感に満たされていたその心は・・・ もう・・ない・・・・ 「親父?・・・親父っ!!?・・・・・・・・・・・うぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!!!」 ・・・マゥロの声はもう二度とフィンテッドの耳に届くことは・・・・無い。 ・・・そのフィンテッドの死に際の表情は・・・微笑んでいた・・・ ・・・・・・・・・ ・・・・・・ ・・・ その日のうちに葬儀が行われた。 反魔領からほとんど出たことが無かったはずのフィンテッドの葬儀には多く・・・そうこの親魔領の実にほぼ半分の人が訪れた。 反魔領内で魔物娘の美しい彫像を彫り続けたフィンテッドは親魔領内では英雄視されていたらしい。 現にこの街の博物館の入り口や役所、果ては公園まで・・・よく観察するといたるところに石像が飾ってあった・・・ さらには塵1つどころか手垢も汚れも無い。・・・いかに領内の人に支持されたかわかる事柄だった。 簡略化された葬儀の後・・・悲しみも程ほどにマゥロは決意した瞳であることをココの長に願い出た。 「・・・ではこちらをお使いください。」 ・・・人間のメイドに案内されたのはまちの中心から外れた場所・・・そこにある綺麗な一軒屋にて・・・マゥロは彼女を修復する作業に取り掛かる。 もうすでに彼女のパーツは全てそこに運んでもらっていた。 「・・・あの・・・気に障ったら・・・ごめんなさい・・・」 「・・・うん?なんだい?」 「・・・悲しく・・・無いんですか?」 メイドが聞くのも無理は無い。彼は葬儀が終わっても涙を見せていない。もしや心が壊れたのではないかと・・・ 「・・・かなしくはありますね。でも・・・」 俯いて少し間をおいて・・・マゥロは顔を上げて微笑み・・・ 「親父が最後に残した試験であり、お願いなんです。・・・はやく完成させて親父に見せてやるんです。それに悲しい涙はもういらないんです。次に涙を流すのはうれし涙と心に決めましたから。」 ・・・とても晴れやかな顔をしていた。 その顔をみて安心したメイドさんは・・・ 「ふふっ・・・わかりました。お答えいただきありがとうございます。」 ニコッと微笑み返して軽く挨拶をして別れた。 パタンとドアが閉まり・・・ 「よし、まってろよ・・・オレが絶対直してやるっ」 マゥロは上半身を肌蹴てノミとカナヅチを握る。 ・・・フィンテッドのノミとカナヅチではなく昔から使っていた自分のモノである。 そしてマゥロの格闘が始まった。 無くした体のパーツと同じ色、同じ質感の石を選び、それぞれのパーツに見合うように形を形成していく。それは簡単なことではなく何度も何度も針先一本分の修正をノミとカナヅチだけでしていく・・・ 何度も何度も・・・ 何度も何度も・・・ だが失敗することもある。・・・それでも焦らずじっくりと再び石選びからやり直す・・・ もう粉々になってしまったパーツはあのときの彼女を思い出し・・・寸分たがわず加工、形成、調整していく・・・ まさに職人。愚痴1つ零さずに黙々と作業をするマゥロの瞳は熱を持っていた・・・彼はしっかりと偉大な石匠フィンテッドの意思を受け継いでいた。 腕・・・足・・・翼・・・首・・・そして台座。 彼はそれらのものを全て揃えるのに半年をかけた。 しかし時間をかけて作ったソレは・・・まさしく彼女の一部に相応しいできだった。 ただ・・・台座以外のパーツが彼女に当たる側だけ少し長い・・・ 「・・・よし、つぎ・・・」 続いて彼は彼女をあたらしい台座に座らせた。 そして・・・ ノミとカナヅチを使い今度は彼女の左腕を削り始める・・・ ボロボロだったパーツをそぎ落とし、特殊な形の削り口にする。 そして新しく作った腕にも似たような特殊な削り口を施す・・・ 其の削り口同士を噛み合わせ微調整する。 すると・・・ ゴリンッ、と音をたてて・・・そのパーツはぴったりと寸分違わず嵌まり合った。これと同じように他のパーツの部位も加工していく・・・ これらの作業が終わるまで一年経っていた・・・・ そしてとうとう最後のパーツ・・・首を今日入れると完成する・・・ 「・・・やっと逢えるね・・・」 彼は日没後にその最終作業に取り掛かる。 首を削り・・・ 体側を削り・・・ 仮合わせをし・・・ 微調整をし・・・ 最後に・・・ 「・・・よし、これでいい。」 ゴリンッとはめ込み・・・・・修復は完成した。 ・・・だが何も起こらない・・・ 「・・・ま、まさか・・・嘘だろう・・・?」 彼はフィンテッドの言葉を思い出す・・・ 『【魔力が残っていれば】・・・』 「っ!!・・・ま、まさか・・・もう・・・彼女は・・・彼女は・・・」 一年かけて修復して・・・・魔力が抜けきってしまったのか? 魔力が抜けきった彼女は・・・もう・・・!? ・・・最悪な考えがマゥロの頭に浮かんでいた・・・ と、頭を抱え膝から落ちたマゥロの後ろから誰かに抱きつかれている感覚が・・・ 「あり・・がとう・・・直し・・・て・・・くれ・・・て・・・」 「っ!!・・・・っうぐ・・・あいた・・・かった・・・」 一年前・・・ あのとき聞いた声・・・ あのとき感じた温もり・・・ あのとき伝わってきた暖かさ・・・ ・・・・彼女は戻ってきた。 ・・・一年という時を経て。 ・・・ただ彼にお礼を言いたい為に。 ・・・未だに魔力不足の体に鞭打って。 「まずは・・・どうしても言いたかった・・・助けてくれて・・・ありがとう。」 「私も・・・言いた・・・かっ・・・た・・・・一年間ず・・・っと・・・まっていた・・私・・・を助け・・て・・くれて・あり・・がとう」 一度抱きつきを互いに解いて立ち上がりお互いに向き合う。 互いに涙をこらえた目で・・・ そして彼女は・・・彼の唇を奪う・・・ 彼も彼女の行為を受け入れた・・・ 一年という長い間お互いを思い続けた二人が恋仲に発展するのに時間はさほどかからなかった。 ・・・今宵はきれいな満月だった・・・ ・・・・・・・・・・ ・・・・・ ・・・ カツン・・・カツン・・・カツン・・・ ランプを灯した小屋からはノミをカナヅチで打ち・・・ゴリゴリと岩を削る音が響いてくる・・・ 亜麻色の顎髭を蓄え、亜麻色の髪を後ろで束ねた見るからにバランスの取れた筋肉をもった男が上半身を肌蹴て独り・・・・静かに・・・・真剣に・・・・ カツーン・・・・カツン・・・カツン・・・・カツン! ・・・手が止まった・・・・ 「・・・よし・・・できた・・・」 ・・・表情がゆるくなり、言葉から滲み出る感情は・・・安心。 とそこへ・・・ 「アナタ、昼ごはんですよ。」 「む?・・・もうそんな時間だったのか・・・」 ・・・薬指に指輪をはめたガーゴイルがいた。 この指輪、ちょうど彼女が復活し夫婦となった日に長から選別として貰った物だったが・・・ 『そいつは【常闇の指輪】っていうシロモノだ。常に装着者を闇の中と・・・いわば夜だな。にする魔力が篭っているもので、本来其の指輪は昼に多く出歩くヴァンパイアの為に作られたみたいだが・・・どういうわけか家の倉庫にあってな・・・まぁ貰っておけ。』 ・・・と半ば倉庫整理の際の厄介物みたく渡された訳だが・・・ その効果は・・・昼から動いている彼女を見ればわかっていただけるであろう。 「じゃあ飯にしようか・・・フィヌロゥ。」 「ええ、はやく食べましょうマゥロ。」 二人は腕を組み合い・・・眼下に見える自宅へと歩を進めるのであった・・・ その顔は・・・・とても幸せそうであった・・・・ 【完】 |
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マゥロ君・・・幸せになってくれよっ・・・
どうもjackryです。 他の作者かたがたの中でも珍しくガーゴイルに挑戦してみました。 ・・・色々設定とかで何か言われそう・・・ガタガタ いかがでしょうか(´;д;`)? 11/06/28 23:35 じゃっくりー |