『妖狐より愛を込めて』 |
「いい加減にしてよお姉ちゃんっ!! 」
「へ、へうぅぅ〜無理、やっぱり無理ぃぃ〜っっ!! 」 とある白壁の大豪邸、表札に【古里瀬】と書かれたその家の上の階からの悲鳴じみた声。 四階の奥の部屋である相部屋からの声のようだ。 庭で遊ぶ狐火ちゃんや幼い妖狐、そのたくさんの子供たちも一斉に動作を止めてみてしまうほどのその大声の主は一体どんなものか、すこし覗いてみましょう。 「もう! 今年こそチョコ渡すんでしょ!? 」 「や、やっぱり無理よぉ…… 」 白と黒、所により赤のアクセント。 そして机とパソコンとベッドとクローゼットだけ。 まさにそんな言葉が頭にぱっと浮かぶほどの単色な殺風景のレイアウトの部屋のベッド、そこが音源であるみたいだ。片やシーツにくるまってカマクラになっていてもう片方がなんとかそれを引っぺがそうとしているのだが、余程の抵抗があってか中々剥がせていないようである。 ただシーツの端からは金色のふっさりとした狐の尻尾が八本も出ているので元々の自力がそれを実現しているようでもある。 では剥がそうとしているものはと言うと外行きの小綺麗な白いキャミソールに黒い長袖タートルネックインナー、赤が基調になったチュニックスカートにマフラー。肩口以上に伸ばされた金髪は紅いリボンでキュッと可愛く一つにまとめられている。 その頭には怒りの為か引っ切り無しにパタパタと上下する三角の鋭角な耳、その尻には逆毛立つ三本の膨らんだ尻尾、まき散らされるそこそこ濃い魔力から妖狐であることに間違いはないようだ。 「いい加減にしてよ累(るい)姉さんっ……尻尾引っこ抜くよっっっ!! 」 「へぅ!? そ、それは嫌っ!! わかったわよぅ、出るわよぉ!! だから実(みのり)やめてよ!!? 」 素っ頓狂なでも可愛い悲鳴を上げたシーツは三尾の妖狐の手をサッと離れのそりとひどく緩慢な動作で殻をむいていくのであった。 その殻から出てきたのは一人の女性で、縦リブの緑のセーターにクリーム色のスラックスタイプのパンツをはいておりそのままそっとベッドから降りて立ち上がってみれば……色々なところが大きい。 これまた魔力の質から妖狐と判定できるが手で来た彼女の目の前で腕を組む少女に比べれば明らかな違いがある。胸ののサイズが少女側で目測Cに対し彼女は目測でEを超え、身長は少女からさらに頭三つ分高い。少女だって同年代の人間の女子にしたら十分大柄であるが彼女は一般男性の身長から頭一つ分高いのだ。 ぼさぼさに伸びきったウェーブのかかった髪は首が上半分隠れるだけの長さだが前髪も同様に伸びている為自然と目隠しされている。耳も自身が無いのがそのまま出ているのかシーツから出てからずっと伏したままである。 「ほら、シーツから出たんなら安芸さんのとこ行こ? 」 「うぅ〜…… 」 「もう!! 何がそんな心配なのよ!! 」 「だ、だってぇ…… 」 おもむろに彼女が少女の目の前でサッと右手で目隠しをそっと上げたところ、本来は同じ色の瞳が一対のはずが彼女には無いのだ。 いや、ガラスのように透き通った目はある。妖狐の特徴の縦裂きの瞳孔がある瞳もあるし、彼女の大好きな官能小説を読みふける為の視力だってもちろんある。 ただ彼女の瞳は左右で色違い、オッドアイなのだ。 向かい合った少女が金の双瞳なのに対して彼女のほうは右が金色で左が紅色、どうやらそのことが彼女にとってマイナスポイントになっているようで。 「もぅ、そんなこと気にするような感じはないけど? 」 「へ、へぅぅ…… 」 「あ゛ぁぁぁぁ!! しっかりしてよ!! 累姉さん古里瀬家の三女でしょ!? いつまでもうじうじしているから万年引きこもりとか言われるんでしょ!? 今年出ていけなかったら三十年越え!? もうね、もうねっ! いいかげんにしてっっっ!!!!! 」 「ひゃ、ひゃぃぃ!?!?」 はたしてどちらが姉か。縮こまりだした世話のかかる姉に対し、頭掻き毟って毛と言う毛をぶわぁっと膨らました少女が無理やり手を取って屋敷を脱するに時間は然程かからなかった……。 ついこの間の大雪で作り上げた庭先のカマクラでギシアン露出結合し子供百人の大台目指すこの館の主たちを素通りしていったとある昼前の事である。 _/_/_/_/_/ 小高い丘の白い豪邸を下り昔から続いている大きな国道を横断すればその先は閑静な住宅街に景色が変わった。元々古い木造が多く残るこの地域は武士がまだいる時代からの大切な歴史的遺産の集合地域でもある。 そんな木造家屋の街並みに違和感を持たせないよう極力同じようなデザインにした二階建ての一軒家の建物、その家の前には【狐路〜きつねみち〜】と古木材を使った中々風格ある小さ目の看板。家の出窓には簡単な蝋細工で料理のサンプルが飾ってあることから料理やと思われる。 未だに愚図る姉を力任せに引っ張ってきた妹妖狐はズンズンとその看板の建物に歩み寄り引違戸を一気にガラガラっと力強く壊れる程に開けた。臨時休業と書かれた下げ看板が激しく揺れているがその揺れが収まらないうちに、中の住人が招き入れする前に妹妖狐は扉を閉じるのであった。 「ん? 」 「あらぁ?」 「……いらっしゃい」 「あら? 梨花のとこの子達じゃない? どうしたの? 」 いくつもある鍋の下に火と同化した手を入れて水を沸騰させている赤い人、霜がついているたくさんの金属ボウルに手を添えて四角い茶色のブロックをいくつも体の中に埋め込んで平然としている透き通った人、指先から金属のボウルを作り出している途中の茶色い人、その多数の金属ボウルの一つに入ってる泡一つ立っていない茶色い液体を額に汗をにじませながらかき混ぜる三尾の妖狐。 普段はテーブル席が置いてあるべき場所はすっかり様変わりして臨時の作業台になっており、その台を囲むようにして四人が何やら作業をしていたが突然の来訪にそれぞれ一斉にドアへ視線が集中する。 「安芸さん! この引きこもりにチョコの作り方を教えてください!! 」 「へぅぅ…… 」 「あら累ちゃん久しぶりね♪ 」 堕落した姉を連れてくるのは中々大変だったようで言い切った途端にぜぇぜぇと息を乱して近場にあった椅子へとどすんと腰を落とした妹妖狐、尻尾の毛並みもボロボロである。 そんな妹ちゃんに透明な人がすすっと近寄り「はぁい、お水ですぅ〜」と妹妖狐に指をずぽっと開いた口に入れるという知らない人から見れば無礼極まりないことだが「あぅ〜ディネしゃんありぁとぅ〜」と情けない声でお礼と一緒に透明な人の指をチュウチュウと吸い始めた。途端に妹妖狐の口の中に少しだけ酸味がある美味しい水が流れ込んできたのだ。 「今日はレモンを食べてみましたぁ」 「お、おぃひぃ、おぃひぃですぅぅ、はぁぁ……♪ 」 「……やだ卑猥」 ディネはウンディーネである。そんな彼女は水を自在に操るのでこんな芸当もできるわけだが、いかせん彼女の水精製能力が高いせいでかなり美味しい。故に彼女の指をチュパチュパ啜ってしまうものが続出してこの妹妖狐のようにアヘっているような会話になるのが契約主である安芸の悩みどころでもある。ただし魔力は入っておりません。 また彼女がウンディーネであるように妖狐、店主で契約主である安芸以外の他二人もイグニスとノームという精霊だ。ただしすでに闇精霊化しているもののこのように料理などで常に魔力を発散しているので理性はいつも保たれており、この日に限ってはプチ精霊状態でなく大きなお姉さんたちの姿である。ただ単にそっちの方が調理が楽だから。 ちなみに卑猥と突っ込んだのはノームであるムンノである。 「それで? 古里瀬家引きこもり筆頭三女の累がなんで? 」 「フレア、ストレート過ぎ」 「へ、へぅぅ」 腕を組んで溜息を一つしたイグニスは玄関の脇の座敷テーブルの下にいつの間にか隠れて尻尾を出している姉妖狐に呆れの声と共に向けられたがマスターである安芸がちょっときつめに修正をいれたのだった。 「じ、実はカクカクシカジカ……」 「ホムホムウマウマ…か、なるほどね」 「ネット恋愛かよ、しかも一年とかなげぇなおぃ」 フレアと呼ばれたイグニスと安芸、累の三人は姿勢を正して姉妖狐が隠れていた座敷で談話をし今の状態に至る説明を述べると安芸は納得といった表情でそれを聞き入れた。 対してイグニスはやはり呆れ顔で、でも先ほどみたいな嫌味は無く「がんばったな」という労いの意味を込められたものだった。 そんな真面目な話をしている傍らでは「ほらほらぁ、もっと吸わないと〜」「あ、あむぅ、ん、んぅ♪」「ほらぁ、もっともっと〜指ずぽずぽしちゃうわよ〜」「ん、んんっ、んむぅあっ♪」と口端から水をこぼす妹妖狐とウンディーネによる聞く人によってはフェラチオしているような音が響いていたが三人とノームはあえて無視することにした様だ。 「なら任せなさい♪ ロメr……っこほん! ナーラ用に作っているガトー・ショコラやフォンダン・ショコラのあまり材料があるからそれで簡単なものを作りましょ? 」 「んで何にする? トリュフ? 生チョコ? エクレール?」 「え、えっとそのぉ……」 恥ずかしそうにズボンのポケットから取り出した一枚の写真、そこには一つのお菓子があったのだがイグニス、安芸、ノーム、いつの間にか妹妖狐の口にプチ精霊をはめ込んでこっちに来ていたウンディーネがそれをみた瞬間驚いた。 『え?! マカロン!?!? 』 「は、はぃ」 「は、ははぁ、今日中にマカロン、かぁ」 料理人側の四人全員が一斉に頭を抱えてしまった。時計を見ればおやつ時を過ぎた時間、マカロンは材料があれば約一〜二時間で作製は可能である。しかしながら一度も包丁を握ったことが無い姉妖狐が作るには些か敷居が高いものであり、数あるレシピ本などでも上級者向けとされるものであった。 「うん、よし。ちょっと私たちのを止めて累ちゃんのマカロン造りに手をまわしましょ? 幸いにも私たちのはあと仕上げだけだしね」 「おぅマスター」 「はぁいマスター」 「……了解したマスター」 一斉に立ち上がって今まで作っていたものをちょっとカウンター席のテーブルの上へ一時退避させて調理テーブルの上を空けてくれた。妖狐姉は安芸からエプロンを借りていざ調理へ、の前に。 「まずは手を洗う、それと累ちゃんの前髪とか料理に入っちゃうといけないからヘアバンドで上にあげておいてね? 」 「は、はぃ」 「それと実ちゃん? イッてるところ悪いけど手伝ってくれないかしら? 」 「ふぁ、ふぁい」 部屋の片隅でパンツをぐっしょり濡らし焦点のあわない瞳で恍惚な表情をしていた妹妖狐はウンディーネがおいていったプチ精霊に頬をペチペチ叩かれてやっと意識を戻すとそそくさと調理準備を整えていくのだった。ただし替えの下着が無いのでノーおふぁんつで。 「ではフレア、石窯温度130℃まで上げて予熱して」 「おう、分体達にやらせてくよ」 「ムンノ。ウコンの粉末とローズヒップの粉末、粉糖140gとアーモンドパウダー80gを持ってきて」 「ん、もうある」 イグニスの手からにゅぅっと出て作られた複数の分体は安芸の指示通り、店本来の厨房に備え付けられた方へととてとて走り去っていった。 対してノームは手をすっと床に宛てて数秒、手を離してみれば茶の紙袋が二つと赤と黄色の粉が入った小瓶が握られていた。 それを見た安芸は「よし! 」と一声かけて妖狐姉妹に粉物の篩掛けをお願いする。 篩掛けをすることで粉物を混ぜやすくするためである。 「デイネ、卵の卵白だけ剥離して頂戴」 「はぁい。マスター、何個くらいにします? 」 「二個でいいわ。実ちゃん、お菓子作ったことある? 」 「お、お恥ずかしながら」 「わかったわ、なら私はメレンゲを作るから古里瀬姉妹はこのローズヒップとウコンをさっき篩にかけたものに混ぜてて。あ、量は半分半分で二つにわけるのよ? 」 ノームちゃんからすっと音もなく差し出されたボウルにそれぞれアーモンドパウダーを半分、粉糖を半分。アーモンドパウダーと粉糖の混ぜ物が二つできたところへ片方には食紅を小さじ一つ落とし、同様にもう片方にはウコンの粉末を食紅と同様に落とす。その混合物を姉妹はそれぞれ手に取ってさらりさらりと確り混ざる様にかき混ぜていく。 その間に空きとウンディーネの二人はメレンゲを作るのだが流石料理人、泡立ての手際がとてもスムーズで且つ早いのだ。 「卵焼きと同じなのよねぇ」 「相変わらず早業ですねぇ〜、マスターの泡立てスピード」 「ありがとう、ディネ卵白頂戴」 「はぁい、どうぞ」 体が水のウンディーネ、液体と液体を分離するのはお手の物である。いや、正確には安芸のウンディーネが料理に特化しすぎているのか。冷蔵庫から出されたばかりの卵をウンディーネが自分の手のひらに落とすように割れば忽ちのうちに黄身が白身からすぅっと徐々に離れていきしまいにはきっちり分離したのだ。勿論その間一滴も卵の汁気が床やテーブルに落ちることはない。 大き目のボウルに白身だけを入れて脇に抱えた安芸は右手に持つ使い古された泡だて器にて小気味よくシャカシャカシャカ、昨今の献身的な魔物娘が愛用する児童泡だて器のごとしスピードで泡立てていく。そんな安芸の下へにゅっと小さなノームが現て何か白い粉物を投げ入れた。 ちなみに黄身はイグニスがこの後美味しく焼いて食べました。 「……マスター、グラニュー糖忘れてる」 「あらま、ありがとうムンノ」 「ん、どういたしまして」 角砂糖二つ分の大きさのそれは砂糖だったようだ。 泡立ち始まった白身を見た安芸は手首のスナップを目に見えて遅くさせ時折泡だて器を白いフワフワしたものから離してはまた混ぜてを繰り返す。 「ん、角が立ってきた」 安芸はそう言うや最初のかき混ぜ速度以上の高速で一気に泡立て始めた。白くふわふわしたものはさっきまで若干固い感じであったが、どうだ。その高速撹拌によって体積を一気に膨らませて今やボウルから溢れそうである。 「うん、メレンゲ終わりっ♪」 「おぉぉ、ふわふわですぅ! 」 「すごぉい! 」 手首をピタッと止めた安芸が一言、その頃にはボウルのそこほどしかなかった液体は見事なきめ細やかな泡となってボウルにこんもりとなっていたのだから妖狐姉妹の驚きは中々のものだった。 姉妹ともに尻尾はブンブン揺れているからまさに驚いたようである。 安芸も安芸で耳をピコピコと振って少々誇らしげでもある。 「はい、じゃあ次はこのメレンゲを半分ずつ黄色と赤のボウルに入れて混ぜてもらいます」 「はい! 」 「ちなみに粉物はメレンゲより少し多いくらいがベストなのよ。あと、最初はざっくりでね」 白いふわふわを粉物の中にぽとん、ぽとん。安芸から言われた通りにそれぞれゴムヘラを使いざっくばらんに混ぜていく妖狐姉妹のボウルの中が白と色物の混合物からそれぞれ赤いメレンゲ、黄色いメレンゲとなったところに再び安芸から指示が飛んできた。 「はい、均一に混ざったみたいなので今度はメレンゲの泡を潰して無くしていきます」 「へうぅ〜もったいないです! 」 「こうしないとマカロン独特のしっとりサクサクが生まれないの。ちなみにこの工程をマカロナージュと言うのよ」 ボウルを傾けて泡を押さえつける様にぎゅっぎゅっ、と何度も何度も上から圧力をかけて行けばやがて空気がなくなるのでとろーんとした液体になる。 この空気が抜けた液体が重要なものである。 「はい、オッケーね。そしてらこの絞り袋にどっちもそれぞれ入れて」 「はぁい! よっと……」 「待って待って待って! ボウルを傾けて入れちゃうと空気が入っちゃうからヘラで少しずつ、ね」 言われた通り空気を入れないように入れた妖狐姉妹は「出来ました」と伝えると安芸はまだ切っていなかった新品の絞り袋の先、そこを二センチの長さに切った。 「んじゃ今度はこの鉄板の上のクッキングシートへ直径2cmになる様に絞り出していってね」 「うわぁ♪ マカロンだ♪ 」 「すごぉい♪ 」 良く見慣れた形、商品として売られているマカロンの外見そのままの形でどんどん鉄板に絞られるそれらを妖狐姉妹は嬉しそうに声を上げながら作業するが「嬉しいからって尻尾振っちゃうと粉が舞うからあまり尻尾振っちゃだめよ」とひとつ注意を受けてしまうのであった。 「フレア、よろしく」 「おう。予熱もバッチリだぜ」 「130℃で15分くらい、その後170℃できっちり3分で焼成して。今日は急いでるからディネに冷却手伝ってもらってちょうだい? 」 鉄板を二枚、数にして二十個分のマカロン達が奥の中防へと消えていく中で安芸は次の仕事に取り掛かる。 「次はガナッシュ(中身)作りよ。今回は赤にホワイトチョコ、黄色にミルクチョコを入れましょう。さ、二人ともチョコレートを細かく刻んで頂戴な」 「はぁい♪」 「うりゃりゃりゃっ♪」 トトトトトトトトン、と小気味よい音を出しながら何やら英語で書かれた表紙の板チョコ二枚を刻んでいく。包丁のビートが最高潮になったところでちょうどチョコがなくなった。 「……はい、ボウル」 「あ、ムンノさんありがとう」 「……がんばれ」 汗を拭った所でノームの彼女からボウルを受け取った妖狐姉妹は精霊からの応援を受けながらそれぞれのチョコを別々のボウルへ。 「フレア、分体でもいいからこっちに来て小なべの生クリーム沸騰させて? 」 「おぅ」 「あ、ちなみにだけど生クリームの量はチョコ1gで1ccがベストよ」 片手鍋に注がれた生クリーム、その鍋を鍋敷の上に置いてイグニスに呼びかければ店の奥から二人の分体が現れてテーブルの上においたそれにピトッと手を当てた。 ただそれだけのはずだがものの数秒で生クリームがクツクツと泡立ち、瞬く間にコポコポと沸騰を始めたあたり流石火の精霊か。 「次はこの沸騰した生クリームをそれぞれのボウルに適量いれてチョコを完全に溶かすまで混ぜるの。混ぜてる間にちょっとした匂い付もしちゃいましょ♪」 「匂い付け? 」 「そう。赤にはブランデーを、ウコンを使う黄色には杏露酒を小さじ一振りをね」 それぞれのボウルに注がれたクリームが冷め切る前にチョコを溶かしきる為一生懸命にかき混ぜる妖狐姉妹。ヘラを立ててサッサッと素早く。そんな姉妹の頑張りに安芸は終始笑顔であり、それぞれのボウルに酒を静かに落とすのであった。 「混ざったかしら? ではディネ、急速冷却お願い」 「はぁい♪ 塩水と氷で……ひえひえよぉ〜」 「きゃっ、冷たい♪」 「クリームがもったりとしてくるまで混ぜればガナッシュは出来上がりよ♪」 チョコの入ったボウルより大きなボウルに氷と塩水を入れることで急激な冷却ができ、このボウルに先ほどのガナッシュをボウルごと上から入れてかき混ぜる。 ちなみにこの方法であればアイスクリームを作ることも可能である。 サラサラだったガナッシュは冷やされることで徐々に抵抗が出てやがてぐにゅりという感触が手に伝わるのでそこで混ぜ混ぜは終了になります。 「ほい、おまたせ! ディナの分体の力で粗熱取れたマカロン持ってきたぜ」 「流石よフレア。タイミングバッチリね♪ ディネもありがとうね」 「はいぃ〜♪」 「それじゃマカロン20個、仕上げちゃいましょ♪」 とん、とテーブルに置かれたマカロンをクッキングシートから外してティースプーンで掬ったガナッシュをひと塗り、そしてマカロンで挟む。マカロンを手に持つ時、赤からローズヒップの酸味が強い爽やかな匂いがしてガナッシュを塗った瞬間にブランデーの揮発した甘い匂いと重なって甘みが強調されるように。黄色からは元々匂いが少ないウコンに杏露酒により杏のほのかな香りが上書きして妖狐発祥の大陸風の甘味として楽しんでもらいたい。 安芸がチョイスした今回のマカロンはそんな思いがあるのである。 そして何より累と同じ瞳の色を作ったことで本人にちょっとでも自信がついてくれれば、と。 「さて、彼にプレゼントするなら4つもあればいいでしょう」 「え、じゃあ他のは? 」 「勿論、みんなで食べる用にね♪ 」 「お使いにいったムンノももうすぐ戻ってくるみたいだしな」 言われてみればガナッシュ作っている頃からノームだけ姿が見当たらなかったのだが、どうやらお使いを頼まれていたようだった。そのお使いと言うのは一体なんだろうか。 「……戻った」 「はい、ご苦労様ムンノ。鈴歌ちゃんから珈琲貰ってきた? 」 「ん、『御代は今日作ったマカロンを後程ください、それでかまいません♪』だって」 良く見かけるホットドリンク用紙コップに鈴と四分音符が書かれた赤いリボンのデザインがあしらわれたそれはどうやらコーヒーらしい。六人分の紙コップ、その内の一つから蓋を撮ってみれば香り始めるコーヒー独特のあの香り。でもその匂いの中に少しの酸味が混ざり且つ奥深い芳醇な匂いもある、中々のバリスタのようだ。 安芸はそっと一口珈琲を啜ってみれば…… 「……鈴歌ちゃん、わざわざブレンドしてくれたのね」 「え? 」 「いえいえ、さ、皆で食べましょ♪ 梱包はすぐできるからね♪ 」 ほんの少しの苦みの後サッとそれら全てが胃袋に引き上げていき、後味としてフルーティーなフレバーが残る。だがそれもまたすぐに霧散してしまうくらいはかないものだった。 甘いものを食べ続けるときにちょうどいいようなブレンド。 安芸は間違いなくノームから今日のお菓子作りの話を聞いたバリスタがブレンドしなおしたものと言うことを見抜いた咄嗟の一言である。マカロンもこのコーヒーも共に出来が良くて笑顔と一緒に尻尾が振れていたが妖狐妹に聞かれたらしくハッとした表情に戻って苦笑いを一つ。 この料理教室の後皆で梱包を手伝いながらの優雅なお茶会になったのであった。 すっかり暗くなった午後六時のことでした。 _/_/_/_/_/ 「う、ぅぅ…… 」 やがて時間は夜を迎え、彼女は一人ポツンと私鉄駅の前の街燈下にたたずんでいた。 朝方の服装にセーターと同じ色の手袋をつけるだけ、冬の装備にしてはやや薄着のような気がしなくもない。 周りを行くは仕事帰りやらこれから夜の街へと出かけようとする人や 「う、うん。でも今回は安芸さんにも手伝ってもらったし……う、ぅぅでもでも……はぅぅぅ…… 」 ぴこっ、へにゃっ、ぴこっ、へにゃっ。 頭の上で上げ下げを繰り返す三角耳は見ていて飽きないものである。 感情に直結する器官なだけあり彼女の心情をみのはいともたやすい。 ならもう一つの器官はといえば、耳が立てば不規則に八本がばっさばっさと振れて耳と共に全てへなへな垂れる。 ……尚の事わかりやすい。 「……えへへ♪」 そんな分かりやすい尻尾が最も安定するとき、それは彼女が懐からピンクの包み紙で包装された何かを取り出した時だ。安芸達に手を借りて作ったあのマカロンである。 「ぁ」 「――――? 」 手元のピンク色の小箱を出してはにやけ、そのまましまい、また出して……何十回目、下手したら何百回目かわからないその時に彼女へ向かって走ってくる人影があった。 街燈の下と言うことで男性と言うことは分かったが顔があまり良く見えない。 煉瓦を敷き詰めた駅前の床をかつかつと小気味よい音を鳴らしてやってきた彼は彼女へ二度ほど頭を下げて申し訳なさそうにしていた。彼のその行動に耳やら尻尾やら激しく動いてテンパっている様子が見て取れるが不意にピタッと彼女の動きが止まったのである。 幾度となくネット上でやり取りをしていた彼、実際に遭うのは今日が初めてである。 中々彼との都合が合わなかったのもそうだが彼女自体が自分のオッドアイを気にして何かと理由をつけて裂けていたのもある。しかし彼の方から『実際に会って話がしたいです』という熱意に負けて、そして時期的にバレンタインが重なって今に至る。 「ぅ、ね、ねぇ? 今日は何の日か知って―――」 「―――? ―――! 」 「へぅ?! ちょ、ちょっと!? 行き成りチョコ頂戴って……」 尻尾もピーン、耳もピーン。どれだけ緊張したのか全身くまなく硬直した彼女は次の言葉を発せないようだ。 「っあ、あっ、あのさ」 「―、―――?」 「こ、ここ、コレ、をっ」 伏せっぱなしの耳を弄って落ち着かせ、またに数本尻尾を挟んでもじもじ。 やがて深呼吸ひとつした彼女は目をつぶりながら突き出すようにして例のピンクの小箱を渡したのだった。 ただ渡すだけ、この動作をするのに一体どれだけ時間がかかったのだろうか。駅前でイチャついていた他のカップルやらサラリーマン、青姦を決めていた変態夫婦……すっかり人がいないくなっている。電車の警笛だけが「がんばれ! 」とでも言うように鳴り響くだけだ。 「―――! ―――、――? 」 「へ? わたしにも渡すものが……ある、の? 」 「……―――。――」 耳を伏せってプルプル震える彼女の手にそっと手を重ねて顔をじっとみる彼は彼女が顔を上げるまでじっと待った。だが渡すものがある、と言われて驚いた妖狐が顔を上げるに時間は全くかからなかったが。 彼女が顔を上げたのを見て彼は一度優しい笑顔になってコートの懐に手を入れて弄り始めそっと何かを取り出した。最初は何か分からなかった妖狐だったがその物が街燈に照らし出されて形がわかった途端、色白な肌が一気に紅潮して左目の赤と同じくらいに真っ赤になってしまった。尻尾もぶわっと一気に膨らんで落ち着きなく暴れ、伏せたままの耳もぱったぱたとせわしく上下する程に驚いた彼女。危なく渡す予定のはずだったマカロンを落としそうになるがなんとか堪える。 「―――っ!!! 」 「え、えっえっっ、そ、そん、えっ……!?!? 」 彼が渡そうとした、彼女をここまで慌てさせた物。それは――― 「こ、婚約……っ!! 」 ―――指輪だった。 へにゃり、とまた耳が伏してしまい尻尾もだらりと垂れた彼女。 彼女からの返事を待つ彼。 そして訪れる沈黙…… 「わ、私……」 重い沈黙の後、口火をきった彼女は少しずつ口から彼への思いを綴っていく。 「私、妖狐だから、え、エッチだよ? 君が好きな御淑やか、じゃないかも、だよ? 」 「―――? 」 「う、十分御淑やかだって……へぅぅ」 「そ、その料理とかできないよ? 家事が得意な娘がいいって言ってた……」 「――! ――――!!!」 「わ、わわっ!? 家事は後からできる様なればいいって……自分がその間家事もするからって……へ、へぅぅ」 「そ、そのぉ、あの、あのね、私っ、他の妖狐とちょっと違う、も、元々生まれてから八尾、だとかっ、というか、眼の色違う変なのだし……」 「―――っ!!!!!!! 」 「きゃわっ!? そ、そこが良いって、っぁ、へにゃぁぁ……」 事あるごとに自身のマイナス点を否定され次第に逃げ場を失っていく妖狐は最後の質問を彼へと投げかけた。 「え、えっと……その……引きこもりな私、だよ? それでも……それでも?」 口元をマカロンのピンク色の箱で隠し、視線を泳がせた彼女。 尻尾は何かに期待するかのようにゆったりまったり揺れて片耳がピンと立っているが果たして。 否、すでに答えは決まっているものだろう。 「―――! ―――?」 「う、ぅぅ、ずるいよ。そんな真っ直ぐ好きだって言うなんて……よ、よろこんで、お受け、します……」 体を彼に預けた妖狐、それを受け止めた彼。 懐のマカロンは溶けかかっているけど、仕方ないね♪ 末永く、お幸せに♪ 【完】 |
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とある場所で妖狐の夫認定されたじゃっくりーです。
稲荷さんは二番目に好きです。はい。狐憑き狐火ちゃんは娘だと思っています(廃人 このお話は『ヒッキーな妖狐さんがネット経由の恋愛で旦那を勝ち取るサクセスストーリー』です。嘘です。マカロン食べたかっただけです。それも嘘です。本当は…… 妖狐が書きたかった。ただそれだけです(迫真 と言うことでいかがだったでしょうか? ちなみにマカロン作る節ですが…実際のレシピをもとに書いているのでこの通りに作ると美味しいマカロンが作れますよん♪ 感想お待ち申しておりますっ!! 14/02/12 23:04 じゃっくりー |