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ーー【傾国】第五章 ・悪女ーー |
そして二日目の夜になり・・・ また一日目と同じように帝王の部屋へ向かう焔がいた・・・ そしてその焔を部屋から見送る葛葉。・・・焔の姿が見えなくなると急に暗い顔になった。 そして溜息を一つついてゆっくりと振り返り、自分達の部屋へ足を引き摺るようにして戻った・・・ 今回は焔でなく、焔を待っている葛葉を見てみよう・・・ 部屋に戻り一番近くにある綺麗に整えた長椅子に葛葉は静かに座り・・・横になった・・・ 「・・・まだ・・・まだ始まったばかり・・・」 その表情は・・・不安だった。 「・・・長海。いますか?」 居るはずの無い人の名を呼ぶ葛葉。勿論普通なら返事なんて返ってこない・・・だが・・・ 「・・・・なんだ、葛葉?」 ・・・いた。・・・長海は天井から微かに・・・そう、葛葉にちょうど聞こえる程度の音量で話始めた・・・ 「・・・昨日と今日で史厳帝王は魅了された、と焔が言っていたのですが・・・とてもそうは見えませんでした・・・」 「・・・ふむ・・・葛葉、すぐに分かる様な変化だと家臣の爺さん達に気付かれてしまうんだ・・・ソコは分かるかい?」 目を閉じて上を向いて・・・扇子を広げて口の動きを悟られないようにし、あたかも寝言のように喋る葛葉に優しく問いの答えを言う長海。・・・だが葛葉はその質問に満足いく事は無かった。 「・・・できるだけ短い時間で・・・さもなくば・・・」 「・・・【まわりの国が襲われる】・・・と?」 ・・・・その答えに沈黙で答える葛葉・・・肯定の意味であった・・・ 「・・・心配しなくても大丈夫だ。」 「・・・ですが・・・」 安心を与える回答をすれど・・・それでも不安の様な葛葉・・・ 「・・・今、【攻めたくても攻められないのさ】。」 「・・・? それは?」 意味深な言葉を吐いた長海に疑問を投げかける葛葉に・・・ 「・・・今日暴言を吐いた男・・・葛葉、覚えているか?」 「・・・っ」 「・・・無理してあの情景を思い出さなくてもいい・・・」 今朝の鮮烈な斬首は少し葛葉には強すぎる印象だったようで・・・危うく吐き出しそうになったが、長海がソレを察して落ち着かせた・・・ 「・・・あの男・・・この国の実質の第二位だったんだよ・・・」 「・・・えっ?」 意外な言葉に驚きを隠せない葛葉だったが・・・なんとか表情をかえないでいられた。 「・・・あの男、この国の軍備や人事、軍資金の調整などを一手に纏めていた・・・いわば参謀だな。一度あの男に情報が集められて、あの男が纏め上げて、帝王に最終決定を下して貰っていたんだよ。・・・このことはある程度の位の高いヤツじゃないと知らない情報だ・・・そしてかなりの頑固で古株だった様だ。・・・」 「・・・つまり?」 長海が己の集めた情報を葛葉に分かりやすく説明し始めた。 「・・・つまり、帝王は知らず知らずに自分の首に縄をつけてしまったのさ。」 「・・・でも、別に参謀がいなくても軍備は纏るのではないですか?」 ・・・葛葉の意見は御尤もである。いくらまとめ役が居ないからといって簡単に軍縮になるような構造ではないと分かっている葛葉に・・・ 「・・・残念ながらこの国にはそれで通じてしまうんだよ、葛葉。」 「・・・? 」 意味が分からない葛葉に再び説明を始める・・・・ 「・・・まずこの国の基本は軍だ。そしてその規模は周りの国に比べて群を抜いて最多の兵数だ。ソレを全て纏めるのは用意ではない。そしてココが重要なんだが・・・」 「・・・」 「・・・この国は基本的に政治は一人であの帝王が回している。そしてそれらを補佐するのも帝王が能力を認めた数人のみ。・・・あの男と、数人だけだ。・・・・そしてその【統制者】とでも言うべきか・・・それは秘密にされているのさ・・・【下の臣下にも】・・」 「・・・それでは・・【顔も知らない上官にどうやって情報をあげているのですか?】」 ・・・そう一番の疑問である・・・それには・・・ 「・・・帝王宛に書類を送るといつの間にかなくなっていて、ソレを纏めたモノが数日で上がっていてな・・・それで謎が解けた。」 「・・・なんと・・・そんなことが・・・」 仕組みに驚く葛葉・・・ 「・・・戻すぞ・・・ソレゆえに今、あの男が居なくなって一番苦労するのは・・・帝王自身だ。春から教えて貰ったが・・・帝王自身はこの国の内政で手一杯なんだとさ。そこに軍備が上乗せされれば・・・な?」 「・・・少なくとも【現時点での侵略はない】・・・ということですか・・・」 合点がいったという感じで答えた。そしてその会話中に・・・ 「・・・長海、姫。今、焔が『仕事』を終えて帰ってきます。」 「・・・分かった。」 「・・・分かりました。」 ・・・春が焔が帰ってくる事を伝えにきた。すると今まで横になっていた葛葉が扇子を閉じ、目をゆっくり開けて・・・ゆったりとした動作で立ち上がった・・・ そして焔が帰ってくると・・・ 「・・・お帰りなさいませ。葛篭姫。」 「・・・今、戻りました。葛葉さん。」 と、形だけの挨拶をして二人は足早に自室へと戻っていった・・・ そんな様子をみている影があるとは知ってかしらずか・・・・ね・・・ ・・・・・・・・・ ・・・・・ ・・・ 同時刻、ココは後宮の一室・・・ 「・・・・・・・」 窓際に静かに腕を後ろでに組んで立ち、静かに月を仰いでいる女性が一人・・・無表情でたたずんでいた・・・ 「・・・・戻りました。『季夫人様』。」 「・・・ご苦労様です。・・・・・・首尾は?」 季夫人だった。 その彼女が先ほど声をかけた・・・【影の中】の者に対して労いと、結果を話すようにと催促をした。・・・首など一切動かさずに・・・・ 「はっ・・・・っ・・・っ・・・っっ・・・」 「・・・そうですか・・・ご苦労さまでした。・・・・散れ・・・」 「・・・御意・・・」 粗方報告を聞いた彼女は再びその者に労いの言葉と・・・冷徹に一言退去を命ずる言葉を放ち、その者を引かせた。 「・・・ふふっ・・・やはり、やはり・・・尻尾が掴めない・・・どういうことなのっ・・・・すでに間諜は十人は送ったというのにっ・・・何故数人しか帰ってこない・・・っ」 ・・・季夫人の顔がだけがゆがみ・・・瞳が濁ってきた・・・ その表情から感じ取れるのは・・・『憎悪』だった・・・ 「・・・いいわ。 今のうちに帝王様にとりなしていればいいわ・・・必ず・・・必ず返り咲いてみせる・・・覚悟していなさい・・・葛篭姫・・・っ! ・・・フフ、フフフフ・・・・・・」 ・・・人知れずに・・・静かに・・・しかし禍々しく・・・彼女は微笑む・・・・ 『黒い笑みで』・・・・ ・・・・・・・・・ ・・・・・ ・・・ その部屋から少し離れたところでは・・・ 「・・・くそっ・・・・いつまで・・・いつまで働かさせる気なんだっ・・・」 怒りを露にした様子で・・被っていた黒い布を鷲掴み怒りに任せて床に打ちつけた・・・ その下は・・・ 美しい黒髪を後ろで束ねて馬の尾の様にした髪型の、凛とした顔つきの女性が怒りの表情で・・・・『全身の毛を』逆立てていた・・・ 「はやく・・・はやく八音の居場所を突き止めて・・・開放しなければ・・・」 そういうなり・・・彼女は怒りの表情のまま腰に付けた立派な、しかし装飾がさほどされていない業物の刀から音が出るくらい雑に・・・早く歩いてその場を去った・・・ ・・・・・・・・・ ・・・・・ ・・・ その季夫人の怨嗟の呟きと刀の彼女の呟きとほぼ同時刻の王宮の一室・・・ 長海の部屋にて・・・ 「ねぇ、長海? 」 「何だ春? 」 そこでは寝巻きに着替えた春が、机に向かい何かを認めている長海に対して声を掛けた。 「それは? 」 「むっ? ・・・あぁこれか。これは手紙だよ。自国の国王に、瑠璃王宛てのな。」 そう、それは瑠璃王に当てた手紙であった。だが・・・ 「えっ? ・・・どうやって【この王宮から出す】のさ・・・」 「簡単だよ。・・・・っと。こうやって・・・・」 長海は懐から『何枚かの紙』が束ねられたものから徐に一枚取り出し・・・『字を書き』・・・そして何かを唱えた・・・次の瞬間には・・・・ 「・・・えっ!? と、鳥になった!?」 「焔に頼んで作って貰っ『式符(しきふ)』っていうもんだ。・・・数に限りがあるがな・・・」 なんと鳥に変化していた。 「す、凄い・・・」 「・・・よっ・・・・っと・・・・よし。」 驚く春を尻目に・・・手紙を小さく折りたたみ式の足にある文入れの筒にいれて・・・ 「・・・いけッ・・・」 「・・・」 長海の言葉を理解しているのか・・・長海に対して頷くと窓から飛び立った・・・ 『月明かりを背に』・・・・ 「うわっ?! はやいね・・・もう見えなくなった・・・」 その飛び立った式を・・・窓に対して背伸びして外を見ていた春が見上げていた・・・ 「明日の朝には届くだろう。」 「へぇ〜・・・」 しれっと言う長海に驚きを隠せない春だった・・・が・・・ 「・・・そういえば長海、今晩『気付いた』?」 「・・・あぁ・・・『いたな』・・・」 いきなりお互い雰囲気が変わり・・・二人の間の空気が張り詰める・・・そしてフラリと移動して寝具の端に腰掛けた春が・・・ 「多分・・・今回の監視は・・・『奈々』かな・・・」 「・・・特徴は?」 いたって冷静に声を発する。 「私と同じ『元』人間の・・・『人狼(ワーウルフ)』」 「『人狼(ワーウルフ)』・・・やっかいだな・・・」 素性を聞いた長海は右手で顔を覆い天井を仰いだ・・・溜息と共に・・・ 「ただ・・・これは噂程度なんだけど・・・」 「・・・話してくれ・・・」 急に潮らしくなった春に何事かと視線を向けると・・・下を向いて自信なさげな表情で発言してきた。 「うん・・・どうやら奈々は妹の『八音(はつね)』って言う娘を人質として季夫人にとられているみたいで・・・嫌々したがっているみたいなの・・・」 「・・・ふむ・・・」 それを聞いて考え込む長海・・・そして・・・ 「・・・戦わずして事態を良くするのも手か・・・」 「私もそれがいいと思う・・・あ、あと奈々は人のときから剣術に長けていて、人が良いからって・・・『剣仁姫(けんじんぴ)』って愛称がついていたの・・・」 がたっと音がした為目の前の長海を見ると・・・その愛称を聞いて顔が強張ってた・・・ 「・・・まさか暴れ姫がここに居るなんて・・・愛称は聞いた事があったが・・・名前までは知らなかった・・・」 「あれ? そんなに凄いの? 」 少しの冷や汗と共に目を閉じて溜息を吐く長海に不思議そうな視線を送る春。 「楼坑国の近くの国で・・・自ら戦で先頭にたつ勇さましい姫だと聞いていた。その愛称と共に・・・」 「・・・近所だったんだね・・・」 と、納得した春だった・・・ そして暫しの沈黙の後・・・ 「・・・じゃあ妹を救出した後に説得・・・だな。」 「そうだね。・・・それとなく場所を特定してみるよ・・・」 こうして『妹救出』作戦は長海の部屋にて静かに実行に移された・・・ ・・・・・・・・・ ・・・・・ ・・・ ここは・・・とある場所・・・ 「・・・お姉さん・・・どうか気付いて・・・私は・・・もう・・・」 そこでは・・・・輪郭が定まらない浮遊体が空の月に向かって呟いていた・・・ 【続】 |