『宵ノ宮市のとある学校での一日・・・』 |
「……Zzz……みゃぅ〜…」 秋口から一気に冬の到来をつげるべく気温がこれでもかと低くなる昨今。 何も寒いのは人間だけではない。 この話の舞台である宵ノ宮市はジパングの中でも比較的北よりであり、盆地であるが為にその気温差の影響は平野部に比べて明らかで、今現在の気温は12℃。 確実に冬の平野部並みの気温である。 「ぅぅ……っ! (ブルッ) ぅぅ…しゃむぃ……」 その気温の中、一件の家の窓から中を覗くと布団に頭ごと蹲っているであろう膨らみが『起きたくない、出たくない』と意思表示するかのように布団に入りきらなかった長い黒髪をベッドから垂れ落として尚且つ同じようにはみ出た緑色の尻尾をプルプルと震わせている。 その気持ちは痛いほど良くわかる……。 あの布団から出ようとして隙間をつくった瞬間に流れ込むあの冷気に一気に気力が奪われて布団の中に篭城したくなるのは人間魔物問わずであろう。 現に塊が一瞬口を開けるもブルッと一瞬震えて再び口が固く閉じられてしまったもの。 尻尾が入りきらなかったようで『中にいれてよぉ!』とでも言うように布団をぺたんぺたんと叩いている様は見ててとても微笑ましい。 しかし、時は無情である。 バ タ ァ ァ ァ ン ! ! ! 「華(はな)ぁーっ! いい加減に起きろっっ! 何時だと思っているんだっ!!」 華と呼ばれた塊の部屋の扉を破壊寸前の力で蹴破って入ってきたのは母親だろうか。 皮膜の張った耳をピクリピクリと動かして尻尾が激しく揺れているのを見るとかなりのご立腹のようだ。 もし彼女が塊と一緒の種族とするならばこの私たちが覗いているのはリザードマン一家のお家ということになりますね。 ピンク地に可愛くデフォルメされた恐竜のワッペンをワンポイントにあしらったエプロンをつけて左手にお玉、右手にフライパンを持ったある種伝統のスタイルでやってきた彼女は布団の塊の頭があるであろう位置に両手のソレを持っていき…… ガァン! ガァン! ガァーーン!! これまた伝統の死者の目覚めを種族がもっている天……いや、魔王からの授かりモノである筋力で全力でやられた塊はひとたまりもなくガバッと声にならない悲鳴と共に耳を押さえながら布団を跳ね除けて出てきた。 その容姿はやはり母親と一緒で違うのは胸の大きさと身長だろう。 彼女はムクリと起き上がるとスポーツブラとパンツが肌蹴て見える薄い赤のパジャマを直そうともせずに母親へ近づき眼下に見下ろしながらお世辞にもふっくら、といえない胸の前で腕を組んで文句を言う。 「ちょっと母さんっ! もっとマシな起こしかt…」 「はぁぁ…華。あんた、時計見てみな?」 「えっ?」 しかし、母親はというと華の言い終わる前に「情けないな…」という曇った表情と共に溜息をして無理やり話を折るも華は『時計』のフレーズを耳にした瞬間、額から嫌な汗がダラダラと流れ出して風きり音がするくらいの速度で後ろの壁にかけてあるヒヨコ型の壁掛け時計に目を向けると一気に血の気が引いていく。 8時10分。 学校である藻布毛布(もふもーふ)第一高等学校の始業ベルがなるのが8時30分。 華の家から学校まで歩いて40分。 完璧なまでの遅刻である。 「きゃぁーー! は、はやく着替えてぇ! 顔洗ってぇ! そ、それからそれからっ!」 「落ち着けバカ娘。」 「ふみゅぅ!?」 時計を見て混乱しはじめてしまった彼女は慌てて制服へと着替えるも制服のスカートを表裏逆に穿いたりとか、ブラウスを片側だけスカートから出したままとか、靴下が左右で柄違いとか伝統的なポカをやらかして階段を転げ落ちて終いには混乱のあまり洗面所にて歯ブラシで髪を梳こうとするという始末。 あまりの混乱ぶりに母親は呆れて、絶賛混乱中の娘の脳天へ愛の唐竹割りチョップをして娘をなんとか落ち着かせることに成功した。 その後こうなることを見越して作っておいた母親特製の『握りこぶし飯』(握りこぶし大のおむすび。塩味。)を腕に二つとお弁当を抱えて背にリュックサックを背負いリザードマンが誇るべく筋力をフルに使っての猛ダッシュにて学校のへと急ぐ。 勿論、制服や身だしなみは正して。 やがて学校が近くなると同じように遅刻しそうな数名が校門へと必死の形相で走りこんでいくのを華は横目で見ながらその勢いを殺さず正門へと滑り込んだ。 ……のだが、1分遅くてアヌビスの先生にこっぴどく正座で叱られたのであった。 _/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/ 「うみゅぅ……」 「朝から災難だったねぇ〜? 華。」 「ほんとほんと。」 アヌビスの先生から受けた愛の篭った説教を朝っぱらから受けた華の精神力はほとんど地に落ちていた。 故にホームルームが終わったばかりの喧騒に包まれた教室へ入ってくるなり自分の机へと尻尾共々力なくダラリと突っ伏してしまい組まれた腕に乗せられて伏せられた顔からはシクシクとすすり泣く声が机から発せられて、その様子を見るや前の席に座る妖狐が顔を上半身ごと後ろへと反転させて労いの言葉をかけて横の席のインプの娘は相槌を打つ。 「まぁこれもいい勉強じゃない? あっははは〜♪」 「ちょっと、雪(ゆき)ぃ〜……貶してんの? 励ましてんの?」 「……あ。」 妖狐の雪はケラケラと笑いながら華の肩をバンバン叩いて更なる励ましとも貶しともとれる態度で華に言葉をかけるが余計に華を涙させる原因にしかならなかった。 ふとインプ何かの異変に気付いて口を噤み、華も同じように口を噤んで前を向くもそれに気付かぬ雪は未だに3尾の尻尾を振って華に対して一方的な会話を続けているも、やがてやってきたソレにより一時中断せざるをえない事に。 「もう、アレだね。華はこれから毎日遅刻s…」 ゴ ス ン ッ !! 「っ゛ぁ゛あ゛ぁ〜ッ……」 後ろを向いたままの雪の脳天に『2−D出席簿』と書き込まれた黒いファイルがとてもいい音を立てて唐竹を食らわして濁音ばかりの声を教室に響かせてあまりの痛さに椅子からずり落ちて教室の床へと蹲る。 その様子を周りの生徒らは『うわぁ〜……』とあえて声に出さずに哀れみの視線を雪に送るのみだった。 「古里瀬 雪さん。お友達をあまり馬鹿にするのは良くないわよ?」 「…愛(あい)先生、おはようございます。」 「はい、おはようございます。橘(たちばな) 華さん。」 先生と呼ばれた女教師は挨拶をした華に対して柔らかい笑みでそれに応じるとふるりと5尾の尻尾を一振りして耳をピクピクとさせる。 「ってぇ〜……おい、夕(ゆう)っ!! 何で教えてくれなかったっ!?」 「えぇ〜雪ってば話しに夢中だったからさぁ〜♪」 早くも蹲りから復帰した雪はその痛みをくれた人ではなくインプの娘である夕に八つ当たり気味に声を荒げるも当の夕はと言うと悪戯が成功したような少女の顔で意地悪に雪に対して何の悪びれもなく応えると華含め数人の生徒がクスクスと含み笑いをしているではないか。 やるせない怒りにプルプルと震え尻尾の毛がぶわっと膨らむ雪だったが…… ゴ ス ン ッ !! 「こらっ、岬(みさき)さんに当たろうとして…」 「い゛だっ! もう止めてくれぇ〜姉さ〜んっっ!!」 「学校で姉って言うなって何度も言っているでしょうがっっ!!」 古里瀬 愛。 受け持つクラスは2年D組。 担当教科は古文。 ……目下の悩みはこの駄狐の妹の面倒を学校で見なければいけない事であった。 愛が叫ぶと再び小気味よい乾いた音が教室に響き渡り今度はクラス中で笑いが起きると共に雪の切なげな悲鳴が廊下を越えて学校の外にまで響いたそうな。 そうこうしているうちに午前の授業が恙無く終わり今チャイムが告げることで時間は昼休みに。 華は一人分としては明らかに多い弁当箱を持って心なしか足取り軽く階段を上がっていきたどり着いた先は屋上。 その屋上へと足を踏み出して屋上の出入り口である扉のすぐ脇にある梯子へと足をかけてスタスタと素早く昇りその梯子の先、給水塔の足元にいる目的の人物を発見すると、その人物は気だるそうな欠伸と愚痴を空へ吐いたところで華が溜息混じりにでも嬉しそうに突っ込みを入れる。 「あ゛〜…たるい。」 「はぁ……もう、また? いい加減ちゃんと授業受けてよ。利(とし)ちゃん。」 「んあ? ぉ、華じゃねぇか。もう昼か?」 公立高校としては珍しく学ランでなくブレザーを男女共に採用するこの学校の制服をだらしなく着る男子生徒の利に向かって弁当箱をズイっと突き出して誇示する。 「はい、母さんから。」 「わりぃね、華。いやぁ〜幼馴染ってこういうとき得だよね♪」 「もぅ…♪」 …尻尾を振って嬉しそうな華。 ただし彼からは見えないように、であるが。 利、モゲロ。まじモゲロ。 「そういえば教室にいる【ケンタウロスの菘】さん、後輩君と付き合い始めたみたいよ?」 「あぁ、【稔】っていうヤツだろ? 最初見たときは女かと思ったぜっっ!」 「え、何故そこで笑うか分からないんだけど……」 仄々とした空気が流れる中、昼休みは終了するのであった。 _/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/ 午後の睡眠の呪文をかけられたような魔の座学授業の時間を耐えしのぎやって来たるは放課後。 華の後を追いかけてみると【生徒会室】と堂々とした寄付だのかかる部屋の前に立つと華は何の躊躇もなくその扉を開けて中へと入っていく。 すると。 「あ、会長。初遅刻おめでとうございます。」 「会長。話は須藤先生から聞きました。」 「やったね会長♪ これで無遅刻無欠席が潰えましたね♪」 「……う、うるさぁぁい!!」 会長涙目。 入って行き成りの(精神的に)手痛い歓迎をうけて入って早々に床に手をついてうなだれてしまう華はやはり涙目であった。 「まぁ、それは冗談で。どうしました? 遅刻なんて。」 「うぅ〜この頃急に寒くなって…」 「あぁ、会長はリザードマンですから…暖房が間に合わなかったのですね。」 にゃはは、と笑ってネコマタの女の子が華に理由を聞けば納得。 対してその質問にうんうん、と頷くのはちょっと背の低い男の子ともう一人のアヌビスの娘だった。 「それはそうと利ちゃ…副会長は? あと会計の要 由(かなめ ゆう)君は?」 「副会長はいつもどおりバックレです。あとあと由ちゃんは白蛇の嫁さんに2日ほど監禁されています。」 「…もうやだぁ…」 悲しきかな、実質動いている生徒会役員は会長、書記2、会計1の四人という普通の生徒会としては明らかに少人数なのだがこれで機能してしまうのが会長のスキルの凄さかも知れない。 …床に手をついて諦めの台詞をいつも漏らすが。 「あ、会長。母様…コホン…須藤先生がお呼びでしたよ?」 「え、そうなの? 分かった、行って来るね。」 『いってらっしゃ〜い。』 ふと鬱モードの華に声をかけて正気へと戻らせたのは書記の一人で学校の教頭の娘であるアヌビスの須藤さん。 とても性格が厳格なアヌビスにしては柔軟な態度の持ち主であり、おおくの生徒達からアイドル的存在になっているが実際はただの天然だったりする。 華はそれを聞くやすぐさま立ち直り姿勢を正して生徒会室を後にすると後ろからは暖かく見守る役員らが何故か半笑いで華のことを送り出していたのだが、華はそれを見る事無く職員室へと向かうのであった。 が。 「「…あ。」」 向かう途中に正面玄関にてサボり魔で幼馴染の利となんと偶然にも遭遇してしまう華。 二人は数秒ほど時が止まっていたが先に動いたのは利のほうだった。 下駄箱まで数歩で移動し目にも止まらぬ速さで靴を履き替えて正門へ向けて猛ダッシュの体勢をとる。 しかし、その動作に追従するように華は近くに刺してあった忘れ物の傘の中から一瞬で適切なものを手に取りそのまま利の背後まで回り利の襟首めがけて傘の取っ手を引っ掛けようと手を伸ばす。 だが残念。 「おっと♪」 「あっ! こ、こらっ! まてっっ!!!」 その動きを予測していたのだろう利にスルリとかわされてしまい宙に弧を描いた傘は奇しくも自分の足を縺れさせてしまい転倒してしまう。 その隙に高らかに笑いながら利は正門まで一直線に走る。 続いて態勢を整えて数瞬で靴へと履き替えた華は筋力をフルに使って利を追い立てる。 「こらぁぁ! 今日こそちゃんと仕事しろぉ!」 「へへーん! やぁなこった♪」 利は正門へ向かっていた足をわざと角度を変えて華の俊足から逃れる為に校内のグラウンドへ向けて走り出すと華も急な方向転換とは言えそれほど苦も無く利のあとを追いかける。 「わははー♪ 今日もナカヨシー♪」 「だねー♪」 「いつも通りだね、いや本当♪」 「まぁ見てて飽きないけどね。」 グラウンドが見える校舎の二階の一教室ではこの学校の定番になりつつある追いかけっこみて笑い声が耐えないグループがその様子を微笑ましげに見入っているではないか。 極小サイズの制服を着たケサランパサランが笑えば隣のフェアリーがそれに同調し、更にその笑いがフェアリーとケサランパサランの両隣に居るインプとピクシーにも伝播する。 「はぁぁ〜〜……すぐに来いといったのに何をしているんだアイツらは…っ!」 また別な場所、具体的に言うと職員用玄関の前では目の前で繰り広げられている鬼ごっこに眉間に皺を寄せて溜息をつくアヌビスがいた。 そう、華を呼び出した張本人でこの学校の教頭である須藤先生。 「にゃはは〜! これも青春だにゃぁ♪」 「はわん!?・・・って、新垣(あらがき)先生。行き成り背後に立たないでくれませんか?」 と、溜息をついた須藤先生の背後からにゅっ、と出てきて須藤先生の肩へポンと肉球のある手を乗せるスフィンクスの新垣先生はスーツのきまった須藤先生とは違いだらしなく前を空けて如何にも【誘っていますよ?】というある種けしからん(主に須藤先生)、ある種心のオアシス(主に男性陣)な服装であった。 新垣先生はグラウンドを走る二人を見つめて『青春っていいにゃぁ〜♪』と誰に言っているのか分からない独り言を漏らすがその視線はアヌビスの須藤先生に固定されていて心なしか嫉妬の炎も入っていた。 「ホント、独り身はつらいにゃぁ…」 「ここで恨み言をはかないでください。生徒に悪影響です。」 しれっ、とかわす須藤先生に「ちっ」と舌打ちしてさも悔しそうに新垣先生は校内へと戻っていったのであった。 この間もまだ走り続ける利と華は互いに汗だくであるがその顔はとても清々としているものであった、とは余談である。 今日も一日平和です♪ 【完】 |
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戦わないリザ娘をどう思う?
・・・アリだと思うヨ!w どうもjackryです。 ほのぼのの堕ちなし、オチなし、エロなしの3無しの作品を書いてみたつもりですが… いかがでしょうか?(´・ω・) 11/11/20 22:24 じゃっくりー |