『黒い妖狐さん宅の七夕風景』



「禮前、今夜はどうする?」
「ん? どうするとはなんだ瑠璃?」
「ん、いや、私としては今年珍しく娘らが集まるからさ?」
七夕のお昼、雲一つないカラッと乾いた陽気に捗る洗濯物干し。
松や楓、杉苔などを綺麗に整えて一角には枯山水まで設けている広大な庭のさらに一角、芝生が十メートル平米生えたその場所にて。
白い作務衣を着て白い手拭いをギュッと頭に巻いてそれをするのは瑠璃と言う胸に厚みのない四尾の瑠璃色の毛が生えた妖狐である。
その妖狐がせっせと目の前で働く中を自宅庭園に設けた大きな和傘の下に作られた縁台にて腰掛けて茶をすする一匹の妖狐がおり、その妖狐の毛並みは漆黒に艶めく九尾である。
この黒妖狐、名を禮前という。
彼女のほうは瑠璃に対して白いブラウスをピシッと第一ボタンまで確りと留め、ピリッとノリが確りとかかった体と同じ色の黒いスリムなスリットパンツを味気ない本革のベルトで止めている者を着用しているのでどことなく堅物を思わせるようなファッションである。
しかしその固いイメージにそぐわず、吊り上った琥珀色の瞳を持つ三白眼から凛とした空気が醸し出されているのでクールビューティーという言葉がしっくりくる感じだ。

「ぁ、そうかもう七夕だったか……」
「政務で忙しいのは分かるけど日付を忘れるのはどうかと思うよ?」
「うっ、そ、そうだな」
粗方干し終わり最後の掛布団をパンッと景気よく伸ばして物干し竿へと掛けた瑠璃が振り返って空に籠を抱えてまったりと禮前によりつつ溜息交じりでそう言えば、対する禮前は眉尻が下がりとてもバツが悪そうにして視線をそらす。
政務と言うものは致し方ない。

なぜなら彼女は【現・宵ノ宮市市長】兼【宵ノ宮市最高裁判官裁判長】という二足の草鞋の状態なのだから。
一昨年までは【宵ノ宮警察庁長官】も兼任していたが今は禮前の長女である禮華(らいか)が就任しているのでまだ楽になったほうでもある。

宵ノ宮がまだ侍たちが生活している頃から治安、警邏組織、奉行の長としてやっていた名残で未だに禮前の支持率は九割を落ちたことがないと言えば納得していただけるだろうか。

「んでさ、今年は家で七夕をしようよ」
「家、でか?」
「そう。毎年だと白光(しかり)様の神社で宴会になっているけど今年はせっかくだしね」
ここでいう白光様とは口逢(くちあわせ)神社の主神で巫女な白い妖狐さんである。
もっとも宵ノ宮で長く生きているのもまた彼女で今年で千二百五十歳だという……

「うーん、そうは言っても笹がなぁ……」
「あ、それなら大丈夫。古里瀬さんに相談したら旦那さんがくれたヤツ持ってきたから」
「大丈夫なのか、それ本当に大丈夫なのかぁ!?」
湯呑を握りしめて立ち上がり、普段はコンパクトに術でしまってある九尾の尻尾が一斉にブワッと逆毛立つ禮前に「まぁまぁ」と瑠璃はまるで馬を宥める様に手慣れた手つきで彼女を落ち着かせた。

「大丈夫だよ。神社の庭に生えていた笹を梅香(ばいか)さんが剪定したやつだから。それを白光さんから頂いたらしくてね、その株分けしたのを貰ってきたんだよ」
「な、なんだ……びっくりしたなぁ」
「まぁ最初は私も怪訝な顔したけどね。笑い飛ばされて逆に恥ずかしくなったよ」
互いに赤面し尻尾がゆったりと不規則な方向に跳ねているを見れば共に恥ずかしい、というのが見え見えである。
古里瀬家、こちらも古参の妖狐であるが如何せん妖狐としての本質をまっすぐに生きる妖狐な為に禮前のような確りしたものにとっては鬼門の如き存在だ。
そしてもう一人の梅香と言うのも古参の妖狐であり、白光に次いで長寿である。
しかしコチラの梅香に限って禮前は古里瀬家と違う意味で反りが合わないのだ。
梅香自身、宵ノ宮の暗部の首領なのであまりプライベートでかかわりあいたくないからである。

「よし、笹があるなら家でしようとするか」
「お、中々に早い決断で」
「うむ、そうと決まれば準備にかかろうか」
湯呑をそばにあったお盆へ乗せれば、いつの間にかそれを瑠璃が回収し家の中へと運んでいく。
その後ろをゆっくりと歩く禮前。
それぞれ一言も発することなく彼女らはぴったりと息の合う動きで急遽決まった七夕会の準備をしだす。
夕飯の買い出し、笹の配置、椅子などの設置。
ただの一言も発しない彼女らはしかし笑顔であり、隣り合いの際に触れ合うお互いの尻尾は同じ速度、幅、角度で振れては時折互いの尻尾を絡ませあった。




そして夜……




「久々の禮家全員集合を祝して……乾杯!」
『『乾杯っ!!』』
禮前と瑠璃に倣い浴衣を着こんだ全員が真っ黒の毛並みの娘達と孫娘達、それぞれの夫達とかなり広いはずの庭園が所せましのぎゅうぎゅう詰め。
長い年月の出した結果が今まさに禮前たちの目の前にあった。
遠出や海外、家族によっては魔界にいた者たちまで久々に集まったその人数、実に五十人。
とても喜ばしいことである。

「禮華、ちゃんと仕事はこなせているのか?」
「なんか……すっかり女になっちゃったね瑠璃母さん……大丈夫だよ瑠璃母さん。禮前母さんに追いつけるように日々頑張ってるから♪」
「あのセクハラ黒妖狐とは思えない台詞だな」
満天の星空、天の川の下で行う庭先でのバーベキューは何とも趣深いものがある。
瑠璃と禮前ら調理役の焼いた肉や野菜を母親になった娘が、その娘の娘の孫娘たちがパクパクとほおばる様は見ていてとても和むものだ。

「……これが幸せなんだな」
「……あぁ、幸せだな」
隣のものすら聞こえるかどうか怪しい声をどちらからともなく発するとそれに呼応するように答えるもう一方。
視線は相変わらず料理に向けているのに、肉が香ばしく焼ける音が響くのにだ。
静かに呟きあうと二人はまた料理に集中するためか黙ってしまうのだが、ふと二人の後ろを見た禮華やその他の娘は「あらあら♪」「いつまでもアツアツね♪」「妬けちゃうくらいね♪」と口をそろえて暖かな笑顔に。
それもそうだ。

二人の尻尾は静かに、でも確りと絡み合っているから。







やがてバーベキューが終わりお待ちかねの短冊飾りの時間がやってきた。

「母上ぇ〜私の短冊がとどかないぃぃ!」
「はいはい、抱えてあげるからね?」
よいしょ、と娘である禮華が孫娘である黒い一尾の妖狐を抱え上げてる風景。
蛍光灯なぞ使わない、星空だけの明かりで満足気に短冊を飾る女の子はなんとも絵になるものです。

「禮前はつけないのか?」
「瑠璃こそつけないのか?」
『……ふふっ、無粋だったな』
その様子を縁台に腰掛けて見守るのは母親二人。
二人の間にはそれぞれの湯呑と急須が乗ったお盆だけであり、湯呑には緑茶が湯気を立てて注がれてある。
顔を全く向けることなく行われたこの会話にはどんな意味があったのだろうか。

「ちなみにな瑠璃」
「ん?」
「私はこう書いた……『この街の平和がいつまでも続きますように』、とな」
湯呑をそっと持ち、静かに茶を啜る黒い母。
対する瑠璃はと言えば腕を組んで「ふふっ」と鼻で笑ったのだ。

「なんだそれは!?」
「いや、禮前らしいなって」
「〜〜っ! このこのっ!」
気恥ずかしさからか瑠璃の綺麗に流水の如く整って流れる瑠璃色の髪をワシャワシャと掻き乱して誤魔化す禮前。
瑠璃にとっては迷惑以外の何物でもなく、現に「いだだだっ!?」と明らかに痛そうなのだから。
やがて満足したのか黒い彼女が手を離して元の膝上に置いたところ、瑠璃の彼女が恨みがましくにらんだのはまぁ致し方ないことかと。

「んん、じゃあ瑠璃はなんて書いたんだ?」
「うぅ……んぁ? 私か? 私は……いや秘密だ♪」
「なにおぅ!?」
普段の毅然とした態度がどこへやら。
こんどは立ち上がって禮前が瑠璃の頭を鷲掴み―――

「おっと♪ はははっ♪」
「ちょ、このぉ〜っ! まてぇい!!」
―――しようとしたのだが軽やかにそれを回避した瑠璃。
その動きのまま立ち上がりそそくさと何処かへと逃げようとするものだから禮前もつられて走り出す始末に親族からは失笑が出ていたが、はたしてそれを気にする二人ではあるまい。

飾られた笹の頂点、禮前の短冊のすぐ上に実は瑠璃の短冊があるのだが……





『禮前と私を共に愛してくれそうな殿方との出会いがありますように  瑠璃 』





おやおや、ごちそう様です♪
皆様も良い七夕を♪

【完】

書きたかったんだ…書きたかったんだ…!!
だって一年に一回のイベントですよ!?
…でもタイムオーバー(^q^)

はい、という訳で(?)書いちゃいました♪
今回は現代の宵ノ宮より禮前一家の様子です。
瑠璃は『あの頃の私達は』に書かれた妖狐してからというもの、年を重ねるごとに女らしくなっていき「あ、もう俺完全に妖狐としていきるわ」と開き直ってからはより一層女に磨きがかかった模様。その結果がこの「私口調」のザマだよっ!
…ゲフン、そして途中に出てきた禮華(らいか)は『不良妖狐ときままな買い物』に出てきた禮前の娘でございます。セクハラ上等です(キリッ

あと梅香とは(以下中略)………う、うぅ、紹介しきれない……(汗
ど、どうかこれからも宵ノ宮の狐たちをよろしくです!(∩ω∩) ヘゥッ


13/07/08 01:01 じゃっくりー

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